言語教育研究における ダイアリー・スタディー ―その方法論と日本語教育における実践― 発表者:東京外国語大学大学院博士前期課程2年 和田沙江香 1. 本研究の目的 言語教育研究における質的研究方法である ダイアリー・スタディーの先行研究をまとめ る。 ダイアリー・スタディーの方法論と日本語教 育における実践について報告する。 2. ダイアリー・スタディーの定義 <先行研究における定義> “A diary study is a first-person account of a language learning or teaching experience, documented through regular, candid entries in a personal journal and then analyzed for recurring patterns or salient events”(Bailey,1990) 「ダイアリー・スタディーとは、個人の日誌に定期的で率直な記 述を通して記録され、そして、その中に表れる繰り返されるパ ターンや突出した出来事について分析された、第二言語学習 または教授経験についての第一人称による報告である」(筆 者訳) ダイアリー・スタディーの定義 <本研究における定義> 「ダイアリー・スタディーとは、第二言語学習 または教授経験について定期的、率直に記 述された第一人称による記録であるダイア リーを、特定の視点を定めて分析する研究 方法である」 3. ダイアリー・スタディーの特徴と方法 ダイアリー・スタディーとは創造的研究であり、 研究が繰り返されるにつれ、多くの仮説が 出てくるもので、その本質は内省的である。 (Bailey and Ochsner,1983) (資料1) 【ダイアリー・スタディーの利点】 1)実施が容易である(Hopkins ,2002) 2)出来事の継続した記録になる(Hopkins ,2002) 3)質的研究方法として優れている(Bailey and Ochsner,1983) 4)書くこと自体が重要な機能を持つ 【ダイアリー・スタディーの問題点】 1)データ収集における問題 1-1)時間がかかる 1-2)継続が難しい →ダイアリーを書くことの意義を十分に理解す れば、継続が可能である。 1-3)特定のデータ収集には不十分 →他の方法によるデータ収集と組み合わせる ことも可能である。 【ダイアリー・スタディーの問題点】 2)分析における問題 2-1)分析が非常に主観的になる →他の手法では見えてこない深い洞察が可能 であることを重視する必要があり、他の研究 による主観の裏付けによってその信頼性を 高めることができる。 2-2)研究者によって質が様々 →質が様々であっても、結果の多様性がこの 研究の利点でもある。 【ダイアリーを書く際の注意点】 1)感じたこと、思ったことを素直に、率直に書く 2)面倒な雑用、時間の無駄と思わず、ダイア リーを書く時間をもうける 3)できる限り、授業後すぐ書く(その日のうち に書く) 4)文体や文法、構成などは気にせず、記憶が 鮮明なうちに書くということを心がける 5)継続して書く 【ダイアリー・スタディーを行う際の注意点】 1)研究対象の背景をまとめる際に必要なこと 2)ダイアリーの書き方をまとめる際に必要なこ と 3)ダイアリー(データ)の編集における注意点 4)分析における注意点 4. 日本語教育における ダイアリー・スタディーの実証的研究 1)下平(1994)の研究 教師としての自身のダイアリーを、記述の表現に 注目して分析し、自己の考えや行動を違う視点から 見ること、自分では意識していなかった部分に焦点 を当てることを試みた。 2)木谷・簗島(2005)の研究 ノンネイティブ現職日本語教師のための大学院修 士課程の科目で学生が書いたダイアリーを、記述 からキーセンテンスを抜き出して分類して分析し、 その意識変化について考察した。 5. ダイアリー・スタディーによる 研究の実践 オーストラリア・ニュージーランドで日本語 教育に携わる日本語母語話者アシスタント のダイアリー・スタディー 研究設問 1)日本語母語話者アシスタントは、アシスタン ト活動においてどのような問題に直面し、対 応しているか、またその効果はどのようなも のか 2)日本語母語話者アシスタントは、学習援助 者としてどのように変化していくか 分析対象 1)2003年3、5月~9、12月に、オーストラリ ア、ニュージーランドで日本語母語話者アシ スタントをしていた5名と筆者が、アシスタン トを派遣した会社に提出していたマンスリー レポート (資料2) 2)2003年5月~12月に、日本語母語話者ア シスタントとして授業ごとに書いた筆者のダ イアリー 分析・考察の手順 1)データの電子化 2)データの編集 3)マンスリーレポートの記述者の背景をまとめる。 4)研究設問に従ってマンスリーレポートを読み直し、分析、考察 を行う。(分析方法参照) 5)分析結果、考察をもとにマンスリーレポートの記述者にメール によるフォローアップインタビューを行う。 6)分析結果と関連のある先行研究を探し、裏付けをする。 7)マンスリーレポートから得られた結果をもとに特定の問題に 焦点を当て、授業ごとに書いた自分のダイアリーを分析し、 自己のダイアリー・スタディーを行う。(本稿では割愛) マンスリーレポートの分析方法 1)それぞれのマンスリーレポートの記述から、「アシスタントが直面す る問題」「問題への対応、あるいは問題の解決につながること等」 「対応の効果、あるいは問題に対する結果」に関することが述べら れている部分を抽出する。 (資料3) 2)記述を抽出した際分類された「①正規教師との関わり、②生徒との 関わり、③日本語・日本文化の教え方、④授業運営」の4つのカテ ゴリーに関連する記述を全て抽出する。 (資料4) 3)抽出、分類した記述を表現に注目して、「問題」、「対応等」、「効果や 結果」、「その他関連する記述」の4つに分類する。 4)4つのカテゴリー内で、全体に関わる記述、特定のクラスや出来事に ついての記述があるため、それをさらに分類する。 5)分類した記述を問題ごとに時系列で整理し、図式化する。 (資料5) 6)直面する問題や問題への対応、その効果や結果等についてアシス タントごとに考察する。 7)6)に関して、分類ごとにアシスタント間で共通する点について考察 する。 6. まとめ ダイアリー・スタディーは研究者によって様々なアプ ローチがあり、結果も多様である。ダイアリー・スタ ディーを行う際には、ダイアリーの記述者と研究者 の背景を明示し、分析における主観に信頼性をも たせる必要がある。 研究設問を明らかにするためにどのような分析を 行うのがよいかを、研究を進める上で十分検討す るというプロセスが重要である。 <参考文献> Bailey, K. M. 1990. The use of diary studies in teacher education programs. In Richards, J. C., and Nunan, D.(Eds.) Second Language Teacher Education. 215-226. Cambridge [England]; New York.: Cambridge University Press. Bailey, K. M., and Ochsner, R. 1983. A Methodological Review of the Diary Studies: Windmill Tilting or Social Science? In Bailey, K. M., Long, M. H., and Peck, S.(Eds.) Second Language Acquisition Studies. 188-198. Rowley, Mass.: Newbury House., D. Hopkins, D. 2002. A Teacher's Guide to Classroom Research, Third Edition. Milton Keynes [Buckinghamshire]; Philadelphia: Open University Press. 木谷直之・簗島史恵 2005 学院修士課程におけるノンネイティブ現職日本語教師の意識変化 ―学生のジャーナルの分析を通して― 国際交流基金日本語教育紀要,1,21-36国際交 流基金 坂谷佳子 1996 ダイアリースタディーによるコースの問題発掘の試み―改善の糸口を求め現 場教師が行ったクラスルームリサーチ 日本語教育論集,13,37-56国立国語研究所日本 語教育センター 下平菜穂 1994 教師ダイアリー:自己のダイアリー分析の試み 日本語教育論集,9,1-18国 立国語研究所日本語教育センター 和田沙江香 2007 日本語教育における日本語母語話者アシスタントのダイアリー・スタディー ―オーストラリア・ニュージーランドの初・中等教育機関における日本語母語話者アシスタン トの事例から― 東京外国語大学大学院地域文化研究科平成18年度修士論文
© Copyright 2024 ExpyDoc