廃棄物(灰・煤)の再利用研究会報告 - adm.kanazawa-u.ac.jp - 金沢大学

廃棄物(灰・煤)の再利用研究会報告
~里山資源の循環利用に向けた薪ストーブ燃焼灰・煤の収集・分配システムおよび再利用
法の検討
1.研究会開催の背景と目的
「廃棄物(灰・煤)の再利用」研究会の目的は、里山管理によって産出された薪の燃料
利用(本事業の核となる部分)によって排出される灰・煤を有効利用するための知恵や技
術を研究会参加者間で共有することで、これまで廃棄物として扱われてきた灰・煤を有価
物として再評価し里山の利用価値を高めることによって、地域の里山資源の循環利用を促
進しようとするものである。また、地域内での里山資源の循環に必要な、薪ストーブ等に
よって生成した灰・煤を効率よく収集し、利用希望者に分配できるシステムの構築の検討
を行うものとする。最後に、薪ストーブの燃焼灰についてはこれまで科学的分析が行われ
た事例が少ないため、本事業により生成された燃焼灰をサンプルとして土壌肥料学の観点
から定量分析を行い、肥料としての利用可能性を検討した。
2.研究会の成果報告
2−1. 廃棄物(灰・煤)の再利用研究会の開催概要
本研究会の概要については以下の通りである。
(開催主体)
NPO 法人 能登半島おらっちゃの里山里海(代表
(協力)
能登半島里山里海自然学校(金沢大学)
(日時)
第 1 回研究会
(対象)
灰の利用を実際に行っている、もしくはこれから行おうとする個人・団体
北風八紘)
2009 年 1 月 25 日(日)13:00~15:30
(当日の参加人数
20 名)
(開催場所)
金沢大学能登学舎(珠洲市三崎町小泊 33-7)
(開催概要)
第 1 回研究会では、薪ストーブの専門家および石川県の研究機関の専門家
を3名に招き、灰の利用にまつわる伝統的知恵や最新の話題の提供や、技
術的な助言を受けた。これらスピーカーによる講演の後に、参加者間で意
見交換をする時間を設け、相互での情報交換・ネットワーク作りを促進さ
せた。また後日、研究会の主要メンバーにより、灰の収集・分配システム
いついての検討を行った。
2−2.講演内容の概略紹介
講演 1.薪ストーブできる灰の性質は?
(明和工業株式会社
清水浩之氏)
清水氏からは、灰とは何か?といった基本的な解
説に始まり、本事業で導入試験を行った薪ストーブ
のメーカーの立場から、ストーブでの薪の燃焼と灰
の性質との関係性について話題提供があった。特に、
薪として用いる材の種類(針葉樹と広葉樹)によっ
て灰の成分が異なることや、自社敷地内に農場を設
け、灰や炭の有効利用を行っている事例の紹介があ
った。
講演 2.水産加工における灰の利用
(石川県水産総合センター
吉田俊憲氏)
吉田氏には、水産加工における灰の利用
の一例として、徳島・鳴門地方で生産が盛んな「灰
干しわかめ」について、その製造方法や特徴につ
いての話題提供があった。さらに近年のダイオキ
シン騒動を巡って灰に対する一般消費者の目が
厳しくなったことや、小型焼却炉使用において法
の規制が措置されたことで草木灰の供給が困難
になり、灰干しわかめの原材料が活性炭の粉末に
代わった事を紹介し、灰を食品加工利用する上で
は良質な灰の確保が課題であることを提示した。
講演 3.薪ストーブの灰を、肥料に使ってみる
(石川県農業総合研究センター生物資源グループ
梅本英之氏)
梅本氏からは、薪ストーブ燃焼灰の農業利用
の可能性、とりわけ土壌肥料としての使い道につ
いての話題提供があった。最初に、灰の農業の関
係わかりやすく説明するために伝統的農法であ
る「焼畑農業」を例に挙げ、農業生産において灰
を利用することが理にかなったことであること
を説明した。さらに、灰の成分組成を土壌肥料学
の観点から捉えたとき、土壌酸度矯正に利用でき
ること、カリ成分が豊富なため化学肥料の代用として追肥利用が可能なこと、植
物に必要な微量元素を含む良質な肥料であるとの説明があった。
2−3.灰を利用した加工食品に関する試食会(食味アンケート)
休憩時間を利用して、灰を利用した伝統的な加工食品の試食会をおこなった。メニュー
は、わかめの刺身、こんにゃくの刺身、海ぞうめんの刺身である。いずれも三杯酢をかけ
て参加者に試食していただいた。わかめとこんにゃくについては、灰を利用しない保存方
法や加工方法(塩蔵わかめ、凝固剤に水酸化カルシウムを使用したこんにゃく)と比較し
て食味がどのように異なるのかを参加者にアンケートで回答してもらった(アンケート項
目は別紙参照)。有効回答数は 18 である。
写真
試食会で提供した灰を利用した加工食品(上から灰干わかめと塩蔵わかめ、そ
ば殻灰こんにゃくと水酸化カルシウムこんにゃく、灰干の海ぞうめん)
写真
灰を利用した食品の試食会の様子
アンケー回答用紙(当日配布物)
灰を活用した伝統食品の試食アンケート
以下の項目について、灰を利用していない料理を 0 としたときの、灰を利用した食品の評
点はどれにあてはまりますか?あてはまる数字のところに○印をつけて下さい。
Q1. 灰干わかめは、塩蔵わかめと比べて?
色が悪い
非常に
-2
非常に
やや
-1
やや
同じ
やや
0
1
同じ
やや
0
1
同じ
やや
0
1
同じ
やや
0
1
非常に
2
非常に
風味(磯の香り)
がしない
歯ごたえが悪い
風味が(磯の香り)
-2
非常に
-2
非常に
あと味が悪い
色が良い
-2
-1
やや
-1
やや
-1
2
非常に
が良い
歯ごたえが良い
2
非常に
2
あと味が良い
Q2.そば殻灰こんにゃくは、普通のこんにゃくと比べて?
非常に
弾力がない
芋の味がしない
-2
非常に
-2
苦味がある
非常に
-2
あと味が悪い
非常に
-2
やや
-1
やや
-1
やや
-1
やや
-1
同じ
やや
0
1
同じ
やや
0
1
同じ
やや
0
1
同じ
やや
0
1
試食してみた感想を教えてください(海ぞうめんの感想もお願いします)
非常に
2
非常に
弾力がある
芋の味がする
2
非常に
苦味がない
2
非常に
2
あと味が良い
2−4.アンケート結果
・ 灰干わかめは、塩蔵わかめと比較して色のスコアが高く、湯通しした後の発色が良い
と判断された。
・ 風味、後味といった味に直接関係する項目についても灰干わかめのほうがややスコア
が高い傾向にあった。
・ 歯ごたえについては灰干わかめと塩蔵わかめの間に明確な差は見出せなかった。
・ そば殻灰を凝固剤に利用したこんにゃくは水酸化カルシウムを利用したこんにゃく
と比較して、素材であるこんにゃく芋の味がより感じられやすい傾向にあったが、く
さみ、えぐみ、弾力といった点では大きな差異は認められなかった。
・ 海ぞうめんについては、地元の食材でありながら普段の食卓には一般的ではない(精
進料理で用いられる)が、その味の良さから灰を利用した郷土料理として見直す声が
多かった。
灰干わかめの
方がよい
2
1.5
1
0.5
0
-0.5
灰干わかめの
方が悪い
-1
-1.5
-2
色
風味
歯応え
Q. 灰干わかめは塩蔵わかめと比べて?
図 4-1 食味アンケートの結果(わかめの場合)
後味
そば殻灰利用
の方がよい
2
1.5
1
0.5
0
そば殻灰利用の
方が悪い
-0.5
-1
-1.5
-2
臭み
弾力
芋の味
Q. そば殻灰こんにゃくは普通のこんにゃくと比べて?
図 4-2 食味アンケートの結果(こんにゃくの場合)
表 4-1 アンケート自由記述欄の記述結果
えぐみ
2−5.意見交換会
研究会の最後に、灰の利用に関する疑問・質問、身近な灰の利用方法についての事例紹
介・提案を参加者間で行う時間を設けた。そこで交わされた主な議論について、いくつか
箇条書きでまとめた。
灰の身近な利用について
・じゃがいもの定植の際にいもの切り口に灰をまぶして腐敗を防ぐ(家庭菜園)
。プロの農
家においては切り口は乾燥させて使う。ただし、じゃがいもそうか病は土壌pH が低い方
が発生しにくいため、過度の灰の投与は控えるべき。
・昔の人は豆類を畔に植える際に、畔草を燃やして灰にして一緒に撒いた。これは豆類が
カリウムやカルシウムを大量に吸い上げることから考えて理にかなっている。
・石を利用したアート製作の際に、草木灰の灰汁に付けておくと良いてかりが生まれる。
・囲炉裏の灰の中に卵を入れて、ゆでたまごを作って食べていた。普通のゆで卵よりもほ
っこりしていて美味しかった。灰を利用した料理法として活用できないか。
灰の安全性について
・灰の安全性(有害成分の有無)を分析によって明らかにするのはコストもかかり、また
その様な成分が完全に検出されないということはない。灰の原材料と燃やし方を明確に
することが安全性を確保するための現実的な1つの方法である。たとえば農薬を使わな
い有機農家と連携して、そこで生産されたわらを草木灰の原料にすることが考えられる。
写真
意見交換会の様子
3. 廃棄物(灰・煤)の収集・分配システムの検討
灰の収集・分配システムがどのようにあるべきかについて、研究会中心メンバーらによっ
て、以下のような議論がなされた。灰の収集システムについては、薪ストーブの燃料であ
る薪を各家に販売・宅配する際にあわせて灰を収集するのが最も効率が良いと考えられた。
その際、灰を有価物として江戸時代の灰買いのように買い取るか、薪何キログラムと交換
といった形でやり取りすることが、薪ストーブ利用者が灰を保管するインセンティブとし
て働くと考えられた。
灰の分配システムについては、まず灰の利用者がどこにどのくらい存在するのかを把握
することが不可欠である。灰を排出する既存の事業者(塩田による製塩会社や炭焼き会社
等)からのヒアリングによると、灰を隅に積んでおくと近隣の住民が了解の上で灰を持ち
帰り、間もなく無くなってしまうとのことである。さらに能登地方においては自家消費用
の菜園をもつ家庭が比較的多いこと、また近隣の山から山菜を採取して加工することが比
較的一般に行われていることを考え合わせると、地域内の各家庭において灰の潜在的な需
要が存在することが考えられる。このように地域のコミュニティのような比較的狭い範囲
内での灰のやりとりが想定されるため、分配システムを考える上では、小学校区程度のよ
り身近な範囲で地域の住民が必要なときに灰を取りにいけるような分配システムが必要で
あると考えられた。
NPO が実際にこのような灰(や薪)の収集・分配システムの管理・運営者としての役割を
果たす上では、その活動を持続的に行うための資金的な裏づけが必要になる。そのための
議論の土台として、システム運営に必要な必要経費を確保し、かつ薪や灰を利用者に購入
してもらうための現実的な価格の設定はどうあるべきか、NPO の普段の活動範囲の中で灰の
需要と供給がどの程度見込めるのかなど、今後、本格的に灰の収集・分配システムの導入
を検討するうえで考慮すべき課題が明らかとなった。
4. 薪ストーブ燃焼灰の成分分析
本事業により導入した薪ストーブ 3 件(古民家レストラン「典座」、新谷家、カフェ・ド・
らんぷ)、および明和工業株式会社が製造したほぼ同様の薪ストーブを導入している金沢大
学能登学舎の薪ストーブについて、薪を燃焼した後に残った灰を採取し、土壌肥料学の観
点からその成分分析を行った。灰の採取は 2008 年 1 月に各薪ストーブについて 1 回ずつ採
取を基本とし、能登学舎については、灰の成分の時期的な差異(燃料の差異に起因)、およ
びサンプル間のばらつきの程度を把握するため、複数回採取を行った。分析は石川県農業
総合研究センター(金沢市)に委託した。
能登学舎およびカフェ・ド・らんぷの薪ストーブの燃焼に用いた薪の樹種は、本事業で
保全林から間伐された樹種が主体であり、主にヒサカキ(ツバキ科の常緑小高木)、ネジキ
(ツツジ科の落葉小高木)、コナラ(ブナ科の落葉高木)から構成される。「典座」および
新谷家の薪ストーブでは、これら保全林の間伐材のほかに、スギ(ヒノキ科の常緑高木)
が主な燃料として用いられていた。
本分析に供した灰の成分の特徴として、石川県農業総合研究センターの梅本英之主任技
師(土壌肥料学)から次のようなコメントを頂いた。
・いずれのサンプルにおいてもアルカリ分(石灰と苦土の合計量を石灰当量で表示)が高く、
土壌の pH 矯正に好適である。
・加里成分の割合が比較的高いので、果菜類の追肥に利用可能である。
・表に挙げた成分以外にも、約5%のリン酸、その他鉄、マンガン、ホウ素等といった植
物に必要な微量元素を含んでおり、総合的にみて良質の肥料となりうる。
・以上の点を考慮して、主として石灰質資材の代替として土壌改良に用いるのが適当であ
ると判断される。
表 4-2 薪ストーブ燃焼灰の土壌肥料学の観点からの分析結果
採取場所
採取日
能登学舎
2007年12月
能登学舎A
2008年1月
能登学舎B
2008年1月
古民家レストラン「典座」 2008年1月
新谷家
2008年1月
カフェ・ド・らんぷ
2008年1月
加里
(%)
11.0
12.0
11.8
9.0
7.5
12.9
リン酸
(%)
1.5
2.9
2.9
1.2
1.9
2.0
石灰
(%)
30.2
45.2
42.8
39.4
27.3
36.8
苦土
(%)
4.6
4.5
4.5
2.5
3.2
4.0
*1
アルカリ分
(%)
36.6
51.4
49.0
42.9
31.7
42.3
5.今後の展望と課題
現代においては灰を生活の中で積極的に利用する場面は少なくなってしまったが、本
研究会での取り組みを通じて、灰を利用した加工食品への食味上の評価の高さ、土壌改
良剤や肥料としての灰の価値といったことを再認識することができ、潜在的に灰を活用
できる場面は能登においては身近に存在することが判明した。しかし一方で、近年の食
の安全性に対する関心の高まりから、一部には食品への灰の利用には抵抗感があるのも
事実である。このような課題に答えつつ、灰の伝統的な利用による恵みを享受していく
ためには、第一に「良質な灰の確保」が重要であることがこの研究会を通じて明らかと
なった。薪ストーブがその様な灰の供給源となりうるのか、更なる検討が必要とされる。
また、このような技術的な問題もさることながら、灰の安全性に対する正確な知識を学
ぶこと、灰を利用した伝統的な食文化や生活の知恵を学ぶことが我々に必要とされてい
るのではないだろうか。本研究会がその一翼を担えたのならば幸いである。