Title 重度知的障害児における初期数量操作の発達支援プログ ラム

Title
重度知的障害児における初期数量操作の発達支援プログ
ラム
Author(s)
赤塚, めぐみ; 上野, 敬子; 高橋, 久美; 小池, 敏英
Citation
東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 57: 171-180
Issue Date
2006-02-00
URL
http://hdl.handle.net/2309/1474
Publisher
東京学芸大学紀要出版委員会
Rights
東京学芸大学紀要 総合教育科学系 57 pp.171∼ 180,2006
重度知的障害児における初期数量操作の発達支援プログラム
赤塚めぐみ * ・上野 敬子 ** ・高橋 久美 ** ・小池 敏英 ***
発達支援****
(2005 年 9 月 30 日受理)
キーワード:数概念,重度知的障害児,見本合わせ法
1 .はじめに
しても,制約の軽減をもたらす環境因子や個人因子に
関する検討が必要であろう。すなわち,数概念の発達
平成 15 年にまとめられた「今後の特別支援教育の在
り方について(最終報告)」では,障害を持つ児童生徒
段階に即して,支援内容と数量操作の改善の関係につ
いて明らかにする研究が必要であろう。
ひとりひとりの教育的ニーズに応じた支援の重要性か
ところで,数概念は記号的側面と集合操作的側面と
ら,「個別の教育支援計画」の必要性が示された。「個
に分けられ,両側面の統合によって,数概念の発達が
別の教育支援計画」は,障害のあるひとりひとりの子
達成される(藤原,1982)4 )。数概念の記号的側面とは,
どもに関わる諸機関の連携が円滑に行われ,個人のニ
数字や音声数詞(以下,数詞)を順列として理解する
ーズに応じた支援が生涯にわたって保障されるために
ことや,数式上の記号的な操作などを指している。こ
作成されるものである。そして,この「個別の教育支
の数概念の記号的側面の獲得だけでは,社会的文脈で
援計画」に基づき,各関係機関が役割分担をし,それ
遂行できる数操作に制限が生じるので,より豊かな生
ぞれの専門性を生かした支援を行うための計画として
活を営むためには不十分である。遠山(1972)5 ) は,
「個別の指導計画」が作成される(宮崎,2005)1 )。こ
このような問題を「数え主義」として批判をし,数を
の「個別の指導計画」は,盲・聾・養護学校において,
量的な集合として扱う重要性を指摘した。生活に有効
平成 14 年から義務化されており,重度重複化の進んだ
な数概念を獲得するためには,数字や数詞を媒介とし
児童生徒の実態を踏まえ,個々の障害特性に配慮した
た集合操作的側面が重視される。重度知的障害児は数
具体的な指導計画を立てることが必要とされる。その
字や数詞の記号的操作は困難だが,小さな数であって
ためには,個々の障害特性や認知特性を評価するだけ
も,指示に従った集合操作が可能になれば,生産物や商
でなく,各教科・領域の学習内容の達成段階を評価す
品の扱いが可能になり,生産活動を通した就労にも有
ることが重要となろう。国語や算数の教科の学習内容
効であることが指摘できる。重度知的障害児は抽象性
は,知的障害児が社会参加を果たす上で重要な課題を
の高い記号を媒介とした概念形成に困難を示すことか
2)
扱っていることが指摘されてきた(森,1999) 。特に,
ら,従来,数概念の指導は十分検討されてこなかった。
数概念に関しては,金銭操作や時計の理解など,日常
近年,数 1 ∼ 3 の小さな数に関して,視覚刺激(ド
生活のあらゆる場面で必要とされる。生活機能分類
ットパターン)呈示に基づいてドットパターンをマッ
3)
(世界保健機構,2001) では,個人が活動するときの
チングさせるという操作が,3 歳前後の健常児におい
制限や,社会参加する上での制約を障害と捉え,環境
て可能であることが報告された(Mix, 1999)6 )。これ
因子と個人因子によって制約の程度は影響を受けるこ
より,重度知的障害児においても,視覚刺激呈示に基
とが示された。従って,数概念に基づく数量操作に関
づく数指導によって,小さな数の取り出し操作が可能
* 連合学校教育学研究科発達支援講座
** 教育学研究科障害児教育専攻
*** 特別支援科学講座
**** 東京学芸大学(184-8501 小金井市貫井北町 4–1–1)
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006)
になることが予想される。江尻(2000)7 )は,ドット
する発達支援プログラムを開発し,その妥当性を検討
カードによる見本合わせ課題を通じて,重度知的障害
することが必要であろう。
以上より,本研究では,従来の研究を基に,視覚刺
児においても小さな数の事物の取り出し操作が可能に
なることを報告した。数 1 ∼ 3 の小さな数については,
激の調整に基づく,初期数量操作の発達支援プログラ
従来から,サビタイズにより集合を把握することが知
ムの開発を行い,さらに個別事例の指導経過を通して
8)
られている。Pylyshyn(1989) は,サビタイズの心的
指導プログラムの妥当性について検討することを目的
機能として FINST という機能を想定し,その FINST と
とした。
事物の集合を対応させて数量を判断すると指摘した。
また,丸山・無藤(1997)9 )は,サビタイズには 2 つ
2 .方法
の段階があるとし,第 1 段階は,集合をひとつの
FINST と照合するにとどまり,数詞とは結びつけない
(1)初期数量操作の発達支援プログラムの開発
Huttenlocher(1994)10),Mix(1999)6 ),江尻(2000)7 ),
段階として位置づけ,第 2 段階は,集合を FINST と照
合した後,それと数詞を結びつけて集合を把握する段
堀(2001)11),大川(2003)13)の研究に基づいて,重度
階として位置づけた。FINST とは,集合に関する視覚
知的障害児を対象とした数 1 ∼ 3 の数量操作に関して,
的イメージである。江尻の指導は,重度知的障害児に
発達支援プログラムを作成した。
おいて,彼らが困難を示す数字や数詞を介さずに,視
覚刺激であるドットパターンに基づいて集合を把握す
(2)指導モデルの妥当性について
る方略を用いたため,有効であったことを指摘できる。
10)
一方,Huttenlocher(1994) は,カウンティング操
作を獲得する以前の健常幼児を対象に,非言語的計算
3 名の対象児について,指導を実施し,その獲得経
過を検討した。対象児の発達プロフィールと指導の手
続きは,以下の通りであった。
課題を用いて検討した。非言語的計算課題とは,例え
ば,マットの上にディスクを 1 枚置き,それをカバー
q
対象児 A について
で隠した後,子どもが見ている前でカバーの下にディ
知的障害養護学校小学部 1 年生。田中ビネーの音声
スクをもう 1 枚滑り込ませ,子どもに対し,カバーの
言語理解課題「名称による物の指示」と音声言語表出
下のディスクと同数のディスクを並べることを求めた
課題「語い」は不合格であった。しかし,日常生活場
課題である。その結果,2 歳 9 ヶ月∼ 2 歳 11 ヶ月の健
面において,文脈から経験的に指示内容を理解してい
常児の半数以上が 1 + 1 ,2 − 1 の課題で正答できた。
るものがいくつかあった(例「手を洗ってください」
これは,小さな数であれば,3 歳以前の子どもにおい
ても,結果の見えない事象の数操作が可能であること
「A 君,おいで」等)。また,本児の好きなミッキーマ
ウスについては,
「キッキー」と命名することができた。
本検討における指導モデルに基づき,数に関するア
を示している。
11)
これに基づき,堀(2001) は,日常生活場面で活
セスメントを実施した結果,本児は,ドットはめ板
用できる数概念を獲得させることを目的に,重度知的
(指導モデル課題 2_q)は可能であったが,ドットカ
障害児について,ドットに基づくスプーンによる事物
ードのマッチング(指導モデル課題 2_t)およびド
の取り出し課題について検討した。その結果,重度知
ットカードによる事物の取り出し(指導モデル課題 3)
的障害児は,結果の見えない事象の数操作,すなわち
は困難であった。ドットはめ板は可能であったが,ド
スプーンによる事物の取り出し課題について,ドット
ットのパターンを形として捉えることに困難を示した
カードを手がかりに行動を調整することが可能になる
ことが考えられる。したがって,対象児 A は,指導モ
ことを報告した。結果の見えない事象の数操作は,数
デルの課題 1「形に関する同一マッチング」の段階に
7 以上の大きな数の概念を獲得する上で重要である
あると評価した。
(赤塚・江尻・松井・小池,2002)12)。したがって,数
字や数詞を媒介とした概念操作に困難を示す重度知的
w
対象児 B について
障害児にとっても,視覚刺激に基づく調整の指導を通
知的障害養護学校中学部 1 年生の自閉症児。表出言
して,結果の見えない数量操作が可能となり,日常生
語に関して,エコラリアはあるが,自発的な機能的言
活場面での活用に広がることが予想される。
語はない。音声言語理解は,日常生活場面において,
これより,小さな数に関して,ドット刺激に基づく
事物の数量操作と,結果の見えない数量操作を可能に
大人の言語指示を概ね理解し,行動できる。WISC-3
の結果は,VIQ 測定不能,PIQ65 であった。
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赤塚,他:重度知的障害児における初期数量操作の発達支援プログラム
数に関するアセスメントの結果,ドットカードに基
図 1 は,視覚パターンに基づく数操作について指導
づく事物の取り出しは可能であった(指導モデル課題
モデルを示したものである。各課題はローマ数字によっ
10)
Ⅲ)。また,Huttenlocher(1994) の手続きに基づく非
て項目立てをし,各課題を達成するためのスモールス
言語的計算課題を実施したところ,和が 7 以下の加法,
テップによる支援方法はアラビア数字によって示した。
および被減数が 7 以下の減法について,遂行すること
q
課題ⅠおよびⅡについて
これまで,知的障害児の数指導には,数概念の基礎
ができた。これより,本児は,事物の袋詰課題(指導
モデル課題 5)は可能であると考えられた。しかし,
となる下位操作を予め獲得させておくことが必要であ
ドットに基づき,スプーンでの事物の取り出し(指導
るとされてきた(遠山,1972 ;松原ら,1988 ;藤原,
モデル 7)については,困難を示した。これより,本
1995)5 )14)4 )。松原ら(1988)14)は,形の同一マッチ
児は,課題 5 から課題 7 の移行期にあると評価した。
ングを数概念の基礎となる下位操作として位置づけて
いる。同様に,事物のふるい分けや選択も,数概念の
3 .結果と考察
基礎となる下位操作として位置づけられている。本検
討では,形の同一マッチングは課題 1 として設定し,
(1)初期数量操作の発達支援プログラムについて
ふるい分けおよび選択は,課題 1 および 2 の課題と
重度知的障害児を対象とした数 1 ∼ 3 の小さな数に
して設定した。重度知的障害児は,事物から色と形の
おける事物の集合操作について,先行研究(江尻,
属性を抽出することに困難を示すが,同一性や類似性
2000 ;堀,2001)7 )11)に基づき課題を整理し,スモー
に基づく事物の分類は,集合を生成する上で最も初歩
ルステップによる指導モデルを作成した。ここで数を
的なスキルである。したがって,重度知的障害児を対
表す刺激(数刺激)の中に,ドットの視覚パターン刺
象とした数の指導においては,事物から色と形の属性
激を含めた。検討の対象とした各課題の内容を,表 1
を抽出し,それに基づき,ふるい分け等の事物操作を
に示した。
可能にすることが必要となる。そのため,課題 1 およ
表1
各課題の内容と支援課題
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006)
図1
視覚パターンに基づく数操作の指導プログラム(数 1 ∼ 3 について)
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赤塚,他:重度知的障害児における初期数量操作の発達支援プログラム
び 2 の課題として設定した「a ふるい分け」と「b 選
の取り出し行動の般化に関する指導は,数概念の記号
択」は,下位操作として捉えるのではなく,重度知的
的側面の発達を促し,数字や数詞という数記号の理解
障害児の中心的な数課題と捉えることができるだろう。
の基礎的課題として位置づけることができる。
このように,重度知的障害児の場合,従来の研究では
下位操作として捉えられてきた基礎的な事物操作につ
e
課題 4 および 7 について
課題 4 から 7 は,社会的文脈で使用できる具体的
いても,本支援プログラムでは,数の課題の一部とし
な数操作のスキルについてまとめた。特に,課題 5 お
て位置づけた。
一方,課題 2 のドットに関する同一マッチングは,
よび 7 は,結果の見えない事象の数操作として位置づ
ドットパターンの等価性を理解する上で重要な課題で
けることができる。赤塚ら(2002)12)は,事象を対象
ある。ドットカードの弁別を視覚的なパターン認知と
とした集合生成は,数 7 以上の大きな数の等価関係の
して考えた場合,ドットに関する同一マッチングは,
成立に関与していることを指摘した。等価関係の成立
ドットカードを数刺激として使用するための基礎的な
に必要な数刺激として数字や数詞が挙げられるが,ド
スキルとして考えることができる。つまり,ドットに
ットカードに基づき事象の集合操作が可能となれば,
関する同一マッチングは,数刺激としての視覚パター
数字や数詞の獲得が困難な知的障障害児においても,
ンを認知するための前段階的操作であると考えられる。
より大きな数の操作も可能になることが予想される。
課題 2 は数に基づく事物操作を扱った課題ではない。
r
これより,課題 2 は,視覚パターンに基づく数操作の
ついて
下位操作として位置づけた。
w
課題ⅠからⅦに関する課題達成チェックリストに
視覚パターンに基づく数操作に関して,課題達成の
課題Ⅲについて
様子を評価できれば,より子どもの実体に即した指導
近年,数概念の獲得において,刺激等価性を踏まえ
を展開できる。そのためには,数 1 ∼ 3 について,視
た数刺激間のマッチング操作の学習が有効であること
覚パターンに基づく数操作の課題達成チェックリスト
15)
が指摘されている(小池・北島,2001) 。課題Ⅲの事
を作成する必要がある。表 2 は,そのチェックリスト
物の取り出し課題に関する援助課題は,この数刺激間
である。教育現場では,NC −プログラムや M.O.V.E プ
のマッチング操作の学習に基づき設定されている。ま
ログラムなどのように,現段階での課題達成の様子と,
た,個別の教育的ニーズを抱えた子どもを対象とした
次に指導すべき課題内容が何であるかを一目で把握で
支援には,スモールステップによる指導が有効である
きるアセスメントが利用されやすい。したがって,本
ことが知られている。課題Ⅲにおける事物ドットカー
検討で取り上げた 7 種の課題について,数 1 ∼ 3 まで
ド(マグネットを用いたドットカード)を用いた指導
の各操作がどこまで可能であるかを一目で確認できる
は,ドットカードに基づいて事物の集合生成が困難な
チェックシートを作成した。これは,達成できた課題
知的障害におけるスモールステップとして位置づけた。
のマス目を塗りつぶしていくと,下から積み上げ式に
さらに,課題Ⅲでは,ドットカードと視覚的に類似
子どもの課題達成の様子を把握できる。また,チェッ
した事物(マグネット)の集合生成だけでなく,日常
クシートは,左から右に向かって課題内容の難易度が
生活場面で扱う頻度の高い事物(お菓子や文房具)を
高まるように並べた。
対象とした集合生成についても課題設定した。事物の
取り出し行動を般化させるためには,ドットをドット
として視覚的に把握するだけでは不十分である。ドッ
(2)発達支援プログラムの妥当性について
q
対象児 A について
指導は週 1 回の頻度で,1 回 20 分の指導を計 10 回実
トを視覚的な数刺激として捉え,その視覚パターンを
数に関する表象に変換することが必要になる。つまり,
施した。ドットカードに基づく事物の取り出しが可能
ドットと事物の形が異なっていても,事物に対してド
になることを目標とし,援助課題として,指導モデル
ットカードから得た数表象を当てはめる操作が必要で
の課題 1_e「アクリル絵カードのマッチング」より
ある。これは,形の同一マッチングのスキルのみでは
実施した。指導の結果を,表 3 に示した。
困難な操作であり,また形の同一マッチングよりも抽
第 1 回指導では,アクリル絵カードのマッチング(課
象性の高い操作であると考えられる。数概念の記号的
題Ⅰ _e),および絵カードのマッチング(課題Ⅰ _r)
側面の課題は,数詞に対する様々な事物操作が必要で
について,共に不安定な反応を示し,正答率は 100 %
あることから,数表象の操作を含んだ課題であること
に達しなかった。各課題で 2 ∼ 4 試行指導した。
が指摘できる。したがって,ドットカードによる事物
− 175 −
第 2 回指導では,アクリル絵カードのマッチングに
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表2
数操作の課題達成チェックリスト
表3
対象児 A の指導結果
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赤塚,他:重度知的障害児における初期数量操作の発達支援プログラム
ついて正答率が 100 %に達したと同時に,絵カードの
出するだけでなく,その抽象性を平面的な視覚刺激か
マッチングについても正答率が 100 %に達した。しか
ら立体的な視覚刺激に置き換える変換が必要となる。
しながら,ドットカードのマッチングについては,成
対象児 A は,この点に困難を示したことが推測される。
績に改善は見られなかった。
したがって,ドットカードのマッチングの達成に続き,
第 3 回指導より,課題 2「数に関する同一マッチン
事物ドットカードのマッチングを援助課題として設定
グ」を実施した。第 3 回指導では,絵による数カード
したことによって,ドットという視覚刺激を平面的に
のマッチング(課題 2 _e)のふるい分けについて,
理解するだけでなく,立体的な刺激に置き換えること
正答率が 50 %前後と不安定な遂行であった。また,ド
が可能となり,事物の取り出しを可能にしたことが考
ットカードのマッチング(課題 2_t)について,ふ
えられる。
るい分けの正答率が 100 %であった。しかし,同一マ
以上より,数詞や数字のような数記号に困難を示す
ッチングの選択については困難を示し,さらに,ドッ
重度知的障害児において,ドットに基づく事物の集合
トカードに基づく事物の取り出し課題は,正答率が 0
操作のスキルを獲得させるためには,アクリル板を用
%であった。
いて数に対する視覚的な気づきを促すことが重要であ
第 4 ∼ 5 回指導では,絵による数カード(ドットの
ることを指摘できた。さらに,事物の集合操作とは,
代わりに小さな絵で数を表わしたカード)のマッチン
事物をある位置から異なる位置へ移動させる三次元的
グについて,ふるい分けおよび選択がともに正答率 100
な活動である。したがって,カードに描かれた視覚的
%に達した。一方,選択によるドットカードのマッチ
な数刺激を,二次元的な理解から三次元的な理解に転
ングは,第 4 回では不安定な遂行だったが,第 5 回で
換することが必要であり,その援助として事物ドット
は正答率が 100 %に達した。なお,第 4 回指導では,事
カードを用いることが有効であることを指摘できた。
物ドットカードのマッチングの正答率は 0 %であった。
これより,本支援プログラムの課題Ⅰから課題Ⅲに関
第 6 回指導で,事物ドットカードのマッチング(課
する妥当性を指摘できた。
題 3_qa)の正答率が 100 %に達すると,第 7 回指導
では,ドットカードによる事物(マグネット)の取り出
w
対象児 B について
し(課題 3_qd)が可能となった。ドットカードによ
指導は月 2 回の頻度で,1 回 40 ∼ 50 分の指導を計 8
る事物の取り出しは,第 3 回指導時に,プレ課題とし
回実施した。指導は,ドットに基づくスプーンでの事
て実施していたが,その時には正答率が 0 %であった。
物の取り出しをねらいとした。また,数指導を通じて
第 8 ∼ 9 回指導では,ドットと形状の異なるスプー
QOL を高められるよう,調理に必要なスキルの獲得を
ンや鉛筆について,ドットに基づき取り出すことがで
目標とした。具体的には,指導モデル課題 7_w に基
きるようになった。これは,指導モデルの課題 3_w
づき,単一事物のスプーンによる取り出し課題として,
に相当し,ドットカードによる事物の取り出し行動の
インスタントコーヒーを水に溶かす課題を実施した。
般化と捉えることができる。この課題についても,第
指導の結果を,表 4 に示した。各課題で, 2 ∼ 4 試行
3 階指導時にプレ課題として実施した時には,正答率
指導した。正答は 2 回連続正答,ないしは 75 %以上の
が 0 %であった。
正答率とした。表は数 2 について示した。
第 1 回指導では,プレ課題として,インスタントコ
対象児 A のように,重度知的障害児の中には,絵カ
ードのマッチングが可能であっても,そこに数的要素
ーヒーを水に溶かす課題を実施したところ,誤答した。
が組み込まれると,その数に基づいたマッチングを行
第 2 回指導では,援助課題として,ドットに基づき,
うことが困難な者が存在する。このような事例にとっ
スプーンでビーズをお皿に取り出す課題を実施した。
て,アクリル板を用いたマッチング課題は,異なる数
ドットカードの呈示により,スプーン 5 杯までの操作
に対する視覚的な気づきを促すものとして,有効な援
が可能となった。同様に,数詞によるビーズの取り出
助方法であることを指摘でき,江尻(2000)7 )の知見
し課題を実施したところ,数 1 ∼ 3 について誤答した。
を支持する結果となった。さらに,ドットカードのマ
第 3 回指導では,ドットに基づき,水を取り出す課
ッチングが可能であっても,事物の取り出しには困難
題を実施した。その結果,数 1 ∼ 3 について,正答した。
を示す者がいることも明らかとなった。重度知的障害
第 4 回指導では,ドットに基づき,砂糖をお皿に取
児は,視覚的な刺激から抽象性を抽出することに困難
り出す課題を実施した。その結果,数 1 ∼ 5 について
を示すことが知られている。ドットカードから事物を
正答した。続いて,ドットに基づき,砂糖を水に溶か
取り出すためには,形や色,また数という抽象性を抽
す課題を実施したところ,数 1 ∼ 5 について正答した。
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東 京 学 芸 大 学 紀 要 総合教育科学系 第 57 集(2006)
表4
対象児 B の指導結果
この際,指導者が本児の行動に数詞を対応させて行動
く,コップによる水の取り出し課題を実施した。その
を調整させたところ,本児からも,自発的に数詞を用
結果,数 1 ∼ 6 について正答した。
以上より,本児は,ドットに基づくスプーンによる
いて自己の行動を調整する様子が見られるようになっ
た。そのため,数詞によって教示した基数に基づき,
事物の取り出し課題(指導モデル課題 7)が可能にな
砂糖を水に溶かす課題を実施した。その結果,数 1 ∼
り,日常生活場面で活用できる数のスキルを獲得する
5 について正答した。このスキルについて,生活場面
ことができた。本指導で扱った事物には,連続量であ
での般化をねらい,レモンティーを作る課題を実施し
る色水や砂糖,粉末のインスタントコーヒーなどが含
た。その結果,ドットに基づき,必要な数だけコップ
まれていた。これらの事物は,スプーンによって容器
を取り出し,レモンティーを作ることができた。
に移し替えた際に,連続量として増量したり,水に溶
第 5 回指導では,数詞に基づき,インスタントコー
けて見えなくなってしまうために,移し替えた後の事
物の個数を再確認することは困難である。本課題では,
ヒーを作ることができるようになった。
第 6 回指導より,複数種の事物のスプーンによる取
連続量である事物そのものよりも,むしろスプーンで
り出し課題(指導モデル 7_e)を実施した。援助課
移し替えるという事象を数操作の対象として,遂行し
題として,ドットに基づき,3 種類の色水をボールに
たと考えられる。
入れる課題を実施した。その結果,数 1 ∼ 3 について
丸山ら(1997)9 )は,サビタイズによる集合操作に
正答した。この課題は,プレ課題として第 3 回に実施
ついて,2 ∼ 3 歳の健常児は数詞を介さず,心的な集
した際には誤答であった。また,生活場面への般化を
合イメージに基づき数 3 までの事物操作を行うが,4
ねらった課題として,フルーツポンチを作る課題を実
∼ 5 歳児になると,数 4 のサビタイズが可能となり,
施した。ドットを使用したレシピに基づき,お皿の取
これには数詞が介在していると述べている。本児は,
り出し,果物やゼリーの取り出しを正確に行い,4 人
指導前のアセスメント時には,機能的な表出言語が見
分のフルーツポンチを作ることができるようになった。
られなかったが,第 4 回指導時には,数詞と自己の行
保護者の話では,本児は普段フルーツポンチを好まな
動を対応させながら課題を遂行する様子が見られた。
いとのことであったが,指導場面では残さず食べた。
これより,ドットに基づき,数 4 以上の事象の集合操
これは,自分で調理したものであることや,周囲の大
作が可能になることによって,数詞に基づく行動調整
人から「おいしいね」「ありがとう」などの社会的強化
が可能になることが示唆される。また,事象のカウンテ
を受けたことにより,自己効力感が向上し,食べると
ィングは,数 7 以上の大きな数に関する概念の獲得に
いう行為につながったと考えられる。
関与していることが報告されている(赤塚ら,2002)12)。
第 7 回指導では,ドットに基づき,スプーンではな
視覚パターンに基づき事象に関する数操作が可能にな
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赤塚,他:重度知的障害児における初期数量操作の発達支援プログラム
ることによって,視覚パターン以外の数刺激に関する
理解が促進されたり,操作できる数の範囲が拡大した
のある子どもの支援を中心に.ジアース教育新社
4 )藤原鴻一郎(1982)数概念の形成と指導.宮本茂雄(編
りすることが考えられる。
著)概念形成.学苑社,Pp. 171_198
これより,本支援プログラムの課題Ⅴから課題Ⅶに
5 )遠山啓(1972)数の学び方・教え方,岩波新書
関する妥当性を指摘できた。また,日常生活場面で活
6 )Mix, K. S (1999) Preschooler ’s Recognition of Numerical
用できる数のスキルを獲得できたことから,QOL の向
Equivalence: Sequential sets. Journal of Experimental Child
上に有効であることが指摘できた。
Psychology, 74, 309_314
7 )江尻実加(2000)重度知的障害児における初期数概念の
(3)今後の課題
発達援助に関する研究−ドットカードによる見本あわせ
本検討では,初期数量操作の発達支援プログラムに
課題での数操作の指導−.東京学芸大学特殊教育特別専
ついて,視覚刺激(ドットパターン)に基づく事物の
攻科修了論文
数量操作の側面から検討した。その結果,重度知的障
8 )Trick, L. M., & Pylyshyn, Z. W. (1994) Why are small and
害児において,数 3 までの小さな数の操作に関するア
large numbers enumerated differently ? A limited-capacity
セスメントと支援の手順に関して,プログラムを提案
preattentive stage in vision. Psychological Review, 101, 80_102
できた。
9 )丸山良平・無藤隆(1997)幼児のインフォーマル算数に
一方,日常生活場面でさらに活用できる数概念を獲
得するためには,数字や数詞の獲得も重要である。知
ついて,発達心理学研,1997,8 ,98_110
10)Huttenlocher, J., Jordan, N., & Levine, S. C (1994) A mental
的障害児は,記号を媒介とした概念形成に困難を示す。
model for arithmetic. Journal of Experimental Psychology,
ドットカードによる事物の取り出し行動の般化に関す
General, 123, 284_296.
る指導は,数字や数詞という数記号の理解を促すこと
11)堀有紀子(2001)重度知的障害児における数概念獲得の
が示唆された。この点については,今後の検討が必要
である。
指導プログラムについて.東京学芸大学卒業論文
12)赤塚めぐみ・江尻実加・松井弘子・小池敏英(2002)知
的障害児におけるカウンティングと行動調整機能の発達
【文献】
連関−単純運動反応の行動調整課題に基づく検討−.特
殊教育学研究,40,205_214
1 )宮崎英憲 編著(2005)個別の教育支援計画に基づく個
13)大川佳美(2003)重度知的障害児における図形シンボル
別移行支援計画の展開.ジアース教育新社
連鎖による指示理解に関する研究.東京学芸大学教育学
2 )森博俊(1999)講座 転換期の障害児教育 第 5 巻「障
害児教育方法の軌跡と課題」第 4 章「精神薄弱」教育に
研究科修士論文
14)松原隆三・宮崎直男・大南英明(1988)障害児のための
おける教科教育観の検討−障害児の学びと認識形成論の
かず 1 −こんな工夫で数と計算がわかるようになる−.
課題.三友社出版
東洋館出版社
3 )世界保健機構,独立行政法人国立特殊教育総合研究所
15)小池敏英・北島善夫(2001)知的障害児の心理学 発達
編著(2005)ICF 活用の試み(国際生活機能分類)障害
− 179 −
支援からの理解.北大路書房,98_107
Bulletin of Tokyo Gakugei University, Educational Sciences, Vol. 57 (2006)
Developmental support programs of numeral concepts for
children with intellectual disabilities
Megumi AKATSUKA*, Keiko UENO**, Kumi TAKAHASHI**, Toshihide KOIKE***
Department of Education for Children with Handicap *
Key words : numeral concepts, children with intellectual disabilities, sample-matching method
Children with severe intellectual disabilities have difficulty in operating objects according to instruction of number. Recently,
nonverbal quantification was indicated in normal children with ages of 3 years.The present study aimed to study support
programs of numeral concepts in children with severe intellectual disabilities.Regarding numeral concepts, a task of matching the
same dot-patterned cards and a task of taking out items to the presentation of dot-patterned cards were assessed. Support program
was presented for each task in this study. Validity of this support program was evaluated by the case study of two children with
severe intellectual disabilities. Results and discussion were as follows;
(1) Support programs can be modeled, which start at a task of matching the same objects and precede to a task of matching the
same dot-patterned cards and a task of taking out items to the presentation of dot-patterned cards. After attainment of a task of
taking out items, children are able to supply and distribute merchandises according to verbal instruction.
(2) Case study of subject A showed that the method of using dot-patterned cards contributes effectively to teaching behavior of
taking-out a small number of objects in a child with severe intellectual disability.
(3) Case study of subject B showed that the method of teaching behavior of taking-out a small number of objects contributes
effectively to teaching behavior of taking-out a small number of objects, results of which are invisible for that child.
(4) Results of case study confirmed effectiveness of the developmental support programs of numeral concepts, which
contributes to increase of quality of life. Further support programs are needed for verbal regulation of numeral concepts in daily
life.
*
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United Graduate School of Education, Tokyo Gakugei University
Graduate School of Education, Tokyo Gakugei University
Tokyo Gakugei University (4-1-1 Nukui-kita-machi, Koganei-shi, Tokyo, 184-8501, Japan)
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