エコツーリズム班

2005 年度中央大学環境問題研究会
野口健環境シンポジウム企画(2005.11.22)
エコツーリズム班共同研究論文
富士山におけるエコツーリズム1
-環境と経済の両立と管理主体の統一-
--
エコツーリズム班
総合政策学部政策科学科 2 年 岩井朋之
法学部法律学科 2 年
原英智
総合政策学部政策科学科 3 年 三宅祐哉
経済学部経済学科 3 年 矢島宏章
総合政策学部政策科学科 3 年 渡辺靖久
1
本稿に関するお問い合わせ先:中央大学環境問題研究会 [email protected] 岩井朋之
目次
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
第1章 エコツーリズムの概念整理とその視座・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
1−1 マスツーリズムとエコツーリズムの関係性
1−2 Sustainability とエコツーリズム
1−3 定義の氾濫
1−4 エコツーリズムにおける視座
第2章:日本政府の観光に対する捉え方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
2−1 環境立国懇談会報告書
2−2 国内地域の観光振興支援
2−3 日本におけるエコツーリズムの推進 ―政府の姿勢・取り組み―
第3章 富士山の現状と課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
3−1 観光産業が経済にもたらす影響
3−2 美的なイメージと対極にある汚染の実情
3−3 富士山環境改善への取り組み
3−4 規制政策
3−5 環境税導入とその課題
第4章 国外先行事例・山地でのエコツーリズム・・・・・・・・・・・・・・・・26
4−1 小笠原諸島における先行事例
4−2 ガラパゴス諸島における先行事例
4−3 ホイットニー山における先行事例
4−4 ミルフォード・トラックにおけるエコツーリズム
第5章 富士山におけるエコツーリズムの改善策・・・・・・・・・・・・・・・・30
5−1 政策主体間での討議場「富士山管理委員会」の設置
5−2 環境税、入山料、ガイド、そして広報の利用
おわりに−本稿の要旨と結論−・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37
あとがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39
補論―世界遺産登録の為の富士山環境保全−
参考文献
資料
1
はじめに
近頃、エコツーリズム(同エコツー)という概念が人々の間に徐々に浸透しつつある。エ
コツーは、観光客の増加によって生じる環境破壊や景観悪化に胸を痛めている人々の間で
盛んになっている、と普通は考えるのではなかろうか。しかし、我々エコツー班は、以下
のような疑問点を抱いた:①近年環境がブームと言えるほど日本人の間で囃し立てられて
いるが、エコツーもその水脈にあり、効果は本当に高いのか、②旅行者が観光業者にうま
く利用されているのではないか、③環境を重視した場合、経済的利益はどの程度損なわれ
るのか。
日本社会は、Sustainable development や京都議定書にそった CO2 削減の取り組み、またワ
ンガリ・マータイさんのノーベル賞受賞によって、彼女の活動などが特に若い人々の間で
強い関心を持たれるなど、環境ブームの時代となっている。そのせいか「エコ」がまるで
合言葉のようになって、それ自体に意義があるように思われているのだ。しかしながら実
際、一口にエコツーと言っても、環境重視の度合いはピンからキリまである点がオブラー
トに包まれているのではないか。旅行業者が、人々の善良な意識につけこみ、利益を得る
ために観光客を集めるが、ある程度の環境破壊を許容しているケースさえ見られる。だか
らと言って、あまり環境重視を全面に押し出しすぎると社会への、特に我々は地元住民へ
の経済的利益が損なわれないか、という懸念がある。
本稿の目的は、富士山でのエコツーを実現する為の政策を提示することである。ここで
いきなり富士山を出したのは唐突であるが、それには次のような理由がある:①富士山は
環境整備不備の言わばシンボルであり、ここを改善すれば全国的なエコツーの成功に寄与
できる、②美しさで知名度の高い富士山が実は汚染されており、そのことを知らない観光
客が多い、③富士山の世界遺産登録がかつて失敗した主な原因はまさに環境汚染であり、
エコツーによってそれを改善できる、と考察した。
その目的を達成すべく、まず第1章では錯綜と言っても過言ではないほど多様なエコツ
ーの概念を整理する。第2章では日本全体での観光業の位置づけと、政府におけるエコツ
ー取り組みの基本的姿勢を報告する。第3章ではまず富士山を取り巻く経済効果を暗示し
た上で、環境汚染の程度を報告し、その汚染に対しての対策手法と、今後の課題は何かを
示唆する。さらに、第4章では国内外での先行事例を鑑みてエコツー成功の為には何が必
要なのかを勘案した上で、第5章で富士山エコツーの政策立案を目論んでいる。考察にあ
たって、実効性や実現可能性のない政策には可能な限り批判的に検証した。
なお本稿は、中央大学環境問題研究会主催「環境シンポジウム」に富士山環境保全活動
の第一人者である野口健氏をお招きすることを記念して書き下ろしたものである。エコツ
ーと富士山を通して、日本での環境政策の問題点を示唆し、将来の環境問題諸研究の参考
に資するところがあれば、編集者一同としてこの上ない幸せである。
2
第1章エコツーリズムの概念整理とその視座
近年、エコツーリズムが増大してきている。それに伴い、その概念・定義が多様化して
きている。旅行会社のイメージアップ戦略のせいか、環境保全どころか環境破壊をする観
光事業までをもエコツーリズムと称して販売しているという事例もある。
「環境」というこ
とばの持つ良いイメージを用いて、広くマーケティングしようという一種の Green Washing
の懸念がある。
現在、世界規模で注目され始めて来ているエコツーリズム(eco−tourism)はエコロジー
(ecology)を意味する接頭辞とツーリズム(tourism)との合成造語である。日本にエコツーリ
ズムが紹介されたのは 1990 年代初頭であり、当時は「環境観光」と訳されたが、なかなか
浸透せず、
「エコツーリズム」としてそのまま用いられている。このエコツーリズムという
用語が、誰によって初めて用いられたかに関しては諸説あるが、この用語を初めに用いた
のはメキシコの建築家・環境保護家、へクター・セバロス・ラスクレイン(Hector Ceballos
Lascurain)氏である。同氏が、1983 年論文の中で、”turismo-ecologico”として世界で初めてこ
のことばを使ったとされている(小林、2002)。
エコツーリズム出現の背景には、マスツーリズムによる自然環境への悪影響と sustainable
development の概念の広がりと観光への適用の大きく 2 点が挙げられる2。まずは、この 2 点
を詳しく検討してみたい。
1−1 マスツーリズムとエコツーリズムの関係性
観光産業は、交通技術の発達や人々の所得水準の向上、余暇時間の増加などに伴い、飛
躍的に発展した。特に交通網・宿泊施設・観光施設などを大規模に整備しながら、短期滞
在型の観光客を大量集客するマスツーリズム(大衆観光)という産業が世界中で広まった。
この産業によって観光地における人々の所得拡大、雇用の促進が図られるためマスツーリ
ズムはあらゆる地域で進められていった。
しかし、短期・大量集客型のマスツーリズムは地域住民の意向・文化・環境への配慮が
乏しいため、次第に観光地にネガティヴな影響を与えることとなる。資源の大量消費によ
るごみ問題、交通整備をはじめとする各種インフラの整備による景観の変容、渋滞と大気
汚染、ホテルやリゾート施設の開発に伴う生態系の悪化などが挙げられる。また、外部資
本による開発が多くを占めるため観光収入が現地の人々に入らず外に持ち出されるという
いわゆるリーケージ(漏出)の問題も深刻であった。わが国においても、高度経済成長期以
降に大規模保養施設やゴルフ場といった巨大プロジェクト型のリゾート開発が行われ、マ
スツーリズムが進められてきた。ハード面中心に作られるこのリゾート開発は環境破壊、
リーケージの代表的なものであった。こうした観光の流れの中、新しい形の観光のあり方
が必要とされてきた。この流れのひとつがエコツーリズムである。
前田、須永(2005)においては他に 1980 年代に入ってからの、観光を自然保護に必要な経済的手段と捉え
る自然保護側の見解の変化、1980 年代に生じた観光客の低迷と観光産業の模索、観光客のニーズの多様化、
もエコツーリズム出現の要素として挙げている。
2
3
1−2
Sustainability とエコツーリズム3
エコツーリズムがこれほどまでに広がっている背景として Sustainability の議論がある。
20 世紀の政治の基本的課題は Development(開発)であった。特に 1948 年のトルーマンの第
2 演説以降西洋社会を Develop した社会であると定義し、それを目指して世界が動いていく
ことが進歩であるとの認識が広がった。しかし、開発を推し進めていくことの弊害として
環境問題が浮上してくる。環境問題が顕著に現れ、それへの警鐘を提起したものとして 1972
年の国連人間環境会議(ストックホルム会議)があり、そこで世界は環境と資源には限界が
あるということが意識された。環境問題の重要性を各国政府や国民の喚起する目標は成功
を収め、先進各国では環境問題が政治的な重要課題と認識され、環境専門の省庁が設置や、
環境政党も勢いづいてきた。一方、先進国がそれを世界政策とすると、当然のことながら
貧困にあえぐ開発途上国は反対をした。途上国の主張は「環境的な要因で経済成長を抑制
すべきではない」であり、会議ではこの主張が支配的となった。これにより、環境と開発
はトレードオフだという考えが広まることになる。
その後、80 年代になると環境問題は無視できない形になり、これまで対立関係だと考え
られてきた環境と開発の調和を図る試みが行われる。1984 年、国連の提起によってノルウ
ェー元首相グロ・ハルレム・ブルントラントを議長とする「環境と開発に関する世界委員
会(通称ブルントラント委員会)」が開かれた。ブルントラント委員会は 1987 年に『Our
Common Future 』 と い う 提 言 を 行 い 、 そ の 中 で 人 類 共 通 の 原 理 と し て ”Sustainable
Development(以下:SD)4”ということばを提唱した。この概念は、
「将来世代のニーズを満た
しつつ、現世代のニーズも満足させる開発」であり、貧しい国に住む多数の人々が生きて
いくために必要不可欠の基本的欲求を満たすこと、現在および将来世代の欲求を満たしつ
つ環境や資源をどう保持するのか、という 2 つの鍵概念を包含したものである。”SD”の概
念は徐々に広まっていったが、その最大の契機となったのが 1992 年にリオデジャネイロで
開催された「環境と開発に関する国連会議」 (通称地球サミット) である。地球サミットの
開催事務長を務めたモーリス・ストロング氏による解説に従えば、SD とは①社会的な衡平
(Social Equality)、②エコロジカル名分別ないし配慮(Ecological Prudence)、③経済的効率性
(Economic Efficiency)、という基準で説明している。
この定義でも整合性があるかは難しく、
一般的な解釈としては社会的な持続性、経済的な持続性、環境的な持続性を挙げているの
が普通である。
また、持続性という概念も複雑である。ここで自然資本(natural capital)と人口資本
(physical capital)との代替可能性を認めるハートウィック・ルールの議論がある。弱い持続
可能性(weak sustainability)においては、自然資本と人口資本は代替可能であり、自然を破壊
3
キャンパスエコロジー班(2005)を加筆
このことばの邦訳としては「持続可能な発展」
「持続可能な開発」
「維持可能な発展」などさまざまな解
釈が存在している。訳によっては「発展」や「開発」に持続性を持たせるという誤解が生じることもあり、
極端になると「維持可能な経済発展」とするものもある。そのため、宮本は都留重人氏にならい「維持可
能」という訳し方をしている。より詳細な議論については石((2002))、宮本((2001))参照されたい。
4
4
したところでその代わりの資本で埋め合わせが可能であるなら構わないという。一方強い
持続可能性(strong sustainability)においては、お互いが代替可能ではなく、自然資本の現在レ
ベルの維持に価値を置き、両者が補完的な役割を持つという。
前述のように、エコツーリズムはマスツーリズムによる自然環境の破壊に対する新しい
形として生まれてきた。地域観光資源の適切な管理・運営に基づき、現在残されている資
源を現代世代だけ使い切るのではなく、将来世代へもつなげるという。それによって、地
域経済も持続的に発展するという。このようなエコツーリズムの考え方は SD からの影響を
非常に大きく受けているといってよい。
ここまで、エコツーリズムはマスツーリズムの反省による新しい観光の形として、SD 概
念の広まりの中で誕生したことを述べた。以下では、現在のエコツーリズムの概念の理解
のされ方、定義について概観する。
1−3 定義の氾濫
エコツーリズムの定義を検討するに当たって、現在その用法が多岐に渡って氾濫してい
ることを指摘したい。環境に関する観光の名称としては、
「エコツーリズム」
、
「エコツアー」
、
「サステナブルツーリズム」
、「ルーラルツーリズム」などさまざまなことばが使われてい
る。国内においては、自然体験型観光(Nature-Based Tourism)やアドベンチャーツーリズム、
農林水産省が推し進めているグリーンツーリズムやエコミュージアムなどが用いられてい
る。海外においても、Nowforth & Munt (2003)によれば、最近の新しいツーリズムの語法と
して、エコツーリズムの他に、持続可能なツーリズム(Sustainable Tourism)、地域に根ざした
ツーリズム(Community-Based Tourism)、公平な貿易と倫理的ツーリズム(Fair trade and ethical
tourism)、さらに、反貧困ツーリズム(Pro-poor Tourism)などが使われているという5。
このように、さまざまなツーリズムの用語が氾濫しているのが現状である。しかし、こ
れらはいずれも、環境保全の仕方や地域にどのように関わっていくかなどに依拠している。
それぞれの主体が、政策課題に対してどこを重視しているかによって概念規定が変化した
ものである。具体的にわが国におけるものを見ていこう。
柴崎、永田(2005)においては、日本における代表的な定義として(財)日本自然保護協会、
(社)日本旅行業協会、NPO 法人日本エコツーリズム協会の 3 つを挙げて検討している。定義
の詳細は資料を参照されたい。なお、日本自然保護協会と日本エコツーリズム協会はエコ
ツアーとエコツーリズムを分けて定義づけしているが、エコツアーはエコツーリズムの中
に包含される概念であるという見解は共通している。このため、本稿においてもエコツア
ーはエコツーリズムの一部とみなし、大差はないものとする。
まず、日本自然保護協会については、地域の自然環境や文化への影響を最小限にしなけ
ればならないとしている。環境影響を最小限にした上で、地域や住民に利益還元をして地
5
藪田 b、p2 より
5
域厚生を拡大すべきとしている。また、少人数制の観光形態、旅行者の高い環境意識、ガ
イドの役割、宿泊施設の環境配慮にも触れており、環境保全重視の定義といえよう。
これに対し、日本自然保護協会に対極的なのが日本旅行業協会の定義である。これによ
れば、①旅行者の教育、②絶滅に瀕した動植物の保護、③文化、歴史的環境保全への貢献、
④専門ガイドの利用、⑤地元社会への利益、⑥ゴミの削減と最小限のインパクトのうち、
どれかひとつの要素さえ達成されていれば、エコツーリズムであると認められることにな
る。つまり、スタンスとしては観光による経済的な効率性が第一目標とされており、環境
保全はあくまでも努力目標として位置づけられている。
日本エコツーリズム協会の定義も、その狙いは前述 2 団体と異なっている。日本自然保
護協会と比較した際、団体型観光について日本自然保護協会はエコツーリズムとして認め
ていないが、日本エコツーリズム協会においては外れていない。また、ステイクホルダー
として観光業者を挙げていることも特徴的である。確かに、日本自然保護協会においても
旅行業者の責任については言及されているが、観光業の成立を必須条件として述べている
ところは特徴的である。旅行業界や交通業界の動向も意識しているのだろう。
このように、
わが国における主要 3 団体の定義を見てきたがそれぞれ多少異なっている。
それはやはり、団体の持つ特性によって影響を受けているのである。自然保護を重視する
日本自然保護協会では環境保全に重きをおいている。また、日本旅行業協会では環境保全
はあくまでも努力目標であり、観光業の経済性に重きがおかれている。また、日本エコツ
ーリズム協会は環境保全、観光業の双方を意識したものとなっていた。
1−4 エコツーリズムにおける視座
やはり現在において、エコツーリズムについての定義は氾濫しており、統一的な定義は
無い。環境省・WTO(World Tourism Organization)においてさえ、統一的な定義は出せて
いないのが現状である。しかし、ここで指摘しておきたいことはエコツーリズムの捉え方
が一枚岩ではなく、さまざまな程度による定義あるということだ。柴崎、永田(2005)はこ
の点について Acott and La Trobe のディープエコロジー概念をエコツーリズムに取り込んだ
議論6を援用して、エコツーリズムを「利潤追求を最優先する商業重視型と、環境保全が達
成された上で経済性を目指す環境重視型に峻別する必要がある7」としている。日本自然保
護協会の定義にみたように、ガイドの存在、自然・文化保護、地域住民による管理・運営、
小規模な観光形態などのさまざまなルールの中でのエコツーリズムを環境重視型のエコツ
ーリズムとしている。一方、旅行業者が短期的な利潤獲得のために行うので、ガイドや管
理運営の不徹底など環境面における持続性は図れずに、短期的な利潤獲得のために行われ
るものを商業重視型のエコツーリズムとしている。
エコツーリズムと一口に言っても、そのことばを使う主体によって意味するものは変わ
環境保全に十分配慮したエコツーリズムを”deep ecotourism”とし、環境保全に十分な配慮をしていない
ものを”shallow ecotourism”として分類した。
7 これらの厳密な規定はされていない。
6
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ってくる。エコツーリズムには、商業型エコツーリズムから環境型エコツーリズムまでさ
まざまな程度がある。このように、エコツーリズムの意味するもの、その段階は、氾濫し
ており、統一的なものは見出せないのが現状である。しかし、エコツーリズムが何をター
ゲットとしているかをもう一度確認しておかなければならない。それは、持続可能な観光
形態であること、地域社会へプラスの経済効果があり地域厚生の向上に寄与すること。こ
の 2 点は、どのような形にせよエコツーリズムを語る際になくてはならない観点である。
本稿においては、富士山を事例として取り上げる。観光客の増大によって富士山ではさ
まざまな環境問題が深刻であり、特にごみ問題は景観を悪化させている。交通・自動販売
機など各種インフラがそろったことにより、状況は極めて深刻である。こうした現状を踏
まえ、富士山でのエコツーリズムは環境への影響を重視しなくてはならない。環境配慮の
要素として、①持続可能な資源の利用、②過剰消費傾向や消費の抑制、③ガイドの利用、
④観光客への教育と学習、を満たさなくてはならない。
以上、エコツーリズムの視座をまとめると、ターゲットは①持続可能であり、②地域全
体の厚生水準を最大化する観光形態である。特に富士山における要素は①持続可能な資源
の利用、②過剰消費傾向や消費の抑制、③ガイドの利用、④観光客への教育と学習となる。
7
第2章:日本政府の観光に対する捉え方
第1章ではエコツーリズムの定義について論じてきた。次は、実際にそのエコツーリズ
ムを国内で発展させていくのかを考察するのだが、これを推進していくうえで、政府は重
要な役割を担っている。エコツーリズム推進のために非常に大きな影響力を持つ。そこで、
本章では、政府が観光に対してどのような認識を持って、観光政策に取り組んでいるのか
に触れることとする。
観光産業の発展とともに、各国の旅行客数も年々増加している傾向にある。日本も例外
ではないが、その内容を見ると日本人の海外旅行者数は 1,600 万人に上るが、海外から日本
への旅行客数は 600 万人にとどまっている(WTO 統計)。旅行収支の赤字も 2 兆 7,000 億円
に達している。経済産業省は、国際観光業が国内産業の活性化のために重要であると指摘
している。2003 年の通商白書の中で、
「観光産業は経済波及効果が高く、日本固有の自然や
文化、歴史の他にも、外国人に人気のある豊富な観光資源を積極的に PR していくべきだ」
と提言している。観光業の促進に関しては、国会での小泉首相の施政方針演説の中でも言
及されている。演説の中で首相は次のように述べた。
『2010 年に日本を訪れる外国人旅行客
を倍増し、
「住んでよし、訪れてよしの国づくり」を実現させるため、美しい自然を生かし
た観光を進めることで「観光立国」を積極的に推進する。
』(2004 年 1 月 19 日)
『観光は地域や街の振興につながる。キャンペーンの強化や姉妹都市の拡大によって 2010
年までに外国人訪問者を 1,000 万人にする目標の達成を図る。美しい自然や景観など各地の
個性を活かした観光地づくりを支援する。
』(2005 年 1 月 21 日)
政府の動きとしては、観光業の経済的影響の重要性を認め、日本への旅行客数が少ない
という現状を踏まえ、外国人を積極的に迎え入れ、
「観光立国」を実現させようという姿勢
が見られる。
日本人はますます海外旅行をするようになり、国内旅行客数は海外旅行と比較すると低
迷ぎみとなっている。そこで、日本の国内観光の魅力向上を図り、外国人受け入れるだけ
でなく日本人の国内旅行者数を増加させる必要がある。そのためには、地域レベルでの取
り組みも大事だが、国としての政策も非常に大きな影響を持つ。
2−1 観光立国懇談会報告書
平成 15 年 1 月に「観光立国懇談会」が開催された。この懇談会は政府が組織したもので、
この会議の中で、国際交流の増進、経済の活性化の観点から、日本が観光立国を目指すこ
とが重要であるとともに、訪日外国人旅行客数が少ないという課題が浮かんできた。そこ
で、幅広い観点から日本の観光立国としての基本的なあり方について検討がなされた。
2−1−1 観光立国の意義
観光立国を目指す前に、政府は観光の意義として次の二つを掲げている。
8
1、グローバリズムの発展における人々の文化交流における役割が高まり、異なる文化へ
の興味関心によって、観光が持つ意味は変わりつつある。観光は国の将来、地域の未
来を切り開く有力な手段である。
2、観光立国の基本理念は、ただ単に名所や風景などの「光を観る」ことだけではなく、
住む人々が地域の「光」を自覚し、訪れる人にとっても地域の「光」をよりよく感じ
させる「住んでよし、訪れてよしの国づくり」を実現することである。
2−2 国内地域の観光振興支援
国内向けの政策は、主に国内の低迷している各観光地の魅力の向上支援がある。国は、
地域の個性を活かした魅力ある観光交流空間づくりのための地方の自主的な取り組みを、
ハード・ソフトの両面から総合的に重点的に支援していく立場をとっている。そこで、具
体的な政府の地域振興政策を挙げる。
2−2−1 地域再生
地域経済の活性化と地域雇用の創出を地域の視点から、積極的かつ総合的に推進するた
めに、内閣は地域再生本部を設置した。この組織は、地域再生の基本方針案を製作するこ
とを主な事務としている。(平成 15 年 10 月 24 日)そして、地域再生構想の提案募集を行っ
たところ、673 件の提案が提出された。その中には、観光、イベント、文化、スポーツに関
するものが多かったようだ。そして、この提案を検討した結果をもとに「地域再生推進の
ためのプログラム」をまとめた。このプログラムにおいて、地域観光の活性化を目標とし
て、地域が主体となって観光地のルールやエコツーリズム推進のための普及マニュアルや、
良好な景観・まちなみ形成の実現を掲げている。
2−2−2 構造改革特別区域
構造改革特区制度とは、規制改革・規制緩和を地域の自発性に任せる形で進め、我が国
経済の活性化及び地域の活性化を実現する制度である。この制度によって、地域の食文化
の復活や生産作物の付加価値を高める農産物加工・販売など地域に根ざした新たな起業化
を促進することができる。
*岩手県遠野市の例
特別措置①
構造改革特区内では株式会社などが、市が所有する農地を借りて新たに農業を経営する
ことができる。
特別措置②
改革特区内の農家、レストラン、宿は自ら生産した米で酒を製造することができる。従
来の酒税法では6L以上生産しなければ雑酒の製造許可が下りないが、この区域内では6
L以下でも製造が許可される。
9
2−3 日本におけるエコツーリズムの推進 ―政府の姿勢・取り組み―
本節では、エコツーリズムに対する政府の姿勢、取り組みについて論じる。環境省は平
成 15 年、
「エコツーリズム推進会議」を開催したが、それは具体的にどのような取り組み
なのだろうか。
2−3−1 エコツーリズム推進会議
自然環境の持続的な活用、地域経済への貢献などを目的としたエコツーリズムの考え方
が我が国に導入され、行政機関、大学、民間などにおいて、エコツーリズムに関する調査、
研究が取り組まれてきた。一方、沖縄県西表島、鹿児島県屋久島、東京都小笠原村、北海
道などにおいて、自治体や民間による自然体験活動やガイドツアーなどの取り組みが盛ん
になってきたところである。しかしながら、それに伴ってガイドツアーによる植生破壊や
ガイドの質も問題となっていることから、利用のためのルールづくり、ガイドなどの人材
育成、情報の提供などの取り組みが求められている。
この会議は、エコツーリズムを「原生的な自然地域におけるガイドツアー」といった特
別なものではなく、環境保全を実践する活動、農林業体験を通じた自然への理解を深める
活動なども含めて捉え、エコツーリズムの全国的な普及・定着を目指すものである。エコ
ツーリズムの考え方が浸透し、観光利用、自然体験、農林業体験などが環境保全意識を伴
った秩序あるものとなれば、環境教育推進の観点からも効果がある。このような趣旨に則
り、環境省は平成 15 年 11 月に「第 1 回エコツーリズム推進会議」を開催し、普及のための
推進方策の検討を行った。そして、4 つの推進方策を掲げた。
2−3−2 エコツーリズム推進方策
推進方策1:エコツーリズム憲章の策定
環境に配慮した地域づくりが求められるなか、全ての人がエコツーリズムの共通認識を
持って連携していくために、この憲章を定めた。この憲章の中では、地域固有の文化の享
受、環境への負荷軽減の配慮と保全、地域経済や地域社会の活性化という3要素の融合の
重要性が記されている。
推進方策2:事業者推奨の仕組みづくりと実施
宿泊施設、交通機関、ガイド事業者などのエコツーリズム事業者およびエコツーリズム
に取り組む地域の中から、優良な事業者等を選定、顕彰している。(エコツーリズム 100 選)
エコツーリズム事業の環境保全努力や観光の質の向上を図る。知床、裏磐梯、飯田市など
モデル事業として選定されている。
推進方策3:モデル事業の実施
エコツーリズムの推進により地域振興を図ろうとする意欲ある地域において、事業者や
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行政、研究者等が連携してエコツーリズム事業を推進し、モデルとなる先進事例をつくる。
地域の選定にあたっては、全国的なエコツーリズムの普及・定着に資するよう、いくつか
のタイプごとに汎用性のある地区を選ぶ。モデル地区では、自然の営みや人と自然との関
わりを対象とし、それらを楽しむとともに、その対象となる地域の自然環境や文化の保全
に責任を持つ観光のあり方*を定着させることを目指して、地域の実情に応じてルール(基
本計画)の策定、エコツアーの実施、資源管理・形成を適切にシステム化する。
推進方策4:エコツーリズム推進マニュアル作成
このマニュアルはエコツーリズム推進に取り組む地域に向けて、推進の基本的な手法や
ポイントをまとめたもので、ツールの作成を通してエコツーリズム推進地域を支援するも
のである。推進地域はエコツーリズム推進による効果と推進手法を幅広く知ることによっ
て、 エコツーリズム推進の基礎的なノウハウが提供され、地域が独自に推進に取り組むこ
とができる。
2−3−3 エコツーリズム推進マニュアル
推進方策4の『エコツーリズム推進マニュアル』の中には政府の考えるエコツーリズム
に必要な2つ要点がまとめられているので、今度はこのマニュアルに注目してみる。
(1)ルール
エコツーリズムにおけるルールとは、
「エコツアーの継続的な実施のために地域資源の保
全や魅力の維持を目指した具体的な取り決め(規則)の内容」である。過度な利用により、
地域の自然資源や文化資源が破壊され、その魅力を失うことになれば、エコツアーの実施
は困難になり、エコツーリズムは成り立たない。入場料を 1,500 円徴収する、4 月から 6 月
までに観光利用を制限する、入場者は一日 100 人までとする、といった具体的な取り決め
内容がルールであり、旅行者に対して資源の利用方法を具体的に示すものが多い。
旅行者やエコツアー事業者に向けて示されるものばかりではなく、地域内に対するルー
ルもある。看板の色や素材の統一といった景観に関するルールや、野生動植物保護のため
の開発手法に関する取り決めなどのルールは、観光地全体の魅力向上を通して、エコツア
ーの魅力を高めていると考えられるため、エコツーリズムのルールに当てはまる。
(2)ガイダンス
ガイダンスとは、自然や文化などに関する詳しい説明や解説のことである。
エコツーリズムにおけるガイダンスの対象は、自然や、そこで繰りひろげられてきた人の
生活と自然との関わり、地元に伝わる生活文化など様々である。ガイダンスがうまく旅行
者にうまく伝わることによって旅行者は自然の不思議さや重要性をより深く認識すること
ができるようになる。旅行者の体験をより豊かにするためには、ガイドつきツアーととも
に、ビジターセンターなどの拠点施設における展示や他の様々な手段を効果的に組み合わ
せる必要がある。
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2−3−4 推進会議で挙げられた課題
(1)エコツーリズムの考え方の普及
エコツーリズムの考え方が、場を提供する地域、サービスを提供する事業者、ツアーに
参加する一般消費者に対して幅広く知られていない。エコツーリズムを広めるために、エ
コツーリズムの基本的な考え方を提唱することが必要である。
(2)広報活動による消費者の意識改革
環境に配慮した観光行動を普及させるために、業界単位では一般消費者の啓発を目的と
した広報活動を行っているが、効果が限定的である。エコツーリズム推進のための大規模
なキャンペーンが必要である。
(3)一般的な旅行者のエコツアーへの誘導
エコツアーの裾野を広げ、環境に対する意識を啓発していくために、バスツアーなどの
団体旅行にもエコツアーを組み込んでいくことが重要である。また、低額なエコツアーを
提供するなどによって、エコツアーの垣根を低くし、一般の旅行者や子供が気軽にエコツ
アーに参加できるようにしていくことが必要である。
(4)エコツアー情報の提供
エコツアーに興味を持つ人が、各自のニーズに応じたエコツアーを選択することができ
るように、ツアーのコンセプトや体験内容、服装や持ち物、必要となる体力レベルなどの
ツアー情報が掲載され、複数のツアーが比較検討できる仕組みが必要である。さらに、エ
コツアーへの参加経験が少ない人であっても、安心してツアーに参加できるように、優良
なツアーを推奨する仕組みの構築が望まれる。
(5)ガイドの質的な向上
エコツアーガイドの質が不揃いであり、中には参加者に満足感を提供できないような低
レベルのガイドも存在する。一部地域では、悪質なガイドが便乗商売的に参入し、自然に
悪影響をもたらし始めている。自然の保全、消費者の保護、そして市場の健全な成長とい
う観点から、ガイドの質の向上が必要である。
(6)事業実施に関連する規制の緩和
地域の素材を存分に活用した魅力的なエコツアープログラムとするためには、宿泊箇所
としての民家の活用、地場産品を材料とした料理のフィールドでの調理、ワゴン車などを
利用した効率的な移動などが効果的である。このためエコツアー事業者には各種資格の取
得や業者登録などが必要となるが、取り組みが不十分なケースが多い。魅力的なエコツア
ーを増やすために、ノウハウや資金の充実とともに、関連する規制の緩和が求められてい
る。
(7)エコツーリズムによる地域経済の活性化
エコツアー客による地域経済への貢献がさらに高まり、効果が広がるように、来訪者の
消費が地域経済にどのように波及しているのかを明らかにするとともに、地域内のエコツ
ーリズム推進事業者を奨励するなどによって、地域経済の活性化が十分に果たされるよう
12
にすることが必要である。
(8)環境の保護管理
エコツーリズムに先進的に取り組む自然豊かな地域へは、多くの観光客が訪れるように
なり、経済面や意識面での効果が発揮されてきたが、ゴミやし尿処理、道路状態の悪化な
どの問題も生じており、対象地域の経済力だけでは環境を維持するのは困難になっている。
また、環境維持のためには、継続的な調査や、環境保全のための種々の取り組みが必要で
あり、エコツーリズムに取り組む地域や事業者には多大な努力が必要となっている。
13
第3章 富士山の現状と課題
富士山の環境改善政策提言の為には、当然のことながら現在の状況を知る必要がある。
結論から述べると、現在富士山では、清掃活動の取り組みと登山者のマナー向上により 5
合目以降には殆どゴミは見られないという8。しかし、それ以外の場所では所によりかなり
のゴミが蓄積している。大気汚染に関しては定かではないが、現地の人の話によるとひど
いとは聞かない。しかし、本章ではそれでもなお課題がいくつか残っていることを指摘す
る。現状に至った経緯と富士山のもたらす正と負両面の影響を説明する為に、まず第1節
で富士山や富士山周辺の観光業が経済、とりわけ地域経済に与える影響をまとめ、第2節
で現状に至るまでの経緯とその原因を報告する。第3節では、近年盛んになっている浄化
活動の取り組みを見て、環境問題に対する市民意識がどの程度成熟しているのかを明らか
にする。第4節では、政府が汚染に対してどのような政策を立てているのかを見る。そし
て第5節では前節までの議論で富士山の所有権分割が問題ではないか、という点を考察し
て、第5章での政策立案に備える。
3−1
観光産業が経済にもたらす影響
エコツーリズム成立条件の一つに地域経済への貢献が挙げられる。本節では、富士山に
おける観光産業が人々の消費行動と経済に及ぼす影響を明らかにし、エコツーリズム成立
の実現可能性はどの程度あるのかを考察する。
今日の日本では、環境問題への取り組みが経済に悪影響をもたらすもの(=環境と経済が
トレードオフの関係)と解釈する風潮が強い。野口氏の活動を報告している小林氏によれば、
環境問題への取り組みがなかなかすすんでこなかったことの理由として、富士山の複雑に
絡み合った利権が損なわれる危惧があるのだという9。ここでは、そういった負の側面も勘
案した上で議論の展開を図る。
第2章で取り上げたように、現在日本は「観光立国」の推進に取り組んでいて、観光産
業を重要な経済活性化要素として捉えている。その中でも富士山は、(財)日本交通社によ
る観光資源を総合的に評価したランクで全国に 37 箇所ある最高の特 A 級の評価を受けて
いる10。また平成 11 年度の統計では年間登山者が 25 万人で、富士五湖などの富士山地域観
光客数は約 3093 万人と出ている11ことなどからも、ポテンシャルは高いと言える。では、
具体的にどのような要素が経済に貢献しているのだろうか。
富士山に行き帰りするためには当然、何らかの交通手段を用いる必要がある。車であれ
ば車の整備費が必要であり、高速道路を用いる場合、その利用料金が国に収められる。公
共交通であれば交通費が経済効果となりうる。公共交通機関の場合はあまりない心配だが、
野口健氏の講演、2005 年 9 月 3 日
野口健公式サイト http://www.noguchi-ken.com/document/2003/1010.html
10 富士山を世界遺産に http://www.dango.ne.jp/sri/mtfujiwounescosekaiisanni.htm
全国 8000 ある観光資源の客観的データと専門家の判断による総合的評価。特 A 級は「わが国を代表する
資源で、且つ世界にも誇示しうるもの。わが国のイメージ構成の基調となるもの。
11 富士山人 2005 年活動内容 http://www.fujiyamanchu.com/2005intention.html
8
9
14
自動車を利用した場合は排気ガスが及ぼす外部不経済を割引して考える必要があるだろう。
富士山途中での、あるいは富士山周辺での宿泊施設を利用する人々がもたらす経済効果
も小さくないと思われる。もちろん、単に富士山に登って帰ってくるだけならば日帰りが
可能である。だが、富士山山頂での朝日は日本で最も美しい景色の一つに数え上げられる
と耳にしたことがある。さらに、帰りに富士周辺での観光や温泉等を楽しみたい人もいる
だろう。したがって、より旅行を満喫するために寝泊りをする人が生み出す需要を考慮に
入れなければなるまい。
また、観光産業が儲けを増やしたいのであれば広報が不可欠であろう。山梨の観光業で
は宿泊客の平均消費額が日帰り客の約 5 倍12であり、滞在客を増やすことで出費を増やして
もらうために努力すべきことは言うまでもない。企業は、広報代の支援をする見返りとし
て、①宣伝広告の掲載、②イメージの向上(この場合富士山を魅力的なイメージと受け取る
かどうかがポイントになる)、③企業の窓を外に向けることによる社員の活性化、といった
恩恵に浴することが可能である。
観光客の呼び込みに関する問題で、富士山のふもとにある湧水の存在を多くの外国人は
知らない13。観光名所に日本語の表示しかされていないことが原因らしく、英語、中国語、
韓国語の表示は必要だろう14。観光立国にするためには、言わずもがな観光客の視点から政
策を考える必要があるからだ。
他にも自動販売機、土産屋での消費効果、登山道での外灯などのインフラ整備の為の公
共事業による経済効果が挙げられる。こうした景観を損なうと言われる施設等が世界遺産
登録を妨げているのは皮肉である。
以上見てきたが、環境破壊などのマイナス面を差し引いてもなお、富士山がもたらす経
済効果は高いと言えそうだ。総合的に考察すると、エコツーリズムに必要な条件のうち特
に問題なのは環境意識と観光客の呼び込みではないか。
3−2 美的なイメージと対極にあった汚染の経緯
文献を探している時に気づいたことだが、富士山に関してはその「美」の側面を強調し
た本は大量に発刊されていることに比べ、汚染の事実に関する本があまりに少ない。私は
「富士山は美しい」という感覚だけが一人歩きしているように感じた。友人に聞いても汚
いイメージはあまりなく、美しい感じが先行するという回答ばかりであった。しかし、環
境問題に詳しい人の中には汚い感じが先行する、と述べている人も中にはいた。いずれに
しろ、どう感じるかには何らかの圧力が加わっていることが考えられる。本節では、ゴミ
による汚染、大気汚染、水質汚染といった汚染の歴史を見た上でその背後にどういった心
理が働いているのかを考察する。
12
13
14
観光活性化を目指して http://www.yamanashi-doyukai.gr.jp/TEIGEN/teigen10.html
今何故観光なのですか http://www.nobuteru.or.jp/mass/0409tj.html
今何故観光なのですか、同上、3 頁
15
3−2−1 汚染の歴史其の一・廃棄物による汚染15
遠くから眺めた富士山の姿は、多くの富士絵画が示すように、芸術的である。野口氏に
よれば、あれだけ両サイドが整っている山は世界でも稀だという16。しかし、実際に登って
みると、そこら中に様々な種類のゴミが落ちていた。よく「富士山ほど汚い山も珍しい」、
とか「世界一ゴミで汚染されている山」とか揶揄されるが、これは必ずしも的を外してい
なかった。
「ヒマラヤをフジヤマのようにしてはいけない」と登山家のラインホルト・メス
ナ−はしばしば国際会議で述べるという17。富士山は、かつて世界遺産に登録すべく日本で
十分な署名(246 万人)を集めたのであるが、現地に行った審査委員がそのあまりの汚さに呆
れて取りやめられた経歴がある18。2003 年 5 月 27 日、日本での世界遺産の候補として知床、
琉球諸島、小笠原諸島が選ばれ、最後には知床が UNESCO に推薦された。富士山は候補地
にさえ選ばれる気配がない。毎日新聞社の調査によると、空き缶、家電、トラック、そし
てモデルハウスのようなものから「夜店で売れ残ったヒヨコ」や猫、犬、まで捨てる人が
いて生態系を乱しかねないという19。不法投棄される廃棄物も後を立たない。さらに遠くか
ら見ても分かるくらいまでに影響を出している問題がトイレのし尿だ。汲み取り式トイレ
は事実上垂れ流し状態である。トイレットペーパーが白く見えるので、
「白い川」と呼ばれ
ている20。NPO 団体のトイレ研究会によると、このことは富士山に登る人が殆ど観光客であ
り、登山愛好家ではないからだという21。しかし、それは本質的な回答にはなるまい。やは
り、登山者、つまり日本人に自然保護の認識が欠如していたから、と言わざるを得ないだ
ろう。
3−2−2 汚染の歴史其の二・大気の汚染
それでは、大気はどの程度汚れていたのだろうか。山梨県の富士吉田市と都留市が平成 7
年度に発表した結果では二酸化窒素(NO2)22は環境基準を達成していたが、光化学オキシダ
ント23は基準を達成できなかった。大気汚染の観測は富士山の顕明度、つまり目視できる日
数でなされることがある。ただし、目視日数は湿度が低いほど、また風速が大きいほど増
えるなど複数の気象条件によって左右される。それゆえに、富士山の顕明度と汚染状況を
単純に関連付ける事は困難である。以下に千葉県木更津市観察資料をもとに目視状況、気
象条件、大気汚染との関係を調べた結果を引用する24:
「目視日数は、1970 年代前半は増加
富士山のゴミと世界遺産 http://www.geocities.jp/mt_with_dog2003/fujisan.htm
野口健「私の富士山」富士山愛好会『まるごと富士山みんなの富士山』宝島社、2005 年
17 野口健「タブーへの挑戦」
『100 万回のコンチクショー』集英社、2004 年、233 頁
18 富士山のゴミと世界遺産、前掲、1 頁
19 1999 年 12 月 16 日付「毎日新聞」朝刊 http://www.fujisan.or.jp/kyosan/mainichi.htm
20「毎日新聞」
、前傾
21「毎日新聞」
、前傾
22 NO2 は物を燃焼したときや化学実験の反応過程で排出されるものなど
23 光化学オキシダントは自動車、工場、事業場などからの窒素酸化物や炭化水素が太陽光により化学反応
をおこし、二次的に生成されるオゾンなどの酸化性物質である
24 千葉県木更津市における富士山の顕明度 http://www.mst.e.chiba-u.jp/misawa/m_rep/m_r_9803.html
15
16
16
傾向で、1970 年後半から 1980 年代前半の期間ではほぼ横ばいの状態で、1980 年代半ば以
降は減少傾向で推移している。一方、1980 年代半ば以降の目視日数の減少は、浮遊粒子状
物質や二酸化窒素濃度の増加傾向と対応している」(6 頁)さらに横澤氏によると「1990 年代
半ばまでは横ばい傾向で推移してきたが、1997 年以降は微増傾向」である25。しかし、1980
年以降に都心部の浮遊粉塵量や SOX などの汚染物質が顕著に減少したわけではない。ヒー
トアイランド現象に伴う湿度の現象などが目視日数の改善の理由として挙げられる26。
大気汚染は自動車の排気ガスの他、工場から出る SO2 等の微粒子が原因となっている。
北に富士山を望んだ田子の浦に 1961 年、掘り込み式人工港が開かれた27。海外からの製紙
原料、燃料の重油と富士山の水を使い分けて製紙工業を始めたのである。熊谷氏によると
「製紙は、製造工程に大量の燃料と水を必要とし、チップ、ボロなどの原料からの廃物が
大量に発生し、水質汚染と、SO2、悪臭の大気汚染の公害発生の高い工業」であり、
「1971
年、富士市の工場での一日の重油燃焼量は、3,200 キロリットル、それによる毒ガス SO2
の発生量は、一日 130 トンに達したと推定」だという28。1977 年、富士市では公害で 912
人が患者となり、39 人が亡くなった29。生体的な問題は公害規制で解決されたが、その後
では他の要因が大気汚染に繫がっている。
1991 年、富士市は水を一日につき 200 万トン用い、そのうち七割五分が製紙工場での使
用である30。富士市の 360 本の煙突から工業用水の一割が排出される31。煙突からの微粒子
は水蒸気と混じり合って水滴を作り、富士山の目視を妨げているのである。
大気汚染ではないが、乱開発の影響はとうとう水質にまで及んでいた。日本では、2002
年末の時点で環境省が認識しているだけでも 3000 件以上の地下水汚染がある32。富士山の
南東、静岡県清水町で流れている柿田川湧水群の上流部の照葉樹林はかつて伐採され、水
質汚染の危機があった。
しかし、地元の住民が「柿田川自然保護の会」なるものを立ち上げて、ナショナル・ト
ラスト運動を展開した33。その結果、現在では環境省の名水百選に選ばれるほどであるが、
富士山ろくの工場群の地下水くみ上げによる湧水量減少や汚染防止が今後の課題となって
いる34。
木更津における富士山の頚明度 http://www.mst.e.chiba-u.jp/misawa/s_r_h/yokozawa.html
2001 年版宮下敦他(1994)を改変 http://www.seikei.ac.jp/obs/pwork/fuji-i.htm
27 富士山が泣いている
http://www.japanpost.jp/pri/research/monthly/2001/154-h13.07/154-foreword.html
28 前傾、富士山が泣いている、4 頁
29 前傾、富士山が泣いている
30 富士山が泣いている、前掲、5 頁
31 富士山が泣いている、前掲
32 富士山の地下水 現状と問題点 http://www.fujisan-net.jp/RENSAI/FCG_06.htm
33 住民ら清掃,周辺地を買い取る http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-02-01/13_01.html
34 住民ら清掃,周辺地を買い取る、同上、2 頁
25
26
17
3−2−3 汚染の根本的原因
それでは、何故汚染が放置されたのか、或いは環境破壊を行ってしまうのか。ここでは
汚染者の心理を中心に考察する。
元を辿れば、富士登山は信仰から始まった。噴火や噴煙は神の怒りの象徴だと考えられ
てきた35。怒りを鎮めるために、頂上や麗などに神社や仏像、そしてお堂を建てた。富士山
に登るのは、修行僧などの人々に限られていたのである。富士登山が庶民の間でなされる
ようになったのは、江戸中期以降の話である36。
元来、日本人は「富士山は美しい」ということを教育の過程で刷り込まれてきた。国定
教科書以前(1904 年以前)の読み本、第一期国定教科書(1904 年から使用)、から第五期国定
教科書(1941 年発行)まで教科書は富士山の美しさを訴えてきた37。青弓社によれば国家が
国民の優れた精神が「日本一の名山」に現れている、と主張することで、富士山を国体の
象徴だとマインドコントロールさせる事が目的だったという38。富士山が美化された結果、
人々は幻想を抱き、汚染されているという事実は意識の外に追い出されていったのだろう。
ちょうど恋人や神に対しては欠陥が見えなくなるように。
しかし、富士山のゴミの山は市民のマナー意識欠如だけでなく、観光業者の怠慢と行政
の失敗も原因であろう。富士山には、伊豆半島などでも見られるように、
「ゴミ箱がないの
で必ずゴミは持ち帰る」という決まりがある39。しかしこのことは、良く考えてみるとスー
パーやコンビニ、あるいは飲食店にゴミ箱がないので持ち帰ろう、ということとほとんど
同じである。それなのに、観光業者の言い分は、登山者のマナーが悪いのが原因であり、
回収する気もない40。観光業者に関しては定かではないが業者は相変わらずトラックのタイ
ヤを不法投棄する41。営業している山小屋は糞尿を垂れ流しにしている。市民の側には悪意
がなく無神経なだけだが、業者の側は明らかに悪意で行っている。そして、行政もそんな
状況を放置している。富士山は、国立公園であるため「自然公園法」という罰則つきの法
律がある。しかし、法律の成立した昭和三十二年から今まで法に基づいた罰則付きの取締
りが全く為されてこなかったため、今更罰則を課すと批判がくるので放置しているという
のだ。しかし、平成 15 年度から自然公園法は改正されて罰則が強化されたので状況が好転
する可能性がある。野口氏は「富士山は国立公園に指定されながらも、その管理は山梨県、
静岡県、環境省、林野庁、更には神社など複雑に絡んでおり、世界遺産の第一条件とも言
える『管理の一元化』
」さえされていない、と述べている42。ゴミ拾いをしているのはボラ
ンティアの人々だけである。
35
富士山愛好会「富士山は信仰から始まった」
『まるごと富士山みんなの富士山』宝島社、2005 年、106
頁
36
37
38
39
40
41
42
富士山愛好会、同上
青弓社編集部『富士山と日本人』青弓社、2002 年
青弓社編集部、同上、82、83 頁
富士山のゴミと世界遺産、前掲、1 頁
富士山のゴミと世界遺産、同上、1 頁
野口健、前掲、集英社、236 頁
野口健公式サイト http://www.noguchi-ken.com/document/2003/1010.html
18
3−3 富士山環境改善への取り組み
前節で汚染の歴史と原因を明らかにした。本節では、昨今の意識の変化に伴う富士山の
浄化政策や市民運動を見ていく。富士山清掃の動きには目覚しいものがあり、現在では5
合目以降にはゴミが殆ど落ちていない43。浄化運動がマスコミなどを通じて登山者に知れ渡
り、ゴミを捨てるどころか自主的に拾う人までいるという44。ここでは富士浄化が完全に行
われていない場所に、何が問題で何が足りないのかを考察し、第5章での政策立案へ生か
すことを目論見とする。
3−3−1 世界遺産登録への動き
近年、富士山を世界遺産にしようとの掛け声の下、環境改善運動が盛んになってきてい
る。大きく分けると、世界遺産は 1.文化遺産45、2.自然遺産46、3.複合遺産47の 3 つに分
類される。富士山を日本初の複合遺産として登録させるために活動している団体も多く見
受けられる48。登録されると遺産保護の義務が生じるため、保護が活発になるとの期待もあ
るが、現状を鑑みると認定までの道のりは長そうだ。
世界遺産登録の条件は、大きく 4 ないし 5 つに分かれる49:①世界遺産条約の定義による
自然遺産か文化遺産のいずれかに該当、②登録基準の 10 項目(文化遺産関連 6、自然遺産関
連 4)のうちいずれか 1 つに該当且つ普遍的な重要性の認定、③真正性(authenticity 本物であ
ること)や完全性(integrity 自然現象や生態系が完全に見られること)、④遺産保護の恒久的
確保がなされていること(法律などの保護)、(⑤他の地域から同類の遺産が登録されていな
いこと)。しかし、野口氏は「たとえゴミがなくても世界遺産にはならない」と言い、その
理由として富士山へ行く途中のラブホテルの乱立、登山道の外灯、山頂の自動販売機と電
話ボックス等の人工物、トイレの垂れ流し、そしてそれに伴う水質汚染、管理の一元化不
達成を挙げている50。さらに彼は、全国中で富士山と類似したことが起きている「ミニ富士」
の存在を指摘すると同時に、日本のシンボルである富士山を変革することで環境保護の促
進がなされることを期待している51。
3−3−2 バイオトイレ設置の動きと問題点
垂れ流し状態のトイレを改善するために、バイオトイレを設置する動きも出てきた。バ
イオトイレの特徴は、①水を使わない、②臭わない、③汲み取り不要、④糞尿の資源化、
43
44
45
46
47
48
49
50
51
野口健氏の講演、2005 年 9 月 3 日
前傾、野口健氏の講演
優れた普遍的価値を持つ建造物や遺跡など
優れた価値を持つ地形や生物、景観などを有する地域
文化と自然両方の要素を兼ね備えているもの
富士山を世界遺産に,前掲、2 頁他
世界遺産関連用語集 http://homepage1.nifty.com/uraisan/yougo.html
富士山清掃登山 http:www.actions.jp/seiso.html
富士山清掃登山、同上2頁
19
⑤雑菌の死滅、⑥比較的安価、⑦災害時に強い、等がある52。メカニズムはどのようになっ
ているのだろうか。昭和電工によれば、糞尿や生ゴミは殆ど水分で成っているが、
「その水
分をオガクズに保水させ、加熱し」
、スクラップにした後、蒸発させると、「水分は臭いを
発生することなく蒸発」する53。残った約 1 割の固形部分も同様に分解し発散させる。さら
に正和電工は「特別な金の使用は不要」であり、糞尿の腸内細菌と「自然界の微生物」で
「水と二酸化炭素に分解処理」するという54。オガクズは、使用後、理想的な有機肥料とし
て活用できる。江戸時代に行われた屎尿の有効活用と似たようなものである。正和電工は、
バイオトイレが普及拡大すれば地球環境と水環境を保全し、地球を救うことにつながるだ
ろう、と言った期待を込めている。
実例として、平成 12 年度に富士山 5 合目に設置されたバイオトイレが、45 日間 8000 人
以上に使用されたがほぼ無臭だった、という実験結果がある55。また、平成 13 年度の富士
山山頂久須岳における実験でも、33 日間 7758 人使用した時もうまくいっており、ランニン
グコスト(発電機燃焼費)1 日 1295 円だが、登山者の使用料は一日 37,000 円と十分採算の採
れる結果だった。
しかし、山小屋のトイレであれば、山小屋が管理する事になるが、国立公園内で環境省
が公共事業として公衆トイレを設置した場合、その後の維持管理費用は国から出されない。
そのため、都道府県などの地元に管理がゆだねられ、費用負担がのしかかる。現在、山に
負担を与えないトイレとしてバイオトイレの導入が期待されているが、富士山にあるトイ
レは国で運営している公衆トイレ・個人で設置している山小屋トイレがあり、その多くが
山小屋で個人が所有するトイレであるために、トイレの改修工事がなかなか進まない。た
だでさえ高い新型トイレの改修工事代は、富士山の厳しい環境条件へ設備を持ち運びする
設備運搬費を含めて総額 2000 万円程度にもなり、かつ修理費などを含めると 3000 万円程
度にも達する。98 年に東京都が建設した奥多摩・雲取山山頂のバイオトイレは、建設費用
に 1 億 3000 万円要したという事例がある。これほどの金額は、個人経営である山小屋に負
担できる金額ではなく、国や地方自治体からの助けが無ければ大抵無理と考えられる56。ま
た、トイレを建設したあとの管理維持費用確保も重要な課題となってくる。
富士山においては、これらの設置費用と維持管理費の問題を解決するため、環境省管轄
による「チップ制トイレ」が導入されている。このチップは、登山者の善意によってまか
なわれているものであり、その支払いは義務ではない。毎日新聞によれば、
「富士山トイレ
研究会」がトイレ利用者に約 100 円の利用料を払うように呼びかけたが、2 箇所のトイレで
チップを支払ったのは利用者の 20%未満だったという57。
バイオトイレ http://wwww.seiwa-denko.co.jp/eco.html
バイオトイレ、同上、1 頁
54 バイオトイレ、同上、1 頁
55 バイオトイレ http://www.seiwa-denko.co.jp/eco2.html
56 山小屋におけるし尿問題
(http://gyosei.mine.utsunomiya-u.ac.jp/enshua00/imamuray/imamuyay.htm)
57 1999 年 12 月 16 日「毎日新聞」朝刊 http://www.fujisan.or.jp/kyosan/mainichi.htm
52
53
20
それは、日本の国立公園の地域指定制に付随している。公園管理者と土地管理者が違う
ということは、つまり土地は国有林や民有林であり、環境省は国立公園という指定をして
いるだけで、土地は所有していない事になるのである。そのため、現在の法制度の中では
環境庁や地方自治地が自然保護のためとはいえ、トイレ管理の名目で維持管理費を徴収す
ることが困難になっている。また、設置自体も非常に困難であるのが現状だ。富士山地域
という国立公園を管理するのは環境省の仕事である。しかし、国立公園の土地を所有して
いるのは国だけではなく、国有地、公有地、私有地に分かれる。公有地は県及び地方自治
体が所有し、私有地は民間人が所有している。また、富士山すそ野に広がる広大な国有林
は国有地ではあるが、林野庁が管理者であるため、環境省の権限が及ばない。また、衛生
や保健は、厚生省の管轄である。これらは縦割り行政の弊害といえる。そして、それらの
管理主体がそれぞれ独自の法律や制度を持っているために、富士山全体で統一してバイオ
トイレ設置及び維持管理を行うことができず、バイオトイレ普及の弊害となっている。
(追補:トイレ問題を解決するために、環境省では環境税のほかに「環境保全施設整備費補
助事業」という制度を設けて、新型トイレの普及を促している。静岡県でこの制度を受け
ると新型トイレ設置に際する改修工事の費用の、半分を国が、20%を県が、もう 20%を市
町村が負担し、残りの 10%しか自分で負担する必要が無くなる58。
非放流式トイレの普及は長年の課題であったが、助成制度による後押しとバイオトイレ
自体の技術的改善が進んでいることにより、2007 年度には富士山地域での完全導入が果た
される見込みである)
3−3−3 市民活動と環境問題意識に関する考察
バイオトイレの今後の課題の一つに、チップの回収をうまくおこなえるかどうか、とい
うことがある。ここでは、市民意識に改善の可能性を全般的に考察していく。
富士山にかかわる市民活動の中で私がまず頭に思い浮かべたものは富士清掃登山である。
富士清掃登山は、野口氏が参加者を募って 2000 年から何回も行われてきた。2000 年と 2001
年には、毎日新聞との共催で約 200 人の小・中学生を引き連れて行った。野口氏の目的は、
捨てるのは簡単だが回収するのはそれよりはるかに多くの労力が必要だ、ということを子
供たちに実感してもらいたかったことだという59。2002 年には 600 人以上、2004 年には約
2800 人と、年々人数は増え続けており、また 2004 年の平均年齢が 19 歳であった60。最近は、
特に若い世代から環境問題に興味が強くなってきていると聞いたことがあるが、それを象
徴するデータとも言える61。当初、私は富士清掃登山が野口健関連だけかとおもっていたが、
実際には「山のトイレを考えている会」
、
「地球歩き方」の旅(ダイヤモンド・ビック社企画)
等、いろいろな団体によって行われている。
58
59
60
61
http://contest2.thinkquest.jp/tqj2003/60454/ToiletImprovement.html
野口健、前傾、集英社、236 頁
京都議定書シンポ http://www5c.biglobe.ne.jp/~acidrain/page3m.htm
最近は、環境問題関連学部の増加と人気の増加で倍率が非常に高いと新聞で読んだことがある。
21
市民の環境意識は、富士清掃登山に止まらず、地球温暖化への取り組みやエコ商品の普
及にみられるように、徐々にではあるが確実に高まってきている。しかし、現在の状況は
環境ブームに過ぎず、湯浅赳夫が述べているようにファッションのように捨てられていく
のだという意見もある。つまり、昨今の高い環境問題意識はいずれ消え去っていくという
のだ。
3−4 規制政策とそれに付随する課題
本章第3節での環境活動の取り組みから、富士山でのエコツーリズムが支持される可能
性が高いことを明らかにした。これまで汚染状況、浄化活動の取り組みについてみてきた
が、ここでは政府や県などがどのような対策を立てているのかを明らかにする。
3−4−1 オフロード車に対する規制
不法侵入車や不法伐採が動植物や地形を荒らしていることが問題になっている。不法侵
入車の対策として、オフロード車の乗り入れ禁止区間を制定している62。だが、オフロード
バイクは柵のないところから進入できるし、不法伐採は植物愛好家が来るため規制だけで
は防げるとは限らない。そのため現在、こうした不法行為に対する監視体制が希求されて
いるわけである。
3−4−2 マイカー規制に関する所有権分割と環境税の使い道における課題
3−1−2で述べたように、現在富士山周辺で大気汚染が起きている。これは自動車の
渋滞による排ガスも原因の一つだ。富士山ではお盆の自動車乗り入れを禁止する期間を 10
日間だけ設けていた63。期間延長ができないのは、観光業と静岡県の収入が減少するからだ。
この期間の短さという欠点を補うために、アイドリングストップと低公害車(バス・タクシ
ー)の使用の呼びかけ、マイカー規制時に運行しているバスやタクシーへの環境税(2004 年
から)の徴収が行われていた64。2004 年から富士山では夏季の数日間、普通車、マイクロバ
ス(10 人乗り以下)、軽自動車、自動二輪、原付などエンジンのある車両についてはマイカ
ー規制を行い、観光客には車からシャトルバスに乗り換えでの移動を推奨している。その
際、シャトルバスには以下のように乗車料金がかかり、この料金の一部は富士山地域内の
ゴミやし尿回収などの環境保全のために使われる。
62
63
64
現状での対策 http://contest2.thinkquest.jp/tqj2003/60454/hakai3.htm (2005 年 11 月 21 日閲覧)
自動車乗り入れ問題 http://contest2.thinkquest.jp/tqj2003/60454/car1.html (2005 年 11 月 21 日閲覧)
自動車乗り入れ問題、前掲
22
規制期間中のシャトルバス・料金
山梨側
静岡側
区間
富士急行河口湖
駅−富士山五合
目
富士北麓公園−
富士山五合目
スバルライン料
金所−富士山五
合目
往復料金
片道料金
1,900円
1,500円
1,600円
1,280円
1,600円
1,240円
西臼塚駐車場−
五合目
1,300円
1,160円
水ケ塚駐車場−
五合目
1,300円
1,120円
2005 年度における実施期間: 7 月 27 日∼8 月 31 日(山梨県側)
8 月 6 日∼8 月 15 日 (静岡県側)
富士山NET(http://www.fujisan-net.jp/)よりエコツーリズム班作成
しかし、2005 年 6 月に料金徴収期限が切れたことを受けて、2005 年 7 月 27 日から有料
道路のマイカー規制が開始された65。今回の規制は、36 日間と例年の 10 日間より長丁場で
あるが、これは昨年の土砂崩れに対して、スバルラインに洞門を増やす災害対策工事を夏
に行うことが理由である。利用者の間では賛否が分かれたが、観光業者はこの長期間規制
が定着して収入が減少することを恐れている。税収は環境保全に利用されている。
しかしながら、この税金導入という手段のみで富士山の環境保全対策として十分だろう
か。ここには二点問題がある。一点は、環境税という政策が山梨県と静岡県の両県で取ら
れており、その内容も全く異なるものであることである。表を見ると分かるが、料金は山
梨県側よりも静岡県側の方が割安であるために観光客が山梨県側から静岡県側に流れてし
まい、山梨県側での税収が減り、山梨県側での環境保全対策が十分に行われないことが考
えられる。また、山梨県側のマイカー規制期間は 2005 年 7 月 27 日∼2005 年 8 月 31 日の合
計 36 日間であるのに対して、静岡県側は 2005 年 8 月 6 日∼2005 年 8 月 15 日の 10 日間し
か行われない。ゆえに、シャトルバスへの乗り換えやその待ち時間が不要なために、規制
の行われていない側に観光客が流れることになる。そのため、環境税の目的が十分に達せ
られないという懸念もある。
もう一点は税金の使い道である。山梨県の法定外目的税研究会によれば、この環境税は
森林整備やゴミ、し尿の対策に使用することを予定している。しかし、税収の使い道環境
保全であると明確に規定されていないことから、環境税も単なる一般財源に過ぎないと言
えるだろう。さらに、それらの使い道だけで富士山の環境保全が十分に行われるだろうか。
現在、富士山は不法投棄や観光客によるポイ捨てでゴミやし尿が問題視されていることは
65
富士山 NET http://www.fujisan-net.jp/news_main.php?news_num=3844 (2005 年 11 月 21 日閲覧)
23
事実であるが、それらのみが富士山の問題点なのだろうか、またゴミ等の回収だけではな
く、ポイ捨てを防ぐ意味で観光客に対する環境教育も必要とされているのではないだろう
か。確かに、環境税を前面に押し出せば、環境意識の向上につながるかもしれない。しか
し、それだけで富士山での不法投棄がなくなり、登山道のごみ問題が解決するとは考えに
くい。
3−5 富士山における土地所有権複雑化の問題点
前節までの考察の中で、現在の土地所有主体が一元化されていない状況に問題があるこ
と、また今後、一元化がなされないまま政策が行われることで新たに問題が発生する可能
性がある、という懸念を述べてきた。本節では、富士山所有権複雑化問題点にスポットラ
イトを当て、第5章での政策立案に備えることを主眼とする。
3−5−1 富士山の土地所有状況
現在の富士山地域の土地は、長い年月を経て国有地、公有地、私有地に複雑に別れてい
る。富士山の環境対策を行うために、山梨県では「富士山総合環境保全対策基本方針」を、
静岡県では「富士山総合環境保全指針」を策定するとともに、平成 10 年 11 月には両県が共
同で富士山環境保全の全国的運動の原点となる「富士山憲章」を制定した66。これらの取り
決めは、以下のように不法投棄やゴミの減量、環境負荷の少ないトイレの設置やチップ制
トイレの導入などの目標を定めており67、このうち不法投棄については不法投棄者を通報す
れば1万円の報奨金を出すことや HP で不法投棄の禁止を呼びかける対策が功を奏し、不法
投棄の件数は減少している68。
個別指標
項目
環境保全活動
数・参加者数
策定時
活動数:90回
目標
年度
平成22年
度
富士山総合環境保
全指針に掲げる取
組
目標値
活動数:270回
(平成11年度)
(現状の3倍程度)
参加者数:11,892人 平成22年
度
参加者数:35,000人
(平成11年度)
(現状の3倍程度)
富士山五合目以 8.77トン
上のゴミ収集量
(平成11年度)
毎年度
ゴミの量をゼロにす
ることを目指しま
す。
廃棄物の不法投 168トン
棄量
毎年度
不法投棄量をゼロ 内部環境の保全
にすることを目指し
ます。
(平成11年度)
生活排水クリー
49% 平成22年
ン処理率
(平成10年度)
度
環境にやさしいト
52% 平成22年
イレの普及率
(平成12年度)
度
富士山チップ制ト 一人当たりチップ額 毎年度 イレへの協力度
28円
(平成12年度)
富士山麓の廃棄物不法投棄の推移
保全運動の展開
出典:富士山ページ
(http://kankyou.pref.shizuoka.jp/shizen/fujisanpage/main_j.
78% 良好な水質の維
持
100% 内部環境の保全
html)
一人当たりチップ額
100円
(入り口の表示額)
出所:富士山ページ(http://kankyou.pref.shizuoka.jp/shizen/fujisanpage/main_j.html)より抜粋 エコツーリズム班作成
66 富士山ページ (http://kankyou.pref.shizuoka.jp/shizen/fujisanpage/main_j.html
閲覧))
67 富士山ページ、前掲
68 富士山ページ、前掲
24
(2005 年 11 月 21 日
だが、富士山では依然として土地所有関係が複雑化したままであることは事実である。
我々は、この状態が富士山における環境保全活動に悪影響を及ぼすと考えていることは3
−3−2や3−4−2などで述べたとおりである。次にもう一つの事例として森林管理で
の土地所有権分離が及ぼす影響を述べる。
3−5−2 森林管理の問題点
富士山の所有権の分割は森林管理においても問題を持つ。下のグラフが示すように富士
山には 60,591ha に及ぶ森林があるが、これらは国有地が 12,987ha、公有地が 24,631ha、私
有地が 22,973ha と分かれており69、これらの管理主体もそれぞれ異なる。すなわち、静岡県
側の国有林は林野庁が管理する70。また、民有林は個人や企業が所有する私有林と地方公共
団体が所有する公有林とに大別されるのだが、静岡県環境森林部と山梨県森林環境部、付
近の市区町村や組合、地元団体など 159 団体が管理している71。さらに、富士山の 8 合目よ
り頂上までは現在富士山本宮浅間大社が所有しているため、同社が富士山山頂部の管理を
行っている72。ここに森林管理の問題点が存在する。富士山における問題として不法投棄が
あるが、森林管理主体が場所ごとに異なるために、富士山全体で包括的な対策が取られて
いない。静岡森林管理局や山梨森林管理局が管理する国有林部分においては不法投棄者発
見者に報奨金を出す、HP で不法投棄禁止を呼びかけるなどの対策を行い、実際に不法投棄
の件数も減少している73。しかし、私有林部分においては具体的な対策は取られていない。
予算不足のためそのためパトロール隊による監視を行っている富士山クラブなど NPO やボ
ランティアに頼っているのが現状である。このため、バイオトイレ設置と同様に不法投棄
の政策が行いづらい。
富士山における土地所有面積割合
国有地
21%
私有地
38%
出所:環境省自然保護局『富士山地域公園管理計画
69
70
71
72
73
公有地
41%
ECO ウォッチング (http://www.natual.com/watch/ecowatching3.html(2005 年 11 月 21 日閲覧))
関東森林管理局、前掲
富士山 NET (http://www.fujisan−net.jp/index.php(2005 年 11 月 21 日閲覧))
富士山本宮浅間大社(http://www.fuji-hongu.or.jp/sengen/index.html(2005 年 11 月 21 日閲覧))
富士山ページ、前掲
25
第4章 エコツーリズムにおける先行事例
前章までに日本におけるエコツーリズムの広がり、そして富士山におけるエコツーリズ
ムの可能性について検討を行った。そこで本章では、国内、海外におけるエコツーリズム
の先行事例を見ていき、それらの先行事例を基に、次章で富士山でのエコツーリズムの導
入方法を検討する。
以下に挙げる先行事例は、環境保全のために税の導入、入場規制、ルールを教え観光客
に実施させるガイドの設置のいずれか、もしくは併用を行っている。ゆえに、ここでは各
事例がどのようなタイプの対策を行っているか注視していく。
4−1 小笠原諸島における先行事例
小笠原村と東京都は、平成 14 年 9 月、南島と母島石門一帯の適正な利用等のルール等
に関する協定を締結した。ルールは、いずれの地域にも適用される共通ルールと、それぞ
れの地域ごと利用経路や最大利用人数、最大利用時間などが設定された個別ルールに別れ
ている。本ルールは、自然環境保全促進地域(南島および母島石門一帯)の利用者を対象と
し、小笠原村と東京都が連携し、小笠原諸島における自然環境保全促進地域の適切な利用
を図ることを目的としている。共通ルール、個別ルールは以下のようになっている74。これ
を見ると、小笠原諸島ではガイドの設置と一部における入場規制という対策を行っている
ことが分かる。
| 共通ルール
1 東京都自然ガイドの指示に従う。
2 東京都自然ガイドは、その身分を表示する腕章等を着用する。
3 定められた経路以外を利用しない。
4 植物、動物、木片類、石など自然に存在するものはそのままの状態にする。
5 動物、植物、種子、昆虫などの移入種を持ち込まない。
6 動物にえさを与えない。
7 動物を驚かしたり、追い立てたりしない。
8 岩石などに落書きをしない。
9 ごみは捨てず、すべて持ち帰る。また、海へ投棄しない。
74
東京都 HP http://www.metro.tokyo.jp/ (2005 年 11 月 21 日閲覧)
26
||
個別ルール
名
称
南
島
母島石門一帯
利用経路
(地図にて掲示)
利用経路以外は立入禁止
(地図にて掲示)
利用経路以外は立入禁止
最大利用時間
2時間
設定しない
1日当たりの
最大利用者数
100人
(上陸1回当たり15人)
50人
(1回当たり5人)
制限事項
年3か月間の入島禁止期間の
鍾乳洞は立入禁止
設定
ガイド一人が担
当する利用者の
人数の上限
15人
5人
出所:東京都HP(http://www.metro.tokyo.jp/)よりエコツーリズム班作成
4−2 ガラパゴス諸島における先行事例
ガラパゴス諸島は、エクアドル本土から太平洋を約 1000km隔てて点在する諸島であり、
大陸とは異なる進化を遂げた様々な生物や植物が生息している。ガラパゴス諸島では、1969
年に商業目的の観光が始まり、その後の 1975 年には自然保護のための管理計画が施策され
た。諸島内に国立公園管理事務所が設立された翌年の事である。現在使用されているもの
は、1984 年に発表された基本計画が基礎になっているが、原則は施策当時のものと変わり
はない。このようにガラパゴス諸島は世界に先駆けてエコツーリズムを推進してきており、
入島及び滞在の際に極めて厳しいルールを設定している。すなわち、入島管理、入島ルー
ル、ビジターサイト、ナチュラルガイド制度の設定である。これらは既に、ガラパゴス諸
島の生物多様性と生態系の保全を目的とするガラパゴス特別法によって 1998 年より義務化
されており、違反した場合には法によって罰せられる。また、2003 年の統計では 1 年間に
ガラパゴスを訪れた観光客の総数は 90,533 人(70%が外国籍、30%がエクアドル籍)を数え
ている。これによりもたらされる入島料の経済的な貢献度は大きく、外国籍入島者だけで
も全員が大人と仮定した場合の総額は単純計算で約 629 万ドル(約 7 億円)に達し、ガラパ
ゴスの継続的保護・保全のための大きな資金源になっている75。ゆえに、ガラパゴス諸島で
は税の導入とガイドの設置という対策を講じている。
75
アートツアーHP(http://www.galapagos.co.jp/art/art.html)
27
入島管理
ガラパゴス諸島を訪れる12歳以上の外国人旅行者は、ガラパゴスへの到着時に一人当
たりUS$100を支払う。(エクアドル国民は6米ドル、南アメリカ居住者は
US$50・エクアドル在住の外国人留学生はUS$25)また、入島税の支払い後、検疫所
にて手荷物検査を受けなければならない。
入島ルール
全ての入島者は「触らない」「移動しない」「持ち込まない」「持ち出さない」を基本と
したルールの遵守が求められる。
ビジターサイト
入島者には上陸できるビジター・サイトが定められている。またビジター・サイト以外
への上陸には国立公園局への申請と許可が必要になる。
ナチュラリストガイド制度 諸島内の観光では、ナチュラリスト・ガイドと呼ばれる公認ガイドの案内がなければならない。
出所:アートツアーHP(http://www.galapagos.co.jp/art/art.html)よりエコツーリズム班作成
4−3 ホイットニー山における先行事例
アメリカのシエラネヴァダ山脈のインヨー国立公園内にあるホイットニー山は標高は
4418m でアラスカ、ハワイを除くアメリカ合衆国大陸部で最も高い山である。カリフォル
ニア州にあり、1873 年に Charles Begole、A. H. Johnson、John Lucas が最初に登頂した。し
かしながら、近年その美しさゆえ登山者が非常に増えたため、自然保護・景観保護の観点
からかなり厳しい入山制限が行なわれている。
入山規制の方法はくじ引きのシステムである。
「Any hiker intending to enter the wilderness
on the Main Mt. Whitney Trail should apply during the lottery. 76 」「The lottery system was
established in 2000 to effectively handle the immense popularity of this route and increase the
fairness of the permit system.77」(ホイットニー山に入山する全てのハイカーの内はくじに応募
しなければならない、そのくじ引きのシステムはその大きな人気に対処するために 2000 年
に始まり、極めて大きな公平性を持つシステムである。)そして、
「If you are entering this zone
at any point during your trip, regardless of whether you are traveling on the Main Mt. Whitney Trail,
the $15/person reservation fee applies to you.78」
「Ninety-five percent (95%) of all fees collected in
these areas stay on the Inyo National Forest in support of management and administrative
functions.79」
「The majority of fees are reinvested at the site where they were collected to operate,
maintain and enhance service, such as trails, toilet facilities, boat ramps and interpretive exhibits. 80」
(インヨー国立公園内にあるホイットニー山に入る場合は登山道を通る通らないのいかん
に関わらず一人につき$15 を徴収し、集めた 95%の料金はインヨー国立公園の管理と運営
のために使われる。料金の多くは公園内のインフラの運営、管理、そして登山道やトイレ、
ボートのランプ、外国人向けの看板など向上に使われる。) なお、日帰りのハイキングで
76
77
78
79
80
Inyo national park HP(http://www.fs.fed.us/r5/inyo/recreation/index.shtml)
Inyo national park HP
Inyo national park HP
Inyo national park HP
Inyo national park HP
28
あっても、ホイットニー山域(whitney zone)への入山はくじに当選する必要があり、1 日あ
たり宿泊者 50 人、日帰 120 人のみが当選の上限とされている。よって、ホイットニー山で
は税の導入と入場規制という対策を取っていると言える。
4−4 ミルフォード・トラックにおけるエコツーリズム
ミルフォード・トラックは、ニュージーランドの南島にある「世界一美しい散歩道」と
言われる、全長 54 キロのトレッキングコースである。トラック上には、全域が世界遺産(自
然遺産:「テ・ワヒポウナム」)に指定されているほど豊かな自然が残っており、それを保
つために DOC(環境保護局)は厳しい入山規制を敷いている。現在、1 日に入山できる人数
はインディペンデントウォークが最大 40 人、
ガイドウォークが最大 48 人に限られている。
インディペンデントウォーク(DOC 管轄)は、言いかえれば個人ウォークで、3 泊 4 日と決
められた行程を、山小屋で使用する寝袋などの装備と食料を自分で持って歩く。それに対
し、ガイドウォークは出発直前にザックと雨具の貸与、そして山小屋では食事や寝具を提
供されるため、ガイドウォークでは軽装で3泊4日の行程を歩くことができる。なお、イ
ンディペンデントウォークとガイドウォークはそれぞれ違った山小屋を利用し、どちらの
ウォークも同じ山小屋に連泊することはできないために、入山者は気象条件が悪くても次
の山小屋に向かわなければならない。なお、インディペンデントウォークには、
「There is a
non refundable deposit of NZ$105 per person (for hut passes) plus booking fee payable at time of
reservation.81」(1 人につき NZ$105(=約 8000 円)82)の払い戻しのできないデポジットと予約
金がある。) また、ガイドウォークには以下のように時期、プライベートルーム(トイレ・
シャワー付2人部屋)の有無によって大人 1 人につき NZ$1590∼2100(=約 12∼16 万円)が
係り、これらの一部はミルフォード・トラック内の自然保全費用に充てられる。ゆえに、
ミルフォード・トラックにおいては税の導入、入場規制、ガイドの設置という対策を講じ
ているのである。
Milford Track - Prices 2005-2006 Season
Low season
1 November 2005 - 30 November 2005 Adult
NZ$1590.00
and 1 April 2006 - 18 April 2006
Child
NZ$1050.00
High season
1 December 2005 - 31 March 2006
Adult
NZ$1750.00
Child
NZ$1050.00
Private Rooms with Bathroom
Low Season
NZ$1940.00
High Season
NZ$2100.00
single suppliment:$350.00 (applies to private rooms only)
出所:Ultimatehikes HP( http://www.ultimatehikes.co.nz/welcome.asp)
81
82
Gaytravelnet HP http://gaytravelnet.com/nz/index.html(2005 年 11 月 21 日閲覧)
2005/08/21 現在のレート(1NZ$=¥76.91)を適用。
29
第5章 富士山におけるエコツーリズムの改善策
本稿におけるこれまでの議論を総括すると、第1章で富士山におけるエコツーリズムに
必要な要素は①持続可能な資源の利用、②過剰消費傾向や消費の抑制、③ガイドの利用、
④観光客への教育と学習、と挙げられたのに対して、第2章ではその為のルール設定、広
報と情報の提供、ガイドの質的な向上等が必要だとした。第3章では、五合目以降は清掃
活動と市民の意識向上により、ゴミが殆ど見られなくなったとしながらもそれ以外の場所
では未だ廃棄物が見られる場所があること、バイオトイレの完全導入に対する資金問題、
不法侵入車(オフロード車等)や不法伐採に対する監視体制の欠如等の課題が挙げられた。
そして、それらの解決を妨げる根本的問題として、富士山地域の土地所有関係が非常に複
雑化していることを指摘し、富士山一元管理の必要を確認した。第4章では、国内外のエ
コツー事例ではガイド、入山規制(入場規制、入山料の徴収)、観光者に対する厳しいルー
ル等対策を指摘した。第5章ではまず土地所有権複雑化の問題を解決するために討議の場
「富士山管理委員会」を設けることを提言する。そして、環境税、入山料を利用して資金
面の問題を改善し、ガイドの導入と広報の活用により観光者の啓蒙・教育活動を行うこと
を挙げる。
5−1 政策主体間での討議場「富士山管理委員会」の設置
前述したように、マイカー規制による環境税の導入でも静岡県と山梨県、双方の県で政
策がバラバラで環境税が十分に効力を発揮するとは言い難い現状があった。これに対し、
先述の全ての先行事例は公園管理者が土地を所有しているために徹底した対策が行われて
いる。ゆえに、富士山の管理主体を一元化し、その上で徹底した対策の推進することが必
要である。
富士山の管理権の分裂の問題点は、国有・民有などの所有形態に関わらず、実際的に統
一して規制がなされるべき資源が、現時点においてはそのように管理・運営されておらず、
そのための制度も整っていないことにあった。すなわち、地域の限られた水資源や森林資
源を適正に保全・分配する地域共通の仕組みがないことから、富士山において様々な環境
問題が引き起こされていると考えられるのである。そして、所有権複雑化の問題を解消し
包括的な政策を行うためには、富士山における意思決定主体および政策主体の一元化を実
現することが不可欠であることも明らかになった。
富士山の環境政策に決定的に欠けているのは、統一的政策機関である。アメリカやオー
ストラリアなどの国立公園は「営造物制」といい、公園の管理者、アメリカであれば国立
公園局という国立公園行政を組織的・一括的に行う政府機関が、公園地域のほとんどすべ
ての土地所有権を持っている。公園のレンジャーはピストルを持ち警察権があり、交通違
反の取り締まりもできる。
一方、日本の国立公園は「地域制」といい、国が土地所有権もたなくても国立公園地区
として地域を指定し、一定の行為に対して法的規制をすることができる。しかし、国立公
30
園内には普通に住民が住んでいて、私有地が多いため土地所有権は非常に複雑化しており、
公園管理にあたっては公園区域内の住民の財産権・各種産業との調整を図る必要がある。
しかし、土地所有権の複雑さから生じる問題を国立公園内のすべての土地を国が買取るこ
とによって解決しようというのは、財政的に見ても、また予想される地域の反対を考えて
も非現実的である。
そこで、富士山の適正管理にむけた第一歩として、当事者間の話し合いの場「富士山管
理委員会」設置の必要がある。土地所有権の複雑化しているという現状を直ちに変えるこ
とはできないにしても、関係する地域の土地所有者が一同に集まって共通の問題について
討議を行い、合意を形成し、その会議で決定されたことが実際的拘束力を持つような場を
設定ことは可能である。
富士山の持続的な管理を行う一元化された政策組織として本稿が想定する「富士山管理
委員会」は、多様なステイクホルダーの意見を汲み取り、同時に公権力と直接的経済的利
害関係者から独立した形の、執行、準立法(規則制定権)および準司法 (裁判所の前審とし
ての紛争処理の役割)的権限を持った独立行政委員会のような組織が望ましいだろう(富士
山管理委員会概念図参照)。
意思決定における当事者間の話し合いの場が重要であることの理論的基礎はハーバーマ
スが「public sphere」として論じている。
「public sphere」はわが国では「公共空間」「公共圏」
と訳されている。
public sphere という空間において、社会的問題は人々の討議によって政治システムの中で
議論できるように変形される。まず、それぞれ異なる主観性を持った人々がある問題を発
見する。それから彼らは集まりその事柄について議論を行う。そして、最終的に彼らの意
見はある合意に達し、その選ばれた見解は政治システムに送り出され、政策決定の圧力と
なる。
public sphere は自由で民主主義的な社会がうまく機能するために不可欠なものである。
public sphere が出現するのは、人々がある条件の下で議論を行うときである。その条件と
は、
1、議論を行う人々が互いに社会的に対等であること。
2、単一であるが多様で幅広い主体・意見が集まる、総合的な議論の空間であること。
3、単なる議論のための議論は制限され、また私的な利益・関心が表現されることは忌避
される、公共の事柄についての討議が行われる場であること。
民主主義社会においては、公共の事柄に関する議論は常にすべての人に開かれているべ
きで、その議論のための空間が制度的に確保されていなければならない。
ハーバーマスは、
「討議」を重視し、理想とする批判的公共圏の成立のためには「政府か
ら独立的で、かつ党派的な経済勢力からも自律性を確保された公論の場」と「合理的な論
争、利害関係にとらわれず、偽装あるいは操作されていない討論、に一般市民が自由に参
加できる」ことが必要であり、ここからその集団の進むべき方向を決定する理性に基づい
た合意が作り上げられると考えるからである。
31
富士山管理委員会概念図
富士山管理委員会の役割
ステークホルダー間の
①自由な話し合いの場(public sphere 論を元に)
②情報公開の場(情報公開は自由討議の前提)
③合意形成の場
→合意遵守のモニタリング制度
④規則制定の場
→強制力あるルール、罰則
⑤関係者間紛争処理の場
→中立的裁定
32
国立公園の管理は自然公園法に基づいて行われているが、現行の自然公園法のもとでわ
れわれが想定するような富士山の一元管理組織「富士山管理委員会」を実現することはで
きるのであろうか。
そこで、平成 14 年の改正で新たに設けられた公園管理団体制度を活用し、
「富士山管理
委員会」を公園管理団体に指定することが考えられる。公園管理団体制度とは、国立公園
について言うと、環境大臣の指定を受けることによって公益法人や特定非営利活動法人が
国立公園における特定の業務を国にかわり行うことができる制度である。公園管理団体は
自然公園法第三十八条に基づき、
一
風景地保護協定に基づく自然の風景地の管理その他の自然の風景地の保護に資する
活動を行うこと。
二
国立公園又は国定公園内の施設の補修その他の維持管理を行うこと。
三
国立公園又は国定公園の保護とその適正な利用の推進に関する情報又は資料を収集
し、及び提供すること。
四
国立公園又は国定公園の保護とその適正な利用の推進に関し必要な助言及び指導を
行うこと。
五
国立公園又は国定公園の保護とその適正な利用の推進に関する調査及び研究を行う
こと。
六
前各号に掲げる業務に附帯する業務を行うこと。
を行うことが認められる。
国立公園の利用調整地区83の区域内に立ち入るには許可が必要84であるが、その許可業務
も、指定認定機関に認定されればこれも公園管理団体が行うことができ、85また立ち入り許
可証の交付には実費を勘定して手数料を取ることが認められている86。手数料は、実質的に
83
自然公園法 第十五条 (利用調整地区)
『環境大臣は国立公園について、都道府県知事は国定公園について、当該公園の風致又は景観の維持とそ
の適正な利用を図るため、特に必要があるときは、公園計画に基づいて、特別地域内に利用調整地区を指
定することができる。
』
84
自然公園法 第十六条(立入りの認定)
『国立公園又は国定公園の利用者は、利用調整地区の区域内へ前条第三項に規定する期間内に立ち入ろう
とするときは、次の各号のいずれにも適合していることについて、国立公園にあっては環境大臣の、国定
公園にあっては都道府県知事の認定を受けなければならない。 ・・・・・
認定を受けた者は、当該利用調整地区の区域内に立ち入るときは、第四項の立入認定証を携帯しなければ
ならない。
』
85自然公園法
第十七条(指定認定機関)
『環境大臣は国立公園について、都道府県知事は国定公園について、その指定する者(以下「指定認定機関」
という。) に、前条に規定する環境大臣又は都道府県知事の事務(以下「認定関係事務」という。) の全部
又は一部を行わせることができる。
』
86
自然公園法 第二十三条 (手数料)
33
入山料と同じ効果を持つから、利用調整地区の設定を工夫することで、現行法においても
入山規制と収入確保は可能であると考えられる。
しかし問題は、国立公園の公園管理計画の決定が環境大臣の権限であり、環境大臣はた
だ関係都道府県および政府審議会の意見を聞くことだけを現行法では求められていること
である87。これは、国立公園に関する公園事業が基本的には国の権限であるとされているこ
とによるが88、これでは「富士山管理委員会」が自律的に公園管理計画を決定し時期にあっ
た規制を設けることができないだろう。富士山管理委員会での合意・決定事項が政府の審
議会で覆される可能性もある。また、不法廃棄物の投機を摘発するような取締り権限も不
明確である。自然公園法には開発や私的財産を尊重すべしという規定があるが89、今後はよ
り環境を重視した保全政策が行われる必要がある。
したがって、
「富士山管理委員会」の政策一元性と独立性を確保するためには、現行法以
上の権限を管理団体「富士山管理委員会」に付与する、新たな法的制度の整備が不可欠で
ある。
5−2 環境税、入山料、ガイド、そして広報の利用
「富士山管理委員会」が実現された後に特に重要だと思われる、富士山におけるエコツ
ーリズム実現のための具体的政策について述べて本稿の締めくくりとしたい。
『国立公園について第十六条第一項の認定又は同条第五項の立入認定証の再交付を受けようとする者は、
実費を勘案して政令で定める額の手数料を国(指定認定機関が認定関係事務を行う場合にあっては、指定認
定機関)に納めなければならない。
2 都道府県は、地方自治法 (昭和二十二年法律第六十七号)第二百二十七条 の規定に基づき第十六条第
一項 の認定又は同条第五項 の立入認定証の再交付に係る手数料を徴収する場合においては、第十七条の
規定により指定認定機関が行う認定又は立入認定証の再交付を受けようとする者に、条例で定めるところ
により、当該手数料を当該指定認定機関に納めさせることができる。
3 前二項の規定により指定認定機関に納められた手数料は、当該指定認定機関の収入とする。
』
87
第七条(公園計画及び公園事業の決定)
『国立公園に関する公園計画は、環境大臣が、関係都道府県及び審議会の意見を聴いて決定する。
2 国立公園に関する公園事業は、環境大臣が、審議会の意見を聴いて決定する。
3 国定公園に関する公園計画は、環境大臣が、関係都道府県の申出により、審議会の意見を聴いて決定
する』
第八条 (公園計画及び公園事業の廃止及び変更) 『環境大臣は、国立公園に関する公園計画を廃止し、又
は変更しようとするときは、関係都道府県及び審議会の意見を聴かなければならない。
』
88
自然公園法 第九条 (国立公園の公園事業の執行)
『国立公園に関する公園事業は、国が執行する。
2 地方公共団体及び政令で定めるその他の公共団体(以下「公共団体」という。)は、環境大臣に協議し、
その同意を得て、国立公園に関する公園事業の一部を執行することができる。
3 国及び公共団体以外の者は、環境大臣の認可を受けて、国立公園に関する公園事業の一部を執行する
ことができる』
89
自然公園法 第四条 (財産権の尊重及び他の公益との調整)
『この法律の適用に当たっては、自然環境保全法 (昭和四十七年法律第八十五号)第三条 で定めるところ
によるほか、関係者の所有権、鉱業権その他の財産権を尊重するとともに、国土の開発その他の公益との
調整に留意しなければならない。
』
34
広報・情報提供、ガイドの導入とその質的向上、バイオトイレ完全導入、不法行為のモ
ニタリング、そして何よりも富士山管理委員会運営に随伴する費用を賄う為に相当な資金
が必要となることは論を待たない。それを環境税の利用と入山料徴収、そして観光業者か
らの徴収の導入により解決すべきではないだろうか。
廃棄物不法投棄の問題では、行政にそれらを完全に回収・処分するだけの十分な予算が
ないことが問題点としてあるが、環境税で得られた資金をすでに投棄されているゴミを回
収する費用に充てることもできる。ここで環境美化が改善されることによって、何もしな
ければ起こっていただろう投棄を視覚的に未然に防止する効果も持つはずである。これは
環境犯罪学でも立証されていることであるが、一度きれいになった場所はこれからもきれ
いに使おうと、人間の心理に訴えることもできるというわけだ。このように環境税は、最
終的には環境保全のために使われるべきである。登山者の環境意識に直接・間接的に訴え
ていく政策が肝心ではなかろうか。
入場規制を行えば、ホイットニー山やミルフォード・トラックのように環境保全を行う
ことができるだろう。そして、入山料徴収を始めることにより公園利用者に富士山の美化
に多大な労力がかかることを認知させられることが可能である。入山料徴収は、法律で定
めなければ登山者が納得しないという議論がある90。自然公園法の特に 16 条と 23 条を操作
して入山料徴収義務化の立法をするのも一つの手である。
入山料徴収よりフィージビリティーが高いと思われる政策は、観光業者から保護料金を
徴収することである。NPO 法人富士山総合研究所事業統括の渡辺氏は、方法として旅行の
定款に 100 円ぐらいの代金を富士山の保護に為に利用することを明記することを提案して
いる91。彼は、富士山に向かう途中のシャトルバスの中でその旨を説明する事を提案してい
る92。直接徴収するよりは旅行代金にごく低額含めた方が登山者の抵抗も少ないだろう。
次に、登山者の環境意識向上の為にガイド・広報等を通じて啓発することが必要である。
現在、富士山の状況は劇的に改善しつつある。しかし近年、1 合から 5 合や山麓を利用して
登る人が増えていることから新たな問題発生の予防、高山植物の破壊・盗難防止、ゴミを
持ち帰ること、入山料徴収の重要性を説明するアカウンタビリティー等といった理由でガ
イド・情報提供による教育が必要だと思われる93。ガイドの設置にはガラパゴス諸島や小笠
原諸島の事例のように観光客への観光教育とモニタリングが企図されている。また、その
効果はそれらの事例によって証明されており、違法伐採や違法侵入車への対策としてもう
ってつけである。さらに、それらの事例では通常、現地の人々はガイドを勤め、給料を貰
っているために、ガイドの設置は現地の人間にとってもメリットのあることと言える。注
90
日本政策フロンティア http:www.jpf.gr.jp/news/news040806.html (2005 年 11 月 15 日閲覧)
同上、日本政策フロンティア、5 頁
92同上、日本政策フロンティア、5 頁
93 南関東地区国立公園・野生生物事務所『富士箱根伊豆国立公園 富士山地域管理計画書』環境庁自然保
護局、2000 年
91
35
意点はガイド自体の教育が必要という点である。2 章で述べられているような悪質なガイド
出現を阻止し、自然・登山者保護、健全なガイド市場を成長させる為にほかならない。先
述したようにシャトルバス内で説明することも利用価値の高い方法であろう。
36
おわりに ∼本稿の要旨と結論∼
本稿は、エコツーリズムを日本全体で普及・発達させる為には、日本の象徴である富士
山を成功事例のモデルとするのが最善である、との着想の下で論究を始めた。まず第1章
では、盤根錯節した観を呈するエコツーの概念を整理しようと試みた。結果、(マスツーリ
ズムによる地域住民の意向・文化・環境破壊等の欠陥に対抗する為に勃興した)エコツーの
定義を、本稿では「持続可能であり、地域全体の厚生水準を最大化する観光形態」とした。
そして、富士山を事例にすることを鑑みると「持続可能な資源利用、ガイドの利用、観光
客への教育と学習」が重要ではないかと考察した。
第2章では、日本政府がエコツーに対してどのような視座をもっているかを報告した。
経済産業省は、海外旅行に比べて伸び悩む国内における旅行者を増加させることが、国内
産業活性化の為に肝要だとした。内閣の地域再生本部(平成 15 年設立)は、国外旅行者の誘
致を図るには、地域が主体となってルール・マニュアルの作成、景観の向上、地域文化・
産業の復活が重要だという。環境省による「第 1 回エコツーリズム推進会議」では、エコツ
ーの推進方策として「エコツーリズム憲章の策定」(地域固有文化の享受、環境への負荷軽
減、地域経済・社会の活性化)、「エコツーにおける優良事業者顕彰の仕組みづくり」、
「エ
コツーモデルの先進事例をつくる」
、
「エコツー推進マニュアル(ルール作り、ガイダンス=
自然や文化に関する詳細の説明)作成」の 4 つが掲げられた。推進会議では、今後の課題と
して「エコツー概念の普及」
、
「大規模な広報による消費者の意識改革」
、
「旅行者のエコツ
ーへの誘導」
、
「ニーズに応じたエコツー情報(旅行の準備方法、優良ツアーの推奨等)の提
供」
、
「ガイドの質的向上」
、
「エコツー推進関連の規制緩和」、
「エコツーによる地域経済活
性化」
、
「環境の保護管理」が残されているとされた。
第3章では、政策提言の対象となる富士山を取り巻く環境の歴史的経緯と現状をまとめ
た。
「富士山地域観光客数は約 3093 万人(平成 11 年)」という例に挙げられているように富
士山を取り巻く観光産業が日本経済にもたらす利益が高い。しかし近年まで、市民意識の
未成熟と観光業者・行政の怠慢あるいは失敗により、負の側面である廃棄物汚染・大気汚
染・水質汚染等が進行していることに目が向かなかった。そこに「日本の象徴である富士
山が世界遺産の候補にさえも選ばれないのはおかしい」と感じた地元住民を中心とする
人々が、環境汚染、景観の荒廃等の改善に取り組もうという動きが隆盛し始めた。その結
果、現在では登山者のマナー改善、清掃活動の活発化、バイオトイレ普及等により「五合
目以降は殆どゴミが見られない」という段階まで回復したのである。だが、本章では、産
業廃棄物等による汚染、不法伐採・侵入に対するモニタリングの欠如、バイオトイレの導
入に伴う資金面のマイナス、管理一元化の未達成(新たな問題が発生した時に対応が遅延、
トイレ管理費を誰が賄うか、環境税をいかに利用するか、森林管理・ゴミ処理の包括的な
対策をどうするか)をいかに克服するか等が問題だと指摘した。
第4章では、エコツーの先行事例として、小笠原諸島、ガラパゴス諸島、ホイットニー
37
山、ミルフォード・トラックを取り上げた。それらの事例では、エコツーを達成する為に
はガイドの活用・入場規制・厳しいルール、資金問題では観光客からの入山料・環境税の
徴収による克服が主に挙げられていた。
我々は、前章までの議論を勘案して「広報・情報提供、ガイド導入とその質的向上、不
法行為のモニタリング、その他運営費等に関連する資金問題」
、
「登山者・一般人への更な
る啓蒙の必要性」
、
「富士山の管理一元化不達成」の 3 点が主要な課題だと断定した。第5
章の政策提言では、資金面の問題を解消する為の「環境税と入山料の効果的な利用」
、一般
人全体への意識向上を図るよう「ガイド導入・広報活用による教育・啓蒙活動」
、そして所
有権複雑化の問題を改善する為に「ステイクホルダー間での討議の場」が必要だとした。
反省点として挙げられるべきことは、富士山に関する情報の絶対的不足に尽きる。例え
ば、バイオトイレが 2007 年に完全導入されるというが、どのように資金を賄う予定だった
のか、大気や水質の汚染が現在どの程度なのか、等が明らかでないまま議論を展開してし
まった。今後の研究でそれらを解明する予定である。
2005 年 11 月 22 日
大栗川の河川敷にて
38
あとがき
中央大学環境問題研究会では、一般に鵜呑みにされている情報を疑うことを忘れず、実
践の前に、必ず批判的研究のステップを踏むことを一つの重要なモットーとしている。
・岩井朋之
第3章と第5章を主に担当した。当初文献や資料の情報をベースにして執筆したが、後
に現地の情報と根本的な議論の齟齬があることに気づいた。結果、大幅な方向転換を余儀
無くされたことは記憶に新しい。プライマリーソースとして現場の意見を早い段階で汲み
取るべきであったと反省している。
・原英智
第5章を主に担当した。環境保全に関わる制度や土地所有関係が非常に複雑化しており
地域全体での統一的な環境保全措置が妨げられていることから、富士山を一元管理する必
要を述べた。さらに自由な討議合意形成の場、規則制定の場、関係者間紛争処理の場とし
て「富士山管理委員会」という、新たな枠組みを提言した。富士山に関する資料は入手が
難しく、富士山管理計画書は実際に環境省に足を運び入手せねばならなかった。自由な討
議による合意形成の前提として、インターネットなど誰にでもアクセス可能な形で情報公
開がなされている必要があるだろう。
自分は富士山のふもとの街で育ったが、富士山の環境問題にこれまでほとんど関心がな
かった。地球温暖化などメディアで頻繁に取り上げられる環境問題だけでなく、今後はよ
り身近な環境問題にも目を向けて生きたい。
・三宅祐哉
第4章を担当した。前章までで明らかになった富士山における管理主体の問題点を比較
し、具体的な政策を立案するために国内外で行われているエコツーリズムの先行事例を紹
介し、管理主体の一元化の必要性を述べた。この論文が富士山でのエコツーリズム実現に
寄与できれば幸いである。
・矢島宏章
第2章を主に担当した。半年間エコツーリズムというテーマを調査してきたが、このエ
コツーリズムという言葉自体が概念的に新しく誕生したばかりで、参考文献やデータがあ
まりなかった。定義を例に挙げてみても、研究者間で意見に相違があり、共通の定義が存
在しない。研究されていない部分がまだ多く残っているともいえる。また、このエコツー
リズムは、
「持続可能性」という世界的な課題にも合致するといえよう。経済発展の代償の
形で現れてきた、
「環境」と「経済」の両立という問題に貢献できる可能性はあるのではな
39
いだろうか。確かに、現実的な問題としては、環境破壊・資源消費することなしに経済発
展することは無理であるが、環境への負荷を最小限にとどめる政策を実施する努力はする
べきである。この視点から考えてみれば、環境と経済という極端にある要素を両立させて
いく手段として、エコツーリズムは非常に有効である。先に述べたように、エコツーリズ
ムは未開拓の部分が存在する。したがって、この観光政策を実行に移すには研究がまだ不
十分である。エコツーリズムを有効に、そして確実に実施するにはさらなる研究が必要で、
今後もさらに注目を集めることになるかもしれない。
・渡辺靖久
主に第1章を担当した。本稿で言及したように、エコツーリズム、富士山の環境保全を
はじめとして広く環境問題を考えるときには持続可能性がキーワードになる。将来世代の
ニーズも満たしつつ現代世代はすごさなくてはならないという。どうしてわざわざ次の世
代のことまで考えなければならないのかという疑問があるかもしれないが、見えないこと
を考える想像力こそが学問をやる上で当然であり必要不可欠のことではないだろうかと思
う今日この頃であった。
補論
世界遺産登録の為の富士山環境保全
環境シンポジウム本番では議論をより簡潔に理解してもらえるように議論筋道を全体的
に変更した。また世界遺産登録を達成してからエコツーを行う方が合理的だというのも一
考の余地がある。以下に簡単な要旨を挙げておく。
富士山の世界遺産登録は環境保護の維持、観光客の増加が期待できるので有効だと言え
る。世界遺産登録の為には環境保全対策が必要だが、現在は管理主体が統一されていない
為に効果が十分ではない。それゆえ国や県等の主体が参加し、現行法以上の権限を持つ管
理主体「富士山管理委員会」設置を提案する。
40
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43
資料
日本エコツーリズム協会による定義
前文
日本はもとより国際的にもエコツーリズムに関する確立した定義がない現状に鑑み、当日
本エコツーリズム協会は次のように考え、その健全な普及と推進を図ります。
本文
エコツーリズムとは、
①自然・歴史・文化など地域固有の資源を生かした観光を成立させること。
②観光によってそれらの資源が損なわれることがないよう、適切な管理に基づく保護・保
全をはかること。
③地域資源の健全な存続による地域経済への波及効果が実現することをねらいとする、資
源の保護+観光業の成立+地域振興の融合をめざす観光の考え方である。それにより、旅
行者に魅力的な地域資源とのふれあいの機会が永続的に提供され、地域の暮らしが安定し、
資源が守られていくことを目的とする。
付記
<上記エコツーリズムの概念を定義付けするにあたっての考え方>
①エコツアーとは、こういったエコツーリズムの考え方に基づいて実践されるツアーの一
形態である。
②エコツーリズムの健全な推進を図るためには旅行者、地域住民、観光業者、研究者、行
政の5つの立場の人々の協力がバランス良く保たれることが不可欠である。
③環境の保全を図りながら観光資源としての魅力を享受し、地域への関心を深め理解を高
めてもらう手段としてのプログラムがつくられるべきであり、地域・自然・文化と旅行者
の仲介者(インタープリテーションの能力を持ったガイド)が存在することが望ましい。
社団法人日本旅行業協会における定義
当協会は、次の要素が一つでも入っている自然観察主体のツアーで、 環境への悪影響を最
小に押さえる努力が示され、訪問先に経済的 社会的な貢献があれば、そのツアーをエコツ
アーと呼ぶこととしたい
1)旅行者の教育
旅行前の準備、旅行中の説明、旅行後のフォローアップ
デスティーネーションと資源の詳細情報
行動範囲、倫理規範、ガイドライン、助言
2)絶滅に瀕した動植物の保護
野生動物を守るレンジャーや研究者への支援
違法な土産販売の阻止
3)文化・歴史的環境保全への貢献
44
金銭、現物の支援、ボランティア活動
4)専門ガイドの利用
特別に訓練された添乗員、現地ガイド
自然及び地域文化のインタープリテーション
地域住民との対話のある案内
5)地元社会の利益
地元製品・サービスの利用
商品企画、手配における連携協力
地域社会への金銭的その他の寄付
6)ゴミの削減と最小限のインパクト
社内及びデスティネーションでのゴミ削減プログラム
エネルギー節約
エコロッジの利用
日本自然保護協会による定義
旅行者が、生態系や地域文化に悪影響を及ぼすことなく、自然地域を理解し、鑑賞し、楽
しむことができるよう、環境に配慮した施設および環境教育が提供され、地域の自然と文
化の保護・地域経済に貢献することを目的とした旅行形態
旅行者の役割
(エコツーリスト)
エコツーリストとしての自覚を持つ
自然と地域文化への敬意
生態系の一員としてふるまう
地域の伝統、経済に悪影響を与えない
ガイドの役割
(ツアーオペレーター)
環境倫理を身につけたガイドになる
自然と地域文化の理解と解説
自然へのローインパクトの指導
地域文化との摩擦を防ぐ方法の指導
送り手の役割
(旅行会社)
エコツーリズムのデザイナーとしての責任
自然と地域文化に配慮した旅行デザイン
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旅行者、ガイド、地域のコーディネート
保護地域あるいは地域への利益の還元
受け手の役割
(自然公園、宿泊施設 etc.)
自然と地域文化への誇りを持つ
自然の収容力、環境への影響に配慮した施設
旅行者および住民に対する環境教育の提供
保護地域や住民に対する利益還元のシステム
リポート
英国のナショナル・トラスト
ナショナル・トラスト運動はエコツーリズムの先進事例である。
1995 年に創設 100 周年を迎えた英国ナショナル・トラスト協会は、正式には「歴史的名
称及び自然的景勝地のためのナショナル・トラスト」(The National Trust for Places of
Historic Interest of National Beauty)という。
「ナショナル」とは「国家の」あるいは「国
立の」というのではなく、
「国民の」という意味である。国民のために国民自身の手で価値
ある美しい自然と歴史的建造物を入手し、保護管理し、公開するという意味で「ナショナ
ル」なのである。
2004 年現在、英国ナショナル・トラスト協会の会員数は前年比 54 万人増の 327 万人、
トラストの管理する景勝地・名所・旧跡などを訪れた観光客は 1360 万人、総収入は
295,014,000 ポンド(約 583 億円)、うち会員費 84,212,000 ポンド(約 166 億円)、総支出は
281,032,000 ポンド(約 555 億円)。251,223 ヘクタールの土地と 970km の海岸線を保護下
に置く、英国最大の自然保護団体で、同国きっての民間地主である。(注:以下のポンド・
円換算は平成 17 年 8 月 16 日東京外為市場の終値、1 ポンド=197.60 円(約)で計算)
また訪れた観光客のアンケートによる満足度は enjoyable/very enjoyable が 96%と非常
に高く、その徹底した景観の管理は有名である。城や村、庭園、邸宅、牧場、海岸線、産
業記念物(Industrial Monument)、運河、帆船、蒸気機関車などのほかに、休暇用コテージ
やティールーム、レストランなども所有し、劇団や芸術基金、多くの雇用プログラムを運
営、観光ハンドブックや雑誌を刊行する。
1 英国ナショナル・トラスト誕生の歴史的背景
イギリスでは(1)16 世紀以降の重商主義政策やマニュファクチュアの発達による資本の蓄
積、(2)植民地戦争の勝利による広大な市場の確保、(3)第 2 次囲い込み(エンクロージャー)
による安価な労働力の発生、(4)科学・技術水準の高さ、(5)鉄・石炭などの豊富な資源、(6)
市民革命による経済活動の大幅な自由、などの条件が整ったことにより、18 世紀後半から
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世界に先駆けて産業革命が始まった。
それとほぼ平行して、18 世紀後半から 19 世紀初めにかけて、共有地(開放農地、コモン)
の第 2 次囲い込み(エンクロージャー)が進行した。16 世紀の第 1 次囲い込みは、毛織物市
場が拡大したので牧羊のため共有地を領主や地主が小作人から取り上げて、生垣や堀で囲
い込んだ非合法なものだった。これに対し第 2 次囲い込みは、都市の工業労働者の人口増
加による穀物需要の増大に応じるため、食料増産を目的に議会・政府が奨励する合法運動
として大規模に行われ、農業資本家が地主から土地を借りて農業労働者を雇う、資本主義
的大規模農場経営を成立させた。囲い込みにより土地を失った農民が低賃金労働者になる
ことによって、産業革命がさらに促進された。
19 世紀にはいると工業が飛躍的に発展し、工場制機械工業を土台とする近代資本主義が
確立していく。当時のイギリスは先進工業国として世界経済を支配し、
『世界の工場』と呼
ばれるまでになった。しかしそのために都市への人口集中は進み、開発の波によって美し
い自然や歴史的遺産が次々に破壊されていった。19 世紀後半から 20 世紀のはじめにかけて
の 15 年間にイギリス全土でさらに 50 万エーカー、約 20 万ヘクタールの農地と林が消えて
いったのである。
共有地を新たな開発のために囲い込むという動きに対する抵抗運動として、
「共有地保存
協会」が 1865 年に、
「古建築物保存協会」が 1877 年に設立され、コモンの囲い込みと歴史
的環境の破壊に反対する運動が続けられたのだが、所有権絶対の時代においては土地所有
者が土地を何に使おうと誰に売却しようとそれは所有者の自由勝手であり、開発を抑制す
るのはむずかしく、国民への啓蒙活動が中心であったそれらの運動にも限界があった。
そこで、単なる啓蒙のためのボランタリーな団体ではなく、国民の利益のために土地と
建物を買い取り国土のオープンスペースを保護する、確固とした法的・財政的基盤を持つ
法人組織の土地所有団体として、ナショナル・トラストが構想されたのである。
2 英国ナショナル・トラストの制度的特徴
ナショナル・トラストは 1895 年に会社法に基づく非営利法人として発足した。当初の会
員は 700 名。その後会員数は 1940 年:約1万人、1950 年:3 万人、1960 年:10 万人、
1970 年:25 万人、1980 年:100 万人、1995 年:225 万人、2004 年 327 万人と推移して
いる。環境問題が世界的に注目され、自然・文化遺産の保護の機運が高まってきた 1960 年
代後半から急激に会員数が伸びていることがわかる。
ナショナル・トラストは国民のために国民自身の手で、祖国の誇りである美しい自然と
歴史的建造物を保護し後世に伝えていこうという、愛国運動としての側面を強く持ってい
た。19 世紀後半イギリス絶頂時代の君主・ビクトリア女王の夫君であるウェストミンスタ
ー公爵がこの運動の会員の1人であったということもそれを表している。また現在の総裁
はエリザベス皇太后である。第 2 次大戦でイギリスを率いた、かのウィンストン・チャー
チルがケント州チャートウェルの美しいカントリー・ハウスの邸宅とその周りの土地を死
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後ナショナル・トラストに寄贈し、今でも生前同様に保存されていることもよく知られて
いる。
ナショナル・トラストは国から一切の直接的な経済的援助がなされていないが、そのか
わり法による数々の大きな特権が与えられている。トラストの活動の規模が今日のように
拡大してきたのには法律による制度的支援の果たした役割が大きい。
第1の特権として、国会が 1907 年に制定した「ナショナル・トラスト法」(National Trust
Act,1907)により認められた「譲渡不可能 (inalienable)の原則」が挙げられる。これによっ
てナショナル・トラストは保存の対象となる資産を譲渡不能と宣言する権利を持ち、この
宣言を受けた資産は以後、売却されず、抵当の対象にもなり得ず、また国会の特別の議決
のない限り強制収用されることもない。このことは同時に、一度トラストが取得した資産
は財政難・保存価値の低下などを理由に手放す事ができないことも意味する。
第 2 の特権は、
「1907 年ナショナル・トラスト法」で保有財産の管理と保護のための規
則制定権と保有財産に対する入場料徴収権が付与された。買い取ったり寄贈されたりした
資産の保護・公開などには大変な維持管理の手間とコストがかかるからである。なお、維
持管理と共に一般市民・観光客への保有資産の公開もトラストの重要な目的であり、教育
機関としての役割も担っていると言える。
第 3 の特権は、
「1937 年ナショナル・トラスト法」で、保存誓約(covenant)という補助的
制度が導入されたことである。ナショナル・トラストは貴重な土地や建物の所有者と開発
を制限する保全契約をとり交わすことができ、そのような保全契約をした資産には相続税
の減額の特典が与えられる。トラストの資産のようにこれを管理したり公開したりするこ
とはできないが、これで保存の目的は一応達せられるということである。
第 4 の特権は税制上の優遇措置として、保存のためにナショナル・トラストに寄贈、遺
贈された資産に対する非課税が定められていることである。また相続税の非課税と同時に、
寄贈者の子孫はナショナル・トラストのテナントとして代々、そこに住みつづけることが
できる。これによってトラストへの寄贈者は将来の開発や売却から資産を守りたいという
願いをかなえると同時に、経済的メリットも得ることができる。現在ではさらにトラスト
への一般の寄付についても相続税・所得税等の非課税措置を拡大している。
3 英国ナショナル・トラストの会員制度
2005 年現在の会員費は以下のようになっている。イギリスの家族観が表れていて興味深い。
年間会員の会費は
・個人会員:£38.00(7509 円)
・夫婦会員:£63.50(1,2547 円)
・家族会員:£68.50(1,3535 円)
・片親家族会員:£52.00(1,0275 円)
・13 歳未満の子供会員:£17.50(3458 円)
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・13 歳から 25 歳の若者会員:£17.50(3458 円)
生涯会員の会費は
・個人会員:£912.00(18,0221 円)
・夫婦会員:£1,102.00(21,7755 円)
・家族会員:£1,254.00(24,7790 円)
・シルバー会員(60 歳以上でかつ退職している):£608.00(12,0140 円)
・シルバー夫婦会員(夫婦のどちらかが 60 歳以上でかつ退職している)
:£722.00(14,2667 円)
会員募集の誘い文句は”Be FREE to explore Britain's most beautiful places”
会員は特典として、ナショナル・トラストの保有する地区・施設の入場料と駐車料金が
無料になる。また、トラストが保有する全英国の景勝地についての詳細なハンドブックが
もらえる。その他にも特典は盛りだくさんである。トラストは 300 以上の歴史的建築や庭
園や約 700 キロメートルの海岸線、250,000 ヘクタールもの整備された美しい田園などを
所有しているので、一種のリゾート会員権とも言えなくもない。
しかしナショナル・トラストは自然・史跡保存し後世に伝えることが目的の非営利団体
であることに自らの存在意義があると考えており、コマーシャリズムに陥らないように絶
えず注意を払っている。
4 日本のナショナル・トラスト
ここではエコツーリズムの制度的枠組みの先行事例としてナショナル・トラストを取り
あげたい。
日本のナショナル・トラストは地域分散型である。社団法人日本ナショナル・トラスト
協会というものがあり、また毎年ナショナル・トラスト全国大会を行っているが、組織間
のネットワークはあまり強くはない。日本ナショナル・トラスト協会は、全国的な広がり
を見せマスコミにも頻繁に取り上げられた諫早湾、海上の森など、社会的注目を集めた様々
な環境保護運動に対して、特に直接的な協力や支援、意見表明を行わなかった。
日本のナショナル・トラスト事例を挙げると、昭和 39 年に開始、環境保護市民運動の草
分けで日本のトラスト運動の始まりである「鎌倉風致保存会」
。全国からの寄付金で知床国
立公園内の離農跡地を乱開発から守ろうという「知床 100 平方メートル運動」が発展して、
自治体と市民団体が協同して知床の森と自然の生態系を再生することを目標に掲げている
「100 平方メートル運動の森・トラスト」
。屋外里山環境教育を行っている三重県名張市の
NPO 法人「赤目の里山を育てる会」
。東京都と埼玉県にまたがる狭山丘陵で開発から里山を
守る活動している「トトロのふるさと財団」
。柿田川流域の土地を所有し、国、清水町と協
定を結んで自然を保護している「柿田川緑のトラスト」
。土地を所有する形式ではないもの
の、台風や雪崩、心無い四輪駆動車やバイクの侵入によって荒廃した富士山斜面の緑化事
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業や環境保全、富士山をキャンパスにした環境教育活動を行っている「富士山ナショナル・
トラスト」などがある。
それぞれが共通した悩みを持っている。
第 1 に、事務局の運営費・活動費、土地買取り資金の調達が困難なことである。助成金
を得るにしても、環境・福祉財団の間で助成金の取り合いがある。またある郷土文化財団
は財団設立時に組んだ基本財産の利息で運営しているが、ゼロ金利政策のあおりを受け利
息が低くて大変だそうである。常勤スタッフの人件費がほぼゼロのままで、一部の人の熱
意によって会が持っているようであると、長く続けるのは難しい。トラストの保有地でペ
ンションを経営しエコツーリズムを行うなど、環境の保全と収益事業をうまく組み合わせ
ることが課題である。
第 2 に、会員が増えないことである。環境意識の高い人に活動のレベルを合わせると会
員数は増えない。また、活動に参加する人はたくさんいるが、事務を支えてくれる人がな
かなかいないという。会員からは会員になるメリットを求められるので、様々な特典をつ
けて結局は入ってくる会費より会員獲得・維持コストの方が高くなってしまうケースも多
い。
第 3 に、税制の問題である。自然豊かな土地を所有する地主が土地を売却したいと思っ
たとき、行政に売却すると無税、市民団体に売却すると有税になる。そのため行政の方に
そのような土地が渡りやすい。環境保護は本来行政がやるべき仕事であったが行政にでき
なかったことを補完的にナショナル・トラストが行ってきたという日本の運動の経緯から
すると、近年は行政の中でも徐々に環境意識が高まりはじめているといわれているとはい
え、行政が健全な方法で保全をしてくれる保証はない。また、英国ナショナル・トラスト
のように、相続・遺贈財産の寄付、一般寄付についての税制優遇はトラストの活動を社会
に認識させる大きな効果を持つ。そこで、優れた環境を保全する公益性の高いナショナル・
トラスト団体に対する税制優遇の訴えが長年なされている。
2005 年 5 月 13 日、日本ナショナル・トラスト協会のほか、全国の NPO 法人・任意団体
などの支援組織が加盟する公益法人制度改革問題連絡会が政府税制調査会の事務局を務め
る財務省に提出した要望書の主要な主張は以下のとおりである。
・一般的な非営利法人に関しては、対価性のない会費、寄附金、補助金等については課税
対象としない。
・
「公益性のある非営利法人」に関しては、公益目的の事業から生じた収益には課税しない。
・
「公益性のある非営利法人」に関しては、公益事業以外からの所得を、公益事業に支出し
た場合は、損金扱いとする。
・
「公益性のある非営利法人」に関しては、金融資産の運用益に関しては課税しない。
・
「公益性のある非営利法人」に関しては、寄附金控除の対象とする。
・
「公益性のある非営利法人」に関しては、資産寄附税制に関しても、寄附しやすいように
現行の課税方式を見直す。
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英国の形式は現存する良好な環境の保存取得であるが、富士山をはじめとする日本での
環境保全のための市民運動の多くは、日本の自然が高度経済成長、日本列島改造論、全国
総合開発計画、宅地造成、リゾート開発、バブル経済の発生と崩壊などのプロセスを経て
すでにかなり傷ついていることから、現存する良好な環境を維持するだけでなく、失われ
た自然を復元するという目的を持たざるを得ない。
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