子宮内膜症および機能性月経困難症に対する漢方薬の効果 - エンドメトリ

166 日エンドメトリオーシス会誌
; :
−
〔一般演題/薬物治療
〕
子宮内膜症および機能性月経困難症に対する漢方薬の効果
金沢医科大学医学部産科婦人科学講座
笹川
寿之,山口
高木
緒
直孝,坂本
弘明,牧野田
言
人一,藤田
智子
知
原発性月経困難症の治療には鎮痛剤か低用量
月経時の疼痛を主とする疾患を月経困難症と
ピル(ルナベルなど)が用いられ,子宮内膜症
呼んでいるが,その病態は一様ではない.その
に は GnRH agonist や dienogest(デ ィ ナ ゲ ス
痛みも子宮筋の攣縮による疝痛(cramping)と
ト)によるホルモン療法が選択される.また不
炎症によると思われる持続性の鈍痛(pain)が
妊症や卵巣チョコレート囊胞を認める症例には
ある.月経痛の原因は,子宮内膜が分泌するプ
腹腔鏡手術が適応となる.しかし,鎮痛剤の長
ロスタグランジン(PG)とされている〔 〕
.PG
期投与による胃腸障害,GnRH agonist による
は痛み以外に,嘔気,嘔吐,腰痛,下痢,頭痛
estrogen 欠落症状,低用量ピルにおける血栓
など多彩な症状を誘発する.月経痛は,日本人
症,dienogest による不正性器出血などの副作
女性の
%は鎮痛剤も無効
用があり,長期間の治療による費用負担も問題
で,ベッドレストが必要な重症例である〔 〕
.
分の
にみられ,
である.性器が未熟な思春期の女性に長期的に
日本の高校生の調査では .%に月経痛があ
ホルモン剤を投与することが本当に正しいのか
り,日常生活に影響するほどのものは .%に
という疑問もある.最近の報告では,経産婦に
みられる〔 〕
.
おける低用量ピル投与は子宮内膜症のリスクを
月経困難症の原因は大きく
つに分けられ,
明らかな疾患のない機能性または原発性(pri-
下げるが,未産婦では逆にリスクを上げるとさ
れている〔 〕
.
mary)のものと,器質的変化を伴う続発性(sec-
このような背景から,基本的に食物からでき
ondary)のものがある.前者は ∼ 歳までの
ている漢方薬に対する期待が起こるのは当然で
若い女性に多く,後者はそれ以降の成人女性に
あろう.しかし,漢方薬を投与して,それを効
発生する.原発性月経困難症の原因は子宮など
かすためには,東洋医学的な考え方を理解する
の内性器の未熟性によるものと考えられてお
ことが肝要である.東洋医学では,月経時の疼
り,器質性月経困難症は,子宮筋腫や子宮内膜
痛は局所の循環不全や虚血状態,すなわち瘀血
症によるものであり,ほとんどは子宮内膜症に
や血虚によるものであり,冷えは症状を悪化さ
よると考えられる.子宮内膜症は,月経痛,性
せると考えられている.
交痛,不妊症の原因疾患であり,子宮内膜が異
本研究では,外来での診察や検査で診断され
所性に発育して月経時に出血を繰り返すことに
た子宮内膜症および機能性の月経困難症の女性
よって,その部位に炎症や子宮平滑筋の攣縮を
に対して,証に応じた漢方エキス薬を投与する
誘発して疼痛を起こす.それは局所の炎症によ
ことにより,月経痛やそれに付随する症状が緩
って分泌される PG,cytokine,histamine,kinin
和されるかどうかを検討した.
などの物質による作用と,神経組織への侵襲や
炎症性の癒着や瘢痕によってもたらされる〔 〕
.
方
法
対象者は外来受診した年齢 歳から 歳まで
子宮内膜症および機能性月経困難症に対する漢方薬の効果 167
の女性で,内診,超音波検査,MRI 検査で診
断された 例の子宮内膜症(腺筋症
チョコレート囊胞
P=0.0056
60
P=0.077
例,卵巣
例を含む)と器質的変化の
50
ない原発性月経痛(以下,単に月経困難症)
例である.全例に東洋医学的診察を行い証診断
40
与した.
週間以上の投与で無効の症例には鎮
Age
し,それに応じた漢方エキス剤(ツムラ)を投
痛剤投与の併用を許可した.薬剤の効果は,同
一薬剤の
Av age=40.6 歳
週間以上の投与後に月経時の腹痛や
20
腰痛などが消失あるいは鎮痛剤が不要になれば
Av age=34.1 歳
Av age=30.3 歳
著効,症状が軽くなり,鎮痛剤の使用が減った
P>0.1
場合には軽快,全く変化がない場合や受診しな
くなった(脱落)症例を無効とした.また,著
0
効,軽快した症例を合わせて有効例とした.投
与期間は最低
週間,最長
子宮内膜症
腺筋症
(−)
年間であった.効
図
果判定は手術やホルモン療法を施行する前に行
子宮腺筋症
月経困難症
対象者の年齢分布
った.年齢別分布図作成と有意差検定は Graph-
漢方薬投与した後,卵巣チョコレート囊胞の
Pad Prism . を用いた.
例,腺筋症の
成
績
例(内膜症全体の %)には
手術を施行した.また治療開始から
.患者背景と薬剤投与法
ヵ月以上
しても十分な効果を得られなかった内膜症の
例の子宮腺筋症,腺筋症を認めない子宮内
例( %)にはディナゲストを投与した.効果
膜症(以下,子宮内膜症) 例,月経困難症
判定時に主薬として投与した薬剤は図
例 を 比 較 し た と こ ろ,平 均 年 齢 は,そ れ ぞ
めた.桂枝茯苓丸が最も多く( 例; %)
,
れ, ., ., .歳であった.子宮腺筋症は
次に当帰芍薬散( 例; %)が多く投与され
機能性月経困難症に比べて,
有意に
(P= .
た.以下,
桂枝茯苓丸加ヨクイニン
,
Mann-Whitney 検定)
,また子宮内膜症に比べ
にまと
,
例( .%)
当帰建中湯
例( .%)
,温経湯
境界有意(P= . ,Mann-Whitney 検定)に
加味逍遥散
例( .%)の順に多く投与され
高年齢者に多い傾向がみられた(図
た.内膜症の
)
.
例( .%)
,
例( %)
,月経困難症の 例
処方の選択は,虚証で水毒のある患者は当帰
( %)に月経前症候群,月経不順,過多月経,
芍薬散,水毒がなく,腹部膨満感などの大腸症
頭痛などの合併がみられた.除痛効果が十分で
状のある患者には当帰建中湯を選択,便秘を伴
ない 例( %)に芍薬甘草湯,過多月経を伴
い実証と思われる患者には桃核承気湯,それ以
う
外の中間証には桂枝茯苓丸を投与した(図
)
.
また,桂枝茯苓丸投与によって疼痛緩和が十分
でなかった患者には桂枝茯苓丸加ヨクイニンに
例( .%)
に芎帰膠艾湯が追加投与された.
.月経痛に対する効果
今回の研究における月経痛に対する効果は
(図
)
,子宮内膜症全体では,著効 例( %)
,
変更し,月経不順には温経湯,月経前緊張症候
軽快
例( %)
,無 効
例( %)で あ り,
群を合併し,不眠や不安や抑うつなど精神症状
腺筋症では,著効
を認める虚証または中間証には加味逍遥散を投
無効はなかった.一方,月経困難症患者では,
与した.月経痛が強い患者には,証に関係なく
著効
例( %)
,軽快
例( %)
,
例( %)
,軽快 例( %)
,無効 例
芍薬甘草湯を月経期間にのみ併用した.過多月
( %)であった.子宮内膜症の %,月経困
経には芎帰膠艾湯を月経期間にのみ併用した.
難症の %に有効であった.このうち,腺筋症
168 笹川ほか
使用頻度
虚証
中間証
実証
月経痛+頭痛
当帰芍薬散
30%
月経痛+便秘
(過敏性腸症状)
当帰建中湯
7.5%
月経痛+月経不順
温経湯
5.7%
月経前緊張症候群
加味逍遥散
3.8%
月経痛
桂枝茯苓丸
38%
月経痛+腰痛
桂枝茯苓丸加ヨクイニン
7.5%
月経痛+便秘
桃核承気湯
7.5%
月経痛+過多月経
+芎帰膠艾湯
5.7%
強い月経痛
+芍薬甘草湯
26%
+:併用薬として追加投与
図
漢方エキス剤の選択法と使用頻度
(100%)
60%
(81%)
57%
55%
(72%)
(68%)
50%
43%
45%
43%
40%
32%
29% 29%
30%
26%
23%
19%
20%
10%
0%
0%
腺筋症
腺筋症
(−)
内膜症
著効
軽快
内膜症すべて
月経困難症
無効・不明
有効率
( )
図
を除く子宮内膜症の
月経困難症の
例,子宮腺筋症の
月経困難症に対する効果
例,
有効 %,無効 %であった〔 〕
.今回の研究
例は十分な除痛効果がみられな
で は,子 宮 内 膜 症 の 除 痛 効 果 は,著 効 例
かったため,芍薬甘草湯が追加投与したとこ
ろ,
例( .%)が有効となった.
考
察
太田らは,強度の月経困難症に対して証を考
慮して桂枝茯苓丸を投与したところ,著効 %,
( %)
,軽 快
例( %)
,無 効
あり,腺筋症では著効
例( %)
例( %)
,軽快
例
( %)
,無効はなかった.また月経困難症患者
では,著効
例( %)
,軽快 例( %)
,無
効 例( %)であった.子宮内膜症の %,
子宮内膜症および機能性月経困難症に対する漢方薬の効果 169
月経困難症の %に除痛効果がみられた.この
に近いものは桂枝茯苓丸加ヨクイニン,桃核承
結果は太田らのデーターとほぼ同等であった.
気湯であり,当帰芍薬散には,当帰建中湯,温
井上らは,中等度から高度の機能性または器
経湯,芎帰膠艾湯が近い.したがって,今回,
質性月経困難症に月経前
∼
日から .g,
月経開始後から芍薬甘草湯 .g を
∼
月経痛に用いた処方(図
)のほとんどは駆瘀
日間
血剤である.駆瘀血剤は,基本的に骨盤内の血
投与したところ,著効 .%,有効 .%,無
流を良くする薬剤であり,下腹部痛に効くこと
効 .%で,有効率は .%であった〔 〕
.太
が経験的に知られている.上で述べたように,
田らは機能性月経困難症に対して月経前
これら駆瘀血剤には子宮筋腫を縮小させる効果
日前
より芍薬甘草湯 .g を 日間投与し,月経時
もある〔 〕
.詳細なメカニズムは不明であるが,
には鎮痛剤投与も許可したところ,有効性が持
子宮筋腫はエストロゲンに反応して腫大し,月
続したもの .%,その効果が周期ごとに一定
経痛は PG や炎症性サイトカインなどの作用で
しないもの .%であり,有効例は .%であ
誘発される〔 〕という事実と照らし合わせる
った〔 〕
.田中らは器質性疾患を含む 例の中
と,駆瘀血剤による血流改善効果によって,こ
等度から高度の月経困難症患者に月経
日前か
れらの物質の局所濃度を下がることが重要では
ら月経期間に芍薬甘草湯,その後月経までに期
ないかと推察される.今後の重要な検討課題と
間,当帰芍薬散を交互に投与したところ,全例
考える.
に有効であった〔 〕
.今回,われわれは子宮内
膜症
例( %)
,月経困難 症
例( %)の
無効例に芍薬甘草湯を追加投与したとこ
ろ, .%に有効であった.今回の研究におけ
る芍薬甘草湯の有効率は,これまでの文献に比
べやや不良であった.その理由は,駆瘀血剤の
投与のみで無効の重症例に投与したという条件
の悪さと,月経困難症群よりも,子宮内膜症群
に多く投与したことが原因かもしれない.芍薬
甘草湯は,一般に,攣縮性の疼痛が多い機能性
月経困難症に有効とされているからである.あ
るいは,今回,芍薬甘草湯を月経時にのみ投与
したが,月経前から投与する方がより有効なの
かもしれない.
以前,われわれは子宮筋腫患者に駆瘀血剤を
投与したところ筋腫の縮小効果は %にみられ
たが,合併する月経困難症にも %で有効であ
った〔 〕
.したがって,駆瘀血剤は,子宮内膜
症や機能性月経困難症に限らず,すべての月経
痛に有効と思われる.今回,最も多く用いた桂
枝茯苓丸は駆瘀血剤の代表であり,次に多く用
いた当帰芍薬散は四物湯を基本にした補血剤で
ある.当帰芍薬散は貧血のある血虚患者や水は
けの悪い水滞のある患者に用いられ,虚証患者
に用いる温性の駆瘀血剤でもある.桂枝茯苓丸
文
献
〔 〕Rees MC. Heavy painful periods. Balliere’s Clin
Obstet Gynecol
; : −
〔 〕Taketani Y et al.
general report for the prevention, diagnosis and treatment of endometriosis
in the aspect of reproductive health. Tokyo : Ministry of Health, labor and Welfere, Report No.
A. Japanese. Available from: http://mhlwgrants.niph.go.jp,
〔 〕池田智子ほか.高校生における月経痛と関連する
因子の実態調査とリラクセーション法による月経
痛の軽減効果.母性衛生
; : −
〔 〕Tu FF et al. The influence of prier oral contraceptive use on risk of endometriosis is conditional on parity. Fertil Steril
;in press
〔 〕太田博孝ほか.月経困難症への桂枝茯苓丸の月経
時短気投与法.産婦漢方研のあゆみ
; :
−
〔 〕井上修司ほか.芍薬甘草湯による月経困難症の治
療.産婦漢方研のあゆみ
; : −
〔 〕太田博明ほか.機能性月経困難症に対する visual
analogue scale(VAS)の有用 性 と TJ― (芍 薬 甘
草湯)の鎮痛効果に関する検討.産婦漢方研のあ
ゆみ
; : −
〔 〕田中哲司.妊娠を希望する重症月経困難症患者に
対する新しい漢方療法.漢方医学 , − ,
〔 〕笹川寿之ほか.子宮筋腫に対する桂枝茯苓丸を中
心にした待機療法.産婦漢方研のあゆみ
;
: −