高エネルギー極限における ハドロン散乱

高エネルギー極限における
ハドロン散乱
板倉数記(KEK)
Kazunori.itakura@kek.jp
『超高エネルギー宇宙線とハドロン構造2008』
2008年4月25日
KEK
宇宙線の物理にハドロン物理から
何を言えるか?
• 一次宇宙線の起源、加速機構などの理解に、その組成、エネルギー分布、
飛来方向の決定が重要。←空気シャワーの観測
• 空気シャワーは、一次宇宙線(陽子・原子核)と大気原子核の高エネルギー
ハドロン散乱から始まる。従って、その詳細な理解が不可欠。
「最初の相互作用、宇宙線が酸素や窒素原子核と衝突する反応は、加速器の
上限エネルギーをこえる高いエネルギーで起きるため未だよくわかっていない。」
木舟正著 「宇宙高エネルギー粒子の物理学」 (2004年 培風館) p27
実際、 Elab  1020 eV,
s pp  433T eV 

s pp  14 T eV(LHC)
s p p  2 T eV(T evatron)
現在ある理論のうち「最も高エネルギーのハドロン散乱を記述する枠組み」
(飽和グルオン状態の物理、カラーグラス凝縮)を適用するのが自然。これは
QCDに根ざした高エネルギー極限を記述しうる理論!(GLRの現代版)
Kinematics of primary collisions
原子核A1とA2の高エネルギー散乱 → 各原子核中の「パートン」の散乱
d ~ f A1 ( x1 )dx1 f A2 ( x2 )dx2 ˆ (1 2  something)
A1
A2
pt h
x1 
e
s
x1, x2 : 各パートンの原子核運動量に対する比
pt h
x2 
e
s
“Bjorken変数”に相当
pt
: 生成粒子の持つ横運動量
h
: ラピディティー
1  E  pz 

h  ln
2  E  pz 
h  0 前方 (forward)
h < 0 後方 (backward)
空気シャワーの形状などは、主に「前方散乱」が決める (large xF~1)
前方散乱では、ターゲット原子核の非常に小さな運動量比 x の情報が必要
s pp  433 TeV, pt  2 GeV のとき
pt h
x1  0.1  x2 
e ~ 2 1010
s
陽子・陽子散乱断面積:実験データ
全散乱断面積は、エネルギーの増加に伴い、増大する!
pp
LHC
RHIC
Naïve geometrical X-sec
↑GZK energy
s1/2[GeV]
103
104
• Particle Data Group は soft Pomeron s0.08 ではなく、ln2 s の増加を採用
 ユニタリ性が効き始めている!
•  tot >100 mb は素朴な幾何学的断面積 pR2~30mb, 又は 2pR2 よりも大きい
 陽子は高エネルギー散乱では「拡がって」いる!
陽子・陽子散乱断面積:LHCでの予言
不定性はLHCエネルギーで既に大きい ←LHCf, TOTEM
Predictions of  tot
COMPETE
111.5 mb
FESR (Igi-Ishida)
106.3 mb
MC event generators
PYTHIA
101.5 mb
(Pomeron+Reggeon)
PHOJET
119.1 mb
(multiple P exchange, unitarity)
hep-ph/0604120
Lanshoff
25mb
(revised)
125+/
多くの計算がユニタリ性の効果を考慮している
宇宙線エネルギーでのハドロン散乱
“The largest uncertainty in EAS(extensive air shower) simulation stems from
the unknown characteristics of hadronic multiparticle production.”
“At energies above 103 GeV minijet production and multiple parton-parton
interactions becomes important”
R.Engel, NPB(Proc.Suppl.)151 (2006) 437
1.比較的大きな x が効く入射粒子が
原子核の場合は、分布関数に対する
通常の原子核補正を使うべき
(Leading Twist nuclear pdf)
→ 斉藤氏の講演
2.ターゲット原子核の非常に小さな x におけるグルオン分布関数
→ 多重グルオン生成とユニタリ性の効果 (強いsaturation effect)
コヒーレントな散乱の効果(グルオン再結合)
多重散乱の効果(Glauber散乱的な)
“ハードポメロン”の物理と「飽和」現象 ← カラーグラス凝縮
3.大きな衝突径数における、ソフトな効果 ← 現象論的に導入
(全断面積などを全て摂動的な計算で求められるはずがないので・・・)
高エネルギー散乱での陽子の振る舞い
深非弾性散乱でみた陽子の内部構造
パートン:クォークとグルオンの総称
陽子
各パートンの分布関数
g*
1/Q
transverse
longitudinal
1/xP+
Q2 = qT2 : transverse resolution
x =p+/P+ : longitudinal mom. fraction
パートンの持つ運動量比x
・ 陽子は単純な3つのヴァレンスクォークの集まりでは「ない」
・ 陽子は小さな運動量比( x < 10 -2 )を持つ膨大な数のグルオンからなる
・ そのグルオンは高エネルギー散乱( x ~ Q2/(Q2+W2) 0 )で見えてくる
同様のことは、全てのハドロンや原子核にあてはまる
グルオン多重生成
高運動量パートンの「揺らぎ」の寿命は「長く」て「短い」
p   ( p, 0  , p )
k   ( Ek , ki , k z  xp)
揺らぎの寿命 t ~
(xp >> kt のとき)
1
1
2 x(1  x) p

~
E Ek  E p k  p
k2
• 親パートンのエネルギー(運動量)大 xp >> kt  揺らぎが長寿命化
• エネルギーが大きければ大きいほど、 x の小さい長寿命の揺らぎが可能
• 子供のパートンが十分長寿命ならば、「孫」を産む  多重生成 (グルオン3点相互作用)
• 揺らぎはパートンの波動関数を与え、「散乱」によって、それが顕在化する
• 一つのグルオンを生成するdiagram
 as ln 1/x (as =g2/4p)
n 個の生成
(as ln 1/x)n
小さいx が大きな寄与
 高エネルギー散乱では
グルオンの多重生成が重要
深非弾性散乱でのグルオン増殖
x ~ Q2/W2 がそれほど小さくないとき
Q2
W2
• 仮想光子がクォーク・反クォーク対に「揺らぎ」、
その寿命が十分長くなるほどの運動量をもつフレーム(ダイポール・フレーム)
カラーダイポールの散乱振幅 ~ 陽子内部のパートン数
• 陽子側はヴァレンス的描像が成り立つ
→光子側はそのままで、核子だけブーストしていく (散乱エネルギーを増加)
グルオン数の線形増殖
散乱エネルギーの増加と共に、グルオン数が増えていく.
BFKL方程式
新しいグルオンは既に生成しているグルオンから生まれる
 線形な発展方程式 (グルオンの3点相互作用 g gg)
Y ~ ln s ラピディティー
について局所的
 グルオン数や散乱振幅が指数関数的に増加
 ユニタリ性の破れ
グルオンの飽和とカラーグラス凝縮(CGC)
グルオン数が膨大になると、生成グルオン同士の相互作用が効きはじめる
カラーグラス凝縮(CGC):
高密度グルオン状態
グルオン再結合 (gg g) により、増加が遅くなる
 グルオン数の飽和、ユニタリ性の回復、カラーグラス凝縮
非線形な発展方程式:
ggg (分裂) とgg  g (再結合)の競合
Balitsky-Kovchegov 方程式
BFKL+非線形項
飽和運動量 QS(x)
カラーグラス凝縮を特徴付けるセミハードスケール(>> LQCD)
1/QS(x) : ハドロンの横平面がグルオンで覆い尽くされたときの
グルオンの典型的な大きさ
R
1) r ・ ~ 1
2) when the unitarity effects set in NY (r  1 / Qs)  1
LO BFKL
[Gribov,Levin,Ryskin 83, Mueller
99 ,Iancu,Itakura,McLerran’02]
NLO BFKL
[Triantafyllopoulos, ’03]
飽和したカラーグラス状態とそうでない状態の「境
界」
グルオンのもつ運動量の典型的な大きさ
→ 弱結合系 aS(QS) << 1,
Qs >>LQCD
kN(k)
QS
k
証拠1:幾何的スケーリング
[Stasto,Kwiecinski,Golec-Biernat 2001]
深非弾性散乱で発見された
The g*-proton total cross section
(Q2 , x) becomes a function of only
one variable x Q2/Qs2(x) at small x
(Q2 ,x)=f(x) , with Qs2(x) ~1/xl ,
l~0.3 determined by the fit
 Qs の存在を保証する重要な結果
Qs の x依存性はCGCの結果と矛盾しない
g*p
total
cross
section
証拠2:DIS at HERA
2
F2 ( x, Q )
[Iancu,KI,Munier ‘04]
- Fit for the data with small x
and moderate Q2
x < 0.01 & 0.045 < Q2 <45 GeV2
- Analytic solutions to BalitskyKovchegov equation built in:
geometric scaling & its violation,
saturation.
- Only 3 parameters:
proton radius R, x0 (nonpert.)
and l for QS2(x)=(x0/x)l GeV2
- Good agreement with the data
x0 = 0.26 x 10-4, l = 0.25
Red line : the CGC fit
Blue line : BFKL w/o saturation
- Also works well for vector
meson (r, f) production,
diffractive F2, FL
[Forshaw et al, Goncalves,
Machado ’04]
証拠3:deuteron-Au at RHIC
重陽子・金衝突で前方散乱への移行
RdAu
→ 藤井氏の講演
[Kharzeev, Kovchegov, and Tuchin]
h(h-+h+)/2
前方では陽子・陽子散乱に比べて抑制がある
← CGCにおける原子核の飽和現象 実験データの振る舞いと定性的に一致
解析的に調べると [Iancu,KI,Triantafyllopoulos]
Cronin enhancement – due to multiple collision a la Glauber, which
can be described by classical saturation model
(McLerran-Venugopalan model)
Suppression
-- due to quantum evolution (coherent scattering)
RpA ~ jA(x,k) /A jp (x,k) : proton (far from saturation)
evolves faster than nucleus (close to saturation)
• カラーグラス凝縮:RHIC、HERAのエネル
ギーでようやくその片鱗が見え始めた
Qs(RHIC), Qs(HERA) ~ 1 GeV
• LHCではその重要性が増すだろう
Qs(LHC) ~ 数 GeV
• 宇宙線では、なおさら、、?
ダイアグラム的表現
3 IP vertex
=gluon
recombination
IP
BFKL ladder
hard Pomeron
fan diagram
横平面図
BFKL+soft physics
Higher energies
CGC
ヴァレンス的
希薄ガス
グルオン増殖
BFKL
グルオン飽和
カラーグラス凝縮
Black disk expansion
 ~ ln2(1/x) Froissart
空気シャワーへの応用
BBL: カラーグラス凝縮を取り込んだ空気シャワーシミュレーション
Drescher, Dumitru, and Strikman, PRL 94 (2005) 231801, hep-ph/0501165
・ カスケード初期の前方散乱にsaturationの効果を反映させる
(cascade equationsのなかの散乱断面積、dN/dxF)
・ 最も素朴なMcLerran-Venugopalan模型
・ saturation scaleをfixed coupling とrunning couplingの2通りを扱う
Qs ( y)  ely , Qs ( y)  e
saturationに起因する前方散乱の抑制
 Xmaxの減少
Qs大 → 抑制強い → Xmax小
Qs小 → 抑制弱い → Xmax大
cy
Simulation by H.J.Drescher http://th.physik.uni-frankfurt.de/~drescher/
Electron/positron
Proton/neutron
Photon
muon
まとめと展望
• 宇宙線の物理にとって、高エネルギーハドロン散乱の物理は非常に重要
→ 空気シャワーの性質を決定
• 特に、前方散乱が本質的で、そこではターゲット原子核の非常に小さな
運動量比のパートン分布が関与する
• 従って、カラーグラス凝縮(CGC)の枠組みが自然に適用可
• CGCを取り入れた空気シミュレーションは既にある(BBL)
→ Qsのevolution が実験で検証できるかも
(宇宙線の物理からQCDへのfeedback)
問題・課題
• ソフトな物理の効果やCGC的でないpQCDの効果を系統的に取り入れる
• MV modelではなく、Quantum evolution を含んだ原子核の散乱振幅
• LOのCGCは確立しているが、高エネルギーではNLOが必要
(Qsのrunningは既にその一部を見ている)
実際、as=0.2 で x=10-10 なら as ln 1/x = 4.6 だが、さらにas2 ln 1/x ~1も
足しあげる必要がある
文献
• 日本語
板倉数記 『カラーグラス凝縮: ハドロン、原子核の高エネルギー極限における姿』
日本物理学会誌 2004年3月号 http://ci.nii.ac.jp/naid/110002069558/
板倉数記 『衝突から熱平衡まで:強ゲージ場、不安定性、粒子生成』
原子核研究52巻Suppl.1 (2007) 40.
http://www.genshikaku.jp/52sp1PDF/itakura.pdf
• 英文
E.Iancu and R.Venugopalan, “The color glass condensate and high energy scattering in
QCD” hep-ph/0303204
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