政策研ニュース - 日本製薬工業協会

医薬産業政策研究所
政策研ニュース
O P IR
No.
32
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2011年2月
目 次
Points of View
日本経済の成長に貢献する国内製薬産業
医薬産業政策研究所 首席研究員 長澤
優……1
日米欧における稀少疾病用医薬品の開発動向と日本の稀少疾病イノベーションの課題
医薬産業政策研究所 主任研究員 辰巳 邦彦……8
個別化医療実現に向けた製薬企業の動向
医薬産業政策研究所 主任研究員 南雲
明……2
4
臨床試験におけるバイオマーカー利用の特徴
医薬産業政策研究所 主任研究員 林
邦彦……2
9
医療機関の治験費用の現状 −アジア主要地域との比較−
医薬産業政策研究所 主任研究員 福島 達也……3
4
新薬創出加算と消費者余剰 −潰瘍治療剤市場における仮想的なケース分析−
医薬産業政策研究所 客員研究員 西村 淳一……4
0
後発医薬品の浸透促進が市場に与える影響
−市場成長率と改良型イノベーションの視点から−
医薬産業政策研究所 主任研究員 粕谷 英明
医薬産業政策研究所 客員研究員 西村 淳一……4
5
政策研だより
主な活動状況(2
0
1
0年1
0月∼2
0
1
1年1月)…………………………………………………………4
9
OPIR メンバー紹介 ……………………………………………………………………………………4
9
Points of View
日本経済の成長に貢献する国内製薬産業
医薬産業政策研究所
首席研究員
長澤
優
9
0年代初頭のバブル崩壊から約2
0年、この間の
産業であることをみていく。また、近年の製薬産
日本の経済成長は極めて低い水準にとどまった。
業の構造変化の中で国内製薬産業が今後も貢献を
その結果、世界の GDP に占める日本の構成比は
果たしていくための研究開発促進税制の重要性を
1
9
9
5年の1
7.
7%から2
0
0
8年 に は8.
1%と2分 の1
改めて確認する。
以下になり、一人当たりの GDP も3位から2
2位に
医薬品の本質的な価値である「予防・治療・予
1)
まで後退した 。このような中で昨年6月に取り
後改善」は、国民の健康増進、患者の社会復帰の
纏められた厚生労働分野における新成長戦略は
促進、健康寿命の延伸、患者・家族の経済的・物
「人口減少社会における新成長戦略」として、
ライ
理的な負担の軽減を通じて、労働力の増加や労働
フ・イノベーションを戦略の柱に据え、一人当た
生産性の向上、需要の増加に繋がることから、こ
りGDPを上昇させることを戦略目標に掲げている。
のような面での医薬品の経済への貢献は大きいと
本稿では、国内の主要製造業の財務データを分
考えられる。しかし、本稿では経済主体としての
析することにより、国内製薬産業が新成長戦略の
産業(企業集団)の貢献をみていくこととし、医
目指す方向に沿って日本経済の成長に貢献しうる
薬品自体の価値の経済的評価は取り上げない。
表1
医薬品製造業の付加価値額と一人当たり付加価値額の推移
付加価値額(指数)
(1
9
8
5年を1
0
0とする指数)
一人当たり付加価値額
(百万円)
1985
1
990
1995
2000
2005
2006
2007
200
8
全製造業
医薬品
1
00
1
00
131
1
43
129
1
68
121
176
117
18
4
122
178
123
176
114
1
73
全製造業
医薬品
8.
2
24.
4
10.
5
3
4.
6
1
1.
2
41.
0
11.
8
44.
3
12.
7
47.
0
13.
1
45.
1
12.
8
44.
6
12.
1
43.
8
1)総務省統計局「世界の統計2
0
1
0」
(名目 GDP、米ドル換算)
2)経済産業省経済産業政策局調査統計部 工業統計表[産業別]の従業者4人以上の事業所に関する統計表より作成。
・本統計は製造業の国内に所在する全事業所の集計値であり、国内での工業の実態を表す。
・本統計における付加価値額の算式は以下の通り。
付加価値額=製造品出荷額等+(製造品年末在庫額−製造品年初在庫額)+(半製品及び仕掛品年末価額−半製品及
び仕掛品年初価額)−(消費税を除く内国消費税額+推計消費税額)−原材料使用額等−減価償却費
・従業者2
9人以下は粗付加価値額(=製造品出荷額等−(消費税を除く内国消費税額+推計消費税額)−原材料使用額
等)である。
・2
0
0
2年以降の定義変更にあわせて、2
0
0
1年以前の全製造業の付加価値額から新聞業・出版業の付加価値額を除いた。
業種分類・コード:医薬品(1
6
5
0)
、化学工業(化学工業1
6
0
0から医薬品を除く)
、鉄鋼(鉄鋼業2
2
0
0)
、汎用機械(はん
用機械器具製造業2
5
0
0)
、生産用機械(生産用機械器具製造業2
6
0
0)
、業務用機械(業務用機械器具製造業2
7
0
0)
、電
子(電子部品・デバイス・電子回路製造業2
8
0
0)
、電機(電気機械器具製造業2
9
0
0)
、情報通信(情報通信機械器具
製造業3
0
0
0)
、自動車(自動車・同附属品製造業3
1
1
0)
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 1
高付加価値化への貢献
にある。更に、一人当たり付加価値額と出荷額に対
2)
最初に国内で創出される付加価値額をみる 。
する付加価値比率でみると、いずれにおいても主
表1は、国内の製造業全体と医薬品製造業につ
要製造業の中で医薬品製造業が群を抜いて高い。
いて、付加価値額と従業者一人当たり付加価値額
国内の製薬産業が日本を代表する高付加価値産
の推移を示している。
付加価値額は1
9
85年を100と
業であり、国内外の景気の動向に大きく影響され
した場合の指数の推移であり、一人当たり付加価
ることなく安定して国内で付加価値を生み出して
値額は金額の推移である。
いることがわかる。
付加価値額についてみると、製造業全体では、
表2
19
8
5年から1
9
9
0年にかけてのバブル期に3
0%増加
したがバブル末をピークに減少に転じた。2
002年
付加価値額の 一人当たり 製造品出荷額
全製造業に 付加価値額
に対する
占める構成比 (百万円) 付加価値比率
から2
00
7年の間の景気拡大期に若干持ち直したも
のの2
00
8年には金融危機後の世界不況のなかで再
び減少した。この結果2
0
0
8年の付加価値額は1985
年から1
4%の増加にとどまっている。これに対し
て医薬品製造業では、バブル崩壊後も拡大基調が
継続した。2
0
0
6年以降やや低下傾向にあるものの
大きな落ち込みは無く、20
0
8年の付加価値額は
19
8
5年から7
0%を超える増加となっている。
一人当たり付加価値額については、製造業全体
では1
9
85年から2
00
8年の2
3年間でわずかに3.
9百
万円の増加にとどまる。医薬品製造業では同じ2
3
年間で1
9.
4百万円増加しており著しい高付加価値
主要製造業の付加価値(20
08年)
医薬品
4.
1%
4
3.
8
5
8.
4%
化学工業
5.
8%
2
2.
9
2
7.
7%
鉄鋼
5.
7%
2
4.
4
2
3.
6%
汎用機械
4.
6%
1
2.
8
3
6.
9%
生産用機械
7.
1%
1
1.
7
3
7.
4%
業務用機械
3.
0%
1
2.
4
3
5.
3%
電子
6.
0%
1
1.
6
2
9.
5%
電機
5.
7%
1
1.
3
3
4.
4%
情報通信
3.
2%
1
3.
7
2
2.
6%
1
3.
1%
1
5.
3
2
3.
4%
自動車
注:化学工業は医薬品を除いた数値である。
化を実現した。この結果、両者の間の乖離は1
985
年の1
6.
2百万円から2
0
08年には3
1.
7百万円へと約
2倍に拡大している。
表2は、
国内の主要な製造業について、
20
08年の
税収への貢献
次に、日本国内での納税額をみる。
付加価値額の全製造業に占める構成比と一人当た
表3は、主要な製造業の国内での納税額の推移
り付加価値額、製造品出荷額に対する付加価値額
である。化学工業、自動車、電機、情報通信、一
の比率を示したものである。医薬品製造業が国内
般機械、鉄鋼、精密機械については、各製造業全
で生み出す付加価値額は、自動車製造業には及ば
体の納税額である3)。医薬品では同じデータが無
ないものの、他の主要な製造業と肩を並べる水準
いため、製薬協加盟5
5社の納税額を用いた4)。表
3)財務省 法人企業統計年報より作成。
・本統計のデータは国内法人の単体ベースの決算値であり、海外子会社は含まれず、国内子会社は調査全体で把握され
るため、純粋に国内企業だけの統計である。
・全法人の値は標本調査に基づく推計値である。資本金1
0億円以上の法人の値は全数調査に基づく実数値である。
・損益計算書の「法人税、住民税及び事業税」を当年度の法人税納税額とした。
・医薬品製造業は化学工業に含まれており、医薬品製造業としての区分表示はされていない。
業種分類・コード:化学工業(化学工業2
6)
、鉄鋼(鉄鋼業3
1)
、自動車(自動車・同附属品製造業3
6)
、電機(電気機械
器具製造業3
5)
、情報通信(情報通信機械器具製造業2
9)
、一般機械(一般機械器具製造業3
4)
、精密機械(精密機械
器具製造業3
7)
4)製薬協活動概況調査より作成。医薬品事業を主要事業とする企業のうち該当項目に回答のあった5
5社の単体決算の「法
人税等」を法人税納税額とした。このため、各社の国内の連結子会社の法人税は含まれない。尚、データのレベルを可
能な限り法人企業統計に合わせるため、
5
5社のうち東証一部上場2
6社については有価証券報告書に記載された「法人税、
住民税及び事業税」に置き換えた。
3
2 2
0
1
1年2月
2 政策研ニュース No.
4はこれらの製造業の規模を示している3)4)。
表6)。
医薬品製造業は主要5
5社の単体のみ、他の製造
国内の製薬産業は高い担税力を安定して保持
業は全法人と、
比較のベースが異なることもあり、
し、日本の税収に貢献しているといえる。
売上高、従業員数でみると医薬品製造業と他の製
グローバルに獲得する成果の日本への還元
造業との間には数倍の規模格差がある。
ところが、
納税額という面でみると医薬品製造業の存在感は
最後に、日本の製薬企業がグローバルな市場で
大きくなる。製薬協加盟5
5社の納税額は、日本を
獲得する売上高と日本にもたらす利益との関係を
代表する基幹産業である自動車製造業の2分の1
みてみたい。
を超える水準にあり、その他の主要製造業と比較
表7は、製薬協に加盟する東証一部上場企業の
しても遜色はない。世界同時不況に陥った2
008年
うち医薬品事業を主要事業とする26社とその中で
度でも医薬品製造業の納税額は大きな落ち込みは
も売上高5,
000億円以上の4社について、
2009年度
無く、5
5社の納税額が全ての主要製造業の納税額
の地域別セグメント売上高における国内・海外比
を上回っている。
率と所在地別セグメント営業利益における国内・
集計対象を資本金1
0億円以上の法人に限定した
海外比率を示したものである。地域別セグメント
3)
4)
場合でもこの傾向は変わらない
表3
(表5および
は外部顧客の所在地による区分であり、地域別セ
主要製造業の納税額の推移
表4
規模比較(2008年度)
(億円)
2
0
0
4
(社、億円、千人)
法人数
2
0
0
5
2
0
0
6
2
0
0
7
2
0
0
8
6,
0
7
2
4,
9
5
8
5,
6
2
6
5,
0
2
1
製薬協
1
1,
9
5
9 1
2,
6
1
9 1
3,
0
2
6 1
2,
4
4
2
9,
0
1
9
自動車
8,
9
7
3 1
0,
7
6
0 1
1,
2
1
3 1
0,
7
7
9
電機
4,
0
4
3
4,
4
4
9
5,
5
4
6
情報通信
4,
2
8
4
3,
7
6
8
一般機械
4,
9
6
5
鉄鋼
精密機械
7
7,
1
0
2
1
1
7
化学工業
1
1,
5
5
1
4
0
5,
9
4
7
6
4
4
1,
9
6
4
自動車
1
1,
8
1
8
5
6
3,
0
7
8
9
5
4
6,
0
7
0
1,
3
4
0
電機
1
6,
3
9
0
4
0
8,
0
0
2
8
0
9
4,
9
2
9
4,
3
6
3
1,
7
8
5
情報通信
1
6,
9
6
2
3
4
3,
9
9
5
7
8
9
6,
3
5
0
9,
2
8
2
9,
3
6
4
4,
5
6
3
一般機械
4
6,
5
0
7
3
7
5,
7
3
5
9
9
7
4,
8
3
5
7,
1
5
2
7,
0
6
5
6,
5
9
8
4,
5
8
5
鉄鋼
7,
1
3
2
2
2
5,
2
4
8
2
5
4
3,
5
6
3
3,
2
9
0
4,
6
5
2
4,
4
3
8
2,
5
4
5
精密機械
8,
9
5
7
1
2
1,
2
8
3
3
0
5
注:化学工業には医薬品が含まれている。
表5
従業員数
5
5
製薬協(5
5社) 5,
0
9
1
化学工業
売上高
注:化学工業には医薬品が含まれている。
主要製造業の納税額の推移(資本金1
0億円以上)
表6
規模比較
(資本金1
0億円以上)
(2
0
0
8年度)
(億円)
2
0
0
4
(社、億円、千人)
2
0
0
5
2
0
0
6
2
0
0
7
2
0
0
8
5,
8
3
5
4,
7
5
1
5,
4
3
4
4,
8
6
6
製薬協
化学工業
8,
9
8
7 1
0,
3
9
2 1
0,
6
1
9 1
0,
1
2
3
7,
1
6
7
自動車
7,
4
6
1
9,
2
2
1
9,
8
7
4
9,
3
1
6
電機
2,
9
1
3
3,
5
4
9
4,
3
5
2
情報通信
1,
5
5
9
1,
6
6
4
一般機械
2,
4
7
1
鉄鋼
精密機械
製薬協(4
5社) 4,
8
7
5
法人数
売上高
従業員数
4
5
7
3,
8
3
8
1
1
0
化学工業
3
7
3
3
0
2,
2
5
5
3
4
5
1,
1
4
4
自動車
1
6
9
4
4
3,
5
8
1
5
7
1
4,
8
6
4
1,
1
6
1
電機
2
1
3
3
1
1,
6
1
5
4
3
8
2,
8
4
0
2,
2
3
9
9
8
7
情報通信
1
8
9
2
3
0,
7
6
2
3
0
6
3,
2
4
5
5,
0
1
7
4,
9
0
4
1,
5
8
7
一般機械
2
5
1
1
8
8,
2
5
4
3
1
8
3,
9
4
2
6,
1
2
1
6,
0
1
0
5,
3
4
8
3,
6
9
2
鉄鋼
8
4
1
6
1,
8
1
7
1
1
6
2,
3
4
3
2,
5
6
6
3,
3
1
0
3,
4
3
1
1,
8
6
4
精密機械
8
7
7
3,
7
4
3
1
1
0
注:化学工業には医薬品が含まれている。
注:化学工業には医薬品が含まれている。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 3
表7
売上高・営業利益の内外比率(2
00
9年度)
〈製薬協加盟上場2
6社〉
(%)
品では基本特許の価値が極めて大きく、グローバ
ルに展開した事業の収益の多くは基本特許の特許
国内
海外
権者に帰属する。即ち、特許権を所有する法人は、
地域別セグメント売上高
6
4.
4
35.
6
自国で発生する収益・費用に加えて、海外で発生
所在地別セグメント営業利益
7
9.
2
20.
8
する費用を、海外の開発子会社や CRO6)への委託
〈売上高5,
0
0
0億円以上 4社〉
(%)
国内
海外
地域別セグメント売上高
4
7.
9
52.
1
所在地別セグメント営業利益
7
0.
9
29.
1
出所:有価証券報告書
開発費、海外の製造子会社や CMO6)への製造委託
費などの形で負担する一方、海外の販売子会社や
ライセンシーに対する売上やロイヤルティーとし
て海外で生み出される収益を回収する構造となっ
ている。日本企業では研究機能を有する日本本社
が基本特許をそのまま所有しているケースが多い
と思われ、このことが日本への営業利益の還元に
グメント売上高の内外比率には海外市場への進出
寄与していると考えられる7)。
の度合いが表れる。一方、所在地別セグメントは
先に見た国内製薬産業の担税力の高さも、国内
当該企業の本社及び連結子会社の所在地による区
製造業の中でもひと際高付加価値であることに加
分であり、所在地別セグメント営業利益の内外比
えて、世界への革新的な新薬の供給の成果として
率は営業利益の国内及び海外への帰属(配分)の
獲得した利益を国内に還元しうるビジネス構造に
割合を示している。
あることに起因している。
2
6社でみると、地域別セグメント売上高の内外
経済財政諮問会議の「構造変化と日本経済」専
比率は国内6
4.
4%、海外3
5.
6%である。日本企業
門調査会の報告書は、
今後、資源制約が強まり、
実
の海外進出は一部の大手・中堅企業が中心であり
体経済への影響も強まるなか、先進国における成
業界全体として海外展開が進みつつあるという状
長の源泉はこれまで以上に知識や情報など無形資
況ではないものの、2
6社全体でも3
5%の売上を海
産による付加価値の創造になると見通しており、
外から獲得している。これに対して所在地別セグ
高齢化・人口減少という構造変化が進展する日本
メント営業利益の内外比率は国内79.
2%、海外
にとって知的創造の重要性は他国にも増して高い
2
0.
8%であり、2
6社の営業利益全体の8割が国内
このような
と指摘している8)。国内の製薬産業は、
に配分されている。
今後の日本経済において高付加価値化、生産性の
日本企業がグローバルに獲得する売上高と国内
向上、財政基盤の強化を通じて経済成長に貢献す
への利益還元との関係は、既に海外への事業展開
ることが強く期待される産業のひとつといえる。
が進んでいる企業の数値にいっそう鮮明に表れ
る。売上高5,
0
00億円以上の4社では、国内での売
進展する日本企業の海外市場進出
上高の割合が既に売上高全体の2分の1を下回っ
日本の経済成長への高い貢献が期待される国内
ているなかで、全世界で生み出される営業利益の
製薬産業であるが、産業自体の成長性はどうであ
5)
7割が国内に配分されている 。
製品の基本特許が原則としてひとつである医薬
ろうか。ここ数年の国内製薬産業の売上構造の変
化からその可能性をみてみたい。
5)日本の基幹産業である電機製造業の2
0
0
9年度の内外比率をみると、電機主要6社で売上高(国内5
9.
7%、海外4
0.
3%)
、
営業利益(国内6
2.
8%、海外3
7.
2%)である。
6)CRO:開発業務受託機関(Contract Research Organization)
、CMO:製造受託機関(Contract Manufacturing Organization)
7)海外との税率差を活用する場合には、軽課税国に基本特許の権利を移転させることにより無形資産の貢献利益が軽課税
国に移転する。
8)経済財政諮問会議「グローバル経済に生きる −日本経済の若返りを−」
(
「構造変化と日本経済」専門調査会報告 平成
2
0年7月2日)
3
2 2
0
1
1年2月
4 政策研ニュース No.
表8
国内の製薬企業の売上高推移
(億円)
2
004
2005
2006
2007
2008
200
9
日本企業(2
6社)
海外売上高
国内売上高
1
6,
638
4
5,
726
18,
694
47,
027
22,
190
45,
968
24,
116
46,
792
25,
915
47,
491
26,
6
87
48,
2
14
海外企業(1
6社)
国内売上高
1
8,
651
20,
404
20,
699
22,
292
23,
789
25,
29
9
表8は、製薬協に加盟する医薬品事業を主業と
巨大なマーケットが広がっている。海外への事業
する企業4
2社(日本企業2
6社、海外企業1
6社)に
展開を積極的に進めることにより海外の医薬品市
ついて、日本企業の海外売上高と国内売上高、海
場の需要を取り込むことができれば、日本企業も
9)
外企業の国内売上高の推移を示している 。
成長を実現することが可能になる。延いては、日
日本企業では、
海外売上高が年平均2,
0
10億円増
本国内への更なる利益還元にも繋がる。
(平均伸長率9.
9%)と高い伸びを示す一方で、国
内売上高は年平均5
0
0億円増(平均伸長率1.
1%)
増加する海外生産
にとどまる。
海外企業の国内売上高は年平均1,
330
ここで視点を変えて国内の製薬産業の動向を物
億円増加(平均伸長率6.
3%)している。
国内市場
流(モノの流れ)の面からみてみよう。表9は、
では豊富な新薬を武器に海外企業が存在感を高め
国内での医薬品生産額と、海外から国内への医薬
ているが、日本企業も海外展開を加速させ、拡大
品輸入額、国内から海外への医薬品輸出額の推移
する世界市場の需要を取り込みつつある姿が見え
である11)。医薬品生産額は国内製造所での生産数
る。
量を出荷価格で評価した金額であり、医薬品輸入
過去5年間で世界の医薬品市場は年平均7%を
額・医薬品輸出額は通関(関税を通過)する医薬
超えて拡大している。日本の医薬品市場も年平均
品数量の FOB 価格(輸出)・CIF 価格(輸入)によ
4%程伸びているが、最大市場である米国や欧州
る価額である。これらの推移から医薬品のおおよ
先進国でも厳しい薬剤費抑制策が実施される中で
そのモノ(実物)の動きをつかむことができる。
年平均3∼5%程度市場は拡大している。市場規
2004年以降、国内の医薬品生産額は年平均1,
23
0
模は小さいながらも新興国市場では年平均1
0%か
億円の増(平均伸長率1.
9%)
、海外からの医薬品
1
0)
ら2
0%を超える高い伸びを示している 。世界の
輸入額は年平均930億円の増(平均伸長率10.
4%)
医薬品市場に占める日本市場の構成比はたかだか
である。一方、日本国内から海外への医薬品輸出
1
0%程度に過ぎず、海外には大きく伸びつつある
額はこの5年間でみる限り全く増加していないと
表9
国内での医薬品生産と輸出入
(億円)
2
0
0
4
2005
2006
2007
2008
医薬品生産額
6
1,
2
82
63,
907
64,
381
64,
522
66,
201
医薬品輸入額
7,
6
92
9,
060
9,
912
10,
784
11,
424
医薬品輸出額
3,
8
30
3,
677
3,
721
3,
744
3,
799
9)日本企業2
6社は東証一部上場企業。日本企業の数値は有価証券報告書より作成。海外企業(1
6社)の数値は製薬協活動
概況調査より作成。海外企業については各社の単体売上高を国内売上高とみなした。
1
0)!2
0
1
1IMS Health.
IMS World Review をもとに試算。世界市場は米ドル換算での伸長率。各国市場は現地通貨ベースで
の伸長率。
1
1)医薬品生産額は、厚生労働省「薬事工業生産動態統計調査」による。2
0
0
4年の数値については2
0
0
5年以降の定義に合わ
せて製剤輸入の金額を生産額から除いている。医薬品輸入額と医薬品輸出額は、財務省「貿易統計」から作成した。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 5
いってよい。
しかし、多額の資金を投入して研究開発を行って
国内生産額と輸入額の推移は、概ね日本企業と
1
2)
も、見出した候補化合物が最終的に医薬品として
海外企業の国内売上高の推移と符合する 。一
承認され、上市される確率は必ずしも高くない。
方、日本企業の海外売上高が大きく伸長している
特に、近年、投入される研究開発費に対して承認
なかで、国内から海外への医薬品輸出がこの4年
される新薬は世界的に減少傾向にある。このよう
間で全く増えていないという事実は、日本企業の
にリスクの高い医薬品開発において革新的な新薬
海外での販売増が国内での生産増に結びついてい
を創出し続けるためには、多額の研究開発投資を
ないことを示している。この要因のひとつは近年
継続的に支出できる強い財務基盤が必要である。
の日本企業の活発な海外企業の買収・子会社化や
日本の製薬企業の売上高に対する研究開発費比
製品導入であるが、同時に自社品についても拡大
率は製薬協加盟26社で2
009年度1
7.
7%である。こ
する海外の販売に対して国内生産を維持しつつ海
の う ち 売 上 高5,
00
0億 円 以 上 の 大 手4社 で は
外での生産を拡大させていると推測される。
20.
7%に至っている。これに対して海外の大手製
今後、新興諸国でも、高付加価値産業の振興、
薬企業10社は1
5.
9%であり、日本の大手4社に比
科学・技術基盤の整備が進むことから、日本企業
べて4.
8ポイントも低い。加えて、法人税の実効税
の海外市場への進出拡大に伴って、このような新
率が日本大手4社では海外大手10社と比較して
興諸国も含めて、一定の技術力、インフラを備え
12.
7%も高い。このため、法人税も考慮に入れた
た海外立地での製造委託も含めた生産は必然的に
研究開発投資余力に対する研究開発費支出の度合
拡大していく。しかしながら、ごく微量の中に高
いは海外大手10社で40.
8%と半分に満たないのに
度な創薬技術が詰め込まれた医薬品の生産におい
対して日本大手4社では62.
2%と2
0ポイント以上
ては技術こそが競争力の源であり、
バイオ医薬品、
も高く、日本の製薬企業では研究開発費支出の余
核酸医薬をはじめとする新たな創薬技術に基づく
1
3)
。
裕が乏しくなっている(表10)
医薬品にも対応し得るいっそう高度な製造技術を
磨きあげることにより、今後も日本がグローバル
表10 損益構造と研究開発投資余力(2009年)
(%)
な生産体制の中核拠点であり続けることは可能で
日本製薬企業
(4社)
欧米製薬企業
(1
0社)
原価
2
4.
1
25.
3
研究開発費
2
0.
7
15.
9
その他販管費
3
6.
4
30.
2
営業利益
1
8.
8
28.
6
(1
0
0)
(100)
法人税負担を考慮した
研究開発投資余力
3
3.
2
39.
0
研究開発投資余力に対する
研究開発費支出の度合い
62.
2
40.
8
ある。このことは、国内でのライフサイエンス技
術の革新や、付加価値の創出に製薬産業が引き続
き貢献できることを意味する。
高付加価値産業を振興する税制
ここまで、国内製薬産業の日本の経済成長への
貢献と海外展開による成長の可能性についてみて
きたが、これらの実現を可能にするものは革新的
な新薬である。革新的な新薬の創出なしには貢献
も成長もあり得ない。そして、革新的な新薬創出
の生命線となるのが研究開発である。
ひとつの候補化合物を医薬品としてこの世に送
り出すためには多額の研究開発投資が必要である。
(合計)
注:算式は以下の通り。
法人税負担を考慮した研究開発投資余力
=(営業利益−法人税+研究開発費)/売上高
研究開発投資余力に対する研究開発費支出の度合い
=研究開発費/(営業利益−法人税+研究開発費)
出所:アニュアルレポート、有価証券報告書
1
2)日本ジェネリック製薬協会「平成2
0年度「経営実態調査」概要」によれば、
加盟企業の医薬品売上高は2
0
0
4年の2,
7
2
0億
円から2
0
0
8年には4,
1
0
7億円となり、年平均3
5
0億円増加している。また、海外企業も国内で一部生産を行っている。
1
3)医薬産業政策研究所.
「国内製薬企業の実効税率と海外展開」政策研ニュース No.
3
1(2
0
1
0年1
0月)及び 医薬産業政策
研究所.
「大手製薬企業にみる実効税率の国際比較」 政策研ニュース No.
3
0(2
0
1
0年4月)
。一部データを更新。
3
2 2
0
1
1年2月
6 政策研ニュース No.
また、近年新薬のソースとしてバイオベンチ
れまで以上に重要になる。既に、法定税率が34.
4%
ャーの重要性が高まっており、製薬企業によるバ
であるフランスでは、研究開発に対する減税等の
イオベンチャーの買収・子会社化が活発化してい
振興策に加えて、国内の特許、特許を受けられる
る。この他にも、ワクチン事業や診断薬事業への
発明、製法を対象とする工業所有権の収益に対し
進出、新興国市場への展開など将来を見据えた戦
て法定税率よりも20ポイント近く低い15%の軽減
略的投資が急増している。ここでも日本の製薬企
税率が適用されている。また、法定税率が28%で
業と海外の製薬企業との間の実効税率差のインパ
ある英国でも、従来の研究開発促進減税に加えて、
クトは大きく、日本の大手4社との実効税率差か
フランスと同様の税制(軽減税率は10%で、法定
ら生じる海外の大手1
0社の余裕資金は年間4億ド
税率との差は18ポイント)の20
13年からの導入が
ルから2
9億ドルと試算される。1
0年間累計すれば
予定されている14)。製薬産業のビジネス構造に見
最大で2
9
0億ドルとなり、
戦略的投資の原資に大き
られるように優れた特許がより大きな利益を自国
1
3)
な差が生じる 。
にもたらすことを踏まえ、自国内における研究開
このように、革新的新薬の創出における日本の
発活動の活発化、海外からの投資や人材の呼び込
製薬企業の国際競争力を如何に強化していくかを
み、特許の海外流出阻止の更なる強化を進めよう
考えた時、日本の製薬企業と海外の製薬企業との
としている。
間の実効税率の格差の解消は非常に重要な課題と
いえる。
日本の製薬企業と海外の製薬企業との間の実効
税率差の要因は以下の3つに大別される。
日本の製薬企業にとっては、高い法定税率を研
究開発減税がある程度カバーしているのが現状で
ある。大手3社でみると、国内の研究開発減税の
連結実効税率に対する引き下げ効果は2008年度で
1)法人税の法定税率
マイナス7.
5ポイント、2009年度でもマイナス7.
0
2)研究開発や知的財産に対する政策減税
ポイントとその貢献度は大きい15)。しかしなが
3)軽課税国の活用
ら、フランスにおける工業所有権収益への軽減税
1
9
9
0年代以降、法人税の法定税率の引き下げ競争
率の連結実効税率引き下げ効果(sanofi‐aventis 社
が進んだ結果、日本と米国を除く先進諸国の多く
で200
8年マイナス12ポイント、2009年マイナス9
では法定税率が2
5%∼3
0%強に低下し、企業誘致
ポイント)に比較すると、それでもまだ見劣りす
に積極的な新興諸国などでは1
0%台の法定税率も
る13)。
見られるに至った。ここにきてようやく法定税率
継続的に新薬を創出できる国が世界でも十指に
の引き下げ競争にも限界が見えてきており、特に
満たない中で、日本は世界第三位の新薬創出国で
先進諸国では今後は一定の歯止めがかかると考え
ある。更なる研究開発の強化を通じてイノベーシ
られる。
ョンを実現することにより世界の人々の健康に貢
このようななかで、今後の省資源、新興諸国と
献し、同時にそれによって得られる成果を国内に
の競争という環境を考慮すれば、先進諸国では知
還元して日本経済の成長を牽引する。国内の製薬
的財産という無形資産を資源として活用して高い
産業にはそのポテンシャルがある。このポテンシ
付加価値を生み出す先端産業の振興によりいっそ
ャルを生かすための重要な政策として、研究開発
うの重点が置かれると考えられる。即ち、研究開
を促進し、知的財産を優遇する税制のいっそうの
発を促進する税制や知的財産を優遇する税制がこ
強化・充実が望まれる。
1
4)適格な特許から得られる収入に対する優遇課税はいわゆるパテント・ボックス税制と呼ばれる。オランダ(実効税率と
して5%)
、フランス(軽減税率1
5%)
、アイルランド(免税)などで導入されている。
1
5)武田薬品工業、アステラス製薬、エーザイの3社を集計。第一三共は2
0
0
8年は赤字、2
0
0
9年は試験研究費税額控除不適
用のため計算対象に含めていない。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 7
Points of View
日米欧における稀少疾病用医薬品の開発動向と
日本の稀少疾病イノベーションの課題
医薬産業政策研究所
日米欧のオーファンドラッグ制度の施行以降、
1)
多くの稀少疾病用医薬品が上市されている 。最
図1
主任研究員
辰巳邦彦
4つの『I』が協働する稀少疾病イノベーシ
ョンモデル
近、稀少疾病は、これまでのブロックバスターモ
デルに替わる新たな開発戦略オプションとして注
目されており、
この分野に積極的な企業買収/提携
を企図するビッグファーマが見受けられる2)。し
かしながら、現在上市されている稀少疾病用医薬
品の対象疾患は血液癌や HIV など特定の疾患に
偏る傾向があり、また、その疾患数は、6,
0
00種類
以上もある稀少疾病のほんの一握りにしか過ぎな
い。しかも、我々は、稀少疾病・難治性疾患に悩
む多くの患者に対して医学・薬学的のみならず社
会福祉的にも脆弱なイノベーションモデルしか持
3)
ち合わせていない現状がある 。
解と支援が必要である(図1)。
本稿では、前回の上市品の分析4)に加え、現在日
有用な稀少難病疾病用薬剤を迅速かつ効率的に
米欧において臨床開発中の稀少疾病用薬剤の動向
患者に届けるためには、アカデミア等による稀少
と特徴を俯瞰的に把握するとともに、日本におけ
疾病の病因解明を目的とした発明研究(インベン
る稀少疾病イノベーションに内在する諸課題を検
ション)と民間セクターが多額の研究開発費を投
証する。
じてまで稀少疾病用医薬品を開発・上市する強い
動機付け(インセンティブ)
、患者・医師の疾病克
服に対する強い意志(インテンション)
、そしてこ
稀少疾病用薬剤の開発動向と特徴
(稀少疾病用薬剤の開発段階と薬剤の属性)
れらを支える政府主導による稀少疾病対策や制度
Pharmaprojects と「明日の新薬」のデータベース
改革(イニシアチブ)が協調的に働く頑丈な稀少
を基に、日米欧の稀少疾病用医薬品リストを参照
疾病イノベーションモデルの構築と国民一般の理
して、3極のいずれかでオーファンドラッグ指定
1)医薬産業政策研究所.
「日米欧における稀少疾病医薬品の現状」政策研ニュース No.
3
1(2
0
1
0年1
0月)参照。
2)Pfizer は、 難病治療薬を開発する米国 FoldRx 社を買収、 また Auxilium 社からデュピュイトラン拘縮治療薬 Xiaflex を、
Protalix 社からゴーシェ病用治療薬 UPLYSO を導入。GlaxoSmithKline は、稀少・難治性疾患を専門とする Prosensa 社と
戦略的提携を結び、デュシェンヌ型筋ジストロフィー治療薬候補を入手、また Amicus 社とファブリー病治療薬 Amigal
の開発・販売に関する契約を締結合意など。
3)日本難病・疾病団体協議会代表の伊藤たてお氏は、難病の問題には、
「難病」と云う病気があるという問題ではなく、医
療、福祉、社会生活の全てに関する谷間の問題、即ち「難病問題」が存在すると指摘している。
4)1)に同じ。
3
2 2
0
1
1年2月
8 政策研ニュース No.
を取得して臨床開発段階にある薬剤4
9
3件を抽出
図2
稀少疾病用薬剤の開発ステージ
した。
図2は、
各薬剤の開発段階の内訳を示している。
薬剤数としてはフェーズ"段階が2
1
7件と最も多
いが、全臨床開発薬剤の開発段階比率との相対比
較では、
フェーズ#
(3
0.
8%)
と申請中段階
(8.
9%)
の薬剤比率が高い5)。
現在開発中の稀少疾病用薬剤が日米欧のいずれ
かで最初にオーファン指定を受けた年次推移をみ
ると、2
0
0
0年前後からの指定数が増え、2
0
03年以
出所:Pharmaprojects(2
0
1
0年8月現在)
、「明日の新薬」
、
日米欧のオーファンドラッグリストをもとに作成。
降急増している。同様の傾向は、上市品を含めた
年次推移でも認められる(図3)
。
細胞治療による移植片対宿主病、放射線及び化学
薬剤属性を稀少疾病用医薬品の上市品(3
62件)
療法誘発性骨髄障害、骨壊死や痔瘻が、その他の
と開発品で比較すると、現在開発中の薬剤では、
細胞治療では、表皮水疱症、網膜色素変性症や原
特に核酸医薬品と細胞治療の比率が高くなってい
発性高シュウ酸尿症を対象とした治療が臨床後期
る。核酸医薬品では、腎細胞癌、回腸嚢炎、角膜
段階にある。稀少疾病用医薬品の開発においても
損傷、家族性高コレステロール血症やデュシェン
新しいバイオ技術や新規創薬技術を応用した開発
ヌ型筋ジストロフィー等を疾患対象としたアンチ
品が増加している(図4)。
センス治療が多く認められる。細胞治療では、幹
図3
稀少疾病用薬剤のオーファン指定年次推移
出所:図2と同じ。
5)Pharmaprojects に登録されている開発中の全薬剤の開発段階比率は、
承認(1.
6%)
、
申請中(3.
4%)
、
フェーズ#(1
4.
6%)
、
フェーズ"(4
5.
2%)
、フェーズ!(3
5.
1%)である。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 9
図4 稀少疾病用医薬品の薬剤属性
(左図:開発品、右図:上市品)
出所:図2と同じ。
(対象疾患領域の特徴)
性グリオーマ、進行性メラノーマや卵巣癌といっ
図5に示したように、開発中の稀少疾病用薬剤
た難治性の癌種を対象とした抗体医薬品や遺伝子
の疾患領域では、悪性腫瘍が突出している。対象
治療が比較的多く6)、上市品とは異なる特徴が認
癌種は、上市品と同様に白血病が最も多いが、悪
められている(図6)。
図5 稀少疾病用開発薬剤の疾患領域
(内図:上市稀少疾病用医薬品の疾患領域)
出所:図2と同じ。
6)抗体医薬品では、oregovomab(卵巣癌、P")
、farletuzumab(卵巣癌、P")
、Cotara(悪性グリオーマ、P")
、tremelimumab(メラノーマ、P")や ipilimumab(メラノーマ、P")
、細胞治療では、DCVax‐Brain(悪性グリオーマ、申請中)
、
O‐Vax(卵巣癌、P!)や TVAX(脳腫瘍、P!)等が開発中である。
3
2 2
0
1
1年2月
1
0 政策研ニュース No.
図6 悪性腫瘍の癌種
(左図:開発品、右図:上市品)
出所:図2と同じ。
中枢神経/末梢神経疾患では、
筋萎縮性側索硬化
症を対象とした薬剤が1
2件も開発中で、その内5
7)
ストロフィー5件、結核5件が挙げられる。
(日米欧の稀少疾病用薬剤の開発状況)
件がフェーズ%段階にある 。以下、レノックス−
表1に49
3薬剤における日米欧のオーファン指
ガストー症候群を含む癲癇8件、脆弱 X 染色体症
定取得と臨床開発状況を示した。米国では、
49
3薬
候群、ハンチントン病、神経因性疼痛がそれぞれ
剤中419件もの薬剤がオーファン指定を取得し(指
4件と続く。感染症では、嚢胞性線維症の感染症
定率85.
0%)、その内375件が臨床開発されている
(主に緑膿菌の肺感染)が1
0件と多く、
テロ対策用
(臨床開発率89.
3%)
。欧州では、
254件がオーファ
としての炭疽菌用薬剤が6件も開発中であること
ン指定を受け(指定率51.
5%)、211件が臨床開発
8)
は特筆される 。その他の疾患領域で、多くの薬剤
中である(臨床開発率83.
1%)。一方、日本では、
が開発されている対象疾患としては嚢胞性線維症
オーファン指定された薬剤は全て臨床開発が実施
9)
2件、肺高血圧症8件、ライソ
1
3件 、移植拒絶1
されているものの、その薬剤数は19件11)しかなく、
ゾーム病8件10)、血友病・血液凝固異常8件、筋ジ
オーファン指定せずに臨床開発中の薬剤37件を合
表1 4
9
3薬剤における3極のオーファン指定取得と臨床開発状況
国及び
地域
オーファンドラッグ
指定取得薬剤数
オーファンドラッグ
指定率(%)
全臨床開発率
オーファンドラッグ
(%)
指定せずに上市ないし
!/
(!+") 臨床開発中の薬剤数# (!+#)/4
9
3
臨床開発率
(%)
臨床開発
薬剤数!
臨床未着手
薬剤数"
(!+")
/4
9
3
米国
3
7
5
4
4
8
5.
0%
8
9.
3%
2
4
8
0.
9%
欧州
2
1
1
4
3
5
1.
5%
8
3.
1%
7
0
5
7.
0%
日本
1
9
0
3.
9%
1
0
0%
3
7
1
1.
4%
出所:図2と同じ。
7)合成ペプチドの ALS‐
0
2、低分子医薬品の arimoclomol、olesoxime、CK‐
2
0
1
7
3
5
7、Radicut(edaravone)が P%段階にある。
8)いずれも抗体医薬品である Abthrax(raxibacumab)が申請中、AIGIV が P%、AIG と Anthim が P$段階にある。
9)粘液溶解薬 Bronchitol が申請中、
嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子調節剤である ataluren と ivacaftor 及びプリノレ
セプター P2Y2作動薬の denufosol がそれぞれ P%段階にある。
1
0)ゴーシェ病3件、ムコ多糖症2件、ニーマン・ピック病、ファブリー病、異染性白質ジストロフィーがそれぞれ1件。
1
1)その効能は、インフルエンザワクチン3件、リンパ腫2件、多発性硬化症2件、炎症性筋炎、カンジダ感染、結核、脳
腫瘍、球脊髄性筋委縮症、多発性嚢胞腎、特発性肺線維症、肉芽腫症、筋萎縮性側索硬化症、血友病、重症筋無力症、
神経性無食欲症がそれぞれ1件である。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 1
1
わせても、その数は、欧米に比べ圧倒的に少ない。
象として開発が最も進んでいる代表的薬剤及び日
図7は、日米欧におけるオーファン指定薬剤の
米欧の臨床開発状況を示している。疾患領域をみ
開発ステージ比率を示しているが、日本では、欧
ると、代謝性、中枢神経/末梢神経障害や筋骨格系
米に比べ、明らかに初期臨床段階の比率が低く、
が比較的多く含まれているが、多岐の領域にわた
申請・承認段階の薬剤比率が高い傾向にある。こ
る難治性疾患を対象とした薬剤開発が実施されて
の違いの意味する所は後述するが、その原因の背
いる。また、この中には、日本の難病対策の一つ
景として日米欧のオーファン指定条件の違いが挙
として導入された難治性疾患克服事業が対象とし
げられる。
ている多くの疾患が含まれている12)。
表2は、これまで稀少疾病用医薬品としては上
開発企業の国籍別では、米国が15件、日本が4
市されていない新規の稀少疾病3
1疾患とそれを対
件、スイスが3件と続き、日本の製薬企業も稀少
表2
最も開発が
進んでいる薬剤
遺伝性フィブリンーゲン欠乏症 fibrinogen
chenodeoxycholic acid
脳腱黄色腫症
炭疽菌
raxibacumab
慢性疲労症候群
rintatolimod
家族性アミロイドポリニューロ tafamidis
パチー
多発性嚢胞腎
tolvaptan
急性冠症候群
varespladib sodium
プラチナ誘発性聴器毒性
sodium thiosulfate
疾患名
開発中の新規稀少疾病用薬剤
開発企業
国籍
ヒトフィブリンーゲン(蛋白)
コレステロール阻害(低分子)
単クローン抗体(抗体)
TLR 3作動薬(核酸)
トランスサイレチン安定化作用
(低分子)
大塚
日本
バソプレッシン V2拮抗薬(低分子)
塩野義
日本
ホスフォリパーゼ A2阻害(低分子)
Adherex
米国
プラチナ複合体の蛋白結合阻害
(低分子)
非2
4時間睡眠覚醒症候群
tasimelteon
BMS
米国
メラトニン受容体作動薬(低分子)
骨髄性プロトポルフィリン症 afamelanotide
Clinuvel
豪州
MSH A 受容体作動薬(ペプチド)
神経性無食欲症
ghrelin
第一三共
日本
GSH 受容体作動薬(ペプチド)
特発性骨髄線維症
ruxolitinib
Incyte
米国
JAK1阻害剤(低分子)
家族性高コレステロール血症 mipomersen sodium Isis
米国
アポ B‐
1
0
0阻害(核酸)
網膜色素変性症
NT‐
5
0
1
Neurotech
米国
NGF 作動薬(細胞治療)
高シュウ酸尿症
Oxabact
Ixion
米国
シュウ酸分解オキサロバクター・ホル
ミゲネス(細胞治療)
表皮水疱症
CX‐
5
0
1
Cellerix
スペイン
角化細胞と線維芽細胞のキメラ皮膚細
胞(細胞治療)
デュシェンヌ型筋ジストロフィー idebenone
Santhera
スイス
アポトーシス阻害(低分子)
低ホスファターゼ症
ENB‐
0
0
4
0
Enobia
カナダ
アルカリフォスファターゼ(蛋白)
拡張型心筋症
cardiac stem cells
Aastrom
米国
幹細胞治療(細胞治療)
リポジストロフィー
metreleptin
Amgen
米国
レプチン受容体作動薬(蛋白)
特発性炎症性筋疾患
sifalimumab
BMS
米国
インターフェロン α 拮抗(抗体)
遺伝性ミトコンドリア脳筋症 EPI‐A0
0
0
1
Edison
米国
コエンザイム Q1
0誘導体(低分子)
異染性白質ジストロフィー
arylsulfatase A
Shire
アイルランド N‐アセチルガラクトサミン4サルフ
ァターゼ(蛋白)
筋緊張性ジストロフィー
mecasermin
Insmed
米国
IGF‐
1(蛋白)
Kuros Biosurgery スイス
副甲状腺ホルモン(ペプチド)
単発性骨嚢腫
KUR‐
1
1
3
脆弱 X 染色体症候群
fenobam
Neuropharm
英国
代謝性グルタミン酸受容体拮抗剤
(低分子)
進行性核上性麻痺
tideglusib
Noscira
スペイン
GSK‐
3阻害剤(低分子)
ムコ多糖症#型
sulfamidase
Shire
アイルランド スルファミダーゼ(蛋白)
rAAV2‐CB‐hRPE65 Applied Genetic 米国
アデノウイルスベクターを用いた
レーバー先天性黒内障
RPE6
5遺伝子(遺伝子)
X 連鎖性低リン酸血症
KRN‐
2
3
協和発酵キリン 日本
抗 FGF2
3単クローン抗体(抗体)
先天性筋ジストロフィー
omigapil
Novartis
スイス
グリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵
素阻害(低分子)
CSL
Abbott
AstraZeneca
Hemispherx
FoldRx
豪州
米国
英国
米国
米国
薬剤の作用機序(属性)
欧米での
開発段階
承認
申請中
申請中
申請中
申請中
日本での
開発段階
申請中 フェーズ#
フェーズ#
フェーズ#
フェーズ#
フェーズ#
フェーズ#
フェーズ#
フェーズ#
フェーズ#
フェーズ#
フェーズ#
フェーズ#
基礎
フェーズ#
フェーズ"
フェーズ"
フェーズ" フェーズ"
フェーズ"
フェーズ"
フェーズ"
フェーズ"
フェーズ"
フェーズ"
フェーズ"
フェーズ"
フェーズ!
フェーズ!
FGF:Fibroblast growth factor、GSH:Growth hormone secretagogue、GSK‐
3:Glycogen synthase kinase3、IGF‐
1:Insulin‐like growth factor1、JAK:Janus kinase、
MSH:Melanocyte stimulating hormone、NGF:Nerve growth factor、TLR:Toll like receptor
出所:図2と同じ。
1
2)多発性嚢胞腎、神経性無食欲症、特発性骨髄線維症、家族性高コレステロール血症(ホモ接合体)
、網膜色素変性症、表
皮水疱症、低ホスファターゼ症、ライソゾーム病(異染性白質変性症、ムコ多糖症#型)
、筋緊張性ジストロフィー、脆
弱 X 染色体症候群、進行性核上性麻痺が含まれている。
3
2 2
0
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1
2 政策研ニュース No.
難治疾患に取り組む姿勢が窺える。
しかしながら、
1
3)
自社開発率、最初のオーファン指定国と自国への
欧米では、31疾患中1疾患(神経性無食欲症)
指定数をまとめたものである。稀少疾病用薬剤の
を除いて全ての薬剤が開発段階にあるが、日本で
自社開発率16)は、米国系、欧州系と日本系とも6割
は、わずか4件のみが開発されているに過ぎず、
程度で、残りの多くはバイオテックからの導入や
新規稀少疾病用薬剤においても、日本における開
買収由来のものである。オーファン指定状況をみ
発の未着手と遅れが目立つ。
ると、米国系企業では、35薬剤中31件を最初に本
(製薬企業の動向)
国である米国でオーファン指定を取得し、97%に
稀少疾病用薬剤を多く開発している製薬企業を
あたる34件を自国のオーファン制度を利用して開
みると、欧米のビッグファーマが上位を独占して
発している。欧州系企業では、米国で最初にオー
1
4)
。
いる (表3)
ファン指定された薬剤が20件と多いが、35薬剤中
表4は、稀少疾病用薬剤を開発している米国系
1
5)
上位5社、欧州系上位5社及び日本系全1
8社 の
図7
日米欧のオーファン指定薬剤の臨床開発ス
テージ比率
14件は最初に欧州で指定を受けている。そして開
発品の66%にあたる23件は欧州のオーファン制度
表3
稀少疾病用薬剤を開発中の上位製薬企業
本社
国籍
オーファン
取得薬剤数
スイス
12
Johnson & Johnson
米国
11
Abbott
米国
8
AstraZeneca
英国
7
Bristol‐Myers Squibb
米国
7
GlaxoSmithKline
英国
7
ドイツ
6
米国
5
開発企業
Novartis
Bayer
Biogen Idec
出所:図2と同じ。
出所:図2と同じ。
表4
日米欧製薬企業の自社開発率と自国指定数
開発企業
薬剤数
自社
開発率(%)
米国系(上位5社)
3
5
欧州系(上位5社)
日本系(1
8社)
最初のオーファン指定国
米国
欧州
日本
自国の指定数
(指定率%)
60.
0
31
3
1
3
4(9
7.
1%)
3
5
6
5.
8
20
14
1
2
3(65.
7%)
3
2
68.
8
18
6
8
1
1(34.
4%)
出所:図2と同じ。
1
3)Ghrelin は、欧米において悪液質を対象に P!試験が進行中である。
1
4)上位に続く企業の中にも多くのビッグファーマが名を連ねているが、それ以外に Immunomedics(4件を開発中)
、Amicus、Genzyme や Shire(いずれも3件を開発中)といった稀少疾病用医薬品に特化した製薬企業が認められる。
1
5)米国系上位5社は、Johnson & Johnson、Abbott、Bristol‐Myers Squibb、Biogen Idec、Immunomedics。欧州系上位5社は、
Novartis、AstraZeneca、GlaxoSmithKline、Bayer、Roche。日本系1
8社中の上位企業は、田辺三菱、第一三共、大日本住友、
大塚、エーザイ(いずれも3件を開発中)である。
1
6)自社開発率は、各薬剤の起源会社や特許権所有者情報から算出した。
政策研ニュース No.
3
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11年2月 1
3
を利用している。日本系企業1
8社の開発品も米国
疾患群の514疾患が対象とされている18)。
で最初にオーファン指定するケースが多く、日本
難治性疾患克服研究事業は、臨床調査研究分野、
で最初のオーファン指定された薬剤は2
5%の8件
研究奨励分野とその補強研究分野に大別される19)
に留まっている。しかも、自国日本におけるオー
(図9)。臨床調査研究分野(重点研究分野、横断
ファン指定率は約3
4%であり、この数値は、欧米
的基盤研究分野を含む)は、!稀少性(患者数5
との指定条件の違いを考慮しても、あまりにも低
万人未満)、"原因不明、#治療法未確立、$生活
い。
面への長期の支援の4要素を満たす疾患から選定
された130疾患の原因究明を主目的としている。平
日本の難病(稀少疾患)対策の現状
我が国では、1
9
7
2年に総合的な難病対策の指針
図8
日本の難病(稀少疾患)対策
である「難病対策要綱」が制定されて以降、種々
)
。
の難病対策が講じられ、
その歴史は古い17(図8)
(研究・治療に関連する対策事業)
稀少疾病用医薬品等開発振興事業、いわゆる
オーファンドラッグ制度であるが、この制度が
19
9
3年に整備されて以降、
これまで1
00件を超える
稀少疾病用医薬品が上市されており、日本におけ
る稀少研究開発に多くの成果を上げている。小児
慢性疾患治療研究事業は、小児慢性疾患のうち、
小児がんなど特定の疾患の治療確立と普及および
患者家庭の医療費の負担軽減補助を目的とし、11
図9
難治性疾患克服研究事業
出所:厚生科学審議会疾病対策部会難病対策委員会資料をもとに作成
1
7)1
9
7
1年の「スモン調査研究協議会」が日本の難病対策の嚆矢とされる。
1
8)小児慢性疾患治療研究事業の対象疾患であって特定疾患治療研究事業の対象とならない疾患、例えば、胆道閉鎖症など
は、2
0歳以降、医療費助成を受ける事が出来ない、所謂キャリーオーバー問題が存在し、難病対策の課題として挙がっ
ている。
1
9)平成2
2年度の事業予算は、前年度と同額の1
0
0億円が計上されている。尚、指定研究は、難病対策に関する行政的課題に
関する研究として「今後の難病対策のあり方に関する研究」と「プリオン病のサーベイランスと感染予防に関する調査
研究」が実施されている。
3
2 2
0
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4 政策研ニュース No.
成2
2年度は、27
4件の研究課題が採択され、多くの
先ず、表5を概観すると、日米欧を通じて上市
大学医学部や国の研究機関で研究が実施されてい
ないし開発段階の薬剤が多く認められる疾患、例
る。研究奨励分野は、平成2
1年度より新設され、
えば、骨髄異形成症候群、多発性硬化症や肺動脈
前述の4要素を満たす疾患のうち臨床調査研究分
性高血圧症等がある一方で、全く薬剤開発がなさ
野に含まれない疾患について、実態把握や診断基
れていない疾患があることが分かる。全く開発が
準の作成、疾患概念の確立等を研究課題としてい
なされていない疾患の中には、そもそも薬物療法
2
0)
の対象とはならず、輸血や外科手術等の対象にな
特定疾患治療研究事業は、
臨床調査分野のうち、
る疾患やある程度有効な対症療法が存在する疾
る 。
治療が極めて困難で、かつ医療費が高額な疾患に
患22)もあるが、その他の多くは、基礎ないし臨床研
ついて、医療の確立、普及を図るとともに、患者
究段階にある。
の医療費負担の軽減を目的として設置されてい
日本で薬剤開発が進んでいる稀少疾患として
る。現在は、
56疾患が対象疾患に指定されている。
は、再生不良性貧血、中枢性摂食異常症、亜急性
本事業の平成2
2年度予算額は、
2
75億円が計上され
硬化性全脳炎、脊髄小脳変性症、難治性ネフロー
ているが、対象疾患、患者数の増加などに伴い、
ゼ症候群などが挙げられ、日本の難病研究におい
本事業の実施主体である都道府県の事務量や一般
て一定の成果が認められる。しかしながら、欧米
財源の超過負担が増大しており、安定的な財源の
では臨床開発が進んでいるが、日本で未着手の疾
確保や抜本的な制度改革が喫緊の課題となってい
患も散見される。血栓性血小板減少性紫斑病23)は、
る。また、特定疾患治療研究事業対象外の難治性
血液凝固"因子や CD32を標的とした医薬品が欧
疾患に対する新たな医療費助成制度や長期慢性疾
米のみで開発中である。家族性アミロイドポリニ
患患者の高額療養制度限度額の引き下げ、特定疾
ューロパシー24)のファーストインクラス治療剤で
患治療研究事業の保険制度等との関連などが難病
ある Tafamidis は、欧州で申請中、米国で P!段階
対策委員会の論議対象になっている。
にあるが、日本では開発されていない。その他、
(難治性疾患用医薬品の開発実態)
多発性硬化症、筋委縮性側索硬化症、ミトコンド
我が国において政府が本格的に難病対策に取り
リア病、ハンチントン病、ゴーシェ病、特発性間
組み始め、爾来3
0年以上が経過した。その間、臨
質性肺炎や膵嚢胞線維症なども欧米に比べて開発
床調査研究分野の疫学調査、診断・治療ガイドラ
ラグが生じている。
インの作成や新しい治療薬候補等において多くの
2
1)
その中で、日本におけるドラッグラグ解消を目
成果が挙げられている 。それでは、実際、日本の
的に設立された未承認薬・適応外薬検討会議が、
難治性疾患における医薬品開発はどの程度進展し
医療上の必要性の高い医薬品として、開発企業の
ているのであろうか。臨床調査研究分野の対象疾
募集又は開発要請を行った薬剤中に25もの稀少疾
患に対する稀少疾病用医薬品の上市と臨床開発状
病用医薬品が含まれている事は大きく評価されて
況から、欧米との比較を通して、その実態を検証
良いであろう(表6)。
してみよう(表5
‐
1、‐
2)
。
有用な治療法のない稀少難病患者に一日も早く
2
0)平成2
1年度は1
7
7疾患が対象であったが、平成2
2年度は2
1
4疾患に拡大されている。
2
1)詳細は、厚生科学審議会第1
2回難病対策委員会議事録の資料1「これまでの難治性疾患研究の取組について(臨床調査
分野における代表的な例)
」参照。
2
2)自己免疫性溶血性貧血の副腎皮質ステロイドホルモン薬を主とする薬物治療や輸血、全身性エリテマトーデスの免疫抑
制や体外循環療法、フィッシェー症候群の血漿交換療法や免疫グロブリン大量療法、特発性正常圧水頭症の髄液シャン
ト術、メニエール病の利尿剤、脊柱靱帯骨化症(広範脊柱管狭窄症、黄色靱帯骨化症など)の外科手術など。
2
3)細小動脈に血小板の凝集塊が詰まる全身性疾患で、罹患率は1
0
0万人当たり4人。先天性疾患には、2週間毎に新鮮凍結
3酵素の補充により発症を予防する。
血漿1
0ml/kg 体重を輸注し、ADAMTS1
2
4)アミロイドと呼ばれる線維状の異常蛋白が全身の多臓器に沈着する遺伝性の全身性アミロイドーシスで、心不全、不整
脈、ネフローゼ症候群、腎不全、胃腸障害や神経障害を引き起こす。
政策研ニュース No.
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11年2月 1
5
表5
‐
1 臨床調査研究分野対象疾患における稀少疾病用医薬品の開発実態
臨床調査研究分野の対象疾患
米国
開発後期 開発初期
上市
再生不良性貧血○
不応性貧血(骨髄異形成症候群)
骨髄線維症
発作性夜間ヘモグロビン尿症
自己免疫性溶血性貧血
特発性血小板減少性紫斑病○
特発性血栓症
血栓症血小板減少紫斑病
原発性免疫不全症候群○
大動脈炎症症候群○
バージャー病○
結節性動脈周囲炎○
ウェグナー肉芽腫症○
悪性関節リウマチ○
アレルギー性肉芽腫性血管炎
抗リン脂質抗体症候群
全身性エリテマトーデス○
皮膚筋炎及び多発性筋炎○
シェーグレン症候群
成人スティル病
ベーチェット病
偽性副甲状腺機能低下
ビタミン D 受容機構異常症
TSH 受容体異常症
甲状腺ホルモン不応症
プロラクチン分泌異常症
ゴナドトロピン分泌異常症
抗利尿ホルモン分泌異常症
下垂体機能低下症
クッシング病
先端巨人症
原発性アルドステロン症
偽性低アルドステロン症
グルココルチコイド抵抗症
副腎酵素欠損症
副腎低形成(アジソン病)
中枢性摂食異常症
原発性高脂血症
家族性高コレステロール血症(ホモ接合体)○
アミロイドーシス○
クロイツフェルト・ヤコブ病○
グルストマン・ストロイスラー・シャンカー病○
致死性家族性不眠症○
亜急性硬化性全脳炎○
進行性多巣性白質脳炎
脊髄小脳変化症○
シャイ・ドレーガー症候群○
線条体黒質変性症○
副腎白質ジストロフィー○
筋委縮性側索硬化症○
パーキンソン病○
進行性核上性麻痺○
大脳皮質基底核変性症○
ハンチントン病○
脊髄性進行性筋委縮症
球脊髄性筋委縮症○
脊髄空洞症
原発性側索硬化症
有棘赤血球舞踏病
ゴーシェ病
ニーマン・ピック病
ガングリオシドーシス
クラッベ病
異染性白質変性症
ムコ多糖症 %型
ムコ多糖症 !型
ムコ多糖症 $型
ムコ多糖症 #型
ポンペ病
ファブリー病
3
2
1
5
1
オーファンドラッグ数
欧州
上市
開発後期 開発初期
1
1
1
2
2
1
1
3
1
1
1
1
1
3
1
1
日本
開発後期 開発初期
上市
3
3
1
1
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
3
3
2
1
1
1
2
2
1
2
3
1
1
1
2
1
7
1
2
1
1
2
1
1
2
1
3
1
1
1
1
1
2
1
1
4
2
1
1
1
2
1
3
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
2
1
1
1
2
○:特定疾患治療研究事業対象(公費対象)
、*開発後期:P#∼承認、開発初期:P!∼P"
注:臨床調査研究分野では、ゴーシェ病、ニーマン・ピック病、ガングリオシドーシス、クラッベ病、ムコ多糖症及びポンペ病をライソゾーム病(ファブリー病を
除く)に統合し、1疾患として数えている。
出所:図2と同じ。
3
2 2
0
1
1年2月
1
6 政策研ニュース No.
表5
‐
2 臨床調査研究分野対象疾患における稀少疾病用医薬品の開発実態
臨床調査研究分野の対象疾患
米国
開発後期 開発初期
上市
ペルオキシソーム病
多発性硬化症○
重症筋無力症○
ギラン・バレー症候群
フィッシェー症候群
慢性炎症性脱髄性多発神経炎
多発限局性運動性末梢神経炎
HTLV‐
1関連脊髄症
正常圧水頭症
モヤモヤ病(ウィリス動脈輪閉塞症)○
網膜色素変性症○
加齢性黄斑変性症
難治性視神経症
メニエール病
遅発性内リンパ水腫
突発性難聴
特発性両側性感音難聴
特発性拡張型心筋症○
肥大型心筋症○
拘束型心筋症○
ミトコンドリア病○
家族性突然死症候群
特発性間質性肺炎○
びまん性汎細気管支炎
サルコイドーシス○
肺動脈性肺高血圧症○
特発性慢性肺血栓塞栓症○
若年性肺気腫
ヒスチオサイトーシス$
肥満低換気症候群
肺胞低換気症候群
肺リンパ脈管筋腫症○
潰瘍性大腸炎○
クローン病○
原発性胆汁性肝硬変○
自己免疫性肝炎
劇症肝炎○
肝内結石症
肝内胆管障害
バッド・キアリ症候群○
特発性門脈亢進症
肝外門脈閉塞症
重症急性膵炎○
膵嚢胞線維症
慢性膵炎
表皮水疱症○
膿胞性乾癬○
天疱瘡○
先天性魚鱗癬様紅皮症
強皮症○
好酸球性筋膜症
硬化性委縮性苔癬
混合性結合組織病○
神経線維腫症!型○
神経線維腫症("型)○
結節性硬化症
色素性乾皮症
重症多形滲出性紅斑○
後縦靱帯骨化症○
広範脊柱管狭窄症○
黄色靱帯骨化症○
進行性骨化性線維異形成
特発性大腿骨頭壊死症○
特発性ステロイド性骨壊死
IgA 腎症
急速進行性糸球体腎炎
難治性ネフローゼ症候群
多発性嚢胞腎
スモン○
8
2
オーファンドラッグ数
欧州
上市
開発後期 開発初期
5
2
日本
開発後期 開発初期
上市
2
1
1
1
2
1
1
2
2
1
1
1
1
1
3
3
3
1
3
1
1
3
1
4
1
6
6
2
1
6
1
1
3
1
4
2
1
5
2
5
1
8
4
2
1
4
3
1
2
2
2
1
1
5
1
1
1
4
4
1
5
1
1
3
1
1
1
1
1
1
1
1
1
○:特定疾患治療研究事業対象(公費対象)
、*開発後期:P#∼承認、開発初期:P!∼P"
出所:図2と同じ。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 1
7
医薬品を届けることは最も大切なことである。し
てみたい。
かしながら、全く治療薬が存在しない難病患者に
日本において1993年にオーファンドラッグ制度
とって、早期段階からの臨床試験への参加は、治
がスタートして16余年の間、
110の稀少疾病用医薬
療を受ける行為そのものであり、患者や家族にと
品が上市されており、その数は、米国に及ばない
って最も切実な願いでもある。
その意味において、
までも欧州に比肩するレベルにある25)。しかし、現
開発ラグの解消は、正に難病問題における待った
在の稀少疾病用薬剤の臨床開発件数をみると、そ
無しの課題といえよう。
の数は欧米に比較してあまりにも少なく(表1)、
新規の稀少疾病を対象とした開発薬剤数も彼我の
日本の稀少疾病イノベーションの課題
差は歴然としている(表2)。しかも、日本での開
ここまで「稀少疾病用医薬品の開発動向と特
発品のステージは後期臨床段階の比率が高く(図
徴」
、
「日本の難病対策の現状」をみてきた。その
7)、
日本の製薬企業の自国へのオーファンドラッ
中で既に指摘してきた日本の稀少疾病イノベーシ
グ指定率も低い(表4)。
ョンにおける幾つかの課題を、冒頭に示した4つ
これらの原因として、日本のオーファン指定の
の『I』の観点(図1)から、以下に敷衍して論じ
前提条件には、明確な製品開発計画と妥当な科学
表6
未承認薬・適応外薬検討会議が開発企業の募集又は開発要請を行った稀少難病用医薬品リスト
医薬品名
対象疾患
開発会社
コリスチンメタンスルホン酸
膵嚢胞線維症の気道感染症
ナトリウム
海外承認国
英国、独国、仏国
国内状況
適応外薬(剤形追加含む)
リロナセプト
クリオピリン関連周期熱症候群
フェニル酪酸ナトリウム
尿素サイクル異常症
シミック
米国、英国、独国、仏国 未承認薬
米国、英国、独国、仏国 未承認薬
ベタイン
ホモシスチン尿症
企業名未発表
米国、英国、独国、仏国 未承認薬
カルグルミック酸
N‐アセチルグルタミン酸合成酵素欠損症
企業名未発表
英国、独国、仏国
ニチシノン
チロシン血症!型
企業名未発表
米国、英国、独国、仏国 未承認薬
安息香酸ナトリウム・フェニ
尿素サイクル異常症
ル酢酸ナトリウム配合
企業名未発表
米国
アザシチジン
骨髄異形成症候群
日本新薬
米国、英国、独国、仏国 未承認薬
アザチオプリン
全身性エリテマトーデス、多発性血管炎及
GSK/田辺三菱 英国、独国、仏国
びウェグナー肉芽腫症
イロプロスト
肺動脈性高血圧症
バイエル
米国、英国
未承認薬
カナキヌマブ
クリオピリン関連周期熱症候群
ノバルティス
英国、独国、仏国
未承認薬
グラチラマー酢酸塩
多発性硬化症
テバ
米国、英国、独国、仏国 未承認薬
経口リン酸塩製剤
原発性低リン血症性クル病
ゼリア新薬
米国、英国、独国、仏国 未承認薬
未承認薬
未承認薬
適応外薬(剤形追加含む)
シクロホスファミド経口剤・ 全身性血管炎、全身性エリテマトーデス、
塩野義
静注剤
多発性血管炎、ウェグナー肉芽腫症
独国
デスモプレシン酢酸塩経口剤 中枢性尿崩症
フェリング
米国、英国、独国、仏国 適応外薬(剤形追加含む)
トブラマイシン
膵嚢胞線維症の緑濃菌気道感染症
ノバルティス
米国、英国、独国、仏国 適応外薬(剤形追加含む)
ドルナーゼ
膵嚢胞線維症
中外
米国
適応外薬(剤形追加含む)
トレプロスチニル
肺動脈性高血圧症
持田
米国、独国
未承認薬
ナタリズマブ
多発性硬化症
バイオジェン
米国、英国、独国、仏国 未承認薬
パンクレアチン
膵嚢胞線維症の脂肪吸収改善
アボット
米国、英国、独国、仏国 未承認薬
ヒト免疫グロブリン G
原発性免疫不全症
CSL
米国、英国、独国、仏国 未承認薬
ビンプラスチン硫酸塩
ランゲルハンス細胞組織球症
日本化薬
米国、英国、独国、仏国 適応外薬(剤形追加含む)
アルファ
適応外薬(剤形追加含む)
ミグルスタット
ニーマン・ピック病及びゴーシェ病!型
アクテリオン
米国、英国、独国、仏国 未承認薬
リュープロレリン酢酸塩
中枢性思春期早発症
武田
米国、独国、仏国
適応外薬(剤形追加含む)
レナリミド
骨髄異形成症候群
セルジーン
米国
未承認薬
出所:厚生労働省ホームページから作成
2
5)2
0
1
0年4月段階で上市された稀少疾病用医薬品は、米国2
9
4件、欧州9
8件。
3
2 2
0
1
1年2月
1
8 政策研ニュース No.
的根拠が要求され、開発品が上市される可能性が
が形成されている。このネットワークのユニーク
高いものしかオーファン指定を取得し難い背景が
な点は、各コンソーシアムに患者支援グループが
ある。確かに日本でオーファンドラッグ指定され
原則として参画しており、コンソーシアムの運営
た薬剤は、
ほぼ1
0
0%といってもよい確率で上市さ
にも直接的に関与している点にある。これまでに
れており、逆に欧米では、指定を取り下げたり、
24の稀少疾患コンソーシアが結成され、現在19の
開発中止に至る薬剤も多い。この事は、日本にお
プロジェクトが進行中である(表7)。参加臨床セ
ける稀少疾病用薬剤の臨床開発の効率性が高いこ
ンターは北米が中心であるが、ジストニア国際連
とを意味するのではなく、むしろ、日本において
携などのように、欧州の臨床センターの参画が多
は、欧米で開発が進み、上市の目途が立った薬剤
くみられるプロジェクトもある。現在進行中のプ
をオーファン指定して開発する場合が多い事を物
ロジェクトへの日本の参加は見受けられないが、
語っている。
終了プロジェクトである稀少肺疾患コンソーシア
有効な治療法のない難病患者にとって臨床試験
ム26)に日本の新潟大学と近畿中央病院が参画し、
への参加は、新しい治療にアクセスできる唯一の
リンパ脈管筋腫症の第!相国際共同臨床試験であ
手段といってもよく、現在のような日本の開発ラ
る MILES27)試験に参加した実績がある。
グが長く続けば、患者の治療機会喪失が益々拡大
最近、欧州委員会と米国 NIH が稀少疾病用薬剤
する懸念がある。未承認薬・適応外薬検討会議に
の共同臨床試験を促進する目的で共通ファンドを
よって2
5の稀少疾病用医薬品の開発が促進された
設立させる動きがある28)。このような中で、日本に
ことは患者にとって朗報といえるが、全く治療法
おいても、産官学と患者が参画した欧米やアジア
が無く、医療上の問題が高い稀少難治疾患に関し
との稀少疾病国際共同治験の計画と実施が望まれ
ては、現行のオーファンドラッグの指定条件を見
る。
直し、日本での稀少疾病用薬剤の早期臨床試験が
医薬品の基礎研究プロセスは、疾患病因と発症
促進される柔軟な制度運用を採用する必要があろ
機序の解明、治療標的分子の同定と検証(仮説の
う。
検証)、in vitro スクリーニング系や動物モデルの
もう一つ、日本での稀少疾病用薬剤の臨床試験
作成、リード化合物の探索及び化合物の最適化を
にとって重要な点として国際的なネットワークの
経て完結される。その内で、稀少疾病用医薬品の
構築が挙げられる。日本の難病対策である難治性
開発において特に重要なプロセスは、未だその発
疾患克服事業によって、疾患の診断・治療法の開
症原因が全く不明な多くの稀少疾患の病因解明に
発研究や調査研究が進んでいるが、患者数が少な
ある。表2に示したように、新規の稀少疾病として
い稀少疾病においては、
日本だけの臨床試験では、
31の疾患を対象とした薬剤が臨床開発中である
明確なエビデンスの構築は容易ではない。その解
が、その数は、多くの未解決稀少疾病数からすれ
決策の一つとして稀少疾病研究の国際臨床ネット
ば一握りに過ぎない。また稀少疾病用医薬品が上
ワークの構築を提唱したい。
市されている疾患でも、多くの薬剤が対症療法の
米国では、2
00
3年に稀少疾患の基礎研究と治療
域を出ておらず、その治療満足度は極めて低い。
法の開発推進を目的とした稀少疾患臨床研究ネッ
この問題を解決する方策として、今まで以上の
トワークを設立させている。
本ネットワークでは、
政府主導(イニシアチブ)による稀少疾病研究に
NIH の稀少疾患対策室からの資金援助を受けて、
対する長期的な人的資源の投入と研究資金の拡充
医療研究機関による稀少疾患毎のコンソーシアム
が、稀少疾病の研究対象枠の拡大と疾病の病因解
2
6)本コンソーシアムは、遺伝性間質性肺疾患、リンパ脈管筋腫症、肺胞蛋白症、α1アンチトリプシン欠損症を対象疾患と
し、米国8施設、カナダ1施設と日本2施設の臨床センターが参加した医師主導の国際多施設共同臨床試験である。
2
7)Multicenter International LAM Efficacy of Sirolimus Trial の略称。
2
8)SCRIP intelligence、
「EU and US to co‐ordinate funding of orphan drug trials」November1
2th2
0
1
0No3
5
2
2
政策研ニュース No.
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11年2月 1
9
表7
米国の稀少疾患臨床研究ネットワーク
コンソーシアム名(略称)
対象疾患
参加臨床センター
アンジェルマン、レットプラダー・ アンジェルマン症候群、レット症候群、プラ 米国:9施設
ウィリー症候群
ダー・ウィリー症候群
(ARPWSC)
自律神経系の稀少疾患
(ADC)
多系統萎縮症、圧反射障害、自律神経性ニュー 米国:2
0施設
ロパチー、純粋自律神経失調症、起立性頻拍症、
ドパミン β 水酸化酵素欠損症
脳血管奇形
(BVMC)
家族性海綿状血管腫、スタージ・ウェーバー症 米国:1
1施設、カナダ:5施設
候群、血管腫症、遺伝性出血性末梢血管拡張症
神経性チャネル病の臨床研究
(CINC)
アンダーセン・タウィル症候群、発作性運動失 米国:6施設、カナダ:1施設
調症、非異栄養性筋緊張性ジストロフィ
英国:1施設、イタリア:1施設
脊髄小脳失調症の臨床研究
(CRC‐SCA)
脊髄小脳失調症
慢性移植片対宿主病
(cGVHD)
皮膚性強皮症、閉塞性細気管支炎、後期急性移 米国:1
1施設
植片対宿主病、慢性移植片対宿主病
ジストニア国際連携
米国:1
0施設
眼瞼けいれん、頚部ジストニア、頭蓋顔面ジス 米国:2
2施設、カナダ:1施設
トニア、四肢ジストニア、けいれん性ジストニ 欧州:8施設
ア、その他のジストニア
粘液線毛クリアランス遺伝疾患
(GDMCC)
原発性線毛ジスキネジア、嚢胞性線維症、偽性 米国:6施設、カナダ:1施設
低アルドステロン症
遺伝性ニューロパシー
(INC)
シャルコー・マリー・トゥース病
ライソゾーム病ネットワーク
米国:6施設、英国:2施設
イタリア:1施設、豪州:1施設
5施設
ファブリー病、ゴーシェ病、異染性白質ジスト 米国:1
ロフィ、クラッベ病、ニーマン・ピック病、ポ
ンペ病、シンドラー病など4
1疾患
ネフローゼ症候群研究ネットワーク 巣状分節性糸球体硬化症、微小変化型ネフロー 米国:1
2施設、カナダ:1施設
(NEPTUNE)
ゼ症候群、膜性腎症
北米ミトコンドリア病
(NAMDC)
ポルフィリン症
原発性免疫不全症治療
(PIDTC)
3施設
慢性進行性外眼筋麻痺、ミトコンドリア脳症、 米国:1
カーンズ−セイアー症候群、ミオクローヌスて
んかん症候群、ピアソン症候群など2
8疾患
急性間欠性ポルフィリン症、遺伝性コプロポル 米国:5施設
フィリン症、異型ポルフィリン症、晩発性皮膚
ポルフィリン症、骨髄肝性ポルフィリン症など
9疾患
重症複合免疫不全症、ウィスコット・アルドリ 米国:1
3施設
ッチ症候群、慢性肉芽腫症
稀少腎結石
原発性高シュウ酸尿症、シスチン尿症、アデニ 米国:5施設
ンホスホリボシルトランスフェラーゼ欠損、デ アイスランド:1施設
ント病
唾液腺上皮腫
粘膜表皮癌、腺様嚢胞癌、唾液管腺癌
米国:4施設
ステロールとイソプレノイド研究
(STAIR)
脳腱黄色腫症、メバロン酸キナーゼ欠損症、周 米国:5施設
期性熱症候群を伴う高 IgD 症候群、ニーマン・ カナダ:1施設
ピック病タイプ C、シトステロール血症、シェー
グレン−ラーション症候、スミス・レムリ・オ
ピッツ症候群
尿素サイクル異常症
(UCDC)
N‐アセチルグルタミン酸合成酵素欠損症、カル 米国:1
6施設
バミルりん酸シンターゼ1欠損症、オルニチン カナダ:1施設
トランスカルバミラーゼ欠損症など8疾患
スイス:1施設
血管炎臨床研究
(VCRC)
ウェゲナー肉芽腫症、顕微鏡的多発血管炎、チ 米国:8施設
ャーグ・ストラウス症候群、結節性多発性動脈 カナダ:1施設
炎、高安動脈炎、巨細胞動脈炎、リウマチ性多
発性筋痛症
出所:NIH Rare Diseases Clinical Research Network のホームページから作成
3
2 2
0
1
1年2月
2
0 政策研ニュース No.
明や革新的な基盤技術の確立29)にとって必要不可
れたことではあるが、製薬企業が多額の研究開発
欠である。今ひとつ、稀少疾病用医薬品の研究開
費を投じてまで稀少難病疾患用医薬品を開発・上
発で重要な事は、アカデミア等による病因解明を
市する動機付けが必要である。現行のオーファン
目的とした基礎研究と製薬企業の持っている創薬
ドラッグ制度により、十分とは言えないまでも投
技術
(化合物ライブラリーや探索研究のノウハウ)
資と回収のバランスを保つことが可能な多くの稀
の融合である。原因不明の疾病、特に稀少難治疾
少疾病用医薬品は確かに存在するが、例えば、日
病の病因解明は、一民間企業で出来る範囲を遥か
本での患者数が数千人以下の超稀少疾病を考える
に超えており、また、アカデミア単独で医薬品の
と、その開発に二の足を踏む企業が多くなること
開発候補化合物を選定することも容易な業ではな
は容易に想像できる。
い。それ故、稀少疾病用医薬品の創薬には、アカ
日本で最初に上市され、類似薬のない薬剤の薬
デミアと民間セクターが共に手を携え、稀少難病
価は、原価計算方式で算定される。革新的な稀少
疾患に立ち向かう共創的研究の場(インベンショ
疾病用医薬品であれば、有用性加算や市場性加算
ン)の構築が必要である。
の対象になり、それなりに見合った薬価がつくも
表8は、欧州の第7次研究枠組み計画(FP7)
のの、殊に超稀少疾病に限っていえば、開発イン
における稀少疾病プロジェクトの概要を示してい
センティブが十分に働かない薬価になる場合が想
る。各プロジェクトには欧州各国が参加し、研究
定される。製薬企業にとっての社会的使命と企業
期間も多くが3年以上と長期的な支援がなされて
の収益性という二律背反−この二律背反の同一化
いる。注目すべき点は、このような稀少疾患の初
を思考することが本稿の主題でもあるが−の板挟
期研究段階に多くのバイオテック企業(SME)が
みに苛まれ、難しい経営判断に迫られることにな
3
0)
参画していることである 。日本においても、稀少
る。このジレンマの解消には、超稀少疾病の定義
疾病の研究開発を促進するために、産官学が連携
はさて置くとしても、超稀少疾病患者の生命予後
した稀少難病プログラムを積極的に進めるととも
を改善する革新的な医薬品については、開発企業
に、稀少難病疾患に特化したバイオテックが輩出
のインセンティブが働く適切な値付けが、上市さ
3
1)
できる環境整備が必要であろう 。
れた稀少疾病用医薬品を安定的かつ継続的に患者
最後に、日本において製薬企業が稀少疾病医薬
に届ける上でも、また得られた収益が次の新たな
品を開発する動機付け(インセンティブ)の観点
稀少疾病の研究開発に投資される上でも必要なこ
から、稀少疾病イノベーションの課題を2点挙げ
とであろう。そして、この場合、患者の個人負担
たい。
を考慮すると、その難病疾患が、たとえ特定疾患
アカデミアや民間セクターによって有望な稀少
研究事業の対象外であっても、その患者の薬剤費
疾病用薬剤の候補品が見出されたとしても、製薬
は全て公費で支払われる制度改正が必要である。
企業が本格的な研究開発に着手しなければ、患者
新薬発売後の市販後調査は、稀少疾病用医薬品
に薬を届けられることはなく、それまでの努力は
にも義務付けられている。本調査が、市販後の医
全て水泡に帰す。それを回避するには、すでに触
薬品の有効性、安全性の確認とともに医薬品の適
2
9)京都大学 iPS 細胞研究所の山中伸弥所長が樹立した iPS 細胞は、稀少難病の病因解明の画期的なプラットホーム技術に
なることが期待されている。例えば、運動ニューロンの失調によって筋肉がやせ細る筋萎縮性側索硬化症(ALS)では、
患者から大量の運動ニューロンを手に入れる事は不可能であるが、iPS 技術を用いれば、患者から採取した皮膚細胞を初
期化した後、運動ニューロンに分化させることにより、病気になる前の患者運動ニューロン細胞を大量に得ることがで
きる。そして、この細胞を用いて、運動ニューロンの変性・死滅のメカニズムが解明されれば、ALS の特効薬を開発す
ることも可能になる。
3
0)最近、欧州委員会では、欧州の研究から生み出された有望な稀少疾患治療法の臨床開発を含む研究開発に1
0
0M=
C 以上の
資金を割り当てることを計画している。
3
1)日本で稀少疾患に特化している、あるいは手がけている SME としては、ノーベルファーマ、アールテック・ウエノ、日
本ケミカルリサーチ、LTT バイオファーマ、アンジェス MG などが知られている。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 2
1
表8
欧州第7次研究枠組み計画における稀少疾病プロジェクト
開始時期 期間 支援予算
プロジェクト
プロジェクトの概要
(略称)
(年/月/日)(月) (M=
C)
骨量増加を制御する LRP5 硬結性骨化症、ファン・ブッヘム症候群、
に関する研究
大理石骨病等の難治性骨疾患における Wnt
6
2.
9
2
0
0
8/5/1 3
(TALOS)
シグナル経路、特にその共受容体 LRP5の
役割と骨リモデリング機序の解明
ライソゾーム病の欧州コン ライソゾーム蓄積症の病理生理、発症・増
ソーシアム
悪機序、自然経過の解明や新しい治療法の
6
2.
9
6
2
0
0
8/5/1 3
(EUCLYD)
開発における欧州5カ国の科学的ネット
ワークの構築
原発性抗体欠乏症患者の基 原発性抗体欠乏症の基礎及び臨床データの
礎・臨床研究
統合、原因遺伝子の同定、B 細胞の分化や抗
(EURO‐PADNET)
体クラススイッチ機構の解明やマウスモデ
6
2.
9
9
2
0
0
8/5/1 3
ルの作成
稀少腎疾患研究の欧州ネッ 稀少遺伝性腎疾患に関する自然経過と病理
トワーク
を研究する欧州の専門家を結集し、疾患の
(EUNEFRON)
予防、診断及び治療法の開発を図る
2
0
0
8/5/1
神経筋疾患の治療・診断バ 神経筋疾患の診断と治療に資する臨床バイ
イオマーカー
オマーカーの検証
2/1
2
0
0
9/1
(BIO‐NMD)
天疱瘡研究
(PEMPHIGUS)
天疱瘡の疾病原因の理解から、自己免疫か
ら自己免疫疾患に至る基礎機序の解明とよ 2
0
0
8/5/1
り選択的な治療法の開発を図る
小児の血球貪食性リンパ組 小児の生命を脅かす血球貪食性リンパ組織
織球症に関する欧州イニシ 球症を研究する全欧州の研究者を結集し、
2
0
0
8/6/1
アチブ
疾患治療法の開発や生命予後の改善を図る
(CUREHLH)
欧州における自己免疫性副 自己免疫性副腎不全の病理と自然経過の解
腎不全の病理生理学と自然 明により、疾患予防を含め、診断と治療法
経過
の改良を目指す
2
0
0
8/4/1
(EURADRENAL)
ヒスパニアとアメリカスの ヒスパニアとアメリカに認められる大腸癌
遺伝性大腸癌の遺伝研究
の共通遺伝背景の SNPs 解析
(CHIBCHA)
2
0
0
9/6/1
嚢胞性線維症、肺リンパ脈 稀少肺疾患(嚢胞性線維症、肺リンパ脈管
管筋腫症、肺移植専門家に 筋腫症、肺移植)に対する欧州専門家ネッ
よる欧州ネットワーク
トワークの構築による治療の質的向上
2
0
0
9/4/1
(ENCE‐CF‐LAM‐LTX)
小児の精神疾患リスクを高 小児の精神疾患(自閉症、統合失調症や双
めるコピー数多型解析
極性障害)におけるコピー数多型解析
(PSYCHCNVS)
2
0
0
9/1/1
線毛機能不全による稀少疾 線毛機能不全による稀少疾患(髄質性嚢胞
患の研究
腎、口.顔.指症候群1型やバルデー・ビー
2
0
0
8/2/1
(EUCILIA)
ドル症候群)の病理生理学的研究と新しい
治療剤の評価
TNF レ セ プ タ ー 異 常 症 の TNF レセプター異常症(TRAPS)の自然経
研究
過、病理生理学、初期診断、予防及び治療
(EUROTRAPS)
法の研究
2
0
0
8/4/1
欧州の特発性肺線維症ネッ 欧州における特発性肺線維症の基礎及び臨
トワーク
床の専門家ネットワークを構築し、疾患の
(EURIPFNET)
自然経過や分子病理の研究による新規治療 2
0
0
8/1/1
法の開発を図る
神経筋疾患の診断用 DNA 神経筋疾患のハイスループット診断・鑑別
チップ
用の標的 DNA チップの開発
(NMD‐CHIP)
神経変性疾患の治療研究
(MITOTARGET)
神経変性疾患(アルツハイマー病など)に
おけるミトコンドリア機能異常の研究
SME:Small and Medium Enterprise(中小企業)
出所:欧州委員会 FP7のホームページから作成
3
2 2
0
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1年2月
2
2 政策研ニュース No.
4
8
2.
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5.
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9
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0
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3
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5.
9
7
研究拠点
参加国
8拠点
大学:4
公的研究所:1
SME:3
5拠点
大学:4
支援団体:1
5カ国
ドイツ2、オランダ2、
英 国、フ ラ ン ス、ベ ル
ギー、スイス
5カ国
イタリア、ドイツ、オラ
ンダ、英国、スウェーデ
ン
1
2拠点
7カ国
大学:8
ドイツ4、イタリア3、
公的研究所:1 英国、オランダ、フラン
病院:1
ス、チェコ、スウェーデ
支援団体:1
ン
SME:1
8拠点
8カ国
大学:6
ドイツ、イタリア、英国、
公的研究所:1 ベルギー、オランダ、フ
支援団体:1
ランス、デンマーク、ス
イス
1
1拠点
7カ国
大学:7
イタリア3、フランス2、
公的研究所:2 英国2、米国、ドイツ、
SME:2
オランダ、スウェーデン
6拠点
4カ国
大学:4
スイス2、ドイツ2、フ
支援団体:2
ランス、イタリア
5カ国
8拠点
大学:5
イタリア3、ドイツ2、
公的研究所:2 フランス、英国、
スウェー
病院:1
デン
1
1拠点
7カ国
大学:1
1
英国3、スウェーデン2、
スイス、ドイツ、ポーラ
ンド、ノルウェー、イタ
リア
9拠点
8カ国
大学:4
スペイン2、英国、ポル
公的研究所:1 トガル、アルゼンチン、
支援団体:3
ブラジル、コロンビア、
SME:1
ウルグアイ、メキシコ
7拠点
5カ国
大学:3
英国2、フランス2、ド
病院:2
イツ、チェコ、オースト
公的研究所:1 リア
支援団体:1
7拠点
7カ国
大学:4
英国、セルビア、ユーゴ
公的研究所:3 スラビア、グルジア、ウ
クライナ、ロシア、アイ
ルランド
3拠点
3カ国
大学:2
英国、ドイツ、イタリア
公的研究所:1
8拠点
大学:4
公的研究所:1
支援団体:1
SME:2
9拠点
大学:5
公的研究所:1
病院:1
SME:2
1
3拠点
大学:7
公的研究所:3
SME:3
1
7拠点
大学:1
5
病院:2
8カ国
イタリア2、英国2、ド
イツ、イスラエル、オー
ストリア、フランス
5カ国
ドイツ4、英国2、フラ
ンス、イタリア、オース
トリア
9カ国
フランス3、英国2、ド
イツ2、スイス、イタリ
ア、ベ ル ギ ー、ハ ン ガ
リー、オランダ、
スウェー
デン
5カ国
フランス7、ドイツ6、
英国2、オランダ、ベル
ギー
正使用にとっても重要であることに異論を挿む余
販後調査を実施することも一考と思われる。勿論、
地はない。しかしながら、稀少疾病用医薬品にお
この実施に際しては、患者の利便性を十分に配慮
いても、この調査には通常の医薬品とほぼ変わら
するとともに、患者及びその家族や担当医師の全
ない経費が発生し、この事が、特に外資系製薬企
面的な理解と協力、そして疾病克服に対する強い
業が日本での稀少疾病用医薬品の開発・上市に躊
意志(インテンション)が必要であることは言う
躇する理由の一つであるとの指摘がある。もし、
までもない。
この事が日本における稀少疾病用薬剤開発のボト
以上、日本における稀少疾病イノベーションの
ルネックとなっているならば、稀少疾病用医薬品
課題と対策を論じてきたが、その全容を図10に示
の市販後調査費の軽減策として、例えば、稀少疾
して、本稿を閣筆する。
病患者の基幹病院への集積性を高め、効率的な市
図1
0 稀少疾病イノベーションの課題と対策
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 2
3
Points of View
個別化医療実現に向けた製薬企業の動向
医薬産業政策研究所
個別化医療とは、患者の遺伝的背景・生理的状
態・疾患の状態などを考慮して患者個々に最適な
治療法を設定する医療と定義される。薬物療法に
表1
主任研究員
南雲
明
PGx に期待されるメリット
探索∼創薬
基づき個々の患者に対する薬物の効果を最大限に
・疾患メカニズムの解明
・新規創薬ターゲットの同定
・ターゲットの妥当性検証の効率化
・候補化合物探索の効率化
高め、
副作用を最小限に抑えること、
すなわち「適
非臨床試験
切な薬を、
適切な患者に、
適切な量だけ投与する」
ことを目的とする。
現在、
生命科学分野における研
・動物実験結果のヒトへの外挿(有効性・用量)
・バイオマーカーの同定・検証
・薬理試験(一般、免疫、生殖毒性、染色体異常)の簡略化
究の著しい進展により、
ゲノム情報に基づく個別化
臨床試験∼申請
医療が現実のものとなりつつある。これを牽引し
・PGx によるレスポンダー/ノンレスポンダーの同定・層別
・適切用量・用法の設定、副作用発現予測
・新適用(適用拡大)の模索
・開発中止薬の救済
・薬剤の重要性エビデンスの強化
おける個別化医療は、個人の持つゲノム情報等に
ているのは、薬物応答に関連する遺伝子多型・変
異を明らかにするファーマコゲノミクス(PGx;
pharmacogenomics)と呼ばれる研究分野である。
製薬企業にとって PGx の利用は個別化医療を目
指した医薬品開発と捉えることができ、医薬品の
研究・開発・販売において様々なメリットが期待
臨床利用∼市販後
・有効率の向上、副作用の低減
・予想外の有害事象に対する対応(承認取消回避)
・他社製品との差別化
・予防的投与の普及
できる(表1)
。しかしながら、国内製薬企業が現
時点で PGx に本格的に取組んでいるとは言い難
い状況にある。本稿では、研究活動成果の公表媒
検索により個別化医療に関連する論文を抽出し
体である学術論文に着目し、PGx を中心とした個
た。検索式に使用したキーワード1)には個別化医
別化医療関連研究分野における製薬企業の動向か
療の基盤研究であるゲノム解析・オミックス研
ら現状の課題を考察する。
究2)関連ワードの他、個別化医療の実施に必須と
なるバイオマーカーを加えた。抽出された論文総
個別化医療に関連する研究論文の動向
数は93,
441報(2
010年1
2月27日現在)であり、そ
個別化医療に関する研究活動の動向を、関連分
の年次推移をみると毎年着実な増加を示し、本研
野における研究論文を通して見ることにする。
究分野が急速に進展していることがうかがえる
2
0
0
1年から20
10年に掲載された科学論文から、
(図1)。これら論文の国別シェアをみると、米国
Web of Science!(トムソン・ロイター)を用いた
が約40%を占め他国を圧倒している。また、直近
1)検索キーワード:
“personalized medicine”OR“individualized medicine”OR pharmacogenomics OR pharmacogenetics OR
epigenomics OR epigenetics OR transcriptomics OR proteomics OR metabolomics OR metabonomics OR bioinformatics OR
“systems biology”OR biomarker OR GWAS OR SNP OR CNV。
2)オミックス研究:生体分子(遺伝子・タンパク質・代謝産物等)を網羅的に調べる研究領域。
3
2 2
0
1
1年2月
2
4 政策研ニュース No.
1
0年間の国別論文シェアの変化をみると、ほとん
の比率を見ると、全体に占める企業論文の比率は
どの国の論文シェアが大きく変化していない中
(16.
1%→
2001年から2010年までの10年間で約1/3
で、中国のみがそのシェアを4倍近くにまで伸ば
5.
1%)に減少している(図1)。このことより、
しており、中国における本研究分野の活動が急速
企業における本研究分野の活動がアカデミアほど
に高まっていることが分かる(図2)
。
生命科学分
急速に進展していないことがうかがえる。
野への重点投資策を打ち出し、世界的にも高い評
3)
次に、抽出された論文のうち製薬企業が関与し
価をうける研究拠点 を持つに至った中国の現状
た論文について見てみる。図3は世界製薬大手5
をよく反映していると言える。
社5)に所属する研究者が著者となっている論文数
図1
個別化医療関連論文数の年次推移
の年次推移を示したものである。各社とも関連論
文数は上昇傾向を示している。また、ここで対象
となった論文の60∼80%は他機関との共同論文で
ある。各社の論文について、共著者の所属機関上
位10位をまとめたものが表2である。興味深いこ
とに、共著者所属機関として他の大手製薬企業が
上位に来ており、米系製薬企業(ファイザー、米
国メルク)においてその傾向が強かった。また、
米国の審査当局である FDA が各企業で共著者所
属機関上位として名を連ねていた。それらの論文
内容の多くは、バイオマーカー適格性確認、医薬
注 :2
0
1
0年は1
2月2
7日現在で収録されている論文数。
出所:Web of Science!(トムソン・ロイター)をもとに作
成。
図2
国別論文シェアの変化(2
0
0
1
‐
20
10)
品承認申請におけるバイオマーカー利用のプロセ
ス標準化等に関するものであり、FDA と製薬企業
が協力して個別化医療実現に向けた基盤・体制整
備を進めていることが分かる。
図3
海外大手5社の関連論文数
注・出所:図1に同じ。
抽出された論文の9
0%以上はアカデミア
(大学、
国公立研究機関、
医療機関 等)から公表されたも
のであった。著者の所属が企業と思われる論文4)
注・出所:図1に同じ。
3)中国におけるゲノム研究拠点として北京ゲノムセンター
(BGI;Beijing Genome Institute)
が知られている。
BGI では1
2
0台
以上の次世代 DNA シーケンサーと3,
0
0
0人に及ぶバイオインフォーマティストにより活発な研究活動が行われている。
4)抽出された論文から、
著者の所属がアカデミア(大学・国公立研究機関・医療機関 等)である論文を除外した。
ただし、
検索システムの制限上、全てのアカデミア論文が除外されているわけではない。
5)ファイザー、米国メルク、ノバルティス、ロシュ、グラクソ・スミスクライン。なお、サノフィ・アベンティスは同条
件で抽出された論文数(6
9報)が少なかったため除外した。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 2
5
表2
共著者所属
順位
世界製薬大手5社の関連論文における共著者所属
ファイザー
米国メルク
1
米国メルク2
ファイザー2
2
FDA/
3
イーライ・リリー/
ロシュ
ノバルティス
グラクソ・スミスクライン
ウィーン大学7
スクリプス研究所5
デューク大学6
ハーバード大学.
米国メルク*
ハーバード大学0
FDA,
アカデミー・オブ・アテネ) 米国メルク,
インペリアル・カレッジ・ロンドン3
ヴェローナ大学1
ケンブリッジ大学4
4
グラクソ・スミスクライン. イーライ・リリー,
FDA(
5
ブリストル・マイヤーズ・スクイブ- ノバルティス,
フランス国立研究機構( ファイザー+
6
インペリアル・カレッジ・ロンドン- ブリストル・マイヤーズ・スクイブ+ バーゼル大学(
ニューヨーク大学(
UCLA.
7
アストラゼネカ,
ロシュ*
UCSD(
オックスフォード大学.
FDA+
イーライ・リリー(
8
ノバルティス+
グラクソ・スミスクライン) ノバルティス(
9
ハーバード大学+
UCLA(
スタンフォード大学'
1
0
ミシガン大学)
ケンブリッジ大学(
グラクソ・スミスクライン' イーライ・リリー'
他
ファイザー/
マサチューセッツ工科大学( ミュンヘン大学.
ロシュ(
ロンドン大学他 ローザンヌ大学+
2
0
0
1
‐
2
0
1
0
総論文数
2
0,
3
4
8
1
7,
8
5
2
1
0,
9
0
3
1
3,
3
6
7
1
3,
5
0
1
個別化医療
関連論文数
4
4
4
2
3
9
2
9
7
3
2
0
4
0
8
注1:グレーは大手製薬企業。
(
)は論文数。
注2:全著者の所属機関をカウントしているため、著者が複数機関に及ぶ論文については重複がある。
出所:図1に同じ。
表3
共著者所属
順位
国内製薬大手5社の関連論文における共著者所属
武田
アステラス
第一三共
エーザイ
大塚
1
インスティテュート・フォー・クリニカ
東京大学&
ル・リサーチ&デベロップメント$
東京大学%
科学技術振興機構&
京都大学#
2
アプライド・サイエンス大学$ UCLA#
東北大学#
慶応大学"
徳島大学#
3
東京大学"
コロラド大学#
理化学研究所#
米国 国立糖尿病、消化
大阪大学"
器腎臓研究所"
4
同志社女子大学"
九州大学"
千葉大学!
南デンマーク大学"
5
食品安全委員会"
理化学研究所"
大阪大学!
アマシャム・バイオサイエンス! 東京女子医科大学"
6
ヨハネス・ゲーテンベルグ大学" シャープ"
岐阜大学!
アントニヴァンレーウェンフック病院! 名古屋大学!
北京大学"
7
MDS ファーマ・サービス" 東京工科大学"
林原生化学研究所!
アプライド・バイオシステムズ! 北海道大学!
8
医薬基盤研究所"
エジンバラ大学"
北海道大学!
キャロル・エレクトロニクス! 徳島文理大学!
9
ファイザー"
コーネル大学!
1
0
イーライ・リリー"
他 アボット!
他
他
東京慈恵会医科大学!
イーライ・リリー!
千葉大学!
他 FDA!
他
東京大学!
ブリストル・マイヤーズ・スクイブ!他
2
0
0
1
‐
2
0
1
0
総論文数
2,
4
4
9
2,
3
3
9
1,
8
8
4
1,
0
8
1
1,
4
2
1
個別化医療
関連論文数
2
0
4
8
2
7
3
5
1
3
注・出所:表2に同じ。
一方、国内製薬大手5社6)について同様の調査
を行った結果を表3に示す。
国内製薬企業の場合、
製薬企業が関与した個別化医療関連研究
ここで、国内における個別化医療関連研究の現
公表された関連論文数自体は少なかったが、他機
状について、製薬企業の観点から見てみたい。わ
関との共同論文の比率は世界製薬大手と同じく60
が国において製薬企業が関与した個別化医療関連
∼8
0%である。しかし、共著者の所属先はほとん
研究としては、まずファルマ・スニップ・コン
どがアカデミアであり、国内製薬企業における本
ソーシアム(PSC;Pharma SNP Consortium)が挙
研究分野の研究活動は、各企業が個別にアカデミ
げられる。PSC は2000年9月に日本製薬工業協会
アと実施する基礎段階の研究が中心であると思わ
加盟83社(当時)中の43社により、ゲノム創薬推
れる。
進のために設立された企業共同体である。PSC
6)武田薬品工業、アステラス製薬、第一三共、エーザイ、大塚製薬。
3
2 2
0
1
1年2月
2
6 政策研ニュース No.
では、参加企業から集めた総額1
0億円の予算を投
いる。一方、欧米ではブロックバスターと呼ばれ
入して、日本人の薬物動態関連遺伝子多型に関す
る大型新薬が、市販後の予期せぬ重篤な副作用に
る研究が3年間にわたり実施された。
本研究では、
より発売中止となる事例が相次いだため、世界製
日本人の個々の体質に応じた医薬品の適正使用
薬大手はその対策の一つとして、臨床試験におけ
(いわゆる「個別化医療」
)の推進を目的として、
る血液試料の収集を進めた。重篤な副作用が発生
薬剤感受性(薬の効果、副作用発現、薬物動態)
した時点で、保管されている血液試料を用いたゲ
研究に必要な共通基盤データの整備が行われた。
ノム情報の網羅的解析を行い、副作用に関連する
また、
日本で初めて1,
0
00人を超える一般人からの
ゲノムバイオマーカーを同定し、患者の選別に利
血液試料収集とゲノム情報解析が行われ、これに
用しようとするものである。これにより、世界製
7)
より蓄積された方法論やノウハウ はその後の大
8)
規模プロジェクト に活かされることとなった。
薬大手は PGx の基盤整備に利用できる貴重な資
源を保有することとなった。
しかし、本研究の成果である PGx データについて
は、製薬企業による医薬品開発等への積極的活用
日本 PGx データサイエンスコンソーシアム
には結びつかなかった。本研究で得られた PGx
PGx の有効利用に必要となる標準 DNA データ
データは限定的なものであり、当時の未成熟な技
ベースは、人種・民族差を考慮して地域特有のも
術レベル・基盤整備の状況下では、PGx を利用し
のが必要とされる。世界製薬大手は、臨床試験で
たビジネスモデルの確立が極めて困難であったた
収集した血液試料等から構築した欧米白人の標準
めと思われる。当初の期待が大きかっただけに、
DNA データベースを保有し、PGx による副作用関
PGx を利用した個別化医療は「遠い将来の話」と
連遺伝子探索に活用している。国内製薬企業にと
の印象を与えた感があり、PGx に対する製薬企業
って、日本人の標準 DNA データベース構築は、
の興味は大きく後退し、PGx の有効利用に必要な
PGx 利用進展のために重要な課題であり、その解
基盤整備が遅れる要因となった。
決に向けた新たな動きが始まった。日本 PGx デー
2
0
0
6年以降、PGx 関連研究は新しい段階を迎え
タサイエンスコンソーシアム(JPDSC;Japan PGx
た。これをもたらした最大の要因は、国際 Hap-
Data Science Consortium)は、実用性の高い日本人
Map 計画9)などによる情報基盤の整備と解析技術
の標準 DNA データベース構築を目指して、2
009
の飛躍的進歩による技術基盤の整備である。これ
年2月に国内製薬企業6社11)によって設立された
らを活用することによって、多数の個体(数千人
企業共同体である。JPDSC では、約3,
000例の日本
以 上)を 対 象 と し た ゲ ノ ム ワ イ ド 関 連 解 析
人試料を収集し、医薬品の安全性及び有効性評価
1
0)
が可能となった。GWAS という新たな
(GWAS)
に利用可能な日本人の標準 DNA データベースの
解析手法によって、医薬品開発等における PGx
構築を進めている。また、JPDSC では遺伝子解析
利用の進展が期待されるが、わが国ではそのため
手法の検討・検証や参加企業における PGx 解析
に必要な標準 DNA データベースの構築が遅れて
技術向上に向けた活動も活発に行われており、日
7)インフォームド・コンセントの文書作成・取得方法、連結不可能匿名化、情報保護体制の確立 等
8)「個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト(通称:オーダーメイド医療実現化プロジェクト)
」
:2
0
0
3年度より
遺伝子多型研究の推進を目的に開始されたプロジェクト。生命科学研究に必要な試料・情報を収集・配布するバイオバ
ンク・ジャパンの整備や国際 HapMap 計画(後述)への貢献などの成果を上げた。現在、第2期(5年間の予定)が進
行中。
9)国際 HapMap 計画:ヒトの病気や薬剤に対する反応性に関与する遺伝子を発見するための基盤整備を目指した国際計
画。各地域のヒト集団を対象として一塩基多型(SNP)の頻度からハプロタイプ(生物が持つ単一の染色体上の遺伝的
な構成)を決定し、比較を行うための標準データを作成した。本計画の成果によりゲノムワイド関連解析等の新たな研
究手法が急速に発展した。
1
0)ゲノムワイド関連解析(GWAS;genome‐wide association study)
:ゲノム全域をカバーする多型マーカーを用いて遺伝統
計学的解析により疾患関連遺伝子等を探索する手法。
1
1)アステラス製薬、大塚製薬、第一三共、大正製薬、武田薬品工業、田辺三菱製薬。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 2
7
本における PGx 利用の進展が期待される。
の参加企業が僅か6社であることからも分かるよ
うに、国内製薬企業における PGx への関心は決し
まとめ
て高くない。わが国においては、ゲノム研究の基
PGx は、薬物療法における個別化医療実現のた
本となる「遺伝学」や「統計学」教育が極めて脆
めに最も重要な研究分野の一つである。また、情
弱であり、PGx の利用価値と重要性に対する理解
報・技術基盤等の環境整備が整えば、PGx は医薬
が進んでいないことも一つの要因と考えられる。
品の研究・開発・販売における強力なツールとな
PSC が実施された10年前と比較して、医薬品開発
り得る。新薬開発の成功確率向上や重篤な副作用
における PGx の利用は遥かに具体的イメージが
による既存薬の市場からの撤退回避は、製薬企業
持てる時代となっている。製薬企業関係者間でこ
にとって喫緊の課題であり、PGx はこれらの課題
のような認識が深まり、PGx の利用に必要となる
を科学的根拠に基づく論理的手法により解決でき
基盤整備に向けた協力体制の早急な構築が望まれ
る可能性を秘めている。しかしながら、JPDSC へ
る。
3
2 2
0
1
1年2月
2
8 政策研ニュース No.
Points of View
臨床試験におけるバイオマーカー利用の特徴
医薬産業政策研究所
バイオマーカーの利用は、医薬品開発の不確実
表1
性低下と開発効率の向上、安全性の向上、医薬品
のより迅速な患者への提供、より多くの情報に基
づいた治療法の決定、更には個別化医療の実現な
どに役立つことが期待されている。特に臨床での
利用により、より安全で効果的な治療が実現する
ことが望まれている。臨床応用の前には臨床試験
によるバイオマーカーの有用性の検討が必要であ
るため、臨床試験でのバイオマーカーの利用状況
を調査したところ、経時的な増加傾向が認められ
ること、特に早期臨床試験での利用が増加してい
ること、スポンサーによる取り組みの違いがある
こと等が明らかになった1)。そこで今回はバイオ
マーカーがどのような治療領域で利用されている
か、また、主要な治療領域で利用されているバイ
オマーカーの特徴を調査した。
バイオマーカーを利用した臨床試験の特徴
医薬品開発におけるバイオマーカーの利用を見
るため、ClinicalTrials.gov に登録されている臨床
試験で“biomarker”をキーワードとして含むもの
を検索し、医薬品による介入が行われている2
002
年から2
0
0
9年の間に開始された3,
38
3試験を同定
し、これらを対象に分析を行った2)。
使用されている薬剤の ATC 分類の治療的サブ
グループ(therapeutic subgroup)で分類した3)。結
ATC2
A0
5
A0
8
A1
0
A1
1
A1
2
A1
6
B0
1
B0
2
B0
3
B0
5
C0
1
C0
3
C0
7
C0
8
C0
9
C1
0
G0
3
H0
1
H0
2
H0
4
H0
5
J0
1
J0
5
J0
6
J0
7
L0
1
L0
2
L0
3
L0
4
M0
1
M0
5
N0
1
N0
2
N0
3
N0
5
N0
6
N0
7
P0
1
R0
1
R0
3
V0
3
V0
9
主任研究員
林
邦彦
バイオマーカーが利用されている
薬剤介入試験の分類
内容
胆汁と肝治療
抗肥満用製剤、食事制限用製品を除く
糖尿病用薬
ビタミン
ミネラルサプリメント
その他の消化管及び代謝用製剤
抗血栓薬
抗出血薬
抗貧血製剤
代用血液と灌流液
心疾患治療
利尿薬
ベータ遮断薬
カルシウムチャネル遮断薬
レニン・アンジオテンシン系作用
脂質修飾剤
性ホルモンと生殖器系モジュレーター
下垂体・視床下部ホルモンと類似体
全身用副腎皮質ステロイド
膵ホルモン
カルシウム恒常性
全身用抗菌薬
全身用抗ウイルス薬
免疫血清と免疫グロブリン
ワクチン
抗悪性腫瘍薬
内分泌療法
免疫賦活薬
免疫抑制薬
抗炎症及び抗リウマチ製剤
骨疾患治療薬
麻酔薬
鎮痛薬
抗てんかん薬
神経抑制薬
神経賦活薬
その他の神経系薬
抗原虫薬
鼻用製剤
閉塞性気道障害用薬
その他すべての治療用製剤
診断用放射線医薬品
試験数
1
1
1
3
1
68
79
1
0
1
7
64
15
18
1
5
28
13
14
1
2
8
2
2
05
8
3
1
4
2
6
4
0
10
2
7
6
9
7
1
20
1,
255
74
92
97
6
3
1
34
1
9
1
2
1
1
2
8
66
3
9
32
15
8
2
3
7
1
9
出所:ClinicalTrials.
gov をもとに作成(2
0
1
0年6月1日時点)
。
1)医薬産業政策研究所.
「バイオマーカーを利用した臨床試験の動向について」政策研ニュース No.
3
1(2
0
1
0年1
0月)
2)前回調査したバイオマーカー関連試験5,
7
5
8試験のうち、
介入試験
(interventional study)
は4,
4
2
7試験であり、
そのうち医薬
品以外による介入
(医療機器や食品等)
は1,
0
4
4試験であった。
また、
観察試験
(observational study)
は1,
3
3
1試験であった。
3)ATC:Anatomical Therapeutic Chemical classification の略。ATC 分類が複数ある医薬品は、各臨床試験で用いられている
バイオマーカーが対象としている疾患をもとに分類し、また、未承認医薬品に関しては臨床試験が対象としている疾患、
治験薬のメカニズムなどをもとに ATC 分類を同定した。複数の医薬品が用いられている場合は、各臨床試験で用いられ
ているバイオマーカーに最も関連していると考えられる薬剤を元に分類した。対象疾患、メカニズムなどによる ATC
分類が同定できない場合には不明とした(6
2試験)
。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 2
9
図1
果を表1に示す。なお、1
0試験に満たない治療領
治療領域別の試験数推移
域および ATC 分類が同定できなかったものは表
には記載していない。
この結果、抗悪性腫瘍剤(L0
1)によるものが
1,
2
5
5試験(37%)あった。
また、
内分泌療法および
免疫賦活剤の多くが癌の治療に関連していた。対
象疾患で見た場合、
癌(血液がん含む)を対象とし
たものは他の治療領域も含めて1,
5
6
4試験(46%)
であった。これは ClinicalTrials.
gov に登録された
出所:表1に同じ。
高い割
癌対象試験の割合(約1/4)と比較しても、
合であると考えられる4)。次いで高脂血症治療剤
図2
治療領域別の試験割合の推移
等の脂質修飾剤(C10)
、糖尿病用剤(A10)
、骨疾
患治療薬(M0
5)が多かった。
抗悪性腫瘍剤、脂質修飾剤、糖尿病用剤、骨疾
患治療薬について経時的な変化を見た結果を図1
に、また、これらの各領域の試験が試験全体に占
める割合を経時的に見た結果を図2に示す。経時
的にバイオマーカー関連試験の数が増加している
ことが見て取れるが、図2に見るように、抗悪性
出所:表1に同じ。
腫瘍剤の全体に占める割合が他の領域と比べて大
きく増加していることが分かる。
図3
治療領域別の試験フェーズ分布
試験フェーズの分布を図3に示す。試験全体で
みた場合、フェーズ"の割合が最も多く4
8.
0%、
次いでフェーズ!、#、$と続く。フェーズ!よ
りフェーズ"の方が多い理由としては、時間的な
制約によりフェーズ!開始時までに非臨床のバイ
オマーカー研究の結果が十分反映できない可能性
や、少数例のフェーズ!では十分なデータが確保
できないため利用されない可能性も考えられた。
出所:表1に同じ。
試験フェーズの分布は治療領域で大きく異なる。
抗悪性腫瘍剤ではほとんどがフェーズ!、"であ
るのに対し、脂質修飾剤ではフェーズ"∼$がほ
表2
治療領域別スポンサー別の試験数
米国政府スポンサー
8
2
6
ぼ同じ割合であり、
糖尿病用剤ではフェーズ$の、
骨疾患治療薬ではフェーズ#の割合が高かった。
これは各治療領域で用いられている薬剤と関連し
企業スポンサー
ていると考えられる。抗悪性腫瘍剤の試験におい
ては、既存薬が用いられている試験の割合が6
4%
1,
6
2
0
うち L0
1
C1
0
A1
0
M0
5
うち L0
1
C1
0
A1
0
M0
5
4
7
0
2
2
2
8
5
5
2
9
7
4
9
1
9
7
出所:表1に同じ。
0時点で ClinicalTrials.
gov に登録されている臨床試験数は9
9,
9
7
4試験、
そのうち対象疾患(Condition)が、
がん(can4)1
2/1
cer、tumor、neoplasm、carcinoma、lymphoma、leukemia、mesothelioma、blastoma、myeloma、glioma、melanoma、sarcoma、
astrocytoma、ependymoma、leiomyoma、papilloma、meningioma、Hodgkin のいずれかを含む)の試験は2
6,
6
1
4試験(2
7%)
であった。
3
2 2
0
1
1年2月
3
0 政策研ニュース No.
と低いのに対して、他の治療領域では8
2∼88%と
るためにバイオマーカーが用いられている様子が
高い。すなわち抗悪性腫瘍剤においては、開発中
伺えた。また、ゲノミクスなどのオミックス技術、
の薬剤の割合が高いため、早期臨床試験の割合が
FDG‐PET などの画像診断も有効性や安全性との
5)
高くなっているものと考えられる 。
相関が検討されている場合があった。
脂質修飾剤ではスタチン類が主となっており、
試験スポンサーによる差
hsCRP(高感度 CRP)、IL‐6、TNF‐α などの炎症
バイオマーカーの利用は米国政府がスポンサー
マーカーが多く利用されており、FMD 検査(flow‐
となっている試験で増加していることが報告され
mediated dilation:血流依存性血管拡張反応)、IMT
ているが1)、今回の分析でも治療領域によるスポ
検査(intima‐media thickness:内膜中膜複合体肥
ンサー属性による差があるかどうかを検討した。
厚)など、アテローム性動脈硬化のマーカーなど
表2に示すように、全体で見ると企業による試験
も利用されていた。
数は米国政府の2倍近くあるが、抗悪性腫瘍剤に
糖尿病用剤ではピオグリタゾン、ロシグリタゾ
限ってみると米国政府、企業の数はそれほど異な
ン、インスリンなどによる試験が多く、これらに
っていないことが分かる。米国政府が他の疾患領
おいて炎症・動脈硬化に関するマーカーとして
域と比べて、がん治療の効率化に注力しているこ
hsCRP、IL‐6、TNFα、ICAM、VCAM などが用い
とが示唆された。
られていた。
抗悪性腫瘍剤に着目して、更に試験のフェーズ
骨疾患治療薬においてはがんの骨転移や骨粗鬆
にスポンサー別の違いがあるのかどうかを見たと
症を対象としたゾレドロン酸やアレンドロネート
ころ、
図3のように米国政府(図中の L0
1政府)と
による試験が多く、骨形成・骨吸収に関連する
企業(L0
1企業)において試験フェーズの分布に違
P1NP、P1CP、NTX、CTX、BAP などが利用され
いがあることが分かる。フェーズ"では米国政府
ていた。
の方が割合は高いが、フェーズ!、#では企業の
これらのマーカーはほとんどが副次評価項目の
方が割合は高くなっている。バイオマーカーの臨
一つとして用いられており、主要評価項目として
床での有用性を見るためには、有効性が主要評価
検証されているものはごく少数であった。また、
項目となっているフェーズ"が適しているため、
試験のフェーズが上がるに従って、用いられる
米国政府はそこに注力していると考えられる。
マーカーの種類が探索的なものから有用性がある
程度確認されたマーカーが用いられるようになっ
バイオマーカーの具体例
てきていた。
治療領域ごとに最も試験数の多いフェーズを中
心に、どのようなバイオマーカーが用いられてい
るのかを概観した。
まとめ
今回の結果として、まずバイオマーカーが利用
抗悪性腫瘍剤では探索的な早期試験が多いた
されている臨床試験は抗悪性腫瘍剤の領域におい
め、バイオマーカーの具体的な内容が記載されて
て最も多く、その中でもフェーズ"が中心となっ
いない試験が多いものの、明らかにされているも
ていることが明らかとなった。また、NCI(米国国
のとしては VEGF や EGFR など、近年数多く開
立がん研究所)を中心とする米国政府がフェーズ
発・承認されている分子標的薬の標的特異的な薬
"を中心としたがんの早期臨床試験に大きく貢献
力学的マーカーが利用されており、薬剤の POC
していることが示された。
(proof of concept:新薬の有効性の実証)を検討す
次に早期臨床試験で利用されているバイオマー
5)既存薬は過去1
0年の$2
0
1
1IMS Health.
IMS World Review 売上上位3
0
0位以内(2
0
0
0年∼2
0
0
3年は2
0
0位以内)の薬剤の
有効成分(計3
5
4成分;ただしインシュリン類は1つとした)とした。抗悪性腫瘍剤は2
2成分、脂肪修飾剤は1
2成分、糖
尿病用剤は1
3成分、骨疾患治療薬は5成分であった。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 3
1
カーは薬剤の POC を確認するためのものが多く、
ることが考えられる7)。しかし、今回既存薬によ
後期臨床試験で用いられるバイオマーカーは既存
る臨床試験が多いことが明らかとなった糖尿病領
のものが中心となっていると考えられた。また、
域においても、医薬品による治療の貢献度は比較
既存薬が多く用いられている治療領域で早期臨床
的高いものの、まだ十分満足できるレベルではな
試験の数は多くなく、新規バイオマーカーの評価
い8)。従って既存薬による治療効率の最大化のた
も臨床試験中に認められないこと等から、既存薬
め、バイオマーカーによる患者の層別化などが必
の有効性や安全性を改善するための新規バイオ
要であると考えられる。これは現在の莫大な医療
マーカーの開発はそれほど進んでいないと考えら
費を削減し、患者へのより効果的な治療法の提供
れた。
につながるため、既存薬のための予測バイオマー
カー開発に対しては政府が積極的に投資すべきで
今後のバイオマーカー開発の方向性
はないかと考える。
今回の結果から、米国政府によるバイオマー
これに対して、新薬に関しては FDA がコンパニ
カー開発の取り組みはがんの早期臨床試験に集中
オン診断薬に関するガイドラインの準備を進めて
しており、これらの試験ではバイオマーカーの具
おり、開発中の分子標的薬に関しては企業がバイ
体的な内容が明らかにされていない試験が多いた
オマーカーの開発を実施せざるを得ない状況にな
め推測ではあるが、治療が困難な疾患において、
ることが予想される9)。また、分子標的薬は高価
より有効性が認められる患者群を選択するための
なものであるため、遺伝子診断がなされていない
予測バイオマーカーの開発が積極的に行われてい
患者での分子標的薬の使用に対する保険償還を拒
6)
るものと考えられる 。しかし、まだ早期臨床試
否する事例が米国で発生している。これらのこと
験のものが主であるため、予測バイオマーカーを
からも、より効果の期待できる患者群を層別する
用いた患者の層別・個別化が可能となるにはまだ
ための予測マーカーの開発は企業にとっても重要
時間がかかると考えられる。
な課題となるであろう。ただし、新薬開発におい
また、既存薬の割合が比較的低いがん領域に投
て有用性がまだ明らかとなっていない予測マー
資が集中しているため、既存薬の割合が高い領域
カーを同時に開発するためには、Mandrekar ら10)も
での研究はそれほど活発ではない。特に既存薬で
指摘しているように登録患者をマーカー陽性・陰
の新規なバイオマーカーの開発はあまり見られな
い。これは、CIOMS(Council for International Or-
図4
バイオマーカー開発の試験デザイン例
ganizations of Medical Science:国際医学団体協議
会)のファーマコジェネティックワーキンググ
ループが指摘しているように、
「既存の治療法に関
する研究への投資モチベーションは低く、新薬へ
の投資モチベーションと競合」しているためであ
6)予測バイオマーカー(predictive biomarker)
:例えば、対象治療を受けたマーカー陽性の患者群(図4の!)では治療が
奏功するが、対象治療を受けたマーカー陰性群(図4の")や標準治療を受けた群(図4の#、$)では奏功しない結
果が得られた場合のバイオマーカーを指す。
予後マーカー(prognostic marker)はこれと異なり、
マーカー陽性とマーカー
陰性の患者群で患者の予後は異なるが、その差が治療とは関連しないものを指す。
7)Council for International Organizations of Medical Sciences.Pharmacogenetics Towards improving treatment with medicines,
2
0
0
5(監訳 津谷喜一郎「ファーマコジェネティクス 薬物治療の改善を目指して」
)
8)医薬産業政策研究所.
「アンメット・メディカル・ニーズに対する医薬品の開発・承認状況」政策研ニュース No.
3
1
(2
0
1
0年1
0月)
9)コンパニオン診断薬:特定の治療(法)に対する患者の選定を目的とした検査
1
0)J.
Mandrekar and D J.
Sargent.Clinical Trial Designs for Predictive Biomarker Validation:Theoretical Considerations and
Practical Challenges.J Clin Oncol2
0
0
9;2
7:4
0
2
7
‐
4
0
3
4.
3
2 2
0
1
1年2月
3
2 政策研ニュース No.
性で層別した後、各群を更に治療群・対照群に無
性が考えられる。しかし前述のような規制・医療
作為化する試験(図4)が必要となる場合などが
財政上の必要性から、企業によるバイオマーカー
あり、試験規模が非常に大きくなることが考えら
の開発は避けて通れない。今後は更にバイオマー
れる。これは開発コスト上昇の要因ともなり、企
カー等の各種ツールを利用して、開発の生産性を
業のバイオマーカー開発への阻害要因となる可能
上げる努力が必要になるであろう。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 3
3
Points of View
医療機関の治験費用の現状
−アジア主要地域との比較−
医薬産業政策研究所
主任研究員
福島達也
日本の医療機関へ支払う治験費用は以前より欧
ア主要地域間の比較に焦点を置き、仮想の治験プ
米諸国と比べて高いといわれてきた。また、最近
ロトコール、仮想の治験実施条件における1症例
では医薬品開発の効率化、迅速化の観点から国際
あたりの治験費用や算出方法などをアジア主要地
共同治験が活発に行われ、先進諸国に比べ参加医
域の臨床開発モニターを対象にアンケート調査を
療機関の絶対数は少ないものの、低コストで治験
実施した。
を実施できる新興国やアジア諸国からの治験への
なお、本来、治験費用を考える場合においては、
参加比率も増加している1)、2)。確かにここ数年を
医療機関費用のみならず、臨床開発モニターのモ
みると日本も国際共同治験に参加する機会が増
ニタリング活動に要する企業側の人件費なども考
3)
加 しており、国際共同治験に参加する上では治
慮する必要があるが、今回は医療機関費用に絞っ
験費用の高低だけでなく、企業の開発戦略、海外
て現状をみてみたい。
と開発フェーズを同調できるかどうか、医療環境
の違いや民族差の問題といった点も大きい要因で
アンケート実施方法
あろう。ただ、自社品目では、フェーズ!から承
201
0年10月から11月にかけて、日本 CRO5)協会
認までの成功確率は2割前後、また、国内開発の
の協力を得て、アジア主要地域に業務展開してい
場合において治験のフェーズ"、フェーズ#の費
る CRO2社にアンケートを依頼した。調査対象は
用が医薬品開発費用全体のおよそ6割近くを占め
協力を得られた CRO2社の各々の子会社など、関
4)
るという報告 が示すように、医薬品開発におい
連会社に属する各地域の現地の臨床開発モニター
て臨床開発に要する費用の割合およびリスクは高
とし、対象国は中国(本土、香港)、韓国、台湾、
い。このため、限られた治験予算枠の中で今後も
シンガポールとした。アンケートは当研究所にて
日本が他国に競合して国際共同治験に参加し、医
英語で作成し、アンケートの依頼、回答の回収お
薬品開発において国際貢献していくためには、治
よび質問事項の対応は全て日本 CRO 協会を介し
験における国内医療機関費用やモニタリングに必
て行った。
要な人件費等の治験コストに対する問題意識を持
つことは重要である。
調査の概要
そこで、今回は日本の医療機関の治験費用の現
今回は二つの調査票を用い、アンケートを実施
状を知るため、統一した仮想条件下におけるアジ
した。一つの調査票では現在の各地域の一般的な
1)Fabio A.
Thiers et.
al.
Trends in the globalization of clinical trials.Nature Rev.
Drug Discov.7,1
3
‐
1
4(2
0
0
8)
2)Johan P.
E.
Karlberg,Globalization of sponsored clinical trials.Nature Rev.
Drug Discov.7,4
5
8(2
0
0
8)
3)K Ichimaru et.
al.
Effective Global Drug Development Strategy for Obtaining Regulatory Approval in Japan in the Context of
Ethnicity‐Related Drug Response Factors.Clin.
Pharmacol .
& Ther.87,3
6
2
‐
3
6
6(2
0
1
0)
4)医薬産業政策研究所.
「医薬品開発の期間と費用−アンケートによる実態調査−」政策研ニュース No.
2
9(2
0
1
0年1月)
5)Contract Research Organization:医薬品開発業務受託機関
3
2 2
0
1
1年2月
3
4 政策研ニュース No.
表1
治験概要
対象疾患
フェーズ
治験デザイン
過活動膀胱
フェーズ!(用量反応試験)
多施設共同、1
2週間投与、実薬2群およびプラセボの3群による二重盲検並行群間比較
治験スケジュール
観察期(単盲検)
治療期(二重盲検)
Visit1
Visit2 Visit3 Visit4 Visit5 Visit6
−2週
0週
2週
4週
8週
1
2週
スクリーニング/登録/ 無作為化
プラセボ投与開始
同意取得
!
既往歴
!
バイタルサイン、体重
!
!
!
!
!
!
身体所見、身長
!
被験者適格性
!
!
血液・尿検査
!
!
!
薬物血中濃度測定用採血
!
!
1
2誘導心電図
!
!
!
!
妊娠検査(尿)
!
残尿量(超音波)
!
!
!
!
過活動膀胱質問票(OAB‐q)
!
!
膀胱状態の患者評価(PPBC)
!
!
排尿日誌評価
!
!
!
!
!
有害事象確認
!
!
!
!
!
併用薬確認
!
!
!
!
!
!
併用療法確認
!
!
!
!
!
!
表2
項目
●治験の種類(実施地域)
●他国での本治験薬の承認の有無
●治験期間
●医療機関への治験申請
●治験審査委員会承認日
●1例目の初めの治験の診察日
First subject first visit(FSFV)
●最終症例の初めの治験の診察日
Last subject first visit(LSFV)
●最終症例の最後の治験の診察日
Last subject last visit(LSLV)
●治験審査委員会への治験終了報告日
●契約症例数(無作為化された症例として)
●同意取得症例
●スクリーニング期脱落症例数
●無作為化症例数
●1被験者当たりの診察回数
各医療機関における治験実施条件
設定
国際共同治験
あり
1年
2
0
0
9年1
2月1日
2
0
0
9年1
2月2
0日
2
0
1
0年1月1日
2
0
1
0年1
0月1日
2
0
1
0年1
2月3
1日
2
0
1
1年1月2
0日
1
0症例
1
2症例
2症例
1
0症例(治験途中での中止症例なし)
"スクリーニング期脱落症例:2回(Visit1、2)
"無作為化症例:6回(Visit1
‐
6)
●治験分担医師数
2名
●治験コーディネーター数
2名(院内職員)
6)
●SMO(Site Management Organization)
の関与 関与なし
●重篤な有害事象 (SAE:Serious Adverse Event)"毎月、既承認国において既知の SAE が2∼3事象発生
の発生数
"本治験に参加中の他国で未知の SAE が2事象発生(2
0
1
0年2月/7月)
"当該医療機関において未知の SAE が1事象発生(2
0
1
0年9月)
●治験実施計画書改訂
1回改訂(2
0
1
0年3月)
●治験薬概要書改訂
1回改訂(2
0
1
0年6月)
●治験審査委員会開催回数
本治験条件において一般的に予測される回数
●企業による監査実施回数
1回
7)
●SDV(Source Data Verification)
実施回数
1
0回
6)治験施設支援機関
7)治験データのもととなるカルテなどの原資料と症例報告書との一致性を臨床開発モニターが確認する作業
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 3
5
医療機関費用のあり方を確認した。もう一つの調
用した場合)および代表的な私立大学病院、国立
査票では、仮想の治験実施計画書、仮想の治験実
大学病院を抽出し、仮想の治験実施計画書に沿っ
施条件下における1症例あたりの費用およびその
て、それぞれ費用を算出した9)。治験費用は、各地
内訳、算出方法に関し、調査を行った。仮想の治
域より US ドルで回答を得たのちに1ドル8
5円と
験実施計画書および治験実施条件の概略を表1、
して日本円に換算した。
2に示す。
韓国、中国、台湾の治験費用概観
アンケート結果
まず始めに、2社ともに回答のあった韓国、中
アンケートの回収は、CRO の1社は5地域すべ
てから、他の1社は中国(本土)
、韓国、台湾の3
国、台湾の治験費用全般について、内容を表3に
まとめる。
地域より回答を得た。これらの回答結果と国内の
最近5年間の治験費用の推移については、いず
医療機関費用について、症例単価、支払い方法、
れの地域も上昇しているとの回答であった。主観
費用の内訳、被験者負担軽減費8)などの比較を試
的な回答のため、正確な上昇率ではないが、特に
みた。国内の医療機関費用については、
「新たな治
中国、韓国では治験費用の上昇が実感としてある
験活性化5カ年計画」
(平成1
9年3月3
0日文部科学
ようである。
省・厚生労働省)の下、治験・臨床研究の推進を
また、治験費用のうち、研究費、治験コーディ
図るために採択された中核病院・拠点医療機関の
ネーター費、臨床検査費用におけるマイルストン
中から治験費用算出基準をホームページで確認可
ペイメント10)の一般的な採用状況を尋ねたとこ
能であった国立病院機構本部(中央審査方式を採
ろ、地域間や回答者間で相違はあるものの、各地
表3
地域
最近5年間の
治験費用の推移
韓国、中国、台湾の治験費用の概観
マイルストンペイメントの採用
治験費用上昇
の理由
算出方法(特徴)
研究費
治験コーディ 臨床検査
ネーター費用
費用
今後の治験費用
の動向予測
治験調整医師11)等が過去の同様
の試験を参考に試験全体の予算
あるいは症例単価を決め、
その範
囲内で参加施設が費用を決定。
韓国
!現状維持:他国との競合のため。
!2
0−4
0%上昇 ・他社との競合
△:非採用 △:月額で算
○:採用
"2
0−4
0%上昇 ・物価上昇
治験調整医師の医療機関は平均 の場合あり 出の場合あり
"上昇:物価上昇と人件費上昇の
より費用が高い。
ため。
研究費が固定費で返金なしの場
合もあり。
多施設共同治験の場合、大抵、
研究費は統一した価格を設定。
・他社との競合 一方、それ以外の費用は経営体
!2
0−4
0%上昇
○:採用
中国
・治験施設の限定 や病院規模により異なる。
"4
0%以上上昇
・物価上昇
病院の立地場所や規模で治験費
用に大きな違いはない。
!1
0−2
0%上昇 ・人件費上昇
台湾
"1
0−2
0%上昇 ・物価上昇
治験費用の総額に3
0%までの比
率で固定費を追加。その割合は ○:採用
施設により異なる。
!上昇:治 験 実 施 施 設 が 限 定 さ
れ、今後もあまり増える見込みが
ないため。
△:月額で算
○:採用
出の場合あり
"上昇:最近の治験費用の上昇は
著しいが、他のアジア諸国と比べ
ると極めて低コスト。今後、物価
上昇に伴い、治験費用も上昇。
○:採用
!現状維持:治験実施施設は成熟
し、治験数もここ数年は安定する
○:採用 見込みのため。
"上昇:人件費上昇のため。
8)治験に参加している患者に対し、治験の受診毎あるいは入院毎に医療機関より支払われる費用。
9)日本における代表的な医療機関を抽出し、各医療機関の算出基準に従って著者が試算。
1
0)例えば、1診察毎あるいは数診察毎など、企業から医療機関へ患者毎に治験の進捗に応じて治験費用を支払う方法。
1
1)多施設共同治験の実施において各参加医療機関の治験責任医師を調整する責任を担う医師で、当該疾患領域に対し十分
な経験を有する。
3
2 2
0
1
1年2月
3
6 政策研ニュース No.
域ともいずれの費用においても比較的多く採用し
スの GDP13)値(以下、GDP(PPP)値とする)にて
ていることを示す結果であった。これは日本の現
症例単価を補正した値を示している。補正した場
状と大きく異なる部分であろう。
合においては、各地域の症例単価の差は縮小して
今後の治験費用の動向予測については、韓国、
いるが、なお、国内の費用は相対的に高額である。
台湾では回答が現状維持と上昇に分かれた一方、
さらに、中国国内の生活水準格差を考慮し、
中国のみが CRO2社とも上昇するとの回答であ
ClinicalTrials.gov14)で検索された中国の主な治験
った。特に中国においては、経済の発展とともに
実施都市15)を、北京および上海、その他の沿岸地
治験費用が今後も上昇していくのか、その動向が
域、沿岸地域以外の3つに区分して、それぞれの
注目される。
図2
各地域の補正後の症例単価の比較!
症例単価の比較
図1は、企業が医療機関へ支払う1症例あたり
の費用(症例単価)について、本調査にて回答の
得られた5地域(8回答)と日本の5つの医療機
関の比較を示している。今回の調査では香港の症
例単価が約1
4
0万円と日本の医療機関と比較して
も高く、シンガポールは約7
0万円で国立病院機構
とほぼ同額、それ以外の地域は日本よりも低額で
あった。特に中国の費用は日本の約1
0分の1で極
めて低額であった。
また、図2は、各地域の生活水準の平準化を図
るため、各地域の一人あたりの購買力平価12)ベー
図1
注:GDP(PPP)値で補正
図3
各地域の補正後の症例単価の比較"
各地域の症例単価の比較
注1:中国を3地域に区分
注2:GDP(PPP)値で補正
1
2)Purchasing Power Parity(PPP)
:物価や為替変動の影響を取り除いて算出された為替レートで、各国の実質的な生活水準
(購買力)を計る基準とされる。
1
3)Gross Domestic Product:国内総生産、IMF2
0
0
9年。
gov/ 参照。
1
4)米国国立衛生研究所(NIH)等により運営・管理されている臨床試験登録システム、http://clinicaltrials.
1
5)2
0
0
9年1月1日以降に ClinicalTrials.
gov に初回登録された中国を含む製薬企業主導、フェーズ!および"の臨床試験よ
り抽出。次の1
3都市で中国の全医療機関の約8
0%を占める。北京市、上海市、広州市、南京市、杭州市、西安市、重慶
市、成都市、瀋陽市、武漢市、長沙市、天津市、済南市(2
0
1
0年1
2月2
0日時点のデータより)
。
1
6)2
0
0
9年の該当する「市」の1人あたり GDP 値を確認できなかった場合は、その「省」の1人あたり GDP 値を使用。US
ドルに換算し、IMF2
0
0
9年の中国の PPP で補正。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 3
7
地域の各都市の GDP(PPP)値16)の平均値で補正し
「私立大2」、
「国立大1」や「国立大2」では固定
た症例単価を左から低コスト順に図3に示す。韓
費の比率が相対的に高く、このような医療機関に
国、中国全体および台湾の金額は図2の各国の二
おいては、今後、より実績に応じた支払い形態へ
つの数字を平均している。
の見直しが必要である。
補正値においては、北京・上海が最も低額、中
国の沿岸地域以外が最も高額となり、中国の経済
格差を反映した結果である。しかし、この場合に
おいても、中国の沿岸地域以外と国内の「私立大
2」の金額差は僅かで、
「私立大2」の費用は著し
く高額といえるであろう。
被験者負担軽減費の比較
次に治験に参加する患者へ支払われる費用につ
いてみてみる。
通常、国内で治験に参加すると医療機関の受診
毎あるいは入院毎に一般的に7千円から1万円の
範囲で被験者負担軽減費が患者に支払われるが、
治験費用の支払い方法の内訳
他のアジア地域で患者に支払われている金額はど
次に治験費用の支払い方法の内訳について各地
域で比較してみよう。
の程度か調査した。
図5に示すとおり、いずれのアジア地域におい
図4は、各地域の治験費用の支払い方法の内訳
を示している。
図中の「変動(症例)
」とは実施症
ても1来院あたり患者へ支払われる費用は日本よ
り低額である。
例に応じて支払う費用、
「変動(期間)
」とは月額
また、図6では、症例単価と同様に GDP(PPP)
で設定されているような治験期間に応じて支払う
値で補正した被験者負担軽減費を示す。補正後で
費用、
「変動(その他)」とは治験審査委員会や
は、
「中国2」の金額が最も高く1万4千円程に相
SDV 等の実施回数に応じて支払う費用、
「固定」と
当するが、主要都市で ClinicalTrials.
gov の検索で
は治験の実施状況の如何に関わらず医療機関に支
図5
払い、返金されない費用をそれぞれ示す。
各地域の被験者負担軽減費
今回、アジア各地域の一般的な費用について調
査を試みたが、同一地域内でもばらつきがみられ
る。これは、各地域の回答者の過去に担当した医
療機関や治験内容の違いがその一因であろうと考
えられる。しかし、全般的にみて、図中の国内の
図4
治験費用
支払い方法
内訳
図6
3
2 2
0
1
1年2月
3
8 政策研ニュース No.
各地域の補正後の被験者負担軽減費
も医療機関のロケーションとして最も施設数の多
症例集積性の問題や SMO の支援の有無を考慮し
かった北京や上海の GDP(PPP)値で補正した場合
ていない。本調査でもみられたように、実施症例
には5千円程度となる。また、それ以外の地域で
数に依存しない固定費の割合の高い医療機関がま
はおよそ2千円から6千円の範囲を示し、いずれ
だ存在し、さらに最近では規模の大きい総合病院
も日本より低額である。なお、中国においては交
でも SMO の支援を受けている場合もある。これ
通費のみ支払う場合もあるとの回答もみられた。
らのことを考え合わせると、今後、医療機関の治
験費用について速やかに取り組むべき課題として
まとめ
以下の三点があろう。
今回、同一の仮想条件下でアジア主要地域の医
療機関の治験費用についてアンケート結果をもと
●研究費、CRC 費、臨床検査費用など、被験者の
に概観するとともに、国内の医療機関費用との比
診察ベースで発生する業務については、被験者
較を行った。今回の結果は、回答したアジア地域
の治験の進捗に応じたマイルストンペイメント
の臨床開発モニターの過去に担当した医療機関や
を導入する。
治験内容等に依存している可能性はあるが、CRO
●治験の事務的作業は治験の煩雑さや難易度に大
2社から回答の得られた中国(本土)
、韓国、台湾
きく影響を受けないことから、固定費を一定額
の結果をみると大きな違いはないことから、各地
とし、それ以外はすべて症例実施ベースの支払
域の比較的一般的な治験費用の現状を知ることが
いとする。
できたのではないだろうか。
●SMO の支援を受けている場合とそうでない場
2
0
0
5年に日本製薬工業協会が今回と同様な方法
合で医療機関費用の算出方法を明確に区別し、
で中国、韓国、台湾、香港、シンガポール、タイ
いずれの場合であっても総額を同程度とする。
およびマレーシアを対象として医療機関へ支払う
治験費用について比較している17)。このときの調
昨今、ドラッグラグ問題を契機に未承認薬・適
査では、日本の治験費用はいずれのアジア諸国に
応外薬を少しでも早く患者へ届けられるよう、産
比べても、3倍から5倍ほど高いという結果であ
官が一体となって対応が取られているところであ
った。一方、今回の結果は中国の低コスト、韓国、
る。また、平成22年6月18日に閣議決定された新
シンガポールおよび香港のコスト上昇が特徴的で
成長戦略の中で、早期臨床試験の強化やグローバ
他のアジア諸国内でも治験費用の差が生じつつあ
ル臨床研究拠点の整備を含む「ポスト治験活性化
るといえよう。また、中国のコストの今後の動向
5カ年計画」を2011年度に策定し、201
3年までに
についても注目される。
実施することが成長戦略実行計画(工程表)に掲
生活水準の平準化を図った場合においても、依
げられているように、今後、新たなドラッグラグ
然として国内費用は高額であるが、地域間の差は
を生み出さないよう、国際共同治験も益々活発と
縮小あるいは一部の地域において逆転する結果で
なっていくであろう。その中で「新たな治験活性
あった。治験がグローバル化し、アジア諸国との
化5カ年計画の中間見直しに関する検討会
競合も激しくなる中、今後の国内の医療機関費用
告」
(平成22年1月19日)においても課題とされた
の適正化の一つの目安として、少なくとも各地域
治験コストについては、国際共同治験活性化の一
の生活水準で平準化した場合にアジア主要地域と
つの障壁要因となりうるため、引き続き、費用の
同程度とすることは必要であろう。
適正化を図るべく、医療機関において、より実績、
なお、今回の国内の医療機関費用については、
報
業務量に応じた費用算出方法の採用が望まれる。
1
7)日本製薬工業協会 医薬品評価委員会臨床評価部会、
「アジア諸地域における最近の治験環境−Multinational Trial 実施の
観点から−」
(2
0
0
5年6月)
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 3
9
Points of View
新薬創出加算と消費者余剰
−潰瘍治療剤市場における仮想的なケース分析−
医薬産業政策研究所
客員研究員
西村淳一
2
0
1
0年より「新薬創出・適応外薬解消等促進加
薬価制度は医療消費者の消費者余剰に影響を与
算」
(以下、新薬創出加算)が、今後2年間に渡り
える。消費者余剰とは、市場全体の消費による利
試行的に実施された。従来の薬価制度と異なり、
益の合計である。ある医薬品を消費することで得
新薬創出加算の導入によって、後発品のない新薬
られる効用から、消費するのにかかったコストを
であれば薬価は加算を受け、場合によっては薬価
引いたものを利益とする。新薬創出加算は図1か
は維持される(図1)
。
らも明らかなように、加算の対象となっている期
間は、従来薬価制度よりも高い薬価がつくので、
図1
新薬創出加算と従来薬価制度における医薬
品価格指数の変化(模式図)
医薬品の購入から得られる消費者余剰は減少す
る。一方で、後発品参入後は、今までの薬価下落
猶予分と追加的な切り下げ(4∼6%)が実施さ
れるため、従来薬価制度よりも低い薬価がつく。
その結果、長期的な視点でみれば、消費者余剰は
増加するかもしれない。
新薬創出加算が導入されることで、消費者余剰
がどの程度変化するか、またどのような薬剤にお
いてその影響が大きくなるか、ということを実証
的に検証することは政策評価を行ううえで重要で
ある1)。
本稿では、医薬品の需要関数を推計し、新薬創
出加算が消費者余剰に与える影響を実証的に分析
注1:ここでは、一例として、1
9
9
0年に上市された品目の
価格指数の変化を計算した。1
9
9
0年を価格1
0
0と基
準化している。
注2:日本における医薬品の実質特許残存期間の平均値
1
0.
7
6年を参考に、2
0
0
2年度より新薬創出加算が切
れると想定している。新薬創出加算によって、薬価
が完全に維持されるとし、後発品参入後の追加引き
下げを5%として計算した。
していく。消費者余剰を求めるには、需要関数を
推計し、医療消費者が薬価に対してどの程度敏感
に反応するか(価格弾力性)を計算する必要があ
る。ただし、現時点の利用可能なデータから、実
際に新薬創出加算の対象となった品目について分
析を行うことは困難である。そこで本稿では、潰
瘍治療剤市場に焦点をあて、過去に新薬創出加算
1)新薬創出加算のもうひとつの効果として研究開発インセンティブの強化が挙げられる。この効果については、医薬産業
政策研究所.
「新薬創出加算とイノベーション」政策研ニュース No.
3
0(2
0
1
0年4月)を参照。この分析から、新薬創出
加算が長期的に継続したと仮定すると、研究開発投資原資の増加により将来の新薬へのアクセスを高める可能性が示唆
された。
3
2 2
0
1
1年2月
4
0 政策研ニュース No.
が導入されたと仮定し、消費者余剰が従来の薬価
表1
需要関数の推計結果
制度と比較して、どのように変化するかについて
ケース分析を行う。
医薬品の需要関数
本稿では、政策研ニュース No.
3
12)で使用した
潰瘍治療剤に関するデータと需要関数の推計を利
用する。このデータは、1
9
9
6∼2
0
08年の潰瘍治療
剤(H2ブロッカー、
プロトンポンプ阻害剤(PPI)、
防御因子増強剤、プロスタグランジン)を分析対
象としている3)。分析に利用した医薬品特性に関
するデータは、
「IMS Japan.JPM」
、
「明日の新薬」、
「医薬品添付文書」
、
「医学文献データベース(PubMed)
」より収集している。
医薬品の選択において、医師のエージェンシー
問題(医師が患者の効用を歪めるように行動する
製品特性
薬価(1
0
0円単位)
製品年齢
2
(製品年齢)
剤形数
禁忌数
適応症数
適応拡大の頻度
一日あたりの服用量
医学論文件数
先発品ダミー
係数
標準誤差
−0.
2
7
8
0.
0
2
3
−0.
0
0
1
0.
1
3
2
−0.
1
2
0
0.
1
3
1
0.
1
5
3
−0.
0
6
6
0.
0
0
2
0.
7
2
4
0.
1
0
1
0.
0
0
6
0.
0
0
1
0.
0
1
5
0.
0
5
1
0.
0
1
6
0.
0
4
9
0.
0
4
0
0.
0
0
0
0.
0
9
7
サンプル数
決定係数
2,
3
6
9
0.
9
7
6
注1:不均一分散に対して頑健な標準誤差である。
注2:成分ダミー、年ダミーを含んでいる。
出所:!2
0
1
1IMS Japan.
JPM、明日の新薬、医薬品添付文
書、PubMed をもとに作成(転写・複製禁止)
。
こと)は、この期間の潰瘍治療剤市場において大
きな問題ではない2)。したがって、本稿では医師
表1の結果をもとに、価格の変化率に対する需
は患者の効用を最大化するように、医薬品の製品
要量の変化率、すなわち価格弾力性を計算した。
特性と価格を考慮して選択すると想定し、nested‐
表2は H2ブロッカー、PPI、防御因子増強剤、プ
logit model による分析を行った4)。
ロスタグランジン別の自己価格弾力性、交差価格
表1は需要関数の推計結果である。ほとんどの
弾力性を示し、また全領域の平均値も載せている。
製品特性の変数が統計的に強く有意であり、結果
自己価格弾力性とは、自社品の価格の変化率に対
は良好である。推計結果は前号とほぼ同じである
するその需要量の変化率である。一方、交差価格
ため、ここでは簡潔に結果を述べておこう。第一
弾力性とは、他社品の価格の変化率に対する自社
に、薬価の係数が負なので、製品特性を考慮した
品の需要量の変化率を示す。ここでの他社品が先
場合、薬価の高い品目はシェアが低くなる。次に、
発品か後発品かによって、自社品への影響度も異
製品年齢が高くなると、宣伝による認知度の向上
なると予想されるので、交差価格弾力性は先発品
を受けてシェアは上昇していくが、ある一定の期
と後発品別に計算している。
間を過ぎるとシェアは逆に減少していく。
さらに、
医薬品の剤形数増加、適応追加・拡大などの改良
型イノベーション、当該品目に関する医学文献の
増加、先発品であることが医薬品のシェアを増加
させている。最後に、副作用などの禁忌数の増加、
一日当たりの服用量が多い製品はシェアが低くな
る。
2)医薬産業政策研究所.
「患者と医師のプリンシパル・エージェンシー問題」政策研ニュース No.
3
1(2
0
1
0年1
0月)
3)潰瘍治療剤の市場規模は大きく(2
0
0
8年:約4,
0
0
0億円)
、 先発品と後発品が複数存在した1つのモデルケースである。
本データでは、医薬品特性の詳細なデータを利用できるので、需要関数の推計をより精緻に行える。
4)詳細な需要関数の推計モデルについては政策研ニュース No.
3
1を参照。分析方法はほぼ同じである。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 4
1
表2
分類
領域別の価格弾力性
自己価格弾力性
が参入していないすべての先発品に加算が適応さ
交差価格弾力性 交差価格弾力性
(先発品)
(後発品)
れると仮定した6)。また、図1でみたように、後発
品参入後のはじめての薬価改定年において、従来
H2ブロッカー
−0.
362
(0.
346)
0.
577
(0.
145)
0.
026
(0.
018)
薬価制度の薬価下落分と追加的な薬価引き下げ
PPI
−2.
027
(2.
008)
2.
871
(0.
562)
0.
038
(0.
022)
5%が行われるとして計算を行った。
防御因子増強剤
−0.
241
(0.
351)
0.
478
(0.
112)
0.
008
(0.
002)
プロスタグランジン
−0.
486
(0.
216)
0.
197
(0.
095)
合計
−0.
401
(0.
742)
0.
662
(0.
606)
0.
016
(0.
016)
注:カッコ内は標準偏差である。
出所:表1に同じ。
表2の合計についてみると、自己価格弾力性は
−0.
4
0
1となっている。すなわち、平均的にみて、
自社品の薬価の1%の下落は、
0.
4
0
1%の需要量の
表3
新薬創出加算による消費者余剰の変化率
(%)−領域別の分析−
年度
H2ブロッカー
PPI
4
3
6
2
2
0
0
0
−0.
4
2
−3.
6
5
−0.
1
9
−0.
1
6
2
0
0
2
0.
0
0
−7.
7
4
−0.
1
0
−0.
1
3
2
0
0
4
0.
0
1
−0.
0
6
−0.
1
5
−0.
2
3
2
0
0
6
−0.
0
3
1.
2
7
−0.
2
1
−0.
4
0
2
0
0
8
0.
1
5
2.
3
7
0.
1
8
−0.
5
7
仮定のもとで
の加算品目数
防御因子増強剤 プロスタグランジン
注:薬価改定年における数値のみを載せている。
出所:表1に同じ。
増加を意味する5)。ただし、交差価格弾力性をみ
ると、競合品である先発品や後発品の薬価が1%
表3は、このような前提のもとで、新薬創出加
下落することで、先発品の場合0.
6
6
2%、後発品の
算の対象となった15品目について、従来薬価制度
場合0.
0
1
6%だけ、
平均的にみて自社品の需要量も
と比較した消費者余剰の変化率を年度別に計算し
価格競争の結果減少することがわかる。この価格
た。前述の分析から明らかなように、H2ブロッ
弾性値は、H2ブロッカー、PPI、防御因子増強剤、
カー、PPI、防御因子増強剤、プロスタグランジン
プロスタグランジン別にみると異なっている。と
のそれぞれの領域で価格弾性値は大きく異なって
くに、PPI では自己・交差価格弾性値がともに高
いた。価格弾性値の違いは消費者余剰の変化にも
い。これは、PPI の薬剤1単位の薬価が他の薬剤と
大きく影響するので、領域別に分類している。
比べてかなり大きいことが影響している。薬価が
最初に表3の見方について説明しておこう。表
大きいほど、医療消費者の価格に対する感応度は
では薬価改定年の2000年、2
002年、2
004年、2
0
06
当然あがるのである。
年、
2008年における消費者余剰の変化率を示した。
2000年に新薬創出加算が導入されると仮定してい
新薬創出加算と消費者余剰
るので、1996∼1999年は従来薬価制度と消費者余
ここでは、需要関数の推計結果と価格弾力性の
剰が同じである。ここでは、加算対象品目を購入
数値を利用して、新薬創出加算の導入による消費
することによる消費者余剰の変化率(%)を計算
者余剰への影響をみていく。本稿では、データの
している。数値が負となっているものは、従来薬
利用可能性から、過去に遡及して新薬創出加算が
価制度と比較して、消費者余剰が下落しているこ
導入されたと仮定して分析した。具体的には、R
とを意味する。一方、数値が正となっているもの
幅が2%で定着した200
0年の薬価改定時におい
は、従来薬価制度と比較して、消費者余剰が増加
て、新薬創出加算が導入され、その時点で後発品
していることを示す。これは新薬創出加算では、
5)この自己価格弾力性は H2ブロッカーや PPI を対象に分析した海外の研究結果と近似している。
6)ただし、上市後1
5年以内の品目に限る。また、新薬創出加算の適応条件である、
「市場実勢価格と薬価の乖離が薬価収載
されている全医薬品の平均値を超えないこと」については複雑となるので考慮していない。さらに、薬価は必ず維持さ
れるとして以下の消費者余剰の変化率は計算している。これらの前提は、新薬創出加算による消費者余剰の下落を過大
に推計するものと予想される。
3
2 2
0
1
1年2月
4
2 政策研ニュース No.
後発品参入後、従来薬価制度より低い薬価がつけ
られると仮定しているため生じる。すなわち、領
表4
新薬創出加算による消費者余剰の変化率
(%)−個別品目の分析−
タケプロン
パリエット
2
0
08年度売上金額シェア
(%)
1
8.
6
13.
8
上市年
1
99
2
19
97
後発品参入年
2
00
5
201
0
2
00
0
−1.
6
1
−2.
29
20
0
2
−3.
95
−2.
76
2
00
4
−5.
3
9
−5.
69
みて新薬創出加算による消費者余剰の下落率は低
20
06
0.
84
−8.
98
いことがわかる。これは表2でみたように、全体
2
00
8
1.
70
−11.
40
20
1
0
2.
4
1
0.
78
2
0
12
3.
0
6
1.
45
2
0
14
3.
63
2.
02
2
0
16
4.
13
2.
50
2
01
8
4.
57
2.
90
2
02
0
4.
9
5
3.
22
域によっては、異なる加算適応期間の品目が含ま
れている(たとえば、同年において、一方の品目
は加算対象となっているが、もう一方の品目は加
算が終わっているため、新薬創出加算の効果が相
消費者余剰変化率(%)
殺されている)
。
以上のことを踏まえて表3をみると、全体的に
平均である自己価格弾力性が−0.
40
1と非弾力的
(1より小さい)であることから、
医薬品は必需品
として考えられているためと思われる。最も影響
が大きいのはやはり価格弾力性が大きい PPI であ
る。2
0
0
0年では、従来薬価制度と比較して、消費
出所:表1に同じ。
者余剰の下落率は3.
6
5%である。2
0
02年では、
7.
7
4%となっている。その後、後発品が参入し、
表4から、これらの品目で2008年における潰瘍
新薬創出加算から外れた品目があるので、
2
004年、
治療剤市場の売上金額の約30%を占める。また、
2
0
0
6年、2
0
0
8年の数値は相殺されている。
タケプロンは1992年に上市し、2005年に後発品が
表3の分析ではいくつかの限界点がある。たと
参入している。よって、2006年からは新薬創出加
えば、各領域における加算対象品目ごとに、加算
算の対象期間外として計算した。パリエットは
対象期間が異なっているため、領域別の消費者余
1997年に上市し、
2010年に後発品が参入している。
剰の平均的な変化率では、品目ごとの影響が相殺
よって2010年から新薬創出加算の対象期間外とし
されてしまう。そのため新薬創出加算の影響を明
て計算した。さらに、長期的な影響も考慮するた
確にみれない。また、表3の分析では2
0
0
0年に新
め、2008年以降の消費者余剰の変化率についても
薬創出加算が導入されたと仮定しているが、導入
計算した。長期的な影響をみるには、薬価の将来
年の変更によって、領域別の分析は大きく異なっ
予測が必要になるが、ここでは2008年の薬価下落
てくるだろう(たとえば、新薬創出加算の導入年
率を利用した。将来の薬価下落率は、2008年の薬
を20
0
2年に遅らせた場合、PPI の2
0
02年の消費者
価下落率と平均的にみてあまり差がないと想定し
余剰下落率は表3から予想されるように約3%と
ている。
なる)
。さらに、後発品の参入後は、新薬創出加算
表4からタケプロンは、従来薬価制度と比較し
対象品目の薬価は、従来薬価制度と比較して下落
て、2004年における消費者余剰の下落率が最大で
していくので、2
0
0
8年までではなく、より長期的
−5.
39%である。その後、新薬創出加算が切れる
な影響をみる必要もあるかもしれない。
と、薬価は従来薬価制度と比べて、一層下落する
そこで本稿では、具体的な品目による計算も試
ので、消費者余剰は増加している。パリエットに
みた(表4)
。とくに、PPI における新薬創出加算
ついては、2008年の消費者余剰下落率が最大で−
の影響が大きいことから、ここでは PPI における
11.
4%である。パリエットは1997年に上市された
代表的な医薬品タケプロンとパリエットについ
品目で、上市時点の薬価がほぼ維持されたものと
て、2
0
0
0年に新薬創出加算が適応されたと仮定し
して計算している。また、後発品の参入まで新薬
て計算した。
創出加算が適応されると仮定しているので、最も
新薬創出加算の影響を受ける品目である。パリエ
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 4
3
ットも後発品参入後は消費者余剰が増加してい
余剰の下落率は非常に小さい。価格弾力性が高い
る。長期的にみれば、新薬創出加算適応時におい
品目においても、長期的にみれば新薬創出加算は
て減少した消費者余剰を、後発品参入後の消費者
加算適応後の薬価下落によって、消費者余剰をあ
余剰の増加によってある程度補うことは可能であ
る程度補う(または上回る)ことが可能であろう。
ろう。ただし、すべての品目について言えること
ただし、後発品参入(新薬創出加算終了)後の消
だが、新薬創出加算の適応が切れる頃には、
(実際
費者余剰の増加率は、すでに薬価がかなりの程度
に観測される)従来薬価制度における薬価は、す
下落しているため、小さくなることに注意すべき
でにかなりの程度下落している。そのため、新薬
である。本稿の分析は潰瘍治療剤市場のみを取り
創出加算終了後の消費者余剰の増加率は小さいも
扱っているが、薬価制度は基本的にどの薬効領域
のとなっている。
でも同じように適用されるため、本稿のケース分
析から得られる含意は他の薬剤市場でもあてはま
結語
本稿では、潰瘍治療剤市場に焦点をあて、過去
に新薬創出加算が導入されたと仮定し、消費者余
るだろう。しかしその場合でも、他の薬剤の需要
の価格弾力性を正確に推計する必要が生じること
に留意しなければいけない。
剰が従来薬価制度と比較して、どのように変化す
政策研ニュース No.
31でも示したように、新薬
るかについてケース分析を行った。分析から新薬
創出加算は長期的には、企業の研究開発投資余力
創出加算と消費者余剰の関係について以下の点が
の増加とイノベーション・インセンティブの強化
重要となる。新薬創出加算の影響は価格弾力性が
へとつながると思われるが、一方で消費者余剰の
大きい(小さい)品目で強く(弱く)なる。価格
増加にも寄与する可能性がある。本稿の分析から
弾力性が小さい品目(または薬効領域)では、従
も示唆されるように、新薬創出加算の効果は、今
来薬価制度と比較した新薬創出加算による消費者
後の長期的な視野でみる必要があるだろう。
3
2 2
0
1
1年2月
4
4 政策研ニュース No.
Points of View
後発医薬品の浸透促進が市場に与える影響
−市場成長率と改良型イノベーションの視点から−
医薬産業政策研究所
医薬産業政策研究所
現在、2
0
1
2年度数量シェア3
0%を目標に後発医
主任研究員
客員研究員
粕谷英明
西村淳一
後発品の浸透促進と市場成長率
薬品(以下、後発品)の浸透促進策が進められて
後発品の浸透促進と市場成長率の関係につい
いる。その目的は、医療費における薬剤費を抑制
て、需要の成長率と薬価改定率の影響を除去しつ
し医療消費者の負担を軽減することにある。
ただ、
つ分析していく。本稿では、国内で上市されてい
実際に後発品の浸透促進が医薬品市場にどのよう
る製品を成分レベルに分類したデータ(成分数
な影響を与えているのか、市場成長やイノベーシ
1,
691)を分析した。
ョン促進の視点から定量的に分析した研究は少な
いと思われる。
まず、市場成長率として、売上金額の成長率を
利用した。次に、後発品の浸透促進については、
後発品が浸透することは、薬価の低い薬剤の処
二つの指標を用いた。一つは、後発品の数量シェ
方に置き換わり、薬剤費は抑制される。したがっ
アで、もう一つは数量シェアの成長率である。こ
て患者数などの自然増減を考慮しなければ、その
れらの数値が大きいほど、後発品の浸透が進んで
薬剤の薬効領域や成分(一般名)ごとの市場売上
いる成分と考えられる。後発品の浸透促進が市場
も次第に鈍化していくことになる。一方で、製薬
成長率に統計的にみて、有意に負の相関があるか
企業、特に新薬創出型企業は、患者ニーズに応え
どうかをみていく。
るために、継続的な研究開発投資を行っている1)。
市場成長率は、後発品の影響以外にもさまざま
承認された適応や剤形に対して、新たな適応追
な要因によって変動している。本稿では、需要の
加・拡大、あるいは剤形追加など、新薬に対する
成長要因と価格要因について考慮していく。第一
改良型イノベーションに注力していることはよく
に、市場の需要成長率として各成分の売上錠数の
知られている。後発品の参入による更なる競争圧
成長率を利用した。処方される患者数が増えると
力の増大は、
新薬創出型企業の改良型イノベーショ
自然と売上錠数が増える関係にあると考えられ
ン・インセンティブをさらに高めるかもしれない。
る。そのため、売上錠数を患者数の増減を示す代
本稿では、成分レベルで計算された後発品の数
理指標として用いた。第二に、薬価改定による価
量シェアと市場売上高成長率との関係について調
格下落も市場成長率に影響する。そこで、売上高
べている。さらに、後発品の浸透と適応拡大や剤
シェアを用いて加重平均した各成分における薬価
型追加などの新薬に対する改良型イノベーション
下落率を計算した。薬価下落率が大きいほど、需
の関係についても分析を行った。
要量を一定とすれば市場成長率も減少すると予想
1)後発品との競合に限らず、先発品メーカーは患者ニーズへの対応を目的として自社品に対して様々な研究開発投資を継
続して行っている。
また最近では、アンメット・メディカル・ニーズに対しての投資も活発に行われている。
医薬産業政策研究所.
「アンメット・メディカル・ニーズに対する医薬品の開発・承認状況」政策研ニュース No.
3
1
(2
0
1
0年1
0月)
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 4
5
表1
変数
変数の基本統計量
サンプル数
平均
標準偏差
最小値
市場成長率
1
6,
4
6
1
−0.
039
0.
126
−0.
497
後発品シェア
1
8,
3
46
0.
041
0.
100
0
0.
70
5,
7
70
0.
228
1.
322
−3.
223
30.
84
売上錠数成長率
1
6,
3
32
−0.
021
0.
127
−0.
495
0.
50
薬価改定率
2
1,
5
57
0.
014
0.
025
−0.
049
0.
13
適応拡大累積件数
2
1,
9
83
0.
104
0.
556
0
1
2
剤形追加累積件数
2
1,
9
82
0.
084
0.
461
0
1
4
品目数
2
1,
9
82
4.
250
6.
805
0
6
1
ln(売上高)
1
9,
0
37
1
9.
992
2.
610
6.
461
26.
065
後発品シェア成長率
最大値
0.
50
注:1,
6
9
1成分の1
9
9
6∼2
0
0
8年におけるアンバランスド・パネルデータである。
出所:!2
0
1
1IMS Japan.JPM、
「明日の新薬」
、ジェネリック医薬品リスト(株式会社じほう)等をもとに
作成(転写・複製禁止)
される。第三に、適応拡大や剤形追加2)のような改
良型イノベーションが、新たな需要の獲得に結び
表2
後発品浸透と市場成長率
被説明変数:市場成長率
"
3)
付く可能性もある 。最後に、年ごとの需要の変動
を除去するため、年ダミーを推計式にいれた。以
上の変数と後の分析で用いる追加的な変数の基本
後発品シェア
−0.
135**
(0.
060)
統計量を表1に示しておく。
また観測不可能な医薬品の特性もあると予想さ
た。推計結果は表2のとおりである。
売上錠数成長率
0.
879***
1.
010***
(0.
105) (0.
057)
薬価改定率
−0.
386*** −0.
322***
(0.
065) (0.
061)
適応拡大累積件数
−0.
001
(0.
007)
0.
009
(0.
007)
剤形追加累積件数
−0.
005
(0.
005)
−0.
003
(0.
008)
0.
880
5,
295
510
0.
946
4,
705
5
10
表2では、後発品が参入している成分のみを対
象に推計作業を行っている。推計式"では、後発
品のシェアを後発品の浸透促進を示す指標として
用いた。推計式#では、後発品のシェア成長率を
後発品の浸透促進を示す指標として用いた。
推計式"と推計式#より、後発品シェア、後発
品シェア成長率が高い成分では金額ベースでみた
市場成長率と負の相関をもっていることがわか
る。すなわち、患者の増減や薬価下落の影響、さ
らには改良型イノベーションの影響を除去した後
でも、後発品の浸透が進んでいる成分では、市場
成長率は減少していることが分かった。
−0.
002**
(0.
001)
後発品シェア成長率
れるため、固定効果パネル分析による推計を行っ
#
within 決定係数
サンプル数
成分グループ数
注1:***1%水準、**5%水準、*1
0%水準で有意
注2:カッコ内は不均一分散に対して頑健な標準誤差
注3:推計式には、年ダミーと定数項が含まれている。
出所:表1と同じ。
次にそのほかの変数の影響についても確認して
2)
「明日の新薬」において新薬として上市され、かつ適応拡大・追加、剤形追加・改良についても発売済のものを対象とし
た。
3)適応拡大や剤形追加のような改良型イノベーションを行う事で、新たな需要の獲得に結び付く事も指摘されている。
医薬産業政策研究所.
「改良型イノベーションと医薬品の付加価値」政策研ニュース No.
2
8(2
0
0
9年8月)
3
2 2
0
1
1年2月
4
6 政策研ニュース No.
おきたい。売上錠数成長率と薬価改定率について
発品の参入による競争圧力の増大は企業のイノ
は予想どおり、それぞれ正の相関と負の相関であ
ベーション投資を加速させる可能性もある。新薬
る。当然ではあるが、需要の成長要因と価格要因
創出型企業は、将来の後発品の参入を予測して、
が市場成長に関係している。しかし、適応拡大や
適応拡大や剤形追加のような先行投資も行ってい
剤形追加の累積件数については、統計的に有意な
ることも想定される。後発品シェアが適応拡大や
推計値にはなっていない。
剤形追加のような改良型イノベーションと正また
最後に係数の大きさから、後発品の浸透促進の
は負のどちらの相関をもつか調べていく。
影響度について推察をしてみる。後発品シェアの
勿論、企業が医薬品の改良に取り組む要因は他
係数は−0.
13
5と推計されている。
後発品シェアの
にも考えられる。たとえば、売上高が大きい市場
1
0%の上昇は、
市場成長率に1.
3
5%の減少となる。
では、企業にとって魅力的な市場と考えられるの
最も影響が大きいのは、やはり需要の成長率であ
で、研究開発投資のインセンティブも増加させる
り、売上錠数成長率が1
0%上昇すれば、金額ベー
だろう。また、薬価下落率が大きい領域では、医
スの市場成長率は8.
7
9∼1
0.
1
0%上昇するという
薬品の上市から得られる期待利益が減少するの
結果である。薬価改定については、1
0%の改定が
で、企業の研究開発投資インセンティブを下落さ
3.
2
2%∼3.
86%の市場成長率の減少に結び付いて
せるかもしれない。当然ではあるが、品目数が多
いると、推計された。
い成分ほど、適応拡大や剤形追加が行われる頻度
も高まると予想されるので、成分レベルの品目数
後発品の浸透促進と改良型イノベーション
も推計式に入れた。また、市場成長率の推計(表
先で利用したデータをもとに、本稿では成分レ
ベルでの改良型イノベーションと後発品シェアの
関係について推計を行った。
2)と同様に年ダミーも入れた。
以上の変数を利用して、固定効果パネル分析に
よる推計作業を行った。推計結果は表3と表4で
企業が医薬品の改良に取り組む要因は様々に考
ある。表3は適応拡大の累積件数を、表4は剤形
えられる。後発品との関連では、後発品の使用促
追加の累積件数を被説明変数としたものである。
進は新薬創出型企業のイノベーション・インセン
表3と表4のどちらも5つのモデルで分析してい
ティブを減少させるかもしれない。また一方で後
る。推計式!∼%では、後発品シェアの前方ラグ
表3
後発品浸透と適応拡大
表4
被説明変数:適応拡大累積件数
!
"
被説明変数:剤形追加累積件数
#
$
%
後発品シェア
0.
124*
t+1
(0.
073)
!
後発品シェア
t+1
0.
136**
(0.
069)
後発品シェア
t+2
$
%
0.
189**
(0.
088)
0.
168**
(0.
078)
後発品シェア
t+4
0.
182**
(0.
088)
後発品シェア
t+5
#
0.
190**
(0.
095)
後発品シェア
t+3
0.
166**
(0.
075)
後発品シェア
t+4
"
0.
146*
(0.
089)
後発品シェア
t+2
0.
164**
(0.
073)
後発品シェア
t+3
後発品浸透と剤形追加
0.
128*
(0.
072)
後発品シェア
t+5
ln(売上高)
0.
070*** 0.
075*** 0.
074*** 0.
073*** 0.
072***
(0.
012) (0.
014) (0.
014) (0.
015) (0.
015)
ln(売上高)
0.
049*** 0.
056*** 0.
058*** 0.
060*** 0.
061***
(0.
010) (0.
012) (0.
011) (0.
012) (0.
012)
薬価改定率
0.
003
−0.
005 −0.
048 −0.
053 −0.
077
(0.
136) (0.
136) (0.
100) (0.
101) (0.
114)
薬価改定率
−0.
242 −0.
249 −0.
227 −0.
229 −0.
112
(0.
207) (0.
206) (0.
152) (0.
154) (0.
092)
品目数
010*** 0.
007*** 0.
007*** 0.
006***
0.
011*** 0.
(0.
003) (0.
003) (0.
002) (0.
002) (0.
002)
品目数
019** 0.
016** 0.
015*
0.
013**
0.
021*** 0.
(0.
008) (0.
089) (0.
008) (0.
008) (0.
005)
サンプル数
17,
061
成分グループ数 1,
655
注・出所:表2と同じ
15,
451
1,
628
13,
895
1,
602
12,
300
1,
567
10,
797
1,
532
サンプル数
17,
061
成分グループ数 1,
655
15,
451
1,
628
13,
895
1,
602
12,
300
1,
567
10,
797
1,
532
注・出所:表2と同じ。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 4
7
変数を用いた。すなわち、推計式!では、適応拡
様の影響を与えていた。
大あるいは剤形追加を行った年から1年後の後発
最後に、係数の影響度についても触れておく。
品シェア、推計式"では2年後の後発品シェア、
最も影響が強いのは売上高であり、係数値の弾力
推計式#では3年後の後発品シェア、推計式$で
性を計算したところ、10%の市場規模の増大は、
は4年後の後発品シェア、推計式%では5年後の
適応拡大で6.
7%、剤形追加で5.
9%ほど改良型イ
後発品シェアを予想できたと想定した。
ノベーションの頻度を高める。後発品シェアつい
企業は自社品の特許満了により、将来、後発品
ては、
1
0%の後発品シェアの増大は、最大で適応拡
との競争が激化することを想定している。また、
大で1.
7%、剤形追加で2.
2%ほど改良型イノベー
新薬の適応拡大や剤形追加には新たに長期の臨床
ションを促進する効果があることが推察された。
4)
試験 を行い、当局の審査を経る必要がある。その
ため、予め後発品参入を予想して、企業は後発品
後発品の浸透促進が市場に与える影響
のシェアが拡大する前に、適応拡大や剤形追加を
後発品の浸透促進策が積極的に行われ、201
2年
行い、当該品目の市場認知度を高め、競争圧力の
度数量シェア30%を目指している状況にある。し
増大に対抗するものと考えられる。
かしながら後発品の浸透促進が市場に与える影響
まず、適応拡大の累積件数の結果である表3に
について分析が少ないため、本稿では、特に市場
ついてみていこう。推計式!∼%において、後発
売上高成長率と改良型イノベーションについて後
品シェアに関する前方ラグが有意に正の影響を与
発品の浸透促進との関係から分析を行った。
えていることがわかる。すなわち、将来の後発品
第一に、後発品のシェアが、需要要因や価格要
参入や浸透による競争激化を見越したうえで、現
因を除去した後でも、市場成長率にマイナスの影
在、適応拡大を活発に行っていることが示唆され
響を与えている。また後発品のシェア成長率も、
る。その他の変数についてみると、市場規模が大
市場成長率に減少の影響を与える傾向にある。第
きいほど、研究開発インセンティブを高めると解
二に、将来の後発品参入や浸透による競争圧力の
釈できる。成分ごとの品目数が多いと適応拡大の
増大を予測したうえで、企業は現在の適応拡大や
累積件数も増加する結果となっていた。
剤形追加を活発に行っていることが示された。
表4の剤形追加の累積件数は、表3とほぼ同様
以上の結果から、後発品の浸透促進は、価格低
の傾向となっている。推計式!∼%までの後発品
下という形で、医療消費者の負担軽減につながっ
シェアに関する前方ラグが有意に正の影響を与え
ていると考えられる。また、後発品の浸透促進は、
ていることがわかる。適応拡大と同様に、後発品
市場における競争を促し、新薬創出型企業による
参入による競争圧力増大を予想して、剤形追加を
改良型イノベーションも促進され、付加価値の高
活発に行っていることが示唆される。その他の売
い薬剤が提供されるという別の形でも、医療消費
上高、薬価改定率や成分ごとの品目数も表3と同
者の利便性向上に結び付いている。
4)2
0
0
0∼2
0
0
9年承認品目では、申請区分別の臨床開発期間(中央値)は、新効能医薬品:4
2.
3カ月、新剤形医薬品:3
8.
6
カ月となっている。
医薬産業政策研究所.
「日本における新薬の臨床開発と承認審査の実績−2
0
0
0∼2
0
0
9年承認品目−」リサーチペーパー・
シリーズ No.
5
0(2
0
1
0年9月)
3
2 2
0
1
1年2月
4
8 政策研ニュース No.
政 策 研 だ よ り
主な活動状況(2
0
1
0年1
0月∼2
0
1
1年1月)
1
0月 1日
政策研ニュース No.
3
1発行
1
1月 1
1日
講演
1
2月 1
6日
政策研
「医薬品産業におけるイノベーション」
医薬産業政策研究所 南雲明主任研究員
(成城大学社会イノベーション学部 政策イノベーション
特殊講義にて)
研究戦略会議
O P I R メ ン バ ー 紹 介
OPIR に新メンバーが加わりましたので、以下に紹介します。
!名前
"出身大学(大学院)
〈2
0
1
0年1
0月1日より〉
! 玉石
仁(主任研究員)
" 明治薬科大学
薬学部製薬学科
#所属
$興味のあるテーマ、抱負
〈2010年10月1日より〉
!
吉田
"
東北大学大学院
# 大日本住友製薬株式会社
一郎(主任研究員)
理学研究科
博士課程後期修了(化学専攻・理学博士)
$ 入社以来、開業医から基幹病院、国立大学病
#
エーザイ株式会社
院さらに私立大学病院担当 MR として、一貫
$
およそ二十年、様々な探索テーマで一貫して
して営業畑を歩いてきました。フィールドの
探索合成研究に携わってきましたが、この度、
異なる医療の現場で製薬企業の一員として感
医薬産業政策を研究する機会をいただきまし
じた疑問点や、興味を覚えた事柄を掘り下げ
た。医療・介護・健康関連産業は、
「新成長戦
て、研究テーマを絞り込もうと奮闘を重ねて
略」において、日本の持続的な成長に資する
います。現在興味を持っているのが、バイオ
推進・育成すべき産業として位置づけられて
シミラーを含むジェネリック医薬品と、医薬
いますし、国際貢献できうる産業としても期
品流通に関するテーマです。製薬産業に有用
待されています。これまでの創薬経験を踏ま
な情報を発信できるよう、日々努力を続けた
えながらも、広い視点からこの産業を熟視し、
いと考えております。
日本の医薬産業の発展のために少しでも貢献
できる研究ができればと思います。
政策研ニュース No.
3
2 20
11年2月 4
9
日本製薬工業協会
医薬産業政策研究所
OPIR
Office of Pharmaceutical Industry Research
政策研ニュース
2
0
1
1年2月発行
〒103‐0023
東京都中央区日本橋本町3‐4‐1
トリイ日本橋ビル5階
TEL 03‐5200‐2681
FAX 03‐5200‐2684
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