ス ト ラテ ジ ス ト の 眼 2010年3月号 「 政策転換のツケ 」 投資企画部: 澤井 亮 年初平穏なスタートを切ったかに見えたグ ローバル金融市場であるが、その後中国での 金融引き締め強化(1月 12 日、2月 12 日にそれ ぞれ 0.5%の預金準備率引き上げを発表)や米 オバマ大統領による新たな金融規制強化の提 案(いわゆるボルカールール、1月 21 日発表) に加え、欧州ギリシャの債務返済への懸念(い わゆるソブリンリスク)から足下不透明感を強め ている。 現状、こうした不透明感の矛先は、専ら欧州 (ユーロ圏)に向いており、2010 年金融市場に おける不安定要因として既に定着した感がある。 図1は欧州(ユーロ圏)に付随するリスクに対す る市場の反応をユーロの対ドル相場とギリシャ 国債の対ドイツ利回りスプレッドの推移からみた ものであるが、ユーロの下落基調(信認低下)自 体は昨年 11 月 25 日のドバイショックから始まっ ていることが分かる。一方、ギリシャ国債の対独 スプレッドについては、ほぼ期を一にして拡大 を始めた後、1月下旬以降は EU によるギリシャ 支援への思惑もあり縮小に転じるなど、足下で はユーロの下落トレンドとの乖離がみられる。 ちなみに、ギリシャ問題自体は2月 11 日に臨 時開催された EU 首脳会議でユーロ圏加盟国 による支援方針が示され、EU 全体での管理強 化の方向は共有されつつある。2月 11 日に発 表された声明では、「ユーロ圏の経済・金融の 安定性に対する共同責任」という文脈でギリシャ の財政赤字削減策を支持する姿勢が示された 上で、具体性を欠くものの、「ユーロ圏加盟国は 必要ならユーロ圏全体の金融の安定性を保護 するために断固とした協調行動を取るであろう」 と明言されている。とはいえ、現状ユーロの下落 トレンドをみる限り、この問題がギリシャ一国にと どまらない根の深い問題であることも事実であ る。 この点、図2はユーロ圏の財政赤字の状況に ついて、その総額と GDP 比での水準をみたも のである。財政赤字額については、ギリシャは 2009 年に急増したとはいえ、その経済規模もあ りユーロ圏の中では取るに足りない規模である と言える。ただ、その対象をスペイン、ポルトガ ル、イタリア、アイルランドまで拡げると、2008 年 時点でユーロ圏全体の財政赤字の2/3程度、 2009 年では半分弱(EU 推計)を占め、市場の 懸念がギリシャから他国へと飛び火する事態に ついて絶対に回避すべき状況に置かれている 1/3 ことが分かる。また、ユーロ圏全体の財政赤字 をみても(対 GDP 比率)、2009 年には 6.4%ま で拡大しており(同 EU 推計)、EU 財政・安定 成長協定に定められた上限目標の 3%を遥か に上回っている。こうした状況を踏まえると、 ユーロ圏全体の財政政策が 2010 年に緊縮方 向へと舵が切られることは必至である。 財政面では、欧州同様に米国や日本でも赤 字拡大による予算制約が強まっている(2009 年 の財政赤字の対 GDP 比率は EU 推計でそれ ぞれ 11.3%、8%)。米国では秋の中間選挙を前 に雇用や中小企業対策といった重点施策の財 源を捻出するため、昨年までに公的資金を注 入した金融機関からの資金返済を当てにしてい る状況にある。また、日本でも財政赤字の大半 は依然として国内でファイナンスできているもの の、夏の参議院選挙を前に民主党政権のバラ マキ政策への警戒感は強まっている。ちなみに、 図3は先進国における実質 GDP 成長率と財政 赤字との関係をみたものであるが、財政赤字が 改善に転じるまでには景気回復後概ね2年程 度の時間を要している。このため、再度の景気 の落ち込み等を想定しない限り、今後財政政策 による景気や市場へのサポート力は低下せざる を得ないとみられる。 まだ始まったばかりの 2010 年であるが、現在、 財政政策に限らず、金融危機後に実施された 異例の政策を正常化させること(いわゆる出口 戦略)が各国当局の共通課題となっている。た だ、金融・財政政策を正常化させることは大きな リスクを伴う。特に、2002 年以降の景気拡大局 面では、新興国の台頭によるグローバリゼー ションが貿易拡大を通じグローバルな景気拡大 に大きく寄与してきた(図4)。金融危機を経ても 経済のグローバル化のトレンド自体は変わらな いと考えられるが、先進国内需が脆弱ななかで 政策サポートが低下した場合、残された外需の 奪い合いなど、国際的な利害の衝突は従来以 上に起きやすい。最近の米・中の関税を巡る対 立にみられるように、2010 年の金融市場の動向 をみるうえでは、利害の衝突がグローバルな保 護主義の流れを通じ再度の金融市場の混乱を 招くリスクにも注意を払う必要があると考えてい る。 (2010 年 2 月 19 日 記) 三菱 UFJ 信託銀行 調査情報 2010年3月号 図1:ユーロ実効レートとギリシャ国債利回りスプレッド 【ソブリンスプレッド:%】 図2:ユーロ圏財政赤字の推移 【ユーロ実効レート:1990=100】 【財政赤字額:億ユーロ】 ギリシャ10年債利回り-ドイツ10年債利回り ユーロ実効レート(右軸、逆目盛) 【ユーロ圏財政赤字対GDP比率:%】 1000 4.5 99 4.0 100 1 2009年のギリシャは 300億ユーロ強の赤字 0 ユーロ安 欧州ソブリンリスク拡大 3.5 101 3.0 102 2.5 103 2/11 EUがギリシャ 支援方針を発表 2/12 中国が準備率 の追加引き上げ 2.0 1.5 1.0 1/12 中国が準備率 引き上げを発表 11/25 ドバイショック 0.5 09/10 104 09/12 10/1 105 -1 -2000 -2 -3000 -3 -4000 -4 ※2009、10年は欧州委員会見通し -6 -7000 -7 2000 【年/月】 2 4 6 8 10 【年】 出所:Datastream、欧州委員会 HP より三菱 UFJ 信託銀行作成 出所:Bloomberg より三菱 UFJ 信託銀行作成 図4:世界貿易額と先進国 GDP 成長率 図3:OECD 諸国の成長率と財政赤字 【実質GDP:%】 -5 欧州委員会見通し(09年11月時点) 欧州主要国 ポルトガル、イタリア、アイルランド、スペイン ギリシャ ユーロ12カ国財政赤字対GDP比率(右軸) -6000 106 10/2 -1000 -5000 107 09/11 0 【財政赤字対GDP比率:%】 【実質GDP:前年比、%】 【世界貿易量:前年比、%】 30 2 8 6 0 6 20 4 -2 4 10 2 -4 2 0 0 -6 0 -10 実質GDP(前年比) 一般政府財政収支対GDP比率(右軸) 8 2年程度のラグ -2 グローバリゼーション による貿易額増加 ※2009~11年の成長率はOECD予測 2009年の貿易額は実績見込み -2 -8 ※2009~11年はOECD予測 -10 -4 80 85 90 95 -20 OECD実質GDP成長率 世界貿易額(=輸出+輸入、右軸) 2000 5 10 【年】 出所:Datastream より三菱 UFJ 信託銀行作成 -30 -4 80 85 90 95 2000 5 10 出所:Datastream より三菱 UFJ 信託銀行作成 2/3 三菱 UFJ 信託銀行 調査情報 【年】 本資料について 本資料は、お客さまに対する情報提供のみを目的としたものであり、弊社が特定 の有価証券・取引や運用商品を推奨するものではありません。 ここに記載されているデータ、意見等は弊社が公に入手可能な情報に基づき作成 したものですが、その正確性、完全性、情報や意見の妥当性を保証するものでは なく、また、当該データ、意見等を使用した結果についてもなんら保証するもの ではありません。 本資料に記載している見解等は本資料作成時における判断であり、経済環境の変 化や相場変動、制度や税制等の変更によって予告なしに内容が変更されることが ありますので、予めご了承下さい。 弊社はいかなる場合においても、本資料を提供した投資家ならびに直接間接を問 わず本資料を当該投資家から受け取った第三者に対し、あらゆる直接的、特別な、 または間接的な損害等について、賠償責任を負うものではなく、投資家の弊社に 対する損害賠償請求権は明示的に放棄されていることを前提とします。 本資料の著作権は三菱 UFJ 信託銀行に属し、その目的を問わず無断で引用または 複製することを禁じます。 本資料で紹介・引用している金融商品等につき弊社にてご投資いただく際には、 各商品等に所定の手数料や諸経費等をご負担いただく場合があります。また、各 商品等には相場変動等による損失を生じる恐れや解約に制限がある場合がありま す。なお、商品毎に手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品の契約締 結前交付書面や目論見書またはお客さま向け資料をよくお読み下さい。 編集発行:三菱UFJ信託銀行株式会社 東京都千代田区丸の内 1 丁目 4 番 5 号 3/3 投資企画部 Tel.03-3212-1211(代表) 三菱 UFJ 信託銀行 調査情報
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