早稲田大学大学院 理工学研究科 博 士 論 文 概 要 論 文 題 目 Some novel aspects of black holes in higher dimensional theories of gravity 高次元重力理論に於けるブラックホールの新たな側面 申 請 野澤 Masato 者 真人 Nozawa 物理学及応用物理学専攻 2008 年 宇宙物理学研究 5月 No.0 Einstein は 等 価 原 理 と 一 般 相 対 性 原 理 に 基 づ い て 、 Newton 重 力 の 拡 張 と し て 一般相対性理論を提唱した。時間と空間は 4 次元時空として統一的に記述され、 時 空 の ダ イ ナ ミ ク ス は E i n s t e i n 方 程 式 を 通 じ て 物 質 と 結 び つ い て い る 。太 陽 系 近 傍での観測事実は、一般相対性理論が重力理論としての地位を確立する大きな要 因となった。一般相対論的効果が顕著に現れる対象としては、ブラックホールと 呼ばれるコンパクト天体が挙げられる。ブラックホールは通常、重い星の進化の 最終状態で自己重力によって崩壊し形成されると考えられており、強い重力場に より光さえも抜け出せない領域である。現在では連星パルサーなどから多数の間 接的観測証拠が確認されており、その存在が確実視されている。ブラックホール は我々が地上では到達できない強重力場での物理を検証するための最高の実験場 であり、また重力波源の候補としても有力視されており、重力理論の検証という 観 点 か ら も 非 常 に 重 要 な 研 究 対 象 で あ る (第 2 章 )。 一 方 、 近 年 で は 超 弦 理 論 な ど の 素 粒 子 統 一 理 論 に 示 唆 さ れ 、 1 0 次 元 や 11 次 元 などの高次元時空が考えられている。超弦理論には、弦のソリトン状態である D ブレーンと呼ばれる膜が存在するが、これを高次元時空に於けるブラックホール として捉えることにより、ブラックホールエントロピーの起源の説明に一つの解 答を与えることに成功し大きな注目を集めた。また、一方で以下に述べるブレー ン ワ ー ル ド シ ナ リ オ と い う 立 場 か ら も 、ブ ラ ッ ク ホ ー ル が 盛 ん に 研 究 さ れ て い る 。 通常高次元の理論に於いては、我々の4次元時空を再現するため、余剰次元が Planck ス ケ ー ル 程 度 に 小 さ く な っ て い る と い う 仮 定 を す る が 、 Arkani-Hamed. らは、通常の物質は我々の住んでいる4次元時空上に局在し、重力のみ余剰次元 方 向 を 伝 播 す る と い う 仮 定 の も と 、 余 剰 次 元 が 1mm 程 度 の 大 き さ を 持 ち う る と いうことを指摘した。この大きな余剰次元モデルは、重力の基本エネルギースケ ー ル を Te V 程 度 の 電 弱 ス ケ ー ル に す る こ と で 、素 粒 子 統 一 理 論 に 於 け る 階 層 性 問 題 に 対 す る 一 つ の 解 決 を 与 え る 。 ま た Randall と Sundrum は 、 高 次 元 時 空 を 曲 げることで余剰次元が無限の大きさをもつようなブレーンワールドを提案した。 これはコンパクト化に代わる機構として非常に興味深い。これらのブレーンワー ル ド に 於 い て は 、高 次 元 的 な 小 さ な ブ ラ ッ ク ホ ー ル が Te V 程 度 の 低 エ ネ ル ギ ー で 生 成 す る 可 能 性 が あ り 、2 0 0 8 年 の L H C 加 速 器 実 験 が 大 き な 注 目 を 浴 び て い る ( 第 5 章 )。 も し 加 速 器 で ブ ラ ッ ク ホ ー ル の 形 成 、 蒸 発 が 確 か め ら れ れ ば 、 Hawking 輻射の実験的検証になるだけでなく、高次元時空の一つの証拠として統一理論に 向けた大きな足がかりとなる。 しかし高次元ブラックホールの研究は浅く、それらが持つ性質については不明 瞭な点が多い。超弦理論の進展や加速器実験での理論的考察には、高次元ブラッ クホールの理解が必要不可欠である。私は主に以下の3つのアプローチでその解 析を行った。それぞれのテーマに於ける動機と研究結果を項別に述べていく。 No.1 [1] 真 空 ブ ラ ッ ク ホ ー ル 解 の 構 築 及 び そ の 性 質 加速器の中で生成されたブラックホールは一般に回転を伴っていると考えられ、 余 剰 次 元 に 比 べ て 小 さ な ス ケ ー ル で は 高 次 元 の Einstein 方 程 式 の 解 と し て 記 述 さ れ る と 期 待 さ れ る 。高 次 元 回 転 ブ ラ ッ ク ホ ー ル 解 は M y e r s と P e r r y に よ っ て 発 見 さ れ 、 任 意 に 大 き な 角 運 動 量 を 持 ち 得 る な ど 4 次 元 の Kerr 解 に は な い 特 徴 を 持 っ て い る 。ま た 、2 0 0 2 年 の E m p a r a n と R e a l l に よ る 5 次 元 ブ ラ ッ ク リ ン グ 解 の発見は我々にとって新鮮な驚きであった。ブラックリングは高次元に於けるブ ラックホールの唯一性の破れを意味し、高次元時空の多様さ、複雑さを物語って お り 非 常 に 興 味 深 い ( 第 2 章 ) 。こ れ ら が 加 速 器 の 中 で 生 成 さ れ れ ば H a w k i n g 輻 射 と呼ばれる熱的輻射で特徴づけられると考えられるが、ブラックリングに関して は対称性の低さから量子化された場の方程式を解析するのは困難である。そこで 我々は古典的なアプローチから、ブラックホールの回転を顕著に特徴づけるエル ゴ 領 域 に 着 目 し 、 Penrose 過 程 と 呼 ば れ る ブ ラ ッ ク ホ ー ル か ら の エ ネ ル ギ ー 抽 出 機構を解析し、熱力学量が示す性質について議論した。その結果、高次元ブラッ ク ホ ー ル 、ブ ラ ッ ク リ ン グ に お け る P e n r o s e 過 程 の 効 率 は 際 限 な く 大 き く な り う る と い う 結 論 を 得 た 。 4 次 元 Kerr ブ ラ ッ ク ホ ー ル に お け る Penrose 過 程 の 効 率 は 20% 程 度 に 過 ぎ な い の で 、 高 次 元 ブ ラ ッ ク ホ ー ル は 4 次 元 Kerr ブ ラ ッ ク ホ ー ルとは著しく違った振る舞い示すことがわかる。特に効率が上限なく増大する場 合は、ブラックホールが限りなく大きな角運動量を持つ場合に相当し、高次元に 特徴的な結果である。高次元と 4 次元での回転ブラックホールについて、定量的 な違いを示した議論は、今回の我々の研究が先駆的であるといえる。 しかし、先に述べたブラックリング解は発見的な方法で見つかったので、他に も多種多様なブラックホールが存在する可能性がある。そこで私は4次元時空で 定 式 化 さ れ た ソ リ ト ン 的 手 法 を 応 用 し 、 解 の 構 成 を 試 み た (第 4 章 )。 そ の 結 果 、 閉じた時間的曲線が存在しないという状況下で平坦時空から連続的なソリトン変 換でブラックリング解を構成することに成功した。今まで発見的な方法でしか得 られなかったブラックリング解を系統的な手法で導出できたのは、我々の研究の 大きな成果であるといえる。この手法は、5次元時空でのブラックリング解の一 意性問題や、複数のブラックホールの共存系を生成することにも大きな足がかり となっており、この分野に於いて大きな貢献をしたと言える。 [2] ブ レ ー ン ワ ー ル ド ブ ラ ッ ク ホ ー ル R a n d a l l - S u n d r u m モ デ ル に 於 い て 、ブ レ ー ン 上 に 局 在 し た ブ ラ ッ ク ホ ー ル の 厳 密 解は現在のところ知られていない。ただし低次元のトイモデルに限れば、ブレー ン に 局 在 化 し た ブ ラ ッ ク ホ ー ル 解 が Emparan ら に よ っ て 発 見 さ れ て い る 。 こ の 解は非常に複雑な計量をしており、解析は十分になされておらず、安定性からブ レ ー ン が ど の よ う な 影 響 を も た ら す か に つ い て ま で 不 明 瞭 な 点 が 多 い 。ま ず 私 は 、 No.2 この解が代数的に特別なクラスに分類されることに着目し、その周りでのテスト 場 の 振 る 舞 い に つ い て 議 論 し た (第 6 章 )。 特 に 共 形 不 変 な 場 に 限 れ ば 運 動 方 程 式 は Schrodinger 型 の 常 微 分 方 程 式 に 帰 着 さ せ る こ と が で き 、ブ ラ ッ ク ホ ー ル は 準 固有振動と呼ばれる減衰振動モードを示すことがわかった。ブレーンの張力は角 運動量を増幅させる方向に働き、準固有振動の実部を増幅させる。この性質は、 他のブレーンモデルでもみられる傾向である。また、モード解析からこれらの場 に不安定モードは存在しないこと、つまりこのブラックホールが安定であること を確認することができた。 [3] 動 的 ブ ラ ッ ク ホ ー ル と 曲 率 高 次 項 の 影 響 ブラックホール中心では一般に時空曲率が発散する特異点が発生することが知ら れているが、このような時空曲率が高いところでは、一般相対論のような古典理 論よりも、超弦理論的効果を含んだ有効重力理論において記述されるべきである と 考 え ら れ る ( 第 7 章 ) 。私 は 、混 成 弦 理 論 か ら 導 か れ る G a u s s - B o n n e t 重 力 に 於 い て 、 時 空 に 擬 球 対 称 性 を 課 し 、 時 空 の 局 所 的 な 一 般 的 性 質 を 議 論 し た ( 第 8 章 )。 一般座標変換不変性を持つ重力理論に於いては、局所的なエネルギー密度という ものは意味をなさないが、擬球対称性を持つ場合には、一般相対性理論のときと 同じく局所的なエネルギー関数を与えることができる。私はこのエネルギー関数 が、物質のエネルギー条件が満たされている状況下で、漸近値、単調性、正値性 などの物理的に妥当な性質を持つことを示した。このようなエネルギー関数の存 在は、擬球対称性を持つ時空がシンプレクティック構造を持つことに起因し、そ れらは擬球対称時空の持つ隠れた対称性に由来するものである。 また私は、ブラックホール形成と関連した捕捉地平線について、物質のエネル ギ ー 条 件 と 擬 球 対 称 性 の 下 で の 一 般 的 性 質 に つ い て 調 べ た (第 9 章 )。 捕 捉 地 平 線 は曲率について2次の補正が加わっていることに由来し、一般相対論極限を持つ 分 岐 と 持 た な い 分 岐 が 存 在 す る 。一 般 相 対 論 極 限 を 持 つ 分 岐 於 い て 捕 捉 地 平 線 は 、 Penrose 不 等 式 、 符 号 則 、 面 積 則 、 動 的 ブ ラ ッ ク ホ ー ル 熱 力 学 第 一 、 第 二 法 則 な どを示すが、一般相対論極限を持たない分岐に関しては全く逆の振る舞いをする ことが示された。これは一般相対論極限を持たない分岐に於いて、エネルギー条 件の下で重力の収束性が破れるという大きな成果を得た。これまでの研究ではこ の分岐がなぜこのような振る舞いをするのか明らかでなかったが、一般化された 重力理論においてこれを明らかにしたのは我々の研究が初めてである。また中心 特異点に関しては曲率高次項の影響を受け、奇数次元に特徴的な特異点が存在す ることを示した。これらの性質は加速器などの高エネルギー領実験により明らか になっていくであろう。 全 体 の 結 論 は 第 10 章 に ま と め た 。 No.1 早稲田大学 氏 名 野澤 真人 博士(理学) 学位申請 研究業績書 印 (2008 年 種 類 別 題名、 発表・発行掲載誌名、 発表・発行年月、 4月 現在) 連名者(申請者含む) 論文○ Energy extraction from higher dimensional black holes and black rings. Physical Review D 71, 084028, (2005). 2005 年 4 月 野澤真人、前田恵一 論文○ Effects of Lovelock terms on the final fate of gravitational collapse: analysis in dimensionally continued gravity. Classical and Quantum Gravity 23 1779 (2006). 2006 年 3 月 野澤真人、前田秀基 論文○ Vacuum solutions of five-dimensional Einstein equations generated by inverse scattering method. II. Production of black ring solution. Physical Review D 73 124034 (2006) 2006 年 6 月 富沢真也、野澤真人 論文○ Generalized Misner-Sharp quasi-local mass in Einstein-Gauss-Bonnet gravity. Physical Review D 77 064031 (2008) 2008 年 3 月 前田秀基、野澤真人 論文○ Dynamical black holes with symmetry in Einstein-Gauss-Bonnet gravity Classical and Quantum Gravity 25 055009 (2008) 2008 年 3 月 野澤真人、前田秀基 論文○ Bulk scalar emission from a rotating black hole pierced by a tense brane. Physical Review D 77 044022 (2008) 2008 年 2 月 小林努、野澤真人、高水裕一 講演 (国際会議) Energy extraction from five dimensional black holes and catastrophe theory Third Tai Poe School on Cosmology (Early Universe) and the Second Thai Phys Universe Symposium. 2004 年 10 月, Khon Kaen University, Thailand 講演 (国際会議) Naked singularity formation in higher curvature gravity The Third 21COE Symposium :Astrophysics as Interdisciplinary Science. 2005 年 9 月 Waseda University, Japan 講演 (国際会議) Gravitational collapse in higher curvature theory XXIII Spanish Relativity Meeting E.R.E. 2005. 2005 年 9 月 Oviedo (Austrias) Spain 講演 (国際会議) Quasi-local mass and dynamical black holes in Einstein-Gauss-Bonnet gravity VIII Asia-Pacific International Conference on Gravitation and Astrophysics. 2007 年 9 月 Nara Women’s University, Japan. 講演 (研究会) Energy Extraction from Five Dimensional Black Holes and Catastrophe Theory The 14th Workshop on General Relativity and Gravitation 2004 年 11 月 Yukawa Institute for Theoretical Physics, Kyoto University 講演 (研究会) Effects of Lovelock terms on final fate of the gravitational collapse The 15th Workshop on General Relativity and Gravitation 2005 年 11 月 Tokyo Institute of Technology 講演 (研究会) Dynamical black holes in Einstein-Gauss-Bonnet gravity The 17th Workshop on General Relativity and Gravitation 2007 年 11 月 Nagoya University 講演 (学会) 高次元ブラックホールおよびブラックリングからのエネルギー抽出 日本物理学会 2004 年 9 月 高知大学 野澤真人、前田恵一 講演 (学会) 逆散乱法を用いたブラックリング解の構成 日本物理学会 2006 年 9 月 奈良女子大学 野澤真人、富沢真也 講演 (学会) Gauss-Bonnet 重力における準局所質量と動的ブラックホールの性質 日本物理学会 2007 年 9 月 北海道大学 野澤真人、前田秀基
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