米国のシリア「戦費」を考える - みずほ総合研究所

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米 州
2013 年 9 月 10 日
米国のシリア「戦費」を考える
政策調査部
短期・限定的ならば財政への影響は軽微
03-3591-1307
部長
安井明彦
[email protected]
○ 米国がシリアに対する軍事介入に踏み切ったとしても、オバマ政権が主張するように作戦が短期・
限定的である場合には、米国財政に与える影響は軽微にとどまる見込み
○ 論点があるとすれば、強制削減の取り扱い等の財政協議に与える余波や、議会が戦費の手当てを手
がかりに政府の行動を制限しようとする可能性など、主に政治的な影響か
○ もちろん、軍事介入が拡大・長期化すれば、現在の想定よりも戦費が大きく膨らむ可能性は否定で
きない
1.短期・限定作戦の「戦費」は 10 億ドル程度?
米国のシリアに対する軍事介入を巡る状況が緊迫化している。米国ではオバマ大統領が議会に軍事
介入の承認を求めており、現地時間の9月10日にはテレビ放送で国民に向けて介入への支持を呼びかけ
る予定である。現時点では介入への国民の支持は必ずしも高くなく、議会審議の行方も流動的である。
米国が軍事介入に踏み切った場合の財政への影響は、オバマ政権が主張するように作戦が短期・限
定的である場合には、それほど大きくはならないとの見方が優勢である。具体的には、今回のシリア
介入に関する戦費は、「多く見積もっても10億ドル前後」と見られているようだ1。最近の米国の国防
予算は、年間6,000億ドルを超えている。現時点
では作戦の内容は明らかにされておらず、厳密
図表1
軍事介入の戦費(実質値)
な戦費の見積もりは不可能だが2、この程度の戦
費であれば、その存在感は極めて小さい。
コソボ('99)
シリアでの戦費を見積もる際には、過去の限
ボスニア
('94-'97)
定的な軍事介入が参考とされている(図表1)。
20億ドル(2014年度価格、以下同じ)を超える
リビア('11)
戦費を要したコソボ、ボスニアのような大規模
な作戦もあるが、シリアについては現時点では
イラク('99)
そこまでの行動は想定されていない。むしろ、
2011年のリビアでの作戦(約12億ドル)や、対
0
10
20
30
(億ドル)
(注)2014 年度価格。括弧内は費用が計上された財政年度。
(資料)議会調査局、国防省資料等により作成。
テロ戦争に先立つ1998年のイラク限定空爆(約2
億ドル)3が、目安となる作戦とされている。
1
10億ドル前後の戦費であれば、予算運営上の論点も、それほど大きくならない見込みである。この
程度の戦費であれば、補正予算を編成する必要は生じず、既存の装備や予算の枠内でやり繰りが可能
になると考えられるからだ。実際に、2011年のリビアでの作戦については、補正予算に頼らずに、既
存予算内で処理されている。
現在設けられている歳出に対する上限も、それ自体が戦費捻出の障害になるとは限らない。仮に補
正予算が必要とされた場合でも、戦費を法律上で「緊急」費用と認定すれば、該当する金額の分だけ
歳出上限は引き上げられる仕組みになっている4。ブッシュ前政権の時代に遡れば、米国では補正予算
による戦費の手当ては珍しくない。2000年度以降に実施された補正予算では、予算総額(累計)の7
割弱が国防費に充当されている(図表2)5。
2.むしろ当面の論点は政治的な余波
シリアでの戦費に関して論点があるとすれば、財政への直接的な影響というよりも、その政治的な
余波かもしれない。
たとえば、今後の財政協議への影響である。米国では、2014年度予算の作成、強制歳出削減への対
応、そして、法定債務上限の引き上げといった財政問題への対応が、喫緊の課題となっている6。シリ
ア情勢への対応によって議会スケジュールが一層過密になれば、とりあえず財政問題については暫定
予算などで解決を先送りしようとする力学が強まる可能性がある。また、とくに国防予算については、
シリアでの戦費の必要性を議論することにあわせて、現状の厳しい歳出上限自体を見直そうとする動
きも指摘されている7。その一方で、シリア問題を契機にオバマ大統領の求心力が低下し、さらに財政
協議の先行きが不透明となる可能性も否定はできない。
シリアへの軍事介入に関しては、戦費の手当てを手がかりとして、オバマ政権による軍事行動を制
限しようとする動きが議会で発生する可能性がある。政府に予算の利用を認める権限は、議会が政府
の行動を縛る有力な道具だからである。実際に、ベトナム戦争の当時には、特定の地域での戦闘に対
して予算の利用を禁じる条項が、補正予算など
図表2
に盛り込まれた経緯がある。この他、アンゴラ
(1970年代)、ニカラグア(1980年代)、ソマ
補正予算の推移
(億ドル)
2,500
非国防費
リア(1990年代)に関しても、やはり議会が予
算措置を通じて政府による軍事行動を制限して
2,000
いる8。最近では、2011年のリビアへの軍事介入
1,500
についても、議会では軍事介入への予算の利用
国防費
1,000
を禁止する法案が提出された9。一旦は議会がシ
リアへの軍事介入を認めた場合でも、その後の
500
軍事行動が当初の想定よりも拡大・長期化すれ
0
2000
ば、戦費の手当てを通じて政権の行動を制限し
ようとする動きが発生しやすくなろう。
02
04
06
(資料)議会予算局資料により作成。
2
08
10
12
(年度)
3.リスクは作戦の拡大・長期化
想定される戦費の規模が小さいこともあり、現在の米国でシリアへの軍事介入が論じられる際には、
財政面からの制約はほとんど懸念材料になっていない模様である10。今後、財政面での問題が大きく
なるとすれば、軍事介入が当初の想定よりも拡大・長期化した場合であろう。
シリアへの軍事介入については、より多額の戦費が必要となるシナリオも存在している。2013年7
月にデンプシー統合参謀本部議長は、シリアへの軍事介入に関する5つのシナリオを議会に提示して
いる11。ここで示された選択肢には、月額で10億ドルを超える戦費を必要とする作戦が含まれていた
(図表3)。このデンプシー議長の試算では、オバマ政権が問題とする化学兵器に関しても、陸上部隊
の投入などを交えて制圧を目指す場合には、月額で10億ドルを超える戦費が必要になると指摘されて
いる。さらにブルッキングス研究所では、政権転覆を目指した軍事介入となれば、年間2,000~3,000
億ドルの戦費が発生するとしている12。
米国は、ようやく同国の歴史上で二番目に巨額の戦費を投じた戦争(対テロ戦争)を終えようとし
ている段階にある(図表4)。その対テロ戦争では、開戦当初は500~600億ドル程度の戦費に止まると
されていたにもかかわらず、結果的には1兆ドルを超える戦費を投入する結果となった13。米国財政は
必ずしも逼迫した状況ではないが、今後の展開次第では戦費の膨張に対する懸念が高まる可能性が指
摘できよう。
図表3
シリア戦費に関する試算
① 反対派勢力支援
図表4
米国の主要な戦費(実質値)
第二次大戦
5億ドル/年
対テロ戦争
② 限定爆撃
③ 飛行禁止区域の設定
数10億ドル
ベトナム戦争
当初5億ドル
以降10億ドル/月
朝鮮戦争
第一次大戦
④ 安全区域の設定
10億ドル超/月
湾岸戦争
⑤ 化学兵器制圧
10億ドル超/月
0
1
2
3
4
5
(兆ドル)
(資料)国防省資料により作成。
(注)2011 年度価格。対テロ戦争は 2001~10 年度分。
(資料)議会調査局資料により作成。
1
報道等によれば、アメリカン大学の Gordon Adams は 1 億ドル(Erik Wasson and Jeremy Herb, “Some See Syria as
Edge for Obama in Fiscal Showdown”, The Hill, August 31, 2013)、Committee for Responsible Federal Budget は
数億~5 億ドル程度(Committee for Responsible Federal Budget, The Potential Budgetary Effect on Military Action
in Syria, September 5, 2013)、Center for Strategic and Budgetary Assessments の Todd Harrison は 5~10 億ド
ル程度(Kristina Wong, “Any Long Syrian Operation Likely to Run Into Spending Issues”, The Washington Times,
September 3, 2013)とみている。
3
2
議会予算局(CBO)では、シリアへの軍事介入を認める議会決議案について、「政権が介入権限をどのように行使
するかを明らかにしておらず、財政への影響を試算する根拠がない」としている(Congressional Budget Office, S.J.
Res. 21, a Joint Resolution for the Authorization for the Use of Military Force Against the Government of Syria
to Respond to Use of Chemical Weapons, September 9, 2013)。
3
Operation Desert Fox
歳出上限の根拠法である Budget Control Act では、
「緊急」という言葉を定義(予期しない事態への対応であること
等)しているが、議会調査局(CRS)の解釈では、歳出上限の引き上げに関する「緊急」費用の認定は、直接的には
こうした定義には縛られておらず、あくまでも法律で「緊急」とするかどうかに左右されるという(Bill Heniff Jr.,
Elizabeth Rybicki and Shannon M. Mahan, The Budget Control Act of 2011, Congressional Research Service, August
19, 2011)。
5
ただし、ここでの国防費には、ハリケーン・カトリーナなどの災害対応に関する費用の一部が含まれている。
6
安井明彦、
「米財政「秋の陣」に漂う暗雲~描かれていない混乱回避への道筋~」
、みずほ総合研究所『みずほインサ
イト』、2013 年 8 月 5 日
7
戦費については「緊急」費用とすることで相当額分だけ歳出上限が引き上げられるが、国防費の総額が歳出上限を上
回った場合には、戦費も強制歳出削減の対象になり得るという(Jeremy M. Sharp and Christopher M. Blanchard,
Possible U.S. Intervention in Syria: Issues for Congress, Congressional Research Service, September 3, 2013)。
なお、国防予算に関する動向については、安井明彦、「歳出削減に追われる米国防予算~後手に回る戦略的な対応~」、
みずほ総合研究所『みずほインサイト』、2013 年 8 月 28 日を参照
8
Jennifer K. Else, Michael John Garcia and Thomas J. Nicola, Congressional Authority to Limit Military
Operations, Congressional Research Service, February 19, 2013
9
Christopher M. Blanchard, Libya: Unrest and U.S. Policy, Congressional Research Service, July 6, 2011
10
Cheryl Bolen, “Military Strike Against Syria Could Restart Sequester Debate”, BNA, September 4, 2013
11
レビン上院軍事委員会委員長宛書簡(2013 年 7 月 19 日付)
。
12
Daniel Byman, Michael Doran, Kenneth Pollack, and Salman Shaikh, “Saving Syria: Assessing Options
for Regime Change”, MIDDLE EAST memo, Saban Center at Brookings, March, 2012
13
安井明彦、「混迷するイラク情勢と米財政~予想を上回る戦費負担と政治的インパクト~」、みずほ総合研究所『み
ずほ米州インサイト』
、2005 年 8 月 31 日
4
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