参考資料B.各分野における日本が誇る代表的なナノテク - 経済産業省

参考資料B.各分野における日本が誇る代表的なナノテク・材料技術集
日本は産業界、大学、研究機関等が連携し、数々の技術開発を行い、世界に冠たる技術大国とし
ての地位を固めてきた。
「ナノテク・材料技術」は、今後とも日本が技術の最先端であり続けるとと
もに、人々の暮らしを豊かにし、環境問題等の世界的な課題を解決する手段をこれからも提供し続
けていくために不可欠な技術である。
一方で、
「ナノテク・材料技術」の成果は、情報通信、ライフサイエンス、環境、エネルギー等、
様々な分野の製品の高度化や新機能の発現としてあらわれるため、特に一般消費者には技術の重要
性が「見えにくい」という特徴をもつ。
そこで、日本がこれまでに培ってきた世界に冠たる技術の一例をとりまとめた。編集にあたって
は、講演会・見学会を開催した分野ごとに、既に製品化している代表的な技術や様々な賞を受賞し
ている技術に焦点を当てた。
325
日本が誇る代表的なナノテク・材料技術集
鉄鋼分野
<目次>
1. 自動車の軽量化に貢献:
ナノサイズの析出を活用した高強度熱延鋼板
2. 強度や耐磨耗性を活かした用途の拡大:
飛躍的に加工性に優れた特殊鋼
3. さびを防止して長寿命化:
優れた耐食性を示す新・溶融めっき鋼板
4. 家電・OA機器の耐食性確保:
クロメートフリー被覆鋼板
5.
さび を さび で制する技術:
海浜耐候性鋼
6. 電子機器の小型化・静音化:
7倍以上の放熱特性をもつ薄鋼板
7. 重荷重貨物輸送を支えるレール:
過共析鋼(かきょうせきこう)レール
8. 小型・高出力のモーターへの貢献:
高効率モーター用電磁鋼板
9. コストとCO₂を削減した新しい製鉄技術:
新還元溶解製鉄法
10. シンプルでコンパクトな直結製造ライン:
新世代シームレス鋼管製造技術
326
1.自動車の軽量化に貢献
ナノサイズの析出を活用した高強度熱延鋼板
高張力鋼板とは、ハイテン鋼板とも呼ばれる高級鋼板のひとつであり、通常の鋼板より
薄くて軽く、強度が高いのが特長です。日本で開発されたNANOハイテンは、世界で初
めてハイテン鋼板の組織制御にナノテクノロジーを活用した、引張強度が580∼980
MPa級の熱延鋼板です。
一般的に、鋼の中に析出するTiCなどの炭化物が微細なほど鋼は強化されます。従来
技術では、炭化物を数十nm程度とするのが限界でしたが、添加物としてTiとMoを同時に
混合することにより炭化物を約3nmにまで微細化することに成功し、これを鋼板中に均一
に分散させることで、従来の2倍以上の強度を持ち、加工性も優れた新高強度薄鋼板が
実現されました。
また、自動車衝突時のエネルギー吸収性能にも優れ、かつ、めっき性を阻害するSiの
含有量を低く抑えたため、溶融亜鉛めっきも可能です。これらの特長を生かして、自動車
の幅広い部品に使用されており、車体の軽量化による燃費の向上を通して地球温暖化
ガスの排出削減に大きく貢献しています。
なお、さらに引張強度を高めた1180MPa級の超高張力熱延鋼板の試作にも成功してお
り、実用化に向けて推進中です。
NANO: New Application of Nano Obstacles for dislocation movement
NANOハイテン
加工性の指標であるEI,λとも向上
図1:従来鋼とNANOハイテンの比較
(穴広げ率:パンチで穴を広げていったときに当初の穴径
の何%増まで割れが発生しないかを示したもの)
析出物
写真1:自動車のサスペンションへの適用例
写真2:NANOハイテンの析出物の透過型電子顕微鏡写真
327
2.強度や耐摩耗性を活かした用途の拡大
飛躍的に加工性に優れた特殊鋼
特殊鋼は、自動車部品や刃物、チェーン、バネ等の各種機械部品に多用されていま
す。ほとんどの場合、所定の形状に加工された後、硬さ、耐摩耗性や靭性(ねばり強
さ)を確保するために、熱処理が施されています。しかしながら、炭素やマンガン、クロム
などの合金元素を含んでおり、非常に加工の難しい材料であるため、従来は、打抜きや
軽度の曲げ加工が施されるに過ぎませんでした。
しかし最近では、プレス技術、金型・潤滑技術の進歩に伴い、曲げ加工、ファインブラ
ンキング加工(従来プレス加工よりも平滑にせん断できる加工方法)や絞り加工(板材を
型に押し込みながら成形する加工方法)のように難しい加工を施すべく、被加工材にも
耐久性と加工性の両立した品質が求められています。
このため、球状化焼鈍(やきなまし)という方法により、鋼中の炭化物を均一に分布さ
せるのが一般的となっていますが、さらに、高対流水素焼鈍炉(HICON)で厳密に焼鈍
条件を管理することにより、一般的な球状化焼鈍材に比べて、飛躍的な加工性の向上
が実現されました。
硬さ(HV)
200
一般鋼
一般特殊鋼
高加工性特殊鋼
高加工性特殊鋼
冷延焼鈍
150
1cm
写真1:ギアの加工例(SCM420)
100
S35C
S55C
SK85
SCM435
鋼種(JIS規格)
図1:一般特殊鋼と高加工性特殊鋼の加工性比較
(高加工性特殊鋼は加工しやすい適度な硬さを持っている)
一般特殊鋼
一般鋼
高加工性特殊鋼
10μm
写真2:一般特殊鋼と高加工性特殊鋼の金属組織の例(S55C:0.55%C鋼)
328
3.さびを防止して長寿命化
優れた耐食性を示す新・溶融めっき鋼板
さびを防止するために、昔からめっきが使われてきました。例えば、トタンは鉄に亜鉛を、
ブリキは鉄に錫をめっきしたものです。現在、鋼板には、①亜鉛系、②アルミニウム系、③亜
鉛・アルミニウム系のめっきが主に用いられていますが、亜鉛(91%)-アルミニウム(6%)マグネシウム(3%)のめっき層を持つ新しい鋼板を日本の企業が開発しました。
この鋼板は、耐食性が従来の溶融亜鉛めっき鋼板(①)に比べ10∼20倍、溶融亜鉛5%アルミニウム合金めっき鋼板(③)に比べ5∼8倍優れています。厳しい腐食環境下でも
優れた耐食性を示すことから、溶かした亜鉛に鋼材を漬けてめっきを施す「溶融亜鉛めっ
き」や、電気亜鉛めっきを施した後に、クロムを含む溶液に漬けて、耐食性向上や外観(装飾
性)向上を図るクロメート処理を代替することが可能です。さらに、めっき層が硬いため優れ
た耐傷付き性を有するとともに様々な加工にも対応できます。
「長寿命化が図れる」、「少ないめっき付着量で高耐食性が得られる」という観点から、省
資源対応型の環境にやさしい製品としてのますますの展開が期待されています。
Al
Zn,Al,Zn2Mgの
緻密な三元共晶組織
Zn
めっき層
Zn2Mg
1μm
鋼板
写真1:めっき鋼板 断面
5μm
写真3:橋 梁 床 板(矢印部分に使われています)
329
写真2:.共晶組織の拡大写真
写真4:高速道路 遮音板
(矢印部分に使われています)
4.家電・OA機器の耐食性確保
クロメートフリー被覆鋼板
家電製品やOA機器には、めっきされた亜鉛の腐食を抑えるために、めっき層の上に
クロメート処理といって6価クロムを極微量含む皮膜で覆った亜鉛めっき鋼板が使われ
てきました。しかし、6価クロムは現在では欧州で環境保全のため規制の対象となって
います。
そもそもクロメートフリー(6価クロムを含有しない)鋼板は1970年代から研究されてき
ましたが、耐食性を確保するために皮膜を厚くせざるを得ず、家電・OA機器用途に必要
な導電性との両立を実現することができませんでした。
薄膜でありながら、高度の耐食性を発揮させるという課題を克服するため、
①腐食の原因となる酸素を透過しにくい高バリア性特殊有機樹脂
②皮膜が損傷しても自発的に保護皮膜を形成する、自己補修性発現無機化合物、
の二つを新規に開発するとともに、これらを複合化した有機無機複合皮膜により世界で
初めて極薄膜での耐食性と導電性の両立を実現しました。
1998年からこのクロメートフリー鋼板を生産、供給することにより、環境保全への貢
献とともに、家電・OA機器の国際競争力維持にも寄与しています。
図1:従来技術
(クロメート皮膜鋼板)
図2:本技術
(クロメートフリー皮膜鋼板)
330
5.“さび”を“さび”で制する技術
海浜耐候性鋼(かいひんたいこうせいこう)
さびは鉄を劣化させるイメージがありますが、鋼板表面に自ら「安定さび」と呼ばれる
緻密なさび層を形成することで鋼板表面を保護し、内部への腐食の進行を抑制する、
いわば さびでさびを制する 耐候性鋼(表面に保護性錆を形成するように設計された
鋼)が日本の企業で開発されました。
塩害などの厳しい腐食環境でも無塗装で使用可能なので、橋梁のような大型構造物
の建設から維持管理、更新までのトータルライフサイクルコスト(LCC)をミニマム化す
る観点から有効性が注目されています。
長期の大気暴露実験が必要なことから、海浜耐候性鋼の開発には20年近くにおよ
ぶ膨大な時間を要しました。この間の実証実験から、塩分飛来環境下で防食性を低下
させるクロムを添加せず、ニッケルを3%添加することで、基準の10倍を超える塩分飛
来環境においても高い防食性を発揮する鋼の開発に世界で初めて成功しました。耐候
性鋼材特有の緻密なさび内層にニッケルが濃縮することで、さび内層への塩素イオン
の浸透を抑えるのです。
また、耐候性鋼は初期さび(赤さび)による景観阻害や初期さび流出による橋脚の汚
れなどから人目につきにくい山間部での利用などに限られていましたが、初期さびを抑
制してきれいに見せると同時に、初期さびの流出を防止するさび安定化処理技術も開
発されました。これにより、適用範囲も拡大していくものと思われます。
写真1:大気暴露実験前は同じ板厚であっ
た一般耐候性鋼(上)と海浜耐候性鋼(下)
の実験後の外観比較
(一般耐候性鋼は腐食が進んでいることがわかる)
図1:耐食性比較図
図2:海浜耐候性鋼の安定さび構造
写真2:耐候性鋼橋梁(北海道)
331
6.電子機器の小型化・静音化
7倍以上の放熱特性を持つ薄鋼板
電子部品の高集積化に伴う発熱量の増大は、これを組み込んだ電子機器類の性能
や寿命に影響を与えるため、放熱の対策を講じる必要があります。これには、冷却ファ
ンによる強制排熱や熱伝導性に優れるアルミ材の使用、装置そのものに穴を開けて熱
を逃がすなどの対策がありますが、コストがかかる、部品点数が増える、水分やほこり
に対する密閉性が損なわれる、さらには電磁波シールドが不完全になるなどの問題が
生じます。
新たに開発した放熱性薄鋼板は、亜鉛めっきした鋼板の両面に放熱性に優れた添加
剤を配合した皮膜をコーティングしたもので、一般に使われている電気亜鉛めっき鋼板
に比べて7倍以上という高い放熱性を世界で初めて素材レベルで実現しました。これを
筐体として用いることにより、機器内部の熱を効率よく吸収し、外部へすばやく放散させ
ることができます。
この結果、冷却ファンが不要になる、あるいはこれを小型化できる等により、消費電力
の削減とともに静音化が図られます。また導電性が高いためアースが簡単にとれる、加
工性が優れている等の利点もあり、2002年よりDVDやハードディスクのカバー等に利
用されています。
本放熱性薄鋼板
図1:放熱性薄鋼板の原理
写真1:放熱性薄鋼板使用例(HDD)
写真2:放熱性薄鋼板使用例
(DVDマルチドライブ)
332
7.重荷重貨物輸送を支えるレール
過共析鋼(かきょうせきこう)レール
鉄道には旅客鉄道と貨物鉄道があり、日本では新幹線に代表される旅客鉄道が主で
すが、海外では鉄鉱石等を輸送する貨物鉄道が重要な役割を果たしています。
海外の貨物鉄道においては、一層の効率化を図るため、一度に輸送する貨物の重量
が年々増加しています。このような軌道条件の過酷化に伴い、レールの耐摩耗性の向
上が求められています。
「過共析鋼レール」は炭素含有量を増加させることなどにより、重荷重鉄道用レールに
要求される高度な耐摩耗性・耐内部疲労損傷性を実現したものです。
従来はレール製造時に材料の硬さを高めていました。新たに開発されたレールでは、
実際に使用されているレールが繰り返し車輪との接触を受けると接触面の硬度が上昇
することに着目し、耐摩耗性の向上メカニズムを解明するとともに、炭素含有量増加に
伴う延性の低下等の弊害を克服するための新たな製造法を開発しました。その結果、
新幹線の約3∼4倍の荷重を支えることができるようになるとともに、大幅な寿命の向上
を達成しました。過共析鋼レールは日本が世界に誇るオンリーワン技術として、米国の
鉱山鉄道などで採用され、高い評価を得ています。
写真1:過共析鋼レール
図1:耐摩耗性の向上
写真2:海外の貨物鉄道
333
8.小型・高出力のモーターへの貢献
高効率モーター用電磁鋼板
モーターを回転させるときには、その電気エネルギーの全てが動力に変換されるわけ
ではなく、熱エネルギーとして消費される「鉄損」が発生します。この鉄損は、鉄心に用い
られる積層した電磁鋼板の板厚を薄くすることで低減できます。しかし、板厚を薄くすると、
コイルの磁界による鉄心の磁化が弱くなる(磁束密度が低くなる)ので、モーターの力(ト
ルク)が低下してしまうのが一般的です。
そこで、元々は不純物であるリン(P)を積極的に添加するとともに、冷延前の焼鈍工程
の適正化により鋼板の結晶配向を制御することで、板厚を薄くしても磁束密度の低下を
抑制できる世界で初めての電磁鋼板が開発されました。
この電磁鋼板は既にハイブリッド車の駆動モーターに採用され、電気自動車、燃料電
池車の駆動モーターへの適用も検討されています。また、家庭で大きな電力を消費する
エアコン、冷蔵庫などのモーターにも適用されています。今後の適用範囲拡大を通じて、
地球環境問題解決と社会生活の利便性向上の双方に大きく貢献していきます。
磁束密度:単位面積当たりの磁束線の数。磁化の強さの尺度となる。
回転子の積層鉄心
コイル
固定子の積層鉄心
図3:モーター用積層鉄心の構造例
固定子の積層鉄心の一部は、コイルを巻い
た構造となるため、全体が見えにくい。
図1:開発技術の概要
駆動系
駆動モータ拡大図
コイルが鉄心の周りに巻かれている
ハイブリッド車の駆動系
図2:本技術の実用化例
334
ハイブリッド車
9.コストとCO2を削減した新しい製鉄技術
新還元溶解製鉄法
新還元溶解製鉄法は日本発の次世代の新製鉄法で、高炉法(第一世代)、主として天
然ガスを用いた直接還元製鉄(第二世代)に続く第三世代の製鉄法です。粉状の鉄鉱石
と石炭を使用するのが特徴で、これを造粒機で粒状に固め、専用の炉に投入して一定
の温度まで加熱すると、不純物が分離し碁石のような純粋鉄分(純度96∼98%)が得
られます。
既存の高炉による方法では、鉄鉱石は焼結炉で、また石炭はコークス炉で前処理を行
わなくてはいけないほか、鉄鉱石と石炭ともに高品位が要求されましたが、新還元溶解
製鉄法は前処理が不要となる上、低品位の鉄鉱石や石炭を使用しても高品質の鉄鋼生
産が可能です。
2009年に米国で商用第一号機の稼動が予定されていますが、このプラントを鉄鉱石
鉱山の近くに建設し、山元で直接、純度の高い粒鉄を取り出すようにすれば、鉱石をそ
のまま輸入する場合と比べて重量比で約50%、体積比で約90%減らすことができ、大
幅な輸送コストおよび輸送に伴うCO2の排出量の削減が可能となります。
写真2:新還元溶解製鉄法の炉の内部
写真1:新還元溶解製鉄法で
つくられた碁石状の粒鉄
写真3:新還元溶解製鉄法実証プラント
335
10.シンプル&コンパクトな鋼管一貫製造ライン
新世代シームレス鋼管製造技術
エネルギー需要の高まりにより、深海や高温・高圧の腐食性ガスを含む過酷な環境下
での油田開発が活発化していますが、例えば海底油田でパイプにトラブルがあれば重
大な環境汚染を引き起こしかねません。したがって、より高級なシームレス(継ぎ目なし)
鋼管のニーズが増大しています。これには高強度、高靭性、高耐食性といった製品自体
の品質はもちろんのこと、短納期、低コストを合わせた技術開発が必要でした。
そこで、「高交叉角拡管穿孔法(こうこうさかくかっかんせんこうほう)」が日本の会社で
開発されました。シームレス鋼管は、ロールで材料を押さえ、圧延しながら穿孔していき
ますが、ロールを互いにななめ(交叉角20度)に配置・傾斜させたこの方法は、高級品
の合金鋼・ステンレス鋼が高品質で製造できるなどの特徴を有しております。さらにイン
ライン熱処理技術を開発し、従来ばらばらに行っていた鋳造、圧延、熱処理の三つの工
程を直結することで、工程そのものを短縮し、生産性を4倍、納期を従来の1/3にでき
ました。このラインから生み出された高級シームレス鋼管は、高級鋼管の代表である高
強度・高耐食性油井管、スーパー13Crラインパイプでは世界一のシェアを誇ります。
図1:高交叉角拡管穿孔法の概念図
写真1:シームレス鋼管製造写真
写真2:シームレス鋼管
336