医療事故調査報告書 - 大阪市立大学

大阪市立大学医学部附属病院における
異型輸血事故に関する医療事故調査報告書(概要)
平成23年6月10日
1.はじめに
平成23年1月18日、大阪市立大学医学部附属病院(以下、「市大病院」という。)にお
いて、結腸静脈瘤からの消化管出血に対しバルーン閉塞下逆行性経静脈塞栓術(以下「B-R
TO」という。)を実施中、血液型B型の患者に誤ってA型の血液製剤(RCC:赤血球濃厚
液)を輸血するという事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
市大病院の安全管理対策協議会において、外部委員を含めた医療事故調査委員会が設置され、
平成23年2月24日に第1回会委員会を開催し、以後平成23年5月30日まで計4回の委
員会を行い、6月10日に医療事故調査報告書が完成した。本概要は、医療事故調査報告書を
要約したものである。
2.事故の調査
本件事故の調査は、最初に診療録等の調査、並びに安全管理対策室からの説明に基づいて事
故概要を把握した。その後、事故現場である血管造影室とECU(救命救急センター集中
治療室)の検証並びに事故関係者の聴き取り調査を行うという方法で実施した。
3.事故の経過
患者は、50才、男性、結腸静脈瘤からの下血で近医受診するも出血源が特定できず、1月
14日に市大病院に転院となった。1 月18日、血管造影室において、B-RTO実施中に大
量の下血があり、治療を行っていた救命救急センターの医師がECUにいた医師に血液製剤
(B型:RCC)を持って来るよう指示した。その際、ECUの看護師が保冷庫から別患者の
血液製剤(A型:RCC)を誤って取り出し、連絡を受けた医師が血管造影室へ運んだ。その
後、血管造影室の看護師が患者の血液製剤であることを確認しないまま輸血(2単位:280
CC)を投与した。
異型輸血後、ショック等の急性反応は現れなかったが、夜間から溶血、アシドーシス、肝臓
の逸脱酵素の上昇、血糖の下降傾向などが認められた。翌日からは、肝機能を中心に全身状態
が悪化し始めたため、CHD(維持的血液透析)と人工呼吸管理を開始した。その後、一旦軽
快傾向にあり、人工呼吸器からの離脱やCHDが終了し、意識レベルも改善したが、その後再
度容態が悪化し2月17日に永眠された。
4.本件事故の原因と分析
1)本件事故は、以下の3つのヒューマンエラー(ある行動において意図したことと結果が異
なること)が連続的に発生した結果として生じたと考えられる。
①ECUの看護師が、保冷庫から間違った血液製剤を取り出した。
②医師は、受け取った血液製剤が正しいことを確認せず血管造影室へ持って行った。
③血管造影室の看護師は、確認をしないまま血液製剤を患者に投与した。
2)背景要員の分析
(1)本件事故の背景にあるヒューマンファクター
①血液製剤を間違って取り出したことについて
院内各部署における血液製剤の保管方法が統一されておらず、ECUでは保冷庫の各
棚に患者の名札を吊り下げ、札が付いている棚の上に輸血製剤を置いていた。しかし、
看護師は名札の下の血液製剤を取り出し、さらに、急いでいたため血液製剤バッグ裏面
の患者名ラベルも確認しなかった。
②間違った血液製剤を運んだことについて
血液製剤の搬送は通常1名で行うところ、本件では3名が関わっていたため、互いに
相手が確認しているだろうという思い込みがあった。また、血液製剤の受け渡し手順が、
院内で統一した明確な手順が定められていなかったことも、各人の責任感が低くなった
原因と考えられる。
③間違った血液製剤を患者に投与したこと
患者確認の一つである「バーコード認証」を看護師が行わなかった理由は、電子カル
テの起動に時間がかかったことによる「焦り」があったと考えられる。 また、患者名
を記載したラベルが血液製剤バッグの裏に貼付され、目に付きにくく、さらに心理的に
「焦り」のある状況であったため、看護師が血液製剤ラベルを直接確認するという行為
に至らなかった。
(2)病院情報システムの問題
血液製剤の「バーコード認証」のため看護師は電子カルテを起動したが、電子カルテは
既に起動していたため認証が間に合わなかった。また、「バーコード認証」には、「患者誤
認防止のための照合」、「実施者のログを残すための入力」、「投与量計算を開始するため
の実施入力」、「料金計算システムとの連携」という四つの機能があるため、本来の目的で
ある「患者誤認防止」という意味が強調されにくい状態を生み出していたと考えられる。
(3)運用の問題
血管造影室での電子カルテの運用が、
「輸血療法マニュアル」に明確に示されておらず、
また保冷庫内の輸血製剤の保管方法も指定されていなかった。さらに、「輸血療法マニュ
アル」と「看護手順」の血液製剤の取扱いに関しての記載に食い違いがあった。
(4)教育と訓練の問題
電子カルテの操作訓練は新規採用者に対してのみ行われ、中途採用者は受講していない。
また、輸血の投与は、操作手順が点滴注射と類似しているため、輸血と注射薬の投与が同
列に捉えられやすい傾向があった。
(5)勤務環境の問題
血管造影室の一つの検査室内で、1人の看護師に対して複数の医師が指示を出すという
状況が発生していた。
3)異型輸血の影響について
本件事故の患者は、肝硬変、糖尿病、糸球体腎症(維持透析中)で治療中であり、さらに
今回は結腸静脈瘤からの大量出血があったため、予断を許さず長期の生存を見込むことは困
難な状態であった。そのような重篤な容態の患者に対して異型輸血が行われたが、患者の予
後に与えた影響について正確に評価することは困難であるといわざるを得ない。
5.事故後の院内対応
1)院内への注意喚起を実施
病院長から各所属長に対して注意喚起実施
看護部長から看護師全員に対して注意喚起
輸血部による安全確認並びに注意喚起
2)ECUにおける血液製剤保管方法の変更
1患者の血液製剤を1つのカゴに入れ、患者名もカゴの表面に表示するよう変更
3)電子カルテのプログラムの修正
電子カルテを二重起動した場合には警告が表示されるよう修正
4)輸血事故防止のための研修会の開催
輸血部による安全研修会の開催
今後も輸血安全研修会の継続開催
新採看護師対象の輸血安全研修会内容の充実
5)輸血療法マニュアル、患者ラベル、払い出し伝票の改訂
①払い出し伝票を中止と、輸血実施チェックリストの作成
②血液製剤に貼付する患者ラベルの変更
③ダブルチェックの実施
④電子カルテダウン時でもチェックが可能
等を中心に改訂作業を実施中であり、6月中に完成予定(説明会を開催して院内周知予定)
6.提言
事故発生後、各種の再発防止策が実施されているが、本委員会ではさらに以下の再発防止
策について提言を行う。
①医療者2名によるダブルチェックの実施
②血液製剤の保管方法の統一
③電子カルテの研修体制についての見直し
④電子カルテの認証作業と実施入力の分離
⑤血管造影室の看護師配置の見直し
⑥チーム医療におけるコミュニケーションの確立
7.おわりに
本件事故は他の患者の血液製剤を誤って輸血したことであり、事故防止のために設けてい
る複数の確認手順が全く実施されなかったため、事故が発生したものである。
報告書(概要)では、その原因について、事故当時者の単なる注意不足だけではなく、その
背景には様々なヒューマンファクター、病院情報システム、マニュアルや職員研修などの要
因が影響していることが判明したため、再発防止のための提言を行った。
今後、本報告書が市大病院における医療安全体制の改善に役立つことを心から願うもので
ある。