T Minus 90 杉本拓 - NeonMarshmallow

T Minus 90 杉本拓
2011 年 12 月 20 日
今年のはじめ東京に滞在した際、
「バー杉本」のことを耳にした。安いお酒を提供し、そこ
に集まる人との充実した会話があり、水曜日の夜にだけ開いているとのこと。早速私は下
北沢のはずれにあるその場所へ飲みにでかけ、そこで「バー杉本」は日本人ギタリスト、
杉本拓がバーテンダーであることのニックネームであると知り興味をひかれた。
杉本拓のギターキャリアは重く深いエレクトロニックな音から、抑制したアコースティッ
ク(作曲や構成によく静寂が含まれる)までに至る。特に後者はフリージャズや即興音楽
において国際的に注目され、数人名前をあげると、ケビン ドラム、ラドゥ マルフェティ、
マッティン、マイケル ピサロ、キース ロウ、などと共演、共作している。日本では秋山
徹次との長年の共演、共作が有名で、他にもSachiko M、大友良英、宇波拓、池田武史、そ
して Core of Bells などと共演している。佳村萠との近年のプロジェクト「さりとて」は2
011年の9月、ニューヨークのAmplify 11にて米国デビューをはたした。これらのコラ
ボレート作品は杉本のレコードレーベル「Slub Music」から発売されており、その多くのア
ルバムアートは彼が手がけている。でもまあとりあえずは水曜日の夜、
「バー杉本」にいこ
う。カウンターの向こう側に彼を見つけることができるから。
−まず最初に、『バー杉本』はどのように、いつオープンしたのでしょうか。
正しい名称は『水曜日のハイツ』です。母体となっている『現代ハイツ』のオーナー岩田
利起さんとは20年来の友人で、たまたま一緒に飲んでいる時に、彼が店の休日である水
曜日を利用して、何かもっと形式張らない、安い酒を出すサロン的バー(この感じを一言
で表現する“アパッチ”という我々のスラングがあります)をやりたいという話をきいて、
それなら私も関わらせてくれ、ということで始まりました。2009年の夏のことです。
− “アパッチ”についてもう少し説明してもらえますか。
これは説明するのが難しいと思います。日本でも日常的な言葉ではありません。スーザン・
ソンタグの「キャンプについてのノート」と同じ様に、“アパッチ”という単語の本来の意
味ではなく新しい解釈で、これから広めていきたいと思っています。今すぐに思いつく“ア
パッチ”に該当するものは:裏ダンディズム、ドナルド・ミラー、ジョン・ケージ、映画「が
んばれベアーズ」の野球チーム監督、と言ったところです。現代音楽は“アパッチ”ではあ
りませんが、現代音楽を演奏することは“アパッチ”です。
− ライブパフォーマンスはありますか。
現代ハイツではライブをしたことがありますが、水曜日のハイツではありません。岩田さ
んは昔別のギャラリー喫茶を経営しており、私はたまにそこでコンサートをやってました。
それで親しくなったわけです。
− 音楽はどのような役割なのでしょうか。
実は最初は音楽をかけていませんでした。ラジカセでラジオを流していただけでした。ラ
ジオでは音楽、スポーツ中継、トークショーなど、なんでもよかったのです。大事なのは
ライブであり、日常の一部であることです。所謂「音楽を聞かせるバー」というのに対し
て、我々はいくらか批判的でしたから。日本には、立ち飲み屋とか、今はだいぶ少なくな
りましたが、酒屋の軒先(または内部)で酒が飲めるようなところがあり、そういうアパ
ッチな社交空間をバーに編入したかったわけです。そういうところではラジオとかテレビ
が重要な役割を果たしているのです。どこのバーに行っても音楽が流れているという状況
に疲れてきた、というのもあるでしょうね。それに、我々はふたりとも普段あまり音楽を
聞かないですし。とは言いながら、私は自宅にポータブルCDプレイヤー以外の音楽再生装
置がなく、たまには大きな音で音楽が聞きたくなって、自分のところからCDやレコードを
持って行くようになりました。今では、店のレコードをかけたり、たまには途中の中古盤
屋で買って持って行ったりします(ほとんどはすぐ売り払いますが)。
実験音楽とか自分のCDなんかもかけますが、それはお客さんが少ない時ですね。まわりが
うるさいと、繊細な音楽はあまり意味がないので。それにそういう音楽に興味ある人はそ
れほどいません。私個人が聞きたくて聞いているだけです。誰もいないときは、何もかけ
てないことが多いです。あと、けっこう面倒くさいんですよ、レコードを選んだりするの
は。お客さんがいても、何もかけないことがあるし、岩田さんにまかせることも多いです。
あとはちょっとした実験。洒落た居酒屋とかだと、ジャズが小さい音で流れていることが
よくあるのですが、私はそれが我慢ならない。ジャズそのものもあまり好きではないです
が、特定のムード作りにジャズを利用するというのが気に食わないわけです。そこで、同
じような状況をハイツにあるジャズのレコードを使って再現してみる、という自虐的な遊
びもします。むりやり聞かされるのではなく、一種の揶揄としてやっているので、これは
けっこう笑えます。
− 『水曜日のハイツ』でかけるレコードコレクションについて教えてください。杉
本さんのものですか。
ほとんどが現代ハイツのコレクションです。中には私のレコードも数枚あります。岩田さ
んのギャラリー喫茶で昔コンサートをやっていた頃ちょくちょくレコードを置いていった
から、それが今の現代ハイツのコレクションにまじっているわけです。現代ハイツのレコ
ードやCDのほとんどは、お客さんが置いて行った、または寄贈したものではないでしょう
か。
− お客さんとの会話が選曲につながったりはしますか。
音楽の話題は本当にときたまにでるといった感じです。水曜日のハイツに来るのは、音楽
関係の友人より地元の飲み仲間の方が多いので、どこそこのソバ屋やラーメン屋が旨いだ
とか、そこのオヤジが面白いとか、新しい飲み屋が出来たとか、身内のちょっとしたゴシ
ップだとか、そんな話題が多いです。まあ、音楽仲間とも音楽の話はあまりしませんが。
あとは文化状況一般ですかね、よく話題になるのは。たまに映画。ただ、私はその地元の
飲み仲間数人とアマチュアのロックバンド(替え歌中心)をやっているので、ネタを提供
するという意味を含めて(レパートリーを考えるということ)、適当なロックをかけたりし
ますし、彼らのリクエストに答えることもあります。古いロックが好きな人が多いので(私
もですが)、お客さん同士で盛り上がることはよくあって、そんな時に私もちょっとした意
見をします。あと、岩田さんが何かのサントラをかけて、それから映画の話題になる、そ
ういうことはよくあります。基本的に選曲は、気分にまかせる、あるいはテキトウにやっ
てます。あまり考えず棚からひっぱってくることが多いのです。私はむしろ、普段は音楽
をかけずに、ここぞというときにかけた方が面白いのでは思ってます。
− CDやデジタルに比べてレコードに特別な思い入れはありますか。
そうですね、レコードの方がやはり好きですね。我々の世代はレコードに思い入れがある
でしょう。ジャケットとかデザインとかにフェティッシュな魅力も感じます。私も昔は好
きでコレクションしてましたが、貧乏によりほとんど売り払いました。いま家にあるのは
20枚くらいでしょうか。それに、ステレオ装置とかターンテーブルとかはどこかしら圧
迫感をあたえます。特に日本の住居はせまいから、そういうものが空間をしめると、まる
で神棚みたいで、落ち着きません。私は、音楽を作るときに、そういうものに邪魔された
くないのです。お金がなくて売ったのですが、今となってはもう沢山のレコードは必要あ
りません。まぁ、最低限の再生装置は必要ですし、聞きたい音楽もそれなりにはあります
が。
− このサイトにのせるプレイリストを作るのに、何曲かピックアップしてください。
今ハイツにいないので曲名とかよくわかりません。店のレコードからだと、私はほとんど
ロックしかかかけないので、その中からということになるのでしょうか。う〜ん、なんだ
ろう。私はギタリストなので、ロックは(というよりロックに限ってですが)ギター中心
に聞いてしまいがちです。しかも、テクニカルなギタリストはあまり好きではなくて、変
態、それもこれみよがしな変態ではなく、バカっぽくて何かが狂っている変態が好きなの
です。この条件を満たすギタリストというと、J. J. Cale、Robbie Robertson、あとはRobert
Quineが思い浮かぶかな。Neil Youngもよくアホなソロを弾いてますね。テクニカルなギタ
リストで好きなのはAmos Garrett。ハイツのレコードコレクションで特に私が好きでかけて
いるというのは、よく考えるとあまりないですね。
Karen Daltonのレコードは私が昔おいていったもの。この曲のギターが好きだが、これは
Amos Garrettじゃないかなあ? "Cloudy Day" は笑ってしまうくらいどうしようもない曲
ですが、ギターが素晴らしい。"You Keep Me Hangin' On" のギターソロは私のもっとも好
きなギターソロ。Bonzo Dog Bandは、やるならこういうバンドがやりたいと思わせる、い
わば憧れのバンド。Mark Glynne and Bart Zwierの"Home Confort"は20代前半によく聞いて
いた、未だに手放していない数少ないレコードのひとつ。なんとも不可思議な音楽で似た
ものがない。私は、Lou Reed やJohn Cale の熱心なファンではありませんが、Velvet
Undergroundは好きで、Sandy DennyもRichard Thompsonも好きですが、彼らのいたころの
Fairport Conventionの方がより好きなのです。下の2曲の現代曲は私の手持ち。家で聞けな
いレコードを店に持っていって聞いているわけです。
トラックリスト
Karen Dalton - Something On Your Mind
J. J. Cale - Cloudy Day
J. J. Cale - You Keep Me Hangin' On
Bonzo Dog Doo-Duh Band - The Intro And Outro
Mark Glynne and Bart Zwier - Friends and Celebrities
Velvet Underground - Sister Ray
Fairport Convention - Matty Groves
Erik Satie - Vexations Side A (performed by Reinbert de Leeuw)
Iannis Xenakis - Anaktoria (performed by L'Octuor de Paris)
(*英訳とは構成に多少の違いがあります。)