ケースライティング

京都大学大学院情報学研究科社会情報学専攻
松原繁夫
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1.
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ケースとは
ケースの事例
ケーススタディ・ケースメソッドの対象
ケーススタディ・ケースメソッドの設計
ケースライティングの実施
ケースの利用
フィールド情報学におけるケース
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フィールドの定義(片井):「分析的、工学的アプローチが困難で、
統制できず、多様なものが共存並立し、予測できない偶発的な
出来事が生起し、常に関与することが求められる場」

方法論として

対象として:
人々が日常的に活動する場
記述
伝達
教育
現場
予測
設計
オフィス
会議
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意義
研究者から研究者
研究者からフィールドでの
実践家
「巨人の肩に立つ」
現代の学問は多くの研究の
蓄積の上に成り立つ
例えば、経営の場合
• 経営学者:マーケティング
や会計学などの体系を提示
• 経営者:経営学を援用して
人事管理・資金調達などの
経営判断
伝達の手段 論文
講義
課題
単に情報として知っている
だけでなく、活用できる知識
として身に付けることが必要
フィールドでの実践から
得られた知識に関しては、
有効性の主張が困難な
場合もある
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



ある固有の状況下で実際に起こっている具体的な出来事
を記述したもの
現象と文脈の分離が明確でない対象に関する、何らかの
知識を伝達する方法論
Q:ブログやSNSの記事はケースになるか?
 A:通常はNO.ケースと呼ぶには、執筆者が持つ、研究
や教育という明確な目的が存在するはず
ケースの分類
 学術的知識の伝達(研究用):ケーススタディ
 実践的知識の伝達(教育用):ケースメソッド
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ケーススタディ
• 様々な研究方法論(サーベイ調査、被験者実験、シミュレーショ
ンなど)の一つ
• 社会科学では主要な研究戦略
• 具体的事例を詳しく調査・分析して仮説検証を行い、そこから
一般的な真実を導き出す
ケースメソッド
• Harvard Business Schoolのケースが有名
• 他に、法律(判例)、医療(症例)の分野
• 要因が複雑に絡み合い、理論をそのまま実践することが困難な
対象に対して、実践的な知識を学習者自ら学び取る
• ケースに書かれた具体的事例を追体験
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研究目的:ケーススタディの成果物
• ある課題に対する仮説検証に用いられる
• 事象の完全・正確な描写が求められる
• 必ず著者による結論が含まれる
教育目的:ケースメソッドで用いる事例
• 議論の誘発装置として機能
• 事象の完全・正確な記述よりは、学習者の議論が活性化
するかどうかに主眼が置かれる
• 著者による結論は必須でない
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経理システムバージョンアップ
小島はA通信工業のハードウェア開発部総務補佐の職に就いていた。
小島のところに本社経理部門から、稼働管理システム運用開始説明会への出席
を依頼するメールが届いていた。
金融庁企業会計審議会からソフトウェアに関する意見書(平成10年)及び
実務指針(平成12年)が発表され、これまで明確でなかったソフトウェアの
会計処理が設定され、税法の改正もなされた。
(中略)
本社経理部門は、これに対応するため、ソフト開発者の稼働時間集計システム
を開発し、その運用を開始することにした。
社内経理システムの機能改善に関する説明会は時折開催されていた。この手
の説明会では、通り一遍の説明に終わることが多く、小島にとってはあまり気
乗りしないものであった。A通信工業では、ハードやソフトなど開発部署がい
くつかのロケーションに分散しており、出張費削減のためもあって、たいてい
は本社に出向くことはなくテレビ会議で説明会に参加することになっている。
(以下略)
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 ケーススタディ
何を知りたいか?
サーベイ
調査
誰が
何を
どこで
どれほ
ど
P
P
P
P
どのよ
うに
なぜ
対象の
制御
不要
被験者
実験
P
P
必要
シミュ
レーショ
ン
P
P
必要
ケース
スタディ
P
P
不要
 ケースメソッド
 講義:専門知識の伝達
 ケースメソッド:実践力の伝達(洞察力や統合力など、体系化・
文字化が難しいものを伝達)
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


対象制御の有無
 ケーススタディ:なし
 被験者実験:あり(実験群と統制群の比較)
 シミュレーション:あり(パラメータの変更)
対象を制御するには、現象が文脈から切り離せている
ことが必要
つまり、要因が複雑に関連して、現象と文脈、主体と
環境をうまく切り離せないとき、ケーススタディが有力
ケーススタディは現象と文脈の境界が明確でないときに優位
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



良い論文を書くには?
 単に章・節の構成や文の表現の工夫に留まらず、結局、いかに
良いテーマを選択するかにたどりつく
同様に、良いケースを書くには、結局良いテーマを選択する問題に
帰着される
問題意識を明確にせず材料集めをすると、
 とりあえず何でも収集しておこうという態度になって、結局
集めた膨大な資料が整理できず、有効に利用できなくなる
 あるいは、議論を構成するのに必要な資料が抜け落ちる
よって、事前に問題意識を明確にして、作業の全体を見渡しておく
ことが必要
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解くべき問題
の明確化
分析単位の明
確化
仮説とデータ
の結びつきの
明確化
証拠の収集
証拠の分析
草稿の執筆
関係者による
レビュー
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理論的サンプリング
(分析的一般化)
確率的サンプリング
(統計的一般化)
• ケーススタディ
• 同じ理論を支持するような
ケースを選択
• 同じ理論が支持されることを
もって、理論が一般化される
と考える
• サーベイ調査・被験者実験
• 無作為に対象を選択
• 統計処理を行うことで、偶然
生じた結果かどうかを判別
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

あらかじめ想定した見解を無理に導くようにバイアスをかけては
ならない
想定と異なる情報が得られた場合は、研究の失敗ではなく、新たな
発見につながるチャンス
バイアスをかけないための方策(再現性の保証)
 プロトコルの整備
 証拠収集手段だけでなく、手段を用いる際に従うべき手続き
と一般規則を含める
 データベースの整備
 証拠資料へのアクセスを容易にする
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証拠の収集源
• 文書:手紙、メモ、議事録など
• 資料記録:組織図、地図、国勢調査の記録など
• 面接
• 直接観察
• 参与観察:観察者は単なる受身の存在ではなく、様々な役割を担っ
て
参加する
• 物理的人工物:技術機器、道具など
証拠収集の原則
• 複数の証拠源:三角測量が複数の基準点から側点の位置を正確に計
測し
得るように、文書、資料記録、面接、直接観察、参与観察、物理的
人工
物など複数の情報源を組み合わせることで事実の論証を可能にする
• 証拠の連鎖の維持
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匿名性
• 身元を明らかにすることが望ましい
• 読者が関連するケースを想起しやすい
• 批判する場合も、適切な反証を提示しやすい
• 関係者が損害を被る恐れがある場合は、匿名とせざる
を得ない
関係者によるレビュー
• 詳細なレビューは正確性を向上させるが、公表までに
時間を要することになる
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目的にあった教育主題を持っているか?
話の展開が優れているか?(読みやすく興味をひくか?)
学習者に問題提起していて、学習者はそれが容易に認識できるか?
学習者自身が分析・考察することができる内容であるか?
学習者が意思決定者になりきることができる内容であるか?
議論をかもしだす内容であるか?
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I.
II.
III.
全体を予感させる数行のリー
ド文
意思決定に至る時系列項目、
ならびに、詳述すべき
主要項目
意思決定の問題
ケース本体
IV.
付表候補群
付属資料
2004年の冬、A通信工業ではテレビ会議
を用いて、経理システムバージョンアッ
プの説明会が開催されていた。
A通信工業はルーターやスイッチなどの
通信機器のトップメーカーである。従業
員数も1000名を超え、社内の情報システ
ムの整備も課題となっていた。
平成10年と12年に金融庁企業会計審議
会から示されたソフトウェアに関する会
計処理の実施指針に応じた税法の改正が
あり、経理部門はそれに対応するために、
経理システムに新たな機能を追加した。
このようなシステムの変更がうまく機
能するかどうかは、ソフトウェアの品質
だけでなく、それを使う側の意識に大き
く依存する。
小島はA通信工業のハードウェア開発部
総務補佐の職に就いていた。
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ケース利用の効用
•
•
•
•
新たな知見の獲得
研究者と実践家を媒介するコミュニケーション手段
意思決定能力の養成
体験の共有による人的関係の強化
伝達手段としての問題
• 自己の問題解決に役立つケースを見つけることが難しい
• 具体的事例が書かれているため、あるケースを読んだか
ら
といって、別のケースの理解が容易になるとは限らない
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ケーススタディ・ケースメソッドにおいて
適用領域の拡大
• 情報システム設計に適用し、理論と実践のギャップを
埋める
• 技術経営(MOT)の教育
情報の非対称性に着目
• ネットワーク社会におけるインセンティブの問題
遠隔講義システムなどIT機器の導入
• ケースメソッドにおける受講者数の制限の緩和
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伝達の意義
ケースの分類
 研究用ケース(ケーススタディ)と教育用ケース(ケースメソッド)
ケーススタディ・ケースメソッドがの対象
 現象と文脈の境界が明確でないとき
ケーススタディ・ケースメソッドの設計
 問題意識の明確化が重要
ケースライティングの実施
 プロトコルとデータベースの整備により再現性を保証
ケースの利用
 研究者と実践家を媒介するコミュニケーション手段としても有用
フィールド情報学におけるケース
 (ケース→情報学)情報システム設計への応用
 (情報学→ケース)証拠収集段階、あるいは、ケースメソッド実施時の
IT機器の利用
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