定森質疑応答(PDF)

第 2 回 HANDS セミナー
定森プロジェクト・マネージャーへの質問(抜粋)
1.このような環境的に大変過酷な地域、生きることも大変なところで、人々の生活をよくしてあげよう
という意識は本当にすばらしいと思います。どうしたらそのようなエネルギーが生まれてくるのでし
ょうか。
確かに環境は厳しく、時々へこたれそうになります。この回答はマニコレに戻ってから書いているのです
が、今は乾季で昼間の室内気温はエアコンなしだと 40 度近く、水は断水しているときが半分ほど、電気は
1 週間で 10 回以上停電し、コンピューターがいつ壊れるかヒヤヒヤ、すぐそこいらじゅうにオデキができ
るし、食料は乏しいし、野焼きの煙で鼻はムズムズ、目はショボショボ・・・なんか書いていて悲しくな
ってきた・・・。
エネルギーの源は、報告会などに来てくださる皆様、いつもサポートしてくださる HANDS 会員の皆様、本
部のスタッフや友人・家族、そしてローカル・スタッフからの「いやあ、最近、コミュニティ、変わって
きたんだよね。例えばこの間・・・」という報告でしょうか?
2.言葉ができなければ、援助、ボランティアはできないのでしょうか。
現地に行かなくても NGO に寄付をしたり、現地の貧しい人の経済状況がよく理解できる物(フェアトレー
ドの物品やアグロフォレストリーのジュースなど)を購入することで間接的に協力することはできます。
直接現地で活動する場合は、ある程度は言葉が必要です。ただ、本当にしっかりした技術を持っている人
の場合、言葉が大きな重要性を持っているわけではありません。例えば非常に深い経験を持った助産婦さ
んや木工の技術者などの場合、言葉よりも実際にやって見せることで上手く技術移転ができることがあり
ます。
3.住民に「森の番人」になってもらい、開発へのブレーキに、というお話でしたが、そもそもどのよう
な人たちが開発の主体になっているのでしょうか。住民たちがブレーキになれるような対等(に近い)
関係なのでしょうか。
無謀な開発は大資本以外にも、ブラジル南部出身のちょっとしたお金持ちが行っているケースが多いよう
です。関係は対等でない場合もありますが、住民の意向を簡単に無視することはできません。特に住民協
会やナッツやゴムなどの採集者組合のように組織化されている場合は対等に交渉できます。
4.個人主義でなく、地域全体の保健を考えられるようになって、それがまだ継続していけるのはなぜで
すか。助け合える精神はなぜ育つのですか。(日本では利己主義の人が多く、例えば小学校の児童の
親が「うちの子が一番」を主張する親が多いです)。
ブラジルの「公共心」は「まだまだこれから」だと思います。ようやく芽が出始めた、という感じでしょ
うか。
日本はごみ収集所の管理などを見ても個々の住民が地域全体のことを考えて動くことが多い国だと思いま
す。(日本人の基準から見れば「最近の人は・・」と思えるかもしれませんが、ブラジルと比べるとはる
かに進んでいると思います)。
5.定森さんは「何」を実現したら、ご自分の今の、または今後の役割・目標を達成できたと思いますか。
現地でローカル・スタッフとして働いている人たちが、資金獲得も含めて自分たちだけで現地の NGO を運
営していけるようになった時点、またコミュニティの人たちが「偉い人」頼みでなく、自分たちの手で生
活を良くできると考えるようになった時点だと思います。
6.ブラジル政府は市民社会や NGO へ現在どのような支援をしているのですか。また、その時の問題点は
何ですか。
契約をして助成金を出すことが多いです。政府でできない部分を民間の NGO などに委託しているケース
(スラムの中の保育園など)はよく見られます。ただ、政府資金に頼りすぎると、トップが替わるといき
なりお金を切られることがあり、経営が不安定になるケースが多いので問題です。
7.「プロジェクト成果」(p.12)に挙げられている指標は、「地域保健強化」という観点から考えると、
間接指標であると思うのですが、なぜこうした指標を選ばれたのでしょうか。こうした指標の改善が
どのように「地域保健強化」に直接または間接的に寄与しているのか、調査はされているのでしょう
か。きっと指標設定には試行錯誤を繰り返されてきたと思うのですが、そうしたプロセスでの苦労に
ついてお聞かせ下さい。
直接的な保健指標はあえてあまり取っていません。まず、開始時点での統計自体信頼できません。例えば
下痢による乳幼児死亡率などがそもそも統計に表れていないケースが多いのです。統計を取る方法を改善
すればするほど統計上の数値は悪化する(報告が正確になって隠れていた分が現れるため)可能性が非常
に高くなります。そういったことから「住民の満足度」などを指標に取りいれました。
8.2007 年からの活動はどうして学校に焦点をおいていくのですか。
大人の習慣を変えるのは大変です。(今まで一度も川の水を塩素処理していなかった人に「塩素を入れな
いと下痢をしますよ」と言っても、「俺もご先祖様もみんなこうして生きてきたんだ。問題なんかあるか
い!」と言うようなケース)。しかし、子どものうちから習慣付けてしまうのは比較的容易です。また遠
隔地は子だくさんの家が多く、ほとんどの家庭で誰かしら学校に行っています。つまり生徒たちは地域社
会への情報伝達の重要なパイプなのです。
9.カソリック信者が多い国で、比較的短期間でコンドーム使用率が上がったり、ゲイ、レズビアン等が
容認されたりと、ブラジルにおいて HIV/AIDS 予防に有用だと思われる大きな意識改革が進んだ主な要
因は何だと思いますか。
ブラジル人の気質としてオープンであること。また俗に「Jeitinho Brasileiro(ブラジル方式:「ま、建前は
それとして、何とか解決しましょ」という感覚)」と言われる、融通の利く現実感覚が大きいと思います。
また軍政時代に抵抗運動をしていた活動家の多くが現在のブラジル社会の中心となって政界、官界、NGO
などで活躍しており、それらの人々の影響が非常に大きいと思われます。
10.連邦政府が主導するコミュニティ・ヘルス・ワーカー・プログラムがあるとのお話でしたが、他に
連邦政府や州政府が行なっている医療制度はどのようなものがあるのでしょうか。たとえば、保険
制度(日本でいう国民健康保険)はどのようになっているのでしょうか。
ブラジルの医療保険ですが公的保険は一切無料です。これは憲法の「保健は国民の権利、国家の義務」と
いう箇所が「国家は無償の医療を国民に提供する義務を持つ」と解釈されているからです。これが SUS
(Sistema Unico de Saude, 統一保健システム)です。したがって、現在では、全ての SUS の公的医療施
設は無料で使用できます。ただし、これらの公的医療システムは必然的にパンク状態で、長い行列、薬の
不足、スタッフの不足などが日常的に起きています。
そこで、ある程度お金を持っている人は民間の健康保険に加入し、プライベートの病院などで医療を受け
ています。大学病院などでは、SUS と、プライベートの部分が同じ建物内にあるけれども、入り口は別、
SUS は大行列で、プライベートはゆったりしたソファーに腰掛けて待つ、などということが多くあります。
11.自分達の健康改善に関して頭で理解してもなかなか行動・慣習を変えるのは難しいことだと思いま
す(自分も相手も含めて)。ブラジルでの長い経験を通じて得た住民の行動を変える秘訣があれば
是非教えて下さい。
僕もぜひ知りたいくらいですが、あえて言えば、地域の住民から信頼されている人を通して、根気よく、
分かりやすくやることでしょうか。逆に言えば、「偉い人がやってきて難しい言葉で説明して、ぱっとい
なくなってしまう」場合は殆ど何も残らないと思います。
12.定森さんは、卒業後一年間のボランティアのつもりとおっしゃっていましたが、ずっとブラジルで
ボランティアをしようと決めたのはなぜですか。経済的な側面などは気にしなかったのですか。
ボランティア一年目が終わる頃「まだ言葉だってろくにできないし、結局何の役にも立たなかった」、「ま
だまだやり遂げていない」という気持ちが強くありました。それでズルズルと・・・。
あの頃は若くて無謀だったため、経済的な側面などはほとんど考えていませんでした。「三十代後半、妻
子もち」になると時々「これでよかったのかな?」とちょっと不安になることもあります。カッコ悪いお
はなしですが・・・
13.ローカル・スタッフを信頼し、自主性・自発性を大事にすることが重要とのお話でしたが、「信頼
する」ということについて、実際にプロジェクト・マネージャーとしてご自身が担っている(担う
べき)役割とそれらを実施する際に、心掛けていることは何でしょうか。
なんでもかんでも自分でしてしまうのではなく、多少もどかしくてもスタッフにできるだけ任せるように
しています。僕は日本向けの事務作業を中心に行い、あとはアドバイザーとして「こんな風にしたらどう
かな」などとアドバイスをするだけにとどめるようにしています。
14.マニコレ市のコミュニティ・ヘルス・ワーカーの育成は成功したようですが、ここでの HANDS の活
動と成功例はブラジル国内の他の同じような立場の地域に影響を与えたり、伝播したり、余波を与
えたりしていますか(そうだとすばらしいと思います)。
マニコレでの経験は、交通や通信が非常に不便な遠隔地において、コミュニティ・ヘルス・ワーカー・シ
ステムを機能させる上で、非常によい経験となっていますが、まだ外へは広がっていません。これから、
無線システムなどを含めてアマゾナス州政府に対しモデルを提示することが必要になると考えています。
またブラジルのコミュニティ・ヘルス・ワーカーのシステムは、低コストで、地元に雇用を産み、保健状
態を改善できるすばらしいものと思います。なかでもブラジルと同じポルトガル語を話すアフリカ諸国に
非常に適しています。個人的には、今後、日本とブラジルが共同してアフリカにコミュニティ・ヘルス・
ワーカー制度を持っていく手伝いもできたらと思っています。