ブラックホールを記述する新理論を コンピュータで検証 平成26年4月23日(水)、記者会見、KEK 論文題名:“Holographic description of a quantum black hole on a computer” (和訳:量子ブラックホールのホログラム的記述の数値的検証) Science オンライン版 4月17日号掲載 花田政範(京大基研)、百武慶文(茨城大理)、伊敷吾郎(京大基研)、西村淳(KEK理論センター) 本研究成果のポイント • ブラックホールを記述する新理論 (マルダセナ 1997) ブラックホールのように曲がった時空で起こる力学現象を、 平坦な時空上で厳密に数式で表現 ( 「ホログラム的記述」) 本研究: 新理論に基づき、ブラックホールの質量と温度の関係を コンピュータで計算 • これまでの研究:重力の量子力学的効果が無視できる状況下 で数多くの検証 本研究の結果: このような効果を含めて新理論の正しさを強く示唆 • 今後、ブラックホールの蒸発 様々な謎の解明に期待 (ホーキング 1974) に関連した 目次 1. 研究の背景 ブラックホールの蒸発 新理論の必要性 マルダセナによるブラックホールの「ホログラム的記述」 これまでの研究 百武 2. 研究内容と成果 マルダセナの理論に基づき、ブラックホールの質量と温度 の関係を計算 重力の量子力学的効果を含めた、新しい検証 3. まとめと展望 ブラックホールの蒸発に関する謎の解明に向けて 西村 1.研究の背景 ブラックホールとは? 大きな質量を持った物体が、非常に小さな領域に 押し込められたときに形成される時空構造 一般相対性理論 (アインシュタインが1915~16年に提唱した重力理論) 重力の起源は時空の曲がり具合に由来する ニュートンの万有引力の法則は近似的にしか正しくない! 事象の地平面 事象の地平面を越えたら、 光速でも脱出できない。 ブラックホールの蒸発 何もないように見える「真空」も、微視的に見ると実はすごくダイナミック。 粒子 真空 反粒子 ホーキング (1974) 反粒子 粒子 ブラックホールは、 いろんなエネルギーを持った粒子を 放出し、少しずつ蒸発している! ? あたかもブラックホールの中に 温度を持った物体があるように見える この「ブラックホールの温度」の正体は何か? ブラックホールの中で一体何が起こっているのか? 新理論の必要性 • ブラックホールの中心 : 時空の曲率(曲がり方)が発散! 曲率半径がプランク長 程度になると、重力の量子力学的効果 が無視できなくなる 一般相対性理論の限界 そのような状況で適用可能な重力理論が必要! 重力の量子力学的効果 (量子重力効果) そもそも量子力学とは? 20世紀初頭に確立したミクロの力学法則。 すべての物理量は不確定性を持つ。 測定したときに、どういう値がどういう確率で得られる、 というような確率的な予言しかできない。 巨視的な現象においては、不確定性が十分小さく、 ニュートン以来の古典力学が良い近似を与える。 しかし、微視的な現象においては、不確定性が無視できず、 それを考慮しないと、正しい予言ができない。 アインシュタインの一般相対性理論 = 重力の古典力学 曲率半径がプランク長 程度になると、 重力の量子力学的効果が無視できなくなる 時空そのものが不確定性を持って揺らいでいるような状況 超弦理論 弦の振動の仕方で様々な粒子を表す理論 力 を 媒 介 す る 粒 子 光子など グラビトン 重力を含めて、力を微視的に(量子力学的に)扱える 一般相対性理論では無視されている 「重力の量子力学的効果」を扱える理論の最有力候補 ブラックホールの中心付近も正しく扱えると期待! 超弦理論の研究の進展 80年代 量子力学的効果が弱い場合の研究 様々な成果が得られたが、このような研究手法だけでは ブラックホールの中心付近が調べられない。 95年頃 「弦の凝縮状態」(ブレーン)の解明 ポルチンスキー(1995) 点状 ひも状 ・・・一般次元の「膜」 膜状 membrane 総称してブレーン ブレーンは質量を持つため、時空を曲げてブラックホールを形成。 (一般には「ブラック・ブレーン」) マルダセナの理論 マルダセナ (1997) ? マルダセナの理論 マルダセナ (1997) 弦 ブレーン これらの力学的自由度を もちいることにより、 ブラックホールが厳密に 数式で表現できるはず! 弦とブレーンから成る系は、平坦な時空上の理論で表される ブラックホールの「ホログラム的記述」 これまでの研究 ブレーン(ブラックホールの構成要素)の数が非常に多い場合 大きなブラックホールに対応し、 事象の地平面付近の曲率が小さいため、 そこでの量子重力効果が無視できる。 ブラックホールの性質を 周辺から調べられる 両者が一致! 弦 ブレーン 平坦な時空の理論を用いた計算 (解析的に可能) マルダセナの予想どおり、ホログラム的な記述が ブラックホールの内部を正しく表している! 未解決問題 ブレーン(ブラックホールの構成要素)の数が少ない場合 小さなブラックホールに対応し、 事象の地平面付近の曲率が大きいため、 そこでの量子重力効果が無視できない。 ブラックホールの性質を 周辺から調べるにも、 超弦理論を用いた計算が必要 ? 弦 ブレーン 平坦な時空の理論を用いた計算 (解析的には困難) このような一般的な状況で、マルダセナの予想どおり、ホログラム的な記述が ブラックホールの内部を厳密に表しているかは不明。 2.研究内容と成果 マルダセナの理論の数値的検証 ブラックホールの質量と温度の関係 特に、ブラックホール周辺の量子重力効果が無視できない領域 でどうなるか? ブラックホールの構成要素(ブレーン)の数が少ない場合 平坦な時空上の理論 (ホログラム的記述) に基づいてコンピュータで計算 従来の超弦理論を用いて、ブラックホール周辺 の量子重力効果を近似的に計算 (Y. Hyakutake, Prog.Theor.Exp.Phys. 033B04, 2014) 比較する ことで検証 計算の結果:ブラックホールの質量と温度の関係 ブラックホールの質量 N:構成要素(ブレーン)の数 N=3, 4, 5の場合 先行研究では、Nが大きく ブラックホール周辺の 量子重力効果が無視できる 状況で検証 cf) 前回のプレスリリース ではN=17の場合 温度 Anagnostopoulos-Hanada -Nishimura-Takeuchi, PRL 100 (2008) 021601 □、○、♢のシンボル :「ホログラム的記述」を用いて計算した結果(本研究) 一点鎖線、破線、実線 :従来の超弦理論に基づき、ブラックホール周辺の 量子重力効果を計算した結果(別の研究) 両者が良く一致している 重力の量子力学的効果を含んだ検証 3.まとめと展望 まとめ ブラックホール 一般相対性理論から導かれる曲がった時空構造の一つ いったん入ると出てこられない。 ブラックホールの蒸発 「温度」を持った物体のように、いろいろなエネルギーを持った粒子を放出し、 少しずつ「蒸発」している (ホーキング)。 ブラックホールの中で一体何が起こっているのか? ブラックホールの中心付近で、時空の曲がり具合が発散し 一般相対性理論が破綻するため、新理論が必要。 ブラックホールの「ホログラム的記述」 (マルダセナ) 平坦な時空の理論を用いて、ブラックホール内部まで厳密に数式で表現 これまでの検証 : 周辺の量子重力効果が無視できる場合が中心 本研究の結果 : 周辺の量子重力効果を含めて正しいことを示唆 今後の展望 従来の超弦理論に基づく計算 ブラックホール周辺における弱い量子重力効果は取り入れられるが、 ブラックホール内部などにおける強い量子重力効果は計算できない マルダセナの「ホログラム的記述」 ブラックホールの内部も含め、強い量子重力効果を計算可能 ブラックホールの蒸発に関連した様々な謎の解明 (例) ブラックホールにおける情報喪失問題 ホーキング(1976) ブラックホールの蒸発過程で放出される粒子から、 落ち込んだ物体が持っていた情報を読み取ることはできない 情報は失われない、とする量子力学の基本的性質と相容れない 量子力学と一般相対性理論の間の深刻なパラドックス 「ホログラム的記述」は、ブラックホールが時間的に変化していく状況にも適用可能 と期待されるので有望 より広い視野から見たコメント 本研究 : 多くの先行研究を受け継いだもの その流れの中で得られた研究成果の一つ マルダセナによるブラックホールの「ホログラム的記述」 超弦理論の新しい研究手法の一つとも見なせる 一般相対性理論を越えて、 重力の量子力学的効果を扱える理論の最有力候補 今回の研究成果を一つの契機として、 マルダセナの理論、超弦理論の研究がさらに進展し、 重力の量子力学的効果が重要となる、宇宙の始まりや宇宙の成り立ち について、新しい知見が得られることが期待される 本研究に使用した計算機 : KEKのPCクラスター 大阪大学のPCクラスター (HPCI一般利用課題により提供) 4.バックアップ・スライド 超弦理論とは?(補助スライド) 強い力の閉じ込めを説明することを動機として、弦理論が提唱された。 Veneziano, Nambu, Goto, … 反クォーク クォーク 開いた弦(強い力を伝える) この試みは失敗したものの、閉じた弦には重力が含まれるなど、 超弦理論は着実に進展した Scherk, Schwarz, Yoneya 閉じた弦(重力を伝える) 1980年代になると、超弦理論は10次元で5種類存在することが分かる。 Green, Schwarz, Witten,… 1990年代半ばにはブラックホールに相当する「ブレーン」と呼ばれる物 体の存在が明らかになった。 Polchinski(1995) ブラックホールの「ホログラム的」記述 ブラックホールの熱的物理量は、「事象の地平面」において計算できる。 3次元空間の物体 2次元球面 ブラックホールのミクロな状態は、「事象の地平面」の量子状態に よって理解できるのでは? 「ホログラム」あるいは「ホログラフィック原理」 ‘t Hooft(1993) Susskind(1994) hep-th/9409089,Susskind 1997年、マルダセナはこの考えを超弦理論の中で実現できる可能性 を提唱した。 重力の量子効果が重要になるスケール 3つの基本物理定数 h (プランク定数) 量子力学 c (光速) 相対性理論 G (ニュートンの重力定数) 万有引力の法則 長さ、時間、質量の単位を組み合わせて書けている。 プランク長さ 時空の曲率半径がプランク長さくらいになってきたら、 重力の古典論(一般相対性理論)は使えない。 重力の量子論(超弦理論)
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