モンゴル国の地表水 - RAISE - 筑波大学

第5章 モンゴル国の地表水
5章
90°
第
モンゴル国の地表水
95°
100°
105°
115°
120°
35
0
50°
50°
SURFACE WATER OF MONGOLIA
ゴンボ・ダワー(モンゴル国気象学・水文学研究所水文学セクション)
110°
250
350
200
10
150
0
45°
45°
50
ダムバラブジャー・オユンバータル(モンゴル国気象学・水文学研究所水文学セクション)
杉田倫明(筑波大学大学院生命環境科学研究科)
Abstract
Mongolia receives very limited precipitation with an annual mean value ranging from <50 mm in the
southern part to 400 mm in the northern area, and some 70-90 % of the precipitated water evaporates
back into the atmosphere. As a result, a low discharge of the order of 0.1-1 mm/day is common in most
rivers. Also flow regime is not ver y stable and changes a lot depending on location, season, and year.
Seasonal variability is more predominant in rivers in Asian Internal Basin, while those in Pacific Ocean and
Arctic Ocean Basins show somewhat more stable regime. Three types of long-term trend of river flows—
(i) decrease, (ii) increase and (iii) no change—can be found in Mongolian rivers. The exact cause(s) of
these trends is (are) not yet clear, but human activities and recovery from the past human activities in
combination with global climatic change are suspected as possible reasons. The water quality of rivers
has been classified with the water quality index. Most rivers are still very clear, although some rivers near
cities, larger villages and mines are with polluted water.
90°
95°
100°
105°
110°
115°
120°
図1 年平均降水量(1993 ~ 2001 年の平均)の分布(単位は mm/year)
90°
P/PE
95°
100°
105°
110°
115°
50°
120°
50°
45°
45°
Keywords: aridity, river, water resources
1.降水と蒸発
モンゴルの年間降水量は P=250-400 mm 程度であり(図1)、その 60%以上は夏期に降る。
一般的に、北部で降水量が多く、南に下がるにつれて減少する。ゴビ地域では、年間降水量は、
高々 50 mm/ 年にしかならないが、北部地域では 350 mm/ 年以上になる地域も見られる。降水
90°
95°
100°
105°
110°
115°
1.0
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0.0
120°
図 2 乾燥指数(= 降水量 / 可能蒸発散量)の分布
降水量は 1993 年から 2001 年の平均値、可能蒸発散量はペンマン法により ISLSCP Initiative I data set(Sellers et al., 1995)の 1998
年のデータを用いて算出したものである(杉田,2003)
量がこのような水平分布をしているため、モンゴルでは北部の森林から南に行くに従いステップ
草原、砂漠へと変わる植生変遷域が形成されている。降水量と河川流量を使用した水収支の研究
(例えば、Batinaand Dagvadorj, 2000; 杉田,2003)によれば、降水として降った雨の平均 70 ~
90%が蒸発として地表面から大気に戻っていき、残りが地下水や河川水を涵養していることが示
されている。可能蒸発量として示される大気の蒸発の要求量が非常に大きいため、降雨のほとん
どが地表に到達するとすぐにまた蒸発してしまうからである。このことは、可能蒸発量に対する
降水量の割合として示される乾燥指数の分布(図2)を見るとよくわかる。一般的にモンゴル全
体、特に南部で乾燥が激しい。
2.水資源
モンゴルの1年あたりの水資源総量は 599 km3 と推定されており、その内訳は湖水が 500
km3、氷河が 62.9 km3 である(図3)。全水資源のわずか 5.8%(34.6 km3)が地表水であり、流
出の成分分離の研究結果によると、2.1%が基底流、3.7%が直接流出および融雪から来ている。
なお、34.6 km3 の値は、モンゴル国内からの流出量 30.6 km3 とロシア、中国から流入する 4 km3
42
モンゴル環境ハンドブック06.indd
図3 モンゴル国の地表水の水資源量の内訳
43
42-43
2007/01/22
10:57:24
図1 年平均降水量(1993 ~ 2001 年の平均)の分布(単位は mm/year)
第5章 モンゴル国の地表水
からなる。比較的短い時間で再涵養されるような更新可能な地下水の量は 10.8 km3 と推定され
方では、モンゴル国で発生した河川流出の 60%はロシアと中国に流下し、40%のみがゴビ地域
てきた(Jadambaa, 2002)。地表水と地下水は量的には少ないが、特に農業、牧畜、工業や家庭
の湖沼へ流入したり地下水の帯水層を涵養するのに使われている。
内の水利用においてきわめて重要な役割を果たしている。例えば、モンゴル国の全人口の 31%
ハンガイ、フブスグル、ヘンティ山脈から流れ出る河川流は主に降水起源(年流出量の
は主な水源が地下水である水道から水を得ており、25%がやはり主に地下水起源の水を詰めた移
56-75%)であり、アルタイ山脈から流れ出る河川水は主に融雪水起源(50 ~ 70%)、その他の
動式タンク供給により水を得ている。36%は直接井戸から、10%が河川から水を得ている(Batima
河川からの流出水は融雪、降水そして地下水起源である(Myagmarjav and Davaa, 1999)。この
and Dagvadoji, 2000)。1996 年における地下水(80%)と地表水(20%)からの水取得量は 0.4
ことは、実際の流出成分は時間と場所によって変化することを示している。降水に伴う河川流量
km3 でありその 25.2%が家庭内で、25.8%が産業に、34.6%が牧畜に、7.9%は灌漑に、そして 6.5%
の季節変化の2例を図6に示してある。モンゴル国全体で全年流出量のうちの地下水によって維
がその他の目的に使われた(Myagmarjav and Davaa, 1999)。
持されている基底流成分の占める割合は 15 ~ 40%、平均で 36.1%と推定されている(Myagmarjav
and Davaa, 1999)。
3.河川水のモニタリング
河川と湖水のモニタリングは 1900 年代初期に開始され、現在ではモンゴル国の主たる 75 の河
川と 12 の湖沼において 120 の流量観測測定ステーションが運用中である。また、142 のステーショ
ンでは水のサンプル採集を時々行い、その化学的な検査を行っている(図4)。シベリアのタイ
ガ林からモンゴルの砂漠までに広範囲にわたるモンゴルの河川流域の生態系システムは、その生
物多様性で知られている。タイガ林はハンガイ山脈やフブスグル山脈地域に存在する。64 のス
テーションではまた、プランクトンや底生生物のサンプルが時々採取され、生物学的なモニタリ
ングや定量的な分析が行われている。
4.河川流の特性
モンゴル国には約 4113 の河川が総延長 67,000 km にわたって存在し、その平均水系密度は 0.05
km/km2 である。これらの河川は中央アジアの高山山脈に発し、北極海流域(AOB)、太平洋流
域(POB)、そしてアジア内陸流域(AIB)の3つの主要流域を流下する(図4・図5)。別の見
図5 水資源量の割合と 3 大流域の面積の占める割合
Precipitation (mm/day)
3大流域の流域界は図4に示されている。
AOB
KHU
ORK
AIB
UB
UDH
Hydro station
Hydro station taking chemical samples
Hydro station taking biology samples
Lake
River
Watershed divide
River Discharge (m3/s)
POB
0
0
20
10
40
20
60
30
80
40
Underhaan
100
50
250
400
200
Ulaanbaatar
300
150
200
100
100
50
0
0
95/01
96/01
97/01
98/01
99/01
00/01
01/01
95/01
Year/Month
96/01
97/01
98/01
99/01
Year/Month
図4 モンゴル国における3大流域と水文モニターネットワーク
図6 モンゴル国の河川の流況の例
AOB:北極海流域、POB:太平洋流域、AIB:アジア内陸流域、UDH:ウンドルハン、UB:ウランバートル、ORK:オルホン、
KHU:フタグは図6、図9に示したステーションである。
ヘルレン川についてはウンドルハンの観測ステーションの流量と日降水量、トーラ川についてはウランバートルの値を示してある。地
点の位置は図 4 を参照のこと。図が示すように、ほとんどの降水と流出が年間の温暖期に起きていることがわかる。
44
モンゴル環境ハンドブック06.indd
45
44-45
2007/01/22
10:57:27
第5章 モンゴル国の地表水
観測の期間が場所により異なる 30 の水文ステーションで集められた長期河川流量データに基
な河川流を示している。そのような例としてブラジルのアマゾン川やタイ国のチャオプラヤ川を
づいて各ステーションの比流量 q が算出された。その分布によりモンゴル国は以下の4地域に分
示してある。対照的に、モンゴル国の河川ははるかに不安定であり、年間の約半分の期間は限ら
類できる(図7)。(i)比流量の範囲が 2<q<16ℓ/s/km2 の高い比流量地域、
(ii)0.5<q<2ℓ/s/km2
れた流量しかないことがわかる。これは、モンゴル国が乾燥地域にあり河川水が蒸発や地中への
2
の中間的な比流量地域、(iii)0.02<q<0.5ℓ/s/km の低い比流量地域。予想されるように、北部と
浸透により容易に失われること、また、冬季には河川が凍結し、流水がまったくあるいはほとん
西部地域は高い比流量地域にあたり、南部、東部に行くに従い、比流量が低い地域に属するよう
どないことによる。図8を見ると図4に示される3大流域ごとにいくらかの違いがあることがわ
になっている。このことはまた、モンゴル国の河川の流況曲線(図8)でも見ることができる。
かる。AOB や POB の河川は AIB の河川より安定している。このことはまたモンゴルの南部地
この曲線は、河川流域の流れの特性を表すようになっており、年間の日流出高を高い方から低い
域が非常に乾燥していることを示している。なお、流量は1日あたりの単位面積あたりの流出量
方に並べて図の左から右にプロットしたものである。平らな曲線は年間を通した安定して定常的
である mm/ 日単位で与えられていることに注意されたい。この単位を使っていることで、異な
る流域面積を持つ河川の比較ができるのである。モンゴル国の大河川の流出高の大きい値はチャ
オプラヤ川の値と同じくらいであるが、低い方の値は湿潤地域の河川の値よりも小さくなってい
る。
モンゴル国の河川はまた年々変化の大きな特質を持っている(図9)。これらの年々変化は
地球規模と地域規模の2つの起源で起こりうる。地球全体について見てみると、平均的には
この地域において降水が減少し気温が上昇していることが示されている(例えば Yatagai and
Yasunari, 1995)。しかし、変化の傾向は Batima and Dagvadorji(2000)の示すように地域や季
high flow region
節によって異なっている。図9は地域と対象とする年をどう設定するかで、増加傾向、減少傾向
medium flow region
low flow region
very low flow region
river
600
600
River Orkhon at Orkhon
図7 モンゴル国における表面流出量の分布
River Kherlen at Underhaan
1×10
2
1×10
1
Amazon (Brazil)
1×10
0
Discharge (mm/day)
Tone (Japan)
ChaoPhraya
(Thailand)
−1
1×10
−2
1×10
−3
1×10
Asian Internal Basin
Discharge ( ), Precipitation ( ), Evapolation (= - ), mm/year
河川の水系網が同時に示されている。
400
400
200
200
0
0
600
600
River Selenge at Khutag
River Tuul at Ulaanbaatar
400
400
200
200
Arctic Ocean Basin
Pacific Ocean Basin
−4
1×10
Outside Mongolia
0
0
1940
−5
1×10
0
100
Day
200
図8 モンゴル国の3大流域における流況曲線
同時に異なる気候下にある3河川の曲線を比較のために示してある。
46
モンゴル環境ハンドブック06.indd
300
1960
1980
2000
1940
1960
1980
2000
図9 モンゴル国の主たる河川の長期流量変化
河川の位置は図4に示してある。○はヘルレン川を除いて、流量観測地点で測定された年降水量 P(mm/year)を示している。ヘルレ
ン川流域については、ティーセン法による流域平均年降水量を示している。△は年流出高 Q(mm/year)を、●は流域年蒸発散量を
P-Q により推定した値(mm/year)を示している。回帰直線は降水量と流出高の長期変化傾向を示す。
47
46-47
2007/01/22
10:57:30
第5章 モンゴル国の地表水
の両方が現れることを示している。地域規模の原因には人間活動が含まれる。モンゴル国の河川
表1 選択した河川における流出特性の変化
におけるこのタイプの影響を見るために流域内の気象ステーションで測定された降水量の平均と
して与えられる流域平均降水量に対する水文ステーションで測定された流出高の割合として定義
降水量
No. 河川―ステーション名
人間活動の影響が増加している最近の期間である。この2つの期間について、流域蒸発散量を流
域平均降水量と流出量の差として求めた。
河川流出の変化は得られた流出係数の変化傾向から以下の 3 グループに分類できる(表1):
1.C の値が増加した流域
3.C の値が減少し、蒸発散が増加した流域
この結果は図 10 に示してある。同時に示してあるのは、2000 ~ 2002 年の最近 3 年間に干上がっ
た湖、河川、泉の位置である。変化傾向についてみると、地域ごとの差異は明確ではないようで
あり、このことは変化の原因が地域的なものであり、ひょっとするとそれに地球規模の原因が加
わったものかもしれないと考えることができよう。第 1 のグループにはウランバートル、バヤン
ゴル、ユロー、ビンデルなどの町や村の上流のトーラ川、ハラ川、ユロー川、オノン川、イデル
川、チョロート川、ツァガーンチョロート川、トゥイ川などの河川が含まれている。流出の増加
は、流域の荒廃や森林伐採に伴う表面粗度、蒸発散の減少によると疑われるが、現在の所、この
仮説を証明するデータや研究はないのが現状である。トーラ川とユロー川では蒸発散量の減少が
255.0
126
0.57
1975-2000
250.0
149
0.21
1950-1980
231.8
58.4
0.22
1981-1997
238.0
70.5
0.29
1971-1986
314.2
91
0.33
1987-1997
364.1
119.3
0.22
1971-1984
228.6
50.1
0.23
1985-1997
191.7
42.7
0.26
1977-1987
346.7
90.3
0.37
1988-1997
347.3
133.3
0.61
1959-1978
310.5
187.6
0.68
1979-2000
265.6
180.9
0.117 1951-1970
287.4
34.0
0.121 1971-2000
293.1
34.6
Tsagaanchuluut-
0.42
1983-1991
216.2
92.3
Galuut
0.53
1992-2000
221.4
122.1
0.29
1971-1984
214.5
61.6
0.31
1985-2000
241.0
75.8
Tuul-Ulaanbaatar
2
Delgermuren-Moron
3
Onon-Binder
4
Tui-Bayankhongor
5
Chuluut-Undur-Ulaan
6
Eroo-Eroo
7
Kharaa-Baruunharaa
8
9
Ider-Tosontsengel
0.07
-0.01
12 Orkhon-Kharkhorin
0.02
0.00
-0.10
0.04
13 Kherlen-Undurkhaan
-0.03
14 Ider-Zurkh
-0.08
0.01
0.36
15 Chigestei-Uliastai
0.11
-0.01
-0.02
16 Khovd-Ulgii
dried up springs
dried up rivers
dried up lakes
rivers
蒸発散量
(P-R)
mm/year
蒸発散量変
化,%
129.0
26.5
101.0
173.4
20.5
167.5
223.2
13.7
244.8
178.5
0.5
214.0
122.9
19.2
84.7
253.4
0.3
258.6
123.8
30.1
99.3
152.8
5.9
-3.41
9.68
-16.53
149.0
256.4
43.1
-21.7
165.2
-16.54
-31.1
2.0
-19.8
8.1
C 値が減少した河川
11 Ongi-Saikhan-Ovoo
0.01
R, mm/year mm
1945-1974
1
10 Ongi-Uyanga
0.11
dR,
C 値が上昇した河川
最も大きかった。トゥイ川やチョロート川でもやや大きな減少が認められ、デルゲルムルン川で
-0.02
P
0.49
2.C の値が変化しない流域。すなわち、人間活動の影響が無く、自然状態の流況、水資源が
保たれている流域。
期間
mm/year
される流出係数 C を 17 の河川について算出した。さらに、得られた C の値を各河川の流量記録
によって 2 つの期間に分類した。1つは乱されていない自然状態の比較的古い時期、もう1つは
C値
流出量
17 Khovd-Myangad
0.30
1973-1985
236.2
69.5
0.28
1986-1997
250.65
71.0
0.03
1970-1980
230.7
6.7
0.02
1981-1997
243.2
4.4
0.27
1973-1985
296.5
81.1
0.24
1986-1997
291.5
70.6
0.08
1959-1980
269.3
19.36
0.07
1981-1997
247.0
18.5
0.24
1960-1982
211.6
50.0
0.22
1983-2000
256.8
54.8
0.71
1952-1970
219.6
155.6
0.63
1971-1997
229.7
137.5
0.79
1961-1981
113.6
83.4
0.69
1982-1997
140.5
87.7
0.47
1966-1979
118.7
54.0
0.44
1980-1997
139.8
58.1
166.7
-4.3
179.6
224.0
-2.2
238.8
215.4
-7.6
220.9
249.9
-0.3
228.5
161.5
-6.8
202.0
64.0
-24.7
92.2
30.3
-22.7
52.8
64.8
-7.7
81.7
7.7
6.6
2.6
-8.6
25.0
44.1
74.4
26.1
dR は後期の期間に実際に観測された流出量 R と同期間について自然状態を仮定して推測された
流出量 ( =[ 前期のC 値 ]×[後期の降水量 P ]) の差
図 10 流出係数 C の変化と最近干上がった河川と泉の分布
白の四角に示された数字は増加傾向にある C の変化率、グレーの四角に示された数字は減少傾向にある C の変化率をそれぞれ示している。
48
モンゴル環境ハンドブック06.indd
49
48-49
2007/01/22
10:57:33
第5章 モンゴル国の地表水
は減少は小さかった。しかし、オノン川とイデル川ではわずかではあるが蒸発散の増加が認めら
6.洪水による被害
れた。流域内での森林の復活過程を表しているのかもしれない。
1940 年に組織的な観測が行われだして以来、モンゴル国の河川において、何度かの重大な洪
オルホン川のハラホリンより上流、オンギ川、ホブド川、チンゲステイ川、ヘルレン川の中流
水が観測され、物品や人的な被害をもたらした。これらの洪水による全被害額は 560 億トゥグル
部、そしてイデル川の下流部は蒸発散の増加が見られた第 3 のグループに属している。この変化
グ(Tg)と推定されてきた。 1996 年から 1999 年にあった約 18 の洪水では 54 名の死者と多数
は流域の土地荒廃からの復活や植生変化を表しているのかもしれない。しかし、流域内や河道近
の物品の被害を引き起こした。この被害額は 5 億 3 千 180 万 Tg と推定される。(なお、1 US ド
くの水力利用、灌漑のための水の取得、貯水池の建設、採鉱なども蒸発散や地表面の地形に影響
ルは 1991 年に 7.1 Tg, 1994 年に 40Tg, 1999 年に 1000Tg であった。)
を与える。例えば、オンギ川の上流での貯水池の建設や、オルホン川の河川水の水力発電や灌漑
への利用、オルホン川上流部での露天掘りによる集中的な金の採鉱などはすべて、河川の状態や
資源量に深刻な影響を与え、近年、河川水の損失量が増えたのである。
7.湖沼の環境
前述のように、全水資源量の 84%は湖沼に存在するので(図1)、モンゴル国は湖沼水の水
資源国と呼ばれてもよいかもしれない。このことは湖沼の適切な管理が必要であることを意味
5.水質
する。表面積 A が 1.0 km2 以上の湖は約 3060 存在する。その中で表面積が最大の湖はオブス湖
水質指数 Wqi は、Ci を i 番目の汚染物質濃度、Pli を i 番目の汚染物質の最大許容レベル、n
で表面積は 3518.3 km2 ある。容積や深さを基準にすると、フブスグル湖が最大の湖であり、モ
を汚染物質の数として、以下の式で推定されてきた。
ンゴル国の全淡水の 93.6%を保持している(表3, 表4)。全湖沼の 83.7%は A<1.0 km2 の小さ
(1)
Pli の値は国立標準局(1998)により汚染
表3 いくつかの湖沼の地形的な特徴
物質ごとに定められている。汚染物質とし
て容存酸素(DO)、生物化学的酸素要求量
(BOD)、化学的酸素要求量(COD)に加え、
アンモニウム、硝酸塩、亜硝酸塩などが加え
られてきている。モンゴル国全体について河
川水の水質を表 2 に基づいて分類した結果
が図 11 に示されている。
湖沼
表2 水質指標値による水質の区分
水質の区分
体積,
km3
平均水深
m
表面積 /
383.7
138.5
20.0
Khuvsugul
3518.3
35.7
10.1
98.6
Great
Lakes’
Hollow
1481.1
75.2
50.7
19.7
Great
Lakes’
水位
m
表面積
km2
Khuvsugul
1647.60
2770.0
Uvs
759.94
Khyargas
1035.29
水質の指標値
Very clean
< 0.3
Clean
0.3-0.9
Slightly polluted
0.9-2.5
Polluted
2.5-4.0
Very polluted
4.0-6.0
Dirty
6.0-10.0
Very dirty
>10.0
位置
平均水深
km2 /m
Hollow
Khar--Us
1160.08
1495.6
3.12
2.1
479.4
Great
Lakes
’
Khar
1134.08
565.2
2.34
4.1
137.8
Terkhiin
Tsagaan
2059.21
54.9
0.333
6.1
9.0
Khangai
Mountain
Buir
583.02
615.0
3.75
6.1
100.8
Eastern
Mongolian
Plain land
Boon
Tsagaan
1312.0
252
2.355
10
25.2
Valley of
Lakes
Adgiin
Tsagaan
1285
11.5
0.009
0.8
14.4
Valley of
Lakes
Orog
1217
140
0.42
3
46.7
Valley of
Lakes
Ulaan
1008
(175)
Dried up
-
-
Valley of
Lakes
Hollow
very clean
clean
slightly polluted
polluted
very polluted
dirty
very dirty
river
lakes
図 11 水質指数により分類された河川水質の区分
区分の基準は表2に示している。
50
モンゴル環境ハンドブック06.indd
Great
Lakes’
Hollow
51
50-51
2007/01/22
10:57:36
第5章 モンゴル国の地表水
ツィン=ツァガーン、アダギイン=ツァガーン、オラーンなどの湖の谷にある中規模の湖のほと
表4 いくつかの湖沼の水収支
地表面での流入
湖沼
降水
表面流
Khuvsugul
269.0
Uvs
地表面での流出
地下水の流入
量-流出量
んどは 11 ~ 12 年に1~2回の割合で干上がってしまう。この時には何百万もの魚類、水生の動
滞留時間
years
蒸発
表面流
408.1
665.0
187.0
+175.0
162.6
96.6
395.4
689
0
+197.0
14.7
Khyargas
55.9
652.4
937.1
0
+228.8
54.2
モンゴル国内の地理的な特色により湖沼の幅広い生態学的な特徴が生まれている。高山地域に
Khar- -Us
56.4
1979.2
942.7
675.3
-417.6
1.1
Khar
54.0
1786.9
1117.8
1287.9
+564.8
1.7
ある湖の水は、低温でミネラル含有率が低く、溶存酸素が過飽和状態にある。ここでは、水生植
Terkhiin
Tsagaan
237.2
7574.3
504.2
7307.8
0.0
0.8
Buir
250.0
1394.7
860.0
1472.7
+687.7
2.6
植物が干上がる湖の所々に残される塩分の濃縮した水たまりで死んでしまう生態学的な悲劇が生
じる。
物や生物の生育を制限する主たる要因は栄養分の不足と低温である。高山地域から森林、森林ス
テップ、乾燥ステップ地域への変遷地帯では、熱エネルギーの増加に伴って湖水の養分も増えて
くる。その結果、生物の多様性も増加する。ゴビ砂漠地域では、熱エネルギーの供給が非常に多
水収支量の単位:mm/year
く、蒸発量が多くなり、溶存酸素の不足による湖水成分の変質が生じる結果、生物多様性は減少
している。この様な地域特有な生態学的な特色があるため、その保全のためにはその地域に最適
90°E
化された方法や資源管理が必要なのである。
100°E
8.氷河
Great Lakes’Hollow
氷河は年平均気温-8˚C、年降水量約 380 mm の標高 2750 m 以上に存在する(Baast, 1999)。
50°N
50°N
モンゴル国内では、北緯 46˚ 25’
から 50˚ 50’
, 東経 87˚ 40’
から 100˚ 50’
、標高 2750 から 4374 m の
地域に分布する(図 12)。水平分布は均一ではなく、北西から南東に向かって減少している。全
体として 262 の氷河が存在しその総面積は 659 km2 ある(Dashdeleg et al., 1983)。その中で最
大の氷河谷であるアルタイ=タバン=ボグトにあるポターニンの氷河の表面積は 62.7 km2 に達
する(Dashdeleg et al., 1983)。モンゴル国の氷河の厚さの平均は 55.8 m と推定され、水資源量
としては 62.6 km3 である(Dashdeleg et al., 1983)。1945 年から 1985 年の 40 年間の間に、氷河
面積は6%減少した(Baast, 1999)。
glacier
Valley of Lakes
lake
river network
ラブ、タバンボクドの氷河面積は、1940 年代にまとめられた 1:100,000 の縮尺の地形図からそ
center of province
province border
90°E
過去数十年の間に氷河の後退は加速してきた。例えばハルヒラー、トゥルゲン、ツァムバガ
れぞれ 50.13,43.02,105.09,88.88 km2 と推定され(Kadota and Davaa, 2003)、そのうちのハ
ルヒラー、トゥルゲン、ツァムバガラブの氷河面積は 1940 年代から 2002 年までの間にそれぞれ
100°E
27.3, 32.5, 31.9%減少したことがわかった(Davaa, et al., 2005)。
図 12 モンゴル国の氷河
大湖沼の盆地と湖の谷の位置も示してある。
謝 辞
本稿の中で使われているデータはモンゴル国の気象学・水文学研究所と地球流出データセンターにより取得
あるいは提供されたものである。著者の1人(杉田)は日本の科学技術振興機構より一部について援助を受け
い湖沼からなっているが、その全表面積は全湖面積 16003 km のわずか 5.6%にしかならない
2
ている。ここに記し感謝します。
(Tserensodnom, 2000)。
比較的大きな湖沼は、モンゴル国西部に位置する大湖沼の盆地(Great Lakes’Hollows)と南
■参考文献
西部に位置する湖の谷(Valley of Lakes)としてそれぞれ知られる地域(図 12)に集中してい
杉田倫明 2003 「水循環プロセスと生態系との係わり」『科学』73, 559-562.
る。しかし両地域間には気候と地形の点で明白な違いがある。大湖沼の盆地では、山岳地域から
Baast, P. 1999 Catalog of Mongolian Glaciers, Ulaanbaatar, Unpublished report of Institute of Meteorology
沙漠地域に移動すると湖の平均水深 h は増加し、深さに対する表面積の割合(=A/h)は減少す
る(表3)。可能蒸発量が高山地域を除いて年降水量を上回る(図2)ため、これらの湖は干ば
つの時にも干上がることがない。これに対して、湖の谷では、蒸発量が増えるにつれて、この比
率 A/h は増加する。それで非常に乾燥した地域にあるこれらの湖は大変浅くなり、オログ、ター
52
モンゴル環境ハンドブック06.indd
and Hydrology of Mongolia, 162 p.
Batima, P. and Dagvadorj, D. 2000 Climate Change and Its Impacts in Mongolia, National Agency for
Meteorology, Hydrology and Environmental Monitoring and JEMR Publishing, Ulaanbaatar, Mongolia, 227 p.
Dashdeleg, N., Evilkhaan, R., and Khishigsuren, P. 1983 Modern glaciers in Altai mountain, Proceedings of
IMH, No. 8, Institute of Meteorology and Hydrology, Ulaanbaatar, 121-126.
53
52-53
2007/01/22
10:57:39
Surface Water of Mongolia
Davaa, G. 2002 Human influences on hydrological systems in Mongolia, Proceedins of IMH, No. 24, 171-181,
UB, 2002.
Davaa, G., Mijiddorj, R., Khudulmur, S., Erdenetuya, M., Kadota, and T., Baatarbileg, N. 2005 Responces of the
Surface Water of Mongolia
Uvs lake regime to the air temperature fluctuations and the environment changes, Proceedings of the First
International Symposium on Terrestrial and Climate Changes in Mongolia, Institute of Meteorology and
Mонгол орны гадаргын ус
Hydrology, Mongolia, 130-133.
Jadambaa, N. 2002 Ground Water of Mongolia, White Book of Mongolia, Ulaanbaatar, 199-214.
Kadota, T. and. Davaa, G. 2004 A preliminary study on Glaciers in Mongolia, Proceedings of the 2nd
International Workshop on Terrestrial Change in Mongolia, Institute of Meteorology and Hydrology,
Mongolia, 100-102.
Myagmarjav, D.B. and Davaa, G. 1999 Surface Water of Mongolia, Interpress, Ulaanbaatar, 345 p.
Gombo Davaa(Hydrology Section, Institute of Meteorology and Hydrology)
Dambaravjaa Oyunbaatar(Hydrology Section, Institute of Meteorology and Hydrology)
Michiaki Sugita(Graduate School of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba)
National Standard Agency, 1998 National Water Quality Standard, National Standard Agency, Ulaanbaatar,
MNS-458698, 5 p.
Sellers, P.J., Meeson, B.W., Closs, J., Collatz, J., Corprew, F., Hall, F.G., Kerr, Y., Koster, R., Kos, S., Mitchell, K.,
McManus, J., Myers,D., Sun, K.-J., and Try, P. 1995 An overview of the ISLSCP Initiative I Global Data
Sets, ISLSCP Initiative I Global Data Sets for Land-Atmosphere Models, CD-ROM, Volumes 1-5, NASA.
Tserensodnom, J. 2000 Catalog of Lakes,“Shuvuun saaral ”
, 141 p. Ulaanbaatar,
Tuvdendorzh, D. and Myagmarzhav, B. 1986 Atlas of the Climate and Water Resources in the Mongolian
People’
s Republic, Ulaanbaatar.
Yatagai, A and Yasunari, T. 1995 Trends and decadal-scale fluxtuations of surface air temperature and
precipitation over China and Mongolia during the recent 40 year period (1951-1990), J. Meteorol. Soc. Japan,
72, 937-957.
Abstract
Mongolia receives very limited precipitation with an annual mean value ranging from <50 mm in the
southern part to 400 mm in the northern area, and some 70-90 % of the precipitated water evaporates back
into the atmosphere. As a result, a low discharge of the order of 0.1-1 mm/day is common in most rivers.
Also flow regime is not very stable and changes a lot depending on location, season, and year. Seasonal
variability is more predominant in rivers in Asian Internal Basin, while those in Pacific Ocean and Arctic
Ocean Basins show somewhat more stable regime. Three types of long-term trend of river flows—(i)
decrease, (ii) increase and (iii) no change—can be found in Mongolian rivers. The exact cause(s) of
these trends is (are) not yet clear, but human activities and recovery from the past human activities in
combination with global climatic change are suspected as possible reasons. The water quality of rivers
has been classified with the water quality index. Most rivers are still very clear, although some rivers near
cities, larger villages and mines are with polluted water.
Keywords: aridity, river, water resources
1.Precipitation and Evaporation
Mongolia receives annual precipitation of P =250-400 mm/year (Fig. 1), with more than 60%
concentrated during summer time.
In general, the amount of precipitation is largest in the
northern part and decreases toward south. In Gobi area, P is as low as 50 mm/year, while in
the northern part, area with P > 350 mm/year can be found. This distinctive horizontal variation
of precipitation has created an ecotone of forest-steppe-desert from the north toward south in
Mongolia. Water balance studies with river discharge and precipitation data (e.g., Batima and
Dagvadorj, 2000; Sugita, 2003) have revealed that on average, 70-90% of the precipitation evaporates
from the land surfaces into the atmosphere, and remaining parts recharge groundwater and rivers.
This is because the atmospheric demands for evaporation as expressed by the potential evaporation
are so large that most of the rainfall end up with evaporation as soon as they fall onto the land
surfaces. As such, horizontal distribution of the mean evaporation is similar to that of precipitation.
This can be seen with the distribution of the aridity index, defined as the ratio of precipitation
over potential evaporation (Fig.2), which indicates the general dryness of Mongolia particularly in
southern parts.
2.Water Resources
The total surface water resource of Mongolia is estimated as 599 km3/year, and is composed
54
モンゴル環境ハンドブック06.indd
55
54-55
2007/01/22
10:57:39