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https://dspace.jaist.ac.jp/
Title
基軸通貨の生成・崩壊および安定化に関する人工市場
と実証による研究
Author(s)
橋本, 敬
Citation
科学研究費助成事業研究成果報告書: 1-5
Issue Date
2013-06-02
Type
Research Paper
Text version
publisher
URL
http://hdl.handle.net/10119/11365
Rights
Description
研究種目:挑戦的萌芽研究, 研究期間:2011∼2012,
課題番号: 23651154, 研究者番号:90313709, 研究分
野:進化経済学,知識科学, 科研費の分科・細目:社
会・安全システム科学,社会システム工学・安全シス
テム
Japan Advanced Institute of Science and Technology
様式F-19
科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金)研究成果報告書
平成25年6月
2日現在
機関番号:13302
研究種目:挑戦的萌芽研究
研究期間:2011~2012
課題番号: 23651154
研究課題名(和文)基軸通貨の生成・崩壊および安定化に関する人工市場と実証による研究
研究課題名(英文)Research on formation, collapse and stabilization of key currency by
artificial market and empirical investigations
研究代表者
橋本 敬(HASHIMOTO TAKASHI)
北陸先端科学技術大学院大学・知識科学研究科・教授
研究者番号:90313709
研究成果の概要(和文):
国家間の関係性が取引活動に応じて変化する通貨モデルにより,動的関係性を考慮した基軸通
貨の振る舞いを分析した.基軸通貨が他の通貨を惹きつけるように新たな関係を構築するダイ
ナミクスが生じることを示した.交換の普遍性が実現されるには,商品に対する多様な価値観
が存在し,交換により互いの状況を改善できることが必要となる.これを考慮し,商品交換か
ら貨幣が自生自壊し価格が形成されるまでをシミュレートできる進化的価格形成モデルを構築
した.
研究成果の概要(英文):
The behavior of key currency and dynamic relationship among currencies were analyzed using
a new currency model in which relationship among countries change through transaction
activities. It was show that currency relationship structure dynamically formed through
the attraction of other currencies by a key currency. In order to realize universality
of exchange, there must be various senses of value for goods and exchange behavior between
goods must improve the situation of individuals in both side of the exchange. A new
evolutionary price formation model was constructed which could simulate a process from
goods exchange to the emergence and collapse of money, and to the price formation.
交付決定額
(金額単位:円)
交付決定額
直接経費
3,000,000
間接経費
900,000
合
計
3,900,000
研究分野:進化経済学,知識科学
科研費の分科・細目:社会・安全システム科学,社会システム工学・安全システム
キーワード:基軸通貨,国際通貨制度,人工市場,生成・崩壊,安定化,べき法則,ドラゴン
キング
1.研究開始当初の背景
基軸通貨は国際取引コストの削減や財・サ
ービスの世界規模での交換を可能にする重
要な国際公共財である。しかし,近年の世界
金融危機を背景にして基軸通貨ドルへの不
信が拡大し,それによる世界経済への影響が
懸念され,新たな国際通貨制度の検討も進め
られている(鳥谷,2009; United Nations,
2009)。
実効性ある制度の設計には,対象現象の安
定性を高める・脅かすメカニズムを知ること
が有効であるが,基軸通貨の生成・崩壊・安
定化のメカニズムはまだ十分に解明されて
いない。過去の事例について様々な知見があ
るものの(Kindleberger, 1981; 田所,2001),
これまでの基軸通貨は金・ポンド・ドルしか
なく,実験的な制度設計も困難で,実証的ア
プローチには限界がある.
ルの分析で,複数の国家や地域群を越えて高
い市場性を持つ基軸通貨が生成・崩壊するこ
と,そして,その持続期間の分布が非常に長
い時間スケールに渡りべき法則を示すこと
が分かっている(図1).
1e+006
100000
10000
頻
度
F re q e n c y
近年,人工市場アプローチのもつメカニズ
ム理解の可能性が注目されている。このアプ
ローチでは,計算モデルとシミュレーション
の操作・観察可能性を活かし,市場の法則性
やその法則が生じるメカニズムが検討され
る。安冨(2000)はこのアプローチにより,商
品から貨幣が創発・崩壊するメカニズムを明
らかにした.Yamashita ら(2005)は安冨の研
究を国際貿易モデルに発展させ,貨幣の自己
触媒的なメカニズムにより基軸通貨が生成
することを示した.
しかし,安冨のモデルでは,貨幣の持続期
間が短い時間スケールでしかべき分布を示
さず,Yamashita らのモデルではそもそも不
安定化のメカニズムが存在しない.すなわち,
崩壊が前提にされながら長期安定する基軸
通貨を実現するメカニズムは,人工市場研究
でもまだ明らかになっていない.また,人工
市場モデルから得られた知見は,基軸通貨に
関する実証的知見とうまく接合されておら
ず,制度の設計には活かされていない
1000
100
10
1
1
10
100
1000
10000
100000
1e+006
持続期間
Duration
図1:基軸通貨の持続期間の分布
2.研究の目的
本研究では,基軸通貨の人工市場モデル研
究と政治経済学的分析・統計データ解析によ
る実証的研究を有機的に結合し,基軸通貨の
生成・崩壊・安定化のメカニズムを解明する.
そして,国際通貨制度の設計に寄与する知見
をもたらすことを目的とする.
具体的には,以下3点の達成を目指した.
(1)モデル研究:基軸通貨の生成・崩壊・
長期安定の可能性がある人工市場モデルを
構築し,べき法則発生要因,および,内生的・
外生的ショックや変化への応答を明らかに
する.
(2)実証研究:様々な国際通貨制度の政治
経済学的分析を行い,重要変数,パラメータ
等の特徴を明らかにする.また,為替データ
の統計解析よりモデルと対応するべき法則
を示す.
(3)両者の結合:国際通貨制度の分析に基
づいた具体化したモデルの構築とその分析
により,近年提案されている国際通貨制度の
安定性検証を行う.また,モデル・統計の両
解析の知見を合わせ,ドラゴンキング現象の
生じるメカニズムを明らかにする.
3.研究の方法
現在の基軸通貨ドルは,金とのリンクとい
った実体的価値がないまま国家・地域の枠を
越えて流通している.このような性質を持ち
得る国際金融市場モデルを,安冨(2000)の貨
幣の生成崩壊に関する人工市場モデルをベ
ースに構築する.
流動性選好(Kaynes, 1936)と地政学的関
係を導入した国際金融市場の予備的なモデ
予備的モデルでは流動性選好を外部から
設定として導入しているが,これをシミュレ
ーションの結果として創発する性質にする.
具体的には,取引主体が各通貨をどの程度保
有しようとするかの戦略を持ち,他主体の保
有通貨に関する知識が伝播するようにモデ
ルを変更する.保有通貨の戦略を取引状況に
応じて改定できれば,他主体の保有量の高い
通貨を保有しようとする性質(流動性選好)
が創発する可能性がある.
構築した国際金融市場モデルにおいて,基
軸通貨の生成・崩壊のダイナミクスや統計量
のべき分布を確認し,生成・崩壊のメカニズ
ムとべき分布が長期時間スケールで生じる
メカニズムを調べる.
実証的研究として,代表的な国際通貨制度
の分析を行う.すなわち,過去,および,近
年提案されている国際通貨制度の特徴を分
析する.田所(2001)は,過去から現在までの
基軸通貨を取り巻く国家間交渉や通貨政策
の変遷の歴史を詳細に分析し,国際通貨制度
の原型とその秩序原理及び信認問題につい
てまとめている(右表にその一部を示す).
この分析を,本研究で構築したモデルおよび
その結果との対比に拡張し,基軸通貨の過去
事例を対象として整理し分析する.
この国際通貨制度の分析結果を国際金融
市場モデルに組み込む.分析の軸とした秩序
原理や信認問題を扱えるよう,必要に応じて
モデルの拡張を行い,抽象的モデルを具体化
させる.この具体化モデルにより,過去事例,
提案制度の働き方のシミュレーション分析
を行い,それら制度の安定性を検討する.
モデル研究で調べたメカニズムに関する
知見と,統計分析・実証的制度分析の知見を
総合し,基軸通貨に関する国際通貨制度を提
言するためのまとめを行い,本研究のインプ
リケーションを提示する.
4.研究成果
まず基軸通貨の生成・崩壊・長期安定のメ
カニズム分析が可能な人工市場モデルの構
築を進めた.物々交換から貨幣が自生・自壊
すること示した安冨(2000)の貨幣モデルに
流動性選好と地政学的関係を導入した基軸
通貨の国際金融市場モデル(辻野・橋本,
2010)を発展させ,主体(国家)間の関係性
が取引活動に応じて変化する新たな通貨モ
デルにより動的関係性を考慮した基軸通貨
の振る舞いを分析した.本モデルでは,通貨
評価と取引評価を新たに設計している.通貨
評価は通貨の受領性を示す指標であり,取引
評価は相手が自分にとって有益な取引相手
かどうかを評価する指標である.これらの指
標から各主体の属性が決まり,その属性間の
相対関係として国家間の関係が取引に応じ
て動的に変化する.
本モデルのシミュレーション実験より,通
貨評価が低い主体が高い主体に近づくよう
に大きく属性が変動し,変動が少ない主体も
基軸通貨を発行する主体の周囲を回るよう
動くという振る舞いを示した.図2は取引評
価属性と通貨評価属性をそれぞれ XY 軸とし
た空間で,各エージェントの動きを表してい
る.通貨評価が低いエージェント(図2(a))
は自身の属性の変動が大きく,通貨評価が高
いエージェント(図2(b)(c))の変動は小さ
い.これは,自身の通貨評価が最大の場合は
属性を変化させないためである.逆に,通貨
評価が低いエージェントは高いエージェン
トに近づこうと動くため変動が大きくなる.
エージェント2とエージェント3は共に変
動が少ないが,よく観察すると基軸通貨であ
るエージェント(図2(b))の周囲を回るよ
うにもうひとつのエージェント(図2(c))
が動いているのが分かる.これは,通貨評価
の高いエージェントに惹きつけられるよう
にして,他のエージェントはそれぞれの属性
を変化させ,新たな関係を発展的に形成して
いることを意味する.
この研究を発展させ,価格を考慮したモデ
ル構築を進めた.交換の普遍性(塩沢,2004)
が実現されるには,商品に対する多様な価値
観が存在し,交換により互いの状況を改善で
きることが必要となる.しかし,安冨モデル
では商品の価値を一定と仮定しており,交換
がおこなわれる基礎要件を満たさない.そこ
で,商品に対する多様な価値が存在する状況
を考慮し,商品の交換過程から貨幣が自生自
壊し,そして,価格が進化的に形成されるま
でを一貫してシミュレートできる進化的価
格形成モデルを構築した.
(a)
(b)
(c)
図2:動的主体間関係モデルの結果
近年,伝統的経済学が依拠してきた人間像
を改訂し,認知科学・脳神経科学・進化心理
学といった自然科学的方法論により明らか
にされつつある人間の社会性に基づいて社
会科学を再構築する,社会科学の自然化の機
運が高まっている.この自然化という観点か
ら,本研究のベースとなる基本的社会・経済
観と進化経済学の方法論について考察を進
めた.本研究が立脚する複雑系科学の立場で
は,相互作用とダイナミクスを重視する.そ
の立場から見るならば,社会は創発的な階層
構造であり,また,主体(ミクロ),制度(メ
ゾ),社会的帰結(マクロ)の間の循環的因
果であるミクロメゾマクロ・ループによって
動いている(図3)。そのため,社会の動き
を社会的状況における個人の意思決定の集
合に還元して理解することはできない.すな
わち,「自然化すれども還元せず」というス
ローガンが成り立つ.複雑系科学は,創発や
複雑な因果による動的な現象を解明する科
学的企てであり,したがって還元せずに自然
化する経済社会の解明を進める上でも不可
欠である.
社会的帰結
(マクロ)
相互作用
制度
(メゾ)
相互作用
共有された意識
戦略ルールダイナミクスが変わる.こうする
ことで,制度をゲームルール間相互作用,ゲ
ームルール-戦略ルール間相互作用を通じ
て内生的に生成・変化・消滅するものと捉え
ることができる.
これまで,主体は最も利得の高い戦略を選
択できる合理的主体を考えるなど,合理性の
限界を考慮しないことが多く,限定合理性を
導入する場合もその認知枠や価値は与件だ
ったが,メタルールとして主体の認知枠や価
値を表現される内部ダイナミクスを持つ主
体を想定し,メゾレベルの外部ルールとして
の制度とミクロレベルの主体の内部ルール
としての戦略ルールや価値意識の間の動的
相互作用を分析する点に独創性がある。
5.主な発表論文等
(研究代表者、研究分担者及び連携研究者に
は下線)
相互作用
主体の認識・行動
(ミクロ)
図3:ミクロ・メゾ・マクロ・ループ
このミクロ・メゾ・マクロ・ループを顕わ
に考慮した数理モデルとして,進化ゲーム理
論を拡張し,制度生態系の数理モデルを構築
した.従来のゲーム理論的制度研究では,制
度変化はゲーム形式の外生的変化か,外生的
ショックによるゲームの均衡の変化とみな
されてきた.これらの制度観はいずれも静的
で,実際の社会で見られる内生的制度変化を
取り扱うことはできない.後者のアプローチ
は,制度的補完性により複数の制度システム
が安定的に維持されることを記述している
が,その変化はこの補完性を覆すほど大きな
外生的ショックがあることにより生じるの
であり,内生的変化を通じて複数制度が相対
頻度を変えながら競争・共存する様態を記述
できていない.
本研究は,このような個体群(ポピュレー
ション)の構成遺伝子(複製子としてのルー
ル)プールの変化を伴って系統発生的に進化
する制度システムを記述できるよう,レプリ
ケータ・ダイナミクスと進化ゲーム理論の統
合・拡張として制度生態系をモデル化するも
のである.制度生態系の数理モデル(Rule
Ecology Dynamics, RED)では,複数ルール
が行為主体に評価されながら重みを変えて
いくルールダイナミクスが表現される
(Hashimoto
and
Nishibe,
2005;
Hashimoto,2006).モデルにはルール評価の
ための「メタルール主体の価値意識」が導
入されており,メタルールの設定次第で実現
されるゲームルールダイナミクスと主体の
〔雑誌論文〕
(計2件)
1. 橋本敬,西部 忠,制度生態系の理論モ
デルとその経済学的インプリケーショ
ン, 経済学研究(北海道大学大学院経済
学研究科),査読無,vol.61, no.4, 2012,
pp.131–151
2. 辻野正訓,橋本敬,動的関係性を考慮し
た国際通貨モデルの分析,第 14 回知識
科学シンポジウム論文集,2011,査読無,
p.120
〔学会発表〕
(計5件)
1. 辻野正訓,橋本敬,通貨の生成崩壊を考
慮した通貨戦争シミュレーション構想,
進化経済学会第 17 回大会,
2013/3/16-17,
中央大学多摩キャンパス(八王子,東京)
2. 橋本敬,自然化すれど還元せず:複雑系
科学の立場から考える「経済学の自然
化」,シンポジウム「経済学の自然化を
考える」,2012/11/23,中央大学後楽園
キャンパス(文京区,東京)
3. 橋本敬,小林重人,西部忠,制度生態系
と進化主義的制度設計-理論モデルと
貨幣意識調査-,公開ワークショップ
「制度生態系アプローチによる経済政
策論の展開」
,2012/8/6,北海道大学 百
年記念会館(札幌,北海道)
4. 橋本敬,パネルディスカッション:ボー
ルズ・ギンタスの進化社会科学とわれわ
れの立場,進化経済学会 第 16 回大会,
2012/3/18,摂南大学(寝屋川,大阪)
5. 辻野正訓,橋本敬,動的関係性を考慮し
た国際通貨モデルの分析,第 14 回知識
科学シンポジウム,2011/11/13,学術総
合センター(東京)
〔図書〕(計1件)
1. 橋本敬,河出書房新社,『経済学に脳と
心は必要か?』(第8章「自然化すれど
も還元せず-複雑系科学の立場から」),
pp.183-206
6.研究組織
(1)研究代表者
橋本 敬(HASHIMOTO TAKASHI)
北陸先端科学技術大学院大学・知識科学研
究科・教授
研究者番号:90313709
(2)研究分担者
安冨 歩(YASUTOMI AYUMU)
東京大学・東洋文化研究所・教授
研究者番号:20239768
田所 昌幸(TADOKORO MASAYUKI)
慶應義塾大学・法学部・教授
研究者番号:10197395