小麦に石灰窒素の追肥 破られた「常識の壁」障害なし質量ともに向上を確認 電気化学工業株式会社 肥料事業部 技術顧問 樋口和夫 小麦の国内自給率はきわめて低い 米と並んで主要食糧である小麦は、食料自給率の向上を図る上で重要な作物であり、日常生活においてパン・めん・菓子・ 押麦など多様な用途で使用され、食生活の上で欠かせないものとなっている。 国内で1年間に消費される小麦は約632万t、そのうち国内産は約14%の86万t(平成15年度)と自給率はきわめて低いのが 実情である。 一方、平成17年産麦からは、品質評価(タンパク質含量、容積重、灰分、フォーリングナンバー)にもとづきランク付けされること になっている。 こうした新しい情勢変化のなかで、これまで以上に収穫量の高位安定化とともに、加工に適応した品質向上が重要な課題に なっている。 出穂期の追肥は非常に大変な作業 従来の小麦栽培では、追肥として速効性肥料を主体に、茎立期(幼穂形成期)に施すように奨励されていたが、必ずしも収 量・品質などの向上に結びつかない事例がみられた。 その対策として、以前から出穂期の追肥で品質向上を図るための指導がされていたが、この時期の生育は、草丈が高くなり、 圃場のなかに入っての追肥は、非常に大変な作業で現実的ではなく、実施されることはほとんどなかった(図-1)。 子実の充実度が低い ↓ 茎立期の追肥 ⇒ 肥効が短い ⇒ 出穂期の肥切れ ⇒ 細麦化 図-1 従来の「小麦の追肥」での問題点 生育障害がなかった石灰窒素の追肥 小麦栽培では、収量・品質の向上がもっとも強く求められている。そのため、茎立期から出穂期にかけて肥効を持続させること が最大のポイントとなる。 これまでイネ科作物をはじめ多くの作物で、生育中の石灰窒素の施用は、障害を起こすことが常識となっていた。ところが、筆 者は「大麦に石灰窒素を追肥として施用したところ、障害はみられなかった」との情報を得たので、さっそく小麦でこの実証確認 を試みた。それは、緩効性の石灰窒素が追肥で施用が可能であれば、この課題を一挙に解決できると考えたからである。 平成12年2月に、埼玉県内の圃場で「農林61号」を供試して、追肥による生育障害テストを試みた(写真-1)。施用量、早朝 の朝露条件下、生育ステージ別、降雨時、周辺作物への影響など、広範な条件で確認をした結果、まったく障害が認められ なかった。このことは正直いって驚きであった。 この結果をふまえ、小麦作主産地である群馬県の関係機関に相談し、産地内の数農家の圃場で追肥の現地試験を実施し た。その結果、期待以上の成績を得ることができ、これまでの「常識の壁」を打ち破ったとの実感を深くした。 写真-1 生育障害確認圃の状況(埼玉県の事例) 散布直後 無施用 粒状石灰窒素 7.5kg/10a 粒状石灰窒素 30kg/10a 散布30日目 実証試験で緩効性の効果 を確認 現地での実証試験や先進事例農家などの結果から、茎立期追肥の標準的な施用量は、基肥施用量、品種、土壌条件で 異なるが、石灰窒素でおおむね10~20kg/10aであることがわかった。また、これ以上の施用量でも、まったく障害が出ないことも 確認し、平成13年産麦から関東の主力産地で実証試験、その後本格的に普及推進が始まった。 その結果、慣行区に比較 して、収量で平均60kg/10a程度の増収となるとともに、品質も改善(粗タンパク質含量:約1%向上)され、さらには連作障害が 軽減することも確認され、非常に満足できる結果となった(表-1)。 なお、土壌分析の結果、石灰窒素区は、慣行区にくらべ、出穂期(追肥から60日後)の硝酸態窒素量が多いことも確認され、 小麦の追肥においても、石灰窒素の緩効性が大きな効果をもたらすことを証明した(図-2)。 散布作業も機械散布、散粒機散布などで、規模に応じて適用している(写真-2)。 表-1 関東の麦主力産地での実証試験結果 試 験 区 稈長 穂長 (cm) (cm) 慣 行 区 79.5 6.8 粒状石灰窒素区 80.5 7.3 穂数 (本/m2) 615 680 精麦 (g/3.3m2) 1、665 2、057 千粒重 (g) 36.9 37.6 換算 (kg/10a) 505 625 祖タンパク 含量(%) 9.2 10.3 図-2 石灰窒素の肥効 土壌分析結果(アンモニア・硝酸態窒素) 石灰窒素の除草効果と相反する現象 石灰窒素の小麦への追肥は、以上のように緩効性機能の活用と同時に、追肥で障害を起さないケースもあることがわかった。 しかし、これは、石灰窒素の除草効果と相反する現象である。石灰窒素が加水分解して、シアナミドが除草、殺菌などの農薬 効果をもたらすが、作物によっては、小麦のようにシアナミドの抵抗性に差異があるかもしれない。 石灰窒素が使われてから100年経つが、このような新しい発見が、ほかにもあるかもしれないので、さらに、基本的な研究が必 要と改めて感じている。 写真-2 散布状況 大型機械による散布 散粒機による散布
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