ア ジ ア 通 貨 危 機 で 高 ま っ た 債券市場育成機運

アジア金融危機を契機として、ASEAN+3(日中韓)域内の健全な経済発
展のために債券市場の育成が求められており、アジア債券市場育成イニシアテ
ィブ(ABMI)を通じて数多くの検討が行われてきた。このほど刊行された
+ 3
A S E A N + 3 債 券 市 場 フ ォ ー ラ ム( A B M F ) に よ る『
』 を 読 み 解 き な が ら、 A S E A N + 3 域 内 に お け る
債券市場インフラの現状や域内クロスボーダー取引の調和化に向けた課題につ
いて明らかにしていきたい。加えて、ABMFの目指す域内マーケットインフ
ラの調和は、わが国に何をもたらすのか考察を行いたい。
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場慣行に関する情報収集を行う
サブ・フォーラム ︵SF1︶
と、取引慣行および決済上のメ
ッセージ・フォーマットの調和
化に基づく業務の一貫処理
︵
︶化について
検討を行うサブ・フォーラム2
︵SF2︶が設けられ、1年半
にわたり検討が行われてきた。
+
﹃
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タイ・
ハノイ
クリアリング・ 証券取引所
ハウス
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OTC
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OTC
アジア通貨危機で高まった
OTC
1
ベトナム
投資開発
銀行
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A
シンガポール
タイ
金融管理局 中央銀行
めに、 年から﹁ASEAN+
3 債 券 市 場 フ ォ ー ラ ム
+
︵
3
︶
﹂が設置され
ている。ABMFの特徴は各国
の政策当局者だけではなく、民
間金融機関や取引所、決済機関
など、広範なマーケット関係者
が参加していることである。
ベトナム
ABMFでは、ASEAN+
3各国の債券市場規制および市
タイ
債券市場育成機運
年代後半に発生したアジア
通貨危機を契機として、金融に
おける通貨と期間のミスマッチ
解消、通貨危機のリスク低減、
およびアジア域内の潤沢な貯蓄
を域内の投資に結びつけるため
の債券市場育成が、ASEAN
+3域内での重要な政策課題と
なっている。このような背景か
ら、 年に﹁アジア債券市場育
成イニシアティブ︵
︶
﹂
が創設され、種々の検討がなさ
れてきた。なかでも前記の目的
を達成するために、クロスボー
ダー債券取引の促進があらため
て認識された。ABMIにおけ
る検討内容をさらに促進するた
タイ・
クリアリング・
ハウス
ベトナム
シンガポール
証券保管
金融管理局 タイ証券
振替
保管会社
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シンガ
ポール
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38
2012.5.14 金融財政事情
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フィリピン
債券取引所
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韓国取引所
韓国取引所
フィリピン中央証券
預託機関
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金融財政事情 2012.5.14
39
その他手段による情報連携
システム直接接続
その他
商業銀行
取引所
中央銀行
韓国銀行
マレーシア
中央銀行
フィリピン
中央銀行
資金
決済
中国
商業銀行
人民銀行
香港金融
管理局
インドネシア
中央銀行
日本銀行
マレーシア
中央銀行
日本銀行
﹄ で は、 こ
こでの検討結果が網羅的にまと
められている。
韓国、フィリピンなど一部の地
域では、取引所の取扱量が一定
の割合を占めており、とくに韓
国では取引所経由の取引が近年
拡大している。
ABMFでは、債券市場のイ
ン フ ラ を﹁ 取 引 ﹂﹁ 取 引 照 合 ﹂
﹁清算﹂
﹁決済照合﹂
﹁証券決
済 ﹂﹁ 資 金 決 済 ﹂ の 項 目 で 整 理
し、ASEAN+3すべてのマ
ーケットを俯瞰することによっ
て、共通のパターン、およびユ
ニークな特徴をもつ市場を明ら
かにしている。パターンが分か
れるポイントとしては、第一に
CSD︵債券決済機関︶に対す
る決済指示の伝達方法の違いが
あげられる。中国、韓国︵取引
所 ︶、 フ ィ リ ピ ン、 ベ ト ナ ム の
各市場では、証券決済に関する
データが、取引システムから直
接CSDへ送信される。一方、
香港、インドネシア、日本、韓
国︵ O T C 市 場 ︶
、マレーシ
ア、シンガポール、タイでは、
取引関連のシステムから直接の
連携はなく、CSDに対する決
済指示は売買当事者のカストデ
ィアンが別途入力する必要があ
る。債券取引のSTP化という
(出所)
ABMF“ASEAN+3 BOND MARKET GUIDE”をもとに筆者が改変。
フィリピン
財務局
韓国証券
預託院
インドネシア
中央銀行
香港金融
管理局
フィリピン
債券取引所
OTC
フィリピン
債券
取引所
ほふり
決済
照合
中国
中央国債
登記結算
証券
決済
機関
(CSD)
フィリピン
債券取引所
中国
証券
登記
結算
マレーシア
証取
クリアリング
香港金融
管理局
中国外貨
取引センター
取引
照合
日本国債
清算機関
清算
機関
(CCP)
OTC
ほふり
OTC
OTC
OTC
(銀行間
市場)
上海
深圳
証券
取引所
OTC
OTC
フィリピン
マレー
シア
日本
韓国
インド
ネシア
中国
香港
取引
ASEAN+3域内における代表的な国債取引基盤一覧図
〔図表〕
欧米と遜色のない
マーケットインフラ
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+
3
﹄ で は、 冒
頭で域内債券市場の取引インフ
ラ全般について明らかにしてい
る︵ 図 表 ︶
。まず指摘されてい
ることは、ASEAN+3域内
で債券市場がすでに存在する
地域では、欧米各国の先進的な
市場と比較しても遜色のない、
強固で健全な債券市場インフラ
が存在しているという事実であ
る。また、現在も技術進歩を積
極的に取り入れ、一層の改良に
取り組んでいることである。
ASEAN+3の各市場を詳
細にみていくと、国債はおもに
店頭︵OTC︶市場で取引が行
われていることがわかる。これ
は債券取引が通常クォートドリ
ブンで行われることから考えて
も自然な傾向であり、取引所に
おけるオーダードリブンな取引
は、多くの国々で低い割合にと
どまっている。一方で、中国や
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観点から考えた場合、前者のシ
ステム間連携はより先進的な形
式であると考えられ、他の市場
においても同様の取組みが期待
される。
次にパターンが分かれるポイ
ントはCCP︵清算機関︶の存
在である。CCPを設置してい
る市場は、日本、中国、韓国に
とどまっており、対象はいずれ
も国内取引に限られている。今
後他のマーケットでは、債券取
引のボリュームが増加するにつ
れて、CCPの必要性が認識さ
れるものと考えられる。
もう一つの注目すべき視点は
CSDの運営主体である。各市
場のCSDはDVP決済︵資金
と証券の同時決済︶のために中
央銀行の資金決済システムと連
携している。日本をはじめとし
て、香港、インドネシア、マレ
ーシア、シンガポールは、各市
場の中央銀行がCSDの機能を
提供して、資金・証券決済の一
体化を図っているが、その他の
市場においてはCSDが独立し
た機関として存在している。
、
以上のような分類に加えて
独自の特徴がみられるのがフィ
リピンとベトナムの市場であ
る。フィリピンではフィリピン
債券取引所のシステムがCS
D、RTGS各システムと連携
を行い、DVP決済のコントロ
ールを行っており、他市場とイ
ンフラ構成が大きく異なってい
る。ベトナムでは、すべてのO
TC取引がハノイ証券取引所の
システムに入力され、CSDに
連携される。また、ベトナムで
は資金決済が中央銀行ではなく
商業銀行で行われ、かつ他のA
SEAN+3域内のマーケット
がRTGS︵即時グロス決済︶
を採用しているなかで、ベトナ
ムではネット決済が行われてい
る。
国債取引における
モデルフロー
各国の市場インフラに加えて
重要になるのが、実際の取引処
理のフローである。域内各市場
ではすでにDVP決済が実現し
ているが、CSDへの決済指示
方法などが市場によって異なっ
ており、ABMFでは以下の3
パターンを抽出している。①C
SDへ買手/売手側から決済指
示が直接入力されるモデル、②
取引システムからCSDへ決済
指示が送信されるモデル、③①
をベースにローカルマッチング
︵後述︶を伴うモデル。このう
ち最も標準的なフローは①のモ
デルであり、香港、インドネシ
ア、 韓 国︵ O T C 市 場 ︶
、タイ
の各市場がこれに該当する。②
は取引所のシステムを利用して
い る 場 合 に み ら れ、 中 国、 韓
国、フィリピンの取引所経由の
取引においてみられる。日本は
③のモデルに該当し、シンガポ
ール、マレーシアとともに、中
央銀行がCSD機能を提供して
いる点が特徴である。ABMF
では各国の国債DVP決済につ
いて、さらに詳細な業務フロー
図を作成して、業務分析を加え
ている。
クロスボーダー取引では、グ
ロ ー バ ル・ カ ス ト デ ィ ア ン 経
由、ユーロクリア・クリアスト
リーム等のICSDの利用な
ど、複数のチャネルによる取引
が考えられるが、ABMFでの
調査の結果、現状の域内でのク
ロスボーダー取引は、グローバ
ル・カストディアンとローカル
・カストディアンが連携して取
引を行うモデルが標準的である
と整理された。ただし、業務フ
ローそのものが類似していて
も、システム連携する際のメッ
セージ・フォーマットが異なっ
ていることが確認されており、
これがクロスボーダー取引促進
の足かせになっていることも認
識されている。
クロスボーダー取引の
STP化に向けた課題
今回の調査の出発点となって
いるABMIの既往レポート
︵GoEレポート、 注︶では、
ASEAN+3における債券市
場のSTP化に向けた課題が提
起されており、SF2ではメッ
セージ・フォーマット、照合、
証券番号、決済期間の四つが検
討範囲となっている。
メッセージ・フォーマットに
つ い て は、 I S O 2 0 0 2 2
︵XMLを利用した金融業務向
け通信メッセージの登録手続に
関する国際規格︶が取引後の決
済処理のSTP化に向けた基本
40
2012.5.14 金融財政事情
要素とみなされており、独自の
プロトコルを利用している市場
︵CSD︶では、ローカル・カ
ストディアンにメッセージの変
換が求められる。この対応はシ
ステムの構築・保守にコストを
要するだけではなく、業務上の
エラーが発生するリスクもはら
ん で い る。 A B M F の 調 査 で
は、域内におけるISO200
22の採用は進んでいないこと
が明らかになっている。
照合︵マッチング︶について
は、各債券市場において取引も
しくは決済における照合プロセ
スが整備されている。マッチン
グには売手/買手双方が情報を
入力し、CSD等の機関がシス
テム上で照合を行う方式︵セン
トラル・マッチング方式︶と、
売手または買手の一方から発信
された指示に対して取引相手が
承認を行う方式︵ローカル・マ
ッチング方式︶が存在し、各市
場によって採用する方式が異な
っている。このほか売手および
買手のディーラーとカストディ
アンの間で行われるマッチング
では、FAXや電話によるマニ
ュアル対応がいくつかの市場で
依然として残されており、ST
P化の観点からシステム整備が
望まれる。
証券番号については、ISO
6166で規定されているとお
り、 I S I N︵ 国 際 証 券 コ ー
ド︶の利用が基本となり、IS
INが利用できない市場はクロ
スボーダーにおけるSTP化の
障害を抱えることになる。現状
では、①債券の発行日にISI
Nコードが確定していない、②
国内の市場参加者が取引および
決済にISINを利用していな
い、③CSDでISINが利用
されていない、などの問題が残
されている。
決済期間については、多くの
市場において国債はT+1︵取
引日プラス1日︶で実施されて
い る。 ク ロ ス ボ ー ダ ー 取 引 で
は、各国の市場慣行および時差
の違いから、T+1での決済の
実現はむずかしいと考えられ
る。ABMFでは、市場間での
共通ルール化が今後の課題とし
て提起されている。
ABMIの既往レポートで指
摘された問題以外にも、ABM
Fでは以下の課題を抽出してい
金融財政事情 2012.5.14
41
る。第一に、用語統一の必要性
である。ASEAN+3域内で
は、同じ用語であっても別の意
味あいで使用している場合があ
る。一例として、多数の国では
決済期間を取引日から決済日ま
での日数でカウントしている
が、ベトナムでは取引結果をシ
ステム入力した日︵現状の慣行
では実際の取引の翌日︶を取引
日 と し て 起 算 し て い る。 第 二
に、レポーティングの要否であ
る。中国、韓国、フィリピンを
はじめとした域内の多くの市場
では、債券取引の結果をタイム
リーに、当局や自主規制団体に
報告することを求めている。と
くにインドネシアでは、取引報
告を行い、当局から取引ごとに
付与される番号を得ない限り、
証券決済のシステム登録が行え
ない仕組みになっている。レポ
ーティング制度は債券市場の透
明性を高めるうえで重要な要素
であり、ASEAN+3全体で
の取組みが望まれる。
ABMFの今後の動き
ABMFでは 年上半期から
第2フェーズの検討に入ってい
る。第2フェーズのSF2では
三つの主要タスクが想定されて
いる。第一に、社債のDVP決
済および国債・社債両者の利払
・償還に関して、各市場の業務
フローを明らかにしながら、ク
ロスボーダー取引促進の際の課
題抽出を行う予定である。第二
に、国債DVP決済における決
済指示ならびに決済実行通知に
関し、CSDと市場参加者との
間でやりとりされるシステム上
のメッセージ・フォーマットに
ついて、各CSD間の差異抽出
を行う予定である。ASEAN
+3域内のメッセージ・フォー
マットはISO20022に収
斂されていくことが想定されて
いるが、ISO標準で収まりき
れないものも出ることが想定さ
れており、本取組みを通じてA
SEAN+3から国際標準に対
する提言を行う予定である。第
三がロードマップの作成であ
る。ASEANでは 年のAS
EAN経済共同体発足に向け
て、債券市場整備が急がれてい
る。また、法規制の新設改変や
12
15
債券市場インフラが整備されて
いない。これらの国におけるイ
ンフラ構築を技術面や制度設計
などで包括的に支援することに
より、ASEAN+3地域全体
で流動性、安全性、信頼性の高
い債券市場が確立されることが
期待できる。また、債券決済関
連インフラを構築済みの各地域
に対しても、リーマンショック
時に証明された日本がもつ高い
レベルの仕組みを提供すること
により、現状よりも安全で強固
なインフラへの移行を支援する
ことができるのではないかと考
えられる。ABMFの次フェー
ズで作成されるロードマップで
は、各国のシステム・リプレイ
スの時期が明示される予定であ
り、このタイミングをみながら
地域全体としてよりよいインフ
ラ構築が可能となるよう、官民
合わせた協力体制の構築が望ま
れる。
最後に、調和化された域内マ
ーケットインフラを用いた、本
邦金融機関を含めた、地域全体
の金融ビジネスの拡大が期待で
きることである。 年に発表さ
れた政府の新成長戦略では﹁ア
ジアと日本をつなぐ金融﹂がア
クションプランの柱として謳わ
れている。ABMFの取組みに
より、マーケットインフラの調
和化が図られ、ASEAN+3
域内での債券取引の障害が長期
的には克服されていくだろう。
そして、マーケットインフラの
調和化はクロスボーダー債券取
引を促し、本邦金融機関を含め
た地域全体でのビジネスチャン
スを拡大させるだろう。
︵注 ︶
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にしはら まさひろ
さくら銀行、IBMビジネスコ
ンサルティングサービスを経
て、 年から現職。おもに金融
市場、金融機関の事業戦略の立
案や提言に従事。
やまだ ようすけ
大手システムインテグレーター
を経て、 年7月から現職。お
もに金融、決済事業に関するマ
ーケティング支援、事業戦略の
立案や提言に従事。
10
テクノロジーの進展など、債券
市場をとりまく外部環境が急激
に変化しつつあり、これらの環
境変化をふまえたうえで、AS
EAN+3全体での債券市場イ
ンフラのロードマップを作成す
る予定である。
このように、現状の債券取引
に関する業務フローをさらに明
らかにし、差異抽出を行いなが
ら課題を明確にし、かつ将来展
望をとりまとめることによっ
て、域内の債券市場の調和がど
のように図られるのか、中長期
的展望が明らかになることが想
定されている。
が拡大していくことが考えられ
る。これは債券の発行体、資金
運用者の双方にメリットがある
ことである。加えて、かりにC
SD間がオンラインで接続され
た場合には、クロスボーダー担
保のスキーム普及が促進される
と考えられる。これは、ある市
場の債券を担保として他の市場
で資金供給を受ける仕組みであ
る。現在、日本銀行とタイ中央
銀行による、日本国債を担保と
したタイ・バーツ資金供給策が
あるが、これは、システム的に
は接続されていないため、日本
国債をタイ・バーツ資金供給担
保用にあらかじめ取り分けてお
く必要がある。もし、両国のC
SDが直接接続され担保管理シ
ステムが自動的に機能する場合
には、本邦金融機関が日本国債
を担保としてタイ・バーツをリ
アルタイムに調達することが可
能になり、金融機関のタイ・バ
ーツ調達手段が拡大するものと
期待される。
第二に債券市場が十分に整備
されていない国への支援が考え
ら れ る。 カ ン ボ ジ ア、 ブ ル ネ
イ、ミャンマー、ラオスには、
06
本邦への
インプリケーション
ABMFの目指す域内マーケ
ットインフラの調和は、わが国
に何をもたらすのだろうか。本
稿では3点について論じたい。
第一に資金流動性の拡大可能
性について指摘したい。ABM
Fでの取組みが基礎となり、C
SDが相互に接続し、かつ決済
が容易になることによって、ク
ロスボーダーにおける債券市場
10
42
2012.5.14 金融財政事情