12. 終末期がん患者・家族とのコミュニケーション - Cancer Therapy.jp

12. 終末期がん患者・家族とのコミュニケーション
千葉県がんセンター精神腫瘍科
秋月 伸哉
Nobuya Akizuki
終末期にコミュニケーショ
ンが必要なテーマ
1)
。本稿では,主として終末期の
治療を理解して選択する能力や,
医療者と患者・家族のコミュニケー
意向を表明する能力が障害されて
ションを取り扱う。
しまうことが少なくない。とくに
インフォームド・コンセントが重
がん医療においては,病名告知,
がん治療のインフォームド・コン
セントなどをはじめとする医師-患
者間のコミュニケーションの重要
コミュニケーションの前に
考えるべきこと
視される治療選択などのコミュニ
ケーションの際には,精神状態の
評価が不可欠である。一方,何ら
性がいわれている。とくに終末期
インフォームド・コンセント(適
かの精神症状が認められた場合に
には,積極的がん治療の中止など
切な情報を正しく説明したうえで,
必ずしも意思決定能力が障害され
の難しい悪い知らせや,意識が
患者の自由な意思によって得られ
ているとはいえない。意思決定能
はっきりしない状態での意思決定,
る承認)の前提条件の 1 つは,患
力評価の一例を表 2 に示す 1)。意
家族を含めたコミュニケーション,
者が説明を理解し納得する能力を
思決定能力は単純に「ある」
,
「な
多職種の医療者間コミュニケー
もっていることである。しかし終
し」で判断できず,選択の内容(抗
ションなど難しい問題が多い(表
末期にはせん妄などの頻度が高く,
がん剤の第Ⅰ相試験に参加するか
表 1 終末期に取り扱われることが多いコミュニケーションのテーマ
•• 効果が期待できない抗がん治療を継続するかどうか
•• 療養場所の選択,最期を過ごす場所の選択
•• 生命予後の見通し
•• 急変時の心肺蘇生を行うかどうか
•• 難治症状に対する鎮静を行うかどうか
•• 患者と家族の意向,認識のずれを調整する
•• 多職種や場合によって他施設の医療従事者と情報共有し,方針を決定する
表 2 Appelbaum らによる治療同意能力の基準
1.理解する能力
意思決定に関する情報を一般的な意味で理解できること。治療する場合としな
い場合でどのように結果が違うか理解できるかや,情報をおぼえていられるか
2.認識する能力
意思決定に関係する情報を,今の自分の問題として認識できているか
3.論理的に考える能力
情報を正しく活用し,決定に関するさまざまなリスクと利益を比較して合理的
な判断を行えるか
4.選択を表明する能力
自分が決めた意思を明確に伝える能力があるか
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コンセンサス癌治療 VOL.10 NO.4
表 3 臨床コミュニケーションにおけるメッセージ
言語的メッセージ
非言語的メッセージ
• 挨拶,日常会話
• 身なり
• 病名,病状,治療法など
• 気持ちを支える言葉
「一緒にやっていきましょう」
「大丈夫ですよ」
• 説明文
だらしない,整った
• 声の調子
いらいらした,落ち着いた
• 表情,視線,姿勢
• 沈黙
Ⓢupportive environment
支持的な環境設定
・プライバシーを保てる場所
・時間を確保する など
Ⓗow to deliver the bad news
悪い知らせの伝え方
・正直に,丁寧に伝える
・質問で促す など
Ⓡeassurance and
Ⓔmotional support
安心感と情緒的サポート
・患者の希望を支える
・感情を受け止める など
Ⓐdditional information
付加的情報
・生活への影響について話す
・セカンドオピニオン など
図 1 悪い知らせのコミュニケーション技法「SHARE」の構成概念
どうかは高度な意思決定能力が求
められるが,疼痛にモルヒネを使
うかどうかにはそれほど必要とさ
悪い知らせを伝えるコミュ
ニケーション技術
ミュニケーションは文化差がある
ため,日本人の意向をもとに開発
された技法を参照することが望ま
平成 19 年に策定されたがん対策
しい 2)。SHARE は,日本人のがん
推進基本計画には,
「がん医療にお
患者が悪い知らせを聞く際に望む
患者の治療同意能力が障害され
ける告知等の際には,がん患者に
コミュニケーションの構成概念を,
ている場合にどのように治療判断
対する特段の配慮が必要であるこ
Supportive environment(支持的な
を行うかは難しい問題があるため,
とから,医師のコミュニケーショ
環境設定)
,How to deliver the bad
アドバンスケアプランニングとい
ン技術の向上に努める」ことを施
news(悪い知らせの伝え方)
,Ad-
う考え方もある。これは判断力に
策としている。臨床コミュニケー
ditional information(付加的情報)
,
問題がない時点で,将来想定され
ションにおいては言語的,非言語
Reassurance and Emotional support
る問題(例;回復が望めない状態
的なメッセージを相手と交換しな
(安心感と情緒的サポート)の 4 つ
で心肺蘇生を行うかどうか)につ
がら行うが(表 3)
,これを技術体
に分類し,その頭文字から名付け
いての判断(事前指示)を示して
系として習得,向上を目指そうと
られたコミュニケーション技法で
おくことである。事前指示には,
する考え方がある。とくにがん告
ある(図 1)3)。積極的抗がん治療
治療の選択,一般的な患者の価値
知や積極的がん治療の中止といっ
中止の話し合いなど終末期におけ
観,代理で意思決定を行う人の指
た患者の将来の見通しを否定的に
る悪い知らせを話し合う面談に関
定などが含まれる。
変えてしまう「悪い知らせ」のコ
し,時系列に沿って注意すべきポ
ミュニケーション技術が近年開発
イントを表4〜8に示す。
れない)によっても必要な水準が
異なる。
されている。
「悪い知らせ」のコ
このようなコミュニケーション
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特集 ■ 終末期がん患者のケア・マニュアル
表 4 面談までに準備すること(SHARE)
解説,実際の例
事前に重要な面談であることを伝える
家族の同席を促す
多くの日本人は悪い知らせを家族とともに聞くこ
とを望む
「今後の方針についての大切なお話をしようと思
います。必要ならご家族にも同席いただくことが
できます」
プライバシーの保たれる部屋,十分な時間を確保
する
身だしなみや電話に出るときに一言断るなど基本
的マナーを守る
表 5 面談を始めるときに行うこと
最初からいきなり悪い知らせを伝えない
患者の気がかりを聞く
経過を振り返り,病気に対する認識を知る
家族にも気配りする
解説,実際の例
まずは緊張を和らげる挨拶,声かけ
「今日のお話の前に,何か気がかりはありますか?」
はい,いいえで答えられない質問をする
「これまでの経過についてどうお考えですか?」
「今後の治療について何かお考えがあれば教えて
ください」
患者の語彙,現実とのギャップに注意する
家族も患者と同様の負担を感じている
「ご家族も心配されているでしょうね」
表 6 悪い知らせを伝えるときに行うこと
解説,実際の例
「心配されていた結果かもしれませんが…」
例えば死について話し合うが「死ぬ」と表現する
のではなく「呼吸が止まったとき」と表現するな
ど
患者の理解度を確認する
「ここまではご理解いただけましたか?」
質問することを促す
混乱して質問をまとめられないことも少なくない
ため,他の人がよく質問することをお話するとい
う方法もある
感情を受け止め,気持ちをいたわる言葉をかける 「…(沈黙)…とてもつらいお話ですよね」
「…(沈黙)…急な話で混乱していらっしゃるか
もしれませんね」
心の準備のための言葉をかける
わかりやすく明確に伝える
適度に婉曲的な表現を用いる
表 7 今後のことについて話し合うときに行うこと
今後の方針,目標について話し合う
解説,実際の例
「がんをやっつけることではなく,がんによる体
調や生活への影響をなるべく少なくして,今の生
活を保つことが目標です」
方針の選択に誰がかかわるかを尋ねる
病状や体調のみならず,日常生活や仕事などへの
影響や心配を話し合う
利用できるサービスを伝える
心理カウンセリング,介護保険,訪問看護など
患者が希望をもてる情報も伝える
「痛みをとる治療は今行っているもの以外にもた
くさんありますし,多くの痛みはコントロールで
きます」
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コンセンサス癌治療 VOL.10 NO.4
表 8 面接の最後に行うこと
解説,実際の例
要点をまとめて,紙に書いて渡す
患者にとって説明内容を理解し記憶するのは難し
い。書面は同席していない家族に説明する際にも
役に立つ
責任をもって対応すること,見捨てないことを伝 「○○さんがこれからなるべく困らないで過ごせ
える
るよう,できる限りのことをします」
気持ちを支える言葉をかける
「心配があったらいつでも相談してください」
技法は教科書を読むだけで習得す
そのような気持ちになることを支
がある。詳細は厚生労働省支援事
ることは困難なため,ロールプレ
持・保証しつつ,患者自身の気持
業 Hope Tree(http://www.hope-
イなどを用いた実習形式のトレー
ちの確認,心配に対する具体的な
tree.jp/)などを参照されたい。
ニングが行われる。SHARE につ
対策を話し合いながら丁寧に方針
いては,日本サイコオンコロジー
をすり合わせることが必要である。
●文献
学会が毎年全国で講義とロールプ
一方で,もともと家族が有してい
1)
Appelbaum PS : Clinical
レイを含む 10 時間の研修会を開
る医療者には解決できない問題も
催している(コミュニケーション
あるため,介入の限界を見極めつ
技 術 研 修 会 専 用 サ イ ト http://
つかかわる姿勢も忘れてはならな
www.jpos-society.org/cst/)
。
い。
家族とのコミュニケーション
practice : Assessment of patients’competence to consent to treatment. N Engl J
Med 357 : 1834〜40, 2007.
2)
Baile WF, et al : Oncologists’
患 者 と 家 族, ま た 家 族 間 の コ
attitudes toward and practic-
ミュニケーションも終末期におい
es in giving bad news:An
て重要なテーマである。とくに子
exploratory study. J Clin On-
終末期においては,医師・患者
どもとどのようにがんや死につい
間のコミュニケーションのみなら
て話し合うかについては,患者家
ず,医師と家族間のコミュニケー
族にとって難しい問題であること
ションも重要である。家族は患者
が少なくない。子ども特有の問題
の最大のサポーターであると同時
や年代ごとの特徴への配慮が必要
に,苦悩に直面している当事者で
であるが,がん患者の親をもつ子
もある。原則として SHARE 技法
どもを支えるために開発された
は有用であるが,患者と家族の意
KNIT プログラム(Kids Needs In-
向が異なっている場合,家族が患
formation Too)の基本方針として
者に悪い知らせを伝えてほしくな
3C(Cancer;がんという病名を隠
いと思っている場合など,特有の
さない,not Catchy;感染しない
問題もある。家族自身の具体的な
ことを伝える,not Caused;子ど
心配や感情(不安,罪悪感など)
,
も自身や親のしたことでがんに
認識のずれがあるかどうかを聞き,
なったわけではないことを伝える)
col 20 : 2189〜96,2002.
3)
Fujimori M, et al : Good communication with patients receiving bad news about cancer in Japan. Psychooncology
14:1043〜51, 2005.
●レビュー文献
1)
藤森麻衣子:患者が望むコミュ
ニケーション.がん医療にお
けるコミュニケーションスキ
ル;悪い知らせをどう伝える
か,内富庸介,他編,医学書
院,東京,2007,pp11〜22.
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