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契約不履行とその救済
-強制履行,解除,損害賠償
名古屋大学大学院法学研究科教授
加賀山 茂
1
目次

契約不履行









不履行の救済


債権者自身の行為
不可抗力
免責条項
原始的不能
後発的不能と危険負担





事実
判決
研究
解除の要件
解除の効果
損害賠償




直接強制
間接強制
解除

練習問題5-1,5-2
タール事件

強制履行

不履行の免責


不履行の定義
解除に関して,不完全履行の規
定がないのはなぜか?
損害賠償の要件
損害額の算定
事実的因果関係と相当因
果関係
リンゴ事件
2
契約の流れ
START
契約成立
契約不成立
No
Yes
不当利得
契約有効
契約無効 (取消) No
Yes
効力発生
条件・期限
No
Yes
契約履行
Yes
強制履行
No
免除・
時効等 Yes
No
債務不履行
損害賠償
契約解除
END
3
債務不履行の定義

民法415条
〔債務不履行〕

債務者カ其債務ノ本
旨ニ従ヒタル履行ヲ為
ササルトキハ


債権者ハ其損害ノ賠償
ヲ請求スルコトヲ得
債務者ノ責ニ帰スヘキ
事由ニ因リテ履行ヲ為
スコト能ハサルニ至リタ
ルトキ亦同シ

Article 7.1.1 – 不
履行の定義

不履行とは、



不完全履行、および、
履行遅滞を含め、
契約上の債務のいず
れかが当事者によって
履行されないことをいう。
4
債務不履行の種類と
条文との対応関係

債務不履行と条文との対応

損害賠償

民法415条


解除

履行遅滞




民法541条 遅滞後,相当期間を定めた催告による解除
民法542条 定期行為の遅滞により,契約目的が達成されないとき
履行不能

民法543条 帰責事由を要する
不完全履行


債務の本旨に従った履行がない場合
規定なし?
なぜ,不完全履行に関しては解除の規定が存在しない
のか?
5
不完全履行に関して解除
の規定が存在しない理由


不完全履行に対する救済は,契約ごとに異なる。
したがって,債権総論,契約総論には規定できない。

無償契約


原則として担保責任を負わない(贈与に関する民法551条参照)
有償契約の場合

担保責任を負う(売買に関する規定の準用(民法559条))


権利の瑕疵
 561 他人物売買
 563-564条 権利の一部が他人に属する場合
 565条 数量不足・物の一部滅失の場合
 566条 用益的権利・留置権・質権がある場合
 567条 担保物権がある場合
 568条 強制競売の場合
 569条 債権売買の場合
物の瑕疵
 570条 瑕疵担保責任
6
不履行の免責 (1/3)
債権者自身の行為

第413条〔受領遅滞〕


第418条〔過失相殺〕


債務ノ不履行ニ関シ債権者ニ過失アリタルトキハ裁判所ハ損害
賠償ノ責任及ヒ其金額ヲ定ムルニ付キ之ヲ斟酌ス

UNIDROIT Art.
7.1.2 - 相手方によ
る妨害

第536条〔危険負担-債務者主義の原則〕



債権者カ債務ノ履行ヲ受クルコトヲ拒ミ又ハ之ヲ受クルコト能ハサ
ルトキハ其債権者ハ履行ノ提供アリタル時ヨリ遅滞ノ責ニ任ス



(1)前二条ニ掲ケタル場合ヲ除ク外当事者双方ノ責ニ帰スヘカラ
サル事由ニ因リテ債務ヲ履行スルコト能ハサルニ至リタルトキハ
債務者ハ反対給付ヲ受クル権利ヲ有セス
(2)債権者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ履行ヲ為スコト能ハサル
ニ至リタルトキハ債務者ハ反対給付ヲ受クル権利ヲ失ハス但自
己ノ債務ヲ免レタルニ因リテ利益ヲ得タルトキハ之ヲ債権者ニ償
還スルコトヲ要ス
第548条〔毀損等による解除権の消滅〕
(1)解除権ヲ有スル者カ自己ノ行為又ハ過失ニ因リテ著シク契約
ノ目的物ヲ毀損シ若クハ之ヲ返還スルコト能ハサルニ至リタルト
キ又ハ加工若クハ改造ニ因リテ之ヲ他ノ種類ノ物ニ変シタルトキ
ハ解除権ハ消滅ス
(2)契約ノ目的物カ解除権ヲ有スル者ノ行為又ハ過失ニ因ラスシ
テ滅失又ハ毀損シタルトキハ解除権ハ消滅セス
当事者は、相手
方の不履行が、


自己の作為も
しくは不作為に
よって生じた場
合、または、
自己がそのリ
スクを負担す
べき出来事に
よって生じた場
合には、
相手方の不履行
を、その限りにお
いて、主張するこ
とができない。
7
不履行の免責 (2/3)
免責条項

第420条〔賠償額の予定〕


(1)当事者ハ債務ノ不履行ニ付キ
損害賠償ノ額ヲ予定スルコトヲ得
此場合ニ於テハ裁判所ハ其額ヲ
増減スルコトヲ得ス
消費者契約法10条(消費者の
利益を一方的に害する条項の
無効)

民法、商法その他の法律の公の
秩序に関しない規定の適用による
場合に比し、消費者の権利を制限
し、又は消費者の義務を加重する
消費者契約の条項であって、民法
第一条第二項に規定する基本原
則に反して消費者の利益を一方的
に害するものは、無効とする。

UNIDROIT Art.
7.1.6 - 免責条項



不履行による当事者の
一方の責任を制限、も
しくは、排除する条項、
または、
相手方が期待するの
が相当であるものとは
実質的に異なる履行を
することを許す条項は、
契約の目的を考慮した
上で、それを主張する
ことが著しく不公正で
あるときには、これを
主張することができな
い。
8
不履行の免責 (2/3)
免責条項の無効例

事例



問題


ツアーコンダクターAは,Bに,超豪華なCホテルに宿泊するというハイ・
プライスの旅行を勧誘し,Bが同意して,旅行契約が成立した。
契約条項には,Aは,状況いかんで,顧客の宿泊先を変更できると書か
れていた。
もしも,Cホテルが満員だったため,AがBを二流ホテルに宿泊させた場
合,AはBに対して債務不履行責任を負うか?
解説


契約の目的は,超豪華ホテルを利用する旅行契約である。ハイ・プライ
スであることから,Bは,一流ホテルに泊まることを期待していたし,その
期待は相当なものであって,保護されるべきである。
したがって,約款の規定は,二流ホテルを利用する旅行契約を認めるも
のと解釈すべきではないし,もしも,約定が,そのように書かれていたと
しても,その条項を主張することは,信義則に反して許されない。
9
不履行の免責 (3/3)
不可抗力

第416条〔損害賠償の範囲〕



(1)損害賠償ノ請求ハ債務ノ不履
行ニ因リテ通常生スヘキ損害ノ賠
償ヲ為サシムルヲ以テ其目的トス
(2)特別ノ事情ニ因リテ生シタル
損害ト雖モ当事者カ其事情ヲ予見
シ又ハ予見スルコトヲ得ヘカリシト
キハ債権者ハ其賠償ヲ請求スル
コトヲ得

UNIDROIT Art. 7.1.7 - 不
可抗力

第419条〔金銭債務の特則〕


(1)金銭ヲ目的トスル債務ノ不履
行ニ付テハ其損害賠償ノ額ハ法
定利率ニ依リテ之ヲ定ム但約定
利率カ法定利率ニ超ユルトキハ
約定利率ニ依ル
(2)前項ノ損害賠償ニ付テハ債権
者ハ損害ノ証明ヲ為スコトヲ要セ
ス又債務者ハ不可抗力ヲ以テ抗
弁ト為スコトヲ得ス

(1) 当事者が、その不履行
は自己の制御し得ない障害
によるものであり、かつ、その
障害を契約締結時に考慮に
入れておくこと、および、その
障害、もしくは、その結果を回
避、または、克服することを
当事者に期待するのは相当
ではないことを証明したとき
は、その不履行から免責され
る。
(4) 本条は、当事者が、契約
を解除する権利、履行を留保
する権利、または、支払われ
るべき金銭の利息を求める
権利を行使することを、妨げ
るものではない。
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練習問題5-1
不履行と解除・損害賠償

事実
 11月13日,売主(X) と買主(Y) は,家の売買契約を締結した。
 売買契約の内容は以下のとおりであった。


建物の引渡は,11月16日
売買価格は,3,000万円
11月15日,売主Xは,11月14日に,落雷で,家が焼失していたこ
とに気づいた。
質問
 買主(Y)は,代金の支払いを免れるか?





買主(Y)は,解除をなしうるか?
危険負担の原則に従い,買主(Y)は,代金の支払いを拒絶しうる
か?
買主(Y)は,転売利益の賠償を請求できるか?
11
練習問題5-2
不履行と解除・損害賠償

事実
 11月13日,売主(X) と買主(Y) は,家の売買契約を締結した。
 売買契約の内容は以下のとおりであった。


建物の引渡は,11月16日
売買価格は,3,000万円
11月15日,売主Xは,11月12日に,落雷で,家が焼失していたこ
とに気づいた。
質問
 この売買契約は,有効か,無効か?
 買主(Y)は,代金の支払いを免れうるか?





買主(Y)は,解除をなしうるか?
危険負担の原則に従い,買主(Y)は,代金の支払いを拒絶しうる
か?
買主(Y)は,転売利益の賠償を請求できるか?
12
原始的不能の契約は
無効か,債務不履行か?

ドイツ民法 306条


ヨーロッパ契約法原則 4:102条:原始的不能


不能の給付を目的とする契約は無効とする。
契約締結時に引き受けられた債務の履行が不能であるという理
由だけでは契約は無効とはならない。また,当事者の一方が,契
約に関する財産の処分権限を有しないという理由だけでも契約は
無効とはならない。
UNIDROIT原則 Article 3.3 - 原始的不能

(1) 契約締結時に,債務の履行が不能であるという事実だけで
は,契約の有効性を妨げることはできない。
(2) 契約締結時に,当事者の一方が契約に関する財産の処分
権限を有しないという事実だけでは,契約の有効性を妨げること
はできない。
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原始的不能を無効
とするドイツ民法の改正
ドイツ民法
原始的
不能
後発的
不能
ドイツ債務法改正案
全部 無効
・原始的不能と後発的不
能の区別を廃止
一部 担保責任
・原始的不能でも契約は
危険負担(滅失) 有効
全部
・危険負担の制度も廃止
履行不能
・すべて,債務不履行
危険負担(毀損) (担保責任を含む)の問
一部
不完全履行
題として扱う
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わが国における債務不履行
責任と担保責任との関係
不履行
の態様
要件
遅滞
不能
不完全
効果
履行遅滞(遅延損害・解除)
帰責事由なし 危険負担(債務の消滅)
帰責事由あり 履行不能(填補賠償・解除)
有償契約
担保責任(瑕疵損害・解除)
無償契約
-
15
危険負担に関する
民法の規定(1/3)

第534条〔危険負担-特定物に関する債権者
主義〕


特定物ニ関スル物権ノ設定又ハ移転ヲ以テ双務
契約ノ目的ト為シタル場合ニ於テ其物カ債務者ノ
責ニ帰スヘカラサル事由ニ因リテ滅失又ハ毀損シ
タルトキハ其滅失又ハ毀損ハ債権者ノ負担ニ帰ス
(2)不特定物ニ関スル契約ニ付テハ第401条第2
項ノ規定ニ依リテ其物カ確定シタル時ヨリ前項ノ規
定ヲ適用ス
16
危険負担に関する
民法の規定(2/3)

第535条〔停止条件付双務契約における
危険負担〕



前条ノ規定ハ停止条件附双務契約ノ目的物カ
条件ノ成否未定ノ間ニ於テ滅失シタル場合ニ
ハ之ヲ適用セス
(2)物カ債務者ノ責ニ帰スヘカラサル事由ニ因
リテ毀損シタルトキハ其毀損ハ債権者ノ負担
ニ帰ス
(3)物カ債務者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ毀
損シタルトキハ債権者ハ条件成就ノ場合ニ於
テ其選択ニ従ヒ契約ノ履行又ハ其解除ヲ請求
スルコトヲ得但損害賠償ノ請求ヲ妨ケス
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危険負担に関する
民法の規定(3/3)

第536条〔危険負担-債務者主義の原則〕


前二条ニ掲ケタル場合ヲ除ク外当事者双方ノ
責ニ帰スヘカラサル事由ニ因リテ債務ヲ履行
スルコト能ハサルニ至リタルトキハ債務者ハ
反対給付ヲ受クル権利ヲ有セス
(2)債権者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ履行ヲ
為スコト能ハサルニ至リタルトキハ債務者ハ
反対給付ヲ受クル権利ヲ失ハス但自己ノ債務
ヲ免レタルニ因リテ利益ヲ得タルトキハ之ヲ債
権者ニ償還スルコトヲ要ス
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危険負担の規定の
問題点

明らかな立法過誤



民法535条3項→債務者に帰責事由がある場合(債務
不履行)を危険負担の問題として規定
民法535条2項→滅失と毀損との間で効果に差異
立法政策上の判断ミス



債権者主義(民法534条)の実質的な原則化
保険の有無等を無視し,所有権の移転の時期を中心
にして危険の移転を判断
このため,実務では,契約によって債権者主義を排斥
19
契約による債権者主義
の排斥

土地建物売買契約書

第9条(危険負担)


本契約締結後、第4条による本件土地建物の引渡しの完了前に、
売主又は買主のいずれかの故意又は過失によらないで本件土地
建物の全部又は一部が火災、流出、陥没その他により滅失又は
毀損したとき、又は公用徴収、建築制限、道路編入等の負担が課
せられたときは、その損失は全て売主の負担とし、買主は売主に
対して売買代金の減額又は原状回復のために生ずる損害の賠償
を請求することができるものとする。
2 前項に定める滅失又は毀損により買主が本契約締結の目的が
達することができないときは、買主はその旨を売主に書面でもって
通告することにより本契約を解除することができるものとし、この場
合、売主はすでに受取った手附金を全額買主に返還するものとす
る。
20
土地建物売買契約書にお
ける所有権移転の時期

第6条(所有権の移転)


本件土地建物の所有権は、第4条の売買代金の支払
いが完了した時に、買主に移転するものとする。
2 本件土地建物に付属する樹木、庭石、門、へい及
び建物の造作に対する所有権は全て本件土地建物
の所有権の移転と同時に買主に帰属するものとし、
売主は、本契約締結時の現状のまま、本件土地建物
とともに、買主に引渡すものとする。
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従来の考え方の見直し
ドイツ民法
原始的
不能
後発的
不能
ドイツ債務法改正案
・視点を契約締結時から
履行時に移動
一部 担保責任
・原始的不能と後発的不
危険負担(滅失) 能の区別を廃止
全部
・原始的不能でも契約は
履行不能
有効(不履行)
危険負担(毀損)
・危険負担の制度も廃
一部
不完全履行
止
全部 無効→不履行
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債務不履行責任と
担保責任との関係
態様
遅滞
不能
要件
免責事由なし
契約目的不達成
効果
遅延損害の賠償
解除
免責事由なし
=契約目的不達成
填補賠償
解除
免責事由なし
不完全
有償契約 相当な理由あり
契約目的不達成
無償契約
瑕疵損害の賠償
修補・減額請求
解除・代物請求
-
23
担保責任,瑕疵担保責任
とは何か

売主の担保責任


売主の保証責任という意味である。売主は,何を保証しているか
というと,売買目的物が契約に適合している(権利の瑕疵も物の
瑕疵もない)ということである。もしも,商品が通常の用法に適し
ていない場合には,売主は保証責任を負わなければならない
(代金を返す,損害を賠償するなど) 。
売主の担保責任と保証書との関係


保証書は,メーカーが、一定期間、商品が通常の用法に適したも
のであることを保証するものである。すなわち,保証書とは,メー
カーの「明示の担保責任」に他ならない。
保証書の特色は,責任主体が,売主ではなく,メーカーであるこ
と,責任を商品の取り替えと修補にほぼ限定していること,保証
期間が,買主が商品を購入した時点からの一定期間に限定して
いる点にある。
24
国内向けと海外向けの
保証書の比較

(a) カメラの保証書の文言(国内向け)


本製品が万一故障した場合は、ご購入日から満1年
間無料修補を致します。
(b) カメラの保証書の文言(海外向け)


本製品は、購入の日から1年間、品質の瑕疵に対して
M(株)が担保責任を負います。但し、この担保責任は、
修理・調整に限定させていただきます。
(This M's product is warranted by M. Co., Ltd. for
a period of one year from the date of purchase
against defects in workmanship and materials.
This warranty shall be limited to the repair and/or
adjustment.)
25
強制履行 (1/6)

第414条〔強制履行〕


(1)債務者カ任意ニ債務ノ履行ヲ為サ
サルトキハ債権者ハ其強制履行ヲ裁
判所ニ請求スルコトヲ得但債務ノ性質
カ之ヲ許ササルトキハ此限ニ在ラス
第419条〔金銭債務の特則〕


(1)金銭ヲ目的トスル債務ノ不履行ニ
付テハ其損害賠償ノ額ハ法定利率ニ
依リテ之ヲ定ム但約定利率カ法定利
率ニ超ユルトキハ約定利率ニ依ル
(2)前項ノ損害賠償ニ付テハ債権者ハ
損害ノ証明ヲ為スコトヲ要セス又債務
者ハ不可抗力ヲ以テ抗弁ト為スコトヲ
得ス

UNIDROIT 商事契
約法原則

第7章 不履行


第2節 履行請求権
Art. 7.2.1 -金銭債
務の履行

金銭の支払を義務づ
けられている当事者
が、これを行なわない
場合、相手方は支払
いを請求することがで
きる。
26
強制履行 (2/6)

第414条〔強制履行〕




(2)債務ノ性質カ強制履
行ヲ許ササル場合ニ於テ
其債務カ作為ヲ目的トス
ルトキハ債権者ハ債務者
ノ費用ヲ以テ第三者ニ之
ヲ為サシムルコトヲ裁判
所ニ請求スルコトヲ得但
法律行為ヲ目的トスル債
務ニ付テハ裁判ヲ以テ債
務者ノ意思表示ニ代フル
コトヲ得
(3)不作為ヲ目的トスル債
務ニ付テハ債務者ノ費用
ヲ以テ其為シタルモノヲ
除却シ且将来ノ為メ適当
ノ処分ヲ為スコトヲ請求ス
ルコトヲ得
(4)前三項ノ規定ハ損害
賠償ノ請求ヲ妨ケス
UNIDROIT Art.7.2.2 - 非金銭債務の履行


金銭の支払以外の債務を負担している当事者が履行
しない場合、相手方は履行を請求できる。
ただし、以下の各号に該当する場合はこの限りでない。





(a) 履行が法律上、または、事実上不可能であるとき
(b) 履行、または、執行が問題となるときは、執行が、
不相当に困難であるか、または、費用のかかるものであ
るとき
(c) 履行請求権を有する当事者が、他から履行を得る
ことが可能であり、相当であるとき
(d) 履行が全く個人的な性質のものであるとき
(e) 履行請求権を有する当事者が、不履行を知った時、
もしくは、不履行を知ったはずの時から相当な期間内に
履行請求をしないとき
27
強制履行 (3/6)

例題




AはBに特別の価値があるわけではない普通のタイプ
の椅子を売る契約をした。
ところがAは,その椅子の引渡を拒絶し,Bは同じ椅子
を他の店から何の不都合もなく手に入れることができ
るということを証明した。
この場合,BはAにその椅子を引き渡すことを請求でき
るか。
ヨーロッパ契約法原則は,この場合,履行を請求
できないとした。
28
強制履行 (4/6)

契約が有効に成立しても,履行が必ずしも認められると
は限らないという考え方は,見方によっては,新たな発想
を提供してくれる。



有効な契約でも,例えば,履行が不能であれば履行は請求でき
ないというのであれば,原始的不能=契約無効というドグマにと
らわれることもなくなる。
原始的不能=契約無効のドグマは,「有効な契約は常に履行が
請求できる→履行が請求できない契約は無効である」という図式
の上に成り立っているからである。
有効な契約といえども,履行が不可能の場合,執行が困
難である場合,代替取引が容易である場合等には,履行
は請求できないという英米法に由来する法理を認めるこ
とができれば,原始的不能の契約も有効な(解除可能
な)契約と考えることが可能である。
29
強制履行 (5/6)



確かに,物の個性が非常に強い「非代替物」については,
直接強制を認めざるをえないであろう。
しかし,代替性のある物の引渡債務の場合に,強制履行
にこだわるよりも,損害賠償債務に転化すると割り切る,
すなわち,不履行となった契約を解除して,第三者から
代替物の引渡を得る新たな契約を締結し,余分にかかっ
た費用を不履行債務者から損害賠償(金銭執行)の形で
回収するという考え方の方が,代替執行の手間が省ける
だけ,効率的である。
このように考えると,わが国の解釈論としても,直接強制
になじむ債務とは,物の「引渡債務」のうち,「金銭債務」
と「非代替物の引渡債務」と考えるのが合理的なのかもし
れない。
30
強制履行 (6/6)

第634条〔請負人の担保
責任〕


(1)仕事ノ目的物ニ瑕疵ア
ルトキハ注文者ハ請負人
ニ対シ相当ノ期限ヲ定メテ
其瑕疵ノ修補ヲ請求スルコ
トヲ得
但瑕疵カ重要ナラサル場
合ニ於テ其修補カ過分ノ費
用ヲ要スルトキハ此限ニ在
ラス

UNIDROIT Art. 7.2.3
- 不完全な履行の修補及
び取り替え

履行請求権には、適切な
場合に限り、不完全な履行
に対する修補、取り替え、
または、不履行を治癒を請
求する権利が含まれる。そ
れらの権利については、
7.2.1条、7.2.2条の規定が
準用される。
31
契約解除の要件(1/3)

第542条〔定期行為の解除権〕


契約ノ性質又ハ当事者ノ意思表示ニ依リ一定ノ
日時又ハ一定ノ期間内ニ履行ヲ為スニ非サレハ
契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハサル場合
ニ於テ当事者ノ一方カ履行ヲ為サスシテ其時期
ヲ経過シタルトキハ相手方ハ前条ノ催告ヲ為サ
スシテ直チニ其契約ノ解除ヲ為スコトヲ得
第566条〔売主の担保責任〕

(1)売買ノ目的物カ地上権,永小作権,地役権,
留置権又ハ質権ノ目的タル場合ニ於テ買主カ之
ヲ知ラサリシトキハ之カ為メニ契約ヲ為シタル目
的ヲ達スルコト能ハサル場合ニ限リ買主ハ契約
ノ解除ヲ為スコトヲ得其他ノ場合ニ於テハ損害賠
償ノ請求ノミヲ為スコトヲ得

Article 7.3.1 契約を解除する
権利

(1) 当事者は、
相手方の契約
上の債務の不
履行が、重大な
不履行にまで
達した場合、そ
の契約を解除
することができ
る。
32
契約解除の要件 (2/3)

UNIDROIT Article 7.3.1 - 契約を解除する権利
 (2)債務の不履行が「重大な不履行」にまで達したか
否かを決定するに際しては、特に、以下の事由が考慮
されるべきである。




(a) 債権者が当該契約の下で期待できるものが、不履行に
よって実質的に奪われることになるかどうか。ただし、相手方
が、そのような結果を予見せず、かつ、そのような結果を予見
し得なかったことが相当である場合にはこの限りでない。
(b) 不履行当事者が、履行されなかった債務を厳格に遵守
することが、当該契約の下で重要な要素となっていたかどう
か
(d) 債権者が、不履行当事者の将来の履行は当てにできな
いと信じる根拠が、不履行によってもたらされているかどうか
(e) 不履行当事者は、契約が解除されるとすると、履行の準
備をしたことによって、または、履行をしたことによって、不釣
り合いなほどの損失を被ることになるかどうか
33
契約解除の要件(3/3)

第541条〔履行
遅滞による解
除権〕

当事者ノ一
方カ其債務
ヲ履行セサ
ルトキハ相
手方ハ相当
ノ期間ヲ定
メテ其履行
ヲ催告シ若
シ其期間内
ニ履行ナキ
トキハ契約
ノ解除ヲ為
スコトヲ得


Article 7.3.1 - 契約を解除する権利

(3) 履行遅滞の場合には、第7.1.5条の下で認
められた付加期間満了までに、不履行当事者が
履行しない場合には、債権者は契約を解除する
ことができる。
UNIDROIT Art. 7.1.5 - 履行のための付加
期間

重大とはいえない履行遅滞の場合に、債権者が
相当な長さの付加期間を認める旨通知したとき
は、債権者は、その期間満了時に契約を解除す
ることができる。認められた付加期間の長さが相
当なものでないときには、それは、相当な長さに
まで延長される。債権者は、その付加期間を認め
る通知において、相手方が通知により認められ
た期間内に履行しない場合には契約が自動的に
解除される旨を定めることができる。
34
売主の担保責任

権利の瑕疵(561条~569条)








561-562条 他人物売買
563-564条 権利の一部が他人に属する場合
565条 数量不足・物の一部滅失の場合
566条 用益的権利・留置権・質権がある場合
567条 担保物権がある場合の担保責任
568条 強制競売の場合
569条 債権売買の場合
物の瑕疵(570条~572条)
35
目的物が一部滅失した
場合の担保責任

第563条〔権利の一部が他人に属する場合の担保責任〕




第564条〔前条の権利行使の期間〕


売買ノ目的タル権利ノ一部カ他人ニ属スルニ因リ売主カ之ヲ買主ニ移
転スルコト能ハサルトキハ買主ハ其足ラサル部分ノ割合ニ応シテ代金ノ
減額ヲ請求スルコトヲ得
②前項ノ場合ニ於テ残存スル部分ノミナレハ買主カ之ヲ買受ケサルヘカ
リシトキハ善意ノ買主ハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得
③代金減額ノ請求又ハ契約ノ解除ハ善意ノ買主カ損害賠償ノ請求ヲ為
スコトヲ妨ケス
前条ニ定メタル権利ハ買主カ善意ナリシトキハ事実ヲ知リタル時ヨリ悪
意ナリシトキハ契約ノ時ヨリ一年内ニ之ヲ行使スルコトヲ要ス
第565条〔数量不足・物の一部滅失の場合の担保責任〕

数量ヲ指示シテ売買シタル物カ不足ナル場合及ヒ物ノ一部カ契約ノ当
時既ニ滅失シタル場合ニ於テ買主カ其不足又ハ滅失ヲ知ラサリシトキ
ハ前2条ノ規定ヲ準用ス
36
目的物に瑕疵がある
場合の担保責任

第566条〔用益的権利・留置権・質権がある場合の担保
責任〕




売買ノ目的物カ地上権、永小作権、地役権、留置権又ハ質権ノ目的タ
ル場合ニ於テ買主カ之ヲ知ラサリシトキハ之カ為メニ契約ヲ為シタル
目的ヲ達スルコト能ハサル場合ニ限リ買主ハ契約ノ解除ヲ為スコトヲ
得其他ノ場合ニ於テハ損害賠償ノ請求ノミヲ為スコトヲ得
②前項ノ規定ハ売買ノ目的タル不動産ノ為メニ存セリト称セシ地役権
カ存セサリシトキ及ヒ其不動産ニ付キ登記シタル賃貸借アリタル場合
ニ之ヲ準用ス
③前2項ノ場合ニ於テ契約ノ解除又ハ損害賠償ノ請求ハ買主カ事実ヲ
知リタル時ヨリ一年内ニ之ヲ為スコトヲ要ス
第570条〔瑕疵担保責任〕

売買ノ目的物ニ隠レタル瑕疵アリタルトキハ第566条ノ規定ヲ準用ス
但強制競売ノ場合ハ此限ニ在ラス
37
担保責任の免責条項
の効力(民法)

民法572条〔担保責任免除の特約〕

売主ハ前12条ニ定メタル担保ノ責任ヲ負
ハサル旨ヲ特約シタルトキト雖モ其知リテ
告ケサリシ事実及ヒ自ラ第三者ノ為メニ設
定シ又ハ之ニ譲渡シタル権利ニ付テハ其
責ヲ免ルルコトヲ得ス
38
担保責任の免責条項の
効力(消費者契約法)

消費者契約法8条(事業者の損害賠償の責任を免除
する条項の無効)

(1)次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。


五 消費者契約が有償契約である場合において、当該消費者契約
の目的物に隠れた瑕疵があるとき(当該消費者契約が請負契約で
ある場合には、当該消費者契約の仕事の目的物に瑕疵があるとき。
次項において同じ。)に、当該瑕疵により消費者に生じた損害を賠
償する事業者の責任の全部を免除する条項
(2)前項第五号に掲げる条項については、次に掲げる場合
に該当するときは、同項の規定は、適用しない。

一 当該消費者契約において、当該消費者契約の目的物に隠れた
瑕疵があるときに、当該事業者が瑕疵のない物をもってこれに代え
る責任又は当該瑕疵を修補する責任を負うこととされている場合
39
解除の効果 (1/2)

Article 7.3.5 - 解除の一般的効果



(1) 契約の解除は、将来の履行を実現し、
または、受領すべき両当事者の債務から、
両当事者を解放する。
(2) 契約の解除は、不履行に基づく損害賠償の
請求を妨げない。
(3) 契約の解除は、紛争解決のための契約条項、
または、解除後であっても適用されるべきその他
の契約条項には、影響を及ぼさない。
40
解除の効果 (2/2)

Article 7.3.6 - 原状回復


(1) 契約の解除によって、各当事者は、自己が提供した
ものを返還するよう相手方に請求することができる。同
時に、各当事者は、自己が受領したものを相手方に返
還することを要する。このような返還が不可能、または、
不適切である場合には、見合う額の返還は、それが相
当であるときは、金銭によってなされるべきである。
(2) 前項の規定にかかわらず、契約の履行が一定期間
にわたり、かつ、契約が分割可能な場合には、そのよう
な返還は、解除の効力が生じた後の期間についてしか
請求することができない。
41
損害賠償の要件

Article 7.4.1 - 損害賠償請求権

不履行によって損害を被った当事者は,
この原則によって免責される場合を除
いて,排他的,または,他の救済ととも
に,損害賠償請求権を有する。
42
損害賠償の種類

財産的損害と精神的損害


精神的損害が債務不履行の場合にも賠償の範囲に含まれるか
どうか。民法412条以下には,不法行為における710条に対応す
る規定が掛けているが,学説・判例(最判昭54・11・13判タ402号
64頁)ともに慰謝料を認める傾向にある。
積極損害と消極損害(逸失利益)


逸失利益とは、もし事故がなければ、被害者が将来にわたって
得たことが確実であるが、実際には、事故によってその機会を奪
われた利益のことである。
しかし、加害者の破産や死亡等の危険から被害者を保護するた
めに、わが国では、逸失利益は、一括して賠償請求することが認
められている。ただし、将来の利益を現在一括して請求できるの
であるから、将来の利益を現在の価値に換算して請求しなけれ
ばならない。将来の価値を現在の価値に換算する手続きは、中
間利息の控除手続きと呼ばれており、ライプニッツ式、ホフマン
式という二方式が一般に使われている。
43
信頼利益と履行利益

信頼利益(Vertrauensinteresse)と履行利益
(Erfuellungsinteresse)



信頼利益の損害賠償とは,不履行当事者が,相手方を,契
約の締結をしていなかったならば相手方が置かれたのと同じ
状態に置くように,損害賠償をすることである。
これに対して,履行利益の損害賠償とは,不履行当事者が,
相手方を,契約が適切に履行されていたのと同じ状態に置く
ように,損害賠償をすることである。
信頼利益の損害賠償の基準点は,契約締結時であって,履
行利益が含まれることはありえないが,履行利益の損害賠
償の基準点は履行期であるため,転売利益の賠償が含まれ
ることがありうる。
44
損害賠償の効果

Article 7.4.2 - 完全な賠償


(1) 被害を受けた当事者は、不履行の結果とし
て被った侵害の完全な賠償を請求する権利を有
する。そうした侵害には、当事者の被った損失、
および、当事者から奪われた利益の双方が含ま
れる。ただし、それによって当事者が費用、およ
び、侵害を免れた結果から生じる利益が考慮さ
れる。
(2) 前項の侵害には、非金銭侵害、例えば、身体的、ま
たは、感情的苦痛が含まれる。
45
因果関係に関する問題

事実的因果関係に関する問題

問題1


事実的因果関係の判定に使われている「あれなければこれ
なし(sine qua non)」の本質に迫る問題
相当因果関係に関する問題

問題2


事実的因果関係と相当因果関係の違いを明らかにする問題
問題3

相当因果関係と民法416条との関係を理解する問題
46
問題1
事実的因果関係


事実的因果関係については,「あれなければこれなし」
(sine qua non)というテストを通じて,因果関係があるか
どうかが判断される。
問題1: 次のうち,事実的因果関係のテストとして正しい
ものを選びなさい(複数回答も可)。



(a)「風が吹けば桶屋が儲かる」という命題は,事実的因果関係
の一例を示している。
(b)「火のないところに煙は出ない」という命題は,煙の原因が火
であるという事実的因果関係の一例を示している。
(c)スモン病の原因として,キノホルム剤とウィルスとの両者が疑
われたが,キノホルム剤の販売が停止されてからスモン病は発
症していないことから,キノホルム剤とスモン病との間に因果関
係があることが判明したというのは,事実的な因果関係の一例で
ある。
47
問題1の解説(1/3)
事実的因果関係のテスト

事実的因果関係を判定するための用いられる
「あれなければこれなし(sine qua non)」のテス
トとは,

原因と考えられる事象aを取り除いたときに,結果bが
起こるかどうかを仮定してみて,




結果bが起こらなければ,aは結果bの原因である,すなわち,
aとbとの間には因果関係があると考え,
結果bが起これば,aは,結果bの原因ではない,すなわち,a
とbとの間には因果関係はないと考える
という推論のことをいう。
法律上は,因果関係の有無の判定に際して,最
初に用いられるテストであるが,必ずしも正確な
推論ではないことに留意する必要がある。
48
問題1の解説(2/3)
sine qua nonの問題点



aからbが発生するかどう
か」を知るのに,「¬aの場
合¬bとなるかどうか(sine
qua non)」でテストすると
いうやり方は,論理学上は,
「逆・裏」の論理を使うもの
であり,正確には,元の命
題と等値ではない。
この命題が正しくなるのは,
aのみからbが発生する場
合(a⇔b)だけである。
a以外の原因からもbが起
こりうる場合,例えば,共
同不法行為の場合には,
このテストを利用すること
は,危険である。
a → b
裏
¬a → ¬b
逆
対偶
逆
b → a
裏
¬b → ¬a
49
問題1の解説(3/3)
結論




風が吹けば桶屋が儲かるという命題は,a → bという命題そのもので
あって,裏命題を使ったsine qua non のテストは含まれていない。
「火から煙が出る」という命題の裏命題は,「火がなければ煙は出な
い」という命題である。つまり,「火のないところに煙が出ない」という命
題は,「煙の原因が火である」ことを示すためのsine qua nonのテスト
の適用ということができる。
確かに,形式的に見ると,「火のないところに煙は出ない」は,「煙が出
れば火がある」の対偶であって,裏命題ではない。しかし,元命題を,
「火から煙が出る」であると考えれば,「火のないところに煙はでない」
は,この命題の裏命題と考えることができ,sine qua nonのテストに該
当するといえる。
スモン病の場合については,キノホルムが服用されなくなって以来,ス
モン病の発症がなくなったというのであるから,キノホルム剤の服用と
スモン病の発症との間には,事実的因果関係があることになる。
50
問題2
相当因果関係(1)



事実的因果関係を「あれなければこれなし」というテストで認
めると,因果関係の範囲が広がりすぎるとして,事実的因果
関係のうち,法的な因果関係として相当なものだけに制限し
ようとする考えが提唱された。
それが,ドイツのクリース(J. von Kries)によって提唱された
相当因果関係説である。
問題2: 事実的因果関係と相当因果関係との違いを説明する
ものとして適切な例は,次のうちのどれか(複数回答も可)。



(a)夫婦が子供をもうけたところ,その子供が,15年後に殺人を行っ
た場合。
(b)御者が不注意で,右側の道を間違えて左に行ったため,馬車に雷
が落ちて乗客が死亡した場合。
(c)機長が操縦を誤って,空路をはずれ,国交関係のない他国の領空
を侵犯したため,その航空機が攻撃され, 乗員乗客が全員死亡した場
合。
51
問題2の解説(1/3)




(a)の例は,ドイツの刑法の教科書で取り上げられる典
型的な例であり,「あれなければこれなし」のテストを行っ
てみると,事実的因果関係があることになる。
しかし,殺人という犯罪の発生の確率は,子供の出生率
の増減とは,統計上も相関関係がないため,子をもうけ
ることは,殺人犯の増加に寄与するわけではない。
したがって,子をもけることと,その子が殺人を行うことと
の間には,相当因果関係はないとされている。
結論として,(a)の例は,事実的因果関係と相当因果関
係とが異なる例として適切であるといえる。
52
問題2の解説(2/3)




(b)の例は,相当因果関係の提唱者であるクリースが取
り上げた有名な事例である。この場合も,(a)の場合と同
様に,「あれなければこれなし」のテストを行ってみると,
事実的因果関係があることになる。
しかし,通常の気象の下では,右の道を行っても,左の
道を行っても,落雷の確率は同等であるから,御者が左
の道を選択したことは,落雷の確率を増やすことに寄与
していない。
したがって,御者が誤って左の道を選択したことと,落雷
との間には,相当因果関係はないとされる。
結論として,(b)の例も,事実的因果関係と相当因果関
係とが異なる例として適切であるといえる。
53
問題2の解説(3/3)




(c)の例は,クリースが挙げた馬車の御者のミスの例を
航空機の機長のミスへと応用した事例である。この場合
も,「あれなければこれなし」のテストを行ってみると,事
実的因果関係があることになる。
しかも,無断で国交関係のない他国の領空を侵犯した場
合には,航空機が攻撃される蓋然性が一般に高められ
るといえよう。
したがって,機長が誤って空路を外れ,国交関係のない
他国の領空を侵犯したことと,航空機が攻撃されて乗員
乗客ともに死亡したことには,相当因果関係があるとい
えよう。
結論として,(c)の事例は,事実的因果関係と相当因果
関係とが異なる例としては,適切でないことになる。
54
問題3
相当因果関係(2)


運転手が交通事故を起こして他人を骨折させたため,被害者を病院
に運んだところ,その病院の医師の医療ミスで,そのけが人が死亡
した場合について。
以下の事情があるとき,運転手の行為(交通事故)と被害者の死亡
との間に相当因果関係の有無について,以下の問いに答えなさい。

(1)運んだ病院が,たびたび医療事故を起こしていることを運転手が
知っていた場合。


(c)相当因果関係がある
(d)相当因果関係がない
(3)運んだ病院が,たびたび医療事故を起こしていることは,専門家だ
けが知っており,世間の人は知らなかった場合。


(b)相当因果関係がない
(2)運んだ病院がたびたび医療事故起こしていることを運転手は知らな
かったが,病院の評判を聞けば,そのことがわかる場合。


(a)相当因果関係がある
(e)相当因果関係がある
(f)相当因果関係がない
(4)運んだ病院は,設備もよく,その地域では,最も優秀な病院であって,
これまで,医療事故を起こしたことがなかった場合。

(g)相当因果関係がある
(h)相当因果関係がない
55
問題3の解説(1/3)
相当因果関係説による説明
通常事
相当 通 情によ
因果 常 る損害
関係 損
あり 害 特別事
情によ
る損害
相当
因果
関係
なし
損害賠償請求に,予
見可能性は不要
(民法416条1項)
損害賠償請求には,
予見可能性が必要
(民法416条2項)
特
別 損害賠償請求は,常に,認めら
損 れない
害
英米の判例の法理
Hadley v.Baxendale(1854)
通常
損害
損害賠償請求に,予
見可能性は不要
(民法416条1項)
特別
損害
損害賠償請求に,予
見可能性が必要
(民法416条2項)
56
問題3の解説(2/3)



運転手が引き起こした交通事故によって被害者が骨折
事故を被らなければ,病院の医療過誤によって死亡する
ことはなかったのであるから,運転手の過失行為と被害
者の死亡との間には,事実的因果関係があることになる。
骨折した患者を病院に運ぶことによって患者の死亡の確
率が増加するかどうかは,病院の施設・医師の資質等の
病院の状況に依存する。
まず,(4)の場合のように,設備もよく,医師等のスタッフ
の資質の高い病院に運んだ場合には,患者が死亡する
蓋然性は高くならないので,予期できない偶然の事故で
あって,相当因果関係はないと考えてよい。
57
問題3の解説(3/3)




次に,設備が悪く,医師等のスタッフの資質が低い病院
に運んだ場合には,患者が死亡する蓋然性が高くなる場
合もあろう。
その場合,債務者である運転者がそのような病院の状況
を把握することが予見できたかどうかが,相当因果関係
があるかどうかの決定要因となる。
(1)の場合のように,運転手が病院の事情を知っていた
か,(2)の場合のように,過失によって知らない場合には,
相当因果関係が肯定される。
しかし,(3)の場合のように,運転手が病院の状況を知ら
ないことに全く過失がない場合には,相当因果関係が否
定されることになる。
58
新司法試験
について
59