簑和恭子 論 文 - 東北大学

みのわきょうこ
氏名・(本籍)
簑和恭子
学位の種類
博士(理学)
学位記番号
理博第1344号
学位授与年月日
平成6年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
研究科専攻
東北大学大学院理学研究科
(博士課程)物理学専攻
学位論文題目半導体結晶中の拡張欠陥の発生機構に関する研究
論文審査委員
(主査)
教授小松啓
教授角野浩二
助教授末澤正志
目
論
文
次
1章序論
2章結晶表面の傷からの転位の発生機構
3章Si結晶中のa/2〈Oll>{100}すべり転位の発生
4章変形したcz-Si結晶中における酸素析出
5章転位の発生に対する不純物の効果
6章総括
参考文献
Appendix
謝辞
付録
一66一
ム
■
論文内容要旨
1章序論
半導体結晶はおもに電子デバイス材料として用いられている。半導体の光学的おポび電気的
性質は結晶欠陥の存在に大きく左右される。デバイスの集積度が上がるにつれて,結晶成長中
や加工プロセス中に発生する欠陥の密度を低く抑えることが切実な課題となっている。結晶欠
陥のうち,転位,積層欠陥などの拡張欠陥は機械的な刺激や欠陥同士の反応によって形成され,
一旦形成されると消滅するのに時間がかかるため,特に問題となっている。これらの拡張欠陥
の発生を制御するためには,欠陥の発生過程や欠陥同士の反応を調べ,欠陥の発生機構を解明
することが必要である。本研究では,理論的に予想されるよりもはるかに低い応力の下で転位
が発生する機構を解明するため,結晶表面に意図的に傷をつけ,そこから転位が発生する機構,
および傷の回復に伴い,新たに欠陥が発生する機構を調べることを目的とした。さらにSi結晶
中での不純物の析出を制御するために,転位線上での酸素の析出に関連して起こる,転位と酸
素原子および格子間Si原子の反応を明らかにすること,並びに種々の不純物を含む結晶表面の
傷からの転位の発生に対する不純物の効果を明らかにすることを目的として研究を行なった。
2章結晶表面の傷からの転位の発生機構
SiおよびGaAs結晶の表面に引っ掻き傷を形成し,傷の様子および焼鈍した際の傷の回復の
様子を電子顕微鏡観察した。0.5∼7gの荷重で引っ掻き強度試験機を用いて形成したFZ-Si結
晶の傷は,転位,アモルファスとクラックからなることが見出された。この転位は,a/2〈110〉
{111!型のすべり転位であり,クラックに起因するものではない。酸素濃度の高いcz-Si結晶
に引っ掻き傷をつけた場合にも同様の欠陥が発生しており,これらの欠陥の発生には酸素は影
響しない。また,カーボランダムを用いて,室温および液体窒素温度でS1結晶表面につけた傷
も転位とアモルファス,クラックからなる。一方,GaAs結晶表面につけた傷は転位からなり,
アモルファスは観察されなかった。弾性論を用いて引っ掻きの際の応力を見積もったところ,
最大勇断応力は理論的に予想される転位の発生応力を越えることがわかった。引っ掻き傷の条
痕部で観察された転位は,引っ掻きの際の高い勇断応力によってすべりが起こって発生したと
考えられる。一方,引っ掻きの際の静水圧はSl結晶の金属相への転移圧を越える。従って,ア
モルファスSiは引っ掻きの最中に圧子直下の部分が金属相へ転移し,除荷と同時に準安定なア
モルファスヘと転移したと考えられる。GaAs結晶の金属相への転移圧は引っ掻きの際の静水
圧よりもはるかに高い。引っ掻きによるアモルファス化は金属への相転移と関係があるように
思われる。
引っ掻き傷をつけた試料を焼鈍すると,アモルファスSiは約600。cの温度での焼鈍によって
再結晶し,その際,絡まりあった転位が形成されるのが観察された。以上のことから,結晶表
面に傷をつけると,局所的に高応力が加わり,転位やクラックが発生する。Siの場合には,通
一67一
常観察されないアモルファスヘの転移が起こる。試料を焼鈍すると,アモルファスが再結晶し
て新たに転位が形成される。さらに試料に外部応力が加わると,これらの転位が結晶内部へ侵
入し,塑性変形が起こると考えられる。
3章Si結晶中のa/2〈011〉{100}すべり転位の発生
化学研磨したsi結晶の{100/,/llo},llll/表面を砥粒で〈llo>方向にこすって引っ掻き傷
を形成し,600∼1100。Cの温度で焼鈍を行ない,傷の回復に伴って発生する欠陥を調べた。引っ
掻き傷をつけた状態では,条痕部に沿ってa/2〈110〉{111}タイプの微小な転位半ループが多数
導入される。{100}面上に傷をつけた試料を焼鈍するとa/2〈OH>{100}タイプの転位が発生す
るのが観察された。この転位は引っ掻き傷からほぼ平行に張り出した転位半ループであり,そ
のバーガースペクトルは引っ掻き方向〈011〉に垂直なa/2〈OH〉である。この転位は{100/面
上でのみすべり運動可能である。このような転位は{100}面上に傷をつけた場合にのみ観察さ
れ,{llO/表面や{n1}表面に傷をつけた場合には観察されなかった。この転位は引っ掻きに
よって導入されたa/2〈110>{111/タイプの転位ループが焼鈍によって再配列し,それらが合体
反応して形成されたLomer-Cottre11転位が/100}面上をすべり運動してできたと考えられる。
ダイヤモンド型構造をとる物質において,このような/100}面上での転位のすべり運動が観察
されたのは今回が初めてである。
4章変形したCZ-Si結晶中における酸素析出
約9.5×1017at・cm-3の濃度の酸素不純物を含むCZ-Si結晶を塑性変形して転位を導入した
後,650,900,1150。Cの温度で焼鈍し,転位線上で酸素が析出する様子を電子顕微鏡観察した。
結晶を730℃で塑性変形した試料では,拡張した60。転位の90。部分転位の転位芯の膨張側に,優
先的に析出核が形成されているのが観察された。転位線上で形成される析出物の形状は,650℃
では転位線を円筒形に覆ってしまい,900℃では針状,1150。Cでは{111}面で囲まれた平行六
面体になる。バルク中で形成される析出物は600℃では球状,900℃では正方形の板状,1150。C
では八面体となるので,転位線上で形成される析出物の形状はバルクで形成されるものとは異
なる。転位線上で形成される析出物の構造はアモルファスと考えられる。析出物の密度と大き
さはおもに焼鈍温度に依存し,転位の種類や形状にはあまり依存しない。転位芯で優先的に核
生成するのは,析出に伴う自由エネノレギーの変化がバルクで核生成するよりも小さくなるため
と考えられる。酸素の析出に伴って放出される格子間Si原子を吸収し,転位線が上昇運動する。
その結果転位線の形状が変化する。この変化の様子は転位線の種類によって異なり,60。転位は
真直な形状を保ったまま上昇運動するが,らせん転位はつるまきばね状に変化する。転位は拡
張したまま上昇運動すると考えられ,そのモデルを提唱した。
一68一
ふ
…
5章転位の発生に対する不純物の効果
SiおよびInをドープしたGaAs結晶の(100)表面に圧痕を形成し,高温で[011]方向に引っ
張り応力を加えて圧痕から転位が発生する様子をx線回折顕微法で調べた。Siをドープした結
晶では,α転位とらせん転位から成る転位ループが優先的に発生する。一方,Inをドープした
結晶では,低い温度で引っ張り応力を加えた場合にはα転位とらせん転位から成る転位ループ
が発生し,高温で引っ張り応力を加えた場合にはβ転位とらせん転位から成る転位ループが発
生する。高温でα転位が発生しないのは,1nの拡散によってα転位が固着されてしまい,傷か
ら発生できなくなるためと考えられる。発生する転位ループの形状は,転位ループを構成する
各転位の運動速度の比によって決まる。低温ではα転位の運動速度はらせん転位のそれよりも
はるかに大きいため,直線状になる。高温では,Siドープでは翼形,Inドープの場合は半六角
形となる。傷から発生する転位の種類や形状は結晶に固溶する不純物によって異なり,特に転
位を固着する不純物は転位の発生を抑制する効果があることが明らかになった。
6章総括
1章では研究の背景および研究目的,論文の構成について述べた。2章では半導体結晶の表
面に傷をつけ,発生した欠陥を電子顕微鏡観察して,その発生機構について検討するとともに,
実在の完全度の高い結晶の強度が低くなる理由を考察した。3章ではSi結晶の{100}表面に傷
をつけて焼鈍することにより,a/2〈011〉{100/タイプの転位が発生することを見出し,その形
成機構について述べた。4章ではSi結晶中の酸素析出物について,転位線上での析出形態を調
べ,転位線上で形成されたものとバルク中で形成されたものを比較した。さらに転位の上昇運
動の様子を調べ,そのモデルを提案した。5章ではSiや111を固溶するGaAs結晶を用いて,結
晶表面の傷からの転位の発生挙動に対する,結晶に固溶する不純物の影響について調べた。
一69一
論文審査の結果の要旨
結晶中の原子配列の乱れである格子欠陥には多くの種類のものがあるが,一般に,半導体の
電気的および光学的性質に大きな影響を与える。特にある程度の空間的広がりを有する拡張欠
陥は,一度結晶中にとりこまれると取り除くことが非常に困難であるので,その発生機構を解
明し,その知識の上に立ってそれを制御する技術を確立することが半導体を基盤とする電子デ
バイスを開発する上で大きな課題となっている。本論文は典型的な半導体であるシリコンおよ
びGaAs結晶中での各種の拡張欠陥の発生過程を,主に透過電子顕微鏡観察により,研究した
ものである。
代表的な拡張欠陥である転位は結晶表面の特異領域から優先的に発生することがよく知られ
ているが,その機構については従来まったく知られていなかった。本論文は,まず,シリコン
表面のスクラッチ直下の微小領域では局所的な巨大な応力によりシリコンの非晶質相とそれを
取り囲む転位が形成されていることを明らかにした。そして結晶が加熱された場合,非晶質相
が転位を含む結晶相に転移することを見いだし,これがシリコン結晶中での転位の発生機構で
あると結論した。また,GaAsではスクラッチ周辺に非晶質相は形成されず,局所的巨大応力に
より転位のみが形成されることを見いだした。また,転位を有効に固着する不純物が固溶して
いる場合に転位の発生が抑制されることを見いだし,その理由を明らかにした。
次に,シリコン結晶でスクラッチから発生した転位が互いに反応し,その結果,ローマ転位
とよばれる特殊な種類の転位が形成されること,および,この種の転位がシリコン結晶の{100}
結晶面上をすべり運動することを見いだした。
現在,電子デバイスに用いられているシリコンは過飽和濃度の不純物酸素を固溶するCZ-Si
とよばれるものであるが,本論文は,転位を含有するこの種の結晶を高温処理したときの酸素
の析出の特徴,ならびに,それに伴う転位の形態の変化を観察して,酸素が転位線上に母結晶
中におけるとは異なった形態で析出すること,および,析出物から発生する侵入型シリコン原
子を吸収して転位が拡張状態を保ったまま上昇運動してその形態を変化させることを見いだ
し,それらの機構に対して新しいモデルを提唱した。
以上,要するに本論文は半導体結晶中での各種の拡張欠陥の発生過程の直接観察を行い,見
いだされた結果に対して考察を加えて,多くの新しい事実を明らかにしたものである。これは
論文提出者が自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力と学識を有することを示してい
る。よって,簑和恭子提出の論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める。
一70一
あ…