乳牛の移行期における栄養管理の基礎 - 協同飼料

2010年8月15日
酪農技術
乳牛の移行期における栄養管理の基礎
協同飼料株式会社 研究所 技術管理室 養牛グループ 時期で、分娩前約 60 日間(約 2 ヶ月間)が
【はじめに】
一般的な乾乳期間です。
乳牛の産乳能力の向上とともに、栄養要求
量をいかに充足させ、産乳成績と繁殖成績を
約 60 日間のうち、
最初の 40 日間を乾乳前期、
高めるかが酪農経営の大きな課題となってい
後半の 20 日間(約3週間)をクローズアッ
ます。一方で、乳牛の耐用性に関しても大き
プ期と言います。乳牛にとって乾乳期は重要
な課題です。耐用性は周産期疾病との関わり
な時期ですが、それは次の理由によります。
が大きいのではないでしょうか。周産期疾病
が最も頻度高く発生する時期は移行期です。
1, 急激に成長する胎子に栄養供給を行なう。
移行期とは、定義は様々ですが、一般的に乾
特に妊娠末期(クローズアップ期)の胎児
乳期(分娩前 60 日)∼分娩∼泌乳1ヶ月頃
の成長は急激である。
までの期間を指します。乳牛が泌乳期を終え、 2, 分娩が近づくにつれ、初乳生産が行なわれ
乾乳期に入ると胎子は急激に成長をし、いず
る。子牛に免疫グロブリンを豊富に含んだ
れ分娩をむかえ、再び泌乳期に入ります。移
良質の初乳を生産させる必要がある。
行期は、妊娠から出産を経て泌乳という母体
3, 泌乳期に酷使した乳腺組織やルーメン組
内で激動の変化が生じる時期です。体内の変
織(絨毛組織)を再生させる。次の産乳に
化に加えて、飼養環境の変化(場所の変化、
備えて、産乳機能と消化機能を回復させる
飼料の変化等)もあり、外的ストレスも多い
必要があり、特に産乳能力の高い乳牛はな
時期になります。このため、周産期疾病が発
おさら再生が必要となる。
生しやすくなります。したがって、最も乳牛
に注力して管理をしなければなりません。現
1−3に必要な栄養分は、全て母牛自身が
在、国内、海外において、様々な最新情報が
飼料として摂取し、消化して各組織に供給し
提供されており、非常に有益なものも多いで
なければなりません。まずは乾乳期の乳牛に
す。現場で応用できる情報も多数あります。
必要な栄養分は過不足なく摂取させるような
今回、本記事では、新しい情報を活用するた
飼料給与が前提条件となります。
めにも、移行期牛の栄養の前提となる基本的
な考え方を中心に、執筆することとします。
【乳牛の栄養における優先順位】
乳牛が体内で利用する栄養の優先順位を示
【乾乳期の目的とは】
します。
乾乳期は分娩に備えて泌乳を中止している
1, 生命維持(生体の維持)
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2, 妊娠維持(胎子への栄養)
【分娩前の乾物摂取量低下】
3, 母体自身の成長 4, 産乳
クローズアップ期に入ると、乳牛は生理的
5, 体蓄積(体脂肪蓄積)
6, 繁殖
な理由から、乾物摂取量の低下が起こります。
母体自体に必要な栄養が不足した場合、上
理由は次のとおりです。
位の順位の項目に優先的に栄養分が回ること
になります。乾乳期の母体は、生命維持を除
1, 胎子の急激な成長、および子宮が急激に大
けば、胎子への栄養供給が最優先になります。 きくなり、消化管が圧迫されるため、食欲
飼料としての栄養分が不足した場合、乳牛は
が低下する。
母体自身の体組織(筋肉、体脂肪)を消耗し
2, 分娩や泌乳のためのホルモンが分泌され、
てでも必要な栄養分を胎子に供給します。こ
体内のホルモンのバランスが変化するため、
のことから、乾乳牛は適切な栄養設計をベー
食欲が低下する。
スに飼料給与しないと、母体の筋肉と体脂肪
3, 乾乳期で過肥の牛は食欲が低下する。
が損失することになり、優先順位の低い乳腺
組織の再生やルーメン組織の再生に充てられ
図−1に分娩前後の乳牛の乾物摂取量の推
る栄養分が不足してしまうことになります。
移を示しました。分娩前 3 週間(クローズア
結果として、分娩後の産乳成績に影響を及ぼ
ップ期に相当)から乾物摂取量が低下し始め、
すことになってしまいます。この点からも、
分娩後3週間程かけて回復していきます。
乾乳期の栄養に合致した専用の配合飼料を給
クローズアップ期には前述のとおり、胎子
与することをお薦めします。
が急激に発育するための栄養供給、乳腺組織
の回復、初乳の生産など、栄養要求量も高ま
【胎子の成長と栄養分の利用】
るため、配合飼料を増飼する必要があります。
母体から胎子に供給される栄養の主たるも
のは、
グルコース
(ブドウ糖)
とアミノ酸であり、
図−1 分娩前後の乾物摂取量の推移
胎盤を通して胎子に供給されます。グルコー
スは、ルーメン発酵で産生したプロピオン酸
を主な原料として母体内で生産されます。ア
ミノ酸は、小腸で代謝タンパク質として吸収
されたものや、母体の筋肉分解に由来する
ものが胎子に供給されます。胎子に不足なく
栄養を補給するためには、母体内でプロピオ
ン酸や代謝たん白が十分に生産できるよう、
分娩前後の週数
ルーメン発酵を適正かつ促進する必要があり
ます。
【分娩前後における肝臓への脂肪蓄積を回避する】
分娩前の乾物摂取量の落ち込みが大きい場
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合、あるいは分娩後の乾物摂取量の立ち上が
ステルを通して飼料を強制的に投与して乾物
りが低い場合、短期間であっても母体自体の
摂取量が落ちなかった状態をつくった乳牛
エネルギーバランスが負になる程度が増しま
(強制給与区)で、分娩直後における肝臓へ
す。その時に母体に蓄積された体脂肪の分解
の脂肪蓄積を調査したものです。分娩前の飼
量が増加します。体脂肪をエネルギー源とし
料摂取量の落ち込みが大きい程、肝臓への脂
て使用するためですが、血中に放出される分
肪蓄積が多いことがわかります。
解された体脂肪(遊離脂肪酸)量が上昇し、
体脂肪をエネルギー源に作り変える組織であ
肝臓への脂肪蓄積は、脂肪肝まで進行しな
る肝臓に、大量に体脂肪が流入することにな
い場合でも機能低下を招きます。肝機能が低
ります。肝臓は、分解された体脂肪をエネル
下すると乾物摂取量の低下(食欲低下)
、エ
ギーに変換する作業を行いますが、短時間に
ネルギー産生機能の低下、免疫力の低下につ
大量の体脂肪が肝臓内に流入してしまった場
ながります。繰り返しになりますが、移行期
合、肝臓の処理能力の限界を超え、肝臓内に
は分娩、産乳開始、飼養環境の変化、飼料の
脂肪が蓄積します。この状態が進行すると脂
変化等々、様々なストレスに曝される時期で
肪肝になります。
す。この時期に肝機能が低下してしまうこと
図− 2 −①および②に示した試験結果は、
は、様々な周産期疾病発生の大きな要因とな
分娩前に不断給与状態で乾物摂取量が自然減
ってしまいます。
少した乳牛(不断給与区)と、ルーメンフィ
肝機能低下のための予防策はいろいろあり
ますが、まず第一に、分娩前の乾物摂取量の
図−2−① 分娩前後の乾物摂取量の落ち込みと肝臓内脂肪蓄積
落ち込みをできる限り少なくすること、第二
に過肥のまま乾乳期を迎えないこと(エネル
ギーマイナス時に体脂肪分解量が多くなる)
が重要な管理点になると考えます。この 2 点
が解消されない限り、根本的な予防にはつな
がりません。
【ルーメン機能の再生を図る】
分娩前後の日数
乾乳期は粗飼料主体の給与体系になります。
品質の良い粗飼料を十分に摂取させ、配合飼
図−2−② 分娩前後の乾物摂取量の落ち込みと肝臓内脂肪蓄積
料は乾乳前期で 2 − 3kg/ 日、クローズアップ
期で 4 − 5kg/ 日の給与で栄養を充足させる
不断給与区
強制給与区
ことになります。分娩後は泌乳牛用の高エネ
ルギー飼料に徐々に切り替えていくため、ク
ローズアップ期から配合飼料の給与量を徐々
に増加して、ルーメンを馴致していく必要が
あります。乾乳期は粗飼料主体の給与メニ
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ューのため、ルーメン微生物叢は粗飼料消化
馴致して、微生物叢や絨毛の再生を図ること
に有利な状態になっており、更にルーメン絨
で、分娩後の乳牛に対して良い結果がもたら
毛は、プロピオン酸や酪酸産生量低下したた
されます。ただし、分娩前後にデンプンを高
め、短く表面積が小さくなっています。分娩
める飼料設計は、栄養バランスや増飼の仕方
後の泌乳期には高デンプン飼料が給与されま
が適正でないと、ルーメンアシドーシスのリ
すので、クローズアップ期には、給与飼料の
スクも高まりますので、きちんとした栄養ガ
デンプン含量を増やし、デンプン消化に対応
イドラインに基づいて行なうことが大切にな
できるルーメン微生物叢の形成、揮発性脂肪
ります。加えて、全体の乾物摂取量が不足し
酸(VFA)が吸収できる下地として絨毛の
ないためにも、嗜好性の良い、良質な粗飼料
再生を行なう必要があります。
を乳牛に不断給与することも重要です。
図− 3 −①と②に、分娩前後に高 NFC(高
【移行期こそAAMPS 設計で
ルーメン発酵を安定させる】
デンプン)飼料を給与した場合、分娩後の乳
量が高くなり、
肝臓中のトリグリセリド(TG:
脂肪のこと)の蓄積が低減された試験データ
移行期は飼料の変化がある時期です。すな
を示しました。
わち、粗飼料主体の乾乳期用の給与メニュー
乾乳期から少しづつデンプンにルーメンを
から、徐々に泌乳期用の高デンプンの給与メ
ニューに切り替わっていく時期です。当然、
ルーメン内の微生物叢は飼料のタイプによっ
図−3−① 分娩前後の高NFC
(高デンプン)
給与と
分娩後の乳量の関係(分娩後40日)
て変化が生じ、更に分娩が近づくにつれて生
理的な乾物摂取量低下が生じます。ルーメン
内の微生物が変化する飼料に順応していくた
めにも、きめ細かい飼料設計を行ない、移行
期の微生物のための栄養供給が必要になりま
す。微生物叢が安定すれば、ルーメン発酵も
安定し、飼料摂取も安定します。
また、冒頭に述べましたが、移行期の乳牛
図−3−② 分娩前後の高NFC
(高デンプン)
給与と
分娩後の乳量の関係(分娩後40日)
は、胎子の成長を優先するため、胎子の栄養
源であるグルコースやアミノ酸を、自分の体
内蓄積を犠牲にしてでも胎子に供給します。
そのためにも、乳牛の直接的な栄養源である
代謝タンパク質、VFA(プロピオン酸)の
産生量を最大に高める栄養設計が必要にな
ります。この点からも当社で実践している
AAMPS 設計は優位性があるものと考えてい
ます。
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