第724号「ふ化場産サクラマスと自然再生産魚の河川内動態について 」

試験研究は今
No.724
ふ化場産サクラマスと自然再生産魚の河川内動態について
はじめに
生鮮のサケマス類が流通しない春季に、道内沿
岸で漁獲されるサクラマスは貴重な魚種といえま
す。しかしながら、その漁獲量は年々減少してい
ることから、資源の回復を目指して道内各地のふ
化場からサクラマス幼稚魚が放流されています。
サ ク ラ マ ス は 生 ま れ て か ら 1年 半 河 川 で 生 活 し た
後 、 体 長 13cm程 度 の 幼 魚 ( ス モ ル ト ) と な っ て
海 に 降 り ま す 。 サ ク ラ マ ス の 放 流 に は 体 長 5cm程
度 の 稚 魚 を 放 流 す る 方 法 と ( 図 1 )、 降 海 前 の ス モ
ルトを放流する方法があります。放流効果はスモ
ルト放流の方が高い反面、スモルトを養成するに
図1 サクラマスの稚魚
は莫大なコストがかかります。近年は社会的にも
エコの流れとなっているように、サクラマスの放流においても、飼育コストのかからない
稚魚放流が見直されるようになってきました。さけます・内水面水産試験場では「自然再
生産資源の造成効果の検証」という試験課題の中で、資源を有効に利用するため、親魚の
遡上や産卵環境及び幼稚魚の生息環境などを総合的に評価し、新たな放流技術の確立や自
然再生産による資源の造成手法を検討しています。ここでは、日本海南部の河川で得られ
た稚魚調査の結果について紹介します。
得られた結果
調査河川とした日本海南部の見市川は本流の一部と小さな支流を除き保護水面に指定さ
れ 、 周 年 、 す べ て の 水 産 動 物 の 採 捕 が 禁 止 さ れ て い ま す 。 2011年 5月 31日 に さ け ま す ・
内水面水産試験場道南支場で飼育した稚魚を本流
と 支 流 の 2カ 所 に 輸 送 放 流 し ま し た 。 本 流 と 支 流 で
は 河 川 規 模 が 異 な る た め 、 放 流 尾 数 は 川 幅 1m当 た
り 約 600尾 と 基 準 を 設 け 、 本 流 に は 約 1.6万 尾 、 支
流 に は 約 0.3万 尾 放 流 し ま し た 。 そ の 後 、 放 流 場 所
よ り 下 流 に 調 査 定 点 を 設 け ( 図 2 )、 6 月 1 5 日 、 7
月 29日 及 び 10月 13日 に 投 網 と 電 気 漁 具 に よ っ て
稚 魚 を 採 捕 し ま し た 。 6月 15日 、 7月 29日 に は 調
査 定 点 外 か ら 採 捕 し た 稚 魚 を 、 10月 13日 は 調 査
定 点 を 含 ん で 採 捕 し た 稚 魚 を 現 場 で 10%ホ ル マ リ
ン 溶 液 に 固 定 し 、サ ン プ ル と し て 持 ち 帰 り ま し た 。
図2 見市川の放流点と調査定点
サ ン プ ル は 10%ホ ル マ リ ン 溶 液 の 固 定 か ら 24時 間
後 に 70%エ タ ノ ー ル に 移 し 替 え て 保 存 し ま し た 。
また、今回放流した稚魚には発眼卵の時にアリザリ
ン コ ン プ レ ク ソ ン ( ALC) に よ る 標 識 を 施 し て あ
るので、後ほど耳石を取り出し、蛍光顕微鏡を用い
て 放 流 魚 と 自 然 再 生 産 魚 を 区 別 し ま し た ( 図 3 )。
本 流 と 支 流 の 稚 魚 の 生 息 密 度 の 変 化 を 図 4に 示 し
ました。本流では生息密度のピークが放流直後であ
る の に 対 し 、 支 流 で は 7月 29日 に ピ ー ク が あ る こ
とが分かります。一般に、放流された稚魚は川の流
図3 ALC標識された耳石
れによって広く下流へ分散します。本流は河川規模
も大きく河川流量も多いので稚魚は一気に分散した
と考えられますが、支流では河川規模が小さく河川
流量も少ないので稚魚は一気には分散せず、徐々に
下流の調査定点に降りてきたようです。生息密度の
季節的な変化については、本流では右肩下がりに生
息 密 度 が 減 少 し ま し た が 、 支 流 で は 7月 29日 と 10
月 13日 の 生 息 密 度 に ほ と ん ど 変 化 が 見 ら れ な い こ
とから、調査定点まで降りてきた稚魚はほとんど減
図4
稚魚の生息密度の変化
耗することなく生活していたようです。
図5
本流における稚魚の平均体重の推移
図6
(縦バーは標準偏差)
支流における稚魚の平均体重の推移
(縦バーは標準偏差)
本 流 で 採 捕 さ れ た 稚 魚 の 平 均 体 重 の 季 節 変 化 を 図 5に 、支 流 の そ れ を 図 6に 示 し ま し た 。
本 流 で 採 捕 さ れ た 稚 魚 は 6月 、 7月 と も 平 均 体 重 に 差 は 見 ら れ ま せ ん で し た が 、 10月 の 採
捕では自然再生産魚の平均体重が放流魚より大きく上回りました。ただし、本流で採捕さ
れ た 自 然 再 生 産 魚 は 極 め て 少 な く ( 表 1 )、 た ま た
ま 大 型 の 稚 魚 が 採 捕 さ れ た の か も し れ ま せ ん 。 支 流 表1
で は 6月 、 7月 と も 平 均 体 重 に 差 は 見 ら れ ま せ ん で
し た が 、 10月 の 平 均 体 重 を 見 る と 、 放 流 魚 の 方 が
自然再生産魚より上回る傾向にありました。稚魚の
成長についてもう少し詳しく見てみましょう。稚魚
の 平 均 体 重 を 用 い て 6月 か ら 7月 ま で 、 7月 か ら 10
月 ま で の 瞬 間 成 長 率 を 表 2に 示 し ま し た 。 瞬 間 成 長
採捕された放流魚と自然再生産魚の
尾数
表2
見市川における放流魚と自然再生産 率 と は 1日 当 た り 、 ど の 位 稚 魚 が 成 長 し た か を 表 す
魚の瞬間成長率(%)、括弧内の数 指 標 で す 。 瞬 間 成 長 率 を 比 べ る こ と に よ っ て 、 放
値は採捕個体数が少ないため参考デ 流 魚 と 自 然 再 生 産 魚 の 成 長 の 善 し 悪 し が 分 か る は
ずです。本流の自然再生産魚は採捕数が少ないた
ータ
め 参 考 程 度 の 値 と し ま す が ( 表 1 )、 本 流 と 支 流 の
放 流 魚 の 瞬 間 成 長 率 は 6月 か ら 7月 ま で 、 7月 か ら
10月 ま で と も に 支 流 の 方 が 本 流 よ り 高 い こ と が 分
か り ま す 。 こ の こ と は 10月 を 除 き 胃 充 満 度 指 数 は 支 流 の 方 が 本 流 よ り 高 い こ と か ら ( 図
7 )、 餌 環 境 が 良 か っ た た め か も し れ ま せ ん 。 実 際 、 支 流 に は 河 畔 林 が 生 い 茂 り 、 ア リ や
イ モ ム シ な ど の 陸 生 動 物 を 多 く 食 べ て い ま し た ( 図 8 )。 支 流 の 放 流 魚 と 自 然 再 生 産 魚 の
瞬 間 成 長 率 を 比 べ る と 、 6月 か ら 7月 ま で で は そ れ ほ ど 変 わ り ま せ ん が 、 7月 か ら 10月 ま
ででは放流魚の方が自然再生産魚より高い値を示しました。また、自然再生産魚の瞬間成
長 率 は 6月 か ら 7月 ま で と 7月 か ら 10月 ま で に そ れ ほ ど 大 き な 違 い は 見 ら れ ま せ ん で し た 。
これらのことから、支流では放流魚と自然再生産魚の間で生態的地位に差が生じていたの
かもしれず、河川にふ化場産の稚魚を放流することで、自然再生産魚が何らかの影響を受
けることがあるのかもしれません。今後も試験放流を続けながら、ふ化場産サクラマスと
自然再生産魚の関係について明らかにしていこうと考えています。
図7
見市川における放流魚と自然再生産
魚の胃充満度指数の季節変化(縦バ
図8 稚魚の胃内容物(7月)
ーは標準誤差)
(さけます・内水面水産試験場道南支場
大森始)