ナノ微粒超硬合金を用いた 精密金型の開発

!解説 4
ナノ微粒超硬合金を用いた
精密金型の開発
冨士ダイス㈱
各種産業界で製造されている機械装置は高性能
化・小型化・低コスト化が要求されており、また
川上
優*
その分類は、①結合相成分、②合金中の WC 平
均粒度、③合金の硬さとされている1)。
近年はそれらとあわせて環境に対する配慮も求め
一般に WC 平均粒度が 1.
0μm 未満の超硬合
られ、それらの機械装置に組み込まれる部品や部
金が微粒超硬合金と呼ばれ、高精度かつ高耐摩耗
材も小型化・薄肉化かつ高精度化が要求されてい
性を有する工具に使用されている。これは、WC
る。それらの部品や部材を成形するための工具や
粒子が微粒であることにより、形状精度および形
金型にもより高精度で、高耐摩耗性・高耐折損性
状維持精度が向上するためである。
を有するものが要望されている。
WC−Co 基超硬合金は、高速度工具鋼や合金工
微粒超硬合金よりさらに微粒な超硬合金は、超
微粒超硬合金、超々微粒超硬合金などと呼ばれる。
具鋼に比べて高剛性・高硬度(高耐摩耗性)であ
当社では WC 平均粒度が 0.
3μm 未満の超微粒
るため、工具鋼では精度や耐摩耗性を満足できな
超硬合金を、擬ナノ微粒超硬合金またはナノ微粒
い場合などに使用されている。WC−Co 超硬合金
超硬合金と呼んでいる。ナノ微粒超硬合金は、写
製工具の精度および耐摩耗性をさらに向上するに
真 1 に示すように市販の超微粒超硬合金に比べ
は、合金中の WC 粒度を微粒化することが有効
てはるかに微粒かつ均粒な合金であり、その性質
であると考えられる。本稿では、当社で開発した
から従来より高精度かつ高耐摩耗性が必要な分野
WC 平均粒度が 0.
3μm 以下のナノ微粒超硬合金
で使用される。
の特性や金型作製事例などについて述べる。
ナノ微粒超硬合金の特性
ナノ微粒超硬合金とは
超硬合金の硬さは、WC 平均粒度が小さくなる
超硬合金は、WC などの硬質 粒 子 を Co や Ni
ほど増加する傾向を有するため、ナノ微粒超硬合
などの金属を結合相として焼結した合金である。
金は超硬合金の中でも最も硬い合金である。たと
超硬合金の特性は、使用する WC 粒子の大きさ
え ば WC−4 mass%Co の 場 合、WC 平 均 粒 度 が
や Co 量、さらには混合条件や焼結条件などで
0.
1μm のナノ微粒超硬合金で 2,
600 HV、
0.
3μm
種々変化させることが可能で、幅広い用途に対応
でも 2,
250 HV となり、WC−10 mass%Co 合金で
した特性を選択できる。耐摩耗用超硬合金の材種
は、それぞれ 2,
300 HV、1,
950 HV に達する(図
選択方法は超硬工具協会規格で定められており、
1)
。これらの硬さは、粒度が 1.
5μm の普通粒度
*
(かわかみ まさる):生産開発本部研究開発部主査
〒257−0015 神奈川県秦野市平沢 36−1
TEL : 0463−82−9588 FAX : 0463−83−0263
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超硬合金に比べてそれぞれ 3∼6 割ほど高い。こ
れはナノ微粒超硬合金が普通粒度超硬合金に比べ
て、耐摩耗性が非常に優れていることを示す。
プ レ ス 技 術
■特集
0.5μm
市販超微粒超硬合金
WC平均粒度:0.5μm
硬さ:1,850HV
周辺技術の進化で変わる微細精密加工
ナノ微粒超硬合金
WC平均粒度:0.1μm
硬さ:2,300HV
写真 1 超微粒超硬合金とナノ微粒超硬合金の SEM 組織例2)
2,200
2,000
1,800
1,600
1,400
0.1
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4
Mean grain size of WC(dwc)
/μm
5.0
WC-XC-4mass%Co alloy
3.0
かつ均粒であるほど高くなる(図 2)
。
ナノ微粒超硬合金は超微粒超硬合金や普通粒度
超硬合金に比べて高い抗折力を示す。ここで示し
た測定例では WC−10 mass%Co 合金の場合、粒
度 が 0.
1μm で 4.
7 GPa、0.
3μm で 4.
2 GPa で
1.6
図 2 超硬合金の抗折力と WC 平均粒度の関係2)
Kc/MPa1/2
いが、同一 Co 量においては WC 平均粒度が微粒
Developed alloy(2007)
0.1
0
0.2 0.4 0.6 0.8
1
1.2 1.4
Mean grain size of WC(dwc)/μm
2.5
は 3 点曲げ強さである。抗折力は、合金中に内在
右される。したがって必ずしも粒度には依存しな
Developed alloy(2004)
WC-XC-10mass%Co alloy
3.5
抗折力(TRS : Transverse Rupture Strength)
する粗大 WC 粒子などの数および寸法により左
Developed alloy(2005)
4.0
92
91
90
1.6
図 1 超硬合金の硬さと WC 平均粒度の関係2)
Developed alloy(2006)、improved alloy(2007)
4.5
TRS、GPa
Hardness、HV
2,400
䚷
Developed alloy(2007)
Developed alloy(2006)
䚷
Developed㻌 alloy(2005)
Developed alloy(2004) 95
WC-XC-4mass%Co
94
WC-XC-10mass%Co
93
Hardness、HRA
2,600
24
22
20
18
16
14
12
10
8
6
4
䚷2006)
Developed㻌 alloy(
䚷
Developed㻌alloy(2005)
䚷
Developed㻌alloy(2004)
WC-XC-10mass%Co alloy
WC-XC-4mass%Co alloy
Developed alloy(2007)
0
0.1
0.2
1
1.2 1.4
0.4 0.6
0.8
Mean grain size of WC(dwc)/μm
1.6
図 3 超硬合金の破壊靭性値と WC 平均粒度の関係2)
ある。いずれも普通粒度超硬合金に比べて高強度
となった。高い抗折力は、工具としての高い耐折
ナノ微粒超硬合金ではクラックが迂回せずに進む
損性を有することを示している。
ことによる。したがって、クラックを発生させな
しかし、微粒化することで破壊靭性値(KC)は
低下する(図 3)
。これは、超硬合金のクラック
伝播が WC−Co 界面上を主体として進展するため、
第 48 巻 第 12 号
(2010 年 12 月号)
がら使用する用途にはナノ微粒超硬合金は適して
いない。
ところで、DLC 被膜は一般的に膜と基材との
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装置
Wasino SG-52F
砥石
φ205×10
回転数
(スピード)
3,000rpm(1,900m/min)
左右送り
250mm/s
前後送り
0.5mm/s
回転方向
Cutting depth 切り込み量
(前後2回)
#140
#400
#1000
5μm×20回
2μm×15回
2μm×12回
切り込み側
逃げ側
20μm
WC(XC)-10%Co
逃げ側
切り込み側
TFS06
粒度:0.2∼μm
0.5μm
1.5μm
2.9μm
3.8μm
図 4 研削試験によるエッヂ部の欠けの観察例3)
密着力が弱いと言われているが、ナノ微粒超硬合
割れや欠けが生じやすい印象を持たれている場合
金を基材として用いることにより、その密着力は
がある。しかし、精度良く加工した場合、シャー
向上する。当社のデータでは、普通粒度の超硬合
プエッヂが出しやすいという特徴も有する(図 4)
。
金の基材にイオン化蒸着法を用いて DLC 被膜を
これは、エッヂ部のチッピングは WC 粒子の脱
生成すると、その密着力は 50 N ほどであるが、
落によって生じているためであり、脱落する WC
ナノ微粒超硬合金を用いることで 100 N 以上に向
粒子が小さいほどチッピングの寸法が小さくなる
上する。さらに成膜方法などに種々工夫を加えた
ためである。このことから、切断刃などのシャー
チャンピオンデータでは、140 N オーバーを記録
プエッヂが必要な工具には、ナノ微粒超硬合金が
した。DLC 被膜の基材としても、ナノ微粒超硬
有効であると考えられる。
合金が有効であると考えられる。
またナノ微粒超硬合金、特にナノ微粒バインダ
レス超硬合金は鏡面に仕上げやすいという特徴も
ナノ微粒超硬合金の被加工性
有する。そのため、ガラスレンズ成形用金型など
の優れた鏡面性を必要とする金型に利用されてい
ナノ微粒超硬合金や超微粒超硬合金は、普通粒
る。表 1 は研磨試験結果の一例であるが、同一
度超硬合金に比べて破壊靭性値が低いため(図 3)
、
条件下で研削・研磨加工を行った場合、PV 値で
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プ レ ス 技 術
■特集
周辺技術の進化で変わる微細精密加工
表 1 バインダレス超硬合金の研磨特性比較4)
試料
材料特性
研磨面の
表面粗さ
ナノ微粒1
ナノ微粒2
従来材料
粒度
(μm)
0.2
0.3
1.5
比重
15.39
15.47
14.65
HV294N
2600
2500
2000
PV
(μm)
0.036
0.049
0.063
Ra
(nm)
4.807
5.416
6.239
研磨面
(3D表示)
研磨面の
組織評価
研磨面
(表面解析像)
(a)
(b)
4μm
4μm
(c)
(d)
30μm
4μm
写真 2 FIB による超硬合金の加工例5,6)
従来材料の 0.
063μm に対して 4 割小さい 0.
036
得られにくい(写真 2
(a)
)
。超微粒超硬合金とな
μm に、Ra 値で 6.
2 nm から 2 割小さい 4.
8 nm
ると WC 粒子が小さくなり、Co 相の厚さも薄く
まで減少した。
なるため加工精度は改善される(写真 2(b)
)
。さ
微細加工への取り組みの一例として FIB(Fo-
らに、粒度も小さく Co を含まないナノ微粒バイ
cused Ion Beam:集束イオンビーム)加工への
ンダレス合金とすると、平滑面が非常に得やすい
適用性も検討された。WC 粒子と Co(γ)相の
(写真 2(c)
)
。このような特殊な微細加工を必要
2 相組織の合金である超硬合金を FIB 加工でする
とする金型にも、ナノ微粒バインダレス合金が有
と、WC 粒子と Co(γ)相の加工速度が異なる
効である。
ため、WC 平均粒度が大きい合金では加工精度が
第 48 巻 第 12 号
(2010 年 12 月号)
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使用時期
工 具 名
寸 法
方 式
スピード
被加工材 種類
寸法
H19/9
圧造金型
マイクリギヤ
据え込み
150spm
SUS631
t=30μm
使用時期
工 具 名
寸 法
方 式
スピード
被加工材 種類
寸法
H19/12
パンチ
φ0.2mm
L/D=2.5
SUS420J2
使用時期
工 具 名
寸 法
方 式
スピード
被加工材 種類
寸法
継続使用中
2,000,000
表面粗さRz nm
30,000
25,000
1,500,000
ショット数
ショット数
2,500,000
1,000,000
500,000
折損
20,000
15,000
10,000
5,000
0
超々微粒
0
TFS06
超々微粒
450
400
350
300
250
200
150
100
50
0
TFS06
H19/12
異型プラグ
φ9.6mm
Cu
使
使 用
用 後
前
超々微粒
使 使
用 用
前 後
TFS06
図 5 ナノ微粒超硬合金 TFS 06 の各種金型への適用例7)
参考文献
ナノ微粒超硬合金の適用例
ナノ微粒超硬合金 TFS 06 は当社で市販してい
る世界で最も微粒な超硬合金であり、極小径ダイ
やパンチなど微小で高負荷な加工が行われる工具
や金型で優れた性能を発揮している(図 5)
。SUS
631 のマイクロギヤを製造する金型では、超々微
粒超硬合金が約 1,
100,
000 ショットで寿命を抑え
るのに対して、TFS 06 は 2,
300,
000 ショットと
2 倍以上の寿命延長に貢献した。
先端径φ0.
2 mm のピアスパンチでは寿命が向
上することはもちろんのこと、従来の超微粒超硬
合金では不可能であった板材の厚さ方向に対して
1)硬工具協会規格 CIS 019 D−2005
2)NEDO 平成 18 年度成果報告書革新的部材産業創出プ
ログラム精密部材成形用材料創製・加工プロセス技
術プロジェクト
3)冨士ダイス㈱カタログ「超硬合金」
4)平成 21 年度戦略的基盤技術支援事業成果報告書「ナ
ノ微粒超硬合金を用いた精密金型の開発」
、関東経済
産業局
5)NEDO 平成 15 年度成果報告書革新的部材産業創出プ
ログラム精密部材成形用材料創製・加工プロセス技
術プロジェクト(写真 2(a)
∼(c))
6)神奈川科学技術アカデミー FIB 加工試験片(写真 2
(d))
7)冨士ダイス㈱技術資料 C−243
斜め方向に打ち抜くことも可能と聞き及んでいる。
特殊な用途例として異型プラグがあるが、使用後
の表面粗さが格段に改善された。ナノ微粒超硬合
金が、優れた形状維持性能を有することを表した
一例と言えよう。
☆
☆
ナノ微粒超硬合金は、従来の超硬合金よりもさ
らに耐摩耗性などの機械的特性に優れた高いポテ
ンシャルを持つ材料である。特に微小な先端径を
有する工具やシャープエッヂを必要とする金型な
どで優れた性能を発揮することが期待される。
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プ レ ス 技 術