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国 際 協 力 研 究
Vol. 20
No.2(通巻40号)
2004年10月
目 次
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
〔特別報告〕
廃棄物管理分野の技術協力をキャパシティ・ディベロップメントの視点で読み解く
…………………………………………………………………………………… 吉田 充夫 …………
1
現職教員研修実施能力の定着へ向けて ……………………………………… 馬渕 俊介 ………… 10
−JICA理数科教育協力をキャパシティ・ディベロップメントで読み解く−
横関祐見子
地域開発におけるキャパシティ・ディベロップメント …………………… 馬渕 俊介 ………… 21
−タンザニア国ソコイネ農業大学地域開発センタープロジェクトの事例から− 角田 学
〔事例研究〕
わが国の中東欧環境支援
−中東欧地域環境センター拠出支援を通して− ……………………………………
木村 祥治 ………… 32
タンザニアにおける日本の都市マラリア対策 ………………………………… 高橋 央 ………… 41
−15年の実績と将来への課題−
半田祐二朗
山形 洋一
〔研究ノート〕
途上国の地方行政能力強化に関する一考察
−ホンジュラスにおける地方自治体間協力組織の取り組み− ……………………
中原 篤史 ………… 55
〔特別報告〕
国際会議報告:アジアにおけるプログラム・ベースド・アプローチ ……… 本田俊一郎 ………… 64
野口 萩乃
〔情 報〕
ボリビア国別援助研究会報告書 ……………………………………………………………………………… 72
日本の保健医療の経験
−途上国の保健医療改善を考える− ………………………………………………………………………………… 74
PRSPプロセス事例研究
−タンザニア・ガーナ・ベトナム・カンボジアの経験から− …………………………………………………… 76
本誌は再生紙を使用しています
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて キャパシティ・ディベロップメント(CD)は、途上国の開発を「個人、組織、制度や社会が複層的に
力をつけていく内発的なプロセス」ととらえ、そのプロセスを支援する触媒としての援助のあり方を見
直す視点です*。国際協力機構(JICA)は途上国の人間の安全保障を実現するためのアプローチとして
CD をとらえ、CD の考え方に沿って技術協力の改善を図っています。
今回の特集では、CDの視点で技術協力をとらえ直した3つの論稿を紹介し、JICAが重視しているCD
の視点とはどのようなものか、その視点で技術協力を考えると何が言えるか、技術協力の今後の課題は
何かについて、具体的なイメージをお伝えしたいと考えております。 日本の技術協力は転機を迎えており、過去の経験を体系化する作業を通じてその再定義を行う時期が
来ていると認識しております。本特集が、皆様にその方向性を考えていただく一助となれば幸いです。
1.CD とは
キャパシティとは、途上国の「問題解決能力」とでもいうべきものであり、個人や組織、制度や社会
システムが、個別的あるいは集団的に機能を果たし、問題を解決したり目標を達成したりできる力を指
しています。CDとは、そのような問題解決能力を途上国自身が強化していくプロセスであると定義され
ています。
CDの考え方の重要な含意は、個人の育成や、コミュニティや政府などの組織の強化のみならず、その
活動を継続させ強化するメカニズムや制度が社会的に確立していかなければ、個々の改善が継続的な発
展プロセスにつながっていかない点を指摘していることにあるといえます。そして、この発展プロセス
は、不足する技術や情報、物資を外から移転することで満たされるものではなく、援助側があくまで触
媒として機能することで促進されるものであることも、同概念は示しています。
2.技術協力の効果向上へ向けて−−特集3稿の紹介
今回掲載する 3 稿は、調査研究「キャパシティ・ディベロップメント」の中間成果を活用し、廃棄物
管理、初中等教育、村落開発といった各分野の技術協力を CD の視点で見直したものです。
● 「廃棄物管理分野の技術協力を CD の視点で読み解く」では、70 年代から今日までの同分野の支援
アプローチの歴史的変遷を分析し、多様な関係者を巻き込んだ廃棄物管理の体制や制度を構築する
CD 支援アプローチの重要性が叫ばれるようになっている現状を紹介します。
● 「現職教員研修実施能力の定着へ向けて」
では、JICAの現職教員研修協力の事業経験を整理します。
特に、研修メカニズムを国の制度として定着させる過程で生じる試行錯誤を紹介し、今後の技術協
力のあり方について問題提起を行います。
● 「地域開発における CD」では、技術の在来性と地域住民の内発性を重視したタンザニアの活動事例
を取り上げ、実践を通じて活動の持続性確保に必要な体制・制度を構築する方法論を紹介するとと
もに、地域開発の担い手のあり方、モデル地域の活動を他地域に広めるために必要なステップを指
摘します。
いずれの論稿も、援助側が技術協力を行う際に、個々の課題の改善へ向けて途上国が備えるべき複層
的なキャパシティの全体像をあらかじめ把握し、そのうえで協力内容を選択していくことの重要性を示
しています。それは援助機関に対して、開発課題に関する知識・経験を組織として深めること、現場主
義に基づいた柔軟かつ包括的な協力を行うことを要求します。JICAにも、途上国のCDのプロセスを支
援するに耐え得る組織としての体力、体制を整える努力が強く求められていると考えています。
独立行政法人 国際協力機構
国際協力総合研修所
所長 田口 徹
* 概念の詳細については,馬渕・桑島[2004]
「シンポジウム報告:途上国のキャパシティ・ディベロップメントと有
効な援助」
『国際協力研究』(通巻 39 号)参照.
廃棄物管理分野の技術協力をキャパシティ・ディベロップメントの視点で読み解く
〔特別報告〕
Special Report
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
廃棄物管理分野の技術協力をキャパシティ・
ディベロップメントの視点で読み解く
よし だ
みつ お
吉田 充夫*
の質の向上に関する関心は高まっており、廃棄物
はじめに
管理の重要性が認識されつつある。廃棄物管理に
関する途上国の認識の高まりに応える形で、1970
人間が生産と消費といった経済活動を営む限
年代以降、廃棄物問題にかかわる協力が、多くの
り、必ず廃棄物は発生する。すなわち、自然界と
多国間・二国間ドナーによって実施されてきた。
人間社会の物質代謝のインターフェイスにおい
しかしながら、廃棄物管理は、各国の経済、制度、
て、人間が自然から資源を取り出す入り口で各種
歴史、文化に裏打ちされた社会のあり方と密接に
の自然破壊問題が起き、人間社会がさまざまな廃
関係して成立する、すぐれて個別的な性格を有す
棄物を自然に排出する出口で環境汚染問題が発生
るものであり、他国(先進諸国)の廃棄物管理技
する(吉田文和[1998]
)
。したがって、出口の問
術の移転や、廃棄物管理システムの移植による対
題に係る「廃棄物管理」は、いかなる社会におい
応は、ほとんど意味を持たない
(桜井国俊
[2000]
;
ても避けて通ることのできない課題である。
Flintoff[1984]
)
。ここに、開発途上国に対する廃
現在、世界人口の70%以上を占める開発途上国
の、とりわけ都市においては、その廃棄物管理の
棄物分野技術協力の難しさがあり、また課題があ
る。
現状は 2 つの意味で深刻である。第 1 に、廃棄物
本稿では、こうした諸ドナーによる廃棄物プロ
問題と表裏の関係にある都市化や人口集中といっ
ジェクトの成功と失敗から導き出されてきた教訓
た現象が、かつて先進諸国が経験してきた以上に
と、その教訓をふまえて発展してきた近年の廃棄
極めて急激に進んでおり、そのため廃棄物の増大
物分野における協力の潮流を、キャパシティ・
と多様化といった廃棄物問題がより先鋭な形で現
ディベロップメント(以下 CD と略記)支援の視
れている。第2に、これらの国々では制度、行政
点から読み解いてみることにしたい。
組織、人材といった、国や自治体が廃棄物問題に
自ら主体的に対処するために必要な要素が十分に
整備されていないため、新たに生起した廃棄物問
I 廃棄物分野における支援アプローチ
の系譜
題への対応を効果的に行うことができていない。
開発途上国は先進諸国の経験してきた公害・環
廃棄物分野における開発途上国からの援助協力
境汚染問題や廃棄物問題を知らないわけではな
の要請は、その人口集中や都市化が急激である首
い。開発途上国においても先進諸国と同様、環境
都など大都市圏の廃棄物管理事業を対象としたも
* JICA 国際協力総合研修所国際協力専門員
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 1
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
のが顕著であり、多くの無償・有償の援助協力事
同国における廃棄物管理システムの確立につなが
業が各ドナーにより行われてきた。こうした開発
り、大きな成功を収めた。
途上国の都市廃棄物問題に関する従来の援助協力
しかし、開発途上国の側に廃棄物管理に係るマ
事業には、大きく分けて、
(1)
ハード投入型、
(2)
スタープラン(M/P)や中・長期的計画が欠如し
ソフト投入型、(3)CD 支援型、という 3 つのア
ていたり、機材や施設を活用し維持する技術が不
プローチが認められ、これらは段階的に展開する
足していたり、管理体制が旧態依然であったり、
ようにして生み出されてきた、と考えられる。
財務体制が確立されていなかったりした場合、い
かにハードを投入してもその場しのぎにしかなら
1.ハード投入型アプローチ(1970 年代∼)
ず、持続性が確保できない。そのため、少なくな
その第 1 のアプローチは、都市環境整備の一環
い開発途上国の都市において、
「ハード投入型」
は
としての廃棄物収集機材の拡充など機材(収集車
大きな援助効果を示さず、持続性に問題を残すこ
両、収集設備、処理施設などのハードウェア)の
とがプロジェクト評価の結果明らかになった
供与・投入を中心とする支援、「ハード投入型」で
(Bartone
[1990]
)
。世銀の報告
(Johannessen[1999]
)
ある。このアプローチは廃棄物分野における援助
において指摘されているジャカルタの B a n t a r
協力事業の最も初期の 1970 年代から多数採用さ
Gebang埋め立て処分場はおそらくその一例であろ
れてきたアプローチであり、代表的な例として
う。同処分場は、日本の支援によって設計・建設
は、76年以降カイロ、アレキサンドリア、マニラ、
された、遮水構造や浸出水処理設備を設置した近
ジャカルタ、シンガポールなど世界40カ国の都市
代的な衛生埋め立て処分場であるが、財務状況悪
で行われた世界銀行(世銀)による都市開発プロ
化と不十分な運営管理体制のために埋め立て機材
グラムを挙げることができる(Cointreau[1982]
)
。
の多くが未稼働に陥ってしまい、調査当時(1999
これらのプロジェクトにおいては、廃棄物分野だ
年)ではオープンダンプに等しい状態に劣化して
けでも総額 5 億ドル以上の資金が投入されたが、
しまっていたことが指摘されている注1)。その原因
廃棄物管理分野で独自のプロジェクトを形成する
としては、財務計画や運営管理体制強化といった
というより、他の都市管理改善、たとえば上下水
「ソフト面」におけるキャパシティ評価が不適切
道、道路交通網等のインフラ整備と並ぶ一要素と
で、対策が不十分であったことが指摘できる。
して扱われ、多くの場合、廃棄物収集機材や処理
なお、1970年代以来の廃棄物分野における援助
施設の投入といった形で組み込まれた(Bartone
協力事業の多くの実施経験に基づき、機材投入を
[1990]
)
。
はじめとする技術協力や援助協力の手法や適正技
こうした「ハード投入」主体のプロジェクトに
術について、マニュアル化の試みが始まったの
よって都市廃棄物の収集率が向上し、廃棄物最終
も、この「ハード投入型」アプローチに対する反
処分が進み、都市廃棄物管理事業が持続的に改善
省が生まれてきた時期である(Cointreau[1982]
;
するケースもあった。そのグッド・プラクティス
Flintoff[1984]等)
。
としてよく知られているのはシンガポールでの世
銀のプロジェクトである(Leitmann[1999]
)
。シ
2.ソフト投入型アプローチ(1980 年代∼)
ンガポールでは、国土が狭い中での人口集中のも
以上の第 1 のアプローチの反省の中から出てき
と、当時から廃棄物問題が極めて深刻となってい
たのが、計画や運営・維持・管理・財務といった
た。そのためシンガポール政府は世銀ファンドを
ソフト面の投入を主眼とするアプローチである。
廃棄物管理改善事業に集中投入し、一貫した姿勢
「ソフト面」という語には一般にさまざまな意味
で、焼却処分場建設をはじめとする抜本的な廃棄
が含まれているが、本稿では、合理的なハード投
物管理システムの改善を行った。これがその後の
入とシステム構築のための計画づくり、狭義の組
2
廃棄物管理分野の技術協力をキャパシティ・ディベロップメントの視点で読み解く
織や体制づくり、技術移転などによる技術面の強
国間ドナーの技術協力スキームにより、1980年代
化を、その意味として用いる。このアプローチで
初頭から 90 年代の 12 年以上にわたって継続的に
は第 1 のアプローチのようなハード投入に先立っ
支援がなされ、計画策定、組織確立、機材供与、技
て、事前調査の充実と廃棄物管理計画策定が不可
術移転、人材養成トレーニング、パイロット・プ
欠の要素となり、調査、M/P 策定、経営・財務分
ロジェクト実施、といった当時としては考えられ
析、フィージビリティ調査
(F/S)
、設計などが、援
得るあらゆる技術協力・投入が系統的になされた。
助協力の不可欠のコンポーネントとして導入され
しかし、93年に当該ドナーのプロジェクトが終了
るようになった(Bartone[1990]
)
。JICA が 1980
した直後から廃棄物管理体制は機能不全に陥り、
年代末葉から 90 年代にかけて実施してきた廃棄
都市化が進んだだけに廃棄物管理の状況は協力実
物分野の多くの開発調査と無償資金協力事業
施以前よりも劣悪なものとなった。その原因とし
(JICA[1993]
)も、まさにこのアプローチに相当
ては、行政機関や実施機関の体制構築の不十分さ、
する。
経営・財政面の管理能力の未熟さ、市民参加の弱
このアプローチでは、単なるハード投入ではな
さなどが挙げられている(Thapa[1998]
)
。本プロ
く個々の廃棄物管理コンポーネントを包括した全
ジェクトにおいては、ハードのみならずソフト面
体システムの計画やM/Pの策定が主眼となり、そ
での投入も多々なされたが、機能不全に陥った背
れに基づく廃棄物システムの構築事業において車
景に認められるのは、オーナーシップの希薄さに
両・機材等のハード投入が行われる。併せて技術
由来する組織面および制度・体制面におけるキャ
移転が必要に応じて行われる。調査の結果策定さ
パシティの不足である。
れた計画に基づいて持続性のある廃棄物管理シス
すなわち、外部者であるドナーがソフト面の投
テムの構築に成功するかどうか、すなわち、これ
入をハード面投入と併せて行ったとしても、相手
らソフト面での援助協力を生かすことができるか
側に能力(キャパシティ)や主体性(オーナーシッ
どうかは、支援を受け入れる国において、人材・
プ)が伴わない限り、それらは持続性を持つこと
組織・体制・制度といった面での廃棄物管理の主
ができないということである。プロジェクト終了
体が形成されているか否か、すなわち実施する能
後ただちに機能不全に陥ったカトマンズのケース
力(キャパシティ)と主体性(オーナーシップ)が
は、このことを示している。
あるかどうかということに大きく依存している。
したがって、この段階で問題を多かれ少なかれ持
3.CD 支援型アプローチ(1990 年代∼)
ちながらも廃棄物管理システムを確立し自立を果
第 3 のアプローチは、第 2 のアプローチの反省
たすケースもある。たとえばタイ 、ブラジル 、メ
に立ち、開発途上国における廃棄物管理の主体の
キシコなど、比較的豊かな人材と組織体制を整
キャパシティ・ディベロップメント(CD)注 2) を
え、急速な経済発展の故に廃棄物問題に関して切
前面に据えた支援の方向性である。すなわち、廃
迫した意識を有していた国々である。
棄物管理の改善のために、まずその主体性を重視
しかし、キャパシティやオーナーシップが不十
し、外からの「ハードやソフトの投入」によって
分である場合、M/Pは計画倒れに終わり、また、新
改善を図るのではなく、その内発的な能力向上
たに構築された廃棄物管理システムは事業として
(キャパシティ・ディベロップメント)に対する支
の持続性を持ち得ない。
こうした「ソフト投入型」アプローチについて
援を行うことによって改善を図るアプローチであ
る。ここで述べる 「廃棄物管理のキャパシティ」
開発途上国の立場からの批判的分析がなされ公表
とは、個人レベルの能力のみならず、組織レベル
されている一例を挙げると、ネパール・カトマン
や制度・社会レベルの能力も含み(Fukuda-Parr et
ズの例がある(Thapa[1998]
)
。同市では、ある二
al.[2002]
)
、いわゆる「ソフト面」
「ハード面」で
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 3
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
表−1 廃棄物管理分野におけるキャパシティの概要
レベル
個人
キャパシティの定義
廃棄物管理に係るキャパシティ
個人の知識と技能.行動目標を設定し,
・廃棄物管理に携わる個々の人材の知識,言語能力,技能,
かつ,知識・技能を生かしつつその目
技術,知恵,意思,責任感
標を達成しようとする意思や実行力.
組織
組織に与えられた(もしくは組織自
ら設定した)目的を達成するために必
要な,物的・人的・知的資産,リーダ
ーシップ,組織管理体制,組織文化.
・人的資産(廃棄物管理の技術・管理・計画の各部門におけ
る人材,人材育成)
・物的資産(廃棄物管理の実行に必要な施設・機材・土地・
資金・資本)
・知的資産(廃棄物管理システムのノウハウ,廃棄物フロー
などの統計情報,文献,マニュアル,調査研究データ)
・以上の資産を生かすことのできる組織の形態とマネジメント,
リーダーシップ,オーナーシップ
・組織内の共通した問題意識
制度・社会
個人および組織のレベルの能力が発
揮されるために必要な環境や条件.組
織レベルを超えた政策や枠組み,制度,
経済体制,社会規範.
・公式な法制度(廃棄物の定義と管理責任の所在を定めた法律,
政令,条例)
・公式な規制や基準(廃棄物の管理・処理・処分方法に関す
る基準,排出基準,環境基準,強制力)
・政策と政治(国・地方レベルでの明確な廃棄物管理政策,
政策目標,政治)
・廃棄物管理事業に係る社会インフラ
・非公式な制度(廃棄物〈ゴミ〉に関する慣習,歴史的制度,
タブー,規範)
・廃棄物に係る特定の社会階層(ウェイスト・ピッカー,カ
ーストなど)
・廃棄物に係る社会組織(CBO,NGO,団体)
・公式または非公式のリサイクル市場・産業
・環境教育・廃棄物教育
・住民・コミュニティの意見の反映を保障するシステム(グ
ッドガバナンス),パートナーシップ
・廃棄物管理を実行する社会的なオーナーシップ(世論・合意・
協力意識)
注)各レベルにおけるキャパシティの定義は,JICA[2004a]を参照した.
(出典)JICA[2004b]第4章所収.
の資産や能力をも包括するものである。
キャパシティは「個人」
「組織」
「制度・社会」の
ティは相互に関係するといえる。
(1)狭義の‘Institution Building’
(組織強化)
3 つのレベルに分けてとらえることができる(表
当初、キャパシティ向上の「主体」とは、専ら
−1参照)
。しかし、たとえば個人がその廃棄物管
廃棄物管理の実施機関である地方行政機関ととら
理に関する知識・技能を最大限に発揮するために
えられ、廃棄物管理実施を行う行政機関の人材、
は、その属する組織、廃棄物制度、社会慣習との
組織、マネジメントの改善(旧来からの狭義の
関係を無視することはできず、一方、特定の廃棄
‘Institution Building’注 3))を重視する方向が強調さ
物管理制度が適切に機能するためには組織や個人
れた(Browne[2002]
)
。たとえば、実施機関の強
にその制度を十分に理解し運用する能力が不可欠
化ということでいえば、1970 ∼ 80 年代の世銀の
である、というように、3 つのレベルのキャパシ
プロジェクトにおいて見られた総合的な都市開発
4
廃棄物管理分野の技術協力をキャパシティ・ディベロップメントの視点で読み解く
プロジェクトに廃棄物管理改善を位置づける援助
と深化である(Jutting[2003]
)
。
手法は、その後90年代にWHO/UNDPによってア
このことから、キャパシティ向上のターゲッ
ジア、アフリカ、ラテンアメリカの都市で実施さ
トがすべてのステークホルダー(市民、コミュニ
れた Healthy City Projects(HCPs)
(Harpham et al.
ティ、NGOs、CBOs、民間企業)に拡大した注4)。
[2001]
)に踏襲された。この中では、廃棄物管理
加えて、相互のステークホルダー間のパートナー
を含む個々の都市環境管理事業を公衆衛生と健康
シップの強化、そして社会全体としての包括的な
を軸とするセクター横断的なプロジェクトによっ
キャパシティ・ディベロップメントが必要である
て再編・活性化し、この過程で地方行政の組織・
との認識が広がっていった(Sc hube le r e t a l.
マネジメント面を改善することが意図されてお
[1996];Campbell[1999];Van de Klundert and
り、この意味で狭義の‘Institution Building’支援
型のプロジェクトと見なすことができる。
Anshutz[2000]
)
。
CD 支援型アプローチは、相手の内発的なプロ
セスに依拠しつつ外部者として側面支援を行う方
(2)廃棄物管理の主体・担い手の問題
法を取るため、相手側の主体性、意欲、意思、熱
こうした廃棄物管理機関(一般には地方行政組
意、協働性が常に問題になる。外部者であるド
織)の能力向上(狭義の‘Institution Building’
)は
ナーの立場からいえば、個人・組織・社会のレベ
それ自体重要な課題ではあるが、しかし、実際の
ルにおける相手側の意思や意欲をいかに見出すの
ところ廃棄物問題は行政機関の能力改善だけでは
か、現実に作用する力として引き出していくの
解決され得ない。なぜならば、廃棄物問題は社会
か、あるいは引き出すことに協力するのか、とい
のありようと密接にかかわって発生するからであ
うことに技術協力実践上のカギがある。しかし、
る。そのため、社会面の視点を強化し、コミュニ
こうしたいわば教育的な課題への対応手法につい
ティ参加、合意形成、パートナーシップを重視し
ては、実践例として、また実証的な例としてグッ
たアプローチが必要であると指摘されるように
ド・プラクティスの蓄積が少ない。
なった(Van de Klundert and Lardinois[1995」
; Van
de Klundert and Anshutz[2000]
;Moningka[2000]
)
。
こうした社会面のパートナーシップへの言及は、
(3)パートナーシップ
CD 支援型アプローチにおいては、パートナー
また、以下の事情に起因するものでもある。すな
シップが 1 つのキーワードである。これは異なる
わち、①急速な人口増加、都市化、開発による環
ステークホルダーの間の連携(たとえば、コミュ
境悪化にもかかわらず、地方行政の能力では十分
ニティと民間、行政と民間、政治と行政など)
が、
に対応できない、②このような事態に対してコ
単なる相互関係を超えて、実際にキャパシティ・
ミュニティ側は C B O s (C o m m u n i t y - b a s e d
ディベロップメントを推し進める役割を果たすか
Organizations)や NGOs を活用した対応をせざる
らである(Browne[2002ed.]p.6)
。廃棄物管理に
を得なくなった、③この結果、行政とコミュニ
おいては、前節の「コミュニティと地方行政」の
ティの関係に変化が生じ、コミュニティが都市環
パートナーシップが廃棄物の一次収集を実施する
境管理において不可欠な役割を果たすことが広く
うえで不可欠の要素になっており、また、
「地方行
認知されるようになり、そして、コミュニティ参
政と民間」のパートナーシップ(民間との連携、
加型(Community Participation in Solid Waste
Public Private Partnership:PPP)として、民間への
Management)やコミュニティ主体型(Community-
事業委託や民営化の動きが積極的に取り入れら
based Solid Waste Management:CBSWM)の廃棄
れ、開発途上国の都市においても非常に広範に展
物管理が提唱されるに至った(Moningka[2000]
)
。
開されつつある(C o i n t r e a u - L e v i n e [1 9 9 4 ],
すなわち、都市における廃棄物管理の主体の拡大
Cointreau-Levine and Coad[2000]
)
。これは Opera国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 5
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
tion/Maintenance(O/M)の質的向上による廃棄物
系のNGOにより、廃棄物処分場に生活するウェイ
管理サービスの向上、コストの削減、技術向上に
スト・ピッカーによるリサイクル事業の起業支援
よる環境保全効果、民間財源によるインフラ投資
が行われ、既存のリサイクル・システムを強化す
効果が見込めるからである。部分委託から完全民
ることを通して、マニラの廃棄物管理システムの
営化まで多様な形態があり、開発途上国において
構築に貢献した(Vicentian Missionaries[1998]
)
。
も NGOs や CBOs のみならず、廃棄物産業(Waste
このほか、近年の潮流として、ジェンダーの視
Industry)が勃興してきている。この「民間との連
点が導入されてきている。すなわち廃棄物管理に
携(PPP)
」においては、多かれ少なかれ廃棄物収
おいて、特に途上国においては、女性が決定的な
集・処理の有料化が進み、今日では多くの開発途
役割を果たしていること、家庭でのゴミの管理は
上国で一般的になってきているのも特徴である。
基本的に女性の仕事となっていること
(Scheinberg
しかし、民間参入にあたって透明性が十分に確保
et al.[1999]
)
、多くの廃棄物管理 CBOs は女性に
されない場合、事業の利権にからむ汚職や社会問
よって組織されている
(カラチ、チェンナイ、ダッ
題が発生したり、不法投棄(最終処分コストの不
カ、ハノイの例)こと、ウェイスト・ピッカーの
法な削減)を前提とする「廃棄物マフィア」を生
大半は女性と子どもであり健康に大きな影響を与
む構造にもなり得る。したがって「民間との連携
えている(インドの例)こと(Hunt[1996]
)
、リ
(PPP)
」においては、民間企業の成長(自由競争)
、
サイクルの高度分別作業の多くは女性によって行
適正な計画、労働環境、サービスのモニタリング
われている(バングラデシュ)ことなどが指摘さ
とコントロールがカギであり(Massoud and El-
れており、今後社会面のアプローチにおいて不可
Fadel[2002]
;Massoud et al.[2003]
)、その意味
欠の視点として認識される必要がある。
ではいかに民間委託を推進するとしても、廃棄物
管理における行政側の指導管理能力の向上は常に
問われることになる。ガーナのアクラ市およびイ
II ‘Capacity Development’概念の広
まりと廃棄物管理支援への反映
ンドのハイデラバード市の民営化導入では、こう
した行政側のキャパシティが不十分な中で、ド
以上に述べてきた廃棄物分野でのキャパシティ
ナー主導で民営化が推進されたため、総じて廃棄
向上支援アプローチへの発展の方向性は、1990年
物収集改善に効果はあったものの、地域によって
代中葉から広く開発途上国への援助協力の基本的
効果に大きな差が出るなどばらつきが生まれた
な方向性として提唱されてきた‘キャンパシ
り、劣悪な労働環境を作ってしまったり、環境負
ティ・ディベロップメント’の概念(UNDP[1997]
)
荷が増大した、という負の経験も報告されている
と、まさに呼応するものである。
(Post et al.[2003]
)
。
キャパシティ・ディベロップメントとは、UNDP
また、開発途上国における廃棄物管理の社会面
や他の国際援助機関が、それまでの40年に及ぶ技
を考えるとき、スラム、ウェイスト・ピッカー
(か
術協力や援助を批判的に評価する中で達した考え
つて「スキャベンジャー」とも呼ばれた)
、清掃人
方である。すなわち、それまでの技術協力は、そ
カーストなど、底辺となる社会階層の問題は避け
の持続性の度合い、受入国のオーナーシップの有
て通ることができない。CDの観点からは、こうし
無、技術の適正性といった評価基準に照らして、
た社会階層の存在の現実も、社会全体のキャパシ
必ずしも成功しているとはいえないと評価された
ティとしてとらえて、社会全体の廃棄物管理の中
のである。それまでのプロジェクトの特徴は、開
でその役割を位置づける努力がなされてきている
発途上国支援が目的とはいえ、結局のところド
(Medina[1997];Wegelin and Borgman[1995]
)。
ナー主体(d o n o r - d r i v e n )、投入中心(i n p u t -
たとえば、フィリピン・マニラ市ではミッション
oriented)
、費用便益志向(cost-benefit)
、ドナー側
6
廃棄物管理分野の技術協力をキャパシティ・ディベロップメントの視点で読み解く
のコンサルタント・専門家主導(expert-led)といっ
(2002∼03年開催)、第三国研修は3コース開催さ
た「援助する側が主体となる構造」を有し、受入
れている。こうした廃棄物分野技術協力事業の中
国側の主体性が二の次にされてきた。廃棄物分野
で近年顕著となってきているのは、開発調査にお
における「ハード投入型」
「ソフト投入型」のアプ
いては、調査や計画立案プロセスにおけるカウン
ローチは、多かれ少なかれこの構造を内包してい
ターパートとの協働の重視、カウンターパート主
たものといえる。また、一歩進んだ段階では、確
導のパイロット・プロジェクト重視、社会面重視
かに Institution Building(狭義)に関するプロジェ
など、CD支援と共通する志向である。また、パイ
クト目標はあったが、それは限定的な実施機関
ロット・プロジェクトの位置づけが、従来の開発
(廃棄物管理行政機関)のみを対象としたもので
調査に見られる「M/P の検証」
「データ取得」とい
あった。行政機関の強化は CD の 1 つの要素とは
う調査ツールから、多かれ少なかれ「技術指導の
なるものの、廃棄物管理における CD は、より広
場」
「カウンターパートの自主性の育成」
「持続的
範な個人や集団、コミュニティまでをも包摂する
な取り組みの動機づけ」といった CD 支援のツー
ものである、ということに注目しなければならな
ルとなってきている。また無償資金協力において
い。すなわち社会全体での廃棄物管理、そのため
も、
「ソフトコンポーネント」
を実施設計段階で導
の社会面の重視、行政とコミュニティや民間との
入したり、専門家派遣やボランティア派遣を連携
パートナーシップである。
させて相手側の持続性に配慮した支援が図られて
廃棄物管理の CD 支援アプローチでは、まず相
手側の廃棄物管理キャパシティを社会面も含めて
きており(ラオス・ビエンチャン市の例)、CD 支
援と共通する方向性が出てきている。
広く包括的にとらえること、次に、各レベルの
過去 10 年の廃棄物分野の技術協力において、
キャパシティを考慮しつつ社会全体の総合的な廃
CD 支援との関連で特筆すべき例は、「福岡方式」
棄物管理能力を高めるためにどの部分に支援を行
( Matsufuji[1997]
)の適正技術としての発展であ
うかを、相手の主体性を尊重し検討することが必
る。
「福岡方式」とは、もともと 1970 年代に福岡
要となる。
市と福岡大学が開発した準好気性の埋め立て処分
場構造で、その構造が比較的簡単な特徴を有する
III JICA の廃棄物分野技術協力におけ
る CD 支援アプローチの萌芽
ため、開発途上国において現地で入手可能な低コ
ストの資材(たとえば竹やドラム缶やヤシの葉な
ど)を利用して、現地の条件に合ったさまざまな
以上に述べてきた CD 支援アプローチは、近年
バリエーションを構築することが可能であること
JICAが技術協力の実践の中で志向してきた方向性
から、やがて、廃棄物埋め立て処分場の適正技術
とも大局的に一致する。すなわち CD 支援アプ
(Appropriate Technology)として「福岡方式」と称
ローチで重視する主体性の尊重とそれに基づく内
されるようになった。マレーシアの埋め立て処分
発的なキャパシティ向上は、
「日本型の技術協力」
場改善への技術協力事業では本方式が全面的に取
の特徴とされる、オーナーシップ尊重、自助努力
り入れられて大きな成功をもたらしており、その
や自立のための協力(JICA[2003]
)と相通じるも
後イラン、中国、メキシコ、大洋州などで成功例
のである。
が報告されている。現地の条件を考慮しカウン
過去 10 年の JICA の廃棄物分野における技術協
ターパートの主体性を尊重して廃棄物埋め立て処
力は、開発調査 36 件、無償資金協力 29 件、専門
分場の構造を設計するという意味で、
「福岡方式」
家派遣 75 件(うち 15 日以内の限られた目的の派
は、CD 支援に符合する考え方である。
遣は28件)
、ボランティア派遣27件(うちJOCV15
以上に見てきたように、近年の廃棄物分野にお
件)である。また、国内研修コースは 13 コース
けるJICA技術協力にはCD支援アプローチと共通
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 7
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
する方向性が生まれてきている。その意味で世界
的な動向と呼応したものである。しかしながら、
行った調査研究に基づいている。本テーマに関心のある方
は、同研究会報告書「開発途上国廃棄物分野のキャパシ
ティ・ディベロップメント支援のために−社会全体の廃棄
これまでの支援アプローチは個別の現場や事例か
物管理能力の向上をめざして−」
(JICA国際協力総合研修所
らの試行錯誤の結果生まれたものであり、いまだ
刊、2004 年 11 月)を参照していただきたい。本稿で扱った
体系化されたものではなく、成果も部分的である
テーマに関し折に触れて議論していただいた、渡辺泰介、近
藤整、小槻規子の各氏、CD 検討会の各位に感謝する。
といわなければならない。
注 釈
IV まとめ
1)ただし,このプロジェクトは「ハード投入型」のみなら
廃棄物分野における援助協力には、大局的に 3
つの協力の方向性が認められる。それは、①都市
ず,計画や設計も投入されているため後述の「ソフト投
入」型の性格も有する.
2)UNDP[1997]は,開発における能力(Capacity)を,
「個
環境整備の一環としての廃棄物機材の整備など
人,組織,制度や社会が,個別にあるいは集合的にその
ハード投入支援、②廃棄物管理計画策定支援とソ
役割を果たすことを通じて,問題を解決し,また目標を
フト投入重視、③CDの視点に立った人材・組織・
設定してそれを達成していく“能力”
(問題対処能力)
」と
定義している.
制度・制度体制への包括的な支援による廃棄物管
3)または‘Institution Development’(組織強化).
理の主体育成と社会面重視、である。これらの 3
4)こうしたコミュニティや住民への広がり(p e o p l e -
つの方向性は、試行錯誤を繰り返しながら、段階
centered)を持ったアプローチを Oxfam の Eade[1997]ら
は,'Capacity-Building' と呼んだが,一方でこの用語は研
的に発展してきたものといえる。直近の10年間に
修や技術移転を中心とした人材養成や,前出の「ソフト
おいては、③の CD 支援と社会面重視が国際的な
投入」に近い意味で用いられることもあり,本稿ではこ
潮流の重点となっている。しかし、CD支援や社会
面重視といった方向性は、対象とする都市や社
会・文化に応じて千差万別のアプローチがあり、
いわばローカルな取り組みのアンサンブルである
といえる。
廃棄物管理事業を持続的に担っていくために、
システムを改善し、キャパシティ・ディベロップ
の用語は用いない.
参考文献
カール・バートン[1990]「廃棄物分野における世界銀行の
途上国協力−その経験,学んだ教訓,今後の戦略−」廃
棄物学会誌 2 巻:59-65(訳:桜井国俊・酒井泰).
JICA[1993]
『開発途上国都市廃棄物管理の改善手法』国際
協力総合研修所.
メント(CD)を行うのは相手国自身であり、そこ
——
[2003]
『日本型国際協力の有効性と課題』国際協力事
に‘Capacity Development’の真の意味がある。す
業団,財団法人国際開発センター,アイ・シー・ネット
なわち「支援」や「援助」は CD の遂行上、時と
して二律背反的な意味を帯びかねない。外部者で
あるドナーはあくまで支援者であって、途上国側
が CD プロセスを進めていくためのきっかけ、機
会、場を提供する触媒的な役割を担っているにす
ぎない、ということを忘れてはならない。
株式会社.
——
[2004a]
『キャパシティ・ディベロップメント・ハンド
ブック』.独立行政法人国際協力機構「援助アプローチ」
課題タスク.
——
[2004b]
『開発途上国廃棄物分野のキャパシティ・ディ
ベロップメント支援のために−社会全体の廃棄物管理
能力の向上をめざして−』国際協力総合研修所.
桜井国俊[2000]
「開発途上国の都市廃棄物管理−都市廃棄
物管理分野におけるより効果的な国際協力のために−」
『廃棄物学会誌』11 巻:142-151.
付 記
本稿は、国際協力総合研修所の第2回CD 検討会(2004年
5 月 31 日)にて行った報告を加筆し取りまとめたものであ
吉田文和[1998]廃棄物と汚染の政治経済学.岩波書店.
Browne, S., ed.[2002]Developing Capacity through technical
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る。その内容は、2003 年 10 月から約 1 年間にわたって国際
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8
廃棄物管理分野の技術協力をキャパシティ・ディベロップメントの視点で読み解く
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国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 9
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
〔特別報告〕
Special Report
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
現職教員研修実施能力の定着へ向けて
− JICA 理数科教育協力をキャパシティ・ディベロップメントで読み解く−
ま ぶち
しゅんすけ
よこ ぜき
馬渕 俊介*
ゆ
み
こ
横関 祐見子**
はじめに
I 理数科教育協力の意義とJICAの協力
JICAの基礎教育分野における技術協力の代表的
JICAの基礎教育分野での技術協力の中心的事業
なものに理数科教育協力がある。個々のプロジェ
ともいえる理数科教育であるが、その歴史は比較
クトにおける協力対象や実施方法は均一ではない
的浅い注 2)。協力隊派遣としては 1970 年代中ごろ
が、理数科教育協力であると同時に、教師の教え
からガーナ、マラウイ、ケニア等のアフリカ諸国
る力を伸ばすための教師教育プロジェクトである
の中等教育機関(主に高校)に理数科教師が派遣
ことにその特徴がある。さらに、いくつかのプロ
されてきたが、表−1に示されるように、技術協
ジェクトでは、伝統的な教育技術の移転から、途
力プロジェクトとして開始したのは、94年のフィ
上国の課題対処能力を総体として強化していく
リピン初中等理数科教育開発パッケージ協力から
キャパシティ・ディベロップメント(CD)の観
である。その後、エジプト、ケニア、南アフリカ、
点
注1)
に基づいた、より包括的な協力への「進化」
が見られることも興味深い。理数科教育協力が始
インドネシア、ガーナ、ホンジュラスなどの国々
で理数科教育プロジェクトが始まった。
まってほぼ 10 年目に、JICA はこれまでに実施さ
理数科教育の重要性については以下のように理
れた理数科教育プロジェクトの評価結果を分析
解できる。まず、理数科教育の振興は科学技術の
し、教訓を導き出す試みを行った。本稿ではこの
発展と結び付き、科学技術の発展は経済開発への
「評価結果の総合分析」を参考に、JICA の理数科
必要条件であると認識されてきた(Ware[1992]
)
。
プロジェクトを CD の観点から見直すことを試み
また、近年では、理数科教育が環境や HIV/AIDS
る。理数科教育を改善するためには、教師のキャ
等の課題へ貢献すると期待されている(Lewin
パシティを強化することと同時に、教師が実力を
[2000]
)
。一人ひとりの学生にとっても、国家統一
出すことのできる組織や制度を整備することが重
試験や進学のための試験において理数教科でよい
要である。本稿では、フィリピン、ガーナ、ケニ
点を取ることが大切であるとの認識があり、理数
アで実施されている 3 つのプロジェクトを CD の
科教育への需要は高い。
観点から分析することにより、協力のあり方・や
り方に関する戦略的な示唆を導き出す。
一方、多くの途上国では理数科教育に深刻な課
題を抱えている。教材や施設の不足よりも大きな
* JICA 国際協力総合研修所調査研究グループ事業戦略チーム研究員 ** JICA 国際協力総合研修所国際協力専門員
10
現職教員研修実施能力の定着へ向けて
表−1 JICA理数科教育プロジェクト
国名
フィリピン
エジプト
ケニア
案件名
実施期間
初中等理数科教育開発パッケージ協力
1994年16月∼1999年15月
初中等理数科教員研修強化計画
2002年14月∼2005年14月
小学校理数科授業改善
1997年12月∼2000年11月
小学校理数科教育改善
2003年14月∼2006年13月
中等理数科教育強化(フェーズ1)
1998年17月∼2003年16月
中等理数科教育強化(フェーズ2)
2003年17月∼2008年16月
インドネシア
初中等理数科教育拡充計画
1998年10月∼2003年19月
南アフリカ
ムプマランガ州中等理数科教員再訓練(フェーズ1)
1999年11月∼2003年13月
ムプマランガ州中等理数科教員再訓練(フェーズ2)
2003年14月∼2006年13月
ガーナ
初中学校理数科教育改善
2000年13月∼2005年12月
カンボジア
理数科教育改善
2000年18月∼2004年19月
ホンジュラス
算数指導力向上
2003年14月∼2006年13月
(出典)JICA[2004a]をもとに作成.
問題とされているのが、理数科の科目内容に関す
と対照を成す。そして、近年、JICAのプロジェク
る十分な知識と教授法を備え持った教師の不足で
トは急速に変化しつつある。教材の普及や研修の
ある(Ware[1992]
;Ottenvanger et.al[2003]
)
。こ
制度化のために教育政策や制度に目を向ける必要
こから、教師教育の質を上げることによって教師
性が認識され、さまざまな工夫がなされている。
の「理数科を教える力」を育てるという戦略が生
理数科教育協力とその近年の変化を CD の観点か
まれてくる。教師の実力とやる気によって、教材
ら分析することは、これまでのJICAの教育協力の
や施設の不足をある程度まで補うこともできる
位置づけと今後の可能性を見るためにも有効であ
(Yokozeki[1999]
)
。
ると思われる。
日本が理数科教育分野での技術協力をいわば
「お家芸」
として実施している理由として、理数科
教育が①政治的・文化的に「中立」である、②日
II 3 事例に見られるJICAのCD支援の
基本形
本が理数科目において比較優位を持つ、③語学力
の不足が大きな障害にはならない、等の理由が一
JICA による協力を CD の視点からとらえ直す
般に挙げられるが、このような認識は日本の思い
と、「特定の開発課題に対する途上国の持続的な
込みである可能性が高く、その本当の理由につい
課題対処能力を構築・強化・維持するための協力」
ては謙虚に調査研究を続ける必要がある(澤村
と位置づけることが可能になる。それでは、理数
[1999]
)。理数科教育を日本が実施してきた理由
科教育の教員養成分野において構築・強化・維持
には、他の技術協力ができないという
「消去法」
的
するべきキャパシティとは何であろうか。表−2
な理由もあったことは否定できない。しかし、日
に、今回、分析の対象とした 3 事例の目標をまと
本の理数科教育協力が、質のよい現職教員研修
めた。
(INSET: In-Service Training)を計画・実施し、教
3 事例が目指している上位目標は、ともに「生
材作成などにも力を注いできたという事実は揺る
徒の理数科の学力が向上すること」となってい
がない。このようなミクロな教育現場を対象とし
る。いずれの案件も、そのための手段として「現
た協力は、他の援助機関がマクロな教育政策や制
職教員の指導力を向上させること」をプロジェク
度に目を向けた政策提言などを重視してきたこと
トの目標として選択している。
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 11
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
表−2 3事例の上位目標とプロジェクト目標
ケニア中等理数科
*1
(SMASSE)
ガーナ初中等理数科
*2
(STM)
フィリピン初中等理数科
*3
(SBTP)
上位目標
理数科科目について,ケ (長期)プログラム地区の小中学校
ニアの青少年の能力が向 において児童・生徒の理数科の学
力が向上する.(短期)教員研修を
上する.
受講した理数科教員に指導を受け
た児童・生徒の学力が向上する.
プロジェクト・サイトにおける初
中等学校の生徒の理数科の学力が
継続的に向上する.
プロジェクト
目標
現職教員研修( INSET)に
よりケニアの中等教育レ
ベルの理数科教育が強化
される.
プログラム地区における小中学校
の理数科教員の指導力が向上する.
プロジェクト・サイトの初中等教
育において生徒中心の授業を行う
ための,理数科現職教員の授業構
築力・教科指導力が向上する.
注)
*1 Strengthening of Mathematics and Science in Secondary Educationの略.
*2 Improvement of Educational Achievement in Science, Technology and Mathematics in Basic Educationの略.
*3 School Based Training Program for Elementary and Secondary Science and Mathematics Teachersの略.
(出典)JICA[2004a]
をもとに作成.
図−1 JICAの現職教員研修協力の全体像
教育セクター計画
現職教員の授業実施能力を
持続的に高めるシステム
予算の確保
研修の制度化・
政策への反映
教育省
4 政策・制度の定着へ向け
た対話・協力
2 政策決定者の巻き
込み・広報
他地域への
普及・展開
3 研修・広報を通じた研修シ
ステムの普及
他地域1
他地域
他地域
1 持続可能な現職教員研修
システムの構築
(出典)筆者作成.
この 3 事例で構築し定着させることを目指して
いる相手国のキャパシティ(課題対処能力)とは
テム」であるということができよう。
上記のシステムを構築し定着させるためには、
何であろうか。それは、相手国がプロジェクト目
①その仕組みがどのような姿をとるべきかを明ら
標である「現職教員の指導力の向上」を自らの手
かにし、②その仕組みを対象地域の制度として位
で持続的に達成するためのキャパシティ、つまり
置づけ定着させることが必要になる。①について
「現職教員の授業実施能力を持続的に高めるシス
は、いずれの事例においても、対象地域での試行
12
現職教員研修実施能力の定着へ向けて
表−3 3事例の研修内容
ケニア中等理数科
(SMASSE)
ガーナ初中等理数科
(STM)
フィリピン初中等理数科
(SBTP)
研修内容
ASEI*1,PDSI*2実験,生徒中
心で活動を重視する教授法の
実践
教えるのが困難な単元模擬授
業と授業研究教材作成
個々の学校クラスター*3 における
ニーズに沿った内容教授法,実
験,教材作成
内容の標準化
度合い
標準化された内容研修マニュ
アルを作成
標準化された内容研修マニュ
アルを作成
一定の枠組みの下で各クラスター
が自由に決定
注)
*1 Activity, Student-Centred, Experiment, Improvisationの略.
*2 Plan, Do, See, Improveの略.
*3 近隣の学校数校が組織する学校群.
その学校群に属する教員が会場校に集まり研修会を行う方式や,
校内研修を実施する方式を「クラスター形
式」
(直接講習方式あるいはグループ研修方式)
という
(JICA[2004a]).
(出典)筆者作成.
錯誤を通じて研修のあり方を明らかにするプロセ
研修の制度が確立しておらず、教師は教員養成課
スを採用している。②の制度構築については、プ
程を終えた後には組織的に学ぶ機会が少ないのが
ロジェクトで達成すべき成果として位置づけてい
現状である(Akyeampong[2003]他)
。すでに教
注 3)
、3
鞭を執っている教師を対象とする現職教員研修
事例いずれもその重要性に着目し、さまざまな工
(INSET)
は、教員養成課程履修中の学生に比べて
るものと位置づけていないものとがあるが
夫を行っている。
教師の問題意識と研修に対するニーズがある程度
途上国が現職教員の指導力を自らの手で持続的
明確になっている点で有効である。しかしなが
に改善できるようになるための JICA 協力の全体
ら、多くの国で行われている現職教員研修は、そ
像は、図−1のとおりまとめられる。それは、パ
の内容が教師のニーズに合ったものではなく、継
イロット地域で確立した研修のあり方を制度ある
続性もない。研修はドナー資金などが確保された
いは政策として定着させ、そのシステムを他の地
ときにアドホックに行われるのみで、カリキュラ
域へも普及・展開していくプロセスをとる。以下、
ムや実施方法もまちまちである。このような現状
3 事例で行われた研修システムの構築と定着、普
を改善する必要があった。
及に向けた試行錯誤とその結果について論じなが
ら、効果的かつ広範な CD を支援する際の論点を
抽出する。
2. キャパシティに合わせた研修内容の設定
表−3に示されるように、3事例の研修内容は、
すぐに授業に役立つ実践的な内容を目指してい
III 現職教員研修システムの構築
る。たとえば、身の回りにある材料で教材を作る
など、教材不足を教師のキャパシティ向上により
1. 現職教員研修の有効性と途上国における課題
JICAの支援する理数科プロジェクトでは、質の
補うことを目指している。研修の内容は、3 プロ
ジェクトとも教授法と教科の知識、模擬授業等の
良い現職教員研修のモデルを、実践を通じて開発
実践を組み合わせたものとなっている。しかし、
することを活動の旨としている。多くの途上国で
ケニアとガーナで行われているプロジェクトが研
は、教師が教授法のみならず自分の教える教科の
修内容を標準化している一方、フィリピン SBTP
内容に関する知識を欠いていることが多い。これ
では定められた大枠の下に個々のクラスターの教
は、教員養成課程における指導内容が学校の現実
師が研修内容を決めるようになっている。この違
とニーズに合っていないことや、急激な生徒の増
いは、教育行政の分権化の度合いと関係がある。
加に教員の養成が間に合っていないことなどから
比較的中央集権的なケニアと、分権化への過渡期
派生する問題である。加えて、継続的な現職教員
であるガーナでは、研修内容の標準化が研修の質
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 13
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
表−4 研修形式の比較
伝達方式
長 所
短 所
カスケード
方式
階段のように上から下に
伝達していく.「伝言ゲ
ーム」的伝達.
●カスケードの数を増やすことによ
●カスケードが多くなると研修の質
クラスター
方式
研修を,ある場所で実施
し,他の場所で再現す
る.「飛び火」的伝達.
●研修内容や規模や実施方法を,グ
●研修を1つ1つ再現するために手間
ループによって柔軟に変えること
ができる.現場に近いところで研
修できる.
がかかり,数を増加するのが難し
い.
●標準化が難しい.
り,研修受講者数を飛躍的に増加
することができる.
●内容の標準化がしやすい.
を高めることに貢献する。一方、これら 2 カ国と
を保つのが困難.
図−2 ケニア理数科カスケード方式
比較して地方分権が進んでいるフィリピンでは、
クラスターごとに異なった課題に取り組むことも
研修実施者のための中央研修
可能であり、教師が相互に学び合う形を作ってい
る。また、
「授業の改善を研修の中心に据えるに
は、各地区や学校の生徒の状況に合った教材が必
郡レベルでの現職教員研修
要である」との考えを徹底していることも、フィ
リピン SBTP が研修内容の決定をクラスターに委
ねている大きな理由である。いずれの事例におい
中等教育理数科教師
ても、行政のシステム、各地区や学校の能力や
ニーズに合わせて研修内容をデザインするよう工
修を受ける形式をとる。表−4は 2 つの研修方式
夫を凝らしていることがわかる。
を比較したものである。広範囲にわたる研修実施
また、研修内容として注目すべき点として、ケ
が容易であることからカスケード方式が用いられ
ニアが A S E I (A c t i v i t y 、S t u d e n t - C e n t r e d 、
ることが多く、研修実施者の訓練(TOT)を行う
Experiment、Improvisation)や PDSI(Plan、Do、
のもこの形式である。
See、Improve)のように簡単な標語で「教師の心
図−2に示されるように、ケニアではカスケー
構え」を伝えている点がある。このようなわかり
ド研修システムを採用し、中央研修(ナショナル
やすく覚えやすい標語を使って研修の方針を共有
INSET)で研修を受けたトレーナーが郡に戻って
することが、研修に参加した教師の一体感を生
現職教員を研修するという 2 段階のカスケード方
む。
式を構築した。カスケードが多くなると、研修で
伝えた内容の質の保持が難しいが、2 段階程度で
3. 実践を通じた研修実施方法の選択
あれば問題は少ない。さらに、中央集権の強いケ
研修システムには、一般的にカスケード形式
ニアでは、郡に対する研修への技術的指導とモニ
(伝達講習方式)とクラスター形式(グループ研修
タリングを行っている。一方、形式上地方分権が
方式)がある。カスケード形式は、ある研修を受
進んでいるフィリピンでは、図−3に示されるよ
けた人々が研修で獲得した知識や教授法を使っ
うに、近隣の学校の教師が集まって相互に学ぶ機
て、次の段階の人々に研修をしていくいわば伝達
会を提供することを基本としたクラスター形式で
式の方法である。一方、クラスター形式は伝達式
研修システムを作り、クラスター単位で教師のイ
ではなく、1回ごとに研修を行っていくもので、一
ニシアティブを活用している。図−4はガーナで
般的には距離の近いところにいる者が集まって研
の研修システムを示しているが、これはクラス
14
現職教員研修実施能力の定着へ向けて
図−3 フィリピン理数科クラター方式
図−4 ガーナ理数科カスケード・クラスター方式
郡レベルでのカリキュラム指導者(教師)研修
学校
クラスター
定例会,
同僚の相互評価
クラスター研修および校内研修
ターとカスケードを合わせたハイブリッド方式で
(DFID[2003]
)と位置づけられている。3 事例に
あるといえる。中堅の教師が郡でカリキュラム指
おいては、モデル地域で試行した研修の仕組みを
導者研修を受けた後、各地区に戻り校内研修やク
制度化することの重要性が議論され、さまざまな
ラスターでの研修を実施することを義務づけると
試行錯誤がなされてきた。そこから得られる教訓
いうシステムである。この方式により、研修を受
は、以下の 4 点にまとめられる。
けた教師が学校内あるいは近隣の学校の他の教師
に学んだ内容を伝え、研修の効果を波及させるこ
とを目指すと同時に、教員の頻繁な離職によって
研修の効果が定着しないことを防ぐことも意図し
ている。
効果的な研修システムを構築するためには、教
師の持つ力と研修ニーズを認識することに加えて、
1. 受け入れやすく維持可能なシステムが制度化
を容易にする。
2. 関係者のモチベーションを高める仕組みが、
システムの運用を持続的にする。
3. 制度化する内容とそれを取り巻く関係者の活
動状況によって、制度化のしやすさや調整コ
ストの大きさが決まる。
行政システムを把握したうえで、それに合った研
4. 実績を上げ、実績を戦略的に広報し、キー
修内容と研修実施方法を選択する必要がある。い
パーソンを巻き込むことが制度化を促す。
ずれのプロジェクトでも、何回かの試行を経て望
ましい形を見出している。実践を通じて研修の制
1. 受け入れやすく持続可能なシステムの構築
度設計を行うスタイルは JICA 理数科協力の特徴
ケニアSMASSEでは、地方の研修経費を、生徒
であり、効果的・持続的なキャパシティ構築を行
が学校に納める授業料の一部を天引きした専用基
うために有効なアプローチであるといえよう。
金(SMASSE 基金)を運用することによって賄っ
ている。SMASSE基金が制度として有効に機能し
IV 現職教員研修の制度化・普及の工夫
ている背景には、①研修の充当金額が授業料の
1% と少額であり、中等教育に進学できる生徒の
研修実施に関するキャパシティを相手国に定着
家庭であれば負担可能な額であること、および②
させるためには、モデル地域で試行錯誤しながら
「必要経費からの天引き」という徴収形態が制度
作り上げた現職教員研修の仕組みをその国あるい
の維持を容易にしていることが指摘されている
は地域の制度として位置づけ、研修体制を定着さ
(JICA[2004a]
)
。また、同基金は県レベルに設置
せる必要がある。制度は、「ゲームのルール」
され、中央による一定のモニタリングの下でその
(North and Calvert[1990]
)であるとされ、人々の
徴収と運用を地方教育事務所に委ねている。維持
相互作用を規定する枠組みとして、援助において
可能で管理しやすい資金調達の仕組みを作り、県
技術改善の効果を持続的に増大させるための要件
レベルで柔軟に運用する体制を整えていること
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 15
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
が、SMASSE基金が制度として機能している大き
な理由であろう。
3. 制度化が与える影響の把握
ガーナ STM とケニア SMASSE の 2 事例は、
「何
受け入れやすく維持可能なシステムを構築する
を制度化するか」「制度化によってだれが影響を
ことの重要性は、フィリピン SBTP においても指
受けるか」によって、制度化の難易の度合いが
摘できる。SBTPにおいては、通常認められていな
違ってくることを示唆している。ガーナでは、
い平日の研修実施が教育省から制度として了承さ
STM研修を制度化する際、他ドナーが別々の方法
れ、対象地区の全理数科教員が研修の機会を与え
で支援していた研修と STM 研修との調和化が不
られている。平日研修制度が認められ効果的に運
可欠となり、教師教育局による調整を支援する必
用されている要因として、①もともと実施されて
要性が生じている。一方、SMASSE研修を法制化
いた校内研修方式を基礎にしていること、②教室
して全国の教員に出席を義務づける作業が進捗し
による模擬授業とその評価会からなる経費のかか
ているケニアにおいては、中等教育分野を支援し
らないシステムであること、③運営が各クラス
ているドナーがほかにいなかったため、調整コス
ターに委ねられ中央の行政負担が少ないことなど
トがかからず、研修システムの制度化が比較的容
が指摘されている(JICA[2004a]
)
。前例に沿って
易であったとされている(JICA[2004a]
)
。制度化
いるために制度としての抵抗感が少なかったこ
を検討する際には、その制度が何を規定するもの
と、運用コストも受益者であるクラスターが軽微
か、その規定はどのような範囲に適用されるもの
な負担を負うだけで済むように設計されているこ
か、その規定によってだれが影響を受けるかを事
とが、制度の導入と維持を容易にしたということ
前に十分に検討し、制度としての受け入れられや
ができる。
すさを分析しておくことが必要といえよう。
2. モチベーションを高める仕組みの組み込み
4. 戦略的な広報とキーパーソンの巻き込み
制度が定着し持続的に運用されるには、それが
実績の戦略的な広報とキーパーソンの巻き込み
受け入れやすいものであることに加えて、関係者
の重要性に関しては、ケニアSMASSEの事例が多
がその制度の運用にインセンティブを感じられる
くの示唆を含んでいる。SMASSEでは、①教員雇
仕組みを作ることが非常に重要になる。フィリピ
用委員会、②地方教育事務所長、③校長の 3 者に
ンでは、自分たちは「教える側」であるという意
対し有効な働きかけを行っている。プロジェクト
識が教師の間に根強く、教師が自ら経費を負担し
では、人事権を有する教員雇用委員会との連携関
て学ぶという習慣がほとんどなかった。それに対
係を構築し、結果として専任の教育省カウンター
し SBTP では、「学び続けるプロフェッショナル」
パートスタッフを継続的に確保することに成功し
としての教師のあるべき姿を教師や関係者に伝
ている。専任スタッフが継続的にプロジェクトに
え、教師や関係者の意識を変化させることに主眼
かかわっていることは、先に述べたSMASSE研修
を置いた。また、SBTP研修の内容を教師の実践的
の法制化という政策決定を促した重要な要因の 1
なニーズに合わせるよう徹底し、研修が教師自ら
つである(JICA[2004a]
)
。
の指導力向上につながることを実感できるよう工
また、各学校の校長は、SMASSE研修の内容を
夫した。SBTP 研修が教師の自己負担で持続的に
学校全体に伝えるための効果的なエントリーポイ
運営されている背景には、教師のあるべき姿を浸
ントであるだけでなく、教員が研修を受講し学校
透させ、研修をニーズにマッチさせることで、研
現場でその成果を生かすためには校長の理解が不
修制度を持続的に運用するインセンティブの仕組
可欠である点からも重要なアクターである。
みをフィリピン側に浸透させていく努力があった
SMASSEでは、中間評価を受けて、プロジェクト
と指摘できよう。
の活動内容を見直しする際、地方教育事務所長お
16
現職教員研修実施能力の定着へ向けて
表−5 ガーナSTM研修の制度化に向けた今後の課題
研修内容の標準化
教員研修に係るマニュアルおよび指導書の融合,標準化など
能力向上のシステムの構築
1)モニタリングを担う県教育支援チームと,2)INSETを学校,クラスターで実施する
際のリーダーとなる教師の育成システム
動機づけのシステムの組み込み
教師にINSETへの参加を促す動機づけのシステム(INSET受講を昇格条件とするなど)
INSETの実施体制の確立
関係者の役割分担(郡局長,郡評議会,教育スポーツ青年省財務局局長,教師教育局
本部,教師教育局評議会,教員研修センター教官,県教員支援チーム,校長,教師,
開発パートナー〈NGOなど〉,大学,地元住民,PTAなど)
資金の手当て
県基金の活用・管理や郡レベルでの世界銀行資金の活用など (出典)JICA[2004b]をもとに筆者作成.
よび校長に対するワークショップを活動に追加
し、地方のキーパーソンに対するアプローチを強
1. 制度化を意識した協力方法への転換
ドナーが途上国のCD支援を効果的に行うには、
化している。なお、校長を巻き込む活動について
濃淡の差はあれキャパシティの構築・強化からそ
は、フィリピン SBTP でも行っており、効果を上
の定着までを協力範囲とする必要があり、制度構
げている。
築とその定着プロセスを支援することが非常に重
上述のとおり、SMASSEでは教員の研修費用を
要になる。上記 3 事例では、協力の持続性、波及
補填する
「SMASSE基金」
が制度化され、SMASSE
性を考えるにあたり、いずれも現職教員研修の制
研修の法制化と全国展開も決定されている。こう
度化という課題に直面した。
した成功の背景には、基金の運用を担う地方教育
しかしながら、制度の必要性が共有されてから
事務所、教員研修の根幹を成す校長、教育省カウ
法制化するまでのプロセスには大変な時間を要
ンターパートの継続的な確保を保証する教員雇用
し、不確定要因も多く、5 年程度が平均とされる
委員会といった、キーパーソンに対する効果的な
プロジェクトの中でそのプロセスを支援するのは
アプローチがあった。SMASSE研修の全国展開が
難しい。STM では、
「制度化がガーナ教育サービ
フェーズ 1 協力のインパクトを理解した校長会の
ス省に支持される」ことまでをプロジェクトの範
要望を受けて決定されたという事実も、各アク
囲としたうえで、プロジェクト終了後も研修の制
ターの相互関係、影響力を十分に把握し、重要な
度化へ向けたガーナ政府の取り組みを継続支援す
関係者に戦略的にアプローチすることの意義を示
ることを検討している。終了後の課題として指摘
すエピソードである。
されている内容をまとめた表−5は、制度化に向
けた道のりの長さをよく表している。制度化を指
V 教 訓
向する協力は、1 つのプロジェクトで完結するこ
とを目指すのではなく、中長期的なプログラムの
途上国のキャパシティ(課題対処能力)の向上
中で取り組んでいく必要があろう。
を支援することこそ援助側が果たすべき役割であ
また、研修の標準化に苦心しているガーナSTM
るというCDの考え方に立つと、JICAは自らの協
と、研修の法制化プロセスが比較的スムーズに進
力のあり方を変えていく必要があることがわか
んでいるケニアSMASSEの事例との対比が示すよ
る。最後に、今後の展望として CD の視点で協力
うに、制度化に向けた道のりの長さは、それを取
を行う際の重要な論点を、今回の 3 事例に照らし
り巻く環境に大きく左右される。制度形成を指向
て提示したい。
する協力プログラムを形成する際には、あらかじ
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 17
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
表−6 現職教員研修制度の構築度、定着度を測るためのプロセス指標(例)
法規とインフラなど
知識・技能・技術
意 識
中央レベル
INSET制度化が教育政策や教
育関連の法規に明記
INSETの予算化
研修施設の整備
法規を実施,モニタリングす
る能力
政 策 立 案 者 が INSETの 重 要 性 と
「学び続けるプロ」としての教師
のあるべき姿とを認識
地方政府(州)
INSETの予算化
INSET計画の策定
研修施設の整備
予算執行能力
計画実行能力
モニタリング能力
郡への通達・徹底
INSETの重要性と教師のあるべき
姿とを認識
地方政府(郡)
INSETの予算化
INSET計画の策定
研修施設の整備
予算執行能力
計画実行能力
モニタリング能力
学校への通達・徹底
INSETの重要性と教師のあるべき
姿とを認識
学校群
(クラスター)
INSETの予算化
INSET計画の策定
研修の実施能力
モニタリング
INSETの重要性と教師のあるべき
姿とを認識して協力的
INSETの予算化
INSET計画の策定
教材・教具の整備
研修の実施能力
教師の理解力,相互に学ぶ能
力
モニタリング能力
校長がINSETの重要性と教師のあ
るべき姿とを認識して協力的
教師がINSET受講を希望
教師がINSETで習った内容を授業
に生かす意向を表明
学校
(出典)筆者作成.
めドナーを含む関係者の相互関係、制度・政策環
効果をより広く学校に残すために、研修を受けた
境などを十分に分析し、制度化に向けた機会とリ
教師が校内研修を行うという小さなクラスターを
スクを判断しておく必要があろう。
つけることにした。また、これと同時に、他の援
助機関とともに教師の離職率を下げるように政策
2. キャパシティの把握に基づくリスク要因への
戦略的対応
的に働きかけ、教師の職務環境を改善するための
活動を行った。このように、開発課題を達成する
現職教員研修の実施キャパシティを定着させる
際に起こり得るリスクを組織的・制度的・社会的
ためには、その段階に至るまでに起こり得るリス
な「キャパシティの問題」と見て、プロジェクト
クを分析し、対応方法を戦略的に検討する必要が
のレベル、プログラムのレベル、より上位の政策
ある。それらのリスクを相手国の組織的・制度的・
のレベルで対策を考えていく発想が、途上国の課
社会的な「キャパシティの問題」ととらえ、プロ
題対処能力を強化するための支援の考え方として
ジェクト開始前の事前評価でそれを分析・把握し
必要になってくるのではないだろうか。
たうえで計画を策定することが重要である。たと
えば、ガーナSTMでは、中間評価の段階で教員の
離職問題が明らかになっているが、これは教員の
3. 制度化のための環境づくり
構築した研修システムを制度化するためには、
社会的地位や給与の低さなどの制度的・社会的な
プロジェクトを取り巻く環境を改善する必要があ
キャパシティに関するものであり、教育の質の向
る。前述の教師の離職率を下げるような働きかけ
上に向けて長期的には解決しなければならない課
もその 1 つである。関係者が認める質のよい研修
題であった。本来、この問題は事前評価で明らか
システムを作り上げる作業と並行して、これを推
にしておくべき問題であったが、プロジェクトで
進する際に障害となる要因を取り除くことが重要
は、教師離職率の高さが判明した段階で、研修の
である。それは従来のプロジェクトでは前提条件
18
現職教員研修実施能力の定着へ向けて
や外部要因としてプロジェクトの外に出していた
ものを、内部に取り込んでいくことを意味する。
具体的には、地方で活動するプロジェクトと並行
謝 辞
本稿の執筆にあたり、フィリピン SBTP の原専門家お
よび中井専門家、ケニア SMASSE の杉山専門家、
「評価
結果の総合分析」担当の中島氏、ガーナSTM担当のJICA
して、教育省本省に教育アドバイザーを配置し政
薬師氏より多くの貴重なご助言と情報をいただきました。
策支援を行う、研修制度を活用してカギを握る行
この場をお借りして、深く御礼申し上げます。
政官の研修を行う、財政支援を活用してプロジェ
クトが実施しているパイロット地域以外でも研修
注 釈
とそのモニタリングができるようにするなど、日
本からの異なった援助スキームを組み合わせるこ
1)キャパシティ・ディベロップメント(CD)とは,
「途上
国自身の課題対処能力を向上させることこそ援助がなす
とによる環境づくりが考えられる。加えて、援助
べき役割である」との考え方に基づいた,援助のあり方・
協調によって研修システムの調和化を図る、政策
やり方を見直すための視点である.その特徴は,1)キャ
支援の方向性をそろえる等の努力も有効である。
パシティを途上国自身の「課題対処能力」と定義し直す
ことによって,キャパシティは外からギャップを埋める
このような制度化のための環境づくりに積極的に
方式で移転できるものではなく,途上国自身の努力に
取り組んでいくことができるかどうかが、研修シ
よって継続的に伸ばしていくものであると強調している
ステムを相手国のキャパシティとして根付かせる
ことの成否を左右するといえよう。
こと,2)キャパシティを個人,組織,制度,社会システ
ム等の複数のレベルでとらえ,それらの各層がダイナ
ミックに相互作用しながら全体のキャパシティを形作っ
ているとすることの 2 点に集約される.特に,個人や組
4. CD の達成度を評価するためのプロセス指標
の開発
表−1にあるとおり、理数科現職教員研修協力
のプロジェクト目標は、多くの場合「研修を受け
た教員の指導力向上」であり、その上位目標は教
員の指導力向上の結果としての「生徒の学力向
上」である。それを測るために、テストの成績な
ど可能な限り定量的な指標が設定される。
しかしながら、上記のような結果指標が、与え
られた期間内で目に見える成果を出すことを要求
織の能力だけでなく,組織間の役割分担体制や制度・政
策環境等をキャパシティの重要な要素ととらえている点
が特徴的である.CD 概念の詳細については,馬渕・桑島
[2004]を参照.
2)日本の理数科教育協力として,青年海外協力隊に先がけ
ての専門家派遣があった.1965 年に開催された第 2 回ア
ジア地域ユネスコ加盟国文部大臣経済企画担当大臣会議
を契機に,66 年から 89 年まで,より物理・化学を中心と
した中等理科教育に対する協力が実施され,日本国内の
大学や地方自治体の教育センターから 5 ∼ 6 カ月の期間
で専門家が派遣されている(澤村[1999]).
3)ガーナSTMでは「現職教員研修に関する制度化が教育省
に支持される」ことが成果としてプロジェクト・デザイ
ン・マトリックス(PDM)上に明記されている.一方で,
するのに対し、CDは長期的な取り組みを要し、そ
ケニアSMASSEにおいては研修の制度化に関する記載は
の成果は目に見えにくい。CD 支援の成果を評価
なく,
「パイロットプロジェクトの成果をケニア政府がそ
するには、CDプロセスの進捗を測り、協力が
「軌
道に乗っている」ことを確認する指標を結果指標
の他の地域にも普及させる」ことがプロジェクト目標を
上位目標につなげるための「外部条件」として記載され
ている.
と併用する必要がある。今回の 3 事例をもとに、
「現職教員研修が制度として定着している度合い」
参考文献
を評価するプロセス指標の例を表−6に示す。CD
プロセスの進捗を評価するための指標は個別具体
的なものであるため、開発課題ごとに、あるいは
プログラム、プロジェクトごとに継続的に検討
し、その経験を組織に蓄積していく必要があろ
う。
澤村信英[1999]
「理数科教育分野の国際協力と日本の協力
手法に関する予備的考察」
『国際教育協力論集』第 2 巻
第 2 号.
JICA[2004a]『評価結果の総合分析(初中等教育/理数科
分野)報告書』.
—— [2004b]
『ガーナ中学校理数科教育改善計画プロジェ
クト「教育行政」研修 概要報告』
.
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 19
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
——[2003]『援助の潮流が分かる本』国際協力出版会
馬渕俊介,桑島京子[2004]
「シンポジウム報告:途上国の
キャパシティ・ディベロップメントと有効な援助−よ
り創造的なパートナーシップを求めて」
『国際協力研究』
Vol.20 No.1(通巻 39 号)
.
Akeampong, Kwame[2003]Teacher Training in Ghana: Does
it count?. Multi-site Teacher Education Research Project,
DFID.
Caillods, F., Gottelmann-Duret, G. and Lewin, K.[1996]Science
Education and Development: Planning and Policy Issues at
Secondary Level. IIEP/ Pergamon.
DFID[2003]Promoting Institutional & Organizational
Development.
Lewin, Keith[2000]Mapping Science Education Policy in
Developing Countries. Secondary Education Series. World
Bank Human Development Network.
North, Douglas C. and Randall Calvert, ed.[1990]Institutions,
Institutional Change and Economic Performance(Political
Economy of Institutions and Decisions).
Ottenvanger, Wout, Mariska Leliveld, and Andrew Clegg[2003]
“Science, Mathematics and ICT(SMICT)in Secondary
Education in Sub-Saharan Africa: Trends and Challenges.”
Paper presented at the first SEIA conference, Kampala, 9-13,
June 2003.
Ware, S. A.[1992]Secondary School Science in Developing
Countries: Status and Issues, The World Bank.
Yokozeki, Y.[1999]“Science and Mathematics Education: For
What and for Whom.” Paper presented at Oxford International
Conference on Education and Development.
20
地域開発におけるキャパシティ・ディベロップメント
〔特別報告〕
Special Report
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
地域開発におけるキャパシティ・ディベロップメント
−タンザニア国ソコイネ農業大学地域開発センタープロジェクトの事例から−
ま ぶち
しゅんすけ
つの だ
馬渕 俊介*
まなぶ
角田 学**
が活動の定着とその広域化に課題を抱えているこ
はじめに
とも指摘できる。パイロット地域での試行錯誤か
ら得た教訓を他地域に展開することによって開発
本稿においては、大学を地域開発の拠点として
課題の改善に広範な影響を与えるアプローチは、
活動を展開した技術協力プロジェクト「タンザニ
多くのセクターにおいて見られる JICA の協力パ
ア国ソコイネ農業大学地域開発センター」をキャ
ターンの1つである。しかしながら、
「パイロット
パシティ・ディベロップメント(CD)の視点から
活動の実施」から「活動の他地域への展開と定着」
分析し、その特徴と課題を整理することを通じ
までの間には、経なければならない多くのステッ
て、地域開発協力を行う際に留意すべき点につい
プが存在する。他地域への展開までを視野に入れ
て考察する。CD は、途上国の課題対処能力の向
たパイロット型協力は、開始段階から全体的な視
上を支援することこそ援助の役割であるとの理念
野を持って中長期的に協力を考えていくことが必
のもと、①途上国自身の内発的な能力向上を触媒
要であり、長期戦略の下での細くとも息の長い、
として支援すること、②途上国のキャパシティ
持続性のある協力を援助側に要求するものである
(課題対処能力)を、個人や組織の能力だけでな
ということができる。
く、その背後にある制度環境や社会システムなど
にまで範囲を広げて包括的にとらえること、の 2
点を特徴とする援助の考え方である
注 1)
。同プロ
I 持続的な地域開発の実践へ向けて−
プロジェクトの概要
ジェクトは、技術の在来性と地域住民の内発性に
徹底的にこだわった活動を展開し、生活改善へ向
ソコイネ農業大学(S o k o i n e U n i v e r s i t y o f
けたコミュニティの自発的な動きを促した。ま
Agriculture:SUA)は、ダルエスサラーム大学から
た、その促進役として大学に注目し、大学を触媒
農学部が分離独立する形で 1984 年に創設された、
とした地域開発活動の定着・展開を指向した。
タンザニア唯一の農業・環境系の国立大学であ
一方で、パイロット地域で得た活動ノウハウが
る。同大学は、農林畜産に関連する幅広い分野で
他地域へ普及し、広い範囲で相手国のキャパシ
活躍が期待される将来の指導者層を養成するとと
ティが向上することまでを念頭に置いたモデルと
もに、農村社会と直接かかわって調査研究・普及
して開発の全体像をとらえると、同プロジェクト
活動を行うことを目的とした、教育研究の重要な
* JICA 国際協力総合研修所調査研究グループ事業戦略チーム研究員 ** JICA 国際協力専門員/前ソコイネ農業大学地域開発センタープロジェクト・チーフアドバイザー
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 21
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
図−1 2つの対象地区(ムビンガ県とモロゴロ県)
ソコイネ農業大学
(SUA)
対象地区
モロゴロ県
ダルエス
サラーム
対象地区
ムビンガ県
(出典)SCSRD/JICA[2004c]
拠点と認識されている。
ドの構築」の2点に設定した。5年間のプロジェク
タンザニア政府は1961年の独立以来、国民多数
ト期間においては、大学審議会によるセンター設
の生活・仕事の場、そして食糧安全保障と外貨獲
置認可に伴う人員配置、専属スタッフの公募・採
得の源泉である農村に対して、多大な開発努力を
用などセンター組織確立のために必要な段階が着
払ってきた。しかしながら、現在まで目覚ましい
実に踏まれ、またフィールド活動の実施、経験の
開発の成果は上がっておらず、環境破壊や貧困問
文書化、センターの情報と実績・成果の発信がな
題も依然として問題視されている(JICA[2004c]
された。フィールド活動では、大学スタッフが地
pp.69-75;Msolla[2004] p.284)
。その中で、現状
域の現場へ足を踏み入れ、触媒として地域の人々
を的確に把握し、地域住民の主体的な参加のもと
の問題意識・意欲を汲み上げながら、現場で問題
に持続的な発展を目指す「地域開発の実践」が焦
を発掘し解決法を探るアプローチをとった。これ
眉の課題となっていた(JICA[2003]p.5)
。
らの諸活動は地域のエンパワーメントにつながる
このような状況の下で、 地域開発センター
とともに、大学スタッフのキャパシティ・ビル
(SUA Centre for Sustainable Rural Development:
ディングの実践の場となった(S C S R D / J I C A
SCSRD)は、地域開発の実践を重視する機関とし
[2004a]
)
。
ての位置づけを与えられ、SUAの常設機関として
1999 年7月に設立された。JICA は SCSRD が地域
開発に果たす役割を重視し、その立ち上げに伴う
II 大学を触媒とする内発的な地域活動
の展開
組織体制の強化とスタッフの能力育成強化を目的
に、99 年 5 月より 5 年間の技術協力を行った注 2)。
1. 地域活動における大学の役割 本プロジェクトは、SCSRDのキャパシティ向上
本プロジェクトの 1 つの大きな特徴は、地域開
を通じて、2 つの対象地区(ムビンガ県とモロゴ
発の重要な担い手となる大学のキャパシティ向上
ロ県 図−1参照)において持続的な地域開発手
に主眼を置いた点である注3)。著者らの見解による
法(SUA メソッド)を確立することを目的とし、
と、その背景には、1)
「開かれた大学」を指向す
その主な成果を「SCSRD の確立」と「SUA メソッ
るタンザニア政府方針に具体例で応えること、2)
22
地域開発におけるキャパシティ・ディベロップメント
図−2 地域開発における大学の役割と機能
大学の役割と機能
地方行政機関
(地方自治体)
(省庁出先機関)
フィードバック
良きトップダウン
人材育成(教育)
訓練・研修
調査・研究
政策提言
普及員
働きかけ
地域住民(農民)
情報の集積と発信
社会貢献(Outreach)
地域活動支援
ボトムアップ
(出典)JICA[2004b]に一部加筆.
地域開発の推進に向けて地方行政と地域住民との
を埋めるために普及員などが配置されていたが、
間の溝を狭めることの 2 つの意図があったと思わ
十分ではなく、中立機関であるSUAは、それをさ
れる。構造調整改革の影響を受け、タンザニア政
らに強化する支援機関の 1 つとしての役割を期待
府は各大学にさらに実践的で有効な機関となるこ
された(Mattee et al.[2004]p.313)
。それは、図
とを要求した。これを受け、SUAは自らの「2005
−2に示すように、大学が行政と地域住民に対す
年戦略計画書(SUA Corporate Strategic Plan to the
るアドバイザーとして、また行政と住民の仲介役
Year 2005 and Beyond)
」を作成した。大学の機能
として機能する姿である。
は一般に、① 教育、②研究、③ 社会貢献(アウ
また、大学が地域開発の担い手となる意義とし
トリーチ)に大別される。その中でSUAはアウト
て、実践を通じて地域開発を担う人材を中長期的
リーチ活動に着目し、その下部組織であるSCSRD
に育成できることが挙げられる(JICA[2001]
)。
は、自治体と住民らと連携した活動を実践し、そ
Rutatora [2004]は、SUA の特筆すべき貢献とし
れらの活動で得られた経験を大学の教育・研究に
て「農業部門や資源環境部門での活動を担い得る
反映させることを基本方針とした。このように、
人材の育成」を挙げ、SUAの卒業生の多くが農業
本プロジェクトは、大学を地域開発の担い手とす
や環境保全、地域開発等の分野の中核を担う行政
るタンザニアの政策的な環境に対応したもので
組織や非営利組織に就職している点を指摘してい
あったと考えられる。
る。また、JICAの運営指導調査団は、大学
(SUA)
また、タンザニアは2000年初頭より地方行政改
革を推進し、その結果、財政・運営・権限などの
が地域開発活動に参画することに伴う人材育成効
果について次のように述べている。
面における地方行政の役割が強化された。しか
「本プロジェクトに参画する教官は、それぞれ
し、独立以来、国家レベルの地域開発 / 農村開発
の学部生や大学院生への講義や研究指導を本業と
は必ずしも成功していないことも影響し、地方行
している。各教官がフィールドでの発見や経験を
政機関と地域住民(農民)との相互理解が不十分
講義に取り込み、人々の実相を確信と情熱をもっ
であることがしばしば見受けられた。両者の乖離
て伝えるならば、実態把握の重要性をふまえた教
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 23
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
育の展開が期待できる。卒業生の多くは主要官庁
開していく必要がある。この考え方を具体化して
や各地の農業改良普及所などに職を得て、いずれ
SUAのスタッフと共有するために、プロジェクト
は農業分野・環境保全や地域開発の各分野を担う
では、SUAメソッドの一部として「NOW型」モデ
人材となる。
(中略)その効果は 10 年、20 年の長
ルという地域農村の実態把握、アクションリサー
いスパンとなるが、確実に表れると思われる」 チによる解決策の検証、その実施、の 3 段階から
成るユニークな活動の枠組みを提示している注 5)。
(JICA[2001]pp.11-12)
。
このような人材育成効果は、地域のキャパシ
SUAメソッドの意義として特に注目すべきは、地
ティ向上を長期的に支援するものとして無視でき
域開発の理念や方法論を目に見える形に形式化す
ない意義がある。必ずしもプロジェクトが直接的
る作業を通じて、住民やSUAスタッフ、行政等の
に意図する成果ではないが、大学が途上国の地域
関係者の間で「活動のあり方」を共有できる点で
開発に果たし得る役割の一側面として認識してお
あろう。以下、この理念の下に展開された地域開
く必要があろう。
発枠組みの形成プロセスを紹介するとともに、そ
の枠組みの下で行われた活動の中から特徴的な事
2. 実践を通じた地域開発の理念の確立(SUA メ
ソッド) 例を紹介・分析する注 6)。
(1)実態把握に根ざした開発活動の構想とその共
本プロジェクトの第 2 の特徴は、地域の在来性、
有
地域住民の内発性を重視し、実践を通じて制度・
SUAメソッドは、フィールドワークによる実態
能力形成を図るとともに、その活動を行う際の土
把握(SUA メソッドの特徴①)に基づいて地域の
台となる地域開発の基本理念を確立・共有した点
焦点となる特性(焦点特性)
(特徴④)を見出し、
にある。
「SUA メソッド」
(SCSRD/JICA[2004b]
;
諸アクター(住民・自治体・NGO 等)の参加(特
JICA[2001]
)と呼ばれる理念は、現場主義に基
徴③)の下に、在来性のポテンシャル(特徴②)を
づき、地域農村の実態を多面的・学際的なアプ
活かした地域開発活動を構想・実践することを指
ローチによって把握することを基本とする。そし
向している。ムビンガ県では、実態把握の結果、川
て、住民参加を主軸としながら、地域農村が持つ
の支流に囲まれた山腹地であり、そこに住む人々
在来性をふまえた地域の発展計画を構想し実践す
の社会を構成する社会生態的単位でもある「ンタ
る形をとる。その特徴は以下のとおりである
注 4)
。
① Field Work as a Matter of Principle(フィール
ドワークによる実態把握)
② Potential of Indigenousness(在来性のポテン
シャル)
ンボ」注7)が、地域を理解する際の糸口であるとの
認識に至った。その結果、ンタンボを単位に展開
される生活のシステムを地域の焦点特性として詳
細に分析し、図−3に示すような地域開発の枠組
みが構築された。それは、水と土と緑の 3 つの特
③ Participation(住民参加)
性軸とその相互作用を読み解くことによって在来
④ Focal Feature of the Area (焦点特性)
のンタンボ・システムの特徴を示し、ンタンボを
⑤ Learning Process(学びのプロセス)
単位とした生活システムの水準向上を目指す開発
⑥ Process Approach (プロセスアプローチ)
枠組みである。
SUAメソッドはマニュアルとなるべきものでは
プロジェクトにおいては、養蜂、牧野改善、谷
なく、今後の経験や事例の蓄積に対応して柔軟に
地利用、養魚、コンターディッチ(等高線横溝に
修正されるべきものである(JICA[2003]
)
。また、
よる斜面農地利用)
による農地保全、畜産振興、自
上記の特徴をふまえて地域開発を行うためには、
然エネルギー利用、水力製粉場
(ハイドロミル)
の
フィールドワークによる実態把握、試行、実践、評
建設と、それを起点とした社会活動などの多様な
価のサイクルに沿って分析を重ねながら活動を展
トライアルが地域住民の手で実施された。いずれ
24
地域開発におけるキャパシティ・ディベロップメント
図−3 ンタンボの視座(ムビンガ県の場合)
ンタンボの視座(Ntambo Perspective)
水
土(畑)
緑(木と草)
養蜂
自然林
灌木
草
(休閉地)
(Kigona)
集水域
在来種
の植樹
ン
タ
ン
ボ
・
マ
ネ
ジ
メ
ン
ト
の
水
準
向
上
小規模な用水路
排水路
家畜
飼養
家屋
菜園
果樹
(部分的)
有用木植樹
庇陰樹
コーヒー畑
コンター
ディッチ
ンゴロ畑
(ngolo)
マルンバ
(雑草)
谷地
草
谷地の
有効利用
(日常生活のモニタリング項目)
現金の流れ
食物と栄養
飲用水と生活水
自然エネルギーの利用
エネルギー
(社会組織)
ハイドロミル
ンタンボ(10戸組)
村区
(集落)
(Kitongoji)
村
キャパシティ・ビルディング
(出典)掛谷[2000],SCSRD[2003]
より引用・和訳.
も実態把握作業や住民・自治体との対話の中から
メソッドを説明したことがきっかけとなり、住民
発案されたものであるが、それらは思いつきの集
有志の発意により農民グループ Ujamaa が誕生し
合体ではなく、図−3に示すムビンガ県の例のよ
た(田村[2004]p.16)
。UjamaaグループはSCSRD
うに、各活動が相互に関連し、全体の地域開発枠
との話し合いを経て谷地農業、植林用苗生産、養
組みの中に位置づけられている。地域の特性を明
蜂の活動を開始したが、その過程で同グループか
確な形で共有する作業は、その特性に合った活動
ら提案されたのが養魚である。養魚は他地域の事
を発案すること、および各活動の意義を関係者で
例をもとに発案された活動であるが、同グループ
共有したうえで継続的に実施することを促す。焦
は、村に経験の蓄積がほとんどない養魚を試行錯
点特性の把握作業は、村人による自発的な開発と
誤の繰り返しを経て目覚ましい活動に導き、村人
バランスのとれた地域開発とを両立させるための
に大きなインパクトを与えた。この成功に触発さ
土台づくりとして、重要な意義を持ったプロセス
れて養魚活動グループの形成が多発し、その結
であるといえよう。
果、キタンダ村は全村区で養魚が行われる「魚の
(2)
「養魚の村」の出現−農民グループによるトラ
イアル例
SCSRD がムビンガ県キタンダ村の村長に SUA
村」
(田村[2004]p.19)になりつつある。
さらに田村は専門家報告書において、Ujamaaグ
ループを核に試行錯誤しながら実施した養魚活動
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 25
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
写真−1 住民主体で広がる地域活動へ
養魚
植林
養蜂
住民から住民へ
の中で、稚魚の授受、魚網の共有・共用、技術の
ソッドの確立も進んでいった。このプロセスは、
交換を通じて各グループが相互に密接に連携する
「やりながら考える」ことを重視した、「実践を通
システムが構築されていった様子を記している
じた制度構築・能力形成」の過程であるというこ
(田村[2004]pp.18-20)
。市販の魚網の導入に至る
までには、手づかみ、在来技術である竹製のワナ
とができよう。
以上に例示した活動のプロセスは、持続的な地
(モンドリ)などさまざまな漁獲法が試みられた。
域開発活動を計画し実践していくために必要な
また、SCSRDが稚魚にかかる費用をグループへ貸
キャパシティの形成過程としてとらえることがで
与する方式は、立ち上げ時に先進グループから稚
きる。第 1 に、地域の焦点となる特性に基づいた
魚の提供を受けたグループが、新規グループに稚
開発の枠組みを共有するプロセスは、地域住民が
魚を供給するという「リレー方式」ともいえる形
自らの地域について改めて学び、SUAスタッフが
に変化していった。ここで注目すべきは、活動が
在来性を重視した開発枠組み作りを支援するため
広域化するに従って定式化・制度化が必要な新た
のノウハウを身につける機会を提供する。第 2 に、
な課題が発生し、住民がその都度SCSRDとともに
紹介した養魚の事例のように、活動を発案し、実
課題に対処して「活動の型」を確立していったこ
践しながら有用な技術を選択し、活動の持続性を
とであろう。このようにして住民が主体となって
高めるために必要な体制・制度を形作っていく過
地域活動は広がり、プロジェクト終了後の現在も
程は、各村落の地域住民が活動を定着可能なモデ
継続されている
(写真−1)
。また、試行錯誤によ
ルとして確立し、生活改善へ向けたキャパシティ
る学びのプロセス(SUA メソッドの特徴⑤)を経
として定着させていくプロセスである。第 3 に、
て、グループの課題対処能力が向上し、SUA メ
以上のような開発活動における基本理念を提供す
26
地域開発におけるキャパシティ・ディベロップメント
るSUAメソッドは、地域開発活動をパイロット地
リックス(PDM)の上位目標に設定している。こ
域に限定せず広域に展開していくために必要な方
のことは、パイロット地域における協力をきっか
法論でもあり、そのノウハウは途上国自身のキャ
けにタンザニアが各地域の課題に対処する能力を
パシティとなるものである。本プロジェクトのア
広範囲にわたって高めていくことを、本プロジェ
プローチは、計画、技術、活動体制、制度などの
クトが想定していたことを示している。このよう
総体であるキャパシティを、実践における試行錯
な想定に基づいて開発の全体像を見直すと、図−
誤を通じて形成・強化していくユニークな方法論
4のような姿になろう。SUAメソッドが広く普及
であるといえよう。
していくためには、パイロット地域から他の対象
一方で、後述するように、地域開発活動の広域
地域へそのノウハウを伝える仲介役が必要とな
展開の観点からは課題も指摘できる。上記の活動
る。同プロジェクトにおいては、その役割を大学
プロセスは、パイロット県の各村で展開されてい
(SUA)
に期待している。また、パイロット地域で
るものであり、ある程度の時間をかければパイ
見出された村落開発のノウハウがその波及性を確
ロット県近隣の地域にも住民から住民へ着実に伝
保するには、そのノウハウを政策官庁にフィード
播することは可能であろう。しかし、その活動ノ
バックする作業を経て、各地方行政レベルでの実
ウハウを全国規模で広く伝えていくためには、開
践に反映していくことも必要と考えられる。その
発資金や普及員などの人材を有する各県の行政に
ような中央行政へのフィードバックの機能も、知
そのノウハウが根付いていくことが必要であろ
的リソースである大学(SUA)の機能の 1 つとし
う。同プロジェクトの成果を地方行政の活動の中
て想定されている。
にどのように組み込んでいくかについては、今後
検討すべき重要な課題であるといえよう。
上記のように整理すると、同プロジェクトは、
中長期的な姿として「大学を触媒にした地域開発
の方法論(SUA メソッド)を構築・普及すること
III キャパシティの定着と広域化へ向
けた課題 を通じて、地域課題の解決能力を向上させる」こ
いう課題対処能力の向上プロセスは、①キャパシ
キャパシティ・ディベロップメント(CD)の視
ティの定着(パイロット地域での方法論の確立、
点は、途上国のキャパシティ(課題対処能力)を、
関係者間の協働体制の確立、活動の持続性確保な
個人や組織の能力だけでなく、その背後にある政
ど)
、②キャパシティの面的広がり(制度・政策へ
策・制度環境や社会システムなどにまで範囲を広
の反映、SUAメソッドの他地域への普及メカニズ
げて包括的にとらえることを要求する。このよう
ムの確立など)、という 2 つの段階に分けて考え
な包括的な視点に立つと、上述のような方法論の
ることができる。以下、この 2 段階のプロセスに
ユニークさに加えて、本プロジェクトがいくつか
沿って、同プロジェクトの課題を整理する。
とを指向しているということができよう。ここで
の課題も抱えていることが指摘できる。以下、CD
の考え方に沿って開発の全体像を確認し、フォ
ローが必要と思われる課題を考察する。
2. キャパシティの定着
田村は、対象地域での活動の定着へ向けた課題
として以下の 4 点を指摘している(田村[2004]
1. CD の包括的な視点で見たソコイネ農業大学
協力の全体像
本プロジェクトにおいては、パイロット活動を
p.28-31)
。
①より多様な活動への支援の継続(草地改良、
改良堆肥舎、アカシヤ導入など)
通じて構築したSUAメソッドが、他地域でも活用
② 植林用苗生産・配布システムの定着
されていくことをプロジェクト・デザイン・マト
③ マーケティング
(養魚、マカダミアナッツなど)
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 27
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
図−4 ソコイネ農業大学を触媒とした地域開発の全体像
国家開発計画
政策官庁
大学(SUA)
地方行政
地方行政
コミュニティ
地方行政
村D
SCSRD
NGOs
村A
地方行政
対象地域−Ⅳ
村C
対象地域−Ⅲ
村B
対象地域−Ⅱ
対象地域−Ⅰ
(出典)筆者作成.
④マイクロファイナンス SUAは、現場と政策の仲介役としての役割を果
上記のうち、ここでは③と④に注目したい。こ
たせる可能性を有している。SCSRD のセンター
れらは、在来の技術を活かした生産活動を、持続
長・副センター長は国家開発計画の 1 つである農
的な収入事業として定着させるために必要な課題
業セクター開発戦略書(ASDS)
、農業セクター開
であると考えられる。それは、対象地域での村人
発プログラム(ASDP)などの策定に参画してお
の活動が、
「ビジネス化」というもう1つの段階を
り、SCSRDで得られた経験・蓄積をタンザニアの
経る必要があることを示唆しているということが
国づくり計画に反映している(S C S R D / J I C A
できよう。生産活動には、商品の発案からその収
[2004a]
)
。SUAメソッドをパイロット地域以外へ
益モデルの定着までのサイクルがあり、キャパシ
も普及するというプロジェクトの上位目標にタン
ティの定着へ向けた支援やモニタリング活動は、
ザニア政府が到達するには、SUAが政策・制度形
そのサイクルを十分に意識した内容とする必要が
成に関与できる位置づけを持ち続けること、広域
あることが指摘できよう。
展開の主役となる地方行政に対してノウハウを提
供する役割を担うこと、およびその下部機関であ
3. キャパシティの面的広がり
(1)政策形成における大学の役割の確立
本プロジェクトは、2つのモデル地域での各村
レベルの内発性を重視した、規模の小さい活動を
基本として展開した。これらの活動は住民主体で
るSCSRDが、個々の村での小規模な点の活動を住
民とともに地道に積み上げ、地域の実態を常に把
握できる機関となっていることが重要であろう。
(2)他地域への普及メカニズムの確立
本プロジェクト終了年の最終月(2004年4月)に
あり、個々の活動の持続性は期待できるものの、
ムビンガ県で実施された行政担当者対象のワーク
面的には派生しにくい。点の活動を面へと広げる
ショップでは、今後の活動を持続していくため
ためには、図−4に示すように大学などの外部中
に、次のような行動をとるとの結論に達した。
立機関が仲介役となって、政策・制度レベルに影
響を与えることが必要となる。
28
①最低 1 年に 2 度、このようなワークショップ
を開催する。その間、SCSRDはできるだけ現
地域開発におけるキャパシティ・ディベロップメント
場に来るようにするが、不十分なところは県
イクルを中長期的に支援すること、SUAが政策形
側がフォローする。
成へ関与する体制を定着させること、パイロット
②県に関係部局からなる組織を作り、活動の
コーディネート、モニタリングを行う。
③各関係者(SCSRD、県、村、グループ)がそ
事業での取り組みが地域の平常業務の中に組み込
まれていくこと、およびノウハウの他地域への普
及体制が整うことなど、多くのステップが残され
れぞれ活動記録を作成し、担当者の異動等が
ていることも指摘できる。最後に、結論に代えて、
あっても経過が確実に伝わるようにする。
本プロジェクトの教訓から得られる援助マネジメ
(田村[2004]p.23)
ント上の論点を 2 点提示したい。
大学を触媒とした地域開発活動を持続的かつ広
域的に実施するためには、SCSRDの予算・人員が
1. 協力の全体像の把握に基づくプログラム設計
持続的に確保されることが不可欠である。プロ
本プロジェクトの事例は、パイロット型協力を
ジェクト期間を通じて SCSRD 専属スタッフの能
効果的に行うには、パイロット事業「後」の姿を
力は向上し、大学全体で地域開発にかかわる機関
事前に構想しておくことが非常に重要であること
の統合拡充も計画されている。しかしながら、
を示している。それは、SUAメソッドの開発から
SCSRD がすべての地域で住民を支援し続けるこ
普及までを見据えた、図−4のような開発の全体
とは不可能である。このことは、公共予算と人員
像である。このような協力の全体像が把握できて
の多くを有する地方行政が地域開発に主体的に関
いれば、上述したSUAメソッドの定着・普及へ向
与することの重要性を示唆している。活動が持続
けて残されているステップについても、協力を始
するには、その活動が他地域においても平常時の
める前の段階からある程度検討しておくことが可
既存リソースだけで成り立つ形でなければならな
能であろう。協力を検討する際にその全体像を事
い。ワークショップで指摘された 3 点は、いずれ
前に把握し、それを達成するために必要となる
もSCSRDが行った触媒としての活動を、地方にお
キャパシティを分析しておくことは、開発課題に
ける平常業務の流れの中に落とし込んでいくため
対して「援助機関が何をどこまで支援する必要が
の作業であると考えることができる。この作業が
あるか」に関するめどをつけ、支援のあり方を中
今後どのようになっていくか。その結果は他地域
長期的に考えることを可能にする。本プロジェク
にも展開できる形になっていくか。SUAメソッド
トにおいては、自国の足腰を強くすることが重要
を普及し、地域の課題対処能力を向上させるとい
であるという認識のもとに、対象地域の特性を把
う中期的な目標の達成に向けて、今後フォローす
握するためのミクロな状況把握を徹底して行った
るべき課題は大きいといえよう。
が、それに加え、途上国の広範な CD を支援する
ことを念頭に置いた、より広い視野に立った状況
IV 教訓と提言−結論に代えて
把握作業が、非常に重要な意味を持つといえよ
う。
本プロジェクトは、地域住民の内発性を重視す
るとともに、実践を通じて活動を成功させ持続さ
2. 成果指標とタイムフレームの再考
せるために必要な制度・能力を包括的に形成して
JICAの技術協力では、成果主義の観点から、目
いくアプローチをとった。それは、CDの考え方に
に見える具体的な数値を目標値として設定するこ
のっとった注目すべきプロセスであり、持続性の
とを指向している。しかしながら、成果主義が与
ある地域開発を展開するための有効な方法論であ
えられた期間内で目に見える成果を求める一方で、
る。一方で、活動を定着させ、SUAメソッドを他
CDは長期的な取り組みを要し、その成果は目に見
地域でも展開するには、活動が定着するまでのサ
えにくい(Qualman and Morgan[1996]
)
。目に見
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 29
特集:途上国のキャパシティ・ディベロップメント支援へ向けて
図−5 目に見える成果の経年変化イメージ図とその限界
目に見える成果
期待される
理想的な成果
追加投入で
成果アップ?
現実
時間
1年目
2年目
巡回指導
3年目
4年目
中間評価
5年目
プロジェクト終了後
終了時評価
成果の芽の蓄え期間
(出典)筆者作成.
える結果を求めてドナー主導の投入を行うことが、
相手国の主体性を奪い成果の持続性を損ねること
謝 辞
SCSRDプロジェクトは、現地側カウンターパートであ
るSUAスタッフ、対象地域の住民、自治体スタッフ、NGO
は、援助機関の間でしばしば指摘されてきた注 8)。
職員、日本側関係者の皆様の献身的な協力のもとで実施
同プロジェクトでは、関係者の自信や主体性と
されました。作成された膨大な資料は本原稿作成に大変
いった目に見えにくい成果が本質的に重要である
有効でした。この場を借りまして関係者皆様のご尽力に
深甚の謝意を表します。
との立場をとり、活動の過程を詳述することで、
それらの成果を表現することを試みている
注 釈
(SCSRD/JICA[2004a,b]
)
。
一般に、5年程度の地域開発/村落開発・人材育
1)キャパシティ・ディベロップメントの詳細については,
JICA[2004a]および馬渕・桑島[2004]を参照.
成プロジェクトの場合、目に見える成果は、図−
2 )本プロジェクトの前身は,1994 年から 97 年にかけて
5のようにプロジェクト後半期になってようやく
JICA の支援の下でソコイネ農業大学と京都大学との間
現れると思われる。この場合、前半部分は、目に
で行われた研究協力「ミオンボウッドランド農業生態
総合研究」
(JICA[1998])である.この研究協力では
見える結果を途上国が自らの手で導くためのキャ
多くの成果が得られたが,最大の成果は,在来の資源や
パシティを強化している「成果の芽の蓄え期間」
農業技術,知識,あるいは知恵について深く学び,それ
ととらえられる。短期的な結果を要求する成果主
らを基礎とした地域発展の道を探ることの重要性が,
義と相手国の課題対処能力を中長期的に支援する
タンザニア人と日本人の共同研究を通して確認された
ことであろう[JICA (1998)].そしてそれらの成果を基
CD の考え方との接点は、このような目に見えに
盤にして,JICA の技術協力により SUA に地域開発セン
くいキャパシティの向上プロセスを測定・評価す
ター(SCSRD)が設置され,在来性の持つポテンシャ
ることに見出すことができよう。個々の事業にお
ルに根ざした内発的な発展,あるいはアフリカ的な発
展の可能性を求める実践的な活動が1999年5月から5年
いて結果指標と並ぶプロセス評価のための指標を
計画で始まった(掛谷[2001]).また,本プロジェクト
備えることが必要である。今後の協力における試
の対象地域の1つであるムビンガ県は,同研究協力の対
行錯誤と事例研究の蓄積が期待される注 9)。
象地域でもあり,研究協力との連続性を重視して選定
された地域である.
3) 本プロジェクトのプロジェクト・デザイン・マトリック
ス(PDM)では,プロジェクト目標が「持続可能な農
30
地域開発におけるキャパシティ・ディベロップメント
村開発手法(SUAメソッド)がSCSRDのキャパシティ・
ビルディングを通じて2つのモデル地域において開発さ
れる」と設定されている.
4) SCSRD/JICA[2004b].原文は英語であり,著者が和訳
を付記した.
5 )NOW 型の詳細については文献(SCSRD/JICA
[2004b])
を参照されたい.
Sokoine University of Agriculture and Centre for African Area
Studies, Kyoto University.
Mattee, A.Z., et al. [2004] "Introduction of the 'SUA Method'
Concept and Approach to Sustainable Rural Development."
In D.F. Rutatora et al. eds. Proceedings on Perspectives and
Approaches for Sustainable Rural Development in Africa.
SUA/JICA. March 2004.
6) ここで扱う事例は,CD の観点から特徴的といえる活動
Msolla, P.[2004]"Challenges of SUA as a Center of Excellence
事例であり,同プロジェクトで試行された多様な活動
for Sustainable Rural development Training and Practice." In
の一部でしかないことを付記したい.
D.F. Rutatora et al. eds. Proceedings on Perspectives and
7)「ンタンボ(Ntambo)」とは,川の支流に囲まれた山腹
域であり,いわゆる「ひと山」を意味するマテンゴ語で
ある.マテンゴの人々の社会を構成する社会生態的単
位である(JICA[2004b]).
8) たとえば,UNDP[2003]p.22,p.30 および p.42.
9) 一方で,注 2)に記したとおり,本事例においては,技
Approaches for Sustainable Rural Development in Africa.
SUA/JICA. March 2004.
Qualman, Ann, and Peter Morgan [1996]"Applying Results-Based
Management to Capacity Development." Working Paper
produced for CIDA Policy Branch.
Rutatora, D.F.[2004]"Linkage of Sokoine University of
術協力プロジェクトの前に 3 年間の研究協力を実施し,
Agriculture (SUA) to Local Government Authorities in the
その過程で対象地域の特性を包括的に分析する作業を
Field." In D.F. Rutatora et al. eds. Proceedings on Perspectives
経ている.本プロジェクトを事例としてタイムフレー
and Approaches for Sustainable Rural Development in Africa.
ムを考える際には、研究協力での実践内容や研究協力
SUA/JICA. March 2004.
と技術協力プロジェクトとの連続性などについても十
SCSRD/JICA[2004a]Joint Final Report on Sokoine University
分にレビューする必要がある.CD の成果とタイムフ
of Agriculture Centre for Sustainable Rural Development.
レームとの関係に関する事例研究については、今後の
課題としたい.
JICA. April 2004.
——[2004b]SUA Method Concept and Case Studies. JICA.
April 2004.
参考文献
——[2004c]SCSRD Web-Site [http://scsrd.suanet.ac.tz].
SCSRD[2002]SCSRD News No.1. October 2002.
——[2003]SCSRD News No.3. February 2003.
掛谷誠[2001]
「アフリカ地域研究と国際協力−在来農業と
SUA/JICA
[2004]
Rutatora, et al. eds. Proceedings on Perspectives
地域発展」
『アジア・アフリカ地域研究第 1 号』2001 年
and Approaches for Sustainable Rural Development in Africa.
3 月.
March, 2004.
掛谷誠[2000]
『ソコイネ農業大学地域開発センター総合報
告書』.
JICA[2001]
『タンザニア連合共和国ソコイネ農業大学地域
UNDP[2003]Ownership, Leadership and Transformation: Can
We Do Better for Capacity Development? London and Sterling,
Virginia: Earthscan Publications Ltd.
開発センター運営指導(中間評価)調査団報告書』2001
年 11 月.
——[2003]『タンザニア連合共和国ソコイネ農業大学地域
開発センター終了時評価報告書』2003 年 12 月.
——[2004a]
『キャパシティ・ディベロップメント・ハンド
ブック』援助アプローチ分野課題チーム.2004 年 3 月.
——[2004b]
「公開セミナー ソコイネ農業大学地域開発セ
ンター∼CDで読み解く∼発表資料」発表者:田村賢治・
田中樹・角田学・馬渕俊介.国際協力研修所.2004 年 7
月.
——[2004c]『国際協力機構年報 2004』2004 年 9 月.
田村賢治[2004]『専門家業務完了報告書』独立行政法人国
際協力機構.2004 年 4 月.
馬渕俊介,桑島京子[2004]「途上国のキャパシティ・ディ
ベロップメントと有効な援助−より創造的なパート
ナーシップを求めて」『国際協力研究 Vol.20 No.1 (通
巻 39 号)
』独立行政法人国際協力機構 . 2004 年4月.
JICA[1998]Integrated Agro-ecological Research of Miombo
Woodlands in Tanzania, Final Report. Faculty of Agriculture,
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 31
〔事例研究〕
Case Study
わが国の中東欧環境支援
―中東欧地域環境センター拠出支援を通して―
Japan’s Environmental Support for Central and Eastern Europe
— Through the Contribution to the Regional Environmental Center —
木村 祥治*
Shoji KIMURA
要 約
中東欧地域環境センター
(Regional Environmental Center: REC)
は、同地域の民主化推進
の手段として、環境問題に対する取り組みを目的として1990年にハンガリーに設立された
準国際機関である。わが国も設立当初より参加、これまでにEUに次ぐ1100万ユーロを拠
出、93年にはREC内に日本特別基金(Japan Special Fund: JSF)を設立。潤沢な拠出金を背
景に、即効的な個別の環境改善プロジェクトに取り組んできた。RECの活動は、近年のド
ナー国の拠出形態の変更に伴い、プロジェクトを受益国とドナー国に提示・仲介して実施
機関に発注するコンサルタント的活動に変化し、
「EU加盟支援プロジェクト」
に積極的に
取り組んだ結果、EUの拠出金増加につながり、EU拡大における環境分野の支援機関へと
変貌してきた。一方、EU加盟交渉は順調に進み、2004年5月には第1陣10カ国が加盟を果
たしたが、これはRECの支援機関としての役割の終了を意味するものであり、中東欧地域
の環境改善と合わせて、RECは転換期を迎えている。
JSFは、最近の厳しいODA予算を背景としたわが国拠出金の減少にもかかわらず活発な
活動を続けている。中東欧の気候変動対策で中心的役割を担うとともに、旧ユーゴスラビ
アなど喫緊の環境問題を抱える地域国等で多くのプロジェクトを実施しており、その評価
も高い。また、RECが輩出する環境人材や、他ドナーとのプロジェクトの共同実施等を通
じて、わが国の中東欧地域への環境支援は認知されるものとなっている。しかしながら、
拠出金の減少はREC内におけるJSFの存在感を低下させており、REC活動の転換もふま
え、今後の拠出金のあり方について議論が必要な時期を迎えている。中東欧への支援をわ
が国との関係の中で結実させる工夫が必要である。
ABSTRACT
The Regional Environmental Center for Central and Eastern Europe (REC) is a quasi-international organization founded in Hungary in 1990 in order to address the region's environmental
challenges as one means of promoting democracy in this region. Japan has been associated with the
REC from the initial stage of its foundation, and has contributed a total of 11 million Euros to date,
the highest contribution next to the EU. In 1993, Japan established the Japan Special Fund (JSF)
within the REC. Since then, with this major contribution, the JSF has been carrying out projects that
can deliver immediate effects in improving the environment. In recent years, there has been a
change in donor countries' contribution modality. As a result, REC activities have shifted to consul* 中国四国農政局広島統計・情報センター経営・構造統計課長
Director of Management and Structure Statistics Division, Hiroshima Statistics and Information Center, Chugoku-Shikoku
Regional Agricultural Administration Office
32
わが国の中東欧環境支援
tative ones in which REC proposes projects and acts as an intermediary between recipient and donor
countries. In particular, a shift focusing on the promotion of the "EU membership support project"
has led to increased contributions from the EU, and the REC has changed to a subsidiary organization in the environmental field in support of EU expansion. Meanwhile, EU membership negotiations have proceeded smoothly, and in May 2004, the first group of ten Central and Eastern
European countries joined the EU. This means the end of the REC's role as a support organization
for EU candidate countries. Along with the improvement of the environment in the Central and
Eastern Europe, the REC is undergoing a period of transition.
Despite Japan's decreasing contribution due to its tight ODA budget, the JSF is still active in
various activities. As well as filling a pivotal role in climate change measures in Central and Eastern
Europe, the JSF supports many highly-regarded projects within the countries and regions that face
urgent environmental issues, such as the former Yugoslavia. Through joint implementation of
projects with other donors and the commitment of the environmental experts trained by the REC,
Japan's support for the environment in Central and Eastern Europe has become widely acknowledged. However, the decrease in the level of contribution has lowered the presence of the JSF and
requires considering a shift in REC activities. It is the time for Japan to recognize the need for debate
on future funding for the REC. It is essential for Japan to seek an effective approach that can be
fruitful within the context of a desirable relationship with the Central and Eastern Europe region.
tal Center:以下 REC と記す)は、1989 年、ハンガ
はじめに
リーを訪問した米国ブッシュ大統領が、環境とい
う比較的合意の得られやすい分野を通じて、中東
わが国にとって、中東欧諸国はなじみの薄い地
欧諸国の民主化を推進する 1 つの手段として、同
域国にもかかわらず、この地域において日本の認
地域の環境問題に対する地域的取り組みを提唱
知度は高く、おおむねね好感を持って受け入れら
し、1990年、米国、EU、ハンガリーの協力のもと
れている。これには、体制転換を果たしてまだ十
に設立された準国際機関である。わが国も同年末
数年であり、経済発展を国の最優先課題とするこ
には設立憲章に署名、スイス、カナダ、ニュージー
の地域の国々が即効的な経済浮揚の手段として、
ランドといった西側先進国の支援も得て、現在で
わが国投資に期待する側面もあるが、わが国進出
は受益国である中東欧 15 カ国注 1)を含め、憲章署
企業の人や地域に貢献する社会活動やわが国の技
名国は29カ国に達している。スタッフ180名のう
術協力が礎になっているのも否定できない。
ち、半数はREC本部(ハンガリー、センテンドレ
筆者は、2000 年 4 月∼ 03 年 5 月の間、農林水産
省から外務省に出向、在ハンガリー日本大使館の
経済担当として勤務した。その間、業務の 1 つと
市)、半数は各受益国にあるカントリーオフィス
勤務となっている。
RECのこれまでの個別活動は、RECが毎年発表
して技術協力をはじめとする国際協力を担当し、
する機関紙「ANNUAL REPORT」に詳しいが、
わが国が実施するさまざまな国際協力に対する期
RECは政府・地方自治体、市民・環境NGO、企業
待や評価を見聞きする機会を得た。その中で、国
間の協力促進を活動の基調として、環境政策策定
際機関への拠出金という形での中東欧地域に対す
支援、環境情報の収集・提供、NGO支援等を実施
る環境改善支援のケースを拠出先機関の変遷も含
してきた。しかしながら、ドナー国の拠出が、拠
め紹介し、加えて筆者なりの支援評価を試みたい。
出金の使途目的を問わないREC本体への拠出形態
から、プロジェクトを特定する拠出形態に移行注2)
I 中東欧地域環境センター(REC)
していくのに伴い、REC の活動も環境支援プロ
ジェクトを受益国とドナー国および機関に提示・
中東欧地域環境センター(Regional Environmen-
仲介したうえで、プロジェクトを実施機関に発注
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 33
するコンサルタント的活動に変化してきている。
効果があった。
この手法で、REC は中東欧諸国の「EU 加盟支援
表−1は2000 年∼ 02年の3カ年の JSF 実施プロ
プロジェクト」や「南東欧安定化協定支援プロ
ジェクトを示したものである。近年は、中東欧よ
ジェクト」のリストを策定、ドナー国および機関
りも環境改善に遅れの目立つバルト三国や南東欧
に対し拠出要請を行い、EUやEU域国も積極的に
地域に実施プロジェクトがシフトしているのが特
関心プロジェクトへの拠出を行ってきた。このこ
徴である。また、地方自治体を対象とした廃棄物
とは、RECに中東欧諸国の環境分野における民主
管理セミナーなど、特定テーマの広域支援も増加
化支援機関から EU 拡大における環境分野の支援
している。加えて、近年 JSF が特に力を入れてい
機関への変貌を成功させている。拠出金の減少、
る分野として気候変動対策がある。気候変動対策
性質の変化に対応するために環境支援ニーズを求
はグローバルイシューとして国際条約等への対応
めた結果、REC が自然と EU 拡大のための実施機
が不可欠であるにもかかわらず、中東欧諸国に
関に変貌せざるを得なかったこの過程は、時期的
とって、その政府独自の対応に限界があることか
要請もふまえて興味深い。
ら積極的に支援を求めている分野であり、JSFは、
気候変動対応能力の調査や省エネルギー技術支援
II わが国の REC 支援
のためのワークショップ開催など幅広く支援を
行っている。プロジェクトの発掘は、各受益国に
わが国は設立憲章に署名後、1991年から拠出開
ある R E C カントリーオフィスが政府関係者や
始、93年にはREC支援を補完し、中東欧諸国のわ
NGOとの協議をふまえて行い、手法および経費等
が国に対する技術協力要請に迅速に応える目的で
を JSF に申請、JSF は支援効果や緊急度を勘案し
イヤーマーク資金による日本特別基金
(Japan Spe-
つつ案件の取りまとめを行い、RECおよびわが国
cial Fund:以下、JSFと記す)を設立。併せて、日
外務省の許可をもってプロジェクト実施の運びと
注 3)
。いわば REC 本体からの
なる。受益国側がプロファイルを作成するこの手
分離した拠出および組織形態は、当初REC内にお
法は、プロジェクト申請から着手まで短期間の手
いても若干の不快感を持たれたようであるが、当
続きで済むことから機能性に優れる。また、ハン
時わが国はコンスタントに年間 80 万ドルの REC
ガリーで 2000 年に起きた河川への青酸毒物流入
本体への拠出を続ける最大ドナー国であり、別途
汚染に対して、JSF 拠出金を使った緊急拠出を行
50万∼90万ドルの拠出を持ってJSFを設立すると
うなど、わが国主導でダイレクトに支援を行った
いうわが国の意向にRECが従わざるを得なかった
ものもある。
本人所長を配置した
という背景があったようである。
わが国のRECに対する累積拠出額は、2001年末
JSF 当初の活動は対象国の環境対策調査が中心
現在、約1100万ユーロであり、EUの約1200万ユー
であったが、フォローアップへの道が見えないプ
ロに次ぎ第2位である。もっとも前述の「EU加盟
ロファイルを実施するよりも、より即効的な環境
支援プログラム」という、いわば必要経費として
改善プロジェクトの支援拠出要請に応えるものに
の最近の年額 200 万ユーロを超える EU 拠出の結
変化してきており、同様にプロジェクト支援に移
果、わが国とEUの順位が逆転したものであり、そ
行したREC本体の活動と大きな違いはなくなって
れまでは、中東欧地域に最も遠いドナー国である
いる。また、当時の経緯を知る関係者も代替わり
わが国が最大の拠出国であった事実のほうが特筆
して、RECの中の JSFの存在も違和感のないもの
されるべきであろう。ちなみにREC提唱国である
となってきている。この特異な拠出形態は、その
米国は約 970 万ユーロで第 3 位となっている。
後の個々の環境支援プロジェクトに対して、JSF
最近のわが国の拠出状況は、厳しいODA予算を
拠出という日本支援を受益国(者)側に明示する
背景に減少している。1999年まではREC本体への
34
わが国の中東欧環境支援
表−1 JSF実施(支援)中東欧環境プロジェクト(2000∼2002年)
2001
2000
2002
水質改善、汚水処理技術支援
(アルバニア)
汚水処理訓練センター支援
汚水処理訓練センター支援 ☆
環境技術支援と周知
(リトアニア,マケドニア)
環境技術支援と周知
(リトアニア,マケドニア)☆
プラスティック廃棄物管理改善訓練
セミナー
環境法と政策の開発
(ボスニア・ヘルツェゴビナ)
環境法と政策の開発
(ボスニア・ヘルツェゴビナ)☆
エネルギー効率化技術セミナー
中東欧における気候変動能力
中東欧における気候変動能力 ☆
温室効果ガス国家システムと登録開
発
省エネルギーと効率化促進
(マケドニア)
省エネルギーと効率化促進
(マケドニア) ☆
国際ELAガイドライン法支援
(マケドニア)
危険廃棄物投機緊急対応
(リトアニア)
危険廃棄物投機緊急対応
(リトアニア) ☆
家庭廃棄物の分析とリサイクル
(コソボ)
産業への環境協力強化
(ブルガリア,マケドニア)
地方自治体廃棄物管理の改善開発
(バルト三国)
地方自治体固体廃棄物管理計画
産業のための環境検査
(ラトビア)
持続可能な運輸環境促進
ELA・環境情報,教育と周知
水質保全支援
(アルバニア)
環境資源センター支援
廃棄物管理実践改善トレーニングセ
ミナー
輸送経済環境指標
(バルト三国)
地方自治体と環境保護南東欧支援セ
ミナー
中東欧若年環境リーダートレーニン
グ
国家水質モニタリング戦略
(ユーゴスラビア)
中東欧環境進捗レポート
エネルギー効率化実践改善
(ルーマニア)
中東欧持続可能都市モデルオンライ
ン情報
サバ川流域イニシアティブ支援
汚水改善支援(アルバニア)
国家気候変動活動計画支援
(ルーマニア)
中東欧における低廉な汚水処理技術
中東欧環境・健康・輸送ハイレベル
会合
中東欧における戦略的環境アセスメ
ント
都市環境管理パイロットテストワー
クショップ
環境テレビコマーシャル
(ハンガリー)
地方自治体危険物管理技術ワーク
ショップ(ポーランド)
ティサ川汚染基金拠出
(ハンガリー)
(注)☆は継続実施プロジェクト.
(出典)JSFの資料より著者作成.
拠出とプロジェクトを特定する拠出形態の両方が
少する一方で JSF の活動は活発であり、プロジェ
あり、100 万ドルを辛うじて超えていたが、2000
クトを JSF 単独ではなく、他のファンドと組み合
年に半額となったため、REC本体への拠出を打ち
わせるなど、限られた拠出額を効果的に運用して
切っており、2002 年には特定プロジェクトへの、
プロジェクトを実施している。しかしながら、資
約32万ドルの拠出のみとなっている。拠出額が減
金不足によるREC内におけるJSFの存在感低下は
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 35
図−1 日本、EU、米国拠出状況の推移
万EUR
300
250
日本
200
EU
150
100
50
米国
0
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
注)REC会計期間(1∼12月)での集計.
(出典)REC「ANNUAL REPORT」
否めない。
中東欧地域も経済発展に伴い大気、水質改善が図
られている。この間、同地域の環境改善という漠
III REC の転機
とした目標に対し、スポット的対応を図ってきた
RECは有益な機関ではあったが、決して環境改善
前述したように、REC設立目的は、体制転換に
伴う中東欧地域への環境支援を通じた民主化支援
の主役ではなかったのである。そして、その活動
はあくまでも非政治的なものであった。
である。同地域は社会主義時代の環境対策の遅れ
REC 活動の転機は中東欧地域諸国の EU 加盟交
から、大気・水質汚染、汚染物質の放置等深刻な
渉のスタートに端を発する。EU は 1998 年 3 月よ
状況にあった。RECは同地域の環境問題を掘り起
りポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア、
こし、プロジェクト形式でその解決を図るプロ
エストニアを拡大交渉国として、EU 加盟に向け
ジェクト支援を中心に行うとともに、環境教育、
ての交渉を開始した。これらの国々にとって EU
NGO支援、環境国際会議への支援等幅広い活動を
加盟は名実ともに先進西側諸国への仲間入りを果
行ってきたが、個々の活動の評価はともかくも、
たすうえで最大の政治課題であった。一方で、EU
その総体的評価についてはREC自身にジレンマが
は加盟国全体の結束を確保する観点から、加盟候
あったであろうことは想像に難くない。なぜなら
補国に対し一定の条件を求めてきた。EU 全体と
ば、環境汚染の原因がある産業に由来している場
しての統一的な政策の構築、推進に対する義務の
合、環境改善は時として産業構造の転換という外
履行が求められたわけであるが、このための重要
部要因によって抜本的改善が図られるものであ
な課題の 1 つが環境問題であり、加盟候補国には
り、REC設立以降の中東欧地域の環境改善は、そ
EU 環境法・基準への適合が求められた。
の多くを時代的流れの中で自然解決してきたから
この動きにRECが敏感に反応したことはI章で
である注4)。 たとえば、石炭から石油・天然ガスへ
述べたが、これを契機としてRECは加盟候補国に
のエネルギー転換で大気は飛躍的に浄化される。
対する EU 環境基準適合のための指南役的地位、
36
わが国の中東欧環境支援
EU から見れば支援機関としての役割を果たすこ
マニア)および旧ユーゴスラビア諸国に移してき
ととなる。1998 年には EU 拠出金が初めて 200 万
ている。特に、後者については、1996年6月に合
ユーロを突破している。REC のこうした舵取り
意された南東欧安定化条約を受けて、RECが提唱
は、外見的には日本と米国の拠出金減額を加速さ
し南東欧諸国の承認を得た「地域環境再生計画
せた要因とも見える。これまでRECを拠出金の面
(REReP)」の事務局の任を負うことなどにより、
で支えてきた、日本・米国・EU の 3 大ドナーの拠
同地域の環境改善に影響力を持ち始めている。一
出バランスはここに来て大きく変化したが、この
方、新規加盟国に対しても、加盟後の大幅に強化
変化は環境改善を通じた民主化支援から EU 加盟
された法制度、プログラムの円滑な実施、持続可
支援へと移行するRECの活動比重バランスと重な
能な開発実施のための初期支援などの名目におい
るものである。
て、REC は継続した EU の運営機関としての役割
E U の潤沢な拠出金を背景に、この時期から
を果たしたいとしている。しかしながら、中東欧
RECは拡大基調に入ってくる。加盟候補国の環境
と比して受益人口の小さいRERePプロジェクトは
分野における政策開発、機関設立、財務管理、法
規模も小さく、総じて各ドナーの拠出金は少な
律開発等の EU 環境基準適合に必要な支援プロ
い。また、新規加盟国支援についても民間コンサ
ジェクトを数多く手がけることで、実施プロジェ
ルティング会社との競合も予想され、REC運営の
クト数も増え、職員数も 120 名から現在 180 名ま
見通しは決して明るくない。2004 年を境にして
で増加させている。
RECは再び組織運営のターニングポイントに立つ
EU加盟交渉はすでに終了し、2004年5月に第一
ことになるのである。
陣の10カ国の加盟が実現した。加盟候補国の現環
境基準を西側のレベルに合わせるためにはさらに
IV わが国支援の評価
1000億ユーロを超える資金が必要であるといわれ
ているが、この 10カ国は EU 環境規制への移行期
わが国はREC創設期より、安定した拠出金にお
間を設定することで、ともかくも「環境の章」の
いてRECの運営を支えてきた。事実、RECはわが
交渉を終了させている。加盟の実現は加盟候補国
国の拠出金なしには職員給与すら払えない時期も
にとって、すでに EU に加盟している国々と同等
あり、今のRECがあるのも日本のおかげであると
の扱いになることであり、環境についても EU の
いう声も聞いた。しかしながら、わが国の拠出目
枠組みの中で資金調達を行い改善を図っていくこ
的はRECの組織維持ではなく、RECという組織を
ととなる。このことは、REC が EU の拠出金を背
通じての中東欧地域の環境改善支援、ひいては同
景として加盟候補国に対して持っていた EU 環境
地域の民主化支援である。そして、拠出金を背景
基準適合の指南役的地位を失うことを意味する。
としたわが国の貢献がこの地域の人々にしっかり
新規加盟国は必要に応じ、民間コンサルティング
と印象づけられて、初めて意義のある支援であっ
会社など、他のプロジェクト実施機関を活用する
たと評価することができる。ここでは筆者の在任
ことが可能になるのである。
期間中の知見に基づき、わが国支援の評価を行
加盟候補国の加盟を境にして、EU の REC 拠出
う。
がすべからく終了することはないにしても、これ
評価視点として、3つの点を挙げたい。第1点目
ら拠出金が大幅に減少することは避けられず、EU
は、支援がわが国の拠出目的に沿って実施された
と加盟候補国のハブ機能を果たしてきたRECの役
かどうかである。特に、資金拠出型の支援は管理・
割は事実上終了することとなる。
運用を拠出先に委ねるため留意が必要である。
これに対して、RECはその活動の力点を第一陣
JSF に関して言うと、プロジェクトが実施機関に
に遅れた中東欧EU加盟候補国
(ブルガリア、ルー
委託されるため、経費内訳に若干の疑問が提起さ
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 37
れたことも散見したが、中東欧の環境改善という
高くない。大学や大学院で環境学を修めた彼ら
目的に沿った拠出金利用を行い、適切な会計処理
は、RECをその実践的スキルアップの場として経
を実施していると評価したい。これは、RECが準
験を積み、その後、自国の環境省や環境コンサル
国際機関として外部会計監査システム等の監査制
等の会社に就職するケースが多い。彼らを通じ
度を持つ信頼性の高い機関であることにもよる
RECの環境改善ビジョンは同地域に広がるととも
が、JSF所長としてRECに日本人の派遣を行って
に、JSFの存在や活動も知られるようになった。イ
いることによる点も大きい。わが国の拠出金運用
ンターンの受け入れも積極的であり、日本からの
は JSF 所長が実質的裁量権を持ち(最終決定権は
参加も見られるようになっている。
REC 事務局長)、支援プロジェクトの采配を行っ
3 点目の評価視点は、わが国の支援が正当に評
ている。また、REC とわが国との覚書に基づき、
価されているかである。俗にいう「顔の見える援
年間事業計画を事前に提出して、プロジェクト内
助」になっているかどうかである。わが国が援助
容、経費等、わが国の審査を経て拠出されるシス
下手と自己評価する原因のほとんどはこの点に論
テムが確立している。さらに、プロジェクト終了
拠を持っているようである。
後は報告書を提出、計画どおり実施されたかどう
かの審査も受けている。
正当な評価は、その実施効果とともに支援の見
せ方にも大きく左右されるものであろう。JSF 前
評価視点の第 2 点目は、その支援が当初の支援
所長である、小野川和延氏(現、国連地域開発セ
目的の成果を上げているかである。REC支援につ
ンター所長)はわが国の拠出額が減った状況下で
いて見ると、支援の目的は中東欧地域の環境支援
のわが国支援の見せ方に腐心し、中東欧地域にお
を通じた民主化支援であり、REC活動の相対的貢
けるわが国環境支援の存在を広く PR した。特に
献の多寡はさておき、現在の中東欧諸国の状況を
2000 年にハンガリーにおいて実施した JSF の TV
見ればその進展は明らかであろう。個別のプロ
コマーシャルは、
「環境教育」というテーマから、
ジェクト成果の観点から見れば、REC は機関紙、
その重要性を訴えつつ、環境改善の取り組みにわ
ホームページおよび総会・署名国大使会合等会議
が国が参画している事実をメディアに乗せて広報
を通じて、実施プロジェクトの公表・紹介を行っ
し、拠出金という支援形態の柔軟性を生かした好
ており、他のプロジェクトと比しても JSF 実施プ
例であった。また、拠出金の減額をふまえた支援
ロジェクトは高い評価を得ている。特に、気候変
金の小口化は、支援件数の増加とともに、必然的
動対策はRECが組織として重点的に取り組むテー
に他国ドナーとの共同実施という実施形態を生み
マと定めているが、実質的に JSF がイニシアティ
出すこととなり、受益国ばかりでなく他のドナー
ブをとって活動しているものであり、JSF は中東
に対してもわが国の支援現状を認知させることに
欧地域における気候変動対策支援のリーダー的役
つながった。この手法は現所長である山崎元資氏
割を果たしていると言っても過言ではない。加え
にも引き継がれている。無論、国際的な場におい
て、JSFプロジェクトはEU加盟支援にシフトする
て広く好意的評価を得るためには、ある程度の政
REC本体の活動に対して、旧ユーゴスラビア、南
治的駆け引きが必要な現状にあって、両氏が環境
東欧など喫緊の環境改善を必要とする地域への支
省出身の国際経験豊かな行政官であったことも他
援プロジェクトも数多く手がけており、外部から
国ドナーとの共同支援を円滑ならしめた一因であ
注 5)
の認知・評価も高い
。
る。
また、プロジェクト実施による直接的成果だけ
でなく、RECから多くの環境人材を輩出した点を
おわりに
挙げたい。REC職員は、そのほとんどを中東欧地
域国の人材によって賄っているが、その定着率は
38
今後のREC支援に関していえば、わが国はすで
わが国の中東欧環境支援
にその支援の大儀を果たしたとするべきかどうか
変動対応戦略に効果的に生かす工夫である。現実
迷うところであるが、中東欧諸国の EU 加盟に伴
として、中東欧地域は京都議定書が定める排出枠
うREC活動の転機もふまえ、今後の拠出金のあり
に余裕があり、かつさらなる排出削減の余地を残
方について議論が必要な時期を迎えているのは明
すという、「排出量取引」および「共同実施」の両
らかである。
方に対応する地域である。JSF は、REC における
1989年のソ連邦崩壊は、中東欧諸国を社会主義
気候変動対策の中心機関として、中東欧各国の関
体制から放つと同時に、同地域に社会的・経済的
連法対策などソフト的支援に積極的に取り組んで
不安定を生み出すものであった。わが国が、国際
いるところであり、各国における人的・知的つな
社会の一員として同地域の安定化を目指した民主
がりは深い。
「京都メカニズム」
の実現には多くの
化支援に参画することは当然であっただろうし、
クリアすべき問題もあろうが、今後、わが国(企
その一環としてRECを通じた環境改善への取り組
業)が中東欧をクリーン開発メカニズムにかかる
み支援を行ったことは自然な流れであった。それ
事業の実施など気候変動対応戦略のターゲット地
から十数年、中東欧諸国の経済は着実な回復を示
域の1つとするのであれば、今後のJSF活動を、わ
し、まさに EU の一員として欧州経済圏の中で再
が国関係機関との連絡・調整も図りつつ、関心国
スタートを切ろうとしている。わが国の今後の
や関心技術に焦点を当てる等のわが国参入を前提
REC支援を考える時に岐点となるのは、わが国自
とした活動に切り替えていくことも可能である。
身がこのことを中東欧諸国のゴールと考えるかど
2 点目は、REC をわが国の環境研究者や学生の環
うかであろう。RECへの拠出が単なる中東欧地域
境改善研究実践の場として利用する工夫である。
への支援金であったのであれば、EU拡大・新規加
中東欧地域は環境改善の途上にあり、わが国には
盟という事象は必然的にわが国拠出の終了を意味
見られない社会主義体制の遺物ともいえる汚染物
するという意見は正論である。EU がこの地域が
質の放棄などスポット的環境改善の必要性を残し
抱える負の問題も引き継ぐのは筋である。しかし
ている。RECの持つ情報や人的ネットワークおよ
ながら、わが国と中東欧諸国の前進的な関係構築
び施設を利用した研究実践フィールドとして利用
が目的であったのであれば、現タイミングでの拠
することは可能である。その成果が中東欧地域の
出打ち切りは、わが国の拠出支援が中東欧諸国の
環境改善に向けての新たな財産を作り出すことと
EU 加盟支援を目的にしたものと自ら結論づける
なれば、REC 支援はより意味のあるものとなろ
こととなりかねない。なぜならば、中東欧諸国へ
う。
の支援をわが国との関係の中で結実させていない
EU 加盟によって中東欧という地域が消えるわ
からである。REC活動の大きな部分をわが国の拠
けではなく、ましてやこの地域の国々が消滅する
出金が支えてきた事実、加えて JSF 支援を中東欧
ものでもない。わが国と中東欧地域、わが国と地
地域・国に確立させてきた実績を、今後のわが国
域国との二国間関係は今後とも続いていくもので
とのつながりの中に生かす工夫が必要である。
ある。また、「環境」は国・地域の問題でなく人類
工夫という観点から具体的な 2 つの提案をして
の課題であるという視点も必要であろう。単なる
本稿の終わりとするが、他地域・国への国際協力
援助論に偏らないトータル的な議論が期待され
の目的、支援規模等も勘案し、この拠出金でどの
る。
程度のパフォーマンスがあれば拠出先機関として
足りるかの見方も加味している点、了承願いた
注 釈
い。
1点目は、現在JSFが最も力点を置いて取り組ん
でいる中東欧地域の気候変動対策をわが国の気候
1) ポーランド,チェコ,スロバキア,ハンガリー,スロベ
ニア、ルーマニア,ブルガリア,マケドニア,アルバニ
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 39
ア、ユーゴスラビア,ボスニア・ヘルツェゴビナ,クロ
アチア,エストニア,ラトビア,リトアニア.その他、
2003 年現在トルコが手続き中,マルタ,キプロスと交
渉中である.
2) たとえば、1994年の拠出金の性格は,
「REC本体への拠
出金」対「個別プロジェクトを特定する拠出金」の割合
が 9:1 であったものが,2000 年には 0.5:9.5 に変化し
ている.
3) わが国は REC 設立当初より,最高決議機関である理事
会にも理事を出している.東京大学大学院教授
(現、ザ
ンビア大使)
石弘之氏が長期務め,現在は東京大学大学
院新領域創生科学研究科教授柳沢幸男氏.
4) 本論については,
「経済発展が環境改善を必然的にもた
らすものではなく,環境対策なしではむしろ悪化する場
合が多い.中東欧地域ではエネルギー転換よりも公害防
止設備の大きな投資効果が大きかった.環境が改善した
のは,中東欧地域の市場経済への移行・進展に伴う経済
構造の大変革という外部要因が同地域内各国の環境政策
および環境の状況に大きな影響を及ぼした結果である
(JSF 所長:山崎元資)
」との REC 側の反論がある.
5) JSF が 1998 ∼ 2001 年に実施したボスニア・ヘルツェゴ
ビナ環境法・政策プロジェクトは,2002 年オーストリ
ア環境技術協会の中東欧・南東欧優秀環境プロジェクト
賞銅賞を受賞している.
木村 祥治(きむら しょうじ) 京都産業大学法学部法律学科卒.農林水産省大臣官房統
計部,在ハンガリー日本大使館二等書記官を経て,現在,中
国四国農政局広島統計・情報センター経営・構造統計課長.
40
タンザニアにおける日本の都市マラリア対策
〔事例研究〕
Case Study
タンザニアにおける日本の都市マラリア対策
―15 年の実績と将来への課題―
Japan's Experiences in Urban Malaria Control in Tanzania
— Fifteen Year Progress and Future Challenges —
高橋 央*
Hiroshi TAKAHASHI
半田祐二朗**
山形 洋一***
Yujiro HANDA
Youichi YAMAGATA
要 約
サブサハラ・アフリカ諸国はマラリアの病苦から未解放であるが、近年急激な都市居住
区の拡大に伴い、都市マラリアが問題となっている。JICAはタンザニアで、長らくマラ
リア対策への広範な技術協力を進めてきた。中でも都市マラリア対策では1988年来、
WHOが推進していたさまざまなハマダラカ防疫法を同時並行して取り入れた大規模な活
動を、ダルエスサラーム市とタンガ市で実施した。殺虫剤の併用を中心としたこの活動
は、短期的な効果は証明されたものの、活動の規模と内容がカウンターパートの実施・継
続能力をはるかに超えたものとなり、長期的な成果は得られなかった。一方、水面を埋め
立て、排水路の整備によるハマダラカの棲息地を減らす古典的な活動が今日でも効果的と
判定され、引き続き住民参加を主体とした活動に拡大した。学童の原虫感染率は、首都で
は有意に低下したが、都市周辺にハマダラカ棲息地の多いタンガ市では低下しなかった。
これらの活動結果は、今日のサブサハラ・アフリカ地域での都市マラリア戦略に貴重な教
訓を残した。1992年の世界的なマラリア対策の戦略転換を受け、プロジェクトは主要小児
疾患の包括的看護(IMCI)と、アクリジン・オレンジ(AO)染色による血液塗沫標本の
迅速診断の研修活動が中心となった。これらの研修では、現地国内研修をJICAとして初
めて導入し、研修修了者数を経済的に増やすことができた。また、伝達講習方式と医療機
材供与を並行して実施したため、効率的に知識と技術を現地移転できた。IMCI研修は修
了生の数が看護職の総数と比較して小さ過ぎてインパクトは限局的であったが、AO法は
タンザニアの標準診断法として採用され、国全体にインパクトをもたらしている。一方、
研修の質的な管理や医療サービス実施をモニターする人材投入が不十分で、研修用教材や
教授法の質的管理や、AO法に必要な消耗品供給や顕微鏡修理の体制確立が達成されな
かった。技術協力プロジェクトでは経済的で効率的な専門家派遣を増やす必要がある一
方、プロジェクトのマネジメントとモニターに必要人員を配置すべきことが教訓となっ
JICA 国際協力専門員
Senior Advisor, Institute for International Cooperation, JICA
** JICA 国際協力専門員
Senior Advisor, Institute for International Cooperation, JICA
*** JICA 国際協力専門員
Senior Advisor, Institute for International Cooperation, JICA
*
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 41
た。今後の都市マラリア対策では、世界的なマラリア戦略にのっとったうえで、オペレー
ショナル・リサーチの要素も含めた活動を進めたい。長期的には持続可能なさまざまな感
染症対策を実践できる人材開発のシステム作りへ発展させていく必要がある。
ABSTRACT
The burden of malaria has been prevalent in Sub-Saharan African countries for ages. Due to the
rapid expansion of townships into cities, urban malaria is becoming an emerging health hazard.
Since 1988, JICA has been conducting various technical cooperation efforts in Tanzania. In the area
of urban malaria control, large scale efforts at anopheline mosquito elimination using insecticides,
which had been actively employed by WHO, were initially carried out in the cities of Dar es Salaam
and Tanga. Parasitological and entomological monitoring found that the mosquito population was
temporary reduced, but long-term effectiveness was not adequate. The project evaluation pointed
out that its operational scale and management procedures overwhelmed the capacity of the counterparts. On the other hand, the classical methods of destroying anopheline breeding sites, ie. burial of
the water surface and rehabilitation of the anti-malarial drainage, were considered to still be effective at reducing malaria transmission in the large city. Parasitological monitoring of schooling
children revealed that the prevalence of Plasmodium-positive individuals was statistically reduced
in the capital areas, but such a result was not observed in Tanga, where there were more breeding
sites of anopheline mosquitoes. These methods were further expanded by community participation
after the 1990s. Lessons from the urban malaria control efforts were later reflected in the amendment of the malaria control strategy in Sub-Saharan Africa. In 1992 the global malaria control
strategy was revised, and activities were included such as training programs on the integrated
management of childhood illness(IMCI)and rapid malaria diagnosis using acridine orange(AO)
staining which allows for early diagnosis and appropriate treatment. Incorporated with a medical
equipment grant program, the program was timed to maximize its impact. The training program
successfully conferred necessary skills and knowledge to 327 nurses and 447 laboratory technicians
and further disseminated to their colleagues. However, the number of those completing the IMCI
training program was too small compared with the total number of nursing professionals, so its
impact was limited. The AO staining method was successfully introduced in the national standard
diagnostic method for malaria screening, raising its nation-wide impact to date. To improve the
programs, recent evaluation missions have emphasized the role of quality-management experts for
malaria medical services, laboratory services(e.g., a consumable supply and microscope repairing
system for the AO method)the and training of trainers(e.g., a curriculum and material development)
.
Future challenges include the economical and efficient dispatch of experts, the strengthening of
resident monitoring staff, and careful planning of operational research. In the long term, future
malaria control projects should be expanded as human resources development programs for sustainable infectious disease control measures.
では、国民の疾病被害(disease burden)の 3 割が
I はじめに:タンザニアでのマラリア
対策の重要性と問題点
急性発熱性疾患であり、その多くがマラリアであ
る(Tanzanian MOH[2002]
)
。
マラリア対策が前進しない理由には、根本的予
サブサハラ・アフリカにおいて、マラリアは最
防法であるワクチンが未確立な一方、主要マラリ
大の健康問題の 1 つである。マラリアは各国の乳
ア治療薬への耐性株拡大問題が挙げられる。たと
幼児死亡原因の上位 5 疾患に含まれ、妊産婦死亡
えばザンジバルでは、クロロキン抵抗性症例が6割
の重要な原因ともなっている。しかも1980年代後
を超えた(Zanzibar MOH[2002]
)
。1960 年代には
半から今日まで、マラリアによる外来受診と入院
マラリアは撲滅も可能と考えられたが、国連のミ
が増加し続けている(WHO[2003]
)
。タンザニア
レニアム開発目標では「マラリアおよびその他の
42
タンザニアにおける日本の都市マラリア対策
主要な疾病の発生を2015年までに阻止し、その後発
ンガニーカを支配すると、今度は英陸軍防疫部隊
病率を下げる」とトーンダウンしている(U N
を中心に、排水路の建設と河川の直線化が推進さ
[2001]
)
。
れた。ボウフラの天敵魚の行き来が多くなるよ
日本は1988年から今日まで、タンザニアの都市
う、土手の下草刈りもいっそう進められた。泥濘
マラリア対策へ継続的に技術協力してきた。サブ
での家畜の足跡がハマダラカの棲息地となること
サハラ・アフリカ諸国では近年、農村人口が都市
がわかり、家畜を水辺から遠ざける配慮までなさ
へ急速に流入しており、2025年には総人口の半数
れた。
以上が都市部に居住すると考えられている(UN
2)DDT 散布とクロロキン治療による都市マラリ
[2002]
)
。21世紀のアフリカ開発を考えるうえで、
都市マラリア対策は重要な課題であるが、近年実
ア対策の破綻の背景
第二次大戦直後、DDT 大量散布法が開発され、
施されたマラリア対策の資料と評価が不足してお
クロロキンが実用化されると、統合マラリア政策
り、その経験と教訓が十分生かされていない(De
は以前のように注目を浴びなくなった。最新の科
Castro[2004]
)
。
学技術を応用した媒介蚊対策とヒト治療法が、従
本稿では15年間の日本の技術協力の方法と結果
来の古典的な手法を凌駕したためである(Kilama
を評価し、サブサハラ・アフリカ諸国における将
[1994]
)
。1964 年の独立後も、ダルエスサラーム
来のマラリア対策支援への教訓と課題を論じる。
市など都市部のマラリア対策に、マラリア防圧用
排水路の維持管理や水利工事は含まれたが、活動
II タンザニアの都市マラリア対策の歴
史と破綻の背景
の主体は成虫蚊対策(DDT 散布)やマラリア患者
の発見とクロロキン治療、および住民への健康教
育へ移行した。少なくとも都市部で制圧状態に
1. 植民地時代から独立後までの都市マラリア対
策の歴史
1)
殺虫剤使用と環境整備による都市マラリア対策
旧独領タンガニーカにおけるマラリア対策は、
あったマラリア対策は、72 年以降の経済危機を
きっかけに破綻の道をたどり出した。ダルエスサ
ラーム市のマラリア媒介蚊防除の住民 1 人当たり
経費は、61年に8.14シリング(=1.16米ドル)、71
マラリアがハマダラカ属の蚊によって媒介される
年 4.51 シリング(= 0.63 米ドル)
、81 年 1.9 シリ
ことを Ross が予想した 1895 ∼ 97 年ころに、ドイ
ング(= 0.11 米ドル)と漸減し、逆に防除予算に
ツ人によって開始された(Schilling[1910]
)
。当初
占める人件費の割合が 79.4%(1961 年)、80%
は幼虫(ボウフラ)の棲息地を埋め立て、水面へ
(1971 年)
、97.8%(1981 年)とほとんどを占める
油滴下する環境対策が行われたが、網羅的でな
に至った
(JICA[1988b]
)
。そのころプライマリー・
かったため、蚊を減らすほどの効果は出なかっ
ヘルスケア戦略とともに、タンザニア政府が地方
た。1913年に幼虫の棲息する池の清掃、土手の草
分権化を開始したことも、保健システム全般に混
刈り、殺虫剤散布を統合して行うとマラリア伝播
乱と停滞をもたらす遠因となった(De Castro
が大幅に減少するという米国からの報告を受ける
[2004]
)
。多くのマラリア対策活動が中断し、クロ
と(Orenstein[1913]
)
、同年ドイツ植民地政府は
ロキンによる治療政策だけが国際ドナーの支援な
マラリア防圧用排水路の建設、水受け容器の撤
どで存続したが、これに耐性のマラリア株も発見
去、ピレスラム系殺虫剤の屋内散布などを組み合
された。この結果、80年代初頭のダルエスサラー
わせたマラリア根絶の環境対策を植民地令で発し
ム市でのハマダラカの捕獲数は、1967 ∼ 71 年間
た。この上意下達は奏功し、ダルエスサラーム市
のそれと比較して 1 0 倍以上に跳ね上がった
内の蚊の個体数は 9 割減少したという(Kilama
[1991]
)
。第一次大戦後、ドイツに代わり英国がタ
(Kilama[1991]
)
。
この危機に直面し、タンザニア保健省は 1983
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 43
表−1 マラリア対策に関するタンザニアと日本および世界の動き
★は本プロジェクト関連の活動、☆はJICA関連の活動
西暦
タンザニアでの動き
日本と世界の動き
1985
☆タンザニア政府がマラリア対策の要請書を日本政
府へ提出
−−
ガンビアでITN有効性の調査報告
86
WHOによる都市マラリア基礎調査
87
★JICAによる都市マラリア基礎調査
−−
88
★JICA都市マラリア対策開始
−−
−−
−−
89
−−
90
国家マラリア制圧計画部発足
91
ムヒンビリ大学・タンザニア医科学研究所による
ITN有効性の評価
92
−−
日本でAO染色による迅速マラリア診断法の開発
マラリア制圧に関する世界宣言(アムステルダム宣言)
93
★第二国研修開始(AO法、IMCI)
94
スイス熱研による都市保健プロジェクト開始
−−
95
★地域単位のマラリア制圧ワークショップ開催
(1990∼95年)
−
★外務省による被援助国識者評価
−
★第二国研修フェーズⅠ評価
−−
96
97
98
−−
99
2000
第1回TICAD会議(東京)
国際熱帯医学マラリア会議(長崎)
MMV発表
第1回MIM会議(ダカール)
−
橋本イニシアティブ(バーミンガム)発表
RBM戦略発表
第2回TICAD会議(東京)
AO法が国家標準診断法の1つに採用
MVI発表
第2回MIM会議(ダーバン)
第1選択薬がchloroquineからFansidarへ変更
☆ESACIPAC発足
MDGs発表
沖縄感染症イニシアティブでエイズ,結核,マラリ
ア世界基金の創設を提唱
01
医療資材部MSD民営化
02
国家マラリア戦略5カ年計画発表
GFATM発足
第3回MIM会議(アリューシャ)
03
★第二国研修フェーズII評価
MelSAT会議でAO法の評価セッション
LLITNの国内生産開始
日本政府がLLITN供与表明(TICAD-III,東京)
04
2剤併用療法の導入
★新規フェーズ開始
−−
−−
注)ITN: Insecticide Treated Net/AO: Acridine Orange/IMCI: Integrated Management of Childhood Illness/TICAD: Tokyo International Conference
on African Development/MMV: Medicines for Malaria Venture/MIM: Multilateral Initiative on Malaria/RBM: Roll Back Malaria/MVI: Malaria
Vaccine/Initiative ESACIPAC: Eastern & Southern Africa Centre for International Parasite Control/MDGs: Millennium Development Goals/
MSD: Medical Store Department/GFATM: Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria/MelSAT: Medical Laboratory Scientists
Association of Tanzania LLITN: Long-lasting Insecticide-treated Net
年、媒介蚊対策、化学療法、薬剤耐性監視を再強
2.日本の協力の歴史と成果(表− 1)
化した統合マラリア政策を発表し、日本政府へ技
1)殺虫剤主体の都市マラリア対策支援− 1980 年
術協力を求めた。
代後半
(1)媒介蚊撲滅戦略の立案
都市マラリア対策の計画は、WHO と日本の医
44
タンザニアにおける日本の都市マラリア対策
表−2 タンザニアにおけるマラリア伝播の疫学と媒介蚊対策(1980年代末)
都市部
都市周辺部
農村部
およその人口密度
1,200/km2
500/km2
<100/km2
学童の原虫保有率
2∼10%
30∼40%
70%
少数
中間
多数
7.1
45.8
167.7
推定媒介蚊棲息地数
吸血による年間マラリア感染頻度(回)
表−3 1980年代後半に立案された媒介蚊撲滅戦略と戦術の概要
都市部とその周辺:幼虫を撲滅
する
成虫対策
都市部:周辺部からの成虫の侵
入,棲息を防止する
−
ULV
幼虫対策
EPBS
LVC
IGR
環境対策
排水路の整備
ユーカリの植林
棲息地の下草刈り
戦略戦術
都市周辺部:マラリア感染蚊を
減少させる
IRHS
ITN
注)略号の意味は表−4の注を参照.
動物学者を中心に立案された。1986 年に WHO の
件を改善するよう推進すること」の 2 点とした
調査ミッションより、マラリア発生のマッピング
(JICA [1987]
)
。そのころ、媒介蚊対策に必要な
と季節的消長、ハマダラカの生態と個体数、殺虫
ハマダラカの成虫と幼虫用の殺虫剤、散布機材、
剤抵抗性など重要な基礎データが不足していると
排水整備用の建機、衛生教育用機材など 5 億円相
の報告を受け(JICA[1988b, c]
)
、JICA は 87 年に
当が、無償資金協力として選定された。
ダルエスサラーム市(首都)とタンガ市(北部の
この戦略立案にあたり、当時 WHO 等が実践し
港湾都市)へ調査団を2回派遣し、殺虫剤散布法、
ていた媒介蚊対策の革新技術が、同時並行的に取
昆虫学、疫学評価の観点から都市マラリア対策の
り入れられた。活動は成虫対策、幼虫対策、環境
基礎調査を実施した(JICA[1987]
)
。
対策に大別され、活動成果確認のため、学童の集
この調査でわかったことは、主要な媒介蚊は
Anopheles gambiae(真水で棲息)と An. merus(塩
水で棲息)
で、これらの棲息地は都市部で少なく、
団治療も組み込まれた。
(2)媒介蚊撲滅戦術の実施方法
ハマダラカ成虫対策には、殺虫剤を超微粒子に
都市マラリアの伝播は限局的と考えられること
して雨季の後に年2回散布する方法(ULV)と、屋
だった(表− 2)
。
内の壁に 3 ∼ 6 カ月ごとに残留噴霧する方法
ハマダラカの成虫の飛翔範囲は幼虫棲息地を中
(IRHS)
、および殺虫剤をしみ込ませた蚊帳
(ITN)
心に数百mと知られ、都市部とその周辺の棲息地
の利用が採用された。ハマダラカ幼虫への対策と
付近で成虫用と幼虫用の殺虫剤を計画的に散布し
しては、棲息水中への殺幼虫剤を投下
(larviciding:
続ければ、外部から飛来する蚊も遮断でき、都市
LVC)したり、昆虫生育阻害剤(IGR)を滴下す
マラリアは消滅するとの結論に達した。1988 年 8
る方法が盛り込まれた。蚊の幼虫が水面で呼吸で
月、100ページにおよぶ英文の実施計画が完成し、
きぬよう、ポリスチレン・ビーズ玉(EPBS)の投
タンザニア保健省との間で活動内容が決定した
入も計画された。生態系への対策には、棲息地の
(JICA
[1988a]
)
。プロジェクトの目標は、
「健康教
下草刈りのほか、ユーカリの根が水分をたくさん
育を含めた統合的媒介蚊対策により、マラリアの
吸い上げ湿地を乾燥させるとのインドでの報告か
罹患率をできるだけ下げること」と「地域住民が
ら、湧水地への植林がタンガ市で予定された。同
個人用感染防御手段(蚊帳)を取り入れ、環境条
市ではマラリア防圧用排水路建設も計画され、
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 45
シャベルや測量器のほか、ホイルローダー、ポン
の投入量が現地の実施能力を大きく超えたことが
プなど大型建機が供与されることになった。これ
活動の継続性を阻害した最大の要因と結論づけら
らの活動モニターは 1 人の長期派遣専門家だけで
れた(外務省[1996]
)
。
は困難なため、現地の行政機関に配属された青年
海外協力隊員も従事した。
また、いくつかの活動は住民のニーズや嗜好に
合致しておらず、十分受け入れられなかった。
撲滅戦略では都市部と農村部を幅約3kmの都市
IRHS は急激な都市化で散布が追いつかなくなっ
周辺部で区分けし、都市部で ULV の散布および
ただけでなく、使用殺虫剤の悪臭や家財の移動の
EPBS の投与と排水路の整備を、都市周辺部で
煩わしさが活動継続の障害となった。逆に EPBS
IRHS と ITN を戦術的に使い分けた。LVC と IGR
は、都市マラリア対策に直接裨益する活動ではな
は、双方で実施することとした(表−3)
。殺虫剤
かったが、イエカの駆除に有効だったため、住民
散布時の安全を確保するため、散布人の血中コリ
からは協力が得られる結果となった。
ンエスレラーゼ値測定も含めた。マラリア対策の
ハマダラカ棲息地の乾燥化、埋め立て、排水は、
医動物学的評価は、ハマダラカの幼虫と成虫の密
行政だけでなく住民の協力がなければ継続困難な
度を対策期間中に調査することとした。また市内
ことも明らかとなった。学校や地域有志の支援が
の 6 小学校を選び、1 ∼ 3 年生全員(総計 3000 人)
続いた地域でのみ、活動は継続した。特に建機を
を対象として、毎月 1 回定期的に採血することに
投入した場合は、その維持管理自体が活動継続上
した。マラリア原虫陽性者にはクロロキン治療の
最大の問題となった。
サービスを行うとともに、各回の陽性者は新規感
染と判定した(JICA[1988b]
)
。
学童のマラリア検査と集団治療は、感染学童を
治療するという直接的な裨益もあり、有益なモニ
1988∼93年度に、日本から5名の長期と短期マ
ター方法であった。モニター結果から、都市部が
ラリア対策専門家が現地へ派遣され、両市に派遣
広くて、周辺部からのハマダラカの侵入が制御容
された臨床検査技師や生態調査の青年海外協力隊
易なダルエスサラーム市では有効であったが、よ
員6名が活動を支援した。無償機材は、殺虫剤、噴
り小都市のタンガ市では無効と判明した。サブサ
霧機材、輸送機材、教育機材を中心に、総額21億
ハラ・アフリカでの殺虫剤主体による都市マラリ
8900 万円が 5 期に分けて供与された。
ア対策の難しさが明らかにされた点で、このモニ
(3)殺虫剤主体の都市マラリア対策の成果と問題
点
各戦術の長短とその活動実績、成果と課題およ
び教訓は、表−4のような結果となった。多くが
同時並行で実施されたため、どの活動が有効か無
ター情報は世界的に貴重な情報をもたらした(De
Castro[2004]
)
。
2)迅速診断法導入と住民主体の排水路整備への
方針転換− 1990 年代
(1)国際潮流の変化と方針転換
効かの判断は難しい。各活動には長短があり、い
1990年代に入り、殺虫剤主体の媒介蚊対策は理
ずれも万能な戦術とはならなかったのは事実であ
論的には有効なものの、多くの途上国では費用と
る。
人材面から実現性に限界があることが明らかとな
殺虫剤を利用した活動後の成果には目覚ましい
り、世界のマラリア戦略の潮流は、より実効性と
ものがあったが、全般的に薬効が期待された期間
持続性の高い戦略への変針が求められた。92年10
継続しないという問題が生じた。幼虫棲息地への
月、マラリア制圧に関するアムステルダム宣言
薬剤投下も、対象地域全体で体系的、継続的に実
で、①早期の診断および迅速な治療の提供、②選
施されなければ、医動物学的に十分な成果が上が
択的で持続可能な予防手段の計画、推進、③流
らないことがわかった。日本の外務省が現地の専
行の早期察知、制圧ないしは予防、④当該国のマ
門家を雇上して実施した評価では、プロジェクト
ラリアの状況を、生態学的、社会的、経済的な観
46
タンザニアにおける日本の都市マラリア対策
点から定期的に再評価することがうたわれた。ま
ことを考慮し、従来医師を中心に実施されてきた
たマラリア防圧をプライマリー・ヘルスケアの中
マラリア管理研修を看護師に 4 週間実施すること
で推進し、それによって健康推進と社会基盤強化
とした。小児で致命的となる主要な疾患(呼吸器
の機会とすることや、地域社会を活動パートナー
感染症、下痢症、麻疹、栄養不良)の重篤患者の
として取り込み、教育、水資源、衛生、農業、開
管理はマラリア症例と共通点があるため(Iriya
発分野の人々とも協同すべきことが強調された
[2003])
、症候に基づく包括的な看護方式(Inte-
(Gentilini[1997]
)
。このようなマラリア戦略の基
grated Management of Childhood Illness: IMCI)を採
本転換に呼応し、従来までの活動実績や、将来投
用することとした。IMCIは臨床検査などに基づく
入できる両国人材の専門性と量的制約を考慮し
疾病特異的な治療は期待できないが、重篤な患者
て、本プロジェクトは上記戦略の①と②に焦点を
に適切な臨床処置を体系的に施すことができる。
マラリアの早期診断については、1991年に日本
絞った活動へ移行した。
(2)住民主体の排水路補修
の寄生虫学者によって開発されたアクリジン・オ
選択的で持続可能な媒介蚊対策として、植民地
レンジ(AO)を利用した蛍光染色法(Kawamoto
時代に建設された排水路を住民主体で補修する方
[1992]
)を導入した。マラリアの診断はギムザ染
針が優先された。媒介蚊対策で、歴史的に有効で
色による顕微鏡検査が基本であるが、ギムザ法は
住民が自立的に継続可能な方策は、これ以外に考
染色に手数と時間がかかり、血液塗沫標本を作製
えられなかったためである。しかしタンザニアの
して診断が付くのに45分程度かかる。また、検鏡
都市部の拡大は目覚ましく、ダルエスサラーム市
してマラリア原虫を探し出すのにも時間と熟練を
2
の場合、1978 年には 93km にすぎなかったのが、
2
要す。そのため、臨床診断だけで抗マラリア薬が
92 年には 259km まで広がっていた。既存の排水
投与される誤った医療が途上国の医療施設では後
路をすべて補修するには莫大な予算を要するた
を絶たない(Tarimo[1998]
)
。市販の迅速診断法
め、ピンポイントでハマダラカの棲息地だけを排
はいずれも高価で賄いきれず、国内の公立医療施
水する戦術が要求された。ハマダラカは家畜が飲
設で普及させられる方法はなかった(Kilimali
水するくらいの清水でないと棲息できない。そこ
[1997]
)
。一方、蛍光染色によるこの診断法はAO
で、判別精度が 1m 程度の航空写真を立体視で解
液を滴下するだけで直ちに検鏡できて簡便であ
析し、ハマダラカの棲息しそうな窪地を専門家が
り、ギムザ法と同程度に安価である。また、マラ
選別して、現場で棲息を判定する方法が考案され
リア感染赤血球が蛍光する原理のため、錬度の低
た。上記の写真判定と地上探査で、ダルエスサ
い臨床検査技師でも比較的簡単にマラリア感染を
ラーム市内では、小規模に点在する道端や畑の畝
見つけられるという利点がある(Keizer[2002]
)
。
(matuta)の水たまり、干潮時にできるマングロー
ただし、光源をフィルターにかけるため、タング
ブ林傍の潮たまり、塩田跡の水たまり等が重要な
ステン電球より強力なハロゲン電球を装備した
棲息地であることが新たに判明した。これらは自
AO用の顕微鏡が必要となる。約4週間の研修では
治体の衛生部職員や地元住民の協力で埋め立て、
マラリア概論の座学と、AO 法とギムザ法の実習
隣接する排水路を整備することとした。プロジェ
が組み込まれた。研修を終えた検査技師の所属す
クト全体のモニタリングは、同市へ派遣されてい
る施設へ、日本製の AO 用顕微鏡を数回に分けて
た青年海外協力隊の看護隊員に加えてジュニア専
医療特別器材として供与することとした。
門員も従事した。
(3)迅速診断と包括看護の人材育成の試み
これらの研修活動では、研修の前後で試験を行
い学んだことを自らの職場で同僚に伝達されるよ
迅速な治療の実践については、ベッドサイドで
う留意した。英領から独立してすでに四半世紀以
最も患者に接するのは医師ではなく看護師である
上経ち、英語教材では完全に理解されないと考
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 47
表−4 タンザニアで実施された都市マラリア戦術の概要
法の薬
介剤
入で
屋
内
残
留
噴
霧
︵
I
R
H
S
︶
超
微
量
空
中
噴
霧
︵
U
L
V
︶
殺
虫
剤
浸
漬
蚊
帳
︵
I
T
N
︶
殺
虫
剤
水
中
投
下
︵
L
V
C
︶
幼
虫
成
長
阻
害
剤
︵
I
G
R
︶
48
効力の概要
長 所
短 所
活動実績
成果と課題
教 訓
都市周辺部の
家屋内部に
fenitrothionを
1 g / m 2の 濃 度
で散布.散布
面は殺虫効果
が3∼6カ月間
隔で持続.
数カ月にわた
って屋内に常
時効力を保つ
ことが可能.
簡単な散布機
材と講習で実
施可能.
防御不備の場
合,散布者が
中毒になる危
険性あり.散
布後に刺激臭
が残って不
快.散布ごと
に家財を移動
させる手間あ
り.使用薬剤
はイエカ幼虫
に無効.
1988年9月から42の集落
で3∼6カ月ごとに散布
開始.1回当たりD市で
は200∼300人の散布者
が3∼6万世帯を,T市で
は20∼30人が4∼5000世
帯を殺虫する大規模な
活 動 を 展 開 . D市 で は
95年1月まで6回,T市で
は 95年 8月 ま で 13回 散
布.D市では延べ223集
落の20.9万世帯( 完了率
=84.9%),T市では延べ
208集 落 の 3.8万 世 帯
( 69.5%)で完了.散布
による中毒事故なし.
散布直後から蚊の個体数は減
少するが,投入に比べて効果
の持続が短い.薬剤の異臭,
散布前後の家財移動の手間の
ほか,吸血が煩わしいイエカ
を駆除できず,住民からは不
評.予算不足で1993∼94年に
一旦中断,95年に再開した
が,都市化拡大により住居数
が増大し,散布箇所を21に削
減.終わりの見えない関与が
懸念され,同年からITN配布
活動に引き継いだ.
予防効果を持続
させ,マラリア
伝播を遮断する
ためには,膨大
な薬剤と人力を
相当期間投入す
る必要がある.
allethrin6%とdphenothrin 14%
の混合液をト
ラックに搭載
した超微粒子
発生装置で大
気中に散布.
比較的少ない
人力で,短時
間のうちに大
規模に散布す
ることが可
能.蚊媒介感
染症の流行時
に威力.
風向や風速を
考えた散布が
必要.生態系
への影響あ
り.有効期間
は散布法によ
るが,一般に
長続きしな
い.
1988年8月開始.D市で
は93年3月まで11回,T
市では91年8月まで4回
実施.D市では延べ6地
区で総長3600km走行し
て7k ,T市では1k を散
布.
散布直後から昆虫の個体数が
全般的に減少するも,効果の
持続が短い.手間と費用がか
かり過ぎる.効果の指標と考
えた学童のマラリア保虫率低
下との関連も明らかになら
ず,T市では1991年に,D市
でも93年に中止.黄熱病流行
時などの緊急防圧訓練となる
副次的成果はあった.
作用持続期間が
短いこと,生態
系への悪影響が
懸念されること
から,蔓延状態
のハマダラカ防
圧には適さな
い.
permethrine系
殺虫剤を蚊帳
ににじみ込ま
せて使用.吸
血行動で蚊帳
に接触した蚊
を殺す.
簡単に利用可
能.ナンキン
ムシなど他の
害虫も駆除.
半年ごとに必
要な殺虫剤再
塗布は,住民
主体で実施可
能.
蚊帳の原価は
ダブルサイズ
(幅1m)が950
円,ファミリ
ー サ イ ズ( 幅
1.3m)が1050
円.後者では
permethrine1
回分が1.73米
ドルと高価.
殺虫効果が3
∼ 6カ 月 で 消
失.屋外での
吸血を予防不
能.布地によ
っては寝苦し
い.
ガンビアで有効性を示
す報告があり,1992年
より試験的に2集落で実
施 , 94年 よ り 本 格 導
入.日本側はダブルサ
イズとファミリーサイ
ズの製品をTZ側へ無償
供与し,TZ側は市場調
査に基づいた適正価格
で販売することで,そ
の利益を先方の活動資
金へ充当するリボルビ
ング方式を採用.27の
集落(7835世帯)で計2万
6500帳を販売(寝台配備
率97.3%).
ナンキンムシなどの害虫も駆
除するため利用者に好評.課
題として,1)資金の使途が
未調査(多くがガソリン代な
どに支弁されたと考えられ
る),2)D市では市当局の判
断で市場調査価格以上の販売
価格としたため,予定した貧
困家庭が未購入,3)4∼6カ
月後の再浸漬処理など,定期
的なケアとモニターがなく,
長期的な利用度やマラリア予
防効果が未調査.
市場調査による
デザインと価格
設定,販売経路
作り,再浸漬処
理などの配布後
のケアが一体化
しないと,リス
ク集団への予防
効果は出現しな
い.
fenitrothionや
Temephos等の
殺虫剤を幼虫
の棲息水中に
投下.幼虫を
殺す.
成長した幼虫
を含めて,即
効性がある.
Temephosで処
理した水は飲
用可能で,生
態系へ悪影響
を与えない.
車両が入れな
い奥地でも投
下が容易.
各々の水面に
投下する必要
がある.流水
では殺虫効果
が長くない.
使用薬剤はイ
エカ幼虫に無
効.
当初は両市中心部の全
水面にfenitrothionを投
下していたが,調達量
が不足したり非効率な
ため,ULVが困難な場
所などへ選択的に投
下.系統的に棲息地だ
けに投下する仕組み作
りが難しく,肝心のハ
マダラカ棲息地には不
十分な場合があった.
投下後1カ月間は幼虫密度が
激減したが,水量に対して投
与量が足りない箇所があっ
た.隠れたハマダラカ棲息地
に投下されなかった箇所も発
見.生態系への悪影響が懸念
され,活動経費が予想より高
額.吸血が煩わしいイエカを
駆除できず住民の支持が得ら
れにくい.行政と住民に受け
入れられる方策作りが課題.
殺虫剤の安定調
達とともに,精
密な棲息地のマ
ッピングと散布
方法の指導・監
視システムが必
要.
pyriproxifen系
成長阻害剤を
幼虫の棲息水
中 に 0.01ppm
以上の濃度に
なるよう滴
下.
ハマダラカの
幼虫に特異的
に作用する阻
害剤のため,
他の生態系へ
の悪影響が少
な い . 1カ 所
当たりの処理
費 用 が 5∼ 13
円と安価.効
果 が 4週 間 以
上持続する.
幼虫がすでに 殺虫剤が不足し始めた 幼虫の成長を,ほぼ完全に阻 体系的に監視・
成長している 1 9 9 3 年 以 降 に 多 く 実 止.活動経費の節約に貢献. 対応するシステ
ハマダラカの幼虫に特異的に ムがあれば,都
と無効.定期 施.実施規模不明.
作用するため,生態系への影 市部のハマダラ
的に滴下を継
響が少ない利点がある一方, カ幼虫対策に有
続する必要性
成長した幼虫には無効.その 望な方法.
あり.
ため,組織的で徹底した滴下
活動ができないと,媒介蚊の
成虫化を許してしまうことが
課題.
タンザニアにおける日本の都市マラリア対策
入他
法の
介
ポ
リ
ス
チ
レ
ン
玉
投
下
︵
E
P
B
S
︶
抗
マ
ラ
リ
ア
薬
集
団
投
与
ユ
ー
カ
リ
植
林
幼
虫
棲
息
地
埋
め
立
て
マ
ラ
リ
ア
用
排
水
路
整
備
効力の概要
長 所
短 所
活動実績
成果と課題
教 訓
ポリスチレン
を加熱して膨
らませ、水面
を覆うこと
で,幼虫を窒
息させる.
1m 2 を 処 理 す
る際の原料費
が 1米 セ ン ト
程度で極めて
安価.散布作
業に住民の参
加が期待でき
る.
流水面には不
適用のため,
ハマダラカの
棲息地に応用
が難しい.ポ
リスチレン膨
化に加熱処理
が必要.
1991∼95年の間実施.
D市では13地区で,T市
では95年8月まで13回実
施 . D市 で は 便 所 な ど
5934カ所(目標の64.9%)
に5.5t,T市では3330カ
所( 85.6%)に11.7tを投
下.活動全体で対象地
区の75%の汚水源が処
理された.環境への悪
影響は報告なし.
T市では,沸騰水によるポリ
スチレン膨化に住民が積極的
に参加.投下後は幼虫数がほ
ぼゼロに減少するも,駆除さ
れたほとんどはイエカ.対象
水面にハマダラカが棲息しな
いため,マラリア対策として
は効果が薄い.
イエカはマラリ
アを媒介しない
が,吸血がうっ
とうしいので,
住民は投下作業
に協力的とな
る.マラリア対
策の副次的サー
ビスとしては意
義あり.
血液塗沫検査
でマラリア原
虫陽性者が,
chloroquineな
どの抗マラリ
ア薬を一斉投
与.
chloroquine内
服の場合,投
薬料が安価.
マラリア感染
宿主を確実に
減らすことが
可能.
住民の理解と
協力が不可
欠.薬剤耐性
マラリアの場
合,効果が不
十分.医療従
事者を動員す
る必要あり.
媒介蚊対策の成果を評
価することを主目的と
し て 実 施 . D市 で は
1988年9月から94年2月
まで6校(各校の平均検
査 学 童 数 150∼ 750人 )
で,T市では89年3月か
ら94年8月まで7校(100
∼200人)で1∼3カ月ご
とに検査と治療を受け
た.
D市内学童の保有率は,近隣
で媒介蚊対策を実施した5校
では、その効果と相乗して半
分以下に減少.対策のなかっ
た1校では半分以下には減ら
なかった.T市では有意に減
少せず.
複合的な媒介蚊
対策で,大都市
部では原虫保有
率を抑制できる
疫学的根拠とな
った.都市周辺
部からのハマダ
ラカの侵入が大
量な小都市では,
複合対策でも制
圧は困難とわか
った.学童を対
象にしたモニタ
ー方法は,披検
者に検診と治療
の裨益もある.
ユーカリ林が
土壌中の水分
を大量に吸い
上げる性質を
利用して,湿
地を乾燥化さ
せる.
ユーカリはた
いていの土壌
で急速に成長
する.苗木の
費用が安く,
手入れがほと
んど不要.
雨量が多い
と,湿地化を
完全に防げな
い.人工的な
植生環境とな
る.ハマダラ
カの個体数を
減少させる疫
学的な根拠が
ない.
T市 内 の 湧 水 地 帯 へ 植
林.自治体の予算内で
植林され,その実施規
模は不詳.
湿地帯はほぼ乾燥して,ハマ
ダラカの棲息地でなくなっ
た.継続監視がなかったの
で,植林によってマラリア伝
播が抑えられたという疫学的
な証拠は得られなかった.そ
の後の植生変化は不明.
媒介蚊対策だけ
でなく,植生へ
の影響も含めた
監視を継続し
て,有効性を評
価すべき.
観測と目視に
よってハマダ
ラカ幼虫の棲
息する水面を
特定し,埋め
立てる.
人力で簡単に
埋め立てられ
る大きさであ
れば,経済的
に実施でき
る.
小さな棲息地
を発見するの
が難しいこと
がある.大き
な水面では不
可能.新たな
棲息地がない
か,常に監視
する必要があ
る.
1993年以降は,縮尺が
2500分の1∼2万5000分
の1の市街航空写真を立
体視して,地形図を参
照してハマダラカが棲
息しそうな窪地を選
別.その情報をもと
に,地上調査でハマダ
ラカの棲息を確認する
ことで,隠れた棲息地
も 発 見 で き た . D市 内
では主要な棲息地を46
カ所確認.
ハマダラカの棲息地をピンポ
イントに特定して埋め立てた
ことは,資材活用の効率性を
飛躍的に高めた.
都市部の小さな
ハマダラカ棲息
地を探査し,消
滅させる方法と
して有用.地理
情報システムを
利用したマラリ
ア対策の見本と
して,今後の発
展応用が期待さ
れる.
ハマダラカ幼
虫の棲息地と
なりやすい土
地に水流幅
1m以内のV字
型排水路を建
設,定常的に
排水し,湿地
化を予防.
人力でも建設
でき,住民主
導で管理可
能.埋め立て
できない大規
模な棲息地に
適応.TZでは
歴史的に有効
性が記録され
ている.
建機を利用す
る場合は,初
期投資と機材
維持に費用が
かかる.補修
と管理(清掃
と浚渫)を定
期的に行わな
いと,排水路
自体がハマダ
ラカの棲息地
となり得る.
T市では無償資金協力で
建機を導入し,市中央
部にマラリア防圧用排
水路を建設.学生によ
る 補 修 活 動 は 、 D市 で
は1988年9月から94年2
月まで6校(各校の平均
検査学童数150∼750人)
で,T市では89年3月か
ら94年8月まで7校(1∼
200人)で,1∼3カ月ご
とに定期的に実施.参
加謝礼として菓子や清
涼飲料を提供.
D市では1990∼94年にマラリ
ア防圧用排水路114.75km,洪
水防災用排水路63.5km,T市
では同132.1km、141.4km分を
整備.一部は住民の参加によ
って今日も清掃・補修されて
いる.建機のゴム製油圧系統
部品に故障が頻発.保守管理
体制が不十分なため、数年で
建機は放置.学生の参加は教
師の率先なしに継続困難.
排水路の整備に
は初期投資が必
要だが,媒介蚊
の棲息地を減ら
す有用な手段.
住民参加による
建設,管理,補
修には継続性が
期待できる.
TZの 都 市 マ ラ
リア対策に有効
な方法.
注)D市=City of Dar es Salaam/T市=City of Tanga/TZ=Tanzania/IRHS: Indoor Residual House Spraying/ULV: Ultra Low Volume Spraying/
ITN: Insecticide Treated Net/LVC: Larviciding/IGR: Insecticide Growth Regulator/EPBS: Expansion of Polythtylene Beads
(出典)Ikemoto [1989], Yamagata [1996]
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 49
え、スワヒリ語の教材を両国の専門家で共同開発
1 校では都市化が著しく、媒介蚊対策の成果によ
した(Jamhuri Ya Muungano Wa Tanzania Wizara
るものなのか疫学的な判定はできなかった。一方
Ya Afya[2002]
;Msengi et al.[2001]
)
。これらの
タンガ市の学童では、感染率の有意な低下は認め
研修は「第二国研修」というJICAの技術協力史上
られなかった。地方都市では行政運営や住民参加
で新たに設けられたスキーム(後に現地国内研修
の効率性は首都より高かったにもかかわらず、幼
と改称された)の第 1 例目となった。タンザニア
虫対策を中心としたマラリア防圧は有効性が低い
国内で技術研修を行うことは、多数の参加が容易
ことが判明した。都市部の面積(3km 2 )が首都
で、国外研修より経費も安上がりのため、少ない
(7km2)
の半分以下で、市外からのハマダラカの侵
投入でより有効と考えられたためである(JICA
入を十分食い止められなかったことが今回も最大
[1994]
)。各州の公立医療施設から現役の研修員
の原因と考えられたが(Yamagata[1996]
)
、首都
を選抜し、活動の裨益が全国へ波及するよう計画
では殺虫剤を大量に散布しなくても新しい都市マ
された。
ラリア対策で相当の成果が上げられることがわ
日本側からは、1993∼96年にかけてマラリア媒
かった。
介蚊の専門家が長期に派遣され、その後はタンザ
1998年2月に実施された評価では、看護研修に
ニア保健省アドバイザー 1 名が複数の業務の 1 つ
ついては、研修対象者、内容と期間、開催地、参
として担当し、研修の準備や実施の段階で短期専
加率などで良い評価を受けた。一方、検査技師へ
門家が適宜派遣されるようにした。
の研修は、ギムザ法の研修に重点を置くべきで、
(4)新しい都市マラリア対策の成果と問題点
これらの活動は、1997年まで実施された。排水
技術的に確立していない AO 法の研修の妥当性に
ついて疑問が呈された(JICA[1988a]
)
。
路の清掃と補修の総長は、プロジェクト当初から
1993∼97年にかけて実施された上記の活動は、
ダルエスサラーム市とタンガ市でそれぞれ
タンザニア側の要請でさらに 5 年間延長され、
178.25kmと273.5kmに上ったが、航空写真で発見
2002年まで続けられた。2003年2月の評価の時点
したマラリア棲息地は、ダルエスサラーム市の場
で、IMCI研修には過去10年間に全国各地で327名
合46カ所にすぎなかった。タンガ市のある排水路
が参加した。研修参加者への面談によれば、重症
は、近隣の中等学校寄宿舎の生徒がマラリアで死
マラリア患児へのキニーネの投与法など不明点が
亡したため、生徒 400 人が食料の日当(1人 2米ド
明確となるなど好評だったが、研修全体のインパ
ル)を受け、全長 600 mの排水路の浚渫と補修に
クトは全国各地で開催したものの、活動規模が小
参加した。首都のブンゴニ排水路の補修には、所
さ過ぎて顕著でなかった。他方、タンガ州のベク
轄の自治体関係者に加えて 100 名以上の地域住民
ター・コントロール・センターで毎年開催された
が清掃などに参加しただけでなく、補修費用の一
AO 法の研修では、93 年以来日本から AO 法の開
部を負担したことは特筆される。地元メディアが
発者を含む短期専門家が延べ9名派遣され、447名
それを報道して、他の地区へも同様な補修工事の
の臨床検査技師・助手らが修了した。調査によれ
動きが広まった。その結果、停留水が排出されて
ば、AO法の伝達講習修了者はその後平均して1.6
大規模に水位が下がり、ハマダラカの個体数が激
名の同僚に伝授したと推定された。
減しただけでなく、雨季の洪水時にも排水路とし
同期間に、総額7050万円の医療特別機材供与に
ての機能を取り戻した。1988 ∼ 96 年にかけてダ
よってAO用顕微鏡が総計110台供与され、全国の
ルエスサラームとタンガ両市内の学童に対して継
2 ∼ 3 次レベル医療施設へ配置された。AO 法によ
続的に実施されたマラリア感染率の調査では、特
る迅速診断の有用性と医療サービスへのインパク
に前者の学童で感染率が2分の1から3分の1へ統
トがタンザニア政府に評価され、1999年にはマラ
計的に有意な低下を認めた。ただし、このうちの
リアの標準診断法の 1 つに認定された(Tanzanian
50
タンザニアにおける日本の都市マラリア対策
MOH[1999]
)
。AO法が導入された施設では、技
核、マラリア対策に20億米ドル規模の基金を創設
師の診断にかかる手間と時間が大きく省け、外来
している。日本政府はアフリカでの技術協力の実
患者の待ち時間が短縮した。一方、顕微鏡は連日
施拠点として、ナイロビとアクラの国立医学研究
酷使されるうえ、電圧変動の負荷によりハロゲン
所内に国際寄生虫対策センターを設置し、わが国
電球が短期間で破損する事態が頻発した。現地コ
で培った寄生虫対策の教訓を生かして、専門家の
ンサルタントによる2003年の調査によれば、供与
人材養成や学校保健を通じた寄生虫予防運動を展
された顕微鏡は教育用を除く 100 台が医療現場に
開している(ESACIPAC[2004]
)
。
配置され、うち50台が稼働中、33台が消耗品の未
殺虫剤を主体とした都市マラリア対策からの教
配などで未稼働、12 台が未修理で放置、5 台が盗
訓は、「現地のニーズと実施能力を熟慮した技術
難と報告された(Simbakalia[2003]
)
。評価調査団
協力プロジェクトを計画・実施しなければならな
からは、消耗品の供給体制と修理体制の未整備が
い」という点である。当初は WHO も推進してい
指摘された(JICA[2003]
)
。
た媒介蚊駆除の手法を多様に取り入れた斬新な直
排水路の補修は、都市マラリア対策での有用性
接介入策であったが、実施費用や相手側の実施能
が認められ、WHO の技術レポートにも言及され
力を超えたため、主体性や持続性を確立できない
た(WHO[2004]
)
。ダルエスサラーム市イララ地
結果となった。住民の協力や参加が求められる防
区では、市のゴミ管理事務所と民間企業が連携し
疫活動では、殺虫剤の悪臭や家財の移動といった
て清掃するシステムが根付いた。市では清掃税と
ささいなことでも、彼らが望まない形で実施すれ
して月 1 人当たり 700 シリング(0.7 米ドル)を徴
ば、活動が続かないことも教訓である。煩わしい
収できる条例が制定されたが、実際には月 1 軒当
ヤブカの駆除は住民に歓迎されるが、マラリア対
たり700∼1000シリング徴収している。この資金
策には直接効果がない。住民が気づいていない真
をもとに人夫が日当 1600 シリングで清掃と草刈
のニーズをプロジェクト活動に誘導するために
りに従事する。2003年は徴税率が42%にとどまっ
は、効果的な衛生教育が十分に必要であろう。結
たため、地区内の排水路5Km余りのうち清掃は3
果的に古典的な排水路の維持が、大量の殺虫剤の
分の 1 に終わった(JICA[2004]
)
。
散布なしでも今日有効であったことは、興味深い
教唆である。
III 結論:タンザニア都市マラリア
対策支援の評価と教訓
首都の都市化が予想以上に急激で IRHS の継続
が困難となったことや、プロジェクトの開始後 4
年で世界のマラリア戦略が大きく変針したこと
本プロジェクトはわが国が実施しているマラリ
は、本プロジェクトへの障害となり、活動転換の
ア対策プロジェクトとしては現在最長で、投入資
背景ともなった。プロジェクトの重要な外部条件
金は 23 億円を超える。この間タンザニアでは、
が崩れると活動に支障を来すという一例であり、
1983年に対ウガンダ戦争が勃発し、そのころから
国際会議などに積極的に参加して対策戦略の潮流
HIV/AIDS が急速に蔓延して感染症対策上最大の
を見極め、時にリードする重要性が示された。
問題となった(JICA[1993]
)
。世界のマラリア対
迅速診断と包括看護の人材育成の試みは、後者
策戦略も数々の国際イニシアティブが発表された
はややインパクトに欠けたものの、おおむね成功
ため、プロジェクトに影響が生じた(表−1)
。特
した。その背景には、今日では一般的である現地
に日本政府は 1998 年と 2000 年の先進国サミット
国内研修のスキームを導入して、研修修了者数を
で、橋本イニシアティブと沖縄感染症イニシア
経済的に増やせたこと、伝達講習方式と医療機材
ティブを提案した。後者ではマラリアを21世紀に
供与を並行させ、効率的に知識と技術を移転した
おける地球規模の脅威の1つと明記し、エイズ、結
ことがある。特に AO 法は、国の標準診断法に採
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 51
用され、日本の協力は新しいマラリア対策へイン
をできるだけ厳密に設定できるよう、ガイドライ
パクトをもたらした。他方、研修の質的管理や医
ンを設けている(Macintyre[2002]
)
。特に AO 法
療サービス実施をモニターする人材投入の不足、
のような新技術の導入では、積極的に検討すべき
研修用教材や教授法への協力、AO 法に必要な消
点である。
耗品の供給、顕微鏡の修理体制の構築について
JICAのサブサハラ・アフリカにおけるマラリア
は、未達成の課題が残された。タンザニア保健省
対策は、今後個別の技術移転から持続力のあるシ
へ長期派遣アドバイザーが複数の案件を掛け持ち
ステム開発を目指すべきである。タンザニアにお
していたため、各プロジェクトの細部にまで関与
ける都市マラリア対策は2004年度から3年間続け
することが困難だったことが思料される。これか
られるが、国全体によりインパクトが及ぶ効率的
らのJICAの技術協力プロジェクトでは、より経済
な伝達講習を展開する一方、長期的には持続可能
的な中短期専門家を効率的に派遣する必要がある
なさまざまな感染症対策を実践できる人材開発の
一方、プロジェクトのマネジメントとモニターへ
システム作りへ発展させていく必要がある。
は実行力のある人材を長期専従で投入すべきとい
える。
マラリア対策においては、アムステルダム宣言
にうたわれた戦略項目をいかにバランスよくプロ
ジェクトに盛り込めるかが肝要となる。2003年に
IV まとめと提言:サブサハラ・アフリ
カ諸国への都市マラリア対策支援の
あり方
開催されたTICAD−IIIにおいて、日本政府は殺虫
剤の再処理が長期間不要な長持続型殺虫剤浸漬蚊
帳(LLITN、商品名「Olyset」
)を 100 万張規模で
供与すると表明した。今日マラリア対策は都市、
サブサハラ・アフリカ各地の都市拡大に伴い、
農村を問わず社会市場調査に基づいた殺虫剤浸漬
都市マラリアの問題は避けられない。マラリア対
蚊帳の配布に偏りがちだが、これだけでは不十分
策には予防接種のような抜本的戦略が未確立なた
である。薬剤耐性マラリアの増大を考慮して、高
め、研究的要素を持った協力でなければマラリア
価な多剤併用療法の必要性も主張されているが
対策の国際的な水準から後れをとる(J I C A
(Attaran
[2004]
)
、臨床診断による医療過誤を断絶
[1988a])。過去の教訓を反映させながら、オペ
することが大きな課題であることを忘れてはなら
レーショナル・リサーチの要素を含んだ技術協力
ない。
をこれからも進めるべきである。今日サブサハ
もしサブサハラ・アフリカのマラリア対策に蚊
ラ・アフリカでのマラリア対策に最も影響力のあ
帳の供与を組み込むのであれば、早期診断・治療
る上位目標は、「マラリア蔓延に対する世界的な
と別個に配布するのでなく、感染源対策として並
巻き返しのためのパートナーシップ、RBM(Roll
行実施する方法がある。たとえばマラリア患者が
Back Malaria)
」
である。1998年、WHO、UNICEF、
蚊帳を優先的に使うことで、マラリア原虫が患者
UNDP、世界銀行が、政府と民間組織、研究者や
からハマダラカへ吸血されないようにする。社会
職能団体が一丸となり、
「2010 年までにサブサハ
市場調査を基に健康な者に蚊帳を売るより、治療
ラ・アフリカでのマラリア被害を半減させる」と
中の者を対象にしたほうが衛生教育の伝達度も蚊
いう目標が発表された。各ドナーは RBM に従っ
帳利用率も高まるだろう。1 次レベルのヘルスポ
て、これからの対策協力を進めなければならない
ストで蚊帳を配布すれば、より多くの発熱患者が
が、プロジェクトの開始時から目標と指標を客観
受診し、その機能も継続して活性化されよう。
的に定め、科学的にモニターする仕組みが重要で
日本ではマラリアは 1950 年代までに撲滅され、
ある。USAID(米国国際開発庁)など主要ドナー
マラリア対策に知識と経験のある日本人専門家は
は、プロジェクトによる介入前後の疫学的な評価
今では少ない。マラリア専門家の実地経験のほ
52
タンザニアにおける日本の都市マラリア対策
か、地域レベルの対策に貢献してきた青年海外協
力隊員(JOCV)にもさまざまな活動機会を与える
ことを検討するのがよいだろう。これからの技術
協力を通じて、日本人の保健人材養成にも努めな
ければならないことを認識し、サブサハラ・アフ
リカの人々と学び合いの姿勢をプロジェクトへ反
映させたい。
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価と 2003 年の事前調査に参画.現在,ナイジェリア国マラ
リア対策,ソロモン国マラリア対策,中国重大感染症対策の
案件形成などに関与.
半田 祐二朗(はんだ ゆうじろう)
JICA 国際協力専門員.1996 年の本プロジェクト中間評価
に参画.2002 ∼ 04 年に,スリランカ保健省事務次官付き政
策アドバイザーとして同国長期保健計画策定プロセスに関
与.
山形 洋一(やまがた よういち)
JICA 国際協力専門員.本プロジェクトには 1993 ∼ 96 年
に長期専門家として赴任し,以後短期専門家や 2003 年の事
前調査評価にも参画.現在,中米広域シャーガス病対策プロ
ジェクトの国内支援委員長などを担当.
54
途上国の地方行政能力強化に関する一考察
〔研究ノート〕
Note
途上国の地方行政能力強化に関する一考察
―ホンジュラスにおける地方自治体間協力組織の取り組み―
__
Study on Strengthening Local Administrative Capacity
in Developing Countries
Challenges of Cooperative Organizations among Local Governments in Honduras
__
中原 篤史*
Atsushi NAKAHARA
要 約
ホンジュラスでは2001年に PRSP(貧困削減戦略ペーパー)が策定され、地方分権に取
り組むことを国際社会との公約にしたが、進展しているとは言いがたい状況にある。加え
て多くの地方自治体は今もってなお行政能力・財政基盤が脆弱であり、また中央政府によ
る支援も政策継続性の欠如などで消極的となっている。一方、近年においてホンジュラス
では、自治体同士が共同で各問題に対処する地方自治体間協力組織が援助ドナー主導で設
立され始めた。それは「地方自治体のボランタリー的な制度であり、経済合理性や、技
術水準および運営効率性の観点から多くの問題に共同で取り組んでいく組織」と定義さ
れ、①地域的性格、②分野別性格、③文化的・民族的性格、④公共サービスのいずれかを
共有する自治体が共通の目的を持って活動している。実際に、この組織が技術ユニットを
設置して自治体の政策継続性確保、行政能力向上のための技術の蓄積と各自治体への指
導、中央政府や援助機関への援助要請活動などを行っている。そして、援助ドナーにとっ
ても、ホンジュラスに298存在する各地方自治体に個別支援をするのは困難かつ非効率で
あると考えられ、地方自治体間協力組織への支援は「援助の効率性」にも見合うものと
なる可能性を持っている。また、技術ユニットへの支援でその人材に経験が蓄積され、そ
れによって周辺の地方自治体や地方自治体間協力組織同士などで水平的協力が広まるな
ど、
「援助の普及性」の可能性も考えられる。地方分権・地方行政能力強化において、こ
の地方自治体間協力組織に対して支援することは援助の効率性と普及性に見合い、その結
果として民主主義の深化につながる有効な支援のあり方の1つになるのではないかと考え
られる。
ABSTRACT
Honduras formulated its Poverty Reduction Strategy Paper (PRSP) in 2001, pledging to
the international community to promote decentralization. However, progress has not been
pronounced. In addition, the administrative capacities and financial infrastructures of many
local governments are still vulnerable, and the central government is passive about providing support because of the lack of policy continuity. On the other hand, several cooperative
* 神戸大学大学院国際協力研究科国際協力政策専攻博士前期課程
Postgraduate, Graduate School of International Cooperation Studies, Kobe University
Associate Professor, Graduate School of International Development, Nagoya University
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 55
organizations among local governments (named "Mancomunidad" in Spanish) have recently been established under the initiative of aid donors, so that local governments address
various issues together. This type of organization is defined as "a voluntary system and an
organization in which local governments collaborate to address many issues, from the
perspectives of economic feasibility, technical standards, and operational efficiency." The
purposes of joint activities of local governments are to share 1) regional characteristics, 2)
sector-specific characteristics, 3) cultural and ethnic characteristics, and 4) public services.
In fact, this organization has established a technical unit to accumulate technical know-how,
provide instructions to individual local governments, and request assistance from the central
government and donor agencies for securing policy continuity and improving the administrative capacities of local governments. For donors, it is difficult and inefficient to provide
different assistance to each of the 298 local governments existing in Honduras. Therefore,
assistance to Mancomunidad has the potential to improve the efficiency of assistance. It also
enhances the possibilities for dissemination of assistance, because assistance to the technical unit could develop the human resources by facilitating the persons in charge accumulate
experience, and thus, generate extended horizontal cooperation among surrounding local
governments and members of Mancomunidad. From the perspective of decentralization and
the strengthening of local administrative capacity, it is considered that support to
Mancomunidad is highly likely to improve the efficiency and dissemination of assistance
and as a result, can be an approach to effective assistance, which will contribute to the
further consolidation of democracy.
協力組織(Mancomunidad:マンコムニダ)注 4) を
はじめに
事例に取り上げ、ドナーがこの組織を通じた地方
自治体の行政能力強化を行うことにより、①(市
世銀 /IMF の PRSP(貧困削減戦略ペーパー)体
長が代わっても技術ユニットは変更されないとい
制により、途上国政府が作成する PRSP の多くで
う)政策面での持続性、②(地方自治体間協力組
はグッドガバナンスが重視され、民主主義の深
織の技術ユニットに経験が蓄積されるという)技
化、行政能力の近代化等にも焦点が当てられてい
術蓄積の可能性、③援助の効率性、④援助の普及
る。ホンジュラス PRSP でも例外ではなく、地方
性、⑤市民の地方政治への参加が促進される可能
分権が「ガバナンスと民主的参加」の重要項目の
性があることから、ドナー側の同組織に対する支
1つになっているが、分権化の問題点として地方
援の有効性を考察する。
自治体の能力不足が指摘され、その強化が課題と
されている注1)。一方、わが国も昨今、援助実施に
I ホンジュラス地方自治体の状況
おいて途上国の地方自治体行政能力強化に注目し
始め、研究がなされてきている。しかし、その解
ホンジュラスには298の地方自治体注5)があるも
決方法は地域間格差を解消するためのハードイン
のの、伝統的にその行政システムは中央集権的で
フラ整備や自治体幹部職員に対する研修という内
あり、その能力は脆弱である。また市長が十分な
注2)
、制度強化にまで焦点が当てられるこ
資質を有さないケース注 6) や、地元有力者が中央
とが少ない。地方自治レベルの行政能力向上では
政界進出のステップとして市長職を利用する結
制度的な分権と地方での能力向上とが相まって進
果、責任感を欠いた運営を行うケースが多いなど
展することが理想であるとされながらも、後者の
人材面の課題を抱えている注7)。財政面を見てもほ
行政能力向上は相対的に遅れており、分権化を推
とんどの自治体でほぼすべての予算が経常費に充
進するうえで大きな支障となっている注 3)。
当されるため基本的な公共サービス注 8) も満足に
容が多く
そこで本稿では、ホンジュラスの地方自治体間
56
提供されていない町村が多数存在している。1998
途上国の地方行政能力強化に関する一考察
表−1 自治体の収入と人口についての調査
区分(評価)
自治体の数
%
人口6万人以上
収入L600万(約34万ドル)以上
25
8.40%
B
(適度に発展)
人口2万人以上6万人未満
収入L150万(約8万6000ドル)以上600万未満
54
18.10%
C
(発展途上)
人口5000以上2万人未満
収入L40万(約2万3000ドル)以上150万未満
117
39.30%
人口5000人以下
収入L40万未満
102
34.20%
298
100.00%
A
(発展)
D
(貧困)
基 準
合 計
注)L=Lempira( レンピーラ:ホンジュラス通貨)
(出典)Nufio de Figueroa[1999]
表−2 自治体別の人間開発指数(HDI)
数
%
HDI高位自治体
1
0.34%
HDI中位自治体
214
71.81%
HDI低位自治体
83
27.85%
合 計
298
100.00%
の税収入の5%が毎年、各自治体に移譲されること
になったが、その後、政権交代による政策継続性
のなさに加え、中央政府が地方自治体の行政能力
欠如を理由に財源移譲に対して消極的態度を示し
(出典)UNDP[2002]
たことで、分権は進まなかった。そのことでホン
ジュラス地方自治体協会(Asociación Municipal de
Honduras:AMHON)と中央政府の間で税収入の
「5%」の移譲をめぐる問題が、現在でも解決して
年に内務司法省地方自治体技術指導局(Dirección
おらず、自治体の財政基盤が脆弱なことの主要因
General de Asesoría Técnica Municipal)が実施した
の 1 つとなっている注 10)。
自治体収入と人口についての調査(表− 1)では、
国内全市 298 を自治体収入と自治体人口の規模で
4 つに分類している。これによると、70% 以上の
II 地方自治体間協力組織
(Mancomunidad)とは
自治体がC評価の「発展途上」またはD評価の「貧
困」に分類されており、自治体の財政基盤の脆弱
AMHONでは、地方自治体間協力組織の定義を
「地方自治体のボランタリー的な制度であり、経
性が読み取れる。
また、C 評価や D 評価に分類された自治体が管
済合理性や、技術水準および運営効率性の観点か
轄する地域は人間開発指数(HDI)も低水準であ
ら多くの問題に共同で取り組んでいく組織」注 11)
り(表− 2 )
(UNDP[2002]
)
、住民の貧困度が高
としている。この組織は財政基盤、行政能力が脆
い地域では、その地方自治体も同様に貧しいとい
弱な各自治体が、個々では解決できない問題に地
注 9)
う結果となっている
。
方自治体間の協働によって対処するためのもので
これらの問題に対する政府の取り組みが始まっ
あり、公共事業、サービスを発展させるうえで有
たのは 1990 年代に入ってからである。ラファエ
効性があるとして、ホンジュラス各地で組織され
ル・カジェハス大統領(就任期間 1990 ∼ 94 年)の
ている。
新自由主義的改革によって地方分権が推進され、
ホンジュラス最初の地方自治体間協力組織は、
90 年に地方自治体法(Ley de Municipalidades)が
1991 から 92 年にかけて米国国際開発庁(USAID)
改正(政令 134-90)された。それにより中央政府
が地方行政運営国際協会(Asociación Internacional
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 57
表−3 地方自治体間協力組織の規模
地方自治体間協力組織参加自治体の総人口
参加自治体数
%
5未満
69%
5万人未満
28%
5∼10
14%
5万人以上10万人未満
24%
11以上
17%
10万人以上50万人未満
41%
%
50万人以上
7%
(出典)双方ともAMHON-PRODEMON[2002a]より筆者作成.
de Administración Municipal)を通じて実施した「バ
は解決の困難な課題に取り組み、それを達成する
ジェ・デ・スーラ地域制度強化プログラム」の成
ことである。また、援助の受け皿組織としての機
果として設立された。カジェハス政権が米国や国
能は主たる目的ではないが、ドナーの支援のあり
際金融機関の意向を取り入れて新自由主義路線が
方という観点から見れば、援助の受け皿組織とし
推進されていく中で、地方分権も政府の主要課題
ての有用性は非常に高いと考えられる。
注 12)
となり、米国の支援を受けたプログラム
が国
内第2の都市サン・ペドロ・スーラ(San Pedro Sula)
III 地方自治体間協力組織の制度と特徴
を中心とした地域で実施された。このプログラム
の目的は地方自治の実現注13)と推進であり注14)、同
支援により地域の16市が参加し、相互技術支援の
1. 地方自治体間協力組織の性格と設置プロセス
(1)地方自治体間協力組織の性格
確立と経験の共有のため関係強化が図られた。そ
市域における公共サービスは、本来、地方自治
の成果として1993年に設立されたのが、最初の地
体によって、市民の必要性を満足させるものでな
方自治体間協力組織となるバジェ・デ・スーラ・メ
くてはならない(地方自治体法 57 条)
。また、そ
トロポリタン・ゾーン(Zona Metropolitana del Valle
の市民サービスは地方自治体によって運営されな
de Sula:ZMVS)である。その後、スペイン、ス
ければならない(同法 58 条)
。しかしながら地方
ウェーデン、UNDP などが引き続き各地で地方自
自治体法は、地方自治体間の協力についても言及
治体間協力組織設立を含む地方分権化支援を行う
しており(同法129条)
、市の各資源利用の効率性、
など、主として国外援助機関の主導によって自治
適切な統制・管理のためには複数の市が協定と合
体間の組織化が普及していった。
意を結び、共同して問題に取り組むことを認めて
2002年現在、AMHONに登録されている地方自
いる注 15)。
治体間協力組織は 53 組織であるが、その多くは
地方自治体間協力組織の目的は、組織によって
1998年以降に設立されたもので、その活動はまだ
さまざまであるが、活動の性格により大きく 4 つ
緒についたばかりである。
に分類することが可能である(表−4)。それぞ
AMHONが実施した地方自治体間協力組織の規
れ、①地域的性格としては、水源地、自然保護区
模に関する調査によると、登録されている地方自
域などの隣接地域や地理的な近接地における政策
治体間協力組織のうち、参加自治体数が 5 未満の
運営、②分野別性格としては、経済・産業振興
組織が69%と、小規模の自治体間組織が大きな割
(コーヒー生産、港湾、鉱物資源、マキラドーラ
〈保
合を占めている(表− 3)
。
税加工工業〉
、観光など)
への取り組み、③文化的・
地方自治体間協力組織を設立する最終目的は地
民族的性格としては、民族の文化、伝統、歴史、遺
方自治体の統合ではなく、あくまでも地方自治体
産などの保護へ向けた政策運営、④公共サービス
間の協働と情報の共有によって、個々の自治体で
の共有では、財政基盤の弱い小規模地方自治体の
58
途上国の地方行政能力強化に関する一考察
表−4 地方自治体間協力組織の分類
内 容
分 類
地方自治体間協力組織の例
①地域的性格
水源地,自然保護区域など
CRA,AMUPROLAGO
②分野別性格
経済・産業振興
ZMVS
③文化的・民族的性格
民族文化,伝統,歴史,遺産などの保護
④公共サービスの共有
地方自治体の公共サービス効率化
CHORTI,HIGUITO
注)
「地方自治体間協力組織の例」は本文中に登場する地方自治体間協力組織を主目的により分類.
(出典)AMHON-PRODEMON[2002a]より筆者作成.
公共サービス効率化および水、教育、保健、道路
と組織の規範を示した協定を作成したうえで、一
整備、ゴミ問題などにおける協調した問題解決、
般的に参加各自治体が拠出金として各自治体予算
などを目的としている注 16)。
の2∼8%程度を組織の運営費注17)に充てることに
たとえば、環境問題を通じた地域的な取り組み
(地域的性格)を主目的にした例に、サンタ・バル
バラ県の市町村が参加している地方自治体間協力
なっている。そして自治体が参加するためには、
各自治体の幹部と評議員注 18) の 3 分の 2 以上の賛
成が必要である。
組織「アムプロラーゴ(AMUPROLAGO)
」があ
参加を希望する市長によって組織設立目的など
る。本組織は、国内最大の湖であるヨホア湖の水
に関する合意が形成され、地方自治体間協力組織
質汚染や環境保護問題への対策作りとその共同実
が設立されれば、各自治体から市長を含めて数名
施を目的としている。この問題はヨホア湖周辺各
ずつの代表による「フンタ(評議会)
」が結成され、
市だけの問題ではない。ヨホア湖に流入する水の
各議題について話し合いが行われる。しかし、全体
60% を誇る水源地はそこから離れたサンタ・バル
の政策は、市開発協議会(Consejo de Desarrollo
2
バラ国立公園(森林保護区域、104km )であるた
Municipal:CODEM)や市民団体などで構成される
め、森林保護、ゴミ対策などは、同国立公園から
コンサルティング・グループも参加する自治体協
湖に至る河川流域の各市が協力して当たらなけれ
議会によって決定される。次に自治体協議会の下
ばならないが、それまでこうした制度や取り組み
で法人格取得などの法的枠組みを示す協定の政策
はなかった。本事例は、自治体単独では不可能な
や、財政問題の整備を経て、各市から独立した技術
広域の環境問題に対しても、流域各市が協働する
ユニットが設置される。
ことで効果的に取り組むことができることを示し
ている。
また、コパン県北部の各市が参加した自治体間
協力組織「チョルティ(Mancomunidad de CHORTI)
」
2. 地方自治体間協力組織の特徴
(1)独立した技術ユニットの設置
地方自治体間協力組織で参加自治体間の調整に
の主目的は、地域の貧困解消のための経済資源の
あたるのが技術ユニットである。技術ユニットの
有効利用、雇用問題の解決である。比較的規模が
機能は、市民社会・中央政府機関などとの制度間
小さく脆弱な参加 6 市が話し合い、地域の公立学
コーディネーション、計画立案と目標の設定、参
校建設を計画するなど「公共サービスの共有」が
加メンバーの共通利益の保護、市政の運営・事務
進んでいる。
処理への技術支援、参加内外のメンバーとの交流
(2)地方自治体間協力組織の設置プロセス
地方自治体間協力組織の設置プロセスは図−1
のとおりである。地方自治体間協力組織を設置す
るためには、各市長による同意書と、法的枠組み
と情報交換、プロジェクトの財政支援先の探索と
申請支援、モニタリング・評価など多岐にわたっ
ている(図−1)
。
技術ユニットが独立していることは、援助ド
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 59
図−1 地方自治体間協力組織形成過程
第1段階
各市長の合意形成
第2段階
制度作り
第3段階
計画と実施
法的枠組みと組織の規
範を示した協定の作成
運営・規約・手引き・
合意書
組織と機能
技術ユニット設置
・開発戦略策定
・作業計画
・案件形成と実施・監理
財政
(拠出金,予算化,
資金計画,監査等)
市民社会との
コミュニケーション
(協議会,住民会合,
広報等)
モニタリング,評価
(出典)AMHOM [2002] "Guia de Trabajo para Mancomunidad en Honduras." Tegucigalpa: p.14をもとに筆者作成.
ナーにとってカウンターパートの政策継続性の観
には作業が困難なケースが少なくない。技術ユ
点から重要である。たとえば、技術ユニットの人
ニットの多くではプロジェクト形成の経験者や元
材に対して行われた研修などの支援が経験として
国際機関スタッフなどの人材を有していることも
蓄積されることが期待できる。また、選挙ごとに
あり、迅速にドナー側の要求を満たせる場合も多
市長と幹部が交代してしまうなどの理由で援助ド
い。このことは、ドナー側にとって効率化の面で
ナーによる地方自治体の行政能力向上のための支
利点があると考えられる。いくつかの地方自治体
援が無になる、といった事態が避けられる。地方
間協力組織では、主要都市のホテルなどに会場を
行政能力強化支援のあり方を模索する際に地方自
借り、援助機関や民間企業を招待して各市の紹介
治体間協力組織を支援相手とすることもメリット
や支援誘致を図るようなフェアを開催するケース
であろう。同組織に参加している一部の自治体で
がある。これは地方の自治体単独ではできない活
は、選挙の際に各候補者と、地方自治体間協力組
動である。受け身ではない積極的な活動を技術ユ
織を尊重した市政を行う旨の同意を交わす自治体
ニットが主導して実施することは、地方自治体間
もある。これは継続性の面で参考となる事例であ
協力組織の参加各市のより効果的・効率的な活動
ろう。
につながる。
計画に基づいた比較的大きな事業注 19) の実施・
技術ユニットの運営・維持は政治任命でなく各
運営に必要な経費が参加自治体の予算だけでは不
自治体の独立した人員で構成されることになって
足する場合には、技術ユニットが各市長の同意を
おり、どの技術ユニットにも若干名の専従スタッ
得るか、または市長を同伴して中央政府の関係当
フがいる。政治任命でないが、地域の有力な地方
局や国際機関に支援を求める。一般的に、プロ
自治体、市長などの意向が通る可能性も否定でき
ジェクトの申請は煩雑であり、国際機関ではプロ
ず、彼らの任命・交代にあたっての透明性確保は
ジェクト実施後の詳細な事業報告なども求められ
今後の課題であろう。
るため、こうした手続きに詳しくない自治体職員
(2)民主的参加の推進
60
途上国の地方行政能力強化に関する一考察
また、地方自治体間協力組織では民主的な参加
を重要視している。一般的に参加各自治体が
るであろう。
一方で、地方自治体間協力組織の役割には、そ
個々の開発計画を持ち、その優先順位に基づい
の他として「制度間のコーディネーション」や「参
て公共事業などを実施しているが、自治体単体
加内外のメンバーとの交流と情報交換」が挙げら
では問題の解決が不可能な場合 注 20) や非効率が
れているが注 23)、これらの取り組みはまだ十分で
生じた場合
注21)
には、地方自治体間協力組織にそ
はない。今後技術ユニットが参加して自治体と住
の問題を持ち寄る。同組織は市民参加に重点を置
民の会合などが実施されたり、幅広い交流を通じ
いているため、それらの問題を解決するための開
て情報公開や透明性が確保されるならば、地方自
発計画は、市民の参加を促進するような方法で立
治体間協力組織によって民主的手続きが定着し、
案されることになる。たとえば、サンタ・バルバ
住民の自治体への信頼と市政参加を促せるのでは
ラ県サンタ・バルバラ市は地方自治体間協力組織
ないかと考えられる。しかし、これらの活動はま
に参加し、環境問題に取り組むうえで米国の技術
だ制度化されておらず、技術ユニットの機能強化
支援を受けた。その成果として、2001 年に「参
や自治体同士でのチェック機能を構築することは
加型開発計画」
が策定された。この事例では市内
今後の課題であろう。
をセクター別に分け、各セクター内でテーマご
と注22)に分かれて、市開発委員会と市民との集会
結語に代えて
を開催し、問題と必要性、優先順位づけなどが議
論された。その結果をもとにワーキング・グルー
ホンジュラスでは、自治体が地方自治体間協力
プ集会が行われ、テーマごとに取りまとめたもの
組織を通じて民主的な市民参加を促進し、政策持
をもとにセクター別開発計画が出来上がった。そ
続性確保と技術ユニットによる行政経験の蓄積、
の後、各セクター住民代表と市当局者が集まって
中央政府・援助機関とのパートナーシップ強化を
セクター協議会が開かれ、市の現況分析、市の開
促進するなどその発展のため自己変革を行ってい
発計画、セクター別開発計画、評価計画などが議
る。本組織はドナー支援の成果として生まれた
論され、その後に正式に市参加型開発計画が策定
が、小規模自治体の可能性を広げつつある。
された。このような形で、それまで同市には存在
また援助ドナー側から見ても、ホンジュラスに
しなかった住民主体の開発計画が策定されたこと
存在する 298 の地方自治体すべてに個別支援をす
で、市民の市政への参加や、民意の市政への反映
るのは困難かつ非効率であることを考えると、地
が促進されている。
方自治体間協力組織単位の支援は「援助の効率
同様に、サンタ・バルバラ県北部地域の 7 市が
性」にも見合っている。ドナーが技術ユニットを
合同して結成している地域環境協議会(Consejo
支援し、それによって、人材育成やプロジェクト
Regional Ambiental:C.R.A)に参加しているトリ
実施監理などの経験が技術ユニット内に蓄積され
ニダ市では、他の参加各市と同様に持続的人間開
ていくことで、周辺の地方自治体や地方自治体間
発や住民参加を主眼に置いており、大都市部の市
協力組織同士などで水平的協力が広まるなど、自
役所でさえ設置していない、「ガバナビリティー
治体間協力組織の制度が自立的に普及する可能性
と透明性課」を設置することになった。同市では
も期待される。それにより「援助の普及性」が確
住民との会合を積極的に開催し、市政の報告や住
保されるのである。
民参加の政策決定をするなど、透明性を持った市
政運営を積極的に進めている。
一方で、地方自治体間協力組織のほとんどが設
立されたばかりであり、まださまざまな支援を必
プロジェクトがこのような形で地方自治体間協
要としている。地方自治体間協力組織としては国
力組織に持ち上がるなら、民意の反映が可能とな
内最大のZMVSでも、参加自治体による拠出金に
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 61
よって運営が賄われているが注 24)、この地域のさ
置いて実施した「コパン県サン・アグスティン市
まざまな問題を解決するために各プロジェクトを
上水道改修・拡張計画」注27)は、日本が無償スキー
実施するには資金が不足しており、国内外からの
ムで地方自治体間協力組織に行った最初の事例で
支援に頼っているのが現状である注 25)。前述した
あり、そこから得られる成果は、今後この分野に
アムプロラーゴでも、参加自治体の中には彼らの
対する支援のあり方を考えるうえで参考となるで
活動に対して「具体的成果が上がっていない」と
あろう。
評価するところもあり、この制度の実効性に疑問
を持つなど、継続性・自立発展性への不安材料と
なっている
注 26)
。この制度が効果的な地方行政の
能力強化につながるためは、中央政府によるこれ
謝 辞
本稿作成にあたり、資料提供に協力していただいた野
澤俊博専門家およびJICAホンジュラス事務所の皆様にこ
の場を借りて感謝したい。
まで以上の地方分権促進と、それを補強する形で
ドナーが地方自治体間協力組織の活動を活性化す
注 釈
るような経済的または知的(技術)支援ができる
かどうかが重要である。
今後、地方自治体間協力組織の設立目的の 1 つ
となっている環境問題などを考えた場合、特定分
1) Republic of Honduras[2001]pp.47-50.
2) JICA 国際協力総合研修所[2001]p.179.
3) ibid.p.143.
4) 西語の“Mancomunidad”に当たる日本語の定訳はない.
野に対する技術者派遣や同組織自体の組織強化な
日本の「広域行政圏(広域市町村圏および大都市周辺地
どの技術支援をはじめ、事業実施の経験が少ない
域広域行政圏)」とは要件等が異なり,誤解を避けるた
組織に対する支援や、組織が推進する事業に対す
る資金援助が行われれば、プロジェクトによるイ
ンフラ整備・環境保護などと併せて、参加自治体
へのインセンティブとなるであろう。また、それ
が自治体間協力組織自体を強化するモチベーショ
ンを高めることにつながったり、技術ユニットの
人材に経験が蓄積されたりするというように、通
常のハードインフラ供与プロジェクト以上の効果
を生むことができると考える。この意味におい
て、わが国が専門家派遣をはじめとした技術協力
め,本稿では JICA 国際協力総合研修所[2001]にある
「自治体間協力」という言葉を用いて「地方自治体間協
力組織」とする.
5) 日本の「市」に相当する.ホンジュラスにはこれより小
さい行政区分はない.
6) たとえば,市長が読み書き計算ができる程度の学歴し
かない場合など.
7) 筆者による,ダニエル・トレホ市長(2002 年 8 月 14 日,
インティブカ県コロモンカグア市),マヌエル・カン
ティジャーノ市長(2003年9月13日,ジョロ県ジョリー
ト市),デニス・サンチェス市長(同日,サンタ・バル
バラ県サンタ・バルバラ市)とのインタビューによる.
8) ゴミ収集,区画整理,上水の供給,下水・汚物処理など.
9) ホンジュラスで最もHDIが高いのはホセ・サントス・グ
からのアプローチに加え、無償援助のような経済
アルディオラ市(イスラ・デ・バイア県)の 0.810 で,
協力などを含めたさまざまな ODA スキームを通
逆に一番低いのは,サン・マヌエル・コロエテ市(レン
じてホンジュラスの地方自治体能力強化に支援す
ピーラ県)の 0.290 である.
10)AMHON は 2000 年にこの「5%」で国を相手に訴訟を起
ることは、大きな意義があるのではないだろう
こしたが,裁判所は 2002 年 4 月に AMHON に原告とし
か。たとえば「草の根・人間の安全保障無償資金
ての正当性がないことを理由に請求を棄却している
(El
協力」は、支援額が比較的小規模で、対象が地方
自治体や NGO ということを考えれば、この「草
の根」を通じた地方自治体間協力組織への支援は
効果的であろう。ホンジュラスにおけるイギート
川流域自治体協議会(Consejo Intermunicipal
Promanejo de Subcuenca del RIO HIGUITO)の能力
強化、参加自治体のインセンティブづけを念頭に
62
Heraldo 紙 2002. 4. 21 10 面)
.
11)AMHON-PRODEMON[2002a]p.7.
12)
「地方分権と地方自治体発展の国家プログラム(Programa
Nacional de Descentralización y Desarrollo Municipal)
」
.
13)財政的自立や政策決定における責任と能力,公共サー
ビスの提供における政策と法的権限の強化,国家と社会
の関係における新しいモダリティーの確立など.
14) Asdi/UNDP[2001]p.6.
15) AMHON-PRODEMON[2002a]pp.11-12.
途上国の地方行政能力強化に関する一考察
16)Ibid.:pp9-10.
17)プロジェクト実施や技術ユニットの維持管理費.
中原 篤史(なかはら あつし)
18)
「幹部と評議員」とは,市長と市長に政治任命される副
在グアテマラ日本大使館外部委託調査員を経て,神戸大
市長,その副市長に任命される評議員(Regidor)のこ
学大学院国際協力研究科国際協力政策専攻博士前期課程在
とをいい,地方自治体法 26 条によれば市の人口により
籍中(こ の間 に在ホ ンジ ュラス 日本大 使館 専門調 査員
メンバー数が決められており,市長,副市長を含めて少
〈2001-2003 年〉
).
なくとも 6 人,多くても 12 人で構成されている.
〔論文〕
19)具体的には植林事業,ゴミ処理場や職業訓練校建設な
ど.
「ホンジュラスの対外債務と貧困削減戦略の今後」
,
『ラテン
アメリカ時報』2004 号 7 月号(社)ラテンアメリカ協会.
20)河川流域管理,観光開発,先住民族文化保護など広範囲
にカバーしなくてはならないケース.
21)小さい市ごとに,ゴミ収集作業・処理場を建設する,公
立病院を建設するなどのケース.
22)①保健,②教育,③経済,④環境、⑤基礎インフラ,⑥
社会問題の 6 つ.
23)AMHON-PRODEMON[2002a]p.33.
24)2001 年は年予算約 6 万 5000 ドル.
25)Francisco Funes[2002]p.20.
26)AMHON-PRODEMON[2002a]p.34.
27)2002 年度草の根無償,実施団体:サン・アグスティン
市役所(Municipalidad de San Agustín).
参考文献
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会報告書』国際協力総合研修所
——[2001]
『「地方行政と地方分権」報告書』
AMHON-PRODEMON[2002a]El Asociacionismo Intermunicipal
en Honduras. Tegucigalpa.
AMHOM-PRODEMON[2002b]Guia de Trabajo para
Mancomunidad en Honduras. Tegucigalpa.
Asdi/UNDP[2001]El Proyecto de Descentralización y Desarrollo
Municipal: Memoria 2001. Tegucigalpa.
Funes Francisco[2002]Zona Metropolitana del Valle de Sula:
Una Experiencia de Mancomunidad. Tegucigalpa.
Municipalidad de Santa Barbara[2001]Plan Estratégico
Participativo. Tegucigalpa.
Nufio de Figueroa, C[1999]Mecanismo de Categorización Municipal Para Requerimiento de Fortalecimiento Institucional.
Ministerio de Gobernación y Justicia, Banco Interamericano de
Desarrollo. Tegucigalpa.
Republic of Honduras[2001]Poverty Reduccion Strategy Paper: A Peoples' Commitment towards a Better Honduras. Honduras.
República de Honduras[2002]Ley de Municipalidades.
Tegucigalpa: Editora Casa Blanca.
UNDP[2002]Informe sobre Desarrollo Humano Honduras
2002. Tegucigalpa.
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 63
〔特別報告〕
〔特別報告〕
Special Report
国際会議報告
アジアにおけるプログラム・ベースド・アプローチ
本田 俊一郎*
野口 萩乃**
Shunichiro HONDA
Hagino NOGUCHI
PBAs は、1990 年代に進展した援助手法の見直
はじめに
しの流れを受けて形成された概念である。90年代
には、大量の援助を投入してきたにもかかわらず
2004 年 6 月 1 日から 3 日まで、JICA 国際協力総
開発の成果が上がっていないアフリカを強く意識
合研修所において、
「アジアにおけるプログラム・
しつつ、それまでの援助手法に対し援助効果の向
ベースド・アプローチ国際会議」
が開催された。会
上の観点から根本的な見直しが図られた。そこで
議の主催者はプログラム・ベースド・アプローチ
の論点の1つは、80年代の構造調整アプローチが、
(Program-Based Approaches:PBAs)についての実
融資にあたってドナー主導の詳細なコンディショ
務者国際ネットワークであるLearning Network on
ナリティを課すことを通じて途上国の政策変革を
Program-Based Approaches (LENPA)であるが、
進めようとしたものの、途上国側のオーナーシッ
JICA および国際協力銀行(JBIC)が、ホスト・ド
プが不足する中で満足な成果を上げられなかった
ナーとして中心的な役割を果たした。会期中は、
ことである。また、援助依存度の高いアフリカ諸
援助機関、途上国関係者、研究者等約160名が参
国等においては、十分な調整がなされないままド
加して活発な議論が交わされた。
ナー主導のプロジェクトが乱立した結果、セク
本稿では、これまで必ずしも十分に紹介されて
注 1)
こなかった PBAs の概念を紹介する
とともに、
ターや国レベルに総体として大きなインパクトを
与えられなかったことも問題視された。さらに
同会議での議論の概要やその意義、今後の展望を
は、多くのプロジェクト型援助事業の執行が途上
報告する。
国行政機関をバイパスする形で行われていた結
果、政策・予算計画策定や執行、評価など、そも
I PBAs について:今次会議の背景注 2)
そも限られていた途上国政府の基本的な行財政能
力をいっそう低下させてしまった点も指摘され
1. 1990 年代の援助アプローチの潮流と LENPA
の形成
た。
これらの反省を踏まえて 1990 年代半ばから後
* 財団法人日本国際協力センター調査研究員(援助アプローチ・戦略支援ユニット)
** JICA 企画・調整部企画グループ国際援助協調チーム
64
〔特別報告〕
半に形成された援助アプローチが、マクロ・レベ
向けた努力がなされている取り組みである注 6)。
ルにおける P R S アプローチであり、またセク
• 途上国および途上国機関のリーダーシップ
ター・レベルにおけるセクター・ワイド・アプロー
• 統一された包括的なプログラムと予算枠組み
チ(Sector-Wide Approaches:SWAps)である
注 3)
。
これら新しい手法に共通する特徴は、ドナーを含
• ドナー側が予算や調達に関する手続きを調整、
調和化するための正式なプロセス
めた関係者が緊密に協調しながら、マクロ・レベ
• プログラムの計画と実施に関して途上国のシ
ル、もしくはセクター等を包括する形で政策や予
ステムを活用していく努力 算計画の策定、執行からアウトカム評価までのプ
(Lavergne and Alba[2003]p.2)
ロセスを、途上国のリーダーシップの下に整合的
上記で示された PBAs の考え方の特徴は、セク
に進めていく点である。このような PBAs の導入
ター・レベルの取り組みに限定され、また多くの
の背景には、成果重視の考え方に立って政策変革
場合、財政支援といった特定のモダリティと結び
や行財政改革を推進する動きがある。PBAs を通
付けられて議論されることが多い SWAps と比較
じて政府・ドナーの緊密なパートナーシップに基
すると、より包括的で緩やかな概念となっている
づく政策プロセスを推進することで、途上国側の
ことである。PBAs では、上記の定義を満たして
改革に対するオーナーシップが強化され、ひいて
いれば、SWApsだけでなく、マクロ・レベルでの
は援助資金を含む途上国リソース全体としての開
PRSP やセクター横断的な取り組み等も含まれ得
発効果の向上が期待されているのである
注 4)
。
る。また、PBAsでは、上記で示された4つの“特
このような流れの中、SWApsやPRSPなど1990
徴”の実現へ向けた努力がなされていればよいと
年代に主流化した援助アプローチに共通する課題
しており、現時点での取り組みの内容よりもむし
について、経験を共有・議論する実務者レベルの
ろ、取り組みの方向性を重視していることが特徴
ネットワークを形成しようとの機運が高まった。
である。
そして、これらの新しい援助アプローチを包括す
る概念として P B A s を新たに掲げつつ、イン
3. 今次会議開催への経緯
フォーマルな国際ドナー・ネットワークである
上記のような柔軟な PBAs の概念は、効果的な
LENPA の立ち上げが、2001 年 10 月に開催された
援助を追求するアプローチとしての P R S P や
英、北欧諸国、カナダの二国間ドナーや世界銀行
SWApsの枠組みを支持しつつ、各国状況をふまえ
等の実務者レベルの会合にて決定された
注 5)
。
た援助手法の柔軟な適用を主張してきた日本の考
え方に符合する面が多い(外務省[2004] pp.110-
2. PBAs の概念
LENPAでは、PBAsの基本的な考え方として、セ
112)
。そのような認識から、日本も PBAs をめぐ
る国際的な議論に積極的に関与し、また立ち上げ
クター・レベルの SWAps の考え方をベースに
当初からLENPAへ参画し情報発信を行っている。
CIDA(カナダ国際開発庁)が開発した以下のよう
2002年のオタワ会合、2003年のベルリン会合の
な定義を採用している。
2度にわたる年次会合を中心にこれまでのLENPA
PBAs とは、途上国のオーナーシップの下で策
の取り組みを振り返ってみると、アフリカが議論
定されたプログラム(開発計画)を、途上国政府
の地域的焦点となってきたことが指摘できる。し
やドナー等関係者が緊密に調整しつつ進めていく
かしながら、バングラデシュ、カンボジア、ベト
アプローチである。より詳細には、PBAsとは、以
ナム、さらにはインド等、アジア地域においても
下の 4 つの特徴を持つもの、もしくはその実現へ
PBAs の導入が進展していることを考えると、こ
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 65
〔特別報告〕
れまでの議論が地域的なバランスを欠いていた面
されたセッションが設定された。 会議の進行は、
は否めない。このような認識から、2002年11月の
前回のベルリン会合を基本的に踏襲し、アジア各
LENPA コアメンバー会合において、日本側代表
国の PBAs 事例を素材に、全体セッションおよび
は、わが国ODAの“ホームグラウンド”たるアジ
分科会で討議していく形がとられた。
アに焦点を置いた特別会合を開催することを提案
した。これに対して出席者から賛同を得られたこ
2. 会議における主要な論点
とで、本稿の主題である「アジアにおけるプログ
以下において、3 つのセッションテーマでの主
ラム・ベースド・アプローチ国際会議」の開催が
要論点を報告するとともに、会期を通じて議論さ
決定した。
れた援助モダリティのあり方、オーナーシップの
あり方についても紹介したい。
II PBAs in Asia 国際会議報告
1) PBAs におけるキャパシティ・ディベロップメ
1. 会議の問題認識
ントのあり方
PBAs を適用する対象としてこれまで焦点が置
かれてきたアフリカ諸国の多くは、重債務貧困国
(1)PBAsを通じた途上国のキャパシティ・ディベ
ロップメント
(HIPCs)となっている低開発国であり、また援助
CIDA による PBAs 概論書は、途上国側のオー
依存度が高く援助マネジメント能力が不足してい
ナーシップにより作成された開発計画に対し、途
注 7)
るといった類似性があった
。
上国側の制度を最大限活用しながら援助を行って
他方、アジアにおいては、低所得国だけでなく
いこうとする PBAs を、包括的なキャパシティ・
成長著しい中進国も多く存在し、また援助依存度
ディベロップメントへ向けた有効なアプローチと
や援助マネジメント能力についても状況が各国・
位置づけている注 10)。今次会合の最初の事例セッ
各分野によってかなり異なると考えられる。ま
ションは、援助マネジメントを含めた行財政能力
た、人口規模でも、数百万から多くても数千万程
(Institutional Capacity)の側面を中心に、PBAs に
度の多くのアフリカ諸国と異なり、インドや中国
おけるキャパシティ・ディベロップメントのあり
を筆頭に 1 億以上の人口を超える国々が含まれて
方について、事例を交えつつ活発な議論がなされ
注 8)
いる
。 今次会合の全体テーマである“A d a p t i n g t o
た。
カンボジアの保健セクター改革の事例発表で
Diversity”は、国レベルだけで見てもこのように
は、PBAsの枠組みの中で包括的なセクター戦略、
多様な援助環境を持つアジア諸国において、PBAs
予算ならびに評価枠組み、さらには政府、ドナー
をいかに進めていくかという日本を含む LENPA
や市民社会間での協調メカニズムを形成・推進し
メンバーの関心をふまえたものとなった。また、
たこと、またそのメカニズムを通じ、政府のセク
会議では、全体テーマをふまえつつより焦点を
ター改革に対するオーナーシップ意識の向上が図
絞った議論を進めるために、アジアの PBAs でカ
られ、政府がドナー、NGO等の参加の下で政策プ
ギとなると思われる、① PBAs におけるキャパシ
ロセスを遂行する能力が強化されたことが紹介さ
ティ・ディベロップメント(CD)のあり方注9)、②
れた(Kiry[2004]
)
。その他の事例発表やPBAsの
大国における PBAs のあり方、③経済成長支援に
実践にかかわってきた政府やドナー関係者から
おける PBAs の貢献の可能性、の 3 つの小テーマ
も、政府・ドナーが緊密に協調しながら包括的な
が便宜的に選定され、テーマごとにさらに細分化
視点に立って政策サイクルを進める PBAs プロセ
66
〔特別報告〕
スそれ自体が、政府のキャパシティ・ディベロッ
で緊密なパートナーシップを組みながら支援を行
プメントへ向けた貴重な学習プロセスとなってい
う PBAs においては、途上国側だけでなくドナー
ることが指摘された。これらの発表事例や参加者
側の変革も強く求められる。現在、わが国を含め
からの発言は、上記の CIDA のとらえ方を裏づけ
ドナーの多くは、より効果的な援助体制を構築す
ていると考えられよう。
るために、現地への権限委譲や、上述した調和化
一方、多くの事例発表において、財政管理等の
の取り組みを含めた援助方式の改良・改革を進め
基本的な行財政能力の強化が途上国側の今後の課
ているが、会議では、そのような制度や組織体制
題として挙げられた。このような指摘は、一見、
面の変革だけでは不十分であるとの意見も聞かれ
PBAs がキャパシティ・ディベロップメントにつ
た。たとえば、開発金融機関からの参加者は、
ながり得るとする上記のような指摘と矛盾するよ
PBAsへの適切な対応が遅れた原因として、制度・
うに見えるが、このことは、むしろ当該分野等で
組織体制の変革以上に、ドナー職員、とりわけ援
不足している能力(キャパシティ)が、PBAsプロ
助機関本部職員の PBAs に対する理解が不十分で
セスを進めることを通じて特定されたと考えるの
あることや、さらには職員に旧来からのなじんだ
が妥当と思われる。参加者からは、PBAsプロセス
事業手法に固執する傾向があることがむしろ障害
においてキャパシティ・アセスメントを行うこと
となっている点を指摘した。すなわち、PBAsへの
も有効であるとの指摘があった。以上から、各国・
効果的な支援を実現していくには、組織・制度改
分野の多様なキャパシティの状況を PBAs プロセ
革と併せて、援助機関職員の意識や行動様式の変
スを通じて把握しつつ、公共財政管理等の能力強
革が求められていると考えられよう。
化の取り組みを意識的に PBAs の枠組みに組み込
んでいくことが、包括的な CD を推進するアプ
ローチとしての PBAs の有効性を高めていくこと
につながると考えられる。
2) 大国におけるPBAsのあり方
上述したように、インドやバングラデシュなど
1 億以上の人口を抱えるアジア諸国においては、
また、今次会合で発表されたセクター・レベル
PBAs がカバーする対象受益者の人口や関与する
の事実上すべての PBAs 事例は、成果(アウトカ
行政官や利害関係者の数、さらには PBAs の予算
ム)重視の考えに基づいた包括的な政策変革や行
額も相対的に大きくなる。本セッションでは、イ
財政改革を背景としていたが、会期中、参加者か
ンドやバングラデシュ、インドネシア等における
らは、PBAs が有効な学習プロセスとなるには、
主にセクター・レベルでの PBAs の発表事例を素
PBAs ならびにPBAs の背景となっている政策・行
材に、それらの相対的に大規模な PBAs のあり方
財政の改革に対する政府の確固たるコミットメン
についての議論がなされた。
トが極めて重要である点が再三指摘されたことを
注 11)
付記しておきたい
。
(2)ドナーの PBAs への対応能力
参加者からは、大規模 PBAs の難しさは、それ
特有の課題に起因するというよりは、むしろ、規
模が大きくなることにより、複雑な行財政機構、
以上の議論は途上国のキャパシティ・ディベ
より多くの利害関係者の関与、巨大な予算規模な
ロップメントの課題であるが、それに併せて、途
ど、包括的な政策変革を指向する PBAs が内包
上国側参加者や研究者等からは、ドナー側の
する課題がいっそう増幅されることであることが
PBAs への対応能力の不足についても指摘があっ
指摘された。連邦政府レベルのSWAps枠組みの中
た。
で、 決定権限を州レベルに大幅に委譲しつつ
途上国側の包括的プログラムに対し現地レベル
SWApsメカニズムを導入することが検討されてい
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 67
〔特別報告〕
るように(インド基礎教育 SWAps)
、規模の大き
分議論されてこなかった PBAs での民間関与のあ
さに伴う困難を克服する工夫をいかに行うかが 1
り方という重要な論点を提起しているといえよ
つのカギとなると思われる(Jagannathan[2004]
)
。
う。
加えて、PBAsを通じた関係者間の入念なコンセン
また、本セッションでは、マクロ・レベルの
サス作り(バングラデシュ初等教育 SWAps)も重
PBAsといえるPRSPの政策面、特に経済成長戦略
要であろう(Hacking, Ruggles, and Pasha [2004]
)
。
のあり方についても議論があった。ガーナとベト
ナムの PRSP の比較検討では、対象国の経済構造
3)経済成長支援におけるPBAsの貢献の可能性
成長シナリオが描きにくいアフリカの低開発国
が主対象となってきたこと、また政府の役割が明
等をふまえた経済成長施策が今後いっそう強化さ
れていかなければならない点が指摘された
(Ozeki
[2004]
)
。
確である社会セクターにおいては政策的な合意が
いずれにせよ、時間的制約や事例数の不足もあ
得られやすいことなどもあり、PBAs はこれまで
り、この極めて重要なイシューについて議論が尽
主に教育・保健等の社会セクターで導入されてき
くされたとはとてもいえない。PBAs を通じて民
た。他方、ダイナミックな経済圏に位置する多く
間セクターをどう効果的に巻き込んでいくのかな
のアジア諸国においては、経済成長面の施策、特
ど、本サブテーマについての今後のさらなる事例
に、生産セクターや経済インフラセクターにおけ
分析と蓄積が求められる。
る PBAs の有効性やあり方を考える必要がある。
今次会合では、 経済インフラ分野における
4)PBAsにおける援助モダリティのあり方について
PBAs の事例として、JBIC とアジア開発銀行の支
LENPAは、途上国側政策プロセスを効果的に支
援を受けて実施されたスリランカにおける電力セ
援していくアプローチとしての PBAs と、財政支
クター改革の取り組みがJBICにより紹介された。
援等の特定の援助モダリティとを原則として切り
事例では、電力行政の組織・制度改革等の“ソフ
離して議論するスタンスをとっている(Riddell
ト面”の取り組みがプログラム融資や技術協力に
[2002]
; Lavergne[2004]
)。このようなスタンス
より進められる一方、同時に“ハード面”である
をとる背景の 1 つとしては、ほとんどすべての
電力網整備をプロジェクト型融資事業として実施
PRSP や SWAps では、財政支援型の援助とプロ
したことでより実効性のある形でセクター改革が
ジェクト型援助が共存している現状をふまえる
進展し、ひいては電力サービスの効果と効率向上
と、特定モダリティの視点のみから PBAs を議論
という具体的な成果へとつながったことが報告さ
することが現実的ではないことが指摘できる。
れた(Kimura[2004]
)
。また、ドイツ GTZ の支援
ただ実際には、LENPAの中心メンバーに財政支
を受けて、PBAs 的アプローチを国際商品セク
援・コモンバスケットを推進するドナーが多く
ターであるコーヒー産業に応用した興味深い事例
入っていることから、過去の会合では PBAs と特
も報告された。同事例では、インドやベトナム等
定のモダリティを同一視するような議論が多かっ
の生産者と、国際機関、さらには多国籍企業を巻
た点は否めない。
き込みつつ、グローバル・レベルならびに各国レ
他方、今次会合の事例発表や討議では、インド
ベルでのコーヒー生産や貿易・販売にかかわるよ
ネシア、カンボジアやスリランカ等から出席した
り統一的な制度枠組みが構築されたことが報告さ
PBAs に携わる政府関係者からは、最も重要なこ
れた(Damodaran[2004]; Henckes[2004])
。本
とは援助事業が適切にセクター計画等に位置づけ
事例は、これまでの LENPA において必ずしも十
られ、またそれぞれの協力の相互補完性が確保さ
68
〔特別報告〕
れていることであり、援助手法については財政支
意思を尊重すべきではないかとの反応があった。
援からプロジェクト等まで多様なモダリティの共
これら異なるスタンスは、どちらが正しいとい
存を今後も認めていくとの発言が多くなされた。
うことではないように思われる。政府のリーダー
多様なモダリティを通じて PBAs を進めている 1
シップの下、政府・ドナーを含む関係者のコミッ
つの好例としては、カンボジアの教育SWApsの事
トメントを長い時間かけて醸成したバングラデ
例が挙げられよう。同SWApsでは、政府・ドナー
シュ基礎教育セクタープログラムの取り組みが示
間の緊密なコミュニケーションの確保や、援助管
すように、むしろ、PBAsに対するドナーのあるべ
理情報システムの導入等、政府のリーダーシップ
きかかわり方は、上記 2 つのスタンスの中間、す
の下で実効性のある援助調整メカニズムが整備さ
なわち、政策的な意見をしっかり持ちながら、押
れたことから、多様なモダリティを活用しつつ
し付けでもなく、また一方的な受け身になること
も、カンボジア側の業務負担の軽減や、政府のセ
もなく、プロセスとしての PBAs を通じて途上国
クター施策へのコミットメント意識の向上が図ら
側と真摯に対話していくということにあると思わ
れたことが報告された(Kato[2004]
)
。
れる。
これらから、少なくともアジアにおいては、技
術協力を含めたプロジェクト型援助も PBAs の枠
III 会議の意義、課題と展望
組みの中で有効なモダリティとなり得ることや、
異なるモダリティを柔軟かつ戦略的に組み合わせ
最後に、上記の論点等をふまえつつ、会議の意
ることの重要性が大筋で確認されたといえよう。
義ならびに今後の展望について若干述べて本稿を
締めくくる。
5)PBAs におけるオーナーシップの問題
アジアにおける PBAs の取り組みに焦点を当て
今回の会合では、PBAs が有効に機能するため
た初の国際会議となった本会合は、アジアの
には、途上国側(特に政府側)のオーナーシップ
PBAs 関係者にとっての情報共有の場として、ま
とコミットメントが不可欠であるとのコンセンサ
た今後の取り組みの方向性を議論する場として極
スが改めて確認された。しかし、この基本的なコ
めて有意義な機会となった。
ンセンサスの裏には、日本と国際金融機関や欧州
本会議の1つの成果は、必ずしもPBAsの考え方
ドナーでは、スタンスに若干の差異があるように
が浸透していなかったアジア諸国において、政
感じられたのもまた事実である。
府・ドナー等関係者の理解を深めたことであろ
国際金融機関や欧州ドナーの一部参加者から
う。会期中の意見交換だけでなく、会議に先立っ
は、援助依存度も低く、また独自の政策・計画や
て、各国現地レベルにおいて途上国側とドナーが
行財政体制が確立されているアジア諸国において
密接に調整しながら発表事例を作り上げたことも
は、PBAs を通じた政策変革を推し進めにくいと
その一助となったと思われる。また、日本側のイ
いった趣旨の発言が聞かれた。会議の導入セッ
ニシアティブもあり、これまでドナー中心であっ
ションでの EC による発表では、マクロもしくは
た LENPA で初めて多数の途上国側関係者の参加
セクターレベルにおける包括的な政策変革を目指
を得たことは、途上国のオーナーシップ尊重を掲
す PBAs の取り組みは、自ずと途上国側の政治的
げる PBAs の観点からいっても 1 つの大きな前進
側面にも関与せざるを得ない点も指摘された
であった。 (Jonckers[2004]
)。このような発言に対しては、
今後のアジアにおける PBAs の方向性について
日本側参加者からは、あくまで途上国側の主権と
は、PBAsに初めて触れる参加者も多かったため、
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 69
〔特別報告〕
限られた会期中に明確な合意が得られたわけでは
ないが、少なくとも次の 2 点については参加者の
大筋のコンセンサスは得られたと考えられよう。
第 1 に、多様性のあるアジア各国・各分野の援助
環境をふまえると、援助モダリティを含めた柔軟
なPBAsの適用が求められることである。そして、
第2点は、PBAsが有効に機能するためには、PBAs
に対する途上国側のオーナーシップやコミットメ
ントが重要なカギとなることである。
上記のように、多くの成果が得られた本会議で
あったが、LENPAコアメンバーの多くが参加しな
モンファンド),財政支援等の用語の定義については,
JICA[2003]の用語・略語解説を参照のこと.
3)このような包括的アプローチは,さらに,HIV/AIDs 等
セクター横断的な課題に対しても導入されるように
なってきている.
4) このような成果(アウトカム)重視による政策プロセス
を前提とするPBAsの背景には,多くの途上国で進めら
れているマクロ,あるいはセクター包括的な政策や行
政改革の動きがある.
5) LENPA の前身は,英・北欧を中心に,セクター・ワイ
ド・アプローチを推進するインフォーマルドナーグ
ループである Like-Minded Group(LMG)である.2001
年 11 月の LMG 会合にて,PRSP 等の新たな援助潮流を
ふまえ,LMG を世銀, 国連諸機関や日米等の非 LMG ド
ナーへも門戸を開放しつつLENPAへと拡大発展させる
かったため、多様なアジアの PBAs のあり方につ
ことが決定した.なお,LENPAは常設の事務局を置か
いて、アフリカでの経験を多く持つ彼らを交えた
ず,メンバーから選ばれた世話人とコアメンバーを中
議論が十分できなかったことなど、問題なしとは
しない。
このような課題もふまえれば、重要なことは、
今次会合を1回限りのものに終わらせず、LENPA
心に運営されている.
6) 後段のモダリティの項にて説明するが,LENPAは,援
助アプローチとしてのPBAsは財政支援といった特定の
援助手法を指し示すものではないとしている.
7) いうまでもなく,PBAs ならびに PBAs 支援の“望まし
い”モダリティとしての一般財政支援やコモンバス
ならびに本会議を通じて形成された人的ネット
ケットは,過去に大量の援助を投入してきたにもかか
ワークを生かしつつ、継続的にドナーや途上国関
わらず開発が停滞するアフリカ諸国においていかに援
係者の間で今後も対話を続けていくことにあると
助効果を向上させるかという問題認識から生まれてき
たアプローチである.なお,アフリカにおける援助吸収
思われる。また、日本がかかわるグッドプラク
能力をめぐる問題については,高橋基樹[2001]
『アフ
ティスを含め、アジアにおける PBAs の事例につ
リカにおける開発パートナーシップ:セクタープログラ
いてさらなる整理・蓄積を行っていくことが必要
であろう。LENPAコアメンバーの関心が依然とし
てアフリカに偏る傾向があることを考えれば、今
次会合で得られたモメンタムを維持・発展させて
いくうえで、日本の積極的かつ継続的な取り組み
が求められている。
ムを中心に』
(国際協力総合研修所)等を参照ありたい.
8)アフリカにおいても 1 億人を超える人口を擁するナイ
ジェリアのような例外も存在するが,大部分の国は数
百万人から 1000 万人前後の小国である.
9) 本会議における“キャパシティ”の議論においては,援
助マネジメントを含めた政策プロセスとしてのPBAsマ
ネジメント能力が 1 つの焦点となった.その点におい
て,2004年2月のキャパシティ・ディベロップメント東
京シンポジウムにおいて示された社会的能力も含めた
注 釈
広義のキャパシティ・ディベロップメント概念と比較
すると,より絞られたとらえ方であったと考えられる.
また,キャパシティに関連しては,PBAsにおいては見
1)本会議および過去の会合の発表資料ならびに議事録は,
CIDA 管理の PBAs ウェブサイト「Extranet on PBAs」で
閲覧可(http://remote4.acdi-cida.gc.ca/swaps).同ウェブ
サイトを閲覧するためには登録が必要だが,サイト上
で登録ができる.P B A s ウェブサイトには P B A s
(SWAps,PRSP)だけでなく,調和化・アラインメント,
いことや,また各セクターに固有な専門的能力の側面
にも目を向けるべき等の指摘があった.
10)CIDA による概論書とは,Lavergne and Alba[2003]を
指す.
11)たとえば,SWAPs における政策策定の困難なプロセス
財政支援等に関する調査報告書,ドナーの方針など,さ
を活写したものとして,花谷厚[2003]
「ドナー協調の
まざまな資料が蓄積されている.
現場から/タンザニアの事例その1」
『IDCJフォーラム』
2) 以下に登場するSWAps,PRSP,コモンバスケット(コ
70
落とされがちな政策策定能力の強化を忘れてはならな
23 がある.
〔特別報告〕
in Developing Countries: A Comparison of the Cases of Vietnam and Ghana”
(アジアにおけるプログラム・ベースド・
参考文献
アプローチ国際会議において発表されたプレゼンテー
ション).
外務省[2004]
『ODA 政府開発援助白書 2003 年版』2004 年
3 月,外務省.
Riddell, Abby
[2002]“Synthesis Report on Development Agency
Policies and Perspectives on Programme-Based Approaches”
JICA[2003]
『援助の潮流がわかる本−今,援助で何が焦点
となっているか』2003 年 9 月国際協力総合研修所.
(LENPA オタワ会合において発表されたプレゼンテー
ション).
高橋基樹[2001]
『アフリカにおける開発パートナーシップ:
セクタープログラムを中心に』国際協力総合研修所.
花谷厚[2003]
「ドナー協調の現場から/タンザニアの事例
その 1」『IDCJ フォーラム』23. Damodaran, Appukuttan Nair [2004] “4C project: An Innovative
‘Program-Based Approaches’ for India's Coffee Sector”(ア
ジアにおけるプログラム・ベースド・アプローチ国際会
議において発表されたプレゼンテーション)
.
Hacking, Cornelius, Robbin Ruggles, and Syed Pasha[2004]
“Program Based Approaches: Formal Primary Education in
Bangladesh”(アジアにおけるプログラム・ベースド・ア
プローチ国際会議において発表されたプレゼンテー
ション).
Henckes, Christian[2004]“Supply Chain Based Approaches:
Traditional Program-Based Approaches?” アジアにおける
プログラム・ベースド・アプローチ国際会議において発
表されたプレゼンテーション.
Jagannathan, Shanti[2004]
“International Collaboration in Supporting Education Sector Reforms: The Experience of India”
アジアにおけるプログラム・ベースド・アプローチ国際
会議において発表されたプレゼンテーション.
Jonckers, Jos[2004]“PBAs in Asia: Balancing Policy and Politics”(アジアにおけるプログラム・ベースド・アプロー
チ国際会議において発表されたプレゼンテーション).
Kato, Toshiyuki[2004]“Education SWAp in Cambodia”(ア
ジアにおけるプログラム・ベースド・アプローチ国際会
議において発表されたプレゼンテーション)
.
Kimura, Tomoyuki[2004]“Sri Lanka - Power Sector Reform
Program”(アジアにおけるプログラム・ベースド・アプ
ローチ国際会議において発表されたプレゼンテーショ
ン)
.
Kiry, Lo Veasna[2004]“Cambodia Sector-wide Management:
A Strategy for Promoting Partnerships in the Health Sector”
(アジアにおけるプログラム・ベースド・アプローチ国
際会議において発表されたプレゼンテーション).
Lavergne, Real, and Anneli Alba[2003]CIDA Primer on Program-Based Approaches.
Lavergne, Real[2004]“Program-Based Approaches: The Concept and Its Implications”(アジアにおけるプログラム・
ベースド・アプローチ国際会議において発表されたプ
レゼンテーション).
Ozeki, Yuzuru[2004]“The Effect of PBA Programs on Growth
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻 40 号)2004.10 71
〔情 報〕
第1部「総論」では、1990年代末から経済停滞と
1. ボリビア国別援助研究会
報告書
深刻な社会・政治状況の中で再び新たな方向性を
模索するボリビアの現状を把握し、そのもとで
2002年に成立した第2次サンチェス政権が直面した
課題と取り組みの方向を分析した。2003年10月の
(2004年2月発刊)
暴動と政権交代については補論を加えた。
続いて、ボリビア開発の構想が提示されてい
1.
調査研究の背景
る。ボリビア社会は地理、人種、言語、文化に
中南米現代史において時代を画する1952年の革
よって分断され、また経済はフォーマルとイン
命から半世紀を経た今日、社会、経済面でボリビ
フォーマルな経済活動の対比によって特徴づけら
アは再び大きな転機を迎えている。長期化する経
れる。ボリビアの貧困は深刻であり、社会内の多
済停滞を背景に国民の生活格差は拡大し、地方分
様な分断を反映するさまざまな格差が増大してい
権化と国民参加を核として進められたPRSP(貧困
る。こうした中で、インフォーマル部門に就業す
削減戦略ペーパー)がその実効性の見直しを迫ら
る、あるいは不安定な雇用状態にある多くの人々
れる中、国民の過半数を占める先住民族集団など
にとって、生計維持と生活の落ち込みへの対処が
多くの活発な新興勢力組織との「協約」締結によ
大きな課題である。他方で、都市部や近郊におい
り、政府はその統治を保とうとしている。
ては、加工を通じた付加価値創造を目指す生産連
またボリビアは、国際協力の面からも大きな転
鎖強化と生産能力の向上も可能であろう。本研究
機を迎えている。ミレニアム開発目標のパイロッ
会は、これらの2つの要因をともに重視し、それぞ
ト国、またCDF(Comprehensive Development
れへの取り組みを課題として位置づけた。すなわ
Framework:包括的な開発フレームワーク)対象国
ち、ボリビアにとっての当面の中心課題として
として国際社会の関心を集め、同時に2001年に策
「人間の安全保障」の確保を置き、そのために、
定されたボリビア版PRSPが世界に先駆けて改訂を
基礎教育、保健衛生の充実や、社会安全網の拡充
迎えつつある中で、現代の開発戦略の実効性が試
を含めた社会保障体制を整備することを強調し
されている。他方、「日系社会の存在」というわ
た。同時に将来にわたる課題として、就業・雇用
が国にとって固有の事情もあり、ボリビアはこれ
機会の拡大のために生産連鎖を基盤とする経済開
まで長きにわたりわが国が質・量ともに多岐にわ
発を進めることを提示し、そのための体制作りが
たる支援を実施してきた国でもある。
求められることを論じた。これらのいずれについ
ても、地域レベルでの政策策定・実施体制の強
2.
分析と提言
ボリビアの政治、経済、社会を開発の視点から
分析したうえで、ボリビア開発の構想として当面
化、すなわち地方自治体のガバナンス能力の向上
やNGO、地域社会との連携を基本とすべきことを
提言している。
の重要課題である「人間の安全保障」と、長期的
わが国の協力のあり方としても、貧困層の生活
課題である「生産力向上」の2本柱を提言している
条件の改善に向けて、当面は人々の生計維持を支
ことが本報告の特色である。
援する措置を通じて「人間の安全保障」の確保に
すなわち、生活の見通しの不確実さとそれに起
最大の目的を置くこと、そして将来の成果を目指
因する不安感の軽減を目的とする「人間の安全保
して、湿潤熱帯地域の農業生産性向上や生産連鎖
障」の確保を喫緊の課題とし、就業・雇用機会の
の強化など生産力向上への取り組みを強めていく
拡大のために生産連鎖を基盤とする経済開発を進
ことを提言している。協力の方法としては、特定
めることを将来への長期的課題と提言している。
の地域を対象としてさまざまな側面を関連づけて
目的達成を図る「地域ベースの開発」を、そして
3.
報告書の概要 その運営のための制度としては、地方自治体や自
本報告書は全体の「総論」に当たる第1部と、そ
治体連合を基盤として、NGO、地域社会との協力
の背景となる分析を取りまとめた各論である第2
関係からなる「地域システム」の形成・強化を最
部、主たる協力セクターを概説した第3部から構成
重視している。
されている。
72
第2部「各論」では、ボリビアの複合社会、現代
〔情 報〕
政治・経済の分析、貧困と脆弱性、そしてPRSPと
援助協調などについて取りまとめている。
第3部では対ボリビア協力の重点分野であった保
健医療、教育、農業、環境などの各セクターとそ
れらセクターでの援助の概況を説明している。
なお、本報告書は2004年2月に和文と英文・西文
抄訳が完成し、8月にラパスにおいてボリビア政府
に向けた提言内容発表ワークショップが開催され
た。そしてその分析と提言はボリビア政府からの
高い評価を得て、生産セクター再編と「人間の安
全保障」の二本柱の提言が、現在同国政府が策定
中の「ボリビア国家開発戦略2005-2015」の骨子に
組み込まれる見通しである。
*本報告書は以下のURLのホームページで閲覧できます。
http://www.jica.go.jp/activities/report/country/2003/
bol_01.html
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻40号)2004.10 73
〔情 報〕
組みが始まった。
2. 日本の保健医療の経験
―途上国の保健医療改善を考える―
・第Ⅲ期:保健医療行政再構築期(1946∼60)
敗戦後の国家再建で、保健医療行政も再構築さ
れた。戦後の主な健康課題は、結核、母子保健、
家族計画であり、再構築された保健所がこれらの
(2004年3月発刊)
対策で大きな役割を果たし、保健師や助産師など
が活躍した。また、住民組織や民間団体が自主的
1.
調査研究の背景と目的、報告書の構成
現在、感染症の蔓延、高い乳幼児死亡率といっ
た問題に悩む途上国は多く、また、経済開発が進
な保健活動を展開し、保健医療の専門家による技
術革新や啓発活動も行われた。
・第Ⅳ期:医療サービス拡充期(1961∼79)
んでいる国では公害、不十分な労働衛生、交通事
経済成長が加速し、1961年に国民皆保険が実現
故などの課題への対応も求められている。基礎的
すると医療需要が急増した。主要な健康課題は感
な保健水準の改善はミレニアム開発目標にも掲げ
染症から生活習慣病に変化し、医療サービス提供
られ、国際的にも重要視されている。
体制が拡充された。公害や交通事故、労働災害へ
日本もかつては途上国と同様の健康課題に苦し
んだが、さまざまな取り組みにより状況を改善
の取り組みも盛んになった。
・第Ⅴ期:高齢社会対応期(1980∼現在)
し、世界屈指の長寿国となった。このような日本
低成長期に入り、高齢化が進み、高齢社会にお
の経験は途上国の保健医療改善を考えるうえで有
いて持続可能で、住民のニーズにきめ細かく応え
用な教訓を多く含むものと考えられる。
る体制の構築が目指されている。
そこで、本報告書では、日本の経験を途上国への
応用可能性の観点から整理・考察することを目的
(2)保健医療分野における日本の特徴的な取り組み
に、まず保健医療分野における取り組みの変遷を
保健医療分野における日本の取り組みの全体的
概観し、次に「母子保健」
「家族計画」
「感染症対策
な特徴としては、国のコミットメントの強さと統
(結核対策、寄生虫対策、予防接種)」「公害対策」
計・調査に基づいた政策立案が挙げられる。日本
「労働衛生」
「地域保健」
「学校保健」
「救急医療」
「医
では感染症対策や母子保健、医療保険制度の整備
療保険」
「衛生環境」の各テーマについて日本の経
などにおいて、国が強い意志を持って取り組み、
験をまとめた。最後に、途上国の保健医療改善に
それが短期間で成果を上げることにつながった。
参考になり得る日本の取り組みを分析・整理した。
また、日本は早い時期から基本的統計を整備し、
また、保健医療の主な出来事をまとめた年表、保
感染症の登録制度、母子手帳による妊婦の登録制
健医療関係の各種統計資料、用語・略語解説も収
度なども取り入れ、統計や調査に基づいて政策策
録した。
定を行った。
また、特に途上国に参考になり得る日本の経験
2. 報告書の概要
(1)保健医療分野における日本の取り組みの変遷
・第Ⅰ期:急性感染症対応期(1868∼1919)
としては、1920∼60年にかけての地域保健活動が
ある。この時期、日本では医療施設・人材が絶対
的に不足していたが、住民の生活圏において保健
近代国家の建設とともに、衛生行政体制が整え
所、保健師、住民組織、病院、学校、NPO等が連
られた。コレラなどの外来の急性感染症に対応す
携し、住民主体の保健活動を推進し、大きな効果
るため、政府は中央集権的な防疫体制を整備し
を上げた。たとえば、開業助産師や保健師は住民
た。また、統計の整備、医師や開業助産婦などの
の家に出向き、住民の立場に立って保健医療活動
医療人材に関する法律も整備した。
に従事し、住民の意識化を促し、関係者の協力を
・ 第Ⅱ期:慢性感染症対応および母子保健サービ
引き出した。科学者、研究者は、疫学的観点から
ス形成期(1920∼45)
現状を分析し、技術開発、学術的観点からの政策
戦時体制下で、結核対策と高い乳児死亡率・妊
助言、住民への啓発活動等を行った。
産婦死亡率の改善に力点が置かれた。厚生省や保
医療サービス拡充のための取り組みとしては、
健所が創設され、保健婦による結核や母子保健活
国民皆保険が日本の特徴として挙げられる。日本
動が活発に行われた。この時期、地域保健の取り
は国民の大半が農民やインフォーマルセクター従
74
〔情 報〕
事者であった時代から地域社会を基盤とする国民
健康保険制度を開発・普及し、1961年には国民皆
保険を達成し、国民の医療サービスへのアクセス
を容易にした。
また、公害への対応の遅れによる被害の拡大
や、少子高齢化や医療の高額化等による医療保険
財政の悪化などの反省からも途上国への教訓が引
き出せる。
なお、途上国では日本が順次対処してきた課題
に同時に対応しなければならないこと、グローバ
ル化の影響で社会・経済状況や健康課題が日本の
場合とは異なっていることなどの状況があり、日
本の経験を途上国に応用する際にはこれらの違い
に留意する必要がある。
*本報告書は以下のURLのホームページで閲覧できます。
http://www.jica.go.jp/activities/report/field/200403_02.html
国際協力研究 Vol.20 No.2(通巻40号)2004.10 75
〔情 報〕
られる支援の内容や手法もさまざまである。
3. PRSP プロセス事例研究
― タンザニア・ガーナ・ベトナム・
カンボジアの経験から ―
(2004年12月発刊)
他方で、策定・実施プロセス全体を通じて国家
全体の政策決定プロセスと予算やセクター計画と
のつながりが整備され、参加型などのアプローチ
が強化されていく方向性については、程度の差は
あるものの、共通点も見られる。
このような状況から、わが国おいても、PRSPプ
1.
PRSP とは?
ロセスに関する関係者の理解を促進し、各国にお
PRSPとは、「貧困削減戦略文書(Poverty Reduc-
けるPRSPの位置づけや実効性に応じて適切かつ効
tion Strategy Paper)」の略称で、世界銀行(世銀)・
果的な対応を判断しつつ貢献していくことが求め
国際通貨基金
(IMF)
はPRSPを
「途上国政府主導の下
られている。
に市民社会やドナーなどの関係者が参加して作成
する経済・行政・社会政策であり、成長促進と貧
困削減を目的とする3年間程度の計画」と定義して
いる。
4. 事例研究の概要
(1)
タンザニア
タンザニアは援助依存度が高く、HIPCイニシア
1999年9月の世銀・IMFの合同開発委員会におい
ティブ(重債務貧困国に対する債務救済)の適用
て、重債務貧困国(Heavily Indebted Poverty Coun-
国である。1990年代半ばから援助協調や援助の見
tries: HIPCs)
に対する債務救済および譲許的融資供
直しが進められていたことから、タンザニアには
与の条件としてPRSPの策定が要請され、2004年10
PRSPの基本理念を素早く受け入れる素地があった
月現在までに、約70の対象国のうち40カ国で最終
と考えられ、2000年4月に暫定版、同年11月には最
版PRSP、15カ国で暫定版が策定されている。PRSP
終版が完成した。
は導入以来、今日まで国際開発援助コミュニティ
タンザニアにおいてPRSPは同国政府とドナーの
における重要なトピックの1つとなっており、その
共通の国家開発計画として認識され、国家予算と
枠組みに沿った援助がより主流化してきていると
もリンクしている。さらに、2004年にはより広範
いえよう。
で包括的な内容の第2次PRSPが策定される予定であ
る。
2. 調査研究の背景と目的
わが国はタンザニアにおけるPRSPの実効性の高
1980年代の構造調整プログラムの失敗、90年代
さを早くから確認し、積極的に関与する方針を示
の東西冷戦終結や「援助疲れ」などを経て、開発
してきた。PRSPの成果を測定して政策に反映させ
援助の見直しが進められるとともに、PRSPや国連
るための貧困モニタリング・システムが構築され
のミレニアム開発目標が各国の共通課題として認
ており、日本も運営委員会のメンバーとして積極
識されるようになってきた。
的に支援するとともに、PRSPを着実に実施するた
わが国もPRSPや関連する援助潮流においてさま
ざまな課題に直面し対処してきたが、JICAが現場
で直面してきた課題や対応は多様なものとなって
いる。
めの財政支援基金にも参加している。
(2)
ガーナ
ガーナも援助依存度が高い国で、2001年の政権
交代後、HIPCイニシアティブの適用申請を決定し
そこでJICAでは、4カ国の事例をわが国の経験を
た。2002年2月にPRSPが策定されたが、中期予算支
中心に整理するとともに、今後の課題と対応につ
出枠組みや一般財政支援の枠組みに沿って改訂さ
いて示唆を得ることを目的として調査研究を実施
れ、2003年3月に更新版が完成した。これが最終版
した。
として世銀・IMFに承認され、実施されている。
3. 日本の対応に関する課題と提言
に位置づけられてはいないが、PRSPは国家予算と
ガーナでは、PRSPと長期開発計画の関係が明確
PRSPプロセスは各途上国の前提条件により多様
連動するため、実質的には国の基本文書として認
であり、当事国政府のオーナーシップ、政府・ド
識されている。2003年には、PRSP実施支援のため
ナーのパートナーシップ、策定速度、戦略の内
の一般財政支援(政府予算に援助資金を直接供与
容、実効性などの点で異なるため、ドナーに求め
する方式)が開始され、多くの主要ドナーが参加
76
〔情 報〕
するとともに、世銀も、貧困削減支援貸付により
てきた。日本は、今後これらの動きが一本化され
一般財政支援を実施している。
る可能性を注視しつつ、PRSPへの関与については
わが国はガーナのPRSPを支援する方針を示して
情報収集を中心としている。
いるが、一般財政支援への資金供与は実施してお
らず、オブザーバーとしての参加にとどまってい
*本報告書は以下のURLのホームページで閲覧できます。
る。
http://www.jica.go.jp/activities/report/field/200403_02.html
(3)
ベトナム
ベトナムにおいては、アジア地域で最も早い
2002年7 月に最終版PRSPが完成したが、同国は
HIPCとして認定されてはいるものの、援助依存度
は比較的低く、債務救済を適用しなくても持続可
能と評価されている。
PRSPは既存の計画経済システムの枠内に位置づ
けられるため、予算とのリンクや優先順位づけを
伴うものとなっている。導入当初、世銀や英国な
どの一部ドナーはPRSPを同国の基本計画にすべき
であると主張する一方、日本はベトナムのように
成熟した国家開発計画を持つ国でPRSP策定を義務
づける必要があるのかという問題を提起してき
た。現在PRSPは既存の計画経済システムの枠内に
位置づけられ、予算とのリンクや優先順位づけを
伴うものとなっている。なお、2004年には、次期
PRSPを策定せず、次期5カ年計画にPRSPアプロー
チを統合するとの意向がベトナム側より示されて
いる。
日本は、経済成長を重視するアジア型開発モデ
ルの意義を反映させるべくベトナム政府とドナー
コミュニティに働きかけ、それによって2003年12
月、PRSPに大規模インフラに関する新たな章が追
加された。また、日本は世銀の貧困削減支援貸付
との協調融資を決定している。
(4)
カンボジア
カンボジアはHIPCイニシアティブの対象国では
ないが、1970年代より政治混乱が続き、援助依存
度の高い国となっている。PRSPと同時期に策定が
開始されていた国家開発計画との関係が整理され
ず、そのため最終版PRSPの完成は遅れ、2002年12
月となった。
カンボジアではPRSPの位置づけが明確になって
おらず、国家開発計画とPRSPの両者ともに政策の
優先順位づけや予算との連動が図られていなかっ
たことが問題とされていることもあり、次期国家
開発計画については、PRSPとの統合が検討されて
いる。
カンボジアではPRSPの実効性が低く、援助協調
もPRSPとは別のセクター・レベルを中心に進展し
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