我が国に於けるダムの堆砂進行速度を決定する 要因と法則性の調査研究

我が国に於けるダムの堆砂進行速度を決定する
要因と法則性の調査研究
●岡本 尚(静岡県太田川ダム研究会)
我が国では殆どの主要河川にダムが建設されている
なく、ダム湖内での土砂の沈降、捕捉に関係する各ダ
が、当初予想もされなかった大量の堆砂(用語の説
ム固有の総貯水容量、又水滞留率との関係を無視して
明: 11 ページ参照)の発生のために、本来期待され
はならないことを 1994 年当時公開された全国堆砂トッ
ていたダム機能が損なわれるだけでなく、河川の自
プ 50 ダムについて指摘した(岡本、山内『応用生態工
然環境、沿川住民の居住環境(写真 1 : 12 ページ)、
学』4(2001)185-192)
。
はては海岸の地形にまで予測していなかった大きな影
昨年度、高木基金の援助を得て、調査対象を国土交
響が生じている。例えば天竜川にある主要 14 ダムの堆
通省が 02 年に開示した 1999 年度現在の全国 874 ダムの
砂の総計は 1999 年度までで約 2 億 m3 強に達している
堆砂状況に拡大して解析を行い、また特徴の認められ
3
(約半分の 1.12 億 m は 1956 年建設の佐久間ダムに貯
留)。河口に近い遠州地方の海岸では、土砂供給の減
たダムについては現地視察に赴いて、上記報告の方法
と結論の当否を検証したのでここに報告する。
少のためここ半世紀ほどの間に甚だしい海岸線の後退
が起こり、浜松市の中田島砂丘では海崖の崩壊と、埋
1. 理論的解析
められていた廃棄物の露出が深刻な社会問題となった
(写真 2 : 12 ページ)。
以前の研究では電力ダムを含む全堆砂率 20 %以上の
現在までに建設された発電以外の目的をもつダムに
50 ダムを解析の対象としたが、今回の予備調査では全
は、建設にあたって将来 50 年、もしくは 100 年間の堆
国 874 ダムのうち、総貯水容量 100 万 m3 以上、貯水を
砂予測として堆砂容量が設定されている。しかしなが
目的としない電力ダムを除く、堆砂率 10 %以上の 70
らこの予測はしばしば大きくはずれる事が多い。新潟
ダムについて解析を行なった(別表: 12 ∼ 13 ページ)。
大学大熊研究室の渡辺によると、全国 618 ダムの 60 %
年堆砂量は, 70 ダムを全体としてみる限り前記論文と
で堆砂の実績値が計画値を上回り、実績値が計画値の
同様、上流で土砂を生産する流域の面積とは相関がみ
2 倍から 15 倍に達するダムが約 30 %を占めているとい
られなかった(図 1、R = 0.311)。一方これも前記論
う結果が出ている(渡辺康子、H16 年度修士論文)。報
文の結論と同様に、70 ダムを全体としてみた場合でも、
告者らは以前その原因について予備調査を行い、堆砂
年堆砂量は流れ込む土砂のダム湖内での沈降、捕捉
速度(年堆砂量、または年堆砂率)の予測にあたって
にかかわるそのダム固有の総貯水容量と相関がある
は、通常考えられている集水域での土砂生産量だけで
2
2
(図 2、R = 0.757)。
■岡本 尚(おかもと・ひさし)
1929 年、兵庫県生。44 ∼ 45 年は航空機工場に動員、廃墟で敗戦をむかえる。戦後は 49 年名
古屋大学理学部に入学、生物学を学び、58 ∼ 90 年までは母校で、91 ∼ 95 年は横浜市立大学
で、植物生理学の研究、教育に従事。退職後静岡県森町に移住、森・植物生理研究室を設け、
大学では出来なかった樹木の生理学の研究をはじめる。地元市民からの要請で上流に計画され
た太田川ダムの研究にあたり、利水、治水にとって無用の公共事業であることを知る。またこ
のダムの堆砂の見積もりに疑問を抱いたことから山内と共に全国調査をはじめた。市民グルー
プ太田川水未来、ネットワーク「安全な水を子どもたちに」
、水源問題全国連絡会等に所属。
●助成事業申請テーマ(個人調査研究)
我が国に於けるダムの堆砂進行速度を決定する要因と法則性の
●助成金額
2003 年度 35 万円
調査・研究
岡本 尚
9
年堆砂量(1000m3/年)
年堆砂量(1000m3/年)
流域面積(km2)
図1
総貯水容量(1000m3)
ダムの堆砂速度と流域面積との関係
図2
ダムの堆砂速度と総貯水容量との関係
次いで開示資料その他から計算された各ダムの平均
面積との関係を調べてみると、予想した通りほぼ正比
2
例の関係が認められた(R = 0.82)。
(註)ダムの年間総流入、流出量については、まず多
目的ダム管理年報所載のダム建設以来 H4 年まで
の値を採用し、それに記載されていない 22 基の
系列 3
比堆砂量(千 m3/年/km2)
流量(註)と、その近似として今まで使って来た流域
系列 2
系列 1
ダムについては国土交省叉は管理自治体から情
報開示によって得られた H14 年までの 10 年間を
標準とした記録を採用した。観測期間が十分長
ければ総流入量、流出量はほぼ一致するので、そ
の平均値を毎秒あたりに換算し、ダムを通って
流れる平均の水量=流量とした。
そこで前論文の様な近似的方法ではなく、平均の水
水滞留率(DAY)
図 3 ダムの比堆砂量(流域面積あたりの年堆砂量)と水
滞留率との関係
系列 1 :比流量 3.25 未満、年堆砂率 1 %未満 R 2 = 0.828
系列 2 :比流量 3.25 以上、年堆砂率 1 %未満 R 2 = 0.629
系列 3 :比流量 3.25 以上、年堆砂率 1 %以上 R 2 = 0.648
比流量:集水面積あたりの流量(m3/s / 100km2)
流量に基づく水滞留率(=総貯水容量/流量、m 3 /
m3/day = day、水回転率の逆数で、その流量によっ
のダムに多く、この群の半数を占める。
てダムの総貯水容量に相当する水が入れ代わるに要す
系列 2. 系列 1 と 3 の中間に位するダム群。定量的には
る日数)と比堆砂量との関係を調べた。対象ダムの堆
比流量 3.25 以上、年堆砂率 1 %未満。
砂率を 10 %にまで拡大したためか堆砂率 20 %以上の
系列 3. 比流量が普通であるのに、地質との関係から
ダム群と異なり、解像度を上げると共に実用化し易い
か土砂生産量が非常に多いダム群。定量的に
ように常数スケールで描くと、単一の直線関係には収
は比流量 3.25 以上、年堆砂率 1 %以上。
まらないほど分散が大きいことがわかった。その原因
を知るために、全体の傾向から大きくずれているダム
の持つ特性をひとつひとつ丹念に精査してみた。その
別表は以上の観点から、最初堆砂順位で並べた 70 ダ
ムを比流量の昇順に並べ変えてある。
結果水滞留率との関係において一見大きな分散を示し
系列 1 のようなダム群が存在する理由の一つとして
ている 70 ダムが、次の 3 群に分類でき、各群の内部で
考えられるのは、地域的な気候の差によって流域の降
は比堆砂量はやはり水滞留率に正比例することが明ら
雨量がかなり低いこと、第二にはダムの上流からかな
かになった(図 3)。
りの水量が用水として取られているか、地層の特性か
ら降雨の相当部分が伏流水になって地下を流れること
3
2
系列 1. 比流量(流量/流域面積、m /s / 100km )が
が考えられる。実際に降水量を気象庁のデータに基づ
低く、そのため流域面積あたりの土砂生産量
いて調べてみると表 1 のようになる。これらのダム群
が平均よりかなり低いダム群。定量的には比
のある地域の降雨量は、花貫、塩原、小渋の三ダムを
流量 3.25 未満(70 ダムの平均は 6.79m 3/s /
除いてはいずれも平均よりかなり低く、流域面積あた
2
100km )、年堆砂率 1 %未満。これは関東地方
10
高木基金助成報告集 Vol.2(2005)
ありの土砂生産量(比堆砂量)の低さと関係している
表1
系列1に属するダムの流量/降水量特性
ダム名
水系名
河川名
所在地
湯川
花貫
塩原
小渋
二級
高柴
日野川
二瀬
薗原
中木
70 ダム平均値
信濃川
花貫川
那珂川
天竜川
黒瀬川
鮫川
淀川
荒川
利根川
利根川
湯川
花貫川
帚川
小渋川
黒瀬川
鮫川
日野川
荒川
片品川
中木川
長野県北佐久郡御代田町
茨城県高萩市
栃木県那須郡塩原町
長野県下伊那郡松川町
広島県呉市広町
福島県いわき市山田町
滋賀県蒲生郡日野町
埼玉県秩父郡大滝村
群馬県利根郡利根村
群馬県碓氷郡松井田町
年平均降雨量 流域面積
mm
km2
1191.0
147.20
1803.0
44.00
2085.0
119.50
1823.5
288.00
1435.1
232.00
1401.5
410.00
1449.4
22.40
1479.7
170.00
1167.0
493.90
1482.7
13.10
2033.5
年間総降水量 年間総流量
100 万 m3
100 万 m3
175.32
63.07
79.33
21.67
249.16
64.65
525.17
203.72
332.94
167.46
574.62
317.88
32.47
20.18
251.55
154.53
576.38
342.48
19.42
13.25
流量/降水量
RATIO
0.360
0.273
0.259
0.388
0.503
0.553
0.622
0.614
0.594
0.682
1.067
2. 実地調査
ことがわかる。
一方総流量と集水域の総降水量の比は蒸発効果を無
視すれば 1 に近いことが予想されるが、事実 70 ダムの
地域的にも手近にあり、かつ大井川水系と並んで全
平均では 1.07 となった(ただし降雨量の観測点は必ず
国的にも群を抜いて堆砂の多い天竜川水系の主要ダム
しもそのダムの集水域を代表するに適切とはいえない
についてまず実地調査を行った。ここでは本流に泰阜、
ので、この値は絶対的なものではなく、相対的な比較
平岡、佐久間、秋葉、船明の 5 ダムが直列に並んでお
の基準)。ところが表 1 に示す通りこの群のダムの半数
り、そのことが各ダムの堆砂の量と質にどのような影
は 0.5 以下で、なかでも花貫、塩原、小渋の 3 ダムは降
響をもつかを中心に考察した。
雨量が平均に近いにも拘わらずこの比が 0.4 以下であ
理論的には、各ダムの堆砂速度を規定する上流での
り、土砂を運びながらダムを通過する水の流量が降雨
土砂生産は、上流のダムの流域面積を差し引いた各ダ
量のわりに異常に低いため比堆砂量が低くなっている
ム固有の流域面積内だけで起っているのか、上流ダム
と思われる。その他のダムでは両方の原因が複合して
の存在と関係無く全上流面積で起こっていると考えて
いると考えられる。
良いのかと言う問題があった。これについては未発表
系列 3 のように年堆砂率が 1 %以上(70 ダムの平均
であるが前者は正しくないことを明らかに示すデータ
値は 0.71 %)で同じ水滞留率に対して異常に比堆砂量
がある。泰阜から秋葉に至る 4 ダムの年堆砂量を、一
の大きいダム群では、上流の地質が崩れやすい性質で
つ上流のダムから上の流域面積を差し引いた狭い意味
あるため流域面積あたりの土砂生産量(比堆砂量)が
の流域面積に対して図表化すると、流域面積に対して
異常に大きいのではないかと考えられる。
見事に逆比例の関係が現れてしまうのである。つまり
上流で生産された土砂は全部が最上流のダムで食い止
用語の説明
められるのではなく、相当の部分はダムを越流しては
●堆砂(たいしゃ):ダム等へ流入した土砂がダム内に堆積
次々と各ダムで沈降、捕捉されて行くものと考えざる
すること。設計の段階で、50 年または 100 年間に想定さ
を得ない。前の論文のレフェリーの一人は川を流れる
れる堆砂量を「堆砂容量」として見積もっているが、実際
の堆砂が「堆砂容量」を上回ると、ダムの貯水能力が低下
土砂の約 60 %は沈降しにくい微粒成分であるという。
する。たとえ堆砂が想定の程度に収まったとしても、下流
この考察を裏付けるために、天竜川本流の 3 ダム湖、
の川底の浸食が速くなったり、排出した際、下流域の水
及び支流で上流にダムのない水窪ダム湖の堆砂状況の
質や漁業に悪影響を与えるなどの問題が指摘されている。
●総貯水容量:ダムの利水容量、洪水調節容量、堆砂容量
を合計した全体の容量。
調査と堆砂のサンプリングを行い比較してみた。
その結果明らかになったのは、水窪ダムでも上流か
●堆砂率:実際の堆砂量/総貯水容量[%]
。国土交通省で
ら下ると堰堤より約 2.6 km の backwater point 付近ま
はそれぞれのダムについて、堆砂の実態を調査している
では比較的粗い土砂の堆積がみられ、3.2 km 地点には
が、そのデータは最近ようやく公開されるようになった。
●比堆砂量:年間の堆砂量(千 m3/年)/流域面積(km2)
●近似的水滞留率:総貯水容量(千 m3)/流域面積(km2)
3
3
●水滞留率:総貯水容量叉は利水容量(m )/流量(m /
day)[= day]。水回転率の逆数。ダムの総貯水容量また
は利水容量の水が入れ代わるに要する日数に相当する。
●比流量:流量(m3/s)/流域面積(100km2)
砂利の採取場も設けられているが、堰堤より 1.6 km 辺
りから下流では堆積する粒子が非常に細かくなり、粘
土状の堆積がはじまっていた(写真 3)。
このような傾向は本流で複数のダムが直列に並んで
いる場合でもスケールの違いはあっても質的には同様
である。すなわち平岡ダムより流路にして 15 km 上流
岡本 尚
11
C
A
写真 1
B
秋葉ダム湖の堆砂の影響(2004 年 3 月 29 日)
佐久間町大輪地区では、1958 年に約 12 km 下流に
できた秋葉ダム湖の堆砂の影響で川床が著しく上昇
し、洪水の度に水害を受けるようになり、2 度にわ
たって県道の付け替え工事を行わざるを得なくなっ
た。当然住民の生活の場も、同時に山側へ山側へと
急斜面の移住を余儀無くされた。
A :昔の生活の場 B :嵩上げされた県道のレベル
C :更に嵩上げされた今の県道
写真 3
水窪ダムの堆砂(2004 年 3 月 29 日)
写真 2 浜松市中田島砂丘の崩壊(浜北市議、ネットワー
ク「安全な水を子どもたちに」会員 内山賢治氏撮
影。2003 年 11 月 24 日)
長年の海岸侵食によって遂に砂丘の崖が崩れたために、
70 年代に浜松市が埋め立てた廃棄物が大量に露出し、
大きな社会的反響を呼んだ。
写真 4
の泰阜ダム直下で採取した砂利は平均直径が約 1 mm
とかなり粗いが、そこから 7 km 下流の南宮大橋下で採
取した平岡ダム湖の堆砂は約 0.5 mm とより細かい。そ
れが更に平岡ダムを越流して佐久間ダム湖にはいると、
既に二つのダムによって粗い粒子が取り去られている
佐久間ダムの堆砂(2005 年 3 月 4 日)
愛知県富山村地内(JR 飯田線大嵐駅西方)佐久間ダム
サイトより 16 km 上流。流砂促進事業*見学会(天竜漁
業協同組合主催)に参加撮影。
水窪湖ダムサイト上流 1.6 km 地点。このあたりから粘
土状の堆砂が始まる。
*堆砂の湖内移送の一つの方法で、ダム湖の水位を放流によっ
て人為的に低下させ、中上流部を自然の河道状態にし、その
流水を利用してダム湖上流部の堆砂を下流に移動させる。そ
れだけでは湖外搬出にはならない。漁協はこの対策が川の生
態系に与える影響、流域住民に与える影響、どうしてもやる
必要性の有無に注目し、船明ダム船着き場付近で透明度の通
年監視を行っている。
ため、佐久間ダムから 16 km も上流の富山村、飯田線
大嵐駅付近で大量に溜まった「堆砂」はもはや砂では
なく、水窪ダム堰堤の 1.6 km あたりからみられたと同
じ粘土状の堆積である(写真 4)。この粒子は非常に細
かく、手でこねて団子状にすると表面に光沢が生じる。
コンクリート工事の骨材等には到底使えない。なお冒
頭にのべたように佐久間ダム湖の堆砂量は天竜水系の
全ダムの総堆砂量の過半を占める。上流で生産される
土砂のかなりの部分はダムを越流できる微粒子からな
っていることが分かる(写真 5)。従って天竜水系のよ
12
高木基金助成報告集 Vol.2(2005)
写真 5
天竜水系 4 ダムの堆砂サンプル
右より、泰阜ダム直下、平岡ダム 8 km 上流(2004 年 3
月 29 日)、佐久間ダム 16 km 上流(2005 年 3 月 4 日)、
水窪ダム 1.6 km 上流(2004 年 3 月 29 日)。
うに本流にダムが直列に並んでいる場
合でも、各ダムの堆砂量を規定する上
流の土砂生産は、そのダムより上流の
全流域面積で起こっているものと考え
て良いと思われる。
第 3 系列に属するなかでも、比堆砂
量が異常に大きなダムとして注目され
たのは宮崎県の広渡ダムである。年堆
砂率が2.38 %(70 ダムの平均は0.71 %、
前論文の 50 ダムの平均は 1 %)と群を
抜いて高く、建設後僅か 5 年で総貯水
容量(640 万 m3)の 12 %が埋まってい
る。ところが隣接する支流の日南ダム
(600 万 m3)は年堆砂率が 0.44 %に過ぎ
ない。何がこの違いを生み出したの
表2
広渡ダムと日南ダム(宮崎県)の比較(1999 年)
ダム
水系
広渡川
竣工
集水面積
総貯水容量
洪水調節用量
堆砂容量
平均水流量
水滞留率
堆砂量
堆砂率
年堆砂率(実績)
同 (予測)
誤差 表3
て、建設の意味の薄いダムを作ってし
まったと想像される(表 2)。実地調査
を行った結果次の事がわかった。
(1)広渡ダムの集水域は一面の飫肥ス
日南ダム
支流(酒谷川)
年
km2
万 m3
万 m3
万 m3
m3/s
day
1994
34.4
640
440
105
3.04
24.4
1985
59.2
600
400
136
4.81
14.4
万 m3
%
%/年
同
倍
76
11.9
2.38
0.16
14.9
36.5
6.1
0.44
0.23
1.9
比
(広渡/日南)
0.58
0.63
1.7
5.4
0.7
7.8
透明度を測定したダム
ダム湖名
青蓮寺湖
か? 宮崎県はおそらく日南ダムを安
易にモデルにして広渡ダムの計画を立
広渡ダム
本流
佐久間ダム湖
都田川ダム湖
広渡川ダム湖
日南ダム湖
中筋川ダム湖
津賀川ダム湖
初瀬ダム湖
ダムの用途
時期
上水、農水 防災、発電
平準化
発電
上水、農水、防災、
防災、平準化
防災、平準化
農水
発電
発電
8月
同
8月
11 月
3月
3月
3月
3月
3月
透明度(m) 測定地点
1.0
1.6
1.4
3.5
5.6
1.2
0.8
2.5
5.8
堰堤直上
1 km 上流
堰堤直上
2 km 上流
堰堤直上
堰堤直上
堰堤直上
堰堤直上
堰堤直上
ギの単一林で、過疎化して手入れ
が行き届かない上流の川沿いには数カ所の崩壊地
生物相の貧弱化を訴える声が聞かれた。日南ダムでは
が見られた(写真 6)。また水源の頭上の稜線には
遡上して来る魚類の減少だけでなく、在来の甲殻類や
大規模な林道開発が行われている。
ホタル、鳥までがいなくなってしまったと言う訴えも
これに対して日南ダムの集水域は比較的人家が多
あった。なかには高柴ダムのように、廃棄物の投棄の
く、川沿いには竹やぶや雑木の茂る里山がかなり
甚だしいダムがあった。電力ダムも含めて、透明度は
の程度保存されていた(写真 7)。
冬期でも 1 m 前後と極めて少なくなっている場合があ
(2)両者の流域の地質は全体としては砂岩、泥岩、玄
り、ダムの宿命として貯水に伴う富栄養化がうかがわ
武岩及び礫岩で一部に石灰岩を挟む崩れ易い性質
れる(表 3)。甚だしい一例として近畿地方の水瓶のひ
であるが、唯一の違いは日南ダムの集水域は川の
とつ、淀川水系の青蓮寺ダム湖をあげる(写真 9)。
両岸に沿ってかなりの部分に流紋岩地帯があり、
いわば自然の護岸が存在する。数カ所に柱状節理
3. 今後の研究の課題
の露頭も見られた(写真 8)。この流紋岩の由来は
約 2 万 2000 年前に姶良カルデラの噴出した入戸火
砕流の成分の熔結といわれる。
理論的解析の結果明らかになったように、最初に手
がけた堆砂率 20 %以上、平均の年堆砂率 1 %の「堆砂
このような条件のちがいが、流域の降水量も殆ど同
TOP50 ダム群」では電力ダムまで含めて比堆砂量と近
じ、集水面積は日南ダムの約半分に過ぎない広渡ダム
似的水滞留率との間に高い相関があった。一方対象を
の異常に高い堆砂速度となって現れていると思われる。
堆砂率 10 %以上、平均の年堆砂率 0.71 %にまで拡大す
新しいダムを建設しようとする場合、建設省の指針で
ると、年堆砂量と総貯水容量との間には依然として高
は近隣のダムのデータを参考にすることにかなりの比
い相関がみられたが、水滞留率を近似的方法でなく、
重がおかれているが、この実例は上記指針に安易に依
実際の水流量を用いて計算すると、それと比堆砂量と
存せず、近隣のダム間でもきめの細かい立地条件の比
の間の相関はこのダム群を性質の異なる 3 つの系列に
較を綿密に行う必要があることを警告している。
分けて初めて認識することができた。ここから発生す
る興味深い課題は系列 1 に属するダム群の流量/降水
現地での聞き取り調査によると、ダムが出来て以後
量比の異常に低い原因を更に実地に確かめることであ
環境の変化のため上流部でも下流部でも、異口同音に
ろう。系列 3 のダム群に関しては広渡ダムの例のよう
岡本 尚
13
写真 6 宮崎県広渡(ヒロト)ダム上流の崩壊地
(2005 年 3 月 2 日)
ダムサイトより 5.5km 上流右岸の杉林。多数
のスギが根こそぎになり、土石流は川に流入
していた。民家は痕跡しかない無住の地帯
で、林の手入れは行われていない。
写真 7 宮崎県日南ダム上流の河岸の状態(2005 年 3 月 3 日)
ダムサイトより 5 km 上流左岸上白木俣バス停付近。同
じ広渡川水系の支流酒谷川だが、民家もあり、里山が
保たれている。
写真 8 日南ダム上流の流紋岩の柱状節理
(2005 年 3 月 3 日)
ダムサイトより 4.5km 上流右岸の露頭。
他にも川岸に数カ所あり。
に堆砂と地質、環境との関係の精査が必要である。
写真 9 三重県青蓮寺ダム湖に大量発生したアオコ
(2002 年 8 月 21 日)
青蓮寺ダムは総貯水容量 2720 万 m3、集水面積 100km2
で、1970 年に名張川支流に造られたが 87 年から淡水
赤潮、01 年からアオコが発生するようになった。湖面
は一面に黄青色のペンキを流したように見え、写真の
ように肉眼でもいわゆる「水の華」
(植物プランクトン
Microcystis aeroginosa の群体)を見ることができる。
政策への提言としては、ダムを建設する計画がある
場合、以上に明らかにされた法則性に立って、堆砂に
よってダムが埋まって行く速度についてより科学的な
ト作成に御協力頂いた小林勝一さん、アトリエ小林さ
見通しを立て、堆砂が速過ぎて建設する意味の薄いダ
んはじめ森町の皆さん、現地調査にあたってお世話に
ム計画は中止させ、ダムに替わる河川の管理方法を探
なった冨永和範さん、内山賢治さん、佐藤重幸さん、
ることである。
佐田謙治さん、金沢聆子さん、日米ダム撤去委員会、
天竜漁協、および多目的ダム管理年報の流量資料を提
この研究を進めるに当たり、情報の乏しい田舎から
供していただいた新潟大学工学部大熊研究室の渡辺康
様々な資料を取り寄せ、遠く現地調査に出かけること
子さん、また日南地区の流紋岩の成因について御教示
を可能にして頂いた高木基金に厚く御礼申し上げたい。
を頂いた名古屋大学名誉教授諏訪兼位さんにも紙面を
大量の数値データのコンピュータ入力とパワーポイン
借りて感謝申し上げます。
14
高木基金助成報告集 Vol.2(2005)
岡本 尚
15
ダム名
湯川
花貫
塩原
小渋
二級
高柴
日野川
二瀬
園原
中木
四十四田
亀山
岳
秋葉
高遠
松川
二川
沼本
相模
河本
川端
裾花
美和
牧尾
布部川
南外
清水沢
犬上
香坂
原野谷
大夕張
矢作
霧積
柳瀬
道志
品木
鷹泊
丸山
堆砂
順位
45
69
66
21
13
15
58
43
68
19
25
64
56
8
9
7
41
63
14
35
3
17
22
39
65
38
2
33
46
60
36
70
47
44
4
1
16
6
信濃川
花貫川
那珂川
天竜川
黒瀬川
鮫川
淀川
荒川
利根川
利根川
北上川
小櫃川
阿武隈川
天竜川
天竜川
天竜川
有田川
相模川
相模川
高梁川
石狩川
信濃川
天竜川
木曽川
斐伊川
雄物川
石狩川
淀川
信濃川
太田川
石狩川
矢作川
利根川
吉野川
相模川
利根川
石狩川
木曽川
水系名
経過年数
年
20
26
20
30
56
37
33
38
34
41
31
19
20
41
41
24
32
56
52
36
36
29
40
38
31
21
60
53
26
28
37
28
23
45
44
34
46
43
堆砂量
千 m3
475
297
964
13808
387
3541
167
3838
2116
421
9894
1689
134
13226
831
2821
4480
274
18622
3048
3847
4008
6983
1167
798
279
3606
803
146
149
14843
8122
342
4538
762
1241
5907
35356
総貯水容量
千 m3
3400
2880
8760
58000
1295
12700
1388
26900
20310
1600
47100
14750
1100
34703
2310
7400
30100
2330
63200
17350
6479
15000
29952
7500
7100
1724
5576
4500
1050
1252
87200
80000
2500
32200
1525
1668
21518
79520
堆砂率
%
14.0
10.3
11.0
23.8
29.9
27.9
12.0
14.3
10.4
26.3
21.0
11.5
12.2
38.1
36.0
38.1
14.9
11.8
29.5
17.6
59.4
26.7
23.3
15.6
11.2
16.2
64.7
17.8
13.9
11.9
17.0
10.2
13.7
14.1
50.0
74.4
27.5
44.5
年堆砂量
千 m3/年
23.8
11.4
48.2
460.3
6.9
95.7
5.1
101.0
62.2
10.3
319.2
88.9
6.7
322.6
20.3
117.5
140.0
4.9
358.1
84.7
106.9
138.2
174.6
30.7
25.7
13.3
60.1
15.2
5.6
5.3
401.2
290.1
14.9
100.8
17.3
36.5
128.4
822.2
年堆砂率
%/年
0.70
0.40
0.55
0.79
0.53
0.75
0.36
0.38
0.31
0.64
0.68
0.60
0.61
0.93
0.88
1.59
0.47
0.21
0.57
0.49
1.65
0.92
0.58
0.41
0.36
0.77
1.08
0.34
0.53
0.43
0.46
0.36
0.59
0.31
1.14
2.19
0.60
1.03
流域面積
km2
147.2
44.0
119.5
288.0
232.0
410.0
22.4
170.0
493.9
13.1
1196.0
69.7
14.4
4490.0
377.4
60.0
228.8
1039.4
1016.0
225.5
780.0
250.0
311.1
304.4
70.0
10.0
516.0
31.2
14.0
17.9
433.0
504.5
20.4
170.7
112.5
30.9
488.0
2409.0
水滞留率
day
19.68
48.52
49.46
103.92
2.82
14.58
25.10
63.54
21.65
44.09
14.26
43.44
24.96
2.45
1.89
32.08
25.73
0.66
18.02
22.90
2.34
16.60
24.17
6.47
25.92
43.38
2.68
35.67
17.05
46.32
33.68
34.78
42.30
2.81
11.56
8.74
6.07
流量
m3/s
2.00
0.69
2.05
6.46
5.31
10.08
0.64
4.90
10.86
0.42
38.22
3.93
0.51
163.71
14.16
2.67
13.54
40.62
40.60
8.77
32.08
10.46
14.34
13.42
3.17
0.46
24.05
1.46
0.85
21.79
27.49
0.83
8.81
6.28
1.67
28.51
151.73
別表 全国 70 ダムの堆砂解析:貯水が目的に入っているダムで、総貯水容量 100 万 m3 以上、堆砂率 10%以上が対象
比堆砂量 千 m3/年/km2
系列 1
系列 2
系列 3
0.161
0.260
0.403
1.598
0.030
0.233
0.226
0.594
0.126
0.784
0.267
1.275
0.465
0.072
0.054
1.959
0.612
0.005
0.352
0.375
0.137
0.553
0.561
0.101
0.368
1.329
0.116
0.486
0.401
0.297
0.926
0.575
0.729
0.591
0.154
1.181
0.263
0.341
4.74
5.03
5.09
5.13
5.16
5.58
5.67
5.84
5.85
27
10
20
16
38
10
21
10
37
比流量 流量観測期間
m3/s/100km2
年
1.03
13
1.30
19
2.04
13
2.06
23
2.29
10
2.37
30
2.59
26
2.78
30
2.87
27
3.21
11
3.25
24
3.27
12
3.54
25
3.65
9
3.75
9
3.77
17
3.85
24
3.91
10
4.00
10
4.06
28
4.11
10
4.19
22
4.19
34
4.41
9
4.42
23
4.60
9
4.66
8
4.66
7
16
高木基金助成報告集 Vol.2(2005)
池田
横山
下条川
奥裾花
鳴子
三瀬谷
岩瀬
綾北
永瀬
鯖石川
白岩川
松尾
大野
片桐
長安口
高隅
石淵
佐治川
広渡
笹ヶ峰
我谷
利賀川
渡川
上市川
上市川2
鹿森
室牧
立花
三面
笠堀
天瀬
菅野
29
18
34
10
55
24
54
32
30
31
49
50
12
27
23
51
28
57
61
53
67
5
26
20
37
11
48
62
52
59
40
42
吉野川
木曽川
信濃川
信濃川
北上川
宮川
大淀川
大淀川
物部川
鯖石川
白岩川
小丸川
豊川
天竜川
那賀川
肝属川
北上川
千代川
広渡川
関川
大聖寺川
庄川
小丸川
上市川
上市川
国領
神通川
一ツ瀬川
三面川
信濃川
淀川
最上川
平均
水系名
経過年数
年
24
35
25
20
42
32
32
39
42
25
24
48
38
9
43
32
46
27
5
16
34
24
43
35
13
36
38
36
46
35
35
45
33.9
堆砂量
千 m3
2482
11338
272
1908
6103
2788
7130
3913
11536
1103
299
6075
328
370
11928
1866
3239
279
760
1359
1055
1247
6851
1184
1307
506
2318
1186
6296
1836
3995
646
総貯水容量
千 m3
12650
43000
1530
5400
50000
13100
57000
21300
58800
6000
2200
45202
1096
1840
54278
13930
16150
2310
6400
10600
10100
2700
33900
4850
7800
1590
17000
10000
47800
15400
26280
4470
堆砂率
%
19.6
26.4
17.8
35.3
12.2
21.3
12.5
18.4
19.6
18.4
13.6
13.4
29.9
20.1
22.0
13.4
20.1
12.1
11.9
12.8
10.4
46.2
20.2
24.4
16.8
31.8
13.6
11.9
13.2
11.9
15.2
14.5
21.8
年堆砂量
千 m3/年
103.4
323.9
10.9
95.4
145.3
87.1
222.8
100.3
274.7
44.1
12.5
126.6
8.6
41.1
277.4
58.3
70.4
10.3
152.0
84.9
31.0
52.0
159.3
33.8
100.5
14.1
61.0
32.9
136.9
52.5
114.1
14.4
年堆砂率
%/年
0.82
0.75
0.71
1.77
0.29
0.67
0.39
0.47
0.47
0.74
0.57
0.28
0.79
2.23
0.51
0.42
0.44
0.45
2.38
0.80
0.31
1.92
0.47
0.70
1.29
0.88
0.36
0.33
0.29
0.34
0.43
0.32
0.71
流域面積
km2
1904.0
471.0
6.1
65.0
210.1
190.0
354.0
148.3
295.2
46.0
24.0
304.1
103.7
15.1
494.3
38.4
154.0
21.4
34.4
55.8
86.1
38.0
81.0
44.7
38.7
28.5
85.2
41.1
305.7
70.0
352.0
35.0
流量
m3/s
114.21
27.95
0.34
4.37
13.69
14.34
22.26
10.74
25.58
3.79
2.12
24.63
8.57
1.23
35.73
3.26
12.75
1.77
3.04
4.93
8.41
3.58
8.88
4.69
3.89
2.96
10.13
5.12
37.25
11.26
101.90
10.51
新潟県の笹ケ峰ダムは、H 8 年の総流出量が総流入量の 5 倍と言う不合理があり、国土交通省に照会しても回答がないので計算からは除外した。
0.442
0.493
0.716
0.802
0.448
0.749
0.324
0.410
0.596
0.615
2.598
1.367
0.360
13.90
8.73
44.18
11.97
23.21
6.22
19.42
22.61
14.85
15.83
2.98
4.92
22.62
1.967
0.757
比堆砂量 千 m3/年/km2
系列 1
系列 2
系列 3
0.054
0.688
1.784
1.468
0.692
0.459
0.629
0.677
0.930
0.959
0.519
0.416
0.083
2.723
0.561
1.519
0.457
0.483
4.419
水滞留率
day
1.28
17.81
52.08
14.30
42.27
10.57
29.64
22.95
26.60
18.32
12.01
21.24
1.48
17.31
17.58
49.46
14.66
15.11
24.37
経過年数は建設後 H 11(1999)年までの年数。流量観測年数は、開示資料では H14 年までの 10 年間が標準、多目的ダム管理年報では建設後 H4 年までの年数。
長野県香坂ダムと静岡県原野谷川ダムとは防災ダムで流量データなし。後者の流量は近隣の太田川ダムサイトの流量から流域面積に比例させて計算。
ダム名
堆砂
順位
比流量 流量観測期間
m3/s/100km2
年
6.24
16
6.27
10
6.46
18
6.59
13
7.00
34
7.55
2
7.73
24
7.76
31
7.76
36
7.83
18
7.92
17
8.18
39
8.26
5
8.39
2
8.45
37
8.49
6
8.51
38
8.60
19
8.83
9
9
9.38
26
9.72
17
9.97
36
10.02
27
10.64
6
10.83
28
11.53
28
12.12
29
12.69
39
15.75
27
27.10
27
31.95
37
6.79