PP/TPO 共用1液型塗料

PP/TPO 共用1液型塗料
ONE-PACKAGE PAINT FOR BOTH PP AND TPO
小谷中 理
Osamu KOYANAKA
あらまし
最近の自動車業界では,衝突事故における搭乗者の保護を目的としたエアバックの
標準装備が一般化されている。代表的な内装部品の例として,インパネには PP 素材,
エアバックには TPO 素材と特長の異なる素材が使用されている。これら素材への塗
装は,それぞれの特長に合わせた異なる2種類以上の塗料が必要であった。しかし,
塗料コスト・作業工程等に問題があり,共用可能な塗料系の開発が望まれてきた。
従来の PP 素材用塗料は,アクリル樹脂をベースに設計され塗膜が硬く,脆い性質
であった。PP/TPO 共用1液型塗料の開発ポイントは,TPO 素材の屈曲に対応可能
な塗膜の柔軟性にあるため,ウレタン樹脂をベースに設計・検討を行うことで「プラ
ネット ○ PO − 1」の完成に至った。
本塗料は,ウレタン樹脂とアクリル樹脂を併用することにより,特長の異なる素材
への対応と要求される塗膜性能の両立を可能とした。また,従来の PP 素材用1液型
塗料と同等以上の塗膜性能と塗装作業性を有する塗料である。
R
Abstract
In the automobile industry, air bags to protect passengers in collisions have
become standard equipment. In the production of automobile interior parts,
different materials such as PP material for the instrument panel and TPO
material for the air bag system are used. For painting these parts, two or more
different types of paint are required. This increases paint costs and complicates
working processes and has created a need for a paint system usable for both parts.
The conventional paint for PP material was designed based on acrylic resin, and its
film was hard and fragile. Since the focal point of the development of one-package
paint‘PLANET ○ PO − 1’usable for both PP and TPO is flexibility of the film to
meet the bending of the TPO material, we designed it based on urethane resin.
This paint can cope with materials with different characteristics and also
achieve the required film performance by combining the urethane resin and
acrylic resin. Its film performance and painting workability are as good or better
than those of the conventional one-package paint for PP material.
R
1.ま え が き
れた自動車を解体後,中古部品,ゴミ,リサイクル材に
分類することで,リサイクルの高効率化を進めており,
近年,自動車業界では環境および資源保護への対応の
また,樹脂部品の高リサイクル化によって,現在の 50 ∼
ため,廃棄処分された自動車をどのように再生・リサイ
55 %といわれている自動車全体のリサイクル率の大幅な
クルしていくかが課題となっている。そのため,廃棄さ
引き上げが計画されている。(1)
Origin Technical Journal
67
その計画を推進する上で重要となる課題はリサイクル
る必要があるが,従来のオレフィン系1液型1コート塗
性の高い材料への素材統合であり,内装部品を例に挙げ
料では,塗膜が素材の柔軟性に適応できずエアバック展
ると,硬質系のポリプロピレン(PP)素材や軟質系の熱
開時にワレが発生してしまうため,塗膜飛散の問題があ
可塑性オレフィン(TPO)素材等のオレフィン系素材へ
った。
そのため,TPO 素材であるエアバック部品への塗装は,
の統合が進められている。
オレフィン系2液型ソフトコート塗料の1コート仕様,
現状,PP 素材への塗装はオレフィン系1液型1コー
ト塗料が使用され,TPO 素材にはプライマー処理を含む
もしくはオレフィン系プライマー+2液型ソフトコート
軟質系の2液反応型塗料が使用されているが,塗料種類
塗料の2コート仕様が一般的であった。
の削減や塗装工程の簡略化のため,PP および TPO 素材
に共用可能な1液型1コート塗料が望まれている。
3.従来の塗料設計
今回当社では,従来の PP 素材用1液型1コート塗料
や TPO 素材用2液型1コート塗料で培った知見を活か
今日,オレフィン系素材はさまざまな自動車部品への
し,また,新たに塗料設計を行うことで,PP および
利用が拡大しているが,成形不良によるウェルドや傷つ
TPO 素材に共用可能な1液型1コート塗料を開発した。
き性などの問題により,意匠や素材保護を目的とした塗
本報告では,TPO 素材の柔軟性に適応し,かつ従来の
装が必要である。しかし,オレフィン系素材は無極性か
PP 素材用1液型塗料と同等以上の塗膜性能と作業性を
つ結晶性が高いポリプロピレン樹脂を多く含む素材であ
実現した「プラネット ○ PO −1」について説明する。
るため,塗装付着性に乏しいという欠点を持っている。
R
これらに対し,当社はすでに「プラネット ○ PP −7」
R
R
○
および「プラネット PP −8」という PP 素材用1液型
2.PP素材とTPO素材への塗装
塗料と「プラネット ○ PP − 37」という TPO 素材用2液
R
表1,表2は各素材への対応例である。
型塗料を開発し,製品化している。これらの塗料は,塩
衝突時の搭乗者保護を目的としたエアバック部品への
素化ポリオレフィン樹脂を使用することで付着性を付与
する設計となっている。
塗装は,エアバック展開時における塗膜の飛散を防止す
しかし,これらの塗料は,前者はアクリル樹脂により
自動車内装規格に適した塗膜性能を付与した塗料である
1
○
表1 対応例 :オレフィン系1液型1コート塗料
1
○
Application :One-component
One-coat olefine paint
ため,アクリル樹脂の硬く脆い性質により TPO 素材の
柔軟性に適応することが不可能であり,また,後者はウ
塗 料
素
オレフィン系1液型1コート塗料
材
P P 素 材
T P O 素 材
付
着
性
○
△:不十分
柔
軟
性
不
必
要
× : 割 れ
問
題
点
な
し
塗膜の柔軟性
レタン樹脂による TPO 素材への柔軟性対応と2液反応
による同様の塗膜性能を付与した塗料であるが,PP 素
材への付着性は満足できるものではなく,また,2液反
応型塗料という問題もあった。
以上のように,PP および TPO 素材に対しては,異な
表2 対応例 :オレフィン系および非オレフィン系2液型ソフトコート塗料
2
○
2
○
Application :Two-component
Soft-coat olefine paint and Non-olefine paint
上塗り
オ レ フ ィ ン 系
2液型ソフトコート塗料
下塗り
なし
塗 料
素
68
No.66 2003
非 オ レ フ ィ ン 系
2液型ソフトコート塗料
オ
プ
レ フ ィ ン
ラ
イ
マ
系
ー
材
P P 素 材
TPO素材
P P 素 材
TPO素材
付
着
性
△:不十分
○
○
○
柔
軟
性
不
○
不
必
要
○
問
題
点
必
要
P P 素 材 へ の 付 着 性
2
液
反
応
型
プライマー処理が必須
2 液 型 反 応 型
PP/TPO 共用1液型塗料
る2種類以上の塗料系を使用しなければならず,塗料種
道(LUMO)が作用し,中心のC原子がまず反応してい
類の増加や塗装工程の変更などが必要なためコストの増
き,HA の H 原子はイソシアネートの N 原子と結合する
加につながっていた。
と考えられる。イソシアネートの主要反応を表3に示す。
一般的にはこのような反応を利用した塗料系は多く,
表4のように様々な用途で利用されている。しかし,本
4.塗 料 設 計
塗料は1液型塗料であるため,このような反応を伴う塗
本塗料の開発にあたり最も考慮したポイントは,1液
料系は好ましくない。
柔軟性付与を目的とするウレタン樹脂の選定にあた
型で柔軟性に富み,かつ自動車内装規格に適応した塗膜
り,1液型ウレタン樹脂の選択が必須である。しかし1
をどのようにして得るかにあった。
そのため本塗料では,柔軟性の付与に最も適すると考
液型ウレタン樹脂を塗料として使用するためには,スプ
えられるウレタン樹脂をベース樹脂とし,塗膜性能の付
レー霧化性を確保する必要がある。そこで,組成/分子
与のためのアクリル樹脂,および付着性の付与のための
量などを制御することにより,他樹脂との相溶性および
塩素化ポリオレフィン樹脂による3成分による塗料設計
塗料としてのスプレー霧化性を確保した。また,強度/
を行った。
伸度などを制御することで素材の柔軟性に適応可能な塗
膜の形成を可能とする1液型ウレタン樹脂を得ることが
4.1
ウレタン樹脂
できた。
(2)
通常,ウレタン樹脂は,ポリオールの水酸基[− OH]
とイソシアネートのイソシアネート基[− NCO]の反応
4.2
により得ることができる。
アクリル樹脂(3)
自動車内装規格を十分満足する塗膜を得るためには,
ポリオールは,水酸基(活性水素)を持つためイソシア
アクリル樹脂を使用することが比較的容易な処方であ
ネートと容易に重縮合し,ウレタン樹脂に弾性を付与す
る。しかし,硬く脆いアクリル樹脂は素材の柔軟性に適
るソフトセグメント成分として欠かせないものである。
応不可能であるため,アクリル樹脂のモノマー組成等に
なお,ポリオールにはポリエーテルポリオール,ポリ
よる軟質化を検証したが,素材への追従性が得られない
エステルポリオール,ポリカーボネートポリオール等が
結果となった。これはアクリル樹脂の脆いという性質に
あり,それぞれの基本骨格および構造によって発現性能
起因していると推測される。また,軟質化したことによ
が異なるため,用途あるいは要求される性能によって使
り十分な塗膜性能が得られない結果となった。
い分けが必要となる。
そこで,良好な塗膜性能を得るため,従来の「プラネ
また,イソシアネートは[− NCO]の官能基を持つ化
合物の総称であり,常温・常圧で容易に種々の活性水素
ット ○ PP −8」などの塗料設計で培った知見を基に,ア
R
クリル樹脂のモノマー組成の最適化を図った。
化合物と反応する高活性化合物である。
また,素材の柔軟性に適応させるためにはウレタン樹
イソシアネートと水酸基を持つ化合物[HA]との反
脂との併用が必須であるため,アクリル樹脂とウレタン
応は,図1に示すように[− NCO]の最低非占有分子軌
樹脂の比率を検証することにより,塗膜性能と素材への
C
O
C
O
O
C
O
C
H
N
H
N
HOMO
LUMO
図1 水酸基とイソシアネートの反応
Reaction schema of hydroxyl functional with
isocyanate compounds
Origin Technical Journal
69
表3 イソシアネートの主要反応
Major reactions of isocyanate compounds
O
H=
R-N-C-OR'
(ウレタン)
R'-OH
O
H= H
R-N-C-N-R'
(ウレア)
R'-NH2
R-NH-CO-SO3Na
a)
R'SO3H
R'-SH
(R-NH・COOH)
R-N=N-R+2CO2
CH2(COOR')2
φ-
H2 O
(R-NH・COO)2
H 2 O2
H2N・OH
Δ
R'-NH-COOR2
Δ
O O
= =
R-NH-C-O-C-R'
R-NH-CO-R'
(アミド)
+
CO2
=
H・CN
R-NH-CO-CN
R'・COOH
R-NH-CO-NH-R
(ウレア)
+
(R'CO)2O+CO2
触媒(P=O化合物)
R-N=C=N-R+CO2
(カルボジイミド)
追従性の両立化を図った。
4.3
塩素化ポリオレフィン樹脂(3)
R'
|
R-NH-CO-N-COOR2
(アロハネート)
三量化
H・Cl
R-NH-COCl
R-NH-CO-NH-CO-NH-R'
(ビュレット)
O
=
C
R-N N-R
C C
N
O | O
R
(イソシアネート)
O
=
C
二量化
R-N N-R
C
Δ
=
O
(ウレチジンジオン)
重 合
-N-CO-N-CO|
|
Δ
R
R
PH3
(R-NH-CO)3P
R-NH-CO-CH(COOR')2
R-NH-CO-φ
R'-NH-CO-NH2
R-NCO
R-NH-CO-NH-OH
R-NH-CO-OSO2R'
=
O
H=
R-N-C-S-R'
(チオウレア)
R-NH-CO-NH-R
(ウレア)
+
CO2
NaHSO3
5.「プラネット PO−1」
本塗料は,ウレタン樹脂/アクリル樹脂/塩素化ポリオ
PP および TPO 素材は無極性かつ結晶性の高いポリプ
レフィン樹脂等を最適なバランスで配合することによ
ロピレン樹脂を多く含む素材であるため,素材への付着
り,良好な塗膜性能と素材の柔軟性に適応可能な塗膜を
性を得るには塩素化ポリオレフィン樹脂が必須の成分と
得ることに成功した。本塗料の代表的な特長を以下に示
なっている。しかし,他樹脂との相溶性が極めて劣るこ
す。
とから,一般的にはアクリル樹脂等による変性塩素化ポ
リオレフィン樹脂が使用されている。
5.1
塗膜の柔軟性
本塗料では,ウレタン樹脂およびアクリル樹脂の双方
「プラネット ○ PO −1」および従来の PP 素材用1液
に相溶性を確保可能な変性塩素化ポリオレフィン樹脂を
型塗料である「プラネット ○ PP −8」を TPO 素材に塗
選択し,さらに,異なる2種類の素材に対する付着性を
装後,折り曲げ試験を行った結果を図2示す。
十分確保できる塩素化ポリオレフィン量の確認をするこ
とで付着性の両立化を図った。
R
R
「プラネット ○ PP −8」は,塗膜が素材に追従しない
R
ためワレの発生してしまっている。しかし,「プラネッ
ト ○ PO −1」ではそのようなワレが見られず,素材への
R
70
No.66 2003
PP/TPO 共用1液型塗料
表4 ウレタン反応を利用した塗料例
An example of paint application which uses urethane reaction
分 類 法
硬化形式
樹
脂
の
種
類
用 途
(1) タイプ別
ニ液型
ウレタン化反応
(常温,強制乾燥)
ポリイソシアネートとポリオール(アルキド, 自動車,建築,プラ
アクリル,ポリエステル等)との組み合わせ スチック,木工等
一液型
熱硬化
(120∼160℃)
プロックポリイソシアネートとポリオー
自動車,PCM等
ルとの組み合わせ
空気硬化
ウレタン化油,ウレタン化アルキド
木床,建築
湿気硬化
イソシアネートプレポリマー
木床,コンクリー
ト
非反応
ウレタン,尿素樹脂
インキ,プラスチ
ック
(2) 形態別
溶液
粉体
――
上記のタイプ別の二液型,一液型ウレタ
ン樹脂が該当
――
粉体状のブロックポリイソシアネート,
家電,建材
ポリオールとの組み合わせ
熱硬化
水性
――
水溶性および水分散型のウレタン樹脂
(3) 機能別
バインダー
――
上記の(1)タイプ別および(2)形態別のすべ
ての樹脂が該当
機能化剤
ウレタン着色架橋微粒子
図2-1 プラネット○R PO-1の柔軟性
Flexibility of“PLANET ○R PO-1”film
追従性が良好であることがわかる。
木床,プラスチッ
ク
――
感性塗料
図2-2 プラネット○R PP-8の柔軟性
Flexibility of“PLANET ○R PP-8”film
しかし,光沢を下げることで爪などの擦り傷による塗膜
の耐傷つき性の低下が問題となっていた。
5.2
塗 膜 性 能
本塗料の塗膜性能を表5に示す。表に示す通り,自動
車内装規格に求められる主な評価項目について良好な結
果となっている。
そこで「プラネット ○ PO −1」および「プラネット ○
R
R
PP −8」に対して爪の擦り傷試験を行った結果を,そ
れぞれ図3および図4に示す。
「プラネット ○ PP −8」は,爪の擦れにより塗膜が極
R
端に摩滅してしまい,塗膜表面の凹凸がなだらかになる
5.3
耐傷つき性
ため,極端な光沢上昇が発生し傷痕が目立ってしまって
自動車内装部品は,フロントガラスへの写り込み防止
いる。しかし,良好な耐傷つき性を有する「プラネット○
による視認安全性向上のための低光沢化が進んでいる。
PO −1」は爪の擦れによる塗膜の極端な摩滅が起こら
R
Origin Technical Journal
71
塗料事業部技術部
素材の硬軟質への適応等,まだ改良の余地が残されてい
る。
最後に,本塗料の開発にあたり,関係各位から有益な
ご指導とご協力を賜ったことに深く感謝の意を表する次
第である。
参考文献
(1) 須佐大輔:自動車用プラスチック部品のリサイクルの考え方,
プラスチックスエージ,Vol. 47,臨時増刊号(プラスチック
リサイクリング)
,pp. 121-127(2001)
(2) 高柳 弘:イソシアネート,ポリウレタン応用技術,pp. 3-12
(3) 岡部憲昭:ポリホール,ポリウレタン応用技術,pp. 13-29
(4) 堀 晴彦:ポリプロピレン素材用塗料,Origin Technical
Journal,No. 61,pp. 49-54(1998)
74
No.66 2003
小
谷
中
理
1997 年入社,オレフィン素材用塗料の研究・
開発に従事。