心理学概論 第5回:心理学研究法(2) 寺尾 敦 [email protected] 1 先週の小テスト • ある研究者は,「海馬(脳の一部)は複雑な思考過程 に関係し,簡単な思考過程には関係がない」という仮 説を立てた.彼はランダムに抽出した20匹のラットの 海馬を切除した.そのうち,ランダムに選んだ10匹に 簡単な迷路を学習させ,残りの10匹には難しい迷路を 学習させた.最初の群は10回以下の試行で間違いな く迷路を抜けられるようになった.第2の群は間違いな く迷路を抜けられるようになるのに30試行以上かかっ た.これにより,彼は自分の仮説が支持されたと結論 を下した. (『心理学実験計画入門』学芸社より.架空の実験) 2 • この実験の問題点は何か?今日学習した用 語を用いて指摘せよ. • どのような実験を行えばよいか? • どのような結果が得られれば,この研究者の 仮説は支持されたことになるか? 3 今日の学習 • 交互作用とは何かを学習する. – 適性処遇交互作用について学ぶ • 題材として,マルチメディア学習を取り上げる. – 配布資料:高山草二 (2008) 学習と情報メディア ―認知心理学からの接近― 三恵社.第1章:マ ルチメディアによる学習 4 マルチメディアによる学習 • メディア:コミュニケーションの過程で伝達され る内容(メッセージ)を運ぶ手段 1. 文字,言葉,画像というシンボルそのもの 2. シンボルを乗せる物理的媒体(紙,フィルム,…) 3. 情報を伝達,提示する装置(本,映写機,テレビ, …) • マルチメディアの教示メッセージ(multimedia instructional message):学習促進を意図した, 言葉と絵を含むコミュニケーション. • 書かれた文字や話された言葉は,何千年に もわたって,教示(instruction)における主要 なフォーマットであった. • 今日では,絵画的な形式の教示が広く利用 可能になった. • しかしながら,言葉に絵を加えただけでは, 学習の促進は保証できない. • 学習を促進させるために,言葉と絵をどのよ うに用いればよいだろうか? 1.マルチメディア学習の認知理論 • マルチメディアによる学習(multimedia learning)を行うときの認知過程はどのような ものだろうか? • マルチメディア学習の情報処理過程を示した 認知理論(テキスト図1.1). Mayer (2001a, 2001b) マルチメディア提示 言葉 感覚記憶 発話 耳 書き 絵 眼 非常に短時間(数秒)の保持 感覚記憶 耳 作業記憶 選択的 注意 active processing 眼 選択的 注意 音声 イメージ 心的変換 視覚的 イメージ 情報の一時的保持と操作. 容量限界あり. 作業記憶 音声 イメージ 体制化 一貫性のある 知識表象へ 視覚的 イメージ 体制化 言語的 モデル メンタルモデル 絵画的 モデル 情報の一時的保持と操作.容量限界あり. 作業記憶 長期記憶 active processing 言語的 モデル 絵画的 モデル 統合された 表象 既有 知識 マルチメディア学習の認知理論 における5つの認知プロセス • 5つの認知プロセス 1. 2. 3. 4. 5. 聴覚的情報の選択 視覚的情報の選択 音声イメージの体制化 視覚的イメージの体制化 2つのモデルおよび長期記憶の統合 • これらはこの順序で生じるとは限らない. • 文章全体でなく,小さな部分ごとに生じる. マルチメディア学習の認知理論 における3つの仮定 • 3つの仮定 – 2重チャンネル(dual –channel assumption) – 容量限界(limited capacity assumption) – 積極的な処理(active processing assumption) 2重チャンネル仮定 • 視覚的に提示された材料と,聴覚的に提示さ れた材料では,異なった情報処理チャンネル が用いられる. • あるチャンネルから入った情報の表象を,もう ひとつのチャンネルでの処理のために変換す ることは可能. 容量限界仮定 • それぞれのチャンネルにおいて,同時に処理 できる情報の量には限界がある. – 5から7チャンク • 容量を測定する標準的な方法はメモリー・ス パン・テスト. – 例:Digit span は,1秒間にひとつのペースで数字 のリストを読み上げ,順に再生するよう求める. 間違いなしで再生できた最長のリストの長さ. • 作業記憶の容量が限られているため,以下 のことを決める必要がある. – 外部から入ってくる情報のうち,どれに注意を当 てるべきか. – 体制化において,どのくらいの数の結合を形成す るか. – 最後の統合において,どのくらいの数の結合を形 成するか. • メタ認知的方略(metacognitive strategies) : 限られた認知資源の割りあて,モニタリング, 調整,を行うスキル. • メタ認知的方略は,作業記憶の中央実行系 (central executive)において中心的なもので ある.中央実行系は認知資源の割りあてをコ ントロールする. 積極的な処理の仮定 • 人は,首尾一貫した心的表象を構成するため に,認知的な処理に積極的に従事する.こう した処理には,注意を向ける,情報を体制化 する,入力された情報を他の知識と統合する, といったものがある. • 積極的な学習はメンタルモデル(mental model)を作り上げるプロセスである. – 教材での重要な部分と,部分間の関係(因果な ど). • マルチメディアのデザインは,学習者のモデ ル構築を助けようとするものでなければなら ない. – 首尾一貫した構造を持った材料 – 学習者のモデル構築を導くガイドとなるメッセージ 2.マルチメディアによる学習の効果 • マルチメディア学習の環境をどのようにデザ インすればよいかについての,7つの原理. – Mayer (2001b) の第1章では,さらに多くの原理 が呈示されている. (1) マルチメディアの効果 • マルチメディアの原理(multimedia principle):単一のメディア(例:言葉のみ)より は,マルチメディア(言葉+絵)提示の方が, 学習を促進する. • 2種類のテスト – 保持(retention):教示が終わったとき,保持でき ている情報の量. – 転移(transfer):学習したことを新しい問題に適用 する能力. • 説明文のみの場合に比較して,イラストを付 加すると,記憶保持や転移のテストでの成績 が良くなる. • Mayer (2001a) は9つの研究を検討. – 保持テストでは,6つの研究で,「言葉+絵」群の 成績が優れていた(マルチメディアの効果). – 転移テストでは,9つの研究すべてで,マルチメ ディアの効果が認められた. • アニメーションあるいはナレーション単独より も,これらを組み合わせると,保持および転 移成績がよくなる. – アニメーション+ナレーション群の保持成績は, アニメーション単独群と変わらなかったが,ナレー ション単独群および統制群を上回った.転移課題 では,アニメーション+ナレーション群の成績は 他の3群よりも優れていた.(Mayer & Anderson, 1991, Experiment 2b) (2) 空間的接近の効果 • 空間的接近の原理(spatial contiguity principle):文章とイラストが空間的に離れて いるよりは,近くにある方が有効である. (Mayer, 2001b, Table 12.7. See also Chapter 8.) – いくつかの情報ソースに注意を分割しなければな らないフォーマットを避ける(split-attention principle). – 図と解説文を並べて提示する.図の中に解説文 や語句を埋め込む. (テキスト図1.2) (3) 時間的接近の効果 • 時間的接近の原理(temporal contiguity principle):聴覚提示と視覚提示が同時に行 われる場合と,順番に継時的に提示する場 合を比較すると,同時提示の方が優れている. (Mayer, 2001b, Table 12.8. See also Chapter 8.) – Split-attention principle – 継続提示の場合,先に提示された内容と後に提 示された内容とを統合するために,先の内容を記 憶するという負荷がかかる. (4) 一貫性の効果 • 一貫性の原理(coherence principle):教示し たい内容とは直接関係のない文章,絵,音な どは,学習を阻害することがある. – これらを加える目的は,教材を楽しいものにする こと(emotional interest hypothesis). – ナレーションつきアニメーションの教材に,余分な ビデオクリップを加えると,転移課題の成績が低 下した.保持課題での成績には差が見られな かった(楽しくしても効果がなかった). (Mayer, Heiser, & Lonn, 2001, Experiment 3) – ナレーションつきアニメーションの教材に,余分な 音楽を加えると,保持および転移テストの成績が 低下する. (Moreno & Mayer, 2000) – イラストつきのテキストに,余分な文あるいはイラ ストを加えると,保持および転移テストの成績が 低下する. (Harp & Mayer, 1997) (5) 提示様式の効果 • モダリティの原理(modality principle):グラ フィックス(視覚)と印刷されたテキスト(視覚) よりも,グラフィックスとナレーション(聴覚)の ように,異なるモダリティの組み合わせの方 が有効である. – これは多くの研究で確認されている効果(Mayer, 2001b, Table 11.5).学習効果の測度は転移課題 での成績. (6) 冗長性の効果 • 冗長性の原理(redundancy principle):同じ情 報を複数のフォーマットで提示すると,学習に 対して妨害的な影響が生じる. – ナレーションつきアニメーションの教材に,ナレー ションと同一あるいはその要約の文を画面に加え ると,保持および転移の成績が下がる.アニメー ションとテキストに注意が分割されるためと考えら れる.(Mayer, Heiser, & Lonn, 2001, Experiment 1 & 2. See also Mayer, 2001b, Table 12.6) (7) 個人差の効果 • 学習効果は,学習者の適性によって異なる. 適性の例として, – 既有知識の量 – 空間的能力などの心的特性 • 既有知識の影響 – マルチメディア効果は, 既有知識の少ない学習 者に対してより明確に表 れる. – 説明文とイラストの統合 を助けるようデザインさ れたテキストは,既有知 識の少ない学習者の助 けとなる.(Mayer, Steinhoff, Bower, & Mars, 1995) 6 5 転 4 移 課 題 3 ス コ ア 2 知識 多 知識 少 1 0 統合 分離 • 空間的視覚化能力の 影響 – 能力テストの例:紙を 折って穴をあけ,紙を広 げたときの穴の位置を 答える – アニメーションとナレー ションの時間的接近の 効果は,空間能力が高 い学生で明確になる. (Mayer & Sims, 1994) 6 5 転 4 移 課 題 3 ス コ ア 2 低空間能力 高空間能力 1 0 同時提示 継時提示 • 領域知識によって,デザインのあまり良くない 教材の悪影響は埋め合わせされる. • 空間的能力は,よくデザインされた教材(アニ メーションとナレーションの同時提示)の効果 を高める. – アニメーションを理解して絵画的モデルを構成す ることが容易であるため,作業記憶の容量をモデ ルの統合により多く割り当てられるためと考えら れる. (Mayer & Sims, 1994) 3.マルチメディア学習と 適性処遇交互作用 • 適性処遇交互作用(aptitude treatment interaction):さまざまな適性の人々が環境か ら異なる処遇を与えられたとき,その処遇に よる結果がその人の適性だけからも処遇だ けからも説明されず,両者の組合せによる独 特の効果を示すとき,これを適性処遇(処理) 交互作用という. (有斐閣『心理学辞典』より) • 学習における処遇は教授法.教材の構造や, 教師の教え方. • 学習者の特性は,学習に関連するあらゆる 個人的特性.知能,性格,既有知識,など. • 適性処遇交互作用は,どのような適性の学 習者にはどのような教授方法が最適かという, 個人差に応じた教育環境を研究・設計する上 での基本概念. (有斐閣『心理学辞典』より) 教授法A 学 習 の 効 果 教授法B 学習者の特性 低 高 学習者特性にかかわらず,教授法Aが優れる. 特性は学習効果に影響しない. 教授法A 学 習 の 効 果 教授法B 学習者の特性 低 高 学習者特性にかかわらず,教授法Aが優れる. 高特性の学習者は,いずれの教授法でも,低特性 の学習者よりも学習効果が高い. 学 習 の 効 果 高特性者 低特性者 教授法 A B ひとつ前のグラフと同一のデータで,教授法を 横軸にとり,学習者特性によってグラフを変えたもの. テキスト図1.3 および図1.4 はこの描き方. 教授法A 学 習 の 効 果 教授法B 学習者の特性 低 高 適性処遇交互作用の典型的パターン(テキスト図1.5). 低特性者では教授法Bの方が効果的だが, 高特性者では教授法Aの方が効果的. 教授法A(新) 教授法B(旧) 学 習 の 効 果 学習者の特性 低 高 適性処遇交互作用の,別の典型的パターン. 低特性者にも効果のある,新しい教授法Aの発見. セサミストリート • 特定の特性を持った学習者に対する,新しい 効果的教授法が発見されることがある. – セサミストリートは,3歳児に文字を教える新しい 方法を見出した. – 従来の方法では,3歳児に文字の読みを教えら れなかった. – これは,従来の方法が,3歳児の持つ心的特性 に合っていなかったからであると考えられる. • コマーシャルのような,テンポが速く,刺激と して変化に富む,マルチメディア教材.熟慮 性(説明をじっくり聞く)は不要.(テキスト図 1.6) – カーミット(カエルのキャラクター)が, W という文 字は Walk という言葉で使われると説明する.W はカーミットの隣にある. – W が歩き出して,カーミットをたたき始める. – カーミットは弱った様子で, W は Weaken にも使 われると説明して終わる. 小テスト • 3歳児の特性に合った教授法が発見された.これを適 性処遇交互作用と考え,グラフで表現せよ.グラフに は,そこからわかることの説明を添えること. – 特性の詳細は分からないので,「3歳」「4歳」「5歳」として おく – 縦軸は「文字テストの成績」とせよ. – 横軸を教授法(「従来型」「セサミ」)にした場合と,特性(3 歳,4歳,5歳)にした場合の,2通りのグラフをそれぞれ 描くこと. – 4歳児と5歳児では,従来の教授法もセサミストリートの 教授法も効果は変わらないとする. – その他,不確かな要素については,ありうる結果を創作し てよい. 文献 • Harp, S. F., & Mayer, R.E. (1997). The role of interest in learning from scientific text and illustrations: on the distinction between emotional interest and cognitive interest. Journal of Educational Psychology, 89, 92-102. • Mayer, R. E. (2001a). Multimedia learning. Cambridge University Press. • Mayer, R. E. (Ed.) (2001b). The Cambridge handbook of multimedia learning. Cambridge University Press. • Mayer, R.E., & Anderson, R. B. (1991). Animations need narrations: an experimental test of a dual-coding hypothesis. Journal of Educational Psychology, 83, 484490. • Mayer, R.E., Heiser, J., & Lonn, S. (2001). Cognitive constraints on multimedia learning: when presenting more material results in less understanding. Journal of Educational Psychology, 93, 187-198. • Mayer, R.E., & Sims, V. K. (1994). For whom is a picture worth a thousand words? Extensions of a dual-coding theory of multimedia learning. . Journal of Educational Psychology, 86, 389-401. • Mayer, R.E., Steinhoff, K., Bower, G., & Mars, R. (1995). A generative theory of textbook design: using annotated illustrations to foster meaningful learning of science text. Educational Technology Research & Development, 43, 31-43. • Moreno, R., & Mayer, R.E. (2000). A coherence effect in multimedia learning: The case for minimizing irrelevant sounds in the design of multimedia instructional messages. Journal of Educational Psychology, 92, 117-125.
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