Tomoyuki Oku 奥 智之 ワシントン駐在員事務所 所長 (202)463-0477, [email protected] 2007 年 8 月 20 日 ワシントン情報 (2007 / No.36) カトリーナが浮き彫りにした米国の洪水保険事情 米国はハリケーンシーズンを迎えた。2005 年 9 月に Louisiana 州 New Orleans 市を中心にメキ シコ湾岸を襲ったハリケーンカトリーナは、米国の歴史上最悪の自然災害といわれるが、同 時に米国の保険問題を露呈させた。例年、米国のどこかで豪雨による洪水被害が発生。つい 先週末も Minnesota 州で死者が出ている。米国では民間のホームオーナーズ保険が水害補償 を含まないため、連邦政府が洪水保険制度を運営している。しかし、保険料が高額のため加 入者数が伸び悩み、かつカトリーナによる莫大な損害補償発生のため財政状況も窮迫してい る。7 月 26 日、下院金融サービス小委員会は国家洪水保険制度の改正案を可決。上院銀行委 員会も 9 月の議会再開後に審議に入る予定。 出典:CIA “ The World Factbook” <全米洪水保険制度とは> 全米洪水保険制度(National Flood Insurance Program、通称 NFIP)は、1968 年に議会で可決さ れた全米洪水保険法に基づき創設された。国土安全保障省内の連邦緊急事態管理局(Federal Emergency Management Agency、通称 FEMA)が管轄している。FEMA によれば、洪水は「通 常乾いた 2 エーカー(約 8 千平方メートル)以上の土地や 2 個以上の財産(そのうち少なく とも一つは自分のものである)が、内陸の氾濫や高潮、ある水源からの地表水の異常かつ急 速な蓄積または流出、あるいは土石流によって一部または全体が浸水する一般的または一時 Washington D.C. Representative Office 1 的な状態1」と厳密に定義されている。これは、損害の原因が洪水であるか否かの判断が非常 に難しいためである。 一般のホームオーナーズ保険は、モラルハザードや保険支払請求が集中するリスクを嫌がり、 水害補償をカバーしていない(高額の保険料を設定し、水害補償を含む保険も少数ある)。 そのため水害補償に特化した NFIP が設置された。NFIP は住宅所有者や企業に水害保険を提 供するだけでなく、自治体が洪水対策を行うことを義務付けるというのが特徴である。 FEMA は直接または保険会社やエージェントを通じて保険を販売しているが、いずれの場合 でも FEMA が保険金の支払いを保証する。 洪水保険は個人または法人が直接契約するが、まず所属する自治体が NFIP に加入し、FEMA の定めた土地利用規制や洪水対策に従う必要がある。その条件を自治体が満たすことを前提 として、個人や法人は洪水保険を契約することができる。また、1973 年に制定された法によ り、連邦規制下にある金融機関は、洪水危険地域内の住宅所有者に住宅ローンを組む場合、 洪水保険に加入することを条件付けなければならない。金融機関が遵守しなかった場合、罰 金が課される。 <保険料水準と加入度> 洪水保険は基本的に徴収された保険料から支払われるが、請求額が積立額を超えた場合は連 邦財務省(公庫)から資金を調達することが出来る。カトリーナによって借用限度額は 15 億 ドルから 208 億ドルに増えた。保険料は毎年 NFIP によって設定され、地域によって保険料 は異なるが、$100,000 の補償で年間一人当たりおよそ$400 の保険料が請求される。水害の みを補償するにもかかわらず保険料は高額である。FEMA が作成している洪水保険地図で洪 水リスクの高い特別洪水危険地域(Special Flood Hazard Area)に指定されている地域住民の 約 50%が洪水保険に加入している2(NFIP 保険が 49%、民間保険が数%)。 <ハリケーンカトリーナで露呈した問題点> 米国過去最大級のカトリーナによって全米洪水保険制度 NFIP に新たな課題が持ち上がった。 1 つは、保険料が高額であるため、被災した約半数の人が洪水保険に入っていないことであ った。ホームオーナーズ保険は通常、水害補償が入っていない。ただ、水害の厳密な定義に もかかわらず、水害と判定するのは困難である。例えば、浸水による被害はホームオーナー ズ保険では補償されないが、割れた窓ガラスから吹き込んできた雨水による被害は補償され るなど判定が困難な部分がある。そのため、ホームオーナーズ保険のみに加入している被災 者は、風災による被害であることを主張して保険金を得ようとした。実際カトリーナでは、 Mississippi 州 Jim Hood 司法長官が「風災によって引き起こされた水害であるか否かにかかわ らず、保険会社は水害補償をすべて契約から除外しようとしている」と、保険会社を提訴し 1 FEMA. FIMA. “ National Flood Insurance Program.”August 1, 2002. http://www.fema.gov/library/file;jsessionid=08C0D1BC4DEC4F609D866AE4CA0560E7?type=publishedFile&file=nfipde scrip_1_.pdf&fileid=e6fdab40-80bd-11db-9aa6-000bdba87d5b 2 Rand Corporation. “ The National Flood Insurance Program’ s Market Penetration Rate.”2006. https://rand.org/pubs/technical_reports/2006/RAND_TR300.pdf Washington D.C. Representative Office 2 た。最初の訴訟を 2005 年 9 月 15 日に起こし、2007 年 1 月 23 日に全米最大の住宅保険会社 State Farm とは一旦和解したものの、和解内容を守らないとして 6 月 11 日に再度 State Farm を提訴している3。State Farm によれば、双方は法廷外でなお交渉中である。 New Orleans 市でもカトリーナで被災した住宅所有者たちが保険会社に対して、「洪水の原因 は、堤防の設計、建設、およびメンテナンスに不備があり堤防が破壊されたためで、保険会 社は保険の支払いを行うべきである」と提訴していた。ここで問題になったのは、“Act of God(神の行為)”によって引き起こされた水害と“Act of man(人間の行為)”によって引 き起こされた水害を区別するかということであった。しかし 2007 年 8 月 2 日、連邦控訴裁判 所は、「原因がいずれにせよ、洪水による損害への補償は行わないと契約に明記している」 として原告の訴えを退けた。 2つ目の問題は、カトリーナによる膨大な保険金支払責任が NFIP の財政状況を圧迫したこ とである。NFIP は基本的に徴収した保険料によって運営を行っており、請求額が積立額を超 えた場合にのみ公庫から資金を調達する。これは、金利を含めて返済する必要のある借金で ある。1994 年~2004 年までに NFIP は 3 度公庫より資金調達を行っているが、すべて金利も 含め返済している。一方、米会計検査院(GAO)の調査によれば、カトリーナの保険金支払 額は 200 億ドルにものぼり、2006 年 9 月末時点の FEMA の公庫からの借金は 169 億ドルであ った4(下院金融サービス小委員会によると 2007 年 7 月時点で約 180 億ドル5)。2005 年度の 総保険料収入が 20 億ドルであったことを考慮すると、公庫への完全返済は不可能であると GAO は予想している。しかし、そもそも NFIP は保険料収入から補償金および運営費用を支 払うよう設計されており、公庫(税金)でまかなうとなると NFIP 創設当初の考え方とは異 なってくる。 <NFIP 改正法案> 7 月 26 日、下院金融サービス小委員会は洪水保険改正案(HR3121)を可決。同法案の主な内 容は1)借入金限度の引き上げ、2)補償限度額の引き上げ、3)年間保険料引き上げ割合 限度の年 10%から 15%への拡大、4)風災補償の追加、5)洪水保険を義務化しない金融機 関への罰金の増加、6)来年期限切れになる NFIP の 5 年延長。 上院銀行委員会では 9 月の議会再開後に審議が開始される予定である。しかし同法案は、洪 水危険地域の居住者へ融資する際に洪水保険加入を義務付けるのを怠った金融機関への罰金 額を引き上げるため、銀行業界から反発を受けている6。昨年、同様法案が上院銀行委員会で 可決されたが、その後 Louisiana 州上院議員 2 名にさえぎられている。さらに、NFIP が来年 期限切れになることから、それまで本格的な審議は延期されるのではないかとも予想されて いる。 3 Attorney General Jim Hood Website. http://www.ago.state.ms.us/news/ GAO Report. December 2006. www.gao.gov/new.items/d07169.pdf 5 House Committee on Financial Services. Press Release. July 17, 2007. http://www.house.gov/apps/list/press/financialsvcs_dem/press0727072.shtml 6 American Banker. “ Flood Insurance Reform’ s Future Uncertain.”April 10, 2007 4 Washington D.C. Representative Office 3 <格差社会での保険設計の困難> 貧しく保険料負担能力がなく洪水保険に未加入の層が、実際には低地の洪水リスクの高い地 域に住む例は多い。洪水保険のような保険は、保険料を高くすれば加入者が継続購入せず、 加入者が減ってしまえば保険自体が機能しない。保険料を安くすると、カトリーナ級の大規 模災害に伴う資金不足を税金で補填することの可否が議論となる。しかし洪水のような自然 災害の被害者には世論の同情が集まり、保険会社は往々にして「悪者扱い」されてしまう。 保険の設計はかくも難しい。また、カトリーナへの Bush 政権の対応は不手際が多く、低所得 者に冷たいとして、政権支持率低下の大きな要因のひとつとなったように政治的影響も大き い。 国連によると、1994 年から 2003 年の 10 年間の洪水、地震、ハリケーンなど自然災害の被害 者数は、その前の 10 年間に比べ 6 割も増えたという。地球温暖化の影響を指摘する科学者も いる。カトリーナ被害に伴う保険制度の見直しがまだ決着しない中で、今週、米国のメキシ コ湾岸はハリケーン“Dean”の接近に怯えている。 (担当:龍野裕香) (e-mail address:[email protected]) 以下の当行ホームページで過去20件のレポートがご覧になれます。 https://reports.us.bk.mufg.jp/portal/site/menuitem.a896743d8f3a013a2afaaee493ca16a0/ 本レポートは信頼できると思われる情報に基づいて作成しておりますが、その正確性、完全性を保証するものではあり ません。また特定の取引の勧誘を目的としたものではありません。意見、判断の記述は現時点における当駐在員事務所長 の見解に基づくものです。本レポートの提供する情報の利用に関しては、利用者の責任においてご判断願います。また、 当資料は著作物であり、著作権法により保護されております。全文または一部を転載する場合は、出所をご明記くださ い。 本レポートのE-mailによる直接の配信ご希望の場合は、当駐在員事務所長、あるいは担当者にご連絡ください。 Washington D.C. Representative Office 4
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