2. 癌患者と栄養介入 - Cancer Therapy.jp:コンセンサス癌治療

2.
癌患者と栄養介入
(1)栄養アセスメント
川崎医科大学消化器外科
平井 敏弘/松本 秀男/窪田 寿子
Toshihiro Hirai / Hideo Matsumoto / Hisako Kubota
jective global assessment;SGA)
されており,わが国においてもっ
は,栄養不良の患者を外来受診時
とも頻用されている栄養アセスメ
癌患者は代謝亢進状態であるこ
や入院時に,簡易かつ迅速にスク
ント法である。しかしながらわれ
とが多く,低栄養状態あるいは低
リーニングする方法として広く利
われの経験では,ODA との一致
栄養準備状態であることを常に認
用されている。本法は,1982 年に
率は決して高いものではなく,あ
識しておく必要がある。さらに,
Baker ら 1) により報告されたもの
くまでも初期のスクリーニングと
癌患者は通常手術,化学療法ある
である。その特徴は,検査所見に
して用いるという認識が必要であ
いは放射線療法といった治療を必
よることなく,病歴の聴取(体重
る。また修練により ODA との一
要としており,このような侵襲が
減少,浮腫,食欲不振,嘔吐,下
致率が高くなることが経験されて
加わるとさらに栄養状態の低下を
痢,食事摂取量の低下,慢性疾患
おり,研修を繰り返し行うことも
きたし,手術後合併症の発生ある
の有無)および身体診察(黄疸,
必要である。
いは治療の中断をきたすことが懸
口角炎,舌炎,皮下脂肪および筋
癌患者においては,外来受診時
念される。入院時の栄養アセスメ
肉量の減少,浮腫)だけで,栄養
あるいは入院時の SGA が A ランク
ントはすべての患者に必要である
状態を正常(A)
,軽度栄養障害
であったとしても,治療開始前に
が,とくに癌患者においては,癌
(B)
,高度栄養障害(C)に分類
は常に栄養状態のチェックが必要
はじめに
の進行度にかかわらず必須である。
である。栄養状態の低下が認めら
同時に,治療過程において栄養状
評価は 2 名の評価者で行ってい
れた場合あるいは経口摂取障害を
態は常に変動しており,栄養アセ
るが,一致率は 81%と高く,その
きたすことが予想される化学療法
スメントを繰り返し,栄養計画を
評価は入院中の感染症発生率,抗
や放射線療法,さらには手術前に
常に更新していく必要がある。ま
金薬の使用量,入院日数と相関し
は栄養サポートが常に必要という
た,癌患者には一般的な栄養スク
た。また,検査所見による客観的
認識が必要である。
リーニング法のみならず,癌患者
栄 養 評 価(objective data assess-
に特有な栄養スクリーニング法の
ment;ODA)なかでもアルブミ
有用性が報告されている。
ン値,%標準筋肉量,%標準体重,
小野寺式栄養指標
本稿では,臨床的に使用頻度の
クレアチニン係数,体脂肪率,K
小野寺ら 3)は消化器癌を対象に
高 い SGA, 小 野 寺 式 栄 養 指 標,
総量と有意な相関を示した。ま
して,術後合併症との関連を示唆
GPS の 3 つの栄養アセスメントに
た,そのチェック表は 1987 年の
する栄養指標(prognostic nutri-
ついて,その意義と使用法を解説
報告に記載されているが,この報
tional index;PNI)を報告した。
する。
告に基づいてわれわれが使用して
術前栄養評価の指標として,アル
いる SGA 表を図 1 に示した。
ブミン,リンパ球数,年齢,血清
主観的包括的アセスメント
主観的包括的アセスメント
(sub-
14
したことである。
SGA は,日本静脈経腸栄養学会
トランスフェリン値,血清亜鉛
の医師教育セミナーである TNT
値,脂肪量(上腕三頭筋皮下脂肪
(total nutritional therapy)に採用
の厚さ)
,筋肉量(上腕中央部筋
コンセンサス癌治療 VOL.12 NO.1
* 該当するボックスをチェックし,下線部に数字等を記入してください。
評価 年 月 日 担当看護師
A.病歴
1.体重の変化
過去 6 カ月間における体重減少: kg(減少率 %)
過去 2 週間における変化(最近の変化)
:
※ 体重減少率
□増加 □変化なし □減少
5%未満 :放置可能
2.食物摂取の変化(平常時との比較)
5〜10%:中等度減少
□ 変化なし
10%超 :高度減少
□ 変化あり
期間: □数年 □数カ月 □数週 □数日 (具体的に )
形状: □不十分な固形食 □完全液体食 □低カロリー液体食 □絶食
3.消化管症状(2 週間の持続)
□ なし □悪心 □嘔吐 □下痢 □食欲低下
4.身体機能
□ 機能不全なし
□ 機能不全あり
期間: □数年 □数カ月 □数週 □数日 (具体的に )
活動状況: □日常生活可能 □歩行可能 □歩行不可 □寝たきり
5. 疾患名,疾患と栄養必要量の関係
初期診断:
代謝需要・ストレス: □なし □軽度 □中等度 □高度
B.身体所見(スコア表示する:0 =正常,1 +=軽度,2 +=中等度,3 +=高度)
皮下脂肪の喪失(上腕三頭筋,側胸部)0,1 +,2 +,3 +
筋肉喪失(大腿四頭筋,三角筋)0,1 +,2 +,3 +
踝部浮腫 0,1 +,2 +,3 + 仙骨部浮腫 0,1 +,2 +,3 + 腹水 0,1 +,2 +,3 +
C.主観的包括的評価
□ 栄養状態良好(軽度不良が含まれる)
:SGA rank A
□ 中等度栄養不良(もしくは疑われる)
:SGA rank B
□ 高度栄養不良 :SGA rank C
*高度栄養障害者は Nutrition Support Team にて検討を行う。
〔川崎医科大学附属病院 NST:Detsky AS らの SGA(JPEN 1987)を翻訳・一部改変。2004 年 3 月作成,2006 年 9 月改定〕
図 1 SGA チェック表
表 1 小野寺式栄養指標
Prognostic nutrition index(PNI)= 10 ×血清アルブミン値(g/dl)+ 0.005 ×末梢血リンパ球数(/mm3)
PNI > 45:手術可能,45 > PNI > 40:注意→危険,PNI < 40:切除・吻合禁忌
周囲)
, 皮 膚 反 応(PPD,PHA,
た。その結果,PNI 45 以上では手
症の問題だけではなく,PNI 40 以
DNCB)を測定し,術後合併症と
術可能,PNI 45 以下か 40 以上では
下でリンパ球数 1,000/mm3 以下に
の相関を検討したが,相関の得ら
術後合併症のリスクが高く,PNI
とどまる場合は,数カ月以内に死
れたのは血清アルブミン値とリン
40 以下では切除・吻合禁忌と結論
亡する確率が高いと,予後に関す
パ球数のみであった。
している。また,栄養管理に対す
る示唆も行っている。その後,各
Stepwise discriminant analysis を
る反応など,動的推移をみること
消化器癌 4)〜6)や婦人科癌 7)におい
用いて表 1 に示した関数式を導い
が重要であること,また術後合併
て,術後合併症のみならず予後と
15
特集 ■ 癌患者に対する栄養療法
表 2 Inflammation-bases prognostic score(Glasgow prognostic score;GPS)
〈GPS〉
CRP > 10mg/l・血清アルブミン値< 35g/l
:Score 2
CRP > 10mg/l or 血清アルブミン値< 35g/l
CRP < 10mg/l・血清アルブミン値> 35g/l
〈modified GPS〉
CRP > 10mg/l・血清アルブミン値< 35g/l
CRP > 10mg/l
CRP 正常
〈三木の GPS〉
CRP < 0.5mg/dl・血清アルブミン値> 3.5g/dl
CRP < 0.5mg/dl・血清アルブミン値< 3.5g/dl
CRP > 0.5mg/dl・血清アルブミン値> 3.5g/dl
CRP > 0.5mg/dl・血清アルブミン値< 3.5g/dl
:Score 2
:Score 1
:Score 0
:A 群
:B 群
:C 群
:D 群
化学療法を受けた非切除非小細胞
の原因として,D 群では腫瘍組織
小野寺式栄養指標は,血清アル
性 肺 癌 に お い て, 表 2 に 示 し た
の IL-6 値がきわめて高値であるこ
ブミン値とリンパ球数を指標とし
GPS が独立した予後因子であるこ
とから,腫瘍組織が IL-6 を産生し,
た,きわめて簡便で臨床応用に適
とを報告したが,GPS 0 症例は十
CRP の上昇を惹起しているものと
した指標と思われる。癌の手術を
分な化学療法を受けられた結果で
思われた。
決定する際,PNI 45 以上を目指
はないかと考案している 9)。しか
した栄養管理を行うことが必要で
しながら,McMillan ら
あるが,それを達成できない状況
癌の解析では,血清アルブミン値
癌に共通した予後因子であると考
で手術が必要な場合は合併症およ
が低値で CRP 値が正常な score 1
え ら れ る と 同 時 に,CRP を 抑 制
び予後不良のリスクを十分に認識
群は予後が良好であることから,
し血清アルブミン値を上昇させる
す る 必 要 が あ る。 ま た, 栄 養 サ
表 2 に示すような modified GPS を
ことで,癌の予後を向上させる可
ポートにもかかわらず,PNI 40
提唱した。また,同じグループの
能性があると考えられる。現在,
以下でリンパ球数 1,000/mm 以下
Proctor ら
GPS は表 2 に示すように 3 種類が
にとどまる場合は,終末期である
消化器癌,腎癌を解析し,modi-
報告されているが,わが国におい
可能性を考え,いわゆるギヤチェ
fied GPS が独立した予後因子であ
ては CRP の測定方法および感度
ンジの判断材料の 1 つとしても利
ることを示した。
の 点 か ら, 三 木 の GPS が 用 い ら
の相関が報告されている。
3
用できる。
Glasgow prognostic score
(GPS)
16
:Score 1
:Score 0
10)
の大腸
は,21,669 例の肺癌,
11)
以上のように,血清アルブミン
値と CRP 値を指標にした GPS は,
一 方 わ が 国 に お い て は, 三 木
れることが多い。今後さまざまな
が12)13),大腸癌患者300名の検討で,
データを蓄積し,臨床応用してい
血中アルブミン値が CRP 値ともっ
く必要があると思われる。
とも強く負に相関していることを
報告した。ROC 解析にて CRP,血
結 語
炎症反応のマーカーである C-re-
清アルブミン値のカットオフ値を
active protein(CRP)が,癌の予
0.5mg/dl と 3.5g/dl に 規 定 し, 表 2
癌患者においては,あらゆる治
後因子であることは報告されてい
に示した GPS を定めた。この GPS
療においてまず栄養アセスメント
るが,CRP 高値症例では代表的な
を用いて検討したところ,D 群は
を行い,適切な栄養サポートを行
栄養指標である血清アルブミン値
8%の体重減少を示し,Ⅳ期ではC,
うことが必須である。また,治療
が低値であることが多い。Forrest
D 群が 40%を占め,Ⅰ,Ⅱ期でも
過程において常に栄養アセスメン
ら
10〜25%は D 群に属し,すでに悪
トを繰り返すことが,癌患者の予
いて,
80%は高 CRP 値(> 10mg/l)
液質あるいは悪液質準備状態にあ
後の向上という観点から重要であ
で あ り,CRP > 10mg/l・ 血 清 ア
ることが示された。また,C,D
る。
ルブミン値< 35g/l が独立した予
群の予後は有意に不良で,早期の
後因子であることを示した。また,
再発に起因するものであった。そ
8)
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コンセンサス癌治療 VOL.12 NO.1
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