NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE Title 朝鮮半島南部・濟州島・対馬・壱岐のショウリョウバッタ集団にお ける過剰染色体(B染色体) Author(s) 茅野, 博; 呉, 文儒; 茅野, 愛子 Citation 長崎大学教養部創立30周年記念論文集, pp. 223-231, 1995 Issue Date 1995-03-27 URL http://hdl.handle.net/10069/21917 Right This document is downloaded at: 2014-10-17T11:58:58Z http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp 長崎大学教養部創立30周年記念論文集 223−231(1995年3月) 朝鮮半島南部・濟州島・対馬・壱岐のショウリョウ バッタ略解における過剰染色体(B染色体)1) 茅野 博2)・呉 血球3)・茅野愛子4) Supernumerary chromosomes(:B chromosomes)of」α1励・侮伽 :Motschulsky in populatio:ns of south.ern・Korea, Cheju Do, Tsushima and Iki Hiroshi KAYANo, Moon You OH and Aiko KAYANo Abstract Sample males of populations of、407漉鰯αMotschulsky were collected from four areas, southern Korea, Cheju Do, Tsushima and Iki, including 810calities. The chromosomes in primary spermatocytes were observed using 75 males from southern Korea,113・from Cheju Do,130 from Tsushima, and 89 from Iki(Table 1). Chromo− somes of the primary spermatocytes were l 111十X(2n♂=22十X),1111十X十1B(2n♂= 22十X十1B), and l111十X十2B(2n♂=22十X十2B), which were different among the individulas within the populations(Figs.1−4). The B chromosome was smaller than the smallest member(11th chromosome)of the normal complement. The B chromo− somes in these areas were morphologically the same. The frequencies of males with Bchromosomes and mean・number of B chromosomes per male were different among the populations(Table 1). The B chromosomes were the same as found in the populations found in mainland of Kyushu, Hirado−jima, and Goto−retto(Table 2, Fig. 5).This fact is explicable on the basis that the region over Korea to KyuShu was continuous land during the Iast gracial age. At that geological age∠46γ錫αムα如was 『able to distribute over this region. The B chromosomes have been maintained in the 1)国際学術研究(課題番号04045041)「対馬暖流域の生物地理」業績No.10. 2)長崎大学教養部生物学教室 Institute of Biology, Faculty of Liberal Arts, Nagasaki University, Japan 3)大韓民国濟州大学校自然科学大学生物学教室 Department of Biology, College of Natural Sciences, Cheju National University, Korea 4)元長崎大学教養部研究生(現在長崎市滑石5丁目2−27−303) 224 茅野 博・呉 文儒・茅野 愛子 populations in the islands after the populations were separated by the sea. Key words:chromosome, B 6hromosome,、4碗吻鰯α, population, biogeography染色 体、B染色体、ショウリョウバッタ、集団、生物地理 はじめに 自然集団の個体の間にみられる染色体変異の1つに、B染色体(B Chromosome) とよばれる過剰染色体による変異がある。自然集団の個体がB染色体をもっているこ とは多くの動物および植物の種において報告されている(Jones and Rees 1982参 照)。ショウリョウバッタ(ノL漉吻’蹴γ伽Lin6、筆者らはこれまで同義名の・467づ4α 鰯πMotschulskyを用いてきた)は群がって生息していることと、第一精母細胞によ る染色体観察が容易であることから、集団を対象とした染色体変異の研究に適してい る。これまでに、筆者らは九州本土の各地および上五島と平戸島など15箇所からショ ウリョウバッタ集団の標本を採集し、これらのどの集団にもB染色体をもつ個体が含 まれていることを明らかにした(Kayano, Sannomiya and Nakamura 1970; Kayano and Kayano 1989)。 ショウリョウバッタは移動力が小さいこと、また、B染色体は集団に永続する遺伝 物質であることから、B染色体を標識にすれば、生物地理の研究に役立っと考えられ た。この視点から、今回は朝鮮半島南部、濟州島、対馬および壱岐からショウリョウ バッタ集団の標本を採集し、染色体観察を行った。その結果、前記のどの地域のショ ウリョウバッタ集団もB染色体をもっていた。これらのB染色体は九州本島、五島列 島および平戸島の集団にみられたB染色体と同じ型であった。 材料および方法 下記の4地域8地点でショウリョウバッタの雄を採集した(年月日は採集日。採集 地の地図上の位置につてはFig.5を参照)。 朝鮮半島南部[Southem Korea] Hm(Haenam) 大韓民国全羅南道海南郡海南 1992年9月3日 Cd (Chindo) 大韓民国全羅南道珍島郡三島 1992年9月3日 弾唄島[Cheju Do] Ch−A(Cheju A) 大韓民国濟州道北濟州郡涯月邑 1992年8月29日 Ch−B(Cheju B) 大韓民国濟三道北三州郡丁丁邑 1992年8月30日 225 朝鮮半島南部・濟州島・対馬・壱岐のショウリョウバッタ集団における過剰染色体(B染色体) 対馬[Tsushima] Ts(Tonosaki) 日本国長崎県上県郡上対馬町殿崎 1989年8月28日 Tt(Tsutsu) 日本国長崎県下県郡厳原町豆殴 1989年8月29日 壱岐[lki] Ks(Kurosaki) 日本国長崎県壱岐郡郷ノ浦町黒崎 1989年8月30日 Sk(Sakyoubana)日本国長崎県壱岐郡勝本町左京鼻 1989年8月31日 採集したショウリョウバッタから、その日のうちに精巣を摘出し、Newcomer (1953)の処方による固定液で固定した。固定後1∼3カ月経過した精巣をアルコー ル塩酸カーミン(Snow 1963)を用いて染色し、個体ごとに、また、フォリクルごと におしつぶし標本として、第一精母細胞中期の染色体を観察した。各個体について3 個のフォリクルを観察して、染色体構成を確認した。 結果および考察 観察した個体の間に染色体数の変異が見られたが、どの個体にも共通に見られたの は、常染色体がっくる11個の二戸染色体と、X染色体による1個の一価染色体であっ た(1111+x,Fig.1)。個体によっては常染色体の最小のものよりさらに小さい一価染 Table 1. Frequencies of B chromosomes in populations of Acrida lata in southern Korea, Cheju Do, Tsushima and lki Area and localities Number of males OB IB Rate of males Mean no. of B’s 2B Total with B’s(%) per male [Southem Korea]朝鮮半島南部 Haenum(Hm)海南 44 10 Chindo(Cd)珍島 16 1’ 一 (Tota1) (60) 4 (11) 58 17 (4) 24.1 0.310 5。9 0.059 (75) [Cheju Do]濟州島 Cheju A(Ch−A) 34 14 Cheju B(Ch−B) 62 (Total) 2 1 49 30.6 0.327 − 64 3.1 0.031 (96) (16) 91 7 (1) (113) [Tsushima]対馬 Tonozaki(Ts)殿崎 Tsutsu(Tt)油酸 (Tota1) 2 30 一 一 (121) (7) 100 9.0 0.111 30 0.0 0.000 (6.9) (0.085) (2) (130) [Iki]壱岐 Kurosaki(Ks)黒崎 Sakyoubana(Sk)左京鼻 (Tota1) 21 7 5 33 36.4 37 12 7 56 33.9 0.464 (19) (12) (34.8) (0.483) (58) (89) 0.515 226 茅野 博・呉 文儒・茅野 愛子 Figs 1−2 Chromosomes in primary spermotocytes of∠46η吻勉彪collected from apopulation ln Cheju l A cell consisting of basic complement, 1111十X 2 Acell with a B chromosome Arrow indicates a B chromosome 朝鮮半島南部・濟州島・対馬・壱岐のショウリョウバッタ集団における過剰染色体(B染色体) 駕 難論 ㌦..ゼ:ぎ1遜:濃、 Flgs 3−4 Chromosomes in prlmary spermatocytes of∠40η吻離離 3Another cell with a B chromosome from the same indivldua1 (Cheju populatlon)shown ln Fig 2.3Acell wlth 2 B chromosomes from an lndividual collected from a population at Haenam, southern Korea Arrows lndicate B chromosomes 227 228 茅野 博・呉 文儒・茅野愛子 色体が、1個過剰に存在するもの(1111+X+1B)や、小さい一価染色体が2個過剰に 存在するもの(1111+x+2B)があった(Figs.2−4)。2個の小さな一価染色体の代わ りに、小さな二面染色体が1個過剰にみられる場合もあった。これらの染色体構成を 体細胞染色脚数で表すと2n♂=22+X+0∼2Bである。これらのB染色体は、これま でに九州本島、平戸島、五島列島の島など、各地の集団にみられたB染色体と同じ性 質のものであった(Kayano et a1.1970,1989参照)。・B染色体は観察した8集団の うち、豆酸を除くすべての集団に見られた(Table 1)。 対馬の豆酸の集団にはB染色体をもつ個体が見られなかったが、対馬の殿崎の集団 でB染色体の頻度が低いことから考えると、豆殴の集団にもきわめて低い頻度でB染 色体が含まれている可能性もある。 一方、壱岐の2集団ではB染色体をもった個体の頻度も、個体当たりの平均B染色 体数も高い。また、野州島の2集団の位置は、島の東側と西側の関係であるが、B染 色体をもつ個体の頻度に大きな差が見られたpこのような差が生じた理由妹明らかで はないが、九州の箱崎(福岡市)と香椎(福岡市)の間が地理的に近いのに、B染色 体をもつ個体の頻度には、大きな差があることと似ている(Kayano et al.1970)。こ のような集団問の差は、ショウリョウバッタの移動性が低いことによって維持されて いると考えられる。B染色体は遺伝物質であるから、 B染色体をもつ個体は互いに共 通の祖先からの後代である。したがって、B染色体を標識にすれば生物地理の研究に 役立つと考えられた。朝鮮半島から九州にかけての対馬暖流域は、最終氷期後の海進 Table 2. Frequencies of B chromosomes in populations、of Acrlda伯ta at local− ities over the Tsushima current region Area and localities Number of males OB lB 2B Haenum(Hm)海南 44 10 Chindo(Cd)洋島 16 1 Chej u(Ch−A)濟州島A 34 14 Chej u(Ch−B)濟州島B 62 2 Tsusima(Ts, Tt)対馬 121 Males Mean no. Total with B’s(%) of B’s 58 24.1 0.310 17 5.9 0.059 1 49 30.6 0.327 64 3.1 0.031 7 2 130 6.9 0.085 4 Iki(K合, Sk)壱岐 58 19 12 89 34.8 0.483 Ukrshima(Uk)宇久島1) 90 25 4 119 24.4 0.277 Madara−jima(Md)嘉島1) 65 25 10 100 35.0 0.450 Hirado(Hd)平戸島1) 82 17 1 100 18.0 0.190 Tabira(Tb)田平町1) 83 17 100 17.0 0.170 Nagasaki(Ng>長崎市2) 70.3 25.0 4.7 1003) 29.7 0.343 65.7 26.0 8.3 1004) 34.3 0.433 Hakozaki(Hk)箱崎2) DKayano and Kayano(1989)2)Kayano, Sannomiya and Nakamura(1970).3>Shown by%. A total of 300 individuals.4)Shown by%. A total of 1200 individuals. 朝鮮半島南部・濟州島・対馬・壱岐のショウリョウバッタ集団における過剰染色体(B染色体) 229 によって、地史に大きな変化があった地域である。この視点から、これまでに観察さ れた九州西北部と、そこに近接した島のショウリョウバッタ集団におけるB染色体の 観察および今回の観察を総括してTable 2に示す。 Table 1およびTable 2に記した地域および地点をFig.5に示す。 今回の観察結果と、これまでに報告したことを総合すると、生物地理の視点からは 次のように考えるのが適切であろう。(1>過去に朝鮮半島から九州にかけて陸続きで あった時代があり、その頃、ショウリョウバッタはこの地域に連続的に分布していた。 (2)その頃のショウリョウバッタ集団に含まれていたB染色体は、最終氷期後の海進 によって、ショウリョウバッタの分布域が分断された後も、各地域の集団に保持され てきた。 ショウリョウバッタではB染色体をもった個体は広い地域に分布していることが明 らかになったが、このことはHewitt and John(1970)カ§ヨーロッパに分布するバッ KOREA Pusan ● Gq 4も●Mokpo G(資ぼ %◎》m 躍⑱。 Ts 幽一 Tt lK]3Sk 一齢湖UD。 輪蔚 一一 〇 50 100km Ks 5 Uk o o Hk ● Fukuoka Tb Hr KYUSHU 吋 ● Nagas レ Fig.5. A map to show localities(畢)where population samples of、46γ刎α鰯α were collected. Places marked with◎are cities. 230 茅野 博・呉 輪坐・茅野愛子 タの1種紛槻616漉伽〃z鷹%鰯鰐において明らかにしたことと対照的である。躍. 初α6蜘嬬のヨーロッパ大陸に分布する集団には、B染色体をもつ集団は全く見られ ないのに対し、グレートブリテン島南部の集団の多くに、B染色体が含まれていた。 ヨーロッパ大陸とグレートブリテン島は、もともと陸続きであったが、最終氷期後の 海進によって隔てられた。ヨーロッパ大陸とグレートブリテン島が陸続きであった時 代に、躍.〃zα0蜘’π∫は両地域に分布を広げたと考えられる。海進によって両地域が分 断されたのは、8,000年前頃と考えられるので、それ以降にグレートブリテン島の集団 にB染色体が生じ、それが起源になって現在のグレートブリテン島の集団に、B染色 体をもった集団が広がったと考えられている(Hewitt and John 1970)。 ショウリョウバッタの場合には、朝鮮半島と九州とが陸続きであった頃分布を広げ たであろうということは、M.〃zαo%嬬%sの場合と同様に考えられる。しかし、ショウ リョウバッタの場合には朝鮮半島と九州に同じ起源のB染色体をもった集団が分布を 広げたという点が伊州6%鰯πsの場合と異なっている。ショウリョウバッタのB染 色体の起源は、躍.〃zα6π伽π8のB染色体の起源より古いと考えられる。 謝 辞 この研究は昭和64年(1989年)度長崎大学特定研究課題「対馬暖流域の生物地理」 (研究代表者 伊藤秀三教授)および平成4年(1992年)度科学研究費国際学術研究 課題「対馬暖流域の生物地理に関する共同研究」(代表者 伊藤秀三教授)の一部とし て行われたもので、研究の企画と実行について、終始ご援助くださった研究代表者伊 藤秀三教授に厚く御礼申し上げる。また、大韓民国内におけるショウリョウバッタの 採集においては、大韓民国甲州大学校自然科学大学金文洪教授、大韓民国木浦大学校 自然科学大学金詰沫教授、および長崎県自然保護課川里弘孝氏のご協力を戴いたこと を記し、心から感謝申し上げる。 引用文献 Hewitt, G. M. and B. John 1970. The B chromosome system of 1吻7吻6♂60孟召燃 窺α6協厩%s.IV. The dynamics. Evolution 24:169−180. Jones, R. N. and H. Rees 1982. B Chromosomes. Academic Press,:London, New York, etc. Kayano, H., M. Sannomiy3, and K. Nakamura 1970. Cytogenetic studies on naturaI populations of/10γゴ読zんz如. 且ereity 25: 113−122. Kayano, H. and A. Kayano 1989. Maintenance of B chromosomes in natural popula一 eeItaiilEhFEiffS ・ twd・Flit ・ jktk o jll}Efi6D S/ H V V H i)7"t), 5,E[lllbi l3 }J6xuptg;llifaas(BjlllitlEl・M:) 231 tions of Acrido latn Motschulsky in Kami-goto Islands, Hirado-jima, and Tabira -chyo in Nagasaki Prefecture. Bull. Fac. Lib. Arts., Nagasaki Univ. Nat. Sci. 30: 47-53. (Japanese with English Abstract). Newcomer, E. H. 1953. A new cytological and histological fixing fluid. Science 118: 161. Snow, R. 1963. Alcoholic hydrochloric acid-carmine as a stain for chromosomes in squash preparations. Stain Technol. 38: 9-13. (1995tEli 1 J!] 31 H iillmp)
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