資料2(PDF:448KB) - 林野庁

資料2
木曽ヒノキ林の持続のための天然更新の方向について
(有識者からの提言)
平成22年7月28日公表
中部森林管理局
目
次
1.はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
2.木曽ヒノキを巡る状況
(1) 木曽ヒノキ林の成立過程
①歴史的経過・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
②森林の成立経過・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
(2) 現状・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
(3) 木曽ヒノキ林の森林施業上の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5
3. 更新に関する課題とこれまでの天然更新試験における成果 ・・・・・・・・・ 8
4.木曽ヒノキ天然更新法の基本
(1) 目標とする森林の姿・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
(2) 天然更新のための基本的条件
①種子の結実周期・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
②種子の散布距離・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
③下層植生
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
④光環境 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
⑤土壌条件 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
(3) 天然更新に適した更新面の作り方(伐採の方法)・・・・・・・・・・・・ 10
(4) 更新面の整理(稚樹発生、定着のための下層植生の抑制)
①実施時期 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11
②地表かき起こし ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11
③ササの抑制(枯殺)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11
(5) 更新初期の保育
①ササの抑制(再生ササの抑制)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12
②除伐等の保育 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12
(6) 更新完了の判断 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12
(7) ササ密生地における木曽ヒノキの天然更新の施業体系イメージ
①漸伐の例 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13
②群状伐採の例 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14
(8) その他留意すべき事項
①種子の結実状況の把握(モニタリング)
・・・・・・・・・・・・・・ 15
②環境保全上の留意事項・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15
③ヒメスゲ繁茂への対策
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15
④気象害、獣害等への対策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16
⑤種子の供給状況に応じた播種の検討・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16
⑥更新完了後の保育・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16
5.今後の森林計画等への反映 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
木曽ヒノキ林の持続のための天然更新の方向について
1.はじめに
日本のヒノキの天然分布は、福島県以南から鹿児島県とされており、最も分布が集中
するのは、木曽川上流域を中心とした長野県から岐阜県にかけての地域である1)。このう
ちの大半は、木曽谷森林計画区(長野県木曽郡(上松町、木曽町、南木曽町、王滝村、
大桑村、木祖村)の地域)の国有林であって、中でも天然のヒノキが優占する森林は木
曽ヒノキ林と呼ばれ、青森ヒバ、秋田スギと並ぶ日本三大美林の一つとされている。現
在ある木曽ヒノキ林は、江戸時代の初期から中期にかけて大規模に行われた伐採の跡地
に自然力で更新したものと考えられており、人工植栽によらないことから天然林と呼ば
れているが、いわゆる原生林とは異なり人為が大きく加わって成立した森林である。
この木曽ヒノキ林では、ほとんどの森林の林齢が200年生を超え、高樹齢化が進む一方、
下層に後継となるヒノキ稚樹の発生がほとんど見られていない。これは、森林内に広く
分布し旺盛に繁茂するササの影響が大きいと考えられ、世代交代が困難で木曽ヒノキ林
の持続が危ぶまれるところである。木曽ヒノキ林は、木曽ヒノキ材という他に類を見な
い銘木を産出してきており、その資源量が限られている中で、特徴ある森林として将来
にわたって維持されるべきである。また、1959年(昭和34)の伊勢湾台風、1961年(昭
和36)の第二室戸台風により発生した風倒被害跡地に見られるササが優占する未立木地、
高標高地で見られる生育不良な人工造林地についても森林の育成を進めることが重要な
課題となっている。
このような状況の下、本報告では、200∼300年先を見越し、木曽ヒノキ林を持続させ
るため、木曽谷森林計画区の国有林において次世代の木曽ヒノキ林を育成することを目
的に、木曽ヒノキ林の成立過程や木曽ヒノキ林を維持する考え方を整理するとともに、
三浦国有林と王滝国有林に設定されている実験林での天然更新試験の成果に係る知見を
集約し、木曽ヒノキ林の天然更新技術について提言を取りまとめた。
取りまとめは、木曽ヒノキ林の天然更新施業技術の開発に携わってきた有識者が会議
形式で科学的・政策中立的な立場から議論し行った。会議委員の構成、開催状況は次の
とおりである。
【構成】
赤井
龍男
(元京都大学助教授)
有光
一登
(元高知大学教授)
岡野
哲郎
(信州大学教授)
齋藤
智之
(独立行政法人 森林総合研究所 主任研究員)
只木
良也
(名古屋大学名誉教授)
森澤
猛
(独立行政法人 森林総合研究所東北支所 主任研究員)
※五十音順
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【開催状況】
①第1回(平成20年3月11日、長野市内)
議題:趣旨、進め方の説明、進め方の意見等聴取
②第2回(平成21年6月8∼10日、王滝村内)
議題:資料等の提供・説明、現地検討会(王滝国有林)
③第3回(平成21年10月30日、長野市内)
議題:報告(素案)の検討
④第4回(平成22年3月9日、長野市内)
議題:報告(案)の検討、取りまとめ
*引用及び参考文献
1)林弥栄.日本産針葉樹の分類と分布.農林出版,1960,246p.
- 2 -
2.木曽ヒノキを巡る状況
(1) 木曽ヒノキ林の成立過程
長野県の南西部に位置し、木曽町ほか2町3村からなる木曽谷森林計画区における
国有林野の面積は89千haである。このうち、天然林は44千haであり、「木曽ヒノキ」と
呼ばれる天然のヒノキが優占する森林(ヒノキ混交率30%以上)の面積は14千haである
1)
。人為的な植栽によらずに更新した天然林であるが、いわゆる原生林とは異なり、江
戸時代に、広範囲に強度の伐採が行われ、その影響を受けて成立したものと考えられ
ている。以下にその成立過程を整理する。
①歴史的経過
安土桃山時代から江戸時代の初期にかけては、築城、武家屋敷、社寺の建設や市
街地整備のための橋梁、造船などに大量の資材が求められていた。木曽ヒノキ林は
当時、日本に存在した最大の良材資源であり、用材需要に応えるため、豊臣、次い
で徳川政権の直轄地となり、1615年(元和1)からは尾張藩の領有となり、ヒノキや
ヒノキと混交するサワラ、コウヤマキ等の伐採が大規模に行われたと考えられてい
る。
当時の木曽ヒノキ林の開発と保続施策に関する史料の収集、研究は、徳川林政史
研究所等で行われており2)、特に、所 三男氏によりまとめられている3)。それによ
ると、木曽ヒノキ林は、徳川直轄地であった17世紀初頭、江戸・駿府・名古屋の築
城材等の造営用材として乱伐されていたが、この頃の伐採は、比較的、用材の採運
に便利な木曽川本流沿いで行われていた。尾張藩領となって以降も藩用材、幕府の
注文材、年貢木等のための伐採が継続し、運材技術の向上もあって、伐採箇所は次
第に奥地へと拡大し、17世紀半ばには木曽川支流の王滝川の上流域にまで、ヒノキ
等が切り尽くされた「尽き山」が広がったとされている。
この頃から尾張藩によって、森林資源の保護が行われるようになり、1665年(寛
文5)には乱伐を免れて残った木曽ヒノキ林に「留山(とめやま)」といった禁伐区
が設けられた。さらに森林資源の回復を図る措置として、17世紀末にはヒノキ、サ
ワラ、これらの幼齢木、コウヤマキについて、立木の伐採が差し止められ、1708年
(宝永5)には、すでに禁伐となっている留山を除いた木曽山林全域を対象にヒノキ、
サワラ、アスナロ、コウヤマキの四木(1728年(享保13)にはネズコを加え五木)
が「停止木(ちょうじぼく)」として伐採禁止木とされるに至った。以後、五木の立
木伐採は厳しく制限され、幕府注文材であっても枯損木や江戸時代初期の伐採跡地
に残された丈の高い伐根の利用が優先されるとともに、木年貢の廃止等により生産
量の抑制も行われた。なお、やむを得ない藩用材の立木伐採は、禁伐区も含めて行
われたが、その場合も小径木や稚樹は伐採対象から除外されたと見られる。
また、17世紀末には、マツ、クリ、カツラ、ケヤキ、トチについて伐採を許可制
とする施策が取られており、このことから停止木以外の樹種についても民用、公共
用材用等として利用が進められていたと考えられる。
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②森林の成立経過
木曽ヒノキが生育するようになった時代は明らかではないが、1976・77年、2009年
に中部森林管理局が行った花粉分析調査 4)によれば、沖積世後半には、木曽谷のか
なり広い範囲において、ヒノキ科の樹種が他の樹種と混交して生育するようになっ
たと推測されている。
江戸時代の強度伐採が行われる以前の木曽ヒノキ林は、かなりの部分がこのよう
な原生に近い状態で、ヒノキ、サワラ等のヒノキ科の樹種が優占するが、場所によ
っては花粉が多く検出されているコナラ属等の落葉広葉樹やコウヤマキ等がかなり
混交する多様な樹種で構成された森林であったであろう。
その後の森林状態の変化について、史実及びヒノキの生態的特性から推測5)する
と、17世紀に行われた強度伐採により、伐採跡地は利用に値しない低質のヒノキ等
の針葉樹や広葉樹が疎らに残る状態となったが、これによりヒノキ残存木の結実、
種子散布が促され、下層では更新木となる稚樹が順次、発生した。そして、強度伐
採が奥地へと進むにつれて、木曽の山林では、一部の禁伐区を除き、更新期から幼
齢及び若齢段階の森林が広がっていった。幼齢木や停止木の伐採が停止された18世
紀初頭以降は、残存していた中大径木や枯損木が抜き切りされた跡地においても更
新が進み、これらの森林が育成されて現在に至っていると考えられる。2009年に中
部森林管理局が行った年輪解析6)の結果からも現在の木曽ヒノキ林は主として江戸
時代の初期から中期にかけて更新が行われたと推測されている。また、ヒノキ等の
伐採が制限されてからは、その分、用材等として高木性の広葉樹の伐採が行われ、
これらの樹種がヒノキ林に占める混交割合は、それ以前に比べて低下したと考えら
れる。
(2) 現状
江戸時代の強度伐採跡地に更新した木曽ヒノキ林は、明治以降、所有が国へ移り、1
889年(明治22)から戦後の1947年(昭和22)までは御料林として、それ以降は国有林
として管理経営が行われている。
近代以降の森林施業は、木曽ヒノキ美林の維持と持続可能な経営を目標として、長
期的な施業計画を策定して行われている。具体的な施業の方法は時代によって見直さ
れているが、明治以降、昭和初期にかけて行われた択伐天然更新施業の成果が不十分
となったように天然更新技術が未熟であったことから、更新の確実性を期待して、主
として皆伐、人工植栽が採用された7)。現在、木曽谷森林計画区において、ヒノキ、カ
ラマツ等の人工林が36千haあるが、これは、明治以降に天然林を伐採した跡地等に植
栽され更新したものである。
このように御料林、国有林の経営において皆伐、人工造林が進められたことや、195
9年(昭和34)及び1961年(昭和36)に襲来した大型台風による風倒被害の発生などに
より、木曽ヒノキ林の資源量は徐々に減少した。
現在、木曽谷森林計画区における天然林44千haのうち、ヒノキが優占する天然林(ヒ
ノキ混交率30%以上)は14千ha、混交率は低いがヒノキが混生する天然林は16千haあり、
- 4 -
限りある資源となっている。
なお、これらのヒノキが生育する森林について、現在の施業計画(第三次地域管理
経営計画(平成19∼23年度))では、林木遺伝資源保存林、植物群落保護林等の各種の
保護林の設定、自然休養林、風景林等のレクリエーションの森としての活用及び国土
保全など、公益的機能を重視して現状を保存する区域を区分しており、その面積は18
千haと約6割を占めている。
(3) 木曽ヒノキ林の森林施業上の課題
木曽谷森林計画区において木曽ヒノキ林の林齢は、場所によって異なるが、ほとん
どが200年生以上で250∼300年生が多く、更新の時期が明治以降に相当する130年生未
満の若い天然林は少ない。
一般に、樹齢が高まるほど材質腐朽菌類の侵害が進行し樹体が維持できなくなると
されているが 8)、木曽ヒノキ林を構成するヒノキ、サワラ壮齢木についても心材腐朽
木が確認されている9)。また、森林という樹木の集団では、個々の木には光合成に必
要な葉を展開する空間に限りがあることから、成長を続けていくと、ある大きさに達
したときに、光合成量と呼吸量が生理的にアンバランスになって衰弱、枯死する。そ
れによって発生した空隙に後継樹が育てば、森林としては永続する10)。木曽ヒノキは、
単木としては推定樹齢950年の伐根も確認されている11)が、森林としては、高樹齢化が
進み世代交代が必要となりつつあると考えられる。
一方、個別の森林の状態を見てみれば、ヒノキ天然林の下層にヒノキ以外の植生が
繁茂し、ヒノキが更新していない箇所が多い。
例えば、植物群落保護林及び自然休養林として学術研究、自然休養等に利用されて
いる小川入国有林の通称、赤沢の木曽ヒノキ林では、下層にアスナロが優占してヒノ
キが更新しない箇所において、1983年(昭和58)からヒノキの天然更新を図る試験が
行われている。具体的には、母樹となる上木のアスナロの伐採、下層のアスナロの除
去等により林床まで十分な光を入れ、ヒノキの稚樹をアスナロよりも早く成長させて
天然更新を図るものであり、試験の着手から20年以上が経過し、一定の成果が得られ
ている。
また、木曽ヒノキ林では、林床にササが繁茂する箇所が多く、ここでは、ヒノキ稚
樹が発生しないか、発生しても照度不足により更新初期のうちに枯死し、ササの高さ
を超えて生育する稚樹はほとんど認められない。このような箇所では、上層木が寿命
に達したり、虫害、気象害等で枯れたり倒れたりしてギャップが発生した場合、後継
となる稚樹の十分な量、分布を確保することは難しい。このため、このままの状態で
は木曽ヒノキ林の世代交代が危ぶまれるところである。
なお、江戸時代の更新については、当時描かれた絵図等においてササの粗密が見受
けられる12)こと、明治初期に肥料・飼料用としてササが採取されている記録がある13)
ことから、ササの成立状況が現在とは違っていたと類推され、これがヒノキの更新に
有利に働いた可能性もあると考えられる。
このような中で、木曽ヒノキ林は、地域、また日本の貴重な森林資源であることか
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ら、上層木の衰退が明確となっていない現在の林分状態のうちに、次世代の若い更新
林分も成立させることにより、全体として木曽ヒノキ林の持続が図られるよう取り組
むことが重要である。このため、森林施業においては、保護林等において現状を保存
するほか、積極的に木曽ヒノキ林の更新を促すことが喫緊の課題である。
*引用及び参考文献
1)中部森林管理局.木曽谷国有林の地域別の森林計画書(平成19∼29).2006,81p.
中部森林管理局.第三次地域管理経営計画書(木曽谷森林計画区)(平成19∼24).2006,
23p.,林野庁中部森林管理局,長野.
中部森林管理局.第三次国有林野施業実施計画書(木曽谷森林計画区)(平成19∼24).2
007,35p.,林野庁中部森林管理局,長野.
2)大崎晃.木曽山における森林保護と巣山・留山再考.徳川林政史研究所研究紀要 41.20
07,p.23-49.
帝室林野局.ヒノキ分布考.1937,298p.
所三男.採種林業から育成林業への過程.徳川林政史研究所研究紀要 昭和44年度.1970,
p.1-26.
所三男.近世林業史の研究.吉川弘文館,1980,858p.
3)所三男.近世木曽山林の保続対策.徳川林政史研究所研究紀要 昭和52年度.1978,p.122.
4)酒井潤一.“木曽ヒノキ林の花粉分析・層位等の研究調査(要旨)”.木曽ヒノキ総合調査
(要約版).長野営林局.1979,p.143-146.,林野庁中部森林管理局,長野.
中部森林管理局.森林資源の持続的管理のあり方に関する調査報告書.2009,31p.,林
野庁中部森林管理局,長野.
5)原田文夫.木曽ヒノキの成因について−現生林分の成立過程を探る−.第89回日本林学
会大会講演集.1978,p.103-106.
6)中部森林管理局.森林資源の持続的管理のあり方に関する調査報告書.2009,31p.,林
野庁中部森林管理局,長野.
7)帝室林野局木曾支局.大正十三年十二月管内御料地概要.1924,33p.
帝室林野局木曾支局.“昭和十五年八月木曾支局管内概要”.長野県史近代史料編 5(4).
長野県編.長野県史刊行会,1986,p.489-493.
萩野敏雄.御料林経営の研究−その創成と消滅−.日本林業調査会,2006,167p.
8)佐藤邦彦.樹木・林木の寿命と環境及び菌害(Ⅱ).森林保護 206.1988,p.30-31.
9)青島清雄,林康夫,古川久彦.木曽地方のヒノキ,サワラの心腐れ病について.第72回
日本林学会大会講演集,1962,p.309.
只木良也,鈴木道代.物質資源・環境資源としての木曽谷の森林(1)−木曽谷の森林施業
−.名古屋大学農学部演習林報告 13.1994,p.39-53.
浜武人.木曽ヒノキ壮齢木の腐朽部に認められたチズガタサルノコシカケ.森林防疫 55
(10),2006,p.8-11.
10)四手井綱英.森林はモリやハヤシではない.ナカニシヤ出版,2006,277p.
- 6 -
11)名古屋大学博物館.“常設展示物,木曽の大ヒノキ”.http://www.num.nagoya-u.ac.jp/e
xhibit/hinoki.html,(参照2010-06-28).
12)木曽式伐木運材図会.林野弘済会長野支部編.林野弘済会長野支部,1975,118p.
13)北條浩.明治国家の林野所有と村落構造−長野県木曽国有林の存在形態−.御茶の水書
房,1983,677p.
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3. 更新に関する課題とこれまでの天然更新試験における成果
前述のように、木曽谷森林計画区における木曽ヒノキ林の多くは、林床にササが密生
し、容易に更新が進まない状況にある。
また、木曽谷森林計画区の地質は、北部の堆積岩地帯、御岳山周辺の火山岩地帯、阿
寺山地の濃飛流紋岩地帯、木曽川左岸及び南部の花崗岩地帯に大別されるが、濃飛流紋
岩が広く分布する阿寺山地の隆起準平原には、主として標高1,300m以上で湿性ポドゾル
土壌が分布する。木曽谷森林計画区の森林土壌の分布は、約6割が褐色森林土、約2割が
乾性ポドゾル、約1割が湿性ポドゾルであるが、この湿性ポドゾル土壌は、著しく理化学
性が不良で、可給態養分が欠如していることから更新には不適とされている。
1959年(昭和34)の伊勢湾台風、1961年(昭和36)の第二室戸台風により、阿寺山地
に位置する三浦国有林において、広範囲にわたって木曽ヒノキ林の深刻な風倒被害が発
生した。この被害跡地はササが著しく繁茂し、また、湿性ポドゾル土壌が多く分布して
いるので、跡地での更新の手段が深刻な問題となった。このため、長野営林局(現・中
部森林管理局)では、1966年(昭和41)に木曽ヒノキ等の更新試験を主目的とする約420
haの「三浦実験林」を設定し、環境条件に適応した更新技術について、信州大学、京都
大学、林業試験場(現・(独)森林総合研究所)等の研究機関の参画を得て、約40年にわ
たり調査研究を行ってきた。1982年(昭和62)には、三浦実験林で得られた知見をもと
に、同様の環境条件下にある王滝国有林において、事業的規模で応用試験を行う助六実
験林を設定している。
これらの研究計画、調査は、1966年(昭和41)∼1999年(平成11)は赤井龍男(京都
大学)、1999年(平成11)∼2006年(平成18)は有光一登(森林総合研究所、高知大学)、
2006年(平成18)∼2009年(平成21)は岡野哲郎(信州大学)が担当している(所属は
当時)。
この中では、更新時における重要な課題として、ヒノキ種子の有効散布距離を考慮し
た母樹の配置、林床に堆積する落葉層の分解促進や稚樹の発生に必要な陽光の確保、特
に、稚樹の発生、生育に適した環境を確保するため、密生したササの確実な制御等が挙
げられ、これらに関する諸条件の解明や手段の検討が行われた。試験地設定から約40年
が経過し、天然更新施業によって後継となる森林の成立が実証され、ササ密生地におけ
る木曽ヒノキ天然更新法の基本が組み立てられた。これについて次章で記述する。
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4.木曽ヒノキ天然更新法の基本
3.で述べた天然更新試験の成果1)から、木曽谷森林計画区のササ密生地における木曽
ヒノキ林の天然更新施業の考え方を以下に整理する。
(1) 目標とする森林の姿
天然更新施業によって、木曽ヒノキを主とし、広葉樹等が混交した多様な林分(森
林)に誘導することが望ましい。
(2) 天然更新のための基本的条件
①種子の結実周期
天然更新においては、短期間に母樹からの種子供給が十分に行われることが望ま
しい。このため、更新面の整備は、凶作と並作を繰り返すとともに数年サイクルで
豊作が発生する種子の結実の周期性を考慮して行うことが重要である。
三浦実験林の調査では、ヒノキの並作と凶作は2∼3年ごと、豊作はほぼ4年ごとで
あることが分かっており、天然更新を確実にするためにはこのデータの活用やモニ
タリングによる豊作年の推測が必要である。
②種子の散布距離
ヒノキ種子の平均有効散布距離は樹高と同じ距離以内である。母樹の配置は、樹
木間の距離を樹高の2倍以内として行うことが必要である。
③下層植生
木曽ヒノキ林の下層植生は、コケ型、灌木型、ササ型、ヒメスゲ型があるが、多
くはチマキザサを主体とした高さ1.0∼2.5mのササが密生するササ型である。ササの
落葉による地表の被覆は発芽直後のヒノキ稚樹の生存を、また、密度の高い地下茎
は、稚樹の根の発達を阻害し、更新を極めて困難なものとしている。また、ササが
地表への陽光を遮断することによって、ヒノキ稚樹は照度不足で枯死、消失する。
このため、ササ密生地のヒノキ天然更新においては、稚樹の定着に必要な林床の整
備と稚樹の成長に必要な照度管理のため、ササの抑制が必要である。
一方、ササや他の植生がほとんど無く、落葉層を欠く表土に発生したヒノキ稚樹
は、雨滴による土壌侵食や融雪による地表流により根抜け、消失することが多い。
また、傾斜地で雨滴や雨水により表土が移動、流亡する場合、種子や稚樹の定着は
困難となる。このため、適当な下層植生の成立を図ることが必要である。
ササを抑制する手段としては、刈払い、地表かき起こし、林業用薬剤散布がある。
ササが密生する三浦実験林の調査では、刈払いは、ササの地下茎が枯死せず翌年に
は地上部がほとんど元通りに再生してしまい、加えて刈り払った稈により稚樹の被
覆害が増幅するため効果が低い。地表かき起こしによるササ地下茎の除去は、乾燥、
雨滴による稚樹の被害が増幅する、林地自体を撹乱し、土壌の流亡を助長するなど
現実的でない。このため、ササの再生に数年間を要し、林地撹乱のない林業用薬剤
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散布が最も効果が得られることが判明しており、地かき作業や人工造林と同様な下
刈作業は避けるべきである。
④光環境
ヒノキ稚樹の発生、定着、成長のためには、林床に5∼10%の明るさ(相対照度)
を確保することが適当である。相対照度が3%以下では照度不足により、30%以上では
乾燥害により稚樹が枯死、消失してしまう。
稚樹の発生、定着、成長の各段階に適した光環境をつくるため、上木(母樹)の
配置とササ等下層植生の抑制を適切に行うことが重要である。
⑤土壌条件
稚樹の生育には、根が十分に伸長し、水分、養分の吸収活動ができる土壌の深さ、
軟らかさ、土壌の水分・養分の供給能力が強く影響する。
三浦実験林に比較的多く分布する湿性ポドゾル土壌は、緻密で、栄養分も少なく、
根の伸長は大きく制限を受ける。地表に分解されない状態で残った落葉落枝などの
有機物が厚く堆積することによって、発生したヒノキ稚樹は根が土壌中に伸長しな
いうちに乾燥害で枯死するといった現象も見られる。
このように、土壌条件によって稚樹の発生や成長が影響を受けることから、更新
を計画する際には、あらかじめ土壌図や土壌調査により実施箇所の土壌条件を調べ、
植物(ヒノキ稚樹)に与える要素を確認しておく必要がある。
なお、広い面積の箇所を対象とした土壌調査では、地形の影響を勘案し、尾根部、
中腹又は下部から2箇所程度を抽出して行う必要がある。
(3) 天然更新に適した更新面の作り方(伐採の方法)
天然更新を進めるためには、母樹を適切に残して伐採し、稚樹の発生、定着に適し
た更新面を確保することが必要である。
更新面を作る伐採の方法は、帯状あるいは群状に上木を伐採した更新面となる伐採
帯と種子の供給源となる保残帯とを交互に組み合わせる帯状伐採、群状伐採や、更新
面に一定の割合で母樹を単木状に残して伐採し、更新完了と判断した段階で上木全て
を伐採する漸伐等がある。表土の流出が懸念される急傾斜地では、林地を保全し更新
を確実とする上で漸伐が好ましい。漸伐では、母樹を保残する割合は材積率で40∼60%
とし、風害に強いと考えられる大径木を優先的に母樹として選択する。
帯状、群状伐採の場合は、更新面の大きさは、ヒノキ種子の平均有効散布距離から、
更新面周辺の母樹林間の距離を樹高の2倍までとすることが望ましい。一方、母樹林
の林冠が更新面への陽光を遮断することも考慮し、更新に必要な照度が確保できるよ
う更新面の大きさ、形状を工夫する必要がある。
(4) 更新面の整理(稚樹発生、定着のための下層植生の抑制)
天然更新による稚樹の発生・定着・成長を期待する場合においては、林床に光をあ
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てて落葉・落枝など地表の有機物の分解を促進させ、発芽に適した林床条件を一定期
間維持するとともに、稚樹の定着・成長に適切な照度を確保するため、更新面の下層
植生を抑制する必要がある。ササ密生地が多い木曽ヒノキ林では、特に、天然更新の
ためには確実なササの抑制が必要である。
①実施時期
基本的には、速やかに稚樹が発生するよう、上木を伐採する1∼2年前に下層植生
を抑制し、更新面の環境条件を整えることが望ましい。
②地表かき起こし
更新のための地表の撹乱は効果のある場合もあるが、三浦実験林における調査結
果からは、地表かき起こしはヒノキ種子の流亡、発生した稚樹の雨滴による掘り起
こし等、稚樹の定着を遅らせることが明らかになっているので、上木の伐採及び搬
出に伴い生じる地表の撹乱のみとし、地表かき起こしは実施しない。
また、落葉やササ枯死稈は苗畑の敷藁と同じ役目を果たすため、地表かき起こし
や潔癖な地被物の除去等で裸地化させてはならない。
③ササの抑制(枯殺)
ササの密生地においては、林業用薬剤散布によるササの抑制が最も効果的で適切
である。
塩素酸塩系薬剤はササの地下茎まで枯殺する効果があり、三浦実験林の調査では、
散布の翌年にはササの地上部は枯死稈となり、2∼3年後には倒伏して腐朽する一方、
部分的に残ったササから再生が始まり、5∼7年後には全面的に回復する例が多く見
られている。再生ササは、初めは稈高が低く散生するので、元の状態に回復するま
での間、ヒノキ稚樹の発生、定着に適した相対照度5∼10%といった林床の光環境を
維持できる。したがって、更新初期のササの抑制には、基本的に塩素酸塩系薬剤を
用いることが好ましい。
ササの抑制は、上木の伐採前に種子の結実の周期性を考慮して行うが、塩素酸塩
系薬剤のササ枯殺効果は数年持続することから、ある程度の期間の幅を持たせた運
用は可能である。種子の散布量が少ないなどから更新の進行が遅く、ササの再生に
よりヒノキ稚樹の成立が著しく阻害される場合は、稚樹の発生、定着に必要な更新
面の環境維持のため、追加的に塩素酸塩系薬剤を散布することも必要である。再散
布を検討する期間は、少なくとも豊作が二度以上訪れる10∼15年程度見ておく必要
がある。三浦実験林では、同一林地への散布回数は、10数年の間に1∼3回程度であ
る。
散布方法は、単位面積(m2)当たりのササの本数×ササの平均高(cm)(「ササの密
度指数」とする)が5,000以上の箇所では、更新面全体に散布を行う。ただし、極端
なササの密生地では、更新面への全面散布は困難なため、二回に分けて散布を行う
ことが有効である。初回は筋状、群状等にむらまきし、翌年以降に残っているササ
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に対して2回目の散布を行うこととなる。また、急傾斜地等で林地保全への配慮が必
要な箇所では筋まきとする。
(5) 更新初期の保育
①ササの抑制(再生ササの抑制)
成立した稚樹は、ササが再生しても生育に必要な光環境が確保されていれば、長
期間をかけて成長する。また、ササは、降雨による表土の流出を防止し、林地保全
に効果があるとともに雪害・寒風害の緩和やカモシカによる食害の回避など稚樹の
保護に有利である。一方、三浦実験林の調査では、後継樹となることができたヒノ
キ稚樹は、再生ササが回復した時点でササの高さを上回っていたものであると推察
されている 2)。このため、稚樹とササとの競合を緩和し、かつ、稚樹の生育に適し
た環境を維持する観点から、一定期間、再生したササの成長を抑制する必要がある。
テトラピオン系薬剤は、新筍の発生を阻止する効果があり、三浦実験林の調査で
は、散布後3∼4年は葉量が減少しササ内部は明るくなるが、地下茎は枯死しておら
ず、ササは急速に再生する。このため、ササの密生地では、テトラピオン系薬剤は
稚樹が成立するまでに必要なササの処理には適さないが、稚樹の成長過程における
ササ量の抑制には有効である。
テトラピオン系薬剤の散布は、ヒノキ稚樹の成長とササの成立状況に応じ検討す
る。なお、天然更新では、同一の更新面の中でも更新の進行状況に差が生じ、ある
部分ではヒノキ稚樹の発生を促し、ほかの部分ではすでに発生、定着している稚樹
の成長を図る必要がある場合も多い。施業の実施に当たっては、林内に入ってササ
の回復状況と稚樹の成立、成長状況を観察した上で、適切な林業用薬剤の種類、量、
散布時期等を判断することが必要である。
②除伐等の保育
三浦実験林における更新試験地では、ヒノキ以外のコメツガ、ネズコ等の針葉樹、
ナナカマド、ダケカンバ、ミズナラ等の広葉樹が10∼30%出現している。木曽ヒノキ
林については、木曽ヒノキを主とした針広混交林を目指すものであることから、侵
入した広葉樹については特に排除しない。
(6) 更新完了の判断
三浦実験林における調査結果では、ササの抑制後、ヒノキ以外の高木性の樹種を含
め、高さ30cm以上の稚樹がha当たり平均2万本成立すれば更新確実、再生ササの高さを
勘案して稚樹の枯損、消失のおそれがない状態になれば成林可能と見込まれている。
このため、木曽ヒノキ天然更新では、これを目安に更新の成否を判断することとし、
段階に達しておれば、稚樹の発生、成長のための更新補助作業を終了する。
このように更新面の造成から作業終了までの期間、すなわち更新期間は、ササの再
生状況等によって大きく異なるが、概ね15∼25年である。
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(7) ササ密生地における木曽ヒノキの天然更新の施業体系イメージ
①漸伐の例
時期
上層の状態
下層の状態
稚樹の状態
林内
相対照度
上木、更新稚樹の構造
針葉樹
結実状況の
モニタリング
森林施業
の流れ
伐採前
1∼2年
ササ密生
(ササの密度指数>5,000)
稚樹なし
1-5%
ササの抑制(更新面の整理)
(塩素酸塩系薬剤を散布)
ササ枯死
↓
上木の伐採
(40-60%)
(更新面の造成)
稚樹発生・定着
15-25%
伐採後
10∼15年
(ササ再生)
(再生ササにより稚樹の発生・
定着が不良の場合は
塩素酸塩系薬剤を再散布)
↓
ササ再生
再生ササにより稚樹の成長が
阻害される場合はササ抑制
(テトラピオン系薬剤を散布)
稚樹成長
ササ抑制
稚樹高30cm以上の
稚樹が2万本/ha以上
(更新確実の見込み)
10-20%
伐採後
15∼25年
(ササ再生)
(再生ササにより稚樹の成長
が阻害される場合は
テトラピオン系薬剤を再散布)
稚樹成長
再生ササの高さを
超えて稚樹が成長
(更新完了、成林可能
の見込み)
上木伐採
(100%)
(後伐)
↓
100%
自然の推移にゆだねる
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広葉樹
ササ
稚樹
②群状伐採の例
時期
上層の状態
下層の状態
稚樹の状態
上木、更新稚樹の構造
針葉樹
結実状況の
モニタリング
森林施業
の流れ
伐採前
1∼2年
ササ密生
(ササの密度指数>5,000)
稚樹なし
ササの抑制(更新面の整理)
(塩素酸塩系薬剤を散布)
ササ枯死
上木の伐採
(更新面の造成)
稚樹発生・定着
伐採後
10∼15年
(ササ再生)
(再生ササにより稚樹の発生・
定着が不良の場合は
塩素酸塩系薬剤を再散布)
ササ再生
再生ササにより稚樹の成長が
阻害される場合はササ抑制
(テトラピオン系薬剤を散布)
伐採後
15∼25年
ササ抑制
稚樹成長
稚樹高30cm以上の
稚樹が2万本/ha以上
(更新確実の見込み)
(ササ再生)
(再生ササにより稚樹の成長
が阻害される場合は
テトラピオン系薬剤を再散布)
稚樹成長
再生ササの高さを
超えて稚樹が成長
(更新完了、成林可能
の見込み)
自然の推移にゆだねる
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広葉樹
ササ
稚樹
(8) その他留意すべき事項
①種子の結実状況の把握(モニタリング)
豊凶の周期といった結実の時間的な分布を把握する場合は、広域において長期間、
調査を行うのに適した簡便な方法とすることがよい。
独立行政法人 森林総合研究所では、1989年(平成1)から国有林野におけるブナ
種子の結実等の調査が行われており3)、その結果、調査地点での豊作、凶作、豊・
凶の広がり、年変動の傾向が解析されている。調査は、各森林事務所の管内におい
てブナ林からなる林班を選び、結実時期に落下前の樹上の種子を地上から双眼鏡を
用いて目視するなどにより行われており、これを参考に具体的な手法を決定するこ
とが適当である。
なお、結実周期は、規則的な間隔で豊作年が訪れるのではなく、バラツキが見ら
れると想定されるため、調査は長期的に行うことが必要である。
②環境保全上の留意事項
林業用薬剤は、関係法令等に基づき適正に使用することが必要である。
塩素酸塩系薬剤は、塩素酸ナトリウム(NaClO3 )を主成分とし、散布後は土壌中
で速やかに塩化ナトリウム(NaCl)と水(H2O)に分解消失する。その殺草作用は、
根から吸収された塩素酸ナトリウムの酸化力により植物体内の生理反応が阻止され
て発揮されるが、即効性があるため、散布区域のササが急速に枯れて褐色になる。
昭和40年代には散布について様々な意見があった経緯も踏まえ、地域の理解を得な
がら実施することが重要である。
テトラピオン系薬剤は、林地のほか牧草地などの非農耕地用として一般的に使用
されている薬剤である。
これまで薬剤散布後に実施した水質検査では、水質への影響は確認されていない
が、今後の使用においても、状況把握のため、引続き、水質検査を実施することが
重要である。
また、河川や常水のある渓流沿いの林地については、渓畔環境の保全を図る観点
から、一定幅の無散布帯を設け、下層植生の処理は行わない。
③ヒメスゲ繁茂への対策
三浦実験林では、更新試験の過程で、繰り返し林業用薬剤を散布してササを抑制
した箇所、特に湿性ポドゾル土壌の分布する箇所でヒメスゲの発生、繁茂が見られ
る。また、光環境が良く地下水が高い箇所ではヒメスゲが大型化する傾向にあり、
稚樹の被圧が懸念されている。
現状では、早期に更新を進行させることが実施し得るヒメスゲの抑制策であり、
この観点からも確実にササを抑制し、稚樹の成立、成長促進を図ることが重要であ
る。
なお、更新面への広葉樹の侵入により光環境、土壌水分が調整され、ヒメスゲの
繁茂が抑制できる可能性がある。これは湿気を嫌うヒノキの生育環境整備にも有効
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であることから、侵入した広葉樹は基本的には排除しないことが重要である。
④気象害、獣害等への対策
更新初期において、ササの被圧によって稚樹の成長は阻害される。一方、ササは
雨水による表土の流出を防止し、地表への日射量や風速を緩和し、また、カモシカ
等の接近に対し障壁になるなど、気象害、獣害等から稚樹を保護する効果も発揮し
ている。このため、ササの潔癖な処理は避け、ヒノキとササの共生を図る必要があ
る。
⑤種子の供給状況に応じた播種の検討
更新期間内に母樹が強風、落雷等により被害を受け、母樹からの種子供給が十分
でない場合、また、台風被害等による未立木地への天然更新を検討する場合は、人
工播種も検討する必要がある。このため、人工播種が必要となった場合に備えて、
豊凶の予測、種子の採取方法等も含めて採り播きの準備を行っておくことが重要で
ある。早期の更新の失敗はさらに更新を困難なものにするため、人工播種実施の判
断は早期に行う必要がある。
なお、現に存在する母樹はいずれも自然淘汰の結果として生き残ってきたもので
あり、現在の樹形の善し悪しは地形や局所的な微気象、過去の台風等の結果と考え
られることから、特に母樹の形状等の遺伝子的配慮から種子採取木を決める必要は
ない。
⑥更新完了後の保育
定期的な経過観察を行い、ササの再生状況により、稚樹の成長が著しく阻害され
ている場合は薬剤散布によりササを制御し、稚樹の成長促進に努めることが重要で
ある。
なお、三浦実験林での調査結果等を踏まえ、混交林化を図る観点からも、ヒノキ
の更新・成長が著しく阻害されることが想定される場合を除いて除伐等の保育作業
は、基本的には行わず、自然間引きによる淘汰に委ねる。
*引用及び参考文献
1)中部森林管理局.三浦実験林30年のあゆみ−木曽ヒノキ更新技術確立への挑戦とその成
果.1999,264p.,林野庁中部森林管理局,長野.
2)森澤猛・杉田久志・齋藤智之.(2009):木曽ヒノキの天然更新について(Ⅳ).中部森林
研究 57,2009,p.9-10.
3)独立行政法人 森林総合研究所.
“ブナ結実状況データベース”.http://www.ffpri.affrc.
go.jp/labs/tanedas/index.html,(参照2010-06-28).
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5.今後の森林計画等への反映
国有林野については、森林計画区ごとに5年を一期として森林管理局長が定める地域管
理経営計画等に基づいて管理経営が行われている。
木曽谷森林計画区の地域管理経営計画等については、現行計画の計画期間が平成24年3
月までとなっており、今後、平成24年4月以降の計画について検討が進められることとな
る。その際には、本報告を活用し、地域住民や地元自治体等との相互理解を図りつつ、
木曽ヒノキの更新を確実なものとし、将来にわたり木曽ヒノキ林が維持されるよう、施
業の検討が行われることが望まれる。その成果は、同様に木曽ヒノキ林が分布する木曽
川森林計画区(岐阜県中津川市ほか4市1町の範囲)に係る次期の地域管理経営計画(計
画期間:平成25年4月∼平成30年3月)等の検討にも資すると考える。
また、天然更新技術の運用に当たっては、現場の技術者が実地で活用できるわかりや
すいマニュアル類の整備も重要である。例えば、土壌条件の把握については、地域の土
壌図、土壌断面の写真等を活用し、現地で土壌型を判定できる携行用の様式とするなど
の工夫が考えられる。
なお、今後の木曽ヒノキ林の管理経営に関して、委員から、次のような意見が提出さ
れたことを付記する。
①
木曽ヒノキ林については、保護林が設定されている等保存すべきとしている範囲
は別として、200年程度かけて、順次、次世代の木曽ヒノキ林へ更新させていくこと
が適切である。また、この考えの下に、木曽谷流域全体で年間に行う更新・伐採の
量をコントロールしていくことが重要ではないか。
②
そのような中で、今回、ササ密生地での天然更新施業について、林業用薬剤散布
等によるササの制御といった実用的な手法の目途がついたことから、当分の間施業
を見合わせている林分について、適切な更新のための施業を徐々に行うことを検討
してもよいのではないか。
③
また、ヒノキ人工造林地の保残帯となっている木曽ヒノキ林について、造林木の
生長が確保された後は、天然更新のための施業を検討してはどうか。さらに台風被
害跡の未立木地や高標高地の人工林で造林木の生育が不良なところへの天然更新技
術の応用も検討してみてはどうか。
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