第3章 中国特許権の効力の制限(PDF:871KB)

第3章 中国特許権の効力の制限
Ⅰ.国家知的財産戦略綱要
~ 第3回専利法の改正に関連して ~
パナソニック株式会社
R&D 知的財産権センター
弁理士 洗 理恵
はじめに
日本と中国はともに漢字を使う国で、便利である反面、誤解を招く場合、誤解しても気
づかない場合がある。そのために、話が最初から互いにすれ違ってかみ合わず、困ってし
まう。
1.言語の意味を確認する重要性
表1 中国語と日本語との対照表
中国語
日本語
驳回
棄却、拒絶査定、因みに中国語の“驳回重审”⇒「(審査等)に差し戻し」
审判
裁判、日本語の「審判」⇒中国語で“复审”
诉讼
中国で無効審判が「訴訟」のカテゴリに入れる場合もある
专利
特許、実用新案、意匠を含む概念
抵触申请
拡大された先願
从属专利
日本特許法 72 条の利用発明相当
分案
出願分割
主题
(請求項の)カテゴリ
技术方案
請求項に係る発明、引例に開示の発明など
再审
日本の再審に相当(同じではないことに留意)
(拒絶査定不服審判を「再審」と翻訳されるが⇒不正確)
表1に示したように、同じ漢字で、中国語と日本語とはニュアンスが異なったり、また
は実質的に意味が異なったりする。
例えば、中国語の“驳回”は、判決文における判断を示す場合では、日本語の「棄却」
- 104 -
という意味になるが、拒絶査定の書類においては「拒絶査定」を意味するものである。こ
のように、場合によっては、意味が異なる。また、中国語の“审判”は、通常日本語の「裁
判」の意味で使われており、そして、日本語の「審判」
(知財の分野)は、中国語で“复
审”という用語を使う。さらに、中国語の“复审委员会”は、日本の「審判部」に相当す
る部門で(同じではない)、単に“复审”という場合は、「拒絶査定不服審判」の意味で
ある。中国語の“抵触申请”は、日本の特許法第 29 条の 2 の「拡大された先願」のこと
を意味するもので、日本の権利の「抵触」という意味ではない。中国語の“从属专利”は、
日本の特許法第 72 条における「利用発明」に相当するものである。中国語でクレームの“主
题”という場合は、クレームの「カテゴリ」を意味する。中国語の“技术方案”の場合、
前後文の関係で日本語の「請求項にかかる発明」を指す場合、または「引用文献に開示の
発明」を指す場合など、場合によって意味が異なってくる。中国語の“再审”は、日本語
の「再審」に相当するもので、ときどき中国語の“复审”を日本語の「再審」と翻訳され
るものを見受けるが、前述の通り、“复审”は「拒絶査定不服審判」に相当する用語である。
このように、中国語から翻訳されてくるものは、ある程度前後文の関係を見て、ここで
この用語が本当に正確に翻訳されているか否かについて、相手に言葉を言い換えてもらう
ようにしたりして、その意味を確認する必要がある場合がある。特に、重要な用語、たと
えば、キーワードの場合、途中で話がかみ合わなくなったと感じた場合には、この言葉を
言い換えて、相手に本来の意味を確認することがより重要になってくる。
2.中国における法律・法規等
ここで、中国の法律・法規等を制定する省庁または部門について少し触れたい。
中国において、法律は全人代 1 によって制定される(立法法第 7 条) 2。例:専利法、商
標法、反不当競争法、独占禁止法、著作権法などの立法である。行政法規は国務院(法制
弁公室)
(立法法第 56 条)によって制定される 3 。例:専利法実施細則、商標法条例の制
定である。
司法解釈は、最高人民法院によって制定される(人民法院組織法第 33 条) 4。例えば、最
高人民法院「訴訟前の専利権侵害行為の停止に適用される問題に関する若干規定」法釈
〔2001〕20 号、最高人民法院「専利紛争事件の審理に適用される法律問題に関する若干規
定」法釈〔2001〕21 号、最高人民法院「専利権侵害紛争事件の審理における法律の適用に
関する若干問題の解釈」法釈〔2009〕21 号などである。なお、
「最高人民法院によって公
1
2
3
4
全人代:
「全国人民代表大会」の略である。
立法法
第 7 条 全国人民代表大会及び全国人民代表大会常務委員会が国家立法権を行使する。
范云涛著『中国ビジネスの法務戦略』
(日本評論社、2004 年第 1 版)p.266、以下「法務戦略」という。
「法務戦略」 p.274
人民法院組織法
第 33 条 最高人民法院は裁判の過程において具体的にいかに法律、法令を適用するかの問題について、解釈を行う。
中島敏編著『日中対訳逐条解説中国特許全法令』
(経済産業調査会、2006 年第 1 版)p.1438
- 105 -
布された司法解釈は、法律の効力を有する。
」5(法発〔2007〕12 号)
。
さらに、中国では「司法文書」があり 6、最高人民法院によって公布される司法文書で
ある。例えば、最高人民法院「改正後の専利法の学習貫徹に関する通知」法発〔2009〕49
号、最高人民法院「民事再審事件の申請の受理に関する若干意見」法発〔2009〕26 号、最
高人民法院「国家知的財産戦略の貫徹実施に関する若干問題の意見」法発〔2009〕16 号、
最高人民法院「現在の経済状況における知的財産裁判サービスの大局に関する若干問題の
意見」法発〔2009〕23 号などがある 7。
3.国家知的財産戦略綱要
中国における知的財産戦略は、
「国家知的財産戦略綱要」
(以下、
「綱要」という)及び
20 テーマの研究報告の2つの部分により構成されている。
「綱要」は知的財産戦略の総論
で、20 テーマの研究報告は「綱要」の指導の下での深掘及び展開になる 8。
知的財産戦略の制定の特徴は、政府が先頭に立っていることであり、戦略は国家と政府
の意志を代表し、強い意思決定である 9。
(1)
「綱要」の意義
知的財産戦略の制定は、主にわが国 10 自身の発展及び改革開放の実際の需要に基づ
くもの 11。また、
「綱要」には、
「党中央」12 と国務院の知的財産権に対する科学的な
認識が凝集されている。知的財産戦略はわが国知的財産制度を運用して経済社会の全
面的な発展のための重要国家戦略であって、
「綱要」この戦略の綱領的な文書である。
「綱要」の制定及び実施は、国家前途及び民族の未来に関わる一大事である 13。
なお、中国において、知的財産戦略以外の戦略として、
「科教興国」戦略(科学、
教育により国を振興する戦略)
、
「人材強国」戦略、
「持続的な発展」戦略がある 14。
5
「最高人民法院による司法解釈業務に関する規定」法発〔2007〕12 号
中国語では「文件」という。
6
7
法発〔2009〕23 号においては、専利権の保護範囲の特定、禁反言、均等論、先用権、公知技術抗弁の取り扱い
について言及している(第 4 条)
。
8
本書編集委員会『ガイドブック』
(知識産権出版社、2008 年 10 月)序 p.2 ⇒以下「ガイドブック」という。
9
李順徳「国家知的財産戦略」の解読 http://www.scio.gov.cn/zt2009/zscqr/03/200904/t299557.htm
(訪問年月日:2010 年 1 月 14 日)
10
11
本稿において、
「わが国」は「中国」のことを指す。
李順徳「国家知的財産戦略」の解読 http://www.scio.gov.cn/zt2009/zscqr/03/200904/t299557.htm
(訪問年月日:2010 年 1 月 14 日)
12
「党中央」は、
「中国共産党中央委員会」の略である。
13
「ガイドブック」p.19-20
14
「ガイドブック」p. 20
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(2)
「綱要」の概要
(ア)
「綱要」の内容の概要
「綱要」では、冒頭に「わが国の知的財産権の創造、運用、保護及び管理能力を向
上させ、イノベーション型の国家を構築し、全面的な小康社会の目標を実現するため
に、本綱要を制定する。
」 という目的を明確に掲げる。
「綱要」の内容は、1つの「方針」
、4つの「原則」
、5つの「重点」
、7つの「任
務」
、9つの「措置」でまとめることができる。以下、少し具体的に説明する 15。
<1つの「方針」>
1つの「方針」は、創造の激励、有効な運用、法に依る保護及び科学的な管理のこ
とである。中国語では、
「激励創造、有効運用、依法保護、科学管理」のように 16 文
字によって構成されている「16 文字方針」であり、国家知的財産戦略を実施するため
の指針である。創造、運用、保護及び管理は、知的財産戦略の4つの側面で、いずれ
も欠くことのできない構成要素である。知的財産権の創造、運用及び保護は相互に関
連する「段階」で、管理は全過程を貫く。
「創造の激励」はイノベーションを奨励する意味であり、知的財産戦略の基礎的な
任務である。
「有効な運用」は知的財産権の市場価値及び競争の優位性を充分に利用す
る意味であり、知的財産戦略の実施の最主要の目的である。
「法に依る保護」は知的財
産権の境界を合理的に特定し、法に依り知的財産権を厳格に保護し、かつ知的財産権
の濫用を防止するものであり、知的財産戦略の有効な実施の「要」である。
「科学的な
管理」は知的財産戦略を実施するための根本的な保障であり、政府主導を堅持し、政
府と市場、政府と社会及び戦略の各主体との相互の関係を確実に握り、政府、企業の
知的財産戦略財産管理のレベルを向上させ、資源を調整して効率を上げ、知的財産の
効力を充分に発揮させることである。
<4つの「原則」>
4つの原則は、以下の通りである。
① わが国の自主的なイノベーション能力を強化し、新型の国家の創設
② 市場経済体制の改善
③ 企業の市場競争力の強化及び国家のコア競争力の向上
④ 対外的な開放の拡大、WIN-WIN の実現
15
「ガイドブック」p. 38-40
- 107 -
<5つの「重点」>
5つの「重点」は、以下の通りである。
① 知的財産制度の整備
② 知的財産権の創造及び運用の促進
③ 知的財産権の保護強化
④ 知的財産権の濫用の防止
⑤ 知的財産権の文化の育成
<7つの「任務」>
7つの「任務」は、以下の通りである。
① 専利
② 商標
③ 著作権
④ 営業秘密
⑤ 植物新品種
⑥ 特定領域の知的財産権
すなわち、地理的表示、遺伝資源の保護、伝統的医薬、民間芸術
⑦ 国防知的財産権
<9つの「措置」>
9つの「措置」は、以下の通りである。
① 知的財産権の創造の能力の向上
② 知的財産権の転化運用、すなわち、技術移転の奨励
③ 知的財産権法制度の整備の加速
④ 知的財産権法の執行レベルの向上
⑤ 知的財産権の行政管理の強化
⑥ 知的財産権の仲介サービスの発展
⑦ 知的財産に関する人材の育成の強化
⑧ 知的財産権に関する文化の育成の推進
⑨ 知的財産権に関する対外的な交流の強化
(イ)
「三つの代表」の重要思想
「綱要」二、
(一)
(5)において、国家知的財産戦略の実施は、鄧小平理論及び「三
つの代表」の重要思想を指導思想として堅持し・・・との記載がある。
ここで、
「三つの代表」とは、中国共産党は、中国の先進的な社会生産力の発展のニ
ーズを代表し、中国の先進的文化の前進の方向を代表し、中国の最も広範な人民の根
本的利益を代表することをいう 16。
16
「三つの代表」は、2000 年 2 月に当時の江沢民中国共産党総書記が発表したもので、2002 年 11 月の中国共
- 108 -
(3)
「綱要」の具体的な内容の一部の紹介
(ア)上述の5つの「重点」における重点「① 知的財産制度の整備」
知的財産戦略における重点「① 知的財産制度の整備」の一環として、専利法の改
正、商標法の改正、反不正当競争法の改正、関連の司法解釈の制定などがある。
<第3回専利法改正に関連する法律法規等>
改正専利法〔類別:国家法律法規〕は、2008 年 12 月 27 日公布され、2009 年 10 月
1 日よりすでに施行されている。改正専利法実施細則〔類別:国家法律法規〕は、2010
年 1 月 9 日に公布され、2010 年 2 月 1 日より施行されている 17。司法解釈〔類別:国
家法律法規〕は、最高人民法院による「専利権侵害紛争事件の審理における法律の適
用に関する若干問題の解釈」法釈〔2009〕21 号があり、2009 年 12 月 28 日に公布され、
2010 年 1 月 1 日より施行されている。
司法文書〔類別:政策参考〕は、専利法の改正に関連する重要な情報が盛り込まれ
ている最高人民法院による「改正後の専利法の学習貫徹に関する通知」法発〔2009〕
49 号がある。ただし、その中の例えば、専利権侵害訴訟における新専利法の適用に関
する経過措置は、すでに上記の 2010 年 1 月 1 日より施行されている法釈〔2009〕21
号第 19 条によって上書きされている。
また、国家知識産権局令、通知類がある。たとえば、
「改正後の専利法の施行につ
いての経過措置」
(国家知識産権局令第 53 号)
、
「改正後の専利法の施行に関する関連
事項の通知」18 がある。
ここで、留意すべき事項として、以前に公布された司法解釈がいまだ効力を有する
ものとすでに「上書き」されているものがある。例:法釈〔2009〕21 号の第 20 条で
は、
「本院以前公布した司法解釈と本解釈不一致の場合、本解釈を基準とする」と規定
されている。
<知的財産権の立法計画 19>
① 伝統知識、民間の文学芸術、遺伝資源及び地理的表示等の分野の立法を強化し、
これらの資源が不合理に利用されることを有効に防止する。例えば、
「非物質文
化遺産保護法」の制定、
「民間文学芸術作品著作権保護条例」の制定である。
産党第 16 回全国大会では、
「三つの代表」が中国共産党の規約に明記され、2004 年 3 月の第 10 期全国人民代
表大会第 2 回会議では、中華人民共和国憲法に盛り込まれた。
「マルクス・レイニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論及び『三つの代表』の重要思想の導きの下で」
(中華人
民共和国憲法、序言)
17
http://www.chinalaw.gov.cn/article/fgkd/xfg/xzfg/201001/20100100194306.shtml (訪問年月日:2010 年 2 月 2 日)
18
「改正後の専利法の施行に関する関連事項の通知」において、同日出願、秘密保持審査、遺伝資源の出所開示、
意匠の簡単な説明の扱いについて、具体的な規定がある。
19
「ガイドブック」p.110-111
- 109 -
② 企業の自主的なイノベーションを奨励し、企業、事業単位の知的財産権の創造
及び運用の能力を向上させ、知的財産権を現実の生産力への転化を促進する。
例えば、
「専利法」及びその「実施細則」の改正で、専利の権利付与の基準を高
くし、共有専利の実施を促進し、公知技術の抗弁の制度の確立、公知技術の実
施と利用を奨励する。
③ 知的財産権の濫用を防止する。例えば、
「独占禁止法」
、
「反不正当競争法」中に
おいて、知的財産権の濫用により独占、不正当な競争を構成する行為を規制す
る。
「標準法」において、標準と知的財産権との関係を明確にする。関連の知的
財産権の立法において、知的財産権の濫用行為を規制する。
④ 知的財産権制度の基本的な法制度の改善及び操作性を向上させる。例えば、
「商
標法」及びその実施条例の改正で、商標の登録、異議の審理期間が長いなどの
問題を解決し、手続きの簡略化を図り、ユーザの利便性を向上させる。
⑤ 知的財産権の国際的なルールの制定への積極的に参画する。例えば、WTO の地理
的表示の保護、公共的な健康及び伝統的な知識の保護に関する議論に積極的に
関与し、知的財産権の国際的な保護のルールをより公平で合理的な方向に発展
させる。
(イ)上述の5つの「重点」における重点「② 知的財産権の創造及び運用の促進」
胡錦涛総書記は、
「現在の世界において、国家の核心的な競争力は、ますます知的
資源及び知的成果の育成、配置、制御の能力に表れ、知的財産権の保有、運用能力に
表れている」と明確に指摘している 20。
知的財産戦略を技術の創造のレベルに落とし込み、知的財産権の創造と運用能力を
向上させ、全面的に小康社会を構築することは新時代の技術の創造の重要任務。
国家知的財産戦略の実施、国家全体的な戦略から知的財産に関する業務についての
戦略的な布石は、わが国の社会主義市場経済の体制を十全にし、かつ対外への開放を
拡大するためのニーズであり、中国特色のある自主的なイノベーションの道へ進める
ために必然的な選択である 21。
2020 年までのイノベーションに関する知的財産に関する業務の目標は、わが国の知
的財産の創造及び運用能力が顕著に強くなり、自主的なイノベーションのニーズにほ
ぼ対応できる知的財産政策や法規の体系が形成され、各技術分野のイノベーション主
体の知的財産権管理及び保護レベルが顕著に向上され、自主的なイノベーションを支
える知的財産権のサービス体系が形成され、自国人の発明専利の年間特許査定件数が
世界ランキングで上位5にランクインし、知的財産権の数量及び品質ともにイノベー
ション型の国家の要請に相応しくなっている 22。
20
21
22
「ガイドブック」p.44
「ガイドブック」p.44
「ガイドブック」p.54
- 110 -
上記目標を実現するためのわが国の技術の創造における知的財産権事業の発展に
ついての考え方は、1つの方向付けの強化、2つの能力の向上、3つの突破の実現、
4つの結び付けの堅持により、イノベーション国家の構築に有力な支えを提供するこ
とである 23。
<1つの方向付けの強化を堅持>
R&D 業務における知的財産権の方向付けをより一層強化し、知的財産戦略と自主
的なイノベーションとのつながりを緊密にし、知的財産の理念を R&D 業務に融け
込むようにし、知的財産の管理を R&D の全プロセスに組み込む。
<2つの能力の向上を堅持>
知的財産権の創造及び運用の能力を向上させ、重要な技術分野及び若干の技術の
先端において、コア技術を押え、シリーズになる自主的な知的財産権を保有すると
ともに、イノベーションの成果を早期に市場の投入し、R&D に関するイノベーショ
ンの良性的なサイクルを実現する。
<3つの突破の実現を堅持>
発明専利の数量の面で突破的な進展の実現、企業の発明専利の数量の突破、重要
な技術分野の発明専利の数量の突破を実現する。
<4つの結び付けを堅持>
① 知的財産権創造と保護とを結び付け、知的財産権の創造を重要視すると共に、
研究開発の成果をタイムリーに知的財産権の保護への申請を重要視する。
② 計画による方向付けと市場環境の構築とを結び付け、科学技術計画の支持及
び重点分野の知的財産権の創造及び運用を方法付けるとともに、政策法規を
制定し、技術イノベーション及び知的財産権の創造に有利な制度的な環境及
び市場の雰囲気をつくる。
③ イノベーション能力の構築とサービス体系の構築との結び付け、イノベーシ
ョンの主体のイノベーション能力の構築を重要視するとともに、情報サービ
スネットワーク、公共のサービスプラットフォーム、仲介サービス体系、人
材育成などの構築をより一層強化する。
④ 企業主体の主役と、産学研連携と結び付け、企業の技術イノベーションの主
体的地位を堅持し、企業の知的財産権の創造及び保護能力の大幅に向上させ
ると共に、研究機構、大学が企業と産学研連携の有効的な仕組みを通じて、
複数の形による協力してイノベーション活動を展開する。
23
「ガイドブック」p.55
- 111 -
<技術の創造における知的財産の業務の重点任務 24>
① 知的財産権の創造及び運用能力の構築の強化
戦力を集中して基本技術の知的財産権を押え、企業が知的財産権の創造及び
運用の主体になるように推進し、国家研究基地の知的財産権の創造及び拡散
能力を強化する。
② 技術の創造の知的財産政策及び法制度の環境の構築の強化
自主的なイノベーション及び知的財産権の創造、運用を奨励する政策を早期
に制定し、確実に実施し、科学技術の評価制度及び奨励制度を改革して十全
にし、知的財産権の創造及び保護の推進により有力な制度的な保障を提供する。
③ 技術の創造の知的財産の管理体系の構築の強化
科学技術管理の知的財産戦略の方向付けを強化し、各階層の科学技術部門が
実施すべき科学技術のイノベーションの知的財産戦略の責任を明確し、企業、
研究機関及び大学内部の知的財産権管理の機構を健全化する。各科学技術政
策及び管理措置において、知的財産権の制度の仕組みを有効に運用し、イノ
ベーションを奨励し、イノベーションの成果の拡散、応用を加速する体制、
仕組みを形成する。
④ 技術の創造の知的財産の公共サービスのプラットフォームの構築の強化
全社会に向かって、科学技術のイノベーションの知的財産権の公共のプラッ
トフォームを支え、専門的な知的財産権の調査、分析及び予測チームを育て、
知的財産権のサービス体系の構築を加速する。
⑤ 技術の創造の知的財産の文化の構築の強化
科学技術の分野で自主的なイノベーション精神を広く宣伝及び宏揚し、知的
財産権を重視し、尊重し及び保護するよい文化を育てる。
<事例紹介>
中国政府は、
「綱要」の実施の一環として、中国の企業が外国での権利取得の場
合に、その費用の一部を援助する資金援助制度を設けている。例えば、
「外国への
特許出願を資金補助のための専用資金の管理の暫行弁法」25(以下「弁法」という)
がある。以下、前記「弁法」から一部抜粋して紹介する。
・国務院による国家知的財産戦略に関する要請に基づき、中国国内の出願人の積
極的な国外への特許出願をサポートし、自主的なイノベーションの成果の保護
のために、中央財政が外国への特許出願を資金補助するための専用資金を設立
する。
(弁法第 1 条)
24
「ガイドブック」p.56
財建〔2009〕567 号という文書で公布されるもので、担当省庁は「財政部」であり、日本の財務省に相当する省庁
である。http://www.sipo.gov.cn/sipo2008/tz/gz/200910/t20091010_477302.html (訪問年月日:2010 年 1 月 14 日)
25
- 112 -
・
「外国への特許出願」とは、PCT ルートによる出願であって、国家知識産権局
が受理官庁とする特許出願をいう。(弁法第 3 条)
・資金補助を受けるための条件は、次のいずれか1つを満たす必要がある(弁法第 4 条)。
(一)わが国産業的な優位性の発揮に有利で、国際競争力を有すること
(二)国際市場の開拓または国際市場のシェアの拡大が期待されること
(三)特許技術の製品が国際市場での容量が大きいことが予期され、有望であること
(四)わが国の優位な企業がコア技術の保有に有利であること
(五)パテントプールの構築、国際技術標準への関与が見込まれていること
(六)国家知的財産戦略の要請に一致し、自主イノベーション能力の向上に有利であること
・資金援助は、1出願ごとに、最大5カ国への出願費用の援助を受けることができ(弁法
第 5 条)、かつ、1国への出願の補助額は 10 万元を超えないものとする(弁法第 5 条)。
・補助の対象となる費用は、出願段階に支払った印紙代、 1~3 年分の特許設定登録料、
国際調査機関の検索費用、代理人に支払ったサービス費用などである(弁法第 6 条)。
7000
6000
華為
ZTE
5978
4725
4720
5000
3829
4000
36 56
2765
3000
2499
2270
2123
2000
1000
4839
728
1166
0
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
〔図1〕 中国の企業「華為」及び「ZTE」の中国国内出願件数の推移 26
26
図に示されたデータは、中国の国家知識産権局の電子図書館のデータベースを検索して集計したものである。
「華為」の英文の社名は HUAWEI TECHNOLOGIES CO. LTD.であり、
「ZTE」(ZTE Corporation)は「中興通訊」
を中文社名とする。
「華為」社は、2008 年の PCT 出願件数が世界 No.1 になっている。
なお、2009 年のデータは 2010 年 1 月 9 日に検索したもので、2009 年 12 月 10 日以降に出願公開された出願
がデータベースに反映されたていない。グラフに表示されたデータは、例えば、出願公開日:
2004.01.01.-2004.12.31.の条件で検索した。
- 113 -
(ウ)上述の5つの「重点」における重点「④ 知的財産権の濫用の防止」
「知的財産権の濫用」とは、知的財産権者が不正当な方式で、法律で定められた権利
範囲を超え、又は権利設定の目的に反して他人の正当な権益又は社会公共の利益を損
なう行為をいう 27。
<専利権の濫用行為と言えるための要件>
専利権の濫用行為と言えるためには、①行為者が専利権を有する者、②行為が専
利権の行使、③行為者は専利権範囲内の専利権の行使、④専利権の設定の目的に
反する行為に該当、⑤社会の公共利益又は他人の利益に損害をもたらし、この損害は
すでに発生又は発生する恐れがある、⑥行為者の主観的な状態は故意であることが
必要である 28。
<中国における知的財産権の濫用の現状>
わが国の利益に影響する知的財産権の濫用疑いのある行為は、①正当な理由な
きライセンス拒絶、②強制抱き合わせ販売、③取引制限、④価格差別、⑤略奪的
な価格の決定、⑦権利者によるカルテル、⑧標準の濫用、⑨権利救済手段の濫用
である 29。
最もよくみられる濫用行為は、権利行使の悪意な怠り、権利侵害の警告書、仮
処分の濫用である。
<権利の濫用を有効に予防する社会環境づくり 30>
①知的財産権の濫用の防止の宣伝の強化、②政府の企業に対する指導を強化、
③情報の伝播の促進、④中小企業の発展の扶助がある。
<専利権濫用行為への規制の法的根拠となるもの>
①『民法通則』第 4 条、第 7 条、②『著作権法』第 4 条、③『専利法』におけ
る強制実施許諾制度、④『契約法』第 329 条、第 334 条、
『合資経営企業法実施条
例』第 43 条、
『技術輸出入管理条例』
、⑤『対外貿易法』第 30 条、
『独占禁止法』
第 55 条、
『反不正当競争法』
、
『対外貿易法』における競争に対する制限の規定、
⑥『専利法』第 47 条、
『商標法実施条例』第 36 条などの無効審決の効果、⑦『専
27
「ガイドブック」p.89
28
郭禾等「専利権の濫用の法律規制」
『専利法及び専利法実施細則の第3回改正に関する研究報告』中巻(2006
年 4 月、知識産権出版社)p.1162
29
30
「ガイドブック」p.94
「ガイドブック」p.94-97
- 114 -
利法』第 75 条のような権利の濫用の防止の規定、⑧『民事訴訟法』提訴前の保全
の担保の提供を要件とし、救済手段の濫用の防止を図る。
<知的財産権の濫用の防止のために法制度の重点 31 >
知的財産権の保護における指導的な原則は利益衡平の原則である。法律の空白
を早急に補填するための事項として、知的財産に関する独占禁止の具体的なルー
ルの制定がある。そして、
「反不正当競争法」
、知的財産関連の専用の法律、
「対外
貿易法」
に対応する方法の制定等を通じて不法な独占以外の濫用行為を規制する。
濫用行為の認定に考慮される要素は、①社会の進歩を妨げるか、②有効な競争を妨
げるか、③公序良俗違反か、④公平の原則違反か、⑤公共の利益を損害するかである。
<専利権の濫用に関する専利権法における規制 32 >
①強制実施許諾制度による専利権の濫用防止
専利法第 48 条第 1 号の不実施または不十分な実施、専利法第 48 条第 2 号の
専利権者による専利権の行使の行為が独禁法により独占行為と認定され、当
該行為が競争に対して生じた不利な影響を除去または低減させる目的であ
る場合の強制実施許諾制度がある。
②公知技術の抗弁による専利権濫用行為の抑止
専利法第 62 条のすでに公知の従来技術を悪意に利用して専利出願し、従来
技術の実施を阻害することを防止するための規定である 33。
③並行輸入の合法化による専利権濫用のリスク低減
専利法第 69 条第 1 号の専利製品の市場における流通及び使用が制限される
ことを防止し、正常の取引秩序を維持するための規定である 34。
④専利権の濫用行為を制限するその他の規定
ⅰ)専利法第 15 条第 1 項の専利権の共有者が互いに牽制しあって専利の
実施ができなくなることを防ぐための規定である。
ii)専利法第 61 条第 2 項(専利権評価報告制度の導入)
、方式審査のみに
より実用新案専利権と意匠専利権が付与される制度の悪用防止のため
の規定である。
iii)専利法第 69 条第 5 号(ボーラー条項)
、後発の医薬品及び医療器械が専利
31
32
33
34
「ガイドブック」p.94
郭禾「中国新特許法の注意点と留意点」早稲田大学シンポジウム 2009.3.18.p12-15
「釈義」p.131
「釈義」p.145
- 115 -
権の保護期間満了後可及的に市場に投入することを可能にし、社会の公衆
が可及的に安価な医薬品及び医療器械を入手可能にするための規定である 35。
iv)専利法第 5 条第 2 項&第 26 条第 5 項、違法な手段を用いて遺伝資源を獲
得又は利用し、当該遺伝資源に依存して完成された発明について、公法の
観点から専利権を獲得する機会を剥奪する。
<「公共の利益」に関する解釈>
専利法第 49 条自身は今回の法改正では特に変更がなかった。ここでは、
「公共
の利益」に対する解釈を紹介したい。
① 改正専利法第 49 条の「公共の利益」に対する解釈
「2.公共の利益の目的のため。例えば、公共利益のために特許された
36
汚染防止し、処理する発明について強制実施許諾を与える。
」
② 改正専利法第 5 条の「公共の利益」に対する解釈 37
「公共の利益」は、社会公衆の共同利益を指す。公共安全、環境保護、
公共的秩序等が含まれる。
③ 旧専利法第 49 条の「公共利益」に対する解釈 38
「公共利益のため」は、
「主に国民経済及び公共衛生、人民の健康等の
状況の必要から付与される強制実施許諾であり、例えばある特許技術
がある種の環境汚染を改善する重要な意義を有している場合で、かつ
この汚染はわが国において深刻で、国民の身体、健康に直接的に危害
を及ぼすときで、国家知識産権局は本条に基づいて、当該特許を実施
する強制許諾を付与することができる」
。
④ 第3回専利法改正の過程における議論
『専利法実施細則』改正に関する研究報告において、
(二)現実の経済
技術条件において、強制実施許諾制度への期待及び需要として、1.公
共健康分野、2.科学技術分野、3.環境保護分野が挙げられている。前
記「3.環境保護分野」において、環境汚染と環境破壊はすでに持続的
な発展を阻害する最大の問題になっている。・・・このような状況の下
で、環境問題への対応のために専利の強制実施許諾を実施することは、
「公共利益」に関する目的及び条件に完全に合致するのみならず、わ
が国の環境保護の側面から専利の強制実施許諾制度の現実的な需要
35
36
37
38
「釈義」p.148
「釈義」p.111
「釈義」p.11
中華人民共和国国家知識産権局条法司著 中島敏訳『中国特許法詳解』
(発明協会、2007 年)p.329
- 116 -
でもある 39。
また、
「
『専利法実施細則』改正に関する研究報告」では、次の記載が
ある。専利法第 49 条は、1992 年専利法改正時 TRIPS 協定に基づいて
作成されたもので、 TRIPS 協定第 31 条の関連規定の影響を受けてい
る。TRIPS 協定 31(b)と専利法第 49 条の関連表現とを比較すると、
専利法第 49 条が、
「公共的非商業的目的のため」を「公共利益の目的
のため」に改めたのは、おそらく強制許諾の適用範囲を拡大するため
であろう 40。
(エ)上記9つの「措置」における措置「⑥ 知的財産権の仲介サービスの発展」41
「綱要」における「知的財産権の仲介サービス」とは、行政機関、司法機関、企業
または事業単位、社会団体または個人に提供される知的財産権に関連する仲介サービ
スである。
「綱要」における「知的財産権の仲介サービス体系」とは、関連の法律・法規、部
門及び地方政府の規章によって構成される知的財産権の仲介サービスの法律規範、仲
介サービス機構及びそのスタッフによって構成される知的財産権の仲介サービスを携
わる主体、政府主管部門、知的財産権の仲介サービス協会によって構成される知的財
産権の仲介サービス行政管理及び自律管理主体、関連の政策措置、保障措置によって
構成される知的財産権の仲介サービスの基礎的保障で、共同で組織され、知的財産権
の仲介サービス活動を正常で秩序よく展開できるようにする一体的なシステムである。
<知的財産権の仲介サービスの役割>
知的財産権の仲介サービスは知的財産の創造、運用、保護及び管理の各段階を
貫き、仲介サービスの広さ、深さ、品質及びレベルは知的財産制度の正常な運営
の保障、知的財産制度の役割を充分に果たし、わが国の自主的なイノベーション
の強化、
わが国の国際的な競争力の向上に対して大きな影響を及ぼすものである。
<知的財産権の情報サービス体系の構築に関する全体的な目標>
①知的財産権の仲介サービス業の発展に有利な市場環境、法律政策環境、管理
制度及び基礎保障条件の創設、②素質の高い知的財権産の仲介サービス人材の育
成、③サービスが規範的で、誠実かつ信用を守り、専門的レベルの高い知的財産
権の仲介サービス機構、④サービス領域を広げ、社会市場経済体制及びイノベー
39
李順徳等「専利の強制実施許諾制度の改善に関する研究報告」
『専利法実施細則』改正に関する研究報告(知
識産権出版社、2008 年 6 月)p.1063-1064
40
単暁光等「専利の強制実施許諾制度の改善」
『専利法実施細則』改正に関する研究報告(知識産権出版社、
2008 年 6 月)p.1099-1100
41
「ガイドブック」p.129、p.139-143
- 117 -
ション型国家に必要な機能を備え、効率よく運営され、管理が協調される知的財
産権の仲介サービス体系を形成し、品質・効率ともに高いサービスを提供し、全
社会の知的財産権の仲介サービスの需要を満たす。
<知的財産権の仲介サービス体系の改善に関する戦略的な措置>
1.仲介サービス管理の改善、2.知的財産権の仲介サービスのトレーニングを強
化し、知的財産権の仲介サービス能力を向上させる、3.業界の協会の育成、4.技
術マーケットの役割を果たすように、5.知的財産権の情報サービスがある。
以上
- 118 -
Ⅱ.中国における特許権の制限について
(齋藤 委員)
中国は、2001 年 12 月に WTO に加盟して TRIPS 協定が適用されることになったのを機
に、現在まで知的財産関係の法令およびその運用の整備を進めてきた。わが国の国際知的
財産保護フォーラム(以下、IIPPF)が第 1 回官民合同訪中団を派遣したのは 2002 年 12 月
であるが、それ以降、2009 年 2 月の第 6 回目の派遣に至るまでの間、中国の中央政府と地
方政府において法令整備は徐々に進み、その執行態勢も充実して、運用面でも多くの改善
が見られる。
しかし、この間、中国の経済規模は著しく増大し、名実ともに世界の工場として機能す
るようになった。アメリカに次いで世界第 2 位の規模に達する量的な拡大によって、中国
の中央政府と地方政府の知財保護の努力の成果は相殺され、知的財産権侵害に係る紛争の
総量が減少したと評価する報告は聞かれない。現在、中国には、世界最大の生産量を保持
するのにふさわしい法制度を整備し、それを実効的に運用することが望まれている。
このような状況の中で、中国において知的財産権に関するする法令の改正と整備が進ん
でいる。特に、特許権に関係する分野については、中長期的に企業の競争力に大きな影響
を及ぼすことから、わが国の産業界の関心は大きい。
本稿は、中国における特許に係るさまざまな法制度の制定または改正等が、わが国を含
む外国の企業にどのような影響を与えるのかについて考察するものである。それぞれの項
目について筆者が注目すべきと考える事項を、
「注目:」として付記している。
<総 括>
本稿の要点は次の通りである。
○ 中国では国家知的財産権戦略綱要の考え方に沿って知的財産権法の整備が進んで
いる。
○ 多くの産業分野において公共の利益を優先する仕組みが見られるが、それが実際に
どのように実施されるかが問題である。
○ 中国政府が行う統一規格化・標準化等の動向と影響については、注意深く見守る必
要がある。
○ 中央政府から地方に移管される法執行業務の運用については、統一性を欠くことが
懸念される。
<各 論>
1.日中間の知財交流の経緯
1978 年に日中両国間の特許庁交流が開始されて以降、民間も含めてさまざまな交流が行
- 119 -
われ、2008 年に日中知的財産権協力 30 周年を迎えた。中でも、日本の多くの企業団体や
企業が参加する IIPPF は、毎年のように官民合同訪中ミッションを中国に派遣して、北京
の中央政府ならびに浙江省や広東省の知的財産権担当部門と知財保護の強化に向けた交流
を進め、一定の成果をあげてきた。
以下に、2002 年の第 1 回目と 2009 年の第 6 回目の訪中ミッションの特許権に関する討
議の要点を例示して対比し、変化の状況を概観する。
〔第 1 回訪中ミッション(2002 年 12 月)における国家知識産権局への要請事項〕
第1 全般
一 審査の促進と適正確保
二 優先審査制度・早期審査制度の導入
第2 特許関係の改善
一 新規性判断における公用に関する世界主義の採用
二 新規性喪失の例外の拡大
三 冒認出願の無効事由としての明示
四 プログラム自体及びビジネス方法の特許としての保護
五 間接侵害の新設
第3 実用新案の新規性について世界主義の採用及び権利行使の制限
第4 意匠の新規性についての世界主義、部分意匠の採用、保護期間、権利制度の制限
第 1 回目は、中国のどの部局がどのような知財保護業務を担当しているのかを明らかに
し、討議する課題を整理したうえで、日本側が示す懸念が日本企業の具体的な被害事例に
基づくものであることを示すことに大きな力が注がれた。これによって、現実を直視し、
事実に基づいてより良い方向を目指すという日中知財交流の基礎が築かれた。意見交換に
あたっては優秀な通訳を起用したが、知財分野の専門用語を適切に通訳するのには苦労が
あった。表敬の挨拶とともに、相互に現状認識と考え方を紹介し合うことを通じて、相手
方を理解することを前提とした交流が始まったのである。
第 6 回訪中ミッション(2009 年 2 月)では、国家知識産権局に対して日本側から「中国
の華為技術が、特許の国際出願件数の第 1 位企業になった」ことについて言及された。中
国には既に量の面で世界屈指の技術開発力を有する企業が存在するのである。中国企業は
基本特許を出願していないと指摘する向きがあるが、特定の基本特許を多数の周辺特許で
包囲すれば、当該分野において競争優位を築くことは可能である。そして、その技術力を
基盤にして開発を継続すれば、いずれ基本的な特許を考案することも可能になる。わが国
にも、このような経緯をたどって技術力を身につけた企業がある。努力を継続すれば、量
は質に転化するのである。現在の中国企業は、この段階にあるといえる。
近時の中国の知財法制度とその運用は、比較的細部に至るまで同国の国家戦略に整合し
ているように見える。国の政策に則って、中国企業は知財経営力を徐々に強化している。
本稿では、国家知的財産権戦略綱要、改正特許法(専利法)
、独占禁止法、技術輸出入管理
条例およびこれに関する管理弁法、対外貿易法、標準発展計画などについて中国政府の特
- 120 -
許権の取り扱い方を検討し、
今後のわが国と中国の交流において注目すべき点を考察する。
2.国家知的財産権戦略綱要と特許権
中国の国家知的財産権戦略綱要(以下、綱要)は 2008 年 6 月に公布された。綱要の構成
は、2002 年 7 月に決定された日本の知的財産戦略大綱に似ているので、日本の知財関係者
には理解し易いものである。以下に、綱要に掲げられた特許関係の事項を抜粋して例示列
挙し、中国の知財戦略の中で特許権に係る制度が担う役割を概観するとともに、今後の運
用の方向性を考察し、注目すべき点を記す。
〔以下、綱要から主な事項を抜粋〕
二、指針思想と戦略目標
(二)戦略目標
(7) 今後 5 年間の目標によると、優れた植物新品種と高水準の集積回路配置図
設計を保有し、営業秘密、地理的表示、遺伝資源、伝統的知識と民間文化・
芸術が有効に保護され、合理的に利用される。1
注目:たとえば漢方薬製造に用いられる技術の保護が更に強化されるの
ではないかという懸念がある。具体的には、技術輸出入管理条例
の制限技術または禁止技術に指定されて取引が規制され、自由技
術として通常の取引を行うことが困難になるのではないかとい
うのである。中国企業と共同開発を行う外資企業が開発成果の持
ち出しを制限されまたは禁止されることになると、現在の事業に
支障が生じる可能性がある。
三、戦略の重点
(一)知的財産権制度の整備
(10)産業政策、地域政策、科学・技術政策、貿易政策と知的財産権政策の整合
を強化する。関連産業の発展に適した知的財産権政策を定め、産業構造の調
整と最適化を進める。
各地区の発展の特徴に合う知的財産権支援策を整備し、
地域の特色ある経済を育て、地域経済の調和発展を進める。重要な科学・技
術プロジェクトのための知的財産権業務体制を構築し、知的財産権の取得と
保護に重点をおき、全ての過程において助成支援する。対外貿易に関連する
知的財産権政策を整備し、対外貿易領域における知的財産権管理体制、早期
警戒・緊急体制、国外における権利擁護体制と紛争解決体制を構築し整備す
る。2
1
JETRO 北京センター知的財産権部 HP 参照。 http://www.jetro-pkip.org/html/ztshow_BID_212.html より入手可
能(最終アクセス日:2010 年 2 月 26 日)
。P.3 参照
2
脚注 1 P.4 参照
- 121 -
注目:経済的な政策と知的財産権に関する政策の整合を強化する際に、
国内の事情を優先するために、国際的に共有されている知財制度
から逸脱した独自の制度を構築して運用する可能性がある。また、
地方産業を育成する過程において、知的財産権制度の運用を地方
の行政機関に委ねた場合、地方保護主義的運用が行われる可能性
がある。
(四)知的財産権の濫用の防止
(14)関連する法律・法規を制定し、知的財産権の境界を合理的に定め、知的財
産権の濫用を防止して、公正な競争のための市場秩序と人々の合法的権益を
維持する。3
注目:今後、具体的に個別の法律等によって、さまざまな知的財産権に
ついて、どのように範囲が規定され、濫用に当たるとして規制さ
れることになるのかに注目したい。国内の秩序ある経済発展に努
めている中国政府が、国内の諸事情に配慮して、知財先進諸国と
は異なる新たな知財法制度を創出し試行する可能性がある。
四、専門任務
(一)専利
(16)国家の戦略的需要を主導として、バイオ、医薬、情報、新材料、先端製造、
先端エネルギー、海洋、資源環境、現代農業、現代交通、宇宙航空等の技術
分野で前倒しに計画を作成し、中核技術に関する専利を保有して、わが国の
高度技術産業と新興産業の発展を支える。4
注目:中国が重点的に技術開発する分野が明示され、この分野に国家が
戦略的に関与すること、およびコア技術については知的財産権を
取得して産業発展を促すことが表明されている。その具体的な実
施状況に注目したい。
なお、ハイテク企業認定管理規則(2008 年 4 月 14 日公布)の附
属文書には、国が重点的に支援するハイテク分野として、次の技
術が列挙されている。中国の重点分野は明確である。
1.電子応報技術
2.バイオ及び新医薬技術
3.航空宇宙飛行技術
4.新材料技術
5.高度技術サービス業
6.新エネルギー及び省エネルギー技術
7.資源及び環境技術
3
4
脚注 1 P.5 参照
脚注 1 P.5 参照
- 122 -
8.ハイテク技術による従来型産業の改造
(17)標準化に関連する政策を制定し、整備する。特許(専利)を標準に盛り込
むような行為を適正化する。企業や業界・協会の国際的標準化の制定への積
極的な関与を支持する。5
注目:中国が特許権を中核にしてどのような標準化を進めるのかに注目
したい。また、国際標準への積極的参加を奨励しているが、そこ
では中国企業が、国策に沿ってリーダーシップを発揮することが
予想される。
その国際標準がもたらすさまざまな効果に注目する必要がある。
(20)専利の保護と公共利益との関係を的確に扱う。法によって専利権保護を図
るとともに、強制許諾制度を整備し、例外制度の役割を発揮し、合理的な関
連政策を検討・制定し、公共危機の発生時に人々が必要とする製品とサービ
スを適時且つ十分に取得できるよう、保証する。6
注目:特許権等の保護と公共の利益の確保のバランスをとることが宣言
されている。
特許権等の強制許諾制度や例外制度の具体的な運用方法に注目
したい。
(五)植物新品種
(31)資源の供給者、育成者、生産者と経営者との間の利益関係を合理的に調整
し、農民の合法的権益の保護に留意する。植物新品種育成者権の保護に対す
る種苗事業者および農民の意識を高め、品種育成者権者や品種の生産・経営
事業者および新品種を使用する農民が、共同して利益を得られるようにする。7
注目:中国においては、植物新品種育成と農村振興の問題は切り離せな
い重要な政策課題である。この分野の関係者の間の経済的調和を
具体的にどのように図るのかに注目したい。
(六)特定領域における知的財産権
(33)遺伝資源の保護、開発と使用の制度を整備し、遺伝資源の流失と無秩序な
使用を防止する。遺伝資源の保護、開発と使用との利害関係を協調し、遺伝
資源の取得と利益共有のための合理的な仕組みを構築する。遺伝資源提供者
のインフォームド・コンセント権を保障する。8
注目:中国は豊富な遺伝資源保有国であるとされており、その保護と利
用を効果的に調整する政策や運用の仕組みを構築することが明
記されている。これがどのような形で具体化され、いかなる影響
5
6
7
8
脚注 1
脚注 1
脚注 1
脚注 1
P.6 参照
P.6 参照
P.8 参照
P.8 参照
- 123 -
を外資企業に及ぼすことになるのかを見守りたい。
(34)伝統的知識の保護制度を構築し、整備する。伝統的知識の整理と継承を助
成し、伝統的知識の発展を促進する。伝統医薬の知的財産権の管理、保護と
利用の協調メカニズムを整備し、伝統的加工技法の保護、開発と使用を強化する。9
注目:中国の伝統的な知識・加工技法等の保護が強化される。特に、わ
が国の漢方薬の分野において利用や共同開発成果の移転が規制
されると少なからぬ影響が生じる可能性があり、その動向に注目
したい。
(七)国防知的財産権
(37)国防知的財産権の統括的な協調・管理メカニズムを構築し、権利の帰属と
利益の配分、有料使用、奨励メカニズムおよび緊急時の技術の有効実施等の
重大な問題の解決を図る。10
(38)国防知的財産権の管理を強化する。知的財産権管理を国防科学研究、生産、
経営および装備の調達、保障とプロジェクト管理などを各セグメントに導入
し、重大な国防知的財産権の制御力を増強する。キーテクノロジー・ガイド
ラインを発表し、武器装備のキーテクノロジーならびに軍用と民用を連結し
たハイテク領域で、自主的知的財産権を形成する。国防知的財産権のセキュ
リティー事前警戒メカニズムを構築し、軍事技術の提携と軍需品貿易におけ
る国防知的財産権について特別審査を行う。11
(39)国防知的財産権の活用を促進する。国防知的財産権の秘密保持と秘密開示
制度を構築し、国家安全と国防利益を確保したうえで、国防知的財産権が民
用領域へ移転するよう働きかける。民用領域の知的財産権を国防領域で活用
するよう、奨励する。12
注目:国防に関する知的財産権について、緊急時の有効実施・重要技術
の管理強化・秘密保持と秘密開示制度の構築等が行われる。中国
の国防関連知財に関する規制等の動向、ならびに民間技術を軍用
に移転する際の知的財産権の取り扱い方に注目したい。わが国に
は、外国企業のように軍事に係る秘密特許制度に慣れていない企
業が多いので、とくに軍事転用が可能な民生技術について無用の
紛争や混乱が生じないようにする必要がある。
五、戦略措置
(六)知的財産権の仲介業務の発展
(53)知的財産権の事前警戒・応急メカニズムを構築する。重点領域における知
9
10
11
12
脚注 1
脚注 1
脚注 1
脚注 1
P.8 参照
P.9 参照
P.9 参照
P.9 参照
- 124 -
的財産権の発展状況を発表する。発生し得る知的財産権紛争、争議と突発的
事件など、広範囲に及び、影響の大きなものについては、事前予防計画を策
定し、適切に対応して、損失を制御し、軽減させる。13
注目:どの分野の紛争や事件が対象になるのか、どのような解決策が検
討されるのか等に注意しつつ、公表される重点領域に関する情報
に注目したい。
3.改正専利法(2009 年 10 月施行)の留意点
(1)強制実施許諾
過去に中国の強制実施許諾例は無いが、国際条約との整合の確保、権利者による権利
の十分かつ迅速な実施を促す規定であると説明されている。強制実施許諾を取得した場
合、実施料の額は当事者間の協議で定めるが、合意に達しない場合は、国務院特許行政
部門が採決する。
(57 条)14
48 条(不実施特許権・独占行為と認定された特許権に対する強制実施許諾)
次の状況の一(筆者注:下記の 1 号または 2 号)に該当する場合、国務院特許
行政部門は実施条件を具備する単位または個人の請求にもとづき、発明特許又
は実用新案特許を実施する強制許諾を付与することができる。15
48 条 1 項 1 号
特許権が付与された日から満 3 年を経過し、かつ特許出願の日から満 4 年を経
過しても、正当な理由なくその特許を実施せず又は充分実施しない場合。16
注目:本号は、パリ条約の関連規定に整合する規定であると説明される。
正当な理由がない場合および十分に実施しない場合の定義について
は、特許法実施条例等で具体的に規定されることになるので、注目
したい。企業としては防御の目的で特許出願することの是非が問わ
れ、営業秘密として保有する方が効果的であるという判断もあり得
る。さらに、強制許諾を与える場合に、技術輸出入管理条例が適用
されることになると、同条例によるライセンサーの責任を自動的に
負わされることになるのか明らかでない。同条例は、ライセンサー
が、特許の完全性を保証し、契約に定めた技術情報を達成できるこ
とを保証することが義務付けているので、外国企業に対しては、強
制実施の許諾がノウハウ提供を義務づけることになる可能性がある。
この点に関する諸法令の制定および運用の動向に注目したい。
13
脚注 1 P.12 参照
「中国特許法・第 3 次改正ガイドブック」国家知識産権局条法司編、中島敏・権鮮枝訳 社団法人発明協会 P.39
15
脚注 14 P.33
16
脚注 14 P.33,35
14
- 125 -
48 条 1 項 2 号
特許権者の特許権行使行為が独占行為であると法により認定され、当該行為が
競争に対して生じた不利な影響を除去又は減少させる目的である場合。17
注目:独占禁止法との整合性を確保するための規定とされるが、同法によ
り規定される独占禁止行為の範囲が問題になる。関係法令等で規定
されるので、その公表に注目したい。
50 条(公共の健康を目的とする製品輸出の強制実施許諾)
公共の健康の目的のために、特許権を取得した薬品に対して、国務院特許行政
部門は製造しかつこれを中華人民共和国が加盟する関係国際条約に規定する国
家又は地域に輸出する強制許諾を付与することができる。18
〔参考 1〕WTO 閣僚会議 2001 年「TRIPS 協定と公衆衛生に関する宣言 5.(c)」
各加盟国は何が国家緊急事態その他の極度の緊急事態を構成するかということ
を決定する権利を有する。また、HIV/AIDS、結核、マラリアや他の感染症に関
わるものを含め、公衆の健康の危機が、国家緊急事態その他の極度の緊急事態に
19
相当することがあり得ると理解される。
〔参考 2〕WTO 一般理事会 2003 年「TRIPS 協定と公衆衛生に関する閣僚宣言 6.」
を規定
TRIPS 協定第 31 条(f)は強制実施権を発動した国の国内市場への供給を許諾する
ものであるが、TRIPS 協定が改定されるまで、一定の条件のもとで、強制実施権
20
に基づいて製造された医薬品を他国に輸出することを認める。
〔参考 3〕WTO 一般理事会 2005 年 TRIPS 協定改正を決議し、上記〔参考 2〕
を恒久化
21
注目:中国特許法は TRIPS 協定の強制実施権に関する規定を適用して、
自国の国家緊急事態その他の極度の緊急事態が発生した場合だ
けでなく、他の国・地域にも輸出できることを明らかにした。具
体的な緊急事態の範囲がどのように定義されるのか、さらに、強
制実施権発動のために必要な企業との交渉・医薬品の登録・特許
権者との交渉等の手続がどのように規定されるのかについて注
目したい。
17
18
脚注 14 P.35
脚注 14 P.35
19
知的財産権のグローバル化-医薬品アクセスと TRIPS 協定 山根裕子 P.149
Implementation of paragraph 6 of the Doha Declaration on the TRIPS Agreement and public health; WT/L/540.
http://www.wto.org/english/tratop_E/TRIPS_e/implem_para6_e.htm より入手可能(最終アクセス日:2010 年 2 月
25 日)
21
Amendment of the TRIPS Agreement ; WT/L/641. http://www.wto.org/english/tratop_e/trips_e/wtl641_e.htm より入手
可能(最終アクセス日:2010 年 2 月 25 日)
20
- 126 -
52 条(半導体技術に関する強制実施許諾の制限)
強制許諾に係る発明創造が半導体である場合、その実施は公共の利益を目的と
するもの及び本法第 48 条第 2 号に規定する状況に限られる。22
〔参考〕TRIPS 協定 31 条(c)
他の使用の範囲及び期間は、許諾された目的に対応して限定される。半導体技術
に係る特許については、他の使用は、公的な非商業的目的のため又は司法上若し
くは行政上の手続の結果反競争的と決定された行為を是正する目的のために限
23
られる。
注目:強制実施の対象は、公共利益目的と独占行為の除去縮減目的に限
られるが、今後、具体的にどのように規定されて運用されるのか
に注目したい。
54 条(証明の提出)
(略)強制実施許諾を請求する単位又は個人は、合理的な条件でその特許の実
施を許諾するよう特許権者に請求したが、合理的な期間内に許諾を得られなか
ったことを証明する証拠を提出しなければならない。24
注目:具体的に「合理的」な範囲がどのように規定されるのかに注目し
たい。
(2)中国国内で完成された発明を外国で特許出願する際等の規制
外国親会社が、中国子会社で完成した発明の特許を受ける権利を確保し、親会社名義
で最初に外国で特許出願することが、法律で規制され、これまで不透明だった運用・解
釈が 20 条 1 項の改正によって明確になった。
〔参考〕改正前 20 条 1 項
中国の単位又は個人が国内で完成した発明創造を外国へ特許出願する場合は、ま
ず国務院特許行政部門に特許出願し、その指定した特許代理機構に手続を委任し
25
(略)なければならない。
20 条 1 項(中国で完成した発明の外国出願)
いかなる単位又は個人も中国で完成した発明又は実用新案を外国へ特許出願し
ようとする場合は、事前に国務院特許行政部門に報告し保密審査を経なければ
ならない。保密審査の手続き、期限等は国務院の規定により執行する。26
22
脚注 14 P.37
経済産業省 HP より引用。
http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/wto_agreements/marrakech/html/wto16m.html#31 より入手可能(最終アク
セス日:2010 年 2 月 25 日)
24
脚注 14 P.37
25
脚注 14 P.187
26
脚注 14 P.15
23
- 127 -
20 条 4 項(違反出願)
本条第 1 項の規定に違反して外国へ特許出願をした発明又は実用新案について、
中国へ特許出願した場合は、特許権を付与しない。27
注目:保密審査の詳細は国務院の行政法規で明らかにされるが、多国籍企
業の研究開発成果を「中国で完成した」とみなす要件および審査手
続きの透明性・簡便性に注目したい。国家知識産権局が重要軍事技
術と判断した場合には外国出願が禁じられ、違反出願をした発明に
ついては中国内で特許権が付与されず、世界最大の市場で権利が保
護されないことになる。
軍事技術等を対象とする秘密特許制度は他国にも存在するが、中国
の運用方法の適正性に注目したい。
71 条(無断外国出願、国家秘密漏洩の責任)
本法第 20 条の規定に違反して外国へ特許出願し、国家秘密を漏洩した場合は、
所属単位又は上級主管機関が行政処分を行う。犯罪を構成するときは、法によ
り刑事責任を追及する。28
注目:法定手続きを経ずに特許を外国に出願した場合は、刑事責任の対象
になることに留意しなければならない。これを回避するためにも、
保密審査手続きの簡明性が確保されているのかに注目したい。
10 条(特許出願権・特許権の譲渡、外国人への譲渡)
10 条 2 項 中国の単位又は個人が外国人、外国企業又は外国のその他の組織に特許出
願権又は特許権を譲渡する場合は、関係法律、行政法規の規定に従って手続を
行わなければならない。29
10 条 3 項 特許出願権又は特許権を譲渡する場合は、当事者は書面による契約を締結
し、かつ国務院特許行政部門に登録しなければならず、国務院特許行政部門が
公告を行う。特許出願権又は特許権の譲渡は登録の日から効力を生ずる。30
注目:外国人・外国企業・外国組織に特許出願権または特許権を譲渡する
ときには、対外貿易法または技術輸出入管理条例が適用されること
に留意しなければならない。
その際、両法令が高い透明性を保ち予見可能な状況で運用されてい
るか否かに注目したい。
(3)遺伝資源の保護、遺伝資源の由来の開示
中国の遺伝資源を重要な国家戦略資源に位置づけ、豊富に存在すると見られる中国遺
27
28
29
30
脚注 14
脚注 14
脚注 14
脚注 14
P.15
P.49
P.9
P.9
- 128 -
伝子の保護を強化している。特許法と管理機構を車の両輪として、保護制度の整備が進
められている。
5 条 2 項(遺伝資源の取得・利用と特許要件)
法律、行政法規の規定に反して遺伝資源を取得又は利用し、かつ当該遺伝資源
に依存して完成した発明創造に対しては、特許権を付与しない。31
26 条 5 項(発明・実用新案の出願書類)
遺伝資源に依存して完成した発明創造について、出願人は特許出願書類におい
て当該遺伝資源の直接の由来と原始的由来を説明しなければならない。出願人
が原始的由来を説明する方法がない場合は、理由を陳述しなければならない。32
注目:中国には生物資源と遺伝資源が豊富に存在するとされるが、遺伝資
源に係る制度全体が具体的にどのように構築されるのか、特に医薬
品・食品等の関係業界においてどのように透明度高く公正に運用さ
れるのかに注目したい。
(4)特許権侵害の例外の拡大
① 並行輸入行為を合法化
中国と先進国の経済力・技術力に大きな格差が存在し、高度先端技術分野の特
許は外国特許権者が所有している。中国の産業発展は、まだ外国の先端技術・外
国製品とその部品の輸入に相当依存している。そこで、中国で製造できずまたは
製造力が不足する特許医薬品の並行輸入を規定した、と中国政府は説明する。
69 条 1 項 1 号 特許製品又は特許方法により直接得られた製品を、特許権者又
はその許諾を得た単位、個人が販売した後、当該製品を使用し、販売を
申し出、販売し、輸入する場合は、特許権の侵害とみなさない。33
〔参考1〕WTO2001 年採択「TRIPS 協定と公衆の健康に関する宣言」(ドーハ宣言)
(d)各加盟国は、最恵国待遇及び内国民待遇に従うことを条件として、提訴され
34
ることなく、各自の制度を作ることができる。
(以上、要旨)
〔参考2〕TRIPS 協定 6 条
この協定に係る紛争解決においては、第三条及び第四条の規定を除くほか、こ
の協定のいかなる規定も、知的所有権の消尽に関する問題を取り扱うために用い
35
てはならない。
② ボーラ条項を導入
69 条 1 項 5 号 行政上の審査認可に必要な情報を提供するために、特許薬品又
は特許医療機器を製造、使用、輸入する場合、及びもっぱらこのために
31
32
33
34
35
脚注 14 P.7
脚注 14 P.21
脚注 14 P.47
脚注 19 参照
脚注 23 参照
- 129 -
特許薬品又は特許医療機器を製造、輸入する場合は、特許権の侵害とみ
なさない。36
〔参考〕WTO の裁決は、ボーラ条項が、ジェネリック医薬品が特許期間満了後に遅滞なく流通す
ることを促進する制度であるとして TRIPS 協定に反しないことを認めた、と中国政府は
説明している。
注目:一般に医療・医薬関係については、特許権の期間や、販売承認
手続きにおける透明性確保・判断基準の在り方などが問題にな
る。中国でこれらの制度がどのように構築され、運用されるか
に注目したい。
(5)算定が困難な場合の賠償、時効
65 条 2 項(損害賠償額の算定)
(略)権利者の損害、権利侵害者が取得した利益及び特許実施許諾料を確
定することがいずれも困難な場合は、人民法院は特許権の類型、権利侵
害行為の性質と情状等の要素にもとづき、1万元以上 100 万元以下の賠
償金を付与するよう確定することができる。37
68 条(特許件侵害等の訴訟時効)
特許権侵害の訴訟時効は 2 年間とし、特許権者又は利害関係人が侵害行
為を知り又は知るべきであった日から起算する。
(略)38
注目:近年、中国において特許権侵害に係る損害賠償額の認定は高額
化している。まず、権利者の実際の損害を算定して賠償額を確
定するが、その確定が困難な場合は、今回規定された1万元以
上 100 万元以下の範囲内で賠償金が認定される。この法定額の
妥当性判断は権利の価値評価や物価水準に応じて変わるので、
中長期的に注目したい。
なお、中国の時効は 2 年であることに留意するとともに、広大
な中国において侵害行為を知り得べき日が適切に特定される
のかに注目したい。
4.独占禁止法(2008 年 8 月 1 日施行)による知的財産権の制約
独禁法における知的財産権の基本原則は、次の3つであるとされる。
① 合法的に知的財産権を利用することは、違法ではない。
② 権利の利用範囲を超えると、違法になる可能性がある。
36
37
38
脚注 14 P.47,49
脚注 14 P.43,45
脚注 14 P.47
- 130 -
③ 権利の利用範囲を超え、かつ、競争制限効果がある行為は違法である。
しかし、独禁法の知財条項の規定だけでは具体性を欠き、権利の濫用行為の細則が公表
されるまでは予見可能性が低い。特に、著名で有力な企業(ビッグ・ネーム)は厳しく規
制される可能性がある。中国独禁法では市場シェアが 10%を超えると支配的地位にあると
される可能性があり注意が要る。
15 条(独占合意禁止の適用除外)
事業者が、合意の達成は次の各号に掲げる事由のいずれかに該当することを証
明できる場合は、
本法第 13 条
(競争関係を有する事業者による独占合意の禁止)
及び第 14 条(取引相手との独占合意の禁止)の規定を適用しない。
(筆者注:これにより、独禁法が規制する一定のカルテル行為・不公正な取引
方法が規制の対象外になる。
)
(1)技術改良・新製品の研究開発
(2)製品品質向上・原価引下げ・効率増進のため、製品規格および基準を統
一し、又は専業化による分業を実施
(3)中小事業者の経営効率を高め、中小事業者の競争力を増強
(4)エネルギー節約・環境保護・災害救助等、社会公共の利益の実現
(5)不況による販売量の著しい下降、または明らかな生産過剰の緩和
(6)対外貿易及び対外経済協力における正当な利益の保障
(7)法律および国務院の定めるその他の場合39
55 条(知的財産権の行使に対する適用除外)
事業者が知的財産権に関する法律、行政法規の規定に従い知的財産権を行使す
る行為には、本法を適用しない。但し、事業者が知的財産権を濫用し、競争を
排除し、制限する行為には本法を適用する。40
注目:
「濫用」の詳細な定義は不明だが、特許権者の権利行使が反競争的行
為であると認定されると、強制的に使用許諾の命令が出される可能
性がある。詳細な規則・ガイドラインの公表が待たれる。
28 条(事業者集中の禁止)
事業者の集中が競争の排除、制限効果を有し、又は有するおそれがある場合、
国務院独占禁止法執行機構は、事業者の集中の禁止を決定しなければならない。(略) 41
注目:市場支配力を実際に有していなくても、
「おそれ」を理由として有力
外資の規模拡大を規制することが可能であり、具体的な運用に注目
したい。
参考: 規制対象になる(可能性を含む)知的財産権の濫用行為の例
39
「中国経済六法・2010 年版」編集代表 森・濱田松本法律事務所 弁護士射手矢好雄 日本国際貿易促進協会 P.2208-2209
40
41
脚注 39 P.2215
脚注 39 P.2211
- 131 -
「平成 20 年度特許庁委託事業・中国独占禁止法の企業経営に与える知財活動・予測と運用策(JETRO
42
北京センター)
」 で詳細に検討されている。なお、最高人民法院「技術契約紛争案件審理への法律適用
43
の若干問題に関する解釈(2004.12.16)
」 では契約法第 329 条「違法な技術独占、技術進歩の妨害」の
範囲が例示されている。
〔特許プール〕2 以上の企業が特許技術を出し合い、当事企業は一括で当該特許を使
用し、第三者にもライセンスする。
〔再販売価格拘束〕知財権利者が権利を用いた商品を販売した後も、購入者の再販売
価格を拘束する。中国の内陸部と沿岸部の間で価格差設定を行う
と適用される可能性がある。
〔ライセンス拒否〕知財権利者が自己の独占的地位を利用して権利行使し、競争相手
に合理的条件のライセンスを拒否し、自己の独占的地位を強め、
競争を制限しかつ排除する。
〔抱き合わせ販売〕知財権利者が知財商品を販売する際に、権利の範囲を超えて、特
許がなく構成要素でもないものを抱き合わせて販売する。
〔価格差別化(差別対価)
〕知財権利者が同水準・同質の商品・役務の購入者に対し異
なる価格を要求する。
〔略奪性定価(略奪的価格)
〕知財権利者が競争相手を排除するために、原価以下の価
格で販売する。
〔超過販売(不公平な高価格)
〕知財権利者が市場支配的地位を利用し、正常な競争条
件では獲得できず、かつ、公正標準を大幅に上回る価格(料率)
を設定する。
〔グラントバック〕ライセンシーにおける技術改善を優先的にライセンサーに譲渡す
ることを定める。
〔技術ソース指定〕特定技術に係る製品・部品等について、知財権利者が指定した者
のみから仕入れることを義務付ける。
45 条(調査の中止、終了、再開)
独占禁止法執行機構が調査した独占の疑いのある行為に対し、調査対象の事業
者が独占禁止法執行機構が認可した期間内において具体的措置をとり、かかる
行為の結果を除去することを承諾した場合、独禁法執行機構は調査の中止を決
定することができる。
(略)44
注目:今後、具体的にどのように運用されるのかに注目したい。
42
JETRO 北京センター知的財産権部の HP 参照。http://www.jetro-pkip.org/upload_file/2009061974995081.pdf
より入手可能(最終アクセス日:2010 年 2 月 25 日)
43
JETRO 北京センター知的財産権部の HP 参照。http://www.jetro-pkip.org/upload_file/2007041249290157.pdf
より入手可能(最終アクセス日:2010 年 2 月 25 日)
44
脚注 39 P.2213
- 132 -
5.技術導入に対する制約と供与者側の過大な負荷
(1)これまでの問題点
(ア) 技術供与側が過度な責任を負担
① 技術供与者の保証等(技術輸出入管理条例 24 条)
・技術の合法的な所有者であることを保証する責任を負う(1 項)
・ライセンシーが第三者から権利侵害の訴訟を提起されてその旨をライセンサ
ーに通知した場合、供与者はライセンシーに協力してその障害を排除する責
任を負う(2 項)
・ライセンシーが契約の定めに従って導入技術を使用した結果、第三者の権利
を侵害した場合、供与者が責任を負う(3 項)45
② 供与技術の完全性等の保証(同 25 条)等
供与側は、供与する技術が完全で、瑕疵がなく、有効であり、契約に定めた
技術目標を達成できることを保証しなければならない。46
注目:特許については登録後も無効訴訟の可能性があり、完全性を 100%
保証するのは難しい。また、ライセンシーが導入技術を用いて生
産等を行う場合に、ライセンシーにおいて技術・製造を担当する
管理者や担当者の資質と人数、工場の生産設備などのレベルと量、
インフラ水準(電力の量・質、作業場の温度・湿度・クリーン度、
通信回線の量・質、他)を適切に確保できるか否かが問題になる。
これらの点については、供与側とライセンシーの間で事前に十分
確認する必要があるが、本条によれば最終的には供与側の責任に
なる。本条は外国企業に過度な負担を強いるものであり、当局に
よる適切な運用に注目したい。
③不当な制限条項の禁止(同 29 条(7))
技術輸入契約には、ライセンシーが輸入した技術を利用して生産した製品の
輸出ルートを不合理に制限することを、定めてはならない。47
注目:供与技術の完全性を保証する義務を負わされる不合理を、契約で
措置しようと、特許の完全性を保証できる国・地域に販売先を限
定することが考えられるが、これを当局がどのように判断するか
不透明である。
45
46
47
脚注 39 P.1148 参照
脚注 39 P.1148 参照
脚注 39 P.1149 参照
- 133 -
(イ) 地方により法令運用が不統一
地方政府が、
国家の法律法規を超える重い手続き負担を課す例がある。
例えば、
自由に契約できるはずの条項(契約期間、ロイヤリティ料率、契約の効力発生時
期、秘密保持期間、他)について指導し、従わなければ登録しない例がある。
(ウ) 手続きが遅滞
自由輸入技術に関する契約の登録は、決められた書類を調えれば 3 執務日以内
に技術輸入契約登録証が交付されるはずだが、半年かかった例がある。
(エ) これに対して、中国企業同士の間では「契約法」を適用して不都合を解消できる。
契約法 353 条(第三者の権益侵害)
譲受人が契約の定めに従い特許を実施し、
技術秘密を使用することにより、
第三者の合法的権益を侵害した場合、譲渡人が責任を負う。但し当事者が
契約で別途定める場合を除く。48
契約法 355 条(技術輸出入契約等の規定の適用)
法律、行政法規で技術輸出入契約又は特許、特許出願契約について別途規
定するときは、当該規定に従う。49
(オ) 技術輸入には禁止条項がある
技術輸出入管理条例 29 条(不当な制限条項の禁止)
技術輸入契約には下記の制限条項を含めてはならない。
(1)ライセンシーに技術輸入に必須ではない附帯条件を求めること。
必須
ではない技術、原材料、製品、設備または役務の購入を含む。
(2)ライセンシーに特許権の有効期間が満了し又は特許権の無効が宣告
された技術について、許諾使用料の支払いまたは関連義務の履行を
求めること。
(3)ライセンシーがライセンサーから提供された技術を改良し、または
改良した技術の使用を制限すること。
(4)ライセンシーにライセンサーが提供した技術に類似しまたは競合す
る技術を他の供給源から入手することを制限すること。
(5)ライセンシーに対し原材料、部品、製品または設備の購入ルート
又は供給源を不合理に制限すること。
(6)ライセンシーに対し、製品の生産数量、品種または販売価格を不合
理に制限すること。
(7)ライセンシーに対し、輸入した技術を用いて生産した製品の輸出ル
ートを不合理に制限すること。50
48
49
50
脚注 39 P.473
脚注 39 P.473
脚注 39 P.1148-1149 参照
- 134 -
(2)最近の手続き変更
技術輸出入管理条例に基づき、技術の内容に応じて禁止・制限・自由の3区分を
行う制度を維持したまま、その手続き・業務管轄が次の通り変更された。
(ア) 技術輸出入契約登記管理弁法(2009 年 2 月 1 日改正)
1 条(目的)
自由輸出入技術の管理を規範化し(略)
、技術輸出入管理条例に基づき(略)
制定する。
2 条(技術輸出入契約の範囲)
技術輸出入契約には、特許譲渡契約・特許出願権譲渡契約・特許実施許諾
契約・技術ノウハウライセンス契約・技術サービス契約及び技術輸出入を
含むその他の契約が含まれる。
5 条(地方商務主管部門が登録管理を行う契約)
各省、自治区、直轄市(略)の商務主管部門は(略)自由輸出入技術契約に
ついて登記管理を行う。
(略) ※以前は、商務部(中央政府)の業務だったが、国
家プロジェクトを除き地方に移管された。
6 条、7 条(支払い方法がランニング・ロイヤリティである場合と、それ以外の
場合とに分けて、60 日内を基本とする登記手続きの方法を規定している。
)
注目:ランニング・ロイヤリティに関しては、登記と実際の齟齬等の
原因で送金が円滑に行われないトラブルがあったが、今回、基
準金額が形成された後に、都度、登記することになったことに
より、円滑な運営が期待されている。51
(イ) 輸入禁止・輸入制限技術管理弁法(2009 年 2 月 1 日改正)
2 条、3 条(禁止技術、制限技術)
「中国輸入禁止・輸入制限技術目録」
(別途発布)に列挙される輸入禁止技
術を輸入してはならず、輸入制限技術を輸入する場合は本弁法に従って輸
入許可手続きを履行しなければならない。
7 条(貿易審査)
輸入制限技術の貿易審査には、次の(三)項が今回追加された。
(三)国内の特定産業の設立・加速に支障があるか否か。
8 条(技術審査)
輸入制限技術の技術審査には以下の内容が含まれている。
(一)~(四)国の安全、社会公共利益、公共道徳、生命・健康・安全、
環境、産業政策・経済社会発展の戦略、技術進歩と産業
革新、経済技術の権利利益
51
脚注 39 P.1153-1155。なお、一般に、
「技術輸出入契約登記管理弁法」の本来の目的は、登記を充実して、
不当な対価が国外に流出するのを防止することであるといわれる。
- 135 -
なお、省級商務部門は、輸入制限技術申請書の受領日から 30 営業日以内に、輸
入の許可・不許可を決定する。(12 条) 52
注目:新弁法は、これまで中央の商務部が行っていた制限技術の輸入
に関する審査・許可を、原則として省級商務部門に授権した。
この点について、審査期間の短縮が期待される一方で、法令の
解釈や運用方法が地方間で異なって統一性を欠き地方保護主義
的に運用される可能性がある点に注目したい。
6.違反者に対する措置
(1)対外貿易法(2004 年 4 月 6 日公布)
30 条(権利者行為に対する制限)
対外貿易の公平な競争秩序を脅かす次のいずれかの行為があるときは、国
務院対外貿易主管部門は、その被害を除去するために必要な措置を講じる
ことができる。
・ライセンサーが、ライセンシーからライセンス契約中の知的財産権
の有効性に関する質疑提出を阻止すること
・強制的な包括ライセンスを行うこと
・ライセンス契約の中で排他的グラントバック条件を定めること53
61 条(禁止類貨物の輸出入又は制限類貨物の無断輸出入)
(略)輸出入禁止技術の輸出入を行い、又は許可なく無断で輸出入制限技
術の輸出入を行ったものは、関連法律、行政法規の規定に基づき処分又は
処罰する。法律、行政法規に定めのない場合は、国務院対外貿易主管部門
が是正するよう命じ、違法所得を没収し、
(略)過料に処する。違法所得の
ない場合、(略)過料に処する。
(略)刑事責任を追及する。
(略)54
7.技術の管理・統括を指向する動き
(1)技術を国の管理下に置き、統括を指向する動き
(ア) 国家標準化管理委員会「第 11 次経済社会発展 5 ヵ年計画における標準発展計画
(2007 年 3 月公表)
」には強化の基本方針として、次の項目を挙げている。
・市場の要請に適合した規格を開発する
・農業、食品、安全、衛生、環境保全、省エネルギーとエネルギーの総合利用、
ハイテク産業、サービス業などの重要産業の競争力強化に役立つ規格
52
弁護士法人フラーレン HP を参照。http://www.fullerene.jp/act/2009/04/post_9.html#more より入手可能(最終ア
クセス日:2010 年 2 月 26 日)
53
脚注 39 P.1137 参照
54
脚注 39 P.1140
- 136 -
・自主創新技術に基づく規格の開発を強化する
・WTO ルールを遵守し、積極的に国際規格の採用を進めるとともに、中国の技
術的優位性ある規格を国際規格とする。これについては、国際標準化活動を
強化し、2010 年までに中国から 50 の国際規格案を提案する。
(イ) これまでに検討された中国標準および技術開示要求等の例
〔中国標準〕
・国家無線 LAN セキュリティー基準(WAPI 暗号技術、2003 年)
・P2P 管理国家標準検討(2008 年)
・センサーネットワーク標準(2009 年)
〔技術開示要求〕
・ソースコード開示要求
2008 年第 7 号 関干調整信息安全産品強制性認証実施要求的公告(情報
セキュリティー製品の強制認証の実施要求の調整に関する公告)2009 年
4 月 27 日公布
中国で生産・販売する IT 製品について、製品を制御するソースコード
の開示を強制するもので、非接触 IC カード、デジタル複写機、ATM シス
テム他が対象になる。
ソースコードの流出はハッキング・違法コピーの増加を招くとして米欧
日の業界が危惧している。
注目:実施時期が、当初予定の 2009 年 5 月 1 日から1年間延期され
て 2010 年 5 月 1 日とされた。本措置について技術先進国は
強く懸念しており、この動向に注目したい。
・エコカー技術開示要求
新エネルギー自動車生産企業及び製品参入管理規則 2009 年 7 月 1 日施
行製造する新エネルギー自動車に関するモーター・電池等の技術情報の
開示を義務付けるものである。
注目:技術の開示範囲がどの程度かにより、外国企業への影響は異
なってくる。営業秘密の開示を要求されると、企業経営への
影響は大きい。中国には世界の代表的な自動車メーカーの大
半が進出しているので、政府が意図して先端技術を収集すれ
ば世界の最先端の技術を取得でき、それを利用して先端技術
の開発を開始することができる。さらに、世界の技術を基礎
にした新たな世界標準を創出することも可能になる。このよ
うな観点から、関係当局の運用の実態に注目したい。
(2)標準・規格と特許権のバランス
技術標準を制定するにあたっては、技術を独占する特許権と、技術を共用する
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標準のバランスが重要だが、中国では、公共の利益が過度に強調されて、企業活
動を過度に規制される可能性がある。
国家知的財産権戦略綱要は「標準化に関連する政策を制定し、整備する。特許
を標準に盛り込むような行為を適正化する」としている。中国政府は、さまざま
な分野で標準化を奨励し推進することが予想される。
〔標準化の例〕
1. デ・ジュール標準(標準化機関による国家規格・国際規格。たとえば、JIS、
ISO、IEC、ITU 等の中国版)
デ・ジュール標準の制定については、ISO、IEC、ITUの3機関共通のパ
テント・ポリシー(2007年3月)が参考になる。
そこには、①規格開発の早い段階で特許権等の情報開示を求めること、
②開発中の規格に第三者特許が含まれる場合は、合理的かつ非差別的条
件で実施許諾等を求めること、などが示されている。
2. 事実上の標準(de fact standard たとえば、フォーラム標準、パテントプー
ル等)
中国市場で実績を積み重ねて世界標準にする戦略(Windows 型の中国
モデル)の可能性や、CD・DVD・Blue Tooth 等の仕組みに似た中国モデ
ルを構築する可能性などが考えられる。
注目:中国が事実上の標準を形成するときは、WTO 「貿易の技術
的障害に関する協定」
(1995 年発効)および WTO 「政府調
達に関する協定」
(1996 年発効。
「6 条 2 項 政府の調達基準
を設定する際には、国際規格を基礎にしなければならない」
)
等を遵守することが求められる。この遵守状況に注目したい。
8.中国の知財(特許)問題と日本企業の対応について
〔中国の立場〕
中国全域で、不平等感の無い経済発展を実現する必要がある。
世界最大の経済大国になることが視野に入った。13 億人の巨大市場が形成され、
一つの小世界が出現しつつある。
先進国追随型から、中国発の知財・規格・基準で世界をリードすることを目指す。
(1)中国内において、コア技術で主導的地位を築き、国の標準等に不可欠の貢献をする案
不可欠かつ代替不能のコア技術であれば、それを中核にした標準を形成すること
が考えられる。
しかし、中国の重要分野においては、この実現は極めて困難だと思われる。さら
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に公共の利益が考慮されて、強制実施権が行使される可能性もある。
(2)国際交流の場で、中国との協調を図る案
本稿のテーマを検討する場としては、以下のようなものが考えられる。
(ア) 2 国間
政府、産業界、官民合同
(イ) 多国間
WTO、G8、APEC・ABAC、ASEAN、多国間条約 等
注)政府間の場合は、途上国との連携が重要になる。
中国の知財交流相手同士の交流
アメリカ、EU、スイス、ロシア、日本、韓国
(
「2008 年中国知的財産権保護行動計画」に記載の国・地域)
産業界の国際連携
電機・電子、自動車、医薬品等の個別の業界
民間活動団体(IIPPF、米国商工会議所、ビジネスヨーロッ
パ等)
なお、個別の企業が中国政府方針と対峙する可能性もあるが、そのためには、技術
をブラックボックス化できることが重要であろう。
以 上
脚注にも記したが、本稿に引用した法令等の条文については、以下を参照した。
「中国特許法・第 3 次改正ガイドブック」
国家知識産権局条法司編、中島敏・権鮮枝訳 社団法人発明協会
「知的財産権のグローバル化-医薬品アクセスと TRIPS 協定」
山根裕子
「中国経済六法・2010 年版」
編集代表 森・濱田松本法律事務所 弁護士射手矢好雄
日本国際貿易促進協会
「JETRO 北京センター知的財産権部 翻訳資料(国家知的財産権戦略綱要)
」
「WTO 公衆衛生に関する 2003 年合意を踏まえた各国の国内制度整備状況調査研究報告書」
社団法人 日本国際知的財産保護協会
「平成 20 年度特許庁委託事業・中国独占禁止法の企業経営に与える知財活動・予測と運用策」
JETRO 北京センター 知的財産権部
「JETRO 北京センター知的財産権部 翻訳資料(技術契約紛争案件審理への法律適用の若干問題に関する解釈)
」
Implementation of paragraph 6 of the Doha Declaration on the TRIPS Agreement and public health; WT/L/540
Amendment of the TRIPS Agreement ; WT/L/641
「弁護士法人フラーレン HP 掲載(輸入禁止輸入制限技術管理弁法)
」
なお、本稿の目的である問題の所在に関する理解を容易にするため、筆者の責任において法令の主旨を保つよう
留意しつつ条文を要約・一部省略等して記載した。条文の正確を期すには原文を参照して頂きたい。
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Ⅲ.中国における技術標準と特許について
~技術標準を通じた事実上の制限を中心に~
(光主 委員)
1.技術標準とは
(1)定義
標準化「Standardization」とは、多様化・複雑化する事柄を共通化・単純化する行動を
指し、標準化により制定される取決めを標準「Standards」と言う。ちなみに、日本の工
業標準化法(昭和 24 年制定)は、
「適正且つ合理的な工業標準の制定及び普及により工
業標準化を促進することによって、鉱工業品の品質の改善、生産能率の増進その他生産
の合理化、取引の単純公正化及び使用又は消費の合理化を図り、あわせて公共の福祉の
増進に寄与すること」を目的とし(同 1 条)
、
「工業標準化」を鉱工業品の品質、生産方
法、使用方法等を全国的に統一し、または、単純化することとし、
「工業標準」を工業
標準化のための基準とする(同 2 条)
。
(2)目的
標準化の目的は、従来は、製品の適切な品質の設定、インターフェース等の互換性・
整合性の確保、生産効率の向上を図るところにあった。しかし、近年は、技術の普及、
安全・安心の確保(消費者保護等)、環境(省エネ、リサイクル等)を目的とするもの
が多く出されてきている。
(3)意義
標準化する意義は、互換性・相互接続性、市場拡大・技術普及、低コスト化・調達容
易化、品質・安全を確保するところに認められる。
(4)種類
標準には大きく分類して、
「デジュール標準」
、
「フォーラム標準」
、
「デファクト標準」
の3つの類型がある。具体的内容は次の通りである。
<デジュール標準>
公的に明文化され、公開された手続により作成された標準を言う。
(例)国際標準:ISO、IEC、ITU
国家標準:JIS、ANS、BS、EN 等
<フォーラム標準>
複数の企業等が集まった組織により作成した標準を言う。
(例)DVD、BD 等
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<デファクト標準>
個別の企業等の技術が市場で支配的になった標準を言う。
(例)Windows
(5)国際標準化機関
国際標準化機関についてまとめると、次の表のようになる。
IEC
国際電気標準会議
対象分野 電気技術分野
1906 年
設立年
会員数
ITU-T
国際電気通信連合
電気通信標準化部門
国際標準化機構
電気・通信を除く全分野 通信分野
1926 年:ISA 設立
1932 年
1947 年:ISO へ改組
76 カ国(*2)
157 カ国(*1)
291 社(*2)
正会員:56 カ国
正会員:106 カ国
加入団体:291 団体
準会員:20 カ国
準会員:57 カ国
ITU 加盟国:191 カ国
17500 規格以上
約 3000 規格
5794 規格(*3)
規格数
ISO
1
毎年 1100 規格新規策定
2
3
* :2008 年 12 月 31 日現在 * :2010 年 1 月5日現在 * :2007 年 12 月 31 日現在
(6)国際標準化の重要性
国際標準化における重要な点は、WTO の TBT 協定(1995 年)
、及び、政府調達協定
(1996 年)が、国内規制、調達基準を制定する際には、国際規格(IEC、ISO、ITU)を
基礎とすることを義務付けているところにある。これ等の規定に基づいて、各国は以下
のような活動を行っている。
・欧州: EU という枠組みの下に、IEC、ISO 等を活用した戦略的国際標準化による
欧州市場の囲い込みを実施。
・米国: TBT 協定の発効を受け、デファクトからデジュール標準重視に方針転換。
・韓国: 産官学が連携して推進。次世代移動通信、IPTV、次世代放送の早期活性化
に注力。
・中国: 自国の国家基準を国際標準とすることを目指している。
<参考> WTO/TBT 協定第 2 条第4項及び付属書3(抜粋)
加盟国は、強制/任意規格を必要とする場合、関連する国際規格が存在する時、
又はその仕上がりが目前である時は、当該国際規格又はその関連部分を強制/任意
規格の基礎として用いる。
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特許に関しては、国際標準化機関によるパテントポリシーを意識する必要がある。こ
れに関して、従来は、機関毎のパテントポリシーが異なり、機関毎のパテントポリシー
提出手続の煩雑さが問題となっていた。しかし、国際標準化機関によるパテントポリシ
ーの共通化が図られ、2007 年 3 月に IEC、ISO、ITU-T の会合である WSC(World Standard
Collaboration)による共通パテントポリシー等の運用が開始されている。
2.技術標準と特許権の概要
特許権が関わる標準化においては、
「事後標準から事前標準へ」
を基調とする必要がある。
特許権が関わる標準化は、成熟技術の規格化ではなく、先端技術の規格化で問題となり、
技術提案と特許出願との同時併行している場合と、ドラフト提案段階で特許が内在してい
る場合がある。また、そこには、特許活用を推進するという側面と、特許活用の弊害とい
う側面の二つの面が重なっている。
標準化団体でのパテントポリシーが確立し、特許が集約された技術標準が普及すること
は特許ライセンスの成功を意味する。したがって、技術標準策定では、早期段階でのパテ
ントポリシーを確立することが重要となる。
(1)IPR ポリシー
技術標準に含まれる IPR ライセンス許諾に関する取決めである IPR ポリシーは、次の
表のようにまとめることができる。但し、IPR ポリシーでは、RAND 条件(合理的且つ
非差別的(Reasonable and Non-discriminatory)条件)における「Reasonable(合理的)
」の
定義が不明確という課題を残している。
無償
会員
非会員
RAND 条件
標準化する
許諾不可
標準化しない
※ RAND 条件:合理的且つ非差別的(Reasonable and Non-discriminatory)条件
(2)特許プール
技術標準化に向けて仕様書を作成する過程で、標準に不可欠な「必須特許」を特定し、
当該特許権を保有する特許権者にパテントプールの形成、及びそれへの参加を提案する。
但し、パテントプールへの参加は強制できるものではないため、参加しない特許権者が
存在した場合、技術標準を利用する際に、それ等の特許権者と個別にライセンス契約を
締結しなければならないという問題がある。
特許プールの例として、次のようなものがある。
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<特許プール例>
標準名
MPEG 2
DVD(6C)
WCDMA
対象製品
DVD
DTV
STB
DVD ディスク
DVD
DVD ディスク
WCDMA 端末
必須特許数
約 750 件
約 850 件
約 325 件
(パテント・
ファミリー)
ライセンサー
ライセンシー
19 社
約 1500 社
9社
約 300 社
12 社
特許プールの重要性として、規格策定後に特許プールが設立され、組織としての特許
活用を推進することが挙げられる。これにより、研究開発成果の最大限に活用すると共
に、技術標準戦略とビジネス戦略を同時併行させることができる。
特許プールの今後の課題としては、次のものがある。
・多数の特許プール設立による実施料積上げ緩和
・特許権者に対する特許プール参加のインセンティブの確保
・特許プール参加の多種多様な特許権者の取り纏め
・特許プール不参加の特許権者による法外な実施料請求への対策
3.中国における技術標準
(1)動向
中国における技術標準の特徴は、「実施料支払の回避」と「技術力の誇示」という国
家戦略としての取組みであり、そのために、独自規格を策定し、それを国際標準化機関
へ提案することが行われており、こうした動きは増加傾向にある。
(2)概要
① 種類
中国における技術標準の種類は、
「国家標準」
、
「業界標準」
、
「地方標準」
、
「企業
標準」の 4 等級に分けてある。このうち、
「国家標準」が最も等級が高いものである。
「国家標準」とは、全国的範囲で統一を必要とし、国務院標準化行政主幹部門が
制定した技術基準をいい、その他の各級標準は全てこれに抵触してはいけない。
「業界標準」とは、国家標準はないが全国的にある種の業種の範囲内で統一を必
要とする技術基準について制定した標準をいい、専門性及び比較的強い技術性を
備えており、その制定は国家標準に抵触してはいけない。
「地方標準」とは、国家標準及び業界標準がない省、自治区、直轄市の範囲内で
統一を必要とする工業製品の安全、衛星基準について制定した標準であり、当該
行政区域内においてのみ適用され、国家標準及び業界標準に抵触してはいけない。
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「企業標準」とは、企業が制定した製品標準及び企業内で協調、統一を必要とす
る技術基準及び管理、業務基準について制定した標準である。
② 優先度
中国における技術標準の優先度は、以下のような優先順位となっている。
国家標準 > 業界標準 > 地方標準 > 企業標準
例えば、業界標準が国家標準として公布された後は、当該業界標準は即日は廃
止される。
③ 件数
中国における技術標準の総件数は、約 70,000 件有ると言われている。
(3)効力よる分類
中国における「国家標準」及び「業界標準」を、効力に従い、強制標準と推薦標準に
分類される。
各類型の概要は以下の通りである。
① 強制標準
・人体の健康、人身、財産の安全を保障する標準 及び、法律、行政法規による
強制実行を定めた標準を強制実行と定めた標準
・強制標準に合致しない製品の生産、販売、輸出は禁止
・3,000 件存在
② 推薦標準
・強制標準以外のその他の標準であり、企業が自主的に採用することを国が奨励
するもの
・17,000 件存在
(4)主要法令
中国における標準に関する主要法令は、次のようなものである。
法令名
公布機関
施行日
標準化法
全人代常務委員会
1989 年 4 月 1 日
標準化法実施条例
国務院
1990 年 4 月 6 日
標準化法条文解釈
国家技術監督局
1989 年 4 月 1 日
国家標準管理規則
国家技術監督局
1990 年 8 月 24 日
業界標準管理規則
国家技術監督局
1990 年 8 月 14 日
地方標準管理規則
国家技術監督局
1990 年 9 月 6 日
企業標準管理規則
国家技術監督局
1990 年 8 月 24 日
- 144 -
この中の主な法令の特徴は以下のようなものである。
<標準化法>
・標準の制定範囲、管理体制、分類・効力等を規定
・標準を制定する組織形態、標準の登録事項等を明確化
<標準化法実施条例>
・標準制定の具体的対象、基本的手順等を明確化
<国家標準管理規則>
・国家標準の管理行為を制定
・国家標準計画の制定手続及び基準等を規定
(5)独自規格
中国における技術標準の独自規格としては、次のようなものがある。
① デジタルテレビ関連規格
・地上波デジタルテレビ放送…
・モバイルテレビ………………
・デジタルオーディオ…………
・映像/音声圧縮………………
・次世代インターフェース……
清華大学(DTMB)と上海交通大学との融合方式
CMMB(China Mobile Multimedia Broadcasting)
DRA(Multi-channel Digital Audio Codec)
AVS(Audio Video Coding)
DIVA(Digital Interface for Video and Audio)
② 3G 携帯電話
・TD-SCDMA(Time Division Synchronous Code Division Multiple Access)
③ 次世代 DVD
・EVD(Enhanced Versatile Disc)
④ 情報設備資源共有サービス
・IGRS(Intelligent Grouping and Resource Sharing)
⑤ 無線 LAN
・WAPI(Wireless LAN Authentication and Privacy Infrastructure)
⑥ 非接触無線自動識別技術
・RFID(Radio Frequency Identification)
各独自規格の目的等は以下の通りである。
規格名
目的
地デジ
実施料支払回避
CMMB
実施料支払回避
TD-SCDMA
実施料支払回避
技術競争力確立
競合規格
備考
DVB
ATSC
ISDB
DVB-H
DMB
ISDB 他
国家強制標準(GB20600-2006)
WCDMA
CDMA2000
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計画遅延発生
国家推薦標準(GB/T220.1-2006)
11 社が端末発売(2008 年 8 月時点)
ユーザー数 27 万世帯
(2008 年 9 月時点)
規格名
目的
競合規格
備考
EVD
実施料支払回避
BD
FVD(台湾)
AVS
実施料支払回避
MPEG-4
H.264
IGRS
技術競争力確立
DLNA
WAPI
実施料支払回避
技術競争力確立
IEEE802.11
業界標準
EVD 自体のビジネスが殆ど無し
→ CBHD
Video 技術部分が国家推薦標準
(GB/T20090.2-2006)
政府が発起したが、業界内で2つ
の規格が並存
潰しあいでどちらも上手く行かず
米国との通商問題まで発展
国際標準化ならず
DRA
実施料支払回避
MPEG-2
DIVA
実施料支払回避
安価製品提供
HDMI
RFID
技術競争力確立
EPC(Gen2)
H.264 業界標準(SJ/T11368-2006)
CDIA が 2006 年 7 月に発足
規格化・IC 開発を推進
政府が発起するも関連部門間の
責任・役割が不明確で停滞
4.中国における技術標準の事例
(1)地デジ
中国デジタル TV の地上波伝送方式が国家強制標準(GB20600-2006)として、2006 年
8 月 30 日に公布され、2008 年 1 月 1 日に北京市で試験放送を開始した。
広電総局*「中国地デジ発展計画」
(2008 年 4 月)によると、
・3~5 年で人口の 90%のカバー率実現
・都市部は HD/SD 放送、農村部は SD 放送を主体
・地デジ三段階設備計画
- 2008 年:6 月北京五輪開催都市+2 都市で放送開始(第一段階)
- 2009 年:地方都市 360 箇所で SD 放送開始(第二段階)
- 2010 年:2077 県で SD 放送開始(第三段階)
とされている。 (*広電総局:中国の映画・TV の公衆放映内容を審査・管理する国家機関)
地デジ発展化計画は遅れ気味であり、地デジ普及に問題があるものの、現在も推進さ
れている。
(2)モバイル TV
国家推薦標準(GB/T20090.2-2006)として 2006 年に発表し、2007 年に商用テスト放
送に移行した。北京五輪(2008 年 8 月)までに約 2 万台がモニターを使用し、2008 年
末に 37 都市で 7 チャンネルの無料番組が受信可能となっている。2009 年に正式商用開
始し、113 県で放送が実施されている。2010 年末までに 5000 万世帯に普及する計画である。
広電総局が主導してコンテンツを提供し、中広衛星移動広播有限公司がネットワーク
運営し、20 社以上が受信端末(携帯電話・PDA・USB)を販売している。
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(3)EVD
ハイアール・TCL 集団等 19 社の中国電機メーカーにより、1999 年に開発が開始され、
2003 年 11 月に EVD 規格を策定した。2006 年 12 月には、EVD を推進し、現行 DVD 単
体機の生産を 2008 年までに停止すると発表した。その後、2008 年 3 月に、技術的改良
に伴い HD-EVD と名称変更している。もっとも、北京日報の報道(2008 年 3 月)によ
ると、EVD は撤退の危機に直面しているとされる。なお、新たな DVD 規格の策定がな
されているかは現在のところ定かではない。
(4)無線 LAN
無線 LAN の国際標準として、ISO/IEC8802-11:IEEE802.11 が存在するところ、中国は
独自の国家規格「WAPI」を 2003 年 5 月に策定し、WAPI に準拠しない製品の輸入、販
売の禁止、及び、中国企業への実施料支払の義務化を定めた。これに対して、米国が強
く反発し、米中間での通商摩擦に進展した。これを受けて、2004 年 4 月に中国側が妥協
し、WAPI の強制実施を無期延期した。2004 年 6 月に米国が IEEE802.11i を国際標準化
提案し、中国は同年 7 月に WAPI を国際標準化提案したものの、国際投票で WAPI の国
際標準化は否決され、IEEE 規格は 2006 年 3 月に承認された。
5.国家標準化管理委員会からの「特許に係る国家標準の制定及び改訂についての管理規
定(暫定施行)
」へのパブコメ募集
(1)
「特許に係る国家標準の制定及び改訂についての管理規定」概要
国家標準化管理委員会(SAC)は「特許に係る国家標準の制定及び改訂についての管
理規定(暫定施行)
:全 21 条」を起草した。その目的は、
・国家標準の特許に係る問題の適切な処理
・国家標準の制定及び改訂過程における特許に対する処置の規範化
・自主創新の奨励
・国家標準における新技術の合理的な採用の促進
・一般公衆や特許権者及び権利関係者の権益の保護
・国家標準の効果的な実施の保障
にあるとされ、これに対して、2009 年 11 月 30 日までに、パブリックコメントを国家標
準化管理委員会に返送することを要請した。
(2)
「特許に係る国家標準の制定及び改訂についての管理規定」条項案抜粋
第8条
標準の起草に参加する専利権者が標準に関連する専利について専業標準化技術
委員会などへの通知を怠った場合に、当該専利を無償で許諾したものとみなすと規
定
- 147 -
第9条
国家標準の制定・改訂が専利に関係する場合に、専利権者に対して当該専利を
(一)無償で許諾すること
(二)通常の実施料より明らかに安価な実施料で許諾する
(三)許諾に同意せず当該専利を標準に含めない
のいずれかを選択することを義務付け
第13条
国家強制標準が確実に専利に係る場合に、専利権者から無償の使用許諾を得るか、
関係部門と専利権者の間で専利の取扱いについて協議することが要請され、この協
議が合意に達しなかった場合には、国家標準の公布を暫時不許可とするか専利権を
強制許可すると規定
(3)
「特許に係る国家標準の制定及び改訂についての管理規定」の抜粋条項案、
第8条、第9条、第13条に関するコメント
日本の電機業界として、
「特許に係る国家標準の制定及び改訂についての管理規定」に
関し、抜粋した条項案に対しては、以下のようなコメントを提出した。
<第8条に対するコメント>
年間に数百~数千件といった多数の専利出願を行っている日本企業では、標準に関
連する専利を漏れなく抽出して通知することは困難なケースが有り、通知から漏れた
専利について無償で許諾したものとみなすことは、専利権者の権利を著しく制限する
ものである。
<第9条に対するコメント>
自己の専利が標準に関係することのみを理由に、
実施料の額を規定するものであり、
専利権を著しく制限するものである。
このようにコメントした根拠として、以下のような点を挙げた。
・本来、専利権の使用許諾の対価としての実施料金額は、被許諾者との協議など
通じて専利権者が主体となって決定するものであり、国家が実施料を設定する
ものではない。
・専利法第 16 条では、職務発明創造が実施された場合に、獲得した経済的利益に
応じた報酬を発明者等に支払うことを専利権者に義務付けており、これを受け
て専利法実施細則第 76 条ではこの報酬の額を、
専利権の被許諾者から得た税引
き後実施料の 10%以上と規定する。したがって、職務発明創造をした発明者等
に支払われる報酬が減額され、
専利法第 16 条で職務発明創造の発明者などに認
められた正当な報酬を受ける権利が毀損される
- 148 -
また、一部の中国先進企業では、技術開発から専利権取得、専利実施料取得、新た
な技術開発という継続的な開発サイクルを構築しており、第9条の規定に従えば、技
術開発をして専利権を取得しても、十分な実施料が得られなくなることから、新たな
技術開発を行うための経費が不足し、中国の技術開発が停滞することが懸念され、専
利法の目的(専利権者の合法的な権利の保護、発明創造の奨励、科学技術の進歩、経
済社会の発展等)と矛盾する。
<第13条に対するコメント>
この規定によると、次の2つの可能性が指摘される。
① 自己の所有する専利権が強制性国家標準に係る専利権者が無償の使用許諾を
拒み、関係部門との間で協議が行われ、この協議でも専利権者が無償の使用
許諾を拒み続けた場合には、専利権が強制許可される可能性有り。
②「専利が強制性国家標準に確実に係る」及び「専利権者が無償の使用許諾を
拒む」という2点のみをもって強制許可が認可される可能性有り。
また、専利法第 57 条及び第 58 条によれば、仮に強制許可が認可された場合には専
利権者は合理的な実施料を受けることができると規定しているが、
「特許に係る国家標
準の制定及び改訂についての管理規定」条項案の第13条による強制許可は専利権者
から無償の使用許諾を得ることができなかった場合を前提にしており、実施料は極め
て低額になることが危惧される。
よって、
「特許に係る国家標準の制定及び改訂についての管理規定」条項案の第13
条は、国家強制標準が確実に専利に係る場合に、専利権者に無償許諾或いは極めて低
額な実施料での強制許可を強いるものであり、専利権者の権利を著しく制限するもの
である。
- 149 -
Ⅳ.特許権等の効力の制限に関する中国法制等について
-日本企業の留意点と TRIPS 協定整合性を中心に-
西村あさひ法律事務所
弁護士
藤井 康次郞
弁護士・弁理士
濱野 敏 彦
台湾法弁護士・弁理士 孫
櫻 倩
本報告書は、当職らによる中国法弁護士(以下、「中国弁護士」という。)及び北京大学
国際知的財産権研究所張副教授(Dr. Guangliang Zhang)への照会結果、並びにこれらの照
会結果に対する当職らの評価に基づき記載するものである。また、本報告書における記載
は執筆者らによる法律的助言を含むものではない。なお、本報告書は基本的に 2009 年 12
月現在における状況をとりまとめたものである。
目
次
1.
国家の緊急事態・公共の利益の目的による強制実施 ・・・・・・・・・・ 151
2.
中国独占禁止法と強制実施・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・154
3.
特許権の共有における実施許諾の問題・・・・・・・・・・・・・・・・・158
4.
差止請求の制限(司法的強制実施)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・159
5.
中国における標準と特許・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・163
6.
契約法における技術独占及び技術阻害禁止条項・・・・・・・・・・・・・166
7.
技術輸出入管理条例とライセンサーの義務等・・・・・・・・・・・・・・170
8.
技術輸出入管理条例とノウハウの保護・・・・・・・・・・・・・・・・・174
9.
新エナルギー車参入管理規則について・・・・・・・・・・・・・・・・・176
- 150 -
1. 国家の緊急事態・公共の利益の目的による強制実施
(1) 中国特許法 49 条
中国特許法 49 条には、国家に緊急事態又は非常事態が発生した時、又は公共利益の目
的のために、国務院特許行政部門は発明特許又は実用新案特許を実施する強制許諾を付与
することができる旨規定されている。
もっとも、中国において現在までに中国特許法 49 条に基づく強制実施の例はない。ま
た、強制許諾の付与につき具体的に検討がなされた例も不見当とされる1。
同条の文言解釈として、「国家の緊急事態又は非常事態」について、その内容を一般的に
明らかとする法令や解釈、ガイドラインはない。ただし、公衆健康強制許諾弁法 3 条で
は、「中国での伝染病の出現や流行が公衆の健康に危機をもたらす場合、特許法 49 条で述
べる国家緊急事態に属する」とされている。また、現在中国においては、SARS 等の混乱を
受けて、国家緊急事態法の制定が計画されており、同法の制定により将来的に何が国家の
緊急事態・非常事態に該当するかがある程度明らかになる可能性がある。なお、現在施行
されている突発事件応対法においては、「本法における突発事件とは突発かつ重大な社会
被害を及ぼし、また突発かつ重大な社会被害を及ぼす可能性を持つ、緊急措置を取る必要
がある自然災害、事故災害、公共衛生事件及び社会安全事件のことである。それぞれの社
会被害の深刻さ、影響範囲を以って、自然災害、事故災害、公共衛生事件及び社会安全事
件は非常に重大、重大、比較的重大及び一般の四つの階級に分かれる。法律、行政法規又
は国務院において別途規定がある場合、それに応じる。突発事件の分級標準は国務院又は
国務院が確定する部門によって制定する」とされており(突発事件応対法 3 条)、一定程度
参考になるとされる2。
次に「公共の利益の目的」について検討するに、内容を一般的に明らかとする法令や解
釈、ガイドラインはない。また、一般に「公共の利益」の解釈が争われた訴訟(憲法訴訟や
行政訴訟等)等も不見当とのことである3。ただし、公衆健康強制許諾弁法 3 条では、「中国
での伝染病の出現や流行の予防又は抑制、及び伝染病の治療は、特許法 49 条で述べる公
共の利益を目的とする行為に属する」とされている。ここで、上記「出現」の「予防」という
のはかなり広いところまで入り得る点には留意すべきと思われる4。
1
中国弁護士の見解による。
2
本段落は全て中国弁護士の見解による。
3
中国弁護士の見解による。
4
なお、「公共の利益の目的」の解釈に際して、1992 年 EU マーストリヒト条約で規定された予防原則
といった概念を取り込むこともあり得るとされる(中国弁護士の見解による)。
- 151 -
(2) 環境問題・環境技術との関係
中国弁護士の見解では、大気汚染、土壌汚染、水質汚染、騒音等の重大な環境問題を解
決するために、かかる特許技術に対し強制許諾を実施する可能性もあり、また、さらに、
中国弁護士の見解では、人の健康との関係が薄い、省エネ技術や次世代エネルギーに関す
る技術が、「公共の利益」に対し重大な影響を与える又はその可能性があることが証明でき
れば、「公共の利益」のための強制許諾の対象となり得るとされる。ただし、北京大学張副
教授の見解では、「公共の利益」の概念の中核は、あくまで人の生命・身体の健康・安全で
あると思われるとのことである5。
(3) 強制実施と目的達成との関連性の程度
中国国家知識産権局条法司の関連責任者の説明によれば、「問題を解決するにあたり、
当該技術に「代替不可性」があり、かつ、問題の解決に「著しい作用」が発揮されるという関
係があれば、強制実施の対象となり得る」とされる6。
(4) 強制実施の手続
強制許諾を付与する機構は、中華人民共和国の国家知識産権局であり、中国国家知識産
権局は強制許諾の受理及び審査機関であり、強制許諾、強制許諾実施料の裁決及び強制許
諾終了の請求の受理、審査等を行う(強制許諾弁法 2 条)。
そして、中国特許法 49 条の規定に基づき、発明特許又は実用新案特許の強制許諾を請
求する権限を有する主体は、国務院の関係主管部門(例えば、衛生部や農業部等)に限られ
る(強制許諾弁法 4 条 3 項)7。「国家の緊急事態又は非常事態」や「公共の利益の目的」につい
ての調査も、国務院の関係主管部門の職責である。
特許権者等に事前にヒアリングは行われるのかという点については、中国特許法 49 条
の規定に基づいて強制許諾を請求する場合を除き、他の規定により提出した強制許諾申請
について、請求人又は特許権者がヒアリングを要求する場合は、国家知識産権局はヒアリ
ングを行うことができるものの、中国特許法 49 条に基づいて強制許諾を付与する場合、
5
当職らによる同副教授へのインタビュー結果による。
6
中国弁護士の見解による。
7
この点については、住民や地方政府等といった幅広い利害関係者を含めるように法律の改正が検討
されている(中国弁護士の見解による)。
- 152 -
ヒアリング手続は適用されない(強制許諾弁法 12 条 6 項)8。
(5) 不服申立て
特許権者が国務院特許行政部門による強制実施許諾の決定に不服がある場合、強制実施
許諾の実施料の裁決に不服がある場合は、人民法院に提訴することができる(中国特許法
58 条)。
ただし、裁判所は、行政事件の審理において、行政機関に越権行為があったか否か、具
体的行政行為が法定手続に違反しているか否か、及び具体的行政行為の法律適用が適正か
否か等を含む具体的行政行為の合法性のみに対して審査を行う(中華人民共和国行政訴訟
法 5 条)。この点について、中国弁護士の見解によれば、具体的な行政行為に対する審査
の重点は具体的な行政行為の合法性であって、合理性ではなく、また、裁判所は具体的な
行政行為の合法性を審査するとき、行政機関の行政管理専門範囲における判断を十分に尊
重し、簡単に自らの判断により、行政部門の判断を覆さないとされる。
立証責任の所在としては、行政機関は、実行した具体的な行政行為に対して挙証責任を
負い、実行した具体的な行政行為の証拠及びそれを裏付ける規範性文書を提出しなければ
ならない(中華人民共和国行政訴訟法 32 条)。
(6) TRIPS 整合性
中国特許法 49 条に基づく強制実施の場合には、TRIPS 協定 31 条(b)に規定される特許権
者等との事前の交渉が要求されないものと解されている(中国特許法 54 条参照)9。もっと
も、TRIPS 協定 31 条(b)によってかかる事前交渉が必要ない場合とされているのは、「国家
の緊急事態その他極度の緊急事態の場合又は公的な非商業的使用の場合」とされている。
この点について、上述したとおり、中国特許法 49 条の「公共の利益の目的」にはかなり
幅広いものも含まれる可能性があるところ、これが、TRIPS 協定 31 条(b)に規定される「国
家の緊急事態その他極度の緊急事態の場合又は公的な非商業的使用の場合」の範囲から逸
脱するものとならないかについては問題となり得る。そこで、「公共の利益の目的」の内容
を定めるガイドライン等が出された場合や、「公共の利益の目的」を理由とした強制実施の
実例が出てきた場合には、上述の観点からの検証がなされるべきである。
8
もっとも、中国国家知識産権局は強制許諾の請求の受理を決定した後、請求書副本を特許権者に送
付し、指定期限内に意見を陳述すること(期限内に返答しなくとも中国国家知識産権局の決定に影響
を及ぼさない)を要求するとされる(中国弁護士の見解による)。
9
また、国家知識産権局法司編(中島敏・権鮮枝訳)『中国特許法第 3 次改正ガイドブック』社団法人
発明協会(2009)124 頁においても、特許法 49 条の規定に基づいて国家の緊急事態又は極度の緊急事
態が発生した時又は公共利益の目的として強制許諾の付与を請求する場合には、合理的な条件、合
理的な期間内にその特許の実施を許諾するよう特許権者に請求したという要件に従う必要はないと
される。
- 153 -
2. 中国独占禁止法と強制実施
(1) 知的財産権の濫用と独占禁止法、強制実施
中国独占禁止法 55 条は、「経営者が知的財産権に関する法律、行政法規の規定に基づき
知的財産権を行使する行為には、本法を適用しない。但し、経営者が知的財産権を濫用し
て競争を排除し、制限する行為には、本法を適用する」と規定する。
そして、中国特許法 48 条柱書及び同条 2 号においては、「以下のいずれかの状況がある
ときは、国務院特許行政機関は実施条件を具備する組織又は個人の申請に基づき、発明特
許又は実用新型特許の強制許諾を付与することができる。・・・(2)特許権者が特許権を行使
する行為が、法により独占行為と認定され 10 、当該行為が競争に対する不利な影響を消
去、又は減少させるため」と規定される。
(2) 知的財産権の濫用とは
何が知的財産権の濫用に該当するかについて、独占禁止法の関連細則は公布されておら
ず、実務上の事例も不見当である。この点について、国家知識産権局の見解11としては、
特許権者の知的財産権の濫用の行為が、反独占機構により、独占禁止法が規定する経営者
が独占合意を結ぶこと、経営者が市場支配地位を濫用すること及び競争を排除、制限する
又はそのおそれのある経営者集中の三つの独占行為のいずれかに該当すると認定される
と、独占禁止法上の責任が生ずるというものである。かかる見解によれば、法理体系上の
配慮から、知的財産権の行使だけを取り出して、他の独占禁止法違反行為よりも特別に厳
しい法適用をすることがある程度は抑制されるとも思われるが、ガイドラインや実例の検
証を経るまでは確定的なことはいえない。
また、学者の研究結果等によれば、典型的には、抱合せ販売、ライセンスの拒絶、価格
制限、地域制限、グラントバック等があるとされる。また、中国の関連部門は既に知的財
産権独占禁止許諾に関するガイドライン及び関連規則の制定に着手しているとの情報があ
る12。
(3) 中国独占禁止法の保護法益
10
なお、「法により独占行為と認定」には、行政機関による認定だけでなく、裁判所による認定(私訴に
おける認定)も含む(中国弁護士の見解による)。
11
前掲・『中国特許法第 3 次改正ガイドブック』116~117 頁。ただし、国家知識産権局は独占禁止法
の執行機関ではない。
12
中国弁護士の見解による。
- 154 -
中国独占禁止法 1 条には、「独占行為を防ぎ、かつ阻止し、市場の公平的な競争を保護
し、経済の効率を高め、消費者の利益及び社会の公共の利益を保護し、社会主義市場経済
の発展を促進させる」とある。そして、同法 2 条では、「中華人民共和国国内の経済活動に
おける独占行為には本法を適用する。中華人民共和国国外の独占行為が、国内の市場競争
について、排除、制限の影響を与えるものは、本法を適用する」とされる。
この点について、学者の見解としては、海外の企業が海外において、競争を制限する行
為を計画、又は実施することで、中国市場の競争に対して重大な制限的影響を与える場
合、独占禁止法の適用範囲は当該海外企業まで拡大される。一方、中国国内の企業が国際
市場において競争を制限する活動を行い、かかる活動が中国国内市場に対して影響を与え
ない場合、独占禁止法は当該中国企業の国際市場における行為に適用されないとされてい
る13。中国弁護士の見解としては、独占禁止法の域外適用は、…海外の需要者の保護は、
その考慮すべき問題ではなく、権限内の問題でもないとされる。
こうした見解を総合すると、中国独占禁止法の保護法益は、中国国内の市場競争であ
り、究極的には中国国内に所在する需要者の保護にあるという見解が有力であると思われ
る。
(4) 日本企業の留意点:海外の有力特許権者に対する厳しい姿勢・世論
海外の有力特許権者に対する厳しい姿勢・世論を反映するものとして、中国弁護士によ
れば、以下のような見解があるとされる。
・
知的財産権を保有している大企業は、通常、強制的な一連のライセンスにより、ライ
センス契約において不合理な条件を附加し、市場支配地位を利用して不合理なライセ
ンス費を受取る等の手段で、競争を制限し、独占を目論んでいる。中国の独占禁止法
においても、知的財産権を濫用して競争を排除、制限する行為を適用範囲に入れるべ
きである。(中華人民共和国独占禁止法(草案)に関する説明)
・
例えば、DVD 特許共同連盟の事件において、連盟協議が海外にて締結されたもので
あったとしても、中国の被許諾者の利益に重大な損害を与えて、中国消費者の利益を
損害し、すなわち、これらの行為が中国市場の競争に与えた影響は重大で、直接的な
ものであり、かつ予測できるものであれば、中国の「独占禁止法」はこれに対し、域外
管轄権を有する。(王暁曄氏編集『中華人民共和国独占禁止法詳解』22 頁)
・
特許権者がパテント・プールにより形成された優勢をもって、不合理的に競争者への
13
国務院独占禁止法起草グループ顧問である王暁曄氏の見解(中国弁護士の見解による)。
- 155 -
ライセンスを拒絶する場合、特許権者の行為は独占行為となる。例えば、2002 年の
DVD 特許戦争において、DVD 特許権者は特許連盟を形成し、DVD 市場を支配するため
に、関連ライセンスを中国の企業へ授与することを拒絶した。最終的に、中国企業
は、ライセンスを取得できなかったため、市場から退去せざるを得なかった。(北京
大学張副教授によれば、中国における学者等の意見はおおよそかかる見解とのことで
ある)
・
例えば、アメリカのマイクロソフト社が顧客に対して OS ソフトを提供するとき、自
社のメディアプレーヤーと「ウィンドウズ」ソフトを抱き合わせて販売している。学者
は一般的に、マイクロソフト社のこのような行為は、競争を排除、制限する効果を生
む知的財産権の濫用行為に当たると認識している。
・
例えば、アメリカの Cisco 社と中国の華為社と間でアメリカにおける訴訟案件におい
て、Cisco 社は他の如何なる会社に対しても、その保有している特許権又は商業秘密
の「私的協議」(Proprietary Protocol)をライセンスすることを拒絶している。学者は
一般的に、Cisco 社のこのような行為は異なる企業間の設備のつながりを人為的に阻
止したこととなり、技術と市場の壁を形成したと認識している。
(5) TRIPS 整合性
TRIPS 協定 40 条 2 項において、「この協定のいかなる規定も、加盟国が、実施許諾等に
おける行為又は条件であって、特定の場合において、関連する市場における競争に悪影響
を及ぼすような知的所有権の濫用となることのあるものを自国の国内法令において特定す
ることを妨げるものではない。このため、加盟国は、自国の関連法令を考慮して、このよ
うな行為又は条件(例えば、排他的なグラント・バック条件、有効性の不争条件及び強制
的な一括実施許諾等を含むことができる。)を防止し又は規制するため、この協定の他の
規定に適合する適当な措置をとることができる」と規定されている。
当該条項について、ブラッセル会合用のテキストにおいては、「加盟国が知的財産権の
濫用に該当し又は関連市場における競争に悪影響を及ぼすようなライセンス契約行為・条
件を特定し得る」とされていたところ、先進国には受け入れ難いものであり、「関連する市
場における競争に悪影響を及ぼすような知的財産権の濫用」に限定されたとの経緯がある
14
。したがって、何を知的財産権の濫用として独占禁止法違反とするのか(関連する市場に
おける悪影響を及ぼす行為に限定されているか)、独占禁止法違反とされた場合の執行(排
除措置)等は関連する市場における悪影響を除去するのに必要な範囲に限定されているか
といった視点で、策定される予定のガイドライン、個別の執行の検証をすべきと考えられ
14
尾島明『逐条解説 TRIPS 協定』日本機械輸出組合(1999)195~196 頁。
- 156 -
る。
また、中国特許法 48 条 2 号に基づく強制実施についても、関連する市場における悪影
響を除去するのに必要な範囲に限定されているか、例えば、海外需要者の保護については
中国独占禁止法の目的ではないということであれば、中国特許法 48 条 2 号の強制実施に
ついては、同法 53 条で国内供給制限の例外は設けられているものの、基本的には、海外
の最終消費者向けの供給を目的とした同法 48 条 2 号の強制実施は正当化されないのでは
ないかといった観点での検証も重要となると思われる15。
(6) 補足:対外貿易法における独占禁止条項
対外貿易法(2004 年 4 月 6 日改正、同年 7 月 1 日施行)30 条では、「知的財産権者がライ
センスを与えられた者からライセンス契約中の知的財産権の有効性に対する質疑提出の阻
止、強制的なパッケージライセンスの実施、ライセンス契約書中に排他的なグラント・
バック条件を規定する等の行為の一があり、対外貿易の公平な競争秩序を害する場合、国
務院対外貿易主管部門は、害をとりのぞくために必要な措置をとることができる」とされ
ている。この点について、中国弁護士の見解では、ライセンサーによる対外貿易法 30 条
に該当する行為(競争制限的な知的財産権の濫用行為)が、同時に「独占禁止法」が規定する
独占行為の要件も充足すると認められる場合には、関連政府部門は、「独占禁止法」に規定
された行政措置をとることがまず考えられる。それと併せて、あるいはそれとは別個に対
外貿易法上の独自の措置がとられ得るかについては、現時点では関連規則等が制定されて
いないので定かではないとされる。そして、中国弁護士の見解では、対外貿易法 30 条
は、競争制限的な知的財産権の濫用行為を防止又はコントロールすることを目的として各
加盟国が適当な措置をとることを認めた、TRIPS 協定 40 条 2 項の規定及び趣旨とも合致す
るとされる。
もっとも、対外貿易法 30 条を根拠に、外国のライセンサーに対してのみ、独占禁止法
以上の規制がなされるのであれば(例えば、違反とされる行為が広い、制裁が過重であ
る)、TRIPS 協定 3 条の内国民待遇との抵触が問題となり得る16。この場合には、かかる独
占禁止法+αの規制につき、TRIPS 協定 8 条 2 項(及び TRIPS 協定 40 条 1 項)にある「技術
移転」を妨げる行為を排除するために必要であるとの正当化ができるかどうかが鍵となる
と思われる17。
15
ただし、中国独占禁止法の保護法益が国内に所在する需要者の保護にあるとしても、TRIPS 協定 40
条 2 項にいう「関連する市場における悪影響」は海外の需要者の保護をも含意する概念であるとの考
えもあり得る。なお、このような強制実施は、当該輸出先における特許権の侵害ともなり得る。
16
TRIPS 協定 3 条 1 項に規定される内国民待遇においては、国籍による差別が問題とされるところ、
対外貿易法が国籍による差別に結びつくかという問題があるが、類似の論点について後述する。
17
TRIPS 協定 8 条 2 項、40 条 1 項及び同条 2 項は、あくまでも TRIPS 協定の他の規定(内国民待遇を定
めた 3 条 1 項の規定も含まれる)に適合する限りにおいて、加盟国が適当な措置をとることを認めて
いることも援用できる。
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3. 特許権の共有における実施許諾の問題
(1) 中国特許法 14 条及び 15 条
中国特許法 14 条は、国有企業事業単位が有する特許については、国家の利益又は公共
の利益に重大な意義を有する場合には、一定の条件の下、実施許諾がされる旨規定する
18
。
中国特許法 15 条は、共有の特許出願及び特許についての規定であり、共有の特許出願
及び特許の権利行使に関して約定を有する場合にはその約定に従い、約定がない場合に
は、共有者の一方は他方の同意を得ることなく、第三者に通常実施権を設定することがで
きる旨規定する19。
ここでは、国有企業事業単位と私企業の共有特許権等における実施許諾に関しては、中
国特許法 14 条及び 15 条の規定が適用されるかについて検討する。
国有企業事業単位と私企業の共有特許権等については、中国特許法 14 条は適用されな
いというのが中国弁護士の見解である。その理由は、国有企業事業単位と私企業の共有特
許権等については、その研究・開発資金の全てが国家からの投資とは限らないため、国が
普及と応用措置を取ることは法的に正当化されないからである。
中国国家知識産権局条法司の関連責任者との非公式な座談会においても上記と同様の説
明がなされたとのことである。
国有企業事業単位と私企業の共有特許権等については、中国特許法 15 条は適用される
というのが中国弁護士の見解である。その理由は、中国特許法 15 条の規定は、同条が適
用される主体の法的性質について、いかなる限定もしていないからである。中国国家知識
産権局条法司の関連責任者との非公式な座談会においても上記と同様の説明がなされたと
のことである。
(2) 日本企業の留意点
18
中国特許法 14 条:国有企業事業単位の発明特許が、国家の利益又は公共の利益に重大な意義を有す
る場合は、国務院の関係主管部門と省・自治区・直轄市の人民政府は国務院に報告し、承認を得
て、承認された範囲内で応用の促進を決定し、指定した単位に実施を許可することができ、実施単
位は国家の規定に従い特許権者に実施料を支払う。
19
中国特許法 15 条:1.特許出願権又は特許権の共有者は権利の行使に関して約定を有する場合は、そ
の約定に従う。約定がない場合は、共有者は単独で実施し又は普通許諾の方式で他人に当該特許の
実施を許諾することができる。他人に当該特許の実施を許諾するときは、受け取った実施料は共有
者間で分配しなければならない。
- 158 -
国有企業事業単位と私企業の共有特許権等については、中国特許法 14 条は適用されな
いとのことであるが、適用された場合の不利益は大きくなる可能性があるので、具体的な
プロジェクトの実施に先立ち、国有企業事業単位との共有特許権について中国特許法 14
条が適用されないことをあらかじめ確認しておくことが望ましい。
また、国有企業事業単位との共有特許権等については中国特許法 15 条が適用されると
思われるため、約定がない場合には、共有者のいずれもが、自由に第三者へ通常実施権の
許諾をすることができる。そのため、あらかじめ、第三者への実施許諾について相手方の
同意を必要とする旨の条項を入れることを検討すべきである20。
(3) TRIPS 整合性
中国弁護士によれば、国有企業事業単位と私企業の共有特許権等については、中国特許
法 14 条は適用されないとのことである。そして、中国特許法 14 条が適用されない以上、
中国特許法 14 条に基づく実施の許可がなされるわけではないため、TRIPS 協定に整合する
とのことである。裏を返していえば、中国特許法 14 条が国有企業事業単位と私企業の共
有特許権等に適用されるような場合には、TRIPS 協定との整合性が問題となり得るものと
思われる。
4. 差止請求の制限(司法的強制実施)
(1) 排ガス脱硫方法特許侵害事件
司法的強制実施の是非との関係で反響を呼んだのが、いわゆる排ガス脱硫方法特許侵害
事件である。その経緯は、プラントの設計等を業とする富士化水工業株式会社(以下、「富
士化水」という。)が、電力供給会社である華陽電業有限公司(以下、「華陽公司」という。)
との間で排ガス脱硫装置据付工事契約を締結し、富士化水が華陽公司の発電プラントに排
ガス脱硫装置を据え付けたところ、武漢晶源環境工程有限公司(以下、「晶源公司」とい
う。)が、当該排ガス脱硫装置が、晶源公司の有する特許権を侵害するとして、富士化水
及び華陽公司を訴えたというものである。
第一審判決(福建省高級人民法院判決)では、裁判所は、富士化水に対して、原告の特許
権侵害に基づく差止め及び損害賠償(5061.24 万元(約 7 億 6000 万円))を命じた。また、華
陽公司に対しては、差止請求を認めず、華陽公司が原告の特許権を利用した期間に対する
実施料の支払いを命じた21。当該判決が、華陽公司に対する差止めを認めなかった理由と
20
実務的には、交渉において海外企業の案件や FDI 関係の実務に通じた中国の専門の弁護士を利用す
る等、交渉をうまく運ぶことが重要となる。
21
なお、中国弁護士によると、当事者は差止請求についてはあまり重視していなかった可能性がある
とのことである。
- 159 -
しては、「火力発電所に排ガス脱硫施設を設置することは、環境保護という基本的国策及
び国家産業政策に合致し、環境にやさしい社会の構築に益するので、社会効果が高い。ま
た、発電所の電力供給は地方の経済と民生に直接影響を及ぼす。本件において、もし、華
陽公司が排ガス脱硫設備の使用を停止した場合、その地の経済及び民生に対して良くない
効果をもたらす。権利者の利益及び社会公衆の利益の均衡のため、晶源公司は華陽公司に
対し侵害停止を要求する訴訟請求を行ったが、本院は支持しない」と述べられている。な
お、最高人民法院判決においても、差止めは認容されなかった模様である22。
(2) 深セン市中級人民法院判決23
排ガス脱硫方法特許侵害事件以前にも、特許権侵害を認定しつつ、差止めを認めない裁
判例がいくつか存在し、そのうちの 1 つが本判決である。その経緯は、カーテンウォール
(curtain wall)移動連結装置の特許権(実用新案に基づく特許権)を有する原告が、原告の
特許を実施している深セン市機場股份有限公司(深セン市の空港を運営する会社)を特許権
侵害を理由として訴えたというものである。裁判所は、深セン市機場股份有限公司が原告
の特許権を侵害したと認定したにもかかわらず、空港の特殊性を考え、使用の停止は適切
ではないため、係争の権利侵害製品の使用の停止(権利侵害のカーテンウォール移動連結
装置の撤去)の代わりに、原告への 15 万元の実施料の支払いを命じた。
(3) 第三次特許法改正案 75 条、最高人民法院の意見(法発〔2009〕23 号)
第三次特許法改正の経緯で作成された第三次特許法改正案 75 条には、「専利権者が人民
法院又は専利事務を管理する部門に、その専利権を侵害する行為への差止め命令を請求
し、権利侵害者が関連専利の実施を中止すると社会公的利益の損害に繋がる場合、人民法
院又は専利事務を管理する部門は権利侵害者による実施行為への差止め命令を下さないこ
とができ、権利侵害者が引き続き関連専利を実施することができるものの、合理的な費用
を支払わなければならない」との案が存在した。
最終的には、第三次特許法改正案 75 条は、権利者の保護に悖るとの国内特許権者から
の意見等により、全人代草案段階で削除された。
もっとも、最高人民法院は、「現在の経済情勢下における知的財産裁判の大局支持に係
わる若干の問題に関する意見」において、「関連の行為を停止することによって、当事者間
に深刻な利益不均衡をもたらす場合、あるいは社会の公共利益に反する場合、又は、実際
上その実行が不可能な場合、案件の具体的な状況に応じて利益判断を行い、停止行為の判
22
中国弁護士によると、原告は第一審で華陽公司に対する差止めが認められなかった点を特に争って
いないため、差止めを認めるとの判断がなされる見込みはないとの事前情報もあった。
23
(2004)深中法民三初字第 587 号民事判決書
- 160 -
決を下さず、より十分な賠償や経済補償等による代替措置を講じ、紛争解決を図ることも
できる」との意見を明らかにしている24。中国弁護士の見解においても、最高人民法院は、
経済危機に対応し、就職を促進するため、権利侵害が認められた事件にもかかわらず、特
許権侵害行為に対する差止め命令を下すことを慎重にしなければならない等といった意見
が公開の場所で示されているとして、将来的に、第三次特許法改正案 75 条と同趣旨の最
高人民法院の司法解釈が出される可能性があるとされている。
(4) TRIPS 整合性
TRIPS 協定 44 条は、「1.司法当局は、当事者に対し、知的所有権を侵害しないこと、特
に知的所有権を侵害する輸入物品の管轄内の流通経路への流入を通関後直ちに防止するこ
とを命ずる権限を有する。加盟国は、保護の対象であって、その取引が知的所有権の侵害
を伴うことを関係者が知るか又は知ることができる合理的な理由を有することとなる前に
当該関係者により取得され又は注文されたものに関しては、当該権限を与える義務を負わ
ない。2.政府又は政府の許諾を受けた第三者が権利者の許諾を得ないで行う使用につい
ては、当該使用を明示的に定める第 2 部の規定に従うことを条件として、加盟国は、この
部の他の規定にかかわらず、当該使用に対する救済措置を、第 31 条(h)の規定による報酬
の支払に限定することができる。当該使用であってそのような救済措置の限定の対象とな
らないものについては、この部に定める救済措置が適用され、又は、当該救済措置が国内
法令に抵触する場合には、宣言的判決及び適当な補償が行われるものとする」と規定して
いる。
そこで、特許権侵害を認定しつつ、差止請求を認めないことが主に TRIPS 協定 44 条と
整合するかが問題となる。
この点について、北京大学張副教授の見解としては、TRIPS 協定 44 条 1 項において求め
られているのは、TRIPS 協定の参加国が、司法当局に対して差止めを認める権限を与える
ことのみであるから、司法当局が個別具体的な事案で特許権侵害を認めつつ、差止めを認
めないことも当然可能である。米国において衡平法の法理に基づき、ebay 事件最高裁判決
等が出ていることからも、特許権侵害を認定しつつ、差止請求を認めないことが TRIPS 協
定 44 条と整合することの証左であるとする25。
また、中国弁護士の見解としては、①TRIPS 協定 30 条において特許権者の排他的権利の
例外を設けることができることが規定されていること、②TRIPS 協定 44 条 2 項において、
24
2009 年度第 4 回国際知財制度研究会における黒瀬雅志委員による発表、洗理恵氏による発表でも触
れられていたものである。
25
当職らによる同副教授によるインタビューの結果による。Carlos Correa“A Commentary on the
TRIPS”424 頁も同様の見解であると思われる。
- 161 -
救済措置が国内法令に抵触する場合には、救済措置を報酬の支払いに限定することができ
ることが規定されていること、③中国の民法通則 7 条が社会の公共の利益を損害してはな
らない旨を定めているため、特許権者が特許の実施を防止することによって社会の公共の
利益に損害をもたらす場合には、裁判所が差止めを命じなくてもよいと考えられるとす
る。
しかし、特許権侵害を認定しつつ、差止請求を認めない点について TRIPS 協定との整合
性を考える上では、海外(米国)の裁判実務等のさらなる詳細な調査を踏まえる必要がある
と思われるものの、とりあえず以下の点を指摘することができる。
中国法においては、特許権者の差止請求権を認める明文規定(民法通則 118 条)がある一
方で、差止め規定に対する例外を明確に定めた規定はない。そして、「公益」という抽象的
なものを根拠とすると適用範囲・機会が不当に拡大されるおそれがある。
また、米国の ebay 判決と状況が異なる点も指摘できる26。具体的には、ebay 判決は、①
私人間の利益のバランスを考慮して、衡平法に基づき差止めを認めなかった事案であるこ
と、②原告が、自ら特許の実施をしない、いわゆるパテントトロール的な会社であったこ
と、③ebay 判決はビジネス方法特許の侵害が問題となった事案であり、ビジネス方法特許
に対して差止めを認めると、効果が大きすぎるのではとの見解も有力であったという事情
があった。
また、中国弁護士が挙げる TRIPS 協定 44 条 2 項は、政府使用ないし強制実施の場合の
条文であり27、また、「救済措置が国内法令に抵触する場合」とは、国に対する差止請求を
認めていない国があることに配慮したものであり28、場面が全く異なるとの指摘が可能で
ある。
また、より本質的な問題として、そもそも、差止めを認めることが、直ちに公益に反す
る結果になるわけではない。差止め判決が出されたとしても、ただちに使用が中止される
わけではなく、上訴ができる場合には判決の確定までに一定の時間が確保され、権利者と
利用者との間の交渉が促進され、特許権侵害もなくなり、かつ、公益も損なわれないとの
いわばパレート最適のような状況も達成可能となる(裏を返せばより制限的でない手段が
存在するということである)。さらに、公益を保護の最後の手段として中国特許法 49 条に
基づく強制実施も用意されている(代替的手段が存在する)。
26
ただし、2009 年度第 4 回国際知財制度研究会における中島敏委員の指摘のとおり、ebay が代表格と
して挙げられるものの、米国にはその他にも公益の観点から差止めを認めていない裁判例がある(例
えば、City of Milwaukee v. Activated Sludge, Inc., 69 F. 2d 577(7th Cir. 1934))。
27
前掲・“A Commentary on the TRIPS”424 頁等。
28
前掲・『逐条解説 TRIPS 協定』215 頁等。
- 162 -
5. 中国における標準と特許
(1) 中国における標準の概要
中華人民共和国標準化法に基づき国家標準、業界標準、地方標準、企業標準が存在す
る。国家標準とは、全国で統一する必要のある技術要求のための標準である。業界標準と
は、国家標準がなく、全国的にある種の業種内で統一する必要がある技術要求のための標
準である。地方標準とは、国家標準又は業界標準がなく、省、自治区、直轄市範囲内にお
いて統一する必要がある技術要求のための標準である。企業標準とは、企業が自ら制定す
る標準であり、地方標準、業界標準、国家標準より厳しく制定することはできるがこれら
の標準と抵触してはならないとされる。効力関係としては、国家標準>業界標準>地方標
準>企業標準となる。
また、国家標準、業界標準、地方標準は、強制型標準と推薦型標準に分かれる。強制型
標準の範囲は、強制標準管理の強化に関する若干規定 4 条に規定されており、例えば、以
下のようなものが掲げられている。
・
国家安全に関する技術要求
・
人体健康と人身財産安全を保護する要求
・
製品、及び製品生産、保管・運輸及び使用における安全、衛生、環境保護等の技術要
求
・
工程建設の品質、安全、衛生、環境保護の要求及び国家がコントロールする必要のあ
る建設のその他の要求
・
汚染物排出制限値と環境品質の要求
・
動植物の生命安全と健康の保護の要求
・
詐欺の防止、消費者利益を保護する要求
・
国家経済秩序における重要製品の技術の保護の要求
(2) 標準と特許との関係についての規定
現在効力を有する規定で、標準と特許との関係について明確に定めている規定は存在し
ないものの、意見募集中である管理規定及び最高人民法院解釈が参考となる。
すなわち、この点について、2009 年 6 月 18 日、最高人民法院は、「特許侵害紛争の審理
における法律適用についての若干問題に関する最高人民法院の解釈(意見募集稿)」を公布
した。また、2009 年 11 月 2 日、標準化委員会は特許標準化問題を専門的に規範する「特許
に係る国家標準の制定及び修訂についての管理規定(暫定)(意見募集稿)」を公布した。
(3) 管理規定
- 163 -
管理規定 5 条においては、国家標準の制定及び修訂に参加する組織又は自然人は、特許
を開示しなければならないとされる。
管理規定 8 条では、①標準の策定に参加した特許権者及びその関連会社が管理規定 5 条
に基づく特許の公表を行わない場合には、無償の許諾をしたものとみなされる、②特許権
者が故意に特許情報を隠したことにより国家標準の制定又は実施に損失を与えた場合に
は、当該特許権者は法的責任を負うとされる。
管理規定 6 条では、標準の策定に参加していない組織又は自然人であっても、国家標準
にかかわる特許情報を知っている場合には、当該特許情報を書面により通知することが奨
励されている。ここで、中国弁護士の見解によれば、管理規定 6 条の規定文言からすれ
ば、管理規定 6 条に違反しても制裁はない。
管理規定 9 条では、標準が特許に係る場合には、標準の策定に当たる機関は、特許権者
から以下の内容の書面を取得するとされる。①合理的かつ無差別な条件のもとで、標準実
施者へ無償で特許の実施許諾、②合理的かつ無差別な条件のもとで、標準実施者へ通常の
場合よりも著しく低い額で実施許諾、③特許権者が、①又は②の方法により特許の実施許
諾をすることに同意しない。
管理規定 11 条では、標準の公布後、当該標準が実施許諾の声明を受けていない特許に
係る標準であることを発見した場合においては、その後に特許権者から実施許諾の声明を
得られれば国家標準化行政主管部門に報告することとなっており、特許権者からの許諾を
得られなければ当該標準を改訂するとされる。
管理規定 12 条では、原則として、強制型国家標準は特許にかかわらない旨を定めてい
る。管理規程 13 条では、特許が強制型国家標準が確実に特許に係る場合には、①特許権
者が当該特許権を無償許諾する、又は、②中国政府の関係部門と特許権者が共同協議をし
なければならない。そして、②が合意に達しない場合には、強制型国家標準としての公布
がなされない、又は、法律に基づいて強制的な実施許諾29がなされるとされる。
管理規程 14 条では、強制型国家標準の公布の前に、標準の全文及び既知の特許情報を
公示するとされる。
(4) 最高人民法院解釈(参考)
「特許侵害紛争の審理における法律適用についての若干問題に関する最高人民法院の解
釈(意見募集稿)」20 条では、「特許権者の同意を経て、特許が国家、業界又は地方の標準制
定組織が公布した標準に組み込まれ、かつ当該標準が当該特許を公表していない場合、人
民法院は、他人が当該標準を実施すると同時に当該特許を実施することを特許権者が許諾
29
ここでは、特許法 49 条に基づく強制実施を念頭においているとのことである(中国弁護士の見解に
よる)。
- 164 -
したと認定することができる。ただし法に基づき、標準に定められた形式によってのみ実
施可能な特許はこの限りではない」とされていた。
同案は難解な文言であり、意味するところが明確でなかったが、同案は、2010 年 1 月か
ら施行された「特許侵害紛争の審理における法律適用についての若干問題に関する最高人
民法院の解釈」からは削除されている。以下、一応、同案が何を意味するかを参考までに
述べると、第一文「特許権者の同意を経て、特許が国家、業界又は地方の標準制定組織が
公布した標準に組み込まれ、かつ当該標準が当該特許を公表していない場合、人民法院
は、他人が当該標準を実施すると同時に当該特許を実施することを特許権者が許諾したと
認定することができる」とあるのは、ある標準の策定に参加していた者が、その標準に組
み込まれた技術に関する特許を有しているにもかかわらず、そのことを隠していた場合に
おいては、人民法院が、当該特許について特許権者が実施許諾をしたと認定することがで
きるとの趣旨である30。この規定は、かかる非常に特殊な場合を想定した規定である。
第二文「ただし法に基づき、標準に定められた形式によってのみ実施可能な特許はこの
限りではない」は、主に薬品類の特許を想定しており、薬品に関して、安全の観点から法
律で製造方法等の標準が定められた場合についてまで特許権者による実施許諾を認定する
ことは、特許権者に酷であるため除外するとの趣旨である31。
(5) 日本企業の留意点
標準化関連の管理規定(及び廃案となった上記司法解釈意見募集稿 20 条)では、ライセ
ンス料自体のコントロールが主眼とされている点に留意が必要である。この点について、
実務的には競争法によってライセンス料自体を規制することは必ずしも容易ではないとこ
ろ32、中国においては標準化法により標準特許についてはライセンス料をより直裁的にコ
ントロールすることが試みられていると考えられる。
また、管理規定 9 条が、標準が特許に係る場合において、特許権者が有償でライセンス
を許諾するときは、そのライセンス料金は通常の場合よりも著しく低い額となる旨規定し
ている。また、最高人民法院も、2008 年 7 月 8 日付「最高人民法院の回答書」([2008]民
三他字第 4 号)において、「特許権者が標準の制定に参加し、又はその同意を得て、その特
30
中国弁護士の見解による。
31
中国弁護士の見解による。
32
独禁法による規制は基本的には事後規制となる。さらに、ライセンス料が高すぎるために実質的に
は取引拒絶と見られる場合や、標準化の過程において一定のライセンス料でのライセンスを約束し
ていたにもかかわらずこれを反故にした場合(最近の米国における FTC 法 5 条の摘発例として、
Negotiated Data Solutions LLC 事件等がある。)等においては独禁法による規制もなされ得るが、
そのような場合であってもいくらが適正なライセンス料であるのかを競争当局がその措置において
明らかにすることは必ずしも容易でないと思われる(なお、EC 当局は Qualcomm Incorporated に対
し、そのライセンス料が不合理に高くないかとの観点から調査していたが、結論を出すには至ら
ず、調査を集結させている。)。
- 165 -
許を国家、業界、又は地方標準に含める場合は、他者が標準を実施するのと同時に、特許
権者がその特許を実施することを許可したものとみなし、他者の関連実施行為は特許法第
11 条に定める特許権の侵害行為に当たらない。特許権者は実施者に対し、一定の使用費の
支払を要求することはできるが、その金額は正常のライセンス料より明らかに低額である
べきである。」との見解を明らかとしている。
なお、中国弁護士によれば管理規定 6 条の通知義務に違反しても制裁はないとのことで
あるが、かかる見解が確かであることを改めて確認する等、自らが標準の策定過程に参加
していないとしても、自己の有する特許に関する技術が標準に組み込まれる際には、十分
に注意すべきと思われる。
自己の特許を標準に組み込む場合には、無償でライセンスするか、ライセンス料を中国
政府と交渉する必要がある。その際のライセンス料は通常の場合よりも著しく低い額とな
ることが想定されている。国際標準を狙うか中国における標準を狙うか等、標準化戦略を
考える際には、以上を念頭におく必要がある33。
(6) TRIPS 整合性
管理規定 9 条と TRIPS 協定との整合性について、管理規定 9 条によれば、標準が特許に
係る場合には、特許権者が実施許諾をするか否かは特許権者の自由であり、したがって、
管理規定 9 条は TRIPS 協定と整合するというのが中国弁護士の見解である。
6. 契約法における技術独占及び技術阻害禁止条項
(1) 契約法 329 条と最高人民法院司法解釈
契約法 329 条は、「違法に技術を独占し、技術の進歩を妨げ又は第三者の技術成果を侵
害する技術契約は無効とする」との規定を置き、不法技術独占契約及び技術進歩阻害契約
を無効とする旨を明らかにしている。そして、「違法な技術独占」及び「技術進歩の妨害」に
ついては、「技術契約紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」(最高人
民法院審判委員会 2004 年 11 月 30 日制定、2004 年 12 月 16 日公布、2005 年 1 月 1 日施
行)(以下、「最高人民法院による司法解釈」という。)10 条が、これに該当する制限条項の
類型を 1~6 号に列挙している。
なお、外国人をライセンサーとするライセンス(技術輸入)契約において禁止されるべき
制限条項を列挙した、技術輸出入管理条例 29 条にも同種の制限が掲げられている。そし
て、契約法と技術輸出入管理条例は、一般法と特別法の関係に立つ。
33
ただし、国際標準については別途独占禁止法に注意する必要があることについては先述した。
- 166 -
<最高人民法院による司法解釈と技術輸出入管理条例との比較(参考)>
技術の改良及び改良発明の使
用を制限する条項の禁止
類似技術等をライセンサー以
外の第三者から取得すること
を制限する条項の禁止
契約の目的技術の実施を不合
理に制限する条項の禁止
不必要な付帯条件を強要する
条項の禁止
原材料、部品、製品又は設備
等の購入ルート等を不合理に
制限する条項の禁止
技術の有効性についての不争
条項等の禁止
※
最高人民法院による司法解釈 10 条
1 号(より詳細な例示あり。また、
改良発明の権利の帰属について
は、契約法 354 条に基づき別途約
定が可能。)
2号
3 号(包括的な規定ぶり。生産量、
品種、価格、販売ルート及び輸出
ルートの不合理な制限を例示列挙)
技術輸出入管理条例 29 条
3 号(なお、技術輸出入管理条例 27
条は改良発明の成果は改良した側
に帰属すると規定する。)
4号
4 号(必須でない技術、原材料、製
品、設備、サービスの購入及び不
必要な人員の受入等を例示列挙)
5号
6 号(生産量、品種、価格の不合理
な制限を限定列挙)
7 号(輸出ルートの不合理な制限を
限定列挙)
1 号(必須でない技術、原材料、製
品、設備、サービスの受入を例示
列挙)
5号
6 号(技術の有効性についての不争
条項の禁止を正面から明定する規
定ぶり。)
2 号(無効な技術に対する使用料の
支払い等の強要を禁止する規定ぶ
り。)
下線部分は規定を対照した際の主な相違点を示す。内国民待遇義務との整合性につい
ては後述する。
(2) 技術契約が最高人民法院による司法解釈 10 条各号に該当した場合の効果
技術契約が最高人民法院による司法解釈 10 条各号に該当する制限条項を含む場合に
は、「違法に技術を独占し、技術の進歩を妨げる」技術契約として、契約法 329 条に基づき
「無効」とされる。そして、過去の裁判例をみると、「違法に技術を独占し、技術の進歩を
妨げる」個別の制限条項のみを無効と認定し、その他の条項からなる技術契約全体の有効
性については、これを維持する旨の判決がなされている(例えば、呉琦と北京思路高高科
技発展有限公司との間における技術契約紛争に係る 2007 年北京市高級人民法院判決[高民
終字第 592 号判決]参照)34。
(3) 最高人民法院による司法解釈 10 条 1 号
最高人民法院による司法解釈 10 条 1 号は、技術の改良及び改良発明の使用を制限する
条項の禁止を定める。これは、技術の改良及び改良発明の使用を制限すること禁じ、ライ
34
中国弁護士の見解による。
- 167 -
センシーが改良発明に従事することのインセンティヴを保護する趣旨である。
この点について、中国弁護士の見解によると、1 号では、無効とされる「制限」にかかり
これを限定する「不合理な」又は「必要のない」といった文言が付されていないため、改良し
た技術の使用を「制限」する効果を有するいかなる行為も、「技術の違法独占、技術進歩の
妨害」に当たり、無効と解され得るとのことである。例えば、「2 次発明(改良発明)の実施
のための 1 次発明の許諾を別途行う可能性をライセンス契約期間中にわたり 1 次発明の権
利者に留保する内容の定め」も、たとえ 2 次発明の利用のための 1 次発明の許諾に関する
実施料を適正な水準に設定することを前提としても、無効と解され得るとのことである。
そのため、1 次発明の特許権者は、一旦 1 次発明の使用許諾をライセンシーに与えてし
まうと、当該使用許諾期間内においては、ライセンシーがどのように 1 次発明を利用する
のか、それが改良発明を実施するためか否かを問わず、一切干渉する余地がなくなってし
まいかねない(制限を付すと当該制限部分が無効とされ得る)点に留意が必要である。例え
ば、当初の 1 次発明のライセンス後に経済的にインパクトの大きい 2 次発明がライセン
シーによりなされた場合に、1 次発明のライセンサーは当初のライセンス期間が経過する
までは、当該 2 次発明を利用するための追加の実施料の設定を行うことは、たとえそれが
適正実施料であると考えられる場合にも、認められないことになりかねない35。
そこで、1 次発明のライセンサーとしては、①改良発明の可能性を考慮して 1 次発明の
実施料を定めるか、又は、②当初の使用許諾期間の設定をなるべく短めにする方が得策と
いえる。
かかる最高人民法院による司法解釈 10 条 1 号の TRIPS 整合性について、1 次発明の使用
許諾自体はライセンサーの意思に基づき行われている以上、2 次発明(改良発明)の利用に
関する 1 次発明の強制実施許諾には当たらず、TRIPS 協定 31 条(1)には抵触しないとする
のが中国弁護士の見解である。
もっとも、TRIPS 協定の明文に反しないとしても、2 次発明(改良発明)の利用に関する 1
次発明の実施許諾について、強制の契機がないとはいえない。少なくとも、具体的な案件
において問題が生じた場合には、TRIPS 協定 31 条(1)の趣旨とは整合しない法の運用であ
ることは指摘できる余地がある。
(4) 最高人民法院による司法解釈 10 条 3 号
最高人民法院による司法解釈 10 条 3 号の「数量、種類、価格、販売ルート及び輸出市場
を著しく不合理に制限すること」という文言における「著しく不合理な制限」については、
以下が、中国弁護士の見解である。
35
なお、かかる解釈が実際に取られた場合には、日本における独占禁止法の事案で、公取委が、技術
市場における競争を制限するとしたようなケース(マイクロソフト事件、クアルコム事件における非
係争条項等)との大幅な乖離があることになると思われる。
- 168 -
・
数量の制限:ライセンシーの生産能力とのギャップが大きい場合には「著しく不合理
な制限」に当たる(例えば、ライセンシーの生産能力の 5 分の 1 に数量を制限する場合
はこれに当たる。)。
・
価格の制限:競争制限の結果を招きやすいので、原則として「著しく不合理な制限」に
当たる。
・
種類の制限:同上
・
販売ルートの制限:市場競争の排除をもたらす、又はライセンシーの製品の市場参入
に明らかに不利に作用する場合には、「著しく不合理な制限」に当たる。
・
輸出市場の制限:原則として「著しく不合理な制限」に当たる。但し、例えばライセン
サーが、別途独占的ライセンスを他者に付与している国外地域に対するライセンシー
による輸出を制限することは、「合理的」な制限と解される。
(5) 最高人民法院による司法解釈 10 条 4 号
最高人民法院による司法解釈 10 条 4 号の「技術の受け入れに必要でない付帯条件を受け
入れるよう要求すること」という文言における「必要」性の判断基準について、技術の受入
者(=ライセンシー)が技術を円満に実施し、技術契約において約定された技術目標及び品
質標準を達成するのに必要か否かが基本的なメルクマールとなる。
実際にも、技術を円満に実施し、技術目標等を達成するために必要な条件(例えば、当
該技術を実施するための専用設備の購入)を義務付けることは、「技術の受け入れに必要で
ない付帯条件を受け入れるよう要求すること」には当たらず、法令に違反しないとした例
がある(最高人民法院 2003 年判決(大洋公司 v. 黄河公司)参照)36。
このとおり、仮に、ライセンサーがライセンシーに対して特定の技術、設備、人員の導
入又は特定の原材料やサービスの購入等を義務付ける条項を設けたとしても、約定された
技術目標又は品質標準の設定次第では、必ずしも無効とはならない。
(6) 最高人民法院による司法解釈 10 条 5 号
最高人民法院による司法解釈 10 条 5 号の原材料、部品、製品、設備等の購入ルート及
び出所の「不合理」な制限に該当するか否かの判断基準について、技術の受入者(=ライセ
36
中国弁護士の見解による。
- 169 -
ンシー)が技術を円満に実施し、技術契約において約定された技術目標及び品質標準を達
成するのに必要な制限であるか否かが基本的なメルクマールとなる。
ライセンサーが指定する者から原材料や部品を購入するようライセンシーに義務付ける
ことが、技術の完全性や製品の品質を確保することを目的とし、かつ当該指定ルートから
購入した原材料や部品を使用しなければ、円満に技術を実施できず、約定した技術目標又
は品質標準を達成することができない場合には、かかる購入ルートの指定は「不合理」な制
限には該当しないと考えられる37。
7. 技術輸出入管理条例とライセンサーの義務等
(1) 契約法と技術輸出入管理条例の適用関係
契約法 355 条は「法律、行政法規で技術輸出入契約又は特許、特許出願契約について別
途規定するときは、当該規定に従う」と定める。
そのため、技術輸出入に該当するライセンス契約の場合には、特別法である技術輸出入
管理条例の規定が優先的に適用され、そうでないライセンス契約の場合には、一般法であ
る契約法の規定が適用されることになる。
(2) 技術輸出入管理条例におけるラインセンサーの義務(24 条、25 条)
技術輸出入管理条例においては、ライセンサーに以下の義務が課されている。
・
ライセンサーの権利保証義務(技術輸出入管理条例 24 条 1 項)
→
ライセンサーは自らが提供する技術の合法的権利者であることを保証しなければなら
ない。
・
ライセンシーが第三者から侵害訴訟を提起された場合のライセンサーの協力及び妨害
排除義務(同条例 24 条 2 項)
→
ライセンサーの応訴義務の存在までは明定されていないが、ライセンシーへの協力及
び妨害排除義務が一般的に存することについては規定されている。
・
ライセンシーによる技術の使用に伴い第三者の権利を侵害した場合のライセンサーの
責任(同条例 24 条 3 項)
→
ライセンシーが契約の定めに従って技術を使用することにより、第三者の合法的権益
を侵害した場合には、ライセンサーがその責任(損害賠償責任)を負う。
37
中国弁護士の見解による。
- 170 -
・
ライセンサーによる技術の完全性等の保証義務(同条例 25 条)
→
ライセンサーは提供する技術の完全性、無瑕疵性及び有効性を保証し、かつ、契約で
定める「技術目標」を達成できることを保証しなければならない。
(3) 技術輸出入管理条例における禁止事項(29 条)
技術輸出入管理条例 29 条は、外国人をライセンサーとするライセンス(技術輸入)契約
について、禁止されるべき制限条項を列挙している。
第 1 号の「不可欠ではない」付帯条件については、ライセンシーが技術をスムーズに使用
し、技術輸入契約に約定された技術目標及び品質基準を達成するための制限であるか否か
である38。
第 5 号の原材料等の購入ルート又は供給源の「不合理」な制限においては、ライセンシー
が技術をスムーズに使用し、技術輸入契約に約定された技術目標及び品質基準を達成する
ための制限であるか否かが問題となる。
第 6 号の製品の生産量、品種又は販売価格の「不合理」な制限においては、競争制限の結
果を招きやすいことから、かかる制限条項は一般的に「不合理」な制限と解されるとのこと
である。但し、例えば契約当事者であるライセンサーとライセンシーが同種の製品の競争
者である場合に、ライセンサーが自身の利益を維持するために、合理的な範囲内でライセ
ンシーの製品の生産数量、品種又は販売価格を適切に制限すること等は必ずしも公平原則
に悖るものではなく、ケースバイケースで「合理的」な制限であると解される余地がある。
第 7 号の製品の輸出ルートの「不合理」な制限においては、競争制限の結果を招きやすい
ことから、かかる制限条項は一般的に「不合理」な制限と解されるとのことである。もっと
も、例えばライセンサーが、別途独占的ライセンスを他者に付与している国外地域に対す
るライセンシーによる輸出を制限することは、「合理的」な制限と解される公算が大きく、
また、ライセンサーが特定の国外市場において既に同種製品の販売を自ら行っており、か
つ、ライセンシーの製品が当該国外市場に進出してくることを望まない場合に、輸出ルー
トを適切に制限することも、ケースバイケースで「合理的」な制限であると解される余地が
ある。
(4) 完全性保証義務と制限条項の関係
技術の完全性や技術目標の達成及び製品の品質等を確保するために、契約においてライ
センシーに対して一定の条件の充足を要求することについては、技術輸出入管理条例 29
条により禁止されるべき制限条項の設定に直ちに当たるわけではないと考えられている。
38
参考判例は前掲・最高人民法院 2003 年判決(大洋公司 v. 黄河公司)。
- 171 -
ただし、紛争(裁判又は仲裁)に至った際には、ライセンサーは当該制限に正当な目的があ
り、かつ、制限範囲も合理的であることを証明する必要があるとされる39。
(5) 日本企業の留意点
以上に述べたとおり、ラインセンス契約における「技術目標」の設定は、ライセンサーの
保証義務の範囲を左右することになるので慎重に行うべきである。また、ライセンサーが
技術の完全性等の保証を行う際には、併せて技術目標の達成のためにはライセンシーの側
での一定の条件の充足が必要であるとの条項を付すことも検討すべきである。技術輸出入
管理条例 29 条各号に列挙された禁止されるべき制限条項に当たるか否かの解釈に際して
は、①ライセンシーが技術をスムーズに使用し、技術輸入契約に約定された技術目標及び
品質基準を達成するとの正当な目的があり、かつ、合理的な範囲での制限であるか否か(1
号、5 号関係)、②ライセンサーの正当な利益を保護する目的であり、合理的な範囲での制
限となっているか(6 号、7 号関係)を慎重に判断する必要がある。
(6) TRIPS 整合性
技術輸出入管理条例と契約法に基づくライセンサーに課される義務及び責任の比較は以
下のとおりライセンサーに課される義務の重さに差がある。
①ライセンサーの権利保証義務
②第三者から侵害訴訟を提起さ
れた場合のライセンサーの協力
及び妨害排除義務
③ライセンシーによる技術の使
用に伴い第三者の権利を侵害し
た場合のライセンサーの責任
④ライセンサーによる技術の完
全性等の保証義務
技術輸出入管理条例
有り(技術輸出入管理条例 24 条 1
項)。
有り(技術輸出入管理条例 24 条 2
項)。
契約法
有り(契約法 349 条前段)。
有り(技術輸出入管理条例 24 条 3
項)。
有り(契約法 353 条本文)。但
し、当事者間の特約により制限
や免除も可能(契約法 353 条但
書)。
有り(契約法 349 条後段)。
有り(技術輸出入管理条例 25
条)。
無し(契約法上の規定なし)。
なお、この他、改良発明に関しても、契約法 354 条で改良発明の成果の分配については
当事者間で合意することができる旨規定しているのに対し、技術輸出入管理条例 27 条で
は技術を改良した側に帰属する旨規定しており、改良発明の権利の帰属の約定可能性に関
して差がある。
そこで、TRIPS 協定 3 条 1 項に規定される内国民待遇義務に抵触するのではないかが問
39
中国弁護士の見解による。
- 172 -
題となる。
まず、そもそも、技術輸出入契約について、通常のライセンス契約に比しライセンサー
に対し重い義務を課すことが、TRIPS 協定 3 条 1 項の内国民待遇において問題とされてい
る国籍による差別に該当するのかという問題がある40。この点につき参考となるものとし
て、EC の地理的表示制度についてのパネル判断が存在する41。当該事例においては、EC の
地理的表示制度が、地理的表示の登録手続について、EC 域内の地理的表示と、同域外の表
示とで異なった手続を定めていることが TRIPS 協定 3 条 1 項に定める内国民待遇の義務に
違反するかが問題となった。同報告書は、TRIPS 協定 3 条 1 項の解釈につき、GATT 時代の
先例に依拠し、ある加盟国が法形式上同じ要件を内国民と外国人に同様に適用する場合で
あっても、それによって実際上外国人に不利な待遇が生ずるならば、その加盟国は当該不
利な待遇が事実上も生じないよう、外国人に対し、法形式上内国民に対するのとは異なっ
た要件を定め適用すべきで、実効的な機会の均等が外国人に対しても保障されていなけれ
ばならないとした。その上で、EC の地理的表示制度は、法形式上は内国民による登録手続
と外国人による登録手続を差別していないものの、EC 域内の地理的表示の登録を望む者の
大多数は EC 国民であり、EC 域外の地理的表示の登録を望む者の大多数は当該域外国の国
民であると認められるから、上記制度は実際上国籍による差別をしており、かかる差別は
偶然のものではなく、制度の設計と特徴に基づくものであるとの判断が示されている。
技術輸出入管理条例についても、その制度の設計と特徴から、同条例の適用を受けるも
ののほとんどが外国人であり、同条例の適用を受けずに契約法による規律のみを受けるも
ののほとんどが中国人であるとすれば、内国民待遇を問題とする余地はあるものと考えら
れる42。
内国民待遇義務との抵触について検討する上での前提の論点については以上のとおりで
あるが、その他としては、中国弁護士の見解としては、技術輸出入管理条例 24 条 2 項及
び 3 項の規定によるライセンサーの義務及び責任の加重は、まさに「知的所有権の濫用」又
は「技術の移転及び普及を妨げる」行為を防止するための措置43であり、TRIPS 協定が加盟国
40
2009 年度第 4 回国際知財制度研究会において小寺彰委員から指摘のあった問題である。
41
Report of the WTO Panel:European Communities - Protection of Trademarks and Geographical
Indications (WT/DS174,290/R) 15 March 2005.
42
特に、ライセンス契約の場合、法人がライセンサーとなることが多いことに鑑み、法人の国籍によ
る差別の有無と評価できないかに注意すべきであると考えられる。
43
TRIPS 協定 8 条 2 項:加盟国は、権利者による知的所有権の濫用の防止又は貿易を不当に制限し若
しくは技術の国際的移転に悪影響を及ぼす慣行の利用の防止のために必要とされる適当な措置を、
これらの措置がこの協定に適合する限りにおいて、とることができる。
- 173 -
に認める裁量権の行使といえるものであるので、TRIPS 協定に反するものではなく、むし
ろ合致するものであるというものである。
しかし、TRIPS 協定 8 条 2 項、40 条 1 項及び同条 2 項は、あくまでも TRIPS 協定の他の
規定(内国民待遇を定めた 3 条 1 項の規定も含まれる)に適合する限りにおいて、加盟国が
適当な措置をとることを認めたものである。また、技術輸出入管理条例上の義務や責任を
ライセンサーに課すことは、かえって「技術の移転」の妨げになりかねない。この観点から
は、実際にも、技術輸出入管理条例によるライセンサーの義務の加重が、技術移転にとっ
て有害であることをどの程度説得的に示すことができるかが鍵となると思われる。
8. 技術輸出入管理条例とノウハウの保護
(1) 中国におけるライセンス契約観
先述のとおり、技術輸出入管理条例 25 条、契約法 349 条によりライセンサーによる技
術の完全性等の保証義務が課されている。ここから、中国法制においては、ライセンス契
約の中心に「技術の移転」という概念が強く意識されており、「技術目標」が契約内容の重要
な要素となるといえる44。
(2) ライセンサーによる技術の完全性等の保証義務のエンフォースメント
ライセンシーが「約定した技術目標を達成できない」ことを理由として、実際にライセン
サーの債務不履行責任を追及した事件として、2007 年 4 月の広西チワン族自治区高級人民
法院判決(桂林集琦薬業股份有限公司 v.湖南医薬工業研究所)がある。同判決は、ライセン
TRIPS 協定 40 条 1 項及び 2 項:1.加盟国は、知的所有権に関する実施許諾等における行為又は条件
であって競争制限的なものが貿易に悪影響を及ぼし又は技術の移転及び普及を妨げる可能性のある
ことを合意する。2. この協定のいかなる規定も、加盟国が、実施許諾等における行為又は条件で
あって、特定の場合において、関連する市場における競争に悪影響を及ぼすような知的所有権の濫
用となることのあるものを自国の国内法令において特定することを妨げるものではない。このた
め、加盟国は、自国の関連法令を考慮して、このような行為又は条件(例えば、排他的なグラント・
バック条件、有効性の不争条件及び強制的な一括実施許諾等を含むことができる。)を防止し又は規
制するため、この協定の他の規定に適合する適当な措置をとることができる。
44
なお、日本においては、基本的に、特許ライセンス契約についてライセンシーが特許技術を利用し
てもライセンサーは侵害訴訟を提起しない(不作為)ということが契約の主たる内容であると考えら
れている(例えば、中山信弘『工業所有権法 上 特許法(第二版増補版)』弘文堂 443 頁において
は、「通常実施権とは、特許権者に対して差止請求権と損害賠償請求権を行使させないという不作為
請求権であると言うことができる。もちろん、現実の通常実施権許諾契約には種々の内容がありう
るので、具体的には不作為請求権以上の内容をもつ実施権も存在しうるが、特許法にいう通常実施
権とは不作為請求権である。現実の通常実施権の内容は、この不作為請求権を核として、契約に
よって種々の内容が付加されたものである」とされている。)。
- 174 -
シーによる契約の解除及び技術使用料の返還請求を認容している45。
さらに、中国弁護士の見解としては、中国の裁判所は、エンフォースメントとして、当
該ライセンサーに対してライセンス料の返還や損害賠償の支払い等を命じる判決を行うほ
か、強制的にノウハウの開示を命じる判決を下すことも理論的には可能とされる46。
(3) 日本企業の留意点
技術輸出入管理条例 25 条に基づき、技術輸入契約のライセンサーは、技術の完全性等
の保証義務を負うことになるが、その保証内容には、「提供した技術が、約定した技術目
標を達成できるものであること」も含まれる。そして、約定した「技術目標」の設定次第で
は、この「技術目標」を達成するためにライセンサーが、例えば特許明細書に記載された特
許技術情報のみならず、作用効果を効率的に実現するための、特許明細書には記載されて
いない関連ノウハウまでライセンシーに対して開示する必要に迫られる可能性が生じる。
仮にノウハウの開示については明示的に約定されていない場合であっても、約定された
「技術目標」を達成するために必要とされるノウハウについては、これをライセンサーがラ
イセンシーに対して開示すべきことが、技術輸出入管理条例 25 条に基づくライセンサー
による技術保証義務を介して、契約の内容となっているものとみなされ得ることに留意が
必要である。
(4) TRIPS 整合性
TRIPS 協定 39 条 2 項は、自然人又は法人は、合法的に自己の管理する情報が、一定の要
件を充足する場合には、公正な商慣習に反する方法により自己の承諾を得ないで他の者が
当該情報(ノウハウ等)を開示し、取得し又は使用することを防止することができる旨を規
定している。
前述のとおり、技術輸入契約のライセンサーに対して技術目標を達成できることの保証
を義務付ける技術輸出入管理条例 25 条の規定は、ライセンサーによるノウハウの開示を
強制する結果をもたらし得るため、TRIPS 協定 39 条 2 項との整合性が問題となる。
この点について中国弁護士の見解は、裁判所がライセンサーにそのノウハウを開示する
よう命じることは「公正な商習慣に反する方法(「少なくとも契約違反、信義則違反、違反
45
なお、同判決は中国企業同士の技術譲渡契約に関するものであったため、契約法 349 条に基づきな
されたものであるが、同条の規定は技術輸出入管理条例 25 条の内容と共通する。
46
もっとも、2009 年度第 4 回国際知財制度研究会において精神的自由権との関係からかかる強制は一
般論として難しいのではないかとの指摘が高倉成男委員からなされている。中国弁護士としては、
ノウハウを開示しない場合にはその代償として金銭を払うことを命じる判決等を想定している可能
性がある。
- 175 -
の教唆等の行為をいい、情報の取得の際にこれらの行為があったことを知っているか又は
知らないことについて重大な過失がある第三者による開示されていない当該情報の取得を
含む」(TRIPS 協定 39 条 2 項注記))」には当たらない。
裁判所がライセンサーにノウハウの開示を命じる場合は、(ⅰ)当事者間の契約において
かかるノウハウがライセンサーからライセンシーへ提供すべき技術の一部であることが明
記されている場合、又は(ⅱ)かかるノウハウが提供すべき技術の一部である旨の明記こそ
ないものの、契約の目的及び全条項から、裁判所が当該ノウハウの提供が契約の対象に含
まれていると合理的に解釈できる場合であり、「自己の承諾を得ない」には当たらない。
したがって、TRIPS 協定と整合しているとする47。
これに対し、あくまで、技術輸出入管理条例 25 条に基づくライセンサーによる技術保
証義務を介しての裁判所の解釈なのであるから、純粋な意味において、当事者(ライセン
サー)の合意があったとは言い難いのではないかとの考えもあり得る。しかし、この点に
ついては、技術移転を目的とするライセンス契約に際して営業秘密の開示を義務づけられ
たりすることを懸念する先進国の発案で、ブラッセル閣僚会合用のテキストには、非開示
情報の価値を希釈化するような、ライセンス契約に対する過剰な又は差別的な条件を課す
ことの禁止規定を置く案が掲げられていたが、開発途上国の反発があり、結局その旨の規
定が TRIPS 協定には盛り込まれなかったとの指摘があり48、正面から TRIPS 協定との整合
性を問題にすることは困難とも思われる。
9. 新エネルギー車参入管理規則について
(1) 自動車産業に関する中国政府機構における所管機関及び関連組織
2008 年に工業情報化部(工信部)が設立された。工信部は、従来より中国における産業等
発展戦略を担ってきた国家発展委員会(発改委)から、工業部門の職責の移譲を受け、自動
車産業を含む工業及び通信業分野に関する、業界計画及び産業政策の立案・実施、業界規
範及び業界標準(基準)の立案・指導、ならびに業界管理を担当する。
新エネルギー車参入申請に対する審査については、工信部からの委託を受け、中機車輌
技術サービスセンター(中機)という機構が担当する。中機は、法的には「第三方仲介機構」
(非政府の独立専門機構)として行政機関には当たらず、職員は公務員の資格を有さない
49
。
(2) 中国における新エネルギー車市場への参入に関する規則
47
中国弁護士の見解による。
48
前掲・『逐条解説 TRIPS 協定』188 頁。
49
当職らによる中国弁護士へのインタビューの結果による。
- 176 -
現在、形式的には、新エネルギー車生産参入管理規則(2007 年規則)(発改委が 2007 年
11 月に公布)と、新エネルギー車生産企業及び製品参入管理規則(2009 年規則)(工信部が
2009 年 6 月に公布)の 2 つの規則が並存している(以下、2007 年規則と 2009 年規則とを総
称して、「新エネルギー車参入管理規則」という)。
そして、2007 年規則と 2009 年規則の関係であるが、ともに「部門規則」の位置づけにあ
り、法令としての効力等級は同列である。ともに制定当時に当該分野における職責と権限
を有していた、国務院の一部門又は直属機関が公布した規則であり、公布機関による優劣
は認められない。2009 年規則の公布後も、2007 年規則の全部又は一部を明示的に廃止す
る措置は採られていない。したがって、形式的には両規則がともに効力をもって並存して
いる状態である。
もっとも、2009 年規則 19 条は「本規則施行後、本規則と一致しない規定があった場合に
は、本規則が優先的に適用される」と明定しており、実際にも、2009 年規則は、国務院が
2009 年 3 月に公布した最新の「自動車産業調整及び振興計画」を受け、内容的にも 2007 年
規則を修正し、より詳細化したものとなっている(許可申請に必要とされる提出資料の種
類も増加している。)。そこで、実際上は、両規則の適用関係としては、2009 年規則が
2007 年規則に優先して適用されるものと考えられる。
(3) 許可申請手続において求められる技術情報の開示の程度
中国弁護士による中機への照会結果によれば、①中機としては、あくまでも申請企業の
新エネルギー製品や、その管理、開発、生産、サービス等の基本的な情況を把握及び理解
する目的で、申請企業に対して申請書類の提出を求めている。かかる趣旨から、2009 年規
則の附件により申請時に説明記載の形で求められる情報提供の程度についても、原則的に
は初歩的かつ基本的なもので足りると考えている、②ただし、2009 年規則の附件 2、二、
5 に規定されている「新エネルギー車の車載エネルギーシステム、駆動システム、制御シス
テムを構成する中核技術のうちの少なくとも一つ」を説明する際には、他の部分の説明と
比べ、具体的かつ詳細な説明が必要であり、また、これら各システムの関連情況の説明も
求められる、③さらに、申請企業が提出した書面資料を受領した後、中機は申請企業に対
して現場調査(審査)を行うが、この現場調査の際には、申請企業の情況について、より深
く、広範かつ具体的な情報提供を求めることになる。その際に求められる情報提供の範囲
には、例えば、中核技術以外の周辺技術の説明や特許技術情報以外の関連ノウハウ(特に
中核技術に係る営業秘密)についての説明も含まれ得る、④もっとも、この現場調査の際
に中機により申請企業に対して求められる営業秘密(ノウハウ)の説明については、申請企
業の営業秘密保護への配慮から、原則として口頭での陳述による説明で足り、関係書類の
提出までは求めないのが一般的である。また、中機による現場調査の際の申請企業に対す
る営業秘密の説明要求は、強制的に情報開示を行うよう義務付けるものではないというこ
- 177 -
とである。
(4) 秘密保持の体制
新エネルギー車参入管理規則上は、秘密保持に係る規定は不見当である。
「営業秘密侵害行為の禁止に関する若干規定」、「中華人民共和国政府情報公開条例」と
いった法令の各規定に基づき、公務員については、申請企業との間での秘密保持に関する
特段の約定がなくとも、当然に申請企業の営業秘密を守る義務を負う。
しかし、中機及びその職員は、前述したとおり「行政機関」及び「公務員」には該当しな
い。但し、中機自身はその内部規定(「保密工作程序」3.3 及び 3.4)により、審査の過程で
得た申請企業の秘密情報を守るべきことを定め、ウェブサイト上50でもこれを公開してい
る。
なお、中機職員による秘密の漏示は、中華人民共和国刑法 219 条(営業秘密侵害罪)にお
ける「営業秘密の保持に関する権利者の要求に違反し、営業秘密を漏洩、権利者の重大な
損失をもたらす行為」には該当し得る。ただし、「営業秘密の保持に関する権利者の要求」
をいかにして明確にしておくか、また、「重大な損失をもたらした」といえるためには、営
業秘密の権利者に対して 50 万元以上の損失をもたらしたことが必要であるとされる(最高
人民法院・最高人民検察院による知的財産侵害における刑事事件処理の具体的な法律適用
に関する若干の問題の解釈 7 条 1 項)点に留意が必要である。
(5) 日本企業の留意点
自らの秘密情報(ノウハウ等)を保護する観点からは、以下を検討することも考慮に値す
る。
・
申請時における書面での提出資料については、なるべく基本的な情況把握に資する限
度にとどめることができないか。
・
現場調査に際してはなるべく書面資料の提出や記載説明は行わず、口頭説明にて対応
することができないか。
・
企業資質評価のために必須ではない又は新エネルギー車参入管理規則の附件に掲げら
れた参入条件の判断には直接影響しないと思われる質問に対しては詳細な回答を避け
ることができないか。
・
ノウハウをやむなく開示する場合には、営業秘密の保持に関する権利者の要求を明確
にしておくこと。
(6) TRIPS 整合性
50
http://202.108.83.89/cvtsc/gkwj/62.htm
- 178 -
新エネルギー車参入管理規則に基づき申請企業の資質を審査するため、工信部と中機
は、申請企業に対してその「開示されていない情報」(特に技術的ノウハウ)の提供を求める
可能性が存する。そこで、新エネルギー車参入管理規則と TRIPS 協定 39 条との整合性を
若干検討する51。
この点について、中国弁護士の見解は、そもそも TRIPS 協定は、加盟国政府又は政府機
関が、公共管理機能の観点から企業による営業秘密の開示を要求すること自体は禁じては
いない(データの保護を求めるのみ)52。そして、「営業秘密侵害行為の禁止に関する若干規
定」、「中華人民共和国政府情報公開条例」及び「中華人民共和国刑法」は、いずれも中国政
府又は政府機関等が取得した企業の営業秘密を開示してはならない旨を規定している。ま
た、TRIPS 協定 39 条 2 項は「公正な商習慣に反する方法」により他の者によりなされる情報
開示等からの保護を規定したものであるところ、工信部又は中機による申請企業に対する
営業秘密の提供の要求は、「公正な商慣習に反」してはいない(TRIPS 協定 39 条 2 項注記参
照)。したがって TRIPS 協定との整合性は問題とならないとのことである。
もっとも、提出した秘密情報につき、目的外利用がなされた場合には、TRIPS 協定 39 条
2 項注記信義則に反する等といい得るのではないか、そして、そのような場合に、「私人の
権利」として53、救済措置を実効的にとり得る制度に果たしてなっているのかを問題とする
ことができないかとの点からさらに検討を進めることはあり得るものと考えられる。
以 上
51
TRIPS 協定 39 条 1 項及び 3 項において、①加盟国は、政府又は政府機関に提出されるデータの保護
を求められており、同条 2 項によれば、②自然人又は法人が、合法的に自己の管理する情報を、公
正な商慣習に反する方法により、自己の承諾を得ないで他の者が開示し、取得し又は使用すること
がないよう防止することができる、とされる。
52
なお、そもそも TRIPS 協定 39 条 3 項により保護の対象となるのは、医薬品、農業化学品に関する
データに限られる(前掲・『逐条解説 TRIPS 協定』189 頁)。
53
この点について、刑事制裁だけではなく、非開示情報に関しては個人に民事訴訟を提起できる実体
法上の国内法制も可能であるとするのは困難ではないかとの見解がある(前掲・『逐条解説 TRIPS 協
定』186 頁)。
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