2.現代の栄養欠乏としてのビタミンD欠乏

大薗 恵一
28
〔ビタミン 86 巻
ミニレビュー
(講演 2)現代の栄養欠乏としてのビタミン D 欠乏
大阪大学大学院医学系研究科小児科学
大薗 恵一
Vitamins (Japan), 86 (1), 28-31 (2012)
7RGD\¶VQXWULWLRQDOGH¿FLHQFLHV9LWDPLQ'GH¿FLHQF\
Keiichi Ozono
Department of Pediatrics, Osaka University Fraduate School of Medicine
Vitamin D-deficiency remains as health and nutritional problems both in developed and developing
countries. Vitamin D is essential for bone development and homeostasis of calcium metabolism. Thus,
vitamin D-deficiency results in rickets and/or hypocalcemia in children. Vitamin D should be activated
by hydroxylation at 2 sites of the vitamin, i.e., 1 and 25 positions of carbons, which occurs in the liver
and kidney. The formed 1,25-dihydroxyvitamin D is the active metabolite. The intermediate metabolite is
K\GRU[\YLWDPLQ'2+'DQGLWVVHUXPFRQFHQWUDWLRQUHÀHFWVWKHDFFXPXODWLRQRIYLWDPLQ'LQWKH
ZKROHERG\7KHUHIRUHDORZOHYHORI2+'ZKLFKLVOHVVWKDQQJPOLQGLFDWHVYLWDPLQ'GH¿FLHQF\
To prevent vitamin D-deficiency, it is important to eat food such as fish, egg and mushroom (shii-take)
FRQWDLQLQJUDWKHUPXFKYLWDPLQ'WRJHWKHUZLWKFDOFLXP+RZHYHUIRUWL¿HGPLONRUMXLFHLVUHFRPPHQGHG
in U.S.A. because it is hard to take enough vitamin D from natural foods.
Vitamin D-deficiency remains as health and nutritional problems both in developed and developing
countries. Vitamin D is essential for bone development and homeostasis of calcium metabolism. Thus,
vitamin D-deficiency results in rickets and/or hypocalcemia in children. Vitamin D should be activated
by hydroxylation at 2 sites of the vitamin, i.e., 1 and 25 positions of carbons, which occurs in the liver
and kidney. The formed 1,25-dihydroxyvitamin D is the active metabolite. The intermediate metabolite is
K\GRU[\YLWDPLQ'2+'DQGLWVVHUXPFRQFHQWUDWLRQUHÀHFWVWKHDFFXPXODWLRQRIYLWDPLQ'LQWKH
whole body. Therefore, a low blood level of 25OHD, which is less than 20 ng/mL, indicates vitamin D
GH¿FLHQF\7RSUHYHQWYLWDPLQ'GH¿FLHQF\LWLVLPSRUWDQWWRHDWIRRGVXFKDV¿VKHJJDQGPXVKURRPVKLL
WDNHZKLFKFRQWDLQDFRQVLGHUDEO\PXFKDPRXQWRIYLWDPLQ'WRJHWKHUZLWKFDOFLXP+RZHYHUIRUWL¿HG
PLONRUMXLFHLVUHFRPPHQGHGLQ86$EHFDXVHLWLVKDUGWRWDNHHQRXJKYLWDPLQ'IURPQDWXUDOIRRGV
Key words: rickets, hypocalcemia, hypophosphatemia, parathyroid hormone, 25-hydroxyvitamin D
(Received September 16, 2011)
1.定義,概念
世紀はじめに発見された.ビタミン D は栄養素として
摂取されるほか,ビタミンとしては例外的に,皮膚に
くる病は,17 世紀の英国で始めて報告された骨の病
から紫外
おいてプロビタミン D(7-dehydrocholesterol)
3
気であり,19 世紀には多くの小児が罹患していた.く
線のエネルギー(波長 290-315 nm の UV-B)を利用して
る病を治癒させる栄養因子として,ビタミン D は 20
生合成される 1).
1 号(1 月)2012〕
現代の栄養欠乏としてのビタミン D 欠乏
29
くる病には,ビタミン D の作用不足で発症するタイ
目安量は 6 ヶ月未満が 100 単位,6 ヶ月から 1 歳未満
プとリンの不足(実際にはリンの尿中排泄過剰)で発症
が 200 単 位,1-7 歳 が 100 単 位,8-9 歳 が 120 単 位,
するタイプに大別されるが,ここではビタミン D 欠乏
9-14 歳が 140 単位となっており,少ない量となってい
性くる病について述べる.小児期にのみ存在する成長
る 3).ただし,日照を受ける機会の少ない乳児の目安
軟骨帯での石灰化の障害が,くる病の主病態である.
量は 200 単位に増量されている.外遊びが少なく,カ
一方,ビタミン D 欠乏症は,成人では骨軟化症を発症
ルシウム摂取も不足しがちな現代生活では,より多く
し,骨の石灰化障害がその主病態である.
のビタミン D を摂取することが望ましい.ビタミン D
ビタミン D が作用を発揮するには,生体内で活性化
を多く含んだ食品には,魚介類(魚肉,ウナギ,しら
される必要がある.食物として摂取されたビタミン D
す干し,アンコウの肝など),卵黄,バター,キノコ
および皮膚で生合成されたビタミン D は,まず肝臓に
類などがある.
おいて 25 位が水酸化されて 25 位水酸化ビタミン D
前述のように,紫外線は皮膚でのビタミン D 合成に
(25OHD)となり,さらに,腎臓において 1α 位が水
必須なので,紫外線照射不足でもビタミン D 不足とな
酸化されて,1α, 25-ジヒドロキシビタミン D[1α,
る.歴史的にくる病が産業革命以降のヨーロッパ,と
となる.1α, 25(OH)
25(OH)
2D]
2D は最も強い生物活
くに英国で問題になったように,適度に日光に当たら
性をもつので活性型ビタミン D と呼ぶ.血中 25OHD
ないとビタミン D が十分に供給されない.現代の日本
濃度は体内のビタミン D の貯蔵量を反映するので,ビ
でもその生活スタイル,たとえば紫外線カットの化粧
タミン D 欠乏症の診断に用いられる.
などが,紫外線照射不足をもたらすと警告する人もあ
活性型ビタミン D の血中濃度は,副甲状腺ホルモン
る.米国の基準では,皮膚への悪影響を回避するため
(parathyroid hormone:PTH)やカルシウム濃度により
に,日光曝露は特に 6 ヶ月未満は推奨しないとなって
厳密にコントロールされている.また,活性型ビタミ
いる 2).
ン D は小腸におけるカルシウム吸収,骨における石灰
ビタミン D 欠乏の診断は,血中 25OHD 値により行
化促進,副甲状腺における PTH 分泌抑制など,遠隔
うことが重要である.しかし,日本では保険適応がな
標的臓器に作用を発揮する.さらに,活性型ビタミン
いという問題がある.ビタミン D 欠乏の診断基準は小
D がその作用を発揮するには,特異的なビタミン D 受
児での検討は不十分ではあるが,成人での値をふまえ
容体が必要である.活性型ビタミン D と結合したビタ
て,25OHD 値が 50 nmol/L(20 ng/mL)以下をビタミン
ミン D 受容体は,標的遺伝子の調節領域にあるビタミ
D 欠乏症,80 nmol/L(32 ng/mL)以下をビタミン D 不
ン D 応 答 配 列(vitamin D response element:VDRE)を
足とする報告が増えている 2).以前より,基準値が高
介して,直接遺伝子発現調節を行うことにより大部分
くなっている.
のビタミン D 作用は発揮される.これらのことより,
肝臓および腎臓の機能障害により,ビタミン D の吸
活性型ビタミン D はホルモンと考えられている.
収障害と活性化障害がもたらされ,ビタミン D 欠乏性
くる病が発症することがある.特に,腎機能障害にお
2. ビタミン D 欠乏
いては,リンの排泄障害や二次性副甲状腺機能亢進症
ビタミン D 欠乏症に関する管理のガイドラインは,
と 合 わ さ っ て 複 雑 な 病 態 を と る の で,CKD-MBD
日 本 に は な い の で 米 国 小 児 科 学 会 の 2008 年 版
(chronic kidney disease-mineral and bone disorders)と 総
「Prevention of rickets and vitamin D de¿ciency in infants,
children and adolescents」を参照し,その上で日本の現
2)
称され,臨床的な課題として検討されている.
日本ではビタミン D 欠乏性くる病の発症率に関して明
状との違いを理解する必要がある .
確なデータはないが,10 万人に 9 人程度とする報告や新
ビタミン D 欠乏の第一原因は,ビタミン D の摂取
生児における頭蓋瘻の高頻度の発生の報告がある 4)5).
不足であるので,ビタミン D の栄養素としての必要量
アレルギー疾患の増加により,不適切な食品除去によ
を決定する必要がある.しかし,ビタミン D は,日光
るビタミン D 欠乏も多く報告されている.
照射による体内合成も可能であるので,必要摂取量の
日本の小児におけるビタミン D 欠乏症の実態を把握
決定が難しい.上述の米国の基準では 2003 年版では 1
するため,小児内分泌疾患を専門とする多施設共同の
日 200 単位であったビタミン D 推奨量が 400 単位(10
小児ビタミン D 欠乏症研究会を組織し,全国の小児科
μg)に引き上げられ,それも生まれた日から毎日必要
研修認定施設に対してビタミン D 欠乏症のアンケート
であるということが強調されている.これに対し,日
調査を行った.対象は,535 の全国の小児科研修認定
本の 2010 年版食事摂取基準によると,ビタミン D の
施設に対し,2003 年から 2007 年までの間におけるビ
30
大薗 恵一
〔ビタミン 86 巻
タミン D 欠乏症の診療経験をアンケート調査した.約
がみられる(図 1).また,不完全骨折と特有の仮骨形
50%の施設から回答があり,そのうち 85 施設でビタ
成の結果と考えられる透亮像は looser zone として知ら
ミン D 欠乏症の診療経験があった.全体の症例数は
れる.痙攣,テタニーなど低カルシウム血症に伴う症
531 例であった.診断としては,くる病が 53%,検査
状を伴うこともある.テタニーを誘発する手技を用い
値の異常のみが 31%,痙攣あるいはテタニーが 7%で
る診察所見として,Trousseau 徴候,Chvostek 徴候など
あった.また,血清 25OHD 測定を全例行っている施
がある.また,筋力低下を伴う事もある.成人では,
設は 61%であった.今回の調査により,小児ビタミン
ビタミン D 欠乏あるいは不足による骨粗鬆症の発症増
D 欠乏症はまれではなく,発症予防をより確実にする
加や,筋力低下による転倒リスクの増加が指摘されて
必要性があると考えられた.血清 25OHD 測定を行っ
いる.
ている施設が多く,本測定の診断上の重要性が理解さ
臨床検査では低カルシウム血症,低リン血症,高ア
れているものと考えられた.
ルカリホスファターゼ(alkaline phosphatase:ALP)血
病歴聴取の際にはビタミン D 欠乏症の危険因子を念
症,血中 PTH 高値,血中 25OHD 低値が認められる.
頭におく必要がある.危険因子としては,完全母乳栄
しかし,低カルシウム血症,低リン血症は同時に存在
養,母親のビタミン D 摂取不足,食事摂取不足,アレ
しない場合もあることに注意を要する(表 1).血清カ
ルギーなどによる食事制限,慢性下痢,外出の不足,
ルシウム値が急速に低値となる乳児期にはリン値は低
高緯度などがあげられる.
3.ビタミン D 欠乏症の臨床
値でないことが多く,またテタニー・痙攣などの低カ
ルシウム血症の症状が強く現れる(stage 1).その後,
PTH の作用により血清カルシウム値は正常下限に維持
臨床的には,骨格の変形や肋軟骨部の腫脹(くる病
されるようになるが,この時のリン値は低値となり,
念珠)および成長障害などがみられる.骨軟化症では,
骨 X 線上くる病所見がはっきりと出現する.また,歩
症状として骨痛を訴えることが多い.X 線学的には,
行開始時期とも重なり,O 脚や動揺性歩行がみられる
長管骨骨幹端にスプレッディング(骨端線の拡大),
(stage 2).さらに,血清カルシウム値も維持できなく
カッピング(盃状陥凹),フレイング(毛ばだち)など
なり,血清カルシウム値とリン値がともに低値となり,
重篤なビタミン D 欠乏症となる(stage 3).血中 1α,
25(OH)
2D 値は,ビタミン D 欠乏状態の指標とならな
いことに注意する必要がある.
筆者らは厚生労働省の難治性疾患克服事業の班研究
の一環として,低リン血症時の FGF23 の値が,低リン
血症性くる病とビタミン D 欠乏症の鑑別に有用である
事を報告している 6).FGF23 はリンの再吸収抑制のみ
ならず,腎近位尿細管に作用して活性型ビタミン D の
産生を抑制する.活性型ビタミン D は直接的にビタミ
ン D 受容体を介して,あるいは間接的に他の未知の分
子の産生を介して FGF23 遺伝子の転写を促進するの
で,両者はネガティブフィードバックを形成している.
4.ビタミン D 欠乏症の治療
ビタミン D 欠乏性くる病の治療には,1αOHD(ア
ルファカルシドール)の 0.1μg/kg/ 日程度の投与が行わ
れるが,症状の改善とともに減量する.腎石灰化や尿
路結石をきたさないよう,血中・尿中カルシウム値を
モニターし,過剰投与を避ける.ビタミン D 欠乏性く
図 1 くる病の骨単純 X 線像(膝関節)
大腿骨や脛骨などの長管骨骨幹端にスプレッディング(骨
端線の拡大),カッピング(盃状陥凹),フレイング(毛ば
だち)などがみられる.
る病であれば,血清カルシウム値,リン値,PTH 値,
ALP 値などに改善がみられ,くる病は徐々に改善する.
改善傾向が乏しい時には,診断を再度検討するととも
に,カルシウム剤を経口投与する.原因が不十分な食
1 号(1 月)2012〕
現代の栄養欠乏としてのビタミン D 欠乏
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表 1 ビタミン D 欠乏症の段階的分類
Stage
serum Ca
serum P
PTH
1,25(OH)2D
I
↓
→
→ or ↑
→ or ↑
II
→
↓
↑
↑
III
↓
↓
↑↑
→ or ↑ or ↓
事摂取など,生活習慣にある場合は同時にその改善も
文 献
指導する.
痙攣を伴う重度の低カルシウム血症の場合は,カル
シウム製剤の静注により血清カルシウム値を補正す
る.血清カルシウム値を補正してテタニー症状を軽快
させることを目的として,カルチコールなどの投与に
より急速にカルシウムを負荷するときは,心拍数の低
下をきたすことがあるので,心電図計でモニターする
1)大薗恵一(2002)カルシウム ‡ リン代謝異常症.日本小児科
学会雑誌 106, 1345-1354
2)Wagner CL, Greer FR, et al.(2008) Prevention of rickets and
vitamin D deficiency in infants, children, and adolescents :
American Academy of Pediatrics Section on Breastfeeding.
American:Academy of Pediatrics Committee on Nutrition.
Pediatrics 122(5), 1142-1152
必要がある.
3)厚生労働省策定 . 日本人の食事摂取基準(2010)ビタミン D,
5.結 語
4)Matsuo K, Mukai T, et al.(2009) Prevalence and risk factors of
124-129
ビタミン D 欠乏症は,現代の日本において稀ではな
vitamin D deficiency rickets in Hokkaido, Japan. Pediatr Int
く,その予防,診断,治療について再認識が必要である.
51(4), 559-562
5)YorifuMi J, YorifuMi T, et al.(2008):Craniotabes in normal
newborns: the earliest sign of subclinical vitamin D de¿ciency. J
Clin Endocrinol Metab 93(5), 1784-1788
6)Endo I, Fukumoto S, et al.(2008) Clinical usefulness of measurement of ¿broblast growth factor 23 (FGF23) in hypophosphatemic
patients: proposal of diagnostic criteria using FGF23 measurement. Bone 42(6), 1235-1239