乳酸菌バクテリオシンを用いた清酒の火落ち防止に関する研究 石 山 洋 平* St udi es on Pr event i on ofHi ochii n Sake Br ewi ng Pr ocess Usi ng Bact er i oci ns f r om Lact i c Aci d Bact er i a byYo he iI SHI YAMA 抗菌ペプチドは動物,植物,昆虫,微生物などの 造の概略について解説した。 防御機構において重要な役割を担っている。これら また本研究の目的および本論文の構成を述べた。 のペプチドは既存の抗生物質に抵抗性を示す病原菌 菌の選抜,および清酒製造工程へのバクテリオシン に対する新奇な抗菌物質として注目されている。こ の応用について検討した。 のような抗菌ペプチドの1つとして,主に乳酸菌が 第一章は緒言であり,本研究の背景ならびに既往 生産する『バクテリオシン』が挙げられる。バクテ の研究を概観し,抗菌ペプチドの構造と機能,乳酸 リオシンの多くは高温や低 pH環境下においても安 菌とバクテリオシンの有用性,清酒製造の概略につ 定であり,プロテアーゼによって分解され,近縁の いて解説した。また本研究の目的および本論文の構 細菌だけに対して抗菌効果を示す。このような性質 成を述べた。 から,バクテリオシンは食品保存料としての利用が 培地を用いた S t a p h y l o c o c c u ss p .NPSI3 8 (NPSI3 8 ) 期待されている。 一方,清酒製造工程において,アルコール耐性乳 酸菌(火落菌)による腐敗現象(火落ち)が問題と なっている。火落ちは,酸味の増加,混濁,オフフ レーバーの発生により,清酒の品質や風味に深刻な 第二章「米タンパク質加水分解物を添加した麹汁 によるバクテリオシンの生産およびそのバクテリオ シンの火落菌に対する増殖阻害効果」では,バクテ リオシン生産菌 NPSI3 8 を用いて,麹汁培地中でバ クテリオシンを生産するために必要な窒素源につい 影響を及ぼす。この火落ちを防ぐ手段として,火入 て検討した。また,生産されたバクテリオシンの火 れと呼ばれる低温での加熱殺菌や,無菌ろ過などが 落菌に対する増殖阻害効果について評価した。 行われている。しかし,現在でも火落ちを完全には 防止できていないのが現状である。 麹汁培地を用いたバクテリオシン生産において, ポリペプトンや肉エキスの添加が有効であることを 本論文では,清酒の火落ちを防止することを目的 明らかにした。また,ポリペプトンや肉エキスの代 に,複数の乳酸菌によるバクテリオシンの生産と, ことによって,NPSI3 8 が高活性なバクテリオシン それらのバクテリオシンの火落菌に対する抗菌効果 について研究を行った。具体的には麹汁培地を用い たバクテリオシンの生産,火落菌に有効なバクテリ オシンを生産する乳酸テリオシンの有用性,清酒製 * 替として,米タンパク質加水分解物(RPH)用いる (1 6 0U/ ml )を生産することを明らかにした。得ら れたバクテリオシン含有培養上清液は,対数増殖期 あ る い は 定 常 期 の 火 落 菌 La c t o b a c i l l u sh i l g a r d i i 新潟大学大学院自然科学研究科 現在 ミヤトウ野草研究所株式会社 研究部 〔新潟大学博士(工学) 平成2 1 年3月2 3 日授与〕 ― 3 5― 新潟大学工学部研究報告 T NBRC 1 5 8 8 6 の増殖を静菌的に阻害することを明 らかにした。 第3章「複数の乳酸菌によるバクテリオシン生産 およびそれらの火落菌の増殖阻害への応用」では, 火落ちした清酒から単離した火落菌を分類・同定し, 火落菌に対する複数のバクテリオシンの増殖阻害効 果について検討した。 単離した火落菌を1 6 Sr DNAの部分配列に基づい 第5 9 号(2 0 1 0 ) の活性を維持することを明らかにした。また p H3 , 0 ° Cの麹抽出液に C1 0 1 9 1 0 と NBRC 1 2 0 0 7 のバクテ 1 リオシン溶液をそれぞれ5% (v / v ) と1% (v / v ) の割 合で添加したとき,L.h i l g a r d i iの生菌数を検出限界 ml )以下にまで減少できることを明ら (1 . 0 ×1 02 CFU/ かにした。一方, 乳酸と米麹を含む水麹 (p H3 , 1 0 ° C) にバクテリオシン溶液を添加した場合,麹抽出液の 場合と比較して,L.h i l g a r d i iに対するバクテリオシ て 同 定 し た 結 果,火落 菌 がそ れぞ れ La c t o b a c i l l u s ンの増殖阻害効果の低下が観察された。しかし,各 に,RPHを添加した麹汁培地を用いて,いくつかの 減少することを明らかにした。 f r u c t i v o r a n s ,L.h i l g a r d i iおよび La c t o b a c i l l u sp a r a c a s e iの3グループに属することを明らかにした。次 乳酸菌によるバクテリオシン生産を試みた。その結 果,En t e r o c o c c u sd u r a n sC1 0 2 9 0 1 (C1 0 2 9 0 1 ),La c t o c o c c u sl a c t i ss u b s p .l a c t i sC1 0 1 9 1 ( 0C1 0 1 9 1 0 )およ び La c t o c o c c u sl a c t i ss u b s p .l a c t i s NBRC 1 2 0 0 7 (NBRC 1 2 0 0 7 )が高活性なバクテリオシンを生産す バクテリオシン溶液を水麹に1 0 % (v / v ) の割合で添 加したとき,L.h i l g a r d i iの生菌数は2オーダー以上 第5章「乳酸菌バクテリオシンによる生酒中での 火落菌の増殖阻害」では,C1 0 1 9 1 0 と NBRC 1 2 0 0 7 の生産したバクテリオシンを用いた,生酒中におけ る火落菌の増殖阻害について検討した。 C1 0 1 9 1 0 と NBRC 1 2 0 0 7 のバクテリオシンは生酒 ることが明らかになった。これらのバクテリオシン 中において非常に安定であることを示した。生酒中 を含む培養上清液(バクテリオシン溶液)を添加し c a s e iの生菌数はそれぞれ1 8 ,3 5 および3 5 0U/ mlの たときの,火落菌の増殖阻害効果について評価した。 その結果,C1 0 1 9 1 0 と NBRC 1 2 0 0 7 のバクテリオシン を1 0 %(v / v )の割合で添加したとき,L.f u r c t i v o r a n s T 2 の 生 菌 数 が 検 出 限 界(1 . 0 ×1 0 NBRC 1 3 9 5 4 において, L.h i l g a r d i i , L.f r u c t i v o r a n sおよび L.p a r a C1 0 1 9 1 0 のバクテリオシンが存在するとき,あるい はそれぞれ5 . 6 ,5 . 6 および1 4 0U/ ml の NBRC 1 2 0 0 7 の バ ク テ リ オ シ ン が 存 在 す る と き,検 出 限 界 以 下 CFU/ ml )以下まで減少することを示した。また, 2 CFU/ ml )まで減少することを明らかにし (1 . 0 ×1 0 T L.h i l g a r d i iNBRC 1 5 8 8 6 と H1 3 0 の増殖を殺菌的に セイにおいて,バクテリオシンによって誘導される C1 0 2 9 0 1 ,C1 0 1 9 1 0 および NBRC 1 2 0 0 7 のバクテリオ シンを1%(v / v )の割合で添加することによって, 阻害できることを明らかにした。 第4章「乳酸菌バクテリオシンによる水麹中での た。また,膜電位感受性色素を用いた膜脱分極アッ 火落菌細胞膜の脱分極がエタノールによって促進さ れることを明らかにした。さらに,1 5 %のエタノー ルを含む Mc I l v a i n e緩衝液にバクテリオシンを添加 火落菌 L.h i l g a r d i iの増殖阻害」では,酒母工程にお した場合,生酒の場合と比較して,火落菌に対する けるバクテリオシンの利用を検討するために,バク 増殖阻害効果が低下することを示した。以上のこと テリオシンの抗菌活性に対する麹プロテアーゼの影 から,エタノールとエタノール以外の清酒成分が火 響について検討した。さらに,麹抽出液と水麹中で 落菌に対するバクテリオシンの増殖阻害効果を高め のバクテリオシンによる火落菌の増殖阻害効果につ ていることが示唆された。 いて評価した。 p H3 ,1 0 ° Cの麹抽出液中において,第3 章におい て調製した C1 0 1 9 1 0 と NBRC 1 2 0 0 7 のバクテリオシ ン溶液は,混合後1 2 時間目にそれぞれ約5 0 %,約7 0 % 第6章は総括であり,本研究で得られた結果をま とめた。 終わりに,指導を賜った谷口 表します。 ― 3 6― 正之教授に謝意を
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