横から見た 日本の科学研究者社会

大阪大学 Global COE 2010 series
No. 1, November 22, 2010
米国の研究制度の井の中から
鈴木邦彦
自己紹介 -- 何故 「井の中から」 なのか?
1955 東京大学教養学部教養学科、科学史・科学哲学分科卒業
1959 東京大学医学部、医学科卒業、インターン後渡米
1960 Resident in Neurology,
Albert Einstein College of Medicine
1965 Assistant Prof. Neurology,
Albert Einstein College of Medicine
1969 Associate Prof. Neurology,
Univ. Pennsylvania School of Medicine
1972 Prof. Neurology and Neuroscience,
Albert Einstein College of Medicine
1986 Prof. Neurology and Psychiatry
Univ. North Carolina Chapel Hill
Director, Neuroscience Center
Univ. North Carolina Chapel Hill
2003 Univ. North Carolina 退職
2003 東海大学未来科学技術共同研究センター教授
同、糖鎖工学研究施設長
井の中に
42年
4年
学ぶとは
「自分の目で見て、自分の手で触っ
て、自分の心で考へたものだけが
本物なんだ。本で読んだことなんか
風が吹けば吹っ飛んじゃふんだ。」
(私が教養一年生の時、学生実習のガマ蛙を前
にしての私の恩師木村雄吉先生の言葉。我々は
この言葉に導かれて一生を過した)
長州藩士で、のちに藩政改革に手腕を振るっ
た人に村田清風がゐる。青年の頃、初めて江
戸に出た時、富士山を見て詠んだ歌がある。
(徳富蘇峰『吉田松陰』(岩波文庫版)より)
”来て見れば聞くより低し富士の山、釈迦も
孔子もかくやあるらん”
(富士山は話に聞いて想像してゐた程には、高い山でもない
ぞ。偉い、賢い、と言はれるお釈迦さまや孔子なども、実際は
大したことはなかったかも?)
=何ごとも、自分の目で確かめるに限るのだ。
自分の経験、他人の経験
私の話は私自身の経験に基づいたも
ので、私にとっては「本物」ですが、お
聴きになってゐる方々にはそれは あ
くまでも他人の経験であって、「本で読
んだこと」 と同列に過ぎません。鵜呑
みにするだけで、「自分の心で考へる
こと」 をしなければ、「風が吹けば吹っ
飛んじゃふ」 ものです。
米国の(生物学・医学)研究制度
• 研究者としてのスタート
• 研究費制度
• アカデミア (大学、教室、研究所)の
機構、人的社会と研究制度の関連
• Sabbatical のシステム
• (若し時間があったら) 留学に就いて
米国の(生物学・医学)研究制度
• 研究者としてのスタート
- Ph.D. 対 M.D., ポストドク期間
• 研究費
– グラント (=研究助成) なしでは研究は成り立たない
– グラントの種類 (funding source, size, 目的)
– 申請、審査、配分
– 予算 (人件費、機器、indirect costs、研究者の自由度
• アカデミア (大学、教室、研究所)の構造、社会
• Sabbatical のシステム
• 留学
研究者としてのスタート (MD, PhD., DDS, DVM)
Ph.D. = 博士
M.D. = 医学士
M.D と Ph.D. は同等
 M.D. は postdoc
四
年
M.D.
Ph.D.
医
学
部
大
学
院
D. Med. Sci.
M.D.
四
年
四
年
四
年
大
学
=
大
学
四
年
二
年
医
学
部
(教養)
Ph.D.
大
学
院
四
年
大
学
四
年
独立研究者としてのスタート
• 1.通常 postdoc として、ボスの下で 2-3年を過す
= 「徒弟期間」。 身分は極めて不安定
• 2.大学・研究所に職を得て、自分自身のアイデアに
基づいて、自分の名前で グラントを獲得する。
• 3.グラントは「取る」ものであって「当る」ものではない。
– グラント取得=独立研究者
– 自分のグラントを持ってゐれば、教授、教室主任でも、その
内容、運営に関して干渉することは出来ない。
– 現在の環境が自分の将来の発展にマイナスであると判断し
た場合、転職する自由度が増す。
– 但し、良くも悪くも、全ての結果は自分の責任。
米国研究制度の根底=「初めにグラントありき」
• 日本と米国の研究者社会の多くの相違
点は 研究費制度(グラントの申請、審
査、予算構成、配分) の違ひに反映され
てゐるやうに思はれる。 鶏か卵か??
–
–
–
–
–
–
研究者としてのスタート
大学・研究所での職の安定性・不安定性
大学や教室の構造、ボス と 手下の社会制度
職の流動性。縦割り 対 横への流通性
お流派の保持 対 他流試合の勧め
愛校精神 対 新たな血の導入
グラントの種類
•
NIH, Howard Hughes Institute, 企業の研究所などは別として、
雇用初期1-2年以後、研究費を提供してくれる大学は殆どない。
大部分の大学研究者には給料の保証もない。従って、グラントを
取らなければ研究は勿論、生活も出来ない。
• 生物学、医学関係のグラントの大部分は公的グラント (NIH,
NSF)と言ふのが現状。財団からのグラントなどに就いては後に。
• 種類
•
•
•
•
Research grant と Research contract の区別
個人のアイデアで個人が取得する (“RO1”), 小規模
複数の研究者による共同研究 (Program Project), 大規模
“Center Grant”, “Training grant”, “Career development Award” (RCDA)
• 期間
• 原則として最低三年間。 Program project, Center grant などは原則5年。
特別なもので 7年間のものもある。 殆ど全て更新可能。
NIH グラントの申請、審査
• Schedule: 通常年に三回の締切。 いかなる理由によっても締切の延長は認
められない。現在米国の予算年度は10月1日に始まるが、グラントのスタート
日は 何時でも良い。 Abstract, Budgets, Specific Aims, Rationale,
Experimental design, Methods, Expected progress plan, Relevance to
Health problems (NIH の場合)、長さの制限、”unfocused”, “diffuse”,
“unaware of potential difficulties” は致命的
• 然るべきグラント審査委員会 (“study section”) に配分される。
NIH 全体に専門に分化した 150 程度の Study Section があり、各々 16-20
人程度の委員で構成される。任期は4年、毎年、四分の一交代。委員は全て公
表されてゐて、誰でもアクセス出来る。 (審査過程の詳細は 次に)
• Study section の詳細な評価、批判、審査結果と、それに基づく
点数 (priority score): 書類によって申請者に送られる。それに並行して
NIH の Institute に存在する 委員会 (Council) に送られて、funding の決定が
行はれる。
• 申請から 予算が来るのに6か月。
審査
• NIH の場合、Study Section と各々の Institute の Council の機
能は厳密に区別され、Study Section は サイエンスのみに基づく
審査に限る (primary review)。 社会的重要性等の要素を考慮す
ることは禁止されてゐる。 最終決定権は Council にある
• 審査委員会(Study Section) は年に三回会合、毎回 3日、100+
申請程度を審査
• 二名の委員が詳細に審査して、内容、コメント、批判を委員会で
報告、質疑応答、それに基づいて委員全員が投票 (1 から 5) 全
員のスコアの平均 (priority score), 更に percentile score を計算
• Conflict of interest の問題 (later)
• コメント/批判の詳細は スコアと共に申請者に伝へられる
• コメントに事実の誤りがある場合には抗議出来る。 価値判断に対
しては抗議出来ない
Conflict of Interest
Study Section member は 以下の申請の審査には関与できない。 そ
の申請が審査されてゐる間は室外に出る
• 現在又は過去5年程度に遡って、自分が所属する(した)大学、研究
機構からの申請(州立大学などは、その州の全てのキャンパスを同
じ大学とする、UCSF, UCLA, UCSD, など)
• 過去10年以内に共同研究を行ったり、共著論文のある研究者から
の申請
• 師弟の関係にある研究者からの申請
• 現在鎬を削ってゐる競争相手からの申請
• その他、理由の如何に拘らず、自分には客観的、公正な審査が出
来ないと思ふ場合。
• Study section のメンバーからの申請は、その study section では
審査出来ない。
Conflict of Interest
現在の米国の基準では、「Conflict of Interest があっては
いけない」 のみならず、「Conflict of Interest があり得る、
あるのではないか?」 と疑はれ得る状態も許されない。例
へば、先年話題になった 製造会社から研究費の援助を受
けて Tamiflu の研究をすることは、事前に全てを公開して
審査を受け、然るべき監視機構を設定しなくては不可能。
「研究費援助は客観的な研究結果、その報告には影響しな
い」 といふ事後説明では不充分。
此処までする必要があるか? 論文に研究費の援助を明記すれば良
いのではないか? サイエンスは相互の信頼の上に築かれるべきも
のではないのか?  研究者性善説 対 性悪説;最近の傾向は 研
究者性悪説に傾いてゐる。 責任は何処にあるのか?
審査スコアの扱ひ
• Approved or Rejected. (通常 A : R ≑ 60 : 40)
• Primority Score (スコアは “approved” にのみ与へられる)
• Raw Score: Highest 1 to lowest 5 with 0.5 increments
• 審査した委員会の全員の raw score が平均されて、その申
請の priority score になる。 (p1+p2+ ***** / N) x 100
• Percentile Score
• Study section 間の差に基づく priority score の差を避けるた
めに、各々の study section 内で、上から何パーセントのスコ
アであるかを計算する。 最終的な funding の基準になるのは
主として percentile score
• Funding decision: priority score to percentile score は study
section のコメントと共に Institute の Council に送られる。
(funded : unfunded ≑ 20 : 80 ~ 30 : 70)
Funding, 期間、更新
• Funding: 権限は Institute の Council にある。 Priority score,
percentile score のみならず、”gray zone” が存在する
• 期間: NIH の場合、最低3年、大規模グラントの場合は、5年が通
常、特別例として、7年間といふものもある (Jakob K. Javits
Award for Neuroscience; Merit Award など)。その間、毎年、翌
年の予算も含めて、詳細な Progress Report を要求される。
• 更新: グラントは同じテーマを追求して、複数回に亙って更新され
ることが多い。私の場合、私の主な NIH グラントは 1960年代末
以降退官まで、約35年間継続更新された。
• 更新審査: 更新申請は 新たな申請と競争で Study section で審
査される。その際、最も重要視されるのは 現期間に於ける研究実
績 (=Progress Report) である。
• 実績なし→非更新 のシステムでは 永年掛けて、大きな問題に挑
戦することは困難 → “Life saver research”
NIH グラントの流れ 総括
研究者 (=大学)
サイエンスのみ
に基づく審査
審査委員会
study section
Gray zone の中
でのみ広い要素
を考慮
NIH Institute
Council
黄色の矢印を
辿ってゐられ
れば万事安泰
Reject
Approval
Unfunded
Gray zone
Funded
Funding
3, 4, 5, 7 years
End of funding years
更新申請
Priority score
Percentile score
comments
毎年の更新
(事務的)
グラントの予算
(単なる予算総額の比較は全く意味を成さない)
• 原則: その研究をするために必
要な経費は全て賄ふ。
• 法的にはグラントは大学に来るもので
あるが、
• 直接経費→研究者の権限
• 間接経費→研究者は無関係
(40%~100% of direct costs)
• 人件費: 屡々 総額の 85±%(研
究者自身の給料、技術員、postdoc、
時には秘書など) = 給与及び fringe
benefits (保険など)
•  機器類, 消耗品、 旅費、出版費、
など
→ 教室=教授への依存は不要
• 原則: 必要な研究費を賄ふ。
• P.I.の給料は含まない。人件費も特
別な大型グラント以外は原則として
含まれない。
• 間接経費の概念が曖昧
•  機器類、消耗品, 旅費、出版費、
など
• 結果として、大部分の場合、人件費
は大学、研究所に頼る二元システ
ムになり、若い研究者が自分の研
究をするために必要な人件費を確
保することが難しい。
→ 教室=教授への依存が必須
予算 (direct costs) の運営
申請、審査、の段階から 所謂 overlapping funding は厳重
に除外される – computer で検索可能
• グラントの全ての予算は大学に入り、大学が管理する。
• 研究者が関与出来るのは直接経費のみ。間接経費は研究者の目
には触れない。
• 予算の融通性:
– Category 間の融通性・制限
•
•
•
•
100% 近い自由度 -- 給料予算、消耗品予算、出版費用、
減らすことは出来るが、増やせない -- 機器予算
高価なものは事前の許可を必要とする -- 機器予算
制限内で自由 -- 旅費 -- 125% までは自由。
– 予算期間の融通性 (”繰越”)
• 一般に 年度予算の25%は 自動的に繰り越せる。
• それ以上の繰り越しは、理由を明記し、許可を必要とする。
• グラントで購入したものは 大学の財産
“個人のグラント”の概念
• 法的には殆どの場合、グラント申請者は 大学・研究所であって、
個人ではない。
• グラントの予算で購入するものは法的には全て大学・研究所の
所有物になる。
• 然し、グラントは申請した研究者に属すると言ふ感覚が強い。
• 日常的にはグラントで獲得した直接経費 (direct costs) の運営は
研究者に任される。間接経費 (indirect costs) は大学の責任で
あって、研究者は一切関与しない。
• 研究者が移動する時に 屡々問題が起る。NIH は原則として、研
究者が「自分のグラント」 を「持って行く」ことを“推薦”するが、強
制はしない。結局は、大学と研究者の「話し合ひ」「交渉」 になる。
「紳士的」な大学 対 「阿漕な」 大学。 研究者が死んだら?
• Program Project など、大型グラントは通常動かせない。
NIH 以外の研究助成
• NSF (National Science Foundation): NIH 同様の政府の機構で
あるが、研究援助は NIH に比べて桁違ひに小さい。 フランスのシ
ステムと対照的。
• Howard Hughes Foundation: (独特の存在=丸抱へシステム)
• 予算: Howard Hughes など、例外を除いて、NIH, NSF 以外の私
立財団等からの研究助成は NIH に比較して予算規模は小さい。
• サポート: 一般的に 私立財団のグラントは 研究者 (PI) の給料は
サポートしない。indirect cost は direct cost から賄ふ (10-15%、
屡々 研究者と大学との間の交渉)。高価な機器のサポートは稀。
• 更新: 多くは一回限り。更新可能の場合でも、1-2回以上の更新
は出来ない。(予算面からは日本の研究助成に近い?)
• 私立財団からの助成だけで 研究を運営することは困難。
米国の(生物学・医学)研究制度
• 研究者としてのスタート
• Ph.D. 対 M.D., ポストドク、
• 研究費(グラントの申請、審査、予算構成、配分)
• アカデミア (大学、教室、研究所)の構造、社会
–
–
–
–
–
大学や教室の構造、ボス と 手下の社会制度
大学・研究所での職の安定性・不安定性
職の流動性。縦割り 対 横への流通性
お流派の保持 対 他流試合の勧め
愛校精神 対 新たな血の導入
• Sabbatical のシステム
• 留学
Academia の構造、給与形態
• 一般的に 教室制ではあるが、ピラミッド型の講座制ではない。
• 教室には複数の Professor, Associate Professor, Assistant
Professor が存在し、Professor の一人が 教室主任を務める。
• Teaching, patient care などは教室主任に責任と権限があるが、
研究に関する限り、グラントの有無が個人の独立性を決定する。
• 自分自身の研究を進めるためには、教室主任でも、教授でも、自
分個人のグラントを持たなくてはならない。
• 稀な例外はあるが、一般的には大学予算からは研究費は来ない。
• Tenure があれば法的には大学はその人の給料を保証するが、単
に「保証」するだけであって、その一部をグラントで賄ふことを要求
される。その代り、グラントからの給料の%分は 大学への義務は
ない。Tenure があって、グラントを失ったら?? No Tenure?
• Technician, postdoc, 大学院生のサポートはグラントに依存する。
Tenure (職の安定性)
• Tenure: 法的に大学、研究所が雇用=職+給与を保証する。
日本、ヨーロッパなどでは標準のシステムである。
• Tenure track 対 non-tenure track (屡々 Research
track と呼ばれる): 大学によって区別が無かったり、全く並行
であったり、移行があったりする。
• 基準: 全くまちまち。大学によっては Associate Professor に
なれば自動的、然るべき委員会の審査、数に上限、など。
• 現実:Tenure を得るまでは、職の安定性はない。グラントを失
へば路頭に迷ふ。 多くの大学で、Tenure があっても、自身の
給料の一部を自分のグラントで賄ふことを要求される (e.g. 州
立大学)。常時爪先立った、自転車操業は productivity を促進
する。然し、life saver research も蔓延る。
Academia の構造
• 誰でも教授になりたい
• 誰でも教授になりたい
• 教授  教室主任
• 教授 = 教室主任
• なりたい人だけが教室主 • 教室主任になりたくない人、
任になる
• グラントを取れば研究者と
して独立出来る。 postdoc
は通常自分のグラントを申
請することは出来ない。
• 教室員は自分のグラントの
研究をする。教室主任は干
渉出来ない
不適任な人も教室主任になる
• 独立に時間がかかる
• 教室主任は教室員に「教室の
研究」をさせることが出来る
• 緊密な師弟の関係
• 現在の構造の転換は「損を
する世代」を作る
対人関係
• 子弟の関係は postdoc 時代までで、その後は同僚、
時には競争相手になる。
• 同僚は競争相手であるが、足は引っ張らない。
• 黙ってゐれば、満足してゐると思はれる。“Squeaky
wheels get greased.”
• 忍耐・我慢はしない  出て行ける。教授と喧嘩して
おん出ても、将来には響かない。
• 自分が卒業した学校、トレーニングを受けた教室には
なるべく留まらない。 武者修行、他流試合に出る。
• 教室間の壁はない、塀があっても低い。 周辺の関連
のある教室との関係が密接である。
「お上」 と Academia=研究者
• 「お上」  Academia は両方交通。 突然、辻に高札が立って、
「お上」のお達しが伝へられることは無い。
• 「下々」 は 「お上、権威」 に文句をつけて当然, その結果、意地
悪される恐れはない。「長いものに巻かれる」 必要はない。
• 研究政策、制度の改訂、決定には 限られた所謂 「学識経験
者」 のみならず、現役の若手の研究者からの意見を広く募り、
取り入れる。 現役を離れた 「権威」「大家」 は高所に立った政
策の計画、例へば、human genome project, stem cell
research, などには重要な役割を持つが、日常の研究制度の
運営に関してはむしろ現役・若手の意見が優先される。
• グラント審査を black box からガラス張りにする、融通の利く予
算運営、など、過去数十年に亘る研究制度の改革は研究者の
側からの input に負ふところが大きい。
定年制の功罪
• 米国には 定年制は最
早存在しない。年齢に
よる差別=違法。
• プラス: 能力に応じて、
何時まででも現役で活
動できる
• マイナス: dead wood
を排除することが難しく、
職・予算の重荷になり、
若い人たちの進路の妨
げになる。研究所など
にとっては特に問題
• 日本のみならず、大部分
の国には定年制度が存
在する。
• プラス: 潤滑な人員の回
転を可能にする。
• プラス: dead wood を自
動的に排除できる。
• マイナス: まだ、充分活
動できる人材をも年齢に
よって、現役から排除す
る。
米国の(生物学・医学)研究制度
• 研究者としてのスタート
• 研究費
– グラントの種類 (funding source, size, 目的)
– 申請、審査、配分
– 予算 (人件費、機器、indirect costs、研究者の自由度、
• アカデミア (大学、教室、研究所)の構造、社会
• Sabbatical のシステム
• 留学
Sabbatical のシステム
日本ではまだ一般的でないが、日本の今後の研究
の発展のために考慮に値する。
• アメリカの多くの大学に Sabbatical のシステムがある。
• 通常7年間勤務すると、Sabbatical の権利が出来る。期
間は半年間、 full salary 又は、一年間 half salary。 給
料がグラントから来てゐる場合?
• 何をやっても良い → 新たな研究方向の開拓、共同研究、
管理職からの一時逃避、本を書く、何もしない
• 私は 52-53歳の時、この制度を 利用して 単身で一年間
を NIH で過し、木村雄吉先生の教へに従って、全て自
分の手を動かして分子生物学の実技を学んだ。一年間、
毎日16時間ラボで働いて得た新しい経験は、私のその
後の研究に大きなプラスになった。
「留学」 の勧め




「留学」とは? 研究者(臨床医、など)としての
発展のために、外部の、通常は国外の、教室へ広い
意味での「勉強」に行くこと。
期間: 数日から3-4年に亘り得るが、此処では少
なくとも半年以上の場合を考へる。
必要か? 比較的最近まで、日本の研究者は学部卒
業から独立研究者までの何処かの段階で、所謂、
「留学」をすることが普通であったし、屡々、
Academia で生涯を送るためには 殆ど必須であると
見られてゐた。
果して現在は??
「留学」 の勧め: 目的、功罪とその変遷

目的:何のために留学するのか?

日本では出来ない研究が出来る。



外国での生活によって、本当の国際感覚を身につける(=「国際」
の意識を失って、外国人を外国人と意識しなくなる)




言語に慣れる
研究制度、研究室の運営、対人関係、
異なる歴史、文化、社会、日常生活の経験、知己、
マイナスの要素 (比較的最近)



設備の問題、学内雑用や臨床義務なし
一流の研究者との接触
帰国した時の日本での見通し、職の不安定、子供の教育
現地での生活程度が日本より低い
戦後から現在まで、これらの要素は少しづつ変遷し、バラン
スが入れ替って来た。然し、私は長い目で見て「留学」の
「功」は「罪」を遥かに凌ぐと考へる。
「留学」 の勧め; 行先を選ぶに当って

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最も重要なことは、留学によって何を得たいかを自分自身に
明確にすること。決った答はない。
ボス・研究室の選び方

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期間:目的によって異なる。

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短期留学 (数ヶ月から一年未満)
長期留学 (一年以上)一年間は短か過ぎる、最適期間はあるか?
至適時期があるか?


有名な大物ボス 対 新進若手研究者
研究室のサイズ、運営方法
屡々、事前に見極めることは困難。可能だったら、経験者の意見を
聞く。
学部卒業直後(医学部のみ)、大学院在学中、学位取得直後、研究
者として独立してから(=「留学と言ふより、Sabbatical)
行先との交渉

個人として、教室から推薦されて、知人を介して、招待されて
「留学」 の勧め; 滞在中に





お客様意識を持つな。ボスのグラントによる、Give and Take の雇用関係の
下にあることを忘れない。
意識下ではあっても、日本人に依然として存在する外国崇拝、外国人に対
する劣等感を忘れよ。何処の国でも、阿呆の数に変りは無い。
臨時の客員メンバーとしてではなく、研究室の他のメンバーと同等の個人
として研究室の一員になる。「和を以って尊しとなす」が至上ではない。
立てるべき波風は立てる。揺らすべきボートは揺らす。
自分の殻に閉じこもらないで、全てのメンバー、~ ボス、同僚、技術員、
秘書、と付きあふ。
大きな機械の歯車の一つにならない: これは活発で、大きな研究室に留学
した場合特に重要である。

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

これを怠ると、自分で問題を捉へ、広いアプローチを使って実験計画を立て、
結果を出し、解析し、次の段階へ進む、といふ、研究者として最も大切なこと
が学べない。
歯車として、幾ら多くの論文を有名な雑誌に載せても、見栄以上、何の役にも
立たない。それでは独立研究者ではない。
研究結果を発表する機会を求める。論文のみならず、学会でも
研究室の外でも 一般社会に融け込め。家と研究室を往復するだけの生活で
は留学の重要な意味の一つを失ふ。
「留学」 の勧め; 二つのタイプ


自分の生来のタイプを見定めるための「留学」にも意味がある。
優等生タイプ


我が道を行く(じゃじゃ馬)タイプ


基礎的な知識を持ち、文献をよく読み、相談して決めた実験を遂行する能力が
ある。然し、その実験を済ませると、ボスのところへ「次、何をしませう
か?」 と相談に行く。先を見る能力はあるが、屡々、見え過ぎる。やっても無
駄だと思ふ実験はしない。
寝る時間どころか、文献を読む時間も惜しんで、我武者羅に働く。一つの実験
を済ませると、自分で何かやってみる。結果を「こんなことをやって見ました
が」とボスに見せる。文献の知識に欠けるから、屡々、的外れであったり、既
にやられてゐる、結果が判ってゐる実験をやる。然し、時にはボスの気が付か
ないやうな独創的な面白い実験をやる。先は見えないから「実験はやってみな
くちゃ判らない」
優等生タイプは着実に安打を打つ、じゃじゃ馬タイプは三振かホームラン。

この二つのタイプは生来の性格に基づく部分が多いが、それを意識することに
よって、適当なバランスを目指すことは可能である。但し、「適当なバラン
ス」は定義として適当に決ってゐるので、実際に何処にその「適当」があるか
を見極めることは易しくない。
研究者として避けて通れないその他の重要な問題
これらの問題についても、質問歓迎
• 人種、女性問題
• 人間としての研究者の教育
– 高等教育 対 職業教育 = 大学  専門学校
• 研究の場: 大学、研究所 (non-profit, 企業)、
• 研究発表の訓練 (1対1の議論、口頭発表、論文)
• 研究者としての Science Administration への参与
– Editorial Boards, 原稿査読
– グラント審査
– 学会運営
• 管理職 (“雑用“)と 研究活動の両立・妥協
• 企業経営者としての研究者 (比較的最近の現象)
Guiding Principle
それぞれの国には独自の歴史、伝統、社会
のしきたりがあります。単に、どこかの国が
やってゐるといふだけで、安易にそれに追従
することは危険です。然し、それと同時に、現
状維持は誰にとっても気楽なものですが、そ
れを盾にとって、良いお手本が目の前にある
のに、やるべき改革をしないのも、間違ってゐ
ます。 鈴木 「今浦島の目に映る日本の科学研究制度
-- 束の間の幻影」 蛋白質・核酸・酵素 49:2303-2312,
2004)
歴史・伝統の尊重と改革、現実との折合ひ
• 盲目の尊敬は 仮にそれを差し向ける対象が正鵠を得てゐて
も、何にもならぬのである。 鴎外、「寒山拾得」
• あるがままの世の中と折合ひをつけることが出来なくて、い
つも、うつけた夢ばかり見てゐるのは、それは狂気に違ひな
い。 然しな、本当の狂気といふものは、あるがままの世の中
と折合ひをつけるだけで、あるべき世の中のために戦はうと
しないことなのさ。 Cervantes、「Man of La Mancha」
• 現実は屡々不便で不愉快なものである。然し、我々はまづ現
実を正しく認識することから始めなくてはならない。 何故なら
ば、現実に無知であったり、現実を無視したりしても、現実は
なくならない。いづれは、現実は我々に追ひついて来る。 (出
典不詳、私の座右銘)