通訳者養成大学院

通訳の実例研究
香港返還記念式典の例
香港返還記念式典の同時通訳
 1997年6月30日深夜から7月1日にかけて香港
返還記念式典が行われ、各放送局は記念式典
の様子を実況中継
 全く同じスピーチを同じような条件のもとに複数
のプロの通訳者が同時通訳
オリジナルが同じである場合
個々の通訳者の訳出には
どの程度個性が見られるだろうか?
オリジナルスピーチの特徴 (1)
 速度はゆっくりしている
Ⅰ チャールズ皇太子:124語/分
Ⅱ 江澤民国家主席 :179字/分
Ⅲ 李鵬首相
:161字/分
Ⅳ 董建華行政長官 :159字/分
 スピーチの内容理解はさほど難しくない。


専門的な話ではない。返還に関連した知識は新
聞報道等で容易に得られる。
アクセントなどはほぼ標準的で聞き取りの苦労は
ない。
オリジナルスピーチの特徴 (2)
 原稿読み上げ型のスピーチである。


リダンダンシー(冗長さ、余計なことば)はない。
通訳者は原稿なしで対応した。
 式辞挨拶のパターンにそった話し方


一般的なスピーチに見られる始まり方
公式の場での発言に相応しい語彙選択
訳出した日本語の完成度が要求される
不特定多数の視聴者に向けたテレビ番組
各通訳者の訳出の相違(1)速度
 9名の通訳者A~Iについて訳出速度を調査
Ⅰチャールズ皇太子 A:266字、B:329字、C:218
Ⅱ江澤民国家主席 D:243字、E:300字、F:224字、G:208字
Ⅲ李鵬首相
I:211字、D:240字、H:210字
Ⅳ董建華行政長官 E:276字、D:254字、H:207字
平均速度の順位 B>E>A>D>F>C>I>H>G
329字/分 ←-----→ 208字/分
同じスピーチからの訳出でⅠとⅡでは1分間あたり100文字の差
一分間あたりに表出した文字数の差は情報量の差といえるか?
【実例1】SL:チャールズ皇太子のスピーチ
B通訳者
227字
C通訳者
125字
 Distinguished guests, Ladies and Gentlemen,
 ご来賓の皆様、そしてご出席の皆様、
 ご来場の皆様
 I should like behalf of Her Majesty The Queen and
of the entire British people


私は今日女王陛下、のために、そして全てのイギリス国民
のために、
女王、ならびに全英国人民を代表し、
【実例1】SL:チャールズ皇太子のスピーチ
 to express our thanks, admiration, affection, and
good wishes to all the people of Hong Kong,


心から感謝と、称賛と、そして敬愛の念、そして全ての香
港の人々に対する、我々の心からなる願いを、申し述べた
いと思います。
香港全市民に、私達の敬意と友情と祝福を表わしたいと
思います。
 who have been such staunch and special friends
over so many generations.


香港の人々は長い間にわたって私たちにとって特別な友
人で、いてくださいました。
長い世紀にわたり、皆さんは、私達のよき友人でした。
【実例1】SL:チャールズ皇太子のスピーチ
 We shall not forget you,
 私どもはあなたがたを忘れることはないでしょう。
 皆さんを忘れることはできません。
 and we shall watch with the closest interest as
you embark on this new era of your remarkable
history.


香港の皆さんがこの目覚ましい歴史の新しい時代へと向
かわれるにあたり、我々は強い関心をもって見守り続けて
いくでしょう。
そして歴史に新しい一頁をこれから築いていかれると信じ
ております。
各通訳者の訳出の相違(2)表現
 三名の通訳者について、江沢民スピーチでの
表現の違いに注目
 訳出はどの程度まで自由に言い換えられるか
 通訳者のスピーチへの思い入れはどの程度まで
訳出に反映されるのだろうか
通訳者の表現法、言い回し、語彙の選択によって
聞き手が受ける印象は変化するだろう。
【実例2】SL:江澤民国家首席のスピーチ
 1997年7月1日這一天,將作為人們永遠紀念
的日子。



1997年、7月1日は、人々が、永遠に、記憶して、
いる、この歴史的な、時間であります。
1997年7月1日、この日は、人々が永遠に忘れ
ることのできない歴史的な日となりましょう。
97年7月1日この日、人々は、忘れられない日と
なることでしょう。
【実例2】SL:江澤民国家首席のスピーチ
 在 暦 史 上 経 暦 了 百 年 創 傷 的 香 港 回 帰 了 祖 国,
標誌着香港同胞從此成為祖国這塊土地上的真正
主人。



百年の歴史を経て、香港は祖国に戻りました。これ
は香港の同胞が、今日から、祖国の、祖国の本当の
主人公になったことを意味しています。
そして、長い困難を経た香港は、現在、正式に祖国
の、土地の、主人公となったのであります。
百五十年以上もの間植民地であった香港が、今祖国
に返り、そして人々も皆、祖国の主人となったのです。
【実例2】SL:江澤民国家首席のスピーチ
 香港的發展从此進入一个嶄新的時代。



そして香港の発展は、まったく新しい時代へ入り
これによって香港は新たな時代を迎えます。
香港の発展はこれからも新しい頁を開いていくこ
とになるでしょう。
声の調子、語彙の選択などから通訳者が聞き手に伝えようと
しているスピーチの意図が微妙に異なっているように感じら
れる。
式典の荘厳さ、祖国復帰の喜び、劇的な歴史の転換
【実例3】チャールズ皇太子のスピーチ
 But most of all I should like to pay tribute to the
people of Hong Kong themselves for all that they
have achieved in the last century and a half.


しかし何よりも、私は、香港の人々の過去一世紀
半の達成に対し敬意を払うものです。
また、香港の人たちが過去一世紀半にわたり、香
港の繁栄を築いたことに対し、私は敬意を払いた
いと思います。
【実例3】チャールズ皇太子のスピーチ
 Hong Kong has shown the world how
dynamism and stability can be defining
characteristics of a successful society.


香港は世界に対してダイナミズムと安定が、どの
ように成功した社会の特徴と成りうるかを示しまし
た。
香港は世界の人たちに、成功した社会は、努力と
安定をもとに成功が成し得るのだということを実
証しました。
割合に硬く訳すか、あるいはかみ砕いて訳すか
同時通訳の要改善点(1) 冗語
 【実例4】冗語の連発

「えー香港において、えーその、投資、を、行っている、そ
の人々、おー、が、その香港の繁栄に、
その貢献されることを希望いたします。えー、香港には輝
かしい愛国主義の伝統があります。えー、
香港の繁栄は、香港の同胞が作り出したものであり、
えー祖国の、内陸部の、えー、発展、えー、
祖国内、祖国からの支持と切り離すことができないもの
であります。えー、香港特別行政区、政府、ならびに香港
の同胞は、えー、必ずや、えー香港を立派に治めることが
できるでありましょう。
えー、 そして香港の長期安定的な繁栄を保つことがで
きるでありましょう。」
同時通訳の要改善点(2) 母音を引きずる
 【実例5】母音引きずり現象
愛国うー的な、/自由港の地位いー/ 暮らす
うー、/新しいいー歴史いーを、
経済の安定をおー、/行政区のおー、/力を
おー尽くして/局面をおー迎えてえーおり、
同時通訳の要改善点(3)助詞が決まらない
 【実例6】助詞の言い直しと分離
基本法の、を、施行し/特別行政区は、の基本
法が、/ 一つの民族の、にとって/
香港、は、将来、も、/中国、が、香港に対する
主権を、の回復、/主権、を回復し、
結
果
 個別の通訳者で異なる点





逐語訳的か意訳的か(SL寄りかTL寄りか)
盛りだくさんか簡潔か
個々の表現法や語彙の選択
チャンクの長さ
音声表現上の欠点があるかどうか
 各通訳者に共通する点


訳出のスタイルはさほど冒険せず類似
内容、情報はほぼ完全に伝達
結
論
 プロの同時通訳者による訳出においては、難易
度の低いスピーチの場合、オリジナルに含まれ
る内容や情報はほぼ正確に伝達されるが、伝達
のために費やされる言葉の量は異なる。
 個々の通訳者によって最も差があるのが音声表
現の技術である。特に冗語の割合、母音引きず
り、助詞の言い直しが目立つ訳出は内容の伝達
自体を阻害することになる。
 通訳者が需要したスピーチの意図は訳出時の語
彙選択やプロソディに影響を与える(演技派の通
訳者の場合は特に)。
期末試験の問題
 以下の三題から一題を選択して800字以上、
1200字以下で論じなさい。



通訳が成功したり失敗したりするのは何が原因だ
と思いますか。原因を箇条書きで列挙し、その具
体例を示してください。
外国人住民の増加にともなう言語的少数派への
言語サービス提供と通訳者の役割についてあな
たの考えるところを具体的に述べてください。
江戸時代に長崎で活躍した通詞(通事)たちの状
況と現在のフリーランスの通訳者たちの状況を比
較し、相違点と類似点をあげてください。