「眠れない」「眠らない」 患者のケア

第1
特集
「眠れない」
「眠らない」
患者のケア
◉プランナー
井上 雄一 INOUE Yuichi(東京医科大学睡眠学講座/財団法人神経研究所附属睡眠学センター)
不眠は,代表的な不定愁訴の一つです.しかし,ひと口に「不眠」といっても,加齢や環
境変化,疾患などその要因はさまざま.こうした背景の異なる不眠に対し,臨床現場で
はその状態に応じたケアが求められます.
睡眠に関連する看護のエビデンスは多くはありませんが,本特集では,根拠あるケア
の提供や今後のエビデンスづくりに役立つ睡眠の基礎を解説し,現在得られているエ
ビデンスをもとにした最良と思われるケアの手法を紹介しています.臨床の現場に活
かしてみてください.
第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
1
睡 眠 の 必 要 性と
その メカニズ ム
浅岡章一 ASAOKA Shoichi(東京医科大学睡眠学講座/財団法人神経研究所附属睡眠学センター)
井上雄一 INOUE Yuichi(東京医科大学睡眠学講座/財団法人神経研究所附属睡眠学センター)
一方,長時間睡眠者における死亡率上昇の理由は
睡眠の必要性
明らかでないが,不適切な長さの睡眠が健康上の
障害と関連するのは間違いなさそうである.
認知機能に及ぼす影響
健康に及ぼす影響
眠りの必要性を確かめる一つの方法として,実
また,睡眠不足は認知機能の低下も引き起こす.
3)
験対象を長時間眠らせない断眠実験という手法が
Dawson ら は,17 時間の連続覚醒がアルコール
ある.ラットを最長 33 日間にわたり断眠状態に
血中濃度 0.05 %水準相当(酒気帯び運転の基準は
した研究では,断眠させられたラットには,毛質
0.03 %相当〜)にまで認知機能を悪化させると指
の変化や,足の腫れなど外見上の衰弱が認められ
摘している.また図 1 は,4 時間睡眠( ○ )
,6 時
たほか,深刻な運動機能の衰弱も認められ,最終
間睡眠( □ )
,8 時間睡眠( ◇ )を 14 日間にわた
的には死亡,あるいは瀕死の状態になったと報告
って続けた際の,刺激反応課題におけるパフォー
1)
されている .この結果は,生物にとって睡眠が
マンス(見落とし数[ A ]
)と主観的眠気( B )を,
必須であることを示唆している.
全断眠(徹夜 ■ )を 3 日間続けた際の結果と比較
4)
倫理的観点から,ヒトを対象として,ここまで
したものである .4 時間あるいは 6 時間睡眠が
長期間の断眠実験が行われることはない.しかし,
14 日間続くと刺激反応課題における見落としの
ヒトにおいても通常の生活で起こりうる程度の睡
数は一晩徹夜した際と同等以上に増加している.
眠不足によって,さまざまな問題が生じることが
その一方で,主観的眠気の得点は初めの数日間に
2)
明らかとなっている.Kripke ら は,約 110 万
おいて上昇した後は,ほぼ一定に保たれている.
人の 30 歳以上の成人を対象とした調査の結果か
この結果は,自覚している眠気の程度以上に,累
ら,日ごろの睡眠時間と死亡率との関係を検討し,
積的な睡眠不足による認知機能の低下が深刻であ
7 時間程度の睡眠をとっている人の死亡率が最も
ることを示している.その他にも多くの研究で,
低く,睡眠時間がそれより短くても長くても死亡
断眠や睡眠不足によってさまざまな認知的活動に
率が上昇すると報告している.睡眠時間を制限す
障害が出ることが確かめられており ,心身の健
ると高血圧,糖尿病,肥満,高脂血症の発現,免
康のみならず,覚醒中の認知的活動の遂行にとっ
疫機能の低下や,代謝にかかわるホルモン分泌の
ても適切な長さの睡眠を保つことが重要であると
異常などが生じることが,疫学調査や実験によっ
考えられている.
て明らかになっており,これらが短時間睡眠者に
おける死亡率の上昇に関与していると推測される.
10(122)EBNURSING Vol.11 No.2 2011
5)
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特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
A
B
16
2.5
14
12
2.0
主観的眠気
見落とし数
10
8
6
4
1.5
1.0
0.5
2
0
0.0
0
2
4
6
8
10
12
14
0
2
4
日数
6
8
10
12
14
日数
図 1 全断眠および部分断眠を続けた際の刺激反応課題におけるパフォーマンス(見落とし数[A])と主観的
眠気の変化(B)
それぞれの図は,8 時間睡眠( ◇)
,6 時間睡眠( □ )
,4 時間睡眠( ○ )を14 日間続けたグループと,0 時間睡眠(徹夜[■]
)を 3 日間
続けたグループの平均を示している.
(Van Dongen HP, Maislin G, Mullington JM, et al:The cumulative cost of additional wakefulness:dose-response effects on neurobehavioral functions and sleep physiology from chronic sleep restriction and total sleep deprivation. Sleep, 2003;26:117-126.より)
程度持続した後,レム睡眠が出現する.この約
睡眠のメカニズム
90 分の周期を何度か繰り返し,朝まで睡眠が続
くわけであるが,夜間睡眠の前半には深い睡眠が
睡眠状態:レム睡眠とノンレム睡眠
睡眠状態は,レム( rapid eye movement:
REM )睡眠と,ノンレム( non-REM )睡眠の 2
多く,後半にはレム睡眠が多くなることがわかっ
6)
ている(図 2 ) .
睡眠の発現機構:恒常性維持機構と体内リズム
つに大別することができる.レム睡眠は,その名
睡眠の発現は,主に恒常性維持機構と体内リズ
のとおり,急速な眼球運動を伴う睡眠である.レ
ムの 2 つの機構によって規定されている .長時
ム睡眠中の脳活動は覚醒中ほどではないものの比
間覚醒し続けていたり,前夜の睡眠が不足してい
較的活発で,レム睡眠中に覚醒させると夢見を報
たりすると眠くなったりするのは,この恒常性維
告する確率も高い.またレム睡眠中には,呼吸や
持機構によるものである.一方,14 時ごろにな
心拍は不規則になる.
ると前夜の睡眠が十分であっても眠くなったり
一方,ノンレム睡眠は,急速眼球運動を伴わな
い睡眠状態である.レム睡眠と比較すると脳の活
7)
(午睡ゾーン)
,昼寝の有無によらず深夜になると
眠くなるのは体内リズムの影響と考えられる.
動水準も低下しており,呼吸や心拍も安定してい
体内リズムのなかでも,約 1 日の周期をもつリ
る.このノンレム睡眠は,さらに脳波の徐波化の
ズムは概日リズムとよばれている.概日リズムの
度合いによって段階 1〜4 に分けられている.一
中枢は脳内の視床下部に存在し,睡眠─覚醒リズ
般的に,ヒトが夜間に眠りに落ちると,まずノン
ムとこれに関連する体温の日内変動やメラトニン
レム睡眠となり,20〜30 分程度で段階 3 や 4 の
ホルモンの分泌タイミングなどをコントロールし
深い睡眠に到達する.そして,深い睡眠が 30 分
ている.ヒトの睡眠─覚醒リズムの周期は,暗所
EBNURSING Vol.11 No.2 2011(123)11
A
1
2
3
4
睡眠段階
A
1
2
3
4
図 2 3 晩の睡眠経過図
A
1
2
3
4
0
1
2
3
時間
4
で時計などの時間的手がかりのない条件下では,
8)
24 時間よりも 1 時間程度延長する .
5
6
7
青い帯はレム睡眠を示している.
最下段の緑の縦棒は体動を示して
いる.長い縦棒は寝返りのような
大きな体動を,短い縦棒は細かな
体動を示している.なお A は覚醒
を,1〜4 はノンレム睡眠の段階
(深さ)1〜4 を,矢印は睡眠周期
の終了時点を表す.
(Dement W, Kleitman N:Cyclic
variations in EEG during sleep and
their relation to eye movements,
body motility, and dreaming. Electroencephalogr Clin Neurophysiol,
1957;9:673-690.より)
し,昼に活動し夜に眠るというリズムが確立され
ていく.青年期には,年齢とともに睡眠をとる時
間帯が後退し,20 歳代前半が最も遅寝遅起の年
良質な睡眠と睡眠衛生
代となるが,逆に高齢者では早寝早起きになって
9)
いくことが知られている .また,30 歳以降にな
良質な睡眠とは
ると深いノンレム睡眠の割合が徐々に減少し,50
睡眠には個人差が大きく正常値が設定されてい
歳以降では,夜中に目覚めること(中途覚醒)が
ないため,良質な睡眠を厳密に定義することは難
多くなり,70 歳以降になると日中の仮眠も多く
しいが,一般的には,寝つきが良い( 30 分以内
なる
が基準とされることが多い)
,中途覚醒が少ない,
は女性よりも男性において顕著であるとの報告も
深い睡眠段階が十分量得られる,寝起きにリフレ
あるが,性差に関しては,必ずしも安定した結果
ッシュ感がある,日中の過度な眠気が生じない,
は得られていないようである
などがその目安とされる.さらに,十分な長さの
日本人の夜間睡眠時間
10 )
.このような加齢による睡眠構造の変化
11 )
.
夜間睡眠がとれているということも重要な指標の
日本人の夜間の睡眠時間は,この数十年間で 1
一つである.ただし,睡眠は発達と老化によって
時間以上減少している.Liu ら の調査によれば,
も変化するため,これも考慮に入れて総合的に評
日本人の 29 %が 6 時間以下の睡眠しかとってお
価すべきである.
らず,23 %が睡眠不足感を訴えている.不眠の
年齢と睡眠の関係
訴えも 21 %にのぼり,15 %が日中の過度な眠気
12 )
生まれた直後の新生児は,1 日のほとんどを寝
を報告しているとされている.国際比較において
て過ごしているが,睡眠時間は成長とともに減少
も,日本人の睡眠時間は短く,多くの日本人が睡
12(124)EBNURSING Vol.11 No.2 2011
第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
眠不足の状態に陥っていると考えてよいだろう.
同調)が考えられている.さらに,夜勤後の日中
睡眠が通常の夜間睡眠よりも短くなりがちな結果,
社会活動と睡眠
交替制勤務者が睡眠不足に陥りやすいことも眠気
15 )
の一因であるとの指摘もあり
睡眠習慣に大きな影響を及ぼす要因の一つに仕
事がある.勤務スケジュールが変動する交替制勤
,科学的根拠に
基づいた適切な勤務スケジュールの管理が重要だ
と考えられる.
務従事者においては,勤務スケジュールが睡眠に
与える影響はより大きなものとなる.実際に,夜
おわりに
勤あるいは交替制勤務従事者には,不眠の訴えや
13 )
覚醒中の過度な眠気の訴えが多い
.過度な眠
上述のように,多くの日本人が睡眠不足の状態
気は,勤務中のエラーや事故,職場の行き帰りに
にあると考えられる.発達段階や個人差を考慮し
14 )
おける交通事故のリスクの上昇につながる
.
た適切な睡眠習慣を維持することが,心身の健康
交替制勤務者では,この過度な眠気の訴えとと
と事故の低減にとって重要であり,看護師の勤務
もに不眠の報告も多く,これらの睡眠問題の原因
スケジュールもこれらの要因に配慮した適切なも
として上述の体内リズムと活動リズムのズレ(脱
のにする必要があるだろう.
◉ REFERENCES
1)Rechtschaffen A, Gilliland MA, Bergmann BM, et al:Physiological correlates of prolonged sleep deprivation in rats. Science, 1983;221:182-184.
2)Kripke DF, Garfinkel L, Wingard DL, et al:Mortality associated with sleep duration and insomnia.
Arch Gen Psychiatry, 2002;59:131-136.
3)Dawson D, Reid K:Fatigue, alcohol and performance impairment. Nature, 1997;388:235.
4)Van Dongen HP, Maislin G, Mullington JM, et al:The cumulative cost of additional wakefulness:
dose-response effects on neurobehavioral functions and sleep physiology from chronic sleep restriction and total sleep deprivation. Sleep, 2003;26:117-126.
5)Durmer JS, Dinges DF:Neurocognitive consequences of sleep deprivation. Semin Neurol, 2005;25:
117-129.
6)Dement W, Kleitman N:Cyclic variations in EEG during sleep and their relation to eye movements,
body motility, and dreaming. Electroencephalogr Clin Neurophysiol, 1957;9:673-690.
7)Borbely AA:A two process model of sleep regulation. Hum Neurobiol, 1982;1:195-204.
8)Wever RA:The Circadian System of Man:Results of Experiments under Temporal Isolation.
Springer-Verlag;1979.
9)Fukuda K, Ishihara K:Age-related changes of sleeping pattern during adolescence. Psychiatry Clin
Neurosci, 2001;55:231-232.
10)Park YM, Matsumoto K, Shinkoda H, et al:Age and gender difference in habitual sleep-wake
rhythm. Psychiatry Clin Neurosci, 2001;55:201-202.
11)Voderholzer U, Al-Shajlawi A, Weske G, et al:Are there gender differences in objective and subjective sleep measures? A study of insomniacs and healthy controls. Depress Anxiety, 2003;17:
162-172.
12)Liu X, Uchiyama M, Kim K, et al:Sleep loss and daytime sleepiness in the general adult population
of Japan. Psychiatry Res, 2000;93:1-11.
13)Drake CL, Roehrs T, Richardson G, et al:Shift work sleep disorder:prevalence and consequences
beyond that of symptomatic day workers. Sleep, 2004;27:1453-1462.
14)Gold DR, Rogacz S, Bock N, et al:Rotating shift work, sleep, and accidents related to sleepiness in
hospital nurses. Am J Public Health, 1992;82:1011-1014.
15)Akerstedt T:Work hours, sleepiness and the underlying mechanisms. J Sleep Res, 1995;4:15-22.
EBNURSING Vol.11 No.2 2011(125)13
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特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
2
睡 眠 の自 覚 症 状 評 価と
対応
林田健一 HAYASHIDA Kenichi(スリープ & ストレスクリニック/財団法人神経研究所附属睡眠学センター)
井上雄一 INOUE Yuichi(東京医科大学睡眠学講座/財団法人神経研究所附属睡眠学センター)
有無を尋ねた経験がある割合も,ともに全体の 3
はじめに
分の 1 程度にとどまり,睡眠に関するコミュニケ
ーションが十分に行われていないという現状が示
臨床現場でしばしば遭遇する「不眠」は,単に
されている.日常的なルーチンワークとして,患
夜眠れないという問題にとどまらず,心血管系疾
者の睡眠状況をぜひ確認いただきたい.
患,糖尿病,疼痛性疾患,精神疾患など個人の健
不眠症状の聞き取り方
1)
康に悪影響を及ぼすうえ ,作業効率の低下や運
転事故リスクの増加など社会的な影響ももたら
2)
(1)
症状の確認
不眠症状の詳細を把握するためには,まず,4
す ことから,適切なマネジメントが必須である.
つの夜間症状について確認する.すなわち,1 )
本稿では,看護現場で必要となる不眠症状の評価
入眠障害:入眠に 30 分以上時間を要する,2 )中
と鑑別に加えて,睡眠衛生指導や睡眠薬服用時の
途覚醒:睡眠の途中で何度も覚醒し,再入眠に
指導について概説する.
30 分以上時間を要する,3 )早朝覚醒:起床予定
時刻よりも,2 時間以上早く覚醒し,再入眠でき
不眠症状の聞き取り方と対応の基本
ない,4 )熟眠障害:眠れた気がしない,熟眠感
が得られない,の各項目である.また,これらに
不眠患者への対応
よる,倦怠感や体調不良,集中力,判断力,意欲
不眠に悩む患者への対応の第一歩は,眠れない
患者の苦悩に共感することにある.慢性的な不眠
に悩む患者は,眠れないことへの強い不安にとら
われて焦り,夜になるにつれ緊張が強まり,眠れ
低下など日中の生活への悪影響の有無についても
聴取すべきである(表 1 )
.
(2)
起始および経過の確認
いつから眠れなくなったのか,きっかけも聴取
なくなるという悪循環に陥っている場合が多い.
する.一般に 1 カ月を目安に,短期不眠,長期不
したがって,不眠の相談を受けた際には,十分に
眠に分類されるが,短期不眠の場合,不眠のきっ
共感を示し,患者との信頼関係を築きながら,不
かけを特定しやすく,多くは原因が解決されるか,
安の軽減を図るべきである.
睡眠薬を短期間使用することによって改善する.
このためには,積極的に睡眠状況を確認してい
3)
一方,長期不眠の場合には,不眠のきっかけが不
くことも重要である.勤労者を対象にした調査
明なケースや,原因となった問題が解決した後に
から,不眠について,患者側から治療者に相談し
も,神経質な傾向によって不眠が慢性化している
た経験がある割合も,治療者側から患者に不眠の
ケースが多い.長期不眠患者に対しては,後述す
14(126)EBNURSING Vol.11 No.2 2011
第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
表 1 不眠症の診断基準
A.入眠困難,睡眠維持困難,早朝覚醒,慢性的に回復感
のない,質のよくない睡眠が続くと訴える.子どもの
場合は大抵保護者から報告され,起床時のぐずりや 1
人で眠れないといった睡眠障害がある
B.眠る機会や環境が適切であるにもかかわらず,上述の
睡眠障害が生じる
C.夜間睡眠の障害に関連して,以下のような日中障害を
眠日誌を記録することは,睡眠衛生上の問題点や,
治療経過の把握に役立つ.
アテネ不眠尺度
2000 年,世界保健機構( WHO )との協同によ
る世界睡眠・保健プロジェクトによって作成され
4)
た自記式の不眠評価尺度 で,不眠症のスクリー
少なくとも1つ報告する
ニング・重症度評価に用いられる.過去 1 カ月間
ⅰ)疲労または倦怠感,ⅱ)注意力,集中力,記憶力
に少なくとも週 3 回以上あてはまる症状項目の得
の低下,ⅲ)社会生活上あるいは職業生活上の支障,
ⅳ)気分がすぐれなかったり,いらいらする(気分障
点を合計し,6 点以上で不眠症を疑い,およそ 8
害または焦燥感)
,ⅴ)日中の眠気,ⅵ)やる気,気力,
点以上が治療開始基準となる(表 2 )
.
自発性の減退,ⅶ)職場で,または運転中に,過失や
ピッツバーグ睡眠質問票
事故を起こしやすい,ⅷ)睡眠の損失に相応した緊張,
頭痛,または胃腸症状が認められる,ⅸ)睡眠につい
て心配したり悩んだりする
(American Academy of Sleep Medicine:The International
Classification of Sleep Disorders-2.WFSRSMF;2005.日本睡
眠学会 診断分類委員会:睡眠障害国際分類第 2 版 診断とコ
ードの手引き.医学書院;2007.p.2.より)
1989 年,Buysse らにより作成された睡眠の質
および睡眠障害の評価尺度で,1998 年に日本語
5)
版 が作成された.過去 1 か月間の,睡眠の質,
睡眠時間,入眠時間,睡眠高率,睡眠困難,睡眠
薬の使用,日中の眠気の 7 つの要素によって評価
する.本スケールは疫学調査向きで,不眠の構造
る睡眠衛生指導に加えて,不眠に対する誤った認
を評価するには,若干の困難がある.
識や行動パターンを修正する認知行動療法などが
セントマリー病院睡眠質問票
必要になる.一般に週 3 回以上,1 カ月以上不眠
入院患者の睡眠評価を目的に開発された自記式
が続く場合に,積極的な治療を要すると判断され
質問票 で,過去 24 時間の睡眠について 14 項目
るが,それより頻度の少ない場合でも,日中への
の質問によって評価する.入院患者の日々の睡眠
影響がある場合には,早期介入を考慮したい.
状況を評価するのに適している.
6)
(3)
不眠の既往や治療歴の確認
身体疾患で通院中の患者では,初診時には自ら
不眠の鑑別
の不眠や精神疾患の既往に触れたがらないケース
が少なくない.不眠が顕在化した時点で,これら
の既往や治療歴を確認し,治療の参考にするのが
睡眠障害との鑑別
不眠症と鑑別を要する他の睡眠障害を図 2 に
よいだろう.また,寝酒や OTC 睡眠改善薬で対
示す.
処している場合には,治療への悪影響を考慮し,
入眠困難
不眠治療開始時に中止するよう指導すべきである.
入眠困難が主体の場合には,睡眠相後退症候群
とレストレスレッグス症候群を鑑別する.睡眠相
不眠の評価に用いられるツール
後退症候群では,社会生活上望まれる時間帯に対
して,睡眠相が遅れた時間帯に固定され,起床困
睡眠日誌
不眠症状の把握や,睡眠習慣の確認には,睡眠
日誌が有用である(図 1 )
.1 日を振り返って,睡
難や遅刻,特に午前中の眠気によって支障をきた
す.不眠症と異なり,自分の好きな時間帯に眠っ
ていれば,睡眠内容は保たれることが多い.
EBNURSING Vol.11 No.2 2011(127)15
睡眠表
年
月
時刻
月日
氏名
(休日または仕事・学校を休んだ日は曜日を,
○で囲む)
午前
0
1
2
3
4
5
6
殿
午後
7
8
9
10
11
12
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1日の
備考
睡眠時間の (薬の副作用・
合計
体調など)
11 12
月
火
水
木
金
土
日
月
火
水
木
金
土
日
ぼんやり
◎
うとうと
夕食
○○
うとうと
飲んだ薬の
種類と錠剤
昼食
うとうと
朝食
眠った
○○□
ぐっすり眠った
覚めた
4 10
トイレ
覚めた
金
時間 分 ゆううつ,
月経
8 00 中,受診日,気分
悪く頭が重い
薬の服薬時間
ぐっすり眠った
(赤で塗る)
うとうとしていた ぼんやりしていた
(赤の斜線)
(赤の点線)
ハッキリ目が
寝床にいた,
覚めていた(青) 横になっていた時間
食事の時間
○ ◎ ● □ ×+
などで表記してください
図 1 睡眠日誌
レストレスレッグス症候群では,下肢を主体に
びきや無呼吸の指摘を受けている場合,肥満患者
生じる不快感によって,安静に就床していられず,
の場合には,SAS の鑑別が必要である.
入眠困難や中途覚醒を生じる.特に,腎不全患者
せん妄との鑑別
や,高齢者の難治性不眠の場合に,鑑別が重要で
高齢者の不眠では,せん妄も重要な鑑別対象と
ある.
なる.せん妄は,高齢,脳器質性疾患(認知症を
中途覚醒と熟眠障害
含む),発熱や疼痛,身体疾患,薬剤などさまざ
中途覚醒や熟眠障害が主体の場合には,周期性
まな要因によって生じる意識障害で,夜間不眠や
四肢運動障害( periodic limb movement disor-
昼夜逆転,重症例では,夜間不穏にて一睡もせず,
der:PLMD )や睡眠時無呼吸症候群( sleep ap-
日中に傾眠を続けるパターンを示す.不眠症と異
nea syndrome:SAS )を念頭におく.
なり,本人には不眠や夜間問題行動の記憶はない.
PLMD では,睡眠中に主に下肢のぴくつきを
また ,せん妄と鑑別が必要な睡眠障害に ,
繰り返し,中途覚醒や熟眠障害,日中の眠気を生
REM 睡眠行動障害( REM sleep behavior disor-
じたり,ベッドパートナーの睡眠の妨げにもなる.
der:RBD )がある.RBD は 50 歳代以降の男性
SAS では,睡眠中に繰り返す無呼吸低呼吸エピ
に多く,攻撃的な夢内容に一致して,怒鳴る,手
ソードによって睡眠が分断化し,熟眠障害や日中
足を振り回す,飛び起きるなど行動化がみられ,
の眠気,中途覚醒を生じる.家族や同室者からい
その際に起こすと覚醒し夢内容を想起できる点で,
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第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
表 2 アテネ不眠尺度
下記の A〜H の,8 つの質問に答えてください.
過去 1カ月間に,少なくとも週 3 回以上経験したものについて,あてはまる数字 1つに○をつけてください.
A.寝つきは?(布団に入ってから眠るまで要する時間)
E.全体的な睡眠の質は?
0.いつも寝つきはよい
1.いつもより少し時間がかかった
2.いつもよりかなり時間がかかった
3.いつもより非常に時間がかかったか,全く眠れなかった
0.満足している
1.少し不満
2.かなり不満
3.非常に不満か,全く眠れなかった
B.夜間,睡眠途中に目が覚めることは?
F.日中の気分は?
0.問題になるほどではなかった
1.少し困ることがあった
2.かなり困っている
3.深刻な状態か,全く眠れなかった
0.いつも通り
1.少しめいった
2.かなりめいった
3.非常にめいった
C.希望する起床時間より早く目覚め,それ以上眠れなかったか?
G.日中の活動について(身体的および精神的)
0.そのようなことはなかった
1.少し早かった
2.かなり早かった
3.非常に早かったか,全く眠れなかった
0.いつも通り
1.少し低下
2.かなり低下
3.非常に低下
D.総睡眠時間は?
H.日中の眠気について
0.十分である
1.少し足りない
2.かなり足りない
3.全く足りないか,全く眠れなかった
0.全くない
1.少しある
2.かなりある
3.激しい
(Soldatos CR, Dikeos DG, Paparrigopoulos TJ:Athens Insomnia Scale:validation of an instrument based on ICD-10 criteria. J Psychosom Res, 2000;48(6)
:555-560.より)
せん妄と鑑別できる.RBD 症状はパーキンソン
病など神経変性疾患の前駆症状の場合もあるため,
早期発見が重要となる.また,飲酒や抗うつ薬な
どの薬剤使用に起因して RBD 症状が出現するこ
ともあるので注意したい.
治療・看護の進め方
不眠症の治療は,一般に非薬物療法と薬物療法
を組み合わせて行う.日常看護の現場では,患者
への睡眠衛生指導(適切な睡眠を確保するための
入眠障害
中途覚醒 早朝覚醒 熟眠障害
睡眠相後退
症候群
レストレスレッグス症候群
周期性四肢運動障害
睡眠時無呼吸症候群
図 2 夜間の症状別にみた不眠を呈する代表的な睡
眠障害
生活指導)と服薬指導が重要となる.
睡眠衛生指導
ていても,起床時刻は一定にするよう指導する.
① 起床時刻を一定にする:
② 起床時,光(朝日)を浴びる:
日中の覚醒時間や活動量の維持は,適切な睡眠
起床時の光(朝日)は,睡眠覚醒リズムの調整
の確保に重要であるため,入眠時刻が不規則化し
維持に重要である.遮光カーテンで自然光を遮ら
EBNURSING Vol.11 No.2 2011(129)17
ないよう注意し,採光不良な寝室では,照明器具
工夫する.
をうまく利用する.
⑨ 寝る前の行動パターンを一定にして,自分な
りのリラックス法を取り入れる:
③ 規則的な食事,通勤通学習慣を守る:
就寝前の行動パターンを一定にすると,心理効
規則正しい生活習慣は,社会的同調因子として,
睡眠覚醒リズムの調整維持に役立つ.
果により入眠しやすくなる.アロマやストレッチ
④ 日中の活動を維持する:
など自分なりのリラックス法を取り入れるとよい.
⑩ 寝室は眠る目的に利用.眠くなってから入床し,
不眠の際,疲れを補おうと日中臥床するのは避
けたい.特に活動量の低下しがちな高齢者の不眠
もし眠れなかったら一度床を離れて,別の部屋
対策には,軽く体を動かす運動療法が有効である.
で過ごす:
“寝室=眠る”という条件づけを維持すること.
⑤ 昼寝は15時までの20〜30分の仮眠にとどめる:
14 時前後は,概日リズムの影響で眠気を生じ
ワンルームの場合,ベッドの上で食事やパソコン
やすいが,20〜30 分の仮眠にとどめたい.これ
作業は避ける.入床後,眠れない際は,一度離床
以上長く眠ると,睡眠深度が深くなり,すっきり
し,再度眠くなってから入床するように指導する.
起きられないうえ,15 時より遅い時刻の仮眠は,
服薬指導
現在,主に用いられるベンゾジアゼピン( Bz )系
夜の入眠に影響するため避けるべきである.
ないし Bz アゴニスト睡眠薬は,いずれも GABAA
⑥ 夕食後までの軽い運動や,ぬるめの入浴で体
温調整をする:
受容体を介して大脳辺縁系に作用し,消失半減期
入眠は,深部体温の低下に伴って生じるので,
によって,超短時間,短時間,中間,長時間作用
夕食前後に運動し,体温を上げておくと,就寝時
型に分類される(表 3 )
.Bz アゴニスト睡眠薬は,
にちょうど下降して,
入眠が促進される.入
表 3 日本で使用されているベンゾジアゼピン系・ベンゾジアゼピンアゴニスト睡眠薬
浴も体温上昇効果があ
作用時間による分類
るが,42 ℃以上の熱
超短時間作用型
zolpidem
短時間作用型
中間作用型
間前から,ニコチ
長時間作用型
睡眠覚醒リズムを遅ら
せるため,照明調整を
18(130)EBNURSING Vol.11 No.2 2011
®
リスミー
®
エバミール
®
ロラメット
®
エリミン
®
ロヒプノール
®
サイレース
ユーロジン
®
ベンザリン
®
ネルボン
®
flurazepam
*
quazepam
☆
®
®
haloxazolam
夜間に光を浴びると,
マイスリー
レンドルミン
nitrazepam
浴びない:
®
brotizolam
estazolam
から控える
7.5〜10
®
flunitrazepam
ンは就寝 1 時間前
®
アモバン
デパス
nimetazepam
*
消失半減(時間)
0.125〜0.5
etizolam
lormetazepam
⑦ カフェイン,アル
⑧ 夜間に明るい光を
☆*
rilmazafone
定すること.
臨床用(mg)
®
☆
湯温は 40 ℃までに設
コールは就寝 4 時
製品名
ハルシオン
zopiclone
めの入浴では,体温下
降に時間を要するため,
一般名
triazolam
ダルメート
®
ベノジール
2〜4
4
5〜10
2
1〜3
6
0.25〜0.5
7
1〜2
10
1〜2
10
3〜5
21
0.5〜2
24
1〜4
24
5〜10
28
10〜30
65
®
5〜10
85
®
15〜30
36
ソメリン
ドラール
:ベンゾジアゼピンアゴニスト, :ω1選択性
(内山 真編:睡眠障害の対応と治療ガイドライン.じほう;2002.p.100.より改変)
第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
催眠鎮静作用に関連するω1 受容体( GABAA 受
臓中の薬物代謝酵素チトクローム P450( CYP )
容体のサブタイプ)に選択的に作用するため,Bz
の分子種,CYP3A4 が関与している.アルコー
系と比較してふらつき,反跳性不眠,依存が少な
ルは,通常アルコール脱水素酵素による代謝を受
い.Bz 系睡眠薬は,健忘,筋弛緩,反跳性不眠,
けているが,一定用量を超えると CYP が代謝を
退薬症候,常用量依存の問題が時に生じるため,
担うため,大量飲酒時に睡眠薬を服用すると,代
適切な使用法を指導する.
謝が阻害され,双方の血中濃度が上昇し,健忘や
① 睡眠薬は単剤服用を原則とし,持ち越し効果
意識障害,呼吸抑制などを生じるリスクがあり,
がないように注意する:
アルコールと睡眠薬は併用しないこと.グレープ
起床後にも眠気や頭重感が持ち越す場合には,
フルーツ果汁は CYP3A4 の活性を阻害し,睡眠
より半減期の短い薬剤に変更するか,半錠へ減量
薬の作用を増強するため,服用前には摂らないよ
するなど早めに対応する.多剤併用しているケー
う注意する.その他,CYP3A4 活性阻害のある
スについては,徐々に漸減するよう促す.
薬剤には,アゾール系抗真菌薬,マクロライド系
② 服用後は速やかに入床し,なるべく朝まで離
抗菌薬,カルシウム拮抗薬,HIV プロテアーゼ
床しない:
阻害薬,シメチジンがある.反対に,CYP3A4
睡眠薬服用後は速やかに入床し,効果が醒める
を誘導する抗てんかん薬(カルバマゼピン,フェ
まで離床しないこと.トイレの際には,ふらつき,
ニトイン,フェノバルビタール),リファンピシ
転倒に十分に注意し,必ず明かりをつけ,目を開
ン,副腎皮質ホルモン薬は,睡眠薬の効果を減弱
けて,ゆっくり立ち上がるよう指導する.特に高
させるため注意すべきである.
齢者の転倒リスクに注意し,薬物代謝排泄を考慮
のうえ,服用量は成人の半分量を目安にしたい.
おわりに
③ 服薬は自己判断で急に中止しない:
睡眠薬を急に中止すると,さらに強い不眠を生
患者の睡眠管理において,看護師が担う役割は
じる(反跳性不眠)可能性があるため,徐々に漸
大きい.日々の睡眠状況の確認は,早期発見,良
減中止していく必要があることを,処方開始時に
好な治療管理のために欠かすことができない.バ
指導しておく.
イタルサインの測定と同じく,ルーチンワークと
④ アルコールなどとの併用に注意する:
して,
「最近,眠れていますか?」という問いか
Bz 系,Bz アゴニスト睡眠薬の代謝は,主に肝
けを実践していただきたい.
◉ REFERENCES
1)Ohayon MM:Nocturnal awakenings and difficulty resuming sleep:their burden in the European
general population. J Psychosom Res, 2010;69(6)
:565-571.
2)Roth T, Ancoli-Israel S:Daytime consequences and correlates of insomnia in the United States:results of the 1991 National Sleep Foundation Survey. II. Sleep, 1999;22 Suppl 2:S354-358.
3)内村直尚,橋爪祐二,土生川光成ほか:生活習慣病と睡眠の深い関係を考える─働く世代の調査から
─.診断と治療,2006;94(3)
:501-511.
4)Soldatos CR, Dikeos DG, Paparrigopoulos TJ:Athens Insomnia Scale:validation of an instrument
based on ICD-10 criteria. J Psychosom Res, 2000;48(6)
:555-560.
5)土井由利子,蓑輪眞澄,内山 真ほか:ピッツバーグ睡眠質問票日本語版の作成.精神科治療学,
1998;13(6)
:755-763.
6)Ellis BW, Johns MW, Lancaster R, et al:The St. Mary's hospital sleep questionnaire;A study of reliability. Sleep, 1981;4(1)
:93-97.
EBNURSING Vol.11 No.2 2011(131)19
第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
3
不眠に関 連 する
障害
中村真樹 NAKAMURA Masaki(財団法人神経研究所附属睡眠学センター/東京医科大学睡眠学講座)
井上雄一 INOUE Yuichi(東京医科大学睡眠学講座/財団法人神経研究所附属睡眠学センター)
の再入眠障害を認めやすいため,睡眠薬が無効な
はじめに
不眠に対しては,RLS を念頭に夜間の下肢の不
快感の確認をすべきである.
不眠は,入眠困難,中途覚醒(睡眠維持困難)
,
RLS には,発症原因に遺伝的関与があるとさ
早朝覚醒に加え,熟眠困難の 4 つに分類される.
れる特発性 RLS と,貧血や妊娠といった鉄欠乏
その原因には,一過性のストレスなどによる ①
状態,重篤な腎障害,パーキンソン病,関節リウ
心理的( psychological )なもの,うつ病などによ
マチ,抗うつ薬の選択的セロトニン再取込み阻害
る ② 精神医学的( psychiatric )なもの,就寝環
薬( selective serotonin reuptake inhibitor:
境などに起因した ③ 生理的( physiological )な
SSRI )服用など,他の疾患や服用薬が原因とな
もの,嗜好品や服用中の治療薬による ④ 薬理学
って生じる二次性 RLS がある .これらの要因
的( pharmacological )なもの,そして身体疾患に
を有する患者が執拗に不眠を訴える場合は,二次
関連した ⑤ 身体的( physical )なものがあるとさ
性 RLS を疑い,就寝時の下肢不快感の有無を確
れ,これらのアルファベット表記の頭文字をとっ
認すべきである.
て「 5P 」とよんでいる.本項では,臨床の現場で
2)
レストレスレッグス症候群にみられる下肢の不
見落としてはならない不眠に関連する疾患として,
快感の表現は,図 1 に示すように,さまざまで
1 )レストレスレッグス症候群,2 )睡眠時無呼吸
ある.また,症状は必ずしも下肢に限定されるわ
症候群,3 )うつ病,4 )認知症について紹介する.
けではなく,上肢や体幹のこともあることにも注
意が必要である.RLS の 80 %程度に,周期性四肢
レストレスレッグス症候群
運動( periodic limb movements:PLM )とよば
れる睡眠中に周期的に起こる足関節の不随意な背
レストレスレッグス症候群( restless legs syn-
3)
屈運動(図 1 )を認め ,PLM により熟眠障害や
drome:RLS )は,① 脚を動かしたくてたまらな
中途覚醒が生じることがある点も覚えておきたい.
くなる欲求が生じる,② この症状が安静臥位ない
日本人の RLS の有病率は,自記式質問紙によ
し座位で出現ないし悪化する,③ この症状が脚を
る調査では男性 3.0 %,女性 4.9 %,全体で 4.0 % ,
動かすことで改善する,④ 夕方から夜間にかけて
RLS に精通した医師による電話調査では,全体
1)
4)
5)
悪化する,ことを特徴とする疾患 であり,むず
で 1.8 %程度 とされ,女性に多く,また,年齢
むず足症候群とよばれることもある.このような
が増すにつれ有病率が高くなるとされている.小
RLS による不快感から入眠障害や,中途覚醒後
児にも RLS を認めることがあるが,高齢者(特
20(132)EBNURSING Vol.11 No.2 2011
第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
RLSの症状(不快感の表現)
周期性四肢運動の症状
股関節の屈曲
膝関節の屈曲
第一趾あるいは全趾の背屈
むずむずするような……
虫が這うような……
電気が流れるような……
熱くなるような……
ほてるような……
焼けつくような……
痛痒い……
ズキズキする……
水が流れるような……
引っ張られるような……
じっとしていられない……
何とも言えない不快感……など
表 1 認知症高齢者における RLS 準確診例を診断
するための必須基準
図 1 RLS,周期性四肢運動
の特徴
(井上雄一,内村直尚,平田幸一:
レストレスレッグス症候群〈RLS〉
だからどうしても脚を動かしたい.
アルタ出版;2008.p.71.より)
表 2 閉塞性睡眠時無呼吸症候群の症状
睡眠中の症状
日中の症状
1.下肢をさすったり揉んだりするといった下肢の不快感
の徴候,ならびに下肢をつかみながら呻くような行動
習慣的ないびき
窒息感・あえぎ
起床時の頭痛・口渇感
2.同じ場所を行ったり来たり歩き回る,そわそわする,繰
り返し蹴る,ベッドでごろごろと寝返りをうつ,マット
レスの上で脚を叩く,下肢で自転車をこぐような動作を
する,脚を繰り返し踏みならす,両足を擦り合わせる,
椅子に座っていられないなどの下肢の過剰な運動
頻回の中途覚醒
集中力低下
夜間頻尿・夜尿症
慢性的な倦怠感
寝相の悪さ
性欲減退
3.下肢の不快感の徴候は,じっとしているとき,または
活動していないときにのみ発現する,または悪化する
4.下肢の不快感の徴候は,活動すると減少する
5.上記の 1 および 2 は夕方または夜間のみに起こる,あ
るいは日中よりもこの時間帯に悪化する
過度の眠気・居眠り
性格変化(短気,うつ状態)
胸やけ感
眠中に繰り返し生じ,これらのため,血中の酸素
飽和度が低下することが多く,通常は睡眠からの
一時的な覚醒反応によって終了する」ことを特徴
(Allen RP, Picchietti D, Hening WA, et al:Restless legs syndrome:diagnostic criteria, special considerations, and epidemiology. A report from the restless legs syndrome diagnosis
and epidemiology workshop at the National Institutes of
Health. Sleep Med, 2003;4:101-119.より)
としている.覚醒反応により睡眠の断片化として
に認知症)や小児では,下肢の不快感による苦痛
イレに目覚める,息苦しさから目覚める,などを
を患者自らが言葉により表現することが困難な場
訴えることが多い.時に,ノンレム睡眠期に錯乱
合が多いので,不快感に伴う行動の変化から
性覚醒を起こし,せん妄や寝ぼけに間違われるこ
RLS の有無を判断する必要がある.参考までに,
ともある.他覚的には,いびきや睡眠中の喘ぎや
認知症患者における RLS 準確診例を診断するた
呻き声,頻回の体動を認めることがある.主な自
1)
めの必須基準を表 1 に示す.
の中途覚醒,深睡眠の欠如による日中の眠気や倦
怠感を自覚することが多く,患者は,起床時に爽
快感がなく頭重感や口渇を伴う,夜間に頻回にト
覚的,他覚的な症状を表 2 に記す.
OSAS の危険因子は,肥満,加齢,小顎,喫煙,
睡眠時無呼吸症候群
6)
睡眠前の飲酒,鼻閉などである .また,未治療
の重度 OSAS は,高血圧,不整脈,狭心症・心
閉塞性睡眠時無呼吸症候群( obstructive sleep
筋梗塞・脳梗塞などの虚血性疾患だけではなく,
apnea syndrome:OSAS)とは,
「部分的閉塞(低
高脂血症や糖尿病などのリスクになるとされてい
呼吸)あるいは完全な上気道閉塞(無呼吸)が睡
る が,持続陽圧呼吸療法( continuous positive
7)
EBNURSING Vol.11 No.2 2011(133)21
airway pressure:CPAP )などによる適切な治
療によって,そのリスクは抑制される.
睡眠時無呼吸症候群には,無呼吸のエピソード
が上気道閉塞を伴わずに生じるものがあり,これ
を中枢性睡眠時無呼吸症候群( central sleep ap-
新生児
1歳
4歳
nea syndrome:CSAS )とよぶ.CSAS は,心不
10歳
全に由来する睡眠時無呼吸の 60〜80 %を占める
成人
8)
とされている .
高齢者
睡眠
うつ病
18:00
うつ病においては,患者の 94.1 %に何らかの
0:00
6:00
12:00
18:00
図 2 年齢による睡眠の変化
(大熊輝雄:睡眠の臨床.医学書院;1977)
睡眠障害が併発し,入眠障害が 73.3 %,熟眠障害
が 89.9 %,早朝覚醒が 47.7 %に認められ,特に
ニンの分泌や感受性も加齢とともに変化するため,
早朝覚醒は内因性うつ病に特徴的であるとされて
高齢者では睡眠覚醒リズムが障害されやすい(図
9)
いる .また,慢性の不眠による日中の倦怠感・疲
3 ).認知症患者では,脳の器質的障害により,
労感が顕在化するために,一見うつ状態にみえる
これらの睡眠維持機能・概日リズム維持機能が低
ことがあるが,慢性の不眠そのものがうつ病発症
下するため,多様な不眠・過眠症状を呈しやすく
の危険因子,あるいは前駆症状とする考えもある.
なる.さらに,社会参加機能の低下や,概日リズ
初発のうつ病患者のうち,うつ病の症状を認め
ムの強い規定要因である太陽光を浴びる機会が低
る前に不眠を認めたものが 41 %,再発前に不眠
下することなどにより,いっそう概日リズム障害
を認めたものが 56.2 %に及ぶという報告があ
をきたしやすくなる.そのため,アルツハイマー
10 )
る
.うつ病の治療に伴い不眠も改善すること
型認知症では,健常高齢者に比べて,総睡眠時間
が多いが,ときにうつ症状が寛解しても不眠が残
の短縮,中途覚醒の増加など,著しく睡眠構築が
ることがある.このような残遺不眠はうつ病の再
障害され,しばしば図 3 に示す不規則型睡眠・
11)
発に関連していると考えられている .以上から,
覚醒パターンを示す.これにより,日中の昼寝,
既往歴や家族歴にうつ病がある患者の不眠には注
夜間の中途覚醒後の徘徊や興奮,さらには昼夜逆
意が必要であり,早急に治療介入すべきであろう.
転傾向やせん妄をきたすこともまれではない.
認知症患者の睡眠障害に対して,従来のベンゾ
認知症
ジアゼピン系睡眠薬を投与した場合,筋弛緩作用
による転倒・ふらつき,代謝遅延により眠気が翌
睡眠覚醒の維持は 10 歳ごろに確立され,加齢
日まで持続する持ち越し効果,さらには,せん妄を
により睡眠維持の脳機能にも老化現象が起きる.
誘発することもある.したがって,安易に薬物療
そのため,加齢に伴い,入眠潜時が早まり,総睡
法を行わず,睡眠覚醒リズムの正常化をめざして,
眠時間は減少,睡眠は断片化・質の悪化,日中に
日中の活動を促し,規則正しい食生活を維持する
眠気が生じるという多相化を認めるようになる
とともに,光同調因子の強化として,毎日決まっ
(図 2 )
.また,概日リズム形成にかかわるメラト
た時間に起床時から数時間程度,明るい戸外への
22(134)EBNURSING Vol.11 No.2 2011
第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
12 14 16 18 20 22 24 2
4
6
8 10 12 時刻
正常睡眠
睡眠相後退症候群
非24時間睡眠覚醒リズム障害
睡眠相前進症候群
不規則型睡眠・覚醒パターン
交替勤務睡眠障害
散歩や軽運動をさせるなどの工夫が有効である.
図 3 概日リズム障害のパタ
ーン
呼吸苦,逆流性食道炎による胸やけなど,原疾患
による身体的苦痛が不眠の原因にもなりうる.ま
おわりに
た,疾病に伴う倦怠感・疲労感による日中の昼寝
や活動性の低下により二次的に睡眠覚醒リズムが
不眠に関連があるとされる代表的な疾患を,4
乱れている可能性を検討することも重要である.
つ例示した.冒頭で紹介したように,不眠をもた
不眠を訴える患者に対して安易に睡眠薬を投与せ
らす原因は多岐にわたり,これらの疾患以外にも,
ず,まずこういった患者背景を検討するべきであ
循環器疾患による胸部不快感,呼吸器疾患による
ることを強調したい.
◉ REFERENCES
1)Allen RP, Picchietti D, Hening WA, et al:Restless legs syndrome:diagnostic criteria, special considerations, and epidemiology. A report from the restless legs syndrome diagnosis and epidemiology
workshop at the National Institutes of Health. Sleep Med, 2003;4:101-119.
2)Rijsman RM, de Weerd AW:Secondary periodic limb movement disorder and restless legs syndrome. Sleep Med Rev, 1999;3:147-158.
3)Trenkwalder C, Paulus W, Walters AS:The restless legs syndrome. Lancet Neurol, 2005;4:465-475.
4)Nomura T, Inoue Y, Kusumi M, et al:Email-based epidemiological surveys on restless legs syndrome in Japan. Sleep and Biological Rhythms, 2008;6:139-145.
5)Nomura T, Inoue Y, Kusumi M, et al:Prevalence of restless legs syndrome in a rural community in
Japan. Mov Disord, 2008;23:2363-2369.
6)Young T, Skatrud J, Peppard PE:Risk factors for obstructive sleep apnea in adults. JAMA, 2004;
291:2013-2016.
7)井上雄一,山城義弘編著:睡眠時呼吸障害の症状・合併症(井上雄一,山城義弘編著:睡眠時呼吸障害
Update2006).日本評論社;2006.p.74-106.
8)Javaheri S, Parker TJ, Liming JD, et al:Sleep apnea in 81 ambulatory male patients with stable
heart failure. Types and their prevalences, consequences, and presentations. Circulation, 1998;97:
2154-2159.
9)大熊輝雄,今井司郎,中村貴一:うつ病と睡眠.臨床脳波,1974;16:277-285.
10)Ohayon MM:Insomnia:a ticking clock for depression? J Psychiatr Res, 2007;41:893-894.
11)Reynolds CF 3rd, Frank E, Houck PR, et al:Which elderly patients with remitted depression remain well with continued interpersonal psychotherapy after discontinuation of antidepressant medication? Am J Psychiatry, 1997;154:958-962.
EBNURSING Vol.11 No.2 2011(135)23
第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
4
「眠れない」
「 眠らな い 」
患 者 へ の ケア
尾﨑章子 OZAKI Akiko(東邦大学医学部看護学科)
睡眠に対するケアは重要だと思うが,どのよう
版( The International Classification of Sleep
2)
にアプローチしたらよいかわからない,勉強して
Disorders, 2nd ed:ICSD-2. 2005 ) では,A )
みると難解だ,いろいろ試みるが著効が得られな
夜間不眠の症状,B )睡眠に適した環境下で A が
いなどの声が現場から聞かれる.近年の疫学調査
存在すること,C )睡眠に関連した日中の機能障
では,一般成人の 4〜5 人に 1 人が不眠を自覚し
害が出現していること,の 3 つがそろうこととさ
1)
ていることが明らかにされている .不眠は心身
れる.不眠症状があっても日中に身体的・精神的
の健康や QOL に影響を及ぼし,一般社会でも大
不調が認められなければ不眠症とは診断されない.
きな問題となっているが,入院という特殊な状況
たとえば,加齢に伴って中途覚醒や早朝覚醒は顕
下ではより深刻化しやすく,対応を迫られる看護
著になるが,多くの高齢者は活発な生活を送って
問題の一つとなっている.
いる.一方,軽度の不眠症状を気に病み,
「うと
近年,睡眠研究の進展によって,睡眠の健康づ
うとしただけで一晩中ほとんど眠れなかった.昼
くりに有用な多くの知見が明らかにされている.
間はだるくてしかたがなく何もできない」と訴え
本項では,睡眠に関するアセスメント,睡眠に関
る人もいる.ICSD-2 では,前者は不眠症に該当
するケアの原則について紹介し,臨床現場におけ
せず(そもそも苦痛を感じていないのでほとんど
る睡眠ケアの向上にお役に立てればと思う.
の人は医療機関を受診しないと思われるが),後
者は不眠症と診断され,治療の対象となる.
不眠症とは
さらに読者はお気づきであろうが,不眠症の診
断基準には客観的指標は含まれていない.睡眠障
3)
不眠とは,眠ろうと思っても眠れないことに対
害国際分類第 1 版( 1990 ) では,不眠症の診断
し苦痛を感じている状態をいう.不眠の症状は,
基準に終夜睡眠ポリグラフ検査( polysomnogra-
入眠困難,中途覚醒,早朝覚醒,熟眠困難に分類
phy:PSG )による客観的指標が含まれていた.
され,これらがいくつか組み合わさって存在して
その後,PSG による客観的所見は不眠症の病態
いる患者が多い.
の裏づけとして乏しいことが明らかになり,
しかし,ここで留意すべきは,単に不眠症状が
ICSD-2 では診断基準から除外された.実際に,
あるだけでは不眠症とは診断されない点である.
不眠の主観的な重篤さと PSG で測定される客観
不眠症とは,夜間の不眠症状に加え,日中に眠気
的指標が乖離している例は多い.すなわち,睡眠
や集中困難,疲労感などの身体的・精神的不調を
時間,覚醒回数や覚醒時間といった客観的指標だ
合併している病態をさす.睡眠障害国際分類第 2
けで不眠症を診断することは困難である.反対に,
24(136)EBNURSING Vol.11 No.2 2011
第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
表 1 睡眠を促すケアの原則
1)個別に応じた睡眠習慣・入院
生活スケジュールに配慮する
・早すぎる消灯時刻
・眠たくないのに就床する
これらは不眠を助長させる
・必要以上に床の中で過ごす
2)体内時計のリズムのメリハリ
をつける
3)入浴・足浴で入眠を促す
・朝に太陽光(高照度光[2,500 lux 以上]
)を浴びて体内時計をリセットする
・日中は身体活動などで覚醒を維持する
・就寝 1時間半前に 40 ℃程度の入浴で効果あり
・夜間入浴が難しい場合は,足浴からでも始めてみよう
4)睡眠を妨げる行動を修正する
・寝床で考えごとや悩みごとをしない
5)適切な睡眠環境を整える
・室内光やテレビの音など患者の好みや習慣を尊重する
6)効果的に睡眠薬を使用する
・安易な使用は退院後の睡眠にも影響する.上記 1 〜 5)のみでは十分な改善がみられな
・不眠症の行動療法,就寝時の筋弛緩法などのリラクセーションを試してみよう
・やむをえない音でも,極力音を立てない配慮をする
い場合,補助的に使用する
客観的に十分な睡眠がとれていても,不眠症状に
患者が不眠を訴えた場合には,不眠症状の種類
悩み,QOL の低下が認められれば不眠症と診断
とそれによって日中の機能障害や QOL の低下が
される.このように,不眠症はきわめて主観的な
生じているかどうかをアセスメントすることが肝
現象であるといえる.
要である.睡眠というと夜眠ることのみに着目し
がちであるが,睡眠と覚醒は表裏一体であり,夜
睡眠に関するアセスメントの留意点
間不眠の原因が昼間の行動や過ごし方にあったり,
昼間の眠気や心身の不調の原因が夜間の睡眠にあ
通常,看護師が入院患者の睡眠について情報を
得るには,患者の睡眠の状態を観察する方法と,
ったりする.24 時間全体で患者の生活をアセス
メントすることが大切である.
翌朝に前夜の睡眠の主観的評価を質問する方法が
ある.しかし,巡視の際に眠っていた人が,巡視
睡眠を促すケアの原則(表 1)
の合間の看護師の目が届かないときに目を覚まし
ているかもしれないので,夜間の断片的な観察に
は限界がある.さらに,眠っているようにみえて
も,睡眠の深さを観察によって正確に判別するこ
1)個別に応じた睡眠習慣・入院生活スケジュー
ルに配慮する
病棟のスケジュールは,① 消灯時刻が極端に早
とはできない(観察による評価が困難である点が,
いため入眠困難をきたしやすい,② 床に就いてい
看護師にとって睡眠のアセスメントを難しくさせ
る時間が実際に眠れる時間より長く,中途覚醒や
ている一因かもしれない)
.
熟眠困難を呈しやすい環境となっている.
睡眠に対する主観的評価についても,不眠を自
入眠のタイミングは体内時計(後述)のリズム
覚する者ほど,消灯してから寝つくまでの時間を
によって決定される.いつも入眠している時刻の
実際より長く,眠っていた時間を実際よりも短く
2〜4 時間前は 1 日のなかで最も寝つきにくい時
評価する傾向がある(主観的評価と客観的指標の
間帯である .眠気がないのに就床時刻を急に早
乖離)ため,睡眠の量に対する評価はあまりあて
めると強い入眠困難が生じることがわかっている.
にならない.アセスメントを行う際にはこれらの
このような場合,睡眠薬を服用しても眠れず,健
点を考慮する必要がある.
忘,ふらつきなどの副作用のみが出現することが
4)
EBNURSING Vol.11 No.2 2011(137)25
多い.眠たくなってから床に就くほうが,スムー
内時計のリズムの昼夜のメリハリをつけると,夜
ズに入眠できる早道である.病棟や施設では,寝
間の睡眠が安定する.日中にしっかりと目覚めて
つけない人が眠くなるまで過ごしてもらうスペー
いられるよう,周囲の働きかけが重要となる.日
スを確保できることが望ましい.
中に運動やレクリエーションなどの身体活動や高
日本人成人の平均睡眠時間は 7 時間であるが,
照度光照射を行うことは有効である.高照度光照
必要な睡眠時間には個人差があり,加齢とともに
射は,戸外あるいは日当たりのよい部屋で 2 時間
減少する.必要以上に長い時間床に就いていると,
ほど過ごすだけで効果がある.
5)
長い昼寝や夕方以降に昼寝をするといつもの就
多くの医療機関では床に就いている時間は 21 時
床時刻に眠れなくなる.昼寝をするなら 15 時前
から翌朝の 6 時までとなっている.すなわち,床
に 30 分以内にとどめ,眠気をとるだけにし,長
に就いている時間が実際に眠れる長さより長く,
時間眠らないようする.
不眠を呈しやすい環境にある.
「周囲に迷惑がか
3)入浴・足浴で入眠を促す
健康な人でも中途覚醒や熟眠障害が出現する .
かるから」などの同室者への気兼ねから,眠くも
睡眠は深部体温の上昇・下降と密接な関係にあ
ないのに無理に床のなかで過ごしている患者・入
る.通常の生活では,ヒトの深部体温は 18〜20
所者は少なくない.
時に最も高くなり,夜になるにしたがい低下し,
近年は消灯時刻を 22 時に延長したり,談話室
を 24 時まで開放する施設が増えつつある.健康
回復のためには規則的な生活を送ることは必要で
早朝に最低となる.この深部体温が低下するとき
に床に就くと入眠が容易になる.
入浴すると深部体温はいったん上昇し,その後,
ある.一方で,不眠の予防の観点から,治療上の
末梢からの放熱が促され,深部体温が下がりやす
休養の必要性を勘案しつつ,個々の患者のニーズ
くなる.就床 1 時間半前に深部体温が 0.5〜1 ℃
に柔軟に対応していくことが重要と考える.
上昇する程度の入浴(湯温 40 ℃程度)をすること
2)体内時計のリズムのメリハリをつける
で,床に就いてから寝つくまでの時間が短くなり,
入院・入所の生活環境において十分な外界光を
中途覚醒回数が減少し,深い睡眠が増加したとい
取り入れられることが望ましい.地球上に棲む生
う報告がある .しかし,勤務体制などサービス
物には,いつ休息をとり,いつ活動すべきかを告
提供側の都合により,ほとんどの施設では入浴時
げる時計(体内時計)が備わっている.ヒトの体
間帯は日中に設定されている.高齢者に対する睡
内時計の周期は平均すると 24 時間よりやや長い.
眠の促進を目的として,夜間入浴を実施している
外界の 24 時間の明暗周期とのずれを体内時計の
介護施設がある.これらの施設では,夜間入浴の
時刻調節機能によって時刻合わせ(同調)をして
介助者を確保するために,看護職・介護職が協力
いる.同調に最も強力なのが高照度光( 2,500 lux
し,勤務時間帯を変更したり,業務内容や入浴の
以上).私たちは,朝日を浴びることで,ごく自
手順を見直したりして取り組んでいる.
6)
然に体内時計のリズムを同調させている.室内照
足浴は清潔の保持,下肢の温熱効果,血液循環
明は 300〜500 lux 程度であり,位相調節には不
の促進などの効果がある.睡眠に対する作用とし
十分である.寝たきりや建築条件などで外界光へ
ては,足浴を行うと,下肢皮膚血流量は徐々に増
の曝露が困難な場合は,2,500 lux 以上の光量を
加し,その部位の皮膚温が急激に上昇する.これ
照射できる市販の照明器具を利用するとよい.
に引き続いて下肢からの放熱が起こる(図 1 ).
日中は覚醒を維持し,適度に身体を動かして体
26(138)EBNURSING Vol.11 No.2 2011
就床から入眠までの時間の短縮,深い睡眠の増加
第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
40.0
入浴条件
足浴条件
38.0
平均皮膚温
コントロール条件
36.0
図 1 入浴条件・足浴条件・
コントロール条件下に
おける表面皮膚温の推
移
34.0
32.0
30.0
28.0
22:00
23:00
0:00
1:00
2:00
3:00
Time of day
7)
が確認されている .
4)睡眠を妨げる行動を修正する
患者は,病気や今後の療養に関すること,仕事
4:00
5:00
6:00
入浴条件は 22 時から 10 分間,40
℃の湯につかり,足浴条件は 22
時から 10 分間,42 ℃の湯に下肢
(膝下)をひたした.3 条件とも 23
時に消灯した.
表 2 不眠の行動療法(Bootzin, 1972)
1.眠くなったときにのみ寝室に行く
2.寝室は睡眠と性行為のみに使用する
3.10 分経過しても眠れないときは別の部屋へ行く
や家庭に対する影響など多くの悩みを抱えている.
4.中途覚醒し,10 分経っても再入眠できない場合は別
の部屋へ行く
不安や悩みは,交感神経を興奮させ,覚醒中枢を
5.上記事項を繰り返す
活発化させる.覚醒水準が高く,緊張した状態で
6.睡眠の質や量に関係なく朝同じ時間に起きる
は寝つきは悪くなる.寝床のなかで眠れず苦しい
体験が続くと,寝室環境と覚醒が結びつき,床に
7.できる限り仮眠を避ける
(宗澤岳史,山本隆一郎:行動療法〈大川匡子,三島和夫,宗澤
岳史編:不眠の医療と心理援助〉
.金剛出版;2010.p.95.より)
就くとかえって目が覚めてしまう反応が起こる.
ここでは「寝床=眠る場所」ではなく,
「寝床=覚
師の会話,巡視時の足音などである.ワゴン類の
醒する場所」という結びつきが成立している.
片づけの音は病室に響くので早い時間帯にすませ
対応としては,
「寝床=覚醒する場所」という
ておく.このような音はやむをえないと考えがち
学習をさせないこと(予防)がまず重要であるが,
であるが,夜間眠ろうと努力しているときは昼間
学習が成立している場合には「寝床=眠る場所」
気にならないような物音にも敏感になるなど,患
という結びつきを再学習する必要がある.不眠症
者にとっては非常に苦痛である.
8)
の行動療法(表 2 ) は不眠の予防にも有効である.
就寝時の筋弛緩法などのリラクセーションは,
「寝床=落ち着く場所」という新たな反応を学習
6)効果的に睡眠薬を使用する
これまで不眠をほとんど経験していなかった人
が身体疾患で入院し,入院による環境の変化や病
するための簡便で効果的な方法である.
気に対する不安などで不眠が出現すると,看護師
5)適切な睡眠環境を整える
がすぐに睡眠薬を使用してしまう現実がある.1
睡眠環境は患者の好みや習慣をできる限り尊重
カ月間の入院中連用したとすると,退院して服用
したい.室内光やテレビの音を一晩中つけておい
をやめようとしたときに反跳性不眠のため睡眠薬
てほしいと希望する人もいる.安心し,リラック
が中止できなくなってしまうことがある.前述し
スして眠れる睡眠環境を整える.
たアプローチのみでは十分な改善がみられない場
夜間の騒音は睡眠中断の大きな要因となってい
る.輸液アラームやトイレの流水音,電話,看護
合,補助的な対症療法として睡眠薬を組み合わせ
ることが重要である.
EBNURSING Vol.11 No.2 2011(139)27
%
30
20∼30歳代
表 3 夜間頻尿に対する行動療法
40∼50歳代
・適度な運動:午前より午後(夕刻)が好ましい
60歳以上
・規則正しい生活・食事習慣:摂食時の十分な水分補給
20
と食間の水分制限.摂取水分量は,気温・湿度・基礎
代謝・運動量などの諸因子で個人差が大きいため,よ
く考慮し柔軟に対応する
10
0
・昼寝時間の制限:15 時までの 20〜30 分間,できれば
下肢挙上で
入眠障害
中途覚醒
早朝覚醒 日中の眠気
図 2 一般成人における不眠を自覚する人の割合
(年代別)
・弾性ストッキング装着
・入浴時刻・方法の変更:晩に入る場合は温度を 40 ℃ま
で,半身浴
・夕食以降の(過度の)飲水や喫煙の制限
・カフェインやアルコール過剰摂取の制限
・水分摂取量のチェック:排尿日誌より判断
実際のケア
・尿意を我慢する訓練:5〜10 分の延長より開始し,2 時
間以上が目標
・趣味に没頭する時間をつくる:排尿から気を逸らす→
1)高齢者における睡眠のケア
膀胱訓練に有効
不眠を自覚する人の割合は,20〜50 歳代では
約 20 %であるが,60 歳以上では約 30 %と高齢
1)
者で増加する .入眠障害は年齢による差異はな
いが,中途覚醒,早朝覚醒は高齢者で多い(図 2 )
.
(1)
夜間頻尿と不眠
高齢者の不眠には多くの原因があるが,なかで
も夜間の頻尿は転倒の危険因子であることから,
リスク管理の点からも重要である.
・就床時間の指導:遅寝早起き,就床時間を固定せず,
眠くなってから就床.起床時間は一定に.睡眠時間は
個人差が大きく,日中に眠気がなければ十分
・受診は 2 週間に 1 回:その間は病院から最低週 1〜2 回
は電話で連絡し指導内容の励行と治療効果を適宜確認
(励まし法)
・腹圧性尿失禁に用いる骨盤底筋訓練を併施:定期的に
直腸診で確認する程度.補助筋の収縮をコントロール
する指導を中心に.ADL の改善による骨盤底筋筋力の
改善を重視,バイオフィードバック療法併用
(大岡均至,曽根淳史,菅谷公男ほか:夜間頻尿の成因と診断・
夜間頻尿とは夜間に排尿のために 1 回以上起き
治療について.日本排尿機能学会誌,2007;18:307-318.より)
なければならない場合をいう( International
9)
Continence Society:国際禁制学会) .夜間頻尿
があり,原因に応じた対処が必要だが,基本とな
がある人はない人に比べ不眠の起こりやすさ(オ
る生活指導や行動療法が提案されている(表 3 ) .
10 )
ッズ比)が 1.75 倍に高まる
.また高齢者では
12)
(2)
睡眠薬と転倒リスク
夜間頻尿であるほど転倒のリスクが高くなる.施
高齢者では睡眠薬を服用している人の割合は他
設入所高齢者の転倒の 27 %は夜間( 21〜6 時)に
の年代に比べて高い.男性高齢者( 65 歳以上)の
発生しており,夜間転倒の半数以上が排尿のため
3〜21 %,女性高齢者の 7〜29 %が睡眠薬を服用
11 )
の離床と関連していると報告されている
.
さらに,高齢者では排尿による離床で目が覚め
している.高齢者では,睡眠薬の服用は転倒の危
13 )
険性を増加させる
.
ると再入眠が著しく妨げられる.不眠患者では覚
睡眠薬による筋緊張低下やふらつきは転倒の危
醒を高めるような刺激に注意や観察を向けるとい
険因子となる.このため,高齢者では筋弛緩作用
う特徴がある.尿意という身体感覚に注意が向く
が少なく,作用時間の短い非ベンゾジアゼピン系
とそれをどうにかしようとする意図が生じ,トイレ
の睡眠薬が推奨されている.しかし,健常若年者
通いが誘発される.夜間頻尿にはさまざまな原因
を対象とした実験では,超短時間型非ベンゾジア
28(140)EBNURSING Vol.11 No.2 2011
第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
ゼピン系睡眠薬は,ベンゾジアゼピン系睡眠薬と
表 4 睡眠薬による転倒防止対策
比べて,筋緊張に与える影響は少ないものの,ふ
・治療目標を正しく設定し,過剰な睡眠薬の投与は避ける
らつきについては両群間で差は認めらなかったと
・超短時間・短時間作用型を用いる
報告されている.すなわち,非ベンゾジアゼピン
系睡眠薬の平衡機能への影響を完全に回避するこ
14 )
とはできない
.さらにこの実験では平衡機能
検査の指標と主観的なふらつきの程度との間に関
連は認められていない.このことは,睡眠薬によ
るふらつきを本人が正確に把握することは困難で
あることを示している.したがって,ふらつきの
評価については,患者の自覚症状のみに頼ること
なく,看護師が観察を行うことが重要であると考
えられる.一方,筋緊張についても,服薬量が多
くなれば非ベンゾジアゼピン系睡眠薬でも筋弛緩
15 )
作用が生じること が指摘されている.
・ω1受容体選択的作動薬を用いる
・個体差を考慮し,成人の半量から開始する
・服用後早々に入床するように指導する
・睡眠の中断を引き起こす原因(夜間頻尿など)に対する
指導を行う
・寝室は歩行ができる程度の照度を維持する
・転倒の既往がある場合は,睡眠薬以外のリスク因子に
ついても検討する
・ふらつきの評価は患者の自己評価のみに頼らない
・転倒リスクが高い場合は,漢方薬を用いたり,転倒予
防運動,転倒パッド,ビタミンDの投与などを検討する
(小曽根基裕,大渕敬太,佐藤 幹ほか:睡眠薬による平衡機
能への影響;最も有効な転倒防止策は何か? 日本薬物脳波学
会雑誌,2009;10:13-20.より)
病状悪化を反映する徴候でもある.一方,睡眠障
また,高齢者では睡眠薬の持ち越し効果に注意
害は身体状態や精神状態の悪化の原因ともなる.
する必要がある.ベンゾジアゼピン系睡眠薬,非
また一方で,身体症状や精神症状は睡眠障害を
ベンゾジアゼピン系睡眠薬ともに,血中濃度の半
引き起こす.睡眠障害はがん患者にとって大きな
減期やピーク値には 2〜3 倍の個体差が認められ
苦痛であることから,睡眠は緩和ケアにおいて症
る.したがって超短時間作用型でも持ち越し効果
状がうまくマネジメントされているかどうかのバ
による起床時のふらつきには注意を要する.
ロメータとされている
20 )
転倒は,睡眠薬の使用初期に発生しやすいこと
.
(1)
睡眠を妨げる苦痛症状の緩和を図る
から,睡眠薬導入時や変更時には看護師の観察が
がんの進行に伴い,がん性疼痛,呼吸困難・咳
必要である.ベンゾジアゼピン系睡眠薬では投与
嗽,悪心・嘔吐,腹水貯留,浮腫,夜間頻尿など
開始後 2 週間以内が最も危険が高い(リスク比:
による不眠の出現頻度は高くなる.がん性疼痛は
16 )
2.05 ) .睡眠薬による転倒防止対策を表 4
14 )
に
患者を苦しめるつらい症状の一つである.強度の
示した.入院患者の転倒・転落防止を目的に,睡
呼吸困難のために起座呼吸しかできない場合,が
眠薬内服後の排泄行動に着目したフローシート
ん悪液質症候群による全身倦怠感が続いている場
17 )
.これを用い
合では,夜間に十分な睡眠を確保することは困難
て支援の方向性を患者と情報共有し,患者自身が
となる.積極的に症状マネジメントを行う必要が
サポートの方法を選択した結果,患者の危険回避
ある.自力で体位変換ができない場合や全身の衰
意識や行動が高まったと報告している.
弱に伴う苦痛に対しては,安楽や快適さが持続で
2)緩和ケア領域における睡眠のケア
きるよう枕やクッションを活用して工夫する.
(図 3,4 )を開発した施設がある
不眠や過眠などの睡眠障害はがん患者の 19〜
18, 19 )
夜間不眠が,病状の悪化やせん妄,うつ病の前
,高頻度に出現する症状の一
駆症状であることがある.特に終末期において見
つである.睡眠障害は,脳転移による認知機能の
逃されているうつは多いという指摘もある.不眠
変化や呼吸状態の増悪,うつやせん妄の発症など,
とともに「体がだるい」
「疲れがとれない」などの
70 %にみられ
EBNURSING Vol.11 No.2 2011(141)29
(2)
睡眠を妨げる薬物を適切
フローシート
内服開始日:
内服薬名:
内服歴:有・無
副作用の説明をする
説明用紙参照
身体の倦怠感や食欲不振
内服の有無再確認
夜間排泄パターン確認
行かない
内服しない
睡眠状態確認
行く
時間に起こす
確認した時間に声を
かけることを約束
ナースコールの説明
する
コール
の緩和のためにステロイド
薬が広く用いられている.ヒ
トのステロイドホルモン分
泌は概日リズムを呈し,早朝
しない
トイレに行くときは,看護師が付
き添うことの承諾を得る.必ずナ
ースコールをすることを約束する.
にマネジメントする
頻回な訪室
毎日の行動確認
に高く午後から低下し,夜中
に最低のレベルとなる.した
がって,この生理的リズムに
合わせた使用法が合理的で
ある.ステロイドホルモンは
誘導
覚醒作用のために不眠を誘
図 3 睡眠薬内服患者のフローシート
睡眠薬を服用する患者に ① 睡眠薬の副作用の説明,② 排泄時刻の確認,③ 援助の方向
性について患者と情報を共有する.
発するので,原則夕方以降の
投与は行わない(通例 1 日 1
回の場合には朝に服用,朝昼
○○様予測排尿時間(0:00)
(3:00)
ナース
月日
時間
排泄行動,睡眠状態
コール
8/5 21:00 内服(睡眠導入剤 A)
ふら
つき
22:00 睡眠中
あり
あり
いる患者が不眠を訴える場合には,朝・夕の投与
最近では,オピオイドによる眠気やがん終末期
®
24:00 覚醒中,横になって
いる
の倦怠感に対し,ベタナミン (ペモリン)が使
®
®
用される傾向にある.ベタナミン はリタリン
0:15 睡眠中
0:30 付き添いトイレ歩行
後の量を少なくする).ステロイド薬を使用して
であれば朝・昼に変更する.
23:00 睡眠中
23:15 付き添いトイレ歩行
2 回の分割投与の場合には,朝の量を多くして午
あり
あり
3:00 睡眠中
3:20 付き添いトイレ歩行
図 4 睡眠薬内服患者の夜間の行動観察記録用紙
毎夜,排泄時刻,睡眠状態,ナースコールの有無,歩行状態
などを記録する.
(メチルフェニデート塩酸塩)ほど顕著な改善感
はないものの,元気が出すぎてしまう,薬効が切
れるとスイッチが切れたような感覚を生じる,な
どはほとんどないといわれている.しかし,夜間
不眠が生じていないかアセスメントするとともに,
精神刺激薬として慎重に取り扱う必要がある.
訴えを聞いたときには,単なる夜間不眠やがんに
(3)適切な睡眠環境を整える
伴う全身倦怠感を疑うだけでなく,気分の落ち込
就寝前に排泄ケアや必要な処置を行い,睡眠を
み(抑うつ気分)や今まで楽しかったことが楽し
中断させる機会をできるだけ減らす.夜間観察し
めない(興味・喜びの喪失)についてもアセスメ
なければならないドレーンやポンプ類は就寝前に
ントする必要がある.「睡眠薬の効かない不眠」
点検し,表示光などが患者の邪魔にならず,かつ
や「ステロイドの効かない全身倦怠感」
「表情が硬
看護師が観察しやすい位置に設置する.夜間の創
く活気がない」などの場合にはうつ病の可能性を
処置回数を減らすために,創にガーゼを厚めにあ
考え,医師に報告する.
て,交換は患者が覚醒したときに行う.
30(142)EBNURSING Vol.11 No.2 2011
第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
夜間の頻尿は中途覚醒だけでなく,転倒のリス
ムを整えることが重要である.朝定刻に起床させ,
クを高める.最終排尿時刻の確認,ナースコール
外界光を取り入れ,体内時計のリズムをリセット
やベッド柵,ポータブルトイレのセッティング,
することから着手する.日中はできるだけ覚醒を
ストーマの便・尿の処理を行う.頻尿がある場合
維持してもらう.カフェインの入った飲み物を摂
には,夕方からの水分摂取を控える,夜間の輸液
取することも一つの方法である.夜間までの覚醒
量を減らすなどの工夫をする.
時間を長く保つことで,断眠効果による睡眠要求
(4)
入眠儀式を尊重する
が上昇し,眠りやすくなることを伝える.
入眠儀式とは歯磨き,着替え,トイレ,読書と
加えて,
「寝床=悩み苦しむ場所」という結び
いった,眠る前に行う行動や習慣をいう.これら
つきが成立しているため,寝床のなかで苦しい思
の一定の手続きが「今から眠るのだ」という睡眠
いをする時間を減らすことが重要であることを患
への条件づけとして機能している.子どもを寝か
者に説明し,夜間,悩みごとや考えごとが頭から
しつけるための入眠儀式はよく知られている.成
離れないときには,いったん床から離れ,別の場
人でも就寝前に喫煙する人,アルコールを飲む人
所に移動できないかを検討する.移動先で日中に
など,さまざまな就寝前の過ごし方や習慣があり,
はあまり語られない心情などが表出されるときも
施設でもできる限り尊重したい.入院中も足浴や
ある.夜間増強する不安にタイミングを逃さず看
アロマ,マッサージなどを取り入れて,入眠儀式
護師が向き合うことも重要である.
として確立する方法もある.ただし,条件づけの
ためには毎晩行うことが重要となる.
(5)睡眠・覚醒リズムを整える
日中の大半をうたた寝や昼寝をして過ごし,消
就寝時には,足浴やアロマ,会話を交わしなが
らマッサージなどを行うのもよい.これらのケア
は寝床での睡眠を妨害する連想を減らすとともに,
緊張を低減させ,入眠に必要なリラクセーション
灯時刻を過ぎるとナースコールを頻繁に押し,軽
をもたらす.音楽やラジオなど適度の音刺激も,
度の症状や眠れないつらさを執拗に訴える患者が
睡眠を妨害する連想の低減に効果的な場合もある.
いる.周囲が寝静まり,刺激が極端に乏しくなる
と不安やイライラ感が生じ,目が覚めてしまう.
(6)個々人の生活スタイルを尊重する
治療上の休養の必要性を勘案しつつ,個々の患
「昼間は気が紛れるが夜になると不安でどうして
者のニーズに柔軟に対応していくことが重要であ
いいかわからない」
「死ぬことばかり考えて,頭
ると述べた.「眠っている時間がもったいない」
から離れない」
「治療ができないと言われ,これ
と夜遅くまで起きている人もいる.夕食後に睡眠
から何がどうなるのか」と床のなかで悩み苦しみ,
薬を内服し,深夜に覚醒して読書や手紙,思索に
ますます目がさえてしまう.そして,明け方によ
ふけるなどして穏やかに過ごし,明け方からもう
うやく入眠し,昼間に長時間の昼寝やうたた寝を
一度睡眠をとる日課の人もいる.苦痛や不快感を
してその夜はなかなか入眠できず,寝床のなかで
伴うのでなければ,不眠症状の存在自体は問題で
入眠を待ちながら考えごとをして,さらに目がさ
はない.先述の
(5)
と矛盾するようだが,
「夜は眠
えるという悪循環に陥っていることが多い.
らなければならない」という固定観念をとり払い,
このような患者の場合,医師と連携しながら適
切な薬物療法を併用して(睡眠薬を用いると想定
外に早く覚醒してもうろう状態となることが多い
ので注意)夜間の睡眠を確保し,睡眠・覚醒リズ
限られた貴重な時間を有効に過ごせるよう個々人
の生活スタイルを尊重することも大切である.
(7)睡眠薬をうまく使用する
緩和ケアでは,予後が限られていること,主要
EBNURSING Vol.11 No.2 2011(143)31
目的は苦痛症状の軽減であることから,耐性や依
〜1/2 )から開始し,投与から効果出現までの時
存の形成といった一般臨床における睡眠薬の副作
間,効果持続時間,副作用をモニタリングし,そ
用についてはあまり考慮する必要はないという意
の人に合った薬剤や用量を決めることが重要であ
21)
見もある .睡眠薬使用の注意点については「1)
る.さらにその人の睡眠習慣を考慮した投与時刻
高齢者における睡眠のケア」で述べた.
や投与経路(経口,座薬,皮下注射,点滴など)
睡眠薬の効果は個人差が大きい.末期のがん患
の工夫も必要となる.注射薬を使用する際には,
者では,体力の低下や全身状態の悪化に伴い,持
呼吸抑制をきたしていないか,呼吸回数や無呼吸
ち越し効果が出現しやすい.少量(常用量の 1/3
の有無などを観察しながら,少量から開始する.
◉ REFERENCES
1)Kim K, Uchiyama M, Okawa M, et al:An epidemiological study of insomnia among the Japanese
general population. Sleep, 2000;23(1)
:41-47.
2)American Academy of Sleep Medicine:The International Classification of Sleep Disorders, Diagnostic and Coding Manual. 2nd ed. American Academy of Sleep Medicine;2005.
3)American Academy of Sleep Medicine:The International Classification of Sleep Disorders, Diagnostic and Coding Manual. 1st ed. American Academy of Sleep Medicine;1990.
4)Lavie P:Ultrashort sleep-wake schedule.‘Gates’and‘forbidden zone’for sleep. Electroenceph Clin
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5)Wehr TA:The impact of changes in nightlength(scototperiod)on human sleep(Turek FW, Zee
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6)小林敏孝,荒川一成,冨田真一ほか:身体加熱による快眠法.日本睡眠学会第 29 回定期学術集会抄録
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7)Sung EJ, Tochihara Y:Effects of bathing and hot footbath on sleep in winter. J Physiol Anthropol
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8)宗澤岳史,山本隆一郎:行動療法(大川匡子,三島和夫,宗澤岳史編:不眠の医療と心理援助).金剛出
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9)van Kerrebroeck P, et al:The standardization of terminology in nocturia:report from the standardization sub-committee of the International Continence Society. Neurourol Urodyn, 2002;21:
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10)Gentili A, Weiner DK, Kuchibhatil M, et al:Factors that disturb sleep in nursing home residents.
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:83-91.
32(144)EBNURSING Vol.11 No.2 2011
第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
5
看 護 研 究 の 手 が かりを つ か む
睡眠関連論 文
エビデンスの少ない「睡眠のケア」は,研究テーマの宝庫ともいえる.
関連論文に着想を得て,臨床での研究を始めてみては.
睡眠時間および不眠症と死亡率との関連
Kripke DF, Garfinkel L, Wingard DL, et al:Mortality associated with sleep duration and insomnia. Arch Gen
:131-136.
Psychiatry, 2002;59(2)
要旨
この研究では何時間の睡眠が生存にとっ
報告された睡眠時間と不眠を統計的に統制すると,
て最適か,不眠は生存率低下の前兆とな
睡眠薬の処方は生存率の低下と関連していた.
るのかを明らかにすることを目的としている.
この研究の結果は,睡眠時間が極端に短い場合と
1982 年に睡眠時間と不眠の程度を研究協力者に質
同様,長くても死亡率が高まることを示唆している.
問した.比例ハザードモデルを用いて 1988 年まで
因果関係については不明なままであり,特に長時間
の生存率に対して睡眠時間と不眠の程度が関連する
睡眠や睡眠薬の使用と死亡率上昇との関連について
かどうかについて検討した.その際,人口統計学的
は,さらなる検討が必要である.
変数,習慣,健康にかかわる要因,服用している薬
などについては,統計学的に統制された.
コメント
近年では,糖尿病や高血圧などのリ
スクも短時間睡眠者と長時間睡眠者
参加者は,30~102 歳までの 110 万人超の男女
の両方において上昇することが報告されている.た
であった.調査の結果,最も生存率が高かったのは,
だし,睡眠時間には個人差があり,発達段階の影響
一夜の睡眠時間が 7 時間の人たちであった.8 時間
も受けるので,必ずしも万人にとって 7 時間睡眠
以上の睡眠をとっていた人や,6 時間以下の睡眠し
が最適というわけではない点には注意が必要である.
かとっていなかった人の生存率は低下した.一方,
(浅岡章一)
不眠の報告は生存率とは関連していなかった.また,
EBNURSING Vol.11 No.2 2011(145)33
老年者の睡眠障害と慢性疾患:
2003 年国立睡眠財団による米国民調査結果
Foley D, Ancoli-Israel S, Britz P, et al:Sleep disturbances and chronic disease in older adults:results of the
:497-502.
2003 National Sleep Foundation Sleep in America Survey. J Psychosom Res, 2004;56(5)
要旨
目的:老年者における睡眠の問題と慢性
結語:今回の結果は睡眠と加齢,慢性疾患の疫学研
疾患の関連を評価すること.
究と一致した.老年者に頻繁に認められる睡眠の問
方法:1,506 人の地域在住の 55~84 歳の男女(米
題は,加齢そのものによるものというよりは,むし
国民)を対象に,無作為にかけた電話による 20 分
ろ合併症に由来したものであることが示唆された.
間の質問に対する自己申告型の回答による.
こういった研究は,健康問題の専門家や老年者,特
結果:対象者の多く( 83 %)が 11 種の内科的疾患
に,心疾患やうつ病,慢性疼痛や深刻な合併症を有
のうち 1 つ以上を報告しており,高齢者( 65~84
する者に対して睡眠に関する認知度を高めることに
歳)の 4 人に 1 人は深刻な合併症を有していた( 4
有益であろう.
つ以上の疾患を合併).うつ病,心疾患,身体痛や
記憶障害は特に不眠症状と強く関連していた.肥満
コメント
概略:55~84 歳の多くが内科的疾
患に罹患しており,老年者にみられ
や関節炎,糖尿病,呼吸器疾患,脳卒中,骨粗鬆症
る睡眠の問題は,加齢に伴う睡眠の変化以上に,合
は,無呼吸やいびき,日中の眠気,レストレスレッ
併症による不眠の影響が大きい.
グス症候群や睡眠不足( 1 晩あたり 6 時間未満の睡
(中村真樹)
眠)などの睡眠の問題と関連していた.
一般診療において,慢性不眠症患者に対して小グループで看護師により
認知行動療法を行ったランダム化比較試験
Espie CA, MacMahon KM, Kelly HL, et al:Randomized clinical effectiveness trial of nurse-administered small:574-584.
group cognitive behavior therapy for persistent insomnia in general practice. Sleep, 2007;30(5)
プライマリケアにおいて,慢性不眠症患
キル,リラクセーション法を学んだ.看護師らは,
者に対して看護師( health visitor )が行
実施に先立ち,CBT に関する研修や実習に参加し,
う認知行動療法の有用性について検討した英国から
臨床心理士からメンターを受けた. CBT 群では,
の報告である.① 入眠困難または中途覚醒が週に 3
消灯から入眠までの時間,睡眠効率,中途覚醒時間
回以上,② 睡眠に関連した日中の機能障害,③ ①
が改善したが,TAU 群では改善はみられなかった.
要旨
② が 6 カ月以上持続している不眠症患者を,認知
行動療法群( cognitive behavior therapy:CBT 群
コメント
日本でも不眠の認知行動療法の重要
性は認識されつつあるが,十分な時
107 人)と,従来の不眠治療群( treatment as usu-
間を確保できないことや,実践できる臨床心理士の
al:TAU 群 94 人)にランダムに割りつけた.セッ
数が少ないことなどの問題点が指摘されている.日
ションは,週 1 回 60 分,計 5 回実施した. CBT
本においても看護ケアに認知行動的要素を導入する
群は,4~6 人の小グループを構成し,睡眠の知識,
ことは,患者の睡眠の改善に貢献する可能性を示す
睡眠衛生,睡眠に関連する不適応的な認知や行動に
ものと考えられる.
気づき,適応的なものに変容させるための知識やス
34(146)EBNURSING Vol.11 No.2 2011
(尾﨑章子)
第1
特集
「眠れない」
「眠らない」患者のケア
睡眠の量および質と,
Ⅱ型糖尿病の罹患率
システマティックレビューとメタ解析
FRANCESCO P. CAPPUCCIO, D’
Elia L,Strazzullo P,et al: Quantity and Quality of Sleep and Incidence of
Type 2 Diabetes. A systematic review and meta-analysis. Diabetes Care,2010; 33(2): 414-420.
要旨
目的:習慣的な睡眠障害とⅡ型糖尿病罹
患率との関係性を評価し,リスク推定値
研究デザインと方法:MEDLINE( 1955~2009 年
4 月),EMBASE,コクラン・ライブラリー,さらに,
言語の制限を設けずに原著およびレビュー論文の参
基準は,追跡期間が 3 年以上の前向き研究で,ベ
0
2 人で行い,睡眠の量および質,それらの評価方法,
Short
DIS
2
1
型糖尿病罹患率を含む研究とした.データの抽出は,
Long
3
照リストについて系統的検索を行った.組み入れの
ースライン時の調査に睡眠障害の評価と,転帰にⅡ
DMS
4
相対リスク
を得る.
5
0
5
10
追跡期間
15
20
DMS:睡眠維持困難,Long:長時間睡眠,Short:短時間睡
眠,DIS:入眠困難.
有効な方法によって定義されたⅡ型糖尿病の新規症
例を抽出した.相対リスク( RR )および 95 %信頼
=0.005 )であった.入眠困難の RR は,1.57( 95
区間( CI )を抽出し,ランダム効果モデルを用いて
% CI:1.25~1.97,p<0.0001 )であり,睡眠維持
それらを統合した.感度分析を行い,異質性や出版
困難の RR は,1.84( 95 % CI:1.39~2.43,p<
バイアスの評価を行った.
0.0001 )であった.Ⅱ型糖尿病の発症リスクは,
結果:10 件の研究を組み入れた.( 13 の独立した
全体的に追跡期間とともに増加する傾向を示した.
コホートサンプル:男女 107,756 人,追跡期間
結論:睡眠の量および質は,一貫して有意にⅡ型糖
4.2~32 年,Ⅱ型糖尿病の新規症例 3,586 例).統
尿病の発症リスクを有意に予測する.この関係性の
合解析にて,睡眠の量および質は,Ⅱ型糖尿病の発
背景にある機序は,短時間睡眠者と長時間睡眠者で
症リスクを予測した.短時間睡眠(≦ 5~6 時間/夜)
は異なると考えられる.
の RR は,1.28( 95 % CI:1.03~1.60,p=0.024,
異質性 p=0.015 )であり,長時間睡眠(> 8~9 時
間/夜)の RR は,1.48( 95 % CI:1.13~1.96,p
コメント
臨床的に,糖尿病患者に不眠は多い
が,そのコントロールが糖尿病治療
の反応にも影響する可能性があるだろう.
(林田健一)
EBNURSING Vol.11 No.2 2011(147)35