『マクロ金融特論』 (5) 一橋大学大学院商学研究科 小川英治 マクロ金融特論2014 1 講義内容 • • • • • • • グローバル・インバランスから世界金融危機 ユーロバブルとその崩壊 世界金融危機から財政収支悪化へ トリガーとしてのギリシャ債務危機 欧州財政危機に対する対応 東アジア通貨への影響 東アジアにおける地域通貨協力 マクロ金融特論2014 2 グローバル・インバランスから世界金融危機へ • グローバル・インバランス=世界的な経常収支不均衡 • アメリカ ①1990年代後半:ITブームによる民間設備投資増 ②2001年~2003年:財政赤字 ③2000年代半ば:住宅投資増 • アジア:貯蓄過剰⇒アメリカ国債購入 • 石油輸出国オイルマネー⇒欧州金融機関⇒アメリカの 住宅投資(サブプライムローンの証券化商品) ⇒アメリカの住宅バブル崩壊が①欧州金融機関のB/Sを 毀損し、②英・アイルランド・スペインの住宅バブル崩壊 マクロ金融特論2014 3 図1:グローバル・インバランス % Global Imbance (current account in terms of 4 3 2 Discrepancy ROW 1 CHN+EMA OCADC DEU+JPN 0 OIL US -1 -2 -3 1996 1997 1998 Data: World Economic 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 マクロ金融特論2014 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 4 EUにおけるインターバンク市場取引 • 世界金融危機時(2008年8月~2008年10月) ⇒サブプライムローン証券化商品の焦げ付き(信用リスク の所在が不明)。 ⇒カウンターパーティ・リスク(信用スプレッドが4.5%へ) が欧州金融機関のドル流動性調達を困難に。 【基軸通貨ドル体制下でのユーロの無力が露呈】 ⇒対応:FRBからECBへ通貨スワップ取極めを通じたドル 流動性供給、そして、ECBから金融機関へのドル流動 性供給 マクロ金融特論2014 5 日本銀行 『経済・物価情勢の動向』 2008年10月 マクロ金融特論2014 6 図2:信用スプレッド(LIBOR(US$)-US TB, 3mos) マクロ金融特論2014 7 ユーロ・バブル • 2006年後半から2008年9月までユーロ-ドル金 利差が拡大。 (背景)ECBのインフレ目標+政策転換の遅れ vs. FRBのサブプライム問題対応の迅速な金利引下 げ ⇒2008年夏までのユーロ高は過大評価(あるいは ファンダメンタルズから乖離したバブル)。 ⇒ユーロの過大評価の調整局面に入るのは必至。 マクロ金融特論2014 8 図3:ユーロの対円・対ドル相場 マクロ金融特論2014 9 図4:ユーロ圏と米国との金利差 マクロ金融特論2014 (データ)ECB 10 ユーロ・バブルの崩壊 • 世界金融危機時(2008年8月~2008年10月) ⇒サブプライムローン証券化商品の焦げ付き(信用リスク の所在が不明)。 ⇒カウンターパーティ・リスク(信用スプレッドが4.5%へ) が欧州金融機関のドル流動性調達を困難に。 【基軸通貨ドル体制下でのユーロの無力が露呈】 ⇒対応:FRBからECBへ通貨スワップ取極めを通じたドル 流動性供給、そして、ECBから金融機関へのドル流動 性供給。 マクロ金融特論2014 11 先進諸国の財政収支悪化 • 世界金融危機 ⇒①金融機関のB/Sの毀損⇒資本注入 ②世界同時不況⇒G20における財政刺激の国際協 調 • 世界各国で財政赤字増大。 • きっかけは、ギリシャ政権交代による財政上 の統計処理の不備(実際の財政赤字拡大)⇒ 財政当局の信認の失墜⇒財政危機 • ソブリン・リスクが他のユーロ圏へ波及 マクロ金融特論2014 12 図5:ユーロ圏諸国の財政赤字(対GDP比) マクロ金融特論2014 13 図6:ユーロ圏諸国の一般政府債務残高(2010年末) Data: Eurtostat マクロ金融特論2014 14 ギリシャの財政危機 • 世界金融危機によって2008年にEU各国の財政赤字が拡大。 ギリシャ:銀行への資本注入50億ユーロ、新規融資への政府 保証150億ユーロ、銀行への流動性供給80億ユーロ⇒総計 280億ユーロ(GDPの12%)の財政負担。EU27カ国で最悪。 • 2009年10月の政権交代(新民主主義党のカラマンリス政権 ⇒全ギリシャ社会主義運動のパパンドレウ政権)をきっかけ に財政に関する統計処理の不備が発覚 財政赤字GDP比(2008年:5% →7.7%、2009年見通し:3.7% → 12.7% → 13.6%) 公的債務GDP比(2009 年末:99.6% → 115.1%) ⇒財政赤字の数字そのものだけではなく、財政当局の信認を 失墜。 マクロ金融特論2014 15 図7:長期金利(10年物国債利回り) 2009年10月ギリシャ政権交代 マクロ金融特論2014 16 財政危機の波及 • 欧州財政危機 ギリシャ(ユーロ圏GDPの2.7%)の財政危機がIIPS (GIIPS:ユーロ圏GDPの35%)への波及の現実化。 • 背景 ①ユーロ圏の財政主権が統合されていないことに起因す るユーロ圏諸国の足並みの乱れが露呈。 ②リスボン条約に規定された「財政移転禁止」が制約。 ドイツ憲法裁判所の合憲性審理によって、2012年7月に予定していた 欧州安定メカニズムESMの設立が遅れている。 • 対応 EUとECBとIMF(トロイカ)による金融支援(+ FRBから ECBへドル流動性供給)。 マクロ金融特論2014 17 財政危機の波及メカニズム (1) 投機家による他の国債価格暴落の予想⇒空売りに よる投機⇒国債価格暴落【自己実現的投機】 (2) 投資家の国際ポートフォリオの中のギリシャ国債の 価格暴落⇒ポートフォリオ調整による他の(財政赤 字の多い)国債の売却⇒国債価格暴落(金利スプ レッド上昇) (3) ギリシャ国債のデフォルト⇒欧州金融機関のB/S悪 化⇒他の(財政赤字の多い)国債の売却⇒国債価格 暴落(金利スプレッド上昇) (4) ギリシャ国債の債務リストラ(ヘアーカット)⇒欧州金 融機関の損失⇒他の(財政赤字の多い)国債の売 却⇒国債価格暴落(金利スプレッド上昇) マクロ金融特論2014 18 欧州財政危機対策の3点セット ①財政危機国の財政再建or財政再建計画 の決定 ⇒財政規律確立とモラルハザード防止によ るソブリン・リスク縮小 ②深刻な財政危機国(ギリシャ)の債務削減 ⇒債務負担削減によるソブリン・リスク縮小 ③EFSF・ECBによる国債買上げ+各国政府 による資本注入 ⇒金融機関へのセイフティネット+金融危機 への発展を抑制マクロ金融特論2014 19 総務省平成24年度官民幹部合同セミナー 財政危機波及の防止策としてのESM • • • • 2012/12/20 リスボン条約第122条第2項に基づいて、自然災害と 同等の「制御できない例外的な事態」に備えるため に欧州金融安定化ファシリティ(EFSF)を設立。しか し、リスボン条約では財政移転禁止のため、リスボ ン条約の改正によって欧州安定メカニズム(ESM) の設立が必要。 ESMの設立を1年前倒しして、2012年7月に設立 を予定したが、ドイツ憲法裁判所にて合憲の判決を 待ったために2012年10月に設立が延期。 EFSFを2013年半ばまで存続させ、2012年10月から 2013年半ばまではESMとEFSFの両者によって財政 危機に対応することとなった。 EFSFやESMから直接に銀行へ資本注入を可能に。 20 マクロ金融特論2014 20 総務省平成24年度官民幹部合同セミナー 財政当局の信認回復のための措置 • 2011年12月8・9日のEU首脳会議 • 経済同盟の強化、とりわけ、「財政安定同盟」 (“Fiscal Stability Union”)に向けた動きに基本 合意 (イギリスとチェコを除く)。 ①財政規律を強化するために新しい財政ルール を含む財政協定(Fiscal Compact) ②セーフティネットとしての欧州安定メカニズム (ESM)の早期設立(2013年7月⇒2012年7月実 際には2012年10月) 21 マクロ金融特論2014 2012/12/20 21 財政安定同盟の下の財政協定 • さしあたり、めざすものは、「財政安定同盟(Fiscal Stability Union)」であって、「財政同盟(Fiscal Union)」ではない。 • 財政規律を強化するために新しい財政ルールを含む財政協 定(Fiscal Compact)につくる。 ①一般政府予算を均衡。 景気変動に影響を受ける循環的赤字を除いた、構造的赤字 についてGDPの0.5%以下。 ②財政ルールを、各国の憲法あるいはそれに相当する法律で 規定。 ③欧州委員会によってある国の財政赤字の上限超過を認めら れたならば即時に、ユーロ圏諸国の反対がないかぎり、自動 的に過剰財政赤字手続きが適用される自動修正メカニズム を導入。 22 マクロ金融特論2014 アジア通貨の反応 • グローバルCOEと経済産業研究所との共同プロ ジェクト:AMUとAMU乖離指標 (http://www.rieti.go.jp/users/amu/index.html) (1) AMU(Asian Monetary Unit):アジア通貨(ASEAN+3(日 中韓))の加重平均値 (2) AMU乖離指標:基準時(2000-2001年)に比較した各国通 貨のアジア通貨における地位 • • • 2008年8月以降、アジア通貨はドル・ユーロに対し て増価 2008年4月以降、アジア通貨はドルに対して減価 2008年7月以降、アジア通貨はユーロに対して増 価 23 マクロ金融特論2014 図8:AMUの対外価値 マクロ金融特論2014 24 アジア各国通貨の非対称的反応 • • • • • • • アジア各国通貨のAMU乖離指標が非対称的反応を示 している。 韓国ウォン:2007年10月末の20%の過大評価から2008 年10月末の27%の過小評価へ。この1年間にアジア通 貨の中で、47%ポイントの減価。 ASEAN5通貨も減価。 円:2007年8月より乱高下しながら増価傾向。 人民元:2008年3月より増価。 2007年8月:多少の減価←サブプライム危機(円キャリー トレード) 2008年9月:大きな減価←リーマン・ブラザーズ・ショック マクロ金融特論2014 25 図9:名目AMU乖離指標 マクロ金融特論2014 26 図10:実質AMU乖離指標 マクロ金融特論2014 27 世界金融・財政危機のアジア経済への影響を 最小限とするために • • • 通貨暴落の通貨危機に直面したアジアの国に対して チェンマイ・イニシアティブによる通貨スワップの実施 の準備。【チェンマイ・イニシアティブの限界:総額830 億ドル+80%がIMFリンク。】 アジアが世界経済のエンジンに。短期的には、財政刺 激。長期的には、外需依存経済から内需依存経済へ。 長期的には、(域内において)「ドル基軸通貨体制」か らの脱却。域内取引の決済通貨がユーロである欧州 においても深刻な影響。域内取引の決済通貨がドル に依存しているアジアにおいて、欧州と同じことが起 こっていたら、欧州・ユーロ以上に深刻化しただろう。 マクロ金融特論2014 28 東アジアにおける地域通貨協力 • 2000年にASEAN+3(日中韓)財務大臣会議がチェンマイ・イニシ アティブ(CMI)を設立。 ①危機管理のために二国間通貨スワップ協定のネットワークを創設。 ②危機予防のためにASEAN+3財務大臣代理会合の「経済レビューと 政策対話(ERPD)」においてマクロ経済変数に対するサーベイランス を実施。 • 2010年にCMIマルチ化 (CMIM) ①通貨スワップ協定の実施における多国間意思決定により機動性を 増す ②外貨準備のイヤーマーク化、プーリングに向けて。 ③ASEAN+3マクロ経済リサーチオフィス(AMRO)がサーベイランス 機関として2011年に設立。 マクロ金融特論2014 29 ユーロ危機の東アジアへの教訓 • 危機予防: マクロ経済状況や金融部門の健全性とともに為替相場や財政状 況に対するサーベイランスが必要。資本流出のみならず急激な資 本流入も監視することが重要。 ⇒AMROの役割が大。 • 危機管理: 域内の政府が迅速に危機対応策を意思決定し、即座に対応する ことが必須。 危機に対する初期対応が重要。 ⇒CMIMの下、予備的クレジットラインやIMFリンクと関係しない通貨 スワップ協定の割合(IMFデリンク割合)を増すことによって弾力 性を増すべきである。 マクロ金融特論2014 30 東アジアの地域通貨協力の強化(1) • 2012年3月のManila ASEAN+3財務大臣・中央銀行総裁会議で、 以下が合意された。 1.危機対応メカニズム(CRM)の強化:「CMIM 安定ファシリティ( CMIM-SF)」 (1) 資金規模について、現行の1200億ドルから2400億ドルへ倍増. (2) IMFデリンク割合を2012年に30%へ引き上げ、一定の条件のレ ビューを前提として、2014年に40%へ引き上げ. (3) 満期について、IMFリンク部分:現行の90日から1年へ延長、更 新を2回まで可能とし、最大支援期間について、現行の2年から3年 へ延長。IMFデリンク部分:現行の90日から6ヶ月に延長、更新を3 回まで可能とし、最大支援期間について、現行の1年から2年へ延 長。半年毎にモニタリングを実施 マクロ金融特論2014 31 東アジアの地域通貨協力の強化(2) 2.危機予防機能(CPF)の導入: 「CMIM 予防ライン(CMIM-PL)」 • ELDMB(財務大臣・中央銀行総裁代理レベルによる執行レベ ル会合)において、要請国が作成した経済報告書及び AMRO/ADB/IMFによる分析に基づき、事前の適格要件と事後 のコンディショナリティとして、次の5つの適格分野を柔軟に適 • 5つの適格分野 (i) 対外ポジション及び市場へのアクセス (ii) 財政政策 (iii) 金融政策 (iv) 金融セクターの健全性及びその監督 (v) 統計データの妥当性 マクロ金融特論2014 32 地域通貨協力における日中韓の役割(1) • CMIM(通貨スワップ協定の実施及びサーベイランス (急激な資本流出入に対する監視))を実施するため の常設の機関としてのAMROの運営において、日本 と中国と韓国が協調的主導を取ることが望まれる。常 設の機関としてAMROが、域内為替相場の動向や急 激な資本移動を観察・分析するためのキャパシティを 構築・強化することが必要である。 マクロ金融特論2014 33 地域金融協力における日中韓の役割(2) • 日中韓の2国間通貨スワップ協定は、2008年の世界 金融危機時における韓国ウォンの暴落に対して実施 されなかったものの、相互に外貨準備高のある程度 の水準を維持することを保証することを意味すること から、投機家による通貨攻撃を抑制する効果を持つ。 • そのため、通貨スワップ協定を引き続き、維持・強化 する必要がある。その強化には、相互のマクロ経済と 銀行部門の健全性に対する日常的なサーベイランス のほか、急激な資本流出入を監視することも為替相 場の急激な変化を監視するためには必要である。 マクロ金融特論2014 34 結論 • ユーロ危機からの教訓: (1) 危機予防のためにサーベイランス(財政状況も重要)が必要。 (2) 危機を管理するためには迅速な対応が必要。危機対応が遅れる と、危機の影響は深刻化。特に、EUでは、金融支援体制が欠如し ていたために、初期対応に遅れがあり、財政危機の影響を深刻化 した。 • 東アジアにおける地域通貨協力が強化されるべき。その際に、日中 韓の協調的主導が重要。 (1) 独立した地域サーベイランス機関としてのAMROの役割を強化。 (2) AMU・AMU乖離指標を使った域内為替相場に対する監視。 (3) 危機への迅速な対応を可能とするためにIMFデリンク割合の拡大 やCMIM予防ラインなどの弾力的な金融支援体制の確立。 マクロ金融特論2014 35
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