シカゴの思い出①

シカゴの思い出 その1(留学準備編:英語との格闘)
東北会の広報委員に名を連ねているものの、仙台から遠いことをいいことに、開店休
業を続けてきましたが、このたび、あまりの稼働率の悪さに(?)執筆の機会を頂く幸
運(?)を得ました。私の場合、多少なりとも、会員の皆様の暇つぶしになるぐらいと
いえば、この経験しかありませんでした・・・。
私は、1999 年 7 月から 2001 年 8 月まで 2 年間、米国、イリノイ州のシカゴにある
ノースウエスタン大学のロースクールに留学しておりました。その時の留学の準備から
米国での生活など拙い私の経験をご紹介したいと思います。最近はあらゆる分野でブロ
グが発達し、アメリカのロースクールへの留学に関連するものもあるようです。私の紹
介することは、先に示した期間ですので、若干情報としては陳腐化していることもある
かもしれません。
当時は規制緩和花盛りの時代で、日本の社会全体が、行政による事前の規制から司法
による事後の規制に変わる必要があると言われていました。そのためには、まず司法強
化が必要で必然的に、法曹関係者の人数を増やす必要があると言われていました。日本
の司法も変革の時で、司法試験も大きく変わろうとしていた頃でした。同じ文脈で会計
士試験も変革をへて今日に至っていますが、この 10 年間の二つの資格の試験制度、合
格者数の推移をみていると成熟した社会に置いてこのような制度の変更がいかに難し
いかを感じます。
日本のお手本になったのが米国のロースクールでしたが、そのロースクールの雰囲気
や当時のシカゴでの生活の一端を少しでもご紹介できればと思います。
二十代の溢れんばかりのエネルギーを机上にぶつけ何とか二次試験に合格した私は、
受験生活の反動で、すっかり勉強では机に向かえない体になり、監査法人の同期と銀座
の街で遅れてきた青春を謳歌していました。しかし、それを戒めるかのように当時の三
次試験がやってきました。強制的にまた、机に向かわねばならない日々がやってきまし
た。久しぶりの勉強は、妙に新鮮に感じられると同時に、やはり、若いうちに多少勉強
は必要だとの思いを新たにしました。会計士業界の冊子で次のようなことを書くのはや
や気が引けますが、正直な感想として、当時の私は、監査という世界は経済学でいう「市
場の失敗」的なところがあると感じていました。最近の流行りの言葉でいえば「インセ
ンティブの捻じれ」の背景にあるようなことに通じるものかもしれません。監査だけで
会計士としての人生を終えることに違和感を覚えていた頃でした。潜在意識の中にこの
ような思いがあったために私は今日のような選択をしたのだと思います。
三次試験の口述を終えた足で私は事務所に戻らず、日本橋の丸善に行き、次に何を勉
強したらいいだろうと宝物を探すように必死で棚にある本を次から次へと探していま
した。たまたま米国のロースクールへの留学のことを書いている一冊の本が目に留まり
ました。日本において英語のわかる会計人の活躍の可能性は大きいと思っていましたが、
英語を身につける動機づけが極めて弱かった私は、どうせやるなら留学する位の覚悟で
勉強しなければ無理だろうと思いました。今思えばこの時、大きく人生の舵をきったの
でした。
その本によれば、外国人である日本人が米国のロースクールに留学する方法は大きく
二つありました。一つ目は、例えて言えば、アメリカの学生と同じ土俵で相撲をとる方
法。二つ目は、やはり例えると外国人枠で入学する方法。
一つ目の場合、LSAT(Law School Admission Test)という読解能力、分析能力、論理
的解釈能力を試す全米統一試験を受験する必要があります。また、外国人ということで
TOEFL を受験する必要があります。
二つ目は、LSAT の受験は不要ですが、母国において法学部を卒業している事が要件
になります。ご存じの方も多いと思いますが、アメリカでは、大学院教育が充実してお
り、一般に Professional School と言われるものに、Medical School, Law School, MBA
があります。つまり、医者、弁護士になるには、Undergraduate と言われる学部教育
を受けた後に、Professional School に行きます。逆に言えば、日本のように学部レベ
ルでは法学部はなく、Professional School としてロースクールがあります。ロースク
ールに入学してくる学生の学部教育のバックグラウンドは文系理系を問わず様々な分
野の人がいます。このバックグラウンドの多様性も日本がお手本にした一つだったと思
います。因みに、CPA になるためには学部の卒業で問題ないようですが、弁護士の場
合は必ず日本で言えば大学院相当の卒業が求められると言うことになるかと思います。
私は二つの選択肢を前にして、自分の英語力を考えたとき、とてもアメリカ人と同じ
土俵では相撲は取れないと思いました。他方で、商学部の卒業であるため、二つ目でも
要件は満たしていませんでした。いろいろ調べた結果、明治大学に夜間の法学部があり、
学士入学をすれば 2 年で卒業でき、かつ、場所もJRお茶の水と都心に近く、仕事が終
わった後でも通学できると考え、この方法を選択しました。この時ばかりは仕事の後の
夜の誘いも断り、大学近くの公園で急いでおにぎりとお茶を腹に流し込み、授業に出た
ことを思い出します。
ところで、ご存じの方も多いと思いますが、アメリカへの留学には TOEFL という試
験があります。
それなりに名の知れたロースクールに入学するには、TOEFL で最低 600
点が必要と言われていました。大変恥ずかしいのですが、初めて TOEFL を受験したと
きは、極めて低い点数でした。大学入試以来、すっかりご無沙汰だったというのもある
のですが、現実はかなり厳しいものがありました。今振りかえれば、若かったせいかあ
の英語力のくせにずいぶん無謀なチャレンジをしたものだと思います。
TOEFL を最初に受けたときの忘れられない思い出があります。この試験は問題を持
ち帰ることが出来ません。おまけに問題用紙に書き込む事が禁止されています。試験が
マークシートの場合、解答のためのテクニックとして、誤った選択肢を消していくのが
普通の方法かと思います。TOEFL では、鉛筆で線を引いて消すことができません。ま
た、長文読解の場合、つい、問題文を鉛筆でなぞって線を引いてしまうことがあるかと
思いますが、これもアウト。私はつい線を引いてしまう癖があったのですが、「英語の
世界」によくいる妙に潔癖性っぽい 50 過ぎの女性の試験監督に鬼の首を取ったような
剣幕で、「線を消しなさい。線を引いたら失格ですよ」と言われたことがありました。
今でも恐ろしいその女性の顔が浮かびます。
留学に英語力の強化が必要ですが、最初のステップとして法学部も卒業しなければな
りません。久しぶりのキャンパスライフでしたが、ある程度社会に出てから大学の授業
を受けるのも良いものだと感じました。二十歳位の私なら十分理解出来なかったであろ
うこともいろいろ興味が持てました。行政法、憲法、国際私法が印象に残っています。
税法の小山先生の授業では歴史的側面からも税法を解説して頂き、目から鱗がでる思い
を何度もしました。当初のもくろみでは、卒業とともに留学したいと思っていました。
しかし、2 年間は、法学部を卒業するために時間とエネルギーをとられ、TOEFL の点
数も思うように伸びませんでした。最初のハードルはクリアしたものの、ロースクール
に留学する日本人の平均的な TOEFL の点数にも達していない状況では願書を出して
も無理と考え、明治の卒業後は TOEFL 対策に没頭する日々が続きました。最後は二次
試験の受験時代と変わらない位必死に机に向かい、何とか 600 点をクリアできました。
自分自身を通じ、日本人が英語を勉強する際の方法論も考えさせられました。私は当初、
びっくりするほど受講料の高い留学準備の予備校に通い、TOEFL の過去問と類似問題
を大量に解いていました。現在の TOEFL は以前の試験とは変わっているようですが、
当時の TOEFL については、日本人の場合、文法のセクションで満点に近い点数をとり、
リスニングの弱点をカバーするというものでした。私にとり文法セクションは二次試験
の簿記に通じるものがありました。じっくり考えていてはとても時間がなく、反射的に
仕訳が頭に浮かばなければ本試験の問題は解けないというあれです。
受験を重ね、亀の歩みで点数は上がりましたが、思い出せば 540,570,590 点と壁があ
りました。なかなか 600 点に届かず苦労しました。この頃、仕事は非常勤でしたが留
学直前は準備作業一色でした。時間も過ぎ去り、また、結婚も決まり、急がねばと思い
ロースクールに願書も送りましたが、不合格や 600 点を超えたら合格という条件付き
のものでした。中には合格できたところもありました。いい加減に留学準備にも疲れて
きた頃だったので、合格したところに行こうと腹を決め、TOEFL だけの勉強から実際
の留学生活に役立つようにと思い、四谷にある日米会話学院の留学講座に通いました。
ここではスピーキングとライティングも勉強しました。この TOEFL 生活から少し離れ
た時に受けた TOEFL で不思議と 600 をやっと超えました。今思うと、ある程度の段
階になれば、より進んだ「英語の脳」になるためには読み、書き、話す、聞く、をバラ
ンスよく訓練することが必要だと思います。4つの内、どれかを点だけで訓練するので
はなく線で結ぶ事が結果として全体の向上につながるようです。そしてこれに加えて音
読です。私はこれをやらなかったばかりに遠回りしたように思います。母国語でない言
語を学ぶには音読が非常に効果的のようです。皆さんは、黙読すれば意味は取れるけれ
ども、声に出して読んでいくと意味が取れないという経験はないでしょうか?また、英
語の文を読む際に、「○○であるところの××は」というように後ろから前に意味をと
ることがありませんか?リスニングではこれが通用しません。頭から来た順に意味をと
っていかなければなりません。頭から意味をとる訓練に一番効果があるのが音読だと思
います。音読により頭から意味を取れる「英語の脳」になってくれば、文章を前後する
必要がなくなり速読が可能になり、速いスピードの英語も意味が取れるようになるのだ
と思います。
最初、
TOEFL の過去問ばかりやっていた私はこれが分かりませんでした。
最近はまた英語から遠ざかっている生活ですが、暇が出来たら音読から入ろうと思って
います。