2000年 東京家政学院筑波女子大学紀要第4集 131 ∼141ページ 動詞補語となる不定詞と補足節の交替に 関する記述的研究 佐藤 淳一 A descriptive study on the alternation of the infinitive and the “que”-clause as verbal complement Jun-ichi SATO Abstract This study attempts to explain the mecanism which determines the choice of the constructions: infinitive and “que”-clause, as verbal complement. We will point out, on the one hand some inherent properties of each of the two constructions, and on the other hand various factors which belong to the domain of sentence or that of discourse. We will observe semantical interactions between the two elements, and the process of composing the complete sentences. キーワード 不定詞、補足節、動詞補語、目的補語、限定補語 (1)a J’espère venir demain 1). 1.研究の目的 b J’espère que je viendrai demain. 一般に、動詞の目的補語や限定補語として (2)a Elle nous a assuré l’avoir vu la veille. 用いられる不定詞は、名詞化されたものを除 b Elle nous a assuré qu’elle l’avait vu la veille. き、動詞と同様に独自の補語や主語相当句を 取り、1つの節を構成するものと見なされる。 そこで、以下の (1) a、(2) aの不定詞構文は、 このような不定詞と補足節は、これらの文 それぞれ (1) b、(2) bのような補足節を含む における使用を見る限り、発話者により比較 複文と概ね同じ意味内容を持つとされる。 的自由に選択され得るヴァリアントであるよ − 131 − 2000 筑波女子大学紀要4 うに思われる。ところが、実際には(3)に見 論の対象である不定詞と補足節との競合関係 られるように、文中に共起する要素の性質に についての考察は二次的な対象でしかない。 また、GROSS (1968、1975)、DUBOIS (1969) より構文の使用が制限される場合や、(4) 、 (5) のように、元から一方の構文しか考えら などの変形文法においては、不定詞を含む構 れない場合も多い。 文と補足節の構文とを形式的に結び付けるこ とが考えられている。しかし、両者の対立に (3)a Je veux partir demain. より表される意味の違い、選択を決定する要 b *Je veux que je parte demain. 因などについての記述を行っている文献はほ (cf. Je veux qu’il parte demain.) (4) Je vais partir demain. (5) Il a découvert qu’il s’était trompé. とんどない。 これに対し、LEMHAGEN (1979) は、こう した問題を正面から取り上げている。しかし ながら、その表題の“Introduction”が示すよ また、(1)、(2) のような文についても、実 際には伝えられる内容に微妙な差異があり、 うに、動詞範疇の全体についての体系的な記 述は未だなされていない。 一方、曽我 (1992、1993) は、単に不定詞と補 発話者によりいずれか一方が選択され用いら 足節の用法、意味の違いだけでなく様々な観 れることになる。 こうしたことから、2つの構文はそれぞれ が固有の価値を持っており、実際の文の構成 点から構文と意味の関係等を論じており、後 に見るように参考にすべきことも多い。 においては、この価値と、文中に共起する要 更に、RUDANKO (1989) は、英語の動詞に 素との相関 ((3)∼(5))、あるいは発話者の意 ついてのthat節補文/for-to不定詞補文/(ø) 図などとの相関 ((1)、(2))により構文が決ま 不定詞補文の使い分けのメカニズムを解明す っていると考えられる。本論は、動詞の補語 るには、動詞そのものの意味特徴と、3つの となる従属節として競合し得るこれら2つの 補文の内的な意味機能の関連に着目すること 構文について、その選択を決定する要因を明 が必要であるとし、様々な意味特徴と構文の らかにするものである。 組み合わせのおおまかな傾向を指摘してい る。RUDANKOの構文そのものの意味に対す 2.従来の記述 る考慮は注目に値するものであり、本論筆者 もこれを次の3章で考えることにする。 多くの伝統文法は、例えば、WARTBURGZUMTHOR (1947)、BONNARD (1950)、WAG- 3.不定詞及び補足節の本質的価値 NER-PINCHON (1962)、CHEVALIER et al. (1964)、MAUGER (1968)、GREVISSE (1986)、 冒頭の (3)∼(5) の例について指摘したよう 及び構文研究、例えば SANDFELD (1965a, に、補語従属節としての不定詞及び補足節の 1965b)、 VAN HOUT (1974)、 WILLEMS 使用の可否は、多くの場合、意味的要因によ (1981)、TOGEBY (1983) などにおいては、動 り決まると言える。具体的には、2つの構文 詞がいくつかの意味範疇に分類され、それら が持つ固有の価値と、文中に共起する動詞を と不定詞/補足節の対応関係、不定詞に先行 初めとする諸要素との意味的な相性によるこ する前置詞 (à/de) の有無、補足節における とが多い。また、(1)、(2) のような文も、談 動詞のmodes (直説法/接続法) の種類などに 話の中に組み入れられる際には、発話者によ 関しての記述がなされている。すなわち、本 り構文の価値が考慮され、自らが伝えたい内 − 132 − 佐藤淳一:動詞補語となる不定詞と補足節の交替に関する記述的研究 容に合致する一方が選択されることになる。 4.1 本章では、こうした構文自体に本質的な価値 を確認することにしよう。これは、不定詞及 動詞の意味的特性 初めに、動詞の意味的な特性が構文決定の 要因となるいくつかの場合を見る。 び補足節の形態に由来するものである。まず 4.1.1 「移動」 、 「同行」 、 「派遣」の意味 不定詞について見てみよう。 まず、「移動」及びそれに類する「同行」、 不定詞というのは、人称、数、時制、法な 「派遣」の意味が挙げられよう。 どの標識を持たず、そこで、これらの文法範 疇は不定詞を支配する主節動詞に鑑みて解釈 「移動」:(6)[ . . . ]j’allai me promener toute seule au bord du lac.(Simon, 66) される。また、特有の主語を持たず、代わり に主節動詞の主語、目的補語などの要素を動 「派遣」:(7) Quand elle devint plus grande, on 作主とする。すなわち不定詞は、言わば動 l’envoya faire la récolte des fonds de 作・状態等の過程の名称として、それらの概 siège avariés. (Rempailleuse, 18-20) 念のみを意味すると共に、それを主節動詞及 「同行」:(8) Je t’emmène à la compagne manger des fleurs. (Zoum, 28-30) び他の文脈要素に強く依存するものとして提 示する形態であると言える。 対する補足節は、その動詞が人称等を示す 一般に、これらの行為については、行き先 標識を備えていることから、主節動詞が示す となる“場所”が問題となる。多くの場合、 ものとは別の文法範疇を含むことが可能であ この“場所”は、何らかの施設や地方、町な る。また、補足節は[主語−述語動詞]とい どのような具象性の高い存在物であり、言語 う構造により、単なる動作の概念のみならず、 的には(a) la gare、(chez) le medecin、(en) Italie その動作主も明示し、1つの完全な出来事を、 などのような名詞で表される。ところが、一 主節からは独立した形で提示する形態である 見抽象的な過程がこの“場所”となることも と考えられる。なお、その動詞が取る法が直 可能である。ただし、その過程は、下記の例: 説法であるか接続法であるかにより、出来事 (9) Ils allèrent au spectacle, puis souper. が現実性を伴うものとして過去−現在−未来 (SANDFELD (1978: 149)) という時間の流れの中に位置付けられるか、 現実性は問題とならずにその概念のみが示さ れるかの違いが生ずる。 において名詞と等位され得ることからも明ら 不定詞と補足節は、こうした本質的価値を かなように、 「移動」先の名称に近いものとし 持っており、それらが構文の決定に大きく関 て捉えられるのであり 2)、それゆえ、この「移 わっている。 動」の意味の動詞には、過程を名詞的に提示 する不定詞が組み合わされることになる。 4.文レベルの諸要因と構文の本質的 価値の相関 4.1.2 「意図、企て」、「推奨、強制」「試 み、努力」、の意味 次に、「意味、企て」、「推奨、強制」、「試 不定詞並びに補足節の使用は、その本質的 み、努力」の意味について考えてみよう。 価値と文レベル、または談話レベルにおける 諸要因との相関により決まる。本章では、こ 「意図、企て」 : うした要因のうち文レベルのものを指摘し、 (10) Enfin, les constructeurs d’automobiles ont 具体例を通じて構文が決まる過程を見て行く。 entrepris de former leurs réseaux de − 133 − 2000 筑波女子大学紀要4 distribution, afin d’éviter les abus commis わされることになる。 par le passé. (BUSSE) 4.1.3 「習慣化、脱習慣化」の意味 「推奨、強制」 : 先の「試み、努力」と一部相通ずるものと (11) Le capitaine m’a même invité à monter à bord. (Etiquette, 65) して「習慣化」及びこの反対の「脱習慣化」 という意味特性がある。 (12) Pendant vingt minutes il somma cet officier silencieux de se rendre avec armes et 「習慣化、脱習慣化」 : bagages. (Prisonniers, 36) (15) Il veut accoutumer son enfant à travailler. (16) Il faut le désaccoutumer de voler. 「試み、努力」 : (13) Il essaie bien, au début, de cacher à Mm e Noiret qu’il connaît le chemin... (Zoum, 68) 「習慣化、脱習慣化」とは、主体が他者をし て過程の実現を本格化させる、あるいは止め (14) Il s’fforçait de raisonner, de comprendre. (Cheval, 88) させるということである。この場合、過程は 「習慣化」 、 「脱習慣化」の行為−例えば(15)に おけるson enfant自身の努力、あるいは“親” 一般に、 「意図」する、 「企て」るという行 であるilの指導など−の進捗に応じて徐々に 為は、この行為の主体が、未だ実現していな 実現の頻度を上げたり下げたりするものであ い過程について、その自らによる実現を思い り、行為への依存度が高い。そこで、やはり 立つことである。従って、 「意図」され、 「企 この行為を表す動詞に従属する形で不定詞に て」られる過程は、こうした心的行為の“創 より提示されることになる。 造物”としてのみ存在するのであり、これら 4.1.4 「発見、理解」の意味 の行為から切り離されては在り得ないもので ある。 これまでは、専ら不定詞が用いられる例を 見てきたが、今度は補足節が選択される場合 また、これと類似するものとして「推奨」 である。 する、「強制」するという行為がある。これ は、この行為の主体が、他者に未実現の過程 「発見、理解」 : を実現させようと思い立つことであるが、や (17) Le Petit Poucet avait remarqué que les はり過程は思考の創造物としてのみ存在する filles de l’Ogre avaient des couronnes d’or に止まっている。 sur la tête. . . (Poucet, 24) 一方、 「試み」る「努力」するという行為は、 その主体が、未実現の過程について自らによ 何らかの物事を「発見」する、 「理解」する る実現を目指していくことである。この場合、 というのは、それまで意識の中に存在してい 対象となる過程は、この行為の遂行に伴い漸 なかった対象を初めて取り込むということで 進的に産み出されていくものであり、この行 ある。この対象は「発見、理解」の行為とは 為なくしては存在しないものである。 無関係に、予め言語外現実の世界において実 このように、いずれの行為の対象となる過 現しているのであり、これらの行為からは完 程も、その存在は各々の行為に大きく依存し 全に独立している。そこで、こうした行為を ており、従って、これらの行為を意味する特 表す動詞には、行為の主体と過程の主体が同 性を持つ動詞に対しては、過程をこの動詞に 一であっても、過程を自律的なものとして提 従属するものとして提示する不定詞が組み合 示する補足節が用いられることになる。 − 134 − 佐藤淳一:動詞補語となる不定詞と補足節の交替に関する記述的研究 4.2 動詞の意味特性、及び主節と従属節 4.3 主節−従属節間の時間的関係の明示 の主体の同一性と構文の本質的価値 の必要性 これまでに見た事例とは異なり、動詞が この要因は、特に「表明」や「思考」を意 「願望」、「承諾、拒否」などの意味特性を持 味する動詞について、その構文の決定に関与 つ場合には、不定詞と補足節の両者の使用が するものである。後に見ることであるが、こ 可能となる。しかしながら、その交替は自由 れらの意味特性を持つ動詞については、文レ なものではなく、複数の要因の相関により一 ベルで見る限り、不定詞と補足節の交替が自 方が選択される。 由であり、いずれが用いられても大きな意味 一般に、何らかの過程の実現を「願望」す の差は生じない。しかしながら、以下の例に る、「承諾、拒否」するという場合、これら おけるように、従属節に含まれる過程が状態 の行為の主体は、対象となる過程の主体と同 性であり、また、それが時間的に主節よりも 一であることも、異なっていることもあり得 後である場合には補足節が用いられ、 る。とは言え、いずれにせよ過程は問題の行 (20) Il parlait trop. [. . . ] il m’a expliqué que [. . . 為の主体の心的創造物に留まっているため、 先の「意図、企て」の意味特性を持つ動詞と ]et il m’ a dit qu’il serait aussi riche que 同様の理由で、不定詞が用いられることにな celui qui l’employait. (Etiquette, 69) るはずである。ところが、この2つの主体が 同一であれば、確かに不定詞が用いられるの これを不定詞に置き換えると、こうした時間 であるが、 的な“ずれ”が明示されなくなり、曖昧さが 生じる。 「願望」: (20’) il m’a dit être aussi riche que celui qui (18) Pierre veux goûter ce vin. l’employait. 「承諾、拒否」: (19) Il accepte de partir demain. これは、不定詞が、先の本質的特性として見 両者が異なっている時には、接続法を含む補 たように時間の文法標識を持たないことに 足節となる。 よる。 (18’) *Pierre veut goûter ce vin à son frère. 4.4 動詞の補助要素的役割 →(18”) Pierre veut que son frère goûte ce vin. 動詞の中でも、法、時間、アスペクトなど (19’) *Il accepte à Marie de partir demain. の文法範疇を表し、一般に準助動詞、半助動 →(19”) Il accepte que Marie parte demain. 詞などと言われるものについては、構文の決 定に不定詞並びに補足節の本質的価値は関与 これは、「願望」、「承諾、拒否」という行為 せず、専ら準助動詞自体の統辞的・意味的役 が、過程 (goûter, partir) とその主体 (son frère, 割がその選択を規制することになる。 Marie) を一括して捉える性質のものであるこ (21) Paul doit/va partir demain.「Paulは明 とによると思われる。結果として、出来事を ひとまとまりに提示する価値を持つ補足節が 日発つに違いない/発つであろう」 選ばれることになる。 という文は、その内部構造が通常の[主語− − 135 − 2000 筑波女子大学紀要4 (24) Il m’a dit qu’il sortirait le lendemain. 文主動詞−目的補語 (不定詞). . .]ではなく、 [主語−補助動詞 (doit/va)−文主動詞 (不定 詞). . .]であると考えられる。すなわち、devoir、 これに対し、 「思考」以下の5つの行為は、 allerは、あらかじめ形成された命題:[主語 いずれもその主体の心的創造物である過程を −文主動詞. . .]に対し、上述の文法範疇を付 対象とするものであり、従って、過程はまず 加するために後から挿入された要素なのであ 不定詞の形態で提示される傾向がある。 る。この際、形式上の手続きとして、元にな る命題の主動詞からdevoir、allerへ人称、数、 「思考」 : (25) Je crois réussir. 時制、法などの標識の移譲が起こり、その結 果、この主動詞は不定詞の形態を取ることに 「依頼」 : (26) Je lui ai demandé de poster ma lettre. なる。こうしてできあがった文の主動詞は partirの方であるから、その主動詞の位置に節 「許可」 : (27) Tu me permets de téléphoner ? が生ずることはあり得ないのである。 「約束」 : (28) Tu m’ as promis de m’emmener au ciné- 5.談話レベルの諸要因と構文の本質的価 ma. 値の相関 「期待」 : (29) J’ espère vous revoir. 5.1 2つの構文の交替が可能な動詞の意 味について ところが、周知のとおり「表明」の意味の 「表明」 、 「思考」 、 「依頼」 、 「許可」 、 「約束」 、 「期待」などを意味する動詞は、(1)、(2)の例 動詞が不定詞と、また、それ以外の意味の動 で見たように、文単体で見る限り、その内容 詞が補足節とそれぞれ組み合わされるのはご を変えることなく2つの構文を交替させるこ く普通のことである。 とが可能である。言うまでもなく、これは 各々の意味によるものである。そこで、本節 (22’) J’ affirme l’avoir rencontrée ce jour-là. では、なぜこれらの意味が2つの構文を可能 (23’) Il dit être enrhumé. にするのかについて、これまでの考察なども (24’) Il m’ a dit sortir le lendemain. 踏まえながら考えてみよう。 一般に、 「表明」という行為は、ある主体が これは、 「表明」の行為が「思考」を伴い、反 他者に対し、現実の世界において実現済み(下 対に「思考」以下の行為が「表明」も意味し 記 (22))/実現途上 (同 (23))/実現予定 (同 得ることによると思われる。まず、 「表明」の (24)) のいずれかである客観的事実を伝達す 対象となる過程は、 「表明」の行為の主体以外 ることである。過程はこの行為とは無関係に の者−特に発話者−にも明白な客観的事実と 存在するものであるため、行為の主体と過程 は限らず、例えば行為の主体1人の思い込み、 の主体が同一でも、過程を自律したものとし 勘違いである場合がある。 て提示する補足節が用いられる。 (30) Il prétend gagner son procès. 「彼は(十分な根拠がないのに)訴訟に 「表明」 : (22) J’affirme que je l’ai rencontrée ce jour-là. 勝つと言っている」 (白水社 仏和大辞典:1948) (23) Il dit qu’il est enrhumé. − 136 − 佐藤淳一:動詞補語となる不定詞と補足節の交替に関する記述的研究 (32) Rassurez-vous. Il m’ est déjà arrivé de この時、過程は彼の「表明」に先立つ「思考」 faire face à ce genre de situations. Je の創造物に過ぎず、それゆえ、行為と過程の 主体が同一であれば、主節への従属を示す不 pense en être capable/que j’ en suis 定詞により示されることになる 3)。一方、 「思 capable. 考」を初めとする行為は、究極的には客観的 事実の様々な形での「表明」でもあり、その 発話者は、まず (31) のように、 「思考」の主 ため、対象となる過程は本来の「表明」の場 体 (je;この場合は発話者自身である) が1つ 合と同様に補足節により提示されることも可 の事柄についての判断にそれほど確信を持っ 能である。 ていない場合などを初め、過程をこの主体の 主観世界、内面世界に属するものとして提示 (25’) Je crois que je réussirai. する場合には不定詞を選ぶとしている。一方、 (26’) J’ ai demandé qu’ il poste ma lettre. (32) のように、発話者自身が「思考」主体と (27’) Tu permets que je téléphone ? して、問題となる事柄に確信を持つ場合を含 (28’) Tu m’ as promis que tu m’emmènerais au め、過程を現実の客観的世界に位置付けよう cinéma. とする場合には補足節が用いられる傾向があ 4) (29’) J’ espère que je vous reverrai. ると述べている。 5.2.2 情報の新旧の明示の必要性 このように、これらの動詞の意味には共通 LEMHAGEN (1979:75) は、2つの構文を の二面性があり、その各々の面と不定詞/補 含む文を、情報構造の観点から以下のように 足節の構文は結びついている。そして、いず 分析し、 れの構文が用いられるかにより、過程の提示 (33) a. // Il a proposé // que je vienne //. 方法が微妙に異なってくるのである。 b. // Il m’a proposé de venir //. (以上、下線加筆は本論筆者による) 5.2 談話レベルの要因 5.2.1 過程の現実性の明示 発話者は、動詞が表す行為の対象となる過 これらの文について、HALLIDAY (1967/68、 程の性質に応じて構文を選ぶことがある。こ Ⅱ:204) の“given”information/“new”infor- れは、まさに先ほど見た過程の提示方法の違 mationやDUCROT(1972:88_89)“présupposé” いを利用することであり、同じ過程でも補足 /“posé”などの概念により,情報構造の観 節により提示されれば、その現実性が強調さ 点からの説明を試みている.本論筆者は、こ れ、不定詞により示されればそれが明示され のうちの情報の新旧の区別に着目し、これが なくなる。 構文選択の要因となることを指摘しようと 曽我 (1993:76) は、 「判断」の動詞penser 思う。 先の (33) の例でも明らかなように、aの文 (本論では「思考」の動詞としたもの) の例を においては、接続詞queを境に主節の行為と 取り上げ、 対象となる過程が完全に分離し、2つの情報 (31) J’ éternue tout le temps. Je ne sais pas ce 断片を構成しているのに対し、bの文では後 que j’ai. Je pense être allergique aux poils 者が前者に従属し、両者が融合して1つの情 des chiens/que je suis allergique aux 報となっている。こうした情報構造上の特性 poils des chiens. により、各々の構文を含む文は、談話の流れ − 137 − 2000 筑波女子大学紀要4 fidélité, Il disait qu’ il était une abeille qui の中において使い分けられることになる。 まず、いくつかの出来事 (下記 ①、②、③ s’ en allait butinant pour enrichir sa sensi- . . .) をいずれも新たなものとして次々に並べ bilité d’accordéoniste. て行く場合、換言すれば、物語が淡々と進行 この例では、主節であるIl disaitが、前文の し、新情報のみが続けて語られる場合には、 Dédé [ . . . ] prétendait. . . (「彼は∼のように言 不定詞の構文が用いられる。 い張っていた」) という「彼の表明」という (34) ① Une tante m’a légué un vieux chat 文脈を受け、 「 (更に) 彼が言うには」という d’Angora, qui est bien la bête la plus stu- ように旧情報を表し、これに続く補足節以下 pide que je connaisse. ② Je le respecte が新たな情報を提示している。 comme une ruine, mais ③ J’avoue attendre sa mort avec une certaine (37) A Paris tous se vend : les vierges folles et impatience. ④ Il sommeille continuelle- les vierges sages, les mensonges et les ment, vautré comme un paquet de vérités, les larmes et les sourires. graisse; ⑤ ses longs poils en font une Vous n’ ignorez pas qu’ en ce pays de masse informe, une sorte de boule molle commerce, la beauté est une denrée dont et inerte. (Paradis, 4) il est fait un effroyable négoce. [. . . ] (35) Après avoir marché un long moment, ① Tout ceci est juste et logique. [. . . ] les sept frères s’ étaient perdus. ② Le Mais je vous avoue que j’ai été réelle- Petit Poucet grimpa en haut d’ un grand ment surpris, lorsque j’ ai appris hier qu’ arbre [. . . ] ③ il aperçu une lueur et ④ un industriel, le vieux Durandeau [. . . ] a décida de marcher dans cette direction. eu l’ingénieuse et étonnante idée de faire Après bien des frayeurs, car ⑤ ils croy- commerce de la laideur.(Repoussoirs, 26) aient entendre de tous côtés le hurlement des loups, ⑥ ils arrivèrent à la maison où était la lumière (Poucet, 22) また、この例では、物語の主人公が話の冒頭 からいくつかの事柄を挙げ、「これらのこと はみな事実だ」というように、それらの事柄 一方で、特に話が進行する中で、旧情報と を事実として認定すると述べている。その延 新情報を関連付けて並べる場合、換言すれば、 長線上に、Mais je vous avoueとあり、 「しかし、 談話の進展において、先行文脈内にある出来 (更に) 認めなければならないのは」というよ 事を繰り返し示し、これに新情報を追加して うに前文脈を受け、これを旧情報として示し、 語るときには補足節の文が用いられる。 それに補足節以下の内容が新情報として付加 されている。 (36) Un jour sur deux, Henriette retrouvait 5.2.3 言語レベル、及び文体への配慮 l’accordéoniste dans la chambre qu’ il SANDFELD(1978:88_89)は、 「表明」の動 occupait rue Gabrielle. Elle l’ aimait 詞、「思考」の動詞などについて、特に文学 éperdument sans pourtant renoncer à 語においては不定詞が用いられ、他方、口語 l’amour de Martin. Dédé, qui avait においては補足節が用いられる傾向があるこ l’orgueil légitime de sa qualité d’ artiste, とを指摘している。以下の例では、bの方が prétendait se soustraire au devoir de 文語的ということになる 5)。 − 138 − 佐藤淳一:動詞補語となる不定詞と補足節の交替に関する記述的研究 (38) a. Elle nous a assuré qu’elle l’avait vu la 6.まとめ veille. b. Elle nous a assuré l’avoir vu la veille. 統辞的にはいずれも動詞の目的・限定補語 の機能を持つ不定詞と補足節であるが、以上 発話者(あるいは作者)は、こうした言語レ 見てきたように、その使用は様々な点におい ベル、あるいは文体への配慮から構文を選択 て意味的制約を受ける。これは、各々の構文 することが可能なわけであるが、構文間のこ が、その形態に由来する明確な価値を持って うした差異は、動詞の意味や構文の本質的価 いるためであり、その結果、これらの構文は、 値に由来するものではない。BRUNOT (1965 文、更には談話に組み込まれて、多種多様な :339) やLE BIDOIT et al. (1971:306) が指摘 要因との相関によりその使用が決定されるの するように、不定詞を用いた構文 (不定詞節 である。 la proposition infinitive) はラテン語から存在し ていたのに対し、補足節の構文はロマンス語、 [注] とりわけフランス語に特徴的な構文であり、 1)例文のうち、特に出典の記されていな この歴史的起源の差が不定詞の構文を文語的 いものは、辞書、文法書に記載されていたも と感じさせていると思われる。 のを、本論筆者がインフォーマント調査によ 5.2.4 動詞の名詞化の必要性 り文法的、意味的妥当性を確認した上で引用 SANDFELD (1978:91) は、 したものである。 2) 「移動」の動詞に後読する不定詞と、場 (39) Il lui faudrait finir sa version latine. La 所を表す状況補語である名詞 (正確には前置 finir? Il pouvait bien dire la faire du 詞+名詞から成る前置詞句) の類縁性は以下 commencement jusqu’ à la fin. のような例からも明らかである。 −Où court-il? −Il court chercher son frère. のような例を取り上げ、下線部分は、“se servir de l’expression : la faire. . .” 、 “choisir le mot −Il court chercher son frère? −Oui, il y court. 《faire》au lieu de《finir》. . .”に等しいことを 指摘している。すなわち、faireは実際に行わ れる過程を表すのではなく、それを表す名称 これらの例において、不定詞は、通常こうし として用いられているのであり、まさに不定 た名詞を問う、あるいはその代理をする要素 詞の本質的価値が活用されているのである。 と関連付けられており、このことから両者は 言語表現そのものを表すこうした不定詞は、 同じ機能を持っていると言える。 もちろん補足節への置き換えは不可能であ る。以下のような例についても同じである。 3)問題の過程が主節動詞の表す「表明」 よりも時間的に後に起こるものであれば、4. 3において見たように不定詞の使用は制限を (40) Monsieur désire?−Déjeuner, mademoi- 受けることもある。 selle. −Ce serait plutôt dîner, car il est 4)4.2で見た「願望」の意味の動詞につ trois heures et demie. Disons dîner, si いては、2つの構文が一応明確に使い分けら vous voulez. れていた。ところが、ここに挙げた動詞につ いては、意味は似ているものの、主節と従属 節の主体が同一であっても補足節の使用が可 − 139 − 2000 筑波女子大学紀要4 能である。この違いは、問題の動詞が「願望」 参考文献 に加え、その提示、すなわち「表明」を表し ていることによると思われる。仏和辞典に多 BONNARD, H. (1950): Grammaire française des lycées et collèges, 2eéd., SUDEL, Paris. く見受けられる「∼を期待します」 、 「∼を祈 ります」という和訳はまさにそのことを表し BRUNOT, F. (1965): La pensée et la langue, 3eéd., Masson, ているのであり、それゆえ補足節も用いられ Paris. CHEVALIER, J. -C. et al. (1964): Grammaire Larousse du 得ると考えられる。 5)SANDEFLDの指摘を根拠にした本文の 記述と矛盾するが、インフォーマント調査の français contemporain, Larousse, Paris. DUBOIS, J. (1969): Grammaire structurale du français : la 中で phrase et les transformations, Larousse, Paris. DUCROT, O (1972): Dire et ne pas dire. Principes de a Elle me hait de ce que je l’ai critiquée. b Elle me hait de l’avoir critiquée. sémantique linguistique, Larousse, Paris. GREVISSE, M. (1986): Le bon usage, 12eéd., Duculot, の対については、補足節を用いたaの文の方 が高尚な文体に感じられるとの意見もあっ Paris-Gembloux. GROSS, M. (1968): Grammaire transformationnelle du た。この理由は不明であるが、主節動詞が感 français. Syntaxe du verbe, Larousse, Paris. 情の動詞であること、更に補足節がこの動詞 −(1975) : Méthode en syntaxe, Hermann, Paris. の直説補語、あるいは限定補語ではなく、文 HALLIDAY, M. A. 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