公共経済学

公共経済
三井 清
14.社会保障
14.1 社会保障の分類
14.2 米国の社会保障制度
14.3
日本の社会保障制度
14.4 保険市場における政府の役割
14.1 社会保障の分類
社会保障=最低限の生活を営むことができなくなるリスクを社会全体で保障すること、
およびそのリスクそのものを引き下げること
社会保障=社会保険+福祉計画
社会保険=給付の財源が主に「保険料」に依存している社会保障(social insurance)
福祉計画=給付の財源が主に「租税」に依存している社会保障(welfare programs)
⇒ 社会福祉は所得再分配(income redistribution)の一形態である。
14.2 米国の社会保障制度
財源
給付対象
所得
医療
福祉
保険料
社会保険:Social Insurance
年金保険:Social Security(OASDI)
雇用保険:Unemployment Insurance
医療保険:Medicare
税金
福祉計画:Welfare Programs
生活保護:SSI
フードスタンプ:Food Stamp
医療扶助:Medicaid
児童福祉:AFDC
OASDI=Old Age Survivors’ and Disability Insurance(老齢・遺族・障害年金)
SSI=Supplementary Security Income(補足的所得保障=年金補充制度)
AFDC=Aid to Families with Dependent Children(被扶養児童援助)
Medicare=65 歳以上の高齢者および重度障害者を対象とした医療保険(1966~)
Medicaid=低所得者を対象とした医療扶助
米国には国民全体を対象とする公的医療保障制度は存在しない。
<民間の(管理医療型、Managed Care)医療保険>
専門医による治療を受けるときの PCP による紹介の必要性
医療機関選択の自由
保険料、自己負担額(Co-Payment)
HMO
あり
小
小
PPO
なし
大
大
HMO(Health Maintenance Organization):
(会員制民間)健康維持組織
PPO(Preferred Provider Organization):特約医療組織
PCP(Primary Care Physician, Gatekeeper)
:かかりつけ医(保険会社の PCP 一覧から指定)
14.3 日本の社会保障制度
財源
給付対象
所得
医療
保険料
社会保険:Social Insurance
国民年金・厚生年金保険・共済年金
雇用保険・介護保険
国民健康保険・政府管掌健康保険・
組合管掌健康保険・共済組合
税金
福祉計画:Welfare Programs
公的扶助(生活保護)
若年者雇用対策(ジョブカフェ)
老人保健(公費負担=約 5 割)
福祉
社会保険制度=1) 医療保険制度、2) 介護保険制度、3) 公的年金制度
児童手当
<日本の公的年金制度>
積立方式=同世代の人々が将来の長生きのリスク(世代内所得再分配)
賦課方式=ある期の老年世代への年金給付費をその期の青年期の世代が負担
=世代間(=年齢という基準による)所得再分配
1)
日本の年金額は国際的にも高水準
2)
修正積立方式(=実質的には賦課方式に近い)
財政見通し(社会保険庁)
世代ごとの保険料負担額と保険給付額(社会保険庁)
納付率(社会保険庁)
日本における公的年金制度の体系と加入員数(万人)平成 14 年度末現在
新企業年金
厚生年金基金
(1039)
厚生年金保険
(3214)
国民年
金基金
(77)
職域部分
共済年金
(471)
国民年金(基礎年金)
自営業者等
第 1 号被保険者
(2237)
第 2 号被保険者の
被扶養配偶者
第 3 号被保険者
(1124)
民間サラリーマン
公務員等
第 2 号被保険者
(3685)
(7046)
(出所)平成 14 年度社会保険事業の概要(厚生労働省年金財政ホームページ)
3階
部分
2階
部分
1階
部分
<日本の医療制度>
老人保健=75 歳以上の高齢者および 65 歳以上の障害者
自己負担
3 歳未満
2割
一般
3割
70 歳以上
1割
(現役並所得者は 3 割)
平成 16 年度(末) 保険者数
加入者数
加入者平均年齢
国庫負担(医療分)
平成 19 年度予算
2,531
1
1,584
4,761 万人
3,562 万人
2,999 万人
53.7 歳
37.2 歳
34.2 歳
43%
13%
定額
3 兆 316 億円
8,383 億円
47 億円
市町村国保
政管健保
組合健保
14.4 保険市場における政府の役割
「情報の非対称性(asymmetry of information)」が存在する場合には「逆選択
(adverse selection)
」という好ましくない現象が発生する可能性が存在する。
<中古車市場における「情報の非対称性」>
(1) 中古車には質の高い車と質の低い 2 種類の車がある。
(2) 車の所有者(売り手)は自分の車の質が高いは低いかを良く知っている。
(3) 買い手は中古車の平均的な品質を知っている。
(4) 買い手は個々の中古車の品質が高いか低いかが分からない。
以上の想定の下で、
(1) 買い手は中古車の購入価格を平均的な品質に対応するものに設定する。
(2) 品質の高い中古車の所有者はそれを売ることを止める。
(3) 中古車市場で売り買いされる中古車の平均的な品質は低い品質に一致する。
(4) 買い手は低い品質を前提にした価格設定をする。
という現象が生じると考えられる。すなわち、中古車市場では品質の悪い中古車のみが
売買されているという「逆選択」が生じるのである。
情報の非対称性が存在しない場合は、市場は競争の結果として質の悪い製品を
淘汰して品質の高い製品を「選択」する。しかしながら、中古車市場のように
情報が非対称である場合においては、品質の悪い製品を選択するという、
「逆」
の選択を市場がしてしまう可能性が生じるのである。
(問題 14-1)中古車市場で逆選択現象が生じることを回避しようとする
工夫としてはどのようなことが考えられるであろうか。
<医療保険市場における「情報の非対称性」>
医療保険の市場でも中古車市場と同様に逆選択現象が発生すると考えられる。
(1) 個人には病気になる確率が高い人と低い人がいる。
(2) 個人は自分の病気になる確率が高いか低いかを良く知っている。
(3) 保険会社は個人の病気になる「平均的な」確率を知っている。
(4) 保険会社は個々の個人の病気になる確率が分からない。
以上の想定の下で、
(1) 保険会社は保険料を病気になる平均的な確率に対応するものに設定する。
(2) 病気になる確率の低い個人は保険に加入することを止める。
(3) 保険に加入している個人は病気になる確率の高い個人だけになる。
(4) 保険会社は病気になる確率の高い個人を前提にした保険料の設定をする。
という現象が生じると考えられる。
すなわち、保険会社にとっては病気になる確率の低い個人のほうが良質な顧客であるのに、
医療保険市場では病気になる確率の高い個人のみが保険に加入するという「逆選択」現象が
生じるのである。
<医療保険市場における逆選択のモデル>
 i =タイプ i の個人が病気になる確率( i  L, H 、  L   H )
 i =タイプ i の個人の人数の割合(  L   H  1 )
h =病気になったときに掛かる医療費
p =(医療費を全額カバーする保険の)保険料
piB =タイプ i の個人の留保保険料
=タイプ i の個人が最大限支払っても良いと考える保険料
保険市場への参入は自由で期待利潤がゼロになるように保険料は決定されるとともに、
p LB  p HB
かつ
piB   i h
(14-1)
を仮定する。
【完全情報のケース:保険会社が個々の個人のタイプを識別できる場合】
タイプ i の個人向けの保険の保険料 pi は、保険会社の期待利潤がゼロなので、
pi   i h
と決定される。(14-1)より、 pi が市場均衡で成立する保険料率である。
(14-2)
【不完全情報のケース:保険会社が個々の個人のタイプを識別できない場合】
保険会社は個々人のタイプは識別できないが、平均的な病気になる確率
 L L   H  H を知ることはできるとする。
ケース1: ( L L   H  H )  h  pLB のとき
市場均衡では保険会社が提示する保険料 ( L L   H  H )  h で両方の
タイプの個人が保険に加入することになる。
ケース2: ( L L   H  H )  h  pLB のとき
タイプ L の個人が保険に加入するとすれば、 p LB  p HB よりタイプ H の個人も保険に加
入することになる。
⇒
(両方のタイプの個人が保険に加入しているとすれば、)そのとき市場均衡における保
険料は、保険会社の期待利潤がゼロであるという条件から、 ( L L   H  H )  h である。
⇒
B
しかし、その保険料はタイプ L の個人の留保保険料 p L を上回ることになり、タイプ L の
個人は保険に加入しないことになる。
⇒
タイプ L の個人が保険に加入する均衡は存在しない。
タイプ H の個人だけが保険に加入しているとすれば、そのとき保険会社が設定する保険
料 p H は p H   H h であり、その保険料はタイプ H の個人の留保保険料を下回る
( pH   H h  pHB )ので、その保険料の下で市場が均衡することになる。
この均衡では、病気になる確率の低い(良質な)個人が市場から排除されているという
意味で「逆選択」が発生していることになる。
(問題 14-2)医療保険に加入することで被保険者の行動にどのような変化が
生じるだろうか(モラル・ハザード)
。このモラル・ハザードと
逆選択の相違について説明しなさい。
(問題 14-3)医療保険市場における逆選択問題を回避するためにはどのよう
な政策が考えられるか。
<年金(保険)市場における情報の非対称性と政府の役割>
年金制度=長生きした人に対して死亡するまで一定の金額を支払う制度
=長生きしたときに(資産が無くなったり、所得水準が低下したりすることで)
生活水準を維持できなくなるリスクを助け合う制度(長生き保険)
(問題 14-4)年金市場における逆選択とは?
(問題 14-5)年金保険市場で逆選択現象の発生する可能性について検討してみよう。ま
た、そのような可能性を政策的に回避するためにはどのような方法が考え
られるだろうか。
公的年金の存在理由=
1) 逆選択(=adverse selection)
:生存確率に関する情報格差
2) 温情主義(=paternalism)
:自助努力の欠如に対する自己責任?
3) 世代間の所得再分配(賦課方式の公的年金のみ)
:世代間扶養 & ねずみ講
14.社会保障
14.1 社会保障の分類
14.2 米国の社会保障制度
14.3
日本の社会保障制度
14.4 保険市場における政府の役割