小児耳 30(3): 299303, 2009 原 著 初診時に鼻腔内異物を疑われた小児逆生歯牙の 2 例 (鼻腔内逆生歯牙) 川 畠 雅 樹,大堀純一郎,黒 野 祐 一 (鹿児島大学大学院医歯学総合研究科聴覚頭頸部疾患学) 鼻腔内異物を疑われた小児の鼻腔内逆生歯 2 例を経験したので報告する. 症例 1 は 6 歳の男児。鼻閉を主訴に近医耳鼻咽喉科を受診した。右総鼻道に白色塊を認 め,異物を疑われ摘出を試みられるも困難であった為,同日,当科紹介となった。全身麻酔 下に摘出術を行った。白色塊は鼻腔底より肉芽組織を伴って突出しており,鉗子を用いて容 易に摘出できた。歯根を伴った歯牙であった。 症例 2 は 8 歳の男児。急性中耳炎にて近医耳鼻咽喉科を受診した際,左鼻腔内の白色塊を 指摘された。鼻腔内異物を疑われ摘出を試みられるも困難であった為,当科紹介された。左 総鼻道に固い白色塊を認め,先端は下鼻甲介に刺入していた。全身麻酔下に摘出術を行っ た。鉗子を用いて容易に摘出できた。犬歯状の歯根を伴った歯牙であった。 2 例とも萌出歯は過剰歯であった。小児の場合,鼻腔内逆生歯は鼻腔内異物を疑われる可 能性があり,念頭に入れるべき疾患であると考えられた。 キーワード逆生歯牙,鼻腔,異物,過剰歯 を受診。右総鼻道に白色塊を認め,異物を疑わ はじめに れ摘出を試みるも固着しており摘出困難であっ 逆生歯牙は歯牙が鼻腔や上顎洞に萌出する比 た為,同日,当科紹介された。 較的まれな疾患である。本邦では 1901 年に金 初診時所見 杉1) の 報 告 以 来 140 例 以 上 の 報 告 が あ る 。 今 画像所見単純 X 線(後前方撮影,waters 法) 回,われわれは鼻腔内異物を疑われた小児の鼻 。 では,右鼻腔内にわずかに陰影を認めた (図 1) 腔内逆生歯 2 例を経験したので,若干の文献的 経過診察,処置の協力も得られず,同日,全 考察を加えて報告する。 身麻酔下に鼻内内視鏡を用いて鼻腔内白色塊の 症 観察および摘出を行った。白色塊は鼻腔底より 例 肉芽組織を伴って突出しており,鉗子で容易に 症例 16 歳,男児。 摘出できた。摘出した白色塊は歯根を伴った歯 主訴鼻閉。 牙であった(図 2 )。その後,オルソパントモ 既往歴特記すべきことなし。 グラフィーで永久歯を全て確認し,過剰歯牙に 現病歴平成 17 年 12 月 6 日,近医耳鼻咽喉科 よる鼻腔内逆生歯であったと診断した。 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科聴覚頭頸部疾患学(〒890 8520 ― 113 ― 鹿児島県鹿児島市桜ケ丘 8 丁目35番 1 号 5) ( 299 ) 小児耳 30(3), 2009 川畠雅樹,他 2 名 図 症例 1 の単純 X 線所見 左) waters 法 右)後 前方撮影 右鼻腔内には,異物と思われる陰影をわずかに 確認できるも,歯牙と判断するには及ばなかっ た。 図 症例 1 の所見 左)右鼻腔内の内視鏡所見 右) 摘出標本 右総鼻道に肉芽を伴った白色塊を認めた。摘出 した白色塊は15 mm 大の犬歯状歯牙であった。 図 症例 2 の所見 左)単純 X 線(後前方撮影) 右)左鼻腔内の内視鏡所見 単純 X 線で,左総鼻道に歯牙を疑う陰影を認め た。内視鏡にて左総鼻道の鼻腔底より突出する 白色塊を認め,先端は下鼻甲介に刺入していた。 図 症例 2 の所見 左) CT (冠状断) 右)摘出標 本 CT で左鼻腔底より下鼻甲介に刺入する逆生歯牙 を認めた。摘出標本は 20 mm 大の犬歯状歯牙で あった。 症例 28 歳,男児。 主訴耳痛 既往歴特記すべきことなし。 現病歴急性中耳炎にて平成 18 年 7 月 7 日, 近医耳鼻咽喉科を受診した。急性中耳炎の診断 経過過剰歯による固有鼻腔内逆生歯牙の診断 であったが,その際に左鼻腔内の白色塊を指摘 で,平成 18 年 8 月 25 日,全身麻酔下に鼻内内 された。鼻腔内異物を疑われ,摘出を試みるも 視鏡を用いて摘出を行った。下鼻甲介に刺入し 困難であった為,平成 18 年 7 月 10 日,当科紹 ている部位を外した後,鉗子を用いて容易に摘 介された。 出できた。犬歯状の歯根を伴った歯牙であった。 初診時所見左総鼻道に固い白色塊を認め,先 考 端は下鼻甲介に刺入していた(図 3)。 画像所見単純 X 線(後前方撮影,waters 法) 察 逆生歯牙とは歯牙が正常歯列から外れ,歯冠 にて,右鼻腔に歯牙を疑う陰影を認めた。副鼻 が正常と全く逆方向に向かったもので,固有鼻 腔単純 CT にて,左鼻腔底より下鼻甲介に刺入 腔内や上顎洞に萌出する比較的まれな疾患であ する逆生歯牙を認め(図 4 ),永久歯を全て確 る。本邦では 1901 年に金杉1) の報告以来 140 例 認した。 以上の報告があり,固有鼻腔内,上顎洞内,上 ( 300 ) ― 114 ― 初診時に鼻腔内異物を疑われた小児逆生歯牙の 2 例(鼻腔内逆生歯牙) 表 小児耳 30(3), 2009 年齢別の症例数 顎骨内での発生部位は 9 4 1 と固有鼻腔が 表 最も多い2)とされている。 種 15歳未満 症例数() 15歳以上 症例数() 過 剰 歯 27(79.4) 19(70.4) 歯 1( 2.9) 0( 0) 永久歯 3( 8.8) 3(11.1) 明 3( 8.8) 5(18.5) 34 27 歯 これまで本邦における鼻腔内逆生歯牙症例を 天野ら3),小田ら4),穐山ら5),渡辺6)らがまと め て報告 してい る。そ の後の 報告7)~12) も 含 固有鼻腔内逆生歯牙の歯種別 乳 正常歯 め,渉猟し得た範囲で, 1982 年以降の論文と して報告された固有鼻腔内逆生歯症例は本例を 不 含め 61 例であった。そのうち, 15 歳以下の症 計 例が34例(55.7)と半数以上を占め,なかで も 8 歳前後に多い結果であった(表 1)。 症状については, 15 歳未満, 15 歳以上のい 逆生歯牙の原因については,胎生期における 歯胚の転移,過剰歯胚,乳歯の晩期残存による ずれでも鼻汁,鼻閉,鼻出血が約 40 を占め 永久歯の萌出障害や外傷,先天性梅毒,口蓋裂 ていた。 15 歳未満では症状がないか,あるい などによる上顎骨の障害時に発生すると考えら は学校健診で見つかった症例が14例(41.2) れている13) 。本例を含めた過去の報告 61 例の を占めていた一方で, 15 歳以上では症状がな うちで,奇形の合併は口蓋裂が 6 例(9.8), いものはわずか 2 例(7.4)であった(表 4)。 後鼻孔閉鎖症 1 例( 1.6 )であった。今回の 小児が成人に比較し,症状を訴えにくく,ま 2 例については,歯列が完成し,歯牙の欠損が た,無症状の鼻腔内逆生歯牙の発見に学校健診 ないことより過剰歯胚による逆生歯牙と考えら がきっかけとなっていることが考えられる。 れた。過去の報告例でも過剰歯によるものが多 今回の 2 例とも前医で鼻腔内異物を疑われ摘 かった(表 2 )。正常歯のうち,乳歯の頻度が 出を試みられたが,周囲組織に固着して摘出困 低い理由については,上方に永久歯が存在する 難とのことで当科紹介となった。1 例目につい ためと考えられている5)。歯牙形態は犬歯が最 ては,単純 X 線(後前方撮影, waters 法)を も多かったが(表 3 ),上顎洞内に認められる 行い,右鼻腔内にわずかに陰影を認めたが,逆 逆生歯牙は臼歯が最も多いとされている14)。 生歯牙の診断はつかず,異物の精査および摘出 ― 115 ― ( 301 ) 小児耳 30(3), 2009 表 川畠雅樹,他 2 名 診断がつかないこともあり,鼻腔内に固着する 固有鼻腔内逆生歯牙の形態別 白色塊を認めた際には,異物と決めつけず,オ 15歳未満 症例数() 15歳以上 症例数() 鼻汁 3( 8.8) 2( 7.4) 鼻閉 5(14.7) 6(22.2) 治療については,症状がなくても鼻腔内に完 鼻出血 6(17.6) 3(11.1) 全に歯冠が露出した状態を放置した場合には, 疼痛 0 4(14.8) 周囲粘膜に細菌感染による炎症性病変を来す可 鼻腔内違和感 0 3(11.1) 能性があり19),積極的に摘出するべきと考えら 悪臭 0 3(11.1) れている。逆生歯牙は歯根部が短く動揺してい 顔面腫脹 2( 5.9) 0 ることが多く比較的容易に摘出できる20)とされ その他 4(11.8) 4(14.8) なし 4(11.8) 2( 7.4) 10(29.4) 0 34 27 症 状 学校健診 計 ルソパントモグラフィーや CT を積極的に行い 判断するべきと考える。 ている。これまでの報告例でもほとんどが経鼻 的に鉗子で容易に摘出されており,高齢になる ほど,摘出が困難になるといった傾向も認めな かった。但し,歯根が深く入り込み,一部が残 存したと思われる症例21)や鼻内からの鉗子での 摘出が困難で歯齦部切開を要した症例22) もあ 表 る。いずれも逆生歯牙が臼歯であった例であ 固有鼻腔内逆生歯牙の症状別 歯牙形態 15歳未満 15歳以上 り,術前画像検査で臼歯の逆生が疑われる場合 は,鼻内からの摘出が困難な可能性も考慮する 犬 歯 15(44.1) 18(66.7) 切 歯 5(14.7) 0 臼 歯 1( 2.9) 2( 7.4) 着した白色塊の場合は,逆生歯牙を念頭にい 0 1( 3.7) れ,積極的に画像精査を行う必要があると考え 13(38.2) 6(22.2) られる。また,逆生歯牙であった場合には,摘 34 27 出前に犬歯状なのか臼歯状なのかを確認するこ 犬歯・臼歯の合併 不 明 計 必要があると考える。 小児の鼻腔内異物が疑われる際に,周囲と固 とが望ましいと考えられる。 ま を目的に全身麻酔下の内視鏡観察を行い,摘出 の段階で逆生歯牙の診断がついた。2 例目では, 1 例目の経験があったこともあり,鼻腔内所見 生歯牙の小児 2 症例を報告した。 文 い, CT を行ったところ,過剰歯による固有鼻 に,これまでにも異物として摘出した後に逆生 歯牙と判明した報告がある6)。小児の場合,異 物を入れたかどうかを聞き出すことが困難なこ ともあり,成人と比較し,より異物との鑑別に 注意を要すると考える。異物以外の鑑別疾患に は,骨腫,鼻石,歯原性石灰化上皮腫などがあ る15)16) 。逆生歯牙を核とする鼻石の報告もあ る17)18) 。 1 例目のように,単純 X 線のみでは ( 302 ) め 当初,鼻腔内異物を疑われた,固有鼻腔内逆 および単純 X 線にて固有鼻腔内逆生歯牙を疑 腔内逆生歯牙と診断がされた。本症例と同様 と 献 1) 金杉英五郎鼻腔内歯牙発生ノ一例(歯牙過贅) 並ニ「デモンストラチオ」.日本耳鼻咽喉科学会会報 7: 7381, 1901. 2) 清水俊之,西屋圭子,内田 淳,他逆生歯牙に よる上顎洞炎の 1 症例.JOHNS 21: 541544, 2005. 3) 天野孝志,生駒尚秋鼻腔内逆生歯の 1 例とその 文献的考察.耳鼻と臨床 36: 11261131, 1990. 4) 小田明子,吉原利雄鼻腔内に萌出した逆生歯の 1 例.耳鼻と臨床 44: 139144, 1998. 5) 穐山直太郎,高崎賢治,大里康雄,他固有鼻腔 内 逆 生 歯 の 2 例 . 耳 鼻 咽 喉 科 臨 床 97: 963 966, 2004. 6) 渡辺哲夫,本幡 瞳,鈴木正志鼻腔内に発生し ― 116 ― 初診時に鼻腔内異物を疑われた小児逆生歯牙の 2 例(鼻腔内逆生歯牙) た 逆 生 歯 の 3 例 . 耳 鼻 咽 喉 科 臨 床 101: 349 354, 2008. 7) 山口宗太,大越俊夫,大久保はるか,他鼻腔内 逆 生歯牙の 1 症例 .耳鼻咽 喉科・ 頭頸部外 科 79: 691693, 2007. 8) 中條智恵,横林康男,加藤佑介,他鼻腔内に認 められた過剰埋伏歯の 1 例.富山県立中央病院医学 雑誌 30: 51 53, 2007. 9) 廣田阿佐緒,橋川直浩,香山智佳,他固有鼻腔 内にみられた逆生歯牙の 1 症例.甲南病院医学雑誌 24: 2830, 2007. 10) 井上真規,中川千尋,小倉健二,他鼻腔内逆生 歯牙の 1 症例.耳鼻咽喉科展望 51: 222225, 2008. 11) 内田啓一,黒岩博子,宇津野創,他鼻腔内に認 められた過剰歯の 1 例.日本口腔診断学会雑誌 21: 227230, 2008. 12) 正木義男鼻腔内逆生歯例.耳鼻咽喉科臨床 102: 259261, 2009. 13) 鈴木盛明上顎洞内過剰逆生歯牙の 1 症例.耳鼻 咽喉科臨床 51: 6365, 1958 14 ) 岡 秀樹,高 安定,深澤啓二郎,他内視鏡下 に摘出した上顎洞逆生歯牙例.耳鼻咽喉科臨床 98: 373376, 2005. 15 ) 北村 健,尾崎正義,梅村 仁,他固有鼻腔内 骨組織の 2 症例.耳鼻臨床 84: 15311539, 1991. 16) Moreano EH, Zich DK, Goree JC, et al: Nasal 小児耳 30(3), 2009 Tooth. Am J Otolaryngol 19: 124126, 1998. 17) 山本英一,秋定 健,中川信子,他逆生歯牙を 核 と し た 鼻 石 症 例 . 耳 鼻 咽 喉 科 59: 1073 1077, 1987. 18) 渡邊弘子,竹内直信,近藤健二,他逆生歯牙を 核とする鼻石ノ 1 症例.耳鼻咽喉科・頭頸部外科 76: 130133, 2004. 19) Dayal PK, Dewan SK: Eruption of a tooth into the nasal cavity due to osteolyelitis. J Laryngol Otol 95: 509512, 1981. 20) 小林仁和,田中弘之固有鼻腔内逆生歯牙の 2 症 例.耳鼻と臨床 28: 10991102, 1982. 21) 山内大輔,綿谷秀弥,上田成久,他埋状過剰歯 牙であった固有鼻腔内逆生歯牙の 2 症例.耳鼻咽喉 科展望 42: 604608, 1999. 22) 福山康彦,磯野道夫,村田清高固有鼻腔に萌出 した逆生歯牙.耳鼻咽喉科臨床 87: 463 466, 1994. 原稿受理 2009年10月 5 日 別刷請求先 〒 890 8520 鹿児島県鹿児島市桜ケ丘 8 丁目 35番 1 号 5 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科聴覚頭頸部 疾患学 川畠雅樹 Two cases with inverted tooth in nasal cavity misdiagnosed as a foreign body at ˆrst Masaki Kawabata, Junichiro Ohori, and Yuichi Kurono Otolaryngology & Head and Neck Surgery, Kagoshima University Graduate School of Medical and Dental Sciences We reported two cases with an inverted tooth in nasal cavity diagnosed as a foreign body at ˆrst. Case1 was a 6-year-old boy who complained of nasal obstruction. A hard white mass was observed in the right nasal cavity and was considered to be a foreign body. Under general anesthesia, the mass was removed under transnasal endoscopy and was found to be a supernumerary tooth. Case2 was an 8-year-old boy who visited an ear-nose and throat clinic complaining of otalgia and was diagnosed with acute otitis media. During the medical examination, a hard white mass was found in the right nasal cavity by chance, and the patient was referred to our hospital. The patient was diagnosed as having an inverted supernumerary tooth by CT. The mass was removed by the same approach as Case1. Those two cases suggest that clinicians should consider the presence of an inverted tooth when a foreign body-like mass is observed in nasal cavity. Key words: inverted tooth, nasal cavity, foreign body, supernumerary tooth ― 117 ― ( 303 )
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