大阪市立科学館研究報告 22, 71-74 (2012) プラネタリウム投影プログラム「神秘の太陽 金環日食」制作報告 江 越 航 * 概 要 当館では 2012 年 3 月から 5 月にかけて、「神 秘の太陽 金 環日食 」という内容でプラネタリウム番組を 投影した。今回の番 組では 2012 年 5 月 21 日、大阪を含む日本の広い地域で観測できる金 環日食の 話題 を取り上げて、日食とは何か、大 阪ではどんな具合に見えるのか、どのように観 測したらいいのか、と いう点について解説 した。特に大阪 での状況をプラネタリウムホールにてシミュレーションすることで、具体 的な見え方について、あらかじめ体験 できるようにした。本稿では番組制 作に当たってのコンセプト、制 作 した番組の内容、および番組 中で使 用した画像 処理、映 像処理の手 法について報告する。 1.はじめに 状態である訳ではない。だんだんと欠 けていき、やがて 2012 年 3 月 1 日より 5 月 27 日まで、「神秘の太陽 金 環 となり、またもとの姿にもどっていくという一連 の過 金 環 日 食 」と題 したプラネタリウム番 組の投影 を行 った。 程に置いて、どこを見 ればいいのか、その見どころを紹 2012 年 5 月 21 日、九州から関東にかけての日 本の広 介することにした。 い地 域 で、金 環 日 食 を見 ることができる。大 阪 で金 環 また、日食の観察方法についても一般に知られてい 日食を見られるのは 282 年ぶりということで、一般にも るとは言 えないことから、その方 法 について 伝 えること 大きな話題 となっている。これは天文 普 及のためにも、 に重 点を置いた。特に金 環の状 態になっても、太 陽 は またとないチャンスである。一方、日 食の観測は太陽を まぶしくて見えないということは、多 くの方が 理 解 してい 見ることであるから正しい観測 方法が必要となる。 ないと思われる部分である。 そこでこのプログラムでは、日 食 とは何 か、大 阪では こうした実 際 の観 測 方 法 に加 え、日 食 とは何 か、ど どんな具 合に見 えるのか、どのように観 測 したらいいの のような原 理 で起 こるのか、ということを説 明 することで、 か、という内容を中心に、番組を制作した。 天文学に関する知識の普及を行った。 以 下 において番 組 制 作 に当 たってのコンセプト、お 以下に、今回の番組の構成を示す。 よび制作した番組の内容について報告する。 3.番組の構 成 2.番組コンセプト 番組の構成は、次のように主に 7 つのパートに分け 今 回 の番 組 は、通 常 行 っている一 般 的 な天 文 学 に て作成した。()内は、作成した sft ファイルの名称であ 関する知 識の普 及という番 組とはやや趣が違い、5 月 る。 21 日に起こる金環日 食を紹介するという点 を主 な内容 ○イントロ(intro.sft) とする事前告知型の番組である。 導入として、5 月 21 日、大 阪での日の出の様子を紹 番 組 では特 に プラネタリウムの特 性 を生 かして、大 介 する。科 学 館 から見 える風 景 を周 辺 に出 し、普 段 と 阪での状況をプラネタリウムホールにてシミュレーション は違う形の太陽が昇ってくる様 子を投 影することで、間 することで、具 体的 な見 え方について、あらかじめ体験 もなく大阪で見ることができるという期待を高める。 できるようにすることに重点を置いた。 ○過去の日食(review.sft) 日食は 2 時間半ほどの現象であるが、ずっと金 環の 過 去にも日 食が大変 話 題になったことを思い出して もらうため、2009 年の大阪であった部分日食観 測会の * 様子を紹介する。 大阪 市 立 科学 館 事 業グループ e-mail:[email protected] この時 は夏 休 みということもあって、科 学 館 には -1- 江越 航 5000 人 ものお客 さんが来 られた。このとき大 阪 で見 ら 明を行う。 れたのは部 分 日 食 であったが、南 西 諸 島 の方 では皆 ○マドリッド(madrid.sft) 既 日 食 となった。ここで、日 食 には部 分 日 食 、皆 既 日 大 阪 での金 環 日 食 の様 子 は あくまでシミュレーショ 食、そして今回の金環 日食という 3 種類があることを説 ンであることから、実際の金環日食の例として、 明する。 Live!UNIVERSE プロジェクトによって撮影された 2005 さらに、金 環 日 食 が大 変 珍 しい現 象 であることを示 年 のスペイン・マドリッドで起 こった 金 環 日 食 の様 子 を、 すため、前回大阪 であった金環日 食についても触れる。 全天に投影する。 前 回 、大 阪 で金 環 日 食 を見 ることができたのは、享 保 この投 影 を通 して、たとえ金 環 日 食 といえども 太 陽 15 年(1730 年)6 月 1 日と、今から 282 年 前のことであ はまぶしく、直 接 目 では見 ることができないことを説 明 った。さらに今回を逃すと、次回は 300 年後、2312 年 する。 までないことを触れる。 ○観測方法(observe.sft) ○日食の原理(principle.sft) 今 回 の金 環 日 食 をどのようにして観 察 したらいいの どのようにして日食が起こるのか、その原理について か、具 体 的 にその方 法 をビデオで撮 影 した 映 像 を用 解 説 する。全 天 周 映 像 のライブラリーの映 像 を使 用 し いて説明する。 て、日 食 が起 こった際 、視 点 を変 えて宇 宙 から見 てみ まず、日 食 観 察 用 めがねを使 う方 法 として、実 際 に ると、実は月が太 陽を隠 していることが日食の起 こる原 使っている様 子、日食めがね通して見 るとどのように太 因であることを説明する。 陽 が見えるのか、どうしたら手に入 れられるのかを説 明 そして月 は一 ヶ月 に一 回 、地 球 の回 りを周 っている する。 ことを示 す。そのため月が太 陽 と同 じ方 向に来ることが 次に日食めがねを使わない方法として、木漏 れ日を あり、場 合によっては太 陽-月-地球が一直 線 になっ 見 る方 法 を紹 介 する。普 段 の木 漏 れ日 とともに、日 食 て、地 球 に影 が落 ちる、これが日 食 であるということを の際 の木 漏 れ日 を示 して、影 の形 が変 わることを説 明 説明する。 する。 地球に落ちる影の様子は、2009 年の日食の際 に気 さらに、ピンホール方 式 として人 工 的 に木 漏 れ日 を 象 衛 星 「ひまわり」が撮 影 した、地 球 の上 を 月 の影 が 作 る方 法 についても紹 介 する。この方 法 は、実際 にや 横切っていく映像を使いながら解説する。 ってみないと分 かりにくいことから、ざるやテレホンカー そして、金環日 食と皆既 日食の違いについて、地球 ドで影を作っている様子を動画 で紹介する。 と月 の距 離が変 化 するため、月の見 かけの大 きさが変 また、簡 単 な工 作 ということで、筒 を使 ってピンホー わることが原 因 であることを、CG で月の位 置 を変 化 さ ルの像を見やすくする方法についても紹介する。 せながら解説する。 最 後 に観 察 の際 の注 意 事 項 として、太 陽 を直 接 見 ○大阪シミュレーション(simulation.sft) ないこと、 日 食 めがね以 外 のものを 使 わないこと等 に 今回のプラネタリウムのメインパートとして、大 阪 で見 関する注意喚起をする。 ることができる日 食 の様 子 を見 どころとと もに詳 しく紹 ○エンディング(ending.sft) 介する。 最 後 にもう一 度 復 習 ということで、クレジットとともに 最 初 の見 どころとして、欠 け始 めに注 目 してもらう。 大 阪 でのシミュレーションの様 子 をもう一 度投 影してエ 大阪での欠け始めの時刻は 6 時 17 分で、太 陽 に向か ンディングとする。 って右上の方から欠け始める。 時 間 が経 つにつれてだんだんと太 陽 が欠 けてくる。 4.過去の金 環日 食 そのため、太陽からの光がさえぎられることになるため、 前 回 、大 阪 で見 ることができた金 環 日 食 は、今 から あたりも少し暗くなってくる。そこで 2 番目のみどころと 282 年前の享 保 15 年 6 月 1 日(1730 年 7 月 15 日) して、周りの雰囲気にも注目 してもらう。この時、映 像の である 。 この 時 の 日 食 が 記 録 されてい る 資 料 と して、 明るさをやや落とすことで、その雰囲気を出 している。 「寛政暦書」がある。 そして一 番 の見 どころとして、ベイリービーズについ 「寛 政 暦 書 」巻 三 十 三 の三 丁 裏 には「享 保 十 五 年 て触 れる。ベイリービーズとは、金 環 日 食 になる瞬 間 、 庚 戌 六 月 戊 戌 朔 」「於 京 師 所 見 金 環 食 」という記 述 が 月 の谷の部 分から太陽の光がもれてきて、光の点 がビ あり、京都に於いて金環食が見えたことが分かる。 ーズのように連 なって見 える現 象 のことである。 CG で 「寛 政 暦 書 」の原 本は国 立 天 文台 三 鷹 図 書 室に保 ベイリービーズを再 現 し、 これに国 立 天 文 台 が撮 影 し 存 されている。今 回 、プラネタリウム番 組 制 作 にあたっ た実際のベイリービーズの写真と、JAXA の「かぐや」が て、前回の大阪での日食が 282 年前にあったということ 撮影した凸凹した月の写真を合わせて投影 しながら説 を示すため、該当ページの画像を天文台から入 手して、 -2- プラネタリウム投影プログラム「神秘の太陽 金環日食」制作報告 プラネタリウム番組 中で投影 した。 5.シミュレーション 今 回 のプラネタリウム番 組 のハイライトとなる金 環 日 食のシミュレーションは、通 常のバーチャリウムの太陽・ 月を表 示する機 能を使うことでは再 現することができな い。これは、プラネタリウムでは、太 陽 ・月 を 実 際 よりも 大 きく投 影 しているためである。もし見 かけの大 きさで 投 影 したのでは、大 変 小 さく見 えてしまうため、観 客 に よく分 からないものになってしまう。太 陽 、月 の大 きさを 見 かけより大 きく投 影 していることから、該 当 する時 刻 の太陽・月を投影 してみると、まだ欠けていないのに欠 写 真 2 ベイリービーズのシミュレーション けて表 示 されるなど、実 際 とは異 なった姿になってしま うことになる。 7.スペインでの金 環日 食 そこで今回は、円盤 状の太 陽・月のモデルを作成 し、 スペイン・マドリッドの画 像は、Live!UNIVERSE プロ 太 陽 を実 際 の時 刻 に合 わせて移 動 させつつ、月 を太 ジェクトによって撮 影 された画 像 を利 用 した。このプロ 陽 の位 置 に対 して相 対 的 に表 示 させることにより、金 ジェクトは、天 文・宇 宙科 学に関 する様々な現 象を、ネ 環日食の様子を再現 した。 ットワークを通じて広く世界に紹 介しているもので、ハイ なお、このプログラミングの実 際の作 業については、 ビジョン映 像 や全 天 周 動 画 など種 々の最 新 の映 像 技 飯山学芸員にお願いした。 術を用いて、中継を行っている。 今回プラネタリウムで使用したのは 2005 年に撮 影さ れた写真であるが、この時に撮影 された全 天画 像は全 周 魚 眼 ではなく、対 角 魚 眼 で撮 影 されたものとなって いる。そのためこのままドームに投 影 すると、前 後 に穴 が開 いたような映 像 になってしまう。そこで、画 像 全 体 を前方向に 20 度傾け、前面から上 方向に画像 が来る ようにして、画 像 がない部 分 が後 ろ側 になるようにして 投影した。 8.観察方 法 今 回のプラネタリウム中では、金 環 日 食の観 察方 法 として、日 食 観 察 用 めがねを使 用 している様 子 や、ピ ンホール方 式 で影 をつくる方 法 を紹 介 した。これは静 止 画 ではなかなか伝わりにくいことから、実際 に観 察 し ている様 子 をビデオカメラで撮 影 した。使 用 機 材 はデ ジ タ ル ハ イ ビ ジ ョ ン ビ デ オ カ メ ラ レ コ ー ダ ー SONY 写 真 1 金環 日 食 シミュレーション HDR-XR520V である。 撮影した動画の処理は、Adobe after effects CS5 を 6.ベイリービーズ 使 用 して、必 要 部 分 の切 り出 し、つなぎ合 わせ、拡 大 金 環 日 食 の最 大 の見 所 として、ベイリービーズが上 等の画像処理を行った。 げられる。これを説 明 するために、上 記 で使 用 した太 陽・月のモデルを使用した。 9.プログラミング上のテクニック ベイリービーズの説 明 のためには、月の円 盤 状のモ 9-1.周りの風景 デルにおいて、さらにモデルの周 辺 部 を、手 作 業 によ 日 食 のシミュレーションの際 、周 りの風 景 として、科 りギザギサしたものに変 更 した。これを太 陽 のモデルと 学館周辺の風景を 180 度全 周に投影した。このための 重 ねることで、重 なった瞬 間に月 の隙 間 から光が数 珠 画像は、科 学 館の屋上より、通 常のコンパクトデジタル 繋ぎに連なっている様子を再現した。 カメラを使 用 して、少 しずつ重 なるように撮 影 したもの である。 -3- 江越 航 こ の 画 像 を パ ノ ラ マ 写 真 に す る に は 、 Photoshop 表 示 する。この際 、太 陽 ・地 球 と月 は、別 のダミーオブ CS5 の Photomerge 機能を利用した。 ジェクトに配 置 し、月 が乗 っているオブジェクト全 体 を またこの際 、一 部 映 って欲 しくない看 板 等 について 地球の位 置が中心になるよう回 転させるという手 法をと は、Phoshop の「塗りつぶし」機能において、オプション った。これにより、月 が地 球 の周 りを回 るような映 像 を で「コンテンツに応 じる」を選 択 することで、周 りの風 景 表示させている。 に違和感なく消去することができる。 さらに、プラネタリウムの投 影 の際 には、パノラマ写 10.おわりに 真 の空 の部 分 を透 明 化 する処 理 を行 い、日 の出 の際 、 今回、大阪では 282 年ぶりとなる金環日食を取 り上 建 物 の間 から太 陽 が昇 ってくる様 子 を再 現 できるよう げる番 組 を制 作 した。各 方 面 で今 回 の日 食 が取 り上 にした。 げられていることから、時 期 が近 づくにつれて、一 般 の 関心も高まってきたようである。 9-2.月の軌道 今 回 のプラネタリウムでは実 際に大 阪 で見 える様 子 日 食 の原 理 を説 明 するため、太 陽 -月 -地 球 を表 をシミュレーションしたということで、実 際 の見 え方 をあ 示 して、月 が地 球 の回 りを周っていることを表 現したい。 らかじめ体 験できるものになったのではないかと考 えて しかし、バーチャリウムに最 初 からある機 能 を利 用 して いる。 表 示 させた場 合 、地 球 を固 定 して時 間 を進 めていくと、 確 かに月 は地 球 を回 るように動 くが、同 時 に太陽 の位 一 方 、太 陽 の観 察 は危 険 を伴 うことから、正 しい観 察方法について普及することも重要 な事項である。 置 も変 化 してしまう。そのため、太 陽 、地 球 を固 定 して 天 文 学 に関 してこのように関 心 が高 まる現 象 が 起 こ 月 だけを地 球 の周 りを回 るように表 示 させることができ ることは、普及活 動においても大 きな機 会である。今後 ない。また、月 が一 周 する間 に時 間 も一 ヶ月 過 ぎるた もより分 かりやすい投 影 手 法 について検 討 していきた め、地球は大変高速に自転して表示 される。 いと考えている。 そこで、太陽 ・月・地球はモデルとして適 当な位 置に -4-
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