脳血管障害、腎機能障害、末梢血管障害を 合併した心 - 日本循環器学会

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006 − 2007 年度合同研究班報告)
【ダイジェスト版】
脳血管障害、腎機能障害、末梢血管障害を
合併した心疾患の管理に関するガイドライン
Guidelines for the management of cardiac diseases complicated with cerebrovascular disease, chronic kidney disease, or peripheral vascular disease.(JCS 2008)
合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本血管外科学会,日本血栓止血学会,日本高血圧学会,日本小児腎臓病学会,
日本神経学会,日本心臓血管外科学会,日本心臓病学会,日本腎臓学会,日本透析医学会,
日本脳卒中学会,日本脈管学会,日本臨床腎移植学会,日本老年医学会
班 長 堀 正
二 大阪府立成人病センター
班 員 伊
藤
貞
嘉 東北大学大学院医学系研究科 腎・高
稲
葉
雅
岩
井
武
協力員 飯
野
則
昭 新潟大学大学院医歯学総合研究科機
章 大阪市立大学大学院医学研究科
石
橋
宏
之 愛知医科大学血管外科
尚 東京医科歯科大学大学院外科・血管外科
井
上
芳
徳 東京医科歯科大学大学院歯学総合研
井
林
雪
郎 福岡誠愛リハビリテーション病院
今
井
圓
裕 大阪大学大学院医学系研究科老年・
大
津
欣
也 大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学
岡
田 靖 九州医療センター脳血管内科
小
田
彦 小田内科
血圧・内分泌学分野
内 山 真一郎 東京女子医科大学神経内科学
太
田 敬 愛知医科大学血管外科
大
内
義 東京大学大学院加齢医学講座
尉
木 村 玄次郎 名古屋市立大学大学院医学研究科
心臓・腎高血圧内科学(第三内科)
重
松 宏 東京医科大学病院外科学第二講座
鈴
木
通 埼玉医科大学腎臓内科
永
田 泉 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科
平
方
秀
樹 福岡赤十字病院
北
松
本
昌
泰 広島大学大学院医歯薬学総合研究科病
進
峰
松
一
夫 国立循環器病センター内科脳血管部門
吉
川
徳
協力員 飯
島
一
洋
克
能分子医学寄附講座
究科血管・応用外科学
腎臓内科学
小 櫃 由樹生 東京医科大学外科学第二講座
富
夫 大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科
川
一
夫 大阪大学大学院医学系研究科神経内科学
藤
俊
哉 山梨大学第二外科
高
橋
公
太 新潟大学大学院医歯学総合研究科腎
茂 和歌山県立医科大学小児科
長
束
一
行 国立循環器病センター内科脳血管部門
誠 神戸大学大学院医学研究科内科系講
西 慎
一 新潟大学大学院医歯学総合病院血液浄化部
守
山
敏
樹 大阪大学大学院医学系研究科予防環
病態解析・制御学講座
態探究医科学脳神経内科(第三内科)
座小児科学分野こども発達学部門
川
泌尿器病態学分野
境医学・生体制御健康医学
外部評価委員
安
藤
太
三 藤田保健衛生大学医学部心臓血管外科
土
居
義
典 高知大学医学部老年病科循環器科
小
林
祥
泰 島根大学医学部附属病院
下
条
文
武 新潟大学第二内科
(構成員の所属は 2008 年 10 月現在)
目 次
Ⅰ.序 文………………………………………………………1546
Ⅱ.脳血管障害を合併した心疾患の管理……………………1546
1.脳血管障害の評価法 …………………………………1547
2.脳血管障害の病態・治療方針と心疾患との関わり,
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1545
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
治療の優先度と治療の相反 …………………………1550
5.心腎同時保護 …………………………………………1567
3.心疾患を合併する脳血管障害の病態と治療 ………1554
Ⅲ.腎機能障害を合併した心疾患の管理……………………1560
1.腎機能障害患者の評価 ………………………………1560
2.心疾患診療にみられる腎障害の発症の病態と対策 1561
3.腎疾患と心疾患との関わり:病態と治療 …………1563
4.心疾患治療と腎障害の関わり ………………………1566
Ⅳ.末梢血管障害を合併した心疾患の管理…………………1572
1.閉塞性動脈硬化症の評価と治療 ……………………1572
2.腹部大動脈瘤(AAA)の評価と治療 ………………1575
3.その他の末梢血管障害 ………………………………1576
4.心疾患と末梢血管疾患の関わり ……………………1577
(無断転載を禁ずる)
クラス分類
Ⅰ
序 文
クラスⅠ 手技・治療が有効,有用であるというエ
ビデンスがあるかあるいは見解が広く一
致している.
クラスⅡ 手技,治療の有効性,有用性に関するエ
本ガイドラインは,心疾患に脳血管障害,腎機能障害,
ビデンスあるいは見解が一致していな
末梢血管障害が合併した場合の心疾患の診療に有用なガ
い.
イドラインとして執筆されたものであり,循環器(心臓)
Ⅱ a エビデンス,見解から有用,有効であ
診療に役立つ診療指針をまとめたものである.実際の診
療現場において,これらの治療の優先や治療選択に決定
る可能性が高い.
Ⅱ b エビデンス,見解から見て有用性,有
を迫られることがあるが,海外でもエビデンスが乏しく,
効性がそれほど確立されていない.
ましてや国内ではコンセンスも確立していないため,そ
クラスⅢ 手技,治療が有効,有用ではなく時には
の決定に難渋することも少なくない.治療選択は,医療
有害であるとのエビデンスがあるかある
施設のレベルや専門スタッフの充実度によっても変わり
いはそのような否定的見解が広く一致し
うるもので絶対的な選択が困難な場合も多い.もちろん,
ている.
医療の進歩の激しい分野であるため時の経過とともに治
療選択も変化するものと考えている.その意味で EBM
に基づいたガイドラインとはいえない部分も数多く残さ
れたが,これらの事情を理解して頂き本ガイドラインを
Ⅱ
活用して頂くことを希望している.
脳血管障害を合併した
心疾患の管理
なお,本ガイドラインの記述の中で,重要な記述には,
文末尾にエビデンス・レベルを記載した.またクラス分
脳血管障害を合併した心疾患の管理に関する勧告
類は広く用いられている基準に準拠した.
脳卒中を疑えばコンピューター断層撮影(CT)ある
エビデンス・レベル
レベル A 複数の無作為介入臨床試験またはメタ解
析で実証されたもの.
レベル B 単一の無作為介入臨床試験または大規模
な無作為介入ではない臨床試験で実証さ
れたもの.
レベル C 専門家及び / 又は小規模臨床試験(後ろ
向き試験及び登録を含む)で意見が一致
したもの.
いは磁気共鳴像(MRI)検査を行うべきである(クラ
スⅠ)
虚血性脳血管障害を疑えば磁気共鳴血管造影(MRA)
あるいは頚動脈超音波法あるいは脳血管造影によって
頭頚部の血管を評価すべきである(クラスⅡ a)
発症 3 時間以内の脳梗塞のうち,CT や MRI 検査で虚
血病巣を認めないか軽微な症例で禁忌事項のない症例
に対して組み換え型組織プラスミノーゲン活性化因子
(rt-PA)(アルテプラーゼ)を投与する(クラスⅠ)
大動脈解離による脳梗塞には rt-PA を投与してはいけ
1546
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
ない(クラスⅢ)
発症後 48 時間以内の脳梗塞に対してアスピリン 160
②脳卒中の有無とその重症度評価
∼ 300mg を投与する(クラスⅠ)
表 2 に脳卒中を疑うべき主要な症状を掲げた.急性症
くも膜下出血,脳出血の場合,原則として抗血栓薬を
状を有する患者が来院した時には,まずバイタルサイン
中止し,抗凝固薬を服用している場合は中和する(ク
のチェックと気道・呼吸・循環確保などの応急処置を施
ラスⅡ a)
し,その後問診と神経学的検査を行う.
症候性頚動脈狭窄症において 50 %未満の軽度狭窄の
1)問診のポイント
場合は頚動脈剥離術(CEA)の適応とならない(ク
どのような時に(発症状況),どのように発症し(初
ラスⅢ)
発症候),どのような経過をたどっているか(症候の時
症候性,無症候性を問わず高度頚動脈狭窄は CEA を
間経過).また,脳卒中既往,家族歴,各種の危険因子
考慮する.(クラスⅠ)
(高血圧,糖尿病,心房細動など)や薬物服用歴(降圧薬,
非心原性脳梗塞または一過性脳虚血発作と冠動脈疾患
経口避妊薬など)などについての情報も得る.
の合併例に対して抗血小板薬を投与する(クラスⅠ)
2)診察のポイントと脳卒中重症度スケール
脳卒中のハイリスク非弁膜症性心房細動(NVAF)は
血圧,脈拍,心音,呼吸状態,全身の血管雑音や浮腫
ワルファリンの適応である(クラスⅠ)
の有無を評価する.次に,神経学的所見をとり,異常所
4T’s スコアリングシステムによってヘパリン起因性
見の有無から問診とも併せて障害血管や病巣の部位を推
血小板減少症(HIT)を疑えばヘパリンを中止する(ク
定し,重症度の評価とともに臨床病型診断や予後推定を
ラスⅡ a)
行う.脳卒中急性期にその重症度評価や予後推定のため
脳・腎・末梢血管障害を合併したハイリスク群におい
に最低限評価するべき項目として,National Institute of
ても厳格な生活管理が重要である(クラスⅠ)
Health Stroke Scale(NIHSS)を提示する(表 3).
1
脳血管障害の評価法
2
神経画像診断法による評価
検査の第一選択は単純コンピューター断層撮影
脳血管障害は,一過性脳虚血発作(transient ischemic
(computerized tomography: CT) 検 査 で あ る. し か し,
attack,TIA),脳梗塞,脳出血,くも膜下出血に大別さ
急性期 CT 像では病変が不明確なことも多く,拡散強
れる.脳梗塞はさらに,アテローム血栓性脳梗塞,心原
調 画 像(diffusion-weighted image: DWI) で 病 変 を 確
性脳塞栓症,ラクナ梗塞,その他の脳梗塞(分類不能を
認 す る 方 が 望 ま し い. 最 近 は 磁 気 共 鳴 像(magnetic
含む)に分類される.
resonance imaging: MRI) で 評 価 し た 後, 組 換 え 型 組
1
脳血管障害の有無と
その神経学的重症度評価
脳卒中が疑われる場合のアルゴリズムを図 1 に示す.
織 プ ラ ス ミ ノ ー ゲ ン 活 性 化 因 子(recombinant tissue
plasminogen activator: rt-PA)を投与した方が成績良好
との報告があるので,診療体制さえ整えば可能な限り
MRI 検査を追加することが望ましい.
①脳卒中の初期症状
表 1 に掲げる 5 つの症状の 1 つ以上があれば脳卒中を
疑いただちに専門医療機関を受診することを勧めてい
る.
表 1 Brain Attack キャンペーンに用いられている脳卒中警告症状
身体の片側の顔,腕,脚に突然脱力や痺れが出現する
突然目が見えなくなったり,物がぼやけて見える,特に片
目におこる
言葉が喋れなくなったり,話をしたり,理解するのが困難
となる
突然の原因不明の激しい頭痛
訳の分からないめまい感,ふらつき感や突然の転倒,特に
上記症状を伴う場合
表 2 脳卒中の主要症状
意識障害
昏迷,昏睡
錯乱状態
失語症,その他の高次機能障害
構音障害
顔面麻痺
協調運動障害,筋力低下,感覚障害(通常片側性)
平衡障害,失調症,歩行障害
筋力低下
視野障害(単眼性もしくは両眼性)
複視,めまい,悪心,嘔吐,頭痛
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1547
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
図 1 脳卒中が疑われる場合のアルゴリズム
脳卒中の疑いのある患者
Emergency Medical Services(EMS)の評価と行動
EMS 要員による即時の評価は以下を含む
・シンシナティ病院前脳卒中スケール(言語障害,
上肢の運動麻痺,顔面の下垂を含む)
・ロサンゼルス病院前脳卒中スクリーン
・病院に脳卒中の疑いのある患者であることを連絡
・病院へ迅速に搬送
発 見
出 動
搬 送
入 口
即時の全般的評価:到着から 10 分(以内)
・ABC,バイタルサインの評価
・鼻カニューレから酸素投与
・静脈路確保;採血(血清,電解質,凝固能検査)
・血糖のチェック;必要なら治療
・12 誘導心電図;不整脈をチェック
・全般的な神経学的スクリーニング評価
・脳卒中チームに連絡:神経内科医,放射線科医,
CT 技師
即時の神経学的評価:到着から 25 分(以内)
・既往歴の吟味
・発症時間の確定(<3 時間は線溶療法が必要)
・身体診察
・神経学的検査:
意識レベルを確定(GlasgowComaScale)
脳卒中重症度を確定(NIH 脳卒中スケールまたは Hunt と Hess のス
ケール)
・緊急の単純 CT を指示
(入口から CT 施行:目標,到着から 25 分以内)
・CT 読影(入口から CT 読影:目標,到着から 45 分以内)
・頸椎側面 X 線写真(患者が昏睡状態/外傷の病歴あり)
CT 上脳内出血
あるいは
くも膜下出血が認められるか?
データ
おそらく急性期虚血性脳卒中
・CT 上の除外の再吟味:なにか観察されるか?
・神経学的検査を再検:症状が変化するか急速に改善しているか?
・線溶療法の除外条件を再検討:なにかあるか?
・患者のデータの再検討:症状発現から現在>3 時間ではないか?
上記すべて否
CT 上所見はないが,くも膜下出血が強く
疑われる際には,腰椎穿刺を行うこと.
腰椎穿刺には線溶療法は禁忌である.
決 定
患者は線溶療法の適応患者の
ままであるか?
薬 剤
いいえ
出血なし
はい
・危険/利益を患者,家族と再検討せよ:受容されるなら─
線溶療法を開始せよ(入口から治療:目標<60 分)
・神経症状を観察:悪化すれば緊急の CT
・血圧の観察:必要なら治療
・重症観察室に入室
・24 時間は抗凝固療法や抗血小板療法を行わない
脳神経外科医に相談せよ
出血あり
急性期の出血に対する治療を開始せよ
・すべての抗凝固薬に拮抗策
・すべての出血に拮抗策
・神経症状の観察
・意識のある患者では高血圧の管理
・適応どおりに保存療法を開始せよ
・入院を考慮
・抗凝固療法を考慮
・治療を要する他の病態を考慮
・別の診断も考慮
それぞれ,発見(Detection)
,出動(Dispatch)
,搬送(Delivery)
,入口(Door),データ(Data),決定(Decision)
,薬剤(Drug)
はその英語の頭文字からの「7 つの D」と呼ばれている.
3
病態診断や治療法の適否決定に
必要な検査
病型診断のフローチャートを図 2 にまとめた.
1548
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
表 3 NIH Stroke Scale(NIHSS)
項目
意識レベル
意識レベル 質問
質問レベル 従命
注視
視野
顔面麻痺
左腕
右腕
左脚
右脚
運動失調
感覚
言語
構音障害
消去 / 無視
0
1
0
1
0
1
0
1
0
1
0
1
0
1
2
0
1
2
0
1
2
0
1
2
0
1
0
1
0
1
0
1
0
=
=
=
=
=
=
=
=
=
=
=
=
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=
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=
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=
=
=
=
=
覚醒
簡単な刺激で覚醒
2 問とも正答
1 問に正答
両方の指示動作が性格に行える
片方の指示動作のみ正確に行える
正常
部分的注視麻痺
視野欠損無し
部分的半盲(四分盲を含む)
正常
軽度の麻痺
下垂無し(10 秒間保持可能)
10 秒以内に下垂
重量に抗するが 10 秒以内に落下
下垂無し(10 秒間保持可能)
10 秒以内に下垂
重量に抗するが 10 秒以内に落下
下垂無し(5 秒間保持可能)
5 秒以内に下垂
重量に抗するが 5 秒以内に落下
下垂無し(5 秒間保持可能)
5 秒以内に下垂
重量に抗するが 5 秒以内に落下
なし
1 肢にあり
正常
軽度∼中程度の障害
正常
軽度の失語
正常
軽度∼中程度の障害
正常 1 = 軽度∼中程度の障害
スコア
2 = 反復刺激や強い刺激で覚醒
3 =(反射的肢位以外は)無反応
2 = 2 問とも誤答
2 = いずれの指示動作も行えない
2 = 完全注視麻痺
2
3
2
3
3
4
=
=
=
=
=
=
完全半盲(同名半盲を含む)
両側性半盲(皮質盲半盲を含む半盲)
部分的麻痺
完全麻痺
重力に抗する動きがみられない
まったく動きがみられない
3 = 重力に抗する動きがみられない
4 = まったく動きがみられない
3 = 重力に抗する動きがみられない
4 = まったく動きがみられない
3 = 重力に抗する動きがみられない
4 = まったく動きがみられない
2 = 2 肢にあり
2 = 高度の障害
2 = 高度の失語
3 = 無言または全失語
2 = 高度の障害
2 = 高度の障害
合計点 =/42
図 2 病型診断のためのフローチャート
発症
一般身体所見・神経学的所見
CT(MRI)出血
No
Yes
脳梗塞
責任血管に 50%以上の狭窄
(MRA,
頚動脈超音波検査など)
脳出血・クモ膜下出血
Yes
アテローム血栓性脳梗塞
No
Yes
塞栓源となる心疾患
ホルター心電図,
心エコーなど)
(心電図,
心原性脳塞栓症
No
(CT,
MRI)
大きさ 1.5cm 未満
基底核,
脳幹など穿通枝領域に限局
Yes
No
ラクナ梗塞
原因不明・分類不能
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1549
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
2
1
脳血管障害の病態・治療方針
と心疾患との関わり,治療の
優先度と治療の相反
脳卒中の内科的管理
①脳卒中急性期管理中の留意点
脳卒中急性期には,脳梗塞,脳出血,クモ膜下出血の
る.反対に心疾患の管理目的で抗血栓薬を内服中に脳出
血を発症した場合は,血腫拡大を防ぐためワルファリン
使用中であればすぐに中止しビタミン K,第Ⅸ因子複合
体(保険未承認),新鮮凍結血漿で中和を行い,抗血小
板薬内服を行っている場合は原則として中止する(レベ
ル B).抗血栓薬の再開は心疾患の種類にもよるが,少
なくとも発症 2,3 日以後からにすべきであり,血圧を
低めに保った上で再開すべきである.
4)脳保護療法
診断の後,各病型に応じた内科的治療手段が選択される.
脳梗塞では脳保護薬エダラボンの適応があり,1 日 2
脳梗塞で発症 3 時間以内であれば,血栓溶解療法の適応
回 100ml の溶解液で使用することが多い(レベル B).
を考慮する必要がある.
腎疾患を有する場合,特に高齢者では投与を控える.ま
1)rt-PA 療法施行時の注意点
た水分負荷を控えたい場合は 50ml に溶解して使用する.
発症 3 時間以内の虚血性脳卒中のうち,CT や MRI で
虚血病変を認めないか軽微な症例で禁忌事項のない症例
に対しては rt-PA(我が国ではアルテプラーゼが保険適
②脳卒中慢性期,ハイリスク患者が心疾患を
発症または合併した場合の管理
応されている)の投与が勧められる(レベル A).しか
1)抗血栓療法
し大動脈解離を合併した脳梗塞には rt-PA を投与しては
心疾患の種類に応じて抗血栓療法が優先される.脳梗
いけない(レベル C).また一般的に急性心筋梗塞後の
塞再発予防には抗血小板薬としてシロスタゾールが内服
心室瘤,胸腹部大動脈瘤がある場合は rt-PA 投与を控え
されていることがあるが,頻脈等の作用が望ましくない
るべきである.
場合はアスピリンまたはクロピドグレルへの変更は可能
2)血圧管理,水分管理
である.脳出血の既往がある患者では血圧モニター,管
脳梗塞急性期では一般に降圧しない.しかし心筋梗塞,
理をしながら抗血栓薬を慎重に用いる.ワルファリン内
急性心不全,大動脈解離,腎不全がある場合には慎重に
服が心血管疾患で必要になった場合には,出血合併症予
降圧する.また心不全等を合併し水分負荷をかけたくな
防の観点から脳梗塞再発予防として使用中の抗血小板薬
い場合は,投与薬剤の溶解液量を半量程度に押さえるよ
を中断してワルファリン単独で管理することが望ましい
うにし,水分バランスのチェック,中心静脈圧の計測,
と考えられる.病状に応じてワルファリンと抗血小板薬
心エコーでの下大静脈径の測定などのモニタリングを行
を併用する必要のある場合は血圧管理を厳格にすべきで
い,必要に応じてフロセミドなどの利尿薬を静脈内投与
ある.
で用いる.ただし心房細動を有する場合は,利尿薬使用
2)危険因子の管理
により血栓形成傾向を助長するため抗凝固療法の使用が
心筋梗塞,虚血性心疾患での降圧療法,血中脂質管
勧められる(レベル B).また心不全を合併し起坐位が
理,血糖管理は,脳卒中再発予防とも共通しているので
望ましい場合でも,アテローム血栓性脳梗塞急性期では
それぞれ目標値が低い方を管理目標とする.降圧薬の中
酸素飽和度,自覚症状を確認しながら数日間はできるだ
では,アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(angiotensin Ⅱ
け頭部を水平位に保つことが望ましい.
receptor blocker: ARB),カルシウム拮抗薬は心疾患,脳
3)抗血栓療法,抗血栓薬について
卒中双方に有効な薬剤である.心筋梗塞では HMG-CoA
脳梗塞のうち,アテローム血栓性脳梗塞,ラクナ梗塞
還元酵素阻害薬(スタチン)の一次,二次予防に関する
では通常アルガトロバン,オザグレルといった点滴製剤
エビデンスが集積されているが,脳卒中ではアトルバス
による抗血栓療法が行われる(レベル B).しかし水分
タチンにより再発予防効果が示された(レベル B).糖
負荷を減らしたいときはアスピリン経口摂取,ヘパリン
尿病に対する血糖管理は心疾患,脳疾患再発予防のため
原液のインヒュージョンポンプによる投与などで代替可
行うべきである.
能である.心原性脳塞栓症では再発予防のため早期より
ヘパリンが使用されることが多い.心筋梗塞で抗血栓薬
内服中に脳梗塞を生じた場合は,原則として内服中の抗
1550
血栓薬はそのまま継続し新たな治療薬剤の併用を考慮す
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
③心疾患管理中に偶発的に脳疾患が
検出された場合の管理
1)脳 MRI 検査で無症候性脳梗塞,無症候性脳出血が見
つかった場合
心臓病(弁膜症,心房細動,急性心筋梗塞,不安定狭心
症),肝不全,腎不全,癌,コントロール不良の高血圧,
糖尿病,
頚動脈の tandem lesion(頭蓋内狭窄が主なもの),
及び重症脳梗塞の合併例での効果は証明されていない.
中等度狭窄(50%∼ 69%)が認められる場合,年齢,
心房細動,ペースメーカ装着,心不全合併など明らか
性別,合併症,初期症状の重症度などの背景因子に応
な心塞栓源が想定される場合無症候でも大脳皮質等に塞
じて,抗血小板療法を含む最良の内科的治療に加えて
栓症を疑う脳梗塞が存在する場合は,心原性脳塞栓症の
CEA を行うことが推奨される(レベル A).中等度狭窄
既往例と同様に再発リスクが高いと考え,抗凝固療法
については高度狭窄における問題点に加えて女性に対す
を行う(レベル A).ハイリスクでない無症候性脳梗塞
る CEA の効果は証明されていない(レベル B).また同
ではただちに抗血小板療法を行うことは控えて高血圧
側の重症脳梗塞に対する予防効果は証明されていない.
などの危険因子の管理を優先し,まず頚動脈,頭蓋内
軽度狭窄(50%未満)は CEA の適応とはならない(レ
主幹動脈などの血管を超音波検査,MR 血管造影(MR
ベル A).
angiography: MRA)などで非侵襲的に精査し,これら
CEA の適応となる場合には,大きな脳梗塞巣がなけ
の血管に有意狭窄があれば抗血小板薬の追加を考慮する
れば症候発症後 2 週間以内に実施することが推奨される
(レベル B).無症候性の陳旧性脳出血では脳出血の危険
(レベル B).
因子とりわけ高血圧を有していればその管理を優先す
頚動脈狭窄を有する患者では,冠動脈病変,末梢動
る.
脈病変などの合併症に対する術前検査が重要である.術
2)頚動脈内膜中膜厚
前検査としては ECG,心臓超音波検査や必要に応じて
(intima-media comlex thickness: IMT)
心筋シンチグラフィ,CT,MRI 検査などが行なわれる.
内頚動脈に 50%以上の狭窄をきたさない IMT 肥厚は,
同側の脳血管予備能が低下している症例においては可能
外科的あるいは脳血管内治療の対象にならない.頚動脈
な限り術前に脳血流測定(安静時,アセタゾラミド負荷)
硬化重症度の判定は,IMT またはプラークスコアで評
を行うことが推奨される.
価される.IMT 肥厚症例,アテロームプラークを有す
2)無症候性頚動脈狭窄症
る症例では高血圧,糖尿病,脂質異常症など動脈硬化危
無症候性の高度頚動脈狭窄(60 %∼ 99 %)では,抗
険因子の管理をガイドラインに準じて徹底的に行うこと
血小板療法を含む最良の内科的治療に加えて,周術期死
が推奨される(レベル B).動脈硬化危険因子を有する
亡及び合併症発症率が 3%未満の治療成績を有する施設
ハイリスク患者での抗血小板薬の使用は,脳卒中予防に
において CEA を行うことが推奨される(レベル A).適
は有効性が証明されていない.しかし動脈硬化危険因子
応患者の選択においては,合併症,性,年齢(75 歳未満),
を有し IMT 肥厚の観察される例では,抗血小板薬の適
余命(5 年以上),患者の希望,その他の個人的因子を
応を考慮してもよい(レベル B).
注意深く考慮する.女性では症候性狭窄と同様に CEA
2
虚血性脳血管障害の外科治療,
血管内治療
①頚動脈内膜剥離術(carotid endarterectomy: CEA)
1)症候性頚動脈狭窄症
の効果が比較的少ないことが知られている.
②頚動脈ステント留置術
(carotid artery stenting: CAS)
1)症候性頚動脈狭窄症
CEA の適応となる症候性の高度頚動脈狭窄で,手術
発症 6 ヶ月以内の TIA または脳梗塞患者で,同側の頚
到達が困難,CEA の手術リスクを増大させる内科的疾
部頚動脈に高度狭窄(70%∼ 99%)が認められる場合,
患を有する患者,または他の特殊な状況(放射線照射後
抗血小板療法を含む最良の内科的治療に加えて,周術期
狭窄,CEA 後再狭窄)があれば CAS を考慮してもよい
死亡及び合併症発症率が 6%未満の治療成績を有する施
(レベル B).放射線照射後狭窄や CEA 後再狭窄は CAS
設において CEA を行うことが推奨される(レベル A).
術の良い適応と考えられている.
75 歳 ∼ 79 歳 で は CEA の 効 果 は 大 き い が( レ ベ ル B),
2)無症候性頚動脈狭窄症
80 歳以上の高齢者では臨床試験で高齢者が対象から除
CEA の適応となる無症候性高度(CAS の場合は 80%
外されていたため,その効果は証明されていない.また
以上とされる)頚動脈狭窄症患者のうち,CEA の手術
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1551
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
リスクが高い場合には,CAS も妥当な選択肢となる(レ
年齢,合併症などより総合的に判断する.血管内治療が
ベル B).しかしこの群における CEA や CAS の適応に関
可能と判断される場合にはコイル塞栓術も考慮する(レ
するコンセンサスは得られていない.
③脳血管バイパス術(extracranial-intracranial
bypass: EC-IC バイパス)
ベル B).一般的には開頭術が困難な場合や全身麻酔の
リスクが高い場合には血管内治療が選択される.
④脳血管攣縮の予防・治療
症候性の動脈硬化性脳動脈(頭蓋外及び頭蓋内)狭
脳血管攣縮を予防するためには手術時に血腫を排除し
窄・閉塞症においては一般的には EC-IC バイパスの適
たり,rt-PA やウロキナーゼの脳槽内投与,及びこれら
応はない.しかしアセタゾラミドに対する脳血流増加
の薬剤による脳槽灌流が行われる.また塩酸ファスジル
率が高度に低下している患者や PET(positron emission
の全身投与や,攣縮血管の灌流領域の血流改善のため循
tomography)上,脳酸素摂取率が亢進している患者で
環血液量増加療法や血液希釈療法,人為的高血圧療法も
はバイパス術が推奨される.脳虚血症状を有するもやも
行われる.血管内治療としては血管拡張剤の選択的動注
や病患者においては,直接的脳血行再建術である EC-IC
療法と経皮的血管形成術が行われる.
バイパスや,浅側頭動脈,帽状腱膜,硬膜,側頭筋を用
いた間接血行再建術が推奨される.
3
くも膜下出血(脳動脈瘤破裂)の治療
①初期治療
⑤未破裂脳動脈瘤への対応
脳動脈瘤の最大径が 5mm 前後より大きく,年齢がほ
ぼ 70 歳以下で,その他の条件が治療を妨げない場合に
手術的治療を勧める.特に 10mm 前後より大きい病変で
は強く勧められる.手術が行われない場合は,脳動脈瘤
発症直後は,なるべく安静を保ち速やかに専門施設に
の増大や形状の変化がないかどうか経過観察を行うこと
搬送する.再出血防止のためには,十分な鎮痛・鎮静が
が推奨されている.また観察期間中は喫煙,高血圧など
必要であり,静注用の降圧剤等を用いて厳格な降圧を
の脳動脈瘤破裂の危険因子の除去に努める.観察期間中
行う(レベル A).ただし重症例では降圧は慎重に行う.
の抗血小板薬や抗凝固薬の使用については各症例ごとに
抗線溶薬の投与は日常的に使用することは支持されな
適否を検討すべきである.
い.すべての抗凝固薬や抗血小板薬は中止する.抗凝固
薬はビタミン K,新鮮凍結血漿,第Ⅸ因子複合体(保険
適応未承認)などで中和し,破裂脳動脈瘤が完全に処理
されるまで再開しない.
②外科的治療
冠動脈疾患に合併する
頚動脈病変への対応
①冠動脈疾患に合併する頚動脈病変の診断手順
冠動脈疾患患者全例に脳動脈及び頚動脈の精密検査を
軽度∼中等度の症例(意識障害が軽度で傾眠程度まで)
行う必要はない.リスクの高い症例については頚動脈エ
では,全身状態や治療難度が許せば早期(発症 72 時間
コー検査,頭部 MRI 及び頭頚部 MRA 検査をスクリーニ
以内)に脳動脈瘤の再出血予防処置(開頭クリッピング
ング検査として行うことが勧められる.左冠動脈主幹部
またはコイル塞栓術)を行う(レベル A).比較的重症
病変患者,脳梗塞・TIA 既往患者では年齢に関わらずス
例では,患者の年齢,動脈瘤の部位等を考慮し再出血予
クリーニングを行う.高度の頚動脈病変を有する症例で
防処置の適応を検討する.最重症例(昏睡状態)では,
は,術前にダイアモックス負荷脳血流シンチを行う.図
原則として急性期の再出血予防処置の適応はない.しか
3 に検査指針を示す.侵襲的治療が必要な冠動脈病変と
し意識障害の原因が脳内血腫や急性水頭症の場合はこれ
侵襲的治療が必要な頚動脈病変とは高率に合併すること
らに対する外科的処置を行う.慢性期に水頭症を合併す
から術前には頚動脈・脳動脈・冠動脈病変,脳及び心筋の
る患者では脳室腹腔短絡術が行われる.
血流評価を行っておくことが望ましい.基本的な頚動脈
③治療法の選択
1552
4
病変のスクリーニング法として,頚動脈エコー,頭頚部
MRA,頭部 MRI 検査を施行する.拡散強調画像で高信
再出血予防処置としては開頭術(主にクリッピング術)
号を呈するような急性期脳梗塞病変があれば,適切な抗
と血管内治療(主にコイル塞栓術)がある.いずれの処
血栓治療を行う.頚動脈高度狭窄例で心疾患に外科的治
置を行うかは重症度,脳動脈瘤の部位や形状,治療難度,
療を行う場合には術前に脳血流シンチ検査を行うことが
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
図 3 頚動脈病変の診断手順と治療方針
半年以内に脳梗塞や TIA の既往がある場合
基本スクリーニング
頚部血管エコー
頭部 MRI
頭頚部 MRA
(3D-CT)
脳梗塞急性期治療
MRI 拡散強調画像で急性期病変
あり なし
中等度もしくは高度頸動脈病変
あり なし
脳血管造影
脳血流シンチ
⇨
⇨
CEA 高リスクの中等度もしくは高度狭窄 ⇨
NASCET50%未満の軽度病変
⇨
NASCET 70%以上の高度狭窄
NASCET50∼69%の中等度狭窄
精査終了
CEA 適応
高度脳循環不全・不安定プラーク・
繰り返す TIA など CEA 適応考慮
CAS
薬物治療
半年以内に脳梗塞や TIA の既往がない場合
基本スクリーニング
頚部血管エコー
頭部 MRI
頭頚部 MRA
(3D-CT)
脳血管造影
脳血流シンチ
中等度もしくは高度頚動脈病変
あり なし
⇨
⇨
CEA 高リスクの中等度もしくは高度狭窄 ⇨
NASCET50%未満の軽度病変
⇨
NASCET 80%以上の高度狭窄
NASCET50∼79%の中等度狭窄
精査終了
CEA 適応
高度脳循環不全・不安定プラーク・
繰り返す TIA など CEA 適応考慮
CAS
薬物治療
勧められる.高度な頚動脈病変の合併例では,MR 検査
B.糖尿病薬
による頭蓋内病変及び頚動脈の tandem 病変の評価を行
厳格な血糖管理が頚動脈及び冠動脈病変の進展抑制に
い,治療適応を個々の症例に応じて判断する.神経障害
有効である.インスリン抵抗性改善薬ピオグリタゾンの
を有する患者の冠動脈血流評価には薬物負荷心筋シンチ
使用は心血管病を有するⅡ型糖尿病患者の脳卒中予防に
グラフィー検査が勧められる.
②頚動脈病変と冠動脈病変合併例に対する
薬物治療と血行再建術
推奨される.
C.スタチン
頚動脈病変を伴う冠動脈疾患患者において,スタチン
の積極的使用が推奨される.到達目標値は LDL コレス
1)薬物治療
テロール 100mg/dL 未満が推奨される.脳出血のリスク
A.降圧薬
が高まる危険性があるので,血圧の厳格な管理を同時に
一般的には 140/90mmHg 未満,糖尿病や慢性腎障害の
行う必要がある.
合併例では 130/80mmHg 未満の降圧が推奨される.頚部
D.抗血小板薬
や脳内の主幹動脈の閉塞や高度狭窄を有する患者では過
高度の頚動脈病変と冠動脈疾患には抗血小板療法が推
度な降圧により血行動態性脳虚血を誘発する危険性があ
奨される.たとえ両病変の合併例でも血管イベント予防
り,特に脳梗塞急性期の降圧はさけるべきである.冠動
を目的とした長期の抗血小板薬 2 剤の併用療法は積極的
脈疾患と頚動脈病変を合併した高血圧患者には降圧薬と
には推奨できない.頚動脈ステント留置では,いつまで
してまず ARB,アンジオテンシン変換酵素(angiotensin
併用療法を継続すべきか,また単剤療法に移行する場合,
converting enzyme: ACE)阻害薬の使用が推奨される.
どの抗血小板薬を残すかについては,コンセンサスが確
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1553
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
立されていない.また薬剤溶出性冠動脈ステント留置術
後の脳卒中合併例ではアスピリン+チエノピリジン系抗
3
心疾患を合併する
脳血管障害の病態と治療
1
薬物療法の留意点
血小板薬の長期併用は個々の症例で併用期間を慎重に検
討することが勧められる.抗血小板薬の中断が必要とな
ることが予測される症例では,薬剤溶出性冠動脈ステン
トの使用は避けるべきである.
E.抗凝固薬
頚動脈病変に対する抗凝固療法の適応には一定のコン
センサスはなく,冠動脈疾患に動脈解離,抗リン脂質抗
1)血圧の管理
体陽性,偽閉塞例などで虚血性脳卒中を繰り返す症例,
脳梗塞急性期には,原則として降圧薬は投与すべきで
脳静脈血栓症を伴う例,急性心筋梗塞及び脳梗塞併発例
はないが,大動脈解離,急性心筋梗塞,心不全を合併し
などでは一定期間の抗凝固療法(ヘパリン,ワルファリ
ている場合には慎重な降圧療法が推奨される.血圧低下
ン)が推奨される(レベル B).
を生じた場合には原因を考える必要があり,循環血液量
2)侵襲的治療の必要な頚動脈病変と冠動脈病変合併例
の減少は補液により是正し,心拍出量の減少をもたらす
の治療方針
不整脈は治療すべきである.血栓溶解療法を予定してい
A.頚動脈病変の治療
る患者では,収縮期血圧 180mmHg 以上または拡張期血
冠動脈病変のリスクが中等度以下の患者では,CEA
圧 105mmHg 以上の場合に静脈投与による降圧療法が推
が勧められる.CEA のハイリスク例(重症心不全,重
奨される.
症肺疾患,対側頚動脈閉塞,頚部手術または放射線治療
2)血栓溶解療法
の既往,CEA 後再狭窄,80 歳以上)においては CAS の
発症後 3 時間以内の虚血性脳卒中のうち,CT や MRI
有効性が示唆されている(レベル B).
検査で虚血病巣を認めないか軽微な症例には,いずれの
B.頚動脈病変が合併する患者の冠動脈病変の手術
禁忌事項(表 4)にも該当しなければ,rt-PA(アルテプ
最大限の薬物治療を行い,症状のある方から手術する
ラーゼ)の静脈内投与の適応がある(レベル A).
か,あるいは低侵襲の手術の方から行うことが多い.冠
3)抗凝固療法
動脈病変と頚動脈病変のどちらにも手術適応がある場合
ヘパリン,低分子ヘパリン,ヘパリノイドの静脈内投
には同時手術より二期的手術が勧められる.頚動脈,冠
与による早期抗凝固療法は,脳卒中の早期再発予防,進
動脈両方の手術を必要とする患者の治療戦略に関しては
確立した一定の方針はない.頚動脈病変を合併した冠
動脈手術適応例において,まず頚動脈病変に対し CAS
を 施 行 し, す ぐ に 冠 動 脈 バ イ パ ス 術(coronary artery
bypas grafting: CABG)を行う治療戦略の有効性を示し
た報告もある.心臓以外の手術の術前精査で検出した冠
動脈病変に対し,術前の冠動脈へのインターベンション
が周術期の転帰を改善するというエビデンスはない.侵
襲的治療が必要な冠動脈病変を有する患者で,急性期脳
梗塞を有する場合は,脳循環障害の回復に配慮した手術
時期の決定が望まれる.弁置換術例でリスクの高い患者
では頚動脈病変を評価することが勧められる.頚動脈病
変が存在すれば CABG と同様の対処でよい.
1554
①脳血管障害の急性期治療
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
表 4 アルテプラーゼ静注療法の禁忌
既往歴
頭蓋内出血の既往
3 ヶ月以内の脳梗塞(TIA は含まない)
3 ヶ月以内の重篤な頭部・脊髄の外傷あるいは手術
21 日以内の消化管あるいは尿路出血
14 日以内の大手術あるいは頭部以外の重篤な外傷
治療薬の過敏症
臨床所見
痙攣
くも膜下出血(疑)
出血の合併(頭蓋内出血,消化管出血,尿路出血,後腹膜
出血,喀血)
頭蓋内腫瘍,脳動脈瘤,脳動静脈奇形,もやもや病
収縮期高血圧(適切な降圧療法後も 185mmHg 以上)
拡張期高血圧(適切な降圧療法後も 110mmHg 以上)
血液所見
血小板 10 万 /mm3 以下
ワルファリン内服中,PT − INR1.7 以上
ヘパリン投与中,APTT の延長(全治の 1.5 倍または正常範
囲を超える)
重篤な肝障害
急性膵炎
画像所見
CT で広汎な早期虚血性変化
CT/MRI 上の圧排所見(正中構造偏位)
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
行性脳卒中の進行阻止,転帰の改善を目的とした急性期
ルの静脈内投与は急性期死亡減少効果があると報告され
虚血性脳卒中の治療としては推奨できない.我が国では
ているが,長期の転帰改善効果は明らかではなく,心不
トロンビン阻害薬のアルガトロバンが発症後 48 時間以
全合併例では心不全症状を悪化させる可能性があるので
内のアテローム血栓性脳梗塞に適応承認されているが,
避けるべきである.
早期抗凝固療法は,中等症から重症の脳卒中患者には推
6)抗酸化療法
奨できない.また,血栓溶解薬の静脈内投与後 24 時間
発症後 24 時間以内の脳梗塞には脳梗塞の病型や冠動
以内は抗凝固療法を開始すべきではない.
脈疾患の合併の如何にかかわらずラジカルスカベンジャ
心房細動合併例では,抗凝固薬の静脈内投与による早
ーであるエダラボンの静脈内投与の適応があるが,腎障
期抗凝固療法の適応決定に際しては出血合併症のリスク
害合併例,高齢者,重症脳卒中例では慎重に適応を考慮
が増大することも考慮すべきである.急性心筋梗塞や心
する必要がある.
内血栓を合併しているような早期再発リスクが非常に高
い場合にはヘパリンの静脈内投与から開始してワルファ
②虚血性心疾患と脳血管障害の合併例の慢性期治療
リンの経口投与に切り替える方法が考えられる.ただし,
1)抗血小板薬
血栓溶解薬の静脈内投与の適応がある場合には血栓溶解
虚血性脳血管障害と冠動脈疾患の再発予防には抗血小
療法が優先され,血栓溶解療法を行った場合には 24 時
板療法の適応がある(レベル A).しかしながら,アス
間以内の抗凝固療法は禁忌となる.脳梗塞の原因となっ
ピリンと他の抗血小板薬の併用療法は両疾患が合併して
た心疾患(心内塞栓源)の如何にかかわらず,大脳半球
いても長期の血管イベント予防を目的とした併用療法は
性の大梗塞例や出血性梗塞例では早期抗凝固療法を行う
積極的には推奨できない(レベル C).
べきではない.
冠動脈ステント留置例ではアスピリンとクロピドグレ
4)抗血小板療法
ルの併用療法がアスピリン単剤療法より予防効果に優れ
発症後 48 時間以内の脳梗塞にはアスピリン 160 ∼ 300
ているというエビデンスがあるので,脳血管障害の既往
mg の経口投与が推奨される(レベル A).我が国では,
がある冠動脈ステント留置例でも,このような併用療法
アスピリンの他にトロンボキサン A2 合成酵素阻害薬で
が推奨される.しかし,脳血管障害を合併した冠動脈ス
あるオザグレルの静脈内投与が発症後 5 日以内の脳血栓
テント留置例でいつまで併用療法を継続すべきか,また
症(非心原性脳梗塞)に適応承認されている.クロピド
単剤療法に移行する場合,どちらの抗血小板薬を残すの
グレルの単剤やアスピリンとの併用は脳梗塞急性期の治
がよいのかについてはエビデンスが十分ではなく,コン
療としては推奨できない.脳梗塞急性期患者におけるシ
センサスが確立されていない.
ロスタゾールやジピリダモールの単剤またはアスピリン
冠動脈疾患と虚血性脳血管障害の合併例で頚部または
との併用の有効性と安全性についてはエビデンスがな
頭蓋内の動脈に狭窄を認める場合にどのような抗血小板
い.
薬を選択すべきか,あるいは併用療法と単剤療法の優劣
冠動脈疾患の既往があり,既にアスピリンやチクロピ
については十分なエビデンスがないが,症候性頭蓋内動
ジンを内服していた患者に脳梗塞や TIA を発症した場合
脈狭窄患者ではアスピリンはワルファリンより安全であ
に他の抗血小板薬を追加して併用療法とする方法が考え
るが,再発予防効果が十分ではなく,アスピリンとシロ
られるが,併用による上乗せ効果が明らかとはいえず,
スタゾールの併用療法はアスピリン単剤療法より頭蓋内
出血のリスクが大きくなる可能性があるので,個々の症
動脈狭窄進展抑制効果が優れていたと報告されている.
例でリスク・ベネフィットを勘案して適応を決定すべき
2)抗凝固薬
である.
動脈解離を合併した脳梗塞または TIA には 3 ∼ 6 ヶ月
冠動脈ステント留置後,アスピリンとチクロピジンを
間のワルファリン療法または抗血小板療法とその後の長
併用している患者で脳梗塞を発症した場合,さらに第 3
期間の抗血小板療法が推奨される.先天性血栓性素因
の抗血小板薬を併用することの有効性や安全性について
を合併した虚血性脳血管障害と冠動脈疾患の合併例では
はエビデンスが確立されていない.冠動脈ステント留置
短期または長期のワルファリン療法の適応があるが,深
後アスピリン・クロピドグレル併用内服患者ではシロス
部静脈血栓症が存在しない場合には抗血小板療法でもよ
タゾールの再狭窄予防効果が報告されている.
い.虚血性脳血管障害や冠動脈疾患を繰り返す先天性血
5)抗浮腫療法
栓性素因患者では長期の抗凝固療法が推奨される.抗リ
急性期脳梗塞患者では浸透圧利尿薬であるグリセロー
ン脂質抗体陽性の虚血性脳血管障害と冠動脈疾患の合
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1555
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
併例にはプロトロンビン時間国際標準比(international
2)抗血小板療法
normalized ratio: PT-INR)2 ∼ 3 のワルファリン療法が
虚血性脳血管障害の既往を有するような高リスクの
推奨される.冠動脈疾患を合併した脳静脈血栓症患者に
NVAF 患者において,アスピリンの投与は推奨できない
はヘパリン療法の適応があり,その後 3 ∼ 6 ヶ月間ワル
(レベル A).脳梗塞や一過性脳虚血発作の既往を有する
ファリン療法を行い,抗血小板療法に切り替える方法が
NVAF 患者を含む高リスクの NVAF 患者では,アスピリ
推奨される.
ンとクロピドグレルの併用療法は心房細動を伴った脳梗
3)降圧薬
塞・TIA 患者の脳卒中予防には推奨できない(レベル B).
画一的な降圧目標は設定すべきでなく,個々の症例の
3)抗凝固薬と抗血小板薬の併用療法
病態やリスクの高さに応じて個別に降圧目標を設定すべ
NVAF に冠動脈疾患を合併している場合でのワルファ
きであるが,すべての症例において 140/90mmHg 未満
リンと抗血小板薬の併用効果についてはエビデンスが確
の降圧は最低限の降圧レベルである.糖尿病や慢性腎障
立していない(レベル C).また,ワルファリンと抗血
害の合併例では 130/80mmHg 未満の降圧が推奨される.
小板薬の併用は,個々の症例のリスク・ベネフィットを
安定狭心症,不安定狭心症,非 ST 上昇型心筋梗塞,ST
勘案して適応を決定すべきである.NVAF を合併した冠
上昇型心筋梗塞患者では 130/80mmHg 未満の降圧が推
動脈ステント留置例ではアスピリンとチエノピリジンの
奨される.左室機能不全患者では 120/80mmHg 未満の
併用に加えてワルファリンの投与が必要となるが,この
降圧が推奨される.頚部や脳内の主幹動脈の閉塞や高度
ような症例における抗血栓療法の有効性と安全性はエビ
狭窄を有する患者では急激で,過度な降圧により血行動
デンスが十分ではなく,コンセンサスは確立されていな
態性脳虚血を誘発する危険性があるので注意が必要であ
い(レベル C).
る.冠動脈疾患と虚血性脳血管障害の合併例で,心房
高度の頚動脈狭窄に対して CEA や CAS を施行された
細動や糖尿病を合併した高血圧患者には降圧薬として
NVAF 例についても同様であり,強力な抗血小板療法に
ACE 阻害薬や ARB の使用が推奨される.
加えて,さらにワルファリンを併用することの有効性と
4)冠拡張薬
安全性に関するエビデンスに乏しく,コンセンサスは得
頚部や脳内の主幹動脈の閉塞や高度狭窄を有する患者
られていない(レベル C).
では,硝酸薬(ニトログリセリンなど)などの冠拡張薬
の投与により急激で,過度な降圧が生じることにより血
行動態性脳虚血を誘発する危険性があるので注意が必要
1)急性心筋梗塞,左室血栓,心筋症
である.
急性心筋梗塞及び左室血栓を伴った脳梗塞患者では,
5)スタチン
PT-INR2 ∼ 3 のワルファリン療法を少なくとも 3 ヶ月,
高コレステロール血症を伴った脳血管障害と冠動脈疾
症例によっては 1 年間継続する.拡張型心筋症を伴った
患の合併例にはスタチンの投与が推奨される(レベル
脳梗塞または TIA 患者では,PT-INR2 ∼ 3 のワルファリ
A).スタチンの到達目標値は LDL コレステロール 100
ン療法が推奨されるが,抗血小板療法との優劣はエビデ
mg/dL 未満が推奨される.高血圧を合併した脳血管障害
ンスがない(レベル C).
患者ではスタチンの投与により脳出血のリスクが高まる
2)心臓弁膜症
危険性があるので,血圧の厳格な管理を同時に行う必要
リウマチ性僧帽弁膜症を伴った脳梗塞または TIA 患者
がある.
は心房細動合併の如何にかかわらず PT-INR2 ∼ 3(目標
③心房細動患者の脳塞栓症予防
1556
④心房細動以外の心疾患に伴った脳塞栓症予防
値 2.5)の長期にわたるワルファリン療法が推奨される
(レベル B).この場合,抗血小板薬の併用は一般的には
1)抗凝固療法
推奨できないが,ワルファリン療法施行中の塞栓症が再
虚血性脳血管障害(脳卒中または TIA)の既往を有
発した場合には低用量アスピリンの追加が推奨される
する非弁膜症性心房細動(nonvalvular atrial fibrillation:
(レベル B).脳梗塞または TIA を発症した僧帽弁逸脱症
NVAF)患者にはワルファリンの適応がある(レベル A).
患者には長期の抗血小板療法が推奨される.塞栓源が石
ワルファリンの強度は通常 PT-INR2 ∼ 3(目標値 2.5)
灰化片であることが確認されていない僧帽弁輪石灰化症
が推奨されるが,70 歳以上の NVAF 患者ではワルファ
を伴った脳梗塞または TIA 患者では抗血小板療法が推奨
リンによる出血リスクも高いので PT-INR1.6 ∼ 2.6(目
される.心房細動を伴わず,僧帽弁輪石灰化に起因する
標値 2.0 ∼ 2.1)が推奨される.
僧帽弁逆流患者では抗血小板療法が推奨される.心房細
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
動を合併していない大動脈弁膜症と脳梗塞または TIA の
5)補助循環
合併患者では抗血小板療法が推奨される.脳梗塞または
大 動 脈 バ ル ー ン パ ン ピ ン グ(intra-aortic baloon
TIA を生じた人工弁置換患者では PT-INR2.5 ∼ 3.5(目
pumping: IABP)挿入後は未分画ヘパリン 1 万単位 / 日
標値 3.0)の強力なワルファリン療法が推奨される(レ
を静脈投与し,活性化凝固時間(activated coagulation
ベル A).ワルファリン療法にもかかわらず脳梗塞また
time: ACT)を 200 秒前後に維持することが望ましい.
は TIA を再発した人工弁置換患者には低用量アスピリン
経皮的心肺補助(percutaneous cardiopulmonary support:
の併用が推奨される(レベル B).脳梗塞または TIA を
PCPS)開始時には全身ヘパリン化(100 単位 /kg)を行う.
生じた生体弁置換患者で,他の塞栓源がない場合には
駆動開始後,ヘパリンコーティング回路を用いる場合
PT-INR2 ∼ 3 のワルファリン療法が推奨される(レベル
に ACT を 180 ∼ 200 秒前後に維持するようにヘパリンを
B).感染性心内膜炎患者では抗凝固療法は禁忌である.
投与する.通常回路を用いる場合には ACT を 250 ∼ 300
人工弁に起因する感染性心内膜炎に対しては原則として
秒に維持する.なお,離脱を計るために流量を 2L/ 分以
出血に注意しながら抗凝固療法は継続するが,脳塞栓症
下にする場合には目標 ACT を増加する.補助人工心臓
を合併した場合には抗凝固療法を中止し,CT 所見によ
(ventricular assist system: VAS)装着手術時には,通常
り再開時期を決定する.人工弁に起因する感染性心内膜
の体外循環を用いた手術と同様に行う.また,体外循環
炎に手術を考慮しなければいけない場合にはヘパリンの
終了後はプロタミンでヘパリンの中和を行う.装着手術
静脈内投与に切り替えておく.感染性心内膜炎の脳塞栓
後早期には,システムに応じた抗凝固・抗血小板療法を
症予防にアスピリンが有効であるとのエビデンスはな
開始する.安定状態に入れば,臨床症状に応じて維持期
い.非細菌性血栓性心内膜炎では,反復性の塞栓症を生
の抗凝固・抗血小板療法を行う.
じる場合,特に凝固亢進状態が存在する場合には抗凝固
療法が行われるが,その有効性は証明されていない.
3)心房細動以外の不整脈
心房細動を合併した心房粗動患者でも心房細動患者と
同程度に脳卒中リスクが高いので,このような症例に虚
2
心疾患の非薬物療法に伴う
脳血管障害の病態と治療の留意点
①心大血管手術の周術期脳卒中の頻度と危険因子
血性脳血管障害を生じたらワルファリン療法の適応とな
周術期脳卒中は大半が脳梗塞であるが,術中に生じる
る(レベル B).洞不全症候群,特に徐脈頻脈症候群患
脳梗塞は大半が大動脈粥腫などからの塞栓で,灌流圧の
者に虚血性脳血管障害を生じたらワルファリン療法が推
低下のみによるものは少ないと考えられている.術後一
奨される(レベル B).洞不全症候群に対して VVI 型ペ
度麻酔から覚醒した後に生じる脳梗塞は心房細動が最も
ースメーカを植え込んだ患者では AAI 型のような生理
大きな原因であるが,最近は後述するヘパリン起因性
的ペースメーカを植え込んだ患者より塞栓症発症率が高
血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia:HIT)
いので,このような症例に虚血性脳血管障害を発症した
によるものも注目されている.術前に評価できる危険因
らワルファリン療法が推奨される(レベル B).心房細
子は表 5 のようなものがあげられている.術前に危険率
動に対する肺静脈へのカテーテルアブレーションでは,
を予測するためのスコアも提案されている(表 6).
経験的に積極的な抗凝固療法が行われており,アブレー
ション後 24 時間はヘパリン,その後は 1 ∼ 3 ヶ月間ワル
②心大血管手術周術期脳血管障害の予防対策
ファリンが投与される.虚血性脳血管障害合併例ではワ
術中に発症する脳卒中の予防対策としては,動脈硬
ルファリン療法の継続が推奨される.
化の強い症例では大動脈粥腫からの塞栓が最も大きな
4)卵円孔開存
問題となるので,できるだけ大動脈に触れない no touch
虚血性脳血管障害と卵円孔開存の合併患者では抗血小
technique,大動脈粥腫を術中エコーで確認しながら送
板療法でよいが,抗リン脂質抗体症候群や先天性血栓性
血管や脱血管を挿入したり,クランプをかけるなどの注
素因のような血液凝固異常症や深部静脈血栓症を合併し
意が必要である(レベル B).術後脳障害が生じるリス
ているような高リスク患者ではワルファリン療法が推奨
クの高い症例には off-pump CABG が推奨される(レベ
される(レベル B).抗血小板療法中に虚血脳血管障害
ル B).術後,一度麻酔から覚醒した後に生じる脳梗塞
を再発した卵円孔開存患者にはワルファリン療法が推奨
の最大の原因は心房細動である.抗不整脈剤の投与など
される(レベル C).
による心房細動の予防,術後の心電図モニタリング,心
房細動が起こった場合の抗凝固療法が対策としてあげら
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1557
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
から(約 3 週間後までに)発症することもまれながらあ
れる(レベル B).
る.ヘパリン使用例では,血小板数の変動に注意が必要
③ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)
である.臨床診断には 4T’s スコアリングシステムが有
通常ヘパリン投与開始後 5 ∼ 10 日で発症するが,抗
用とされている(表 7).
体陽性例にヘパリンを投与すると数分から数時間で発症
治療に関してはまず HIT の可能性が高ければまずヘ
することもある.また,ヘパリン中止後,しばらくして
パリンを中止することが最も大事である.その後,表
8 の HIT 治療ガイドラインに沿って治療することが望ま
表 5 周術期脳血管障害の危険因子
〈術前の危険因子〉
高齢者(70 歳以上)
女性
高血圧,糖尿病,腎機能障害(クレアチニン >2mg/dl),
喫煙,慢性閉塞性肺疾患,末梢血管疾患,心疾患(冠動
脈疾患,不整脈,心不全)
,収縮障害(ejection function
<40%)
脳卒中,TIA の既往
頚動脈狭窄(特に症候性)
上行大動脈の粥状硬化
抗血栓薬の中断
〈術中の危険因子〉
手術の種類や手技
麻酔の種類
手術時間,心肺バイパスや大動脈クランプの時間
大動脈粥腫病変の操作法
不整脈,低血糖,低血圧,高血圧
〈術後の危険因子〉
心不全,低心機能,心筋梗塞,不整脈(心房細動)
脱水,失血
高血糖
表 6 CABG 施行例の周術期脳卒中リスク推測モデル
危険因子
年齢
60 ∼ 69 歳
70 ∼ 79 歳
80 歳以上
緊急手術
準緊急
緊急
女性
Ejection fraction 40%以下
血管疾患 *
糖尿病
クレアチニン 2mg/dl 以上または透析
総点数
0∼1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
重み付け
1.5
2.5
3.0
1.5
3.5
1.5
1.5
1.5
1.5
2.0
脳卒中リスク(%)
0.4
0.6
0.9
1.3
1.4
2.0
2.7
3.4
4.2
5.9
7.6
> 10.0 * 血管疾患は脳梗塞,TIA,血管手術施行例,頚動脈狭窄,下
肢切断を含む.
1558
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
しいが,我が国ではアルガトロバンが最もよく用いら
れている.HIT 発症患者で,どうしてもヘパリンの使用
が必要な患者(例えば,人工心肺使用など)では,抗
PF4/heparin 抗体が陰性化するまで待機し,必要最低限
のヘパリンを一時的に使用することが推奨されている.
HIT の予防には不必要なヘパリンの投与を避けることが
重要である.
④脳血管障害急性期の心大血管手術
一般に脳血管障害急性期症例の心大血管手術は少なく
とも 1 ヶ月以上経過した後に行うことが望ましいとされ
ているが,最も手術時期が問題になるのは,感染性心内
膜炎による脳塞栓症の場合である.1 ヶ月以上抗菌薬に
よる治療を行った群の方が予後がよいとされているが,
その間に再発する危険性も高い.むしろ早期に手術をし
表 7 4T’s スコアリングシステム
1.血小板減少(Thrombocytopenia)
2 点:最低値が 2 ∼ 10 万 /μL(少なくとも30%以上の低下)
もしくは 50%を超えた低下(ただし 2 万 /μL 以上)
1 点:最低値が 1 万 /μL ∼ 2 万 /μL 未満もしくは30 ∼ 50%
の減少(あるいは心臓外科手術後 50%を超える減少)
0 点:最低値が 1 万 /μL 未満または 30%未満の減少
2.血小板減少,血栓症,その他の続発症の発生時期(Timing
of platelet count fall, thrombosis or other sequelae)
2 点:ヘパリン投与後 5 日∼ 10 日の明確な発症.もしく
は過去 30 日以内のヘパリン投与歴のある場合の 1 日
以内の発症
1 点:ヘパリン投与後 5 日∼ 10 日の不明確な発症(例え
ば過去に血小板数が測定されていなかった).10 日
以降の血小板減少.過去 31 日から 100 日以内のヘ
パリン投与歴のある場合の 1 日以内の発症
0 点:今回のヘパリン投与による 4 日以内の血小板減少
3.血栓症やその他の続発症(Thrombosis or other sequelae :
e.g. skin lesion, acute systemic reaction)
2 点:新たな血栓症の発症.皮膚の壊死.ヘパリン大量投
与時の急性全身反応
1 点:血栓症の進行や再発.皮膚の発赤.血栓症の疑い.
症状のない上肢の深部静脈血栓症
0 点:なし
4.他の血小板減少の原因がない(Other cause for thrombocytopenia not evident)
2 点:明らかに血小板減少の原因が他に存在しない
1 点:他に疑わしい血小板減少の原因がある
0 点:他に明確な血小板減少の原因がある
4 つのカテゴリーの点数の総和で判断
HIT である確率 6 ∼ 8 点:高い,4 ∼ 5 点:中間,0 ∼ 3 点:低い
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
た方が予後がよかったという報告もあるので,脳梗塞後
72 時間以内の早期に手術を行うという選択肢も考慮し
てもよいと思われる.
れる.
3
生活管理の留意点
⑤ PCI に伴う脳血管障害
①食事について
PCI 例では大動脈粥腫が合併していることも多いた
減量と減塩を組み合わせると,血圧管理並びに心血管
め,カテーテル操作による脳塞栓症の危険性がある.ま
病予防により有用であるとされている(レベル A).食
たヘパリンを用いるため HIT が生じる可能性も念頭にお
塩の摂取は,欧米では大規模臨床試験の成績を根拠に
いておく必要がある.
6g/ 日未満が推奨されており(レベル A),我が国でも高
⑥大動脈原性脳梗塞
血圧治療ガイドライン 2004 で同様の食塩制限を目標と
している.野菜・果物の積極的摂取及びコレステロール・
上行大動脈から弓部大動脈粥腫が脳梗塞の塞栓源とし
飽和脂肪酸の摂取制限を同時に行うことにより降圧が期
て重要であり,4mm 以上の粥種,潰瘍のあるもの,可
待できることが示唆され,複合的な食事の改善が推奨さ
動性プラークが脳梗塞発症と関連性が高いことが分か
れる(レベル A).
っている.検査法としては経食道心エコー検査が最も感
度が高いが,死角があるので注意が必要である.らせん
②水分摂取について
CT でも大動脈粥腫を検出できるが,解像度が劣り,可
一般に水分量は一日の尿量(約 1 ∼ 1.5L)を目安とし
動性の評価はできない.大動脈粥腫は冠動脈病変との合
て摂取量を設定する.特に夏期や運動時など多量の発汗
併例が多いので冠動脈疾患に対して手術や血管内治療を
を伴う場合や下痢,嘔吐がある場合は脱水に陥りやすい
行う場合には特に注意を要する.大動脈原性脳梗塞に対
ため,やや多めに摂取するよう心がける.慢性心不全や
しては,抗血小板剤や抗凝固薬が使われているが,その
虚血性心疾患の合併のため心機能が十分保たれていない
有効性についてまだ明らかなエビデンスはない.また内
場合には,個々の症例に応じた水分量を規定する必要が
科治療抵抗例に対して大動脈置換術やステント留置術を
ある.
施行したという報告もあるが少数例であり,適応は限ら
表 8 HIT 治療ガイドライン
1.血栓を合併した急性期 HIT 患者に対しては以下の抗凝固薬
を使用
アルガトロバン
ダナパロイドナトリウム:数%以下に抗 PF4/heparin 抗
体との交差反応がみられる(国内添付文書では禁忌扱
い)
lepirudin:国内未発売
bivalirudin:国内未発売
2.血栓合併のない急性期 HIT 患者であっても,血栓を続発す
るリスクが高いため,上記の抗凝固薬を血小板数が回復
するまで使用.エコー検査にて深部静脈血栓症の検索が
必要.
3.急性期 HIT 患者に対しては,四肢壊疽を起こすリスクがあ
るため,ワルファリン単独治療は行わない.アルガトロ
バン,ダナパロイドナトリウム,lepirudin などのトロンビ
ン生成を抑制する薬剤を用いて適切な抗凝固がなされて
いる急性期 HIT 患者に対しては,ワルファリンの併用は安
全.しかし,
ワルファリンは,
血小板数が10万 /μl 以上
(15
万を推薦)に回復するのを待って,慎重に使用するべき.
維持量で開始し,最低 5 日間はトロンビン生成を抑制する
抗凝固薬と併用.血小板がプラトーに達し,少なくとも 2
日間 INR が目標値となるまでは,併用継続.
4.HIT/HITTS 発症時にワルファリンを使用していた場合には,
VKAs を用いてリバースを行う.
5.低分子ヘパリンは HIT 患者に対して禁忌.
6.急性期 HIT が疑われる患者に対して,アクティブな出血が
ある場合を除いて,予防的な血小板輸注を行わない.
③運動について
一般に軽度の有酸素運動(最大酸素摂取量の 50 %程
度の軽い運動)を 1 日 30 分以上,できるだけ毎日定期
的に行うことが適当とされている.しかし,症例ごとに
運動療法の適応や禁忌,リスクの評価を慎重に行う必要
がある.また転倒を予防する観点から,運動を行う環境
の調整も必須である.運動負荷試験は心臓リハビリテー
ションにおける運動療法の適応を決定する上で有用であ
る.
④禁煙について
禁煙が推奨される.
⑤飲酒について
脳卒中一般の危険因子の管理として脳卒中の予防には
多量の飲酒を避けるべきである.さらに脳梗塞慢性期で
の危険因子の管理と再発予防として適量を超える飲酒は
脳梗塞の発症を増加させるが,少量飲酒は脳梗塞の発症
率を低下させる.
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1559
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
を示す.
⑥その他
その他の脳血管障害の危険因子として,年齢,感染症,
睡眠障害,ストレスがあげられる.
GFR(ml/min/1.73m2)= 194 × Cr −1.094 × Age −0.287
× 0.739(女性の場合)
この推算式ではクレアチニン値は酵素法で測定したも
腎機能障害を合併した
心疾患の管理
Ⅲ
のを使用する.
蛋白尿の評価
2
尿蛋白量は 24 時間蓄尿で評価することが望ましいが,
不可能な場合にはスポット尿の蛋白量と尿 Cr を測定し
腎機能障害を合併した心疾患の管理に関する勧告
て,蛋白 g/g・Cr 比で表すする.24 時間畜尿した 1 日尿
蛋白量とスポット尿による蛋白 g/g・Cr 比は比較的よく
心血管疾患患者は検尿と腎機能を評価すべきである
(クラスⅠ)
腎機能は糸球体濾過量(GFR)で評価すべきである(ク
ラスⅠ)
蛋白尿は g/g クレアチニンで評価すべきである(クラ
スⅡ a)
造影剤腎症の予防には生理食塩水や重曹等の補液を行
相関する(レベル A).1 日尿蛋白が 0.5g/day 以上は将来
的に腎機能が低下する可能性がある.微量アルブミン尿
は 30 ∼ 299mg/gCr の範囲の蛋白尿をさす.
腎生検の適応と注意点
3
①適応と禁忌
う(クラスⅡ a)
血尿や蛋白尿などの検尿異常や原因不明の腎機能障害
腎性貧血のヘモグロビンの治療目標到達値は 10-12g/
などが腎生検の主な適応病態である.血尿単独例の場合,
dl である(クラスⅡ a)
泌尿器科的疾患との鑑別が重要であるが,肉眼的・持続
透析導入は厚生科学研究班の基準を用いて判断する
的血尿例,尿沈渣で変形赤血球や赤血球円柱を認める例
(クラスⅠ)
虚血性腎症 / 腎動脈狭窄には血行再建が有用である
(クラスⅡ a)
腎機能が低下しているほどレニン・アンジオテンシン
など,糸球体腎炎,遺伝性腎炎,菲薄基底膜症候群など
が疑われる場合に腎生検を施行する.一般的には,1 日
0.3g 以上の尿蛋白陽性例や血尿と蛋白尿の合併例では積
極的な適応となり,成人のネフローゼ症候群や全身性エ
(RA)系抑制薬の心血管保護作用が期待される(クラ
スⅡ a)
糖尿病腎症は心血管事故のリスクが特に高い(クラス
Ⅰ)
表 9 慢性腎臓病(CKD)の定義
①尿異常,画像診断,血液,病理で腎障害の存在が明らか
─特に蛋白尿の存在が重要─
② GFR < 60ml/min/1.73m2
①,②のいずれか,または両方が 3 ヶ月以上持続する
1
腎機能障害患者の評価
腎臓病を早期に発見し,腎不全とともに心血管病の発
表 10 慢性腎臓病(CKD)のステージ分類
病期
ステージ
症を阻止する目的で慢性腎臓病(chronic kidney disease:
CKD)の概念が導入された.CKD の定義とステージ分
類を示す(表 9,10).
1
糸球体濾過量(Glomerular filtration
rate: GFR)の評価
腎機能は GFR をもって評価する.日本人の GFR の正
常値は 80 ∼ 100ml/ 分 /1.73m2 である.日本人用の GFR
推算式が日本腎臓学会で作成されている.以下に推算式
1560
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1
2
3
4
5
進行度による分類
GFR
ml/min/1.73m2
ハイリスク群
≧ 90
(CKD の リ ス ク フ ァ ク タ
ーを有する状態で)
腎障害は存在するが, ≧ 90
GFR は正常または亢進
60 ∼ 89
腎障害が存在し,
GFR 軽度低下
GFR 中等度低下
30 ∼ 59
GFR 高度低下
15 ∼ 29
腎不全
< 15
重症度の説明
透析患者(血液透析,腹膜透析)の場合には D,移植患者の場
合には T をつける.
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
リテマトーデスを代表とする膠原病,急速進行性糸球体
される.また最近,体外循環により体液量を是正する方
腎炎(半月体形成性糸球体腎炎等の血管炎症候群)では
法の有効性が報告されている.
腎病変の組織学的評価が治療法を決定する上で重要な情
利尿薬抵抗性の改善のためには,①ラシックスと少量
報をもたらす.腎生検の禁忌となる病態に関して,機能
のアルブミンを混ぜてから使用する,②腎血流を増加さ
的片腎,活動性の感染症(腎盂腎炎,腎膿瘍,腎結核,
せる,③アシドーシスを是正する,④利尿薬の分泌に拮
敗血症など),出血傾向,嚢胞腎,慢性腎不全,水腎症,
抗する薬剤(βラクタム系抗生剤等)の使用を避けるな
妊娠,呼吸障害,重症高血圧などが禁忌として考えられ
どの対処が勧められる.
る.安静が不可能な重症心不全も禁忌として挙げられる.
最も問題となるのは出血傾向で,血小板数,出血時間,
②慢性期の水・ナトリウムの管理:
凝固時間,PT/APTT などを検査して総合的に評価する.
食塩制限が最も重要である.ただし,RA 系阻害薬の
腎の形態,大きさの異常の評価には腎超音波検査が有用
服用下では極端な食塩摂取制限は低血圧や低ナトリウム
である.
血症を起こすので,腎機能,血清及び尿中電解質の定期
心疾患患者に特有な問題として抗凝固薬や抗血小板薬
的なチェックと家庭血圧の測定を指導する.
を服用している場合がある.このような場合,腎生検前
利尿薬はできるだけ長時間作用型を使用するのが望
から内服を中止する必要があるが,中止による影響も考
ましいが,GFR が 30ml/ 分 /1.73m2 以上ならサイザイド,
慮しなくてはならない.血栓塞栓症のハイリスク患者で,
それ未満ならループ利尿薬を使用する.ループ利尿薬の
抗凝固療法(ワルファリン)の中断を避けることが望ま
みで体液量がコントロールできないときにはサイアザイ
しい場合は,ヘパリンに切り替えて腎生検前後の数時間
ド系利尿薬の併用も有効である.また,定期的に電解質
のみ抗凝固療法の中断を行う.
異常に注意することも重要である.ループ利尿薬ではマ
4
腎機能障害を合併した患者での
バイオマーカーの評価
腎機能障害を有する患者での心筋バイオマーカー
グネシウム欠乏をきたすことがあり(特にアルコール常
飲者),低カリウム血症や低カルシウム血症の原因とな
る.しかし,カリウムやカルシウムの補充はあまり有効
でなく,マグネシウム補充のみが有効である.また腎機
である脳性ナトリウム利尿ペプチド(brain natriuretic
能障害患者でおいては,RA 系阻害薬は高カリウム血症
peptide: BNP,N-terminal proBNP)の測定は,個々の症
と腎機能の低下,β遮断薬,抗アルドステロン拮抗薬は
例の治療経過を観察する際には有用であるが,心不全診
高カリウム血症に注意する.標準的な治療を受けている
断マーカーとして用いる場合には各マーカーが加齢や腎
心不全患者に抗アルドステロン拮抗薬(スピロノラクト
機能低下に伴い上昇する傾向を有することから,腎機能
ンあるいはエプレネロン)を追加投与すると予後が改善
に応じた基準値を採用することと他の検査所見と総合し
することが報告されているが,これは本剤の利尿効果よ
て解釈する必要がある(レベル B).
りも心筋線維化の抑制が主な効果を発揮していると考え
2
心疾患診療にみられる
腎障害の発症の病態と対策
られる(レベル A).
2
造影剤腎症
①定義
1
心不全
①急性増悪期の水・ナトリウムの管理:
まず,尿量と尿中の電解質排泄量を測定して出納を計
算しながら治療を行う.心不全の急性増悪期では,早期
からヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド(human atrial
造影剤腎症は造影剤が使用された後 48 時間から 120
時間位までの間に血清クレアチニン値が使用前と比して
25 %以上の上昇もしくは 0.5 mg/dl 以上の上昇を認めた
場合と定義される.
②頻度
natriuretic peptide: α hANP)とループ利尿薬の持続(ま
頻度は報告によって差があるが,腎機能が正常(GFR
たは,少量頻回)投与は腎障害を予防するのに有効と考
で 60ml/ 分 /1.73m2 以上)である場合には 10 %以下と考
えられる.低用量ドパミンは腎血流の確保を期待して用
えられている.さらに透析治療を必要とされるのは数%
いられてきたが,長期的な腎保護効果は期待できないと
以下とされている.
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1561
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
ベル B).
③危険因子
② N-acetyl cysteine:造影剤投与 24 時間前に 600mg 1 日
腎機能障害と糖尿病が最大の危険因子とされており,
2 回さらに投与後 48 時間まで 600mg 1 日 2 回とするのが
それらに加えて,高齢,心不全,低血圧,低アルブミン
標準的投与方法と考えられる(レベル B).
血症,末梢血管疾患,貧血があげられている.また造影
③血液浄化法:造影剤投与後に血液浄化法の有効性に関
剤をショックの患者に用いた場合も容易に造影剤腎症を
しては現時点では明確ではない(レベル C).
発症するとされている.これらの危険因子をスコアとし
て算出し,造影剤腎症発症さらには透析療法が必要とさ
れる確率を検討した成績を示す(図 4).この表には記
現時点では有効な治療法はなく急性腎不全もしくは慢
載されていないが,薬剤の影響,特に以下の薬剤の服用
性腎不全の急性増悪が認められた場合には血液透析治療
の有無について注意を払うことが重要と思われる.
が必要となる.
①非ステロイド性抗炎症薬:造影剤腎症になりやすい可
能性が指摘されている.
3
コレステロール塞栓症
②降圧薬:降圧薬特に RA 系阻害薬は危険因子になると
診断のためにはまず本症を疑うことが大切となる.確
いう報告と逆に造影剤腎症を予防するという報告があり
定診断は皮膚生検や腎生検によるが,必ずしも容易では
充分なコンセンサスが得られていない.
ない.検査所見では好酸球増多や CRP の軽度上昇がみ
③利尿薬:多くの専門家は造影剤使用の少なくとも 24
られる.尿蛋白や潜血もみられるが,高度な異常を示す
時間前には利尿薬の使用を中止した方がよいと考えてい
ことはまれである.大切なことは臨床経過であり,危険
る.
因子のある患者では皮膚所見を丁寧に観察するととも
④メトフォルミン:12 時間前までに投与を中止した方
に,それまでなかった尿異常が出現する,CRP が上昇
がよいとする意見がある.
してくるなどの所見を総合して診断することになる.治
療としては確立したものはないが,副腎皮質ステロイド,
④予防策
スタチンの投与が有効であるとされる(レベル C).早
現時点で,造影剤腎症の決定的な予防策はないと考え
期発見,早期治療が重要であるので,危険群(高齢者,
てよい.
男性,喫煙歴,高血圧)での血管内操作後は,自覚症状,
①食塩水:多くの施設で行なわれている方法は 0.45 %
尿所見,腎機能などを数週間にわたり注意深く観察する
もしくは 0.9%食塩水(生理食塩水)を用いる方法であ
必要がある.
る.いずれの濃度の食塩水を用いるとしても投与量と
しては 1ml/kg/ 時で造影剤投与 12 時間前から開始し,投
4
チアノーゼ性腎症
与後 12 時間まで行うことが多い.かつ最近ではこれに
チアノーゼ性腎症(cyanotic nephropathy)はチアノ
NaHCO3154mEq/L の重曹輸液により尿のアルカリ化を
ーゼ性先天性心疾患(cyanotic congenital heart disease)
はかることも効果があるとする報告もなされている(レ
に高率に合併する腎障害である.本症の症状は,進行性
危険因子
低血圧
図 4 造影剤による腎症及び透析となる危険因子からの予測スコア
スコア
5
IABP
5
心不全
5
75 歳以上
4
貧血
3
糖尿病
3
造影剤使用量
血清クレアチニン>1.5mg/dl
あるいは
GFR<60ml/min/1.73m2
1562
⑤治療法
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
危険スコア
造影剤腎症
透析
≦5
7.5%
0.04%
6 to 10
14.0%
0.12%
100cc ごとに 1
11 to 16
26.1%
1.09%
4
≧16
57.3%
12.6%
計算
IABP:バルーンパンピング
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
の蛋白尿,血液生化学検査上の腎機能障害という非特異
的なものであるが末期腎不全に進行することもある.本
②微量アルブミン尿
症に対して ACE 阻害薬,部分交換輸血が有効であった
臨床上は微量アルブミン尿の存在により早期腎症と診
との報告があるが,その有効性,安全性を示した臨床試
断される(表 12).
験はなく,
本質的には原疾患の治療以外に治療法はない.
逆に,原疾患の治療によって腎症状も改善するとの報告
1)血糖コントロール
がある.
3
糖尿病腎症に関しては経口糖尿病薬による治療より
腎疾患と心疾患との関わり
:病態と治療
も,インスリン治療による厳格な血糖のコントロールが
求められる(レベル B).HbA1c,空腹時血糖,食後 2
時間の血糖あるいは一日のうち 3 回食前食後に血糖を測
定することが必要である.HbA1c,血糖のコントロール
糖尿病腎症
1
③治療
に関しては,糖尿病学会の基準を参考にする.
2)RA 系阻害薬
①診断
RA 系阻害薬は微量アルブミン尿,尿蛋白を減少させ,
糖尿病腎症と診断する際には,糖尿病の患者に蛋白尿,
ひいては腎障害の進行を防ぐ(レベル A).しかし RA
微量アルブミン尿が認められたからといって簡単には確
系抑制薬を用いたとしても降圧が充分になされなけれ
診できないことに留意すべきである.最も確実な方法は
ば,アルブミン尿や蛋白尿を充分には減少させることが
腎生検である.糖尿病腎症に見られる変化が腎生検標本
できない(レベル B).ACE 阻害薬か ARB のいずれがよ
に認められれば診断が可能となる(表 11).糸球体病変
いかは結論がつけられていない.使用法は少量から開始
に加えて細動脈の硝子様変性は大きな特徴である.腎生
し,アルブミン尿,あるいは蛋白尿の減少効果をみる.
検以外には網膜症が先行もしくは並行して出現していれ
この際,血清クレアチニンが 30 %以下の上昇の範囲に
ば糖尿病腎症として診断をしてよいと考えられている.
あることを確認しながら,RA 系阻害薬の用量を調節し
上記の アルブミン尿,網膜症,腎生検が糖尿病腎症の診
てアルブミン尿または蛋白尿をできるだけ減少させる.
断をする上でポイントとなる.
また高 K 血症(血清 K 値で 5.0mEq/L 以上)の出現にも
注意する.
表 11 糖尿病腎症病期分類
病期
臨床的特徴
尿蛋白(アルブミン)
GFR(Ccr)
正常
正常
時に高値
微量アルブミン尿
正常
時に高値
持続性蛋白尿
ほぼ正常
第1期
(腎症前期)
第2期
(早期腎症)
第3期 A
(顕性腎症前期)
第3期 B
持続性蛋白尿
(顕性腎症後期)
第4期
持続性蛋白尿
(腎不全期)
第5期
透析療法中
(透析療法)
低下
著明低下
(血清クレアチニン上昇)
病理的特徴
(糸球体病変)
びまん性病変:ない─軽度
びまん性病変:軽度─中程度
結節性病変:時に存在
中程度
結節性病変:多くは存在
びまん性病変:高度
結節性病変:多くは存在
荒廃糸球体
備 考
(主な治療法)
厳格な血糖コントロール
降圧治療
厳格な血糖コントロール
降圧治療・蛋白制限食
厳格な血糖コントロール
蛋白制限食
厳格な降圧治療
蛋白制限食
厳格な降圧治療
低蛋白食・透析療法導入
移植
表 12 糖尿病腎症早期診断基準:「微量アルブミン尿」の基準
1
2
3
測定対象
必須事項
尿中アルブミン値
参考事項
尿中アルブミン排出率
尿中Ⅳ型コラーゲン値
腎サイズ
尿蛋白陰性か陽性(+ 1 程度)の糖尿病患者
30 ∼ 299 mg/gCr 3 回測定中 2 回以上
30 ∼ 299 mg/24hr または 20 ∼ 199 μg/min
7 ∼ 8 μg/gCr 以上
腎肥大
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1563
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
3)血圧コントロール
る.また GFR が 30ml/min 未満ではガドリニウムの投与
糖尿病腎症では 125/75 mmHg 以下を降圧目標とする
は避けるべきである.
(レベル B).
4)脂質のコントロール
LDL コレステロールは 100mg/dL 以下,中性脂肪は
内科的治療と血行再建を比較すると,全体としては血
150mg/dL 以下にコントロールする.
行再建の方が血圧コントロール及び腎機能保持の両面で
5)蛋白制限
優れている(レベル A)が,その差は予想外に小さい.
0.8g/kg 体重前後がよいと考えられる.
血行再建により血圧や腎機能の改善が得られない症例も
6)糖尿病腎症患者の冠動脈病変の治療
少なくない.逆に,内科的治療でも両者を十分にコント
病期によって適切な治療法は異なる.造影剤腎症の項
ロールできる症例が少なからず存在する.現状での治療
でも述べられているが,糖尿病や腎機能障害は造影剤腎
方針やカテーテル治療の適応は,図 5 に示した通りであ
症の発症要因として重要視されている.PCI では造影剤
る.個々の症例で合併している冠動脈疾患や脳梗塞など
が使用されるため造影剤腎症に注意が必要であり
の重症度が異なるため,治療方針の決定には個別対応が
CABG では麻酔や手術による侵襲が腎機能障害を引き
求められる.
起こす危険性などがあり,両者ともにそれぞれ問題点を
有している.また糖尿病腎症では一般に蛋白尿が出現し
3
ネフローゼ症候群
てから透析導入までの期間が数年から 5 年前後とされて
ネフローゼ症候群は,3.5g/ 日以上の尿蛋白量,低蛋
いること,また透析導入前にしばしば心血管事故を起こ
白血症(低アルブミン血症),高コレステロール血症,
すことがあるため,どの治療法がどの病期に最も適して
浮腫を主症状とする腎疾患である.ネフローゼ症候群の
いるかの決定は難しい.透析を行っている糖尿病腎症患
治療としては,副腎皮質ステロイド薬以外に免疫抑制薬
者で PCI と CABG を比較した成績では 3 年間での死亡率
が使用される.近年では,ネフローゼ治療の目的のみな
に差異はないが副作用で PCI が CABG を大きく上回る
らず,合併症予防を考慮して,抗凝固薬,抗血小板薬,
こと,再狭窄率が多いことが報告されている.また糖尿
スタチンが積極的に併用される.ネフローゼ症候群でも,
病腎症と非糖尿病腎症とを分けていないが前者が 50 %
スタチンによる高脂血症改善効果が報告されている(レ
以上含まれる薬物治療と PCI のランダム化比較試験では
ベル C).ネフローゼ症候群の治療として,通常は,ア
PCI の 5 年生存率は薬物治療より良好であった報告があ
ルブミン補充は積極的には勧められない.しかし,膠質
浸透圧低下による循環不全があると判断される場合は,
る.
2
虚血性腎症 / 腎動脈狭窄
①診断手順
1564
②管理指針
必要に応じ補充を行なう.
4
腎性貧血
慢性腎臓病のステージ 3 ∼ 5 では腎性貧血の有無を確
疑わしい患者を特定し,その上で最終的には血管造影
認する必要がある.日本透析医学会は,Ht 30 ∼ 33%が
により確定診断を行う.反復性の急性左心不全,特に収
最も良好な予後を示しており,血液透析患者に対する組
縮能の保持された拡張期心不全では本症の合併を疑う必
み換え型ヒトエリスロポエチン療法の目標 Hb(Ht)値
要がある.蛋白尿や,腎機能障害があればさらに確率は
として,週初めの透析前採血による値で Hb 値 10 ∼ 11
高くなる.腎動脈狭窄のスクリーニングとしては,腎血
g/dl(Ht 値 30 ∼ 33 %)を推奨している.欧米でも,こ
流ドプラ,造影剤を用いたコンピューター断層血管造
れまでのエビデンスに基づき腎性貧血のガイドラインが
影(CTA)及び核磁気共鳴血管造影(MRA)が有用で
作成されている.今回改訂された我が国の腎性貧血治療
ある.狭窄の機能的有意性が示唆されるときには,血管
ガイドラインでは,対象を血液透析患者だけでなく,保
造影(DSA)にて確定診断し,適応があれば,引き続
存期慢性腎不全患者,腹膜透析患者,小児慢性腎不全患
き,経皮経管血管形成術及びステント挿入を行う.造影
者に拡大した.目標 Hb 値については,一般の血液透析
剤腎症や腎動脈塞栓症には注意する.機能的に有意な狭
患者では 10 ∼ 11g/dl を,活動性の高い比較的若年者で
窄は 狭窄率が 50 ∼ 70%で,かつ収縮期圧較差 20mmHg
は 11 ∼ 12g/dl を推奨し,腹膜透析患者や保存期慢性腎
以上(あるいは平均血圧較差 10mmHg 以上),狭窄率 70
不全患者では 11g/dl 以上を推奨した.欧米のガイドライ
%以上と定義され,これを満たせば血行再建術を考慮す
ンと異なって腎不全患者の治療形態によって差を設けた
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
図 5 虚血性腎症の管理ガイドライン
動脈硬化に対する生涯治療
RAS>50%
定量的評価
RAS>50%でかつ
至適降圧薬療法
・血圧
・クレアチニンクリアランス
・尿蛋白
・分腎機能
・腎サイズ
・腎動脈狭窄度
・急性肺水腫の既往
・ACE / ARB による腎機能低下
・コントロール不良の高血圧
・コントロール不良の心不全
・腎機能障害高度
・両側性の高度 RAS
Yes
No
腎サイズ>7.5cm?
6 カ月後に再評価
No
Yes
Significant progression?
Yes
No
血行再建を考慮
薬物療法
6 カ月ごとに再評価
RAS:腎動脈狭窄,BP:血圧,ACEI/ARB:レニン・アンジオテンシン(RA)系抑制薬
表 13 透析導入に関する厚生科学研究班の基準
ことが特徴で,エリスロポエチン製剤の休薬基準を血液
透析患者では Hb12g/dl 以上(比較的若年者では 13g/dl
以上),腹膜透析患者や保存期慢性腎不全患者では 13g/
dl 以上と,目標 Hb 値と休薬基準を別に提示した.
5
透析治療
①適応と選択
透析導入に関する厚生科学研究班の基準を示す(表
13).60 点以上である場合に「客観的に見て透析導入が
妥当である」と判断できるとされている.心疾患を有す
る腎不全患者で強力な利尿薬治療によっても浮腫の管理
ができない場合には透析導入を検討すべきである.
②長期透析患者の心血管疾患
透析患者における心血管系合併症は最も重要な予後規
定因子である.透析患者での心不全は循環血液量の増加
や,右心負荷,心筋拡張不全,弁の石灰化といった多く
の要因が重なり合って引き起こされる.左室拡張障害か
ら心不全をきたすことが多いのも特徴である.また,心
Ⅰ.腎機能
血清クレアチニン(mg/dl)
点数
{クレアチニン・クリアランス(ml/ 分)}
8 以上{10 未満}
30 点
5 ∼ 8 未満{10 ∼ 20 未満}
20 点
3 ∼ 5 未満{20 ∼ 30 未満}
10 点
Ⅱ.臨床症状
1.体液貯留(全身性浮腫,高度の低蛋白血症,肺水腫)
2.体液異常(管理不能の電解質・酸塩基平衡異常)
3.消化器症状(悪心,嘔吐,食欲不振,下痢など)
4.循環器症状(重篤な高血圧,心不全,心包炎)
5.神経症状(中枢・末梢神経症状,精神障害)
6.血液異常(高度の貧血症状,出血傾向)
7.視力障害(尿毒症性網膜症,糖尿病性網膜症)
これら 1 ∼ 7 小項目のうち当てはまる項目数(程度) 点数
3 つ以上(高度)
30 点
2 つ(中等度)
20 点
1 つ(軽度)
10 点
Ⅲ.日常生活障害度
障害程度
点数
尿毒症症状のため起床できないもの(高度)
30 点
日常生活が著しく制限されるもの(中等度)
20 点
通勤,通学,或いは家庭内労働が困難になった場合
10 点
(軽度)
10 歳未満の年少者,65 歳以上の高齢者及び糖尿病患者,膠原
病患者には,10 点を加算する.60 点以上である場合に「客観
的に見て透析導入が妥当である」と判断する.
臓弁膜症の頻度が高く,大動脈弁石灰化,僧帽弁輪石灰
化が特徴的である.
200mL/ 分の血流があれば閉塞することはない.内シャ
バスキュラーアクセス(VA)に関しては,心機能に
ントを押え閉塞させると脈拍が低下するのは,内シャン
問題がなければ VA を造設し心拍出量の一部を VA 血流
トが心拍出量増加による心不全の原因であることを示す
として使用することは問題ない.短絡量が著しく大きい
(Branham の徴候).心負荷とならない恒久的 VA として
場合には高心拍出量性心不全を呈する.また心予備能が
は,動脈表在化(上腕動脈,大腿動脈),動脈ジャンプ
低 い 場 合 心 不 全 の 発 症 に 注 意 す る. 内 シ ャ ン ト は
グラフト(上腕・大腿部),長期留置型血管カテーテル,
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1565
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
大腿静脈穿刺(長めの弾性留置針)などがある.また
去されるため,透析中に不整脈が出現しやすいので,場
PCI での留意点や冠動脈造影を行う場合は大腿動脈から
合によってはカリウムを持続注入して透析を行うことも
のアプローチが望ましい.
考慮する.
6
腎移植
④抗不整脈薬
腎移植前の心疾患合併率は高い.そのため術前に,心
多くの抗不整脈薬は腎排泄性のため,腎機能低下患者
エコー,必要に応じ心筋シンチグラフィー,心臓カテー
で通常量を投与すると中毒を起こすことがある.プロカ
テル検査などにより,心不全,虚血性心疾患の有無を確
インアミド,ジソピラミド,フレカイニド,ピルジカイ
認する.左室駆出率 50 %未満,冠動脈狭窄病変がある
ニド,シベンゾリンでは減量が必要である(表 14)(レ
場合は,加療後に腎移植術を受ける必要がある.
ベル C).リドカイン,メキシレチン,プロパフェノン,
4
心疾患治療と腎障害の関わり
アミオダロン,ジルチアゼム,ベラパミルは通常量を使
用できる(レベル C).プロカインアミドの使用は腎不
全 で は 血 中 薬 剤 濃 度 モ ニ タ リ ン グ(Therapeutic drug
1
monitoring,TDM) を 必 要 と す る. ジ ソ ピ ラ ミ ド は
心疾患の薬物療法
TDM が必要な薬剤である.ピルジカイニドは腎機能に
①腎機能障害時の循環器薬使用方法の注意点
可能な限り肝代謝の薬剤を使用する.しかし,腎代謝
の薬剤しかない場合には腎機能に応じた薬剤使用量の減
量が必要である.特定の薬剤については特に注意が必要
で,中には使用禁忌となっているものもあるので注意を
要する.
者に使用すると血中濃度が上昇し,重篤な低血糖の副作
用が起こることがある.
⑤心不全治療薬
心不全の治療には ACE 阻害薬,ARB,β遮断薬が使
用されるが,ARB とカルベジロールは腎機能による減
②腎機能に応じた薬剤投与量減量の目安
量の必要はない(レベル C).ACE 阻害薬は腎排泄性の
ものが多いが,実際の使用に関しては,効果に応じて量
日本人において GFR は Ccr × 0.72 である(レベル B).
を調節する.ホスホジエステラーゼⅢ阻害薬(ミルリノ
体表面積補正を行った GFR 36ml/min/1.73m (Ccr 50ml/
ン,アムリノン)は腎排泄性の薬剤であり,減量を必要
min)以上では減量の必要はない(レベル C).GFR 36
とする(レベル C).
2
∼ 15ml/min/1.73m2(Ccr 50 ∼ 20ml/min)では通常投与
量の 3 分の 2 ∼ 2 分の 1 を投与するか,間隔をあけて投
⑥カテコラミン
与する.GFR 15ml/min/1.73m2(Ccr 20ml/min)未満で
少量のドパミン(0.5 ∼ 3.0μg/kg/min)は急性腎不全
は 3 分の 1 以下を投与する(レベル C).
のときの尿量を維持し,腎保護作用を示すといわれるが,
また,GFR は体表面積補正をした数値で表されてい
有効性は確立していない(レベル C).ドブタミンは一
るため,体格が大きい場合や小さい場合には,GFR は
般に常用量が用いられ用量調節は行われない.しかし,
過小あるいは過大評価されるため,
(体表面積 A/1.73m2)
少量のカテコラミンでも長期投与すると過剰となり,腎
を掛けて体表面積補正を戻して,薬剤投与量を計算する.
血管収縮を起こし血管抵抗が上昇する.
Doboirの式 A=体重(kg)0.425×身長(cm)0.725×7184×10−6
③透析患者の薬物治療の原則
1566
応じた減量が必要である.シベンゾリンは腎機能低下患
⑦ジギタリス
腎機能低下患者においてジゴキシン,メチルジゴキシ
透析患者への腎排泄性の薬剤投与量は減らす必要があ
ン,デスラノシドは減量の必要がある(レベル C).ジ
る.また,透析性の高い腎排泄性の薬剤は,透析後に 1
ゴキシン血中濃度は測定可能であるのでジゴキシンの使
回投与し,次回の透析までには投与しないことが多い.
用が望ましい.ジゴキシンは正常腎機能では半減期は
降圧薬は,透析の当日は投与しないこともある.高血圧
36 時間であるが,透析患者では約 100 時間に延長する.
の管理上,透析患者の透析前の収縮期血圧で最も生命予
Ccr10 ∼ 50ml/min の 時 は 常 用 量 の 4 分 の 1 ∼ 4 分 の 3 を
後がよいのは 140 ∼ 180mmHg である.透析患者の血清
36 時間ごとに投与する.Ccr < 10ml/min の時は常用量
カリウム値は高い場合が多いが,カリウムは透析中に除
の 10 ∼ 25%を 48 時間ごとに投与する.血中薬剤濃度モ
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
ニタリングにより,濃度を 0.5 ∼ 1.1ng/ml 程度にコント
ロールすることが推奨されるが,腎不全ではジゴキシン
様免疫反応因子(DFLP)が上昇するため,血中濃度が
過大評価される可能性がある.
3
腎機能障害患者における
生活習慣上の注意点
食事療法が必要な病態とそれに対する食事内容の要点
及び期待される効果を表 15 に示す.
⑧利尿薬
腎機能が GFR 30ml/min/1.73m2 未満に低下すると,サ
5
心腎同時保護
1
RA 系抑制薬の心・腎同時保護作用
イアザイド系利尿薬は効果が低くなる.したがって,
GFR が低下した症例ではループ利尿薬を使用すること
が望ましい.サイアザイド系利尿薬はループ利尿薬併用
により,Na 利尿が増加することが報告されている.(こ
腎障害患者への RA 系抑制薬の投与は,積極的に推奨
れらの循環器薬について一覧にして表 14 に示す.)
されるべきである(レベル A).投与約 1 週間後の血清
2
クレアチニン上昇が,前値の 20 %以内であれば,腎保
心疾患の非薬物療法
護作用が発揮されている証拠と考えられる.ただし,こ
れ以上の上昇があれば,更に急速な腎機能低下が起こら
① IABP,PCPS,CRT
ないか厳重な監視が必要である.更に腎機能が悪化する
IABP や PCPS は全身の血行動態を改善し,腎機能の
場合には,RA 系抑制薬を一旦中止し,両側性の腎動脈
保 持 に 働 く と 考 え ら れ る. 心 室 再 同 期 療 法(cardiac
狭窄や尿路通過障害を合併していないかの精査が必要で
resynchronization therapy: CRT)後の心機能の変化と腎
ある.心不全でも腎血流が著減している場合,RA 系抑
機能の変化は密接に関連し,ともに生命予後にも影響を
制薬によって糸球体濾過量が減少して血清クレアチニン
与える.
が上昇することがある.この場合は,一旦減量し低用量
で再開する.血清 K 値が 5.5mEq/l 以上に上昇した場合
②開心術,CABG
も RA 系抑制薬を減量ないし中止し,血液ガス分析を実
術前の腎機能障害は開心術及び CABG の周術期死亡
施する.アシドーシスがあれば HCO3 ≧ 20 mEq/l を維持
や長期予後のリスクである.術後の腎機能低下を予防す
するよう重曹(2 ∼ 5g/day)投与によって補正する.利
るのに有効な手段はいまだ確立されていない.しかし最
尿薬を併用すれば集合管に達する Na を増加させ,Na と
近,BNP を手術開始と同時に使用することにより腎機
交換に K が尿中へ排泄される.それでも高カリウム血症
能の低下を抑制できるとする報告がなされている.
を補正できないときにはイオン交換樹脂の投与も検討す
る.いずれにしても,腎機能低下例に対して RA 系抑制
薬を処方する場合には少量から開始することが原則であ
る.
表 15 食事療法が必要な病態と要点
病 態
糸球体過剰濾過
細胞外液量増大
高血圧
高窒素血症
高カリウム血症
高リン血症
代謝性アシドーシス
食事療法
食塩制限 蛋白質制限
(6g/day 未満)
(0.8 ∼ 0.6g/kg/day)
食塩制限
(6g/day 未満)
食塩制限
(6g/day 未満)
蛋白質制限
(0.8 ∼ 0.6g/kg/day)
カリウム制限
(1,500mg/day 以下)
蛋白質制限 リン制限(mg)
(0.8 ∼ 0.6g/kg/day) (蛋白質 g × 15)
蛋白質制限
(0.8 ∼ 0.6g/kg/day)
効 果
尿蛋白量減少
腎障害進展の遅延
浮腫軽減
降圧,腎障害進展の遅延
血清尿素窒素低下
尿毒症症状の抑制
血清カリウム低下
血清リン低下
血管石灰化抑制
代謝性アシドーシスの改善
2
=身長(m)
× 22
標準体重
(kg)
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1567
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
表 14 腎機能低下時の薬剤投与量
薬剤名
(一般名)
α 遮断薬
ウラピジル
塩酸ブナゾシン
塩酸ブナゾシン
メシル酸ドキサシン
アテノロール
塩酸アセプトロール
β 遮断薬
塩酸カルテオロール
塩酸ベタキソロール
酒石酸メトプロロール
ニプラジロール
ピンドロール
フマル酸ビソプロロール
αβ 遮断薬
塩酸アロチノロール
カルベジロール
アラセプリル
塩酸イミダプリル
塩酸キナプリル
塩酸テモカプリル
阻害薬
A
C
E
塩酸デラプリル
塩酸ベナゼプリル
シラザプリル
トランドラプリル
ペリンドプリルエルブミン
マレイン酸エナラプリル
リシノプリル
オルメサルタンメドキソミル
薬
A
R
B
カンデサルタン
シレキセチル
テルミサルタン
バルサルタン
ロサルタンカリウム
1568
>50
30 ∼ 120mg
分2
3 ∼ 9mg
分1
1 ∼ 15mg
分2∼3
0.5 ∼ 16mg
分1
25 ∼ 100mg
分1
200 ∼ 600mg
分1∼3
Ccr(mL/min)
10 ∼ 50
25mg
分1
<10
HD(透析)
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
25mg
48h ごと
25mg
透析後(週 3 回) ○
分1
腎機能正常者の
腎機能正常者の 25%に減量するなど
50%に減量する
慎重投与
など慎重投与
15mg
7.5mg
3.75mg
分1
分1
分1
2.5 ∼ 10mg
分1
10 ∼ 30mg
分1
5 ∼ 20mg
分1
60 ∼ 120mg
腎機能正常者と同じ
分2∼3
6 ∼ 18mg
腎機能正常者と同じ
分2
5 ∼ 15mg
5 ∼ 10mg
分3
分1∼2
5mg
重篤な腎機能障害のある患者では薬物の代謝排泄が遅延
分1
し作用が増強するおそれがあるので慎重投与
20 ∼ 30mg
腎機能正常者より少量から投与を開始する
分2
2.5 ∼ 20mg
腎機能正常者より少量から投与を開始する
分1∼2
25 ∼ 100mg
25mg
分1∼2
分1∼2
2.5 ∼ 10mg
5mg
減量の必要なし
分1
分1
5 ∼ 20mg
Ccr<30 では低用量(例えば 2.5mg)
2.5mg
分1
から投与
分1
1 ∼ 4mg
1 ∼ 3mg
減量の必要なし
分1
分1
30 ∼ 120mg
減量の必要なし
分1∼2
2.5 ∼ 10mg
2.5 ∼ 5mg
2.5mg
分1
分1
分1
0.25 ∼ 1mg
腎 障 害 で は 1 日 1 回 0.25mg よ り 開 始, 血 清 Cr3mg/dL
分1
以上の場合減量または投与間隔を延長
0.5 ∼ .2.0mg
腎障害では 1 日 1 回 0.5mg より開始,Ccr ≦ 30 または血
分1
清 Cr3mg/dL 以上の場合減量または投与間隔を延長
2 ∼ 4mg
2mg
2mg
分1
24 ∼ 48h ごと
透析日分 1
5 ∼ 10mg
減量など慎重投与
分1∼2
2.5 ∼ 15mg(*) 2.5 ∼ 10mg(*) 2.5 ∼ 5mg(*)
2.5 ∼ 20mg
分 1(*Ccr30mL/ 分以下の場合,投与量を半量もしくは
分1
投与間隔を伸ばす)
10 ∼ 40mg
肝代謝だが開始時は減量など慎重投与 低用量から投与
分1∼2
2 ∼ 12mg
20 から 80mg
分1
40 ∼ 160mg
分1
25 ∼ 100mg
分1
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
透析 濃度
性 測定
?
×
×
×
×
×
×
×
×
△
○
×
×
?
×
○
?
○
○
×
肝代謝だが開始時は減量など慎重投与 低用量から投与
×
肝代謝だが開始時は減量など慎重投与 低用量から投与
×
肝代謝だが開始時は減量など慎重投与 低用量から投与
×
肝代謝だが開始時は減量など慎重投与 低用量から投与
×
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
薬剤名
(一般名)
アゼルニジピン
塩酸エホニジビン
塩酸ジルチアゼム
塩酸ニカルジピン
塩酸バルニジピン
塩酸マニジピン
Ca拮抗薬
シルニジピン
ニソルジピン
ニトレンジピン
ニフェジピン除放剤
ニルバジピン
フェロジピン
ベジル酸アムロジピン
ベニジピン塩酸塩
ベラパミル
その他
降圧薬
酢酸グアナベンズ
冠拡張薬
硝酸イソソルビド
ニコラジル
ニトログリセリン
アデノシン三リン酸ナトリ
ウム
塩酸アミオダロン
塩酸ピルジカイニド
抗不整脈薬・強心薬
塩酸プロカインアミド
塩酸プロパフェノン
塩酸メキシレチン
塩酸リドカイン
コハク酸シベンゾリン
酢酸フレカイニド
ジギトキシン
ジゴキシン
>50
8 ∼ 16mg
分1
20 から 60mg
分1∼2
100 ∼ 200mg
分
40 ∼ 80mg
分2
5 ∼ 15mg
分1
5 ∼ 20mg
分1
5 ∼ 20mg
分1
5 ∼ 10mg
分1
5 ∼ 10mg
分1
20 ∼ 40mg
分1
4 ∼ 8mg
分2
5 ∼ 20mg
分2
2.5 ∼ 5mg
分1
2 ∼ 8mg
分1∼2
120 ∼ 240mg
分3
4mg
分2
40mg
分2
15mg
分3
適量
120 ∼ 300mg
分3
200mg
分2
1回
50mg
分2空
1回
0.25 ∼ 0.5g
3 ∼ 6h ごと
450mg
分3
300 ∼ 450mg
分3
1回
50 ∼ 100mg
300 ∼ 450mg
分3
100 ∼ 200mg
分2
0.05 ∼ 0.1mg
24h ごと
0.25 ∼ 0.5mg
分1
Ccr(mL/min)
10 ∼ 50
HD(透析)
<10
透析 濃度
性 測定
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
重篤な腎機能障害患者では薬物の代謝排泄が遅延し,作
用が増強するおそれがあるので慎重投与
×
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
慎重投与
×
腎機能正常者と同じ同量を慎重投与,場合により減量
?
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
○
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
×
腎機能正常者と同じ
1回
25 ∼ 50mg
分1∼2
1回
0.25 ∼ 0.5g
12h ごと
50mg
分1∼2
75 ∼ 150mg
分2
0.05 ∼ 0.1mg
24h ごと
0.125mg
24h ごと
×
○
×
○
○
○
腎機能正常者と同じ
×
○
腎機能正常者と同じ
×
○
腎機能正常者と同じ
×
○
×
○
×
○
×
○
×
○
1回
25 ∼ 50mg
48h ごと
1回
25 ∼ 50mg
毎 HD 後
1 回 0.25 ∼ 0.5g
12 ∼ 24h ごと
低血糖を起こすた
め禁忌
50 ∼ 150mg
分2
0.025 ∼ 0.075mg 0.025 ∼ 0.075mg
24h ごと
週2∼3回
0.125mg
0.125mg
48h ごと
週3∼4回
25mg
分1
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1569
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
薬剤名
(一般名)
抗不整脈薬・強心薬
ジソピラミド
ピモベンダン
メチルジギキシン
アセタゾラミド
アゾセミド
利尿薬
インダパミド
スピロノラクトン
フロセミド
トリクロルメチアジド
アスピリン
アルピリン・
ダイアルミネート配合
アルガトロバン
塩酸サルボグレラート
抗凝固・抗血小板薬
塩酸ジラセブ
塩酸チクロピジン
ジピリダモール
シロスタゾール
ダナパロイドナトリウム
トラピジル
ヘパリンナトリウム
硫酸クロピドグレル
ワルファリンカリウム
止血薬
1570
トラネキサム酸
>50
300mg
分3
Ccr(mL/min)
10 ∼ 50
150 ∼ 200mg
(20 ≦ Ccr < 50)
分1∼2
150 ∼ 200mg
分1∼2
HD(透析)
<10
100mg
100mg
(Ccr < 20)
分1
分1
腎排泄性なので
徐放製剤は適さない
300mg
分2
5mg
腎機能正常者と同じ
低用量から開始
分2
0.05 ∼ 0.1mg
0.05 ∼ 0.1mg
0.025 ∼ 0.05mg
0.05mg
分1
24h ごと
24 ∼ 48h ごと
週3∼4回
125mg
125mg
125 ∼ 1000mg
禁忌
分1∼4
12 h
週3回
60mg
腎機能正常者と同じ
分1
0.5 ∼ 2mg
慎重投与
分1
50 ∼ 100mg
禁忌
分割
40 ∼ 80mg
腎機能正常者と同じ
分1
2 ∼ 8mg
慎重投与
分1∼2
0.5 ∼ 4.5g
腎機能正常者と同量を慎重投与
分1∼3
81mg
腎機能正常者と同量を慎重投与
分1
6A/day × 2 日+
2A/day × 5 日
(脳血管症急性期)
腎機能正常者と同じ
2A/day
(慢性動・静脈閉塞症)
分2
300mg
腎機能正常者と同じ
分3
300mg
腎機能正常者と同じ
分3
200 ∼ 600mg
腎機能正常者と同じ
分1∼3
75 ∼ 400mg
腎機能正常者と同じ
分3∼4
200mg
腎機能正常者と同じ
分2
1回
血清 Cr2mg/dL 以上の場合は減量も
原則禁忌
1250U
しくは投与間隔をあけ慎重投与
12h
300mg
腎機能正常者と同じ
分3
適量
腎機能正常者と同じ
(APTT2 ∼ 3 倍
延長)
50 ∼ 75mg
腎機能正常者と同じ
分1
適量
腎機能正常者と同量を慎重投与
(INR で投与量を
決定)
125 ∼ 500mg
30 ∼ 125mg
12.5 ∼ 50mg
150mg
分1∼2
分1∼2
分1∼2
分1∼2
375 ∼ 2000mg
375 ∼ 2000mg
375 ∼ 2000mg
分3∼4
分1∼2
HD 後
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
透析 濃度
性 測定
×
○
×
○
×
○
×
×
×
?
×
×
?
○
○ (○)
×
×
×
×
×
×
×
?
×
×
×
○
○
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
薬剤名
(一般名)
アルテプラーゼ
血栓溶解薬・脳保護薬
ウロキナーゼ
エダラポン
パミテプラーゼ
PGE1
製剤
モンテプラーゼ
アルプロスタジル
アトルバスタチン
イコサペント酸エチル
クリノフィブラート
コレスチミド
コレスチラミン
脂質異常症治療薬
シンバスタチン
ニセリトロール
ピタバスタチンカルシウム
フェノフィブラート
フルバスタチンナトリウム
フルバスタチンナトリウム
プロブコール
ベザフィブラート
ロスバスタチンカルシウム
アカルボース
糖尿病治療薬
インスリン
塩酸ピオグリタゾン
塩酸ブホルミン
グリクラジド
グリベンクラミド
グリメピリド
Ccr(mL/min)
HD(透析)
10 ∼ 50
<10
>50
29 万 ∼ 43.5 万 IU/kg( 急
性心筋梗塞)
腎機能正常者と同量を慎重投与
34.8 万 IU/kg( 虚 血 性 脳
血管障害急性期)
1 回 6 万 IU ×約 7 日(脳血
栓症)6 万∼ 24 万 IU/day
(末梢動・静脈閉塞症)
1 回 48 万 ∼ 96 万 IU( 急
腎機能正常者と同じ
性心筋梗塞,動注)
1 回 96 万 IU(急性心筋梗
塞,静注)
腎機能正常者と同じ
原則禁忌
1 回 30mg
1回
腎機能正常者と同じ
6.5 万 U/kg
1 回 13750 ∼
腎機能正常者と同じ
27500IU/kg
5 ∼μg
腎機能正常者と同じ
減量の必要なし
10 ∼ 40mg
腎機能正常者と同量を慎重投与
分1
1.8 ∼ 2.7g
腎機能正常者と同じ
分3
減量には投与時間を延長して慎重投与
600mg
3 ∼ 4g
腎機能正常者と同じ
分2
1 回 9g/
水 100mL
腎機能正常者と同じ
2∼3回
5 ∼ 20mg
腎機能正常者と同じ
分1
500mg
250mg
750mg
分3
分2
分1
1 ∼ 4mg
腎機能正常者と同じ
分1
慎重投与
100 ∼ 300mg
禁忌
分1
(血清 Cr 値 2.5mg/dL 以上で禁忌)
腎障害やその既往歴のある患者では横紋筋融解症に伴って急激な腎機能悪化があら
われることがあるので慎重投与
10 ∼ 20mg
腎機能正常者と同じ
分1∼2
500mg
500 ∼ 1000mg
分2
分2
200 ∼ 400mg
Cr2.0mg./dL 以上は禁忌
分2
2.5 ∼ 20mg
腎機能正常者と同じ
分1
150 ∼ 300mg
腎機能正常者と同じ
分3
インスリンは腎機能低下とともに排出低下による効果増大が起こるので適宜減量が
必要となる.一般的な透析液の場合血糖値が 100 ∼ 150mg/dL に近づくために透析
時の減量も必要である.
15 ∼ 45mg
慎重投与
禁忌
分1
Ccr <70 では低血糖のみでなく乳酸アシドーシスの危険があるため禁忌
40 ∼ 160mg
分1∼2
腎機能障害患者へは慎重投与,重篤な腎機能障害患者は
1.25 ∼ 10mg
禁忌(SU 剤は腎機能が低下すると,低血糖を起こしや
分1∼2
すいため,重篤な腎不全患者はインスリンに切り替える)
1 ∼ 6mg
分1∼2
透析 濃度
性 測定
×
×
×
?
?
△
×
×
×
×
×
×
○
×
×
?
×
×
?
×
?
×
×
○
×
×
×
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1571
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
薬剤名
(一般名)
糖
尿
病
治
療
薬
高
尿
酸
血
症
治
療
薬
2
ナテグリニド
ボグリボース
ミグリトール
ミチグリニド
アロプリノール
コルヒチン
ベンズブロマロン
>50
180 ∼ 360mg
分 3,食直前
0.6 ∼ 0.9mg
分3
150mg
分3
15 ∼ 30mg
100 ∼ 300mg
分2∼3
3 ∼ 4mg
通常
分6∼8
0.5 ∼ 1mg
予防
分1
25 ∼ 150mg
分1∼3
Ccr(mL/min)
10 ∼ 50
減量の必要ないが
慎重投与
利尿薬の心・腎同時保護作用
HD(透析)
<10
低血糖が起こりやすいため禁忌
透析 濃度
性 測定
×
腎機能正常者と同じ
?
腎機能正常者と同じ
○
半減期が延長し低血糖を起こしやすいため慎重投与
50 ∼ 100mg
50mg
50 ∼ 100mg
分1
分1
毎 HD 後
?
慎重投与
(1 日 1.2mg 以上投与しない)
原則として
投与しない
連続投与は
推奨できない
尿中排泄促進剤のため尿量が減少し
た症例では原則禁忌
○
×
×
間歇性跛行肢と重症虚血肢は肢の予後,生命予後,治
療法が大きく異なるためその区別が重要である(クラ
心不全に対して利尿薬は,体液量管理並びに前負荷軽
スⅠ)
減療法として用いられており,食塩摂取量制限ととも
間歇性跛行の初期治療として監視下運動療法と薬物療
に重要な治療手段である.利尿薬は,単独のみならず,
法(抗血小板薬)が推奨される(クラスⅠ)
RA 系抑制薬との併用でも心血管事故の抑制に働いてい
重症虚血肢の治療は血行再建術(バイパス術や血管形
ると考えられる.
成術)が勧められるが再建法の選択は病変部位と範囲,
治療目標,実施施設の成績を考慮し決定する(クラス
Ⅳ
末梢血管障害を合併した
心疾患の管理
Ⅱ b)
ASO の患者には心血管イベントの抑制を目的として
抗血小板薬を投与すべきである(クラスⅡ a)
腹部大動脈瘤(AAA)患者においては動脈瘤の外径
が男性では 5.0cm まで,女性では 4.5cm までは経過観
末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関する勧告
察が望ましい(クラスⅡ a)
AAA の治療としてステントグラフトを第一選択とす
①労作性及び安静時の下肢症状のある人,② 50 ∼ 69
歳で心血管系のリスクファクターを有する,あるいは
70 歳以上のすべての人のいずれかの項目に該当する
べきではない(クラスⅢ)
1
閉塞性動脈硬化症の
評価と治療
1
症候
場合は閉塞性動脈硬化症(ASO)のスクリーニング
検査として足関節上腕動脈血圧比(ABI)の測定を考
慮すべきである(クラスⅠ)
間歇性跛行や重症虚血肢に血行再建術を考慮する場合
1572
には画像診断が必要である(クラスⅠ)
閉塞性動脈硬化症における「無症候性」とは,症状は
画像診断が必要な場合,造影剤アレルギーや腎機能障
ないが足関節上腕血圧比(ankle brachial pressure index:
害がなければ,multi-detector CT 血管造影(MD-CTA)
ABI)が 0.90 未満である疾患群を指す.1)労作性の下
や核磁気共鳴血管造影(MRA)検査が望ましい(ク
肢症状を呈する人,2)50 ∼ 69 歳で心血管系危険因子を
ラスⅡ a)
有する,または 70 歳以上のすべての人,3)心血管イベ
動脈壁石灰化の著明な患者や既にステントの留置がさ
ントの 10 年危険率が 10 ∼ 20%以上にリスク層別化され
れている患者では CT 検査よりも MRA 検査を最初に
る人,のいずれかの項目に該当する場合にはスクリーニ
施行すべきである(クラスⅡ a)
ングとして ABI 測定を考慮すべきである.
「間歇性跛行」
リスクファクターを合併する場合は各々のガイドライ
とは,動脈病変より末梢側の血流量が運動時の酸素需要
ンに沿った管理が必要である(クラスⅠ)
に対して不十分なため,下肢特に下腿筋の虚血をきたし,
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
歩行時に同領域の筋肉痛や不快な感じとして自覚される
questionnaires,WIQ)で代用することもある.重症虚
ものを指す.「重症虚血肢」は,下肢虚血により足部を
血肢では特に足関節や足趾血圧の絶対値が重要で,足関
主体とした慢性虚血性安静時痛や潰瘍・壊疽をきたした
節血圧が 50mmHg 以下,足趾血圧は 30mmHg 以下が重
状態である.ここで言う「慢性」とは症状が 2 週間以上
症虚血を起こす閾値とされているが,糖尿病患者では
継続することを指す.
足趾血圧の閾値はこれより高く 50mmHg 以下とされて
2
診断
①問診
症状の重症度を知るため,跛行が生じるまでの距離,
いる.足関節血圧は,虚血性安静時痛の患者では通常
30mmHg ∼ 50mmHg である.また虚血性潰瘍の治癒に
は 50mmHg ∼ 70mmHg 以上の血圧が必要である(レベ
ル B).
画像診断としては血管エコーによる動脈病変マッピン
時間,歩行速度,平地歩行か坂道・階段の歩行か,など
グ(Duplex scan)が広く施行されるようになってきて
を聴取する.鑑別診断として最も重要なものは脊柱管狭
おり,特に血管内治療を考慮する場合には血管エコーに
窄症による跛行である.高血圧症,脂質異常症などの危
よる評価が有用である.
険因子の有無を確認する.特に重症虚血肢では糖尿病合
併の有無が重要である.
②身体所見
④侵襲的診断法
multi-detector CT 血管造影(MD-CTA)や核磁気共鳴
血管造影(magnetic resonance angiography: MRA)検査
視診で足部のチアノーゼや蒼白の有無,筋肉の萎縮と
が最初に施行すべき画像診断法として推奨されている.
ともに潰瘍,壊疽の有無と部位を確認する.糖尿病では
特に MD-CTA は,末梢血管疾患に対して最初に施行す
虚血症状がなくても潰瘍,特に踵部潰瘍や趾間の穿通性
べき画像診断法として位置づけられている(レベル B).
潰瘍を生じることがある.触診で総大腿動脈以下の動脈
しかしながら,壁石灰化が多く認められるような患者で
拍動,聴診で腸骨動脈から総大腿動脈領域の血管雑音を
は,MRA が最初に施行すべき画像診断法として推奨さ
評価する.無症状であっても動脈拍動の減弱(左右差)
れている.一方血行再建治療を行う場合には血管撮影を
と血管雑音は,有意な狭窄性病変を示唆する(レベル C).
必要とすることが多く,この際には身体所見及び無侵襲
この患者群の一部に限局性病変(TASC A 分類,表 17,
検査法や,CT 検査などで大略の病変範囲を判定してか
18)を有する患者が含まれており治療対象となること
ら血管造影を施行することが望ましい.血行再建の適応
がある.潰瘍や壊死を有する重症虚血肢では,部位,大
外と考えられる場合に安易に血管造影を行うのは望まし
きさ,深さ(腱や骨の露出の有無),感染の有無(周囲
くない.下腿動脈より末梢へのバイパス術が適応として
の発赤,腫脹,圧痛,膿の貯留)を評価し,細菌培養検
考えられる場合は特に経動脈的デジタルサブトラクショ
査(潰瘍底部からの検体採取が望ましい)を行う.
③無侵襲的診断法
ドプラ血流計を用いて足関節レベルでの動脈のドプラ
ン血管造影(digital subtraction angiography: DSA)検査
を追加して行う方が診断はより正確となる.
⑤重症度評価
音を聴取できるか否かを評価する.また血圧計と組み
古典的には Fontaine 分類が用いられてきが,症状と所
合わせ,両側上腕動脈と足関節動脈(足背,または後
見が混在しやや客観性に欠けるため最近はより客観的な
脛骨動脈)の収縮期血圧をドプラ血流計で測定し,ABI
足関節血圧を加味した Rutherford 分類も用いられるよう
を算出する.一般的には安静時 ABI < 0.9 を有意病変
になってきた(表 16).しかし重要なのは,間歇性跛行
ありとするが,ABI > 1.4 の場合も血管の石灰化が強度
肢(非重症)か重症虚血肢かの区別である(レベル A).
であることを示唆し病的と考えられる(レベル B).ま
この 2 者では後述するように治療方針のみならず,肢の
た間歇性跛行肢の重症度は,運動負荷時の下肢痛出現
予後,生命予後とも大きく異なる.
距離と最大歩行可能距離,負荷後の ABI の低下と回復
などを指標とすることが最も合理的である.通常我が
国ではトレッドミルを用い,傾斜 12 度,時速 2.4km/ 時
(欧米では 3.2km/ 時),5 分間の負荷を用いるが,最近
ではより簡便な方法として質問票(walking impairment
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1573
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
3
位と病変のパターン(後述),患者の希望,施設の成績
治療
を考慮し決定する(レベル B).糖尿病患者や透析患者
では,局所の血流不全や感染といった局所因子だけでな
①間歇性跛行
く,低栄養,貧血,心不全合併といった全身因子を総合
間歇性跛行の治療を行う前に心機能の評価をあらかじ
め行っておくことが望ましい.歩行距離延長に伴う心負
荷増大によって心不全や狭心症の発症が予測されるよう
的に判断し,治療法を選択する.
③血行再建術
な場合は,心機能改善の治療を優先させてから下肢の治
血行再建術には大きく分けて,1)バイパス手術と 2)
療を行うよう心がける.TASC Ⅱでは,ABI が 0.9 未満
血管内治療術がある.同等の短期・長期成績であれば血
であれば,まず監視下での運動療法と薬物療法(抗血小
管内治療を優先するべきとされているが,長期成績の点
板薬,後述)の併用を推奨しているが,はじめから効果
で優劣が明確でない領域が多いのが現状である.その中
の期待できない跛行肢にこれらの治療を強いるのは適切
で大動脈腸骨動脈領域は血管内治療の成績が安定してい
でない.歩行後に,低下した ABI が回復するまでの時
るためカテーテルを用いた血管内治療が優先的に行われ
間が著しく延長している肢では,運動療法の効果は期待
ることが多い.血管内治療の可否や成績はまた病変の部
できず,最初から血管内治療やバイパス手術を考慮すべ
位と範囲,閉塞か狭窄かの違いにも左右される.したが
きである(レベル C).
って血行再建術を考慮する際には病変の正確な診断が必
要であり,そのためには血管撮影を要することが多い.
②重症虚血肢
TASC Ⅱでは,大動脈腸骨動脈領域(表 17),大腿膝窩
重症虚血と診断された肢には,血行再建術(バイパス
動脈領域(表 18)の病変を A から D までに分類し,A・
術や血管形成術)が勧められるが,その選択は,病変部
B 病変では血管内治療を,C 病変では手術治療ではハイ
リスクとなる患者に血管内治療を,D 病変では手術治療
表 16 Fontaine 分類及び Rutherford 分類
Fontaine 分類
臨床所見
無症候
軽度の跛行
中等度から重度の
Ⅱb
跛行
Ⅲ 虚血性安静時疼痛
度
Ⅰ
Ⅱa
Ⅳ
潰瘍や壊疽
度
0
Ⅰ
Ⅰ
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅲ
Rutherford 分類
群 臨床所見
0
無症候
1
軽度の跛行
2
中等度の跛行
3
重度の跛行
4
虚血性安静時疼痛
5
小さな組織欠損
6
大きな組織欠損
を優先するべきとしているが,血管内治療の最近の急激
な進歩を考えると今後は C 病変でも血管内治療が第一選
択となる可能性がある.
4
予後,心疾患とのかかわり
間歇性跛行患者の肢の予後は一般に良好である(レベ
ル A).一方,重症虚血肢の予後は不良(レベル A)である.
狭心症などの症状を有する患者では,現行のガイドライ
表 17 大動脈腸骨動脈の TASC 分類
A・B 病変では血管内治療を,C 病変では手術治療ではハイリスクとなる患者に血管内治療を,D 病変では手術治療を優先する.
A 型病変
CIA の片側あるいは両側狭窄
EIA の片側あるいは両側の短い(≦ 3cm)単独狭窄
B 型病変
腎動脈下部大動脈の短い(≦ 3cm)狭窄
片側 CIA 閉塞
CFA には及んでいない EIA での 3 ∼ 10cm の単独あるいは多発性狭窄
内腸骨動脈または CFA 起始部を含まない片側 EIA 閉塞
C 型病変
両側 CIA 閉塞
CFA には及んでいない 3 ∼ 10cm の両側 EIA 狭窄
CFA に及ぶ片側 EIA 狭窄
内腸骨動脈及び / または CFA 起始部の片側 EIA 閉塞
内腸骨動脈及び / または CFA 起始部あるいは起始部でない,重度の石灰化片側 EIA 閉塞
D 型病変
腎動脈下部大動脈腸骨動脈閉塞
治療を要する大動脈及び腸骨動脈のびまん性病変
片側 CIA,EIA 及び CFA を含むびまん性多発性狭窄
CIA 及び EIA 両方の片側閉塞
EIA の両側閉塞
治療を要するがステントグラフト内挿術では改善がみられない AAA 患者,あるいは大動脈または腸骨動脈外科
手術を要する他の病変をもつ患者の腸骨動脈狭窄
CIA;総腸骨動脈,EIA;外腸骨動脈,CFA;総大腿動脈,AAA;腹部大動脈瘤
1574
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
表 18 大腿膝窩動脈病変の TASC 分類
A・B 病変では血管内治療を,C 病変では手術治療ではハイリスクとなる患者に血管内治療を,D 病変では手術治療を優先する
A 型病変
単独狭窄≦ 10cm 長さ
単独閉塞≦ 5cm 長さ
B 型病変
多発性病変(狭窄または閉塞)
,各≦ 5cm
膝下膝窩動脈を含まない≦ 15cm の単独狭窄または閉塞
末梢バイパスの流入を改善するための脛骨動脈に連続性をもたない単独または多発性病変
重度の石灰化閉塞≦ 5cm 長さ
単独膝窩動脈狭窄
C 型病変
重度の石灰化があるかあるいはない,全長> 15cm の多発性狭窄または閉塞
2 回の血管内インターベンションに,治療を要する再発狭窄または閉塞
D 型病変
CFA または SFA(> 20cm,膝窩動脈を含む)の慢性完全閉塞
膝窩動脈及び近位三分枝血管の慢性完全閉塞
CFA;総大腿動脈,SFA;浅大腿動脈
ンに従い管理されるべきである.末梢動脈疾患に対する
治療として手術や血管内治療による血行再建術を予定し
2
治療
ている患者は心疾患リスクを術前に評価すべきである.
腹部大動脈瘤の基本的外科手術は人工血管置換術であ
心臓リスクが高い場合は,冠血行再建の必要性を検討す
る.待機手術の適応は,破裂リスク,手術リスク,生命
るために冠動脈造影が勧められる.しかし,安定した冠
予後,患者の希望などで総合的に判断する.患者を定期
動脈疾患を合併する末梢動脈疾患患者に対する術前冠血
的に観察することが可能であれば,欧米では 5.5cm まで
行再建術は,手術死亡率並びに遠隔生存率を低減しなか
経過観察するのがよいとされている(レベル A)が,日
ったと報告されており,一般に予防的な冠血行再建手術
本人は体格がやや小さく,女性は破裂のリスクが高いた
は推奨されない(レベル A).したがって冠血行再建手
め,男性 5.0cm 以上,女 4.5cm 以上を手術適応とする意
術の適応も末梢動脈疾患治療とは独立して現行のガイド
見が多い(レベル C).2007 年 4 月から外科手術が困難
ラインに従うべきである.
な患者に限り,ステントグラフト手術が健康保険適応と
2
腹部大動脈瘤(AAA)の
評価と治療
なった.ステントグラフト手術はリスクの高い患者にも
低侵襲で施行可能であり,従来の人工血管置換術に比し,
良好な初期成績と遜色のない中期成績が示されつつある
(レベル B).瘤径に関して,ステントグラフト手術の適
1
評価方法
腹部大動脈瘤破裂の 3 主徴は,①腹痛,または腰部痛,
②低血圧,③腹部拍動性腫瘤である.破裂の危険性は,
動脈瘤の外径(動脈壁の外膜から外膜までの径)で評価
応は,従来の人工血管置換術とほぼ同じと考えられてい
る.しかしカテーテルを用いて治療するため形態学的な
制約がある.
3
心疾患との関わりと治療の優先度
する.超音波検査は動脈瘤の前後径の計測は正確である
冠動脈疾患を合併した腹部大動脈瘤患者の手術適応
が横経は不正確である.一方,CT 検査は放射線被爆の
は,大動脈瘤手術の緊急性,冠動脈病変の重症度,同時
欠点はあるが,正確な動脈瘤径の測定ができる.MDCT
手術の侵襲度,技術的困難さなどを総合的に判断して決
検査による 3D 画像は外科手術の際に有用である.嚢状
定する.大動脈瘤径が 5.0cm 以下の場合は冠動脈疾患の
動脈瘤は特殊な動脈瘤の可能性があるので,血管外科専
治 療 を 優 先,5.0 ∼ 6.0cm は 両 疾 患 の 重 症 度 で 判 断,
門医にコンサルトすることが望ましい.
6.0cm 以上は大動脈瘤の手術を優先するか,同時手術を
未破裂動脈瘤の内科的治療としては,禁煙と血圧管理
検討すべきである(レベル B).両疾患がともに有症状
が重要である(レベル B).腹部大動脈瘤患者が,腹部・
の場合に,同時手術を行うか,二期的手術を行うかの結
腰部痛を訴える場合,原因不明の発熱が継続する場合,
論は出ていない.オフポンプ冠動脈バイパスの普及に伴
あるいは無症状動脈瘤であっても,経過観察で動脈瘤径
い,同時手術も良好な成績が得られているが,主たる訴
が半年で 5mm 以上増大した場合や動脈瘤の形状が変化
えのある疾患の手術を先行することが基本である.
した場合には,破裂の危険性を考慮し血管外科の専門医
に相談するべきである.
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1575
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
3
その他の末梢血管障害
または遊走性静脈炎の存在または既往がある,⑤喫煙以
外の閉塞性動脈硬化症の危険因子がないである.この 5
項目はいずれも‘and’が条件であり‘or’でないこと
1
急性動脈閉塞症
すべき疾患が否定された時にはじめて本疾患の診断が確
診断には,pain(疼痛),pulselessness(動脈拍動消失),
定する.禁煙は本疾患治療の根幹をなす.病変の進展や
pallor(皮膚蒼白),paresthesia(知覚異常),paralysis(運
虚血徴候の増悪は喫煙の継続よる(レベル B).適応と
動麻痺)の“5P”が重要であるが,血栓症と塞栓症の
なる患者は少ないが,下腿や足部動脈への血行再建術は
鑑別は,血管外科専門医でもしばしば困難なことがある.
虚血徴候の劇的な改善をもたらす(レベル B).薬物療
脈拍の触診や身体所見は精度に欠けるため,急性動脈閉
法としては,種々の血管作動性薬や抗血小板薬により,
塞が疑われる患者はすべて末梢の血流をドプラ血流計で
症状の再発や増悪は阻止できる(レベル B).
評価すべきである(レベル C).虚血の重症度は,感覚
消失,筋力低下,足部ドプラ信号の有無により,救肢可
能(感覚消失や筋力低下がなく,足部動脈音ドプラ聴取
可),危機的(感覚消失あり,筋力低下軽度,静脈音の
4
上肢動脈慢性閉塞症
①アテローム性動脈硬化症
み聴取可),不可逆的(感覚消失,運動神経麻痺,静脈
一般的に無症状のことが多いが,同側椎骨動脈が側副
音聴取不可)に分類される.不可逆性の神経,筋障害が
血行路となっている場合は,上肢の運動時に一過性脳
数時間以内に生ずる可能性があるので,冠動脈疾患が重
虚血発作を呈する(鎖骨下動脈盗血症候群:subclavian
篤でない限り,血流の改善を優先し,血行再建術を施行
steal syndrome)ことがある.また,内胸動脈を用いた
できる血管専門医の診断を受けるべきである(レベル
冠動脈バイパス患者では,同側の鎖骨下動脈起始部に
C).
狭窄があると同様の機序で心筋虚血をきたす(coronary-
2
Blue toe syndrome
subclavian steal syndrome).上肢虚血症状よりも脳虚血
症状が手術適応の基準となることが多い.従来,治療は
Blue toe syndrome とは足部動脈拍動が触知できるに
バイパス術が主流であったが,近年,カテーテルを用い
もかかわらず,突然足趾に発症する微小塞栓症をいう.
た血管内治療が行われることが多くなっている.
カテーテル操作後や手術操作,抗凝固薬や血栓溶解薬の
使用後や鈍的外傷に起因する.診断は足部,足趾に限局
②胸郭出口症候群(thoracic outlet syndrome)
した疼痛,冷感,チアノーゼの突然発症に,足部動脈の
神経圧迫では手指のしびれを,動脈圧迫では疲労感や
拍動を触知できることが特徴である.胸部大動脈から末
冷感,時に末梢塞栓により虚血性潰瘍を,静脈圧迫では
梢主幹動脈の画像診断により,塞栓源を同定する.皮膚
上肢腫脹,静脈怒張やチアノーゼを認める.肩甲帯運動
や筋生検による血管内コレステリン結晶の証明は確定診
により症状の改善を認めることがあるが,頚肋が存在す
断となる.塞栓源が明らかな場合に限り手術適応となる
る場合や圧迫症状が強い場合には手術適応となり,頚肋
が,ステントや人工血管を用いた血管内治療の適応も考
切除,第 1 肋骨切除や前斜角筋切除が行なわれる.
慮される(レベル B).薬物治療として,再発予防には
抗血小板薬が適応となり,足趾の血行動態改善にはプロ
スタグランディン製剤が用いられる.へパリン,ワルフ
ァリンなどの抗凝固薬や,ウロキナーゼ,組織プラスミ
③ Buerger 病(前述項参照)
④膠原病
ノーゲン活性化因子(tPA)などの血栓溶解薬は,フィ
膠原病のうち全身性エリテマトーデス,進行性全身性
ブリンや血小板による損傷動脈内膜の修復を阻害し,コ
硬化症,結節性動脈周囲炎,多発性筋炎,悪性関節リウ
レステリン結晶や粥腫の遊離を促進する恐れがあるため
マチなどが末梢循環障害を呈する.主に小・細動脈が傷
投与すべきではない(レベル B).
害され,寒冷暴露により手指が蒼白となるレイノー症状
3
Buerger 病
本疾患の臨床診断基準は① 50 歳未満の若年発症,②
喫煙者,③下腿動脈閉塞がある,④上肢動脈閉塞の存在,
1576
に注意すべきである.この 5 項目を満たし,さらに鑑別
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
を認める.薬物療法が主に行われる.
5
内臓動脈慢性閉塞症
上腸間膜動脈狭窄は,空腹時には無症状であっても,
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
食 事 で 誘 発 さ れ る 腹 痛( 腹 部 ア ン ギ ー ナ:visceral
くても足関節血圧測定や画像診断で末梢塞栓の所見を認
angina)を生ずることがある.腹痛は食後の腸管血流の
める場合には手術適応がある(レベル B).冠動脈疾患
増加に一致し,食後 30 ∼ 45 分で生じる.小食となり,
を合併した無症候性動脈瘤では冠動脈疾患治療を優先さ
体重減少をきたす(small meal syndrome).Duplex 超音
せるが,下肢急性虚血症状がある場合には動脈瘤の手術
波検査による初期診断は可能であるが,治療法の選択に
を優先する(レベル B).手術は人工血管または自家静
は 3D-CT や動脈造影が必要である.動脈造影では側面
脈置換術が行われる.ステントグラフト手術は関節屈曲
像が診断に有用である.急性と慢性の早期鑑別診断が重
部であるので現時点では適応とはならない.
要である.
外科的治療にはバイパス術や血栓摘除術があり,長期
8
高安病
開存が得られるが侵襲が大きい欠点がある.近年ではカ
症状は,狭窄や閉塞した動脈の支配臓器に特有の虚血
テーテルインターベンションの技術が向上し,良好な成
障害,あるいは逆に拡張性動脈病変による.初期症状と
績が報告されているが,長期開存率は外科的治療に劣る.
して認められるのは感冒様症状であり,発熱,全身倦怠
患者の全身状態を把握した上で治療方法を選択する必要
感,易疲労感などである.病変の生じた動脈の支配領域
がある.
により臨床症状が異なり,上肢虚血症状,頭部虚血症状,
6
腎血管性高血圧症
大動脈弁閉鎖不全症(本症の約 3 分の 1 にみられる),高
血圧など多彩な臨床症状を呈する.内科療法は炎症の抑
腎動脈狭窄症診断の糸口として ACC/AHA guideline
制を目的として副腎皮質ステロイドが最も多く使われ
では以下の項目を挙げている.① 30 歳以下または 55 歳
る.赤沈,CRP を指標とした炎症反応と臨床症状に応
以上で発症する高血圧,または,②突然増悪する高血
じて投与量を加減し,継続的あるいは間歇的に投与され
圧,難治性高血圧,悪性高血圧,③アンジオテンシン変
る.また易血栓性があるため重大な合併症を生じること
換酵素(ACE)阻害薬またはアンジオテンシン受容体
がある.このため,抗血小板剤,抗凝固剤が併用される.
拮抗薬投与後の窒素血症の新たな発症または腎機能悪
外科療法は症状が特定の血管病変に起因することが明ら
化.原因不明の腎萎縮または両腎のサイズの左右差(>
かで内科的治療が困難な症例に適応される.脳虚血症状
1.5 cm),突然発症した原因不明の肺浮腫,原因不明の
に対する頚動脈再建術が行われるのは,①頻回の失神発
腎不全,血管造影で冠動脈多枝病変や末梢動脈病変,う
作,めまいにより生活に支障をきたしている場合,②虚
っ血性心不全または難治性の狭心症のある患者には腎動
血による視力障害が出現した場合,③眼底血圧が 30
脈狭窄症を疑い検査をすすめる.Duplex doppler 検査,
mmHg 前後に低下している場合である.大動脈弁閉鎖不
3D-CT,MRA,選択的腎血管造影はいずれもスクリー
全に対する大動脈弁置換術(Bentall 手術を含む)は一
ニング検査として勧められる.カプトプリル負荷腎シン
般の大動脈弁閉鎖不全症の適応を参考にして行われる.
チグラフィ,選択的腎静脈レニン活性,血漿レニン活
性,カプトプリル負荷試験はいずれもスクリーニング検
4
心疾患と末梢血管疾患の
関わり
1
心疾患の薬物療法
査として勧められない.薬物療法,経皮的腎動脈形成術
(PTRA)や外科手術による腎血行再建術があり,病態
により治療法を選択する.薬物療法として,ACE 阻害
薬やβ遮断薬はいずれも有効である(レベル A).また,
片腎性腎動脈狭窄症には Ca 拮抗薬(レベル A),ARB(レ
ベル B)が有効である.
7
末梢動脈瘤
①抗血小板薬
通常用いられるアスピリン製剤やチエノピリジン製剤
は心血管イベントのリスクを低下させるが下肢虚血に有
臨床的には身体所見で発見されることが多く,画像診
用であるという報告はない(レベル B).間歇性跛行の
断としては超音波検査と CT 検査が有用である.CT 検
患者に対してはシロスタゾールが有用であるとされてい
査を行う場合には,他の動脈瘤の合併を考え,腹部から
る.しかし抗血小板薬は重症下肢虚血に対しては血行再
膝窩部までスキャンするのがよい.大腿動脈瘤の診断に
建後のグラフト開存性を高めるものの,虚血の改善には
おいては,バイパス術後の吻合部動脈瘤やカテーテル穿
有効であるとの報告はない(レベル B).したがって抗
刺後の仮性動脈瘤との鑑別が重要である.自覚症状がな
血小板薬は血行再建手術後のアジュバント療法として使
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1577
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2006−2007 年度合同研究班報告)
用されることが多い.大動脈瘤に関して通常抗血小板剤
dl 未満,HDL コレステロールが 40mg/dl 以上,中性脂肪
は使用しない.末梢動脈瘤に対する血栓閉塞の予防効果
TG が 150mg/dl 未満とされている(レベル A).
も不明である.
②抗凝固薬
抗凝固薬が間歇性跛行に対して有効性を示した試験成
心疾患の非薬物療法
① PCI
績はない.重症虚血肢に関して抗凝固療法は試みられな
カテーテル操作による塞栓症(下肢,脳など)や動脈
いが,血行再建後のアジュバント療法として用いられる
解離を起こすことがあり,大動脈瘤(腹部,胸部)や末
ことが多く,明確なエビデンスはないものの,膝下末梢
梢動脈疾患があるときはカテーテル・アプローチとカテ
動脈までのバイパス手術や瀰漫性の広範囲病変に対して
ーテル操作に充分な注意が必要である(レベル C).心
より多く用いられる傾向がある.ただし出血のリスクを
疾患の治療方針は末梢動脈疾患の有無に関係なく該当の
考え個々の症例によってその適応を考慮すべきである.
ガイドラインに準じるべきと思われ,無症候性であれば
動脈瘤に対しての抗凝固療法は,瘤内血栓の予防,瘤内
血行再建手術に先駆けて PCI を行う必要はない(レベル
血栓からの血栓塞栓症の予防が考えられるがエビデンス
A).血行再建手術を予定している患者では,通常の金
はない.逆に,粥腫塞栓症をきたしている症例ではその
属ステント(ベアメタル)を用いたり経皮的バルーン拡
散布を促進する可能性があり用いるべきではない(レベ
張術(POBA)にとどめる選択が推奨される.薬剤溶出
ル C).
ステントを用いた場合でも重症下肢虚血では可及的速や
③降圧薬
心血管イベントを減少させるため降圧療法は継続すべ
きである.β遮断薬は末梢血管収縮作用があるため末梢
動脈疾患患者に対して禁忌とされたこともあったが,そ
のようなエビデンスはなく使用可能である(レベル B).
かに血行再建術が必要である.間歇性跛行では抗血小板
薬の投与を中断できる時期になってからの手術選択が妥
当と思われる.
② IABP,PCPS
大動脈瘤または大動脈狭窄などの病変がある場合,
サイアザイド系利尿薬は末梢動脈疾患を合併した高血圧
IABP や PCPS の使用は,カテーテル塞栓や動脈閉塞,
患者に対して一般的に用いられる.心不全治療のための
瘤の破裂の危険性が危惧されるため原則として避けるべ
利尿剤の使用に関する末梢動脈疾患への影響に関しては
きである.しかし心ポンプ不全が高度の場合は救命を優
不明であるが,利尿作用による脱水によって血栓症が惹
先するためこの限りではない.IABP や PCPS 挿入に伴
起されるというエビデンスはなく,むしろ心機能改善に
って生じた重症下肢虚血は,不良な全身状態から考えて
よる下肢潅流圧の上昇が期待できるため使用は可能と考
血行再建の適応外のことが多くしばしば大切断にいたる
えられている.
(レベル C).
④強心薬
③開心術
強心薬が末梢動脈疾患を悪化させるというエビデンス
末梢動脈疾患を有する場合,特に上行大動脈病変(粥
はなく,末梢動脈疾患の最大死因が心血管イベントであ
状硬化症,石灰化病変)が存在すると開心術における送
るため心機能に応じて使用するべきである.
血カニューレの位置に注意が必要で,石灰化病変では解
⑤抗不整脈薬
離,粥状硬化症では塞栓症(脳梗塞)のリスクが増大す
る.これに対する予防として末梢動脈疾患合併患者では,
動脈瘤や末梢動脈疾患に対して抗不整脈薬の効果を調
術前に単純 CT で石灰化の位置を,術中に術野エコーで
べた研究はないが,悪化させるという報告もなく必要に
粥腫の部位を確認することが望ましい.大腿動脈送血を
応じて使用は継続するべきと思われる.
行う場合は,下肢虚血のない側で行う.また,合併症の
⑥高脂血症薬
発生率は不明であるが,腹部大動脈瘤や腹部大動脈粥状
硬化があれば大腿動脈からの逆行性送血により塞栓症の
動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2007 によれば,末
危険性が大きくなるため,原則として逆行性送血は避け
梢動脈疾患の合併はそれのみでカテゴリーⅢの高リスク
るべきである(レベル C).
群に分類され,目標値は LDL コレステロールが 120mg/
1578
2
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
脳血管障害,腎機能障害,末梢血管障害を合併した心疾患の管理に関するガイドライン
④ CABG
末梢血管手術前の予防的冠血行再建術は通常施行すべ
きではない(レベル B).狭心症や虚血性うっ血性心不
全など冠動脈疾患の臨床的徴候を有する患者は,現行の
ガイドライン(心評価スコア)に従って,評価及び管理
ニューレを通す場合は,四肢に壊死を生じる可能性があ
るが,救命処置なので優先せざるを得ない.
3
生活習慣の是正
①禁煙
されるべきである(レベル B).血管手術を検討されて
すべての患者に対して強力に禁煙治療を行うべきであ
いる末梢動脈疾患患者は,さらなるリスク層別化をすべ
る.
きであり,ハイリスクであると考えられる患者は,冠血
行再建術のためのガイドラインに従って管理されるべき
である(レベル B).
⑤ペースメーカ,ICD,CRT-P,CRT-D,LVAD
②運動
監視下における運動療法,すなわち 1 回 30 分から 60 分,
週 3 回を 3 ヶ月間継続,が治療の基本である.心臓に対
する運動療法は心負荷(心拍数や酸素摂取量)により強
右心系のカテーテル操作(ペースメーカなど)は特に
度が決められるのに対し,間歇性跛行肢の運動療法は歩
問題はないが,左心系にカテーテルを挿入する際には,
行可能距離により負荷の強度を決めており,両者は必ず
カテーテルやカニューレ挿入による物理的損傷(塞栓症,
しも一致しない.両疾患を合併しているときは施行可能
破裂)の危険性がある.狭窄部に左室補助循環などのカ
な負荷で行うのが現実的対応と思われる.
Circulation Journal Vol. 72, Suppl. IV, 2008
1579