鏑木 儀郎のコラム 快晴の冠雪富士山の美しさに想う 日本環境安全事業株式会社 管理部長 鏑木 儀郎 珍しく昼過ぎの東海道新幹線に乗った。珍しく快晴の日だった。 発車間際だったので駆け足でホームに到着。乗車して着席し、まずはおにぎり昼食。 いつもの昼食と同じく、書類をチェックしながらおにぎりを食す。 食べ終わって読書を始め、何気なく車窓に目をやると。 おや! 美しい! 冠雪した富士山。青空に素晴らしいコントラストを見せている。 これは本など読んでいる場合ではない。 写真、写真。愛用のガラケイを取り出すのももどかしくカメラスイッチをオンにし、 美しい姿を写真に収めようと試みるが、のぞみは速い。速すぎる。すでに車窓の画像は 随分変わっていた。 せっかくの快晴の、冠雪の、富士山の、あの美しさを撮ろうと思ったのになあ。 がっかりしつつ反省した。携帯だ、カメラ機能スイッチオンだ、さあ構えて、よいタ イミングでシャッターを、などとごちゃごちゃ動くより、車窓越しの実物の美しさをし っかり堪能すべきだった。 我が携帯の写真機能では実現できない美しい富士写真は世の中に山ほどある。一方、 自分自身の目と感性で捉えた今日の富士の美しさは自分だけの記憶になるのだから。 東海道新幹線は一編成が十六両もあり、それがとても短い間隔でひっきりなしに走っ ていて、しかもその大量の座席は結構埋まっている。ものすごい数の旅客が、私と同じ く、あの富士山の美しさを楽しむチャンスを得ただろう。その中の何人があの姿に感嘆 し記憶に留めたのだろうか。 私だけの悪しき思い込みかもしれないが、東海道新幹線の車窓からの景色など既に見 飽きているような思い込みがあって、せっかくの車窓の景色を楽しまずに放り出し、仕 事をしたり、本を読んだり、眠ったりしてしまう。 たまに今回のような写真に残したくなるような景色を見ると、したがって、すごく得 をしたような感じになって嬉しくなる。 これぞ小市民の小市民的な小さな幸せというものだ。 やはり日本の風景は美しい。今の時期の東海道新幹線の車窓風景では、岐阜県と滋賀 県の県境あたりの里山や、京都と新大阪の間の山崎あたりの景色とかも捨てがたい。名 古屋、京都、大阪という大都市の風景の間に存在する静かな里の景色は車窓外に連続す る景色にアクセントとストーリーを与えてくれる。 とはいえ列車の車窓から季節の景色を楽しむのなら、速すぎる新幹線よりも単線のロ ーカル線が良いことは言うまでもない。右に左に曲がり、登ったり降ったりしながら 木々の間をゆっくりと進む。渓谷美のトロッコ列車や、海岸線のリゾート列車のような 観光列車はもちろん、ごく普通の各地の生活列車だって同様に楽しい。 本線から分岐して、2~3両のディーゼル車、もしかしたら1両限りの車両で走るロ ーカル線に乗って、紅葉の中を進むことを想像して欲しい。新緑や冬枯れの林を走るこ とを想像して欲しい。そういう楽しさを経験された方々も多いと思う。 全国各地でとても簡単に楽しめる旅がある。 ときどき残念になるのは、そういうローカル線の生活列車の窓はリゾート列車と違っ てあまり清掃が行きとどいているとは言い難いことだ。多くの場合、自分の目で景色を 楽しむだけだから少々の汚れは気にならないが、日の光の当たり方で突然窓の汚れが浮 かび上がって興ざめしたり、窓越しに写真を撮ろうとしてうまくとれそうにないとがっ かりしたりしてしまう。 トロッコ列車はその反省にたった発明か。でも、これからの季節は、寒い。窓を開け ればよいのだろうけど、同じく、寒い。 こんな呑気な話をしているとお叱りを受けるかもしれない。曰く、いつも都会で便利 な生活をしているからローカル線は良いなどと言えるのである、運転本数が少ない、ス ピードが遅い、単線で行き違いの停車時間も長い、そんな沿線の不便を考えてみろと。 実は私は小学校 3 年、4 年の頃に岩手県の北西の外れ、秋田県と青森県に歩いていけ るようなところに住んでいた。父が鉱業会社のエンジニアだったので半端ではない山の 中だった。ごくたまに盛岡に出るときに乗る花輪線という極め付きのローカル線が大好 きだった。山の中を走るので、今も記憶に残っているが、紅葉は本当に美しかった。 多分、記憶の底の花輪線が私をローカル線好きにさせているに違いない。 日本の美しい自然の季節変化を、全く気楽に、のんびりと、酒をちびちびやりながら 眺められるローカル線の旅は良いと思う。毎日満員の地下鉄で押し合いへし合いしなが ら通っている日常と比較したら余計に。 新幹線の富士山から、のんびりローカル線に至るまで、車窓の楽しさは変わらない。 日本の自然風景は、海も山も里も本当に美しいのだから。四季おりおりの変化を楽し もうが楽しまないでいようが、人生の限られた時間は足早に過ぎていく。どうせなら楽 しんだほうが良い。というわけで旅に出よう。 なかなかそんな時間も予算もないと嘆く必要はない。小さな旅で十分。近場にちょっ と出かけるというだけで十分に楽しい発見がある。私などは、実は近くの公園でも季節 の変化を楽しめてしまう。ましてや大好きな、のんびりローカル線の旅など、想像する だけでワクワクする。さあ、旅に出かけようではありませんか。 これまでの巻頭コラムのバックナンバーはこちらから 鏑木儀郎のコラムバックナンバーはこちらから
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