変異理論と日本のフィールド言語:

変異理論と
日本のフィールド言語学
神戸松蔭女子学院大学
松田謙次郎
[email protected]
なぜ変異理論と日本のフィールド
言語学か?
• 言語学史的興味
– 日本伝統パラダイムと外来パラダイムの遭遇
– 日本の文系的学問的土壌では日常茶飯事
– 両パラダイムの両立が続く中、変化が進行中
• 言語学史的探求から、異種パラダイム同士
のあるべき姿への示唆が得られる可能性
• 新たな研究課題の発見の可能性
変異理論(Variation Theory)とは?
1. 言語共同体・言語体系の秩序だった非等質
性(orderly heterogeneity)
•
言語変異には規則性がある
2. 自然談話データのデータとしての優位性
•
言語変異には規則性がある
3. 言語変異の多変量的性質
•
たいてい複数要因が絡むもの
4. カテゴリーの連続性
•
言語的・社会的カテゴリーは連続的
変異理論と日本のフィールド
言語学の出会い
• 事実上Labov (1972)が最初の出会いか?
• Labov (1966, 1972) のインパクト
– そこまでの国語研の共通語化調査、方言調査を
中心とした日本のフィールド言語学に新風を吹き
込む
– 「社会言語学」という名称の日本言語学界におけ
る一般化(真田・柴田 1982: 6)
• Labov (1966, 1972)の「誤解」(松田 2000)
社会言語学関係論文点数の
時代的変化(真田・柴田 1982: 6)
Labov (1966, 1972)に関する「誤解」
• Labovのニューヨークの研究こそ欧米的社会
言語学(変異理論)の典型の一つ
• その本質は、言語行動と話者の社会的諸属
性間の相関を検討するアプローチである点
• その属性でも「階層」が重要
• 似たようなことは日本ではすでに国語研の調
査で実践してきていた(柴田・真田 1982: 1)
• 反生成文法的アプローチである
しかし…
• 変異理論では言語内的要因も重視する
– 実はLabov (1966) はこの意味で例外的研究
• 言語行動と社会属性の相関の発見・検証そ
れ自体が目的ではない
• まして「階層」が特に重要と言うことはない
• すべての点について「反生成文法」ではない
• だが70年代~80年代前半の日本の社会言
語学は独自路線を驀進し始める
その後の70-80年代前半の日本の
社会言語学研究(ニューウェーブ)
• 真田信治ら地域語研究新世代の登場
(「越中五ケ山郷における待遇表現の実態-場面設定によ
る全員調査から-」1973 )
• 国語研大規模調査
(鶴岡#2(1974)、『大都市の言語調査』 1981)
• 荻野綱男らによる計算機多用型社会言語学調査
(GLAPS (1975), 『都市化と敬語 』1979)
• 井上史雄の新方言研究開始
(「《新方言》の分布と変化」(1978))
• 井出祥子らによる女性語・敬語研究
(『主婦の一週間の談話資料 』1984)
変異理論 vs.ニューウェーブ
変異理論
ニューウェーブ
代表的統計分析
手法
ロジスティック回帰
(仮説ー検証)
林の数量化 III類
要因
言語内的・外的
要因、スタイル
言語外的要因、
場面
生成文法との
関係
変異規則、語彙
音韻論、OT
ほぼ皆無
他領域との関係 方言学 、歴史言
方言学、
談話分析
語学、談話分析
(帰納的、探索的)
接触以降の変異理論と日本の
社会言語学
• 1970-1980年代前半:
「誤解」のままニューウェーブが誕生・活躍
• 1980年代後半:
Shibamoto (1985), Nishimura (1985),
Hibiya (1986)などアメリカで変異理論を学
んだ学者による日本語研究が出始める。
「変異理論研究会」誕生(1989)
• 1990年代~現在: 両者の併存が続く
なぜ変異理論はこうして受容されたか
•
「誤解」の存在
– 変異理論に「学ぶもの」はない
•
機関的理由による理論伝播の阻害
日本語方言研究 ⇒ 国文科
生成文法、欧米の社会言語学⇒ 英文科
– 言語学科(圧倒的少数)のみですべてが学べる
– よって欧米の社会言語学をふまえた日本語研
究は出現しにくい教育的土壌があった
今後、どうあるべきなのか
• 統合よりも分散・競合
– 変異理論(<言語学)と日本の社会言語学(<方
言学)は出自も目的(理論 vs. 記述)も異なる
– よって「統合」も、乗っ取り/駆逐も考えにくい
– 2つのパラダイムは、多くの点で相補的
• 変異理論と社会言語学の「相盗的関係」
– 互いの知的遺産を調べ上げ、盗み合う
– 互いが過去やってきたことで、使えそうなものは
ないか?
相盗の実践:日本の変異理論と
社会言語学で何ができるか?
1. 個人談話の研究
– 松江24時間調査(国語研1971)
– 井出 et. al 1984 主婦の一週間の言語生活
2. 新データの発掘
– 日本独自のデータ: 国会会議録
3. ジェンダー研究
個人談話の研究
• 「個人」に焦点を当てた調査の必要性
– 既存コーパスの多くは集団の発話
• 個人談話に焦点を当てることで、個人内での状況、
スタイル、その他による変異のありようがわかる
• こうしたアイデアは国語研1971、井出 et al. 1984ら
に遡るもの
• さらに個人の縦断的データが欲しい
– Cf. 『主婦の一週間の言語生活』の20年後版
– 中・高校生~青年期のデータによってage-gradingも研究
可能
国会会議録(松田2004)
• 1947年以来国会で開催された本会議、委員
会のほとんどの逐語的記録
• オンライン検索可能
• 日本の国会会議録の有用性:
– アメリカ議会データ: 逐語性、収録年数に難あり
– イギリス議会データ:収録年数に難あり
• ただし談話分析での活用例あり
• 考えられる研究テーマは無数
ジェンダー研究
• 性差・ジェンダー研究で等閑にされてきた領
域:同性愛者の発話
• 「色物」と見られ勝ちだが、ジェンダーと言語
の関わりを見る上では重要
• 特に「女性語」の発達した日本語ならではの
研究が可能なはず
• 欧米のジェンダー論的理論+日本の意識調
査の伝統+変異理論的自然発話
最後に、謎
• なぜ構造主義⇒生成文法といったパラダイム
シフトが日本方言学では起きなかったのか?
– 変異理論との指向性の差?
• 理論と記述
– 理論的な白黒を決する欧米的な学問土壌と、と
かく曖昧になりがちな日本的(文系的?)学問土
壌の差?
– 機関的理由による変異理論の伝播