公共経済学

7.多数決投票と公共財供給
7.1 所得税と個人にとっての最適な公共財の水準
7.2 所得分布と中位投票者モデルにおける公共財供給水準
7.3 補論:効用関数が個人間で異なるケース
7.4 補論*:個人の人数が偶数のケース
7.1 所得税と個人にとっての最適な公共財の水準
財源は比例所得税で調達されていて、公共財の(供給)水準は多数決投票で決定されるケ
ースについて検討するために、次の想定をしよう。
【想定 7-1】各個人(投票者)は公共財 G を供給するための財源は比例所得税で調達され
るとともに、その税率 t は財政収支が均衡するように決定されることを知ってい
る。
【想定 7-2】公共財の水準 G は各個人(投票者)の間で多数決投票によって決定される。
つまり、多数決投票均衡の公共財の水準が選択される。
分析を簡単化するために、生産可能性曲線は限界変形率が 1 で一定であり、
X  Y A  G [ f (G)]
(7-1)
A
で与えられているとする。なお、 Y は定数である。
私的財 X の価格は1であると標準化すれば、公共財の限界費用関数 MC  MC (G) は、
(4-8)より
MC(G)   f (G)  1
(7-2)
である。
X
X Y A G
YA
MC  1
YA
G
公共財の供給曲線が水平で、
p 1
(0  G Y )
(7-3)
A
と表されることになる。
Gs  0 &   Y
Gs  Y A
s
A
0  Gs  Y A &   Y
p 1
s
p 1
p 1
A
X
p
 Y
s
・
X Y A G
A
  X  pG
1
1
Gs
p
・G
添え字s
は省略
p 1
p
YA
s
G
YA
G
以下では、 0  G  Y A が成立するケースに議論を限定する。そのとき、 p  1 だから、企業
の公共財の供給量 G と私的財の供給量 X は(7-1)を満たす限り不定である。しかし、そのと
きの企業の利潤  (1) は、(7-1)を考慮すれば、
 (1)  X  G  Y A
(7-4)
と一意的に定まることになる(問題 5-8 参照)
。
個人の所得は(土地の現物出資に対する)配当だけであるとし、個人 i の株式保有(配当の
分配)割合 wi については、 w1    wn を仮定する( w1    wn  1 )
。ここに、 n は個
人の人数である。そのとき、個人 i の所得 Yi は、 Yi  wi Y である(4.2 を参照)
。したがっ
A
て、
Y1    Yn
(7-5)
という関係が成立する。そして、 Y A  Y1    Yn であるから、 Y は「個人所得の合計」
A
になっている。
個人 i の効用関数は
ui  X i   i  v(G)
(7-6)
であるとする。なお、  i  0 、 v(G)  0 かつ v (G)  0 を仮定する。このとき、公共財の
限界便益 MBi (G) は
MBi (G)  i  v(G)
(7-7)
と求められる((4-14)を参照)
。
MBi (G)  vi (G)
ui  X i  vi (G)
(4-14)
(4-12)
想定 7-1 のもとで、各個人は公共財の水準が G に決定されたときに定められる税率 t を、どの
ように予想できるかを検討しよう。所得税率 t のもとで財政収支が均衡するためには、歳入
tY A と歳出 G が一致( tY A  G )しなければならないので、公共財の水準 G が選択された場
合には、所得税率 t は
t  G /Y A
と決定されると個人は予想することになる。
(7-8)
したがって、公共財の水準が G に決定されたとき、個人 i の私的財の消費量 X i は、Yi  wi Y A
より、

G
X i  (1  t )Yi  1  Yi  Yi  wi G
 YA 
と定まる。
(7-9)
t  G /Y A
(7-8)
(7-6)と(7-9)より、公共財の水準が G に決定されたとき、個人 i は効用水準が
ui  X i   i  v(G)  Yi  wi G   i  v(G) [ U i (G)]
となると予想する。
(7-10)
(問題 7-1)U i(G)  0 であることを示しなさい。また、ui  U i (G) を G ui 平面に
図示しなさい。
ui
ui  U i (G)
Ui (G)  Yi  wiG  i  v(G)
Ui(G)  wi  i  v(G)
Ui(G)  i  v(G)  0
i  0 、
v(G)  0
Yi  i  v(0)
G
個人 i にとっての最適な(効用を最大にする)公共財の水準を Gi とおくと、問題 7-1 より、
Gi は U i(Gi )  0 、すなわち、
w
v (Gi )  i
i
(7-11)
より求められる。
なお、問題 7-1 より、公共財の量をその大小にしたがって(小さい方から順に)並べた順序
は単峰型順序である(6.2 節参照)
。
(問題 7-1)U i(G)  0 であることを示しなさい。また、ui  U i (G) を G ui 平面に
図示しなさい。
ui
Ui (G)  Yi  wiG  i  v(G)
ui  U i (G)
Ui(G)  wi  i  v(G)
Ui(G)  i  v(G)  0
Yi  i  v(0)
G
Gi
U i(Gi )  0
 wi  i  v(Gi )  0
v (Gi ) 
wi
i
(7-11)
7.2 所得分布と中位投票者モデルにおける公共財供給水準
7.1 で想定したモデルにおいて、多数決投票均衡を求めるとともに、その均衡で実現する公
共財の水準を効率性の観点から検討しよう。
まず、中位投票者を次のように定義する。すなわち、「① Gi  Gm となる個人 i の人数が半
数(つまり n / 2 )以上、かつ② Gi  Gm となる個人 i の人数が半数以上」であるとき、個人
m を中位投票者と呼ぶことにする。
この節では、各個人の効用関数が同一である( 1     n  1)ケースに着目し、効用関
数が異なる場合については 7.3 節で検討する。この特殊ケースにおいては、 i  j のときは
wi  w j なので、
i  j ⇒ Gi  G j
が成立する。したがって、 G1    Gn である。
(7-12)
(問題 7-2) 1     n  1のとき、(7-11)より(7-12)が成立することを、図を用いて説明
しなさい。
v (Gi ) 
wi
i
v(Gi )  wi
(7-11)
w1    wn
v (G )
i j
wj
⇒
Gi  G j
(7-12)
G1    Gn
wi
Gj
Gi
G
さらにこの節では、個人の人数 n が奇数のケースに着目し、偶数のケースは 7.4 節で検討す
る。さて、個人の人数 n が奇数である場合は、 n  2k  1 ( k は自然数)と表すことができ
る。このとき、
(i) ① Gi  Gk となる個人 i の人数は k で半数(つまり n / 2 )以上であり、かつ② Gi  Gk と
なる個人 i の人数も k で半数以上である。したがって、個人 k は中位投票者である。
また、(ii) j  k となる個人 j については Gi  G j となる個人 i の人数は k  1 以下であり、
j  k となる個人 j については「 Gi  G j となる個人 i の人数は k  1 以下である。したがっ
て、個人 k 以外の個人 j は中位投票者でない。
以上の(i)と(ii)より、個人 k のみが中位投票者である( m  k )。言い換えれば、「個人の最
も望ましい選択肢を、選択肢の単峰型順序にしたがって(つまり小さい方から順に)並べ
たときに、中央の選択肢が最も望ましい投票者」が中位投票者である。
そして、多数決投票均衡を G M とおけば、
GM  Gm [ Gk ]
(7-13)
が成立する。すなわち、多数決投票均衡 G M は中位投票者が望む公共財の水準 G m に一致す
ることになる。
(問題 7-3)(7-13)が成立することを説明しなさい。
(ヒント)公共財の水準 G が G  Gk と G  Gk のケースに分けて検討しなさい。
G  Gk
U j (Gk )  U j (G) for j  1, 2,, k
GMGk ではない。
G  Gk
U j (Gk )  U j (G) for j  k ,, n
『 G  Gk
GMGk ではない。』
・・・(*)
『 Gk 以外は多数決投票均衡ではない。
』
GMGk ではない。
(*)⇒
『 G  Gk
Gk MG 』
『 Gk は多数決投票均衡である。
』
効率的な公共財の(供給)水準 G * を求めるためのサミュエルソン条件は、7.1 で定式化した中
位投票者モデルにおいてどのように求められるであろうか。まず、(7-2)と(7-7)を考慮すれ
ば、サミュエルソン条件(4-19)は、
n  v(G* )  1
と表されることになる。
(7-14)
MC(G)   f (G)  1
MBi (G)   i v(G)
MB1 (G* )  MB2 (G* )    MBn (G* )  MC(G* )
(7-2)
(7-7)
(4-19)
多数決投票均衡 G M と効率的な公共財の水準 G * との大小関係を、所得分布との関連で検討
しよう。
まず、中位所得 Ym を各個人の所得水準を小さいほうから並べたときに中央にある所得水準
とする。すなわち、 Ym  Yk である。また、平均所得を Y とおく。すなわち、 Y  Y A / n で
ある。
(問題 7-4)現実の所得分布を調べることで、中位所得と平均所得の関係について検討しな
さい。
<所得金額階級別世帯数の相対度数分布>
(出所)厚生労働省HP
(注)「平成18年調査」の所得とは、平成17年1月1日から12月31日までの1年間の所得である。
中位所得が平均所得水準より低い( Ym  Y )場合は、多数決投票均衡における公共財の水
準が効率的な公共財の水準より過大になる( GM  Gm  G * )ことを示すことができる。
(問題 7-5) Ym  Y 場合は GM  Gm  G * となることを、図を用いて示しなさい。
(ヒント) wm  1 / n であることを示しなさい。
v (G )
Ym  Y
1
wmY A  Ym  Y  Y A
n
1
wmY A  Y A
n
1
wm 
n
1
n
wm
n v(G* )  1
G*
Gm
G
ところで、あるモデルの何らかの均衡で決まる公共財の水準が、中位投票者の最適な公共
財の水準に決定されるモデルは、
「中位投票者モデル」と呼ばれる。
したがって、上述のモデルは、その多数決投票均衡が中位投票者の最適な公共財の水準に
一致するので、
「中位投票者モデル」の一例である((7-13)参照)
。
7.3 補論:効用関数が個人間で異なるケース
前節までは、 w1    wn に加えて各個人の効用関数が同一( 1     n  1 )であるケ
ースに着目していたが、これら 2 つの仮定を、
w1
1

w2
2

wn
(7-15)
n
という 1 つの仮定に置き換えることにする。すなわち、個人の限界便益は(7-7)であるから、
(7-15)は所得が s 倍の個人の公共財の限界便益は s 倍以下であることを仮定する。
このとき、(7-11)より、 G1    Gn が成立する。
v (Gi ) 
wi
i
(7-11)
したがって、7.2 節の議論と同様にして、多数決投票均衡 G M は中位投票者にとって最適な
公共財の水準 G m と一致することになる( GM  Gm 、(7-13)参照)。
人口分布と個人の限界便益関数の相違により、多数決投票均衡の公共財の水準が効率性の
観点から、過大であるか過小であるかを検討しよう。まず、効用関数のパラメータ  i の平
均値を  と表すことにする。すなわち、
 
1     n
(7-16)
n
とする。
そのとき、中位投票者のパラメータ  m と  を用いて、多数決投票均衡 G m と効率的な公共
財の水準 G * との関係について、次のような結果を導くことができる。
Ym / Y   m / 
Ym / Y   m / 
Ym / Y   m / 
Gm  G *
⇒ Gm  G *
⇒ Gm  G *
⇒
(7-17a)
(7-17b)
(7-17c)
(問題 7-6)(7-17a)が成立することを、問題 7-5 と同様に、示しなさい。
(ヒント) wm /  m  1 /(n ) であることを示しなさい。
v (G )
G
(問題 7-7)  m /  が大きい公共財と小さい公共財の例を 1 つずつ挙げなさい。
7.4 補論*:個人の人数が偶数のケース
個人の人数 n が偶数である場合は、n  2k ( k は自然数)と表すことができる。このとき、
(i)「① Gi  Gk となる個人 i の人数は k で半数(つまり n / 2 )以上であり、かつ② Gi  Gk
となる個人 i の人数も k  1 で半数以上」である。したがって、個人 k は中位投票者である。
また同様にして、(ii)個人 k  1 も中位投票者であることを示すことができる。
さらに、(iii) j  k となる個人 j については Gi  G j となる個人 i の人数は k  1 以下であり、
j  k  1となる個人 j については「 Gi  G j となる個人 i の人数は k  1 以下である。した
がって、個人 k と個人 k  1 以外の個人 j は中位投票者でない。
以上(i)、(ii)、(iii)より、個人 k と個人 k  1 のみが中位投票者である( m  k , k  1 )。言い
換えれば、「各投票者(個人)の最も望ましい選択肢を、選択肢の単峰型順序にしたがって
(つまり小さい方から順に)並べたときに、中央の 2 つの選択肢が最も望ましい 2 人の投
票者」が中位投票者である。
(問題 7-8)個人 k  1 が中位投票者であることを示しなさい。
多数決投票均衡 G M (の集合)は、
Gk 1  GM  Gk
を満たす( G M を集めた)ものである。
(7-18)
(問題 7-9)(7-18)が成立することを説明しなさい。
(ヒント)公共財の水準 G が G  Gk 1 と G  Gk のケースに分けて検討しなさい。
多数決投票均衡 G M が効率的な公共財の水準 G * との関係について、2 人の中位所得者の所
得水準の高い方の個人 k  1 の所得 Yk 1 が
Yk 1 / Y   k 1 / 
(7-19)
を満たすときは、(7-18)を満たす任意の G M が GM  G * を満たすことになる。また、同様
にして、2 人の中位所得者の所得水準の低い方の個人 k の所得 Yk が
Yk / Y   k / 
を満たすときは、(7-18)を満たす任意の G M が GM  G * を満たすことになる。
(問題 7-10)(7-19)が成立することを示しなさい。
(7-20)
7.多数決投票と公共財供給
7.1 比例所得税と個人にとっての最適な公共財の水準
7.2 所得分布と中位投票者モデルにおける公共財供給水準
7.3 補論:効用関数が個人間で異なるケース
7.4 補論*:個人の人数が偶数のケース